(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-02
(45)【発行日】2024-12-10
(54)【発明の名称】ヘテロ接合バイポーラトランジスタ
(51)【国際特許分類】
H01L 21/331 20060101AFI20241203BHJP
H01L 29/737 20060101ALI20241203BHJP
【FI】
H01L29/72 H
(21)【出願番号】P 2022569418
(86)(22)【出願日】2020-12-17
(86)【国際出願番号】 JP2020047121
(87)【国際公開番号】W WO2022130560
(87)【国際公開日】2022-06-23
【審査請求日】2023-04-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【氏名又は名称】山川 茂樹
(74)【代理人】
【識別番号】100153006
【氏名又は名称】小池 勇三
(74)【代理人】
【識別番号】100064621
【氏名又は名称】山川 政樹
(74)【代理人】
【識別番号】100121669
【氏名又は名称】本山 泰
(72)【発明者】
【氏名】満原 学
(72)【発明者】
【氏名】白鳥 悠太
【審査官】杉山 芳弘
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2006/0108604(US,A1)
【文献】SNODGRASS et al.,Graded Base Type-II InP/GaAsSb DHBT With fT=475 GHz,IEEE ELECTRON DEVICE LETTERS,米国,IEEE,2006年01月26日,pp.84-86,DOI:10.1109/LED.2005.862673
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 29/737
H01L 21/331
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
InPから構成された基板と、
前記基板の上に形成されて、III-V族化合物半導体から構成されたコレクタ層と、
前記コレクタ層の上に形成されて、
GaAsSbから構成されたベース層と、
前記ベース層の上に形成されて、前記ベース層とは異なるIII-V族化合物半導体から構成されたエミッタ層と
を備え、
前記ベース層のSbモル組成比は、厚さ方向に、前記エミッタ層の側から前記ベース層の途中まで減少し、前記ベース層の途中から前記コレクタ層まで一定となっている
ことを特徴とするヘテロ接合バイポーラトランジスタ。
【請求項2】
請求項1記載のヘテロ接合バイポーラトランジスタにおいて、
前記ベース層のSbモル組成比は、厚さ方向の前記エミッタ層との界面付近で0.49以上0.53以下の範囲とされ、前記コレクタ層との界面付近で0.3以上0.4以下の範囲とされ、
前記ベース層の厚さは、35nm以下とされている
ことを特徴とするヘテロ接合バイポーラトランジスタ。
【請求項3】
請求項1または2記載のヘテロ接合バイポーラトランジスタにおいて、
前記エミッタ層は、厚さ方向の一部にInGaPから構成されたInGaP層を備え、
前記InGaP層のGaモル組成比は、0より大きく0.25以下の範囲で、前記ベース層に近づくにつれて増加する
ことを特徴とするヘテロ接合バイポーラトランジスタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、III-V族化合物半導体から構成されたヘテロ接合バイポーラトランジスタに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、IoT(Internet of Things)やクラウドコンピューティングなどの進展に伴い、通信の高速化、大容量化に対する要求が急激に高まっている。この通信における要求に応えるため、ミリ波やテラヘルツ帯と呼ばれる1THz付近の周波数帯域の利用が検討されており、一部は既に実用化されている。1THz付近の周波数帯域を利用するためには、高速で動作する電子回路が必要となる。InP基板上のヘテロ接合バイポーラトランジスタ(Hetero-junction Bipolar Transistor)は、高周波特性に優れるため、高速で動作する電子回路で用いられる電子デバイスとして盛んに研究されている(例えば、非特許文献1を参照)。
【0003】
ヘテロ接合バイポーラトランジスタの層構造は、ベース層とコレクタ層に同じ半導体材料を用い、エミッタ層にバンドギャップの大きな半導体材料を用いるシングルヘテロ接合バイポーラトランジスタ(SHBT)と、エミッタ層だけでなくコレクタ層にもベース層よりもバンドギャップの大きな半導体材料を用いるダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタ(DHBT)に大別できる。
【0004】
シングルヘテロ接合バイポーラトランジスタは、層構造の作製が比較的容易であり、ベース層とエミッタ層の間に電子移動の妨げになるポテンシャル障壁が存在しないという利点があるが、コレクタ層に用いる材料のバンドギャップが小さいために、コレクタ耐圧が小さいという問題がある。一方、ダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタでは、バンドギャップが大きい材料をコレクタ層に用いることができるため、上記のコレクタ耐圧が小さいという問題は回避できるが、別の問題が存在する。この問題について、
図15,
図16,
図17を参照して説明する。InP基板上に作製されるダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタの例として、ベース層にInGaAsを用いたものとGaAsSbを用いた場合について説明する。
【0005】
図15は、p型不純物を高濃度にドーピングしたInGaAsからベース層304を構成し、コレクタ層303およびエミッタ層305を、n型不純物を低濃度にドーピングしたInPから構成した場合の、熱平衡状態(ゼロバイアス時)におけるバンド配列を模式的に示したものである。
【0006】
また、
図16は、p型不純物を高濃度にドーピングしたGaAsSbからベース層304を構成し、コレクタ層303およびエミッタ層305を、n型不純物を低濃度にドーピングしたInPから構成した場合の、熱平衡状態(ゼロバイアス時)におけるバンド配列を模式的に示したものである。
【0007】
まず、ベース層304をInGaAsから構成した場合の問題について説明する。InGaAsによるベース層304の両側を、InPによるコレクタ層303およびエミッタ層305で挟んだダブルヘテロ構造は、
図15に示すように、タイプIのバンド配列を取り、伝導帯の底のエネルギー位置は、ベース層304よりもコレクタ層303が高くなる。この場合、電子がベース層304からコレクタ層303に移動する際に、ポテンシャル障壁が存在する。このポテンシャル障壁は、伝導帯におけるバンド不連続と呼ばれる。
【0008】
一般的に、伝導帯における電子は、室温では小さなポテンシャル障壁があっても電子移動の大きな障害になることはない。具体的には、伝導帯のバンド不連続がボルツマン定数と温度の積(300KでkBT=26meV)の約4倍である0.1eV程度であれば、電子移動は、バンド不連続の影響は受けにくい。
【0009】
しかしながら、ベース層304を、InPに格子整合するInGaAs(バンドギャップ=0.75eV)から構成した場合、伝導帯におけるバンド不連続は0.2eV以上になる。このため、ベース層304からコレクタ層303への電子移動が抑制される、いわゆる電流ブロッキングが起きる。このため、InGaAsからベース層304を構成した場合、コレクタ層303、ベース層304、エミッタ層305による積層構造を、ダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタとして用いることはほとんどない。
【0010】
上述した、電子がベース層からコレクタ層に移動する際のポテンシャル障壁は、コレクタ層をInPよりバンドギャップの小さい半導体材料から構成することで小さくできる。しかしながら、この場合、シングルヘテロ接合バイポーラトランジスタよりは改善されるが、コレクタ層の電圧印加に対する耐圧が小さくなるという問題が起こる。
【0011】
これらのInGaAsをベース層に用いた場合に発生する問題は、次に説明するように、ベース層にGaAsSbを用いることで解決することができる。
【0012】
図16に示すバンド配列は、GaAsSbから構成したベース層304を、InPによるコレクタ層303およびエミッタ層305で挟んだダブルヘテロ構造によるものであり、この層構成は、タイプIIのバンド配列を取る。この場合、エミッタ層305とベース層304の界面における伝導帯のバンド不連続が、電子が移動する際のポテンシャル障壁となる。エミッタ層305とGaAsSbによるベース層304との間のバンド不連続は、InGaAsによるベース層とInPによるエミッタ層との間のバンド不連続よりも小さく、電子移動に対するポテンシャル障壁が小さい。また、エミッタ層305とGaAsSbによるベース層304との間のポテンシャル障壁は、エミッタ層305をInPからInGaP、InAlP、InAlAsなどのバンドギャップの大きな材料に代えることで低減できる。
【0013】
すなわち、
図16のバンド配列となる層構造において、エミッタ層305をInPからさらにバンドギャップの大きな材料に代えても、電圧印加に対する耐圧は減少しない。このため、ダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタのベース層をInGaAsからGaAsSbに代えることで、電子の移動を妨げるポテンシャル障壁の問題を解決でき、さらに電圧印加に対する耐圧も確保できる。
【0014】
以上のことから、GaAsSbをベース層とするダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタでは、InGaAsを用いた場合に比べ、デバイス特性の改善、具体的には電流利得遮断周波数の改善が期待できる。しかし、実際に作製されたデバイスの電流利得遮断周波数は、InGaAsをベース層としたものに比べて大差がなく、バンド配列の優位性を活かせていないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】特開2003-086602号公報
【文献】特開2011-009330号公報
【非特許文献】
【0016】
【文献】C. R. Bolognesi et al., "InP/GaAsSb DHBTs for THz Applications and Improved Extraction of their Cutoff Frequencies", IEEE International Electron Devices Meeting, 723-726, 2016.
【文献】C. R. Bolognesi et al., "InP/GaAsSb/InP Double HBTs: A New Alternativefor InP-Based DHBTs", IEEE Transactions on Electron Devices, vol. 48, no. 11, pp. 2631-2639, 2001.
【文献】M. Peter et al., "Band gaps and band offsets in strained GaAs1-ySby on InP grown by metalorganic chemical vapor deposition", Applied Physics Letters, vol. 74, no. 3, pp. 410-412, 1999.
【文献】J. Y. T. Huang et al., "Characteristics of strained GaAs1-y Sby (0.16≦y≦0.69) quantum wells on InP substrates", JOURNAL OF PHYSICS D: APPLIED PHYSICS, vol. 40, pp. 7656-7661, 2007.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
GaAsSbをベース層とするダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタにおいて、期待されるようなデバイス特性が得られていない要因としては、GaAsSbの材料的な問題と、電子移動に対するベース層とコレクタ層の間のポテンシャル障壁の影響が考えられる。以下に、この材料的な問題とポテンシャル障壁の影響について説明する。
【0018】
まず、GaAsSbの材料的な問題について説明する。p型GaAsSb層では、p型InGaAs層とドープ量を同じにしても、p型InGaAs層よりも正孔の移動度が低いことが知られている(例えば、特許文献1を参照)。このために、ベース層にGaAsSbを用いた場合、InGaAsを用いた場合と同程度のベースシート抵抗を得ようとすると、GaAsSbはInGaAsより高濃度にp型不純物をドーピングしなければならない。
【0019】
具体的には、InGaAsをベース層に用いる場合、5×1019cm-3前後もの高いp型不純物濃度が用いられることが多いが、これと同様のベースシート抵抗を得ようとすると、GaAsSbにはさらに高いp型不純物濃度が求められる。しかしながら、GaAsSbに高濃度のp型不純物をドーピングすることで、結晶成長および信頼性の確保が難しくなる。
【0020】
さらに、GaAsSbには移動度の問題がある。ヘテロ接合バイポーラトランジスタにおいて、電流利得遮断周波数に関係する因子は、高濃度にp型不純物をドーピングしたベース層内での電子の移動度がある。この移動度が小さいほど電子がベース層を通過する時間が長くなり、電流利得遮断周波数が低下する。p型不純物をドーピングした層での電子の移動度は、実験から直接的にその値を測定することはできないが、デバイス特性を解析することで概算値は求めることはできる。具体的には、デバイス特性を解析することで求めた、Cをドーピングしたp型GaAsSbの電子移動度は、p型InGaAsの電子移動度の1/4から1/5程度であることが報告されている(非特許文献2を参照)。
【0021】
以上のように、GaAsSbをベース層に用いた場合、非常に高いp型不純物をドーピングすることが必要であり、さらに移動度が小さいという、GaAsSbの材料的な問題がある。
【0022】
次に、電子移動に対するベース層とコレクタ層の間のポテンシャル障壁の影響について説明する。
図16に示したダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタのバンド配列は、バイアス電圧を印加しない熱平衡状態のものであるが、動作時にはバイアス電圧を印加する。
図17は、
図16の層構造にバイアス電圧を印加した際のバンド配列を模式的に示したものである。動作時において、コレクタ層303の空間電荷は補償されないため、ベース層304とコレクタ層303の間のバンド不連続が大きい場合は、コレクタ層303においてバンド湾曲が発生し、伝導帯の底にポテンシャル・ノッチ構造が形成される(例えば、特許文献2を参照)。このポテンシャル・ノッチ構造により電子の蓄積が起きると、電子のコレクタ層での走行時間が増加し、結果として電流利得遮断周波数が減少する。
【0023】
このポテンシャル・ノッチ構造の影響を小さくするには、GaAsSbのSbモル組成比を変えることで、ベース層304とコレクタ層303とのバンド不連続を小さくすれば良い。このためには、GaAsSbとInPの伝導帯におけるバンド不連続のGaAsSbのSbモル組成比による変化を正しく知る必要がある。
【0024】
しかしながら、現在でも、GaAsSbのSbモル組成比を変化させた場合の伝導帯の底のエネルギーを計算から求めることは難しい(例えば、非特許文献3、非特許文献4を参照)。このため、動作温度である室温付近において、GaAsSbとInPの伝導帯におけるバンド不連続を小さくできるGaAsSbのSbモル組成比を定量的に求めることは困難である。このため、現在、GaAsSbをベース層に用いたヘテロ接合バイポーラトランジスタでは、期待されるようなデバイス特性が得られないという問題がある。
【0025】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、GaAsSbをベース層に用いたヘテロ接合バイポーラトランジスタで、期待されるデバイス特性が得られるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明に係るヘテロ接合バイポーラトランジスタは、InPから構成された基板と、基板の上に形成されて、III-V族化合物半導体から構成されたコレクタ層と、コレクタ層の上に形成されて、GaAsSbから構成されたベース層と、ベース層の上に形成されて、ベース層とは異なるIII-V族化合物半導体から構成されたエミッタ層とを備え、ベース層のSbモル組成比は、厚さ方向に、エミッタ層の側からベース層の途中まで減少し、ベース層の途中からコレクタ層まで一定となっている。
【発明の効果】
【0027】
以上説明したように、本発明によれば、Ga、As、Sbを含むIII-V族化合物半導体から構成されたベース層のSbモル組成比を、厚さ方向に、エミッタ層の側からベース層の途中まで減少させ、ベース層の途中からコレクタ層まで一定としたので、GaAsSbをベース層に用いたヘテロ接合バイポーラトランジスタで、期待されるデバイス特性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】
図1は、本発明の実施の形態に係るヘテロ接合バイポーラトランジスタの構成を示す断面図である。
【
図2】
図2は、実施の形態に係るヘテロ接合バイポーラトランジスタの層構造におけるベース層104の周辺の熱平衡状態におけるバンド配列を示すバンド図である。
【
図3】
図3は、InGaAsSbのミッシビリティギャップの成長温度による変化を示した特性図である。
【
図4】
図4は、GaAsSbとInPのヘテロ構造のバンド配列を示すバンド図である。
【
図5】
図5は、300KにおけるタイプIとタイプIIのバンド間遷移を求めた結果を示す特性図である。
【
図6】
図6は、300KにおけるGaAsSb/InPヘテロ構造の伝導帯におけるバンド不連続のGaAsSbのSbモル組成比による変化を示す特性図である。
【
図7】
図7は、In
0.8Ga
0.2Pから構成したエミッタ層と、GaAsSbから構成したベース層との伝導帯におけるバンド不連続の、GaAsSbのSbモル組成比による変化を示す特性図である。
【
図8】
図8は、InGaPのGaモル組成比を0、0.05、0.10、0.15、0.20、0.25、0.30と変化させた場合の、GaAsSbとの間の伝導帯のバンド不連続を示した特性図である。
【
図9】
図9は、InP上のInGaPのGaモル組成比による格子歪の変化を示した特性図である。
【
図10】
図10は、InP上のGaAsSbのSbモル組成比による格子歪の変化を示した特性図である。
【
図11】
図11は、GaAsSbベース層のSbモル組成比と、InGaPエミッタ層のGaモル組成比を変化させた場合の、層内における格子歪の変化を示した特性図である。
【
図12】
図12は、引っ張り歪が1%(Sbモル組成比0.36)で厚さを変化させたGaAsSbをInP上に成長させた試料の、X線回折パターンの測定結果を示す特性図である。
【
図13】
図13は、引っ張り歪が1%で厚さが35nmと46nmのGaAsSbを成長した試料についての顕微PLマッピングの測定結果を示す特性図である。
【
図14】
図14は、
図11を用いて説明した構造を持つGaAsSbベース層を用いた場合の、伝導帯の底のエネルギー位置を示すバンド図である。
【
図15】
図15は、p型不純物を高濃度にドーピングしたInGaAsからベース層304を構成し、コレクタ層303およびエミッタ層305を、n型不純物を低濃度にドーピングしたInPから構成した場合の、熱平衡状態におけるバンド配列を示すバンド図である。
【
図16】
図16は、p型不純物を高濃度にドーピングしたGaAsSbからベース層304を構成し、コレクタ層303およびエミッタ層305を、n型不純物を低濃度にドーピングしたInPから構成した場合の、熱平衡状態におけるバンド配列を示すバンド図である。
【
図17】
図17は、p型不純物を高濃度にドーピングしたGaAsSbからベース層304を構成し、コレクタ層303およびエミッタ層305を、n型不純物を低濃度にドーピングしたInPから構成した場合の、バイアス電圧を印加した際のバンド配列を示すバンド図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態に係るヘテロ接合バイポーラトランジスタについて
図1を参照して説明する。
【0030】
このヘテロ接合バイポーラトランジスタは、InPから構成された基板101と、基板101の上に形成されたサブコレクタ層102、コレクタ層103、ベース層104、エミッタ層105、およびエミッタキャップ層106を備える。このヘテロ接合バイポーラトランジスタは、いわゆるダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタである。
【0031】
サブコレクタ層102は、基板101の上に形成されて、III-V族化合物半導体から構成されている。サブコレクタ層102は、例えば、厚さ200nmとしたInPの層と、厚さ100nmとしたInGaAsの層との積層構造とすることができる。InPの層は、n型キャリア濃度を5×1019cm-3とし、InGaAsの層は、n型キャリア濃度を3×1019cm-3とし、Inモル組成比が0.53とすることができる。
【0032】
コレクタ層103は、サブコレクタ層102の上に形成されて、III-V族化合物半導体から構成されている。コレクタ層103は、InPから構成し、例えば、厚さ100nmとし、n型キャリア濃度を3×1016cm-3とすることができる。
【0033】
ベース層104は、コレクタ層103の上に形成されて、Ga、As、Sbを含むIII-V族化合物半導体から構成されている。ベース層104は、GaAsSbから構成することができる。ここで、ベース層104は、コレクタ層103の側の第1ベース層104aと、エミッタ層105の側の第2ベース層104bとから構成されている。第1ベース層104aは、厚さ方向に、Sbモル組成比が一定とされている。第2ベース層104bは、厚さ方向に、Sbモル組成比が、エミッタ層105に近づくほど増加している。
【0034】
この構成は、ベース層104のSbモル組成比が、厚さ方向に、エミッタ層105の側からベース層104の途中まで減少し、ベース層104の途中からコレクタ層103まで一定となっているものである。例えば、ベース層104のSbモル組成比は、厚さ方向のエミッタ層105との界面付近で0.49以上0.53以下の範囲とし、コレクタ層103との界面付近で0.3以上0.4以下の範囲とすることができる。また、ベース層104の厚さは、35nm以下とすることができる。
【0035】
例えば、第1ベース層104aは、厚さを10nmとし、p型キャリア濃度を6×1019cm-3とし、Sbモル組成比を0.36とすることができる。また、第2ベース層104bは、厚さを20nmとし、p型キャリア濃度を6×1019cm-3とし、Sbモル組成比を、エミッタ層105の側に向かって、0.36から0.49まで連続的に増加させる構成とすることができる。
【0036】
エミッタ層105は、ベース層104の上に形成されて、ベース層104とは異なるIII-V族化合物半導体から構成されている。また、エミッタ層105は、厚さ方向の一部にInGaPから構成されたInGaP層105aと、InGaP層105aの上に形成された上部エミッタ層105bとから構成することができる。InGaP層105aのGaモル組成比は、0より大きく0.25以下の範囲で、ベース層104に近づくにつれて増加する構成とすることができる。
【0037】
例えば、InGaP層105aは、厚さを10nm、n型キャリア濃度を3×1017cm-3とし、上部エミッタ層105bの側に向かって、Gaモル組成比を0.20から0まで連続的に減少させる構成とすることができる。また、上部エミッタ層105bは、InPから構成し、厚さを10nm、n型キャリア濃度を3×1017cm-3とすることができる。
【0038】
エミッタキャップ層106は、エミッタ層105の上に形成されて、III-V族化合物半導体から構成されている。エミッタキャップ層106は、例えば、InGaAsから構成し、厚さを200nmとし、n型キャリア濃度を3×1019cm-3とし、Inモル組成比を0.53とすることができる。
【0039】
また、コレクタ層103、ベース層104は、所定のメサ構造に形成され(コレクタメサ)、このメサ構造の周囲のサブコレクタ層102の上に、コレクタ電極111が形成されている。コレクタ電極111は、サブコレクタ層102にオーミック接続し、コレクタ層103と電気的に接続している。また、エミッタ層105、エミッタキャップ層106は、所定のメサ構造に形成され(エミッタメサ)、このメサ構造の周囲のベース層104(第2ベース層104b)の上に、ベース電極112が形成されている。ベース電極112は、ベース層104(第2ベース層104b)にオーミック接続して電気的に接続している。また、エミッタキャップ層106の上には、エミッタキャップ層106にオーミック接続するエミッタ電極113が形成されている。
【0040】
例えば、よく知られた有機金属気相エピタキシー法により、上述した各層を基板101の上に、順次にエピタキシャル成長する。なお、有機金属気相エピタキシー法に限らず、分子線エピタキシー法、有機金属分子線エピタキシー法、ガスソース分子線エピタキシー法などにより、各層をエピタキシャル成長させることができる。次いで、エミッタキャップ層106上にエミッタ電極材料を堆積して金属膜を形成する。次いで、この金属膜を、公知のリソグラフィ技術によりパターニングすることで、エミッタ電極113を形成する。
【0041】
次に、形成したエミッタ電極113をマスクとして、公知のエッチング技術により、エミッタキャップ層106、エミッタ層105を選択的にエッチングすることで、エミッタメサを形成する。エミッタメサの平面視での寸法は、0.5μm×2μmとすることができる。例えば、まず、エミッタ層105のInGaP層105a近くまでエッチングする。次いで、このようにして形成したパターンを絶縁材料による保護膜で覆い、この後、InGaP層105aまでを完全にエッチングして、第2ベース層104bを露出させることで、エミッタメサとすることができる。
【0042】
上述したようにエミッタメサを形成した後、保護膜を残した状態で、この上からベース電極材料を堆積して金属膜を形成し、この金属膜を、保護膜を除去することによる公知のリフトオフ法によりパターニングすることで、ベース電極112を形成する。
【0043】
次に、公知のリソグラフィ技術とエッチング技術を用いて、ベース層104およびコレクタ層103をパターニングしてコレクタメサを形成し、この側方に、サブコレクタ層102を露出させた領域を形成する。次いで、サブコレクタ層102を露出させた領域に、コレクタ電極111を形成する。最後に公知のエッチング技術を用いて素子間分離を行うことで、ヘテロ接合バイポーラトランジスタが作製できる。
【0044】
上述した実施の形態によれば、GaAsSbから構成するベース層から、ヘテロ接合するコレクタ層への電子移動の問題が解消され、GaAsSbをベース層に用いたヘテロ接合バイポーラトランジスタで、期待されるデバイス特性が得られるようになる。
【0045】
ここで、上述した実施の形態に係るヘテロ接合バイポーラトランジスタの層構造におけるベース層104の周辺の熱平衡状態におけるバンド配列を、
図2に示す。伝導帯の底のエネルギー差は、InGaP層105aと第2ベース層104bとの間で60meV程度であり、第1ベース層104aとコレクタ層103との間で40meV程度であり、電子移動におけるポテンシャル障壁やポテンシャル・ノッチ構造が問題になると考えられる伝導帯の底のエネルギー差100meVよりも小さい。
【0046】
上述した実施の形態に係るヘテロ接合バイポーラトランジスタの電流利得遮断周波数は、コレクタ-エミッタ間のバイアス電圧が1.2Vにおいて320 GHzである。比較のために、ベース層を厚30nmとし、p型キャリア濃度を6×1019cm-3とし、Sbモル組成比を0.36から0.49まで連続的に増加させたGaAsSbのみから構成した、比較用のヘテロ接合バイポーラトランジスタでは、電流利得遮断周波数は280GHzである。
【0047】
比較用のヘテロ接合バイポーラトランジスタに比べて、実施の形態の方が、電流利得遮断周波数が高い理由は、ベース層における電子の通過時間が短縮されたことによると考えられる。このように、実施の形態によれば、ヘテロ接合バイポーラトランジスタの電流利得遮断周波数を増加させることができる。
【0048】
以上に説明したように、実施の形態1によれば、GaAsSbから構成したベース層のSbモル組成比を、厚さ方向に、エミッタ層の側からベース層の途中まで減少し、ベース層の途中からコレクタ層103まで一定としたので、この種のヘテロ接合バイポーラトランジスタで、期待されるデバイス特性が得られるようになる。
【0049】
本発明は、GaAsSbをダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタのベース層に用いた際に発生する問題の電子移動への影響を小さくすることにより、GaAsSbからなるベース層のポテンシャルを引き出し、デバイス特性の向上を容易にするものである。以下、これまで定量的に求めることが困難であった室温におけるGaAsSbとInPの伝導帯におけるバンド配列とGaAsSbのSbモル組成比の関係を明らかにする。
【0050】
前述したようにGaAsSbをベース層としたダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタにおいて、デバイス特性の向上が難しい要因の1つは、GaAsSbの電子移動度が小さいことに起因している。GaAsSbの電子移動度には、Sbモル組成比が大きく関係している。まず、このことについて説明する。
【0051】
GaAsSbは、Sbのモル組成比が約0.49の場合にInPに格子整合する。このため、InP基板上のデバイスでGaAsSbを用いる場合、GaAsSbのSbモル組成比として0.49に近い値を用いることが多い。しかしながら、InPに格子整合する条件に近いSbモル組成比を持つGaAsSbでは、組成分離が起こり易いことが知られている(例えば、参考文献1、参考文献2を参照)。この組成分離には、ミッシビリティギャップが影響している(例えば、参考文献3を参照)。
【0052】
図3は、InGaAsSbのミッシビリティギャップの成長温度による変化を示したものである。
図3において、InGaAsSbの組成がミッシビリティギャップの内側にある場合、組成分離が起き易いことを示している。
図3の右軸上の組成がGaAsSbに対応している。InGaAsSbでは、GaとSbのモル組成比によって格子定数が変化し、結晶に加わる格子歪が変化する。図中の斜めの線は、InGaAsSbにおいて加わる格子歪として-1.5%(引っ張り歪)から+1.0%(圧縮歪)までの等高線を示したものである。
【0053】
図3より、成長温度を500℃から550℃、600℃と成長温度を高くするに従って、ミッシビリティギャップが小さくなることが分かる。このため、成長温度を高くすることにより、組成分離の影響を小さくできる。しかしながら、InPに格子整合する条件に近い、GaAsSbの組成領域(格子歪が0%に近い組成領域)は、成長温度を600℃にしたとしても、ミッシビリティギャップのほぼ中央付近に位置するため、組成分離の影響を回避することは困難である。この組成分離の影響により、InPに格子整合する条件に近いGaAsSbでは、結晶内に組成の異なる微小な領域ができて電子の移動を妨害し、これが電子移動度を低下させる要因の1つとなっていると考えられる。
【0054】
ミッシビリティギャップの影響を小さくするには、成長温度やV/III比を高くすることなどが有効である。しかしながら、GaAsSbは、表面からのV族元素の脱離が起き易いために成長温度を高くすることが難しい。また、GaAsSbの成長では、表面偏析が起きやすいSbを含むため、V/III比を高くすることが難しい。従って、InPに格子整合する条件に近いSbモル組成比を用いる限り、GaAsSbにおいて組成分離の影響を抑えて電子移動度を改善させることは難しい。
【0055】
GaAsSbの電子移動度が小さい要因としては、組成分離の他に合金散乱も影響している。合金散乱は、GaAsSbのSbモル組成をyとした場合、y×(1-y)に比例し、この値が大きい程、電子移動度の低下が起き易くなる。ここで、y×(1-y)が最大になるモル組成は、y=0.5の場合である。GaAsSbがInPに格子整合するのは、前述したようにSbモル組成比(y)が0.49付近の場合であり、合金散乱が最大となるy=0.5に近い。このため、InPに格子整合する組成のGaAsSbをベース層に用いた場合、上述した組成分離の他にも合金散乱の影響が加わり、電子移動度を低下させていると考えられる。
【0056】
前述のGaAsSbの組成分離を抑えるために有効な方法は、
図3から分かるようにGaAsSbのSbモル組成比を0.5からなるべく離すことである。これにより、GaAsSbの電子移動度を低下させる要因となる組成分離の影響を小さくできる。さらに、Sbモル組成比を0.5からなるべく離すことは、GaAsSbの電子移動度における合金散乱の影響も小さくする上でも有効である。
【0057】
GaAsSbにおいて、組成分離と合金散乱の影響を低減するだけなら、Sbモル組成比を0.5から離すだけで良い。しかしながら、
図17を用いて説明したように、ダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタでは、ベース層とコレクタ層の間のバンド不連続を小さくする必要があり、これを考慮してSbモル組成比を決めることが重要になる。
【0058】
以下に、ベース層とコレクタ層の間のバンド不連続を小さくするのに有効なGaAsSbのSbモル組成比について説明する。
【0059】
前述したようにGaAsSbのバンド配列の計算結果と実験による測定結果との差異が大きく、Sbモル組成比を変えたGaAsSbとInPの伝導帯におけるバンド配列を計算から求めることが困難である。このため、本発明では既知の低温(10K)での実験による報告値をもとにして、以下の方法を用いて、300KでのSbモル組成比を変えたGaAsSbとInPのバンド不連続を算出した。
【0060】
GaAsSbとInPのヘテロ構造は、
図4に示すようにタイプIIのバンド配列を取る。このバンド配列を取る構造では、室温付近(~300K)では、キャリア(電子、正孔)はポテンシャル障壁が小さければ、熱的に励起され、このポテンシャル障壁を乗り超えることができる。このため、GaAsSbの厚さが小さく、GaAsSb内で光励起されたキャリアがすぐにInPとのヘテロ界面に達するような場合は、タイプIIのバンド間遷移による発光が支配的になる。この場合でも、GaAsSbの厚さが大きく、GaAsSb内で光励起されたキャリアが界面まで到達できず、GaAsSb内で再結合するような場合には、タイプIのバンド間遷移による発光も見られる。
【0061】
一方、低温でホトルミネセンス(PL)を測定すると、キャリアは熱的励起の影響を受け難くなるため、タイプIとタイプIIの両方のバンド間遷移による発光を観測できる(例えば、非特許文献3と非特許文献4参照)。
【0062】
図4から分かるようにタイプIとタイプIIのバンド間遷移によるエネルギーが分かれば、伝導帯のバンド不連続はGaAsSbのバンドギャップ(タイプIの発光エネルギー)からタイプIIの発光エネルギーを差し引くことで求まる。問題は、低温でホトルミネセンスの測定結果をもとにして室温での値に反映させる方法である。発明者らは、以下の方法を用いることで、低温PLの報告値をもとにして、300Kでの伝導帯のバンド不連続を算出した。
【0063】
低温の測定結果をもとに室温(300K)での伝導帯でのバンド不連続を見積もるには、GaAsSbとInPのバンドギャップの温度による変化を考慮し、さらに、伝導帯および価電子帯のバンド不連続の温度による変化を考慮する必要がある。半導体のバンドギャップEgの温度Tによる変化Eg(T)は、Varshniの式「Eg(T)=Eg(T=0)-(αT2)/(T+β)・・・(1)」で表すことができることが知られている。
【0064】
(1)式において、Tは温度で単位はケルビン、Eg(T)は温度TKでのバンドギャップ、Eg(T=0)は温度0Kでのバンドギャップ、αおよびβは定数である。αとβは、一般的に3元以上の混晶半導体では組成により変化するが、GaAsSbでは例外的にSbモル組成比によらず一定となることが知られている(参考文献4を参照)。具体的には、α=0.42meV/K、β=189Kとなる。なお、InPに関しては、α=0.363meV/K、β=162Kである。
【0065】
伝導帯および価電子帯のバンド不連続の温度による変化であるが、タイプIの量子井戸構造では、伝導帯と価電子帯のバンド不連続の比は温度によらず一定として解析する方法が用いられる。タイプIIのヘテロ構造に関しても、この伝導帯と価電子帯のバンド不連続の比が温度によらず一定とする方法が有効と考えられる。
【0066】
上述した方法を用いて、低温PLの報告値をもとに室温(300K)にタイプIとタイプIIのバンド間遷移を求めた。
図5は、非特許文献3の低温(10K)での実験結果をもとに、300KにおけるタイプIとタイプIIのバンド間遷移を求めたものである。
図5中の「×」は、この解析方法の有用性を確かめるために行った実験による値である。具体的には、InP上に、厚さ0.3μmのGaAsSbのみを成長させて積層させた試料を作製し、この試料の300KにおけるPL測定から求めたタイプIのバンド間遷移のエネルギーである。
【0067】
実験値は、低温の実験データをもとにして算出した結果と良く一致している。このことから、低温のデータから室温におけるバンド間遷移のエネルギーを算出するために本発明で用いた方法は有用だと考えられる。
【0068】
タイプIとタイプIIのバンド間遷移のエネルギーが分かれば、伝導帯のバンド不連続を求めることができる。
図6に、300KにおけるGaAsSb/InPヘテロ構造の、伝導帯におけるバンド不連続のGaAsSbのSbモル組成比による変化を
図5から求めた結果を示す。
図6中の線(点線)は、最小二乗法を用いて、データ点を直線で近似したものである。
図6より、データ点はほぼこの近似の直線に沿っていることが分かる。この近似式は、GaAsSbのSbモル組成比をx、伝導帯のバンド不連続をΔEcとすると、ΔEc=0.584x-0.169(eV)で表される。
【0069】
InPに格子整合するGaAsSb(Sbモル組成比:約0.49)とInPとの伝導帯におけるバンド不連続は、近似式より約0.12eVとなる。従って、
図17を用いて説明したように、InPに格子整合するGaAsSbをベース層とし、InPをコレクタ層に用いた場合、コレクタ層の伝導帯の底にポテンシャル・ノッチ構造が形成されるが、この場合の伝導帯におけるバンド不連続は約0.12eVということになる。
【0070】
図6から分かるようにGaAsSbのSbモル組成比を0.4にした場合の伝導帯におけるバンド不連続は約0.06eVであり、InPに格子整合するGaAsSbの場合に比べてほぼ半減することができる。従って、GaAsSbのSbモル組成比を0.4以下にすれば、上述したポテンシャル・ノッチ構造の影響を小さくできる。
【0071】
伝導帯におけるバンド不連続は、GaAsSbのSbモル組成比をさらに小さくすることで減少するが、Sbモル組成比が0.3より小さくなると、正から負へと符合が変わる。これは、GaAsSbベース層の伝導帯の底のエネルギーレベルが、InPによるコレクタ層の伝導帯の底のエネルギーレベルよりも低くなることを意味する。この場合、ベース層とコレクタ層間に伝導帯におけるポテンシャル障壁ができ、電子移動の障害となるため、デバイス特性を劣化させる要因となる。
【0072】
以上のことから、ベース層をGaAsSbから構成し、コレクタ層をInPから構成した場合、ベース層を構成するGaAsSbのSbモル組成比は、0.3以上0.4以下が好ましいものとなる。
【0073】
図6から分かるように、ベース層をGaAsSbから構成し、コレクタ層をInPから構成した場合、GaAsSbのSbモル組成比が0.3以上では、電子移動に対するポテンシャル障壁が発生する。このポテンシャル障壁は、前述したように、エミッタ層をInPからInGaP、InAlP、InAlAs等のバンドギャップの大きな材料に代えることで低減することができる。InGaP、InAlP、InAlAsのうち、InGaPは酸化が起こり易いAlを含まない材料のため、信頼性の観点から有用と考えられる。
【0074】
以下、エミッタ層をInPからInGaPに変えた場合の、伝導帯のバンド不連続について調べた結果について説明する。
図7は、In
0.8Ga
0.2Pから構成したエミッタ層と、GaAsSbから構成したベース層との伝導帯におけるバンド不連続の、GaAsSbのSbモル組成比による変化を示している。
図7中の線(点線)は、最小二乗法を用いてデータ点を直線で近似したものである。
図7の近似線は、基本的に
図6の近似線を平行移動した線となる。
【0075】
図7から分かるように、GaAsSb/In
0.8Ga
0.2Pヘテロ構造では、バンド配列が、タイプIIからタイプIに変化する、Sbモル組成比が約0.36となる。これは、エミッタ層をIn
0.8Ga
0.2Pから構成し、ベース層をGaAsSbから構成した場合、エミッタ層とベース層との界面において、GaAsSbのSbモル組成比を0.36以下にすれば、電子移動に対するポテンシャル障壁が発生しないことを意味している。
【0076】
このInGaPのGaモル組成比は、もちろん0.2に限られるものではない。
図8に、InGaPのGaモル組成比を0、0.05、0.10、0.15、0.20、0.25、0.30と変化させた場合の、GaAsSbとの間の伝導帯のバンド不連続を示す。InGaPのGaモル組成比を増加させることにより、上述したバンド配列がタイプIIからタイプIに変化するGaAsSbのSbモル組成比を増加させることができる。具体的には、このSbモル組成比は、InGaPのGaモル組成比が0.25の場合で約0.39、InGaPのGaモル組成比が0.30の場合で約0.42となる。
【0077】
このように、InGaPをエミッタ層に用いてそのGaモル組成比を増加させることにより、エミッタ層とベース層の間の電子移動に対するポテンシャル障壁を小さくするためのGaAsSbベース層のSbモル組成比を増加させることができる。
【0078】
しかしながら、InGaPをInP上に成長する場合、InGaPの結晶格子には格子歪が加わるため、Gaモル組成比と厚さには制限がある。GaAsSbに関しても、格子整合するSbモル組成比は約0.49であり、これよりSbモル組成比を小さくすると結晶格子には格子歪が加わる。
【0079】
以下に、実際にInGaPとGaAsSbに加わる格子歪ならびにデバイス構造においてこの格子歪の影響を低減する方法について述べる。
【0080】
図9に、InP上のInGaPについて、Gaモル組成比による格子歪の変化を示した。
図9の縦軸において、符号が正の場合は圧縮歪が加わり、負の場合は引っ張り歪が加わることを意味している。
図9から分かるように、Gaモル組成比の増加に伴い、InGaPには引っ張り歪が加わる。具体的には、Gaモル組成比が0.1の場合で約0.7%、Gaモル組成比が0.2の場合で約1.4%の引っ張り歪が結晶格子には加わる。InP上のInGaPに関しては、Gaモル組成比が0.25程度(引っ張り歪:約1.8%)までは格子緩和を起こさずに結晶成長できることが知られている(参考文献5を参照)。
【0081】
このため、InGaPのGaモル組成比を0.25以下にすれば、InP上に成長することができる。前述したように伝導帯におけるバンド不連続が100meV程度であれば、電子移動は伝導帯のバンド不連続の影響は受けにくいことが知られている。InGaPのGaモル組成比が0.25の場合、
図8において伝導帯のバンド不連続が100meV以下となる条件は、GaAsSbのSbモル組成比が0.53以下の場合である。このため、GaAsSbベース層のSbモル組成比は0.53以下であることが望ましい。
【0082】
図10に、InP上のGaAsSbに関してSbモル組成比による格子歪の変化を示した。前述したように、ベース層をGaAsSbから構成する場合、組成分離と合金散乱の影響を抑えつつ、InPによるコレクタ層との間でタイプIIのバンド配列が維持される条件は、GaAsSbのSbモル組成比が0.3以上0.4以下の範囲である。
【0083】
図10より、GaAsSbのSbモル組成比が0.3以上0.4以下の範囲では、GaAsSbに0.7%から1.4%の引っ張り歪が結晶格子に加わることが分かる。従って、ベース層を、Sbモル組成比が0.3以上0.4以下となる組成のGaAsSbから構成して厚さを増加させた場合、層構造全体に引っ張り歪が加わるために格子緩和が起こり、結晶欠陥が発生する。
【0084】
しかしながら、ダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタで伝導帯のバンド不連続が問題となるのは、基本的にエミッタ層とベース層の界面ならびにベース層とコレクタ層の界面であり、これらの界面が所望のバンド配列となれば良い。具体的には、GaAsSbベース層のSbモル組成比を、エミッタ層に近づくにつれて連続的に増加する構成とする。InGaPエミッタ層に関しても、Gaモル組成比を、ベース層に近づくにつれて連続的に増加する構成とする。
【0085】
図11に、このようにGaAsSbベース層のSbモル組成比と、InGaPエミッタ層のGaモル組成比を変化させた構造について、層内における格子歪の変化を示す。
図11の(a)は、エミッタ層をInGaPのみから構成した場合を示している。また、
図11の(b)は、エミッタ層の一部に、InGaPの層を配置した場合を示している。どちらも、ベース層との界面付近でエミッタ層におけるGaモル組成比が最大になるように増加させている。
【0086】
いずれの場合でも、InGaPエミッタ層の厚さは、Gaモル組成比の増加率を変えることで調整できる。このため、InGaPエミッタ層の厚さは、このGaモル組成比の増加率を増加させれば小さくできる。従って、InGaPエミッタ層における格子歪の影響は、比較的容易に低減することができる。一方、GaAsSbベース層の厚さは、容易には小さくできない。これは、GaAsSbベース層の厚さが小さくなるとベース抵抗が大きくなるためである。
【0087】
図11の構造において、GaAsSbベース層のSbモル組成比が小さく、引っ張り歪が大きい領域はコレクタ層に近接する層である。GaAsSbベース層のSbモル組成比は、コレクタ層に近接する領域では一定だが、途中からエミッタ層に近づくにつれて増加させてあるため、この領域では引っ張り歪が小さくなる。このため、
図11の構造はGaAsSbベース層全体に加わる引っ張り歪を低減する上で有効である。
【0088】
以下に、ベース層全体に加わる引っ張り歪について説明する。
図11のGaAsSbベース層において、エミッタ層に近いSbモル組成比が連続的に変化する領域の厚さをt
1、その引っ張り歪の平均値の絶対値をε
1、コレクタ層に近いSbモル組成比が一定の領域の厚さをt
2、引っ張り歪の絶対値をε
2とした場合、GaAsSbベース層全体としての引っ張り歪の平均値ε
*は、「ε
*=(ε
1×t
1+ε
2×t
2)/(t
1+t
2)・・・(2)」で表すことができる。
【0089】
GaAsSbベース層において、引っ張り歪が大きくなる箇所(領域)は、コレクタ層に近接する領域であり、前述したように引っ張り歪の絶対値ε2は0.7%から1.4%の間の値である。GaAsSbベース層のSbモル組成比は、エミッタ層に近づくに従って大きくなるため、この領域での引っ張り歪ε1はε2より小さくなる。従って、引っ張り歪の平均値ε*はε2より小さくでき、1%以下に抑えることが可能である。
【0090】
例えば、GaAsSbベース層において、まず、エミッタ層に近接する領域でのSbモル組成比を0.52とする。また、コレクタ層に向かって厚さ15nm(t1に相当)で連続的に、Sbモル組成比を0.3まで低下させる。この後、Sbモル組成比を0.3のままで15nmの厚さ(t2に相当)だけ成長させる。この構造の場合、ε1=0.6%、ε2=1.4%となる。この場合、(2)式により引っ張り歪の平均値ε*を算出すると1.0%となる。
【0091】
このように、ベース層全体としての引っ張り歪の平均値ε
*は、
図11に示したGaAsSbベース層におけるSbモル組成比と厚さにより調整することができる。しかしながら、この場合でもベース層全体としての厚さが大きくなると格子歪の影響が大きくなり、結晶欠陥が発生する。すなわち、ベース層全体としての許容される厚さに上限がある。
【0092】
ベース層全体としての許容される厚さの上限を調べるために、引っ張り歪が1%(Sbモル組成比0.36)で厚さを変化させたGaAsSbをInP上に成長させた試料を作製し、作製した試料のX線回折パターンと顕微PLマッピング測定を行った。試料の成長には、有機金属分子線エピタキシー法を用い、GaAsSbの表面には酸化を抑えるために厚さ3nmのInPを成長した。
【0093】
上述したX線回折パターンの測定結果を、
図12に示す。入射角度が32.3度付近のピークがGaAsSb層からのX線回折によるものであるが、このピークの角度は厚さによらずほぼ一定であることが分かる。これは、GaAsSbでは、引っ張り歪が1%であっても大きな格子緩和は起きていないことを意味している。
【0094】
図13に、引っ張り歪が1%で厚さが35nmと46nmのGaAsSbを成長した試料についての、顕微PLマッピングの測定結果を示す。
図13において、濃度が濃い領域ほど、PL発光強度が小さいことを意味する。GaAsSbの厚さが35nmの試料の場合、PL発光強度が小さい暗線や暗点などは観測されなかった。
図13は、測定範囲が100μm×100μmの例であるが、試料の広い範囲にわたって測定しても暗線や暗点はなかった。
【0095】
一方、厚さが46nmの試料の場合、数μm四方を測定すると一か所だけ
図13に示すような暗線が観測された。このような暗線は、格子緩和が起こり、結晶欠陥が発生した場合によく観測されるものである。
【0096】
以上のことから、引っ張り歪が1%のGaAsSbを用いた場合、厚さが35nmまでであれば結晶欠陥が発生することなく成長できることが分かる。前述したように、
図11のようなGaAsSbベース層においてSbモル組成比を変化させる構造では、GaAsSbに加わる引っ張り歪の平均値を1%以下にすることは容易である。このため、GaAsSbベース層の全体としての厚さを35nm以下にすれば、結晶欠陥を発生させることなくデバイス用の層構造を成長することが容易になる。
【0097】
次に、デバイス特性を向上させる上でGaAsSbベース層として
図11に示したような構造を用いることの利点について説明する。
図11の構造において、GaAsSbベース層のSbモル組成比は、コレクタ層に近接する領域では0.3以上0.4以下の間の一定値となっているが、ベース層の途中からエミッタ層との界面にかけて連続的に0.53以下の値まで増加させてある。GaAsSbのSbモル組成比が増加するほど、伝導帯の底のエネルギー位置は高くなる。このため、
図11で示した構造を持つGaAsSbベース層を用いた場合、伝導帯の底のエネルギー位置は
図14のようになる。この場合、エミッタ層に近いベース層には疑似電界が発生する。
【0098】
電子はエミッタ層からベース層に入ると、この疑似電界により加速される。しかし、この領域ではSbモル組成比が大きく、組成分離と合金散乱の影響等で電子移動度が小さいため、疑似電界による電子の加速には限界がある。一方、
図11で示した構造の場合、コレクタ層に近い領域には、高い電子移動度が期待できるSbモル組成比が小さいGaAsSb層が配置されている。さらに、この領域のSbモル組成比は一定であり、疑似電界を加える領域のようにコレクタ層に近づくにつれて引っ張り歪が大きくなるようなことはなく、引っ張り歪も一定になる。
【0099】
このため、GaAsSbベース層では、格子歪による結晶欠陥の発生を抑えつつ、電子を加速させ、さらに、高い電子移動度を利用できるようになる。この構造の場合、GaAsSbベース層は、Sbモル組成比が一定の領域と連続的に変化する領域の厚さや、連続的に変化する領域でのSbモル組成比の増加率など、従来のGaAsSbベース層を用いた構造にはない設計の自由度を持ち、これらの値を適宜設定することで電流利得遮断周波数を増加させることができる。
【0100】
以上に説明したように、実施の形態に係るダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタの層構造を用いれば、デバイス特性の改善が図れることが分かる。上述した説明は、GaAsSbベース層のSbモル組成比がコレクタ層に近接する領域で一定となる例について示したが、GaAsSbに加わる引っ張り歪の平均値が1%以下であり、GaAsSbベース層の全体としての厚さを35nm以下であれば、必ずしも一定である必要はなく、GaAsSbベース層のSbモル組成比が一定となる領域をこのSbモル組成比がコレクタ層に向かって緩やかに減少するような構造でも有効である。これは、GaAsSbベース層のSbモル組成比が小さく、格子歪の影響が小さい範囲でSbモル組成比を小さくしたとしても、ミッシビリティギャップや、合金による電子の移動度への影響が小さいという効果が活かされるためである。
【0101】
また、上述した実施の形態では、ベース層がGaAsSbでのみ構成される場合について示したが、ベース層に加わる引っ張り歪の平均値が1%以下であり、GaAsSbベース層の全体としての厚さを35nm以下であれば、ベース層は必ずしもGaAsSbのみで構成される必要はなく、引っ張り歪の大きさと電子移動度に大きな影響を与えない範囲で、少量のInが含まれていても有効であることは言うまでもない。
【0102】
以上に説明したように、本発明によれば、Ga、As、Sbを含むIII-V族化合物半導体から構成されたベース層のSbモル組成比を、厚さ方向に、エミッタ層の側からベース層の途中まで減少させ、ベース層の途中からコレクタ層まで一定としたので、GaAsSbをベース層に用いたヘテロ接合バイポーラトランジスタで、期待されるデバイス特性が得られるようになる。
【0103】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。
【0104】
[参考文献]
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[参考文献2]K. Miura et al., "The growth of high quality GaAsSb and type-II InGaAs/GaAsSb superlattice structure", Journal of Applied Physics, vol. 113, 143506, 2013.
[参考文献3]V. S. Sorokin et al., "Novel approach to the calculation of instability regions in GaInAsSb alloys", Journal of Crystal Growth, vol. 216, pp. 97-103, 2000.
[参考文献4]R. Lukic-Zrnic et al., "Temperature dependence of the band gap of GaAsSb epilayers", Journal of Applied Physics, vol. 92, no. 11, pp. 6939-6941, 2002.
[参考文献5]M. Kahn, and D. Ritter, "Strain relief by long line defects in tensile GayIn1-yP layers grown on InP substrates", Applied Physics Letters, vol. 79, no. 18, pp. 2028-2930, 2001.
【符号の説明】
【0105】
101…基板、102…サブコレクタ層、103…コレクタ層、104…ベース層、104a…第1ベース層、104b…第2ベース層、105…エミッタ層、105a…InGaP層、105b…上部エミッタ層、106…エミッタキャップ層、111…コレクタ電極、112…ベース電極、113…エミッタ電極。