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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-26
(45)【発行日】2024-12-04
(54)【発明の名称】老化状態の検出方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6869 20180101AFI20241127BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20241127BHJP
   C12Q 1/6806 20180101ALI20241127BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALN20241127BHJP
   C12N 15/11 20060101ALN20241127BHJP
【FI】
C12Q1/6869 Z ZNA
G01N33/50 P
C12Q1/6806 Z
C12Q1/06
C12N15/11 Z
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023111475
(22)【出願日】2023-07-06
(62)【分割の表示】P 2020527685の分割
【原出願日】2019-06-28
(65)【公開番号】P2023130449
(43)【公開日】2023-09-20
【審査請求日】2023-07-06
(31)【優先権主張番号】P 2018124504
(32)【優先日】2018-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000206956
【氏名又は名称】大塚製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】弁理士法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】西田 幸二
(72)【発明者】
【氏名】橋田 徳康
(72)【発明者】
【氏名】飯田 哲也
(72)【発明者】
【氏名】中村 昇太
(72)【発明者】
【氏名】元岡 大祐
(72)【発明者】
【氏名】浅尾 和伸
(72)【発明者】
【氏名】安藤 覚
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-029174(JP,A)
【文献】特開2015-188379(JP,A)
【文献】Genome Medicine,2014年,Vol.6,Article No.99,http://genomemedicine.com/content/6/11/99
【文献】Klin Monatsbl Augenheilkd,1994年,Vol.205, No.12,p.348-357
【文献】Scientific Reports,2017年,Vol.7,Article no.10567,doi:10.1038/s41598-017-10834-9
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/6869
C12Q 1/6806
G01N 33/50
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
眼表面組織を用いる老化状態の検出方法であって、
被験者から採取した眼表面組織検体に含まれる微生物叢において、Corynebacteriaceae科細菌の存在量又は存在割合がPropionibacteriaceae科細菌の存在量又は存在割合を上回ると、老化状態にあると評価される前記被験者から採取した眼表面組織検体を検出する工程を含む、老化状態の検出方法。
【請求項2】
前記Corynebacteriaceae科細菌の存在量又は存在割合が前記Propionibacteriaceae科細菌の存在量又は存在割合は、前記細菌の16S rRNA遺伝子の塩基配列を決定し、前記塩基配列に基づいて検出する請求項に記載の老化状態の検出方法。
【請求項3】
前記老化状態は、生理的老化状態又は病的老化状態である請求項1又は2に記載の老化状態の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼表面組織を用いる老化バイオマーカー、及び、老化状態の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体の状態や特定疾患に相関して量的に変化する因子はバイオマーカーと称され、加齢や疾患等の生体内の生物学的変化を定量的に把握できる指標となる。年齢と相関して量的に変化し老化を予測できるものは老化バイオマーカーと称され、特定の疾病と相関して量的に変化し当該疾患の診断や効率的な治療法の確立に貢献し得るものは疾患バイオマーカーと称される。特に、超高齢社会を迎えた現在、高齢者の健康状態や老化状態を把握し健康寿命を延ばす取り組みが盛んに行われているが、老化バイオマーカーを含め健康状態や老化状態を客観的かつ再現性良く評価する手段は乏しい。現状では血液検査や画像診断等により高齢者に特異的な加齢性変化を確認するにとどまっている。例えば、血液成分中のエストロゲンやテストステロン、インスリン様増殖因子-1(Insulin-like growth factor-1)、ビタミンD等が年齢と相関して量的に変化することが報告されている。また、生活習慣病や脳卒中等の疾患発症が加齢に伴って罹患率が増加することも知られている。
【0003】
近年、網羅的遺伝子発現解析であるトランスクリプトーム・メタトランスクリプトーム解析、網羅的代謝産物解析であるメタボローム解析、次世代シーケンサーを用いる網羅的ゲノム配列解析であるメタゲノム解析等が行われるようになっている。当該技術を新たなバイオマーカーの網羅的探索に利用する試みがなされている。例えば、次世代シークエンサーを用いる網羅的ゲノム解析を用いて、皮膚表面の常在細菌、特には、Propionibacterium acnes(以下、「P. acnes」と略する場合がある。)等の存在割合から、被験者の健康状態や加齢状態を推測できることが報告されている(特許文献1参照)。しかし、皮膚表面のP. acnesの存在量は、皮膚の脂性度、ニキビ、薄毛や脱毛、閉経等、年齢以外の身体状態に左右されることも報告されている。そのため、健康状態や加齢状態を客観的かつ再現性よく評価できる老化バイオマーカーの探索が依然として望まれている。
【0004】
また、疾患バイオマーカーは、特定疾患の診断や効率的な治療法の確立に貢献し得るものであり、例えば、眼科領域において、結膜粘膜関連リンパ組織(以下、「MALT」と略する)リンパ腫、加齢黄斑変性、白内障、及び、緑内障等の加齢に伴い罹患率が上昇する疾患における発症メカニズムの解明や、発症を予測する疾患バイオマーカー等の探索が望まれている。
【0005】
ここで、結膜MALTリンパ腫は限局性の低悪性度腫瘍として知られており、MALT型の節外性の辺縁帯B細胞性リンパ腫が最も一般的な組織学的亜型である。眼付属腺におけるリンパ腫の頻度は節外性リンパ腫の約8%であると推定されている。原発性の結膜リンパ腫の予後は、原発性リンパ腫の罹患者の中でも、長期生存が見込まれ良好であると報告されている。組織学的には、結膜MALTリンパ腫は胃MALTリンパ腫と同様の特徴を有し、慢性炎症応答に起因すると考えられている。結膜MALTリンパ腫のいくつかのケースでHelicobacter pylori DNAが検出され、また、その発症にChlamydia psittaciが関連しているとの報告があることから、これらの細菌種が原因病原体である可能性が考えられてきた。しかし、結膜MALTリンパ腫の病態生理学は完全には解明されていないのが現状である。
【0006】
生体においては、多種多様の常在微生物が恒常性を調整及び制御しており、口腔、腸管、呼吸器管、肛門、及び、皮膚等に存在する微生物叢は、健康の維持及び疾患の発症や進行等に重要な役割を果たしていることが知られている。特に、ヒト腸管内には、1000種類を超える腸内微生物が腸内微生物叢として独自の安定した環境を形成し、生体の恒常性維持に関与している。このような生体の微生物叢のバランス変化が恒常性の異常をもたらし、疾患の発症及び進行等に関与する可能性が議論されている。例えば、微生物叢のバランス異常であるディスバイオシスが、炎症性腸疾患、肥満、及び、心臓血管疾患等の全身性疾患の誘因となることが報告されている。また、生体防御及び組織修復における、免疫系と生体の常在微生物叢との関連についても報告されている。皮膚常在細菌である表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)等の微生物叢の病理学的変化は、カテーテル感染、人工弁の心内膜炎及び眼内炎の発症等の日和見感染を引き起こすことが示されている。更に、ディスバイオシスと、自閉症、多発性硬化症、不安抑うつ行動、及び、機能性胃腸障害等の中枢神経障害との関連性が臨床レベルで報告され、これらの症状の微生物叢を標的とする治療に関しても示唆されている。このように、微生物叢の変化は、生体に対して病原体の感染又は炎症等をはじめとする様々な症状を引き起こし、生体を致命的な状態に至らしめる場合もある。
【0007】
眼表面には生体防御機構である結膜関連リンパ組織(CALT)が存在している。眼表面は、温度変化、紫外線、及び、酸化ストレス等の外部環境に連続的に曝され、これらのストレスは、翼状片、ドライアイ、角膜ジストロフィー、及び、フックス角膜内皮ジストロフィー等の発生に関与していることが知られている。このことから眼表面の微小環境の変化は微生物叢の変化をもたらし、ひいては、疾患の発症を引き起こす可能性があることが推測される。
【0008】
このように微生物叢と特定の疾患の発症との相関に基づき、疾患による微生物叢の変化をバイオマーカーとして捉え疾患の発症や進行等を予測できる可能性がある。しかし、眼表面組織に関しては、腸内微生物叢のような安定な微生物叢が存在しているかは明らかではなく、まして、特定の疾患とは関連性についても知見は十分に得られてないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2017-29133号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記した通り、従来においては、老化状態を客観的かつ再現性良く評価する技術は研究レベルの報告でしかなく、依然として当該技術の確立が求められている。根本的に「老化」の定義は難しく、通常の暦年齢に基づく老化だけでなく、将来の疾患発症等にもつながる病的な老化状態を含めて、老化の全体像を客観的かつ再現性良く評価することが望まれている。特には、定量性をもって老化状態、及び、様々な疾患の発症や進行等を評価することは、疾患の発症予防や有効な治療法の選択に応用でき医療費の抑制につながり社会経済にも有用である。
【0011】
そこで、本発明は、客観的かつ再現性良く老化状態や特定の疾患の発症や進行等を評価できる技術の構築を課題とし、特には、結膜MALTリンパ腫等の結膜疾患を検出する方法の提供、及び、老化状態の指標となる老化バイオマーカーの提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく研究を重ねた結果、結膜の微生物叢のディスバイオシスが結膜粘膜の免疫学的変化を引き起こし、結膜MALTリンパ腫の発症に関与する可能性があるとの知見を得た。続いて、結膜MALTリンパ腫の罹患者と健常者における眼表面組織の微生物叢の微生物群集構造を調査した結果、結膜MALTリンパ腫の罹患者に特有の微生物群集構造の変化を見出し、かかる微生物群集構造の変化に基づいて結膜MALTリンパ腫の発症及び進行等を検出できるとの知見を得た。更に、眼表面組織の微生物叢の微生物群集構造の変化を老化状態の指標とできるとの知見も得た。本発明者らは、これらの知見に基づき本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、以下の〔1〕~〔12〕の発明を提供する。
〔1〕眼表面組織を用いる結膜疾患検出方法であって、
健常者から採取した眼表面組織検体に含まれる微生物叢の微生物群集構造と、被験者から採取した眼表面組織検体に含まれる微生物叢の微生物群集構造とを比較する工程を有し、前記健常者と前記被験者との間での前記微生物群集構造の変化に基づいて結膜疾患であると評価される前記被験者から採取した眼表面組織検体を検出する、結膜疾患検出方法。
【0014】
上記〔1〕の構成によれば、眼表面組織に存在する微生物叢のバランスの変化に基づいて、客観的かつ再現性良く結膜疾患の発症、発症リスク、及び、進行度等を検出できる方法を提供するものである。従来においては、腸内微生物叢のような微生物叢が結膜を含めた眼表面組織に安定して存在するのか否かは明確ではなく、まして、特定の微生物叢が結膜疾患に関与するのか否かは明確ではなかったが、本発明者らにより眼表面組織に存在する微生物叢のバランスの変化と結膜疾患との関連性が明確になった。したがって、本構成によれば、自覚症状のない初期段階をも含めて、定量性をもって結膜疾患の発症及び進行度を評価することができる。これにより、当該疾患の発症予防や有効な治療法の選択に応用でき、医療費の抑制につながり社会経済の観点からも有用である。本構成によれば、眼表面組織検体を用いるものであることから、採血等によるものと比較して簡便に検体を採取できる。しかも、非侵襲的であり、精神的及び肉体的にも負担の少ないとの利点もある。
【0015】
〔2〕前記結膜疾患は、結膜粘膜関連リンパ組織型リンパ腫である上記〔1〕の結膜疾患検出方法。
【0016】
上記〔2〕の構成によれば、眼表面組織に存在する微生物叢のバランスの変化に基づいて、客観的かつ再現性良く結膜粘膜関連リンパ組織型リンパ腫の発症、発症リスク、及び、進行度等を検出できる方法を提供するものである。
【0017】
〔3〕前記微生物群集構造の変化は、Delftia属、Xylophilus属、Simplicispira属、Rothia属、Xanthomonas属、Bacteroides属細、Clostridium属、Deinococcus属、Williamsia属、Parabacteroides属、Chryseobacterium属、Herbaspirillum属、Brevundimonas属、Lactobacillus属、Schlegelella属、及び、Exiguobacterium属から選択された1種以上の属に属する細菌種の存在量又は存在割合の変化である、上記〔2〕の結膜疾患検出方法。
【0018】
上記〔3〕の構成によれば、上記細菌種は、結膜粘膜関連リンパ組織型リンパ腫の発症等によりその存在量又はその存在割合が変化することが確認されたものである。かかる細菌種の存在量又はその存在割合の変化に基づき、更に客観的かつ再現性良く結膜粘膜関連リンパ組織型リンパ腫の発症、発症リスク、及び、進行度等を検出できる方法を提供する。
【0019】
〔4〕前記微生物群集構造の変化は、前記Delftia属に属する細菌種の存在量又は存在割合の変化であり、前記Delftia属に属する細菌種の存在量又は存在割合の増加が前記結膜疾患であると評価される上記〔3〕の結膜疾患検出方法。
【0020】
上記〔4〕の構成によれば、Delftia属に属する細菌種は、結膜粘膜関連リンパ組織型リンパ腫の発症等によりその存在量又はその存在割合が増加することが確認されたものである。かかる細菌種の存在量又はその存在割合の増加に基づき、更に客観的かつ再現性良く結膜粘膜関連リンパ組織型リンパ腫の発症、発症リスク、及び、進行度等を検出できる方法を提供する。
【0021】
〔5〕前記微生物群集構造の変化は、結膜における前記Bacteroides属及び前記Clostridium属から選択される1種以上の属する細菌種の存在量又は存在割合の変化であり、前記Bacteroides属及び前記Clostridium属から選択される1種以上の属する細菌種の存在量又は存在割合の減少が前記結膜疾患であると評価される上記〔3〕又は〔4〕の結膜疾患検出方法。
【0022】
上記〔5〕の構成によれば、Clostridium属に属する細菌種は、結膜粘膜関連リンパ組織型リンパ腫の発症等により、結膜におけるその存在量又はその存在割合が減少することが確認されたものである。かかる細菌種の存在量又はその存在割合の減少に基づき、更に客観的かつ再現性良く結膜粘膜関連リンパ組織型リンパ腫の発症、発症リスク、及び、進行度等を検出できる方法を提供する。
【0023】
〔6〕前記微生物群集構造の変化は、前記微生物叢を構成する微生物の16S rRNA遺伝子の塩基配列を決定し、前記塩基配列に基づいて評価される上記〔1〕~〔5〕の何れかの結膜疾患検出方法。
【0024】
上記〔6〕の構成によれば、16S rRNA遺伝子解析を行うことにより、眼表面組織に存在する微生物叢のバランスの変化に基づいて、客観的かつ再現性良く結膜疾患の発症及び進行度等を検出できる方法を提供するものである。本構成によれば、単離培養の段階を経ることなく、次世代シーケンサー等を用いたメタゲノム解析により眼表面組織に存在する微生物種を網羅的に解析することができ、眼表面組織の微生物叢を正確かつ信頼性高く解析することができる。つまり、従来による培養法に基づく解析では検出が困難であった難培養性の微生物種をも含めて特定微生物種に偏ることなく網羅的に微生物叢の微生物群集構造を解析でき、解析結果の正確性及び信頼性が向上する。これにより、更に、正確、かつ、信頼性高く、結膜粘膜関連リンパ組織型リンパ腫の発症、発症リスク、及び、進行度等を検出できる方法を提供する。
【0025】
〔7〕老化状態を検出するための老化バイオマーカーであって、眼表面組織におけるCorynebacteriaceae科、及び、Propionibacteriales科から選択される1種以上の科に属する細菌種を含む老化バイオマーカー。
【0026】
上記〔7〕の構成によれば、眼表面組織に存在するCorynebacteriaceae科、及び、Propionibacteriales科に属する細菌をもって老化状態を評価できる老化バイオマーカーを提供する。本構成によれば、客観的かつ再現性良く被験者の老化状態を検出でき、眼局所から採取された検体から全身の老化状態を検出できる。従来においては、腸内微生物叢のような微生物叢が結膜を含めた眼表面組織に安定して存在するのか否かは明確ではなく、まして、特定の微生物叢が結膜疾患に関与するのか否かは明確ではなかったが、本発明者らにより眼表面組織に存在する微生物叢のバランスの変化と老化状態との関連性、ひいては、特定疾患の発症との関連性が明確になった。したがって、本構成のバイオマーカーは、老化状態だけでなく、老化に関連して発症する疾患状態の検出にも利用でき、加齢性変化の結果生ずる全身疾患の原因究明等に用いることができる。つまり、老化状態のみならず、自覚症状のない初期段階をも含めて定量性をもって疾患の発症、発症リスク、及び、進行度等を評価することに利用することができる。これにより、本構成のバイオマーカーは、疾患の発症予防や有効な治療法の選択に応用でき、医療費の抑制につながり社会経済の観点からも有用である。
【0027】
〔8〕前記細菌種の16S rRNA遺伝子を含む上記〔7〕の老化バイオマーカー。
【0028】
上記〔8〕の構成によれば、16S rRNA遺伝子解析を行うことにより、眼表面組織に存在する微生物叢のバランスの変化に基づいて、客観的かつ再現性良く老化状態を検出できる老化バイオマーカーを提供するものである。16S rRNA遺伝子は、次世代シーケンサー等を用いたメタゲノム解析により解析することができる。かかる解析によれば、単離培養の段階を経ることなく、眼表面組織に存在する微生物種を網羅的に解析することができ、眼表面組織の微生物叢を正確かつ信頼性高く解析することができる。つまり、従来による培養法に基づく解析では検出が困難であった難培養性の微生物種をも含めて特定微生物種に偏ることなく網羅的に微生物叢の微生物群集構造を解析でき、解析結果の正確性及び信頼性が向上する。したがって、本構成の老化バイオマーカーによれば、更に、正確、かつ、信頼性高く客観的かつ再現性良く老化状態を検出できる。
【0029】
〔9〕前記老化状態は、生理的老化状態又は病的老化状態である上記〔7〕又は〔8〕の老化バイオマーカー。
【0030】
上記〔9〕の構成によれば、暦年齢に基づく生理的な老化状態(未病状態)のみならず、老化が異常に加速される等により病的状態を引き起こす病的な老化状態の検出ができる老化バイオマーカーを提供するものである。したがって、本構成のバイオマーカーは、老化状態だけでなく、老化に関連して発症する疾患状態の検出にも利用でき、加齢性変化の結果生ずる全身疾患の原因究明等に用いることができる。
【0031】
〔10〕眼表面組織を用いる老化状態の検出方法であって、
被験者から採取した眼表面組織検体に含まれる微生物叢において、Corynebacteriaceae科細菌の存在量又は存在割合がPropionibacteriales科細菌の存在量又は存在割合を上回ると、老化状態にあると評価される前記被験者から採取した眼表面組織検体を検出する工程を含む、老化状態の検出方法。
【0032】
〔11〕前記Corynebacteriaceae科細菌の存在量又は存在割合がPropionibacteriales科細菌の存在量又は存在割合は、前記細菌の16S rRNA遺伝子の塩基配列を決定し、前記塩基配列に基づいて検出する上記〔10〕の老化状態の検出方法。
【0033】
〔12〕前記老化状態は、生理的老化状態又は病的老化状態である請求項〔10〕又は〔11〕の老化状態の検出方法。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】検体を採取した4部位(結膜、マイボーム腺、眼周囲皮膚、手)間での細菌構成の安定性を検証した結果を示すグラフである。
図2A】結膜の微生物叢の微生物群集構造における性別及び左右の偏りによる影響について検証した結果を示すグラフであり、健常群の結果を示す。
図2B】結膜の微生物叢の微生物群集構造における性別及び左右の偏りによる影響について検証した結果を示すグラフであり、疾患群の結果を示す。
図3】検体を採取した4部位(結膜、マイボーム腺、眼周囲皮膚、手)間での微生物叢のα多様性を検証した結果を示すグラフである。
図4A】検体を採取した4部位(結膜、マイボーム腺、眼周囲皮膚、手)間での微生物叢のβ多様性をPCAにより検証した結果を示すグラフであり、健常群の結果を示す。
図4B】検体を採取した4部位(結膜、マイボーム腺、眼周囲皮膚、手)間での微生物叢のα多様性をPCAにより検証した結果を示すグラフであり、疾患群の結果を示す。
図5】検体を採取した4部位(結膜、マイボーム腺、眼周囲皮膚、手)間での微生物叢の細菌構成の相違を検証した結果を示す図であり、LDAスコアを示す棒グラフ、及び、LDAスコアをプロットした系統分岐図である。
図6A】健常群と疾患群由来の微生物叢の細菌構成の相違を更に詳細に検証した結果を示し、細菌種毎の存在割合を示す箱ひげ図であり、疾患群において健常群よりも存在割合が統計的に高い細菌種の結果を示す。
図6B】健常群と疾患群由来の微生物叢の細菌構成の相違を更に詳細に検証した結果を示し、細菌種毎の存在割合を示す箱ひげ図であり、疾患群において健常群よりも存在割合が統計的に低い細菌種の結果を示す。
図7】健常群と疾患群由来の涙液性状の相違を検証した結果を示す箱ひげ図であり、涙液pHを測定した結果を示す。
図8】健常群と疾患群由来の涙液性状の相違を検証した結果を示す箱ひげ図であり、涙液IgA濃度を測定した結果を示す。
図9】健常群と疾患群間で、結膜から採取した検体の微生物叢の真菌構成を比較した結果を示し、各真菌種の存在割合を示す。
図10A】健常群と疾患群由来の結膜の微生物叢の細菌構成の相違を更に詳細に検証した結果を示す箱ひげ図であり、存在割合が上位であったMalassezia属の存在割合を健常群と疾患群間で比較した結果を示す。
図10B】健常群と疾患群由来の結膜の微生物叢の細菌構成の相違を更に詳細に検証した結果を示す箱ひげ図であり、存在割合が上位であったByssochlamys属の存在割合を健常群と疾患群間で比較した結果を示す。
図10C】健常群と疾患群由来の結膜の微生物叢の細菌構成の相違を更に詳細に検証した結果を示す箱ひげ図であり、存在割合が上位であったAspergillus属の存在割合を健常群と疾患群間で比較した結果を示す。
図11】結膜におけるPropionibacteriaceae科細菌及びCorynebacteriaceae科細菌の占有率の年齢変化を示すグラフである
図12】Corynebacteriaceae科細菌/Propionibacteriaceae科細菌の比(C/P)の年齢変化を示すグラフである。
図13】Corynebacteriaceae科細菌-Propionibacteriaceae科細菌の差(C-P)の年齢変化を示すグラフである。
図14】検体を採取した4部位(結膜、マイボーム腺、眼周囲皮膚、手)におけるCorynebacteriaceae科細菌-Propionibacteriaceae科細菌の差(C-P)の年齢変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の実施形態に係る眼表面組織を用いる結膜疾患検出方法及び老化バイオマーカーについて詳細に説明する。ただし、本発明は、後述する実施形態に限定されるものではない。
【0036】
(結膜疾患検出方法)
本実施形態に係る結膜疾患検出方法は、眼表面組織に存在する微生物叢バランスの変化に基づいて結膜疾患の罹患状態に関する情報を提供するものである。つまり、本実施形態に係る結膜疾患検出方法は、眼表面組織に存在する微生物叢の微生物群集構造の変化と結膜疾患の病態とが相関するとの知見に基づくものである。
【0037】
本実施形態に係る結膜疾患検出方法の検出対象となる結膜疾患は、結膜異常をきたす疾患全般を意味する。特には、加齢性変化の結果、結膜に異常が生じる疾患であり、加齢に伴い罹患率が上昇する疾患が含まれる。例えば、結膜MALTリンパ腫、翼状片、ドライアイ、結膜弛緩、緑内障、加齢黄斑変性(AMD)等が例示される。
【0038】
本実施形態に係る結膜疾患検出方法は、被験者由来の眼表面組織検体に含まれる微生物叢の微生物群集構造の変化に基づき結膜疾患の発症及び進行度等を検出するものである。つまり、微生物叢の微生物群集構造の変化に基づいて結膜疾患であると評価された被験者から採取された眼表面検体を検出することができ、これにより、被験者が結膜疾患を発症しているか否か、結膜疾患を将来的に発症するリスクがあるか否か等を検出することができる。
【0039】
眼表面組織は、眼球表面の組織、及び、眼球表面に近接した構造物である付属器等を含む。眼球は、眼瞼及び眼瞼の上下縁の睫毛等により保護されており、その外膜は角膜及び強膜により構成される。眼瞼の内側から眼球前面の強膜は結膜に被覆され、結膜と強膜の間にはテノン嚢が位置する。結膜は、眼瞼の内側を被覆する眼瞼結膜、眼球前面の一部を被覆する眼球結膜、両者の移行部である円蓋部結膜等が含まれる。更に、マイボーム腺は眼瞼縁に開口し、涙腺は上結膜円蓋部耳側に開口し、そして、副涙腺が上下結膜円蓋部に開口している。眼表面組織としては上記のものが例示されるがこれらに限定するものではない。また、眼表面組織には、上記した眼表面組織からの分泌物等を含み、例えば、油層と液層(ムチン層と水層)から構成される涙液層や眼脂、血管等からの漏出・滲出物、脱落した上皮細胞等の細胞・組織片等が含まれる。
【0040】
眼表面組織検体の採取は、眼表面組織に存在する細菌を採取できる限り当該技術分野で公知の技術を用いて行うことができる。例えば、無菌的な状態でスワブ(綿棒)やスパーテル等で、眼表面組織上を擦過すること(眼表面組織擦過検体)、及び、眼表面組織からの漏出物,滲出物等の分泌物を回収すること(眼表面組織分泌物検体)等により採取することができる。また、眼表面組織の採取の際には、必要に応じて局所麻酔等を施してもよい。得られた眼表面組織検体は、必要に応じて適当な液体に溶解又は懸濁することができる。採取する眼表面組織検体の量は特には限定されないが、例えば、スワブ1本分の擦過により得られる量であれば良い。このように眼表面組織検体は、眼表面組織の擦過等の簡便かつ非侵襲的な方法により採取することができる。
【0041】
本実施形態に係る結膜疾患検出方法において、眼表面組織に存在する微生物叢の変化は、当該技術分野における公知の技術を用いて求めることができる。例えば、16S rRNA遺伝子を標的とした微生物叢解析法等を利用できる。微生物叢解析法としては、メタゲノム解析法、末端標識制限酵素断片多型分析法(Terminal Restriction Fragment Length Polymorphism; T-RFLP)、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(Denaturing Gradient Gel lectrophoresis; DGGE)、温度勾配ゲル電気泳動(Temperature Gradient Gel Electrophoresis; TGGE)、及び、蛍光 in situ ハイブリダイゼーション(fluorescence in situ hybridization; FISH)-フローサイトメトリー法(FISH-FCM)等が例示されるが、これらに限定するものではない。特には、次世代シーケンサーを用いたメタゲノム解析法を利用することができる。
【0042】
メタゲノム解析法を利用する場合、例えば、被験者の眼表面組織検体中に含まれる微生物、特には細菌の16S rRNA遺伝子の塩基配列の解析を行い、得られた塩基配列データに基づいて結膜疾患であると評価された被験者から採取された眼表面組織検体を検出することができる。次世代シーケンサーを用いることにより、従来の培養方法では特定困難であった微生物叢を一つの集団として、微生物種及びその存在割合等の同定が可能となる。したがって、単離培養の段階を経る必要がないことから、従来による培養法に基づく解析では検出が困難であった難培養性の微生物種をも含めて特定微生物種に偏ることなく、採取した検体全体に含まれる微生物種の網羅的な解析が可能となった。更に、既存のデータベースと照合することにより微生物種を分類学的に特定し、微生物群集構造の特性解析が可能となる。
【0043】
16S rRNA遺伝子の塩基配列の解析においては、まず、被験者の眼表面組織検体中に含まれる微生物のゲノムDNAを抽出する。細菌ゲノムDNAの抽出方法は、特に限定されるものではなく、当該技術分野における公知の技術を用いて行うことができる。例えば、熱抽出法、アルカリ熱抽出法、フェノール・クロロホルム抽出法等を利用することができる。また、PowerSoil(登録商標) DNA Isolation Kit(MoBio、Carlsbad、CA)等の市販の抽出キットを利用することができる。
【0044】
続いて、抽出したゲノムDNAに含まれる16S rRNA遺伝子の塩基配列を決定する。16S rRNA遺伝子の配列決定は、全領域の配列決定を行ってもよいが、各微生物種間の配列の特徴が反映される限り特定領域の配列決定を行うことが好ましい。16S rRNA遺伝子には、微生物種を超えた保存性の高い領域に遍在する形で、V1-V9と称される9ヶ所の超可変領域が隣接する。かかる超可変領域を塩基配列決定の対象とすることで、微生物種の同定が行うことができる。したがって、超可変領域の何れか、又は、これらの複数の領域を含む領域の塩基配列を決定することが好ましい。例えば、V1-V2を含む領域やV3-V4を含む領域等が挙げられるが、かかる領域に限定するものではない。
【0045】
塩基配列を決定する際、必要に応じて、塩基配列を決定する領域を増幅させてもよく、得られた核酸増幅断片(アンプリコン)を塩基配列決定の対象とすることができる。核酸の増幅は当該技術分野における公知の技術を用いて行うことができる。例えば、ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction;PCR)等を利用することができる。核酸増幅反応において用いるプライマーは、当該技術分野における公知の技術に基づいて設計することができる。プライマーの設計は、眼表面組織の細菌の16S rRNA遺伝子間で比較的普遍的に保存されている領域を含めるように行うことが好ましく、例えば、16S rRNA遺伝子用のユニバーサルプライマーを用いることができる。プライマーには、塩基配列決定のために必要な配列を増幅核酸断片に付加するように設計してもよい。例えば、サンプル間の識別に利用するためのバーコード配列等が挙げられる。
【0046】
塩基配列の決定に際して、予め、増幅核酸断片を当該技術分野における公知の技術により精製を行っていてもよい。塩基配列の決定は、当該技術分野における公知の技術の何れを用いて行うことができる。例えば、従来型のサンガー法等に基づくシーケンサー等により行ってもよいが、塩基配列の解析能力等の観点からSeqencing by Synthesis法やピロシークエンシング法、リガーゼ反応シークエンシング法等に基づく次世代型のシークエンサー等により行うことが好ましい。次世代型のシークエンサーとして、例えばMiSeq(Illumina社)等を利用することができ、製造業者のプロトコルに従って配列決定を行うことができる。
【0047】
得られた塩基配列データ(リード)には不完全なシークエンス反応等による低クオリティーのリードが含まれる可能性があるため、必要に応じて、リードトリミングにより低クオリティーのリードの除去等を行ってもよい。トリミングは、例えばBBtrim等を利用して行うことができる。
【0048】
配列決定された塩基配列に基づいて微生物叢の解析を行う。微生物叢の解析は、当該技術分野における公知の技術の何れを用いて行うことができ、微生物叢の微生物群集構造を視覚化や数値化することにより解析することができ、例えば、主成分分析(PCA)や主座標分析(PCoA)等を用いることができる。微生物叢の解析は、当該技術分野で公知の解析ソフトウェアやデータベース等を利用することにより行うことができる。解析ソフトウェアとしては、例えば、QIIME等を利用でき、また、データベースとしては、例えば、Greengenes、SILVA、NCBI等を利用することができ、当該データベースに対して相同性解析や系統分類解析等を行う。
【0049】
また、得られた塩基配列データは、OTU(Operational Taxonomic Unit)解析により、配列類似性に基づいて複数のクラスターに分類した上で、各OUTの中で最も出現頻度の高い塩基配列を代表配列とし、かかる代表配列を用いて解析を行ってもよい。このとき、同一クラスターに分類するための塩基配列の類似性は、要求される信頼性等に基づいて適宜設定することができ、例えば95%以上、97%以上、及び、99%以上とすることができる。OTU解析用のソフトウェアとしては、UCLUST、UPARSE、及び、USEARCH等を利用することができる。
【0050】
被験者の眼表面組織由来の微生物叢の微生物群集構造を、健常者由来のものと比較して結膜疾患を検出する。ここで、微生物としては、細菌又は真菌等が含まれ、特には細菌が好ましい。例えば、眼表面組織由来の微生物叢を構成する細菌において、特定の門、網、目、科、属、又は、種に属する細菌の存在量又は存在割合等を指標とすることができる。被験者の上記存在量又は存在割合等が健常者と比較して有意に増減していると決定される場合には、当該被験者は結膜疾患を患っている、又は、将来的に結膜疾患を発症するリスクがある等、と決定することができる。ここで、存在割合としては、特定の門、網、目、科、属、又は、種に属する複数の細菌の存在割合の比、差、和、又は、積とすることができる。このとき、被験者の上記存在量又は存在割合等が健常者と比較して有意に増減しているか否かの決定は、眼表面組織由来の微生物叢における特定の門、網、目、科、属、又は、種に属する細菌の存在量又は存在割合の基準値を予め設定し、かかる基準値との比較により行うことができる。また、被験者間での特定の門、網、目、科、属、又は、種に属する細菌の存在量又は存在割合等の統計的差異に基づいて行ってもよい。このとき、結膜疾患を患っているとの決定は、細菌の門、網、目、科、属、及び、種の何れのレベルでの決定であってもよい。また、1の門、網、目、科、属、又は、種レベルに基づく決定であっても、また複数の門、網、目、科、属、又は、種レベルに基づく決定であってもよい。
【0051】
例えば、眼表面組織、特には、結膜の微生物群集構造の変化に基づく結膜MALTリンパ腫の決定は、健常者に対して、以下の属に属する細菌の存在量又は存在割合等の増加を指標として行うことができる。下記細菌の存在量又は存在割合等が健常者よりも増加している場合には、被験者は、結膜MALTリンパ腫を発症している、又は、将来的に結膜MALTリンパ腫を発症するリスクがある等、と決定することができる。
Delftia属細菌(Proteobacteria門、Betaproteobacteria網、Burkholderiales目、Comamonadaceae科、Delftia属)
Xylophilus属細菌(Proteobacteria門、Gamma Proteobacteria網、Xanthomonadales目、Xanthomonadaceae科、Xylophilus属)
Simplicispira属細菌(Proteobacteria門、Betaproteobacteria網、Burkholderiales目、Comamonadaceae科、Simplicispira属)
Rothia属細菌(Actinobacteria門、Actinobacteria網、Micrococcales目、Micrococcaceae科、Rothia属)
Xanthomonas属細菌(Proteobacteria門、Gammaproteobacteria網、Xanthomonadales目、Xanthomonadaceae科、Xanthomonas属)
【0052】
特に好ましくは、Delftia属細菌の存在量又は存在割合等の増加を指標として、結膜MALTリンパ腫の決定を行うことができる。ここで、Delftia属細菌は好気性グラム陰性桿菌である。Delftia属細菌はβ-ラクタム系やアミノグリコシド系の抗生物質に対する耐性を示す。コンタクトレンズケースに付着してバイオフィルムを形成し、眼球面に微生物性及び浸潤性の角膜炎の発生をもたらすことが知られている。また、Delftia属細菌は、酸化的にグルコースを分解させて利用する能力がある。このことは結膜環境の変化を引き起こす可能性があり、例えば、角膜上皮の異常等のいくつかの角膜異常のグルコースレベルの変化によって引き起こされることが知られている。したがって、Delftia属細菌は、結膜の状態を変化させてCALTを妨害することによって、攻撃因子として結膜MALTリンパ腫を発生させている可能性がある。
【0053】
また、眼表面組織、特には、結膜の微生物群集構造の変化に基づく結膜MALTリンパ腫の決定は、健常者に対して、以下の属に属する細菌の存在量又は存在割合等の減少を指標として行うことができる。下記細菌の存在量又は存在割合等が健常者よりも減少している場合には、被験者は、結膜MALTリンパ腫を発症している、又は、将来的に結膜MALTリンパ腫を発症するリスクがある等、と決定することができる。
Bacteroides属細菌(Bacteroidetes門、Bacteroidia網、Bacteroidales目、Bacteroidaceae科、Bacteroides属)
Clostridium属細菌(Firmicutes門、Clostridia網、Clostridiales目、Clostridiaceae科、Clostridium属)
Deinococcus属細菌(Deinococcus-Thermus門、Deinococci網、Deinococcales目、Deinococcaceae科、Deinococcus属)
Williamsia属細菌(Actinobacteria門、Actinobacteria網、Corynebacteriales目、Williamsiaceae科、Williamsia属)
Parabacteroides属細菌(Bacteroidetes門、Bacteroidia網、Bacteroidales目、Tannerellaceae科、Parabacteroides属)
Chryseobacterium属細菌(Bacteroidetes門、Flavobacteriia網、Flavobacteriales目、Flavobacteriaceae科、Chryseobacterium属)
Herbaspirillum属細菌(Proteobacteria門、Betaproteobacteria網、Burkholderiales目、Oxalobacteraceae科、Herbaspirillum属)
【0054】
特に好ましくは、Bacteroides属細菌、Clostridium属細菌の存在量又は存在割合等の減少を指標として、結膜MALTリンパ腫の決定を行うことができる。ここで、Bacteroides属細菌は、細菌性多糖類を産生し、発達過程の免疫系の細胞及び身体の成熟を指揮することが知られている。小腸では、Bacteroidesは腸のパイエル板で樹状細胞と相互作用し、腸管関連リンパ組織(GALT)として知られる防御機構として免疫グロブリンAの産生及び成熟を誘導する。したがって、出生からのBacteroides属細菌の存在は、腸免疫系の恒常性を維持するために不可欠であり、同様に、眼表面組織の局所的な防御機構として有用である可能性がある。また、粘膜関連のClostridium属細菌集団は、Tregs及びIgAの誘導、及び炎症反応及びアレルギー反応の抑制に重要な役割を果たしていることが報告されている。以上を鑑みると、Bacteroides属細菌及びClostridium属細菌のような有益な微生物群が、防御因子として炎症反応及びアレルギー反応を抑制することを支配していることを示唆していると理解できる。
【0055】
更に、眼表面組織、特には、マイボーム腺の微生物群集構造の変化に基づくMALTリンパ腫の決定は、健常者に対して、以下の属に属する細菌の存在量又は存在割合等の増加を指標として行うことができる。下記細菌の存在量又は存在割合等が健常者よりも増加している場合には、被験者は、結膜MALTリンパ腫を発症している、又は、将来的に結膜MALTリンパ腫を発症するリスクがある等、と決定することができる。
Delftia属細菌(Proteobacteria門、Betaproteobacteria網、Burkholderiales目、Comamonadaceae科、Delftia属)
Clostridium属細菌(Firmicutes門、Clostridia網、Clostridiales目、Clostridiaceae科、Clostridium属)
Brevundimonas属細菌(Proteobacteria門、Alphaproteobacteria網、Caulobacterales目、Caulobacteraceae科、Brevundimonas属)
【0056】
また、眼表面組織、特には、特には、マイボーム腺の微生物群集構造の変化に基づくMALTリンパ腫の決定は、健常者に対して、以下の属に属する細菌の存在量又は存在割合等の減少を指標として行うことができる。下記細菌の存在量又は存在割合等が健常者よりも減少している場合には、被験者は、結膜MALTリンパ腫を発症している、又は、将来的に結膜MALTリンパ腫を発症するリスクがある等、と決定することができる。
Lactobacillus属細菌(Firmicutes門、Bacilli網、Lactobacillales目、Lactobacillaceae科、Lactobacillus属)
Schlegelella属細菌(Proteobacteria門、Betaproteobacteria網、Burkholderiales目、 Comamonadaceae科、Schlegelella属)
【0057】
更に、眼表面組織、特には、眼周囲皮膚の微生物群集構造の変化に基づくMALTリンパ腫の決定は、健常者に対して、以下の属に属する細菌の存在量又は存在割合等の増加を指標として行うことができる。下記細菌の存在量又は存在割合等が健常者よりも増加している場合には、被験者は、結膜MALTリンパ腫を発症している、又は、将来的に結膜MALTリンパ腫を発症するリスクがある等、と決定することができる。
Delftia属細菌(Proteobacteria門、Betaproteobacteria網、Burkholderiales目、Comamonadaceae科、Delftia属)
【0058】
また、眼表面組織、特には、眼周囲皮膚の微生物群集構造の変化に基づくMALTリンパ腫の決定は、健常者に対して、以下の属に属する細菌の存在量又は存在割合等の減少を指標として行うことができる。下記細菌の存在量又は存在割合等が健常者よりも減少している場合には、被験者は、結膜MALTリンパ腫を発症している、又は、将来的に結膜MALTリンパ腫を発症するリスクがある等、と決定することができる。
Exiguobacterium属細菌(Firmicutes門、Bacilli網、Bacillales目、Bacillaceae科、Exiguobacterium属)
【0059】
眼表面組織由来の微生物叢を構成する微生物叢において、特定のグループ間の類似性距離を指標とすることができ、被験者と健常者との微生物叢間の類似性距離が一定距離以上であると決定される場合には、当該被験者が結膜疾患を発症している、又は、将来的に結膜疾患を発症するリスクがある等、と決定することができる。例えば、UniFrac distance解析等を利用することができる。かかる解析の手法は、比較対象となる被験者と健常者の眼表面組織由来の微生物叢のOTU代表配列を用いて系統樹解析を行い、両微生物叢間で共有されるOTU の枝の長さと各微生物叢に固有の枝の割合から、微生物群集構造の違いを距離(UniFrac distance)として算出するものであり、微生物叢間の類似性を0(100%類似する)~1(100%類似しない)の距離(UniFrac distance)で表すことができる。更に、UniFrac distanceに基づく主座標分析により二次元散布図を作成してもよい。被験者と健常者との微生物叢間の類似性距離が一定距離以上であるか否かの決定は、例えば、基準となるデータとの比較により、被験者の類似性距離が結膜疾患を発症しているグループと健常者のグループの何れとの距離が近いかで決定することができ、結膜疾患を発症しているグループとの距離が近い場合には被験者は結膜疾患を発症している、又は、将来的に発症するリスクがある等、と決定することができる。また、上記二次元散布図を用いてもよく、当該二次元散布図上で被験者の微生物叢が、健常者グループよりも結膜疾患を発症しているグループに相対的に近くに位置する場合には被験者は結膜疾患を発症している、又は、将来的に発症するリスクがある等、と決定することができる。
【0060】
本実施形態に係る結膜疾患検出方法において、眼表面組織の微生物群集構造の変化の指標とできる微生物種は、結膜疾患の検出のための疾患バイオマーカーとして利用することができ、かかる疾患バイオマーカーも本発明の一部を為す。また、微生物群衆構造の変化を検出することで結膜疾患を検出する結膜疾患検出用キットとして利用することができ、かかる疾患検出用キットも本発明の一部を為す。例えば、微生物に特異的な遺伝子に対するオリゴヌクレオチドプローブやプライマー、若しくは、特異的な抗体等を含んで構成することができる。
【0061】
(老化バイオマーカー)
本実施形態に係る老化バイオマーカーは、眼表面組織に存在する微生物叢バランスの変化によって生体の老化状態に関する情報を提供するものである。つまり、本実施形態に係る老化バイオマーカーは、眼表面組織に存在する微生物叢の微生物群集構造の変化と老化とが相関するとの知見に基づくものである。
【0062】
本実施形態に係る老化バイオマーカーは、加齢、即ち、生存時間の経過に依存して変動する因子を意味し、老化の進行度等の老化状態を予測できるものである。老化とは、成熟期以降におこる生体能力の変化であり、個体、器官、組織、及び、細胞のあらゆるレベルに現れる機能の低下を意味し、暦年齢に基づく老化のみならず、生物学的年齢に基づく老化を含む。また、老化は、生理的老化及び病的老化の別は問わない。したがって、本実施形態に係る老化バイオマーカーは、生理的老化状態のみならず、病的老化状態の指標となる。ここで、生理的老化とは加齢とともに必然的に進行する生理的な機能低下を意味し、病的老化とは老化が異常に加速される等により、病的状態を引き起こすような機能の低下を意味する。
【0063】
本実施形態に係る老化バイオマーカーは、病的老化状態の指標となることから、加齢性変化の結果、身体に異常が生じる疾患発症及び進行の指標とすることができる。このような疾患としては、加齢に伴い罹患率が上昇する疾患が含まれ、結膜MALTリンパ腫、翼状片、ドライアイ、結膜弛緩、緑内障、加齢黄斑変性(AMD)等が例示される。
【0064】
本実施形態に係る老化バイオマーカーは、被験者由来の眼表面組織検体内の微生物叢の微生物群集構造の変化を指標とする。なお、眼表面組織検体及びその採取方法の詳細については上記(結膜疾患検出方法)の項で説明した通りである。
【0065】
本実施形態に係るバイオマーカーを用いた眼表面組織検体内の微生物叢の変化の検出は、当該技術分野における公知の技術を用いて行うことができ、その詳細については上記(結膜疾患検出方法)の項で説明した通りである。
【0066】
本実施形態に係る老化バイオマーカーは、被験者の眼表面組織由来の微生物叢の微生物群集構造の変化が指標となる。例えば、眼表面組織由来の微生物叢を構成する細菌において、加齢依存的にその存在量又は存在割合等が変動する特定の門、網、目、科、属、又は、種に属する細菌を老化バイオマーカーとすることができる。ここで、存在割合としては、特定の門、網、目、科、属、又は、種に属する複数の細菌の存在割合の比、差、和、又は、積とすることができる。老化バイオマーカーは、門、網、目、科、属、及び、種の何れのレベルでの細菌であってよい。また、1の門、網、目、科、属、又は、種レベルの細菌であってもよいし、複数の門、網、目、科、属、又は、種レベルの細菌であってもよい。
【0067】
例えば、以下の科に属する細菌を老化バイオマーカーとすることができ、何れも眼表面組織の常在細菌である。
Corynebacteriaceae科細菌(Actinobacteria門、Actinobacteria網、Corynebacteriales目、Corynebacteriaceae科)
Propionibacteriales科細菌(Actinobacteria門、Actinobacteria網、Propionibacteriales目、Propionibacteriales科)
【0068】
Corynebacteriaceae科細菌及びPropionibacteriales科細菌の存在量及び存在割合等は、生体の老化状態と相関する。詳細には、Corynebacteriaceae科細菌は、加齢に伴いその存在量及び存在割合等が上昇し、一方、Propionibacteriales科細菌は加齢に伴いその存在量及び存在割合等が低下する。したがって、若年層ではPropionibacteriales科細菌が優勢であり、一方、老年層ではCorynebacteriaceae科細菌が優勢となる。したがって、被験者の眼表面組織検体中のPropionibacteriales科細菌の存在量及び存在割合等が優勢の場合には、当該被験者は老化状態にあると決定することができ、反対に、Corynebacteriaceae科細菌の存在量及び存在割合等が優勢の場合には、当該被験者は老化状態にはないと決定することができる。
【0069】
具体的には、加齢依存的にその存在量が変動する複数の細菌の存在割合の比を老化バイオマーカーとすることができ、例えば、Propionibacteriaceae科細菌/Corynebacteriaceae科細菌比を老化バイオマーカーとすることができ、かかる比が高い場合には老化状態にあると決定することができる。例えば、Propionibacteriaceae科細菌/Corynebacteriaceae科細菌比において、カットオフ値を設定し被験者の老化状態を決定するように構成することができる。若年者はPropionibacteriaceae科細菌の存在量及び存在割合等が高く、老化に伴いCorynebacteriaceae科細菌の存在量及び存在割合等が増加することから、設定したカットオフ値より小さければ被験者は老化状態にあると決定することができる。カットオフ値は検出目的等に応じて適宜設定することができるが、例えば1に設定することができる。また、具体的には、加齢依存的にその存在量が変動する複数の細菌の存在割合の差を老化バイオマーカーとすることができ、例えば、Propionibacteriaceae科細菌-Corynebacteriaceae科細菌差を老化バイオマーカーとすることができ、かかる差が小さい場合には老化状態にあると決定することができる。したがって、Propionibacteriaceae科細菌-Corynebacteriaceae科細菌差において、カットオフ値を設定し被験者の老化状態を決定するように構成することができ、設定したカットオフ値より小さければ被験者は老化状態にあると決定することができる。カットオフ値は検出目的等に応じて適宜設定することができるが、例えば0に設定することができる。さらに、Propionibacteriaceae科細菌/Corynebacteriaceae科細菌比及び/又はPropionibacteriaceae科細菌-Corynebacteriaceae科細菌差に基づいて、老化度合(例えば、実年齢に対して+5歳老化している等)を判定することができる。つまり、老化状態にあるとは、結膜疾患の危険度の高い老化状態にあるとの定性的な評価に加えて、実年齢に対する老化度合を定量的に評価する方法も含まれる。
【0070】
眼表面組織由来の微生物叢を構成する微生物叢において、特定のグループ間の類似性距離を指標とすることができ、被験者と例えば若年健常者との微生物叢間の類似性距離が一定距離以上であると決定される場合には、当該被験者が老化状態にある等、と決定することができる。例えば、UniFrac distance解析等を利用することができ、その詳細については上記(結膜疾患検出方法)の項で説明した通りである。
【0071】
本実施形態に係る老化バイオマーカーは、被験者の老化状態(結膜疾患の危険度)を検出するために利用することができ、かかる老化状態の検出方法も本発明の一部を為す。例えば、健常若年者から採取した眼表面組織検体に含まれる微生物叢の微生物群集構造と、被験者から採取した眼表面組織検体に含まれる微生物叢の微生物群集構造とを比較する工程を有し、前記健常若年者と前記被験者との間での前記微生物群集構造の変化に基づいて老化状態であると評価される眼表面組織検体を検出する、結膜疾患検出方法であり、微生物群集構造の変化に際して、本実施形態に係るバイオマーカーを指標とすることができる。なお、工程の詳細は、上記(結膜疾患検出方法)の項に準じて行うことができる。
【実施例
【0072】
[実施例1]結膜MALTリンパ腫における微生物叢の変化(細菌叢)
本実施例では、眼表面組織の微生物叢の変化と結膜MALTリンパ腫の発症との関連について検証した。具体的には、ヒト眼表面組織から採取した検体中に含まれる微生物群集構造(細菌)を16S rRNA遺伝子により解析し、健常者と結膜MALTリンパ腫の罹患者とを比較した。
【0073】
〔疾患群及び健常群〕
2015~2017年の間に、結膜MALTリンパ腫であると大阪大学医学部附属病院での生検により診断された25人(50眼)を疾患群とした(表1)。疾患群としては、明らかな眼球表面の疾患のある者、コンタクトレンズの最近の装用歴のある者、過去12カ月に全身又は局所の抗生物質又は眼処方薬の服用歴のある者、過去12カ月に眼球手術歴のある者、眼球感染のある者、ドライアイ症状のある者、糖尿病等の全身性疾患を患っている者、及び、喫煙のある者を除いた。疾患群の内訳は、男性7人、女性18人、平均年齢61.7±15.6歳であった。コントロールとして、健常者ボランティア25人(50眼)を健常群として同様に検証を行った。健常群の内訳は、男性7人、女性18人、平均年齢58.3±13.0歳であった。疾患群の臨床データ及びバックグラウンドを表1に示す。疾患群の25人のうち、5人は化学療法歴及び放射線療法歴があり、6人は化学療法のみ、3人は放射線療法のみを受けていた。5人に胃の病変(胃MALTリンパ腫2例、胃ポリープ1例、胃潰瘍1例、胃癌1例)があった。平均観察期間は、50.0±6.2ヶ月(5~93ヶ月)であった。
【0074】
【表1】
【0075】
〔方法〕
(検体の採取とDNA単離)
眼科処置用のクリーンルームで検体を採取した。検体は、ベースライン(基準時)及び1か月後の時点で、上記疾患群及び健常群の各個人に対し滅菌した局所麻酔剤プロパラカインを点眼した後、DNAスワブ(Osaki Sterilized Cotton Swabs S0475-10、JAPAN)を用いて、両眼の上結膜円蓋及び下結膜円蓋から採取した。結膜と他の部位とを比較するために、手、マイボーム腺、及び、眼周囲皮膚から同様に検体を採取した。したがって、検体としては、結膜、手、マイボーム腺、及び、眼周囲皮膚の4カ所から採取したものに対して、以下の実験を行った。採取した各検体をチューブ(Eppendorf、Fremont、CA)に移し、DNA抽出まで-80℃で凍結させた。DNA抽出は、PowerSoil(登録商標) DNA Isolation Kit(MoBio、Carlsbad、CA)を用いて、製造業者の説明書に従って行った。抽出した各ゲノムDNAをキットの溶出緩衝液100μl中で溶出し、分析時まで-20℃で保存した。
【0076】
(16S rRNA遺伝子の配列決定と配列データ処理)
16S rRNA 遺伝子のV1-V2領域を標的とするプライマーセット(27Fmod:5'- AGRGTTTGATCMTGGCTCAG -3 '(R=G又はA、M=A又はC)(配列番号1)、及び、338R:5'- TGCTGCCTCCCGTAGGAGT -3'(配列番号2))を用いて、“Illumina 16S Metagenomic Sequencing Library Preparation Guide”に従って各アンプリコンを調製した。調製したアンプリコンの251 bp ペアエンドシークエンシングは、MiSeq v2 500 cycle kitを用いてMiSeq (Illumina)で行った。ペアエンド配列は、PEAR(http://sco.h-its.org/exelixis/web/software/pear/)を用いてマージした。続いて、マージされたリードは、BBtrim(bbmap.sourceforge.net)を用いてクオリティートリミングを行った。さらなる分析のためにrandom_sequence_sample.pl(ualberta.ca/~stothard/software.html)を用いて、1検体あたり20,000リードをランダムに選択した。処理されたリードは、UCLUST version 1.2.22qを用いて97%に定義された配列類似性閾値によりOTUにクラスター化された。次いで、各OUTの代表的配列を、Greengenes 13_8 databaseを有するRDP Classifier version 2.2を用いることによって、分類学的に分類した。バイオインフォマティクスパイプラインQIIME version 1.9.1を、生シーケンシングデータの関連するすべての処理のためのインフォマティクス環境として用いた。
【0077】
(統計分析)
データは平均±SEとして示した。統計解析は、JMPソフトウェアバージョン9.0(SAS Inc、Cary、North Carolina、USA)及びRソフトウェア環境(公開ドメイン、http://cran.r-project.org/)version 3.1.3を用いて行った。疾患群と健常群間の微生物叢の差異的特徴を見出すため、分類されたデータをlinear discriminant analysis (LDA) effect size (LefSe)(Harvard group)解析によって解析した(a<0.01)。
【0078】
〔結果〕
(16S rRNA遺伝子の配列決定及びデータ処理結果、並びに、細菌構成の安定性)
合計18,851,375個の生の16S rRNA遺伝子配列が得られ、これはクオリティーフィルタリング後に合計13,094,927対のペアエンド配列を生じ、1検体当たり平均53,231配列を有した。検体を採取した4部位での微生物叢の安定性を検証するために、健常群に対して、ベースライン時及びベースライン時の1か月後の時点で採取した検体の細菌構成を比較した。その結果を図1に示す。図1は各部位での各細菌種の相対存在量を示す。その結果、ベースライン時とその1か月後において、今回検証を行った何れの部位においても細菌構成に有意な変化は認められなかった。この結果から、今回検証を行った4部位では安定した微生物叢が形成されていることが理解でき、結膜等の眼表面組織にも腸管微生物叢のような安定した微生物叢が存在することが判明した。
【0079】
続いて、結膜に存在する微生物叢の細菌構成に対する性別及び左右の偏りによる影響について検証した。その結果を図2A及び図2Bに示す。図2A及び図2Bには、健常群及び疾患群の微生物叢を構成する主な細菌を表記すると共に、その相対的な存在割合をグラフに示している。その結果、健常群(図2A)及び疾患群(図2B)の何れにおいても、性別及び左右の偏りに関しては有意な変化は認められなかった。
【0080】
(微生物叢の多様性と類似性)
健常群と疾患群について、4部位における微生物叢の多様性を科レベルで検証した。その結果を図3に示す。その結果から、健常群における結膜、マイボーム腺、眼周囲皮膚、手の微生物叢の数は、それぞれ41.2±0.86(範囲33~52)、48.6±2.31(範囲32~65)、89.4±5.14(範囲50~131)、83.5±5.11(範囲38~137)であった。疾患群における結膜、マイボーム腺、眼周囲皮膚、手の微生物叢の数は、それぞれ39.4±0.86(範囲30~51)、48.2±2.48(範囲31~79)、80.8±6.09(範囲47~187)、87.4±6.57(範囲55~140)であった。健常群と疾患群との間の統計分析は、Tukey post hoc解析を用いたone-way ANOVAにより行った。健常群と疾患群における結膜との間には、微生物叢のα多様性に有意差はなかった。結膜及びマイボーム腺では、眼周囲皮膚及び手よりも低いα多様性を示し(P <0.01)、一方、結膜とマイボーム腺との間では有意差が認められなかった。これらの結果から、結膜及びマイボーム腺の微生物叢は体表面と比較し多様性が小さいことが理解できる。
【0081】
続いて、β多様性での微生物叢を構成する細菌群の類似性を調べるために、主成分分析(PCA)を実施し、構成上位11種の細菌について検体を採取した4部位でクラスタリングした。結果を図4A及び図4Bに示す。その結果から、健常群及び疾患群における、検体を採取した結膜、マイボーム腺、眼周囲皮膚、手の距離が科レベルで明らかになった。詳細には、健常群及び疾患群では、結膜とマイボーム腺との間、眼周囲皮膚と手との間には、比較的小さな距離が認められた。結膜と手との間には大きな距離が認められた。一方、結膜と手との分離が、PCAプロット上で理解できた。
【0082】
(LEfSeによって分析された身体の4部位における健常群と疾患群における属レベルでの部生物叢の相違)
健常群と疾患群との微生物叢における細菌構成の相違を検証するためLEfSe解析を行った。結果を図5に、LDAスコアを示す棒グラフ、及び、生物学的な分類の階層を含めた系統分岐図で示す。棒グラフは、疾患群において著しく増加する細菌及び減少する細菌を属レベルで分類したものであり、系統分岐図上にはLDAスコアをプロットした。その結果、健常群に比べて疾患群の結膜では、Delftia属細菌、Xylophilus属細菌、Simplicispira属細菌、Rothia属細菌、及び、Xanthomonas属細菌の存在が有意に高く、Bacteroides属細菌、Clostridium属細菌、Deinococcus属細菌、Williamsia属細菌、Parabacteroides属細菌、Chryseobacterium属細菌、及び、Herbaspirillum属細菌の存在が有意に低かった。一方、マイボーム腺では、Delftia属細菌、Clostridium属細菌、及び、Brevundimonas属細菌の存在が有意に高く、Schnedlella属細菌、及び、Lactobacillus属細菌の存在が有意に低かった。眼周囲皮膚では、Delftia属細菌の存在が有意に高く、Exiguobacterium属細菌の存在が有意に低かった。
【0083】
更に、健常群と疾患群との微生物叢における細菌構成の相違を更に詳細に検証した。結果を図6A及び図6Bに示し、細菌種毎の存在割合を箱ひげ図で示す。ここで、図6A及び図6Bにおいて、各部位に存在する細菌群に対する各細菌の相対占有率(%)を縦軸に示している。その結果、Delftia属細菌の存在は、健常群及び疾患群の多くで検出され、Xylophilus属細菌、Simplicispira属細菌、Rothia属細菌、及び、Xanthomonas属細菌の存在は、両群において非常にまれであった(図6A)。そして、疾患群における上記5種類の細菌の存在は健常群よりも統計的に高いことが確認された。一方、Bacteroides属細菌、Parabacteroides属細菌、Clostridium属細菌、Williamsia属細菌、Deinococcus属細菌、Chryseobacterium属細菌、及び、Herbaspirillum属の存在は、主に健常群にて検出され、疾患群ではまれであった(図6B)。そして、疾患群における上記7種類の細菌の存在は、健常群よりも統計的に低いことが確認された。
【0084】
以上の結果より、今回検証を行った各部位の体内生息環境に常在微生物叢が存在し、結膜等の眼表面にも常在微生物叢が存在し外来細菌の侵入を防御していることが理解できた。また、健常者と結膜MALTリンパ腫の罹患者の微生物叢では細菌構成が相違することが確認された。したがって、被験者の眼表面組織の微生物群集構造を解析することで、構成微生物の存在量及び存在割合等に基づいて結膜MALTリンパ腫を発症している被験者、又は、将来的に結膜MALTリンパ腫を発症するリスクのある被験者等を検出することができることが理解できる。
【0085】
上記で確認された通り、結膜MALTリンパ腫の疾患群では、健常群よりも、微生物叢の微生物群衆構造において特定の細菌種、詳細には、Delftia属が有意に高く、Bacteroides属及びClostridium属は低かったことを示めされた。このことから、Delftia属細菌は、結膜MALTリンパ腫の発症における病態生理学的役割を示す可能性があり、Bacteroides属細菌及びClostridium属細菌は、結膜MALTリンパ腫の防御因子である可能性がある。このように、結膜の微生物叢は常に変動し局所の恒常性を維持するが、ディスバイオシスは結膜MALTリンパ腫の病態生理に重要な役割を果たす可能性が考えらえる。
【0086】
〔実施例2〕結膜MALTリンパ腫における涙液性状の変化
本実施例では、涙液性状の変化と結膜MALTリンパ腫の発症との関連について検証した。具体的には、ヒト眼の涙液のpH及びIgA濃度を解析し、健常者と結膜MALTリンパ腫の罹患者とを比較した。
【0087】
〔涙液pHの変化〕
実施例1において、結膜MALTリンパ腫の疾患群では、健常群よりも、微生物叢の微生物群衆構造においてDelftia属に属する細菌が有意に高いことが確認された。Delftia属菌は、土壌や水、住環境に存在する細菌であり(Mahmood S. 他著、J. Clin. Microbiol., 2012, 50(11), p3799-3800)、有機酸やアミノ酸残留物を修飾する能力を有する(Sabine Leibeling他著、Environ. Sci. Technol., 2010, 44(10), p3793-3799)ことが報告されている。かかるDelftia属菌の特性から、微生物群衆構造においてDelftia属菌が有意に上昇する結膜MALTリンパ腫の罹患者の涙液のpHが低下すると仮説を立て、以下の検討を行った。
【0088】
(方法)
実施例1と同様にして疾患群及び健常者を選出し、疾患群(N=28)、及び、健常群(N=26)の涙液のpHを、pHメーター(LAQUA twin B-731:堀場製作所)を用いて測定し、両群に有意差が存在するかをウィルコクソンの順位和検定により解析した。
【0089】
(結果)
結果を図7に示す。その結果、健常群では平均pHが7.46であったのに対して、疾患群では7.14であり、結膜MALTリンパ腫の罹患者の涙液のpHが有意に低下することが確認できた。
【0090】
〔涙液IgA濃度の変化〕
実施例1において、結膜MALTリンパ腫の疾患群では、健常群よりも、微生物叢の微生物群衆構造においてBacteroides属及びClostridium属に属する細菌は有意に低いことが確認された。Bacteroides属菌は、腸内細菌叢を構成し、制御性T細胞(T-reg)/Th17を活性化し、炎症反応を制御のトリガーとなる(Abby L. Geis他著、Cancer Discov., 5(10), p1098-1109)ことが報告されている。また、抗体産生や炎症反応制御に関与しているとの別の報告(Rol N.他著、J. Biol. Chem., 2012, 287(47), p40074-40082、Sara Omenetti他著、Front. Immunol., 2015, 6, Article 639)もある。一方、Clostridium属菌に関しては、かかるClostridium属菌の投与によりT-regが誘導されること、そして、免疫の保持に関与すること(Taylor Feehley 他著、Curr. Opin. Lmmunol., 2014, 31, p79-86)が報告されている。また、アレルギー反応抑制に関与しているとの別の報告(Ouwehand AC.他著、World J. Gastroenterol., 2009, 15(26), 3261-3268、及び、Stefka AT.他著、Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 111(36), p13145-13150)もある。かかるBacteroides属菌及びClostridium属菌の特性から、微生物群衆構造においてBacteroides属菌及びClostridium属菌が有意に低下する結膜MALTリンパ腫の罹患者は免疫機構の低下が生じているとの仮説を立て、以下の検討を行った。
【0091】
(方法)
実施例1と同様にして疾患群及び健常者を選出し、疾患群(N=28)、及び、健常群(N=26)の涙液中に含まれるIgA濃度を、ヒトIgA測定用のELISAキットを用いて測定し、両群に有意差が存在するかをウィルコクソンの順位和検定により解析した。
【0092】
(結果)
結果を図8に示す。その結果、健常群に比べて疾患群では涙液IgA濃度が有意に低下していた。これにより、結膜MALTリンパ腫の罹患者の涙液中に含まれるIgA濃度が有意に低下することが確認でき、免疫機能が低下していることが理解できる。
【0093】
眼表面組織における微生物叢の微生物群衆構造の変化が、結膜の環境変化をもたらす可能性がある。今回検証を行った結膜MALTリンパ腫においては、Delftia属菌は病原体として炎症起点となり得る攻撃因子であり、Bacteroides属菌及びClostridium属菌はT-reg/Th17の活性化及び炎症反応の制御、IgA産生の誘導等を介した防御因子である可能性がある。微生物群衆構造において、攻撃因子であるDelftia属菌、並びに、防御因子であるBacteroides属菌及びClostridium属菌のバランス変化が、結膜MALTリンパ腫の発症に関与している可能性がある。
【0094】
上記結果を受け、結膜MALTリンパ腫の発症に関与する3種の細菌、Delftia属菌、Bacteroides属菌及びClostridium属菌の多変量解析を行った。ここでは、結膜MALTリンパ腫の罹患者における年齢、性別、及び、側性の臨床パラメータに関して解析を行い、p値を算出し、p値が0.05以下であれば相関関係があると判断した。結果を表2に示す。表2に示す通り、今回検討を行った臨床パラメータでは有意差は認められず、実施例1で確認された微生物群衆構造の変化は、年齢、性別、側性に依存するものではなく、結膜MALTリンパ腫特有のものであることが支持される。したがって、Delftia属菌、Bacteroides属菌及びClostridium属菌をはじめとする微生物群衆構造の変化が、結膜MALTリンパ腫の発症に関与していることを裏付けられる。
【0095】
【表2】
【0096】
[実施例3]結膜MALTリンパ腫における微生物叢の変化(真菌叢)
本実施例では、眼表面組織の微生物叢の変化と結膜MALTリンパ腫の発症との関連について検証した。具体的には、ヒト眼表面組織から採取した検体中に含まれる微生物群集構造(真菌)をITS領域遺伝子により解析し、健常者と結膜MALTリンパ腫の罹患者とを比較した。
【0097】
(方法)
実施例1と同様にして疾患群及び健常者を選出した。疾患群(N=50)、及び、健常群(N=50)について、眼表面組織(結膜)の微生物叢の解析を、実施例1と同様にして(サンプル収集とDNA単離)、(ITS領域シークエンシングとデータ処理)、及び、(統計解析)により行った。なお、ITS領域シークエンシングは、rRNAにおけるITS領域を標的とするプライマーセット(ITS1-F: 5´- CTTGGTCATTTAGAGGAAGTAA -3´(配列番号3))及び(ITS2: 5´- GCATCGATGAAGAACGCAGC -3´(配列番号4))を用いて、各アンプリコンを調製し、シークエンシングは、MiSeq v2 500 cycle kitを用いてMiSeq (Illumina)で行った。
【0098】
(結果)
健常群と疾患群のヒト眼表面組織から採取した検体の真菌構成を属レベルで比較した。結果を図9図10A図10Cに示す。図9では、健常群及び疾患群の微生物層を構成する主な真菌を表記とすると共に、その相対的な存在割合をグラフに示している。図10A図10Cは、存在割合が上位であったMalassezia属、Byssochlamys属、Aspergillus属の3種の真菌について、健常群と疾患群での存在割合を比較した結果を示している。その結果、同定できた何れの真菌種においても、疾患群と健常群間では、その存在割合での有意な変動は確認されなかった。このように、結膜MALTリンパ腫と微生物叢構造における真菌の構成には関連性が認められず、Delftia属細菌、Bacteroides属細菌及びClostridium属細菌をはじめとする特定の細菌種が結膜MALTリンパ腫の病態生理に重要な役割を果たすという実施例1及び2の結果を強く支持するものである。
【0099】
[実施例4]年齢による微生物叢の変化
本実施例では、眼表面組織の微生物叢の変化と年齢との関連について検証した。具体的には、ヒト眼表面組織から採取した検体中に含まれる微生物群集構造を16S rRNA遺伝子により解析し、微生物群集構造と年齢との相関関係を検証した。
【0100】
(方法)
本実施例において、21~83歳の健常者38人(78眼)の眼表面組織の微生物叢の解析を、実施例1と同様にして(サンプル収集とDNA単離)、(16S rRNAシークエンシングとデータ処理)、及び、(統計解析)により行った。健常者の内訳は、男性18人、女性21人、平均年齢53.0±19.8歳、眼疾患既往歴なし、コンタクトレンズの装用なし、眼外傷歴なしであった。
【0101】
(結果)
各年齢の健常者由来の結膜の微生物叢の細菌構成を検証した。その結果を図11図13に示す。その結果、各年齢の健常者由来の結膜の微生物叢の細菌構成が加齢に伴い変動することが確認され、加齢に伴いPropionibacteriaceae科細菌が減少するのに対して、Corynebacteriaceae科細菌が増加することが確認された。図11は、結膜におけるPropionibacteriaceae科細菌及びCorynebacteriaceae科細菌の占有率の年齢変化を示すグラフである。図12は、Corynebacteriaceae科細菌/Propionibacteriaceae科細菌の比(C/P)の年齢変化を示すグラフである。図13は、Corynebacteriaceae科細菌-Propionibacteriaceae科細菌の差(C-P)の年齢変化を示すグラフである。何れの結果からも、年齢変化と有意な相関関係が認められ、60歳前後でCorynebacteriaceae科細菌がPropionibacteriaceae科細菌よりも存在割合が上回ることが理解できる。
【0102】
更に、Corynebacteriaceae科細菌-Propionibacteriaceae科細菌の差(C-P)の年齢変化を、結膜、マイボーム腺、手、眼周囲皮膚の4部位で検証した。結果を図14に示し、図14は、結膜、マイボーム腺、手、眼周囲皮膚におけるCorynebacteriaceae科細菌-Propionibacteriaceae科細菌の差(C-P)の年齢変化を示すグラフである。その結果、何れの部位においても、Corynebacteriaceae科細菌-Propionibacteriaceae科細菌の差(C-P)の年齢変化が認めら、加齢に伴いCorynebacteriaceae科細菌の存在量が増加した。しかし、Corynebacteriaceae科細菌の存在量がPropionibacteriaceae科細菌よりも上回るのは、結膜及びマイボーム腺の眼表面組織のみであった。このことから、眼表面組織は、被験者の加齢状態を検出でき、その差が顕著に現れるため、信頼性高く被験者の加齢状態を検出できることが理解できる。また、微生物群衆構造において真菌に関しても、同様に、年齢との相関関係について解析を行ったが、特定の真菌種の有意な変動は確認されなかった。このことも、Corynebacteriaceae科細菌、Propionibacteriaceae科細菌が特異的に加齢状態に関連し、老化バイオマーカーとしての役割を果たすとの上記結果を強く支持するものである。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明は、結膜疾患の罹患状態の検出、及び、老化状態の検出を必要とする全ての技術分野、例えば、結膜疾患の発症、発症リスク、及び、進行度の予測、結膜疾患の原因究明、医薬品等による結膜疾患の治療効果の確認、及び、生理的及び病的老化状態の検出等に利用することができ、特に医療分野及び医薬分野等に利用可能である。
図1
図2A
図2B
図3
図4A
図4B
図5
図6A
図6B
図7
図8
図9
図10A
図10B
図10C
図11
図12
図13
図14
【配列表】
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