IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人 東京大学の特許一覧

<>
  • 特許-味覚成分検出用センサ材料及び検出方法 図1
  • 特許-味覚成分検出用センサ材料及び検出方法 図2
  • 特許-味覚成分検出用センサ材料及び検出方法 図3
  • 特許-味覚成分検出用センサ材料及び検出方法 図4
  • 特許-味覚成分検出用センサ材料及び検出方法 図5
  • 特許-味覚成分検出用センサ材料及び検出方法 図6
  • 特許-味覚成分検出用センサ材料及び検出方法 図7
  • 特許-味覚成分検出用センサ材料及び検出方法 図8
  • 特許-味覚成分検出用センサ材料及び検出方法 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-29
(45)【発行日】2024-12-09
(54)【発明の名称】味覚成分検出用センサ材料及び検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/78 20060101AFI20241202BHJP
   C08G 61/12 20060101ALI20241202BHJP
   C09K 11/06 20060101ALI20241202BHJP
   G01N 27/416 20060101ALI20241202BHJP
【FI】
G01N21/78 C
C08G61/12
C09K11/06 680
G01N27/416 302M
G01N27/416 341M
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2021545576
(86)(22)【出願日】2020-09-09
(86)【国際出願番号】 JP2020034151
(87)【国際公開番号】W WO2021049539
(87)【国際公開日】2021-03-18
【審査請求日】2023-08-24
(31)【優先権主張番号】P 2019164818
(32)【優先日】2019-09-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【弁理士】
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100172683
【弁理士】
【氏名又は名称】綾 聡平
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】南 豪
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 聡
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-007752(JP,A)
【文献】XUE et al.,Ultrasensitive Fluorescent Responses of Water-Soluble, Zwitterionic, Boronic Acid-Bearing, Regioregu,CHEMISTRY A EUROPEAN JOURNAL,2008年02月01日,Vol.14/Iss.5,PP.1648-1653
【文献】SENEL et al.,A novel amperometric glucose biosensor based on reconstitution of glucose oxidase on thiophene-3-bor,Current Applied Physics,2013年03月29日,Vol.13/Iss.7,PP.1199-1204
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/64、78
C08G 61/12
C09K 11/06
G01N 27/416
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の味覚成分を同時に検出する方法であって、
センサ材料を用いて、分子中に2以上のヒドロキシル基を有する化合物である前記味覚成分の存在を蛍光応答又は電気的応答として検出する工程、及び
甘味、酸味、苦味、渋味、又はそれらの2以上の組み合わせから選択される複数の前記味覚成分を評価する工程を含み、
前記味覚成分が、少なくとも渋味を含み、
前記センサ材料が、主鎖に蛍光発光部位を有し、側鎖に前記化合物と結合し得る認識部位を有するπ共役系重合体を含み、
前記認識部位がボロン酸又はボロン酸エステルである、該検出方法
【請求項2】
前記π共役系重合体が、前記味覚成分が前記認識部位と結合することにより、消光型の蛍光応答を示す、請求項1に記載の検出方法
【請求項3】
前記π共役系重合体が、チオフェン骨格、フェニレンビニレン骨格、又はフェニルアセチレン骨格よりなる主鎖を有するポリマー又はオリゴマーである、請求項1又は2に記載の検出方法
【請求項4】
前記認識部位が、リンカー部位及びチャージ部位を介して前記主鎖に連結している、請求項1~3のいずれか1に記載の検出方法
【請求項5】
前記リンカー部位が、置換されていてもよいアルキル基又はアルコキシ基である、請求項4に記載の検出方法
【請求項6】
前記チャージ部位が、正電荷を有する置換基である、請求項4に記載の
検出方法
【請求項7】
前記正電荷を有する置換基が、ピリジニウム基又はイミダゾリル基である、請求項6に記載の検出方法
【請求項8】
前記π共役系重合体が、以下の式(I)で表されるチオフェンポリマー又はオリゴマーである、請求項1~7のいずれか1に記載の検出方法
【化1】
(式中、Xは、リンカー部位であり;Yは、チャージ部位であり;Zは、認識部位であり;Rは、水素原子又は置換されていてもよいアルキル基であり;nは、10~1000である。)。
【請求項9】
前記π共役系重合体が、以下の式(I')で表されるチオフェンポリマー又はオリゴマーである、請求項1~7のいずれか1に記載の検出方法
【化2】

(式中、nは、10~1000であり;mは、1~10である。)。
【請求項10】
前記味覚成分が、果実由来の発酵物に含まれる味覚成分である、請求項1~9のいずれか1に記載の検出方法
【請求項11】
前記果実由来の発酵物が、ワインである、請求項10に記載の検出方法
【請求項12】
前記味覚成分が、グルコース、フルクトース、酒石酸、リンゴ酸、乳酸、カフタリック酸、縮合型タンニンよりなる群から選択される1以上の化合物である、請求項1~11のいずれか1に記載の検出方法
【請求項13】
蛍光イメージング手段を用いて前記蛍光応答を可視化することを特徴とする、請求項1に記載の検出方法。
【請求項14】
電界効果トランジスタにより前記電気的応答を検出することを特徴とする、請求項1に記載の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワイン等に含まれる味覚成分として知られる、分子中に2以上のヒドロキシル基を有する化合物を蛍光応答として検出可能なセンサ材料、及び当該センサ材料を用いたワインの味覚評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ワインに含まれる味覚成分は、甘味、酸味、苦味、渋味など多岐にわたり、これら味覚成分の含有量はワインとしての味に大きく寄与する。従来、ワインも含め、飲料中の味覚成分の分析には、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)や液体クロマトグラフィー-質量分析(LC-MS)が広く用いられている。
【0003】
しかし、これら従来の分析手法は大型の設備を要し、分析対象となる成分によっては分離・分析が困難であったり、或いは分析に長時間を要するなどの技術的問題があった(例えば、特許文献1、非特許文献1)。また、従来の分析手法は専門機関での利用に限定されている。従って、末端消費者にとっては、ワイン等の飲料中の簡便な成分分析は困難であるというのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2001-215183号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】E.M.Coelhoら、Journal of Food Composition and Analysis,66,2018,160-167
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、大型の設備や専門的な技術を要することなく、ワイン等に含まれる味覚成分を簡便に検出可能なセンサ材料、及び当該センサ材料を用いたワイン等の味覚評価方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、π共役系重合体を母骨格として用い、その側鎖にボロン酸構造の認識部位を導入したセンサ材料を用いることで、ワイン等に含まれる味覚成分として知られる、分子内に2つのヒドロキシル基を有する化合物を蛍光応答として検出でき、さらに重合体による多点認識によって高感度かつ高選択性が達成できることを見出した。また、当該センサ材料をアレイ状に配置したチップを用いることで、未知試料中の味覚成分に対しても、色調変化のみで正確かつ簡便に多成分同時定量分析が可能であることを見出した。これらの新たな知見に基づき、本発明を完成するに至ったものである。
【0008】
すなわち、本発明は、一態様において、
<1> 分子中に2以上のヒドロキシル基を有する化合物を蛍光応答として検出するためのセンサ材料であって、主鎖に蛍光発光部位を有し、側鎖に前記化合物と結合し得る認識部位を有するπ共役系重合体を含み、前記認識部位がボロン酸又はボロン酸エステルである、該センサ材料;
<2>前記π共役系重合体が、前記味覚成分が前記認識部位と結合することにより、消光型の蛍光応答を示す、上記<1>に記載のセンサ材料;
<3>前記π共役系重合体が、チオフェン骨格、フェニレンビニレン骨格、又はフェニルアセチレン骨格よりなる主鎖を有するポリマー又はオリゴマーである、上記<1>又は<2>に記載のセンサ材料;
<4>前記認識部位が、リンカー部位及びチャージ部位を介して前記主鎖に連結している、上記<1>~<3>のいずれか1に記載のセンサ材料;
<5>前記リンカー部位が、置換されていてもよいアルキル基又はアルコキシ基である、上記<4>に記載のセンサ材料;
<6>前記チャージ部位が、正電荷を有する置換基である、上記<4>に記載のセンサ材料;
<7>前記正電荷を有する置換基が、ピリジニウム基又はイミダゾリル基である、上記<6>に記載のセンサ材料;
<8>前記π共役系重合体が、以下の式(I)で表されるチオフェンポリマー又はオリゴマーである、上記<1>~<7>のいずれか1に記載のセンサ材料:
【化1】
(式中、Xは、リンカー部位であり;Yは、チャージ部位であり;Zは、認識部位であり;Rは、水素原子又は置換されていてもよいアルキル基であり;nは、10~1000である。);
<9>前記π共役系重合体が、以下の式(I')で表されるチオフェンポリマー又はオリゴマーである、請求項1~7のいずれか1に記載のセンサ材料:
【化2】
(式中、nは、10~1000であり;mは、1~10である。);
<10>前記分子中に2以上のヒドロキシル基を有する化合物が、果実由来の発酵物に含まれる味覚成分である、上記<1>~<9>のいずれか1に記載のセンサ材料;
<11>前記果実由来の発酵物が、ワインである、上記<10>に記載のセンサ材料;及び
<12>前記分子中に2以上のヒドロキシル基を有する化合物が、グルコース、フルクトース、酒石酸、リンゴ酸、乳酸、カフタリック酸、縮合型タンニンよりなる群から選択される1以上の化合物である、上記<1>~<11>のいずれか1に記載のセンサ材料
を提供するものである。
【0009】
別の態様において、本発明は、
<13>上記<1>~<12>のいずれか1に記載のセンサ材料を含む、分子中に2以上のヒドロキシル基を有する化合物を検出するためのデバイス;及び
<14>センサアレイチップ又は電界効果トランジスタである、上記<13>に記載のデバイス
を提供するものである。
【0010】
更なる態様において、本発明は、
<15>上記<1>~<12>のいずれか1に記載のセンサ材料を用いて、分子中に2以上のヒドロキシル基を有する化合物の存在を蛍光応答又は電気的応答として検出する工程を含む、検出方法;
<16>蛍光イメージング手段を用いて前記蛍光応答を可視化することを特徴とする、上記<15>に記載の検出方法;
<17>電界効果トランジスタにより前記電気的応答を検出することを特徴とする、上記<15>に記載の検出方法;及び
<18>上記<15>~<17>のいずれか1に記載の検出方法を用いて、ワインにおける甘味、酸味、苦味、渋味、又はそれらの2以上の組み合わせを評価する工程を含む、ワインの味覚評価方法
を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のセンサ材料及び検出方法によれば、ワイン等に含まれる味覚成分である、分子中に2以上のヒドロキシル基を有する化合物を高感度かつ高選択的に検出することができる。また、本発明のセンサ材料をアレイ状に配置したチップを用いることで、従来のような大型の測定機器を用いることなく、簡便な手法により、複数の味覚成分が混在する試料に対してその成分の種類と濃度を判別すること、すなわち、多成分同時定量分析が可能となる点で、実用面でも非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明のセンサ材料による検出機構を示す模式図である。
図2図2は、本発明のセンサ材料(化合物11b)について、グルコースに対する蛍光滴定結果(グルコース濃度0~20mM)である。
図3図3は、本発明のセンサ材料を固定化したセンサアレイチップの作成手順及び測定手順を示す概略図である。
図4図4は、本発明のセンサ材料(化合物11b~11d)の蛍光強度を各種味覚成分ごとに示したLDAプロットである。
図5図5は、フルクトースについてのSVMを用いたキャリブレーションないしプレディクションである。
図6図6は、酒石酸についてのSVMを用いたキャリブレーションないしプレディクションである。
図7図7は、プロシアニジンC1についてのSVMを用いたキャリブレーションないしプレディクションである。
図8図8は、ワイン試料を用いた成分分析におけるセンサアレイチップの作成手順及び測定手順を示す概略図である。
図9図9は、ワイン試料の分析におけるプロシアニジンC1のSVMを用いたキャリブレーションないしプレディクションである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0014】
1.本発明のセンサ材料
本発明のセンサ材料は、
a)主鎖に蛍光発光部位を有し、側鎖に、分子中に2以上のヒドロキシル基を有する化合物分と結合し得る認識部位を有するπ共役系重合体を含み
b)前記認識部位がボロン酸又はボロン酸エステルであるという構造を有することによって、ワイン等に含まれる味覚成分である「分子中に2以上のヒドロキシル基を有する化合物」を蛍光応答として検出可能であることを特徴とするものである(以下、本発明のセンサ材料を「味覚成分検出用センサ材料」と呼ぶ場合がある)。
【0015】
本明細書において、ワインの味覚成分とは、ワインにおける甘味、酸味、苦味、渋味等に関与する化合物を意味する。一般に、ワインの味覚は、甘味、酸味、苦味、渋味の程度で表され、代表的には、それぞれ以下に示す化合物群が関与しているといわれている。
【化3】
【0016】
これらの化合物は、その構造的特徴において、分子中に2以上のヒドロキシル基(OH基)を有する多価アルコール化合物であり、特に、隣接する2つのOH基を有するものである。なお、これら味覚成分としては、ワイン中に含まれるものだけでなく、広く果実由来の発酵物、或いは、いわゆる果実酒に含まれる味覚成分も包含される。また、当該「味覚成分」は、発酵が完全に終了した段階の生成物だけでなく、その発酵過程における途中段階のものや発酵原料に含まれる味覚成分であってもよく、これらの段階における味覚成分を本発明のセンサ材料により検出することもできる。
【0017】
したがって、本発明では、分子中に2以上のヒドロキシル基(OH基)を有する化合物(「多価アルコール化合物」)を検出対象とし、より詳細には、分子内に隣接する2つのOH基を有する化合物を検出対象とする。これらの化合物には、ジオール等のポリオール化合物や、乳酸のようにカルボキシ基のα位にヒドロキシ基を有する化合物が含まれる。本発明における多価アルコール化合物の具体例としては、グルコース、フルクトース、酒石酸、リンゴ酸、乳酸、カフタリック酸、縮合型タンニンよりなる群から選択される1以上の化合物を挙げることができる。ここで、縮合型タンニンには、いわゆるポリフェノールであり、例えば、上述のカテキン、プロシアニジンC1が含まれる。上述のように、これら多価アルコール化合物は、好ましくは、果実由来の発酵物に含まれる味覚成分であり、より好ましくは、ワイン中に含まれる味覚成分である。
【0018】
図1に本発明のセンサ材料による味覚成分の検出機構の模式図を示す。図1の上部に示すように、味覚成分(「T」)の非存在下では、π共役系重合体の主鎖における蛍光発光部位(「FL」)からの蛍光発光が観測される。これに対し、図1の下部に示すように、味覚成分の存在下では、当該味覚成分がπ共役系重合体の側鎖における認識部位と結合し、蛍光発光部位FLからの蛍光の消光(又は抑制)が観測されることとなる。かかる機構により、測定試料中における味覚成分の存在を消光型の蛍光応答として検出することができる。特に、赤ワインなどの有色試料を測定対象とする場合には、蛍光応答を用いることにより試料自体の色に影響を受けずに検出することができるという利点がある。必ずしも理論に拘束されるものではないが、当該蛍光の消光又は抑制は、味覚成分との結合によるπ共役系重合体部分の構造変化などが複合的に働くことによってもたらされると考えられる。
【0019】
また、後述のように、かかる消光型の蛍光変化の挙動について、各味覚成分ごとにシュテルン-フォルマー(Stern-Vomer)式による消光定数(Ksv)を求めることで、試料中に存在する味覚成分の種類及び濃度を予測・同定することができ、これにより未知試料に対して多成分同時定量分析を行うことが可能となる。
【0020】
上述のように、本発明の味覚成分検出用センサ材料におけるπ共役系重合体は、主鎖に蛍光発光部位を有し、側鎖にワイン中の味覚成分と結合し得る認識部位を有する。本明細書において「π共役系重合体」とは、モノマー単位が重合してなる重合体であって、その主鎖に沿って共役π電子を有する有機分子である。当該π共役系重合体には、ポリマーだけでなく、オリゴマーも含まれる。かかる重合体構造を用いることにより、多点認識による選択性の向上(ワイヤー効果)がもたらされる。
【0021】
π共役系重合体の主鎖における「蛍光発光部位」(図1中の「FL」)は、励起光の照射により蛍光を発光することができる化学構造であれば特に限定されない。かかる蛍光発光部位を有するπ共役系重合体の具体例としては、チオフェン、フェニレンビニレン、フェニレンアセチレン、フラン、ピロール、及びそれらの誘導体を含むモノマーが重合してなる重合体を挙げることができる。当該π共役系重合体がポリマーである場合、その主鎖は、例えば、ポリチオフェン骨格、ポリフェニレンビニレン骨格、ポリフェニレンアセチレン骨格、ポリフラン骨格、又はポリピロール骨格を有するものを挙げることができる。これら以外の主鎖よりなるπ共役系重合体であってもよい。
【0022】
π共役系重合体の側鎖における「認識部位」は、ボロン酸構造を有し、これによりワイン等の味覚成分である上述の多価アルコール化合物と結合することができる。当該ボロン酸構造には、-B(OH)で表されるボロン酸基だけでなく、ボロン酸のOH基がエステル化されたボロン酸エステルであってもよい。これらボロン酸又はボロン酸エステルは、フェニル基等が連結したアリールボロン酸であってもよく、また、かかるアリール基における置換基とボロン酸のOH基が環構造を形成してボロン酸エステルとなっている構造でもよい。当該ボロン酸構造は、側鎖の末端に存在することが好ましい。
【0023】
好ましい態様において、π共役系重合体の側鎖における認識部位は、任意のリンカー部位及び/又はチャージ部位を介して主鎖に連結することができる。
【0024】
側鎖におけるリンカー部位は、好ましくは、置換されていてもよいアルキル基又はアルコキシ基である。当該アルキル基又はアルコキシ基は、好ましくは、炭素数1~10のであり、より好ましくは、炭素数4~6であることができる。リンカー部を適切な長さとすることで、味覚成分との応答における感度や選択性を最適化することができる。
【0025】
本明細書中において、「アルキル基」は、直鎖状、分枝鎖状、環状、又はそれらの組み合わせからなる脂肪族炭化水素基のいずれであってもよい。アルキル基の炭素数は特に限定されないが、例えば、炭素数1~6個(C1~6)、炭素数1~10個(C1~10)、炭素数1~15個(C1~15)、炭素数1~20個(C1~20)である。また、本明細書において、ある官能基について「置換されていてもよい」と定義されている場合には、置換基の種類、置換位置、及び置換基の個数は特に限定されず、2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、水酸基、カルボキシル基、ハロゲン原子、スルホ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、アルコキシカルボニル基、オキソ基、アシル基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。これらの置換基にはさらに置換基が存在していてもよい。このような例として、例えば、ハロゲン化アルキル基、ジアルキルアミノ基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0026】
本明細書中において、「アルコキシ基」とは、前記アルキル基が酸素原子に結合した構造であり、例えば直鎖状、分枝状、環状又はそれらの組み合わせである飽和アルコキシ基が挙げられる。例えば、メトキシ基、エトキシ基、n-プロポキシ基、イソプロポキシ基、シクロプロポキシ基、n-ブトキシ基、イソブトキシ基、s-ブトキシ基、t-ブトキシ基、シクロブトキシ基、シクロプロピルメトキシ基、n-ペンチルオキシ基、シクロペンチルオキシ基、シクロプロピルエチルオキシ基、シクロブチルメチルオキシ基、n-ヘキシルオキシ基、シクロヘキシルオキシ基、シクロプロピルプロピルオキシ基、シクロブチルエチルオキシ基又はシクロペンチルメチルオキシ基等が好適な例として挙げられる。
【0027】
また、側鎖におけるチャージ部位は、リンカー部位と認識部位との間に存在し、電荷を有する置換基であり、好ましくは正電荷を有する置換基である。かかるチャージ部位が存在することによりπ共役系重合体であるセンサ材料に親水性を付与し、ワインのように水とアルコールよりなる試料への溶解性を向上させることができる。正電荷を有する置換基の具体例としては、ピリジニウム基やビピリジニウム基、イミダゾリル基、フェニルイミダゾリル基などのヘテロ環置換基を挙げることができ、好ましくはピリジニウム基である。なお、チャージ部位が正電荷を有する置換基の場合、センサ材料は任意のアニオンを伴う塩の形態で存在することができる。
【0028】
本発明の味覚成分検出用センサ材料におけるπ共役系重合体の非限定的な具体例としては、以下の式(I)で表されるチオフェンポリマー又はオリゴマーを挙げることができる。
【化4】
【0029】
式(I)において、Xは、リンカー部位であり;Yは、チャージ部位であり;Zは、認識部位であり;Rは、水素原子又は置換されていてもよいアルキル基であり;nは、10~1000である。Rにおけるアルキル基は、炭素数1~5のアルキル基であることができる。好ましくは、Rは、水素、メチル基、又はエチル基である。
【0030】
また、好ましい態様において、本発明の味覚成分検出用センサ材料におけるπ共役系重合体は、以下の式(I')で表されるチオフェンポリマー又はオリゴマーであることができる。
【化5】
【0031】
式(I')において、nは、10~1000であり;mは、1~10であり、好ましくは、mは、4~6である。
【0032】
当該式(I')で表されるπ共役系重合体は、蛍光発光部位としてチオフェン、リンカー部位として直鎖アルキル基、チャージ部位としてピリジニウム基、認識部位としてボロン酸である構造を有する。
【0033】
本発明で用いられるπ共役系重合体は、好ましくは1万~5万、より好ましくは2万~3万の重量平均分子量(Mw)を有する。
【0034】
本発明で用いられるπ共役系重合体の合成方法としては、当該技術分野において公知の方法を用いることが可能である。例えば、公知のカップリング重合を用いることが可能であり、かかるカップリング反応としては、スズキカップリング、クマダカップリング、ネギシカップリング、スティレカップリング、ソノガシラカップリングなどを挙げることができる。
【0035】
なお、本発明の味覚成分検出用センサ材料には、上述のπ共役系重合体以外の構造の重合体を含有してもよい。その割合は、20重量%以下であることが好ましい。
【0036】
2.本発明の検出用デバイス
別の態様において、本発明は、上述のセンサ材料を含む、分子中に2以上のヒドロキシル基を有する化合物を検出するためのデバイスにも関する。かかるデバイスの例としては、当該センサ材料をアレイ状に並べたセンサアレイチップを挙げることができる。例えば、複数のマイクロウェルを有するチップにおいて、本発明の味覚成分検出用センサ材料をハイドロゲル等の担持材料中に固定化することで、当該センサアレイチップを作成することができる。かかるセンサアレイチップを用いることにより、複数のサンプル試料を同時に測定可能であり、繰り返し使用できるという利点が提供される。また、センサアレイチップにより軽量化・小型化できるため、持ち運びが可能であり、場所を選ばずに使用可能となるという利点も得られる。
【0037】
また、かかる検出用デバイスの一態様としては、電界効果トランジスタを挙げることができる。この場合、電界効果トランジスタにおける半導体ポリマーとして上述の味覚成分検出用センサ材料を用いることで、味覚成分の存在を電気的応答(電流値変化あるいは閾値電圧シフト)として検出することが可能となる。これは本発明の味覚成分検出用センサ材料におけるπ共役系重合体が導電性ポリマーとして機能することを利用した検出手法である。かかる電界効果トランジスタは、好ましくは、電解質ゲート電界効果トランジスタ(Electrolyte-Gated Field Effect Transistor)を挙げることができる。
【0038】
本発明の検出用デバイスには、必要に応じてセンサ材料以外の試薬等を適宜含んでいてもよい。例えば、添加剤として、溶解補助剤、pH調節剤、緩衝剤、等張化剤などの添加剤を用いることができ、これらの配合量は当業者に適宜選択可能である。
【0039】
3.本発明の検出方法及びワインの味覚評価方法
更なる別の態様において、本発明は、上述のセンサ材料を用いて試料中の「分子中に2以上のヒドロキシル基を有する化合物」の存在を蛍光応答又は電気的応答として検出する工程を含む、検出方法にも関する。ここで、上述のように「分子中に2以上のヒドロキシル基を有する化合物」は、好ましくは、果実由来の発酵物に含まれる味覚成分であり、より好ましくは、ワイン中に含まれる味覚成分であり、その場合、本発明の検出方法は、味覚性成分の検出方法ということができる。かかる検出方法には、上述の検出用デバイスを用いることができる。本明細書において「検出」という用語は、定量、定性など種々の目的の測定を含めて最も広義に解釈されるべきである。
【0040】
当該検出方法において、サンプル試料への光照射は、光を直接或いは導波管(光ファイバー等)を介して照射することができる。光源としては、π共役系重合体における蛍光発光部位の吸収波長を含む光を照射できるものであれば、任意の光源を用いることができ、本発明の検出方法を実施する環境等に応じて適宜選択され得る。
【0041】
本発明の検出方法では、蛍光応答を観測する手段として、広い測定波長を有する蛍光光度計を用いることができるが、好ましくは、蛍光応答を2次元画像として表示可能な蛍光イメージング手段を用いて可視化することもできる。蛍光イメージングの手段を用いることによって、蛍光応答を二次元で可視化できるため、味覚成分を瞬時に視認することができ、迅速かつ定量的な検出が可能となる。かかる蛍光イメージング装置としては、当該技術分野において公知の装置を用いることができるが、例えば、CCDカメラのような撮像装置を用いることができる。
【0042】
好ましい態様では、得られた蛍光イメージング画像について、画像パターン認識を用いて線形判別分析(LDA)等の半定量分析を行うことで、未知濃度の味覚成分を含有するサンプル試料について、それに含まれる味覚成分の種類及び濃度を判別・予測することもできる。
【0043】
より詳細には、後述の実施例において実証するように、本発明のセンサ材料と多価アルコール化合物との結合による蛍光変化における消光定数(Ksv)を各化合物ごとに予め算出しておく。そして、個々の化合物の蛍光挙動を統計的な教師データとして用いることにより、複数の未知濃度の多価アルコール化合物を含有するサンプル試料を測定した結果として得られた蛍光イメージング画像から、当該サンプル試料にどのような種類の化合物が含まれているか、さらにその濃度を判別・予測する、いわゆる、多成分同時定量分析を行うことができる。
【0044】
ここで、消光定数Ksv(「シュテルン-フォルマー消光定数」とも呼ばれる)は、当該技術分野において公知のシュテルン-フォルマー(Stern-Vomer)式を用いて算出することができる。すなわち、ある化合物Qが、化合物Aにおける励起状態の濃度依存的消光剤となる場合、その消光前後の蛍光強度の比は、以下のように表される。
【数1】
【0045】
式中、Fは、消光剤非存在下での蛍光強度;Fは、消光剤の存在下での蛍光強度;は、シュテルン-フォルマー消光定数;[Q]は、消光剤の濃度を表す。
【0046】
したがって、消光前後の蛍光強度比F/Fを縦軸とし、消光剤の濃度[Q]を横軸としてプロットし、得られた直線の傾きから消光定数Ksvを算出することができる。本発明の検出方法においては、多価アルコール化合物を消光剤とみなし、多価アルコール化合物との結合に伴うセンサ材料の蛍光強度変化に対する味覚成分の濃度依存性を観測しプロットすることで、消光定数Ksvが得られる。そして、これを各化合物ごとについて行うことで、個々の多価アルコール化合物に固有の消光定数Ksvを求めることができる。
【0047】
このように、多成分同時定量分析を行うことにより、ワイン中の甘味、酸味、苦味、渋味に関与する成分の含有量や比率を同定することができるので、これによりワインの味覚を評価することもできる。したがって、本発明は、上述の検出方法により、ワインにおける甘味、酸味、苦味、渋味、又はそれらの2以上の組み合わせを評価する工程を含む、ワインの味覚評価方法にも関する。例えば、あるワインを測定した結果、甘味成分の含有量が多ければ甘味が強いワイン、渋味成分の含有量が多ければ渋味が強いワインであるなど、未知のワインの味覚評価を行うことができる。また、同様に、ワイン以外の果実由来の発酵物や果実酒に対しても同様の味覚評価を行うこともできる。さらに、発酵が完全に終了した段階の生成物に対してだけでなく、その発酵過程における途中段階や発酵原料に含まれる味覚成分についても同様の評価を行ってもよい。
【実施例
【0048】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【実施例1】
【0049】
1.センサ材料(π共役系重合体)の合成
本発明のセンサ材料におけるπ共役系重合体として、以下の構造を有するボロン酸修飾ポリチオフェン誘導体(化合物11b~11d)の合成を行った。リンカー部位のアルキル鎖に関して、化合物11bはm=6;化合物11cはm=4;化合物11dがm=5である。
【化6】
【0050】
(1-1)ポリアルキルチオフェン前駆体の重合
ポリアルキルチオフェン前駆体(化合物15b~15d)を、以下の反応スキームに従って合成した。なお、化合物15bは市販のものを購入した(Polymer Source社)。
【化7】
【0051】
3-(6-bromohexyl)-4-methylthiophene (13b)の合成
【化8】
300mlの三口フラスコに3-ブロモチオフェンとヘキサンをシリンジで加え-50℃で10分攪拌した。次にn-BuLiをシリンジで滴下し-50℃で10分攪拌後、THFをシリンジで滴下しさらに1時間攪拌した。次に冷却浴を取り外し、-10℃まで暖まってからジブモロヘキサンを加え室温まで加温し、その後室温で2時間攪拌した。続いて反応液を水に投入し目的物をヘキサンで抽出後、水で洗浄し、有機相を硫酸マグネシウムで乾燥した。溶媒を留去し、得られた液体を減圧蒸留、ガラスチューブオーブン、カラムクロマトグラフィーで精製し、目的物を得た(収率:39.1%)。
【0052】
3-(6-bromobutyl)-4-methylthiophene (13c)の合成
【化9】
300mlの三口フラスコに3-ブロモチオフェンとヘキサンをシリンジで加え-50℃で10分攪拌した。次にn-BuLiをシリンジで滴下し-50℃で10分攪拌後、THFをシリンジで滴下しさらに1時間攪拌した。次に冷却浴を取り外し、-10℃まで暖まってからTHF、1,4-ジブモブタンを加え室温まで加温し、その後2時間攪拌した。続いて反応液を水90mlに投入し目的物をヘキサンで抽出後、水で洗浄し、有機相を硫酸マグネシウムで乾燥した。その後、溶媒を留去し、得られた液体を減圧蒸留、ガラスチューブオーブン、カラムクロマトグラフィーで精製し、目的物を得た(2.74g, 29.6%)。
【0053】
3-(6-bromopentyl)-4-methylthiophene (13d)の合成
【化10】
300mlの三口フラスコに3-ブロモチオフェンとヘキサンをシリンジで加え-50℃で10分攪拌した。次にn-BuLiをシリンジで滴下し-50℃で10分攪拌後、THF5.5mlをシリンジで滴下しさらに1時間攪拌した。次に冷却浴を取り外し、-10℃まで暖まってからTHF、1,5-ジブモペンタンを加え室温まで加温し、その後2時間攪拌した。続いて反応液を水に投入し目的物をヘキサンで抽出後、水で洗浄し、有機相を硫酸マグネシウムで乾燥した。その後、溶媒を留去し、得られた液体を減圧蒸留して残った液体をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製することで目的物を得た(3.10g, 30.9%)。
【0054】
2,5-dibromo-3-(4-bromobutyl)thiophene (14c)の合成
【化11】
フラスコにTHF,酢酸,3-ブロモブチルチオフェンを加えて撹拌する。次にNBSを反応液に一度に加え1時間攪拌した。反応液から目的物をジエチルエーテルで抽出後、水および炭酸水素ナトリウム水溶液で洗浄し、有機相を硫酸マグネシウムで乾燥した。続いて溶媒を留去し、残渣をカラムクロマトグラフィーで精製することで目的物を得た(84.6%)。
【0055】
2,5-dibromo-3-(5-bromopentyl)thiophene (14d)の合成
【化12】
化合物14cと同様に合成を行い、目的物を得た(収率87.2 %)。
【0056】
poly[3-(4-bromobutyl)thiophene] (15c)の合成
【化13】
三口フラスコに2,5-ジブロモ-3-ブチルブロモチオフェン、THFを加えた。次にCH3MgBrをシリンジで加え反応液を加熱しリフラックスさせながら2時間攪拌した。その後、Ni(dppp)Cl2を加え更に1時間攪拌した。1時間後、メタノールを加え、反応を停止させた。析出した固体状のポリマーをメタノール、クロロホルムの順にソクスレー抽出を行い、クロロホルムを留去することで目的物を得た(収率47.5%)。得られた生成物は、1H NMR分析を行い、目的物であることを確認した。また、H-T率(head-to-tail結合の比率)が79.4%と算出された。分子量はGPCの結果からスチレン換算でMw=13,500、Mn=6,520(Mw/Mn=2.07)と算出された。
【0057】
poly[3-(5-bromopentyl)thiophene] (15d)の合成
【化14】
化合物15cと同様に重合を行い、目的物を得た(収率65.3 %)。得られた生成物は、1H NMR分析を行い、目的物であることを確認した。また、H-T率(head-to-tail結合の比率)が83.1%と算出された。分子量はGPCの結果からスチレン換算でMw=35,900、Mn=13,800(Mw/Mn=2.60)と算出された。
【0058】
(1-2)ポリチオフェン誘導体の合成
次いで、得られた各ポリアルキルチオフェン前駆体(化合物15b~15d)から上記化合物11b~11dをそれぞれ合成した。
【化15】
【0059】
Poly(3-(6-(pyridinium bromide-3-boronic acid)hexyl)thiophene)の合成
【化16】
不活性ガス雰囲気下、クロロホルム15mlに化合物15b(103.0mg)、3-ピリジルボロン酸(500.6mg, 4.07mmol)を加え、シュレンクシチューブ内70℃で48時間反応させた。反応後、濾過して得られた固体をクロロホルムで洗浄することで粗製物を得た。得られた粗製物をクロロホルムでソクスレー抽出し円筒ろ紙に残った残渣を乾燥させた。続いて乾燥させた残渣をメタノール/クロロホルムで再沈殿することでオレンジ~赤色の固体を得た(60.6mg、収率39.7%)。量子収率11.8%, 蛍光寿命0.48ns。
【0060】
Poly(3-(6-(pyridinium bromide-3-boronic acid)butyl)thiophene)の合成
【化17】
不活性ガス雰囲気下、クロロホルム15mlに化合物15c(99.7mg)、3-ピリジルボロン酸(565.3mg, 4.60mmol)を加え、シュレンクシチューブ内70℃で48時間反応させた。反応後、濾過して得られた固体をクロロホルムで洗浄することで粗製物を得た。得られた粗製物をクロロホルムでソクスレー抽出し円筒ろ紙に残った残渣を乾燥させた。続いて乾燥させた残渣をメタノール/クロロホルムで3回再沈殿することで濃い紫色の固体を得た(81.4mg、収率51.7%)。量子収率14.8%, 蛍光寿命0.47ns。
【0061】
Poly(3-(6-(pyridinium bromide-3-boronic acid)pentyl)thiophene)の合成
【化18】
不活性ガス雰囲気下、クロロホルム15mlに化合物15c(94.7mg)、4-ピリジルボロン酸(531.0mg, 4.32mmol)を加え、シュレンクチューブ内70℃で48時間反応させた。反応後、濾過して得られた固体をクロロホルムで洗浄することで粗製物を得た。得られた粗製物をクロロホルムでソクスレー抽出し円筒ろ紙に残った残渣を乾燥させた。続いて乾燥させた残渣をメタノール/クロロホルムで3回再沈殿することでオレンジ~赤色の固体を得た(37.8mg、収率26.4%)。量子収率14.4%, 蛍光寿命0.55ns。
【実施例2】
【0062】
2.蛍光応答の測定
実施例1で合成したボロン酸修飾ポリチオフェン誘導体(化合物11b~11d)に、各種味覚成分を添加した際の蛍光変化の測定及びシュテルン-フォルマー消光定数(Ksv)の算出を行った。用いた味覚成分は、グルコース、フルクトース、酒石酸、リンゴ酸、乳酸、カフタリック酸、カテキン、及びプロシアニジンC1である。
【0063】
測定条件は、以下の表に示すとおりである。測定装置は、HITACHI F7100(日立製作所製)である。なお、散乱光防止のために蛍光側(検出器側)に500nmのフィルターを設置した。
【表1】
【0064】
測定は、ポリチオフェン誘導体の濃度は10μM、溶媒は10mMリン酸緩衝液(10mMのNaCl含有)/メタノール=1/9の混合溶媒を用いた。これに各種味覚成分の溶液を添加し、種々の味覚成分濃度の条件において蛍光強度を測定した。味覚成分添加後10分後に測定を行った。なお、味覚成分の溶液を添加することでpHが変わらないように、味覚成分溶液も同じリン酸緩衝液を溶媒として用いた。
【0065】
その結果、いずれのポリチオフェン誘導体についても、味覚成分の添加に伴い蛍光強度の減少が得られ、味覚成分の存在を消光型応答として検出できることを確認した。さらに、蛍光強度の味覚成分濃度依存性を測定し、各味覚成分についてシュテルン-フォルマープロットから消光定数(Ksv)を算出した。
【0066】
化合物11bのセンサ材料のグルコース濃度0~20mMに対するシュテルン-フォルマープロットを図2に示す。なお、0~4mMと4~10mMで傾きが異なっていたため、2つの領域に分けて消光定数を算出した。その結果、グルコース濃度0~4mMの領域では56M-1であり、グルコース濃度4~10mMの領域では38M-1と算出された。
【0067】
他のセンサ材料及び他の味覚成分についても、同様に消光定数を算出した結果を以下に示す表2にまとめる。
【表2】
【0068】
表2に示すように、糖類であるグルコース及びフルクトースの消光定数は他のポリオール化合物よりも小さい値であった。これは、ボロン酸は捕捉に2つのOH基を必要とする点、センサ材料はピリジニウムイオンになっておりプラスチャージを帯びており味覚成分の分子中のCOOH基と静電相互作用する点、OH基をたくさん持つ化合物は多点で捕捉できる点などで説明することができる。例えば、カフタリック酸、酒石酸、リンゴ酸、乳酸の構造を見るとカフタリック酸はOH基が3つとCOOHが2つ、酒石酸はOH基とCOOH基が2つずつ、リンゴ酸はOH基が1つとCOOH基が2つ、乳酸はOH基もCOOH基も1つずつとなっており、消光定数はカフタリック酸>酒石酸>りんご酸>乳酸の順になっている。カフタリック酸は酒石酸とコーヒー酸がエステルで繋がれた構造を持っており、カフタリック酸の方が酒石酸より1ケタ応答が強いことから、コーヒー酸の1,2-ベンゼンジオールの部分が応答の高さに寄与していると考えられる。
【0069】
一方で、カテキンやプロシアニジンC1は、分子中に1,2-ベンゼンジオール部位を含むOH基を多く有することから応答が高いものと考えられる。なお、プロシアニジンC1に関しては、カテキンの3量体になるが、1,2-ベンゼンジオール部位が3つあるため多点認識することができ、その結果、カテキンよりも応答が良くなっていると考察した。
【実施例3】
【0070】
3.センサチップアレイの作製及び多成分同時検出
次いで、マイクロプレート上に本発明のセンサ材料を固定化したセンサアレイチップを作製し、味覚成分の多成分同時検出を行った。
【0071】
具体的な手順を図3に示す。100μMのセンサ材料(実施例1で得られた化合物11b~11d)のゲル溶液を1mmφの穴が開いているセンサアレイに打ち込む。各センサ材料に対して216点(検出対象9種×n数24)打ち込み、合計で648点マイクロアレイプレートに打ち込んだ。ゲルは、市販のAdvanSource社製「Hydro Med D4」を用いた。次に、乾燥させ水(NaCl 10mM入り10mMリン酸緩衝液)を滴下し再度乾燥させた。乾燥後、Anatech製フルオロホレスターで写真を撮り初期の蛍光強度Ioを確認した。続いて検出対象物質である味覚成分溶液を打ち込む(1検出対象に対し色素3種×n数24)。この後、乾燥させた後、再度写真で蛍光強度Iを確認した。ここでは、1つのマイクロアレイプレートに対し励起波長とカメラの受光波長の組み合わせで8種類の条件で撮像を行った。具体的な撮像条件は以下である。
【表3】
【0072】
各ウェルについて、n=24回測定を行い、合計で5184個のデータを測定した(センサ材料が3種、味覚成分が9種、n数が24、撮像条件が8種類)。さらに、n=24のうち、ばらつきが大きいもの4つを削除し、n=20とし、最終的にデータ数を4320個とした。
【0073】
得られたデータ群について、HULINKS社製のソフトウェアSYSTATに入力し、クラスター分析の1種であるLDA(Linear discriminant analysis)を行った。その結果、味覚成分ごとに分類されたLDAプロットが得られ(図4)、判別の成功確率(Classification)は99%(178/180)という高精度のものだった。
【0074】
さらに、味覚成分として、フルクトース、酒石酸、プロシアニジンC1を以下の表に示す割合で混合したサンプル溶液について、本発明のセンサ材料(実施例1で得られた化合物11b~11d)を用いて蛍光応答の測定を行った。
【表4】
【0075】
取得したデータをEigenvector社のソフトウェアSoloで機械学習の1種であるSVM(サポートベクターマシン)による学習を行った。学習の際は水準4および9のデータを抜き取り、それ以外のデータでSVMを用いてキャリブレーション(検量線のようなもの)を引いた。この直線上に、上記表中の水準4と9のデータが乗るかどうかを確認することで多成分混合系でも、味覚成分の種類と濃度を識別することが可能かについて確認した。
【0076】
その結果、図5~7に示すように、フルクトース、酒石酸、プロシアニジンC1のいずれについても、直線に対応したプロットとなり、ほぼ正確に味覚成分の種類と濃度を識別できることを確認した。
【実施例4】
【0077】
4.ワイン試料における成分分析
実施例3と同様にマイクロプレート上に本発明のセンサ材料を固定化したセンサアレイチップを用いて、実際のワイン試料について味覚成分の分析を行った。
【0078】
マイクロプレートの作製及び検出手順を図8に示す。実施例1で得られたセンサ材料を含むゲル溶液をセンサアレイに打ち込み、ゲルを乾燥させた後、リン酸緩衝液を滴下し再度乾燥させた。乾燥後、フルオロホレスターで初期の蛍光強度Ioを確認した。続いて、検出対象物質であるワイン試料をセンサアレイに打ち込み、乾燥させた後、再度写真で蛍光強度Iを確認し、画像解析を行った。
【0079】
検出対象としたワイン試料の詳細は以下のとおりである。
成分1: 赤ワイン(Cabernet Sauvignon種)の原液
成分2: 水
成分3: 200μM プロシアニジンC1溶液 (成分4に溶解)
成分4: 20mM pH7.0リン酸緩衝液 (20mM NaCl含有)
【0080】
成分1~4を合計500μLとなるように、以下の表に示す割合で混合してワイン試料を調製した。
【表5】
【0081】
調製したワイン試料を用いて、当該試料中に含まれるプロシアニジンC1の定量分析を行った。解析はサポートベクターマシーン (SVM) を用いて行った。結果を図9に示す。図中の「RMSEC」と「RMSEP」は、それぞれキャリブレーション(Calibration)と予測値(Prediction)の二乗平均平方根誤差 (root-mean-square errors, RMSE) を意味し,回帰直線モデルの構築における正確性を示す指標となるものである。図9に示すように、実測値と予測値が良好な直線関係のプロットとなり、実ワイン中においても、RMSEPが1.68という低エラー値でワインの渋み成分であるプロシアニジンC1を定量的に予測できることが実証された。
【0082】
以上の結果は、側鎖に認識部位を有するπ共役系重合体を含む本発明のセンサ材料によって、高感度かつ高選択的に味覚成分の検出が達成できることを実証するものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9