IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ JX日鉱日石金属株式会社の特許一覧

特許7594420銅被覆鉄粉、銅被覆鉄粉の製造方法及びルテニウムの回収方法
<>
  • 特許-銅被覆鉄粉、銅被覆鉄粉の製造方法及びルテニウムの回収方法 図1
  • 特許-銅被覆鉄粉、銅被覆鉄粉の製造方法及びルテニウムの回収方法 図2
  • 特許-銅被覆鉄粉、銅被覆鉄粉の製造方法及びルテニウムの回収方法 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-26
(45)【発行日】2024-12-04
(54)【発明の名称】銅被覆鉄粉、銅被覆鉄粉の製造方法及びルテニウムの回収方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/17 20220101AFI20241127BHJP
   C22B 3/46 20060101ALI20241127BHJP
   C22B 11/00 20060101ALI20241127BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20241127BHJP
【FI】
B22F1/17
C22B3/46
C22B11/00
B22F1/00 S
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020200391
(22)【出願日】2020-12-02
(65)【公開番号】P2022088124
(43)【公開日】2022-06-14
【審査請求日】2023-07-11
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】真鍋 学
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特公昭47-003019(JP,B1)
【文献】特開昭63-183101(JP,A)
【文献】特開2022-041684(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00- 8/00
C01B 19/00-19/04
C22B 1/00-61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面が銅で被覆された鉄粉であり、ルテニウム及びヒ素を含む酸性溶液からルテニウムを選択的に析出させることを特徴とする、ルテニウムセメンテーション用の銅被覆鉄粉。
【請求項2】
銅含有量が10~80質量%であることを特徴とする、請求項1に記載の銅被覆鉄粉。
【請求項3】
嵩密度が、前記表面が銅で被覆された鉄粉と同じ粒度の鉄粉の嵩密度の60%以下であることを特徴とする、請求項1または2に記載の銅被覆鉄粉。
【請求項4】
嵩密度が1.3g/ml以下であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の銅被覆鉄粉。
【請求項5】
P80が100μm~5mmであることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の銅被覆鉄粉。
【請求項6】
30℃で1モル/L塩酸に浸して攪拌した時に、添加質量当たりの鉄の溶解速度を、鉄濃度の飽和濃度の中間値に達する時間までの回帰直線の傾きとして算出すると、鉄の溶解速度が銅被覆鉄粉の4.0質量%/分以下であることを特徴とする、請求項1~5のいずれか一項に記載の銅被覆鉄粉。
【請求項7】
有価物としてルテニウム、セレンおよびテルルのうち少なくとも1種類と、ヒ素とを含む酸性溶液から、前記有価物をセメンテーションするための銅被覆鉄粉の製造方法であって、
水溶性銅塩を含むpH5以下の水溶液に鉄粉を接触させて、前記鉄粉の表面を銅で被覆する工程を含むことを特徴とする、銅被覆鉄粉の製造方法。
【請求項8】
前記水溶性銅塩を含む水溶液は、銅濃度が2~40g/Lであることを特徴とする、請求項7に記載の銅被覆鉄粉の製造方法。
【請求項9】
前記水溶性銅塩を含む水溶液は、銅濃度が鉄濃度の0.15~3.0質量倍であることを特徴とする、請求項7または8に記載の銅被覆鉄粉の製造方法。
【請求項10】
前記水溶性銅塩を含む水溶液は、液温を20~60℃に調整して前記鉄粉と接触させることを特徴とする、請求項7~9のいずれか一項に記載の銅被覆鉄粉の製造方法。
【請求項11】
前記鉄粉は、P80が150μm以下であることを特徴とする、請求項7~10のいずれか一項に記載の銅被覆鉄粉の製造方法。
【請求項12】
前記表面を銅で被覆した鉄粉と同じ粒度の鉄粉の嵩密度の60%以下の嵩密度になるように、前記接触の反応時間を調節することを特徴とする、請求項7~11のいずれか一項に記載の銅被覆鉄粉の製造方法。
【請求項13】
前記鉄粉を投入した容器に、前記水溶性銅塩を含む水溶液を連続供給することで、前記水溶性銅塩を含む水溶液に鉄粉を接触させることを特徴とする、請求項7~12のいずれか一項に記載の銅被覆鉄粉の製造方法。
【請求項14】
請求項1~6のいずれか一項に記載の銅被覆鉄粉を用いて、ルテニウム及びヒ素を含む酸性溶液を液温20℃以上80℃以下に調整し、液中で接触させてルテニウムを析出させる工程を含むことを特徴とする、ルテニウムの回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅被覆鉄粉、銅被覆鉄粉の製造方法及びルテニウムの回収方法に係る。
【背景技術】
【0002】
銅乾式製錬では、銅精鉱を熔解し、転炉、精製炉で純度99%以上の粗銅とした後に、電解精製工程において、例えば純度99.99%以上の電気銅を生産する。近年では、転炉においてリサイクル原料として電子部品由来の貴金属を含む金属屑が投入されており、銅以外の有価物は電解精製時にスライムとして沈殿する。
【0003】
このスライムには貴金族類、希少金属、銅精鉱に含まれているセレンやテルルも同時に濃縮される。銅製錬副産物としてこれらの元素は個別に分離・回収される。
【0004】
このスライムの処理には、湿式製錬法が適用される場合が多い。例えば、特許文献1においては、塩酸-過酸化水素によりスライムから銀を回収し、溶解した金は溶媒抽出により回収した後に、その他の有価物を二酸化硫黄で順次還元回収する方法が開示されている。特許文献2には同様の方法で金銀を回収した後、二酸化硫黄で有価物を還元して沈殿せしめ、セレンのみを蒸留して除去して貴金属類を濃縮する方法が開示されている。
【0005】
貴金属を回収した後の溶液には、希少金属イオン、テルル、セレンが含まれており、さらにこれら有価物を回収することが必要である。回収方法としては還元剤により生じた沈殿を回収する方法、溶液ごと銅精鉱に混合しドライヤーで乾燥させて製錬炉に繰り返す方法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開第2001-316735号公報
【文献】特開第2016-160479号公報
【文献】特開第2019-147990号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に示されている、二酸化硫黄により生じた沈殿を回収する方法はコストや製造規模の面で利点が多い。加えて各元素が順次沈殿することから分離精製にも効果がある。
【0008】
二酸化硫黄を用いて有価物を回収する方法では溶解後に順次有価物を還元して回収することができる。初めに白金、パラジウムが沈殿する。次にセレンが還元を受ける。イリジウム、ルテニウム、ロジウムは酸化還元電位が比較的低く還元を受け難く、最後まで溶液に残留する。溶液中のルテニウムは臭素酸等の強力な酸化剤により酸化後に蒸留して二酸化ルテニウムとして回収する方法が一般的である。
【0009】
特許文献3には、最後まで溶液に残ったルテニウムは金属銅によってセメンテーションする方法が開示されている。セメンテーションに用いる金属に銅を使用することにより、共存しているヒ素がアルシンガスとして発生することを回避することができる。
【0010】
セメンテーションは大掛かりな設備を必要としない比較的簡便な方法であり、ルテニウムの濃度が低くても相応の効果を示す。そのためルテニウムに対しては精製前に他元素から分離、濃縮する方法として有効である。
【0011】
精製前の粗ルテニウムの純度を高めるには一度ルテニウム類を無害な形で粗分離し濃縮することが必要になる。濃縮において溶液を還元して沈殿物としてルテニウムとその他元素を回収する。その他元素としてはセレン、テルル、ロジウムが一般的である。
【0012】
特許文献3に開示してあるように銅によるセメンテーションでルテニウムは粗ルテニウムとして回収できる。しかしながら回収したルテニウム含有沈殿物から銅を除去する必要があるが、硫酸で溶解しなければならない。銅は硫酸に溶解するときは加熱することが必要であり、未反応の銅はその表面がセメンテーションにより析出したセレンやテルル等の物質に被覆されるので酸溶解反応は効率的であるとは言えない。沈殿物処理工程に持ち込む銅は少ない方が好ましい。
【0013】
さらに銅は比較的価格の高い金属である。セメンテーションに使用する場合はコストが無視できない。とはいえ代表的な卑金属である亜鉛、アルミニウムは酸性条件下ではヒ素と反応してアルシンガスを発生する恐れがある。また酸と反応して水素を発生する金属は投入時に水素が急激に発生してオーバーフローする危険がある。
【0014】
本発明はこのような従来の事情を鑑み、ルテニウム及びヒ素を含む酸性溶液からルテニウムを選択的に回収することが可能な銅被覆鉄粉、銅被覆鉄粉の製造方法及びルテニウムの回収方法を提供する。特に銅製錬における電解精製工程で発生する電解澱物を溶解した液に好適である。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、ルテニウム及びヒ素を含む酸性溶液を銅被覆鉄粉でセメンテーションしてルテニウムを回収可能とすることができることを見出した。本発明の実施形態は、以下のように特定される。
(1)表面が銅で被覆された鉄粉であり、ルテニウム及びヒ素を含む酸性溶液からルテニウムを選択的に析出させることが可能であることを特徴とする、ルテニウムセメンテーション用の銅被覆鉄粉。
(2)銅含有量が10~80質量%であることを特徴とする、(1)に記載の銅被覆鉄粉。
(3)嵩密度が、前記表面が銅で被覆された鉄粉と同じ粒度の鉄粉の嵩密度の60%以下であることを特徴とする、(1)または(2)に記載の銅被覆鉄粉。
(4)嵩密度が1.3g/ml以下であることを特徴とする、(1)~(3)のいずれかに記載の銅被覆鉄粉。
(5)P80が100μm~5mmであることを特徴とする、(1)~(4)のいずれかに記載の銅被覆鉄粉。
(6)30℃で1モル/L塩酸に浸して攪拌した時に、添加質量当たりの鉄の溶解速度を、鉄濃度の飽和濃度の中間値に達する時間までの回帰直線の傾きとして算出すると、鉄の溶解速度が銅被覆鉄粉の4.0質量%/分以下であることを特徴とする、(1)~(5)のいずれかに記載の銅被覆鉄粉。
(7)有価物としてルテニウム、セレン、テルルのうち少なくとも1種類と、ヒ素とを含む酸性溶液から、前記有価物をセメンテーションするための銅被覆鉄粉の製造方法であって、
水溶性銅塩を含むpH5以下の水溶液に鉄粉を接触させて、前記鉄粉の表面を銅で被覆する工程を含むことを特徴とする、銅被覆鉄粉の製造方法。
(8)前記水溶性銅塩を含む水溶液は、銅濃度が2~40g/Lであることを特徴とする、(7)に記載の銅被覆鉄粉の製造方法。
(9)前記水溶性銅塩を含む水溶液は、銅濃度が鉄濃度の0.15~3.0質量倍であることを特徴とする、(7)または(8)に記載の銅被覆鉄粉の製造方法。
(10)前記水溶性銅塩を含む水溶液は、液温を20~60℃に調整して前記鉄粉と接触させることを特徴とする、(7)~(9)のいずれかに記載の銅被覆鉄粉の製造方法。
(11)前記鉄粉は、P80が150μm以下であることを特徴とする、(7)~(10)のいずれかに記載の銅被覆鉄粉の製造方法。
(12)前記表面を銅で被覆した鉄粉と同じ粒度の鉄粉の嵩密度の60%以下の嵩密度になるように、前記接触の反応時間を調節することを特徴とする、(7)~(11)のいずれかに記載の銅被覆鉄粉の製造方法。
(13)前記鉄粉を投入した容器に、前記水溶性銅塩を含む水溶液を連続供給することで、前記水溶性銅塩を含む水溶液に鉄粉を接触させることを特徴とする、(7)~(12)のいずれかに記載の銅被覆鉄粉の製造方法。
(14)(1)~(6)のいずれかに記載の銅被覆鉄粉を用いて、ルテニウム及びヒ素を含む酸性溶液を液温20℃以上80℃以下に調整し、液中で接触させてルテニウムを析出させる工程を含むことを特徴とする、ルテニウムの回収方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の実施形態によれば、ルテニウム及びヒ素を含む酸性溶液からルテニウムを選択的に回収することが可能な銅被覆鉄粉、銅被覆鉄粉の製造方法及びルテニウムの回収方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実験例に係る、銅被覆鉄粉の銅品位別にルテニウム沈殿量/ヒ素沈殿量をプロットしたグラフである。
図2】実験例に係る、銅被覆鉄粉の嵩密度別にルテニウム沈殿量/ヒ素沈殿量をプロットしたグラフである。
図3】実験例に係る、各種銅濃度で調製した銅被覆鉄粉が塩酸に溶解する時の鉄濃度の経時変化をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<銅被覆鉄粉>
本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉は、ルテニウムセメンテーションに用いられる。本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉は、表面が銅で被覆された鉄粉であり、ルテニウム及びヒ素を含む酸性溶液からルテニウムを選択的に析出させることが可能である。
ルテニウムをより迅速にかつ効率的に回収するにはFeによるセメンテーションが最も良い。
Fe + Ru2+ → Fe2+ + Ru
ところがヒ素を含む酸性溶液では、鉄は酸で水素を発生して、ヒ素が反応してアルシンガスが発生する問題がある。
3Fe + H3AsO3 + 6H+ → 3Fe2+ + H3As + 3H2
一方、銅は、ヒ素を含む酸性溶液中にあっても、ヒ化銅ができ、アルシンガスは発生しない。
6Cu + 2H3AsO3 + 6H+ → 2Cu3As + 6H2
そこで、鉄の近傍に銅が存在すれば、Feと接する溶液中のヒ素の濃度は銅により下がり、アルシンの発生量を抑制してルテニウムを回収することが可能になる。鉄の表面を銅で被覆した銅被覆鉄粉が効果的である。
【0019】
本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉は、銅含有量が10~80質量%であることが好ましい。銅被覆鉄粉における銅含有量が10質量%未満であると、銅被覆鉄粉使用時に生じる水素でアルシンが生成する恐れがある。また、銅被覆鉄粉における銅含有量が80質量%超であると、作用が銅粉とほぼ同じになり、反応温度が低くてよい、未反応分の処理が容易、価格が安いといったメリットが失われる。本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉は、銅含有量が30~65質量%であることがより好ましい。
【0020】
本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉は、嵩密度が、表面が銅で被覆された鉄粉と同じ平均粒径の鉄粉の嵩密度の60%以下であることが好ましい。嵩密度は、一定容積の容器に粉体を目一杯充てんし、その内容積を体積としたときの密度を示す。表面の凹凸は鉄の形状が粉体であれば嵩密度となって数値化できる。銅被覆鉄粉の嵩密度が、表面が銅で被覆された鉄粉と同じ平均粒径の鉄粉の嵩密度の60%以下であると、反応効率が高い銅被覆鉄粉となる。本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉の嵩密度は、表面が銅で被覆された鉄粉と同じ平均粒径の鉄粉の嵩密度の50%以下であることがより好ましい。
【0021】
本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉は、嵩密度が、1.3g/ml以下であることが好ましい。本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉の嵩密度が、1.3g/ml以下であると、セメンテーションの効率が向上し、さらに、ルテニウムとヒ素の分離効率が向上する。銅被覆鉄粉の嵩密度は、1.0g/ml以下であるのがより好ましい。
【0022】
本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉は、P80が100μm~5mmであることが好ましい。銅被覆鉄粉のP80が100μm以上であると、反応時に溶液中で均一に分散することができる。また、銅被覆鉄粉のP80が5mm以下であると、高い反応速度を示す。本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉のP80は、180μm~1mmであるのがより好ましい。
【0023】
本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉において、「鉄粉」とは、一般的には数百マイクロメートル以下の粒径の鉄の粉を指す。本発明の実施形態に係る銅被覆前の鉄粉は、特別なものではなく、市販されている鉄粉を用いることができる。また、本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉では、ルテニウムのセメンテーションに用いるため特に粒径の制約は受けないが、攪拌した時に広く分散することが可能な粒径を持つことが好ましい。粉ではなくとも粒径が10mm以下の粒に分類される金属鉄も表面を銅で被覆すれば使用可能であり、本発明の実施形態では、これらを「鉄粉」としている。
【0024】
非鉄金属製錬、とりわけ銅製錬の電解精製工程で生じる電解澱物は白金族元素と重金属、有毒元素が濃縮される。白金族元素ならびに有毒元素は単独で製錬されることはなく、他金属の副産物として回収されるか廃触媒等のリサイクル原料から分離される。したがって、本方法は廃棄物からのリサイクルにも適用できる。
【0025】
塩酸と過酸化水素を添加して電解澱物を溶解することができるが、銀は溶解直後に塩化物イオンと不溶性の塩化銀沈殿を形成する。酸化剤と塩素を含む溶液、例えば王水や塩素水であれば貴金属類は溶解して銀を塩化銀として分離できる。浸出貴液(PLS)には白金族元素、希少金属元素、カルコゲン元素、ヒ素、アンチモン等が分配する。
【0026】
浸出貴液(PLS)は一度冷却され、鉛やアンチモンといった卑金属類の塩化物を沈殿分離する。その後に溶媒抽出により金を有機相に分離する。金の抽出剤はジブチルカルビトール(DBC)が広く使用されている。
【0027】
金を抽出した後のPLSを還元すれば有価物は沈殿・回収できるが、元素により酸化還元電位が異なるために自ずと沈殿の順序が決まっている。初めに金、白金、パラジウム、次にセレンやテルルといったカルコゲン、さらにルテニウムやイリジウムといった不活性貴金属類が沈殿する。ヒ素等の酸化還元電位が低い元素は沈殿せず、そのまま廃液処理工程で処理される。
【0028】
還元剤は還元性硫黄が価格と効率の面から利用され、なかでも二酸化硫黄は転炉ガスや硫化鉱の焙焼により大量にしかも安価に供給できるため最適である。不活性貴金属類は二酸化硫黄や亜硫酸塩では還元速度が極めて遅い。そもそも含有量も多くはなく、例えば銅電解澱物溶解液中のルテニウムは150~300mg/L程度でそのまま蒸留精製できないので一度濃縮が必要となる。現状の工程では二酸化硫黄によりルテニウムを沈殿させて再溶解している。この時のルテニウム回収率は6~8時間の反応時間で30~50%程度であるが、完全に沈殿せしめるならば10時間以上必要であると予想される。これはあまりに長く現実的な反応時間ではない。
【0029】
そこで、ルテニウムをより効率的に沈殿させるには金属によるセメンテーションが最も効率が良い。ルテニウムは亜鉛、マグネシウム、アルミニウムなど酸で水素を発生する金属により金属ルテニウムまで還元されることは知られている。
【0030】
ところがヒ素を含む酸性溶液では上記の金属とヒ素が反応してアルシンガスが発生する問題がある。もしくは発生期の水素によりアルシンガスが生じるリスクもある。そのため銅によるセメンテーションが有効であるが、未反応銅の問題やコストの問題から本発明の実施形態では、鉄粉の表面を銅で被覆した、銅被覆鉄粉を用いる。鉄の表面を銅で被覆することにより発生期水素がほとんど発生せず、ルテニウム及びヒ素を含む酸性溶液からルテニウムを選択的に回収することが可能となる。
【0031】
銅電解澱物を酸に溶解した時、条件にもよるが一般的には溶解液中のルテニウム濃度は150~300mg/L、ヒ素濃度は0.5~2.0g/L程度である。銅電解澱物溶解液は一回の処理量は15m3程度であり、還元剤として二酸化硫黄を使用するとルテニウム回収率は6~8時間の反応時間で30~50%程度である。本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉は、二酸化硫黄でルテニウムを一部回収した後に使用してもよいし、二酸化硫黄でのルテニウム回収を省略して投入してもよい。
【0032】
ルテニウムは鉄でも銅でもセメンテーションを受ける。酸化還元電位の関係から鉄によるセメンテーションが効率的であるが、ヒ素を含む酸性液では鉄との反応により発生した水素で猛毒のアルシンガスの発生が懸念される。これに対し、本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉によれば、アルシンガスの発生を抑制することが可能となる。
【0033】
銅被覆鉄粉の表面の銅は硫酸酸性液中では徐々に溶解する。溶解した箇所は鉄表面が再生する。この再生鉄表面ではルテニウムがセメンテーションされる。もしくは銅が再度析出して鉄を覆い、ヒ化水素発生反応は優先度が低くほとんど考慮しなくてもよい。
【0034】
本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉は、過剰に投入した時に未反応分が回収したルテニウムに混入しても、硫酸等の鉱酸で容易に溶解することができる。セメンテーション後は酸洗浄することで余分な鉄分を除いてさらにルテニウムの純度を高めることができる。
【0035】
銅被覆鉄粉でも幾らかのアルシンが発生する恐れがあるならば、予め溶液の銅濃度を0.05g/L以上に調整しておくことが好ましい。このような構成によれば、アルシンが発生しても銅イオンと反応してヒ化銅としてトラップすることができる。銅濃度は硫酸銅(II)、塩化銅(II)等の水溶性銅塩で調整することができ、銅電解液を添加してもよい。反応の進行により、鉄粉の表面を被覆していた銅が溶解してくるため、反応途中で追加する必要はない。
【0036】
本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉が、どれだけ銅で被覆されているかを酸性溶液への鉄の溶解速度で評価することができる。被覆が少ないと鉄の溶解速度は大きく、被覆が多くなると、溶解速度は小さくなる。
具体的な指標としては、本発明では、30℃で1モル/L塩酸に浸して攪拌した時に、添加質量当たりの鉄の溶解速度とした。そして、鉄濃度の飽和濃度の中間値(鉄濃度の最大値とゼロを除く最小値との平均値)に達する時間までの回帰直線の傾きとして算出することで、速度を比較することとした。
鉄の溶解速度として、銅被覆鉄粉の回帰直線の傾きが4.0質量%/分以下であれば、銅で被覆されて本発明の効果を発現するために十分と考えられる。従って、当該回帰直線の傾きは、4.0質量%/分以下、より好ましくは2.5質量%/分以下である。
【0037】
<銅被覆鉄粉の製造方法>
本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉の製造方法は、有価物としてルテニウム、セレン、テルルのうち少なくとも1種類と、ヒ素とを含む酸性溶液から、有価物をセメンテーションするための銅被覆鉄粉の製造方法である。本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉の製造方法は、水溶性銅塩を含むpH5以下の水溶液に鉄粉を接触させて、鉄粉の表面を銅で被覆する工程を含む。
【0038】
表面を銅で被覆するには硫酸銅(II)、塩化銅(II)等の水溶性銅塩を溶かした溶液に鉄を浸す方法が最も簡便である。鉄粒や鉄塊も使用可能であるが、回分反応器でルテニウム回収時に反応性が最も良いのは鉄粉である。鉄の表面を銅で被覆してあれば反応原理は同じであり、各種形状の銅被覆鉄を作製し、対象液を連続通液してもよい。
【0039】
また、水溶性銅塩を含む水溶液は、硫酸水溶液と水溶性銅塩で調整してもよいが、例えば電解銅箔処理液、エッチング廃液等の銅を含む工業廃液の酸濃度を調整して使用することもできる。
【0040】
水溶性銅塩を含む水溶液はpH5以下で鉄粉と接触させる。水溶性銅塩を含む水溶液の液性がアルカリ性では銅に置換された鉄が酸化されて鉄粉の表面に沈着する。この酸化鉄はルテニウムのセメンテーションにおいては不活性であり、反応効率が低下する。本発明の実施形態に係る銅被覆鉄粉の製造方法では、上述のように、水溶性銅塩を含む水溶液はpH5以下で鉄粉と接触させるため、このような酸化鉄の生成が良好に抑制され、ルテニウムのセメンテーションの反応効率が向上する。
【0041】
水溶性銅塩を含む水溶液は、pH2以下であるのが好ましい。水溶性銅塩を含む水溶液がpH2以下であれば、銅を表面に析出させる時に鉄粉表面から水素の気泡が生じ、銅と鉄が置換する際に表面に凹凸を生じて表面積が大きくなる。表面積が大きくなるとルテニウムのセメンテーションにおいて反応効率がより向上する。
【0042】
水溶性銅塩を含むpH5以下の水溶液に鉄粉を接触させて反応させる時間は、銅被覆鉄粉が、表面を銅で被覆した鉄粉と同じ粒度の鉄粉の嵩密度の60%以下の嵩密度になるように、調節することが好ましい。これにより、反応効率がより良好な銅被覆鉄粉を得ることができる。
【0043】
鉄粉は、市販されている鉄粉でもよいが、サイズとしては、P80が150μm以下であるものが好ましい。ここで、本明細書において「P80」とは、篩にかけた時に80%が通過する粒度を示す。鉄粉のP80が150μm以下であると、回収した銅被覆鉄粉の反応性が高い。鉄粉のP80は、120μm以下であるのがより好ましい。
【0044】
水溶性銅塩を含む水溶液は、銅濃度が2~40g/Lであるのが好ましい。水溶性銅塩を含む水溶液の銅濃度が40g/L超であると、銅被覆鉄粉の銅品位が高くなり、ルテニウムの回収効率が低下する恐れがある。水溶性銅塩を含む水溶液の銅濃度が2g/L未満であると、銅被覆鉄粉の銅品位が低下し、回収する有価物にヒ素の混入する量が増える恐れがある。水溶性銅塩を含む水溶液は、銅濃度が2~10g/Lであるのがより好ましい。
【0045】
鉄粉の表面を銅で覆う場合にはタンクで回分反応を採用するのであれば銅は鉄の0.15質量倍から3.0質量倍になるよう濃度を設定することが好ましい。管型反応器に詰められた鉄に対して銅塩の水溶液を通液する連続反応の場合は銅の濃度は上記の通りとし、被覆反応の終了点は排出銅濃度が1g/L以下になった時とすればよい。
【0046】
水溶性銅塩を含む水溶液は、液温を20~60℃に調整して鉄粉と接触させることが好ましい。すなわち、銅被覆鉄粉作製時の水溶性銅塩を含む水溶液の液温(反応温度)は20~60℃が好ましい。反応温度が60℃超であると、急に水素が大量に発生する恐れがあり、安全の面で問題が生じる。反応温度が20℃未満では、反応効率が低下する恐れがある。鉄と酸の反応で反応熱が生じるため、反応の安定性の観念から、反応温度を20~40℃とすることがより好ましい。
【0047】
水溶性銅塩を含む水溶液に鉄粉を接触させて、鉄粉の表面を銅で被覆する工程では、鉄粉を投入した容器に、水溶性銅塩を含む水溶液を連続供給することで、水溶性銅塩を含む水溶液に鉄粉を接触させてもよい。このように、水溶性銅塩を含む水溶液を連続供給すると、銅の濃度が希薄な液を使用した時でも鉄表面に適当量の銅を析出させることができる。
【0048】
反応後、回収される銅被覆鉄粉は適当な方法で分離することができる。一般的にはフィルタープレスによるろ過を用いるが、磁力により分別することも可能である。製造した銅被覆鉄粉は特に乾燥することなく使用しても差し支えない。
【0049】
また、ルテニウム及びヒ素を含む酸性溶液を液温20℃以上80℃以下に調整し、上述のようにして作製した銅被覆鉄粉を、当該酸性溶液中で接触させてルテニウムを析出させることで、ルテニウムを回収することができる。
【実施例
【0050】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0051】
(実験例1)
銅製錬の銅電解精製工程から回収された電解澱物を硫酸により銅を除いた。濃塩酸と60%過酸化水素水を添加して溶解し、固液分離してPLS(浸出貴液)を得た。PLSを6℃まで冷却して卑金属分を沈殿除去した。酸濃度を2N以上に調整しDBC(ジブチルカルビトール)とPLSを混合して金を抽出した。金抽出後のPLSを70℃に加温し、二酸化硫黄と空気の混合ガス(二酸化硫黄濃度5~20%)を吹き込んで貴金属とセレンを還元し固液分離した。セレン分離後液のセレン濃度は6mg/L、テルル濃度は18mg/L、ルテニウム濃度は130mg/L、銅濃度は0.55g/L、ヒ素濃度は1.5g/Lであった。
硫酸銅5水和物を3~30g測り取り、pH0.5の硫酸200mlに溶解した。鉄粉(P80=150μm)を3g添加し攪拌した。20~60秒後にろ過して固液分離して、所定の嵩密度と銅含有量をもった銅被覆鉄粉を得た。次に、水洗後、エタノールで洗浄して風乾した。
【0052】
銅被覆鉄粉の適当量をメスシリンダーに入れて体積と重量を測定した。五回測定しその体積に対する重量の傾きから嵩密度を算出した。嵩密度の測定に際してはメスシリンダーをタップしなかった。
【0053】
次に、セレン分離後液(ルテニウムの回収対象となるルテニウム及びヒ素を含む酸性溶液)を200ml量り取り、硫酸銅5水和物を0.8g添加した。50℃~55℃に加温して作製した銅被覆鉄粉を1g添加した。30分後と60分後に分析用サンプルを採取し反応を終了した。沈殿は濾別して乾燥後に重量を測定した。
【0054】
比較例1として銅粉1gで75℃~80℃に加熱してセメンテーションを行った。比較例2として鉄粉1gを50℃で硫酸銅5水和物3.5gと共に添加したセメンテーションも試行した。
【0055】
試験サンプルは2mlを分取して50mlに規正した。ICP-OES(セイコー社製SPS3100)により溶液中のルテニウム、ヒ素及び銅それぞれの濃度を定量した。残渣の分析は0.1g程度を測り取り王水に溶解後、ICP-OESで濃度を測定して銅とヒ素沈殿量を算出した。結果の一例を表1に示す。また各条件で得たすべての銅被覆鉄粉の銅含有量と嵩密度別にルテニウム沈殿量/ヒ素沈殿量をプロットしたグラフを、図1図2に示す。なお、ルテニウム沈殿量/ヒ素沈殿量をプロットに用いる理由は、比が大きい場合には、ルテニウムの沈殿の反応が優先的に起こっていることを意味し、比が小さい場合にはヒ素の沈殿の反応が優先的に起こっていることを意味し、2つの反応が起こっているバランスが分かりやすいためである。
【0056】
【表1】
【0057】
実施例1~6は、ルテニウムは液中の濃度が大きく低下しており、参考例1の銅粉と比べてもいずれも遜色がない。また、被覆された鉄粉は、被覆されていない参考例2の鉄粉より有効であることがわかる。
【0058】
一方、ヒ素の沈殿量について、実施例1~6では、いずれも参考例1と比べて少なく、銅被覆鉄粉における銅含有量が高いほどヒ素の沈殿量が低下する傾向がある。また、図1を見ると原料液由来のヒ素は300mgであるが銅被覆鉄に占める銅品位が10~70%でヒ素沈殿率は25%以下であり、十分ヒ素沈殿が抑制されたことが分かる。
【0059】
図1からは銅品位と沈殿物中のルテニウム/ヒ素には正の相関がみられる。銅含有量10%~80%の区間においてはセメンテーションに使用した銅被覆鉄粉の銅の品位が増すと直線的にその分離効率は高くなっていることが分かる。
【0060】
実施例1~6では、各種の嵩密度が生じたが、これは銅を析出させる時の酸と銅イオンの濃度が関係する。嵩密度が大きいと回収残渣質量が増える傾向がある。回収残渣質量が多いことはルテニウム等の有価金属を以外の不純物をより多く含むことを意味している。
【0061】
実施例1~6によれば、銅被覆鉄粉は嵩密度が1.3g/ml以下で効果が高かった。図2では嵩密度が1.0g/mlを超えるとヒ素とルテニウムの分離回収の効果は変わらないことが分かる。元の鉄粉の嵩密度は2.32g/mlであったため、元の鉄粉の60%以下の嵩密度になるように銅で被覆すればよい。
【0062】
(実験例2)
市販の鉄粉(和光純薬工業社製、P80=150μm)を3g計りとった。酸濃度を表2に示すようにpH5から3Nまで変化させた各種硫酸水溶液に硫酸銅5水和物を15g添加して(銅濃度19g/L)溶解し、鉄粉と混合した。20秒攪拌した後、ろ過し水洗した。エタノールでリンスして銅被覆鉄粉を得た。風乾して重量を測定した。適当量分取し、10mlメスシリンダーで容積と重量を測定した。容積と重量は5度繰り返してその近似直線の傾きから嵩密度を決定した。市販の鉄粉の嵩密度は2.32g/mlであった。
【0063】
銅製錬の銅電解澱物を濃塩酸と60%過酸化水素水で溶解し、固液分離してPLS(浸出貴液)を得た。DBC(ジブチルカルビトール)によりPLSを混合して金を抽出した。金抽出後のPLSを70℃に加温し、二酸化硫黄と空気の混合ガス(二酸化硫黄濃度5~20%)を吹き込んで貴金属とセレンを還元し固液分離した。セレン分離後液のセレン濃度は6mg/L、テルル濃度18mg/L、ルテニウム濃度は130mg/L、銅濃度は0.55g/L、ヒ素濃度は1.5g/Lであった。
【0064】
セレン分離後液(ルテニウムの回収対象となるルテニウム及びヒ素を含む酸性溶液)を200mlはかりとった。硫酸銅5水和物0.8gを添加して溶解し50℃に加熱した。各銅被覆鉄粉1g添加し攪拌した。60分間で反応を終了した。沈殿は濾別して乾燥後に重量を測定した。
【0065】
分析用サンプルとして2mlを分取して50mlに規正した。ICP-OES(セイコー社製SPS3100)により溶液中のルテニウム、ヒ素及び銅それぞれの濃度を定量した。残渣の分析は0.1g程度を測り取り王水に溶解後、ICP-OESで濃度を測定してヒ素含有率を算出した。結果を表2に示す。
【0066】
【表2】
【0067】
表2の結果から銅被覆鉄粉を作製するときに、その銅溶液の酸濃度が高いほど嵩密度が低下し表面積が増えたことがわかる。また銅品位も表面被覆時の酸濃度が高いほど高くなった。酸で発生する水素の還元を受けたことが示唆される。
【0068】
銅被覆鉄粉を用いたセメンテーションでは、セレンとテルルは60分後には液中からは検知されなかった。セメンテーションによる効果である。
【0069】
ルテニウムの回収は酸濃度が高いほど効果は低くなったが原液の濃度が130mg/Lであったことを考慮すると問題ないレベルである。ヒ素との選択性の面では酸濃度が高いほど効果が認められた。よって銅被覆鉄粉を作成するときの酸の濃度はpH5以下とし、ヒ素との選択性からより好ましくはpH2以下とすることが好ましい。
【0070】
(実験例3)
市販の鉄粉(和光純薬工業社製、P80=150μm)を3g計りとった。硫酸でpHを0.5に調整した水溶液200mlに、硫酸銅5水和物を添加して表3に示す銅濃度に調整した。後の操作は実験例2に準じて銅被覆鉄粉を得た。被覆反応後の溶液中の銅の濃度も定量した。
得た銅被覆鉄粉を実験例2と同じセレン分離後液を用いてセメンテーションの試験に供した。結果を表3に示す。
【0071】
【表3】
【0072】
表3の結果から銅被覆鉄粉を作製するときにその銅溶液の銅濃度が高いほど嵩密度が低下し表面積が増えたことがわかる。また銅品位も銅濃度が高いほど高くなった。
【0073】
ルテニウムのセメンテーションは銅被覆鉄粉調製時の銅濃度が高いほど効果は低くなった。ヒ素との選択性の面では銅被覆鉄粉調製時の銅濃度が高いほど効果が認められた。被覆反応後の銅濃度は2g/Lまでは低下したので少なくとも2g/L以上の銅濃度が必要である。また銅濃度は25g/L以上では添加量に対し銅品位や嵩密度は大きく変わらなかった。40g/L以上ではその性質に大きな影響は及ぼさないと推察される。よって銅被覆鉄粉を作成するときの銅濃度は2~40g/Lとすることが好ましい。鉄粉3gを添加して調製したため15g/L、銅濃度は鉄に対して0.15倍~3.0倍に調整することが好ましい。
【0074】
(実験例4)
市販の鉄粉(和光純薬工業社製、P80=150μm)を3g計りとった。硫酸でpHを2に調整した水溶液200mlに、硫酸銅5水和物を15g添加し銅塩水溶液を調製した。別途水道水に200mlに、硫酸銅5水和物を15g添加し銅塩水溶液を調製した。この二種の溶液を鉄粉に反応温度20~60℃に調整して接触させた。実験例1に準じて操作し銅被覆鉄粉を得た。
得られた銅被覆鉄粉を実験例2と同じセレン分離後液を用いてセメンテーションの試験に供した結果を表4に示す。
【0075】
【表4】
【0076】
銅被覆鉄粉調製時の温度が高いほど銅品位が上がることが分かる。20℃から60℃までの温度で調製した銅被覆鉄粉をセメンテーションに用いるとルテニウムの回収が高く、ヒ素の沈殿も問題にはならない程度であった。
【0077】
(実験例5)
硫酸でpHを1に調整した水溶液150mlに、硫酸銅5水和物を表5に示す所定量添加し、銅塩水溶液を調製した。市販の鉄粉(和光純薬工業社製、P80=150μm)を3g計りとり、銅塩水溶液に添加して20秒間攪拌して銅被覆鉄粉を調製した。濾別して銅被覆鉄粉を水洗後、エタノールで洗浄し風乾した。
次に、銅被覆鉄粉を0.8g量り取り、1モル/Lの塩酸200mlに添加して30℃で攪拌した。塩酸中の鉄濃度の経時変化を測定するため、所定時間にサンプルを分取してろ過後にニクロム酸カリウムで滴定して濃度を決定した。比較のため、鉄粉でも同じ操作を行い鉄の溶解速度を調べた。図3に鉄濃度の経時変化を示す。セメンテーションの速度を比較するため、回帰直線の傾きを算出した。回帰直線の傾きは、鉄濃度の飽和濃度の中間値として、鉄濃度の最大値とゼロを除く最小値との平均値を算出し、その値に達する時間までを一次回帰処理して、回帰直線の傾きとして算出した。
例えば、図3の銅品位21%の場合、鉄濃度の飽和濃度は、最大値は50分の60.15%、ゼロを除く最小値は1分の10.43%で、中間値(平均値)=35.29%となり、その値に達する時間は、9分となる。そこで、0分の0%、1分の10.43%、3分の17.34%、6分の30.62%、9分の36.99%について回帰処理をして一次回帰直線の傾きとして4.0質量%/分を算出した。
なお、回帰直線の傾きに一般性を持たせるため、濃度について、鉄の溶解濃度(g/L)を本実験で添加した鉄粉量である4g/Lで割り返した値(%)を用いている。
また、銅被覆鉄粉を0.4g量り取り、実験例2と同じセレン分離後液を用いてセメンテーションの試験に供した。1時間後にルテニウムとヒ素の濃度を定量した。結果を表5に示す。
【0078】
【表5】
【0079】
硫酸銅5水和物の36gは銅に換算して9.1gである。鉄粉の3倍重量の銅濃度で銅を被覆してもルテニウムを選択的に回収する銅被覆鉄粉が得られた。添加硫酸銅5水和物26.7gの場合は、銅に換算して6.8gであるが、嵩密度は36g添加の時より小さく銅含有量は多かった。性状に差異が見られるもののセメンテーション挙動はこの両者ではほとんど変化しなかった。
【0080】
表5の回帰直線の傾きに着目すると、1モル/L塩酸に添加した金属粉重量に対して0.9~4.4質量%/分で減量することを示す。図3には鉄粉を溶解した時の経時変化を銅品位0%として示してあり回帰直線の傾きを同様に求めると7.4質量%/分であった。銅含有量9%であっても鉄の場合と比べて回帰直線の傾きは40%程度低下した。
【0081】
表5の結果から、回帰直線の傾きが4.0質量%/分以下であれば、セメンテーション速度はヒ素に対してルテニウムが効率的にセメンテーションされたことが分かる。鉄の露出面が適当に少なく、さらには表面積も大きく保たれることが原因である。回帰直線の傾きは、より好ましくは2.5質量%/分以下である。
図1
図2
図3