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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】ジルコニア焼結体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/486 20060101AFI20241209BHJP
   C04B 35/64 20060101ALI20241209BHJP
【FI】
C04B35/486
C04B35/64
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021000439
(22)【出願日】2021-01-05
(65)【公開番号】P2022105852
(43)【公開日】2022-07-15
【審査請求日】2023-12-22
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年10月13日に一般社団法人粉体粉末冶金協会2020年度秋季大会(第126回講演大会、URL:https://confit.atlas.jp/guide/event/jspm2020a/subject/2-II-10/advanced)において「[2-27A(V)]3YSZフラッシュ焼結体の高密度化における電流制御の有効性」とのタイトルで公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年11月10日に研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)産業ニーズ対応タイプ「セラミックス」の産学共創の場(URL:https://www.jst.go.jp/a-step/kadai/h28-s1/h28_sangyo01.html)において「フラッシュ焼結の学理構築と革新的焼結技術への展開」とのタイトルで公開
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和1年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【弁理士】
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【弁理士】
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100193725
【弁理士】
【氏名又は名称】小森 幸子
(74)【代理人】
【識別番号】100163038
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 武志
(74)【代理人】
【識別番号】100207240
【弁理士】
【氏名又は名称】樋口 喜弘
(72)【発明者】
【氏名】山本 剛久
(72)【発明者】
【氏名】高原 俊也
(72)【発明者】
【氏名】松井 光二
(72)【発明者】
【氏名】小林 渉
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2013/0085055(US,A1)
【文献】特開2020-203823(JP,A)
【文献】特開2019-182689(JP,A)
【文献】国際公開第2021/020425(WO,A1)
【文献】JHA, SHIKHAR K,Beyond flash sintering in 3 mol % yttria stabilized zirconia,Journal of the Ceramics Society of Japan,2016年,Vol. 124, No. 4,P. 283-288
【文献】山本 剛久,酸化物系セラミックのフラッシュ焼結と今後の進展,まてりあ,2018年,Vol. 57, No. 8,P. 373-380
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/486-35/488
C04B 35/64-35/65
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
30V/cm以上60V/cm未満の交流電界をジルコニアを含有する成形体に印加しながら、前記成形体においてフラッシュ現象が可能な温度(Ta)まで、前記成形体を昇温する昇温工程であって、前記成形体に流れる電流が2mA/mm以上20mA/mm以下の間に設定した制限電流値(a)を示す前記温度(Ta)まで、前記成形体を昇温する昇温工程(A)と、
前記昇温工程(A)の後に、前記温度(Ta)において、前記制限電流値(a)である開始電流の電流値から前記成形体のフラッシュ現象により前記成形体に流れる最大の電流値である緻密化電流の電流値まで、前記成形体に流れる電流を増加させる増電流工程であって、前記成形体の収縮速度が一定となるように前記成形体に流れる電流値を制御しながら前記成形体に流れる電流を増加させる増電流工程(B)と、
前記増電流工程(B)の後に、前記温度(Ta)、及び前記成形体に流れる電流が前記緻密化電流の電流値を示す状態下で、前記成形体を保持することにより、前記成形体を緻密化する緻密化工程(C)と、
を含むジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項2】
前記増電流工程(B)において、前記開始電流の電流値から前記緻密化電流の電流値までを、5分以上かけて前記成形体に流れる電流を増加させる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記緻密化電流の電流値が80mA/mm以上である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記温度(Ta)が1100℃以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記交流電界の周波数が、50Hz以上10,000Hz以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記成形体が、2mol%以上6mol%以下のイットリアを含有し、残部がジルコニアからなる成形体である、請求項1~5のいずれか一項に記載の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ジルコニア焼結体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フラッシュ焼結は、電界を印加した状態における特定温度での急激な電流上昇現象(いわゆるフラッシュ現象)を利用した焼結方法である。常圧焼結や加圧焼結などの従来焼結法と比べ、フラッシュ焼結では、より短時間かつ低温度で焼結が進行するため、セラミックスの新たな焼結方法として注目されている。
【0003】
非特許文献1では、ジルコニアの緻密化に関し、1150℃に昇温した後、40V/cmの電圧を印加することでフラッシュ焼結が生じること、及び、印加電圧の増大により焼結温度が低下することが報告されている。また、特許文献1では、フラッシュ現象が生じる温度を超える温度に昇温した後に電界を印加することで、ジルコニアの緻密化が促進されることが報告されており、1200℃に昇温した後、60V/cmの交流電圧を印加して5分焼結することで相対密度99%以上の焼結体が得られることが示唆されている。併せて、特許文献1には、印加電圧が一定であるとフラッシュ温度が一義的に決まってしまい、これを任意に設定することができないことが開示されている。また、非特許文献2では、フラッシュ現象中の収縮速度を制御することによるジルコニアの更なる高密度化が報告されており、電流値の制御による収縮率の制御によって、印加電圧100V/cmで、800℃程度、数分の焼結で密度6.01g/cmのジルコニア焼結体が得られることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2019-182689号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Rapid Communications of the American Ceramic Society,Vol.93,No.11,(2010)p.3556-3559
【文献】田口公啓ら、粉体粉末冶金協会秋季講演大会予稿集、2-60A(2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示では、低い印加電圧を適用したフラッシュ焼結であって、従来の高い印加電圧を適用したフラッシュ焼結より高い焼結体密度を有する焼結体を得る製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、特許請求の範囲に記載の発明のとおりであり、また、本開示の要旨は以下のとおりである。
【0008】
[1]30V/cm以上60V/cm未満の交流電界をジルコニアを含有する成形体に印加しながら、前記成形体においてフラッシュ現象が可能な温度(Ta)まで、前記成形体を昇温する昇温工程であって、前記成形体に流れる電流が2mA/mm以上20mA/mm以下の間に設定した制限電流値(a)を示す前記温度(Ta)まで、前記成形体を昇温する昇温工程(A)と、
前記昇温工程(A)の後に、前記温度(Ta)において、前記制限電流値(a)である開始電流の電流値から前記成形体のフラッシュ現象により前記成形体に流れる最大の電流値である緻密化電流の電流値まで、前記成形体に流れる電流を増加させる増電流工程であって、前記成形体の収縮速度が一定となるように前記成形体に流れる電流値を制御しながら前記成形体に流れる電流を増加させる増電流工程(B)と、
前記増電流工程(B)の後に、前記温度(Ta)、及び前記成形体に流れる電流が前記緻密化電流の電流値を示す状態下で、前記成形体を保持することにより、前記成形体を緻密化する緻密化工程(C)と、
を含むジルコニア焼結体の製造方法。
[2]前記増電流工程(B)において、前記開始電流の電流値から前記緻密化電流の電流値までを、5分以上かけて前記成形体に流れる電流を増加させる、[1]に記載の製造方法。
[3]前記緻密化電流の電流値が80mA/mm以上である、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4]前記温度(Ta)が1100℃以下である、[1]~[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]前記交流電界の周波数が、50Hz以上10,000Hz以下である、[1]~[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]前記成形体が、2mol%以上6mol%以下のイットリアを含有し、残部がジルコニアからなる成形体である、[1]~[5]のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本開示により、低い印加電圧を適用したフラッシュ焼結であって、従来の高い印加電圧を適用したフラッシュ焼結より高い焼結体密度を有するジルコニア焼結体の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、ジルコニア焼結体の製造方法について詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は、本開示の一実施態様としての一例であり、これらの内容に特定されるものではない。
なお、本明細書において、各用語は以下の通りである。
【0011】
「フラッシュ現象」とは、成形体(圧粉体)に電圧を印加した状態における特定温度での急激な電流の上昇現象であり、「フラッシュ焼結」とはフラッシュ現象によって成形体(圧粉体)を緻密化させる焼結方法である。また、「フラッシュ温度」とは、フラッシュ現象が生じる温度であり、電圧を印加した状態で昇温した場合において急激に電流値が上昇(増加)する温度である。
「交流電界」とは、両端に電極が固定された成形体に交流電圧を印加するときに発生する電界であり、印加電圧[V]/電極間距離[cm]で表されるものをいう。
「成形体」とは、粉末粒子同士が物理的な力で凝集して一定形状を保持した状態の粉末からなる圧粉体である。
【0012】
以下、本開示のジルコニア焼結体の製造方法について実施形態の一例を示して説明する。
本実施形態は、
・30V/cm以上60V/cm未満の交流電界をジルコニアを含有する成形体に印加しながら、前記成形体においてフラッシュ現象が可能な温度(Ta)まで、前記成形体を昇温する昇温工程であって、前記成形体に流れる電流が2mA/mm以上20mA/mm以下の間に設定した制限電流値(a)を示す前記温度(Ta)まで、前記成形体を昇温する昇温工程(A)と、
・前記昇温工程(A)の後に、前記温度(Ta)において、前記制限電流値(a)である開始電流の電流値から前記成形体のフラッシュ現象により前記成形体に流れる最大の電流値である緻密化電流の電流値まで、前記成形体に流れる電流を増加させる増電流工程であって、前記成形体の収縮速度が一定となるように前記成形体に流れる電流値を制御しながら前記成形体に流れる電流を増加させる増電流工程(B)と、
・前記増電流工程(B)の後に、前記温度(Ta)、及び前記成形体に流れる電流が前記緻密化電流の電流値を示す状態下で、前記成形体を保持することにより、前記成形体を緻密化する緻密化工程(C)と、
を含むジルコニア焼結体の製造方法、である。
本実施形態の製造方法では、フラッシュ現象に伴って成形体に流れる電流の増加程度を制御することにより、従来よりも低い印加電圧であるにも関わらず、より低温で緻密なジルコニア焼結体を得ることができる。
【0013】
<成形体>
本実施形態の製造方法に供する成形体は、ジルコニアを含有する成形体であり、主としてジルコニアからなる圧粉体であればよい。ジルコニアは、部分安定化ジルコニア、更にはイットリアを含有する部分安定化ジルコニアであることが好ましい。
イットリアを含有するジルコニアからなる成形体において、ジルコニアに対するイットリアの含有量(「イットリア含有量」ともいう)は、2mol%以上又は3mol%以上であることが好ましく、6mol%以下又は5mol%以下であることが好ましい。例えば、本実施形態の製造方法に供する成形体は、2mol%以上6mol%以下のイットリアを含有し、残部がジルコニアからなる成形体であることが好ましい。
ここで、「イットリア含有量」とは、ジルコニア(ZrO)及びイットリア(Y)の合計に対するイットリアのモル割合であり、(Y/(ZrO+Y)×100[mol%])で求めることができる。
成形体の形状は任意であり、円板状、円柱状、立方体状、直方体状、多角形状、略多角形状、球状又は略球状や、用途に応じた任意の形状であればよい。
成形体の大きさは、均一に電圧が印加され得る大きさであればよく、例えば、立方体状の成形体である場合の一片の長さとして2mm以上200mm以下が例示できる。
次に、本開示のジルコニア焼結体の製造方法における各工程について、説明する。
【0014】
<昇温工程(A)>
本開示に係る昇温工程(A)は、30V/cm以上60V/cm未満の交流電界をジルコニアを含有する成形体に印加しながら、成形体においてフラッシュ現象が可能な温度(Ta)まで、成形体を昇温する工程であり、かつ、成形体に流れる電流が2mA/mm以上20mA/mm以下の間に設定した制限電流値(a)を示す温度(Ta)まで、成形体を昇温する工程である。
【0015】
昇温工程において、成形体には、30V/cm以上60V/cm未満の交流電界が印加されている。
ここで、交流電界の電界値(実効値)としては、30V/cm以上60V/cm未満であり、35V/cm以上又は40V/cm以上であることが好ましく、かつ55V/cm以下又は50V/cm以下であることが好ましい。成形体に交流電界を印加しながら昇温することで、フラッシュ現象の開始を捉えることができる。
焼結体内部に還元領域が生じにくくなるため、交流電界の周波数は、50Hz以上又は75Hz以上であることが好ましく、かつ10,000Hz以下、5,000Hz以下又は2,000Hz以下であることが好ましい。
昇温工程では、フラッシュ現象が可能な温度(Ta)まで、成形体を昇温する。
本明細書において、「温度」は、成形体温度を意味し、この成形体温度は、成形体を加熱している装置内温度を測定することにより求めることができる。一般的に行われる電気炉の温度モニターと同様、例えば、示唆熱膨張計の熱電対で検知され、電気炉温度としてディスプレイに表示される温度をもって成形体温度としている。
【0016】
また、昇温工程では、成形体に流れる電流(以下、「通電電流」ともいう。)が、2mA/mm以上20mA/mm以下、好ましくは4mA/mm以上16mA/mm以下の範囲内で設定した制限電流値(a)を示す該温度(Ta)まで、成形体を昇温する。
フラッシュ現象では流れる電流が急激に増加するため、制限電流値(a)を設定し通電電流を人為的に抑えることで、過剰な電流を流すことなく昇温を行うことができる。
【0017】
昇温工程において、成形体を昇温する昇温速度としては、特に制限はなく、適宜設定した任意の速度とすることができるが、例えば、10℃/分以上又は25℃/分以上であり、100℃/分以下又は75℃/以下である昇温速度が挙げられる。
昇温工程においては、成形体に流れる通電電流が制限電流値を示すまで、成形体を昇温するようにするとよい。
本実施形態において、「制限電流値」は、成形体に流れる電流がこれ以上の電流値を超えないよう、電流値の上限として、設定した通電電流の電流値をいう。
制限電流値を設定し電流を制御することで、成形体に流れる電流値を制御することができる。電流の制限は、例えば、市販の電源装置(松定プレシジョン製 POPF-300-4)等を用いて、電源によって機械的に電流制御することにより行うことができる。
例えば、昇温工程において、制限電流値(a)を8mA/mmとした場合、成形体に流れる通電電流が8mA/mmを示すまで、成形体は昇温される。
【0018】
<増電流工程(B)>
本開示に係る増電流工程(B)は、昇温工程(A)の後に、温度(Ta)において、制限電流値(a)である開始電流の電流値から成形体のフラッシュ現象により成形体に流れる最大の電流値である緻密化電流の電流値まで、成形体に流れる電流を増加させる工程であり、かつ成形体の収縮速度が一定となるように成形体に流れる電流値を制御しながら成形体に流れる電流を増加させる工程(B)である。
【0019】
増電流工程では、温度(Ta)を維持したまま、ジルコニアの焼結速度(ジルコニアの緻密化速度、あるいはジルコニアの収縮速度ともいう)が一定となるように、制限電流値を操作しながら、通電電流を増加させ緻密化電流まで到達させる。
増電流工程では、成形体に流れる電流が制御されることで、より効率よくフラッシュ焼結を進行させることができる。これにより、従来のフラッシュ焼結よりも成形体を緻密化することができる。
【0020】
増電流工程では、通電電流の上昇(増加)程度を制御しながら、通電電流を増加させる。
より具体的には、本開示の増電流工程のより好ましい実施態様として、以下の操作を行うことが挙げられる。例えば、ジルコニアの「収縮速度」を制御しながら、制限電流を上昇させていく。示唆熱膨張計では、横軸:時間、縦軸:収縮量のグラフ(=収縮曲線)をリアルタイムで表示させ、該収縮曲線の傾きが一定となるように、グラフの傾きが一定となるように制限電流を増加させる。これにより、通電電流の上昇(増加)程度を制御しながら通電電流を増加させることができる。このように示差熱膨張計で測定される収縮率(収縮速度)に合わせて電流値を増大させることで、急激な電流増加に伴う急激な焼結進行を防ぎながら焼結することができるため、より良好な緻密化状態のジルコニアの焼結体を得ることができる。
尚、通電電流の上昇(増加)程度(傾き)が急な場合、制限電流の上限値を低い値に設定することが好ましい。例えば、数mA/mmずつ上昇させていくように制限電流値を設定していくことが好ましい。
【0021】
昇温工程終了時の通電電流(増電流工程開始時の通電電流に相当)の電流値と、次の緻密化工程における通電電流(増電流工程終了時の通電電流に相当)の電流値の差は、例えば、1.0A/mm以上であることが好ましい。
尚、本明細書において、増電流工程開始時の通電電流を開始電流と、増電流工程終了時の通電電流を緻密化電流ともいう。
開始電流の電流値は、昇温工程終了時の通電電流における電流値(制限電流値(a))に相当し、昇温工程で通電電流が制限電流値(a)を示した後は、増電流工程に切り替え、制限電流値(a)を示した時の温度(Ta)に成形体を維持したまま、成形体に流れる電流量を制御しながら電流量を上昇(増加)させていく。
緻密化電流の電流値は、フラッシュ現象で成形体に流れる電流の最大値であればよく、80mA/mm以上であり、また、120mA/mm以下又は100mA/mm以下であればよい。
増電流工程における通電電流の増加挙動は、連続的増加又は非連続的増加のいずれであってもよいが、成形体の緻密化速度が一定となるように増加させることが好ましい。例えば、増電流工程開始時に成形体を流れる通電電流(開始電流)から増電流工程終了時に成形体に流れる通電電流(緻密化電流)まで、5分以上又は10分以上で、30分以下又は20分以下で、通電電流を増加させることが好ましい。
【0022】
例えば、増電流工程において、制限電流値(a)8mA/mmである開始電流の電流値から、成形体のフラッシュ現象により成形体に流れる最大の電流値である緻密化電流の電流値96mA/mmまで、成形体の収縮速度が一定となるように成形体に流れる電流値を制御しながら、成形体に流れる電流を増加させる。
【0023】
<緻密化工程(C)>
本開示に係る緻密化工程は、温度(Ta)、及び緻密化電流の電流値を示す状態下で、成形体を保持することにより、成形体を緻密化する工程である。
【0024】
緻密化工程は、成形体を緻密化させるため、増電流工程の終了時の状態を保持するとよい。増電流工程の終了時と同様な条件、つまり、温度(Ta)、及び緻密化電流の電流値を示す状態下で、成形体を保持する。
保持時間は、例えば、1分以上又は3分以上、10分以下又は8分以下である。ただし、緻密化工程は、保持時間が1分未満と短い保持時間であってもよい。このように短い保持時間の場合には、増電流工程の終了間際に緻密化工程も一緒に行われている場合もあり、そのような場合、増電流工程が、増電流工程と緻密化工程とからなる一つの工程とみなすこともできる。
上記緻密化工程を経ることにより、良好な緻密化状態の成形体(焼結体)を得ることができる。
【0025】
本開示のジルコニア焼結体の製造方法は、特に増電流工程(B)において、開始電流から緻密化電流まで、その間の電流上昇(増加)速度を制御することで、ジルコニア成形体の収縮速度を一定に調整していることに特徴を有している。これにより、良好な緻密化状態の成形体(焼結体)を得ることができる。
【0026】
<ジルコニア焼結体>
本実施形態の製造方法により得られるジルコニア焼結体は、成形体と同様な組成を有していればよく、部分安定化ジルコニア、更にはイットリアを含有する部分安定化ジルコニアであることが好ましい。ジルコニア焼結体は、イットリア含有量が、2mol%以上又は3mol%以上であることが好ましく、6mol%以下又は5mol%以下であることが好ましい。
【0027】
本実施形態の製造方法により得られるジルコニア焼結体の相対密度は、98.9%以上又は99.2%以上であり、100%以下であることが好ましい。
ここで、「相対密度」とは、実測密度ρと、本実施形態における理論密度、すなわち下記式(1)~(4)により計算されたイットリアを含有するジルコニアの理論密度ρから、(ρ/ρ)×100で表される比率(%)のことをいう。
A=0.5080+0.06980X/(100+X) (1)
C=0.5195-0.06180X/(100+X) (2)
ρZ=[124.25(100-X)+225.81X]/[150.5(100+X)A2C] (3)
ρ=100/ρZ (4)
(上記式(1)~(4)中、Xはイットリア含有量(mol%)である。尚、上記式(3)において、A2Cは、A×2×Cを意味する。)
上記「実測密度」とは、成形体については、寸法測定から求められる体積に対する、質量測定で測定される質量の割合(g/cm)であり、また、焼結体については、アルキメデス法で測定される体積に対する質量測定で測定される質量の割合(g/cm)である。
【0028】
本実施形態の製造方法により得られるジルコニア焼結体の平均結晶粒径は、400nm以上1000nm以下であることが好ましい。
ジルコニア焼結体の平均結晶粒径は、焼結体表面における値であることが好ましく、また、結晶粒径は均一であることが好ましく、外表面近傍と中心近傍の平均結晶粒径差は0nm以上100nm以下であることがより好ましい。
ここで、「平均結晶粒径」とは、走査型電子顕微鏡観察により得られる焼結体のSEM観察像を使用し、30個の結晶粒子径の値を平均した値である。各結晶粒子径は、焼結体に荷重をかけることで破断し、破断により露出した破面で観察される結晶粒子を測定すればよい。
「外表面近傍と中心近傍の平均結晶粒径差」は、焼結体の外表面近傍の平均結晶粒径と、焼結体の中心近傍の平均結晶粒径の差であり、外表面近傍とは焼結体の外表面部0.1mmから0.5mmの領域であり、中心近傍とは焼結体の縦横方向の中心1mmの領域であることが挙げられる。
【実施例
【0029】
以下、実施例により本実施形態について説明するが、本実施形態は以下の実施例に限定されるものではない。
【0030】
(相対密度)
試料の実測密度をアルキメデス法により測定した。測定に先立ち、乾燥後の焼結体の質量を測定した後,焼結体を水中に配置し、これを1時間煮沸し、前処理とした。
理論密度は、上記数式(1)~(4)を用いて算出し、理論密度に対する実測密度の値から相対密度(%)を求めた。
【0031】
(SEM観察)
一般的な走査型電子顕微鏡(装置名:S3000、株式会社日立ハイテク社製)を使用し、焼結後の試料の破面のSEM観察図を得た。SEM観察条件は以下の通りである。
加速電圧 : 20kV
観察倍率 : 10,000倍
得られたSEM観察図から、30個の結晶粒子の粒子径を測定し、その平均をとることで平均結晶粒径を求めた。SEM観察に先立ち、研磨により、焼結体試料の破面を鏡面(Ra≦0.02μm)とした後、熱エッチング処理を施すことで前処理とした。
【0032】
(線収縮速度)
示差熱膨張計(装置名:Thermo plus EV O TMA8301、リガク社製)を使用し、昇温前~焼結後における試料の収縮挙動を観察した。昇温中、±5,000μmの範囲における、下記式(i)から求まる収縮量の変化から線収縮速度を求めた。
線収縮率(%/分)={(L-△L)/L}×100 (i)
(上記式(i)において、Lは初期の圧粉体長さ、及び、△Lは収縮した長さである。)
【0033】
(実施例1)
3mol%のイットリア含有ジルコニア粉末(製品名:TZ-3Y、東ソー社製)を、70MPaの一軸加圧及び100MPaのCIP処理をし、縦3.5mm×横3.5mm×長さ15mmの直方体形状の成形体を得た。
成形体の長手方向の両端面(3.5mm×3.5mmの面)にペースト状の白金電極を取り付けた。成形体の電極を交流電源に接続し、これを示差熱膨張計(装置名:Thermo plus EV O TMA8301、リガク社製)に配置し、以下の条件で成形体を室温から昇温した。
印加電圧 : 40V/cm
周波数 : 100Hz
昇温速度 : 50℃/分
【0034】
制限電流を8mA/mmとして成形体の昇温を開始した。成形体の通電電流が8mA/mmとなる時点(1020℃)まで成形体を昇温した(昇温工程(A))。
次に、温度を1020℃に維持したまま、通電電流を8mA/mm(開始電流の電流値)から96mA/mm(緻密化電流の電流値)まで上昇させた。成形体の収縮速度が一定となるように制限電流値を細かく設定しながら通電電流の上昇(増加)程度を調整しつつ、通電電流を増加させ、開始電流の電流値から緻密化電流の電流値まで16分かけて上昇させた。(増電流工程(B))。
次に、温度を1020℃、通電電流を96mA/mmに維持したまま5分間成形体を保持することにより成形体を緻密化させた(緻密化工程(C))。
上記昇温工程(A)、増電流工程(B)、及び緻密化工程(C)を経ることにより、実施例1のジルコニア焼結体を得た。
【0035】
本実施例のジルコニア焼結体は、相対密度が99.5%、焼結体表面近傍及び中心近傍の平均結晶粒径はいずれも0.6μmであり、表面及び中心とも同様な結晶粒子であった。
本実施例における線収縮速度は1.4(%/分)であった。
【0036】
(実施例2)
実施例1において、昇温工程(A)時の印加電圧を50V/cmとしたこと、及び、通電電流が8mA/mmとなった時点の温度(900℃)で昇温工程を終了し、温度(900℃)で維持したまま増電流工程(B)と緻密化工程(C)を行ったこと以外は、実施例1と同様の条件でジルコニア焼結体を製造し、実施例2のジルコニア焼結体を得た。
本実施例のジルコニア焼結体の相対密度は99.3%であり、焼結体表面近傍及び中心近傍の平均結晶粒径は0.87μmであった。また、本実施例における線収縮速度は1.3(%/分)であった。
【0037】
(比較例1)
実施例1において、昇温工程(A)時の印加電圧を100V/cmとしたこと、及び、通電電流が8mA/mmとなった時点の温度(780℃)で昇温工程を終了し、温度(780℃)で維持したまま増電流工程(B)と緻密化工程(C)を行ったこと以外は、実施例1と同様の条件でジルコニア焼結体を製造し、比較例1のジルコニア焼結体を得た。
本比較例のジルコニア焼結体の相対密度は98.5%であり、実施例と比べて緻密化されていなかった。また、本比較例における線収縮速度は1.5(%/分)であった。
【0038】
(比較例2)
電圧を印加せずに成形体を昇温し、1200℃まで昇温した後に、印加電圧60V/cmの条件で交流電界を成形体に印加した。制限電流を56mA/mmとし、通電電流が制限電流に到達した後5分間保持して成形体を緻密化させたこと以外は実施例1と同様の方法でジルコニア焼結体を製造し、比較例2のジルコニア焼結体を得た。
本比較例のジルコニア焼結体の相対密度は95%であり、実施例と比べて緻密化されていなかった。また、本比較例における線収縮速度は、おおよそ14(%/分)程度であった。