(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-26
(45)【発行日】2024-12-04
(54)【発明の名称】抗菌活性を有する新規メラノイジンの製造方法とその応用
(51)【国際特許分類】
A01N 43/36 20060101AFI20241127BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20241127BHJP
A01N 43/16 20060101ALI20241127BHJP
A61K 8/49 20060101ALI20241127BHJP
A61K 31/40 20060101ALI20241127BHJP
A61K 31/352 20060101ALI20241127BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20241127BHJP
C07D 207/327 20060101ALI20241127BHJP
C07D 311/22 20060101ALI20241127BHJP
A23L 3/3526 20060101ALI20241127BHJP
A23L 3/3544 20060101ALI20241127BHJP
【FI】
A01N43/36 A
A01P3/00
A01N43/16 C
A61K8/49
A61K31/40
A61K31/352
A61P31/04
C07D207/327
C07D311/22
A23L3/3526 501
A23L3/3544 502
(21)【出願番号】P 2023554537
(86)(22)【出願日】2022-10-11
(86)【国際出願番号】 JP2022037898
(87)【国際公開番号】W WO2023068112
(87)【国際公開日】2023-04-27
【審査請求日】2024-04-17
(31)【優先権主張番号】P 2021170957
(32)【優先日】2021-10-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100170520
【氏名又は名称】笹倉 真奈美
(72)【発明者】
【氏名】小関 成樹
(72)【発明者】
【氏名】北岡 直樹
(72)【発明者】
【氏名】松浦 英幸
【審査官】高森 ひとみ
(56)【参考文献】
【文献】CHANDRASEKHAR, M. V. et al.,Studies on chromones,Acta Ciencia Indica,1985年,Vol.16c, No.4,pp.247-251
【文献】続・糖類の検出法,INTERNET ARCHIVE Wayback Machine [online],2016年07月13日,pp.1-2,[検索日:2022年12月13日],インターネット:<URL:https://web.archive.org/web/20160713031205/http://www.an.shimadzu.co.jp/hplc/support/lib/lctalk/51/51intro.htm>
【文献】中島智恭,アミノカルボニル反応物の抗菌性,食品の包装,1988年,Vol.20, No.1,pp.33-40
【文献】LINDGREN, G. et al.,A high performance preparative procedure for the isolation of degradation products from D-xylose,Journal of liquid chromatography,1980年,Vol.3, No.11,pp.1737-1742
【文献】ANDEREGG, P. and NEUKOM, H.,Formation of dehydration products from pentoses and purine ribosides by heating in buffer at pH2-7,Lebensmitt.-Wiss. u. Technol.,1974年,Vol.7, No.4,pp.239-241
【文献】ALAVEZ-ROSAS, D. et al.,Synthesis of 1,3- and 1,2,3-functionalized pyrroles via Ir(I)-catalyzed vinylation of allyl alcohols,Chemistry of Heterocyclic Compounds,2017年,Vol.53, No.5,pp.526-531,DOI 10.1007/s10593-017-2087-8
【文献】小関成樹,糖とアミノ酸で食品有害細菌を抑制:食品加工中に生じるメイラード反応物質の抗菌活性,飯島藤十郎記念食品科学振興財団年報,Vol.37,2022年08月,pp.120-128
【文献】ALBRECHT, Uwe et al.,Synthesis and structure-activity relationships of 2-vinylchroman-4-ones as potent antibiotic agents,Bioorganic & Medicinal Chemistry,2005年,Vol.13,pp.1531-1536,DOI:10.1016/j.bmc.2004.12.031
【文献】BADRAN, Al-Shimaa et al.,Reactivity of some 3-substituted-6,8-dimethylchromones toward some nucleophilic reagents,J Heterocyclic Chem.,2020年,Vol.57,pp.2570-2585,DOI: 10.1002/jhet.3975
【文献】HOEGBERG, Thomas et al.,Structure-Activity Relationships among DNA-Gyrase Inhibitors. Synthesis and Antimicrobial Evaluation,Acta Chemica Scandinavica B,1984年,Vol.38,pp.359-366
【文献】清水利貞ほか,調味料中における数種病原および食中毒菌の生存期間について,日本食品工業学会誌,1962年,Vol.9, No.5,pp.198-200,DOI:10.3136/nskkk1962.9.198
【文献】大下克典,醤油の機能性について,日本醸造協会誌,1990年,Vol.85, No.11,pp.762-770,DOI:10.6013/jbrewsocjapan1988.85.762
【文献】文部科学省,日本食品標準成分表2015年版(七訂)アミノ酸成分表編,17調味料及び香辛料類,2015年12月,p.1,インターネット<URL:https://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2015/12/24/1365347_2-0217-1.pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N
A01P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/FSTA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キシロースまたはリボースから選択される還元糖と、フェニルアラニンまたはプロリンから選択されるアミノ酸とを加熱することによってメラノイジンを製造
し、420nmの吸光度が3.5±0.2以上のメラノイジンを得ること、および
該メラノイジンを有効成分として配合すること
を含む、抗菌組成物の製造方法。
【請求項2】
前記メラノイジンの製造工程において、キシロースまたはリボースから選択される還元糖と、フェニルアラニンまたはプロリンから選択されるアミノ酸とを、pH7.0の溶液中、
100℃~
130℃で加熱することを含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
キシロースとフェニルアラニンを反応させることを含み、製造されたメラノイジンが3-フェニル-2-(3-フェニル-1H-ピロール-1-イル)プロパン酸を含む、請求項1記載の方法。
【請求項4】
キシロースとプロリンを反応させることを含み、製造されたメラノイジンが3,8-ジヒドロキシ-2-メチルクロモンを含む、請求項1記載の方法。
【請求項5】
抗菌組成物が、Listeria monocytogenes、Brevibacillus brevis、Bacillus cereus、およびSalmonella Typhimuriumからなる群から選択される細菌に対して抗菌活性を示す、請求項1~
4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
反応基質としてキシロースまたはリボースとフェニルアラニンから製造される
、420nmの吸光度が3.5±0.2以上のメラノイジン、および/または反応基質としてキシロースまたはリボースとプロリンから製造される
、420nmの吸光度が3.5±0.2以上のメラノイジンを含む、抗菌組成物。
【請求項7】
反応基質としてキシロースまたはリボースとフェニルアラニンから、pH7.0の溶液中、
100℃~
130℃で加熱することによって製造されるメラノイジン、および/または反応基質としてキシロースまたはリボースとプロリンから、pH7.0の溶液中、
100℃~
130℃で加熱することによって製造されるメラノイジンを含む、請求項6記載の抗菌組成物。
【請求項8】
Listeria monocytogenes、Brevibacillus brevis、Bacillus cereus、およびSalmonella Typhimuriumからなる群から選択される細菌に対して抗菌活性を示す、請求項
6または7記載の抗菌組成物。
【請求項9】
式I:
【化1】
[式中、R
1ないしR
10は、独立して、水素原子、あるいはC1-5の分枝鎖または直鎖状の飽和または不飽和炭化水素基である]、および/または
式III:
【化2】
[式中、R
11ないしR
16は、独立して、水素原子、C1-5の分枝鎖または直鎖状の飽和または不飽和炭化水素基、ヒドロキシル基、ハロゲン原子、スルファニル基、アミノ基、ニトロ基、あるいはスルホン酸基である]
で示される化合物またはその塩を含む、抗菌組成物。
【請求項10】
前記式Iで示される化合物が3-フェニル-2-(3-フェニル-1H-ピロール-1-イル)プロパン酸であり、前記式IIIで示される化合物が3,8-ジヒドロキシ-2-メチルクロモンである、請求項
9記載の抗菌組成物。
【請求項11】
Listeria monocytogenes、Brevibacillus brevis、Bacillus cereus、およびSalmonella Typhimuriumからなる群から選択される細菌に対して抗菌活性を示す、請求項
9または
10記載の抗菌組成物。
【請求項12】
キシロースとフェニルアラニンを反応基質としてメイラード反応を行うことを含む、3-フェニル-2-(3-フェニル-1H-ピロール-1-イル)プロパン酸の製造方法。
【請求項13】
キシロースとプロリンを反応基質としてメイラード反応を行うことを含む、3,8-ジヒドロキシ-2-メチルクロモンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なメラノイジンの製造方法、およびメラノイジンを含む抗菌剤に関する。
【背景技術】
【0002】
より安全な食生活を送るために、腐敗や食中毒の原因となる細菌の食品中での増殖を防ぐことが求められている。調理過程での加熱等による殺菌に加え、調理後の食品に侵入した細菌の増殖抑制のために食品のpH、水分活性の調整、冷蔵保存、冷凍保存、保存料や日持ち向上剤の添加等が行われている。保存料および日持ち向上剤に着目すると、安息香酸ナトリウム、ソルビン酸カリウム、亜硝酸ナトリウム、ナイシン等が現在幅広い食品に対して用いられている。中でも乳酸菌から生成されるナイシンは低容量で幅広く抗菌活性を有していることから、世界中で多くの食品に用いられている。しかし、これらの保存料および日持ち向上剤は、それぞれ抗菌活性を示す菌種が異なることから、常に新たな抗菌物質が求められている。
【0003】
一方、メラノイジンの抗菌性に関しては古くは1950年代には既に示唆されており、以降、コーヒー、ビール、ストローワイン等に含まれるメラノイジンや、還元糖とアミノ酸から作成したモデルメラノイジン等、様々なメラノイジンによる抗菌活性に関する研究が行われている(非特許文献1、非特許文献2)。メラノイジンとは、アミノ酸、ペプチド、またはタンパク質のアミノ基と還元糖のカルボニル基と間で発生するメイラード反応の生成物の総称である。メイラード反応は、主に食品中で見られる化学反応であり、還元糖等のカルボニル化合物とアミノ酸等のアミンを反応基質として、熱によって縮合、脱水、重合等の過程を経て、最終生成物として褐色の重合体であるメラノイジンを生成する一連の重合反応である。生成された重合体であるメラノイジンは、内部に香気物質を含み、食品の風味に影響を与える物質として知られているが、その正確な構造および組成は未だ不明であり、それらに関する研究は現在も続いている。
【0004】
しかし、メイラード反応の反応基質である還元糖とアミノ酸の種類は膨大で、その両者の組み合わせも膨大になることから、反応基質の組み合わせを変えることで生成されるメラノイジンの抗菌活性の有無や程度も変化するところ、今までに、種々の還元糖とアミノ酸とを網羅的に組み合わせてメラノイジンを生成して抗菌活性を有するメラノイジンを探索した報告はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Food Chemistry, Volume 111, Issue 4, 15 December 2008, pages 1069-1074
【文献】Biomedicines 2018, 6(3), 83; doi: 10.3390/ biomedicines6030083
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明では、メイラード反応による生成物であるメラノイジンによる抗菌活性に注目し、抗菌活性を有する新たなメラノイジンの発見を目指して、種々の還元糖とアミノ酸とを網羅的に組み合わせてメラノイジンを生成して、抗菌活性を有するメラノイジンを探索し、反応系を確立することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、五炭糖のアルドースであるキシロースと、フェニルアラニンまたはプロリンとを用いたメイラード反応により、抗菌活性を有するメラノイジンが生成することを見出した。さらに、得られたメラノイジンに含まれる一つの化合物の構造を同定した。かくして、本発明を完成させた。
【0008】
本発明は、以下の態様を提供する。
[1]キシロースまたはリボースから選択される還元糖と、フェニルアラニンまたはプロリンから選択されるアミノ酸とを加熱することによってメラノイジンを製造すること、および
該メラノイジンを有効成分として配合すること
を含む、抗菌組成物の製造方法、
[2]キシロースとフェニルアラニンを反応させることを含み、製造されたメラノイジンが3-フェニル-2-(3-フェニル-1H-ピロール-1-イル)プロパン酸を含む、上記[1]記載の方法、
[3]キシロースとプロリンを反応させることを含み、製造されたメラノイジンが3,8-ジヒドロキシ-2-メチルクロモンを含む、上記[1]記載の方法、
[4]抗菌組成物が、Listeria monocytogenes、Brevibacillus brevis、Bacillus cereus、およびSalmonella Typhimuriumからなる群から選択される細菌に対して抗菌活性を示す、上記[1]~[3]のいずれかに記載の方法、
[5]反応基質としてキシロースまたはリボースとフェニルアラニンから製造されるメラノイジン、および/または反応基質としてキシロースまたはリボースとプロリンから製造されるメラノイジンを含む、抗菌組成物、
[6]Listeria monocytogenes、Brevibacillus brevis、Bacillus cereus、およびSalmonella Typhimuriumからなる群から選択される細菌に対して抗菌活性を示す、上記[5]記載の抗菌組成物、
[7]式I:
【化1】
[式中、R
1ないしR
10は、独立して、水素原子、あるいはC1-5の分枝鎖または直鎖状の飽和または不飽和炭化水素基である]、および/または
式III:
【化2】
[式中、R
11ないしR
16は、独立して、水素原子、C1-5の分枝鎖または直鎖状の飽和または不飽和炭化水素基、ヒドロキシル基、ハロゲン原子、スルファニル基、アミノ基、ニトロ基、カルボキシル基、スルホン酸基、あるいはC1-5の分枝鎖または直鎖状の飽和または不飽和炭化水素を含むアルコキシ基である]
で示される化合物またはその塩を含む、抗菌組成物、
[8]前記式で示される化合物が3-フェニル-2-(3-フェニル-1H-ピロール-1-イル)プロパン酸であり、前記式IIIで示される化合物が3,8-ジヒドロキシ-2-メチルクロモンである、上記[7]記載の抗菌組成物、
[9]Listeria monocytogenes、Brevibacillus brevis、Bacillus cereus、およびSalmonella Typhimuriumからなる群から選択される細菌に対して抗菌活性を示す、上記[8]または[7]記載の抗菌組成物、
[10]キシロースとフェニルアラニンを反応基質としてメイラード反応を行うことを含む、3-フェニル-2-(3-フェニル-1H-ピロール-1-イル)プロパン酸の製造方法、
[11]キシロースとプロリンを反応基質としてメイラード反応を行うことを含む、3,8-ジヒドロキシ-2-メチルクロモンの製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、高い抗菌活性を有するメラノイジンを製造することができる。かくして製造されたメラノイジンは、食品素材である還元糖とアミノ酸から生成されるため安全性が高く、飲食品、化粧品または医薬品の分野において抗菌剤として安全に使用することができる。また、本発明によれば、本発明の方法によって製造されたメラノイジンから同定された化合物を含む、高い抗菌活性を有する組成物が提供される。
【0010】
さらに、本発明の抗菌組成物は、食品分野等で使用されている既存の保存料、例えば、ナイシン、安息香酸ナトリウム、およびソルビン酸カリウムと同等以上の抗菌活性を示す。さらに、本発明の抗菌組成物は、反応基質である還元糖とアミノ酸を溶解させた溶液を加熱するだけで製造可能であるため、生産性および再現性の面で有利であり、より簡便に製造および使用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】反応基質(還元糖およびアミノ酸)の違いが生成メラノイジンのL.monocytogenesに対する25℃における増殖抑制効果に与える影響を示す。
【
図2】Brevibacillus brevisに対する二種類のメラノイジンの25℃における増殖抑制効果を示す。図中、〇:キシロースとフェニルアラニンの組み合わせから生成したメラノイジン(メラノイジン Xylose-Phe)、×:キシロースとプロリンの組み合わせから生成したメラノイジン(メラノイジン Xylose-Pro)、△:メラノイジンの無添加(無添加)、を示す。
【
図3】Bacillus cereusに対する二種類のメラノイジンの25℃における細菌増殖抑制効果を示す。図中、○:メラノイジン Xylose-Phe、×:メラノイジン Xylose-Pro、△:無添加、を示す。
【
図4】Salmonella Typhimuriumに対する二種類のメラノイジンの25℃における増殖抑制効果を示す。図中、○:メラノイジン Xylose-Phe、×:メラノイジン Xylose-Pro、△:無添加、を示す。
【
図5】Listeria monocytogenesに対する二種類のメラノイジンおよびナイシンの25℃における増殖抑制効果の比較を示す。図中、○:メラノイジン Xylose-Phe、×:メラノイジン Xylose-Pro、◇:ナイシン 250 IU/mL、□:ナイシン 350 IU/mL、▽:ナイシン 400 IU/mL、△:無添加、を示す。
【
図6】各種の添加物が牛丼中のBacillus cereus対数生菌数変化(25℃で3日間)に与える影響を示す。
【
図7A】サンプルAの濃度ごとのBacillus cereusに対する抗菌活性を示す。図中、●:コントロール、▼:4500ppm、■:2250ppm、×:1124ppmを示す。横軸は、インキュベーション期間(日)を示す。縦軸は、生菌数を示す。
【
図7B】サンプルBの濃度ごとのBacillus cereusに対する抗菌活性を示す。図中、●:コントロール、▼:4500ppm、■:2250ppm、×:1124ppmを示す。横軸は、インキュベーション期間(日)を示す。縦軸は、生菌数を示す。
【
図8】メラノイジンから単離した物質の抗菌活性を示す。図中、●:コントロール、▼:単離物質の溶液、■:DMSOを示す。×は、検出限界(<10 CFU/mL)を示す。横軸は、インキュベーション期間(日)を示す。縦軸は、生菌数を示す。
【
図9】サンプルAに含まれる抗菌化合物の化学構造(A)と鍵となるCOSYおよびHMBC相関(B)を示す。
【
図10】抗菌化合物の化学構造(A)と鍵となるCOSYおよびHMBC相関(B)を示す。
【
図11】メイラード反応生成物から単離した化合物の抗菌活性を示す。図中、●:コントロール、▼:0.25mmol/L、■:0.5mmol/L、×:1.0mmol/Lを示す。N.Dは、検出限界を示す。横軸は、インキュベーション期間(日)を示す。縦軸は、生菌数を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.メラノイジンの製造方法
本発明では、反応基質として、キシロースまたはリボースから選択される還元糖と、フェニルアラニンまたはプロリンから選択されるアミノ酸とをメイラード反応に付すことを含む、メラノイジンの製造方法が提供される。
【0013】
メイラード反応の反応基質の還元糖として、五炭糖のアルドースであるキシロースおよびリボースが選択される。該還元糖は、D体またはL体のいずれであってもよい。メイラード反応の反応基質のアミノ酸として、フェニルアラニンおよびプロリンが選択される。該アミノ酸は、D体またはL体のいずれであってもよい。還元糖およびアミノ酸は、天然物由来のものであってもよく、または化学合成によって得たものであってもよい。反応に付す還元糖とアミノ酸の量は、メラノイジンが生成するかぎり特に限定されず、当業者によって適宜設定することができる。
【0014】
メイラード反応は、反応基質として上記の還元糖およびアミノ酸を加熱処理に付すことによって行う。反応基質は、好ましくは水等の溶媒に溶解した溶液として、例えば水溶液として、加熱処理に付される。温度および時間などの加熱条件は、メラノイジンが生成するかぎり特に限定されず、当業者によって適宜設定することができる。例えば、高温であるほど短時間で反応が進むことから、できるだけ高温で反応させることが効率的である。限定するものではないが、例えば約100℃~約130℃、好ましくは約115℃~約125℃で、例えば約30~100分間、好ましくは約50~80分間反応させてもよい。例えば、オートクレーブなどを用いて高圧条件下で実施してもよい。
【0015】
本発明の方法によって製造されたメラノイジンは、腐敗や食中毒の原因となる細菌、特に、Listeria monocytogenes、Brevibacillus brevis、Bacillus cereus、およびSalmonella Typhimuriumに対して抗菌活性を有する。さらに、該メラノイジンは、既存の保存料、例えば、ソルビン酸カリウム、安息香酸ナトリウム、プロタミン(白子たんぱく抽出物)、プロピオン酸カルシウム、グリシン、ナイシン等と同等以上の抗菌活性を示す。
【0016】
本明細書において、「抗菌活性」は、細菌の増殖を抑制または阻害する活性を意味し、殺菌、滅菌および静菌活性を包含する。
【0017】
2.抗菌組成物
本発明では、上記したメイラード反応によって製造されたメラノイジンを有効成分として含む抗菌組成物が提供される。該抗菌組成物は、キシロースまたはリボースから選択される1種類の還元糖と、フェニルアラニンまたはプロリンから選択される1種類のアミノ酸とからなる1つの組み合わせから製造されたメラノイジンのみを含んでいてもよく、あるいはキシロースまたはリボースから選択される還元糖とフェニルアラニンまたはプロリンから選択されるアミノ酸の2以上の組み合わせから製造された2種以上のメラノイジンを含んでいてもよい。例えば、本発明の抗菌組成物は、反応基質としてキシロースまたはリボースとフェニルアラニンから製造されたメラノイジン、および/または反応基質としてキシロースまたはリボースとプロリンから製造されたメラノイジンを含む。
【0018】
本発明の抗菌組成物に含まれるメラノイジンは、上記のメイラード反応後に得られる反応液中に含まれる状態であってもよく、または該反応液から分離したものであってもよい。該分離は常法によって行ってもよく、例えば、限定するものではないが、各種クロマトグラフィー法によって分離することができる。
【0019】
本発明ではさらに、上記メラノイジンのうち、反応基質としてキシロースおよびフェニルアラニンから製造されたメラノイジンに含まれる一化合物の化学構造を決定した。したがって、本発明のさらなる態様において、式I:
【化3】
[式中、R
1ないしR
10は、独立して、水素原子、あるいはC1-5の分枝鎖または直鎖状の飽和または不飽和炭化水素基である]
で示される化合物またはその塩を含む、抗菌組成物が提供される。
【0020】
式Iで示される化合物において、好ましくは、R1ないしR5の少なくとも1つ、さらに好ましくは少なくとも2つ、より好ましくは少なくとも3つ、またさらに好ましくは少なくとも4つは、水素原子であり、また、好ましくは、R6ないしR10の少なくとも1つ、さらに好ましくは少なくとも2つ、より好ましくは少なくとも3つ、またさらに好ましくは少なくとも4つは、水素原子である。
【0021】
本発明ではさらに、上記メラノイジンのうち、反応基質としてキシロースおよびプロリンから製造されたメラノイジンに含まれる一化合物の化学構造を決定した。したがって、本発明のさらなる態様において、式III:
【化4】
[式中、R
11ないしR
16は、独立して、水素原子、C1-5の分枝鎖または直鎖状の飽和または不飽和炭化水素基、ヒドロキシル基(-OH)、ハロゲン原子、スルファニル基(-SH)、アミノ基(-NH
2)、ニトロ基(-NO
2)、カルボキシル基(-COOH)、スルホン酸基(-SO
3H)、あるいはC1-5の分枝鎖または直鎖状の飽和または不飽和炭化水素を含むアルコキシ基である]
で示される化合物またはその塩を含む、抗菌組成物が提供される。
【0022】
式IIIで示される化合物の一の態様において、R11ないしR16は、独立して、水素原子、C1-5の分枝鎖または直鎖状の飽和または不飽和炭化水素基、またはヒドロキシル基から選択される。
【0023】
式IIIで示され化合物において、好ましくは、R13ないしR16の少なくとも1つ、さらに好ましくは少なくとも2つ、より好ましくは少なくとも3つは、水素原子である。
【0024】
C1-5の分枝鎖または直鎖状の飽和または不飽和炭化水素基の例としては、限定するものではないが、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、sec-ブチル、イソブチル、tert-ブチル等が挙げられ、好ましくはC1-3の炭化水素基が挙げられる。上記炭化水素基は、置換されていてもよい。
【0025】
ハロゲン原子としては、例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素が挙げられる。
【0026】
C1-5の分枝鎖または直鎖状の飽和または不飽和炭化水素を含むアルコキシ基の例としては、限定するものではないが、メトキシ、エトキシ、n-プロピルオキシ、イソプロピルオキシ、プロぺニルオキシ、プロピニルオキシ、n-ブチルオキシ、sec-ブチルオキシ、イソブチルオキシ、tert-ブチルオキシ、ブテニルオキシ、ブチニルオキシ等が挙げられ、好ましくはC1-3の炭化水素基を含むアルコキシ基が挙げられる。
【0027】
上記式Iで示される化合物の一例として、下記式II:
【化5】
で示される3-フェニル-2-(3-フェニル-1H-ピロール-1-イル)プロパン酸が挙げられる。したがって、本発明はさらに、3-フェニル-2-(3-フェニル-1H-ピロール-1-イル)プロパン酸またはその塩を含む抗菌組成物を提供する。
【0028】
上記式IIIで示される化合物の一例として、下記式IV:
【化6】
で示される3,8-ジヒドロキシ-2-メチルクロモンが挙げられる。したがって、本発明はさらに、3,8-ジヒドロキシ-2-メチルクロモンまたはその塩を含む抗菌組成物を提供する。
【0029】
上記式Iで示される化合物は、キシロースおよびフェニルアラニンを反応基質としてメイラード反応を行い、得られたメラノイジンから3-フェニル-2-(3-フェニル-1H-ピロール-1-イル)プロパン酸を単離し、必要に応じて精製することによって得てもよく、または化学合成によって得てもよい。3-フェニル-2-(3-フェニル-1H-ピロール-1-イル)プロパン酸のメラノイジンからの単離および精製は、既知の方法によって行えばよく、例えば、各種クロマトグラフィー法等を利用することができる。かくして得られた3-フェニル-2-(3-フェニル-1H-ピロール-1-イル)プロパン酸はさらに、常法により、式Iに包含される種々の化合物に変換してもよい。式Iで示される化合物の化学合成は、既知の方法によって実施することができる。例えば、3-フェニル-2-(3-フェニル-1H-ピロール-1-イル)プロパン酸は、Chemistry of Heterocyclic Compounds 2017, 53(5), 526-531に記載される方法にしたがって合成してもよい。
【0030】
上記式IIIで示される化合物は、キシロースおよびプロリンを反応基質としてメイラード反応を行い、得られたメラノイジンから3,8-ジヒドロキシ-2-メチルクロモンを単離し、必要に応じて精製することによって得てもよく、または化学合成によって得てもよい。3,8-ジヒドロキシ-2-メチルクロモンのメラノイジンからの単離および精製は、既知の方法によって行えばよく、例えば、各種クロマトグラフィー法等を利用することができる。かくして得られた3,8-ジヒドロキシ-2-メチルクロモンはさらに、常法により、式IIIに包含される種々の化合物に変換してもよい。式IIIで示される化合物の化学合成は、既知の方法によって実施することができる。
【0031】
上記式Iおよび式IIIで示される化合物は、飲食品、化粧品または医薬品の分野において許容される塩の形態であってもよい。塩の例としては、限定するものではないが、塩酸塩、硫酸塩、リン酸塩、臭化水素酸塩等の無機酸塩、酢酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、シュウ酸塩、クエン酸塩、メタンスルホン酸塩等の有機酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、亜鉛塩、銀塩、銅塩等の金属塩、またはアンモニウム塩等の無機塩基との塩、メチルアミン塩、トリエチルアミン塩、トリエタノールアミン塩等の有機塩基との塩等が挙げられる。このような塩は、当該分野で既知の方法によって調製することができる。
【0032】
本発明の抗菌組成物は、上記のメイラード反応によって得られたメラノイジン、または式Iまたは式IIIで示される化合物そのものであってもよく、またはこれらの有効成分以外の他の成分を含有していてもよい。かかる他の成分としては、限定するものではないが、例えば、水、アルコール、各種緩衝液等が挙げられ、抗菌組成物の使用目的に応じて適宜配合すればよい。抗菌組成物中における上記メラノイジンまたは化合物の含有量は、当業者によって適宜決定することができ、特に限定されない。
【0033】
本発明の抗菌組成物は、飲食品、化粧品または医薬品の分野で利用可能ないずれの形態であってもよい。かかる形態の例は、限定するものではないが、固体(例えば粉末)、液体、または凍結乾燥形態が挙げられる。
【0034】
本発明の抗菌組成物は、飲食品、化粧品または医薬品の分野において、例えば、保存料、日持ち向上剤または防腐剤として使用することができる。本発明の抗菌組成物は、様々な飲食品、化粧品または医薬品に添加して使用することができ、既存の保存料、日持ち向上剤または防腐剤と併用することもできる。本願明細書において、「添加」には、配合、噴霧、塗布および浸漬も包含される。本発明の抗菌組成物を使用する飲食品の例としては、限定するものではないが、生鮮野菜・果物、鮮魚、弁当・惣菜類等の調理済み食品、各種の魚肉・畜肉加工品,野菜・果実の加工品,および飲料等が挙げられ、特にそのままで食される飲食品に好適に使用される。本発明の抗菌組成物を使用する化粧品の例としては、限定するものではないが、シャンプー、リンス、ローション、クリーム等が挙げられる。特に、本発明の抗菌組成物の有効成分がメラノイジンまたはメラノイジンに由来する化合物である場合、該有効成分が食品素材に由来するため、該抗菌組成物はより高い安全性を有する。
【0035】
本発明の抗菌組成物は、腐敗や食中毒の原因となる細菌、特に、Listeria monocytogenes、Brevibacillus brevis、Bacillus cereus、およびSalmonella Typhimuriumに対して抗菌活性を有する。さらに、本発明の抗菌組成物は、既存の保存料、例えば、ソルビン酸カリウム、安息香酸ナトリウム、プロタミン(白子たんぱく抽出物)、プロピオン酸カルシウム、グリシン、ナイシン等と同等以上の抗菌活性を示す。
【0036】
したがって、さらなる態様において、本発明は、飲食品、化粧品または医薬品に本発明の抗菌組成物を添加することを含む、飲食品、化粧品または医薬品において細菌の増殖を抑制する方法を提供する。ここで、細菌の増殖抑制には、細菌の増殖阻害、殺菌および滅菌が包含される。抗菌組成物の添加量は、増殖抑制効果を奏するかぎり特に限定されず、当業者により適宜決定することができる。
【実施例】
【0037】
実施例1:種々の反応基質を用いたメイラード反応およびメラノイジンの抗菌活性評価
(1)供試材料
メイラード反応に用いる還元糖としてD-グルコースとD-キシロースの2種類を、アミノ酸としてL-アラニン、L-アルギニン、L-グルタミン、L-ロイシン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-スレオニン、L-バリン、L-セリン、L-トリプトファンの11種類を用いた。
【0038】
抗菌活性評価には以下の細菌を用いた。グラム陽性細菌として、Bacillus cereus(ATCC10987)、Brevibacillus brevis(NBRC100599)、Lactobacillus fructivorans(NBRC13954)、Listeria monocytogenes(ATCC19111)を用いた。グラム陰性細菌として、Escherichia coli(O157:H7,HIPH 12361)、Salmonella Enteritidis(RIMD1933001)、Salmonella Typhimurium(ATCC29630)を用いた。腸内細菌として、Enterococcusfaecalis(ATCC47077)、Escherichia coli(ATCC 25922)、Lactobacillus brevis(JCM 1059)、Staphylococcus epidermidis(ATCC 12221)を用いた。これらの細菌を液体培地中で増菌培養した細菌液を実験に用いた。
【0039】
(2)メラノイジンの製造
還元糖とアミノ酸の組み合わせを変え、22種類のメラノイジンを製造した。同一メラノイジン濃度での抗菌活性比較をするために、先行研究に基づいて、420nm吸光度をメラノイジン濃度の指標として吸光度3.5±0.2を本研究で用いるメラノイジン濃度と定めた。還元糖とアミノ酸を等モル濃度でpH7.0のリン酸緩衝液に溶解し、121℃、2気圧でオートクレーブを用いて60分間加熱した。加熱後のメラノイジン濃度が先述した濃度になるように、加熱前のモル濃度を調整した。
【0040】
(3)抗菌活性の評価
上記(2)で製造した22種類のメラノイジンのListeria monocytogenes(以下、L.monocytogenesと略す)に対する抗菌活性を比較した。評価のために細菌増殖に伴う光学濃度の変化を測定した。各メラノイジン(100μL)にTryptic Soy Broth液体培地(100μL)を加え、L.monocytogenes溶液(105~106CFU/mL)を添加し(20μL)して25℃で培養した。マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)を用いて各溶液の光学濃度(595nm吸光度)を30分毎に24時間測定した。測定後、光学濃度の24時間培養後の変化量を求めた。培養試験は独立した実験を3回行った。対照実験として液体培地(100μL)を2倍希釈したものを用いた。
【0041】
メラノイジンの抗菌活性を評価した結果を
図1に示す。本研究で用いた22種類のメラノイジンの中で最もL.monocytogenesに対する増殖抑制効果が高かった反応基質は、キシロースとフェニルアラニン、およびキシロースとプロリンの組み合わせであった。また、いずれのアミノ酸条件においても、D-グルコースよりD-キシロースを用いて製造したメラノイジンでL.monocytogenesの増殖はより顕著に抑制された。反応基質として使用する還元糖の違いによってメラノイジンの抗菌活性が変化したのは、還元糖によってメイラード反応の反応性が異なるためであると考えられる。
【0042】
フェニルアラニンまたはプロリンを用いて製造したメラノイジンで最も抗菌活性が高かった理由は二点考えられる。一点目は、アミノ酸の構造にある。メラノイジンの抗菌活性のメカニズムとして細菌の細胞壁へのキレート効果が提唱されているが、一般にキレートは五員または六員環構造が安定することが知られている。したがって、フェニルアラニンが有する六員環構造、およびはプロリンが有する五員環構造が、これらの基質から製造されたメラノイジンに影響を与えている可能性がある。二点目はメラノイジン内のペプチドによる影響である。重合体であるメラノイジンにはアミノ酸がペプチド結合をしたペプチドが含まれているとの報告がある。また、微生物や昆虫等が生成したプロリンを豊富に含むペプチドやフェニルアラニンを含むペプチドの中には抗菌活性を有するものがあるため、フェニルアラニンやプロリンから生成したメラノイジン内に生成されたペプチドが抗菌活性を有している可能性もある。以上のことから、キシロースとフェニルアラニン、およびキシロースとプロリンの組み合わせから生成したメラノイジンの抗菌性が最も高くなったと推測される。
【0043】
(4)抗菌活性範囲の特定
上記(2)で製造したメラノイジンのうち2種類のメラノイジン(反応基質として、キシロースとフェニルアラニンの組み合わせ、およびキシロースとプロリンの組み合わせを用いて製造されたメラノイジン;以下、それぞれ、「Xylose-Pheメラノイジン」および「Xylose-Proメラノイジン」と略す)を用い、それらが抗菌活性を示す細菌を特定した。上記(1)で培養した全ての細菌を対象に以下の測定を行った。2種類のメラノイジン(各500μL)にTryptic Soy Broth液体培地(500μL)を加え、細菌液(105~106CFU/mL)を20μL分注して25℃で48時間培養した。培養期間中12時間間隔でサンプルを抽出して生菌数(Colony forming unit: CFU/mL)を測定した。
【0044】
その結果、上記の2種類のメラノイジンは、L.monocytogenesの他に、Brevibacillus brevisに対して高い抗菌活性を示し、その生菌数は48時間で減少し続けた(
図2)。さらに、Xylose-PheメラノイジンはBacillus cereusに対して、Xylose-ProメラノイジンはSalmonella Typhimuriumに対して、特に高い抗菌活性を示した(
図3、
図4)。しかしながら、Xylose-ProメラノイジンはBacillus cereusに対して、25℃での培養条件下で24時間後まで生菌数がわずかに増加しただけであり、無添加時と比べても、十分な増殖抑制を示した(
図3)。また、Xylose-PheメラノイジンはSalmonella Typhimuriumに対して、25℃での培養条件下で12時間後まで生菌数を減少させ、さらに24時間後の時点で実験開始時の生菌数を維持しており、十分な増殖抑制を示した(
図4)。このように2種類のメラノイジンで異なる抗菌活性を示したのは、先述したようにメラノイジン内にペプチドが生成されていると仮定したならば、生成されている抗菌ペプチドが異なるためであると考えられる。
【0045】
その他の細菌に対しては2種類のメラノイジンはわずかに抗菌活性を示すか、全く抗菌活性を示さなかった。特に、4種類の腸内細菌およびその他の乳酸菌に対してメラノイジンが強い抗菌性を示さなかった理由は、それらの細菌がメラノイジン耐性を持つためと考えられる。人類は古くからメラノイジンを含む食品を製造し、日常的に食べているので、人類の腸内に生存している腸内細菌叢は高頻度でメラノイジンに曝露されてきた。そのため腸内細菌叢はメラノイジンに耐性を持つようになったと推測される。腸内細菌ではないがL. fructivoransにも同様のことが言える。この細菌は佃煮や減塩醤油内でも生存できる細菌であり、塩分耐性があるとされている。しかし佃煮や醤油は共にメラノイジンを含む食品でもあるため,L.fructivoransも腸内細菌同様にメラノイジン耐性を獲得していると推測される。
【0046】
(5)メラノイジンの性能評価
2種類のメラノイジン(Xylose-Pheメラノイジン、およびXylose-Proメラノイジン)を用い、その抗菌性を既存の保存料であるナイシンと比較した。ナイシン溶液を500、700、または800IU/mLで調整した。ここで、1 IU(International Unit)は、0.25μgを示す。上記(3)と同様に、メラノイジンおよびナイシン溶液にTryptic Soy Broth液体培地を混合し、L.monocytogenes(105~106CFU/mL)を20μL分注して、25℃で48時間培養した。培養期間中12時間間隔で生菌数(CFU/mL)を測定した。
【0047】
ナイシンとメラノイジンのL.monocytogenesに対する抗菌活性を比較した結果を
図5に示した。ナイシン添加条件では添加後12時間の培養で生菌数の減少が見られたが、同様の生菌数減少はメラノイジン添加条件では見られず、48時間の培養期間中ほぼ一定の値を示した。また、250 IU/mL(洋菓子等の国内基準)および350 IU/mLナイシン添加条件では、12時間以降生菌数は増加し、48時間の測定時には生菌数はメラノイジン添加条件と同程度、あるいはそれ以上まで増加した。これらの結果より、本研究で用いた2種類のメラノイジンのL.monocytogenesに対する抗菌活性は、ナイシン250~350 IU/mL程度であるものの、その増殖抑制効果の持続性が示された。
【0048】
実施例2:食品中の食中毒細菌に対するメラノイジンの抗菌活性評価
本研究では、加熱加工工程においても生残する食中毒細菌の一つであるBacillus cereus(以下、B.cereusと略す)を対象として、加熱調理後の食品中におけるメラノイジンの細菌増殖抑制効果を、既存の保存料等との比較から明らかにした。
【0049】
1.実験方法
(1)供試細菌と材料
加工食品中から分離されたB.cereusをTryptic Soy Broth液体培地中にて増菌培養して、109CFU/mLに調製した菌液を用いた。対象食品として煮込み調理過程でのB.cereusの生残が懸念される牛丼を採用して、レトルト殺菌処理を施された牛丼の素から抽出したつゆを実験に用いた。供試つゆのpHは5.6、水分活性は0.977であった。
【0050】
(2)メラノイジンの調製
pH7.0のリン酸緩衝液を溶媒として、D-キシロースとL-フェニルアラニンをそれぞれ40mM濃度に調製した後、混合してオートクレーブにて121℃、2気圧で1時間加熱した。加熱後、速やかに冷水で冷却した後、-30℃で24時間予備凍結し、凍結試料を真空凍結乾燥機内に静置して凍結乾燥により、粉末状のメラノイジンを調製した。
【0051】
(3)抗菌活性の比較
レトルト食品の牛丼の素のつゆ900μLに、上記(2)で調製したメラノイジン粉末7.0mgとB.cereusの菌液100μLを加え、25℃で3日間培養し、24時間毎に溶液中の生菌数を測定した。既存の保存料および日持ち向上剤とメラノイジンの抗菌活性を比較するために、現在、保存料および日持ち向上剤として一般的に用いられているグリシン、プロタミン(白子たんぱく抽出物)、プロピオン酸カルシウム、安息香酸ナトリウム、およびソルビン酸カリウムを、メラノイジンと同一の添加濃度に調製して、同様にB.cereus含有溶液中の生菌数を測定した。陰性対照として、何も添加しない場合のB.cereus含有溶液中の生菌数を測定した。
【0052】
(4)統計処理
同一保存期間における各種添加物の効果を評価するために、メラノイジンを含む6種類の添加物の抗菌活性の差をTukeyの多重比較法を用いて検定した。
【0053】
2.結果と考察
結果を表1および
図6に示す。これらの結果から明らかなように、メラノイジンを添加することで、25℃で保存した牛丼中のB.cereusの増殖を少なくとも3日間は初期菌数未満に抑制することができた。既存の保存料または日持ち向上剤を添加した場合の菌数と比較すると、メラノイジンを添加した場合の菌数はソルビン酸カリウムを添加した場合より少なく、安息香酸ナトリウムよりわずかに多かった(
図6)。さらに、1日目と2日目についてはメラノイジンを添加した場合の菌数が最も少なかった(表1)。また、本研究ではB.cereusの異なる2菌株(ATCC 10987、および食品製造工場からの分離株)を用いて実験を行なったが、いずれの菌株も同様の結果を示していたことから、菌株の違いによらずメラノイジンの抗菌活性が現われることが確認できた。
【0054】
25℃で保存した牛丼中の菌数をTukeyの多重比較法を用いた検定の結果、2日目以降は安息香酸ナトリウムを添加した場合と有意差がなく、3日目はソルビン酸カリウムを添加した場合と有意差がなかったことから、メラノイジンの抗菌活性は安息香酸ナトリウムおよびソルビン酸カリウムと同等以上であるといえる(表1)。つまり、アミノ酸と還元糖を加熱するだけで調製できるメラノイジンが、既存の保存料等と同等以上の抗菌活性を有していることが明らかになった。安息香酸ナトリウムおよびソルビン酸カリウムは、どちらも食品への添加量が法で規制されている強力な保存料である。メラノイジンの抗菌活性がそれらの試薬と同等以上であることから、メラノイジンを利用することで食品素材由来の物質を用いた新たな食中毒防止および食品の腐敗抑制の手法開発の可能性が示唆された。
【0055】
表1.各種添加物の添加による牛丼中のBacillus cereusの25℃における増殖に与える影響
【表1】
表中の値はB.cereusの対数生菌数を平均値±標準偏差(n=3)で表している。アルファベットの違いは同一測定時点において有意差があることを表す。(P<0.05)
【0056】
実施例3:Xylose-Pheメラノイジンからの抗菌活性化合物の単離
メラノイジンは、メイラード反応中に形成されるメラノイジン中間体の種類と量は膨大であり、さらに、その化学構造は処理速度および処理時間等の条件にも依存するため、異なる部分構造の不均一な混合物であると考えられており、構造が不確かである。そのため、メラノイジンの抗菌活性のメカニズムも未だ明らかになっていない。本研究では、複合物質であるメラノイジンの、科学的な性質を利用した成分分離を繰り返し行い、抗菌活性を有する物質群を選抜し、選抜された物質群において抗菌活性を示す要因となっている化学構造を明らかにした。
【0057】
I.抗菌活性を有する物質群の選抜
1.実験方法
(1)供試細菌と材料
Bacillus cereus(ATCC 10987)をTryptic Soy Agar寒天培地(TSA)で37℃で24時間培養後、Tryptic Soy Broth液体培地(TSB)でさらに37℃で24時間増菌培養した。このようにして調製した菌液を以下の実験に用いた。
【0058】
(2)メラノイジンの調製および分離
pH7.0のリン酸緩衝液を溶媒として、D-キシロースとL-フェニルアラニンをそれぞれ40mM濃度に調製した後、混合してオートクレーブにて121℃で1時間加熱してメラノイジンを生成した。生成したメラノイジンを分液漏斗を用いて分離し、得られた酢酸エチル抽出物を、さらにシリカゲルクロマトグラフィーを用いて分離し、フラクションとした。このフラクションを薄層クロマトグラフィー(TLC)にかけ、印のでた2つのフラクション(サンプルAおよびサンプルB)を得た。これらのサンプルは、試料原液中で4500ppm、2250ppm、または1124ppmになるように濃度を調整して用いた。サンプルは、一度濃縮して溶媒を飛ばした後、純水に溶かして調製した。
【0059】
(3)サンプルの抗菌活性
上記(2)で調製した各濃度のサンプル450μLとTSB450μLとを混合したものに、上記(1)で調製したBacillus cereusの菌液を100μL加えて試料原液を調製し、25℃で培養し、24時間毎に溶液中の菌数を測定した。希釈した試料100μLをTSAに塗布し、37℃で24時間培養後TSA上に発生したコロニー数(CFU)を測定したものを各測定時間の菌数とした。また、比較のために、コントロールとして、サンプル450μLをペプトン水450μLに置き換えたもので同様の操作を行った。
【0060】
2.結果と考察
分離サンプルAおよびサンプルBの濃度ごとの抗菌活性の結果をそれぞれ、
図7Aおよび
図7Bに示す。サンプルAはどの濃度でも抗菌活性が見られ、4500ppmと2250ppmの場合の抗菌活性はほとんど同じくらいで、かなり強い抗菌活性を示していた(
図7A)。さらに1124ppmでも生菌数は減り続けており、ある程度強い抗菌活性が見られた。それに対しサンプルBでは4500ppmの場合で少し抗菌活性が見られたが、それ以外の濃度ではサンプルBをペプトン水に置き換えた場合(コントロール)とほとんど生菌数は変わらず抗菌活性がほとんど見られなかった(
図7B)。この結果から、メラノイジンの抗菌活性はサンプルA内の物質が強く影響していることが分かった。また、サンプルAにおいて4500ppmと2250ppmでの抗菌活性がほとんど変わらなかったことから、サンプルAの抗菌活性の能力は一定以上の濃度で限界に達する可能性がある。
【0061】
II.抗菌活性化合物の単離
1.実験方法
(1)供試細菌と材料
Bacillus cereus(ATCC 10987)の冷凍ストックから白金耳でTryptic Soy Agar寒天培地(TSA)に塗布し、37℃で24時間培養後、Tryptic Soy Broth液体培地(TSB)でさらに24時間培養し、109 CFU/mLに調製した。このようにして調製した菌液を以下の実験に用いた。
【0062】
(2)メラノイジンの調製および分離
pH7.0のリン酸緩衝液を溶媒として、D-キシロースとL-フェニルアラニンをそれぞれ40mM濃度に調製した後、混合してオートクレーブにて121℃で1時間加熱した。生成したメラノイジンの酢酸エチル抽出物をカラムクロマトグラフィー(溶媒 メタノール20%:クロロホルム80%)で抽出してサンプルAを得た。サンプルAをさらにカラムクロマトグラフィー(溶媒 酢酸エチル50%:トルエン50%)に付して、物質を単離した。この物質をDMSOと純水の混合溶媒に溶かして調製した溶液(サンプル)を、以下の実験に用いた。
【0063】
(3)菌数測定
サンプル450μLとTSB450μLとを混合したものに、上記(1)で調製したBacillus cereusの菌液100μLを加えて試料原液を調製し、25℃で培養し、24時間毎に溶液中の菌数を測定した。試料原液を希釈した試料100μLを寒天培地に塗布し、37℃で24時間培養後、寒天平板上に発生したコロニー数(CFU)を測定したものを各測定時間の菌数とした。また、DMSOの抗菌活性の確認のために、サンプル450μLを、試料原液中で上記(2)の単離物質と同濃度になるよう調節したDMSOと純水の混合溶液に置き換えたもので同様の操作を行った。さらに比較のために、コントロールとして、サンプル450μLをペプトン水450μLに置き換えたもので同様の操作を行った。
【0064】
2.結果と考察
結果を
図8に示す。単離物質の溶液はかなり強い抗菌活性を示したが、DMSOと水の混合溶液はペプトン水に置き換えたコントロールと同様に抗菌活性を示さなかった。このことから、メラノイジンから単離した物質は、抗菌活性を示すことが分かった。
【0065】
実施例4:Xylose-Pheメラノイジンからの抗菌化合物の化学構造の決定
実施例3で単離した化合物を各種機器分析に供し、化学構造の決定を行なった。その結果、FD-MS(Field Desorption-Mass Spectroscopy)分析において、m/z 291.13に強いシグナルが観測された。本シグナルの精密質量は、m/z 291.1274であり、分子式はC
19H
17NO
2(計算質量 291.1259)と推定された。さらに、
1H-NMR、
13C-NMR、COSY、HSQC、およびHMBCスペクトルにより、化合物の構造決定を行い、その化学構造を、3-フェニル-2-(3-フェニル-1H-ピロール-1-イル)プロパン酸と決定した(
図9A)。
1H-NMRおよび
13C-NMRスペクトルのシグナルの一覧を表2に示し、鍵となるCOSYおよびHMBC相関を
図9Bに示す。
【0066】
表2.サンプルAの
1H-NMRと
13C-NMRスペクトルデータ
【表2】
【0067】
実施例5:Xylose-Proメラノイジンからの抗菌活性化合物の単離および化学構造の決定
実施例1で強い抗菌活性を有することが明らかとなったD-キシロースとL-プロリンから調製したメイラード反応液より、抗菌活性物質の単離および精製を行った。
【0068】
(1)メイラード反応液の調製
各40mM濃度でD-キシロースとL-プロリンを溶解したpH7.0のリン酸緩衝液(500mL)を、オートクレーブを用い121℃で1時間加熱反応してメイラード反応液を得た。
【0069】
(2)化合物の単離
上記(1)で調製したメイラード反応液を酢酸エチル抽出に付し、得られた酢酸エチル層を減圧条件下で濃縮後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(シリカゲル45g、MeOH:CHCl3=5:95)を用いて精製した。得られた画分のうち、Salmonella typhimurium ATCC 29630に対して強い抗菌活性を有する画分を高速液体クロマトグラフィー[カラム:YMC-Pack ODS-AM(5μm,300×10mm);溶出液:50%(v/v)MeOH;流速:1.8mL/分]を用いてさらに精製し、化合物(2.1mg)を褐色油状物質として得た。
【0070】
(3)化合物の構造決定
上記(2)で得られた精製化合物を各種機器分析に供し、化学構造の決定を行なった。 FD-MS分析の結果、m/z192.0に強いシグナルが観測された。本シグナルの精密質量は、m/z192.0432であり、分子式はC
10H
8O
4(計算質量 192.0423)と推定された。さらに、
1H-NMR、
13C-NMR、COSY、HSQC、およびHMBCスペクトルにより化合物の構造決定を行い、その化学構造を、3,8-ジヒドロキシ-2-メチルクロモン(3,8-dihydroxy-2-methylchromone)と決定した(
図10A)。
1H-NMRおよび
13C-NMRスペクトルのシグナルの一覧を表3に示し、鍵となるCOSYおよびHMBC相関を
図10Bに示す。
【0071】
表3.化合物の
1H-NMRと
13C-NMRスペクトルデータ
【表3】
【0072】
(4)化合物の抗菌活性
上記(2)で得られた精製化合物をメタノールに溶解し、滅菌水で希釈して、試料原液中で濃度が0.25、0.5、または1.0mmol/Lになるよう試料溶液を調整した。この試料溶液450μLと液体培地(Tryptic Soy Broth, TSB)450μLを混合したものに、Salmonella typhimurium(ATCC 29630)の菌液100μLを加えて試料原液とした。この試料原液を25℃で培養し、初期菌数、培養1日後、3日後、および7日後の試料中の生菌数を測定した。生菌数は、希釈した試料100μLを寒天培地(Tryptic Soy Agar, TSA)に塗布し、37℃で24時間培養後に発生したコロニー数(Colony Forming Unit, CFU)として評価した。また、比較のために、コントロールとして試料溶液450μLをペプトン水450μLに置き換えたもので同様の操作を行なった。
【0073】
抗菌活性の結果を
図11に示す。当該試験に用いた試料の中では0.5mmol/Lおよび1.0mmol/Lの試料で強い抗菌活性が見られた。0.5mmol/Lおよび1.0mmol/Lの試料は、1日経過時点で検出限界以下まで生菌数が減少し、3日経過以降でも細菌が検出されなかったため、細菌を不活性化したと考えられる。0.25mmol/Lの試料では、1日経過時点では細菌が増殖しておらず、3日経過時点でも初期菌数に比べ生菌数の増加は1桁以内にまで抑制されていた。しかし、7日経過時点ではコントロールと同程度にまで生菌数が増加した。このことから、0.25mmol/Lでも最低で3日の増殖抑制効果を示すことが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の抗菌組成物、および本発の製造方法によって製造されるメラノイジンは、飲食品、化粧品および医薬品等の分野において日持ち向上剤、保存料または防腐剤等として安全に使用することができる。