(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-05
(45)【発行日】2024-12-13
(54)【発明の名称】ポリバレントフッ素系界面活性剤
(51)【国際特許分類】
C09K 23/16 20220101AFI20241206BHJP
C07C 211/15 20060101ALI20241206BHJP
【FI】
C09K23/16
C07C211/15
(21)【出願番号】P 2020145900
(22)【出願日】2020-08-31
【審査請求日】2023-08-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「スマートバイオ産業・農業基盤技術」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】平 敏彰
(72)【発明者】
【氏名】井村 知宏
(72)【発明者】
【氏名】野田 尚宏
(72)【発明者】
【氏名】森田 雅宗
【審査官】田中 雅之
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-522077(JP,A)
【文献】特表2017-512198(JP,A)
【文献】特開2011-079305(JP,A)
【文献】特開2015-166413(JP,A)
【文献】特表2012-506458(JP,A)
【文献】特開2010-022928(JP,A)
【文献】特公昭60-003380(JP,B2)
【文献】中国特許出願公開第106823987(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 23/00- 23/56
A61K 8/00- 8/99
A61Q 1/00- 90/00
A61K 9/00- 9/72
A61K 47/00- 47/69
C11D 1/00- 19/00
C07B 31/00- 61/00
C07B 63/00- 63/04
C07C 1/00-409/44
C09K 3/00
C09K 3/20- 3/32
C08G 65/00- 67/04
C09D 1/00- 10/00
C09D 101/00-201/10
C09D 11/00- 13/00
B41M 5/00
B41M 5/50
B41M 5/52
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
[A]
a-X-B-X-D (I)
である式
(I)で示される化合物からなるフッ素系界面活性剤
であって、
ここで、式
(I)中、Aは炭化フッ素基、Bはオリゴエチレングリコール、Dは、NH
2、NH
3、N(CH
3)H、N(CH
3)H
2、N(CH
3)
2、またはN(CH
3)
3であり、aは正の整数であり、Xは共有結合または連結基であって、複数のX
は、それぞ
れ同じでも異なってもよ
く、また、前記式(I)の化合物が下記式(A)で表される、フッ素系界面活性剤。
【化1】
ここで、R
f
は、炭化水素基(-CH
2
-)、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、またはエーテル基(-O-)の少なくとも一つを含む連結基を内部に含んでいてもよい、炭素数が4~12の炭化フッ素基であり、nは1~20の付加モル数である。
【請求項2】
前記正の整数
aは、1~6であり、Xは、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、エーテル基(-O-)、フェニレン基(-C
6H
4-)、または芳香族アミン(-NC
6H
4-)の少なくとも一つを内部に含んでいてもよい、鎖式炭化水素基または芳香族炭化水素基から選択される連結基である、請求項1に記載のフッ素系界面活性剤。
【請求項3】
請求項
1または2に記載のフッ素系界面活性剤、フッ素油、および親水性液体を含む、W/Oエマルジョンのドロプレット。
【請求項4】
請求項
3に記載のドロプレットを、微生物の培養場、酵素活性試験、DNA/RNAの複写増幅・合成、RNAの発現、タンパク質の合成/結晶化、DNA/RNAの切断・結合・解離、ナノ粒子等の無機材料の合成、または有機合成の特異反応場として使用する、ドロプレットの使用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素系界面活性剤、該界面活性剤を含むW/Oエマルジョンのドロプレット、およびその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油中に水が分散したWater-in-oilエマルジョンを微小な水系反応場としてとらえ、その液滴(ドロプレット)内部で微生物を培養する手法が、ハイスループットスクリーニング技術として注目されている。マイクロミキサーを用いて、溶存酸素量の多いフッ素油と水を混合することで、数十ミクロン程度の均質な液滴を1分間に数万個調整することができ、さらにその液滴1つの中で好気性の微生物を培養することができる。ドロプレットの体積は、一般的なマイクロプレートのウェルと比べて100万分の一程度であることから、夾雑物によるノイズが低下され、解析精度も向上する。
【0003】
フッ素油の中でドロプレットを安定化させるためには、フッ素系界面活性剤が用いられる。フッ素系界面活性剤は、同一分子骨格内に親水基とフッ素基の両方を有するものであり、水とフッ素油の二液を混合した際に、両者の界面に配向することにより界面張力を低下させる。現在、ドロプレットを安定化させるためのフッ素系界面活性剤として、パーフルオロポリエーテル(PFPE)とポリエチレングリコール(PEG)からなるトリブロックコポリマーが用いられている(特許文献1、2)。これは水とフッ素油の界面に配向することにより界面張力を低下させるとともに、ポリマー鎖が界面を立体的に保護してドロプレットを安定化するものである。しかし、2種類のポリマー同士の連結反応によって合成されるブロックコポリマーは化学的に安定であるものの、さらなる構造の修飾が困難であることから、親水/疎水バランスの制御や機能性官能基の導入が困難である。
【0004】
また、分子構造の拡張を目的として、非特許文献1ではPEGの代わりに、側鎖の化学修飾が可能なポリグリセロール基を導入したトリブロックコポリマーを合成しており、非特許文献2、3では、PFPEの末端にトリオールやデンドリマー型の多価アルコールを導入したポリマーが報告されている。
【0005】
マイクロリアクターを用いてフッ素油と水を急速混合する際、フッ素系界面活性剤は速やかに界面に吸着して水滴を安定化することが求められている(非特許文献4参照)。しかし、現在用いられているフッ素系界面活性剤は、1万以上の高分子量のものであることから、界面への速やかな吸着は望めず、過剰量の界面活性剤を使用して界面吸着速度の遅さを補っており、経済的でない。また、加熱によりドロプレットが不安定化して、内部の低分子化合物が流出してしまうという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開2017/203280号
【文献】米国特許第9498761号明細書
【非特許文献】
【0007】
【文献】Lab on a Chip(2016)Vol.16,p.65-69
【文献】ACS Nano(2014)Vol.8,p.3913-3920
【文献】Nature Communications(2019)Vol.10,p.4546.
【文献】Langmuir(2009)Vol.25,p.6088-6093
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
フッ素油と水性液体を含むW/Oエマルジョンのドロプレットは、細胞に無毒であり、微生物の培養場としてだけでなく、酵素活性試験、DNA/RNAの複写増幅・合成、RNAの発現、タンパク質の合成/結晶化、DNA/RNAの切断・結合・解離、ナノ粒子等の無機材料の合成、有機合成の特異反応場などの幅広い応用が期待されている。
しかしながら、使用できるフッ素系界面活性剤の種類が限られていることが、応用の妨げとなっている。従来用いられている高分子量のフッ素系界面活性剤は、界面吸着速度が遅いため、界面張力を速やかに低下してドロプレットを安定化するには、フッ素油中に過剰量溶かす必要があり、得られるドロプレットの安定性も十分ではなかった。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、界面吸着速度が速く、フッ素油と水の界面に速やかに吸着して両者の界面張力を有意に低下させて、ドロプレットを安定化することのできるフッ素系界面活性剤を提供することを、その課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、拡張性の低い高分子量のPFPEとPEGの連結反応ではなく、低分子量の炭化フッ素と多官能性オリゴエチレングリコールの逐次連結反応により、分子量分布と炭化フッ素鎖数を自在に制御可能なフッ素系界面活性剤を開発し、これが実際にドロプレットを形成するだけでなく、長期間安定化することを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
本発明は、以下の(1)~(6)のフッ素系界面活性剤に係るものである。
(1) [A]
a-X-B-X-D (I)、
[A]
a-X-B-X-[A]
b (II)、および
[A]
c-X (III)
である式(I)~式(III)からなる群から選択される一つの化合物からなるフッ素系界面活性剤。
ここで、式中、Aは炭化フッ素基、Bはオリゴエチレングリコール、Dは、NH
2、NH
3、N(CH
3)H、N(CH
3)H
2、N(CH
3)
2、またはN(CH
3)
3であり、a、b、cはそれぞれ独立した正の整数であり、Xは共有結合または連結基であって、複数のXを含む化合物においては、それぞれは同じでも異なってもよい。
(2) 前記正の整数a、bおよびcは、それぞれ独立して1~6であり、Xは、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、エーテル基(-O-)、フェニレン基(-C
6H
4-)、または芳香族アミン(-NC
6H
4-)の少なくとも一つを内部に含んでいてもよい、鎖式炭化水素基または芳香族炭化水素基から選択される連結基である、上記(1)に記載のフッ素系界面活性剤。
(3) 前記式(I)の化合物が下記式(A)で表される、上記(1)または(2)に記載のフッ素系界面活性剤。
【化1】
ここで、R
fは、炭化水素基(-CH
2-)、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、またはエーテル基(-O-)の少なくとも一つを含む連結基を内部に含んでいてもよい、炭素数が4~12の炭化フッ素基であり、nは1~20の付加モル数である。
(4) 前記式(II)の化合物が下記式(B)で表される、上記(1)または(2)に記載のフッ素系界面活性剤。
【化2】
ここで、R
fは、炭化水素基(-CH
2-)、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、またはエーテル基(-O-)の少なくとも一つを含む連結基を内部に含んでいてもよい、炭素数が4~12の炭化フッ素基であり、複数のR
fは、それぞれ同じでも異なってもよく、nは1~20の付加モル数である。
(5) 前記式(III)の化合物が下記式(C)で表される、上記(1)または(2)に記載のフッ素系界面活性剤。
【化3】
ここで、R
fは、炭化水素基(-CH
2-)、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、またはエーテル基(-O-)の少なくとも一つを含む連結基を内部に含んでいてもよい、炭素数が4~12の炭化フッ素基であり、複数のR
fは、それぞれ同じでも異なってもよい。
(6) 前記式(II)の化合物が下記式(D)で表される、上記(1)または(2)に記載のフッ素系界面活性剤。
【化4】
ここで、R
fは、炭化水素基(-CH
2-)、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、またはエーテル基(-O-)を含む連結基を内部に含んでいてもよい、炭素数が4~12の炭化フッ素基であり、Xは、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、エーテル基(-O-)、フェニレン基(-C
6H
4-)、または芳香族アミン(-NC
6H
4-)の少なくとも一つを内部に含んでいてもよい、鎖式炭化水素基または芳香族炭化水素基から選択される連結基であり、複数のR
fおよびXは、それぞれ同じでも異なってもよく、nは1~20の付加モル数である。
また、本発明は、以下(7)のドロプレット、および(8)のドロプレットの使用方法に係るものである。
(7) 上記(1)ないし(6)のいずれかに記載のフッ素系界面活性剤、フッ素油、および親水性液体を含む、W/Oエマルジョンのドロプレット。
(8) 上記(7)に記載のドロプレットを、微生物の培養場、酵素活性試験、DNA/RNAの複写増幅・合成、RNAの発現、タンパク質の合成/結晶化、DNA/RNAの切断・結合・解離、ナノ粒子等の無機材料の合成、または有機合成の特異反応場として使用する、ドロプレットの使用方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来の高分子系のフッ素系界面活性剤よりも速やかにフッ素油/水の界面に吸着することができ、ドロプレットの安定化のためのフッ素系界面活性剤の使用量を、約1/3に低減することができる。
また、多官能性オリゴエチレングリコールに対する炭化フッ素の導入数を制御することで、バレンシーの異なるフッ素系界面活性剤が製造できて、フッ素系界面活性剤の各種物性を系統的に変えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例5の試験におけるフッ素系界面活性剤の界面張力低下能を示す。
【
図2】実施例6の試験におけるフッ素系界面活性剤の界面吸着速度を示す。
【
図3】実施例7で製造したドロプレットの外観の写真。
【
図4】実施例7で製造したドロプレットの安定性を示す写真。
【
図5】実施例8のドロプレット内での大腸菌培養の写真。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のフッ素系界面活性剤は、
[A]a-X-B-X-D (I)、
[A]a-X-B-X-[A]b (II)、および
[A]c-X (III)
である式(I)~式(III)からなる群から選択される一つの化合物からなる。
式(I)~(III)において、Aは炭化フッ素基、Bはオリゴエチレングリコール、Dは、NH2、NH3、N(CH3)H、N(CH3)H2、N(CH3)2、またはN(CH3)3であり、a、b、cはそれぞれ独立した正の整数であり、Xは共有結合または連結基であって、複数のXを含む化合物においては、それぞれは同じでも異なってもよい。
【0014】
正の整数a、bおよびcは、1分子内の炭化フッ素基Aの数に関するものであり、それぞれ独立して1~6が好ましい。また、導入される炭化フッ素基Aは、1価(モノバレント)~12価のポリバレントフッ素系界面活性剤が好ましく、1価から6価のポリバレントがより好ましい。
Xが連結基である場合には、Xは、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、エーテル基(-O-)、フェニレン基(-C6H4-)、または芳香族アミン(-NC6H4-)の少なくとも一つを内部に含んでいてもよい、鎖式炭化水素基または芳香族炭化水素基から選択される連結基である。ここで、鎖式炭化水素基または芳香族炭化水素基の炭素数は、1~40が好ましく、1~20がより好ましい。
また、フッ素系界面活性剤の分子量は1万以下が好ましく、8千以下がより好ましい。
【0015】
本発明の一態様のフッ素系界面活性剤は、カルボキシル基やアミノ基を有する炭化フッ素と多官能性オリゴエチレングリコールから誘導化され、両者がアミド結合等によって連結した化学構造を備える。このようなフッ素系界面活性剤としては、下記式(A)で表されるフッ素系界面活性剤が例示できる。
式(A)で表されるフッ素系界面活性剤は、1つのオリゴエチレングリコールに対して1つの炭化フッ素鎖がアミド結合等によって連結する。ここで、Rfは炭化水素基(-CH2-)、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、またはエーテル基(-O-)の少なくとも一つを含む連結基を内部に含んでいてもよい、炭素数が4~12の炭化フッ素基であり、nは1~20の付加モル数である。Rfが炭化水素基(-CH2-)を含む場合には、炭化水素の炭素数は、1~10が好ましい。
【0016】
【0017】
また、本発明の他の一態様のフッ素系界面活性剤は、1つのオリゴエチレングリコールに対して2つの炭化フッ素鎖がアミド結合等によって連結する化学構造を備える。このようなフッ素系界面活性剤としては、下記式(B)で表されるフッ素系界面活性剤が例示できる。
ここで、Rfは炭化水素基(-CH2-)、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、またはエーテル基(-O-)の少なくとも一つを含む連結基を内部に含んでいてもよい、炭素数が4~12の炭化フッ素基であり、nは1~20の付加モル数である。Rfが炭化水素基(-CH2-)を含む場合には、炭化水素の炭素数は、1~10が好ましい。
【0018】
【0019】
また、本発明の他の一態様のフッ素系界面活性剤は、1つのベンゼン環に対して3つの炭化フッ素基がアミド結合等によって連結する化学構造を備える。このようなフッ素系界面活性剤としては、下記式(C)で表されるフッ素系界面活性剤が例示できる。
ここで、Rfは炭化水素基(-CH2-)、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、またはエーテル基(-O-)の少なくとも一つを含む連結基を内部に含んでいてもよい、炭素数が4~12の炭化フッ素基であり、nは1~20の付加モル数である。Rfが炭化水素基(-CH2-)を含む場合には、炭化水素の炭素数は、1~10が好ましい。
【0020】
【0021】
さらに、本発明の他の一態様のフッ素系界面活性剤は、1つの親水基に対して4つの炭化フッ素鎖がアミド結合等によって連結する化学構造を備える。このようなフッ素系界面活性剤としては、下記式(D)で表されるフッ素系界面活性剤が例示できる。
ここで、Rfは炭化水素基(-CH2-)、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、またはエーテル基(-O-)を含む連結基を内部に含んでいてもよい、炭素数が4~12の炭化フッ素基であり、Xは、カルボニル基(-C=O)、アミノ基(-NH-)、エーテル基(-O-)、フェニレン基(-C6H4-)、または芳香族アミン(-NC6H4-)の少なくとも一つを内部に含んでいてもよい、鎖式炭化水素基または芳香族炭化水素基から選択される連結基であり、複数のRfおよびXは、それぞれ同じでも異なってもよく、nは1~20の付加モル数である。また、連結基の鎖式炭化水素基または芳香族炭化水素基の炭素数は、1~40が好ましく、1~20がより好ましい。
【0022】
【0023】
式(A)で表されるフッ素系界面活性剤の具体的な化合物としては、下記の式5のL1が例示できる。
【化5】
【0024】
式(B)で表されるフッ素系界面活性剤の具体的な化合物としては、下記の式6のL2が例示できる。
【化6】
【0025】
式(D)で表されるフッ素系界面活性剤の具体的な化合物としては下記の式7のL4が例示できる。
【化7】
【0026】
本発明のフッ素系界面活性剤を用いて、フッ素油と親水性液体を含むW/Oエマルジョンのドロプレットを製造することができる。本発明のドロプレットは直径が数十μmであり、本発明のフッ素系界面活性剤を含有するフッ素油、または本発明のフッ素系界面活性剤を含有する親水性液体のいずれかを、それぞれ親水性液体またはフッ素油とマイクロミキサーによって混合する工程によって得られ、少なくとも1週間は安定である。本発明のドロプレットの直径は、1~500μmが好ましい。
【0027】
本発明のフッ素油としては、以下に限定されないが、NOVEC7500、FC-40、FC-77あるいはこれらの1種又は2種類以上の混合物が例示できる。またフッ素油以外の油として、ミネラルオイルも使用できる。
マイクロミキサーの構造は特に限定されないが、流路が数百ミクロン以下、好ましくは数十ミクロン程度のものが使用できる。親水性液体は純物質であってもよいし、混合物であってもよい。
【0028】
また、本発明のドロプレットは、必要に応じて他の成分を含有していてもよい。このような他の成分としては、水溶性や両親媒性のものを含有することが可能であり、例えば、低級アルコール、無機塩、有機塩、酸、塩基、界面活性剤が挙げられる。さらに、本発明のドロプレットを化学反応場として使用する場合には、その化学反応に必要な触媒や酵素、各種金属試薬等の含有も可能である。
【0029】
本発明のドロプレットは、微生物の培養場や、酵素活性試験、DNA/RNAの複写増幅・合成、RNAの発現、タンパク質の合成/結晶化、DNA/RNAの切断・結合・解離、ナノ粒子等の無機材料の合成、有機合成の特異反応場などに用いることが可能である。
【実施例】
【0030】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0031】
(実施例1:L1の合成)
2H,2H,3H,3H-ヘプタデカフルオロウンデカン酸295mg(0.60mmol)、DIC76mg(0.60mmol)、DMAP30mg(0.24mmol)を18mLのテトラヒドロフランに溶解し、室温で20分撹拌した。この混合液を、滴下漏斗を用いてジエチレングリコールビス(3-アミノプロピル)エーテル133mg(0.60mmol)に、撹拌しながら30分かけて滴下し、室温で18時間撹拌した。溶媒を除去した後、粗生成物をジエチルエーテルで洗浄した。その後シリカゲルカラムクロマトグラフィー(クロロホルム:メタノール=1:1)により精製し、L1を収量159mg(収率38%)で得た。
1H-NMR(400MHz、CDCl3,室温.)δ(ppm):5.30(s,1H,NH), 3.65-3.56(m,12H,CH2),3.51-3.45(q,4H,CH2,J=8.0 Hz),2.82(p,2H, NH2,J=6.0 Hz),2.45(m,4H,CH2),1.79-1.72 (m, 2H, CH2)
19F-NMR(377MHz、CDCl3、室温)δ(ppm):126.1,123.5,121.9,121.7,121.6,114.6,80.7
IR(ATR):3600-3100,1645,1552cm-1
MALDI-TOF MS:m/z=694.9(Calcd. 695.2)
【0032】
(実施例2:L2の合成)
2H,2H,3H,3H-ヘプタデカフルオロウンデカン酸483mg(0.98mmol)、EDC187mg(0.97 mmol)、DMAP38mg(0.31mmol)を8mLのジメチルホルムアミドに溶解し、室温で1時間撹拌した。ここにジエチレングリコールビス(3-アミノプロピル)エーテル91mg(0.41mmol)を加え、室温で24時間撹拌した。溶媒を除去した後、酢酸エチル/ヘキサン混合溶媒(=9/1)を30mL加え、飽和塩化ナトリウム水溶液(30mL)で3回洗浄を行った。有機相を硫酸マグネシウムで乾燥後、溶媒を除去し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(クロロホルム:メタノール=19:1)により精製することによりL2を収量430mg(収率90%)で得た。
1H-NMR(400MHz,CDCl3,室温)δ(ppm):6.46(s,2H,NH),3.66-3.56(m,2H,CH2),3.41-3.36(q,4H,CH2,J=6.7 Hz),2.45(m,8H,CH2),1.81-1.75(m,4H,CH2)
19F-NMR(377MHz,CDCl3,室温)δ(ppm):126.1,123.5,122.7,121.9,121.7,114.7,80.8
IR(ATR):1639,1551cm-1
MALDI-TOF MS:m/z =1169.6(Calcd.1169.2)
【0033】
(実施例3:L4の合成)
1,2-ビス(2-アミノフェノキシ)エタン―N,N,N’,N’-四酢酸四ナトリウム250mg(0.89mmol)、1H,1H-ウンデカフルオロヘキシルアミン1.6mL(8.9mmol)、EDC690mg(0.79mmol)、DMAP11mg(0.1mmol)を5mLのジメチルホルムアミドに溶解し、60度で3日間撹拌した。酢酸エチルを30mL加え、希塩酸(10mL)と水(20mL)で洗浄を行い、有機相を硫酸マグネシウムで乾燥した。溶媒を除去した後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ジクロロメタン:メタノール=19:1)により精製することにより、L4を収量379mg(収率27%)で得た。
1H-NMR(400MHz,CDCl3,室温)δ(ppm):7.10(4H,ArH)6.93(4H、ArH),4.33(s,4H),3.75(s,8H,CH2),2.88(s,4H,CH2)
19F-NMR(377MHz,CDCl3,室温)δ(ppm):-80.96,-118.5,-123.0,-123.8,-126.5
MALDI-TOF MS:m/z =1600.9(Calcd.1601.2)
【0034】
(実施例4:溶解度の比較)
合成したL1、L2、L4の各種油への溶解度を比較した。結果を表1に示す。
【表1】
表1に示すように、バレンシーを変えたL1、L2、L4はフッ素油に対して異なる溶解性を示し、使用できる溶媒の種類を拡張できることがわかった。
【0035】
(実施例5:界面活性の評価)
バイアル瓶内で、種々の濃度となるようにL1をNOVEC7500に溶解した。各濃度のフッ素油を溶解、懸滴法による界面張力測定装置(協和界面科学社製、製品名「Drop Master DM500」)を用いて、水/NOVEC7500に対するL1の界面張力低下能を測定した。
図1に示すように、L1(
図1中▲)は、水/NOVEC7500の界面張力を低下させた。また、
図1のグラフで表面張力が一定値となる濃度から、臨界ミセル濃度(CMC)を決定した。
同様の方法でL2の界面張力を測定した。この結果を
図1に示す。
図1に示すように、L2(
図1中●)は、NOVEC7500への溶解度が低下し沈殿を与えるものの、L1と同様に界面張力低下能を発揮した。L1とL2の臨界ミセル濃度と、このときの表面張力(γ
CMC)を表2に示す。比較として、従来品(
図1中■)を用いた測定結果も表中に併記する。
【0036】
【表2】
表2に示すように、L1とL2のCMCは同等であることがわかった。従来品よりはCMCは1桁高いものの、その界面張力低下能は従来品と同程度であり優れた界面活性を発揮することがわかった。
【0037】
(実施例6:界面吸着速度の比較)
L1とL2を濃度が5mg/ml(約0.5wt%)となるようにNOVEC7500に溶解し、ペンダントドロップの吸着速度測定結果を
図2に示す。比較として、従来品(0.5wt%)を用いた測定結果も図中に併記する。
その結果、L1は約3分で4.3mN/mから3.0mN/mに、L2は約4分で4.6mN/mから3.0mNmに、従来品は約9分で8.2mN/mから3.3mN/mに低下し、界面張力値が一定になった。すなわち、低分子量のL1とL2は、従来品よりも速やかに界面に吸着することが明らかとなり、界面吸着速度が2~3倍上昇した。
【0038】
(実施例7:マイクロミキサーによるドロプレットの作製)
マイクロチップのウォーターリザーバーに純水、オイルリザーバーに各種界面活性剤を分散させたNovec7500を入れ、ドロプレット作製装置On-chip Droplet Generator(株式会社オンチップ・バイオテクノロジー)にセットした。その後バルブを開放し、サンプル圧力・オイル圧力を共に20kPaで流すことでドロプレットを作製した。CMC以下及び以上(0.2mg/ml及び5mg/ml)の濃度に調整したL1とL2のNovec 7500溶液を用いて、マイクロミキサーにより作製したドロプレットの外観の写真を
図3に示す。
その結果、CMC以下の濃度(0.2mg/ml)ではいずれの界面活性剤でも液滴は生成直後から合一し大きな液滴になっているのに対し、CMC以上(5mg/ml)ではいずれの界面活性剤でも、少なくとも生成直後は、均一な微小液滴が作製できていることが分かった。L2では生成後徐々に合一が進行したのに対し、L1では液滴が増え凝集が生じても合一は起こらず安定であった。
【0039】
L1/Novec 7500溶液(5mg/ml)を用いて作成したドロプレットの形状の経時変化を光学顕微鏡による位相差観察によって行った。その結果を
図4に示す。ドロプレットは少なくとも3日間安定に存在することが分かった。すなわち、L1は低分子のフッ素系界面活性剤でありながら、安定なドロプレットを作製できることが明らかとなった。
【0040】
(実施例8:ドロプレット内での微生物培養)
ドロプレット内微生物培養には,大腸菌(E.coli K12株)を用いた。実験には、LB培地を用いて、前培養(OD600=0.9)を行なった大腸菌を、1/3倍に希釈したものを使用した。マイクロチップのウォーターリザーバーに前述のとおり調製した大腸菌サンプル溶液、オイルリザーバーにL1/Novec 7500溶液(5mg/ml)を入れ、ドロプレット作製装置On-chip Droplet Generator(株式会社オンチップ・バイオテクノロジー)にセットした。その後バルブを開放し、サンプル圧力25kPa、オイル圧力を27kPaで流すことで大腸菌が封入されたドロプレットを作製した。
【0041】
マイクロミキサーにより作製した大腸菌封入ドロプレットの外観を
図5(封入直後)に示す。この時、1つのドロプレットには平均6.7±2.0個程度の大腸菌が封入されていた(
図5(封入直後)右の拡大写真参照、大腸菌は斑点のように見える)。作製した大腸菌封入ドロプレットを1.5mLマイクロチューブに回収し、37℃で1日静置培養を行なった。1日経過した大腸菌封入ドロプレットの外観を同じく
図5に示す(1日後)。
1日経過したドロプレット内部の大腸菌は平均20.2±10.5個程度で(
図5(1日後)右の拡大写真参照)、封入直後の菌体数と比較し、増殖していることが確認できた。以上のように、L1で作製したドロプレット内で微生物培養が可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のフッ素系界面活性剤は、界面への吸着速度が速く優れた界面活性を発揮する。特にマイクロミキサーによってドロプレットが作製可能であることから、微生物の培養、酵素活性試験、DNA/RNAの複写増幅・合成、RNAの発現、タンパク質の合成/結晶化、DNA/RNAの切断・結合・解離、ナノ粒子等の無機材料の合成、有機合成の特異反応場などへの用途が期待される。