(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-29
(45)【発行日】2024-12-09
(54)【発明の名称】生体数理モデルの生成方法および生体シミュレーション方法
(51)【国際特許分類】
G16B 5/00 20190101AFI20241202BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20241202BHJP
【FI】
G16B5/00
C12Q1/68
(21)【出願番号】P 2020152856
(22)【出願日】2020-09-11
【審査請求日】2023-09-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000115991
【氏名又は名称】ロート製薬株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】羽賀 雅俊
(72)【発明者】
【氏名】岡田 眞里子
【審査官】前田 侑香
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-105296(JP,A)
【文献】特開2019-150018(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0034581(US,A1)
【文献】“資生堂、数理モデルによる先進的な皮膚研究を推進 ~痒み、皮膚老化、肌あれのメカニズムの解明と根本的治療法確立に向けて~ 国家レベルで進める戦略的創造研究推進事業“CREST研究”にて”,[online],日本,資生堂,2013年06月,[2024年7月26日検索],インターネット<URL:https://corp.shiseido.com/jp/releimg/2168-j.pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06Q 10/00-99/00
G16B 5/00-99/00
G16C 10/00-99/00
C12Q 1/68
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
老化に係わる生体数理モデルの生成方法であって、
異なる年齢を含む集団のin vivoでの第1遺伝子発現データより得られる加齢で発現量が変化する第1遺伝子群と、細胞株の継代培養により得られたin vitroでの第2遺伝子発現データより得られる集団倍化数で発現量が変化する第2遺伝子群と、に共通する第1遺伝子セットを選択する工程と、
前記第1遺伝子発現データ又は前記第2遺伝子発現データにおける遺伝子発現の発現量、および加齢又は集団倍化数と遺伝子発現量との相関性を含む情報に基づいて、前記第1遺伝子セットから第2遺伝子セットを選択する工程と、
前記第2遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現量を変数として含む生体数理モデルを生成する工程と、
を含
み、
前記生体数理モデルを生成する工程において、想定されるシグナル伝達経路に応じた、常微分方程式(ODE)による数理モデルを構築する工程を含む、
生体数理モデルの生成方法。
【請求項2】
前記第1遺伝子セットを選択する工程において、線維化に関与するシグナル伝達の関連遺伝子を選択する請求項1に記載の生体数理モデルの生成方法。
【請求項3】
前記第2遺伝子セットを選択する工程において、第2遺伝子セットがFMOD及びTHBS1を含む請求項1又は2に記載の生体数理モデルの生成方法。
【請求項4】
更に、前記生成した生体数理モデルを用いて計算した特定遺伝子の発現量の経時変化と、細胞株の継代培養により得られたin vitroでの前記特定遺伝子の発現量の集団倍化数による変化とを比較して、前記生成した生体数理モデルを検証する工程を含む請求項1~
3いずれかに記載の生体数理モデルの生成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、老化に係わる生体数理モデルの生成方法、並びに、生体数理モデルを利用した生体シミュレーション方法およびスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薬剤の潜在的標的が、薬物処理細胞に対する遺伝子発現プロファイルのデータベースにおける関連性をマッピングすることによって同定され得るという一般的概念は、2000年に、T.R.Hughesらによる影響力の大きい論文(非特許文献1)の発表、続いてその後間もなく、関連性マップの着手(Connectivity map:以下 Cマップと呼ぶ)(Justin Lamb及びMITの研究者らによるマッププロジェクト)(非特許文献2)によって主導された。
【0003】
2006年、Lambのグループは、Cマップの機械的構造、及び第1世代Cマップを作成するために使用される、遺伝子発現プロファイルの参照コレクションの導入、及び現在進行中の大規模コミュニティCマッププロジェクトの開始の詳細な概要を公開し始め、それは、http://www.sciencemag.org/content/313/5795/1929/suppl/DC1の「supporting materials」ハイパーリンクで入手可能である。
【0004】
特許文献1に記載された発明は、上記の概念に基づき、老化した皮膚の治療用の新しい活性剤を生成するために有用な方法を提供するべく、細胞種を選択し、既知の化粧用活性剤に対する遺伝子発現プロファイルの参照コレクションを生成することによって、化粧用活性剤の選択等に有用な、関連性マップを作成することが試みられている。
【0005】
具体的には、摂動因子(活性剤等)による暴露の有無による真皮線維芽細胞の遺伝子発現プロファイルの変化から関連遺伝子群を同定する一方で、摂動因子による暴露の有無によるケラチノサイト細胞の遺伝子発現プロファイルの変化から関連遺伝子群を同定し、両者の関連遺伝子の比較から線維芽細胞インスタンスの遺伝子発現シグネチャーを得るデータアーキテクチャの構築方法が開示されている。また、これを利用して、老化した皮膚を治療するために有効な活性剤を同定する際に、高齢者と若年者との遺伝子発現プロファイルの比較から、老化遺伝子発現シグネチャーを得ておき、線維芽細胞インスタンスと比較することで、有効な活性剤を同定する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】「Functional discovery via a compendium of expression profiles」 Cell 102,109-126(2000)
【文献】「Connectivity Map: Gene Expression Signatures to Connect Small Molecules, Genes, and Disease」, Science, Vol 313,2006
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に開示された方法は、皮膚の老化に関連する遺伝子群を特定する際に、in vivoでの遺伝子発現データのみを利用しており、老化に伴う経時的な遺伝子発現データを得ている訳ではない。また、真皮線維芽細胞等の遺伝子発現プロファイルが植物エキスのスクリーニングに有用であることを見出したに過ぎず、老化に関連するシグナル伝達に基づく、生体数理モデルを構築するには至ってない。このため、植物エキスを暴露した際の真皮線維芽細胞等の遺伝子発現プロファイルの変化から得た遺伝子発現シグネチャーと、老化遺伝子発現シグネチャーとを比較することによって、植物エキスをスクリーニングするに留まっており、高精度のスクリーニングが実現できているとは言い難い。
【0009】
そこで、本発明の目的は、老化に関連するシグナル伝達に基づく生体数理モデルをより高い精度で得ることができる、生体数理モデルの生成方法を提供することにある。
【0010】
また、本発明の他の目的は、生体数理モデルを利用して、より高い精度で個人の皮膚の老化の程度を算出することができる生体シミュレーション方法を提供することにある。
【0011】
更に、本発明の他の目的は、生体数理モデルを利用して、より高い精度で薬剤等をスクリーニングすることができるスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題は、以下の如き作用効果を奏する本発明により達成することができる。すなわち、本発明は、下記に掲げる態様を含むものである。
【0013】
[1] 老化に係わる生体数理モデルの生成方法であって、
異なる年齢を含む集団のin vivoでの第1遺伝子発現データより得られる加齢で発現量が変化する第1遺伝子群と、細胞株の継代培養により得られたin vitroでの第2遺伝子発現データより得られる集団倍化数で発現量が変化する第2遺伝子群と、に共通する第1遺伝子セットを選択する工程と、
前記第1遺伝子発現データ又は前記第2遺伝子発現データにおける遺伝子発現の発現量および加齢又は集団倍化数と遺伝子発現量との相関性を含む情報に基づいて、前記第1遺伝子セットから第2遺伝子セットを選択する工程と、
前記第2遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現量を変数として含む生体数理モデルを生成する工程と、
を含む生体数理モデルの生成方法。
【0014】
この態様によると、第1遺伝子セットを選択する工程で、in vitroでの第2遺伝子発現データを用いるため、生成した生体数理モデルを用いて計算した特定遺伝子の発現量の経時変化と、細胞株の継代培養により得られたin vitroでの特定遺伝子の発現量の集団倍化数による変化とを比較して、生成した生体数理モデルを検証することができるため、老化に関連するシグナル伝達に基づく生体数理モデルをより高い精度で得ることができる。その際、遺伝子発現の発現量、および加齢又は集団倍化数と遺伝子発現量との相関性を含む情報に基づいて、第1遺伝子セットから第2遺伝子セットを選択するため、検証における実験的な精度がより高くなり、しかも経時的な変化を比較できるため、経時的なフィッティング精度もより高くすることができる。
【0015】
[2] 前記第1遺伝子セットを選択する工程において、線維化に関与するシグナル伝達の関連遺伝子を選択する[1]に記載の生体数理モデルの生成方法。
【0016】
この態様によると、特に皮膚の老化に係わるシグナル伝達の関連遺伝子として、遺伝子発現の発現量、および加齢又は集団倍化数と遺伝子発現量との相関性が共に高いものを含む形での選択が、より高い確率で可能となる。
【0017】
[3] 前記第2遺伝子セットを選択する工程において、第2遺伝子セットがFMOD及びTHBS1を含む[1]又は[2]に記載の生体数理モデルの生成方法。
【0018】
この態様によると、それらの遺伝子の発現量を変数として含む生体数理モデルを生成する際に、老化に関連するシグナル伝達に基づく生体数理モデルをより高い精度で得ることができる。つまり、FMOD及びTHBS1は、共に遺伝子発現の発現量、および加齢又は集団倍化数と遺伝子発現量との相関性が高く、しかも、線維化はシグナル伝達経路により誘導されることが報告されていることから時間変化のモデルとして説明しやすい。そして、
図8~
図9に示すように、FMOD及びTHBS1の発現量を変数として含む生体数理モデルを用いたシミュレーションにより、in vitroでの実験データを非常によく再現できる。
【0019】
[4] 前記生体数理モデルを生成する工程において、想定されるシグナル伝達経路に応じた、常微分方程式(ODE)による数理モデルを構築する工程を含む[1]~[3]いずれかに記載の生体数理モデルの生成方法。
【0020】
この態様によると、特定のシグナル伝達経路を想定してモデル化を行なうことにより、試行錯誤によるモデル化の繰り返しの労力を低減することができる。また、常微分方程式(ODE)による数理モデルにより、生成した生体数理モデルを検証する際に、シミュレーションによる経時的な変化を、実験結果と比較できるため、数理モデルの精度をより高め、検証することができる。
【0021】
[5] 更に、前記生成した生体数理モデルを用いて計算した特定遺伝子の発現量の経時変化と、細胞株の継代培養により得られたin vitroでの前記特定遺伝子の発現量の集団倍化数による変化とを比較して、前記生成した生体数理モデルを検証する工程を含む[1]~[4]いずれかに記載の生体数理モデルの生成方法。
【0022】
この態様によると、シミュレーションによる経時的な変化を、実験結果と比較して、生成した生体数理モデルを検証することで、数理モデルの精度をより高めることができる。
【0023】
[6] 生体数理モデルを用いて個人の入力情報から皮膚の老化の程度を算出する生体シミュレーション方法であって、
前記生体数理モデルが、FMODの発現量とTHBS1の発現量とを変数として含む生体シミュレーション方法。
【0024】
この態様によると、生体数理モデルが、FMODの発現量とTHBS1の発現量とを変数として含むため、老化に関連するシグナル伝達に基づく生体数理モデルがより高い精度を示すため、個人の入力情報から皮膚の老化の程度を高い精度で算出することができる。
【0025】
[7] 皮膚の老化の程度を算出する生体数理モデルに、薬剤に関する情報を入力して算出した結果に基づいて、薬剤をスクリーニングするスクリーニング方法であって、
前記生体数理モデルが、FMODの発現量とTHBS1の発現量とを変数として含むスクリーニング方法。
【0026】
この態様によると、生体数理モデルが、FMODの発現量とTHBS1の発現量とを変数として含むため、老化に関連するシグナル伝達に基づく生体数理モデルがより高い精度を示すため、薬剤に関する情報から、より高い精度で薬剤をスクリーニングすることができる。また、定量的な結果に基づく、より正確なスクリーニングが可能となる。
【0027】
[8] 皮膚の老化の程度を算出する生体数理モデルに、外的因子を適用した試験で得られた情報を入力して算出した結果に基づいて、外的因子をスクリーニングするスクリーニング方法であって、
前記生体数理モデルが、FMODの発現量とTHBS1の発現量とを変数として含むスクリーニング方法。
【0028】
この態様によると、生体数理モデルが、FMODの発現量とTHBS1の発現量とを変数として含むため、老化に関連するシグナル伝達に基づく生体数理モデルがより高い精度を示すため、外的因子を適用した試験で得られた情報から、より高い精度で外的因子をスクリーニングすることができる。また、定量的な結果に基づく、より正確なスクリーニングが可能となる。
【0029】
[9]
前記生体数理モデルは、シグナル伝達のモデルに応じた各素反応の速度式を含み、何れの素反応が前記FMODの発現量又は前記THBS1の発現量への影響が大きいかを予め解析する工程を含む[7]又は[8]に記載のスクリーニング方法。
【0030】
この態様によると、解析結果に基づいて、皮膚の老化により大きな影響を与える素反応が明らかになるため、この素反応に影響を与える薬剤や外的因子を予備的にスクリーニングすることが可能となり、より効率良く、標的とする薬剤や外的因子をスクリーニングすることができる。
【0031】
[10]
皮膚の老化の程度を算出する生体数理モデルを用いて、薬剤又は外的因子をスクリーニングするスクリーニング方法であって、
前記生体数理モデルが、FMODの発現量とTHBS1の発現量とを変数として含むと共に、シグナル伝達のモデルに応じた各素反応の速度式を含み、
何れの素反応が前記FMODの発現量又は前記THBS1の発現量への影響が大きいかを解析する工程と、
その解析の結果に基づいて影響の大きい素反応に影響を与える薬剤又は外的因子を選択する工程と、
を含むスクリーニング方法。
【0032】
この態様によると、解析工程により、皮膚の老化に大きな影響を与える素反応が明らかになるため、この素反応に影響を与える薬剤や外的因子を選択する工程により、標的とする薬剤や外的因子をスクリーニングすることができる。
【発明の効果】
【0033】
本発明の生体数理モデルの生成方法によると、生体数理モデル自体の検証が可能なため、老化に関連するシグナル伝達に基づく生体数理モデルをより高い精度で得ることができる。また、本発明の生体シミュレーション方法によると、生体数理モデルを利用して、より高い精度で個人の皮膚の老化の程度を算出することができる。更に、本発明のスクリーニング方法によると、生体数理モデルを利用して、より高い精度で薬剤等をスクリーニングすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】In vivoでの大規模遺伝子発現情報の解析の流れを模式的に示す図である。
【
図2】In vitroでの遺伝子発現情報の解析の流れを模式的に示す図である。
【
図3】Sequence Read Archives(SRA)ファイルを用いて一連の解析を行なう際のワークフローを示す図である。
【
図4】ClusterProfilerを用いてKEGG解析を行なった結果を示す図であり、左側の図はIn vivoとIn vitroでの発現低下又は発現増加する遺伝子の重複関係を示す図であり、右側の図は、シグナル伝達経路の種類に応じて、関連遺伝子の発現比率をマッピングしたものである。
【
図5】線維化に関連する遺伝子群について、細胞の継代に伴う遺伝子発現量の変化を示す図である。
【
図6A】各遺伝子発現と年齢との相関係数を横軸とし、TPMの対数値を縦軸とする散布図である。上位5遺伝子をTRUE、それ以外をFALSEとして色分けした。
【
図6B】THBS1、FMOD、DCNの発現分布、年齢との相関、及び各遺伝子間の相関を示す図である。
【
図7】TGFβシグナル伝達に関する新規モデルの特徴を既存モデルと比較して示す図である。
【
図8】実施例1及び比較例1~12におけるTHBS1の発現量のシミュレーション結果を、実験データと併せて示すグラフである。
【
図9】実施例2及び比較例13~24におけるCDKN2Bの発現量のシミュレーション結果を、実験データと併せて示すグラフである。
【0035】
【
図10】TGFβシグナル伝達及びWntに関する統合生体モデルの全体像を示す図である。
【0036】
【
図11】実施例3、実施例4、実施例5及び実施例6におけるTHBS1、CDKN2B、FMOD及びCCND1の発現量のシミュレーション結果を、実験データと併せて示すグラフである。
【0037】
【
図12】個人の皮膚の老化の程度を算出するためのワークフローを示す図である。
【0038】
【
図13】個人の皮膚の老化の程度を算出した結果を示すグラフである。
【0039】
【
図14】THBS1の遺伝子発現量に関する感度解析結果を示す図である。
【0040】
【
図15】FMODの遺伝子発現量に関する感度解析結果を示す図である。
【0041】
【
図16】薬剤によるTHBS1の遺伝子発現量への影響をシュミレーションした結果を示すグラフである。
【0042】
【
図17】薬剤によるFMODの遺伝子発現量への影響をシュミレーションした結果を示すグラフである。
【0043】
【
図18】薬剤組み合わせによるTHBS1の遺伝子発現量への影響をシュミレーションした結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0045】
[用語の定義]
本明細書における用語の定義は次の通りである。
【0046】
「数理モデル」とは、時間変化する現象の計測可能な指標の動きを模倣する、微分方程式などの数学的記述を指し、「生体数理モデル」とは、生体で生じる現象についての数理モデルをいう。
【0047】
単に「モデル」というときは、数学的記述の前提となる概念的記述を指し、「シグナルモデル」は、シグナル伝達に関するモデルを意味する。
【0048】
「in vivo」とは生体内又は生体内に近い状態での環境下を指し、「in vitro」とは生体外での人工的な環境下を指す。
【0049】
[生体数理モデルの生成方法]
本発明の生体数理モデルの生成方法は、老化に係わる生体数理モデルの生成方法である。老化には、加齢による自然な老化の他、紫外線、ガンマ線、酸素濃度、化学物質、薬物、熱、浸透圧ストレス、pH、微生物、ウイルス、低分子干渉RNAなどの外的要因による老化も含む。
【0050】
生体数理モデルとしては、生体内で時間変化する現象の計測可能な指標の動きを模倣する数学的記述が全て包含される。具体的には、生体内において遺伝子発現が関与するシグナル伝達経路などを模倣する数学的記述が挙げられる。
【0051】
生体の部位としては、皮膚、眼、肺、肝臓、腎臓、心臓、腸管、脂肪組織、骨格筋又は子宮等が挙げられる。但し、皮膚、眼、肺、腎臓及び心臓等が細胞株の入手のし易さ、再現性、及び社会的必要性の観点から好ましい。
【0052】
数学的記述としては、常微分方程式(ODE)、データ駆動モデル、ベイズ推定、ブーリアンネットワーク、モジュラー応答分析などが挙げられる。但し、生成した生体数理モデルを検証する際に、経時的な変化を比較でき、分子生物学的知見より既に報告されている生体シグナルに基づき数理モデルを作成できるため、常微分方程式(ODE)を好ましく使用することができる。
【0053】
本発明の生体数理モデルの生成方法は、第1遺伝子セットを選択する工程と、第1遺伝子セットから第2遺伝子セットを選択する工程と、生体数理モデルを生成する工程と、を含むものである。以下、順に説明する。
【0054】
[第1遺伝子セットを選択する工程]
この工程は、異なる年齢を含む集団のin vivoでの第1遺伝子発現データより得られる加齢で発現量が変化する第1遺伝子群と、細胞株の継代培養により得られたin vitroでの第2遺伝子発現データより得られる集団倍化数で発現量が変化する第2遺伝子群と、に共通する第1遺伝子セットを選択する工程である。第1遺伝子群と第2遺伝子群については、発現量が変化するものとして、発現量が増加するもの、又は発現量が低下するものの何れかを選択すればよいが、発現量が低下する遺伝子の多くは細胞周期の停止に関連する遺伝子であり、老化の一般的特徴であることからより老化によって生じる特徴をより確認することが可能な発現量が増加するものが好ましい。
【0055】
第1遺伝子発現データとしては、実験によるデータを新たに取得することも可能であるが、オープンデータを使用することが好ましい。このようなオープンデータとしては、例えば文献1(Genome Biol. 2018 Dec 20;19(1):221.(GSE113957))に記載されたものが挙げられる。
【0056】
文献1では、
図1に示すように、健康な10代から90代の白人男女85人から生検として得たヒト皮膚由来線維芽細胞について、RNA-Seq解析により遺伝子発現を網羅的に解析しており、その遺伝子発現データが掲載されている。また、遺伝子発現データは、アメリカ国立生物工学情報センター(NCBI)が運営する公共データベースであるGene Expression Omnibus(以下GEO)より、入手することができる。
【0057】
加齢で発現量を変化する第1遺伝子群は、第1遺伝子発現データより取得するが、例えば試験例1のように、
図3に示すワークフローを経て、加齢で発現量が変化する第1遺伝子群を選択することができる。
図3に示すワークフローでは、ファイル変換、フィルタリング処理、マッピング処理、データカウント処理、正規化変換処理、ロバスト主成分分析、階層クラスタリング処理、発現変動解析処理などを含んでいる。
【0058】
第2遺伝子発現データとしては、実験によるデータを新たに取得することも可能であるが、オープンデータを使用することが好ましい。このようなオープンデータとしては、例えば文献2(PLoS One. 2016 May 3;11(5):e0154531.(GSE63577))に記載されたものが挙げられる。
【0059】
文献2では、
図2に示すように、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture. Collection, ATCC)によって確立されたヒト新生児包皮由来線維芽細胞(HFF細胞)を用いて、これを継代培養することで細胞老化を起こし、その老化の進行度合いを培養中の細胞数が2倍に増えることを指標とする集団倍化数(Population Doubling (PD) level)で管理され、RNA-Seq解析により遺伝子発現を網羅的に解析した遺伝子発現データが掲載されている。この遺伝子発現データは、NCBIが運営する公共データベースであるGEOより、入手することができる。
【0060】
集団倍化数で発現量が変化する第2遺伝子群は、第2遺伝子発現データより取得するが、例えば試験例1のように、
図3に示すワークフローを経て、集団倍化数で発現量が変化する第2遺伝子群を選択することができる。
図3に示すワークフローでは、ファイル変換、フィルタリング処理、マッピング処理、データカウント処理、正規化変換処理、発現変動解析処理などを含んでいる。
【0061】
第1遺伝子群と第2遺伝子群とに共通する第1遺伝子セットを選択する際、共通する全ての遺伝子を選択することも可能であるが、特定のシグナル伝達に関連するものが含まれるように選択することが好ましい。例えば、線維化に関与するシグナル伝達の関連遺伝子を選択することで、特に皮膚の老化に係わるシグナル伝達の関連遺伝子として、遺伝子発現の発現量、および加齢又は集団倍化数と遺伝子発現量との相関性が共に高いものを含む形での選択が、より高い確率で可能となる。
【0062】
[第2遺伝子セットを選択する工程]
この工程は、前記第1遺伝子発現データ又は前記第2遺伝子発現データにおける遺伝子発現の発現量、および加齢又は集団倍化数と遺伝子発現量との相関性を含む情報に基づいて、前記第1遺伝子セットから第2遺伝子セットを選択する工程である。ここで、第1遺伝子発現データを用いる場合、遺伝子発現の発現量、および加齢と遺伝子発現量との相関性を含む情報が利用でき、第2遺伝子発現データを用いる場合、遺伝子発現の発現量、および集団倍化数と遺伝子発現量との相関性を含む情報が利用できる。
【0063】
例えば、第1遺伝子発現データを用いる場合、試験例2の表1のように、線維化に関与するシグナル伝達の関連遺伝子(16遺伝子)について、in vivoでの遺伝子発現データにおける年齢との相関及びTranscripts Per Million(以下TPM)値が高い遺伝子をランキングし、その上位に位置するものを第2遺伝子セットとして選択することができる。
【0064】
第2遺伝子発現データを用いる場合についても、細胞株の継代培養により得られたin vitroでの第2遺伝子発現データについて、集団倍化数との相関及びTPM値が高い遺伝子をランキングし、その上位に位置するものを第2遺伝子セットとして選択することができる。勿論、第1遺伝子発現データ及び第2遺伝子発現データを用いて、総合的なランキングを行ない、その上位に位置するものを第2遺伝子セットとして選択することも可能である。
【0065】
第1遺伝子セットから第2遺伝子セットを選択する際、選択される遺伝子について、老化に係わるシグナル伝達との関係に関する分子生物学的知見が、ある程度得られているものを選択することが好ましい。これにより、特定のシグナル伝達経路を想定してモデル化を行なうことが容易になり、試行錯誤によるモデル化の繰り返しの労力を低減することができる。
【0066】
例えば、第2遺伝子セットを選択する工程において、第2遺伝子セットがFMOD及びTHBS1を含む場合、これらは線維化に関する知見が複数報告されているため、シグナル伝達経路をモデル化し易い。そして、TGFβシグナル伝達をモデル化することで、
図8~
図9に示すように、生成した生体数理モデルを用いたシミュレーションにより、in vitroでの実験データを非常によく再現できる。
【0067】
なお、DCN(Decolin)に関しては、表1で最も高いランキングを示しており、FMODと同じプロテオグリカンであり、文献7にFMODと同じくTGFβがその受容体TGFRに結合することを阻害することが報告されていることから、FMODの代わりの遺伝子として、第2遺伝子セット中に選択ことも可能である。
【0068】
[生体数理モデルを生成する工程]
この工程は、前記第2遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現量を変数として含む生体数理モデルを生成する工程である。具体的な方法は特に限定されないが、まず想定されるシグナル伝達経路を決定し、それに応じたシグナルモデルを作成し、そのシグナルモデルに基づいて数理モデルを構築するという順序をとるのが一般的である。
【0069】
想定されるシグナル伝達経路を決定するには、選択された第2遺伝子セットに含まれる遺伝子が関与するシグナル伝達経路を、文献情報や公開データベース等を用いて探索し、その中から決定すればよい。このとき、第2遺伝子セットに含まれる複数の遺伝子が、遺伝子発現量において相互に相関性を有する場合、当該複数の遺伝子が関与するシグナル伝達経路を選択することが好ましい。試験例3では、TGFβシグナル伝達経路が決定されているが、線維芽細胞の線維化について報告されている、Wntシグナル伝達経路、NF-κBシグナル伝達経路などを選択することも可能である。
【0070】
決定したシグナル伝達経路をそのままシグナルモデルとして使用できる場合もあるが、数理モデルの計算時間を早くするため、より単純化したシグナルモデルを作成することも出来る。試験例3では、既存のシグナルモデル(
図7の左側)を改変することにより、
図7の右側に示すシグナルモデルを新規に作成した。シグナルモデルとしては、Wntシグナル伝達とTGFβシグナル伝達を統合しシグナルモデルを作成することも、望ましいと考えられ試験例4において統合モデルを用いたシミュレーションを実施した。
【0071】
シグナルモデルに基づく数理モデルの構築は、例えば文献8(Lucarelli et al., 2018, Cell Systems 6, 75-89)に記載された方法に準じて行なうことができる。
【0072】
試験例3では、TGFβシグナル伝達経路から作成したシグナルモデルに応じて、各素反応の速度式、各物質(Species)の濃度の初期値と物質収支の速度式(常微分方程式)、それら数式の係数となるパラメータを用いて、数理モデルを構築している。この常微分方程式の解として、
図8又は
図9に示すようなシミュレーション結果を得ることができる。このシミュレーションには、BioMASS(https://github.com/okadalabipr/biomassにより無償提供されているソフトウエア)を用いたが、他の各種シミュレーションソフトウェア(例えば、COPASI、 BioNetGen、Matlab Simbiologyなど)を使って行なうことも可能である。但し、BioMASS(Biological Modeling and Analysis of Signaling Systems)には以下の特徴があることから、好適に使用することができる。
・環境構築が容易で、プログラミングに詳しくない生物系研究者も使いやすい。
・情報の共有、実行、エラーの発見をより多くの人と共有しやすく,計算資源を有効に活用できる。
・中規模から大規模モデルの構築に適する。
【0073】
[生成した生体数理モデルを検証する工程]
本発明では、更に、前記生成した生体数理モデルを用いて計算した特定遺伝子の発現量の経時変化と、細胞株の継代培養により得られたin vitroでの前記特定遺伝子の発現量の集団倍化数による変化とを比較して、前記生成した生体数理モデルを検証する工程を含むことが好ましい。
【0074】
発現量の経時変化は、生成した生体数理モデルを用いて、特定遺伝子の発現量を時間ごとに計算(シミュレーション)すれば得ることができる。また、発現量の集団倍化数による変化は、オープンデータに含まれる実験値を用いることも可能であるが、細胞株の継代培養によりin vitroでの集団倍化数に応じた特定遺伝子の発現量を調べることで得られる。
【0075】
試験例3では、
図8~
図9に示すように、シミュレーション結果が、実験値を用いて検証されている。この検証の結果において、実験値との整合が不十分な場合には、シグナルモデルを改良したり、各物質(Species)の濃度の初期値を変更等することで、生体数理モデルの精度をより高めることができる。
【0076】
[生体数理モデルの用途]
老化に係わる生体数理モデルは、老化の進行度合いを数値化したり、可視化することに使用できる。例えば、個人や集団の生体内の老化の進行度合いをシミュレーションしたり、それをデータベース化したりすることができる。老化についは、例えば皮膚の老化の場合、しわ、たるみ、はり、くすみ、肌荒れ、透明感の減少等との関連性等についても、シミュレーションで明らかにできる場合がある。細胞レベルでの老化による糖化との関連性についても同様である。また、眼の老化の場合、老眼、白内障、加齢黄斑変性、緑内障、ドライアイ等との関連性等についても、シミュレーションで明らかにできる場合がある。
【0077】
また、老化に係わる外的因子をスクリーニングしたり、老化の進行を抑制する薬剤等のスクリーニングに使用することができる。更に、老化に係わる外的因子に対して、その働きを抑制する薬剤の選択にも使用することができる。そして、生体数理モデルに含まれる変数や係数自体が、老化の進行度合いどのように影響するかを確認したり、変数や係数を制御する因子を探索するのにも利用することができる。
【0078】
以上のような用途により、老化の進行を抑制(予防)したり、将来的な老化の進行や健康寿命を予測したりすることも可能になる。
【0079】
[生体シミュレーション方法]
本発明の生体シミュレーション方法は、生体数理モデルを用いて個人の入力情報から皮膚の老化の程度を算出する生体シミュレーション方法であって、前記生体数理モデルが、FMODの発現量とTHBS1の発現量とを変数として含むものである。生体数理モデルとしては、例えば前述した本発明により生成した生体数理モデルが使用できる。
【0080】
個人の入力情報としては、生体数理モデルが想定するシグナル伝達経路に関連する、遺伝子の発現量、シグナル伝達物質の濃度などが挙げられる。
【0081】
皮膚の老化の程度は、生体数理モデルが想定するシグナル伝達経路において、老化に伴い変化する変数をシミュレーションすることにより、算出(数値化等)することができる。試験例5では、生体数理モデルを用いた個人の入力情報から皮膚の老化の程度を算出する生体シミュレーションを行なって、
図13に示す結果を得ている。
【0082】
[薬剤のスクリーニング方法]
本発明の薬剤のスクリーニング方法は、皮膚の老化の程度を算出する生体数理モデルに、薬剤に関する情報を入力して算出した結果に基づいて、薬剤をスクリーニングするスクリーニング方法であって、前記生体数理モデルが、FMODの発現量とTHBS1の発現量とを変数として含むものである。生体数理モデルとしては、例えば前述した本発明により生成した生体数理モデルが使用できる。
【0083】
薬剤に関する情報としては、薬剤投与試験で得られた情報、又は薬剤との関連性を示すデータベース情報、薬剤との反応性をシミュレーションして得られる情報などが挙げられる。薬剤との関連性を示すデータベース情報を利用することで、in silicoで老化を抑制するための薬剤をスクリーニングすることができる。
【0084】
薬剤投与試験で得られた情報としては、生体数理モデルが想定するシグナル伝達経路に関連する、遺伝子の発現量、シグナル伝達物質の濃度などのうち、薬剤の有無や投与濃度により変化するもの等が挙げられる。
【0085】
薬剤との関連性を示すデータベース情報としては、生体数理モデルが想定するシグナル伝達経路に関連する、遺伝子の発現量、シグナル伝達物質の濃度などに与える薬剤の影響を示す情報が挙げられる。
【0086】
薬剤との反応性をシミュレーションして得られる情報としては、生体数理モデルが想定するシグナル伝達経路に関連する、遺伝子の転写産物、シグナル伝達物質などと、薬剤との反応性をシミュレーションして得られる結果などが挙げられる。
【0087】
生体数理モデルで算出した結果としては、老化に伴い変化する変数をシミュレーションしたものなどが挙げられ、その結果に基づいて、老化の進行が抑制された薬剤をスクリーニングすることができる。また、モデルを用いたスクリーニングでは、1種類だけでなく、2種類以上の薬剤の組み合わせに関しても定量的な評価が可能となる。
【0088】
[外的因子のスクリーニング方法]
本発明の外的因子のスクリーニング方法は、皮膚の老化の程度を算出する生体数理モデルに、外的因子を適用した試験で得られた情報を入力して算出した結果に基づいて、外的因子をスクリーニングするスクリーニング方法であって、前記生体数理モデルが、FMODの発現量とTHBS1の発現量とを変数として含むものである。生体数理モデルとしては、例えば前述した本発明により生成した生体数理モデルが使用できる。
【0089】
外的因子としては、従来から老化に関与するものとして知られている、紫外線、ガンマ線、酸素濃度、化学物質、薬物、熱、浸透圧ストレス、pH、微生物、ウイルス、低分子干渉RNAなどが挙げられる。これらの外的因子については、本発明により、定量的な結果に基づく、より正確なスクリーニングが可能となるため、より定量的なスクリーニングを行なうことができるという意義がある。
【0090】
また、これまで知られていない種々の外的因子に対して、スクリーニングを行なうことが可能である。
【0091】
生体数理モデルで算出した結果としては、老化に伴い変化する変数をシミュレーションしたものなどが挙げられ、その結果に基づいて、老化の進行が抑制された外的因子をスクリーニングすることができる。
【0092】
[解析工程]
上記の薬剤のスクリーニング方法又は外的因子のスクリーニング方法においては、前記生体数理モデルがシグナル伝達のモデルに応じた各素反応の速度式を含んでおり、何れの素反応が前記FMODの発現量又は前記THBS1の発現量への影響が大きいかを予め解析する工程を含むことが好ましい。このような解析を予め行なうことにより、解析結果に基づいて、皮膚の老化により大きな影響を与える素反応が明らかになるため、この素反応に影響を与える薬剤や外的因子を予備的にスクリーニングすることが可能となる。その結果、より効率良く、標的とする薬剤や外的因子をスクリーニングすることができる。
【0093】
例えば、試験例6では、
図10に示すシグナル伝達のモデルを前提とし、生体数理モデルが、シグナル伝達のモデルに応じた各素反応(
図10中の番号1~49)の速度式であるv[1]の式~v[49]の速度式を含んでいる。そして、何れの素反応がFMODの発現量又はTHBS1の発現量への影響が大きいかを、v[1]の式~v[49]の速度式のパラメータを変更した際の発現量の変化の大きさによって解析(いわゆる感度解析)している。このような感度解析についても、BioMASSを用いて行なうことができる。その結果、THBS1を発現抑制及びFMODの発現促進するものとして、反応22、32、35、及び12を特定している。
【0094】
試験例6では、感度解析を行なうにあたり、各素反応の速度式に含まれるパラメータを変更しているが、その代わりに、物質収支の速度式におけるv[1]の式~v[49]の速度式に、係数を設けて、これを1以外の数値に変化させることでも、同様の感度解析を行なうことができる。
【0095】
そして、FMODの発現量又はTHBS1の発現量への影響が大きい素反応が感度解析により明らかになると、薬剤に関する情報から、ある程度、その素反応に影響する薬剤を選択することができる。そして、各々の薬剤について、生体数理モデルにおけるパラメータを決定することで、生体数理モデルを用いて老化への影響をシミュレーションすることができるため、幾つかの候補薬剤の中から、更に望ましい薬剤をスクリーニングすることができる。老化に影響を与える外的因子をスクリーニングする場合にも、薬剤の場合と同様の方法でスクリーニングすることができる。
【0096】
[解析によるスクリーニング方法]
上記の解析を利用したスクリーニング方法としては、皮膚の老化の程度を算出する生体数理モデルを用いて、薬剤又は外的因子をスクリーニングするスクリーニング方法であって、前記生体数理モデルが、FMODの発現量とTHBS1の発現量とを変数として含むと共に、シグナル伝達のモデルに応じた各素反応の速度式を含み、何れの素反応が前記FMODの発現量又は前記THBS1の発現量への影響が大きいかを解析する工程と、その解析の結果に基づいて影響の大きい素反応に影響を与える薬剤又は外的因子を選択する工程と、を含むスクリーニング方法がある。なお、生体数理モデルとしては、例えば前述した本発明により生成した生体数理モデルが使用できる。
【0097】
つまり、先に説明したスクリーニング方法では、皮膚の老化の程度を算出する生体数理モデルに、薬剤に関する情報等を入力して算出した結果に基づいて、薬剤等をスクリーニングするものであるが、薬剤に関する情報を入力して算出した結果を得るまでもなく、解析結果に基づいて影響の大きい素反応に影響を与える薬剤又は外的因子を選択する方法も取り得る。このようにして選択された候補薬剤の中から、更に望ましい薬剤をスクリーニングする際には、皮膚の老化に関する通常の評価系を用いて、薬剤等をスクリーニングすることができる。
【実施例】
【0098】
以下、本発明のより具体的な試験例等を示すが、本発明はこれらの具体例に何ら限定されるものではない。
【0099】
試験例1.(老化関連遺伝子の選択(第1遺伝子セット))
臨床的に得られた年代別のヒト皮膚線維芽細胞(in vivo、
図1参照)、及びセルラインとして確立されたヒト皮膚線維芽細胞(in vitro、
図2参照)の大規模遺伝子発現情報を解析することにより、ヒトの年齢に相関する重要な遺伝群を得ることに成功した。具体的には、以下の発現データを公共データベースより得て、解析した。
【0100】
In vivoでの解析は、文献1(Genome Biol. 2018 Dec 20;19(1):221.(GSE113957))のデータ(第1遺伝子発現データ)を用いたものであり、In vivoデータの取得に用いられたヒト皮膚由来線維芽細胞は、
図1に示すように、健康な10代から90代の白人男女85人から生検として得たものである。これを用いて遺伝子発現を網羅的に解析した遺伝子発現データを利用した。
【0101】
In vitroでの解析は、文献2(PLoS One. 2016 May 3;11(5):e0154531.(GSE63577))のデータを用いたものである。In vitroデータの取得に用いられたHFF細胞は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture. Collection, ATCC)によって確立されたヒト新生児包皮由来線維芽細胞であり、
図2に示すように、HFF細胞を継代培養することで細胞老化を起こし、その老化の進行度合いを培養中の細胞数が2倍に増えることを指標とする集団倍化数(Population Doubling (PD) level)で管理されたデータを用いた。
【0102】
各データは、
図3のワークフローに従って、アメリカ国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information、NCBI)が運営する公共データベースであるGene Expression Omnibus(以下GEO)より得たのち、発現変動が共通する遺伝子群を解析によって得た。
【0103】
具体的には、
図3に示すように、GEOデータベースよりSequence Read Archives(以下SRA)ファイルを得たのち、SRAファイルをFASTQファイルへ変換するsra-tools(バージョン:2.8.0)(http://ncbi.github.io/sra-tools/)を用いた。得られたFASTQファイルをtrim-galore(バージョン:0.6.5)(https://github.com/FelixKrueger/TrimGalore)を用いて不要なアダプター配列を除去した。次にゲノムマッピングツールであるHISAT2(バージョン:2.1.0)(参考文献:Nat Methods. 2015 Apr;12(4):357-60.)を用いてレファレンスゲノム(バージョン:GRCh38.p13)に対してリードの貼り付けし、SAM形式データを得た。SAMtools(バージョン:1.9)(参考文献:Bioinformatics. 2009 Aug 15;25(16):2078-9.)を用いてSAM形式からBAM形式に変換を行った後、subread(バージョン:2.0.0)(参考文献:Nucleic Acids Res. 2013 May 1;41(10):e108.)を用いてはマッピング結果であるBAM形式ファイルを入力とし、遺伝子領域ごとにリード数のカウントデータを得た。
【0104】
得られたカウントデータはTPMに正規化変換を行った後、各遺伝子の平均TPM値が5以下の低発現遺伝子を除去した。
【0105】
In vivoデータに関しては10から70代の比較的早期の加齢に関連する遺伝子を抽出するため、発現変動解析において10代から70代のデータを用いた。また外れ値を除外するため、各世代においてロバスト主成分分析をrrcov(バージョン:1.5.2)(参考文献: Journal of Statistical Software, 2009, 32(3), 1-47)を用いて外れ値を除外した。個人間のばらつきを考慮するため、各世代において遺伝子発現データに従って各検体を3つのクラスターに階層クラスタリングによって分類を行い、各クラスター間で遺伝子発現変化を確認した。In vitroデータに関しては各PD間の遺伝子発現変化を確認した。
【0106】
遺伝子発現変化はDESeq2(バージョン:1.26.0)(参考文献:Genome Biol. 2014;15(12):550.)を用いて確認した。具体的にはTPM値に従って低発現遺伝子を除去した正規化前のカウントデータを入力として、発現変動遺伝子を確認した。In vivo及びIn vitroで変動した発現変動遺伝子において共通する遺伝子群に対して、ClusterProfiler(バージョン:3.14.3)(参照文献:OMICS. 2012 May;16(5):284-7.)を用いてKEGG(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes)解析を実施した。その結果を
図4に示す。
【0107】
その結果、
図4に示すように、発現低下した遺伝子群は細胞周期に関連しており、発現増加した遺伝子群は線維化に関連する遺伝子群が得られた。線維化は加齢に伴い起きる現象として公知であるが、本試験によって特に重要な遺伝子群(16遺伝子)が得られた。
【0108】
図5は、線維化に関連する遺伝子群について、細胞の継代に伴う遺伝子発現量の変化を示す図である。このデータはIn vitroデータの正規化されたTPM値に1を足した値に対して、対数Log2化したのち、Zscore化した数値の継代変化を示している。
図5に示すように、細胞の継代に従って、線維化に関連する遺伝子群の発現量が増加していることが確認できる。
【0109】
試験例2.(老化関連遺伝子の選択(第2遺伝子セット))
次にin vivoでの遺伝子発現の発現量と、年齢と遺伝子発現量との相関性とに基づいて、FMOD(Fibromodulin)及びTHBS1(Thrombospondin-1)が老化制御に重要な因子であることを見出した。
【0110】
具体的には、各遺伝子発現と年齢との相関係数をスピアマンの順位相関係数を用いて計算を行い、相関係数に従ってランキングを行った。次に先に計算したTPMの平均値に従いランキングを行った。これらを視覚化するために、年齢との相関係数を横軸とし、TPMの対数値を縦軸とする散布図を作成した。その結果を
図6Aに示す。
【0111】
図6A中の遺伝子の中でも、THBS1及びFMODは高いランキングに示し、線維化に関する知見が複数報告(下記論文リスト)されていたことから、両遺伝子を重要な遺伝子として選択した。
【0112】
THBS1に関する文献
文献3:Matrix Biol. 2018 Aug;68-69:28-43
文献4:Nat Commun. 2019 Mar 8;10(1):1146.
FMODに関する文献
文献5:Front Pharmacol. 2020 Jan 28;10:1649.
文献6:Front Pharmacol. 2019 Nov 25;10:1308.
DCNに関する文献
文献7:J Histochem Cytochem. 2012 Apr;60(4):262-8.
図6Bには、THBS1、FMOD、DCNの発現分布、年齢との相関、及び各遺伝子間の相関を示した。
【0113】
図6Bから明らかなように、THBS1及びFMODの両遺伝子は年齢と共に発現が増加し、互いの発現量の相関係数が高い(Corr:0.655)ことから両遺伝子は相関しながら加齢に相関する重要な遺伝子であることが判明した。
【0114】
文献3では、THBS1は線維化において最も重要なシグナル経路であるTGF-βシグナルのリガンドであるTGF-β1を活性化することが報告されており、文献4では、THBS1の転写はTGF-βシグナルによって制御されていることが報告されている。文献5ではFMODはTGFβがその受容体TGFRに結合することを阻害することが報告されており、文献6ではFMODの転写は線維化にも関与するWntシグナルによって制御されていることが報告されている。
【0115】
表1で最も高いランキングを示したDCN(Decolin)に関しては、FMODと同じプロテオグリカンであり、文献7にFMODと同じくTGFβがその受容体TGFRに結合することを阻害することが報告されていることからFMODの代わりの遺伝子として用いることも可能である。
【0116】
試験例3.(皮膚老化数理モデルの構築)
加齢関連遺伝子であるFMOD及びTHBS1に関して、線維芽細胞の線維化に関して文献調査を行った結果、両遺伝子はTGFβシグナル経路、Wntシグナル経路及びNF-κBシグナル経路(以下一連のシグナル経路を加齢シグナルと略す)に関与することが明らかになった。また加齢シグナル経路においてFMODはシグナルを抑える働き、つまり加齢に対しては正のパラメータとして働き、THBS1はシグナルを促進する働き、つまり加齢に対して負のパラメータとして働くことが公知文献により明らかになった。従って、FMOD及びTHBS1を因子とする皮膚老化数理モデルの構築を行った。一連の加齢シグナルにおいてTGFβシグナルは線維化においてはコアメカニズムであると報告(文献3)されているため、まずTGFβシグナル伝達に関する数理モデルの構築を行った。
【0117】
TGFβシグナル伝達に関する既存の数理モデル(文献8;Lucarelli et al., 2018, Cell Systems 6, 75-89)をベースに、FMOD及びTHBS1を入力とする常微分方程式(ODE)による数理モデルを構築した(詳細は後述する)。TGFβシグナル伝達に関する新規シグナルモデルの特徴を既存モデルと比較したものを
図7に示す。
【0118】
新規シグナルモデルは既存のシグナルモデルと比較して、TGFβシグナルの促進及び不活性化が再現され、シグナルが進むにしたがってポジティブフィードバックを示すことが特徴的である。
【0119】
具体的には、TGFβ1は不活性化状態(以下inact TGFβ1)で翻訳されることが知られているが、THBS1は活性化を担う因子であり、TGFβ1を活性化状態(以下act TGFβ1)に変化させることが知られている(文献3)。一方、FMODはact TGFβ1をその構造中に取り込み、複合体を形成することでTGFβ1の受容体への結合を阻害することが知られている(文献5)。THBS1自体はTGFβシグナルによってその転写を制御されており(文献4)、シグナルが進むに連れてTHBS1の発現量が増加する。THBS1が増加することによってTGFβシグナル自体も活性化され、さらにシグナルが進むシグナルモデルである。本シグナルモデルにおいるパラメータ推定及びシミュレーションは、BioMASS(https://github.com/okadalabipr/biomass)を用いて計算を実施した。
【0120】
実施例1は、パラメータ推定を行って計算されたパラメータ値を用いて、THBS1の発現量のシミュレーションを実施したものであり、実施例2は、パラメータ推定を行って計算されたパラメータ値を用いて、CDKN2Bの発現量のシミュレーションを実施したものである。これらのデータを、in vitroのTHBS1及びCDKN2Bの実験値と併せて、
図8~
図9に示す。
【0121】
比較例には文献8で示されている以下の遺伝子パラメーターセットを用いた。これらの遺伝子はマウス肝癌であるHepa1-6細胞のマイクロアレイの発現データをk-means法によってクラスタリング分類した際の各クラスターの代表遺伝子である。これらの結果についても、
図8~
図9に示す。
比較例1、13:Ski
比較例2、14:Skil
比較例3、15:Dnmt3a
比較例4、16:Sox4
比較例5、17:Jun
比較例6、18:Smad7
比較例7、19:Klf10
比較例8、20:Bmp4
比較例9、21:Cxcl15
比較例10、22:Dusp5
比較例11、23:Tgfa
比較例12、24:Pdk4
図8~
図9の△の値は実験データ(平均±SD,n=3)を示し、実線は各パラメータを用いた場合のシミュレーション結果を示す。横軸はPDによって細胞老化度を示し、縦軸は遺伝子発現量をTPMで正規化したのち、対数化するため各TPMに1を足したのちLog2化した値で示す。
【0122】
なお、
図8~
図9における実験値は、次のようにして取得した。実験値はIn vitroでの解析結果、即ち文献2(PLoS One. 2016 May 3;11(5):e0154531.(GSE63577))のデータを用いた。以下、表1に解析結果を示す。
【0123】
【0124】
THBS1の発現量に関しては、
図8に示すように、論文で公表されているオリジナルのパラメータでは、THBS1の発現データを再現できなかった(比較例1から12)が、新たなシグナルモデルによるパラメータ(実施例1)を構築した結果、実験データを再現する数理モデルを構築することに成功した。
【0125】
また、TGF-βシグナルによって転写が制御されているCDKN2Bに関しては、
図9に示すように、比較例(比較例13から24)が実験データを再現できていないのに対して、実施例2はin vitroでの実験データを非常によく再現していることが分かる。
【0126】
以下、シミュレーションに用いたODEモデル(生体数理モデル)の詳細を示す。ODEモデルは、シグナル伝達のモデルに応じた各素反応の速度式、各物質(Species)の濃度の初期値と物質収支の速度式(常微分方程式)、それら数式の係数となるパラメータによって構成される。この常微分方程式の解として、
図8又は
図9に示すようなシミュレーション結果を得ることができる。シミュレーションにはBioMASS(https://github.com/okadalabipr/biomass)を用いた。
【0127】
まず、パラメータとしては次の数値を用いた。このパラメータはBioMASSを用いて、実験値とシミュレーション値が最も近くなるように、両者の最小二乗法によってパラメータ推定したものである。「e」の後に付記された数字は、10に対する乗数を意味し、「e」の前に付記された数値との積を意味する。
【0128】
(共通パラメータ)
Rec_act=6.00e-3
S2tot=1.42e2
S3tot=1.42e1
S4tot=6.94e1
S_dephos=2.89e-1
S_dephosphos=4.95e-2
S_phos=3.80e-1
k_on_223=0.00e0
k_on_224=0.00e0
k_on_233=1.47e-1
k_on_234=4.03e-4
k_on_244=8.63e-6
k_on_334=0.00e0
k_on_344=0.00e0
k_on_222=0.00e0
k_on_333=0.00e0
k_on_444=0.00e0
kdiss_SS=0.00e0
pRec_degind=4.01e-2
kf=1.798e+01
Kmf=2.299e-01
k_on_FMOD=1.402e-04
k_off_FMOD=7.138e-02
(実施例1のパラメータ)
THBS1_act3=5.027e+00
THBS1_act2=4.942e-02
THBS1_act1=5.353e+02
THBS1_inh3=4.597e-04
THBS1_inh2=1.914e-01
THBS1_inh1=1.554e-01
THBS1_turn=1.415e-01
(実施例2パラメータ)
CDKN2B_act3=9.789e+00
CDKN2B_act2=4.419e+02
CDKN2B_act1=9.184e-04
CDKN2B_inh3=4.308e-05
CDKN2B_inh2=1.000e+03
CDKN2B_inh1=3.112e-01
CDKN2B_turn=1.156e-04
【0129】
次に比較例推定の際に用いたパラメータを示す。ここにおいてGENEはTHBS1若しくはCDKN2Bを示す。
【0130】
(比較例1、13:Skiパラメータ)
GENE_act3=1.41e-2
GENE_act2=8.06e-4
GENE_act1=0.00e0
GENE_inh3=0.00e0
GENE_inh2=4.66e-2
GENE_inh1=2.68e-2
GENE_turn=4.56e-3
(比較例2、14:Skilパラメータ)
GENE_act3=4.63e-1
GENE_act2=7.45e-2
GENE_act1=3.07e-2
GENE_inh3=0.00e0
GENE_inh2=7.53e-1
GENE_inh1=4.10e-1
GENE_turn=1.12e-2
(比較例3、15:Dnmt3aパラメータ)
GENE_act3=7.15e-3
GENE_act2=0.00e0
GENE_act1=0.00e0
GENE_inh3=0.00e0
GENE_inh2=1.93e-2
GENE_inh1=3.62e-2
GENE_turn=3.81e-3
(比較例4、16:Sox4パラメータ)
GENE_act3=1.12e-2
GENE_act2=2.72e-4
GENE_act1=0.00e0
GENE_inh3=0.00e0
GENE_inh2=8.73e-2
GENE_inh1=1.03e-1
GENE_turn=8.02e-4
(比較例5、17:Junパラメータ)
GENE_act3=0.00e0
GENE_act2=1.02e0
GENE_act1=5.99e0
GENE_inh3=8.20e0
GENE_inh2=1.46e0
GENE_inh1=9.76e0
GENE_turn=1.21e-1
(比較例6、18:Smad7パラメータ)
GENE_act3=9.98e2
GENE_act2=2.12e-1
GENE_act1=2.09e1
GENE_inh3=3.67e0
GENE_inh2=0.00e0
GENE_inh1=0.00e0
GENE_turn=3.64e1
(比較例7、19:Klf10パラメータ)
GENE_act3=1.00e3
GENE_act2=9.05e1
GENE_act1=0.00e0
GENE_inh3=0.00e0
GENE_inh2=1.79e-2
GENE_inh1=7.59e-4
GENE_turn=4.74e2
(比較例8、20:Bmp4パラメータ)
GENE_act3=0.00e0
GENE_act2=9.04e1
GENE_act1=1.00e3
GENE_inh3=1.00e3
GENE_inh2=1.94e1
GENE_inh1=2.18e2
GENE_turn=9.91e-1
(比較例9、21:Cxcl15パラメータ)
GENE_act3=9.24e0
GENE_act2=0.00e0
GENE_act1=0.00e0
GENE_inh3=0.00e0
GENE_inh2=3.20e2
GENE_inh1=1.00e3
GENE_turn=3.28e-3
(比較例10、22:Dusp5パラメータ)
GENE_act3=0.00e0
GENE_act2=0.00e0
GENE_act1=0.00e0
GENE_inh3=4.72e-1
GENE_inh2=1.15e-2
GENE_inh1=1.09e-2
GENE_turn=1.41e-2
(比較例11、23:Tgfaパラメータ)
GENE_act3=1.28e-2
GENE_act2=2.93e-4
GENE_act1=0.00e0
GENE_inh3=0.00e0
GENE_inh2=1.39e0
GENE_inh1=2.49e0
GENE_turn=3.60e-3
(比較例12、24:Pdk4パラメータ)
GENE_act3=0.00e0
GENE_act2=4.86e-4
GENE_act1=0.00e0
GENE_inh3=1.29e0
GENE_inh2=6.43e-2
GENE_inh1=1.40e-1
GENE_turn=1.50e-2
【0131】
各素反応の速度式としては次の数式を用いた。なお「**」は「^」と同義であり、べき乗を意味する。
【0132】
v[1]=[Rec]*Rec_act*[TGFb_act]
v[2]=[TGFb_pRec]*pRec_degind
v[3]=k_on_222*([ppS2]**3)
v[4]=3*S_dephosphos*[ppS2_ppS2_ppS2]
v[5]=k_on_333*[ppS3]**3
v[6]=3*S_dephosphos*[ppS3_ppS3_ppS3]
v[7]=([S4]**3)*k_on_444
v[8]=[S4_S4_S4]*kdiss_SS
v[9]=[S2]*S_phos*[TGFb_pRec]
v[10]=S_dephosphos*[ppS2]
v[11]=S_dephos*[pS2]
v[12]=[S3]*S_phos*[TGFb_pRec]
v[13]=S_dephosphos*[ppS3]
v[14]=S_dephos*[pS3]
v[15]=k_on_223*([ppS2]**2)*[ppS3]
v[16]=2*S_dephosphos*[ppS2_ppS2_ppS3]
v[17]=S_dephosphos*[ppS2_ppS2_ppS3]
v[18]=[S4]*k_on_224*([ppS2]**2)
v[19]=2*S_dephosphos*[ppS2_ppS2_S4]
v[20]=k_on_233*[ppS2]*([ppS3]**2)
v[21]=S_dephosphos]*[ppS2_ppS3_ppS3]
v[22]=2*S_dephosphos]*[ppS2_ppS3_ppS3]
v[23]=[S4]*k_on_334]*([ppS3]**2)
v[24]=2*S_dephosphos*[ppS3_ppS3_S4]
v[25]=([S4]**2)*k_on_244*[ppS2]
v[26]=S_dephosphos*[ppS2_S4_S4]
v[27]=([S4]**2)*k_on_344*[ppS3]
v[28]=S_dephosphos]*[ppS3_S4_S4]
v[29]=[S4]*k_on_234*[ppS2]*[ppS3]
v[30]=S_dephosphos*[ppS2_ppS3_S4]
v[31]=S_dephosphos*[ppS2_ppS3_S4]
v[32]=(THBS1_turn+THBS1_act1*[pS2_ppS3_ppS3]+THBS1_act2*[ppS2_S4_S4]+THBS1_act3*[ppS2_ppS3_S4])/(THBS1_inh1*[ppS2_ppS3_ppS3]+THBS1_inh2*[ppS2_S4_S4]+THBS1_inh3*[ppS2_ppS3_S4]+1)
v[33]=(CDKN2B_turn+CDKN2B_act1*[pS2_ppS3_ppS3]+CDKN2B_act2*[ppS2_S4_S4]+CDKN2B_act3*[ppS2_ppS3_S4])/(CDKN2B_inh1*[ppS2_ppS3_ppS3]+CDKN2B_inh2*[ppS2_S4_S4]+CDKN2B_inh3*[ppS2_ppS3_S4]+1)
v[34]=[THBS1]*THBS1_turn
v[35]=[CDKN2B]*CDKN2B_turn]
v[36]=kf*[THBS1]*[TGFb_inact]/(Kmf+[TGFb_inact])
v[37]=k_on_FMOD*[FMOD]*[TGFb_act]-k_off_FMOD*[FMOD_complex]
【0133】
各物質(Species)の濃度の初期値と物質収支の速度式(常微分方程式)としては、下記の値及び数式を用いた。なお、各物質について、「y」はその物質の濃度を意味し、「dy/dt」は、その物質の濃度変化速度を示すものである。
TGFb_act=0
:dy/dt=-v[1]+v[36]-v[37]
Rec=1.84
:dy/dt=-v[1]
TGFb_pRec=0
:dy/dt=+v[1]-v[2]
S2=1.43e2
:dy/dt=-v[9]+v[11]
S3=1.63e1
:dy/dt=-v[12]+v[14]
S4=6.71e1
:dy/dt=-3*v[7]+3*v[8]-v[18]+v[19]-v[23]+v[24]-2*v[25]+2*v[26]-2*v[27]+2*v[28]-v[29]+v[30]+v[31]
ppS2_ppS2_ppS2=0
:dy/dt=+v[3]-v[4]
ppS3_ppS3_ppS3=0
:dy/dt=+v[5]-v[6]
S4_S4_S4=0
:dy/dt=+v[7]-v[8]
pS2=0
:dy/dt=+v[4]+v[10]-v[11]+v[16]+v[19]+v[21]+v[26]+v[30]
pS3=0
:dy/dt=+v[6]+v[13]-v[14]+v[17]+v[22]+v[24]+v[28]+v[31]
ppS2=0
:dy/dt=-3*v[3]+2*v[4]+v[9]-v[10]-2*v[15]+v[16]+2*v[17]-2*v[18]+v[19]-v[20]+v[22]-v[25]-v[29]+v[31]
ppS3=0
:dy/dt=-3*v[5]+2*v[6]+v[12]-v[13]-v[15]+v[16]-2*v[20]+2*v[21]+v[22]-2*v[23]+v[24]-v[27]-v[29]+v[30]
ppS2_ppS2_S4=0
:dy/dt=+v[18]-v[19]
ppS2_ppS2_ppS3=0
:dy/dt=+v[15]-v[16]-v[17]
ppS2_ppS3_ppS3=0
:dy/dt=+v[20]-v[21]-v[22]
ppS3_ppS3_S4=0
:dy/dt=+v[23]-v[24]
ppS2_ppS3_S4=0
:dy/dt=+v[29]-v[30]-v[31]
ppS3_S4_S4=0
:dy/dt=+v[27]-v[28]
ppS2_S4_S4=0
:dy/dt=+v[25]-v[26]
TGFb_inact=1
:dy/dt=-v[36]
THBS1=1
:dy/dt=+v[32]-v[34]
CDKN2B=1
:dy/dt=+v[33]-v[35]
FMOD=1
:dy/dt=-v[37]
FMOD_complex=0
:dy/dt=+v[37]
【0134】
試験例4.(拡張皮膚老化数理モデルの構築)
試験例3においてTGFβシグナルの数理モデルは実験値をシミュレーションすることが出来るモデルであると判明した。一方、FMOD及びTHBS1はWntシグナルにも関与しており、TGFβ-Wntシグナル伝達に関する数理モデルの構築を行った。
【0135】
本モデルはTGFβシグナル伝達に関する数理モデル(試験例3)を基に、Wntシグナル伝達に関する数理モデル(文献9;Kim et al.(2007)Oncogene . Jul5;26(31):4571-9.)を統合し、FMOD及びTHBS1を入力とする常微分方程式(ODE)による数理モデルを構築した(詳細は後述する)。新規シグナルモデルの全体像を
図10に示す。
図10において各反応の番号は各素反応の速度式と対応する。その他の意味合いに関しては
図10に記載した。
【0136】
新規シグナルモデルは、試験例3の特徴の他に、文献10及び文献11に示されているようにPI3K-Aktシグナル伝達を介してTGFβシグナル伝達がWntシグナル伝達を活性化することが特徴である。
文献10.Acta Biochim Pol.2018;65(3):341-349.
文献11.EBioMedicine.2017 Apr;18:179-187.
【0137】
具体的には、TGFβシグナル伝達がPI3K-Aktシグナル伝達を介してGSK3βのリン酸化を行うことが文献10及び文献11に示されている。本シグナルモデルにおいるパラメータ推定及びシミュレーションは、BioMASSを用いて計算を実施した。
【0138】
実施例3、実施例4、実施例5及び実施例6は、それぞれTHBS1、CDKN2B、FMOD及びCCND1について、パラメータ推定を行って計算されたパラメータ値を用いて、遺伝子発現量のシミュレーションを実施したものである。これらのデータを、in vitroのTHBS1、CDKN2B、FMOD及びCCND1の実験値と併せて、
図11に示す。
【0139】
図11の△の値は実験データ(平均±SD,n=3)を示し、実線は各パラメータを用いた場合のシミュレーション結果を示す。横軸はPDによって細胞老化度を示し、縦軸は遺伝子発現量をTPMで正規化したのち、対数化するため各TPMに1を足したのちLog2化した値で示す。
【0140】
なお、
図11における実験値は、次のようにして取得した。実験値はIn vitroでの解析結果、即ち文献2(PLoS One. 2016 May 3;11(5):e0154531.(GSE63577))のデータを用いた。以下表2に解析結果を示す。THBS1及びCDKN2Bの実験値は表1に示した値を使用した。
【0141】
【0142】
TGF-βシグナルによって転写が制御されているTHBS1及びのCDKN2Bの発現量に関しては、試験例3に対してWntシグナルを追加した新たなシグナルモデルによるパラメータ(実施例3及び4)を構築した結果、
図11に示すように、実験データを再現する数理モデルを構築することに成功し、モデルを拡張してもシミュレーションは可能であることが判明した。
【0143】
また、Wntシグナルによって転写が制御されているFMOD及びCCND1に関しては、
図11に示すように、実施例5及び6はin vitroでの実験データをよく再現していることが分かる。
【0144】
以下、シミュレーションに用いたODEモデル(生体数理モデル)の詳細を示す。ODEモデルは、シグナル伝達のモデルに応じた各素反応の速度式、各物質(Species)の濃度の初期値と物質収支の速度式(常微分方程式)、それら数式の係数となるパラメータによって構成される。この常微分方程式の解として、
図11に示すようなシミュレーション結果を得ることができる。シミュレーションにはBioMASSを用いた。
【0145】
まず、パラメータとしては次の数値を用いた。このパラメータはBioMASSを用いて、実験値とシミュレーション値が最も近くなるように、両者の最小二乗法によってパラメータ推定したものである。「e」の後に付記された数字は、10に対する乗数を意味し、「e」の前に付記された数値との積を意味する。
【0146】
(パラメータ)
k1=1.820e-01
k2=1.820e-02
k3=5.000e-02
k4=2.670e-01
k5=1.330e-01
kf_6=9.100e-02
kr_6=9.090e-01
kf_7=1.000e+00
kr_7=5.000e+01
kf_8=1.000e+00
kr_8=1.200e+02
k9=2.060e+02
k10=2.060e+02
k11=4.170e-01
k13=2.570e-04
k14=8.220e-05
k15=1.670e-01
kf_16=1.000e+00
kr_16=3.000e+01
kf_17=1.000e+00
kr_17=1.200e+03
k18=2.152e+01
Km1=2.537e+01
k19=4.128e+01
Km2=1.500e-01
k20=1.000e-06
k_FMOD_turn=1.000e-02
k_CCND1_turn=1.695e-02
n1=1.219e+00
n2=1.120e+00
V12=4.230e-01
kf_21=5.072e+01
kr_21=2.304e+02
Kmf_3=5.513e+00
Kmr_3=7.549e+02
kf_22=4.580e+00
kr_22=1.065e+01
Kmf_4=1.567e+02
Kmr_4=9.224e-01
kf_23=1.547e-02
kr_23=9.643e-01
Kmf_5=2.132e+01
Kmr_5=4.864e+02
Rec_act=1.292e-03
pRec_degind=1.884e-02
S2tot=2.002e+03
S3tot=8.000e+02
S4tot=6.166e+00
S_dephos=1.321e-02
S_dephosphos=1.108e+00
S_phos=5.059e+00
k_on_233=1.470e-01
k_on_234=4.030e-04
k_on_244=8.630e-06
THBS1_act3=5.027e-02
THBS1_act2=1.004e-02
THBS1_act1=1.753e+01
THBS1_inh3=7.819e-06
THBS1_inh2=4.521e-02
THBS1_inh1=2.293e-02
THBS1_turn=3.305e-03
CDKN2B_act3=2.077e+00
CDKN2B_act2=3.875e+03
CDKN2B_act1=9.184e-06
CDKN2B_inh3=6.233e-06
CDKN2B_inh2=1.708e+01
CDKN2B_inh1=1.555e+01
CDKN2B_turn=5.657e-06
k24=7.814e-01
Km6=2.758e-03
kf_25=2.554e-05
kr_25=8.359e-03
【0147】
各素反応の速度式としては次の数式を用いた。なお「**」は「^」と同義であり、べき乗を意味する。なお、幾つかのSpeciesは式中の複雑さを回避するため、表3に示すように略している。
【0148】
【0149】
v[1]=k1*[x1]
v[2]=k2*[x2]
v[3]=k3*[x2]*[x4]
v[4]=k4*[x4]
v[5]=k5*[x3]
v[6]=kf_6*[x5]*[x6]-kr_6*[x4]
v[7]=kf_7*[x7]*[x12]-kr_7*[x6]
v[8]=kf_8*[x3]*[x11]-kr_8*[x8]
v[9]=k9*[x8]
v[10]=k10*[x9]
v[11]=k11*[x10]
v[12]=V12
v[13]=k13*[x11]
v[14]=k14+.k20*([x11]+[x14])
v[15]=k15*[x12]
v[16]=kf_16*[x11]*[x13]-kr_16*[x14]
v[17]=kf_17*[x7]*[x11]-kr_17*[x15]
v[18]=k18*[x14]**n1/(Km1**n1+[x14]**n1])
v[19]=k19*[x14]**n2/(Km2**n2+[x14]**n2])
v[20]=k_FMOD_turn*[.FMOD]
v[21]=k_CCND1_turn*[.CCND1]
v[22]=Rec_act*[Rec]*[TGFb_act]
v[23]=pRec_degind*[TGFb_pRec]
v[24]=kf_21*[TGFb_pRec]*[PI3K_inact]/(Kmf_3+[PI3K_inact])
v[25]=kr_21*[PI3K_act]/(Kmr_3+[PI3K_act])
v[26]=kf_22*[PI3K_act]*[Akt_inact]/(Kmf_4+[.Akt_inact])
v[27]=kr_22*[Akt_act]/(Kmr_4+[Akt_act])
v[28]=kf_23*[Akt_act]*[x5]/(Kmf_5+[x5])
v[29]=kr_23*[x16]/(Kmr_5+[x16])
v[30]=k24*[THBS1]*[TGFb_inact]/(Km6+[TGFb_inact])
v[31]=kf_25*[FMOD]*[TGFb_act]-kr_25*[FMOD_complex]
v[32]=[S2]*S_phos*[TGFb_pRec]
v[33]=S_dephosphos*[ppS2]
v[34]=S_dephos*[pS2]
v[35]=[S3]*S_phos*[TGFb_pRec]
v[36]=S_dephosphos*[.ppS3]
v[37]=S_dephos*[pS3]
v[38]=k_on_233*[ppS2]*([ppS3]**2)
v[39]=S_dephosphos*[ppS2_ppS3_ppS3]
v[40]=2*S_dephosphos*[ppS2_ppS3_ppS3]
v[41]=([S4]**2)*k_on_244*[.ppS2]
v[42]=S_dephosphos*[ppS2_S4_S4]
v[43]=[S4]*k_on_234*[ppS2]*[ppS3]
v[44]=S_dephosphos*[ppS2_ppS3_S4]
v[45]=S_dephosphos*[ppS2_ppS3_S4]
v[46]=(THBS1_turn+THBS1_act1*[ppS2_ppS3_ppS3]+THBS1_act2*[ppS2_S4_S4]+THBS1_act3*[ppS2_ppS3_S4])/(THBS1_inh1*[ppS2_ppS3_ppS3]+THBS1_inh2*[.ppS2_S4_S4]+THBS1_inh3*[ppS2_ppS3_S4]+1)
v[47]=(CDKN2B_turn+CDKN2B_act1*[ppS2_ppS3_ppS3]+CDKN2B_act2*[ppS2_S4_S4]+CDKN2B_act3*[ppS2_ppS3_S4])/(CDKN2B_inh1*[ppS2_ppS3_ppS3]+CDKN2B_inh2*[ppS2_S4_S4]+CDKN2B_inh3]*[ppS2_ppS3_S4]+1)
v[48]=[THBS1]*THBS1_turn
v[49]=[CDKN2B]*CDKN2B_turn
【0150】
各物質(Species)の濃度の初期値と物質収支の速度式(常微分方程式)としては、下記の値及び数式を用いた。なお、各物質について、「y」はその物質の濃度を意味し、「dy/dt」は、その物質の濃度変化速度を示すものである。
【0151】
x1=1.000e+02
:dy/dt=-v[1]+v[2]
x2=0
:dy/dt=+v[1]-v[2]
x3=1.530e-02
:dy/dt=+v[4]-v[5]-v[8]+v[10]
x4=7.600e-03
:dy/dt=-v[3]-v[4]+v[5]+v[6]
x5=5.000e+01
:dy/dt=+v[3]-v[6]-v[28]+v[29]
x6=1.500e-03
:dy/dt=+v[3]-v[6]+v[7]
x7=9.660e+01
:dy/dt=-v[7]-v[17]
x8=2.000e-03
:dy/dt=+v[8]-v[9]
x9=2.000e-03
:dy/dt=+v[9]-v[10]
x10=9.881e-01
:dy/dt=+v[10]-v[11]
x11=4.272e+01
:dy/dt=-v[8]+v[12]-v[13]-v[16]-v[17]
x12=8.000e-04
:dy/dt=-v[7]+v[14]-v[15]
x13=6.188e+00
:dy/dt=-v[16]
x14=8.812e+00
:dy/dt=+v[16]
x15=3.439e+00
:dy/dt=+v[17]
x16=8.554e-01
:dy/dt=+v[28]-v[29]
FMOD=1
:dy/dt=+v[18]-v[20]-v[31]
FMOD_complex=0
:dy/dt=+v[31]
CCND1=1
:dy/dt=+v[19]-v[21]
THBS1=1
:dy/dt=+v[46]-v[48]
CDKN2B=1
:dy/dt=+v[47]-v[49]
TGFb_inact=1
:dy/dt=-v[30]
TGFb_act=0
:dy/dt=-v[22]+v[30]-v[31]
Rec=1.84
:dy/dt=-v[22]
TGFb_pRec=0
:dy/dt=+v[22]-v[23]
PI3K_inact=2.961e+02
:dy/dt=-v[24]+v[25]
PI3K_act=3.886e+00
:dy/dt=+v[24]-v[25]
Akt_inact=2.979e+02
:dy/dt=-v[26]+v[27]
Akt_act=2.110e+00
:dy/dt=+v[26]-v[27]
S2=1.430e+02
:dy/dt=-v[32]+v[34]
S3=1.630e+01
:dy/dt=-v[35]+v[37]
S4=6.710e+01
:dy/dt=-2*v[41]+2*v[42]-v[43]+v[44]+v[45]
pS2=0
:dy/dt=+v[33]-v[34]+v[39]+v[42]+v[44]
pS3=0
:dy/dt=+v[36]-v[37]+v[40]+v[45]
ppS2=0
:dy/dt=+v[32]-v[33]-v[38]+v[40]-v[41]-v[43]+v[44]
ppS3=0
:dy/dt=+v[35]-v[36]-2*v[38]+2*v[39]+v[40]-v[43]+v[45]
ppS2_ppS3_ppS3=0
:dy/dt=+v[38]-v[39]-v[40]
ppS3_ppS3_S4=0
:dy/dt=+v[43]-v[44]-v[45]
ppS2_ppS3_S4=0
:dy/dt=+v[36]-v[37]+v[40]+v[45]
ppS2_S4_S4=0
:dy/dt=+v[41]-v[42]
【0152】
試験例5.(生体数理モデルを用いた個人の入力情報から皮膚の老化の程度を算出する生体シミュレーション)
加齢関連遺伝子であるFMOD及びTHBS1を入力として、TGFβ-Wntシグナル伝達に関する数理モデルの構築を試験例4にて行った。本試験ではIn vivoの入力値情報を用いて皮膚の老化の程度を算出する生体シミュレーションを行った。即ち、各個人のFMOD及びTHBS1の遺伝子発現量を試験例4で構築した生体モデルに入力して、その個人の老化の程度について、PD値を仮想的に計算して算出した。これにより実年齢ではなく、皮膚の老化の程度を算出可能である。
【0153】
In vivoの入力値情報は、文献1(Genome Biol. 2018 Dec 20;19(1):221.(GSE113957))のカウントデータ(第1遺伝子発現データ)を用いた。入力する値のバッチ間効果を除去するため、モデル構築に使用したIn vitroの文献2(PLoS One. 2016 May 3;11(5):e0154531.(GSE63577))のカウントデータとsva(sva: Surrogate Variable Analysis. R package バージョン 3.35.2.)のComBat-seqを用いて両バッチ間効果除いた後、TPM値を計算し入力値とした。TPM値を試験例4で作成した生体モデルに入力することで、個人の老化程度である仮想PDについて数理モデルを用いて計算した。計算にはBioMASSで出力されたシミュレーション結果に対してPythonの拡張モジュール「NumPy」及び「matplotlib.pyplot」を用いて個人のデータを入力した。
【0154】
個人の老化程度である仮想PDについては、シミュレーション結果において、遺伝子の発現量から対応するPD値を求めればよいが、ソフトウエアによる計算上、
図12に示す処理を行なっている。具体的には、
図12に示すように、まず、FMOD及びTHBS1の遺伝子発現シミュレーション値から各個人の遺伝子発現量の対数値をそれぞれ引き算する。
図12の横軸はPDによって細胞老化度を示し、縦軸は遺伝子発現量をTPMで正規化したのち、対数化するため各TPMに1を足したのちLog2化した値で示す。各個人の遺伝子発現量はIn vivoデータのバッチ間効果が除かれたTPM値に1を足した値に対して、対数Log2化した値を用いている。
【0155】
次に0以下となった値を絶対値に変換することで、縦軸が0となる点を算出することで各FMOD及びTHBS1について仮想PDを計算した。尚、PDが進むと遺伝子発現上限が定常状態に達することから、PDは200を最高値として設定して計算を行った。得られた各遺伝子の仮想PDの平均値を計算することで、各個人の老化の程度を示す仮想PDを計算した。結果を
図13に示す。
図13の横軸は各個人の年齢を示し、縦軸は仮想PD値で示す。
【0156】
全体を確認すると年齢が上がるとともに、仮想PD値は上がっていることが確認できる一方で、同じ年齢の集団と比較して老化が進行している個人がいることが確認できる。この結果は、年齢の増加と共に、同じ年齢でも外部要因により、皮膚等の老化の程度にバラツキが生じ易くなるという事実とも、よく一致している。即ち、本手法は生体数理モデルを用いて個人の入力情報から皮膚の老化の程度を算出する生体シミュレーション方法であって、FMODの発現量とTHBS1の発現量とを変数として含む生体シミュレーション方法であり、生体数理モデルを利用して、より高い精度で個人の皮膚の老化の程度を算出できるものである。
【0157】
試験例6.(生体数理モデルを用いた薬剤スクリーニングシミュレーション)
本試験では薬剤投与によって促進又は抑制される反応のパラメータを変化させることで、FMOD及びTHBS1の遺伝子発現量を生体シミュレーションし、薬剤の有効性をシミュレーションした。即ち、薬剤のターゲットである反応に関連するパラメータを変動させ、試験例4で構築した生体モデルに入力することで、FMOD及びTHBS1の遺伝子発現量を生体シミュレーションした。これにより実際にin vitro若しくはin vivo実験を行う事無く、薬剤のスクリーニングが可能になり、多種多様な薬剤のin silicoスクリーニングが可能になる。
【0158】
まず試験例4で構築した生体モデルにおいて、どの反応式が最もTHBS1及びFMODの発現制御に関連しているかを確認するため、感度解析を行った。感度解析は、BioMASSを用いて計算を実施した。感度解析は、特定のパラメータが変更された場合に、さまざまな測定されたSpeciesがそれに伴って変更する傾向について解析される。即ち、感度解析を実施することで、ある遺伝子発現量の制御において、どの反応が最も重要であるかを可視化することが可能である。FMOD及びTHBS1の遺伝子発現量に関する感度解析結果を
図14及び
図15に示す。
図14及び
図15における横軸の番号は
図10に示す反応番号に相当し、縦軸は各反応の影響の大きさを示す指標である。
【0159】
老化抑制の観点において、THBS1を抑制する方法及びFMODの発現を促進する方法を
図14及び
図15の感度解析結果より確認した。その結果、THBS1の発現抑制には反応22で略されているTGF受容体への結合若しくは反応32及び35で略されているSMADのリン酸化が有効であること、FMODの発現促進には反応12で略されているβ-カテニンの合成を促進する方法が有効であることが判明した。各遺伝子発現制御において転写因子の結合を制御する反応の影響が大きいことから、これらの反応を促進又は抑制することでもFMOD及びTHBS1の遺伝子発現量制御が可能になる。
【0160】
薬剤スクリーニングシミュレーションにおいて、用いたパラメータを表4に示す。その他のパラメータは試験例4で採用した数値を用いた。薬剤スクリーニングシミュレーションは、BioMASSを用いて計算を実施した。シミュレーション結果を
図16、
図17及び
図18に示す。
図16、
図17及び
図18の横軸はPDによって細胞老化度を示し、縦軸は遺伝子発現量をTPMで正規化したのち、対数化するため各TPMに1を足したのちLog2化した値で示す。
【0161】
【0162】
図16ではTHBS1の遺伝子発現量を各種条件においてシュミレーションした結果を示した。比較例25では試験例4で採用したのパラメーターセットを用いた。実施例7、実施例8及び実施例9においては反応22即ちTGF受容体へのリガンド結合に関するパラメータ,Rec_actを小さくした場合のシミュレーションを実施した。また実施例10、実施例11及び実施例12においては反応32及び反応35即ちSMAD2/3のリン酸化に関するパラメータ,S_phosを小さくした場合のシミュレーションを実施した。
【0163】
両方の反応において、反応パラメータを小さくすることでパラメータ依存的にTHBS1の発現量低下が確認された。即ち、TGF受容体アンタゴニスト(例えばSB-431542、SB-525334、及びLY-364947など)及びSmad2/3 リン酸化阻害剤(例えばsorafenibやSIS3など)を用いることで効果的にTHBS1の遺伝子発現量を抑制することが可能であることが判明した。また、これらの薬剤に関する情報から生体数理モデルにおけるパラメータを決定することで、生体数理モデルを用いて老化への影響をシミュレーションすることができるため、幾つかの候補薬剤の中から、更に望ましい薬剤をスクリーニングすることができる。老化に影響を与える外的因子をスクリーニングする場合にも、薬剤の場合と同様の方法でスクリーニングすることができる。
【0164】
図17ではFMODの遺伝子発現量を各種条件においてシュミレーションした結果を示した。比較例26では試験例4で採用したのパラメーターセットを用いた。実施例13及び実施例14においては反応12即ちβ―カテニン合成に関するパラメータ,V12を大きくした場合のシミュレーションを実施した。また比較例27及び比較例28においては反応1即ちDvlのリン酸化に関するパラメータ,k1を大きくした場合のシミュレーションを実施した。
【0165】
実施例13及び実施例14においては、反応パラメータV12を大きくすることで、FMODの遺伝子発現量の増加が確認された。一方で感度解析で生体シミュレーションに影響が少ないと判定された比較例27及び比較例28ではパラメータを変化させても、FMODの遺伝子発現量が変化しなかった。
【0166】
モデルを用いたスクリーニングでは、1種類だけでなく、2種類以上の薬剤の組み合わせに関しても定量的な評価が可能となる。
図18においてTGFR阻害剤とSMAD2/3リン酸化阻害剤を組み合わせ場合のTHBS1の遺伝子発現量シミュレーション結果を示す。
【0167】
実施例15では実施例7及び実施例10でのパラメータ変化の組み合わせを、実施例16では実施例8及び実施例11でのパラメータ変化の組み合わせを、同時に実施した結果、反応を単体で阻害するよりも更に効率的にTHBS1の遺伝子発現量を抑制することが可能であることが判明した。
【0168】
全体を確認すると感度解析の結果と同じく、影響が大きいと判定されたTGFR結合及びSmad2/3 リン酸化のパラメータを変化させることで、THBS1の遺伝子発現は制御可能であると判明した。FMODの遺伝子発現制御に関しては、β―カテニン合成のパラメータを変化させることで遺伝子発現量は変動するもののその影響は大きくないことが判明した。即ち、老化抑制の観点においてはFMODの発現を促進させるより、THBS1を抑制することでより効率的にアプローチすることが可能であることが薬剤スクリーニングシュミレーションによって判明した。