(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-03
(45)【発行日】2024-12-11
(54)【発明の名称】植物病害防除剤および植物病害防除方法
(51)【国際特許分類】
A01N 37/02 20060101AFI20241204BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20241204BHJP
A01N 25/00 20060101ALI20241204BHJP
A01N 25/02 20060101ALI20241204BHJP
A01G 7/06 20060101ALI20241204BHJP
A01G 22/05 20180101ALI20241204BHJP
【FI】
A01N37/02
A01P3/00
A01N25/00 102
A01N25/02
A01G7/06 A
A01G22/05 Z
(21)【出願番号】P 2021151745
(22)【出願日】2021-09-17
【審査請求日】2024-04-24
(31)【優先権主張番号】P 2020194388
(32)【優先日】2020-11-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【氏名又は名称】野村 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【氏名又は名称】間山 世津子
(72)【発明者】
【氏名】山内 智史
(72)【発明者】
【氏名】吉田 重信
【審査官】高橋 直子
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-087122(JP,A)
【文献】特開2001-064112(JP,A)
【文献】特開2001-061344(JP,A)
【文献】特開2020-142998(JP,A)
【文献】国際公開第2007/129467(WO,A1)
【文献】特開2006-121975(JP,A)
【文献】特開平07-258005(JP,A)
【文献】特開2006-151706(JP,A)
【文献】国際公開第2018/061870(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 37/02
A01P 3/00
A01N 25/00
A01N 25/02
A01G 7/06
A01G 22/05
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酢酸を含有する植物病害防除剤であって、1)植物病害が青枯病又はべと病であること、2)植物病害防除剤が苗を圃場に移植する前にその苗の根部を浸漬するために用いられる植物病害防除剤であること、及び3)酢酸の濃度が0.004~0.4v/v%であることを特徴とする植物病害防除剤。
【請求項2】
植物がトマトであり、植物病害がトマト青枯病であることを特徴とする請求項1に記載の
植物病害防除剤。
【請求項3】
植物がコマツナであり、植物病害がコマツナべと病であることを特徴とする請求項1に記載の
植物病害防除剤。
【請求項4】
圃場に移植する前の植物の苗の根部を酢酸水溶液に浸漬する工程を含む植物病害防除方法であって、1)植物病害が青枯病又はべと病であること、及び2)酢酸の濃度が0.004~0.4v/v%であることを特徴とする植物病害防除方法。
【請求項5】
植物がトマトであり、植物病害がトマト青枯病であることを特徴とする
請求項4に記載の植物病害防除方法。
【請求項6】
植物がコマツナであり、植物病害がコマツナべと病であることを特徴とする
請求項4に記載の植物病害防除方法。
【請求項7】
更に、根部を酢酸水溶液に浸漬した
植物の苗を栽培する土壌に、酢酸水溶液を灌注する工程を含むことを特徴とする
請求項4乃至6のいずれか一項に記載の植物病害防除方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物病害防除剤および植物病害防除方法に関する。本発明の植物病害防除剤および植物病害防除方法は、低コストで、安全性が高いという利点を有する。
【背景技術】
【0002】
植物の土壌伝染性病害はいったん発生すると根絶することが難しく、初発圃場の周辺だけで無く、産地全体やその周辺地域に発生が拡大することもある。一般に、土壌病害の対策として、抵抗性品種の利用や土壌消毒、土壌の理化学性・生物性の改善などにより被害軽減が講じられているものの、作期変更や影響の少ない作目への転換、休耕を余儀なくされることもある。
【0003】
土壌病害による連作障害回避のための土壌消毒では、主に化学合成されたくん蒸剤が使用されてきたが、対象圃場や周辺環境への影響、作業者への負担、商品のイメージ戦略等により、既存の土壌くん蒸剤に頼らない新たな対策技術の開発が求められている。
【0004】
しかし、新たな化学合成農薬や微生物農薬の開発には多額の研究開発費を要し、新規化合物や有用微生物の探索から安全性評価や残留性・効果試験を経て農薬登録され、上市されるまでに10年以上の年月を要すると言われており、より低コストの対策技術の開発が求められている。一方、食酢等の特定農薬(特定防除資材)は、改正農薬取締法第2条第1項において「その原材料に照らし農作物等、人畜及び水産動植物に害を及ぼすおそれがないことが明らかなものとして農林水産大臣及び環境大臣が指定する農薬」と定義されており、低コストで即農業生産現場に使用可能な剤として病害虫防除への更なる利活用が期待されている。
【0005】
土壌病害対策として、抵抗性品種や台木の利用および各種土壌消毒が基幹技術として導入され、一部土壌病害では防除剤の開発も進められている。重要な土壌病害の一つであるトマト青枯病(病原菌:Ralstonia solanacearum)について、植物への処理剤に関する先行特許としては、「ナス科作物の病害防除微生物および病害防除方法」(特許文献1)、「青枯病抵抗性誘導剤及び青枯病防除方法」(特許文献2)等が開示されている。
【0006】
一方、食酢を用いた植物の病害防除では、「食酢を用いたイネ育苗期病害の防除」(非特許文献1)や野菜類種子消毒用ドイツボルドーAの希釈に食酢を用いる方法(非特許文献2)が開発されている。さらに、一般農業園芸用として純粋玄米黒酢(製造:キューピー醸造株式会社)が販売されており、使用方法として「トマトの青枯れ病、根ぐされ病等は50倍希釈液を土壌潅水で病害対策」と記載されている。また、食酢の病害防除に関する先行特許としては、「ポストハーベスト病害防除剤及びポストハーベスト病害防除方法」(特許文献3)、「イネの病害防除方法」(特許文献4)、「植物活力剤及び該植物活力剤を用いた作物栽培方法」(特許文献5および6)、「海苔の病害防除剤及び海苔の病害防除方法」(特許文献7)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平01-090107号公報
【文献】特許第6007360号公報
【文献】特開2017-165654号公報
【文献】特許第3990691号公報
【文献】特開2001-061344号公報
【文献】特開2001-064112号公報
【文献】特許第3629049号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】関原順子,守川俊幸,「食酢を用いたイネ育苗期病害の防除」,植物防疫第63巻第11号(2009年),p.690-694
【文献】独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 野菜茶業研究所,「ウリ科野菜果実汚斑細菌病防除マニュアル(種子生産・検査用)」(2009年),p.1-22. http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/uri-2.pdf
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
一般に土壌病害対策として、抵抗性品種や台木の育成・導入が進められているが、強度抵抗性を有する品種や台木が育成されている病害の種類は限定的である。また、新レースの発生や、一つの圃場で複数レースや複数種の土壌病害が混発している場合もあり、それらへの対応も求められている。さらに、土壌消毒後の土壌深層部や圃場周辺からの病原菌の再汚染などの問題も抱えており、本圃に定植してから処理できる防除方法の開発も求められている。
【0010】
トマト青枯病に関しては、新たな接ぎ木法や土壌還元消毒法(中保ら、2019)などが開発されてきているが、従来技術よりも簡便かつ低コストの技術が求められている。その中で、トマトの苗を非病原性Fusarium属菌(特開平01-090107号公報)やアミノ酸の一種であるヒスチジンの溶液に浸漬する方法(特許第6007360号公報、Seo et al., 2016)なども開発され有望視されているが、ユーザーの選択肢を広げる観点からさらに低コストの防除技術を開発する必要がある。
【0011】
本発明は、このような技術的背景のもとになされたものであり、低コストで、直ちに農業生産現場に使用可能な植物病害防除手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、食酢希釈液にトマト苗の根部を浸漬することにより、トマト青枯病を防除できることを見出した。また、本発明者は、食酢希釈液は青枯病菌に対して抗菌活性を示さないような低濃度であっても、トマト青枯病を防除できることも見出した。更に、本発明者は、トマト苗の根部を食酢希釈液に浸漬するとともに、鉢上げ後の苗の地際部に食酢希釈液を灌注することにより、根部の浸漬処理のみを行う場合に比べ、防除効果が著しく向上することも見出した。更に、本発明者は、食酢希釈液にコマツナ苗の根部を浸漬することにより、コマツナべと病も防除できることを見出した。本発明は、以上の知見に基づき完成されたものである。
【0013】
即ち、本発明は、以下の(1)~(13)を提供する。
(1)酢酸を含有することを特徴とする根部浸漬用植物病害防除剤。
【0014】
(2)植物病害が、青枯病であることを特徴とする(1)に記載の根部浸漬用植物病害防除剤。
【0015】
(3)植物がトマトであり、植物病害がトマト青枯病であることを特徴とする(1)に記載の根部浸漬用植物病害防除剤。
【0016】
(4)植物病害が、べと病であることを特徴とする(1)に記載の根部浸漬用植物病害防除剤。
【0017】
(5)植物がコマツナであり、植物病害がコマツナべと病であることを特徴とする(1)に記載の根部浸漬用植物病害防除剤。
【0018】
(6)酢酸の濃度が、0.004~0.4v/v%であることを特徴とする(1)乃至(5)のいずれかに記載の根部浸漬用植物病害防除剤。
【0019】
(7)植物の根部を酢酸水溶液に浸漬する工程を含むことを特徴とする植物病害防除方法。
【0020】
(8)植物病害が、青枯病であることを特徴とする(7)に記載の植物病害防除方法。
【0021】
(9)植物がトマトであり、植物病害がトマト青枯病であることを特徴とする(7)に記載の植物病害防除方法。
【0022】
(10)植物病害が、べと病であることを特徴とする(7)に記載の植物病害防除方法。
【0023】
(11)植物がコマツナであり、植物病害がコマツナべと病であることを特徴とする(7)に記載の植物病害防除方法。
【0024】
(12)酢酸の濃度が、0.004~0.4v/v%であることを特徴とする(7)乃至(11)のいずれかに記載の植物病害防除方法。
【0025】
(13)更に、根部を酢酸水溶液に浸漬した植物を栽培する土壌に、酢酸水溶液を灌注する工程を含むことを特徴とする(7)乃至(12)のいずれかに記載の植物病害防除方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明は、新規な植物病害防除剤および植物病害防除方法を提供する。本発明の植物病害防除剤および植物病害防除方法は、低コストで、安全性が高いという利点を有する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】穀物酢希釈液の浸根処理および灌注処理によるトマト青枯病の発病軽減効果を示す図。図中の-は蒸留水処理区を示し、+は穀物酢希釈液(×1/100)処理区を示す。
【
図2】酢酸およびアミノ酸混合溶液の浸根処理によるトマト青枯病の発病軽減効果を示す図。浸根処理のみ実施した。
【
図3】各種食酢処理によるトマト青枯病の発病軽減効果を示す図。浸根処理および灌注処理を併用した。
【
図4】穀物酢希釈液の浸根処理によるコマツナベと病の発病軽減効果を示す図。浸根処理のみ実施した。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を詳細に説明する。
(1)根部浸漬用植物病害防除剤
本発明の根部浸漬用植物病害防除剤は、酢酸を含有することを特徴とするものである。
【0029】
本発明において「根部浸漬用植物病害防除剤」とは、病害防除の対象とする植物の根部を浸漬するために用いられる植物病害防除剤を意味する。
【0030】
本発明の根部浸漬用植物病害防除剤は、例えば、植物の苗を圃場などに移植する前に、その苗の根部を浸漬するために用いることができる。
【0031】
酢酸は、試薬として販売されている酢酸を使用してもよく、食酢(穀物酢、米酢、果実酢など)のような食品に含まれている酢酸を使用してもよい。
【0032】
酢酸の濃度は、防除効果が得られ、植物の根部に悪影響を与えない濃度であれば特に限定されない。具体的な濃度は、植物や病害の種類、浸漬時間などに応じて決めればよいが、0.004~0.4v/v%とするのが好ましく、0.01~0.1v/v%とするのがより好ましく、0.02~0.08v/v%とするのが更に好ましい。
【0033】
本発明の根部浸漬用植物病害防除剤は、酢酸以外の成分を含んでいてもよい。本発明の根部浸漬用植物病害防除剤は食酢から調製できるので、食酢中の酢酸以外の成分(例えば、各種アミノ酸、酢酸以外の有機酸)を含んでいてもよい。また、本発明の根部浸漬用植物病害防除剤は、植物病害防除剤に一般的に含まれる成分、例えば、肥料成分、植物活性剤、成長促進剤、pH調整剤、界面活性剤、消泡剤、懸濁化剤、安定化剤などを含んでいてもよい。
【0034】
防除対象とする植物病害は特に限定されず、例えば、土壌伝染性病害を防除対象とすることができる。具体的には、青枯病、べと病などを挙げることができる。青枯病としては、トマト青枯病、ナス青枯病、ジャガイモ青枯病、ピーマン青枯病などを挙げることができ、べと病としては、コマツナべと病、キャベツべと病、キュウリべと病、タマネギべと病、ブドウべと病などを挙げることができる。後述する実施例に示すように、本発明の根部浸漬用植物病害防除剤は、青枯病だけでなく、青枯病とは全く異なる病害であるべと病(青枯病は細菌による病害であり、べと病は卵菌による病害である。)に対しても有効である。このことから、本発明の根部浸漬用植物病害防除剤は、特定の病害だけでなく、広範な病害に有効であると考えられる。
【0035】
防除対象とする植物も特に限定されず、トマト、クコ、ハシリドコロ、ホオズキ、ナス、ジャガイモ、トウガラシ、タバコ、チョウセンアサガオ、ツクバネアサガオ等のナス科、コマツナ、シロイヌナズナ、アブラナ、キャベツ、ブロッコリー、白菜、ワサビ等のアブラナ科、バナナ、バショウ、ヘリコニア等のバショウ科、シソ、バジル、サルビア等のシソ科、ショウガ、ミョウガ、クルクマ等のショウガ科、キク、ダリア、スイゼンジナ、ヒマワリ等のキク科、イチゴ等のバラ科、ラッカセイ、インゲンマメ等のマメ科、クローブ等のフトモモ科、ゴマ等のゴマ科、クワ等のクワ科、ストレリチア等のゴクラクチョウカ科、キャッサバ等のトウダイグサ科、スターチス等のイソマツ科、トルコギキョウ等のリンドウ科、キュウリ等のウリ科の植物が挙げることができる。後述する実施例に示すように、本発明の根部浸漬用植物病害防除剤は、トマトだけでなく、トマトとは近縁の植物ではないコマツナ(トマトはナス科に属し、コマツナはアブラナ科に属する。)に対しても有効である。このことから、本発明の根部浸漬用植物病害防除剤は、特定の植物だけでなく、広範な植物に有効であると考えられる。
【0036】
(2)植物病害防除方法
本発明の植物病害防除方法は、植物の根部を酢酸水溶液に浸漬する工程を含むことを特徴とするものである。
【0037】
酢酸は、試薬として販売されている酢酸を使用してもよく、食酢(穀物酢、米酢、果実酢など)のような食品に含まれている酢酸を使用してもよい。
【0038】
酢酸水溶液中の酢酸の濃度は、防除効果が得られ、植物の根部に悪影響を与えない範囲であれば特に限定されない。具体的な濃度は、植物や病害の種類、浸漬時間などに応じて決めればよいが、0.004~0.4v/v%とするのが好ましく、0.01~0.1v/v%とするのがより好ましく、0.02~0.08v/v%とするのが更に好ましい。
【0039】
酢酸水溶液は、酢酸以外の成分を含んでいてもよい。酢酸水溶液は食酢から調製できるので、食酢中の酢酸以外の成分(例えば、各種アミノ酸、酢酸以外の有機酸)を含んでいてもよい。また、酢酸水溶液は、植物病害防除剤に一般的に含まれる成分、例えば、肥料成分、植物活性剤、成長促進剤、pH調整剤、界面活性剤、消泡剤、懸濁化剤、安定化剤などを含んでいてもよい。
【0040】
酢酸水溶液に浸漬する時間は、防除効果が得られ、植物の根部に悪影響を与えない範囲であれば特に限定されない。具体的な時間は、植物や病害の種類、酢酸濃度などに応じて決めればよいが、10~120時間とするのが好ましく、20~100時間とするのがより好ましく、30~80時間とするのが更に好ましい。
【0041】
防除対象とする植物病害は特に限定されず、例えば、土壌伝染性病害を防除対象とすることができる。具体的には、青枯病、べと病などを挙げることができる。青枯病としては、トマト青枯病、ナス青枯病、ジャガイモ青枯病、ピーマン青枯病などを挙げることができ、べと病としては、コマツナべと病、キャベツべと病、キュウリべと病、タマネギべと病、ブドウべと病などを挙げることができる。本発明の根部浸漬用植物病害防除剤と同様、本発明の植物病害防除方法は、特定の病害だけでなく、広範な病害に有効である。
【0042】
防除対象とする植物も特に限定されず、トマト、クコ、ハシリドコロ、ホオズキ、ナス、ジャガイモ、トウガラシ、タバコ、チョウセンアサガオ、ツクバネアサガオ等のナス科、コマツナ、シロイヌナズナ、アブラナ、キャベツ、ブロッコリー、白菜、ワサビ等のアブラナ科、バナナ、バショウ、ヘリコニア等のバショウ科、シソ、バジル、サルビア等のシソ科、ショウガ、ミョウガ、クルクマ等のショウガ科、キク、ダリア、スイゼンジナ、ヒマワリ等のキク科、イチゴ等のバラ科、ラッカセイ、インゲンマメ等のマメ科、クローブ等のフトモモ科、ゴマ等のゴマ科、クワ等のクワ科、ストレリチア等のゴクラクチョウカ科、キャッサバ等のトウダイグサ科、スターチス等のイソマツ科、トルコギキョウ等のリンドウ科、キュウリ等のウリ科の植物が挙げることができる。本発明の根部浸漬用植物病害防除剤と同様、本発明の植物病害防除方法は、特定の植物だけでなく、広範な植物に有効である。
【0043】
本発明の植物病害防除方法は、更に、根部を酢酸水溶液に浸漬した植物を栽培する土壌に、酢酸水溶液を灌注する工程を含んでいてもよい。
【0044】
灌注する酢酸水溶液は、根部の浸漬に用いる酢酸水溶液と同様のものでよい。
【0045】
灌注量は、防除効果が得られ、植物に悪影響を与えない範囲であれば特に限定されない。具体的な量は、植物や病害の種類、植物体の大きさ、酢酸濃度などに応じて決めればよいが、植物1個体当たり1~100mlとするのが好ましく、10~80mlとするのがより好ましく、20~50mlとするのが更に好ましい。
【実施例】
【0046】
以下に、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0047】
〔実施例1〕 穀物酢希釈液の浸根処理および灌注処理によるトマト青枯病の発病軽減効果
育苗用セルトレイ(セルの大きさ25mm 角×深さ45mm、ヤンマーホールディングス)に育苗用培土(有機園芸培土、関東農産)を充填し、トマト「桃太郎」(タキイ種苗)を播種して、温室内で育苗した。なお、播種2 週間後から毎週1 回、ハイポネックス原液(ハイポネックスジャパン)の500 倍希釈液を潅水の代わりに施用し、本葉2 枚程度まで生育した後は底面給水により栽培管理した。トマトを本葉3 枚程度まで生育させ、セルトレイの底面から伸長した根をハサミで切り取り、苗をセルトレイに入れたまま5×5 セル(計25 セル)分をポリプロピレン製バット(320×230×52mm、アズワン)に移し、蒸留水もしくは蒸留水で100 倍(v/v)希釈した穀物酢(Mizkan Holdings)1L をバットに注いで浸根処理を開始した。苗の浸根処理を所定の期間行った後、所定の濃度のトマト青枯病菌(菌株8107R)懸濁液に苗の根部を1 分間浸漬し、培養土(ニッピ園芸培土1 号、日本肥料)を充填した直径7.5 cmポットに1 株ずつ鉢上げした。病原菌を接種した翌日、蒸留水もしくは蒸留水で100 倍(v/v)希釈した穀物酢を30ml ずつトマトの地際部に灌注した。以後、底面給水で栽培管理し、病原菌接種21 日後にトマト地上部における発病(萎凋症状)の有無を調査した。試験は3回行い、各処理区の発病株率の平均値を求めた。結果を
図1に示す。なお、処理区毎に12 株のトマトを供試した。また、苗の浸根処理期間は2日間(試験1回目)または3日間(試験2および3回目)とし、トマト青枯病菌の濃度は1.5×10
7cfu/ml(試験1回目)、1.3×10
7cfu/ml(試験2回目)、または1.7×10
7cfu/ml(試験3回目)とした。病原菌接種後の温室内の平均気温は20.9℃(試験1回目)、19.9℃(試験2回目)、20.2℃(試験3回目)であった。
【0048】
図1に示すように、穀物酢希釈液にトマト苗を浸根処理することにより、トマト青枯病の発病が抑制された。また、鉢上げ後の苗株元へ穀物酢希釈液を灌注処理することにさらに防除効果が高まった。
【0049】
〔実施例2〕 穀物酢のpH と青枯病菌に対する抗菌活性
穀物酢の原液、もしくは蒸留水で10~10,000 倍(v/v)希釈した溶液のpH をpH メータ(B-712、堀場製作所)で測定した。また、トマト青枯病菌をYeast Pepton Agar(以下YPAとする、酵母エキス5g/L、ペプトン10g/L、Na
2HPO
4・12H
2O 4g/L、KH
2PO
4 0.5g/L、寒天15g/L、蒸留水1L)斜面培地で3 日間培養し、少量の滅菌蒸留水で懸濁して病原菌液を得た。加熱溶解後、約50℃まで冷えたYPA 培地に病原菌液を1/100 量(v/v)加えて攪拌し、直径9cm の滅菌シャーレに流し込み、固化させてプレートを作製した。滅菌したペーパーディスク(直径8mm、薄手、ADVANTEC)をプレートに置床し、穀物酢の原液、もしくは滅菌蒸留水で10および100 倍(v/v)希釈した溶液を20μl ずつペーパーディスクに滴下し、プレートを30℃、暗黒条件で2 日間培養した。目視によりペーパーディスクの周辺に生育阻止円の形成が認められた場合に本病菌に対して抗菌活性あり、認められなかった場合を抗菌活性なしと判定した。結果を表1に示す。
【表1】
【0050】
表1に示すように、浸根処理によりトマト青枯病に対する防除効果が確認された100倍希釈穀物酢には、抗菌活性が認められなかった。このことから、防除効果が得られる理由は直接的な抗菌活性以外の要因に基づくと推測される。
【0051】
〔実施例3〕 酢酸およびアミノ酸溶液処理によるトマト青枯病発病軽減効果
実施例1と同様にトマト「桃太郎」をセルトレイで本葉3 枚程度まで育苗し、セルトレイの底面から伸長した根をハサミで切り取り、新しいセルトレイ(5×5 セル)に苗を15 株移し、ポリプロピレン製バット(320×230×52mm、アズワン)に置床した後、蒸留水もしくは蒸留水で100 倍(v/v)希釈した穀物酢、0.042v/v% 酢酸※、アミノ酸混合溶液※※(0.87mg/L L-ロイシン、0.86mg/L L(+)-アルギニン、0.37mg/L L-アラニン、0.36mg/L L-セリン、0.37mg/L L-バリン)、酢酸・アミノ酸混合溶液(0.042v/v% 酢酸、0.87mg/L L-ロイシン、0.86mg/L L(+)-アルギニン、0.37mg/L L-アラニン、0.36mg/L L-セリン、0.37mg/L L-バリン)を1.5L 注いで浸根処理を開始した。苗の浸根処理を3 日間行った後、培養土を充填した直径7.5cm ポットに1 株ずつ鉢上げし、濃度1×108cfu/ml のトマト青枯病菌懸濁液を30ml ずつ株元に灌注して接種した。以後、底面給水で管理し、病原菌接種から所定の期間経過後にトマト地上部における発病(萎凋症状)の有無を調査した。
【0052】
※ 株式会社つくば食品評価センターに依頼し、穀物酢(原液)に含有される有機酸を分析したところ、主要な有機酸として酢酸が4.23g/100g 含まれていた。食酢および酢酸の比重は約1.0g/ml であることから、穀物酢(100 倍希釈液)に含有される濃度相当の0.042v/v%に酢酸(試薬特級、富士フイルム和光純薬)を蒸留水で調整して試験に供試した。
【0053】
※※ 株式会社つくば食品評価センターに依頼し、穀物酢(原液)に含有される遊離アミノ酸を分析したところ、モル濃度で上位のアミノ酸は0.66mM ロイシン、0.49mM アルギニン、0.42mM アラニン、0.34mM セリンが、0.32mM バリンであった。これら5 種のアミノ酸について穀物酢(100 倍希釈液)に含有される濃度相当の0.87mg/L L-ロイシン、0.37mg/L L-アラニン、0.36mg/L L-セリン、0.37mg/L L-バリン(以上4 種のアミノ酸は試薬特級、富士フイルム和光純薬)、0.86mg/L L(+)-アルギニン(和光特級、富士フイルム和光純薬)を含むアミノ酸混合溶液を蒸留水で調製して試験に供試した。
【0054】
試験は3回行い、各処理区の発病株率の平均値を求めた。結果を
図2に示す。なお、処理区毎に12 株のトマトを供試した。また、発病の有無の調査は、病原菌接種から14日後(試験1回目)または21日後(試験2および3回目)とした。病原菌接種後の温室内の平均気温は22.8℃(試験1回目)、19.6℃(試験2回目)、21.5℃(試験3回目)であった。
【0055】
図2に示すように、穀物酢(100倍希釈液)に含まれる酢酸と同濃度の0.042%酢酸溶液にトマト苗を浸根処理することにより、トマト青枯病の発病が抑制された。このことから、穀物酢希釈液への浸根処理による防除効果には、酢酸が関与していると考えられる。
【0056】
〔実施例4〕 各種食物酢処理によるトマト青枯病発病軽減効果
実施例1と同様にトマト「桃太郎」をセルトレイで本葉3~4 枚程度まで育苗して剪根した後、バットに入れて、蒸留水もしくは蒸留水で100 倍(v/v)希釈した穀物酢、107 倍(v/v)希釈した米酢※(Mizkan Holdings)、119 倍(v/v)希釈したリンゴ酢※(Mizkan Holdings)を1L注いで浸根処理を開始した。苗の浸根処理を3日間行った後、所定の濃度のトマト青枯病菌懸濁液に実施例1と同様に根を浸して接種し、培養土を充填した直径7.5cm ポットに1 株ずつ鉢上げした。病原菌を接種した翌日、蒸留水もしくは上記と同じ濃度に希釈した穀物酢、米酢、リンゴ酢を30ml ずつトマトの地際部に灌注した。以後、底面給水で栽培管理し、病原菌接種14 日後にトマト地上部における発病(萎凋症状)の有無を調査した。
【0057】
※ 株式会社つくば食品評価センターに依頼し、米酢およびリンゴ酢(いずれも原液)に含有される有機酸を分析したところ、それぞれ主要な有機酸として酢酸が4.52g/100g および5.03g/100g 含まれていた。食酢および酢酸の比重は約1.0g/ml であることから、実施例3の穀物酢(100 倍希釈液)に含まれる酢酸濃度と同じ0.042v/v%になるように米酢およびリンゴ酢を蒸留水で調整して試験に供試した。
【0058】
試験は3回行い、各処理区の発病株率の平均値を求めた。結果を
図3に示す。なお、処理区毎に12 株のトマトを供試した。トマト青枯病菌の濃度は1.8×10
7cfu/ml(試験1回目)、1.5×10
7cfu/ml(試験2回目)、または1.7×10
7cfu/ml(試験3回目)とした。病原菌接種後の温室内の平均気温は22.9℃(試験1回目)、23.6℃(試験2回目)、28.8℃(試験3回目)であった。
【0059】
図3に示すように、米酢、リンゴ酢の希釈液(酢酸濃度を0.042%に調整)でトマト苗を浸根処理しても、トマト青枯病の発病が抑制された。
【0060】
〔実施例5〕 穀物酢希釈液の浸根処理によるコマツナベと病の発病軽減効果
図1と同様の育苗用セルトレイおよび培土を用いてコマツナ「黒みすぎ」(サカタのタネ)を播種し、温室内で育苗した。子葉期まで生育させ、3×5セル(計15セル)分をポリプロピレン製バットに移し、蒸留水もしくは蒸留水で100倍(v/v)希釈した穀物酢1Lをバットに注いで浸根処理を開始した。苗の浸根処理を2日間行った後、苗をセルトレイに入れたまま水道水を薄く張ったイチゴパック(M-500A、ミネクロン化成工業)に移し、分生子濃度10
3個/mlに調製したコマツナベと病菌(菌株koma-tu1)の懸濁液を10μlずつ子葉上に滴下して接種した後、15/15℃、約10,000/0Lux(12/12hrs)、湿室条件で維持した。接種7日後、子葉の裏面における発病(分生子形成)の有無を肉眼で調査した。なお、1回の試験につき処理区毎に30株(子葉60枚)を供試し、試験は3回実施した。
【0061】
図4に示すように、穀物酢希釈液でコマツナ苗を浸根処理することにより、コマツナべと病の発病が軽減された。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明は、トマト等の生産者や農薬会社などの利用が想定される。使用した食酢(穀物酢、米酢、リンゴ酢、株式会社Mizkan Holdings)は一般の小売店で安価に入手できる。処理が簡便かつ低コストで実施できることから、青枯病の既発生圃場だけで無く、未発生圃場においても予防的に導入・利用されることが考えられる。
【0063】
また、青枯病は熱帯~温帯を中心に世界各地に分布し、トマトを初めとして多くの作物に被害をもたらしている。食酢の製品毎の病害防除効果や障害発生の存否を確認する必要はあるが、食酢は世界各地で生産・利用されている主要な調味料の一つであり、農業への利用場面は広範に及ぶと考えられる。
【0064】
さらに、酢酸を有効成分とするイネ種子伝染性細菌病害防除剤(エコフィット、クミアイ化学)が市販されているが、種子消毒剤としてだけで無く、土壌病害を対象とし、酢酸を有効成分とした新たな防除剤開発の可能性が考えられる。