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特許7596531DNA検出方法およびDNA検出システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-29
(45)【発行日】2024-12-09
(54)【発明の名称】DNA検出方法およびDNA検出システム
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6844 20180101AFI20241202BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20241202BHJP
   C12Q 1/6848 20180101ALI20241202BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20241202BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20241202BHJP
【FI】
C12Q1/6844 Z
C12M1/00 A ZNA
C12Q1/6848 Z
C12Q1/686 Z
C12M1/34 B
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2023527177
(86)(22)【出願日】2021-06-07
(86)【国際出願番号】 JP2021021633
(87)【国際公開番号】W WO2022259334
(87)【国際公開日】2022-12-15
【審査請求日】2023-11-16
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】弁理士法人一色国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 淳子
(72)【発明者】
【氏名】中川 樹生
(72)【発明者】
【氏名】石田 猛
(72)【発明者】
【氏名】香村 惟夫
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-150824(JP,A)
【文献】国際公開第2020/261858(WO,A1)
【文献】特開2020-103095(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/6844
C12M 1/00
C12Q 1/6848
C12Q 1/686
C12M 1/34
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターと複数種類の検出対象のDNAとを含有する検体溶液を複数の微小画分に分割する第1の工程と、
前記微小画分を含む微小区画の中で核酸増幅反応を行う第2の工程と、
前記微小区画の各において、温度変化に伴って、前記蛍光標識プローブまたは前記DNAインターカレーターからの蛍光強度を測定する第3の工程と、
前記測定した各蛍光強度から、前記検出対象のDNAの融解温度を算出する第4の工程と、を含むDNA検出方法であって、
気泡の影響を受けた前記微小区画として、第3の工程において測定された各蛍光強度から作成された融解曲線の微分曲線のピーク数が予め設定した所定値以上であり、隣接する2以上の前記微小区画の前記ピーク数が前記所定値以上である微小区画を特定する第5の工程と、
前記複数の微小区画で得られた総データから、前記気泡の影響を受けた前記微小区画のデータを除去する第6の工程と、
をさらに含む、DNA検出方法。
【請求項6】
第5の工程において、隣接する2以上の前記微小区画において、前記微分曲線のピーク数が前記所定値以上である微小区画が選択され、かつ
第5の工程において、単独の前記微小区画において、前記微分曲線のピーク数が前記所定値以上である微小区画は選択されない、請求項5に記載のDNA検出方法。
【請求項8】
第4の工程において、前記各微小区画において、前記融解温度に基づき前記複数の検出対象のDNAの種類が判別され、
第5の工程において、種類が判別された前記DNAの各種類について、さらに所定の基準融解温度を表す情報に基づいて前記微小区画が特定される、請求項1、3~7のいずれか1項に記載のDNA検出方法。
【請求項11】
蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターを含有するDNA溶液を入れるための複数の微小区画を有する第1の装置と、
第1の装置の画像を撮像するための第2の装置と、
前記複数の微小区画において核酸増幅反応を行うために、前記複数の微小区画の温度を調整するための第3の装置と、
前記複数の微小区画において、温度変化に伴って変化する蛍光強度を取得するために、第2の装置に画像を撮像させる、第2の装置を制御するための第4の装置と、
取得された前記複数の微小区画の前記蛍光強度から、前記検出対象のDNAの融解温度を算出し、
気泡の影響を受けた前記微小区画として、前記蛍光強度から作成された融解曲線の微分曲線のピーク数が予め設定した所定値以上であり、隣接する2以上の前記微小区画の前記ピーク数が前記所定値以上である微小区画を特定し、
前記複数の微小区画で得られた総データから、前記気泡の影響を受けた前記微小区画のデータを除去する、第5の装置と、
を備えたDNA検出システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はDNA検出方法およびDNA検出システムに関し、とくにデジタルPCRに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の遺伝子検査には、PCR(特許文献2-4)やリアルタイムPCR(非特許文献1)などの手法がある。これらの手法では、検出対象となる遺伝子(本明細書では、「対象遺伝子」と称する)が微量なときに測定再現性が低下する。
【0003】
この問題を解決する手法として、デジタルPCR(特許文献1)が開発された。デジタルPCRを用いると、限界希釈したサンプルを用いてDNAを0(無し)か1(有り)かで判定し、検出することで微量なDNAを定量できる。
【0004】
デジタルPCRを用いて検体中のDNAを定量する方法の一例を以下に示す。まず、検体からPCR反応液を調整する際、PCR反応液をプレートのウェルに、またはオイル中のドロップレットとして分割したとき、各微小分画(aliquot)にそれぞれ、1分子の対象遺伝子が入っているか、入っていないかのいずれかになるように、検体を希釈し、PCRに必要となるDNAポリメラーゼ、プライマー、蛍光標識プローブを加えて、PCR反応液を調製する。そして、得られたPCR反応液を、上述のように微小分画に分ける。
【0005】
次に、各微小分画中の対象遺伝子を、PCRにより増幅する。PCR終了後に各微小分画の蛍光強度を測定し、閾値を超える蛍光強度をもつ微小区画の数をカウントする。得られた値から、検体に含まれる対象遺伝子の量を算出することができる。
【0006】
このようなデジタルPCRでは、限界希釈した検体を用いるため、PCRの反応を阻害する要因となる検体由来成分の影響を抑えることができる。また、検量線を必要としないため、対象とするDNAの絶対量を直接測定できる。
【0007】
ところで、従来のPCRでは、反応液中の反応阻害物の存在、テンプレートDNAの二次構造の形成、プライマーの設計不備などの理由により、反応効率が低下した。
【0008】
一方、デジタルPCRでは、反応のエンドポイントにおいてDNAを0か1かで検出するため、PCRの反応効率自体は測定結果に大きく影響しないとされてきた。しかし実際には、エンドポイントで測定しても、各微小分画間で反応効率が不均一であることで、蛍光強度が大きくばらつく。このことが、デジタルPCRの測定再現性および測定精度が低下する原因となっていた。
【0009】
そこで、本発明者らは、デジタルPCRの測定再現性および測定精度の向上のため、融解曲線分析によりPCR増幅産物の融解温度(Tm)を測定することによって、各微小分画間のPCR反応効率が不均一であっても、各微小分画内の対象遺伝子の有無が判別できる技術を開発した(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特表2013-521764号公開公報
【文献】米国特許第4683195号公報
【文献】米国特許第4683202号公報
【文献】米国特許第4800159号公報
【文献】特開2018-108063号公開公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】Genome Res.,10,pp986-994,1996
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、融解曲線分析を用いたデジタルPCRでは、Tm算出のための蛍光画像取得の際に検体の微小分画の入った微小区画(microcompartment)近傍に気泡が発生すると、Tm値が誤った値として算出されてしまうという問題が生じた。融解曲線分析を用いたデジタルPCRでは、検体を微小分画に分割し、平面上に配置した微小区画内で、微小分画中の対象遺伝子を増幅後、微小区画の蛍光画像を温度を変えながら取得し、微小区画ごとに蛍光強度変化から微小分画内の遺伝子の融解温度を算出する。この際、蛍光画像取得中に温度が高温になるところで気泡が発生しやすい。特に、微小区画として基板に設けられた貫通穴を用い、貫通穴に添加したPCR反応液をオイルなどで塞いで反応を起こさせた場合や、オイル中のドロップレットを流路内で平面上に並べて反応を起こさせた場合などは、オイル中に気泡が発生することがある。発生した気泡が蛍光画像取得時に動くことにより、各微小区画の蛍光強度は変動し、融解曲線のノイズとなる。その結果、微小区画内の遺伝子の融解温度とは異なる数値が算出されてしまい、対象遺伝子の定量が正しく行われない場合があった。
【0013】
そこで、本発明の目的は、融解曲線分析を用いたデジタルPCRにおいて、発生した気泡近傍に位置する微小区画を測定装置により検知し、対象遺伝子を精度よくカウントする、新規なDNA検出方法およびDNA検出システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、融解曲線分析を用いたデジタルPCRにおいて、添加した検体に含まれる遺伝子型とは異なる融解温度が算出された微小区画を解析した結果、そのような微小区画の位置が偏在していること、そして、その原因が気泡の存在であることがあきらかになった。そこで、気泡近傍に位置する微小区画を解析データから除くことにより、遺伝子型の誤判定が低減することを見出し、本発明の完成に至った。
【0015】
本発明の一実施態様は、蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターと複数種類の検出対象のDNAとを含有する検体溶液を複数の微小画分に分割する第1の工程と、前記微小画分を含む微小区画の中で核酸増幅反応を行う第2の工程と、前記微小区画の各において、温度変化に伴って、前記蛍光標識プローブまたは前記DNAインターカレーターからの蛍光強度を測定する第3の工程と、前記測定した各蛍光強度から、前記検出対象のDNAの融解温度を算出する第4の工程と、気泡の影響を受けた前記微小区画を特定する第5の工程と、前記複数の微小区画で得られた総データから、前記気泡の影響を受けた前記微小区画のデータを除去する第6の工程と、を含む、DNA検出方法である。第5の工程において、前記気泡の影響を受けた前記微小区画として、第3の工程において測定された各蛍光強度から作成された融解曲線の微分曲線のピーク数が所定値以上である微小区画が特定されてもよい。また、第5の工程において、隣接する2以上の前記微小区画が、前記気泡の影響を受けた前記微小区画として特定された場合に、第6の工程において、当該隣接する2以上の前記微小区画のデータが除去され、かつ第5の工程において、単独の前記微小区画が、前記気泡の影響を受けた前記微小区画として特定された場合に、第6の工程において、当該単独の前記微小区画のデータが除去されなくてもよい。また、第5の工程において、前記気泡の影響を受けた前記微小区画が、前記微小区画の画像の解析によって特定されてもよい。また、第5の工程において、第3の工程において測定された各蛍光強度から作成された融解曲線の微分曲線のピーク数が所定値以上である微小区画が選択され、前記選択された微小区画の画像の解析によって前記気泡の影響を受けているかどうかが確認されることによって、前記気泡の影響を受けた前記微小区画が特定されてもよい。また、第5の工程において、隣接する2以上の前記微小区画において、前記微分曲線のピーク数が所定値以上である微小区画が選択され、かつ第5の工程において、単独の前記微小区画において、前記微分曲線のピーク数が所定値以上である微小区画は選択されなくてもよい。さらに、第1の工程において、前記DNA溶液は限界希釈されていてもよい。第4の工程において、前記各微小区画において、前記融解温度に基づき前記複数の検出対象のDNAの種類が判別され、第5の工程において、種類が判別された前記DNAの各種類について、さらに所定の基準融解温度を表す情報に基づいて前記微小区画が特定されてもよい。前記微小区画は、アレイ状に配列されたウェル、またはオイル中に分散するドロップレットによって構成されてもよい。第4の工程において、前記融解温度は、第3の工程において測定された各蛍光強度から作成された融解曲線の変曲点として算出されてもよい。
【0016】
本発明の他の実施態様は、蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターを含有するDNA溶液を入れるための複数の微小区画を有する第1の装置と、第1の装置の画像を撮像するための第2の装置と、前記微小区画において核酸増幅反応を行うために、前記微小区画の温度を調整するための第3の装置と、前記微小区画において、温度変化に伴って変化する蛍光強度を取得するために、前記撮像装置に画像を撮像させる、撮像装置を制御するための第4の装置と、取得された前記微小区画の前記蛍光強度から、気泡の発生を検知するための第5の装置と、を備えたDNA検出システムである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によって、融解曲線分析を用いたデジタルPCRにおいて、発生した気泡近傍に位置する微小区画を検知し、対象遺伝子をより精度よく定量できる、新規なDNA検出方法およびDNA検出システムが提供できるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施形態におけるDNA検出方法において、蛍光標識プローブを用いてDNAの融解温度を測定する方法を示す模式図である。
図2】本発明の一実施形態におけるDNA検出方法において、微小区画として、PCR反応液のドロップレットを捕捉するための窪みを用いた場合のドロップレットと気泡の関係を示す模式図である。
図3】本発明の一実施形態におけるDNA検出方法において、微小区画としてウェルを用いた場合のウェルと気泡の関係を示す模式図である。
図4】本発明の一実施形態における、温度変化に伴うウェルが含む蛍光色素の蛍光強度に係るデータと、温度変化に伴う各ウェルの蛍光強度変化から得られる融解温度に係るデータをしめす図である。
図5】本発明の一実施形態におけるDNA検出方法による測定結果を示す図である。
図6】本発明の一実施形態における蛍光測定部の模式図である。
図7】本発明の一実施形態におけるデジタルPCRシステムの模式図である。
図8】本発明の一実施形態においてDNA検出方法において用いるデータベースを示す図である。
図9図6および図7の装置を用いて融解温度測定を行う方法の一実施態様を示すフローチャートである。
図10】本発明の一実施形態における、モニターに表示される測定結果をしめす図である。
図11】本発明の一実施形態における、モニターに表示される測定結果をしめす図である。
図12】本発明の実施例において得られた測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の目的、特徴、利点、およびそれらに係るアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかである。本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施形態および具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示または説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図および範囲から逸脱することなく、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0020】
(1)DNA検出方法
本明細書に開示される一実施形態は、蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターと複数種類の検出対象のDNAとを含有するDNA溶液を複数の微小画分に分割する第1の工程と、微小画分を含む微小区画の中で核酸増幅反応を行う第2の工程と、微小区画の各において、核酸増幅反応における温度変化に伴って、蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターからの蛍光強度を測定する第3の工程と、測定した各蛍光強度から、検出対象のDNAの融解温度を算出する第4の工程と、気泡の影響を受けた微小区画を特定する第5の工程と、複数の微小区画で得られた総データから、気泡の影響を受けた微小区画のデータを除去する第6の工程と、を含むDNA検出方法である。以下、このDNA検出方法を、図1~7の模式図を参考にして、具体的に説明する。
【0021】
(第1の工程)
本工程においては、蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターと複数種類の検出対象のDNAとを含有する検体溶液を複数の微小画分に分割する。
【0022】
まず、生体試料に由来する、DNAを含む検体溶液を準備する。検体溶液は、複数の種類の対象遺伝子を含有してもよい。この検体溶液をPCR反応液に添加する。PCR反応液は、DNAポリメラーゼと、プライマーと、DNAインターカレーターまたは蛍光標識プローブと、デオキシリボヌクレオチド類と、緩衝液とを含む。これによって、検体溶液は、蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターを含有するものとなる。蛍光標識プローブとしては、対象遺伝子にハイブリダイズできる構造を有するように設計されたモレキュラービーコンを用いることが好ましい。
【0023】
検体溶液は、微小区画中に微小分画する。微小分画する際、検体溶液を限界希釈し、各微小区画にDNAが0分子または1分子入るように分画するのが好ましい。
【0024】
用いる生体試料は特に限定されないが、検出対象のDNAを含む試料であればよく、個体試料(動植物の体液や組織、細胞、排泄物など)または土壌サンプル(真菌や細菌などが含まれる)などが例示できる。体液として、血液、唾液、髄液などが例示できる。血液中には、セルフリーDNA(cfDNA)および血中循環腫瘍DNA(ctDNA)などが含まれる。組織としては、外科手術や生検法によって得られた疾患の患部(例えば、乳房や肝臓などのがん組織)が例示できる。組織はすでに固定された組織であってもよく、例えばホルマリン固定パラフィン包埋組織切片(FFPE)でもよい。細胞としては、生検法によって採取した細胞(患部またはその付近のもの)や、血液中を循環する血中循環腫瘍細胞などが例示できる。
【0025】
これらの検体の前処理は特に限定されず、生体や環境などから採取後、懸濁液に添加してホモジネートしたり、あるいは溶解液で溶解させたりしたものをそのまま用いてもよいが、それらに含まれる核酸を抽出したり、精製したものを用いることが好ましい。
【0026】
(第2の工程)
本工程においては、微小画分を含む各微小区画の中で核酸増幅反応を行う。核酸増幅反応は、いわゆるPCR、特にデジタルPCRであることが好ましい。
【0027】
(第3の工程)
本工程においては、微小区画の各において、温度変化に伴って、蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターからの蛍光強度を測定する。この温度変化は、核酸増幅反応中での温度変化を利用してもよく、核酸増幅反応とは独立に(例えば、核酸増幅反応完了後に)、検体溶液を昇温させることによって行ってもよい。また、この工程で使用する蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターは、PCRのための蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターと共用してもよいが、PCRのための蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターとは別のものを用いてもよい。
【0028】
図1は、反応液の温度を変化させたときの蛍光標識プローブの挙動を示す模式図である。蛍光標識プローブは、モレキュラービーコンやTaqmanプローブが例示できるが、ここではモレキュラービーコンを例として、図1を説明する。モレキュラービーコンはオリゴヌクレオチドとして構成され、対象遺伝子を増幅させる核酸増幅反応に用いられるプライマーペアの間にある配列に相補的な配列を有する。また、モレキュラービーコンは、その両端に互いに相補的な配列を有し、一端には蛍光色素103が、他端には消光色素(クエンチャー)104が、それぞれ設けられている。核酸増幅反応では、初期状態において、図1Bのように、モレキュラービーコン102が単独で遊離して存在する。その時は、モレキュラービーコン102はステムループを形成し、蛍光色素103とクエンチャー104が近接しているため、蛍光は発しない。最初の変性工程で、検体溶液を加熱すると、図1Cのように自由度の高い構造をとるが、蛍光色素と消光色素が常時離れることはないので、蛍光が消光したままである。アニーリング工程で、温度を下げ、室温程度の温度になると、図1Aのように検体溶液内で増幅したDNA101にモレキュラービーコン102のループ部分がアニールする。これによって、蛍光色素103とクエンチャー104が常に離れるため、蛍光標識プローブ102は強い蛍光を発する。次の伸長工程において、モレキュラービーコン102が遊離し、再度図1Bのようになり、蛍光が消光する。次の変性工程では、再度図1Cのようになり、蛍光が消光したままである。核酸増幅反応では、この工程が繰り返されるので、どこかの段階で、加温時または冷却時に蛍光強度を測定すればよい。核酸増幅反応完了後に蛍光強度を測定する場合も、同様にして測定できる。DNAインターカレーターを用いる場合は、検体DNAが二重鎖の時にDNAインターカレーターが二重鎖の間にインターカレートして蛍光を発するが、検体DNAが一重鎖の時にはDNAインターカレーターが遊離して、蛍光が消光する。従って、核酸増幅反応では、モレキュラービーコン102と同様、どこかの段階で、加温時または冷却時に蛍光強度を測定すればよい。核酸増幅反応完了後に、蛍光強度を測定するためだけに、加温または冷却して、蛍光強度を測定してもよい。
【0029】
ここで用いるモレキュラービーコン102において、蛍光色素103およびクエンチャー104の組み合わせは、一般的にリアルタイムPCRに用いられている組み合わせであれば特に限定されない。たとえば、蛍光色素103の例としてFAM、VIC、ROX、Cy3、Cy5など、クエンチャー104の例としてTAMRA、BHQ1、BHQ2、BHQ3などが挙げられる。
【0030】
対象遺伝子として、異なる配列を有する2種類のものが用いられているとき、モレキュラービーコン102の配列は、対象遺伝子のそれぞれに特異的なものを用意し、異なる蛍光色素を結合させることで、一つの反応系で、2種類の対象遺伝子を検出することができる。
【0031】
DNAインターカレーターとしては、2本鎖DNAと結合することによって蛍光強度が増加し、2本鎖DNAの検出に用いることのできるものであれば、特に限定されない。具体的には、SYBR(登録商標) Green I、SYBR Gold、PicoGreen(登録商標)、SYTO(登録商標) Blue、SYTO Green、SYTO Orange、SYTO Red、POPO(登録商標)-1、BOBO(登録商標)-1、YOYO(登録商標)-1、TOTO(登録商標)-1、JOJO(登録商標)-1、POPO-3、LOLO(登録商標)-1、BOBO-3、YOYO-3、TOTO-3、PO-Pro(登録商標)-1、YO-Pro(登録商標)-1、TO-Pro(登録商標)-1、JO-Pro(登録商標)-1、PO-Pro-3、YO-Pro-3、TO-Pro-3、TO-Pro-5、エチジウムブロマイド、等が適用可能である。DNAインターカレーターが熱耐性である場合、核酸増幅反応を行う前から反応液に添加しておくことができる。
【0032】
(第4の工程)
本工程においては、測定した各蛍光強度から、検出対象のDNAの融解温度を算出する。融解温度の算出方法は特に限定されず、蛍光強度と温度の関数を得て、その関数の導関数を求め、極大値を取る温度を計算によって求めて、融解温度としてもよい。あるいは、蛍光強度と温度の関数をグラフにプロットして融解曲線(すなわち温度変化に対する蛍光強度変化を表す曲線)を作成し、さらに蛍光強度を温度で微分した結果の微分曲線を作成し、そのピークに対応する温度を融解温度としてもよい。融解曲線の一例を図4Aに示し、この融解曲線から得られる微分曲線を図4Bに示す。融解曲線の変曲点に対応する温度が、微分曲線のピークに対応し、DNA二重鎖の融解温度401として算出されている。なお、対象遺伝子を検出するための蛍光標識プローブの融解温度は、蛍光標識プローブの設計時に公知技術に基づいて調節可能である。たとえば、プローブの配列や鎖長を変えることで調節することができる。または、Peptide Nucleic Acid(PNA)やLocked Nucleic Acid(LNA)のような人工DNAを利用することで調節することもできる。
【0033】
(第5の工程)
本工程においては、第4の工程で算出した融解温度から気泡の影響を受けた微小区画を特定する。
【0034】
一例として、図2および3に、融解曲線分析を用いたデジタルPCRにおいて微小区画近傍に発生した気泡の挙動を示す。
【0035】
図2に例示するカートリッジ204は、微小区画として、PCR反応液のドロップレットを捕捉するための窪みを有する。図2Aに示すように、カートリッジ204の内部はオイル203で満たされており、カートリッジ204内部に設けられたドロップレット補足用のくぼみ202にドロップレット201は捕捉されている。融解曲線分析を用いたデジタルPCRにおいては、温度変化させながらドロップレットの蛍光画像を取得し、ドロップレットごとに融解曲線分析を行う。その際、カートリッジ204の中に気泡205が発生することがあり、特に高温になると、気泡が発生する頻度が高い。ドロップレット201の下に気泡205が存在すると蛍光強度測定のノイズとなるため、図2Bのようにカートリッジ204を傾けて気泡をドロップレット201の下から逃がすことが必要である。しかし、図2Cのようにドロップレット201がドロップレット捕捉用のくぼみ202に均等に捕捉されていない場合、カートリッジ204を傾けても、空のドロップレット捕捉用のくぼみ202に気泡205が捕捉されて、気泡近傍のドロップレット201の蛍光強度が正確に測定できないことがある。
【0036】
図3に例示するカートリッジ304は、微小区画として、PCR反応液を収容するためのウェルを有する。図3Aに示すようにカートリッジ304の内部はオイル303で満たされており、カートリッジ304内部に設けられた貫通穴チップ302のウェルにPCR反応液301が添加されている。ウェルを使用した場合もドロップレットと同様に、カートリッジ304の中に気泡305が発生することがある。特に高温において、気泡305は発生しやすい。貫通穴チップ302の下に気泡305が存在すると蛍光強度測定のノイズとなるため、図3Bのようにカートリッジ304を傾けて気泡を貫通穴チップ302の下から逃がすことが必要である。しかし、図3Cのように貫通穴チップ302にPCR反応液が均等に添加されていない場合、カートリッジ304を傾けてもPCR反応液の液量が少ないウェルの下に気泡305が捕捉されて、気泡近傍のウェルの蛍光強度が正確に測定できないことがある。
【0037】
図4に、気泡が発生しない場合と発生した場合の微小区画の融解曲線の例を示す。気泡が発生しない場合、温度変化に伴う微小区画の蛍光強度変化を測定すると、図4Aに示すように滑らかな融解曲線となり、その微分曲線を求めると図4Bに示すように単一のピークをもち、そのピークの温度が融解温度(Tm)401となる。しかし、気泡が発生した場合、温度変化に伴う微小区画の蛍光強度変化を測定すると、図4Cに示すように気泡の動きに伴って蛍光強度が変動する。そのため、微分曲線を求めると図4Dのように複数のピークをもち、微小区画内の対象遺伝子の融解温度が特定できなかったり、誤った融解温度となったりすることがある。
【0038】
(第6の工程)
本工程においては、複数の微小区画で得られた総データから、気泡の影響を受けた微小区画のデータを除去する。
【0039】
図5に、気泡が発生しない場合と発生した場合の微小区画の融解曲線分析結果の例を示す。図5Aに示すように、野生型アレルを有する対象遺伝子を含む微小区画では野生型アレルの蛍光標識プローブに対応した融解温度501が、変異型アレルを有する対象遺伝子を含む微小区画では変異型アレルの蛍光標識プローブに対応した融解温度502が検出される。しかし、気泡が発生した場合、図5Bに示すように、野生型アレルを有する対象遺伝子を含む微小区画が誤って野生型アレルの融解温度とは異なる値の融解温度503や504を示すことがある。その結果、野生型アレルの融解温度とは異なる値の融解温度503の分布と変異型アレルの融解温度502の分布が重なり、野生型アレルを有する対象遺伝子を含む微小区画を、変異型アレルを有する対象遺伝子を含む微小区画として特定することがある。逆に、変異型アレルを有する対象遺伝子を含む微小区画が誤って変異型アレルの融解温度とは異なる値の融解温度を示し、変異型アレルを有する対象遺伝子を含む微小区画を、野生型アレルを有する対象遺伝子を含む微小区画として特定することもある。ここで、気泡の発生を検知し、気泡近傍の微小区画の位置が分かれば、野生型アレルの融解温度とは異なる値の融解温度503を示す微小区画を解析データから除去することができ、微小区画内の遺伝子の誤判定を低減し、より高精度な遺伝子検出が可能になる。
【0040】
(2)DNA検出システム
本明細書に開示のDNA検出システムは、DNA溶液中の対象遺伝子を検出することを目的とし、蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターを含有するDNA溶液を入れるための複数の微小区画を有する第1の装置と、第1の装置の画像を撮像するための第2の装置と、微小区画において核酸増幅反応を行うために、微小区画の温度を調整するための第3の装置と、微小区画において、温度変化に伴って変化する蛍光強度を取得するために、撮像装置に画像を撮像させる、撮像装置を制御するための第4の装置と、取得された微小区画の蛍光強度から、気泡の発生を検知するための第5の装置と、を備える。このDNA検出システムは、上述したDNA検出方法を実行する。
【0041】
このDNA検出システムは、上述の各装置のほか、DNA溶液から放出される蛍光の強度を測定するための第6の装置と、DNA溶液の温度変化に伴う蛍光の強度の変化を表す融解曲線に基づいてDNA二重鎖の融解温度を算出するコンピューターと、コンピューターから送信される情報を表示するモニターとを備えてもよい。これらの装置は、物理的に単一の装置の中にあってもよく、各々単独の装置として存在してもよく、いくつかの装置が組み合わされて単一の装置となる一方、他の装置が独立して存在してもよい。
【0042】
DNA溶液は、どのような担体で保持されていてもよく、例えば、図2に示すように、プレートやカートリッジなどに設けられた窪みにドロップレットとして存在してもよく、図3に示すように、プレートやカートリッジなどが有するウェルに収容されてもよい。DNA検出システムの例として、図6および図7を用いて、蛍光測定部を有するDNA検出システムを示す。
【0043】
図6は、DNA溶液から放出される蛍光の強度を測定するための蛍光測定部の模式図であり、図7は、デジタルPCRシステムの模式図である。図6の蛍光測定部は、限界希釈されたドロップレットまたはウェルが含む蛍光色素の色と蛍光強度を測定する。図7のデジタルPCRシステムは、図6に例示される蛍光測定部と、DNA二重鎖の融解温度を算出したり、測定データを解析したりするコンピューターと、結果を表示するモニターとを備える。
【0044】
図6Aに示す蛍光測定部は、光源604と、蛍光フィルター605と、フォトマルチプルメーターやカメラ607などの検出部とを備える。蛍光測定部は、蛍光色素の色ごとに複数の光源および/または複数の検出部を設けてもよいが、1つの光源から複数の蛍光フィルター605を介して、励起波長の異なる複数の蛍光色素を励起し、1つの検出部が複数の蛍光フィルター605を介して波長の異なる複数の蛍光を同時に検出してもよい。
【0045】
例えば、図6Bに示すように、複数のドロップレット611を、図2に示すようなドロップレット検出用カートリッジ610にアレイ状に配列し、温度調整部である温調ステージ612の上にセットする。温調ステージ612は、各区画において核酸増幅反応を行うために、各区画の温度を変化させる。温調ステージ612でドロップレット検出用カートリッジの温度を変化させ、温度変化に伴うドロップレットの蛍光強度変化を測定する。対象遺伝子を含むドロップレット601と、対象遺伝子を含まないドロップレット602とで、蛍光強度はそれぞれ異なる変化をする。
【0046】
測定の手順はたとえば次のようなものである。まず、光源604からレンズ608、蛍光フィルター605およびダイクロイックミラー609を通して、励起光を各ドロップレット611に照射する。励起光により各ドロップレット611に含まれる蛍光物質が励起され、発する蛍光をダイクロイックミラー609、蛍光フィルター605、レンズ608を通してCCDカメラ607で検出する。CCDカメラ607は撮像装置の例である。
【0047】
また、図6Cに示すように、図3に示すようなウェル方式検出用カートリッジ613を用いてもよい。ウェル方式検出用カートリッジ613に設けられたウェルに、検体を含む反応液を添加する。その後、ウェル内でPCRを行い、温度調整部である温調ステージ612の上にセットする。温調ステージ612によってカートリッジ613の温度を変化させ、温度変化に伴うウェルの蛍光強度変化を測定する。対象遺伝子を含むウェル614と、対象遺伝子を含まないウェル615とで、蛍光強度はそれぞれ異なる変化をする。
【0048】
測定の手順はたとえば次のようなものである。まず、光源604からレンズ608、蛍光フィルター605およびダイクロイックミラー609を通して、励起光を各ウェルに照射する。励起光によりウェル内の反応液に含まれる蛍光物質が励起され、発する蛍光をダイクロイックミラー609、蛍光フィルター605、レンズ608を通してCCDカメラ607で検出する。図6Dのようにウェルを用いた場合、ドロップレットをドロップレット検出用カートリッジに配列する工程なしに、カートリッジ613内でPCRから融解曲線分析まで行える。
【0049】
温度変化に伴う微小区画の蛍光強度変化を観察する際は、温調ステージ612の下に傾斜調整部(図示せず)を設けてもよい。傾斜調整部は、温調ステージ612による加熱によってカートリッジ内に発生した気泡を除去する。これは、その後、温調ステージ612により試料の温度を下降させながら各ウェルの蛍光強度を計測する際に、気泡によって蛍光画像が取得できなくなるのを防ぐ。
【0050】
図7に示すように、蛍光測定部701で検出された蛍光データは、コンピューター702に送られる。コンピューター702において、解析部703で増幅産物の融解温度が算出され、メモリー705に保存される。このように、メモリー705は、各微小区画中のDNAの二重鎖の融解温度を記憶する。なお、後述のように、融解温度は、撮像装置により撮像された画像における、温度変化に伴う蛍光強度の変化に基づいて得られる。
【0051】
また、あらかじめ遺伝子の種類と融解温度との関係がデータベース704に準備されている。とくに、データベース704は、対象遺伝子の野生型や変異型それぞれについて、基準となる所定の融解温度(以下、基準融解温度と称する)を表す情報を格納する。データベース704を参照して、メモリー705の融解温度の測定値に基づいて対象遺伝子の遺伝子型を特定する。その後、それぞれの遺伝子型について、特定した微小区画の数を測定する。
【0052】
測定結果はモニター706に表示される。モニター706は出力装置の例であり、モニター706における表示処理を他の出力装置(印刷装置、不揮発性記憶装置、等)への出力処理に置き換えてもよい。
【0053】
本明細書に開示のDNA検出システムは、サンプル分割装置を備えてもよい。サンプル分割装置は、対象遺伝子を含有するDNA溶液を限界希釈し、微小画分に分割する。
【0054】
また、このDNA検出システムは、微小区画に対してDNAを増幅するための増幅装置を含んでもよい。
【0055】
(3)DNA検出システムを用いたDNA検出方法
上述したようなDNA検出システムを用いた、DNAを検出する方法の一実施形態を、図8及び図9を用いて以下に述べる。本実施形態では、核酸増幅反応における蛍光強度の変化を、DNAの融解温度の特定に利用する。また、融解温度の特定に、融解曲線および微分曲線を用いる。
【0056】
図8は、デジタルPCRの計測に先立って準備される、遺伝子の基準融解温度を表す情報を含むデータベースの一例を示す。図8に示すデータは、あらかじめパイロット実験などにより計測し、データベース704として保存しておくことができる。図8の例では、各遺伝子について、その遺伝子の野生型と、その遺伝子の変異型とのそれぞれについて基準融解温度のデータが、データベースとしてメモリーに格納されている。また、この例では、基準融解温度は各遺伝子型に対応している。1つの遺伝子について変異型が複数定義されていてもよい。基準融解温度は、この例では単一の温度を表す値として特定されているが、温度の範囲を表す情報として特定されてもよい。また、この例では、基準融解温度に加え、各遺伝子の各遺伝子型について、蛍光色素の色を示すデータも記憶されている。
【0057】
まず、蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターと複数種類の検出対象のDNAとを含有するDNA溶液を、カートリッジ613内の微小区画に分割する(S901)。本実施形態では、微小区画としてウェルを用いる。
【0058】
ウェルに分割したDNA溶液が核酸増幅反応および融解曲線分析の計測中に蒸発しないように、DNA溶液の上面にオイルを添加することが望ましい。オイルはPCR反応液に不溶性もしくは難溶性であって化学的に不活性な物質が好ましく、また、PCRのような高温での温度変化に対して安定である物質が好ましい。フッ素系オイル、シリコーン系オイル、炭化水素系オイルなどが使用可能である。フッ素系オイルとしては、例えばPerfluorocarbonやHydrofluoroetherなどが挙げられる。フッ素系オイルは、炭素鎖が長いほうが揮発性が低いので好ましい。シリコーン系オイルとしては、例えばPolyphenylmethylsiloxaneやTrimethylsiloxysilicateなどが挙げられる。炭化水素系オイルとしては、例えばミネラルオイルや流動パラフィン、ヘキサデカンなどが挙げられる。オイルは、界面活性剤を添加して用いてもよい。ここで界面活性剤の種類は特に限定されないが、Tween 20、Tween 80、Span80、Triton X-100などが適用可能である。
【0059】
次に、カートリッジ613をサーマルサイクラーにセットする(S902)。
【0060】
まず、各ウェルにおいて、サーマルサイクラーの温度制御により核酸増幅反応を行う(S903)。変性工程、伸長工程およびアニーリング工程を含むサイクルを繰り返すことにより、DNAが増幅する。DNAインターカレーターを用いている場合には、これが増幅したDNAにインターカレートし、モレキュラービーコンを用いている場合には、これが増幅したDNAにハイブリダイズする。これによって、DNAが増幅するとともに蛍光強度が強くなる。各工程の温度、時間、サイクル数などを含む反応条件は、当業者が容易に設定することができる。核酸増幅反応後、温度を室温へと下げると、増幅されたDNAは2本鎖を形成する。
【0061】
このとき、温度調節装置により温度変化させながら、温度変化に伴って変化する蛍光強度を各ウェルについて測定する(S903)。具体的な手順は以下の通りである。カートリッジ613をDNA検出システムの温調ステージ612上に置く。温調ステージ612によりカートリッジ613を温度変化させながら、蛍光測定部701が、各ウェルの蛍光標識プローブまたはDNAインターカレーターからの蛍光強度を測定する。ここで、蛍光強度は、フォトマルチプルメーター606で直接測定してもよいが、蛍光画像を取得し、画像を解析することで、取得してもよい。具体的には、例えば、コンピューター702または他の構成要素が、撮像制御部として機能し、撮像装置に画像を撮像させる。得られた蛍光画像をコンピューター702に送り、蛍光画像から解析部703で各微小区画の蛍光強度を算出する。得られた各微小区画の蛍光強度データをメモリー705に記憶させる。
【0062】
得られた各微小区画の蛍光強度データから、対象遺伝子を含むポジティブウェル、含まないネガティブウェルを判別する(S904)。
【0063】
一方、解析部703は、その蛍光強度データをもとに融解曲線を作成し(S905)、微分曲線のピーク数を算出する(S906)。ポジティブウェルのうち、融解曲線の微分曲線のピーク数が設定数以上のウェルの位置を同定する(S907)。融解曲線の微分曲線のピーク数が設定数以上のウェルの位置が近接していた場合、その位置に気泡が存在すると判別する(S908)。ここで、気泡の検知に用いる情報として、微小区画の蛍光画像全体を用いて画像認識により丸い気泡を検出してもよい。各ウェルの融解曲線から融解温度を算出し、メモリー705に記憶させる(S909)。このように蛍光強度の測定に基づいて算出された融解温度を「測定融解温度」と呼び、予め定義される基準融解温度と区別する。メモリー705中のデータベース704を参照し、蛍光の色と測定融解温度から、基準融解温度を参照し、ウェル内DNAの種類を判別する(S910)。
【0064】
気泡が存在すると判別された領域に含まれるウェルを含めた、または除いた蛍光強度と融解温度の関係のグラフなど解析結果を表示し(S911)、ユーザーが気泡領域のウェルを解析結果に含めるか、除くかを選択する(S912)。
【0065】
最後に、カートリッジ内の対象遺伝子の数をモニターに表示する(S913)。以下、具体的な表示例を示す。
【0066】
図10Aに示すように、微小なウェルが設けられたカートリッジ内のチップ1001のイラストまたは蛍光画像に、気泡が存在すると推定された場所のマーク1002を重ねて表示してもよい。このように気泡近傍の微小区画の位置およびその区画数もモニターに表示すれば、これらの情報をデジタルPCRの精度管理に利用することができる。さらに、蛍光強度と融解温度のグラフ上に、野生型の融解温度範囲1003と変異型の融解温度範囲1004、融解曲線分析により算出された各微小区画のプロット1005を重ね、気泡が存在すると判別された領域に含まれるウェルを含めた解析結果(図10B)と除いた解析結果(図10C)を表示してもよい。それによって、ユーザーはどちらの結果も利用することができるようになる。
【0067】
図11は、モニターに表示される測定結果の一例である。この例は、がん関連遺伝子AおよびBの野生型および変異型を対象遺伝子として測定した結果を表す。泡が存在すると判別された領域に含まれるウェルを含めた解析結果と除いた解析結果の、どちらか一方の結果を選択した後に、図11Aに示すようにがん関連遺伝子の種類および変異の種類ごとに、検体溶液に含まれるカウントされたDNAの数が表示されてもよい。このとき、総遺伝子数として、対象遺伝子の野生型と変異型の合計から算出されたものを表示してもよい。このような表示よって、装置の使用者は検体溶液の内容を容易に把握することができる。あるいは、図11Bに示すように、がん関連遺伝子の種類および変異の種類ごとに、検体溶液に含まれるカウントされたDNAの割合が表示されてもよい。図11Bの例では、対象遺伝子における変異型遺伝子の割合が表示されている。
【0068】
モニターに表示される結果は、図11のような検体溶液DNAの数または割合であってもよいし、図10のような蛍光標識プローブの蛍光強度と測定融解温度との2軸で検体溶液の計測値をプロットしたグラフであってもよいし、双方を含んでいてもよい。また、蛍光標識プローブの蛍光強度または測定融解温度に対する、検体溶液のDNAの数をプロットしたヒストグラムを含んでいてもよい。
【0069】
DNAの数をカウントする際に用いる蛍光標識プローブの蛍光強度に関する範囲は、ユーザーが任意に変更可能であってもよい。また、DNAの数をカウントする際に用いる基準融解温度に関する範囲も、ユーザーが任意に変更可能であってもよい。DNA検出システムは、これらを変更するための操作を受け付け、該当範囲を変更してもよい。このようにすると、ユーザーが測定結果のグラフやヒストグラムを見て、蛍光強度および/または基準融解温度の範囲を変えて、新たな範囲内にある検体溶液のDNAの数を再度カウントすることができる。
【0070】
なお、上述したように、検体溶液はウェルまたはドロップレット中の溶液として扱われるので、検体溶液のDNAの数の代わりに、ウェル数やドロップレット数として表されてもよい。
【0071】
また、気泡近傍の微小区画の区画数が一定数以上の場合、測定エラーとしてモニター706にアラートを表示してもよい。このアラートは、たとえば、ユーザーにデジタルPCRシステムの調整が必要であることを示す。
【0072】
(4)複数の対象遺伝子の検出方法
融解曲線分析を用いたデジタルPCRでは、蛍光標識プローブとDNAとの融解温度が対象遺伝子によって異なることを利用し、複数の対象遺伝子の判別を行うことができる。例えば、対象遺伝子として、野生型アレルと変異型アレルの複数種類が含まれている場合が例示できるが、複数種類の対象遺伝子は、特にこれらに限定されない。
【0073】
例えば、検査対象のDNA溶液に対象遺伝子Pと対象遺伝子Qが含まれている場合、対象遺伝子Pを含む微小区画では、対象遺伝子Pに対応した蛍光標識プローブがPCRにより増幅したDNAにハイブリダイズして蛍光を発する。生じた蛍光を解析することによって、対象遺伝子Pの蛍光標識プローブに対応した融解温度を算出できる。また、対象遺伝子Qを含む微小区画では、対象遺伝子Qに対応した蛍光標識プローブがPCRにより増幅したDNAにハイブリダイズして蛍光を発する。生じた蛍光を解析することによって、対象遺伝子Qの蛍光標識プローブに対応した融解温度を算出できる。こうして、蛍光強度と、蛍光の種類(たとえば色)と、融解温度とに基づき、対象遺伝子Pの有無、対象遺伝子Qの有無が判断できる。
【0074】
DNAの融解温度は、PCRの反応効率や蛍光測定時の平面内測定ばらつき等に影響を受けないので、DNAの融解温度を用いることによって微小区画内のDNAの遺伝子型を高精度で判別することができる。たとえば、対象遺伝子に対する各蛍光標識プローブの融解温度(Tm)が異なるように蛍光標識プローブの配列を決めておき、微小区画内のDNAに対し、温度変化に伴う蛍光強度変化を測定し、融解曲線分析を行い、融解温度を比較することにより、微小区画内のDNAの遺伝子型判別が可能になる。
【0075】
複数種類の対象遺伝子を同時に検出する場合、それらの区別は、基準融解温度および測定融解温度に基づいて行うことができるが、基準融解温度範囲に基づいて行われることが好ましい。たとえば、あるウェルに係る測定融解温度が、ある対象遺伝子についてデータベース704に記録された基準融解温度を含む所定範囲内(たとえば基準融解温度±1℃以内)であれば、そのウェルにはその対象遺伝子が配置されていると判定する。このような基準融解温度範囲を用いると、許容範囲を適切に考慮した、より正確な判定を行うことができる。
【0076】
または、蛍光強度の情報として、異なる温度における蛍光強度の比または差を用いてもよい。たとえば、基準融解温度よりも低温な温度での蛍光強度と、基準融解温度よりも高温な温度での蛍光強度との比あるいは差を用いることで、蛍光強度を標準化することができる。たとえば、あるウェルについてこの比または差が所定範囲内であれば、そのウェルはポジティブであると判定され、そうでなければそのウェルはネガティブであると判定される。
【0077】
たとえば、50℃での蛍光強度から85℃での蛍光強度を減算することにより、蛍光標識プローブ自体の蛍光の影響、すなわち、バックグラウンドの影響を除去することができる。
【0078】
なお、蛍光強度の範囲、基準融解温度の範囲を決定する方法は任意に選択可能である。たとえば、あらかじめパイロット実験などを行い、その結果から統計的に作業者が決めてもよいし、DNA検出システムが自動的に決定してもよい。また、デジタルPCR測定のたび、カートリッジ内の各ウェルの測定データを用いて、統計的に蛍光強度の閾値および基準融解温度の所定の範囲を決めてもよい。
【0079】
ウェル内のDNAの判別を統計的に行うためのデータは、次の項目のいずれかまたはすべてを含んでもよく、これら以外の項目を含んでもよい。
【0080】
‐基準融解温度よりも低温な温度での蛍光強度
【0081】
‐基準融解温度よりも高温な温度での蛍光強度
【0082】
‐基準融解温度よりも高温な温度での蛍光強度に対する、基準融解温度よりも低温な温度での蛍光強度の比
【0083】
‐基準融解温度よりも低温な温度での蛍光強度と、基準融解温度よりも高温な温度での蛍光強度との差
【0084】
‐基準融解温度を表す特徴量
【0085】
‐融解曲線の形状を表す特徴量
【0086】
(5)プログラム
本開示の実施形態は、DNA検出システムにDNA検出方法を行わせるためのプログラムである。また、本発明のさらに別の実施形態は、上記プログラムを格納する記録媒体である。
【実施例
【0087】
本実施例では、蛍光標識プローブを用いて、ウェル内のDNAの融解温度を測定し、KRAS遺伝子とその変異型G12AおよびG13Dを判別した結果を示す。
【0088】
まず、KRAS遺伝子の野生型、G12AおよびG13D変異型のゲノムDNA(最終濃度133分子/μL)を用意し、PCRに必要となるフォワードプライマー(最終濃度0.25μM)、リバースプライマー(最終濃度2.0μM),野生型に対応した蛍光標識プローブ(最終濃度0.5μM)、G12A変異型に対応した蛍光標識プローブ(最終濃度0.5μM)、及び1xマスターミックス(DNAポリメラーゼ,dNTPを含む)を加え、PCR反応液を調製した。このとき、蛍光標識プローブの相補DNA鎖が過剰に増幅するようにプライマーペアの濃度は非対称になるように添加した。G13D変異型は野生型に対応した、ミスマッチ塩基を含む蛍光標識プローブを用いて検出した。プライマー及びプローブの配列は以下のとおりである。なお、蛍光標識プローブはいずれも、両端近くに相補的な配列を有し、それらが分子内で二重鎖を形成するように設計されている。また、5’末端に蛍光色素としてHEX、3’末端にクエンチャーとしてBHQ-1が結合している。
【0089】
フォワードプライマー:5'‐GTCACATTTTCATTATTTTTATTATAAGG‐3' (配列番号1)
【0090】
リバースプライマー:5'‐GTATCGTCAAGGCACTCTTGCC‐3' (配列番号2)
【0091】
野生型に対応した蛍光標識プローブ:5'‐TTGGAGCTGGTGGCGT‐3' (配列番号3)
【0092】
変異型に対応した蛍光標識プローブ:5'‐TTGGAGCTGCTGGCGT‐3' (配列番号4)
【0093】
その後、各ウェルに対し、KRAS遺伝子の野生型またはG12A、G13D変異型のDNAのいずれかが1個入るか、どちらも入らないように、15μLのPCR反応液をウェルに添加し、PCRによりDNAを増幅した。PCRの反応は,96℃、10分処理後、(60℃,2分→98℃,30秒)を59サイクル行い、最後に60℃、2分処理をした。反応後、ウェルが設けられたチップを温調ステージ上で85℃から50℃に冷却しながら各ウェルの蛍光強度変化を観察し、融解曲線の測定および解析を行った。
【0094】
図12Aは、KRAS遺伝子の野生型とG12A、G13D変異型が混合された検体を測定した際の、各ウェルの融解曲線の微分曲線である。各ウェルの融解曲線の微分曲線は一つのピークをもち、ピークの位置の温度を融解温度として算出した。図12Bは、図12Aの結果をもとに、各ウェルの50℃の蛍光強度を横軸に、融解温度を縦軸にプロットしたものである。ネガティブウェル1207を除くと、ポジティブウェルは融解温度の違いにより3つの分布に分かれ、69℃付近に分布をもつ集団1201が野生型のみを含むウェル、66℃付近に分布をもつ集団1202がG12A変異型のみを含むウェル、63℃付近に分布をもつ集団1203がG13D変異型のみを含むウェルである。この結果から野生型の融解温度範囲1204、G12A変異型の融解温度範囲1205、G13D変異型の融解温度範囲1206を設定した。
【0095】
ここで、KRAS遺伝子の野生型のみを含む検体を測定した際に、図12Dに示すように野生型の融解温度範囲から外れた融解温度をもつ集団1208が観察された。この野生型の融解温度範囲から外れた融解温度をもつ集団1208の融解曲線は、図12Cに示すように多数のピークをもっており、図12Eに示すようにウェルの位置をチップの蛍光画像にマッピングすると局所に集まっていることが分かった。蛍光画像を確認するとこの場所は気泡が存在する位置と一致していた。そこで、この気泡が存在する近傍のウェルをデータを除くことにより、G12A変異型として誤検出された16ウェル、G13D変異型として誤検出された1ウェルを判定することができた。
【0096】
このように、デジタルPCRにおける遺伝子型の判別に融解曲線のピーク数から気泡を検知し、気泡近傍のウェルのデータを除くことで、誤って異なる融解温度が算出されたウェルを除くことができ、誤判定を防止し、測定精度が向上する。
【符号の説明】
【0097】
101…DNA
102…蛍光標識プローブ
103…蛍光色素
104…クエンチャー
201…ドロップレット
202…ドロップレット補足用のくぼみ
203…オイル
204…カートリッジ
205…気泡
301…PCR反応液
302…貫通穴チップ
303…オイル
304…カートリッジ
305…気泡
401…融解温度
501…野生型アレルの融解温度
502…変異型アレルの融解温度
503,504…誤って算出された融解温度
601,602,611…ドロップレット
603…マイクロ流路
604…光源
605…蛍光フィルター
607…撮像装置
608…レンズ
609…ダイクロイックミラー
610…ドロップレット検出用カートリッジ
612…温調ステージ
613…カートリッジ
614,615…ウェル
701…蛍光測定部
702…コンピューター
703…解析部
704…データベース
705…メモリー
706…モニター
1001…カートリッジ内のチップ
1002…気泡が存在すると推定された場所
1003…野生型アレルの融解温度範囲
1004…変異型アレルの融解温度範囲
1005…融解曲線分析により算出された各微小区画のプロット
1201…野生型を含むウェル
1202…G12A変異型を含むウェル
1203…G13D変異型を含むウェル
1204…野生型アレルの融解温度範囲
1205…G12A変異型の融解温度範囲
1206…G13D変異型の融解温度範囲
1207…ネガティブウェル
1208…野生型の融解温度範囲から外れた融解温度をもつ集団
1209…融解曲線の微分曲線が多数ピークをもつウェル
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【配列表】
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