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特許7598793硬化物作製用キット、硬化物の製造方法及び硬化物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-04
(45)【発行日】2024-12-12
(54)【発明の名称】硬化物作製用キット、硬化物の製造方法及び硬化物
(51)【国際特許分類】
   C04B 28/10 20060101AFI20241205BHJP
   C04B 24/06 20060101ALI20241205BHJP
【FI】
C04B28/10
C04B24/06 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021044855
(22)【出願日】2021-03-18
(65)【公開番号】P2022144021
(43)【公開日】2022-10-03
【審査請求日】2024-02-09
(73)【特許権者】
【識別番号】521297587
【氏名又は名称】UBE三菱セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100145012
【弁理士】
【氏名又は名称】石坂 泰紀
(72)【発明者】
【氏名】田坂 行雄
(72)【発明者】
【氏名】三浦 大輔
(72)【発明者】
【氏名】福島 悠太
【審査官】田中 永一
(56)【参考文献】
【文献】特開平01-270552(JP,A)
【文献】特開平08-169747(JP,A)
【文献】特開平07-126048(JP,A)
【文献】特開平02-182744(JP,A)
【文献】特表2021-500296(JP,A)
【文献】特表2015-505511(JP,A)
【文献】特開2022-144066(JP,A)
【文献】特開2022-144029(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 2/00 - 32/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリセロール-1,2-カーボネートを含む第1剤と、
水酸化カルシウムを含む第2剤と、を含む、硬化物作製用キット。
【請求項2】
前記第1剤及び前記第2剤の少なくとも一方が、更に骨材を含む、請求項1に記載の硬化物作製用キット。
【請求項3】
前記第2剤が更に骨材を含む、請求項1又は2に記載の硬化物作製用キット。
【請求項4】
請求項1~のいずれか一項に記載の硬化物作製用キットの前記第1剤と前記第2剤とを混合する工程を備える、硬化物の製造方法。
【請求項5】
請求項1~のいずれか一項に記載の硬化物作製用キットの前記第1剤と前記第2剤とを混合して得られる、硬化物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬化物作製用キット、硬化物の製造方法及び硬化物に関する。
【背景技術】
【0002】
堆積岩の地層中から発見されるコンクリーションという塊を応用する分野の発明として、特許文献1がある。特許文献1には、構造を形成するための母材と、上記母材の内部又は表面に存在し、上記母材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が第1の値以下である難溶性塩を構成する陽イオンと陰イオンの少なくとも一方を供給するイオン供給源と、を備えることを特徴とする構造材が提案されている。また、非特許文献1には、特許文献1の原理について記載されている。
【0003】
また、無機硬化組成物の分野の発明として、特許文献2がある。特許文献2には、酸化マグネシウムと、水と、エチレンカーボネート(炭酸エチレン)とを含む組成物について、成形、28日養生することで圧縮強度に優れた建築用材料が得られることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開2020/040243号公報
【文献】特開平08-143352号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Hidekazu Yoshida et al., Scientific Reports volume 5, Article number: 14123 (2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1には、ツノガイに係るコンクリーションと呼ばれる球状の塊が形成されるメカニズムをセメント系の構造材などの分野に応用することが記載されている。天然コンクリーションの圧縮強度は、例えば、100N/mmといった極めて高い数値を示す。しかしながら、特許文献1に記載の方法で作製した構造物では、炭酸カルシウムの層は形成できても、天然のコンクリーションのように高い圧縮強度は再現できていなかった。
【0007】
そこで、本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、高強度の硬化体を得ることができる硬化物作製用キットを提供することを目的とする。また、本発明は、当該硬化物作製用キットを使用した硬化物の製造方法、及び当該硬化物作製用キットから形成される硬化体を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、コンクリーションのメカニズムを応用して、硬化性組成物から高い強度の硬化体を製造する方法について検討を行った。本発明者らが、天然コンクリーションを観察した結果、岩石の間隙に、炭酸カルシウムが配置され、構成成分が密に詰まるモルフォロジー(形態)となっていることを知見した。そして、密なモルフォロジーであることによって、圧縮強度などが高強度となっていると推測した。
【0009】
本発明者らは、炭酸カルシウムの間隙を埋めて密なモルフォロジーを作製するために、水酸化カルシウム、酸化カルシウムといったカルシウム供給源に対して、炭酸エチレン、炭酸プロピレン、グリセロールカーボネートといった炭酸供給源を混練することを考えた。混練後、炭酸供給源が分解して二酸化炭素を発生させ、発生した二酸化炭素を水酸化カルシウム、酸化カルシウムに吸収させて炭酸カルシウムの間隙を埋めるというメカニズムを推測し実験を行った。当初、本発明者らは、炭酸エチレンを熱分解、加水分解して二酸化炭素を発生させる方法を試行していた。その結果、グリセロールカーボネート(グリセロール-1,2-カーボネート)と、水酸化カルシウムという特定の組み合わせを混練したときに、高強度の硬化体を得られる硬化性組成物及び構造物を得られることを発見し、本発明を完成した。
【0010】
なお、本実施形態の硬化体が高強度となる詳細なメカニズムは必ずしも明らかにはなっていない。本発明者らは、炭酸供給源としてグリセロールカーボネート、カルシウム供給源として水酸化カルシウムを用いる場合に、高強度を実現できることに対して、実験による知見から到達した。
例えば、カルシウム供給源として水酸化カルシウム、炭酸供給源として炭酸エチレン、骨材として炭酸カルシウムを用いると、構造物の圧縮強度は5~10N/mmとなった。これは炭酸エチレンの融点が36℃であって、25℃で固体であり、周囲の物質を巻き込んで固まっているに過ぎず、硬化反応が起こっていないためと推測される。この炭酸エチレンを混練する際は、湯煎して液体としたものを用いる。なお、グリセロールカーボネートは25℃で液体のため、湯煎等の必要はない。
また例えば、カルシウム供給源として酸化カルシウム、炭酸供給源としてグリセロールカーボネート、骨材として炭酸カルシウムを用いると、構造物の圧縮強度は30~40N/mmとなり、構造物を空気中に放置すると粉となって崩壊した。
また例えば、カルシウム供給源として酸化カルシウム、炭酸供給源としてグリセロールカーボネート、骨材として炭酸カルシウムを用いると、硬化反応はグリセロールカーボネートを用いた場合と同様に起こる。しかしながら、大気下に硬化体を保管しておくと粉になって崩壊した(ダスティング様の現象が生じた)。
【0011】
なお、本発明者らが、本実施形態の硬化体の強度が向上するメカニズムを考察する際、本実施形態の硬化体に近しい系として特許文献2について考察した。しかしながら、特許文献2には、酸化マグネシウム、エチレンカーボネート(炭酸エチレン)、水を用いた系については記載されているものの、メカニズムについて詳細は記載されていない。
なお、本発明者らは、特許文献2を参考に、カルシウム供給源として水酸化カルシウム又は酸化カルシウム、炭酸供給源として炭酸エチレン、更に水を添加する系についても検討した。原料の配合にもよるが、発熱はするものの、硬化が表面から進行しない、又は、硬化しても本実施形態の硬化体ほどの圧縮強度は発現しないことが確認されている。
【0012】
以上より、本発明者らのコンクリーションのメカニズムを応用する検討によって、高強度の硬化体を得られることを知見し、本発明は完成した。
【0013】
すなわち、本発明の硬化物作製用キットは、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートを含む第1剤と、水酸化カルシウムを含む第2剤と、を含む。
【0014】
上記第1剤及び上記第2剤の少なくとも一方が、更に骨材を含むと好ましい。
【0015】
上記第2剤が更に骨材を含むと好ましい。
【0016】
上記環状カーボネートが下記式(I)で表される化合物を含むと好ましい。
【化1】

(式(I)中、Rは、2~6個の炭素を有する二価の炭化水素基であり、当該二価の炭化水素基の水素原子のうち少なくとも1つは、少なくとも1つのヒドロキシ基により置換されている。)
【0017】
本発明の硬化物の製造方法は、上記硬化物作製用キットの第1剤と第2剤とを混合する工程を備える。
【0018】
本発明の硬化物は、上記硬化物作製用キットの第1剤と第2剤とを混合して得られるものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、高強度の硬化体を得ることができる硬化物作製用キットを提供することができる。また、本発明によれば、当該硬化物作製用キットを使用した硬化物の製造方法、及び当該硬化物作製用キットから形成される硬化体を提供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例5の供試体の写真である。
図2】実施例1~6の供試体の圧縮強度をまとめたグラフである。
図3】実施例3の供試体のSEM写真である。
図4】実施例5の供試体のSEM写真である。
図5】実施例2~5の供試体に広角X線回折測定を行った結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本実施形態の硬化物作製用キットは、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートを含む第1剤と、水酸化カルシウムを含む第2剤と、を含む。このような硬化物作製用キットによれば、強度に優れる硬化体(硬化物)を製造することができる。
なお、本明細書において、数値範囲を表す際に「~」を使用した場合は、当該数値範囲に端点が含まれるものとする。
【0022】
本実施形態の硬化物作製用キットでは、第1剤と第2剤とが分離した状態で含まれている。分離した状態とは、第1剤と第2剤とが直接接触しない状態を言い、例えば、第1剤と第2剤とがそれぞれ別々の容器(袋状のものも含む)に収容されている状態、単一の容器内の複数の区画にそれぞれ第1剤と第2剤とが別々に収容されており、各区画の間には仕切りが設けられている状態等を指す。
【0023】
ヒドロキシ基を有する環状カーボネートと、水酸化カルシウムとを混合すると急速に硬化反応が進むため、混合した状態で保管、輸送、販売等を行うことは困難である。本実施形態の硬化物作製用キットでは、上述のとおり、第1剤と第2剤とが直接接触しないよう分離した状態でキットに含まれるため、安定的に保管、輸送、販売等を行うことができ、使用時に初めて混合し、硬化物を作製するため、使用現場で安定的に使用できる。
【0024】
第1剤は、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートを含む。ヒドロキシ基を有する環状カーボネートとしては、例えば、混合後に二酸化炭素を発生するものであればよく、他の原料成分と反応して二酸化炭素を発生するものであることが好ましい。ヒドロキシ基を有する環状カーボネートの環の大きさは、例えば、8員環以下でもよく、7員環以下であることが好ましく、6員環以下であることがより好ましい。また、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートの環の大きさは、例えば、4員環以上でもよく、5員環以上であることが好ましい。これにより、混合時に安定して二酸化炭素を発生させることができる。具体的には、下記式(I)で表される化合物が挙げられる。
【化2】

(式(I)中、Rは、2~6個の炭素を有する二価の炭化水素基であり、当該二価の炭化水素基の水素原子のうち少なくとも1つはヒドロキシ基により置換されている。)
【0025】
は、3~5個の炭素を有する二価の炭化水素基であると好ましい。また、上記環状カーボネートが有するヒドロキシ基の数は、1~3個であると好ましく、1又は2個であると好ましい。Rは、炭素炭素二重結合を含んでいてもよい(つまり、不飽和炭化水素基であってよい)。
【0026】
上記環状カーボネートが下記式(II)又は(III)で表される化合物の少なくとも一種を含むと好ましい。
【化3】

(式(II)中、R11及びR12は、それぞれ独立に水素原子、ヒドロキシ基又は-CHOH基であり、式(III)中、R21、R22及びR23は、それぞれ独立に水素原子、ヒドロキシ基又は-CHOH基である。)
【0027】
11及びR12は、それぞれ独立に水素原子、又は-CHOH基であると好ましい。R21及びR23は、それぞれ独立に水素原子、又は-CHOH基であると好ましい。
【0028】
式(II)で表される化合物、及び式(III)で表される化合物としては、以下の化合物(IIa)~(IIh)及び(IIIa)~(IIId)が挙げられる。
【化4】

【化5】
【0029】
中でも、グリセロールカーボネート(式(IIa)の化合物、グリセロール1,2-カーボネート)又は式(IIIbの化合物(グリセロール1,3-カーボネート)が好ましく、グリセロールカーボネートがより好ましい。グリセロールカーボネートであれば、水酸化カルシウムと常温で反応する観点から好ましい。
【0030】
グリセロールカーボネートは、不純物としてグリセリンその他成分を含んでいてもよい。
【0031】
第1剤におけるヒドロキシ基を有する環状カーボネートの含有量は、第1剤の総量に対して70質量%以上であってよく、80質量%以上であってよく、90質量%以上であってよい。不可避不純物を除き、実質的に第1剤の略100質量%がヒドロキシ基を有する環状カーボネートであってもよい。
【0032】
硬化性組成物を調製する際の第1剤の添加量は、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートの添加量として、水酸化カルシウム100質量部に対して、例えば、100質量部以下であることが好ましく、70質量部以下であることが好ましく、65質量部以下であることがより好ましく、60質量部以下であることが一層好ましく、55質量部以下であることが殊更好ましい。ヒドロキシ基を有する環状カーボネートの添加量は、水酸化カルシウム100質量部に対して、例えば、30質量部以上であることが好ましく、40質量部以上であることがより好ましく、45質量部以上であることがさらに好ましく、48質量部以上であることが一層好ましく、50質量部以上であることが殊更好ましい。
ヒドロキシ基を有する環状カーボネートの添加量を上記範囲に制御することにより、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートから発生する二酸化炭素が、適切に水酸化カルシウムに吸収できると推測される。これにより、水酸化カルシウム等の間隙を炭酸カルシウムによって埋めることができ、圧縮強度をさらに向上することができる。
【0033】
第1剤に含まれるヒドロキシ基を有する環状カーボネートは室温(25℃)で液体又は、室温で固体であっても低融点の化合物が多い。そのため、第1剤に上記環状カーボネート以外の成分を含めるときは、かかる成分は液体であってよい。そのような液体としては、水、アルコール、ヒドロキシ基を有しない環状カーボネート等が挙げられる。
【0034】
第2剤は、水酸化カルシウムを含む。水酸化カルシウムとしては限定されず、天然物であっても合成物であってもよく、市販品も用いることができる。市販の水酸化カルシウムとしては、宇部マテリアルズ株式会社製の特号消石灰グレードのものが挙げられる。また、水酸化カルシウムと炭酸カルシウムとが予め混合された製品も使用することができ、そのような製品としては有限会社田川石灰工業所製の肥料用グレードのもの等が挙げられる。
【0035】
第2剤における水酸化カルシウムの含有量は、第2剤の総量に対して、70質量%以上であってよく、80質量%以上であってよく、90質量%以上であってよい。不可避不純物を除き、実質的に第2剤の略100質量%が水酸化カルシウムであってもよい。
【0036】
(骨材)
上記第1剤及び第2剤を混合して調製される硬化性組成物には、骨材が添加されてもよい。骨材としては、炭酸カルシウムが好ましい。骨材としては、炭酸カルシウムが好ましい。炭酸カルシウムとしては、天然物であっても合成物であってもよく、市販品も使用できる。市販の炭酸カルシウムとしては、宇部マテリアルズ株式会社製の道路用グレード等が挙げられる。
【0037】
骨材は、第1剤及び第2剤とは別の成分として用意してもよく、予め第1剤及び第2剤の少なくとも一方に含まれていてもよいが、予め粉末等の固形の成分を混合しておいたほうが取り扱い性に優れるため、第2剤に含まれていることが好ましい。
【0038】
第2剤が骨材を含む場合、第2剤における水酸化カルシウムの含有量は、第2剤の総量に対して、80質量%以下であってよく、70質量%以下であってよく、65質量%以下であってよく、63質量%以下であってよい。また、第2剤における水酸化カルシウムの含有量は、第2剤の総量に対して、20質量%以上であってよく、30質量%以上であってよく、40質量%以上であってよく、50質量%以上であってよく、55質量%以上であってよい。第2剤が骨材を含む場合、第2剤における骨材と水酸化カルシウムの合計量は、第2剤の総量に対して、90質量%以上であってもよく、95質量%以上であってもよい。不可避不純物を除き、実質的に第2剤の略100質量%が水酸化カルシウム及び骨材であってもよい。
【0039】
骨材を添加する場合、硬化性組成物を調製する際の第1剤の添加量は、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートの添加量として、水酸化カルシウム及び骨材の合計100質量部に対して、例えば、100質量部以下であることが好ましく、70質量部以下であることがより好ましく、60質量部以下であることがさらに好ましく、40質量部以下であることが一層好ましく、32質量部以下であることが殊更好ましい。ヒドロキシ基を有する環状カーボネートの添加量は、硬化性組成物の混合のしやすさ、及び分散性の観点から、水酸化カルシウム及び骨材の合計100質量部に対して、例えば、10質量部以上であることが好ましく、20質量部以上であることがより好ましく、25質量部以上であることがさらに好ましく、28質量部以上であることが殊更好ましい。詳細なメカニズムは定かではないが、水酸化カルシウムと、骨材とを添加する場合、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートの添加量は少ないほど強度がより向上しやすい傾向が確認された。環状カーボネートの添加量を上記範囲とすることにより、混合工程を好適に実施でき、さらに、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートの添加量を少なくできるバランスを保つことが高強度を得るためには重要である。
【0040】
骨材を添加する場合、硬化性組成物を調製する際の水酸化カルシウムの添加量は、水酸化カルシウム及び骨材の合計100質量部に対して、例えば、80質量部以下であることが好ましく、70質量部以下であることがより好ましく、65質量部以下であることがさらに好ましく、63質量部以下であることが一層好ましい。水酸化カルシウムの添加量は、水酸化カルシウム及び骨材の合計100質量部に対して、例えば、20質量部以上であることが好ましく、30質量部以上であることがより好ましく、40質量部以上であることがさらに好ましく、50質量部以上であることが一層好ましく、55質量部以上であることが殊更好ましい。高強度を実現するためには水酸化カルシウムが二酸化炭素を吸収して炭酸カルシウムとなることが重要であると考えられる。また、水酸化カルシウムの上記添加量20質量部以上であると、硬化体の膨張を妨げることができ、強度が向上する。これにより、水酸化カルシウムの添加量は上記数値範囲内であることが好ましい。
【0041】
(減水剤)
上記第1剤及び第2剤を混合して調製される硬化性組成物には、減水剤をさらに添加してもよい。これにより、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートの添加量を低減しつつ、混合工程を行うことができる。減水剤の種類としては限定されないが、例えば、ニトロフミン酸塩、リグニンスルホン酸塩、クエン酸、ポリカルボン酸、ナフタレンを用いることができる。
【0042】
(その他成分)
上記第1剤及び第2剤を混合して調製される硬化性組成物には、その他成分として、炭酸エステル(ヒドロキシ基を有する環状カーボネートを除く)をさらに添加してもよい。炭酸エステルとしては、例えば、炭酸エチレン、炭酸プロピレン、1,3-ジオキサン-2-オン、4-フルオロ-1,3-ジオキソラン-2-オン、4-クロロ-1,3-ジオキソラン-2-オン、4-ビニル-1,3-ジオキソラン-2-オン、4-メトキシ-1,3-ジオキソラン-2-オン、炭酸ビニレンが挙げられる。
また、上記第1剤及び第2剤を混合して調製される硬化性組成物には、その他成分として、例えば、少量のアルコールを添加してもよい。これにより、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートの開環を促進することができる。
【0043】
減水剤及びその他の成分は、第1剤及び第2剤以外の第3剤として、本実施形態のキットに含まれていてもよい。
【0044】
本実施形態の硬化体は、第1剤及び第2剤を混合して調製した硬化性組成物を硬化して得られるものである。本実施形態の硬化体は、後述のとおり、水酸化カルシウムと二酸化炭素との反応で生じた炭酸カルシウムを含み、未反応の水酸化カルシウムを含んでいてもよい。また、硬化性組成物が骨材を含む場合、硬化体も当該骨材を含む。すなわち、本実施形態の硬化体は、炭酸カルシウム、及び任意に水酸化カルシウム又は骨材を含む粒子が結合された結合体であるともいえる。硬化体に含まれる個々の粒子は、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム及び骨材のうち、一種又は複数種を含んでいてもよい。本実施形態の硬化体は、予め所定の形状に成形された構造物であってもよいし、成形されていなくてもよい。
【0045】
(硬化性組成物及び硬化体の製造方法)
以下、本実施形態に係る硬化性組成物の製造方法、及び硬化体の製造方法について説明する。本実施形態に係る硬化性組成物の製造方法は、上述の第1剤と第2剤とを混合して硬化性組成物を調製する混合工程を備える。
【0046】
<混合工程>
混合工程では、上述の第1剤と第2剤とを混合して硬化性組成物を製造する。なお、第1剤及び第2剤以外の原料を用いる場合、混合工程で併せて混合する。
混合する方法としては限定されず、例えば、ミキサー、ニーダー、ニーダールーダーの様なバッチ式混練機等、ベント口及び減圧室を設けた押出機の様な連続式混練機などを用いて混合することが挙げられる。また、混合中に硬化が起こりにくい系など機械を用いる必要がない場合は、人間の手で攪拌しても良い。混合する方法としては、例えば、減圧室を設けたニーダーを用いることが好ましい。ニーダーとしては、例えば、株式会社入江商会製のPNV-1T(モーター:100V250W、容量:1L、回転数:28.8rpm~62.4rpm、翼の形状:Σ型)等が挙げられる。原料の分散性が良いほど、製造される硬化体の圧縮強度が向上する傾向がある。一方、原料の混合と共に硬化が進行する場合がある。これにより、硬化が進行しはじめても原料の分散性を向上できるせん断応力の高いニーダーほど好ましい。
【0047】
混合工程において、混合する原料が複数ある場合、例えば、粉体は粉体同士、液体は液体同士で先に混合して、次いで、粉体の混合物、及び、液体の混合物を混合することが好ましい。これにより、さらに分散性を向上させることができる。例えば、グリセロールカーボネートと、水酸化カルシウムと、炭酸カルシウム(骨材)とを混合する系においては、先に水酸化カルシウムと、炭酸カルシウムとを混合して粉体の混合物を作製した後、グリセロールカーボネートと、粉体の混合物とを混合することが好ましい。
【0048】
なお、混合工程においては、各成分の配合比率を適宜調整することもできる。例えば、第2剤が水酸化カルシウム及び骨材を含み、硬化性組成物における水酸化カルシウム及び骨材の配合比率を第2剤における配合比率から変更したい場合、別途用意した水酸化カルシウム又は骨材を硬化性組成物に添加して配合比率を変更することもできる。
【0049】
混合工程においては、例えば、水分を除去して原料を混合することが好ましい。これにより、混合途中での硬化を抑制する事ができ、所望の形状の構造体を形成することができる。
水分を除去して混合する方法としては、例えば、減圧下で混合する方法、吸湿剤と共に混合する方法、吸湿剤の配置された環境で混合する方法、加熱乾燥しながら混合する方法が挙げられる。水分を除去して混合する方法としては、例えば、減圧下で混合することが好ましく、真空引きして混合することがより好ましい。これにより、より水分の少ない系にて混練をすることができる。
減圧する方法としては限定されず、例えば、油回転ポンプ、アスピレーター、水封式ポンプ、ロータリーポンプなどを使用できる。
なお、水分は完全に除去されることが好ましいが、現実の製造工程では完全な除去は困難であり、微量の水分が混入することは許容される。
【0050】
混合工程においては、例えば、冷却しながら原料を混合することが好ましい。これにより、混合途中での硬化を抑制する事ができ、所望の形状の構造体を形成することができる。冷却する温度は限定されないが、例えば、-50℃以上としてもよく、-30℃以上であることが好ましく、-20℃以上であることがより好ましく、-10℃以上であることが更に好ましく、0℃以上であることが一層好ましく、5℃以上であることが殊更好ましい。また、冷却する温度は、例えば、25℃以下とすることができ、20℃以下とすることができ、l0℃以下とすることができる。
冷却する方法としては限定されないが、例えば、ニーダーといった混練機そのものを冷却する方法が挙げられる。
【0051】
混合工程において起こる現象について説明する。原料を、例えば、低温、減圧下混合すると、だんだんと粒が大きくなる造粒が起こる。その後、混合を続けると、造粒した粉体が、突如表面に液体を生じ、ペースト状の硬化性組成物となる。このペースト状の硬化性組成物を型枠に詰めて大気下に放置すると、硬化物となる。
例えば、温度23℃、湿度60%の環境下で装置を-5℃に冷却し、真空引きするよりも温度20℃、湿度60%の環境下で装置を-5℃に冷却し、真空引きする方が混合時の造粒がきめ細やかになる(微量の空気が装置に混入すると推測される)。また、例えば、温度5℃、湿度45%の環境下で装置を-5℃に冷却し、真空引きする方が、上述した系よりも混合時の造粒がきめ細やかになる。
【0052】
本実施形態に係る硬化組成物について、どのようなメカニズムで硬化反応が進行するかは不明な部分が多いが、可能性の1つとして、水酸化カルシウム、骨材の粒子表面にグリセロールカーボネートが均一付着している可能性も考えられる。
本実施形態に係る好適な配合の硬化組成物を混練する様子を観察し続けると、はじめは粉体の粒が大きくなる(すなわち、造粒していく)様子が窺える。一方、混練を続けると、表面に光の反射が観察され、あたかも粉体が湿っているような様子が観察される。次いで、粉体がペースト状の性状になり、硬化組成物となる。この硬化組成物に対して、成形工程を行う。
このように混練状態の性状が変化する理由は定かでない。1つはせん断熱によって、何らかの化学反応が起こり、造粒が起こっているためと推測される。これは、例えば、グリセロールカーボネートから二酸化炭素が生じ、その二酸化炭素を消石灰が吸収して炭酸カルシウムを生成し、水酸化カルシウム、骨材間で「つなぎ」のように結合材として作用している可能性が示唆される。あるいは、化学反応が起こるわけではなく、グリセロールカーボネートが水酸化カルシウム、骨材の表面によく分散し、水酸化カルシウム、骨材間で「つなぎ」のように結合剤として作用している可能性も示唆される。
【0053】
<成形工程>
本実施形態に係る硬化体の製造方法は、上述した混合工程の後、硬化性組成物を所望の形状に成形して成型体を得る成形工程をさらに備えていてもよい。これにより、所定の形状を有する硬化体からなる構造物を得ることができる。
【0054】
例えば、混合工程において、グリセロールカーボネートと、水酸化カルシウムとを混合した場合、空気中、常温に放置すると直ちに発熱し、硬化が進行する。詳細なメカニズムは明らかではないが、硬化に際しては、水酸化カルシウムが二酸化炭素を吸収して炭酸カルシウムとなり、水酸化カルシウム等原料の間隙を埋める。これにより、硬化後には、自由な形状への成形が難しい。硬化性組成物は、例えば、金型、木枠といった型に入れて所望の形状に成形することが好ましい。
【0055】
<乾燥工程>
本実施形態に係る硬化体の製造方法は、必要に応じて、硬化体を乾燥する乾燥工程をさらに備えても良い。成形工程を行う場合、成形工程の後に乾燥工程を行うことが好ましい。乾燥工程の温度条件としては限定されないが、例えば、60℃以上でもよく、80℃以上でもよく、100℃以上でもよい。また、乾燥時間としては、例えば、1時間以上でも良く、10時間以上でも良く、24時間以上でも良く、72時間以上でも良い。また、乾燥工程は減圧下で行ってもよい。
配合によっては、硬化体から、グリセリン様の液体が染み出ることがあるが、乾燥工程を行うことで除去できる。また、環状カーボネートには熱分解して二酸化炭素を発生する性質がある。
なお、乾燥工程を行わない場合、乾燥工程を行う場合と比べて、じん性が向上する観点で好ましい。
乾燥は、例えば、ヒーターによる加熱、熱風による加熱を行ってもよい。
【0056】
上述した乾燥工程の他に、例えば、硬化組成物を養生しても良い。養生は、例えば、高温の水分下で蒸気養生してもよく、熱湯に硬化組成物を沈めても良い。例えば、100℃の熱湯に硬化組成物を沈めると、硬化が進行し、白変する。
【0057】
<硬化工程>
本実施形態に係る硬化体の製造方法は、硬化性組成物又は上記成形体を硬化する硬化工程を備える。本実施形態の硬化性組成物は、硬化速度が大きい場合が多く、加熱等をせずに周囲温度(15~35℃程度、20℃、25℃等)で静置しておくだけで硬化することも多いが、硬化速度を更に高めるため加熱を行ってもよい。加熱温度としては、特に制限されないが、110℃以下であってよく、90~100℃であってよい。また、態様により硬化する際の反応熱が問題となる場合、冷却しながら硬化を行ってもよい。硬化工程を行う際の湿度(相対湿度、RH)は特に限定されないが、例えば、30~80%とすることができる。硬化工程は、上記乾燥工程の後に行ってもよく、乾燥工程と同時に行ってもよい(つまり、乾燥しながら硬化する工程)。
【0058】
<構造物>
次いで、本実施形態に係る構造物について説明する。
本実施形態に係る構造物は、硬化性組成物を成形及び硬化したものである。
【0059】
(無機成分)
構造物を広角X線回折測定して無機成分を分析するとき、炭酸カルシウムの含有量は、炭酸カルシウム及び水酸化カルシウムの合計100質量部に対して、5質量部以上であることが好ましく、20質量部以上であることがより好ましく、40質量部以上であることがさらに好ましく、60質量部以上であることが一層好ましい。これにより、構造物の強度を向上することができる。また、炭酸カルシウムの含有量は100質量部以下としてもよく、99質量部以下としてもよく、90質量部以下としてもよい。
【0060】
構造物中の水酸化カルシウム、炭酸カルシウムの粒子径としては、例えば、5μm以上の粒子を含むことが好ましく、6μm以上の粒子を含むことがより好ましく、7μm以上の粒子を含むことがより好ましく、10μm以上の粒子を含むことが一層好ましい。これにより、単位体積当たりの無機粒子の界面の表面積を低減することができる。したがって、欠陥の生じる頻度を低減し、構造物の強度を向上することができる。
なお、構造物を構成する無機成分の粒子径は、例えば、以下の方法で測定することができる。まず、構造物を破断して、断面を作成する。次いで、SEM(Scanning Electron Microscope)によって3000倍の写真を撮影する。次いで、写真に映った各粒子について、最も長くなる方向の長さを粒径(以下、最大粒径とも呼ぶ。)とする。
【0061】
硬化体において、カルシウムの元素濃度は、20~70原子%であることが好ましく、25~65原子%であることがより好ましく、30~60原子%であることが更に好ましい。また、硬化体において、炭素の元素濃度は、20~80原子%であることが好ましく、30~70原子%であることがより好ましく、40~65原子%であることが更に好ましい。カルシウム及び炭素の元素濃度がそれぞれ上記範囲であると、硬化体の圧縮強度がより優れる傾向にある。硬化体における各元素の濃度は、例えば、エネルギー分散型X線分析等で測定することができる。
【0062】
(有機成分)
硬化性組成物中で、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートは開環重合付加及び脱炭酸反応を受け、二酸化炭素を発生すると考えられる。一般に、環状カーボネート化合物は、カルボニル炭素が求核体により求核置換反応を受けて開環する。以下にエチレンカーボネートの求核体との反応を例に示す。
【化6】

式中、ZOHはOH部分を有する求核体を示す。Zは、有機基であっても(例えば、ZOHがアルコールの場合)よいし、水素原子(つまり、ZOHが水の場合)であってもよい。かかる反応は、塩基触媒の存在下で促進されることが知られている。本実施形態の硬化性組成物は、塩基性の強い水酸化カルシウムを含み、骨材も塩基性を有する場合があることから、これらが触媒として機能していると考えられる。
硬化性組成物中では、ヒドロキシ基を有する環状カーボネート化合物のヒドロキシ基、並びに不純物として含まれ得る水、アルコール及び上記求核体として機能すると考えられる。また、上記開環付加反応の生成物もヒドロキシ基を有するため、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートに対して求核体として機能し得る。この場合、開環付加反応が逐次的に進み、開環付加重合した化合物(ポリマー又はオリゴマー)が生成し得ると考えられる。
なお、上記化学反応式でZOHがOHである場合、反応生成物は水と反応して脱炭酸反応が起こる(環状カーボネート化合物の加水分解反応)。この際に、アルコール(グリセロールカーボネートの場合は、グリセリン)が生じる(加水分解反応)。
また、カーボネート化合物は、以下のとおり、一般に脱炭酸反応を受けることが知られている。
【化7】

そのため、上記開環付加重合で生じたポリマー又はオリゴマーについても、これらの分子が有するカーボネート基(-O-C(=O)-O-)の一部又は全部が脱炭酸反応してエーテル結合(末端のカーボネート基であればヒドロキシ基)に置き換わる。有機成分にはこのようにして生じた高分子量成分も含まれ得ると考えられる。
一連の反応で生じた二酸化炭素の少なくとも一部は、水酸化カルシウムと反応して炭酸カルシウムを生じると考えられる。この際に成長する炭酸カルシウム相同士が周辺の反応途中の水酸化カルシウム、骨材等を巻き込みながら複雑に結合(付着)し合い、強固な結合体が形成されるものと考えられる。
【0063】
例えば、グリセロールカーボネートを用いた場合、開環付加重合によって下記式(1)の物質を生成すると考えられる。
【化8】

(なお、式(1)において、Rは、下記式(2)のいずれか1つ)
【化9】
【0064】
また、構造物(硬化体)中においても、ヒドロキシ基を有する環状カーボネートは加水分解して二酸化炭素を発生していると考えられる。例えば、上記のとおり、グリセロールカーボネートは加水分解して、グリセリンと、二酸化炭素とを生成する。
【0065】
(密度)
本実施形態に係る構造物のみかけ密度は、例えば、3.0g/m以下であり、2.7g/m以下であることが好ましく、2.5g/m以下であることがより好ましく、2.3g/m以下であることがさらに好ましい。本実施形態に係る構造物は、既存の材料では実現できない低密度、高強度の両立をすることができる。これにより、例えば、本実施形態に係る構造物は建築材料としても好ましい。
【0066】
<用途>
硬化性組成物の用途としては、例えば、3Dプリンター用材料として用いることができる。混合後の硬化速度と、硬化後の強度の観点から、3Dプリンターによる造形性に優れる。
また、硬化性組成物、又は硬化体の用途としては、例えば、構造物中に含まれる未反応の水酸化カルシウムは大気中の二酸化炭素を吸着し除去することができるため、二酸化炭素を吸収するために用いることができる(二酸化炭素吸収材)。本実施形態に係る硬化体は、強度に優れる二酸化炭素吸収材料として好適に用いることができる。このような材料をセメント、コンクリートの代替として用いることで、低炭素社会の実現に貢献することができる。
また、本実施形態に係る構造物は、例えば、繊維強化コンクリートの代替材料として用いることができる。本実施形態に係る構造物は、金属繊維といった処理困難物を含有せず、高強度を実現できる観点で好ましい。
【0067】
本実施形態の硬化物作製用キットは、得られる硬化物の強度に優れ、硬化速度にも優れる傾向にあることから、3Dプリンター、特に建築用3Dプリンターにおいて使用することができる。第1剤及び第2剤を混合して調製される硬化性組成物は、水分の存在下で硬化速度が上昇する傾向があるため、3Dプリンター用材料として使用する場合は、例えば、水分量を調整することにより硬化速度を調節できる。この際に、ノズル内で硬化性組成物が硬化することを避けるため、硬化性組成物に含まれる水分量を予め低減しておき、作製中の造形物の周辺の湿度を高めることにより硬化速度を調整することもできる。
【0068】
(その他の用途)
本実施形態の硬化性組成物は、成形工程を経ずに硬化させて硬化物(硬化体)を得てもよい。そのような用途としては、例えば、注入材、コーティング剤等が挙げられる。
【0069】
なお、本発明は前述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【0070】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【実施例
【0071】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例の記載に何ら限定されるものではない。
各実施例、各比較例で用いた成分の詳細について以下に示す。
【0072】
(原料)
・グリセロールカーボネート(以下、GCとも呼ぶ。純度90%、残り10%はグリセリン、グリセロールカーボネートのヒドロキシ基がメチルカーボネート化したもの)
されたもの)
・水酸化カルシウム
・炭酸カルシウム
【0073】
<硬化性組成物の製造方法>
まず、実施例1~7の硬化性組成物、構造体の原料を表1に示す組成の通り準備した。
【0074】
(混合工程)
次いで、混合工程を行った。
実施例1~3では、混合に必要なせん断応力が小さいため、原料を容器に入れて、手で混合することで混合工程を行った。混合は、20℃の空気中で行った。
実施例4~7では、混合に必要なせん断応力が大きいため、冷却と減圧のできるニーダー(株式会社入江商会製、グレード:PNV-1T(モーター:100V250W、容量:1L、回転数:28.8rpm~62.4rpm、翼の形状:Σ型))を用いて混合を行った。ニーダーの冷却温度は5℃とした。また、原料をニーダーに投入後、真空ポンプを用いて真空引きをしながら混合を行った。混合は15~20分行った。これにより、硬化性組成物を得た。
【0075】
(成形工程)
次いで、成形工程を行った。
成形は、硬化性組成物を幅1cm×奥行き1cm×長さ6cmの型枠に詰めることで行った。硬化性組成物を型枠に入れたまま20℃、60RHの条件下で静置した。成形してから3時間後に脱型し、実施例1~7の供試体(構造物)を得た。実施例5の供試体を図1に示す。
実施例1~7の供試体について、圧縮強度、みかけ密度の測定、SEM観察、及びXRD測定を行った。以下、各測定方法について説明する。
【0076】
<圧縮強度>
圧縮強度の測定は、JIS R5201:1997(セメントの物理試験方法)に記載の方法に準じて測定した。なお、実施例4及び実施例6では、6個の供試体について圧縮強度の測定を行った(N=6)。また、実施例5では、10個の供試体について圧縮強度の測定を行った(N=10)。評価結果を表1に示す。また、図2は、実施例1~6の供試体の圧縮強度をまとめたグラフである。いずれの実施例も高い圧縮強度を示すことが確認された。実施例4~7、中でも実施例5は、極めて高い圧縮強度を示すことが確認された。
【0077】
<みかけ密度>
幅1cm×奥行き1cm×長さ6cmに成形した実施例1~7の供試体について、材齢3時間の時点でそれぞれの質量を測定し、質量を成形体の体積で除することでみかけ密度を算出した。その結果、みかけ密度は、いずれの供試体も2.1g/cm~2.2g/cmの範囲内であった。この結果からわかるように、実施例1~7の供試体は、低密度、高強度の材料であることが確認された。
【0078】
<SEM観察>
実施例3と、実施例5とについて、供試体断面のSEM観察を行った。観察は、Miniscope TM3030(株式会社日立ハイテクノロジーズ製)を使用し、測定倍率3000倍、電圧15.0kVの条件で行った。ここで、図3は、実施例3の供試体のSEM写真である。また、図4は、実施例5の供試体のSEM写真である。実施例3は最大粒径が4.7μm程度であった。一方、実施例5は、最大粒径が5.6μm以上の粒子を多数含むことが確認された。
また、実施例3及び5の供試体について、それぞれ図3及び4のSEM写真における黒色の点(●)の部分において、EDX(Energy dispersive X-ray spectroscopy:エネルギー分散型X線分析)測定を行った。その結果、実施例3の供試体では、炭素及びカルシウムが検出されると共に微量のケイ素が検出された。また、実施例5の供試体では、炭素及びカルシウムが検出された。
【0079】
<XRD測定>
実施例2~5及び7の各供試体に広角XRD(X‐ray diffraction:X線回折、装置:D2 PHASER 2nd Generation(Bruker社)、CuKα線)測定を行った。図5は、実施例2~5の供試体に広角X線回折測定を行った結果(回折チャート)を示す図である。また、XRD測定において同定した回折パターンをピーク分離してCaCO結晶由来のピークと、Ca(OH)由来のピークとに分離して、その比を求めた。無機材料中の炭酸カルシウムと、水酸化カルシウムとの存在比率を表1の評価結果欄に示す。これにより、いずれの供試体でも未反応の水酸化カルシウムが存在することが確認された。これにより、各供試体は二酸化炭素の吸収余地を備える。また、無機材料中の炭酸カルシウムの存在比率が高いほど圧縮強度が高い傾向が確認された。なお、XRDの回折強度に基づく存在比は、電子の存在比、すなわち質量比を反映する。
【0080】
【表1】
【0081】
(比較例1)
カルシウム供給源として水酸化カルシウム、炭酸供給源として炭酸エチレン、骨材として炭酸カルシウムを用いると、構造物の圧縮強度は5~10N/mmとなった。
【0082】
(比較例2)
カルシウム供給源として酸化カルシウム、炭酸供給源としてグリセロールカーボネート、骨材として炭酸カルシウムを用いると、構造物の圧縮強度は30~40N/mmとなり、構造物を空気中に放置すると粉となって崩壊した。
【0083】
(比較例3)
カルシウム供給源として酸化カルシウム、炭酸供給源としてグリセロールカーボネート、骨材として炭酸カルシウムを用いると、構造物の圧縮強度は素手で握って破壊できる程度であり、構造物を空気中に放置すると粉となって構造物が崩壊した。
【0084】
比較例1~3と比べて、実施例1~7では、高い圧縮強度を発現することが確認された。特に、実施例4~7、中でも実施例5は、天然コンクリーションに相当する高圧縮強度を実現しつつ、低密度であり、更に二酸化炭素を吸収できる余地がある材料であり、多種の用途に用いることができる。
なお、実施例1~7については、空気中に放置しても、粉となって崩壊することがなかった。
図1
図2
図3
図4
図5