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特許7599781高温強度と耐酸化性を兼備したフェライト系耐熱鋼
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】高温強度と耐酸化性を兼備したフェライト系耐熱鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241209BHJP
   C22C 38/32 20060101ALI20241209BHJP
   C21D 8/00 20060101ALN20241209BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/32
C21D8/00 D
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2020215383
(22)【出願日】2020-12-24
(65)【公開番号】P2022101036
(43)【公開日】2022-07-06
【審査請求日】2023-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】美谷 章生
【審査官】小川 進
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/073094(WO,A1)
【文献】特開2018-080371(JP,A)
【文献】国際公開第2015/064739(WO,A1)
【文献】特開2008-101240(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.001~0.040%、Si:0.4~1.2%、Mn:0.01~1.00%、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Cr:21.5~26.0%以下、Mo:0.01~1.50%、W:0.01~2.00%、Al:0.6~1.4%、Ti:0.01~0.90%、Nb:0.01~0.90%、N:0.05%以下、B:0.0001~0.0150%、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
さらに、式(1)、式(2)の関係を充足すること、
を特徴とするフェライト系耐熱鋼。
125×[B]≦[Ti]・・・式(1)
[Ti]≦(1/1174)×(7735-([Si]+289.1×[Cr]+48.5×[Mo]+375.5×[Al]+12.2×[W]+9.1×[Nb]+5000×[B]))・・・式(2)
なお、式中の[元素記号]には、各合金元素の質量%の値を代入する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レキュペレータ(復熱装置)熱交換器や他の熱収支を高める熱交換器および高温排気システムなどの高温かつ腐食性燃焼ガス環境下で使用される、優れた高温強度と耐酸化性を有するフェライト系耐熱鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のレキュペレータなどの熱収支を高める熱交換器や各種高温ガスの排気システムでは、その使用環境におけるメタルの最高温度は約750℃であったことから、当該温度域で耐えうる鋼材として、フェライト系耐熱鋼(Cr-Si-Al鋼)として知られているDIN規格鋼種のX10CrAl24などが利用されている。
【0003】
熱効率のさらなる向上を図るのであれば、使用環境温度を上昇させること、例えば800℃以上とすることが必要とされる。もっとも、高温環境においては酸化や腐食による鋼材の減肉量が著しくなるため、鋼材にはさらなる耐高温酸化性が要求されるとともに、高温環境での設計強度を満足し、変形を抑制できる優れた高温強度も要求される。
【0004】
耐用温度の高い鋼材としてオーステナイト系ステンレス鋼やNi基合金が有用と思われるが、これらはNiなどの合金元素量の含有が多いために経済性に優れない。
【0005】
他方、フェライト系ステンレス鋼は、Niなどの合金元素量が少ないことから経済性に優れている。そこで、フェライト系ステンレス鋼にHf、Zr、Ta、Osといったレアメタルを添加することによって、高温強度を改善する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
しかし、この提案には650℃におけるクリープ強度についての評価しかなされておらず、より高温環境での適用性は明らかではない。またここで述べられた高温強度に寄与するとされる炭窒化物は、一般的に析出が速いことから、より高温での強化作用は小さくなるので、現状のレキュペレータ用熱交換器の使用環境温度を上昇させることは期待できない。またレアメタルは希少価値が高いことから、経済性を悪化させるうえに、レアメタルには調達面からの不安が伴うので、原料の安定供給性に課題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平11-61342号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
フェライト系ステンレス鋼やフェライト系耐熱鋼では、高温強度向上を目的に、固溶強化や金属間化合物による析出強化の材料強化機構を活用するため、Mo,W,Nb,Tiの合金元素が添加されているケースがある。
あるいはP,Sなどの粒界偏析により耐酸化性低下や二次加工性低下が生じるが、これを抑制する目的で粒界に優先的に偏析し、むしろ粒界強化による高強度化に効果のあるB(ホウ素)が添加されているケースがある。
【0009】
合金設計において、これらのアプローチを併用することで耐酸化性と高温強度に優れた鋼材が得られるかもしれないが、金属間化合物の析出は、高温強度向上や耐酸化性向上の効果が期待できないホウ素化合物の析出と競合する、という問題がある。
【0010】
そこで、金属間化合物の析出と競合するホウ素化合物の析出を抑制しつつホウ素を粒界に偏析させることができるならば、金属間化合物の析出による析出強化およびホウ素の粒界偏析による粒界強化により、高温強度向上の効果を最大化させ、また耐酸化性を低下させない金属間化合物の析出により優れた耐酸化性が実現されるであろうと期待される。しかしながら、未だその具体的な方法は見いだせていなかった。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、高温強度と耐酸化性および経済性に優れたフェライト系耐熱鋼の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の課題を解決するための第1の手段は、
質量%で、C:0.001~0.040%、Si:0.4~1.2%、Mn:0.01~1.00%、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Cr:21.5~26.0%以下、Mo:0.01~1.50%、W:0.01~2.00%、Al:0.6~1.4%、Ti:0.01~0.90%、Nb:0.01~0.90%、N:0.05%以下、B:0.0001~0.0150%、残部がFe及び不可避的不純物からなるフェライト系耐熱鋼である。
【0013】
その第2の手段は、第1の手段に記載の化学成分からなるフェライト系耐熱鋼であって、さらに、式(1)、式(2)の関係を充足すること、を特徴とするフェライト系耐熱鋼である。
125×[B]≦[Ti]・・・式(1)
[Ti]≦(1/1174)×(7735-([Si]+289.1×[Cr]+48.5×[Mo]+375.5×[Al]+12.2×[W]+9.1×[Nb]+5000×[B]))・・・式(2)
なお、式中の[元素記号]には、各合金元素の質量%の値を代入する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の手段によると、高温強度や耐酸化性向上の効果が得られないB2Tiの晶出または析出を抑制し、代わりに高温強度を向上させつつ耐酸化性を低下させない金属間化合物、例えば(Fe,Cr,Si)2(Nb,Ti,Mo,W)で表されるLaves相の粒界および粒内の析出によって、ホウ素の粒界偏析と金属間化合物の析出を両立させることで粒界強化と金属間化合物の析出による析出強化を実現させ優れた高温強度を得つつ、耐酸化性を低下させない金属間化合物、例えばLaves相の析出により、優れた耐酸化性を得ることができる。そこで、高温強度と耐酸化性および経済性に優れたフェライト系耐熱鋼が提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず、本発明の耐熱鋼の各化学成分を規定する理由および式(1)式(2)を規定する理由を以下に説明する。
【0016】
C:0.001~0.040%
Cは強度を確保するのに必要な元素である。しかしCが0.040%を超えると、加工性が低下する。そこで、Cは0.001~0.040%とする。
【0017】
Si:0.4~1.2%
Siは耐酸化性を向上させる元素である。そのためには、Siが0.4%以上であることが必要である。他方、Siが1.2%を超えると、加工性が低下する。そこで、Siは0.4~1.2%とする。
【0018】
Mn:0.01~1.00%
Mnは耐酸化性および耐スケール剥離性を向上させる元素である。もっとも、1.00%を超えると、異常酸化の起点となるγ相が形成される。また、γ相は熱膨張係数がα相に比較して大きいため、寸法変化が大きくなる。そこで、Mnは0.01~1.00%とする。
【0019】
P:≦0.040%
Pは不可避不純物として鋼中に混入する元素であるが、Pが0.040%を超えると熱間加工性が低下する。そこで、Pは0.040%以下とする。
【0020】
S:≦0.030%
Sは不可避不純物として鋼中に混入する元素であるが、Sが0.030%を超えると 熱間加工性が低下する。そこで、Sは0.030%以下とする。
【0021】
Cr:21.5~26.0%
Crは耐酸化性を向上させる元素であり、本発明ではCrを21.5%以上入れるものとする。しかし、Crが26.0%を超えると、加工性が低下する。そこで、Crは21.5~26.0%とする。
【0022】
Mo:0.01~1.50%
Moは高温強度を向上させる元素である。しかし、Moが1.50%を超えると耐酸化性が低下する。そこで、Moは0.01~1.50%とする。
【0023】
W:0.01~2.00%
Wは高温強度および耐酸化性を向上させる元素である。しかし、Wが2.00%を超えると、耐酸化性および加工性を低下させる。そこで、Wは0.01~2.00%とする。
【0024】
Al:0.6~1.4%
Alは耐酸化性を向上させる元素であり、0.6%以上必要である。しかし、1.4%を超えると加工性が低下する。そこで、Alは0.6~1.4%とする。
【0025】
Ti:0.01~0.90%
Tiは固溶強化および金属間化合物(例えばLaves相)を利用した析出強化により高温強度を向上させ、かつ耐酸化性向上に有効な元素である。もっとも、Tiは強力な炭窒化物形成元素であり、鋼材中の含有量が0.90%を超えると、炭窒化物が晶出または析出しやすくなり、これが異常酸化の起点となり耐酸化性の低下を招くと同時に、金属間化合物(例えばLaves相)の析出量の過度な増加と粗大化を招き、ホウ素の粒界偏析を阻害するため、優れた高温強度が発揮されない。そこで、Tiは0.01~0.90%とする。
【0026】
Nb:0.01~0.90%
Nbは固溶強化および金属間化合物(例えばLaves相)を利用した析出強化による高温強度の向上に必要な元素であり、0.01%以上必要である。しかし、Nbは強力な炭窒化物形成元素であり、鋼材中の含有量が0.90%を超えると炭窒化物が晶出または析出しやすくなり、これが異常酸化の起点となり耐酸化性の劣化や高温強度低下を招く。そこで、Nbは0.01~0.90%とする。
【0027】
N:≦0.05%
Nは不純物として混入する元素である。Nが0.05%を超えると、Ti,Nb化合物の析出量が増加し、高温強度が低下する。そこでNは0.05%以下とする。
【0028】
B:0.0001~0.0150%
Bは粒界を強化し高温強度を向上させる元素であり、0.0001%以上必要である。しかし、Bが0.0150%を超えると、B2Tiの晶出または析出を招き、優れた耐酸化性や高温強度が発揮されないこととなる。そこで、Bは0.0001~0.0150%とする。
【0029】
式(1):125×[B]≦[Ti]
式(1)は耐酸化性向上の指標である。式(1)を充足する場合は、高温で使用される鋼材表面に形成される酸化スケール近傍に拡散し、鋼材の使用環境に由来した酸素が鋼材中に拡散して酸化スケールを成長するといった現象の抑制作用が得られる、固溶Tiの量が多く、酸化スケール近傍にTiが濃化することで優れた耐酸化性が得られる。
および
他方、式(1)を充足せず、右辺の値が左辺よりも小さい場合には、B2Tiの晶出または析出によって鋼材中に固溶するTi量が減少するため、上述のような固溶Tiによる酸化スケールの成長を抑制する効果が不足し、耐酸化性向上の効果が得られない。
【0030】
式(2):[Ti]≦(1/1174)×(7735-([Si]+289.1×[Cr]+48.5×[Mo]+375.5×[Al]+12.2×[W]+9.1×[Nb]+5000×[B]))
式(2)は、粒界強化の効果すなわち高温強度向上の指標である。式(2)のTiの値よりも右辺の値のほうが小さいと、Laves相に代表される金属間化合物の粒界析出が多く、かつ粗大化するため、Bの粒界偏析が共存困難となり、すなわち金属間化合物とBの粒界偏析の共存による粒界強化の効果、言い換えれば高温強度向上の効果が得られないこととなる。
【0031】
(実施例)
表1に記載の化学成分からなる実施例No.1~17のフェライト系耐熱鋼と、比較例No.18~26の鋼について、それぞれ100kgVIM(真空誘導溶解法)にて鋼塊を溶解し、1100℃に加熱した後、角15mmの角柱状に鍛伸して、1100℃で15分保持後、水冷し、所定の試験片に作成し、高温強度および耐酸化性を評価した。また、表1には、実施例及び比較例の各鋼が式(1)、式(2)を充足する場合を〇で、充足しない場合を×で示した。
【0032】
【表1】
【0033】
高温強度の評価は、JIS G 0567に規定される高温引張試験方法に基づき、以下の要領で実施した。実施例、比較例のそれぞれについて、平行部直径6mmの高温引張試験片を作製し、試験片を850℃に加熱した後、試験片が破断に至るまで引張応力を負荷し、このとき最大となる応力を高温引張強度として求めた。そして、表1において、高温引張強度が50MPa以上であったものを高温強度に優れるものとして〇で示し、高温引張強度が50MPaを下回るものを高温強度に劣るものとして×で示した。
【0034】
耐酸化性の評価は、以下に述べる100時間の連続酸化試験により実施した。実施例、比較例のそれぞれの鋼について、直径21mm長さ12mmの試験片を作製し、320~600番の研磨紙で表面性状を整えた後、試験片重量を計測した。次いで、1200℃に加熱した大気雰囲気の電気炉中で試験片を100時間保持して室温まで冷却する、連続酸化試験を実施した。試験後の試験片は、ショットブラストで表面スケールを除去した後、試験片重量を計測した。そして、試験前後の試験片重量の減少量を耐酸化性の評価指標とした。
表1において、試験片単位面積当たりの重量減少量が50mg以下であったものを耐酸化性に優れるものとして○で示し、重量減少量が50mg以上であったものを耐酸化性に劣るものとして×で示した。
【0035】
また、表1においては、総合判定として、高温強度もしくは耐酸化性のいずれかに劣るもの(×で示されたもの)は、両立できていないものとして×で示した。
【0036】
本発明の実施例であるNo.1~17では、高温強度及び耐酸化性に優れる鋼が得られた。
【0037】
他方、比較例No.18は、TiとNが過多となっており、式(2)の値も本発明の規定から外れているため、高温強度が低下した。
比較例No.19は、式(1)及び式(2)の値が規定から外れるものであり、高温強度及び耐酸化性が低下した。
比較例20は、Bが過多で、Crが過小であって、さらに式(1)の値も規定から外れていることから、耐酸化性が低下した。
比較例21は、Siが過小で、Mnが過多であるから、耐酸化性が低下した。また、Bが含まれていないので、高温強度が低下した。
比較例22は、式(2)の値が規定から外れており、高温強度が低下した。
比較例23は、Nbが含まれておらず、また式(2)の値が規定から外れており、高温強度が低下した。
比較例24は、Moが過多で、式(1)及び式(2)の値が規定から外れるものであり、高温強度及び耐酸化性が低下した。
比較例25は、Crが過小でMoが過多でAlが過小であり、Tiが含まれておらず、式(1)の値も規定から外れていることから、高温強度及び耐酸化性が低下した。
比較例26は、式(1)の値も規定から外れていることから、耐酸化性が低下した。