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特許7599951アラキドン酸含量が低減されたジホモ-γ-リノレン酸含有微生物油
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  • 特許-アラキドン酸含量が低減されたジホモ-γ-リノレン酸含有微生物油 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】アラキドン酸含量が低減されたジホモ-γ-リノレン酸含有微生物油
(51)【国際特許分類】
   C11C 3/00 20060101AFI20241209BHJP
   C12N 1/14 20060101ALI20241209BHJP
   A23L 31/00 20160101ALI20241209BHJP
   A23K 10/10 20160101ALI20241209BHJP
   A23K 20/158 20160101ALI20241209BHJP
   A61K 31/231 20060101ALI20241209BHJP
   A61K 31/23 20060101ALI20241209BHJP
   A61K 31/232 20060101ALI20241209BHJP
   A61K 31/201 20060101ALI20241209BHJP
   A61K 36/06 20060101ALI20241209BHJP
   A61K 8/92 20060101ALI20241209BHJP
   A61K 8/97 20170101ALI20241209BHJP
   C12P 7/64 20220101ALN20241209BHJP
   A61P 37/08 20060101ALN20241209BHJP
   A61P 29/00 20060101ALN20241209BHJP
【FI】
C11C3/00
C12N1/14 A ZNA
A23L31/00
A23K10/10
A23K20/158
A61K31/231
A61K31/23
A61K31/232
A61K31/201
A61K36/06 Z
A61K8/92
A61K8/97
C12P7/64
A61P37/08
A61P29/00
【請求項の数】 25
(21)【出願番号】P 2020562541
(86)(22)【出願日】2019-12-27
(86)【国際出願番号】 JP2019051565
(87)【国際公開番号】W WO2020138480
(87)【国際公開日】2020-07-02
【審査請求日】2022-12-07
(31)【優先権主張番号】P 2018248464
(32)【優先日】2018-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004189
【氏名又は名称】株式会社ニッスイ
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 誠造
(72)【発明者】
【氏名】関口 峻允
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 美咲
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2008/087921(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/083806(WO,A1)
【文献】J. Biosci. Bioeng.,2005年,Vol.99, No.3, p.296-299
【文献】J. Biosci. Bioeng.,2016年,Vol.122, No.1, p.22-26
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C11C 3/00
C12N 15/09
C12P 7/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
油の構成脂肪酸として、34重量%超のジホモ-γ-リノレン酸を含み、アラキドン酸の含有率が0.3重量%以下、0.2重量%以下、0.1重量%以下、0.05重量%以下、0.04重量%以下、0.03重量%以下、若しくは0.01重量%以下である、モルティエレラ油。
【請求項2】
油の構成脂肪酸として、C24:0の含有率が、8.5重量%以下、7.0重量%以下、6.0重量%以下、又は5.5重量%以下である、請求項1に記載のモルティエレラ油。
【請求項3】
油の構成脂肪酸として、C24:0及びC22:0の合計の含有率が、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、8.0重量%以下、又は7.5重量%以下である、請求項1又は2に記載のモルティエレラ油。
【請求項4】
油の構成脂肪酸として、C24:0、C22:0及びC20:0の含有率が、12.0重量%以下、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、又は8.0重量%以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載のモルティエレラ油。
【請求項5】
前記モルティエレラ油が、Δ5不飽和化酵素阻害剤を含まない、請求項1~4のいずれか1項に記載のモルティエレラ油。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載のモルティエレラ油が粗油である、モルティエレラ油。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載のモルティエレラ油を含む、医薬組成物。
【請求項8】
請求項1~6のいずれか1項に記載のモルティエレラ油を含む、抗アレルギー剤又は抗炎症剤。
【請求項9】
請求項1~6のいずれか1項に記載のモルティエレラ油をエステル交換反応又は加水分解反応に供することを含む方法により製造された、ジホモ-γ-リノレン酸を含む、低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物。
【請求項10】
前記ジホモ-γ-リノレン酸を30重量%超、32重量%超、又は34重量%超を含む、請求項9に記載の組成物。
【請求項11】
アラキドン酸を実質的に含まないか、又はアラキドン酸の含有率が0.3重量%以下、0.2重量%以下、0.1重量%以下、0.05重量%以下、0.04重量%以下、0.03重量%以下、若しくは0.01重量%以下である、請求項9又は10に記載の組成物。
【請求項12】
C24:0の含有率が、8.5重量%以下、7.0重量%以下、6.0重量%以下、又は5.5重量%以下である、請求項9~11のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項13】
C24:0及びC22:0の合計の含有率が、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、8.0重量%以下、又は7.5重量%以下である、請求項9~12のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項14】
C24:0、C22:0及びC20:0の含有率が、12.0重量%以下、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、又は8.0重量%以下である、請求項9~13いずれか1項に記載の組成物。
【請求項15】
油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の構成比率が、重量比で1/120以下、1/180以下、1/360以下、1/1000以下、1/2350以下、又は1/3000以下である、請求項9~14のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項16】
油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0の構成比率が、重量比で1/4.1以下、1/5.0以下、又は1/6.0以下である、請求項9~15のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項17】
油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0及びC22:0の合計の構成比率が、重量比で1/3.1以下、1/4.0以下、又は1/5.0以下である、請求項9~16のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項18】
油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0、C22:0及びC20:0の合計の構成比率が、重量比で1/3.0以下、1/3.9以下、又は1/4.8以下である、請求項9~17のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項19】
医薬として用いられる、請求項9~18のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項20】
前記医薬が、抗アレルギー剤又は抗炎症剤として用いられる、請求項19に記載の組成物。
【請求項21】
請求項1~6のいずれか1項に記載のモルティエレラ油、又は、請求項9~19のいずれか1項に記載の組成物の、食品、サプリメント、医薬品、化粧品、又は動物飼料の製造における使用。
【請求項22】
請求項1~6のいずれか1項に記載のモルティエレラ油を含有する微生物菌体。
【請求項23】
請求項22に記載の微生物菌体を含む、食品、サプリメント、医薬品、化粧品、又は動物飼料。
【請求項24】
請求項22に記載の微生物菌体を含む培養物。
【請求項25】
前記モルティエレラ油を0.4g/リットル以上の含有率で含む、請求項24に記載の培養物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ジホモ-γ-リノレン酸(以下、DGLAと称する場合ある。)含有微生物油、当該微生物油から得られる低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物、ジホモ-γ-リノレン酸含有微生物菌体、及びそれらの利用、それらの製造方法、並びにそれらの製造に用いる微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
DGLA(C20:3,n-6)(8,11,14-エイコサトリエン酸)は魚油、海藻等における構成脂肪酸のひとつである。DGLAは、モルティエレラ アルピナ等の微生物においてアラキドン酸(C20:4,n-6)(5,8,11,14-エイコサテトラエン酸)(以下、ARAと称する場合がある。)の前駆物質として生成されていることが知られている。しかしながら、トリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド、リン脂質及びステロールを脂質成分として含有する微生物において、DGLAの生成量はわずかである。DGLAとARAは類似の化学的特徴を持つ脂肪酸である。このため、DGLAとARAとの分離が困難である。
【0003】
DGLAを効率よく生産するために、微生物におけるARAの生成量をなるべく減らす技術が提案されている(非特許文献1~5、特許文献1~3)。例えば、特開平5-091887号公報には、ARA生産能を有するが、Δ5不飽和化酵素活性が低下又は欠失した微生物を培養して、DGLA又はDGLAを含有する脂質を生成すること、DGLA又はDGLAを含有する脂質を採取することを含むDGLA又はDGLAを含有する脂質の製造方法が開示されている。また、特許文献1では、ARA生産能を有し、かつΔ5不飽和化活性が低下又は欠失した微生物を、Δ5不飽和化酵素阻害剤、例えばセサミン等の存在下で培養することによって得られることも開示されている。また、特許文献2では、2種以上のΔ5不飽和化酵素阻害剤を組み合わせて使用することで、高いDGLA/ARA比を有する微生物油を生産できることが開示されている。また、非特許文献1~5では、Mortierella alpina 1S-4株において、Δ5不飽和化酵素の遺伝子に変異を導入するか、又は遺伝子を破壊した株によるDGLA含有油の生成を開示している。非特許文献5の、Δ5不飽和化酵素の遺伝子破壊株の幾つかにおいて、検出限界以下のARAを達成している。しかしながら、非特許文献5の表3では、小数点第1位までの結果しか示されていない。
【0004】
また特許文献3には、ARA、DGLA等の長鎖高度不飽和脂肪酸を構成要素として含むリン脂質の製造方法が開示されている。
【0005】
これらの先行技術にも拘わらず、製品の満足性と使用品質の達成が技術的に困難なことから、DGLA含有率を高めた微生物油の商業的な生産は、いまだにほとんどなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平5-091887号公報
【文献】特表2017-502114号公報
【文献】国際公開第2005/083101号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Abe et al., J. Biosci. Bioeng. (2005) vol. 99, No. 3, pp. 296-299
【文献】Jareonkitmongkol et al., J. Gneneral Microbiology (1992) vol. 138, pp. 997-1002
【文献】Kawashima et al., JAOCS (2000) vol. 77, No. 11, pp. 1135-1138
【文献】Jareonkitmongkol et al., Appl. Environ. Microbiol. (1993) vol. 59, No. 12, pp. 4300-4304
【文献】Kikukawa et al., J. Biosci. Bioeng.(2016) vol. 122, No. 1, pp. 22-26
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本開示の課題は、従来の方法で得られた微生物油よりも高純度のジホモ-γ-リノレン酸含有油を得るために利用可能な微生物油及び微生物菌体を提供することであり、また、微生物菌体を用いた微生物油の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示は、油の構成脂肪酸としてジホモ-γ-リノレン酸(DGLA)を高純度で含む微生物油に関する。本開示の微生物油は、DGLAが含有されること、及び/又は所望されない構成脂肪酸が低減されることにより特定される。本開示の微生物油に所望されない構成脂肪酸として、アラキドン酸(ARA)及び/又は長鎖飽和脂肪酸が挙げられる。
【0010】
より具体的には、本開示の微生物油は、DGLAの含有率と、ARAの含有率により特定される。この場合、さらに長鎖飽和脂肪酸の含有率により特定されてもよい。
【0011】
別の態様では、本開示の微生物油は、DGLAの含有率と、長鎖飽和脂肪酸の含有率により特定される。この場合、さらにARAの含有率により特定されてもよい。
【0012】
別の態様では、本開示の微生物油は、DGLAを含み、長鎖飽和脂肪酸の含有率、及びARAの含有率により特定される。この場合、さらにDGLAの含有率により特定されてもよい。
【0013】
別の態様では、本開示の微生物油は、DGLAを含み、DGLAに対する長鎖飽和脂肪酸の構成比率により特定されてもよい。この場合、さらにARAの含有率により特定されてもよく、さらにDGLAの含有率により特定されてもよい。
【0014】
別の態様では、本開示の微生物油は、DGLAを含み、DGLAに対するARAの構成比率により特定されてもよい。この場合、さらにDGLAに対する長鎖飽和脂肪酸の構成比率により特定されてもよく、さらにARAの含有率により特定されてもよく、さらにDGLAの含有率により特定されてもよい。
【0015】
本開示の1の態様では、長鎖飽和脂肪酸は、C24:0、C22:0、及びC20:0であり、合計量に基づき含有率や構成比率が計算される。他の態様では、長鎖飽和脂肪酸は、C24:0及びC22:0であり、合計量に基づき含有率や構成比率が計算される。さらに他の態様では、長鎖飽和脂肪酸は、C24:0であり、C24:0の含有率や構成比率が計算されうる。
【0016】
本開示の微生物油に含有されるDGLAは、油の構成脂肪酸として、30重量%超、31重量%超、32重量%超、又は34重量%超の含有率で、微生物油に含有されうる。
【0017】
ARAは、本開示の微生物油中において、その含有率が低下されているか、又は実質的に含まれない。一の態様では、本開示の微生物油において、ARAは、微生物油の構成脂肪酸のうち0.3重量%以下、0.2重量%以下、0.1重量%以下、0.05重量%以下、0.04重量%以下、0.03重量%以下、又は0.01重量%以下である。また、別の態様では、本開示の微生物油において、DGLAに対するARAの構成比率は、重量比で1/120以下、1/180以下、1/360以下、1/1000以下、1/2350以下、又は1/3000以下であってもよい。
【0018】
長鎖飽和脂肪酸は、炭素数が少なくとも20の飽和脂肪酸を指し、例えば、アラキジン酸(C20:0)、ベヘン酸(C22:0)、リグノセリン酸(C24:0)からなる群から選ばれる少なくとも1の脂肪酸を指す。本開示の一の態様では、長鎖飽和脂肪酸の含有率を低減された微生物油に関する。
【0019】
長鎖飽和脂肪酸としてC24:0を用い、C24:0の含有率又はDGLAに対するC24:0の構成比率で特定することができる。一の態様では、本開示の微生物油は、C24:0の含有率が、8.5重量%以下、7.0重量%以下、6.0重量%以下、5.5重量%以下、5.0重量%以下、又は4.5重量%以下である微生物油に関する。また、別の態様では、本開示の微生物油は、DGLAに対するC24:0の構成比率が1/4.1以下、1/4.5以下、1/5.0以下、1/6.0以下、1/7.0以下、又は1/7.5以下である、微生物油に関する。
【0020】
長鎖飽和脂肪酸として、C24:0及びC22:0を用い、C24:0及びC22:0の合計の含有率又はDGLAに対するC24:0及びC22:0の合計の構成比率で特定することができる。一の態様では、本開示の微生物油は、C24:0及びC22:0の合計の含有率が、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、8.0重量%以下、7.5重量%以下、7.0重量%以下、又は6.5重量%以下である微生物油に関する。また、別の態様では、本開示の微生物油は、DGLAに対するC24:0及びC22:0の合計の構成比率で特定することができ、構成比率が1/3.1以下、1/4.0以下、1/4.5以下、1/5.0以下である、微生物油に関する。
【0021】
長鎖飽和脂肪酸として、C24:0、C22:0、及びC20:0を用い、C24:0、C22:0、及びC20:0の合計量の含有率又はDGLAに対するC24:0、C22:0、及びC20:0の合計量の構成比率で特定することができる。一の態様では、本開示の微生物油は、12.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、8.0重量%以下、又は7.5重量%以下である微生物油に関する。また、別の態様では、本開示の微生物油は、DGLAに対するC24:0、C22:0、及びC20:0の合計の構成比率で特定することができ、構成比率が1/3.0以下、1/3.5以下、1/4.0以下、又は1/4.5以下である、微生物油に関する。
【0022】
本開示の微生物油は、粗油であってもよいし、精製油であってもよい。1の態様では、本開示の微生物油には、Δ5不飽和化酵素阻害剤を含まない。
【0023】
更なる態様は、本開示の微生物油に由来し、ジホモ-γ-リノレン酸エステルを含有する低級アルコールエステル組成物、又は、本開示の微生物油に由来し、DGLAを含有する遊離脂肪酸組成物に関する。本開示の微生物油から製造された又は製造されうる、ジホモ-γ-リノレン酸を含む、低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物は、DGLA、アラキドン酸、及び長鎖不飽和脂肪酸の含有率や構成比率について、元の微生物油における含有率や構成比率と同じ又は同程度の含有率や構成比率を有する。
【0024】
本開示において用いられる微生物は、糸状菌、例えばモルティエレラ(Mortierella)属の糸状菌、例えばモルティエレラ アルピナ(Mortierella alpina)又はその近縁種である。本開示において用いられる微生物は、Δ5不飽和化酵素(DELTA-5 DESATURASE:以下、D5DSと称する場合がある。)遺伝子に変異が加わった微生物を用いることができる。1の態様では、本開示において用いられる微生物は、受託番号FERM BP―02778(NSM243-16株)の微生物である。
【0025】
本開示の更なる態様は、本開示の微生物油の製造に用いる微生物の培養物に関してもよい。微生物の培養物には、微生物菌体、及びその培養培地が含まれうる。本開示の微生物油を含む微生物菌体や、本開示の微生物菌体を含む培養物は、DGLA、アラキドン酸、及び長鎖不飽和脂肪酸の含有率や構成比率について、本開示の微生物油における含有率や構成比率と同じ又は同程度の含有率や構成比率を有する。
【0026】
本開示にかかる微生物油、低級アルコールエステル組成物、遊離脂肪酸組成物又は培養物は、医薬品、化粧品、食品、サプリメント、又は動物飼料として、より具体的には、抗アレルギー剤又は抗炎症剤として使用され得る。したがって、本開示は、本開示にかかる微生物油、低級アルコールエステル組成物、遊離脂肪酸組成物又は培養物を含む医薬組成物、美容組成物、抗アレルギー剤、又は抗炎症剤にも関する。
【0027】
本開示の更なる態様は、微生物油を製造する方法に関する。具体的に、当該製造方法は、培地中において、本開示で言及される微生物を培養する工程を含む。本開示の製造方法に用いる微生物として、Δ5不飽和化酵素遺伝子に変異を有する微生物株を用いる。Δ5不飽和化酵素遺伝子に導入される変異は、配列番号3の310位のチロシン(Y)のシステイン(C)への変異をもたらす遺伝子変異が挙げられる(以下、Y310Cと表記する)。さらに、又は独立して、配列番号1の2206~2234位の塩基を欠失するように遺伝子変異されてもよい。1の態様では、本開示の微生物油を製造する方法において、本開示で言及される微生物を培養する培地には、Δ5不飽和化酵素阻害剤を添加されない。したがって、培養により得られた培養物、微生物油、及び/又は微生物菌体には、Δ5不飽和化酵素阻害剤を添加された場合の、Δ5不飽和化酵素阻害剤の残存量を含まない。
【0028】
更なる方法の態様は、本開示の微生物油から、本開示の低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物を製造する方法に関する。
【0029】
より具体的に、本開示は、下記の発明に関していてもよい:
[1] 油の構成脂肪酸として、30重量%超、32重量%超、又は34重量%超のジホモ-γ-リノレン酸を含み、アラキドン酸を実質的に含まないか、又はアラキドン酸の含有率が0.3重量%以下、0.2重量%以下、0.1重量%以下、0.05重量%以下、0.04重量%以下、0.03重量%以下、若しくは0.01重量%以下である、微生物油。
[2] 油の構成脂肪酸として、C24:0の含有率が、8.5重量%以下、7.0重量%以下、6.0重量%以下、又は5.5重量%以下である、項目1に記載の微生物油。
[3] 油の構成脂肪酸として、C24:0及びC22:0の合計の含有率が、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、8.0重量%以下、又は7.5重量%以下である、項目1又は2に記載の微生物油。
[4] 油の構成脂肪酸として、C24:0、C22:0及びC20:0の含有率が、12.0重量%以下、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、又は8.0重量%以下である、項目1~3のいずれか1項に記載の微生物油。
[5] 油の構成脂肪酸として、30重量%超、32重量%超、又は34重量%超のジホモ-γ-リノレン酸を含み、C24:0の含有率が、8.5重量%以下、7.0重量%以下、6.0重量%以下、又は5.5重量%以下である、微生物油。
[6] 油の構成脂肪酸として、C24:0及びC22:0の合計の含有率が、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、8.0重量%以下、又は7.5重量%以下である、項目5に記載の微生物油。
[7] 油の構成脂肪酸として、C24:0、C22:0及びC20:0の含有率が、12.0重量%以下、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、又は8.0重量%以下である、項目5又は6に記載の微生物油。
[8] 油の構成脂肪酸として、30重量%超、32重量%超、又は34重量%超のジホモ-γ-リノレン酸を含み、C24:0及びC22:0の合計の含有率が、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、8.0重量%以下、又は7.5重量%以下である、微生物油。
[9] 油の構成脂肪酸として、C24:0、C22:0及びC20:0の含有率が、12.0重量%以下、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、又は8.0重量%以下である、項目8に記載の微生物油。
[10] 油の構成脂肪酸として、30重量%超、32重量%超、又は34重量%超のジホモ-γ-リノレン酸を含み、C24:0、C22:0及びC20:0の含有率が12.0重量%以下、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、又は8.0重量%以下である、微生物油。
[11] 油の構成脂肪酸として、ジホモ-γ-リノレン酸を含み、油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の構成比率が、重量比で1/120以下、1/180以下、1/360以下、1/1000以下、1/2350以下、又は1/3000以下である、微生物油。
[12] 油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0の構成比率が、重量比で1/4.1以下、1/5.0以下、又は1/6.0以下である、項目11に記載の微生物油。
[13] 油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0及びC22:0の合計、の構成比率が、重量比で1/3.1以下、1/4.0以下、又は1/5.0以下である、項目11又は12に記載の微生物油。
[14] 油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対する長鎖飽和脂肪酸の構成比率が、重量比で1/3.0以下、1/3.9以下、又は1/4.8以下である、項目11~13のいずれか1項に記載の微生物油。
[15] 油の構成脂肪酸として、ジホモ-γ-リノレン酸を含み、油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0の構成比率が、重量比で1/4.1以下、1/5.0以下、又は1/6.0以下である、微生物油。
[16] 油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0及びC22:0の合計の構成比率が、重量比で1/3.1以下、1/4.0以下、又は1/5.0以下である、項目15に記載の微生物油。
[17] 油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0、C22:0及びC20:0の合計の構成比率が、重量比で1/3.0以下、1/3.9以下、又は1/4.8以下である、項目15又は16に記載の微生物油。
[18] 油の構成脂肪酸として、ジホモ-γ-リノレン酸を含み、油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0及びC22:0の合計の構成比率が、重量比で1/3.1以下、1/4.0以下、又は1/5.0以下である、微生物油。
[19] 油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0、C22:0及びC20:0の合計の構成比率が、重量比で1/3.0以下、1/3.9以下、又は1/4.8以下である、項目18に記載の微生物油。
[20] 油の構成脂肪酸として、ジホモ-γ-リノレン酸を含み、油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0、C22:0及びC20:0の合計の構成比率が、重量比で1/3.0以下、1/3.9以下、又は1/4.8以下である、微生物油。
[21] 油の構成脂肪酸として、アラキドン酸を実質的に含まないか、又はアラキドン酸の含有率が0.3重量%以下、0.2重量%以下、0.1重量%以下、0.05重量%以下、0.04重量%以下、0.03重量%以下、若しくは0.01重量%以下である、項目11~20のいずれか1項に記載の微生物油。
[22] ジホモ-γ-リノレン酸の含有率が、30重量%超、32重量%超、又は34重量%超である、項目11~21のいずれか1項に記載の微生物油。
[23] 前記微生物油が、糸状菌由来の油である、項目1~22のいずれか1項に記載の微生物油。
[24] 糸状菌が、モルティエレラ(Mortierella)属の糸状菌である、項目23に記載の微生物油。
[25] 前記微生物油が、Δ5不飽和化酵素阻害剤を含まない、項目1~24のいずれか1項に記載の微生物油。
[26] 項目1~25のいずれか1項に記載の微生物油が粗油である、微生物油。
[27] 項目1~26のいずれか1項に記載の微生物油を含む、医薬組成物。
[28] 項目1~26のいずれか1項に記載の微生物油を含む、抗アレルギー剤又は抗炎症剤。
[29] 項目1~26のいずれか1項に記載の微生物油をエステル交換反応又は加水分解反応に供することを含む方法により製造された又は製造されうる、ジホモ-γ-リノレン酸を含む、低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物。
[30] 前記ジホモ-γ-リノレン酸を30重量%超、32重量%超、又は34重量%超を含む、項目29に記載の組成物。
[31] アラキドン酸を実質的に含まないか、又はアラキドン酸の含有率が0.3重量%以下、0.2重量%以下、0.1重量%以下、0.05重量%以下、0.04重量%以下、0.03重量%以下、若しくは0.01重量%以下である、項目29又は30に記載の組成物。
[32] C24:0の含有率が、8.5重量%以下、7.0重量%以下、6.0重量%以下、又は5.5重量%以下である、項目29~31のいずれか1項に記載の組成物。
[33] C24:0及びC22:0の合計の含有率が、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、8.0重量%以下、又は7.5重量%以下である、項目29~32のいずれか1項に記載の組成物。
[34] C24:0、C22:0及びC20:0の含有率が、12.0重量%以下、11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、又は8.0重量%以下である、項目29~33のいずれか1項に記載の組成物。
[35] 油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するアラキドン酸の構成比率が、重量比で1/120以下、1/180以下、1/360以下、1/1000以下、1/2350以下、又は1/3000以下である、項目29~34のいずれか1項に記載の組成物。
[36] 油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0の構成比率が、重量比で1/4.1以下、1/5.0以下、又は1/6.0以下である、項目29~35のいずれか1項に記載の組成物。
[37] 油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0及びC22:0の合計の構成比率が、重量比で1/3.1以下、1/4.0以下、又は1/5.0以下である、項目29~36のいずれか1項に記載の組成物。
[38] 油の構成脂肪酸としてのジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0、C22:0及びC20:0の合計の構成比率が、重量比で1/3.0以下、1/3.9以下、又は1/4.8以下である、項目29~37のいずれか1項に記載の組成物。
[39] 医薬、例えば抗アレルギー剤又は抗炎症剤として用いられる、項目29~38のいずれか1項に記載の組成物。
[40] 項目1~26のいずれか1項に記載の微生物油、又は、項目29~39のいずれか1項に記載の組成物の、食品、サプリメント、医薬品、化粧品、又は動物飼料の製造における使用。
[41] 項目1~26のいずれか1項に記載の微生物油を含有する微生物菌体。
[42] 項目41に記載の微生物菌体を含む、食品、サプリメント、医薬品、化粧品、又は動物飼料。
[43] 項目41に記載の微生物菌体を含む培養物。
[44] 前記微生物油を0.4g/リットル以上の含有率で含む、項目43に記載の培養物。
[45] 培地に、Δ5不飽和化酵素遺伝子に変異を有する微生物株を培養して、ジホモ-γ-リノレン酸含有微生物油を製造すること、
を含み、ARAを実質的に含まないジホモ-γ-リノレン酸含有微生物油の製造方法。
[46] 前記微生物株が、Δ5不飽和化酵素の配列番号3のY310Cのアミノ酸置換をもたらす遺伝子変異を有する、項目45に記載の方法。
[47] 前記微生物株が、Δ5不飽和化酵素遺伝子の配列番号1の2206~2234位の塩基欠失を有する、項目45又は46に記載の方法。
[48] 前記微生物株が、モルティエレラ属に属する微生物の株である、項目45~47のいずれか1項に記載の方法。
[49] 微生物株として、受託番号FERM BP―02778の微生物を用いる項目45~48のいずれか1項に記載の方法。
[50] 受託番号FERM BP―02778の微生物。
【発明の効果】
【0030】
本開示によれば、従来法で得られる微生物油より、所望されない構成脂肪酸が低減され、高純度なジホモ-γ-リノレン酸(DGLA)を含む微生物油を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1図1は、モルティエレラ アルピナ RD056399株のΔ5不飽和化酵素遺伝子と、モルティエレラ アルピナ NSM243-16株のΔ5不飽和化酵素遺伝子の塩基配列の比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0032】
(1)微生物油
本開示において、微生物油とは、特記しない限り、微生物から得られたすべての脂質を広く意味し、本開示において粗油及び精製油の双方を区別することなく指称する用語として用いる。微生物油は、一例として糸状菌由来の油であり、さらなる例としてモルティエレラ属の糸状菌由来の油(以下、モルティエレラ油)である。微生物油は、微生物を適切な培地中で培養し、その微生物菌体から溶媒抽出などの方法により採取することにより得られる。脂質には、トリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド、リン脂質、コレステロール等が含まれ、脂質は、主成分としてトリグリセリドで構成される。脂質の構成脂肪酸として、各種の脂肪酸が含まれている。本開示の微生物油では、それらの構成脂肪酸のうち、油の構成脂肪酸としてジホモ-γ-リノレン酸(DGLA)を高純度で含む。本開示において、高純度とは、単にDGLAの含有率が高いことを指すが、所望されない構成脂肪酸が低減されていることを指すこともある。したがって、本開示の微生物油は、微生物油に含有されるDGLAの含量、及び/又は所望されない構成脂肪酸が低減されることにより特定されうる。より具体的には、本開示の微生物油は、DGLA含量と、ARA含量とにより特定され、さらに長鎖飽和脂肪酸の含量により特定されうる。さらに別の態様では、本開示の微生物油は、DGLA含量と、長鎖飽和脂肪酸の含量とにより特定され、さらにARA含量により特定されうる。本開示において含量は、含有率やDGLAに対する構成比率のみで限定されず、単に特定の化合物の存在を表してもよい。
【0033】
便宜上、用語「油」は、「油脂」を指し示すために本開示では使用される。また、用語「油」及び「油脂」とは、狭義にはトリグリセリドを意味するが、本開示においてはトリグリセリドを主成分とし、ジグリセリド、モノグリセリド、リン脂質、コレステロール、遊離脂肪酸等の他の脂質成分を含む油、例えば粗油も含む。実際には、トリグリセリド含有率は、30重量%以上、50重量%以上、70重量%以上、又は90重量%以上である。
【0034】
便宜上、用語「脂肪酸」は、遊離の飽和若しくは不飽和脂肪酸自体だけでなく、アルキルエステル、トリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド、リン脂質、ステリルエステル等中に含まれる構成単位としての脂肪酸も含まれ、構成脂肪酸とも言い換えられる。本開示において、特に断らない限り、脂肪酸を含む化合物の形態については省略する場合がある。脂肪酸を含む化合物の形態としては、遊離脂肪酸形態、脂肪酸アルキルエステル形態、グリセリルエステル形態、リン脂質の形態、ステリルエステル形態等を挙げることができる。同一の脂肪酸を含む化合物は、油中、単一の形態で含まれていてもよく、2つ以上の形態の混合物として含まれていてもよい。
【0035】
脂肪酸を表記する際に、炭素数、二重結合の数及び二重結合の場所を、それぞれ数字とアルファベットを用いて簡略的に表した数値表現を用いることがある。たとえば、炭素数20の飽和脂肪酸は「C20:0」と表記され、炭素数20で炭素鎖に二重結合を3つ有する三価不飽和脂肪酸は「C20:3」と表記される。たとえば、ベヘン酸は「C22:0」、アラキドン酸は「C20:4,n-6」等と表記され得る。「n-」は、脂肪酸のメチル末端から数えた最初の二重結合の位置を示し、たとえば「n-6」であれば、二重結合の位置が脂肪酸のメチル末端から数えて6番目であることを示し、「n-3」であれば、二重結合の位置が脂肪酸のメチル末端から数えて3番目であることを示す。この方法は当業者には周知であり、この方法に従って表記された脂肪酸については、当業者であれば容易に特定することができる。
【0036】
本開示において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。本開示において「~」を用いて示された数値範囲は、その前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示すものとする。本開示において、混合物中の各成分の含有率は、混合物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合、特に断らない限り、混合物中に存在する当該複数の物質の合計の含有率を意味する。本開示において、パーセントに関して「以下」又は「未満」との用語は、下限値を特に記載しない限り0%、即ち「含有しない」場合を含み、又は、現状の手段では検出不可の値を含む範囲を含むことを意味する。
【0037】
本開示の微生物油にはDGLAが含まれ、DGLAの含有率は、油の構成脂肪酸として、30重量%超、31重量%超、32重量%超、又は34重量%超である。ジホモ-γ-リノレン酸の含有率の上限は特に限定されないが、微生物の生産性の観点から、通常、70重量%以下、又は60重量%以下である。
【0038】
本開示の微生物油に所望されない構成脂肪酸として、ARA及び/又は長鎖飽和脂肪酸が挙げられる。ARAは、必須脂肪酸に分類されているものの、炎症惹起することが知られており、その観点から低減することが所望される。長鎖飽和脂肪酸は、油の融点を上昇させてしまう観点で低減することが所望される。
【0039】
ARAは、本開示の微生物油中において、その含有率が低下されている。一の態様では、ARAは、本開示の微生物油中に実質的に含まれない。さらに別の態様では、本開示の微生物油において、ARAは、微生物油の構成脂肪酸のうち0.3重量%以下、0.2重量%以下、0.1重量%以下、0.05重量%以下、0.04重量%以下、0.03重量%以下、若しくは0.01重量%以下である。DGLAを高純度(例えば30重量%超)で含み、かつARAが実質的に含まないか、又は0.05重量%未満である、微生物油(特にモルティエレラ油)はこれまでに知られていない。このため、本開示の微生物油を使用することにより、従来の油よりも高純度でDGLAを含有し、低いARA含有率である油を効率よく提供することができる。
【0040】
長鎖飽和脂肪酸として、C24:0を用いる場合、ジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0の構成比率を指標とすることができ、重量比で1/4.1以下、1/4.5以下、1/5.0以下、1/6.0以下、1/7.0以下、又は1/7.5である、微生物油に関する。さらに別の態様では、C24:0の含有率が、構成脂肪酸として8.5重量%以下、7.0重量%以下、6.0重量%以下、5.5重量%以下、5.0重量%以下、又は4.5重量%以下である、微生物油に関する。C24:0の含有率の下限は、1の例では、0重量%である。他の例としては、C24:0の含有率の下限は、微生物を用いる観点から、通常1重量%以上である。
【0041】
長鎖飽和脂肪酸がとして、C24:0及びC22:0を用いる場合、ジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0及びC22:0の合計の構成比率を指標とすることができ、重量比で1/3.1以下、1/4.0以下、1/5.0以下である、微生物油に関する。さらに別の態様では、C24:0及びC22:0の合計量の含有率が、構成脂肪酸として11.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、8.0重量%以下、7.5重量%以下、7.0重量%以下、又は6.5重量%以下である、微生物油に関する。C24:0及びC22:0の合計量の含有率の下限は、1の例では、0重量%である。他の例としては、C24:0及びC22:0の合計量の含有率の下限は、微生物を用いる観点から、通常1重量%以上である。
【0042】
長鎖飽和脂肪酸が、C24:0、C22:0、及びC20:0を用いる場合、ジホモ-γ-リノレン酸に対するC24:0、C22:0、及びC20:0の合計の構成比率はを指標とすることができ、重量比で1/3.0以下、1/3.5以下、1/4.0以下、又は1/4.5以下である、微生物油に関する。さらに別の態様では、C24:0、C22:0、及びC20:0の合計量の含有率が、構成脂肪酸において12.0重量%以下、10.0重量%以下、9.0重量%以下、8.0重量%以下、又は7.5重量%以下である、微生物油に関する。C24:0と、C22:0と、C20:0との合計の含有率の下限は、1の例では、0重量%である。他の例としては、C24:0、C22:0、及びC20:0の合計の含有率の下限は、微生物を用いる観点から、通常1重量%以上である。
【0043】
本開示において、DGLAと、所望されない構成脂肪酸との含有比を、重量比(不所望な構成脂肪酸/DGLA)として表現する場合もあるが、重量比(DGLA/不所望な構成脂肪酸)を用いて表現する場合もある。不所望な構成脂肪酸として、ARA及び/又は長鎖飽和脂肪酸が用いられうる。
【0044】
本開示において「不所望な構成脂肪酸/DGLA」あるいは「DGLA/不所望な構成脂肪酸」とは、油中に含まれる脂肪酸組成の分析による、不所望な構成脂肪酸とDGLAの重量比である。脂肪酸組成は、常法にしたがって求めることができる。具体的には、測定対象となる油を、低級アルコールと触媒を用いてエステル化し、脂肪酸低級アルコールエステルを得る。次いで、得られた脂肪酸低級アルコールエステルを、ガスクロマトグラフィーを用いて分析する。得られたガスクロマトグラフィーにおいて各脂肪酸に相当するピークを同定し、例えばAgilent ChemStation積分アルゴリズム(リビジョンC.01.03[37]、Agilent Technologies)を用いて、各脂肪酸のピーク面積を求める。「ピーク面積」とは、それぞれの成分のピーク面積の全ピーク面積に対する割合であって、すなわち、構成成分として種々の脂肪酸を有する油のガスクロマトグラフィー又は薄層クロマトグラフィー/水素炎イオン化検出器(TLC/FID)により得られた分析チャートによって決定されたそのピークの成分の含有比率を示すものである。脂肪酸組成については、例えば実施例に示す方法に従った、ガスクロマトグラフィーにより決定した。脂質組成については、TLC/FIDにより決定した。詳細な条件は実施例に示した。
【0045】
本開示では、微生物菌体から、脂質を単に抽出することにより得られた状態である脂質の混合物を、微生物油の「粗油」と称する。この微生物油を精製してリン脂質やコレステロールを除去し、これにより、トリグリセリドの割合を高めることにより得られる微生物油が、微生物油の精製油である。本開示において「微生物油」とは、特記しない限り、粗油と精製油の両方を意味する。ARAとDGLAは、化合物としての性質が似ており、実生産規模によるDGLAのARAから分離がきわめて難しいことが知られている。本開示において、微生物油におけるDGLAと不所望な構成脂肪酸の含有率又は構成比率と、微生物油から得られる低級アルコールエステル組成物及び/又は遊離脂肪酸組成物におけるDGLAと不所望な構成脂肪酸の含有率又は構成比率が同じ又は同程度となりうる。特に、DGLAと不所望な構成脂肪酸としてのARAの重量比は、微生物油と低級アルコールエステル組成物及び/又は遊離脂肪酸組成物で同等となる。本開示では、粗油の段階で、ARAの含有率が低い、言い換えれば、ARAとDGLAとの含有率の差が大きい微生物油を提供することができ、従って、精製油及び/製品の化学処理品において、非常に高いDGLA/ARAを得る能力を顕著に高めることができる。本開示の微生物油は、本開示で特定された微生物の培養により製造されうる。1の態様では、この製造過程において、Δ5不飽和化酵素阻害剤を添加した培地を用いない。したがって、1の態様では、本開示において微生物油は、Δ5不飽和化酵素阻害剤を含まない。
【0046】
Δ5不飽和化酵素阻害剤としては、本技術分野に既知の不飽和化酵素阻害剤が挙げられる。不飽和化酵素阻害剤としては、例えばジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体が挙げられる。ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体は、例えば、セサミン、セサミノール、エピセサミン、エピセサミノール、セサモリン、2-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-6-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン、2,6-ビス-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン、2-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-6-(3-メトキシ-4-ヒドロキシフェノキシ)-3,7-ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン等を挙げることができる。
【0047】
本開示において「精製油」とは、脱ガム工程、脱酸工程、脱色工程、脱臭工程等を、これらのいくつか又はそのすべてを組み合わせて含み、リン脂質及びステロールなど目的物以外の物質を除去するための精製工程後に得られた油を意味する。
【0048】
また、粗油において微生物油の全量に対するトリグリセリドの含有率は、微生物油において70重量%以上、又は90重量%以上である。微生物油におけるトリグリセリドの含有率が70重量%以上であれば、吸湿性が低すぎることがなく、例えば、良好な流動性が得られ得る。微生物油中のトリグリセリドの含有率の上限値については特に制限はないが、一般にトリグリセリドの微生物油中における重量比は99重量%以下である。微生物油におけるトリグリセリドの重量比は、100重量%、即ち、微生物油が、グリセリド以外の成分を実質的に含まなくてもよい。微生物油のトリグリセリドを構成する脂肪酸には、炭素数14~26の飽和又は不飽和の脂肪酸が挙げられる。精製油では、例えば公知の方法により、不純物を除去することにより、トリグリセリドの濃度を高めることができる。
【0049】
粗油における脂肪酸組成は、微生物油の全重量に対して、炭素数18以下の脂肪酸を60重量%以下、55重量%以下、又は50重量%以下で含みうる。粗油における炭素数18以下の脂肪酸の含有率が低い微生物油は、炭素数18以下の脂肪酸を除去して脂肪酸組成を調整する必要なく、トリグリセリドとして使用できる。このような調整は、ウィンタリング(低温処理)等の歩留りの低い方法を必要とする。
【0050】
粗油におけるリン脂質含有率は、微生物油の全重量に対して10重量%以下、5重量%、又は1重量%以下である。しかしながら、リン脂質は、いくらか存在してもよく、例えば、微生物油の全重量に対して、0.1~10重量%、0.5~7重量%、又は1~5重量%であってもよい。
【0051】
(2)微生物
本開示において「微生物」とは、真核生物及び原核生物の双方を包含し、具体的には、細菌、放線菌、ラン藻(シアノバクテリア)、古細菌(アーケア)、菌類、藻類、地衣類、原生動物等が挙げられる。DGLA産生能を有する観点から、本開示において用いられる微生物は、一例として糸状菌であり、さらに具体的にモルティエレラ(Mortierella)属、コニディオボラス(Conidiobolus)属、フィチウム(Pythium)属、フィトフトラ(Phytophthora)属、ペニシリューム(Penicillium)属、クラドスポリューム(Cladosporium)属、ムコール(Mucor)属、フザリューム(Fusarium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、エントモフトラ(Entomophthora)属、エキノスポランジウム(Echinosporangium)属、及びサプロレグニア(Saprolegnia)属の微生物からなる群から選択される少なくとも1である。前記微生物としてはDGLA産生能を有する微生物であるべきであり、モルティエレラ(Mortierella)属に属する微生物、例えば、モルティエレラ エロンガタ(Mortierella elongata) 、モルティエレラ エキシグア(Mortierella exigua) 、モルティエレラ・ヒグロフィラ(Mortierella hygrophila) 、モルティエレラ アルピナ(Mortierella alpina)等が使用されうる。一の態様では、本開示に係る微生物は、モルティエレラ アルピナ(Mortierella alpina)又はその近縁種であり、一例として、RD056399株が挙げられる。
【0052】
前記微生物としては、ARAの生産量を低下する観点から、天然状態と比較してΔ5不飽和化活性が低下又は欠失した微生物(以下、「低Δ5不飽和化活性微生物」と称する。)である。上述の任意の微生物に対して変異を導入することができるが、一例として、モルティエレラ属の微生物、さらに具体的には、モルティエレラ アルピナ(Mortierella alpina)又はその近縁種に対して変異を導入することができる。一例として、RD056399株のΔ5不飽和化酵素遺伝子に変異が誘導される。Δ5不飽和化酵素遺伝子に導入される変異は、一例として、配列番号3の310位のチロシン(Y)のシステイン(C)への変異をもたらす変異が挙げられる(以下、Y310Cと表記する)。さらに、又は独立して配列番号1における2206~2234位の塩基欠失によりスプライシングエラーが生じるように遺伝子変異されてもよい。本開示において用いられる微生物は、受託番号FERM BP―02778(NSM243-16株)の微生物である。
【0053】
突然変異操作としては、放射線(X線、γ線、中性子線等)、紫外線の照射、高熱処理などの物理的な処理、及び変異源となる化合物による化学的処理が挙げられる。変異株単離方法に用いられる変異源としては、ナイトロジェンマスタード、メチルメタンサルホネート(MMS)、N-メチル-N’-ニトロソ-N-ニトロソグアニジン(NTG)等のアルキル化剤;5-ブロモウラシル等の塩基類似体;マイトマイシンC等の抗生物質;6-メルカプトプリン等の塩基合成阻害剤;プロフラビン等の色素;4-ニトロキノリン-N-オキシド等の発癌剤;並びに、塩化マンガン、重クロム酸カリウム、亜硝酸、ヒドラジン、ヒドロキシルアミン、ホルムアルデヒド、ニトロフラン化合物などを挙げることができる。また突然変異操作の対象となる微生物の形態は、生育微生物菌体(菌糸など)でもよく、胞子でもよい。
【0054】
(3)微生物油の生産
微生物油は、脂質を生産することが既知の微生物を培養することによって微生物油を生産すること(以下、培養・生産工程とする。)、及び、得られた微生物油を微生物菌体から分離すること(以下、分離工程とする。)を含む製造方法により得ることができる。
【0055】
(3-1)培養・生産工程
本開示におけるDGLA含有脂質の製造方法又は微生物油の製造方法は、培地中において、本開示で言及される微生物を培養する工程を含む。ARA生産よりもDGLAを好む適切な微生物、例えば、既知の原理に従った変異ARA生産株を選択することによって、微生物菌体内におけるARAの合成を阻害し、かつ、微生物菌体内におけるDGLAの蓄積量を顕著に高めることができる。
【0056】
生産工程において用いられる培地は、本技術分野に周知の任意の培地を用いることができる。特に糸状菌、モルティエレラ属の微生物の培養に適した培地が使用されうる。
【0057】
液体培地の場合に、グルコース、フルクトース、キシロース、サッカロース、マルトース、可溶性デンプン、糖蜜、グリセロール、マンニトール等を含む一般的に使用されている炭素源のいずれもが使用できるが、炭素源は、これらに限られるものではない。
窒素源としては、ペプトン、酵母エキス、麦芽エキス、肉エキス、カザミノ酸、コーンスティプリカー等の天然窒素源、尿素等の有機窒素源、及び硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム等の無機窒素源を用いることができる。この他に、必要に応じて、リン酸塩、硫酸マグネシウム、硫酸鉄、硫酸銅等の無機塩及びビタミン等も微量栄養源として使用できる。培養中発泡が生じたときには適宜、発泡抑制剤を使用することができる。発泡抑制剤としては、例えば大豆油、アデカノールLG-109、Dow1520US、Basildon86/013K、Mazu310R、Hodag K-60、ポリプロピレングリコール等を用いることができる。
液体培地の基材として使用可能な水性媒体は、基本的に水であり、蒸留水又は精製水を用いることができる。1の態様では、液体培地にΔ5不飽和化酵素阻害剤が添加されない。
【0058】
これらの培地成分は、低Δ5不飽和化活性微生物の成育を害しない濃度であれば特に制限されない。実用上、炭素源の濃度は0.1重量%~30重量%、1重量%~10重量%、窒素源の濃度は0.01重量%~5重量%、又は0.1重量%~2重量%である。また、培養温度は5℃~40℃、20℃~38℃又は25℃~35℃である。培地のpHは4~10、又は6~9である。培養は、通気攪拌培養、振とう培養、又は静置培養とすることができる。培養は通常2日間~15日間行う。通気撹拌培養における通気量は、通常、用いられる通気量をそのまま適用すればよい。
【0059】
DGLAの蓄積を促進するため、ARA及び/又はDGLA生産のための基質となる成分を培地に添加することができる。ARA及び/又はDGLA生産のための基質としては、テトラデカン、ヘキサデカン、オクタデカン等の炭化水素;テトラデカン酸、ヘキサデカン酸、オクタデカン酸等の脂肪酸;これらの脂肪酸の塩、例えばナトリウム塩又はカリウム塩;脂肪酸エステル;脂肪酸を構成成分として含む油脂、例えばオリーブ油、大豆油、綿実油、ヤシ油;その他を挙げることができるが、これらに限られるものではない。
【0060】
生産工程に用いられる培養器については特に制限はなく、通常、微生物の培養に用いられる培養器であればいずれも使用可能である。培養器は、培養のスケールに応じて適宜選択可能である。
【0061】
例えば、1L~50Lスケールで液体培養する場合、より純度の高いDGLA含有微生物油を生成するために、培養器としては、撹拌型培養器が使用されうる。撹拌型培養器は、ディスクタービン型の撹拌翼を少なくとも1段有しており、別の態様では、撹拌型培養器は、ディスクタービン型の撹拌翼を2段有する。ディスクタービン型の撹拌翼を2段有する撹拌型培養器の場合、培養器底面の培地を効率よく撹拌することを目的として、底面に近い撹拌翼間の距離は短くてもよい。例えば、上段と下段の撹拌翼の設置位置は、適宜設定可能である。
【0062】
生産工程を行うことで、培養物を得ることができる。培養物には、培養により得られたもの全てを意味し、微生物油、微生物菌体及び培地を含む。「微生物菌体を含む培養物」は、特に「微生物菌体」が培養された培養物であって、微生物菌体が培地から分離される前の状態を意味する。培養物からは、微生物油を含有する微生物菌体を得ることができる。「微生物油を含有する微生物菌体」とは、本開示の微生物油を生産する微生物を培養することにより、微生物菌体内に微生物油を蓄積する微生物菌体(バイオマス)を意味する。生菌も死菌も微生物菌体に含まれていてもよい。乾燥させた微生物菌体も含まれる。乾燥菌体との表現は、実質的に水を含まない微生物菌体の乾燥物と、残存培地成分、濾過助剤などを含有する乾燥物とを意味する。「実質的に水を含まない」とは、微生物の生存が困難となり得る水分量以下となる水分量を意味する。この量は、一般に、水分量が15重量%以下、又は10重量%以下である。本開示によれば、DGLAを含む一方で、不所望な構成脂肪酸を低減された微生物油及び微生物菌体が提供される。このような微生物油及び微生物菌体のうち、ARAを実質的に含まないか、又はARAの含有率が0.05重量%未満、0.03重量%以下、又は0.01重量%以下である、微生物油及び微生物菌体はこれまでに知られていない。このため、本開示の微生物油及び本開示の微生物菌体を使用することにより、従来の油よりも高純度でDGLAを含有し、低いARA含有率である油を効率よく提供することができる。
【0063】
(3-2)分離工程
分離工程では、生産工程の間で生産されたDGLAを含む微生物油を微生物菌体から分離する。分離工程は、培養に用いられた培地から培養微生物菌体を分離すること(以下、微生物菌体分離工程とする)、及び、培養微生物菌体からDGLAを含む微生物油を採取すること(以下、微生物油採取工程とする)、すなわち、粗油を得ることを含む。微生物菌体分離工程及び微生物油採取工程では、培養形態に応じた分離方法及び抽出方法を用いて、培養微生物菌体からDGLAを含む微生物油を採取する。
【0064】
液体培地を使用した場合には、培養終了後、培地より、遠心分離及び/又は濾過等の常用の固液分離手段により培養微生物菌体を分離することができる。微生物菌体は充分水洗いし、それから場合により乾燥させる。乾燥は凍結乾燥、風乾、加熱乾燥等によって行うことができる。
固体培地で培養した場合には、微生物菌体と培地とを分離することなく、固体培地と微生物菌体とをホモジナイザー等で破砕し、得られた破砕物を微生物油採取工程に直接供することができる。
【0065】
微生物油採取工程は、微生物菌体分離工程で得られた乾燥菌体を、窒素気流下で、有機溶媒を使用することによって抽出処理することを含むことができる。用いられる有機溶媒としては、エーテル、ヘキサン、メタノール、エタノール、クロロホルム、ジクロロメタン、石油エーテル等が含まれる。あるいは、メタノールと石油エーテルの交互抽出又はクロロホルム-メタノール-水の一層系の溶媒を用いた抽出によって、良好な結果を得ることができる。抽出物から減圧下で有機溶媒を留去することにより、高濃度のDGLAを含有する微生物油が得られる。トリグリセリドを採取する場合、ヘキサンが最も一般的に用いられる。
また、上記の方法に代えて、湿微生物菌体を用いて抽出を行うことができる。メタノール、エタノール等の、水に対して相溶性の溶媒、又はこの溶媒と水及び/又は他の溶媒と含む、水に対して相溶性の混合溶媒を使用する。その他の手順は上記と同様である。
【0066】
採取した微生物油の粗油は、植物油、魚油などの精製に用いられる方法で精製することができる。通常行われる油脂の精製工程としては、脱ガム、脱酸、脱色及び脱臭が例示される。このような処理は、どのような方法で行ってもよい。脱ガムとしては水洗処理が示される。脱酸処理としては、蒸留処理が例示される。脱色処理としては、活性白土、活性炭、シリカゲル等を用いた処理が例示される。脱臭としては、水蒸気蒸留等が例示される。
【0067】
(4)微生物油からの脂肪酸の低級アルコールエステル及び遊離脂肪酸の製造
微生物油の構成脂肪酸として含まれるDGLAは、触媒を用いて低級アルコールのエステル型に、又は加水分解によって遊離脂肪酸型に変換することができる。低級アルコールエステル又は遊離脂肪酸は、トリグリセリドのままよりも、容易に他の脂肪酸と分離して、DGLAを濃縮して純度を高めることができる。
【0068】
本開示におけるジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステル又は遊離脂肪酸を製造する方法は、(a)微生物油の加水分解又はアルコリシスにより、遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルを得ること、(b)遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルの混合物を精留し、及び炭素数が少なくとも20の脂肪酸を有する遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルを得ることを含む。この混合物又は組成物は、さらに下記の:
(c)炭素数が少なくとも20の脂肪酸を有する遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルから逆相分配系のカラムクロマトグラフィーによってジホモ-γ-リノレン酸の遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルを分画精製することを含んでもよい。例えば、低級アルコールジホモ-γ-リノレン酸エステル又は遊離ジホモ-γ-リノレン酸は、所望の低級アルコールエステル組成物又は遊離脂肪酸組成物を製造し、逆相分配系カラムクロマトグラフィーによって、ジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステルの分画精製又はジホモ-γ-リノレン酸の分画精製を行うことによって、精製又は製造されてもよい。
【0069】
本開示におけるジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステルを製造する方法は、(a)微生物油のアルコリシスにより、脂肪酸の低級アルコールエステルを得ること、(b)脂肪酸の低級アルコールエステルの混合物を精留し、炭素数が少なくとも20の脂肪酸の低級アルコールエステルを得ること、(c)炭素数が少なくとも20の脂肪酸の低級アルコールエステルから逆相分配系のカラムクロマトグラフィーによってジホモ-γ-リノレン酸の低級アルコールエステルを分画精製すること、を含む方法であってもよい。
【0070】
本開示におけるジホモ-γ-リノレン酸の遊離脂肪酸を製造する方法は、(a)微生物油の加水分解により、遊離脂肪酸を得ること、(b)遊離脂肪酸の混合物を精留し、炭素数が少なくとも20の遊離脂肪酸を得ること、(c)炭素数が少なくとも20の遊離脂肪酸から逆相分配系のカラムクロマトグラフィーによって遊離ジホモ-γ-リノレン酸を分画精製すること、を含む方法であってもよい。
【0071】
ここでの低級アルコールとしては、炭素数が3以下のアルコール、特にエタノール、メタノール等が例示される。DGLAの低級アルコールエステルとしては、ジホモ-γ-リノレン酸メチル、ジホモ-γ-リノレン酸エチル等が例示される。
【0072】
例えば、脂肪酸のメチルエステルは、無水メタノール-塩酸5%~10%、BF3-メタノール10%~50%等により、室温にて1~24時間、微生物油を処理することにより得られる。脂肪酸のエチルエステルは、1%~20%硫酸エタノール等により、25℃~100℃にて15分~60分、微生物油を処理することにより得られる。ヘキサン、エーテル、酢酸エチル等の有機溶媒を用いることにより、その反応液からメチルエステル又はエチルエステルを抽出することができる。この抽出液を無水硫酸ナトリウム等により乾燥し、次いで、有機溶媒を留去することにより、脂肪酸エステルを主成分として含む組成物が得られる。
【0073】
目的とするDGLA低級アルコールエステルの他に、エステル化処理により得られたエステル化物中には、その他の脂肪酸低級アルコールエステルが含まれる。これらの脂肪酸低級アルコールエステルの混合物からDGLA低級アルコールエステルを単離するには、蒸留法、精留法、カラムクロマトグラフィー、低温結晶化法、尿素包接法、液々向流分配クロマトグラフィー等を、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて使用することができる。蒸留又は精留とカラムクロマトグラフィー又は液々向流分配クロマトグラフィーとの組み合わせが使用されうる。
【0074】
これらの方法については、通常の方法を適用することができる。カラムクロマトグラフィーとしては、逆相分配系(一例として、ODS)のカラムクロマトグラフィーが使用されうる。
【0075】
DGLAの遊離脂肪酸を得るには、上述のとおり微生物油の低級アルコールエステルを製造後、精製して純度を高めたDGLA低級アルコールエステルを加水分解して、純度の高い遊離のDGLAを得ることができる。DGLA低級アルコールエステルから遊離のDGLAを得るには、アルカリ触媒で加水分解した後、エーテル、酢酸エチル等の有機溶媒を用いた抽出処理を実施すればよい。
【0076】
あるいは、DGLAの遊離脂肪酸は、加水分解することにより微生物油から直接得ることもできる。例えば、微生物油を、例えば5%水酸化ナトリウムにより室温にて2~3時間、アルカリ分解して分解液を得て、この分解液から、脂肪酸の抽出又は精製に常用されている方法によって、DGLAの遊離脂肪酸を抽出又は精製することができる。
【0077】
上記の方法で得られたDGLAの遊離脂肪酸又は低級アルコールエステルは、本開示の微生物油を原料として製造され、このため、精製工程では除去することが困難なARAの含有率が少ない組成物である。これらの組成物は、それぞれ、本開示で開示された微生物油をエステル交換反応又は加水分解反応に供することを含む方法によって、製造又は得られ得る。したがって、本開示の低級アルコールエステル組成物、遊離脂肪酸組成物における、ジホモ-γ-リノレン酸、及び/又は所望されない構成脂肪酸、特にARAの含有率は、本開示の微生物油における含有率と実質的に同一となりうる。この組成物において、ARAは、実質的に含まれないか、又は0.05重量%未満、0.03重量%以下、又は0.01重量%以下である。
【0078】
(5)微生物油を含有する微生物菌体
「微生物油を含有する微生物菌体」とは、菌体内に微生物油を生産する微生物の集団(バイオマス)を指す。微生物菌体は本開示の微生物油を保持しているので、この微生物菌体は、微生物油と同じ又は同程度の構成の脂肪酸組成を有する。具体的には、高純度のDGLAを含み、不所望な構成脂肪酸は低減されており、なかでもARAは、実質的に含まれないか、又は0.3重量%以下、0.2重量%以下、0.1重量%以下、0.05重量%以下、0.04重量%以下、0.03重量%以下、若しくは0.01重量%以下である。微生物菌体中の長鎖不飽和脂肪酸も、本開示に係る微生物油と同様に低減されている。
【0079】
微生物菌体におけるDGLA/不所望な構成脂肪酸比は、前述したように求めた値とする。微生物菌体におけるDGLA及びARAの測定方法は、微生物菌体又はその等価物中のDGLA及びARAの相対重量を測定する場合に通常用いられる方法であれば、いずれも適用することができる。例えば、微生物を、成育の間に培地から回収することができ、エステル化処理を、5%~10%無水メタノール-塩酸、10%~50%BF3-メタノール、1%~20%硫酸メタノール、1%~20%硫酸エタノール等により、25℃~100℃にて15分~60分で行うことができる。次いで、エステル体の抽出を行って又は行わずに、脂肪酸中の脂肪酸組成(%)の解析を、ガスクロマトグラフィーを用いて行うことができる。遊離脂肪酸以外の他の物質の評価のためのエステル化の場合には、0.1M~10Mの濃度で、ナトリウムメトキシド、ナトリウムエトキシド等のアルコキシドにより25℃~100℃にて15分~60分の処理を用いてもよい。エステル化の後にエステル体を抽出する場合には、ヘキサン等の水溶性成分と混和しない有機溶剤を用いることができる。
【0080】
また、本微生物は、微生物油に関して既述したトリグリセリドの含有率、炭素数が18より少ない脂肪酸の含有率、リン脂質の含有率、飽和脂肪酸の含有率等の条件の少なくとも1、場合により2以上の任意の組み合わせを満たす油を提供可能な微生物である。
【0081】
(6)微生物油を含有する微生物菌体を含む培養物
「微生物油を含有する微生物菌体を含む培養物」とは、上述した微生物油の製造方法によって成育した微生物を培地から分離する前の培養物を意味する。従って、この培養物には、高純度のDGLAが含まれる。本開示において培養物は、本開示の微生物油と同じ又は同程度の構成の脂肪酸組成を有する。不所望な構成脂肪酸は低減されており、例えばARAは、実質的に含まれないか、又は0.3重量%以下、0.2重量%以下、0.1重量%以下、0.05重量%以下、0.04重量%以下、0.03重量%以下、若しくは0.01重量%以下である。
【0082】
また、培養物における微生物菌体中の微生物油を考慮すれば、培養物には、前述した微生物由来の油であって、0.4g/L以上、又は0.8g/L以上の含有率でDGLA含有油が含まれうる。微生物由来のDGLAを含む油の含有率が0.4g/L以上であれば、生産コスト低減、品質安定性の向上等の利点が得られる傾向がある。
【0083】
前記微生物は、培養により成育され、微生物菌体内においてDGLAを生産する。このため、培養工程中の微生物を含む培養物をそのまま回収することにより、微生物含有培養物を得ることができる。また、培養工程中の微生物の微生物菌体内では、DGLAを含む微生物油が生成されるため、培養工程中の微生物を含む培養物をそのまま回収するか、又は、培養物中の微生物を破砕等により破壊し、微生物油が培養物中に放出された培養物を回収することにより、微生物油含有培養物を得ることができる。更に、前記微生物油含有培養物及び微生物含有培養物に含まれる培地については、前述した事項をそのまま適用することができる。
【0084】
[用途]
本開示によれば、DGLAを含む微生物油、低級アルコールエステル、遊離脂肪酸、微生物菌体及び微生物含有培養物は、それぞれ、DGLAに対する不所望な構成脂肪酸の比率が従来既知のものよりも低いものとすることができる。このため、本開示にかかるDGLAを含む微生物油、低級アルコールエステル、遊離脂肪酸、微生物菌体及び微生物含有培養物はいずれも、DGLAを高い純度で要求される用途、又は不所望な構成脂肪酸、特にARAの低減が要求される用途に極めて有用である。このような用途としては、例えば、食品、サプリメント、医薬品、化粧品、動物飼料等を挙げられる。したがって、本開示は、本開示にかかる微生物油、低級アルコールエステル、遊離脂肪酸、微生物菌体、又は培養物を含む医薬組成物、化粧用組成物、食品、サプリメント、又は動物飼料に関する。また、別の態様では、医薬として使用するための微生物油、低級アルコールエステル、遊離脂肪酸、微生物菌体又は培養物にも関する。本開示の医薬品、化粧品、食品、サプリメント、又は動物飼料としての使用は、炎症若しくはアレルギー疾患の予防、治療又は寛解のために用いられうる。さらに別の態様では、本開示にかかる微生物油、低級アルコールエステル組成物、遊離脂肪酸組成物、微生物菌体又は培養物を対象に投与することを含む、炎症性疾患又はアレルギー疾患の治療又は予防方法に関する。当該方法は、本開示にかかる微生物油、低級アルコールエステル組成物、遊離脂肪酸組成物、微生物菌体又は培養物を、炎症性疾患又はアレルギー疾患に罹患している又は罹患するリスクのある対象に、投与することを含む。
【0085】
上述したように、微生物油、低級アルコールエステル組成物、遊離脂肪酸組成物、微生物菌体又は培養物を含むか、又はこれらからなる医薬品又は化粧品は、通常、局所的又は経口的に投与される。本開示の医薬品又は化粧品は、局所投与(例えば、経皮、経静脈、皮下、筋注、腹腔内、経粘膜)されてもよい。治療、予防、又は寛解すべき炎症性疾患又はアレルギー疾患としては、いかなる皮膚の炎症も挙げることができ、一例として、アトピー性皮膚炎、アレルギー性接触皮膚炎(ACD)、一次刺激性皮膚炎(ICD)、光接触皮膚炎、全身性接触皮膚炎、リウマチ、乾癬、狼瘡、アトピー性湿疹、接触皮膚炎、乾癬、尿毒症性そう痒に伴う皮膚炎、接触皮膚炎、乾燥性湿疹、脂漏性皮膚炎、発汗障害、円盤状湿疹、静脈性湿疹、疱疹性皮膚炎、神経皮膚炎、自己免疫疾患、及び自己湿疹化などが挙げられるが、これに限定されない。皮膚の炎症は、発疹、湿疹、蕁麻疹、水疱、膨疹、赤み、皮膚浮腫(腫れ)、かゆみ、乾燥、かさぶた形成(crusting)、剥落、水疱形成、亀裂、滲出、及び出血からなる群から選ばれる少なくとも1の症状をともなう炎症であってよい。
【0086】
皮膚の炎症は、電磁放射線への皮膚の曝露により引き起こされる皮膚の炎症であってよい。電磁放射線としては、電波、マイクロ波、テラヘルツ波、太陽光(例えば赤外線、可視光線、紫外線)、X線及びガンマ線が挙げられる。電磁放射線は、赤外線、可視光線、紫外線、X線及びガンマ線を含み、1の態様では、紫外線、X線及びガンマ線を指す。従って、医薬品又は化粧品は、日焼けを処置するために又は日焼けの処理用に使用されうる。
【0087】
場合によって、本開示の微生物油、低級アルコールエステル組成物、遊離脂肪酸組成物、微生物菌体及び微生物含有培養物は、上述した医薬用途に用いられる他のいかなる治療剤(例えばコルチコステロイド等)と共に、投与されてもよい。
【0088】
炎症性/アレルギー疾患の治療のための医薬品は、炎症性/アレルギー疾患による症状が見出されているか、又は疑われる場合に、1以上の症状を抑制し、又は緩和するための医薬品をいうと理解されるべきである。一方、炎症性/アレルギー疾患の予防のための医薬品とは、炎症性/アレルギー疾患により予期されるか、又は見込まれる1つ以上の症状の発症を、予め投与することによって、抑制するために用いられる医薬品である。ただし、「治療のための医薬品」及び「予防のための医薬品」の用語は、臨床診療に従って、使用時期及び/又は使用の際に治療/予防される症状のような複合的又一般的な局面を考慮すべきであり、限定的に適用されるべきでない。
【実施例
【0089】
以下、本開示を実施例にて詳細に説明する。しかしながら、本開示はそれらに何ら限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「%」は質量基準である。
以下の実施例の項において「菌体」または「菌液」とは、特に断りのない限り、菌体または菌液の集合物を意味し、本開示におけるバイオマスに相当する。
【0090】
[実施例1]
(RD056399株の入手と胞子の取得および保存)
独立行政法人 製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンターの提供するスクリーニング株から、ARA生産菌として知られているモルティエレラ アルピナ(Mortierella alpina)の近縁種であるRD056399株を入手した。RD056399株の18SrRNA遺伝子配列およびInternal transcribed spacer(ITS)領域1および2の遺伝子配列の結果から、M.アルピナM. alpina)であることを確認した。
【0091】
試験管に調製した表1に示すツァペック溶液寒天培地(pH6.0に調整し滅菌した)のスラントで、RD056399株を25℃にて7日間静置で培養した。菌糸の増殖を確認した後、試験管を冷蔵庫にて30~90日間保管し、胞子形成を促した。この試験管に滅菌水を加えてよく攪拌し、胞子懸濁液を調製した。胞子懸濁液を適宜希釈して表2に示すポテトデキストロース寒天培地(pH6.3に調整し滅菌した)(以下、PDA培地という)に塗布して、25℃にて3日間静置で培養した。PDA培地上に形成されたコロニー数を数え、胞子懸濁液中の胞子数を算出した結果、およそ1×106spores/mlであった。次いで、この胞子懸濁液を、滅菌水にて100倍希釈した。そして、100倍希釈した胞子懸濁液、グリセリン、水の3成分(水とグリセリンは、予め混合して滅菌した)を、「100倍希釈した胞子懸濁液:グリセリン:水=1:1:8」の割合(体積割合)で混合した。この混合液を、1.2ml容量の滅菌セラムチューブに1ml入れて、-80℃の超低温フリーザーにて凍結保存した(以下、凍結保存菌液という)。RD056399株を培養に用いる場合は、凍結保存菌液を25℃恒温機内で素早く解凍して培地に接種した。
【0092】
【表1】
【0093】
【表2】
【0094】
[実施例2]
(変異処理)
RD056399株の凍結保存菌液0.1mlを、PDA培地に塗布した。凍結保存菌液を塗布したPDA培地に、死滅率99%以上となるように、ハンディーUVランプ SUV-16(ASONE製)を用いて紫外線を照射し、遺伝子変異を誘発させた。死滅率99%を達成するために、PDA培地とSUV-16の距離を14cmとし、5~10秒間UVを照射した。
【0095】
変異誘発処理後、28℃にて2~5日間静置で培養した。PDA培地上に形成された各コロニーを無菌の接種ループで採取し、それぞれ新たなPDA培地に画線後、28℃にて5日間静置で培養した。この作業を2度繰り返し、各変異処理済みの菌株を単離した。
【0096】
[実施例3]
(変異処理済みの菌株のスクリーニングおよびNSM243-16株の取得)
実施例2にて得られた各変異処理済みの菌株を、無菌の接種ループで採取し、表3に示すGY21液体培地(pH6.3に調整し滅菌した)100mlを含有する無菌の500ml三角フラスコ中にそれぞれ接種した。このフラスコを28℃にて、5日間100rpmの往復振とうで培養した。培養には、恒温槽型振とう培養機TXY-25R-2F(▲高▼▲崎▼科学器械株式会社製)を用いた。その後、得られた各培養菌体懸濁液100mlを、平均メッシュサイズ0.1mmのポリエステル製ネットに通し、脱水し、培養菌体を回収した。回収した培養菌体を-80℃で凍結した後に凍結乾燥機VA-140S(TAITEC社製)に供し、変異処理済みの菌株の凍結乾燥菌体を得た。
【0097】
得られた凍結乾燥菌体から総脂質(微生物油)を得た後、脂肪酸メチルエステルへと変換した。具体的には、Folchらの方法(J. Biol. Chem. 226:497-509 (1957) )に従って、クロロホルム:メタノール(2:1、v/v)で凍結乾燥菌体から総脂質を抽出した。得られた総脂質に対し、メチルエステル化して、脂肪酸メチルエステル(FAME)を得た。得られたFAMEに対して、ガスクロマトグラフィーによりFAME分析を行った。ガスクロマトグラフの条件は以下のとおりに設定した。
・カラム:DB-WAX 0.530mm×30m、フィルム厚1.00μm(アジレント・テクノロジー株式会社)
・キャリアーガス条件:ヘリウム 1.0ml/分、分離比100:1
・カラム温度条件:140℃で5分、240℃まで4℃/分で昇温、240℃で10分
・検出:FID
・検出器温度:260℃
・注入口温度:250℃
・注入量:1μL
【0098】
FAME分析の結果、全脂肪酸中のARA濃度が著しく減少し、DGLA濃度が増加した変異菌体(以下、DGLA生産株という)を複数株確認することが出来た。得られたDGLA生産株について、実施例1に記載した方法に従って、培養し、凍結保存菌液を作成した。このうちの1つをNSM243-16株と命名し、2018年9月11日付けで独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 112号室)に受託番号FERM BP―02778として寄託した。
【0099】
【表3】
【0100】
[実施例4]
(DELTA-5 DESATURASE遺伝子の解析)
実施例3に記載の方法で培養したRD0596399株およびNSM243-16株の菌体から、DNeasy UltraClean Microbial Kit(QIAGEN製)を用いてそれぞれ全ゲノムDNAを抽出した。Abeらの報告(J. Biochem. Bioengineer. 99, 296 (2005))に従って、得られたゲノムDNAを鋳型として、DELTA-5 DESATURASE(以下D5DSという)遺伝子をPCR法によって増幅した。得られたPCR産物の塩基配列をサンガー法により決定し、配列番号1(RD0596399株のD5DS遺伝子配列)および配列番号2(NSM243-16株のD5DS遺伝子配列)、さらには配列番号3(RD0596399株のD5DSアミノ酸配列)および配列番号4(NSM243-16株のD5DSアミノ酸配列)を得た(表4)。配列番号1に示される塩基配列を、Karlinand AltschulによるアルゴリズムBLAST(Pro. Natl. Acad. Sci. 90, 5873 (1993) (http://www.ncbi.nlm.nih.gov))により検索した。その結果、配列番号1はM.alpina 1S-4株のD5DS遺伝子配列(Accession番号 AB188307)と92%の同一性(identity)を示した。
【0101】
次に、図1に示す配列番号1と配列番号2の配列比較によって、配列番号2において5箇所の塩基の点変異と2206~2234番目までの塩基欠失が生じていることが確認出来た。1764番目の塩基の点変異によって、D5DS酵素のアミノ酸配列(配列番号3)の310番目のチロシンがシステインに置換されることを確認した。残りの4箇所の塩基の点変異はイントロン内に存在することを確認した。さらに、2206~2234番目までの塩基欠損によって、スプライシングエラーが生じることを確認した。これらの変異により、NSM243-16株のD5DSは機能を失ったと考えられた。
【0102】
【表4】
【0103】
[実施例5]
(ジホモ-γ-リノレン酸含有微生物油の生産1)
NSM243-16株の凍結保存菌液0.1mlを、表3に示すGY21液体培地100mlを含有する無菌の500ml三角フラスコ中に接種した。このフラスコを28℃にて5日間100rpmの往復振とうで培養した。培養には、恒温槽型振とう培養機TXY-25R-2F(▲高▼▲崎▼科学器械株式会社製)を用いた。得られた培養菌体懸濁液を、発酵槽に接種する前培養液とした。
【0104】
5L容量の発酵槽に、表5に示す大豆粉液体培地(pH6.0に調整し滅菌した)2.5Lを入れ、1%量(v/v)の前培養液を接種した。
培養温度26-35℃、撹拌速度400~800rpm、通気量1.25~3.50L/min、庫内ゲージ圧0.05MPa、pH調整なしの条件で、2日間培養した。その後、表6に示すフィード液1Lを培地中のグルコース濃度が6重量%以下になるように繰り返し添加した。フィード液1L全量を添加後、さらに培地中のグルコース濃度が1g/L以下になるまで培養した。培養中、培地中の溶存酸素濃度が10%以下(培養開始時の溶存酸素濃度を100%として)に低下した場合、800rpmを上限として、適宜、撹拌速度を上げた。および/または培養中、培地中の溶存酸素濃度が10%以下(培養開始時の溶存酸素濃度を100%として)に低下した場合、3.50L/minを上限として、適宜、通気量を上げた。培養中、多量の発泡が生じた場合は、適宜、発泡抑制剤(アデカノールLG-109)を添加した。培地中のグルコース濃度は、グルコースC-II-テストワコー(和光純薬工業株式会社)を用いて測定された。
【0105】
発酵槽で培養開始から26日後、発酵槽中の培養菌体懸濁液3.5Lを、オートクレーブを用いて殺菌し、放熱後、平均メッシュサイズ0.1mmのポリエステル製ネットに通し、脱水した。脱水した菌体を2.5Lの蒸留水で2度洗浄した。その後、平均メッシュサイズ0.1mmのポリエステル製ネットに通し、脱水することで培養菌体を回収した。回収した培養菌体を105℃で2時間以上乾燥させ、加熱乾燥菌体を得た。
【0106】
実施例3と同様にして、得られた加熱乾燥菌体から総脂質(微生物油)を得た後、脂肪酸メチルエステルへと変換した。得られたFAMEに対して、実施例3と同様にして、ガスクロマトグラフィーによりFAME分析を行った。
NSM243-16株から得られた各脂肪酸の脂肪酸組成(重量%)を表7に示す。また表中「others」は、その他の脂肪酸の合計の濃度を示す。さらに、脂肪酸組成から算出した各脂肪酸の組成比を表8に示す。
NSM243-16株によって生産される全脂肪酸中の各脂肪酸の濃度は、DGLAは33.59重量%、ARAは0.00重量%、C20:0は0.88重量%、C22:0は2.05重量%、C24:0は4.26重量%であった。DGLAに対するC24:0の重量比は、1/7.9であった。またDGLAに対するC22:0及びC24:0の合計の重量比は、1/5.3であった。さらにDGLAに対するC24:0、C22:0及びC20:0の合計の重量比は、1/4.7であった。
【0107】
【表5】
【0108】
【表6】
【0109】
【表7】
【0110】
【表8】
【0111】
[実施例6]
(ジホモ-γ-リノレン酸含有微生物油の生産2)
NSM243-16株の凍結保存菌液0.1mlを、表3に示すGY21液体培地100mlを含有する無菌の500ml三角フラスコ中に接種した。このフラスコを28℃にて5日間100rpmの往復振とうで培養した。培養には、恒温槽型振とう培養機TXY-25R-2F(▲高▼▲崎▼科学器械株式会社製)を用いた。得られた培養菌体懸濁液を、発酵槽に接種する前培養液とした。
【0112】
5L容量の発酵槽に、表5に示す大豆粉液体培地(pH6.0に調整し滅菌した)2.5Lを入れ、1%量(v/v)の前培養液を接種した。
培養温度26℃、撹拌速度400~800rpm、通気量1.25~3.50L/min、庫内ゲージ圧0.05MPa、pH調整なしの条件で、2日間培養した。その後、表6に示すフィード液1Lを培地中のグルコース濃度が6重量%以下になるように繰り返し添加した。フィード液1L全量を添加後、さらに培地中のグルコース濃度が1g/L以下になるまで培養した。培養中、培地中の溶存酸素濃度が10%以下(培養開始時の溶存酸素濃度を100%として)に低下した場合、800rpmを上限として、適宜、撹拌速度を上げた。および/または培養中、培地中の溶存酸素濃度が10%以下(培養開始時の溶存酸素濃度を100%として)に低下した場合、3.50L/minを上限として、適宜、通気量を上げた。培養中、多量の発泡が生じた場合は、適宜、発泡抑制剤(アデカノールLG-109)を添加した。培地中のグルコース濃度は、グルコースC-II-テストワコー(和光純薬工業株式会社)を用いて測定された。
【0113】
発酵槽で培養開始から20日後、発酵槽中の培養菌体懸濁液3.5Lを、オートクレーブを用いて殺菌し、放熱後、平均メッシュサイズ0.1mmのポリエステル製ネットに通し、脱水した。脱水した菌体を2.5Lの蒸留水で2度洗浄した。その後、平均メッシュサイズ0.1mmのポリエステル製ネットに通し、脱水することで培養菌体を回収した。回収した培養菌体を105℃で2時間以上乾燥させ、加熱乾燥菌体を得た。
【0114】
実施例3と同様にして、得られた加熱乾燥菌体から総脂質(微生物油)を得た後、脂肪酸メチルエステルへと変換した。得られたFAMEに対して、実施例3と同様にして、ガスクロマトグラフィーによりFAME分析を行った。
NSM243-16株から得られた各脂肪酸の脂肪酸組成(重量%)を表9に示す。また表中「others」は、その他の脂肪酸の合計の濃度を示す。さらに、脂肪酸組成から算出した各脂肪酸の組成比を表10に示す。
NSM243-16株によって生産される全脂肪酸中の各脂肪酸の濃度は、DGLAは34.01重量%、ARAは0.00重量%、C20:0は0.81重量%、C22:0は1.89重量%、C24:0は4.34重量%であった。DGLAに対するC24:0の重量比は、1/7.8であった。またDGLAに対するC22:0及びC24:0の合計の重量比は、1/5.5であった。さらにDGLAに対するC24:0、C22:0及びC20:0の合計の重量比は、1/4.8であった。
【0115】
【表9】
【0116】
【表10】
【0117】
[実施例7]
(ジホモ-γ-リノレン酸含有微生物油の生産3)
NSM243-16株の凍結保存菌液0.1mlを、表3に示すGY21液体培地100mlを含有する無菌の500ml三角フラスコ中に接種した。このフラスコを28℃にて5日間100rpmの往復振とうで培養した。培養には、恒温槽型振とう培養機TXY-25R-2F(▲高▼▲崎▼科学器械株式会社製)を用いた。得られた培養菌体懸濁液を、発酵槽に接種する前培養液とした。
【0118】
5L容量の発酵槽に、表5に示す大豆粉液体培地(pH6.0に調整し滅菌した)2.5Lを入れ、1%量(v/v)の前培養液を接種した。
培養温度26℃、撹拌速度400~800rpm、通気量1.25~3.50L/min、庫内ゲージ圧0.05MPa、pH調整なしの条件で、2日間培養した。その後、表6に示すフィード液1Lを培地中のグルコース濃度が6重量%以下になるように繰り返し添加した。フィード液1L全量を添加後、さらに培地中のグルコース濃度が1g/L以下になるまで培養した。培養中、培地中の溶存酸素濃度が10%以下(培養開始時の溶存酸素濃度を100%として)に低下した場合、800rpmを上限として、適宜、撹拌速度を上げた。および/または培養中、培地中の溶存酸素濃度が10%以下(培養開始時の溶存酸素濃度を100%として)に低下した場合、3.50L/minを上限として、適宜、通気量を上げた。培養開始時、発泡を防ぐ目的で大豆油を2.5g、アデカノールLG-109を1.0gを培地に加え、培養を開始した。培養中、多量の発泡が生じた場合は、適宜、発泡抑制剤(アデカノールLG-109)を添加した。培地中のグルコース濃度は、グルコースC-II-テストワコー(和光純薬工業株式会社)を用いて測定された。
【0119】
発酵槽で培養開始から17日後、発酵槽中の培養菌体懸濁液3.5Lを、オートクレーブを用いて殺菌し、放熱後、平均メッシュサイズ0.1mmのポリエステル製ネットに通し、脱水した。脱水した菌体を2.5Lの蒸留水で2度洗浄した。その後、平均メッシュサイズ0.1mmのポリエステル製ネットに通し、脱水することで培養菌体を回収した。回収した培養菌体を105℃で2時間以上乾燥させ、加熱乾燥菌体を得た。
【0120】
実施例3と同様にして、得られた加熱乾燥菌体から総脂質(微生物油)を得た後、脂肪酸メチルエステルへと変換した。得られたFAMEに対して、実施例3と同様にして、ガスクロマトグラフィーによりFAME分析を行った。
NSM243-16株から得られた各脂肪酸の脂肪酸組成(重量%)を表11に示す。また表中「others」は、その他の脂肪酸の合計の濃度を示す。さらに、脂肪酸組成から算出した各脂肪酸の組成比を表12に示す。
NSM243-16株によって生産される全脂肪酸中の各脂肪酸の濃度は、DGLAは31.27重量%、ARAは0.00重量%、C20:0は0.77重量%、C22:0は1.92重量%、C24:0は5.16重量%であった。DGLAに対するC24:0の重量比は、1/6.1であった。またDGLAに対するC22:0及びC24:0の合計の重量比は、1/4.4であった。さらにDGLAに対するC24:0、C22:0及びC20:0の合計の重量比は、1/4.0であった。
【0121】
【表11】
【0122】
【表12】
【0123】
[比較例]
SAM1860株の凍結保存菌液0.1mlを、表3に示すGY21液体培地100mlを含有する無菌の500ml三角フラスコ中に接種した。このフラスコを28℃にて5日間100rpmの往復振とうで培養した。培養には、恒温槽型振とう培養機TXY-25R-2F(▲高▼▲崎▼科学器械株式会社製)を用いた。得られた培養菌体懸濁液を、発酵槽に接種する前培養液とした。
【0124】
5L容量の発酵槽に、表5に示す大豆粉液体培地(pH6.0に調整し滅菌した)2.5Lを入れ、1%量(v/v)の前培養液を接種した。
培養温度26℃、撹拌速度400~800rpm、通気量1.25~3.50L/min、庫内ゲージ圧0.05MPa、pH調整なしの条件で、2日間培養した。その後、表6に示すフィード液1Lを培地中のグルコース濃度が6重量%以下になるように繰り返し添加した。フィード液1L全量を添加後、さらに培地中のグルコース濃度が1g/L以下になるまで培養した。培養中、培地中の溶存酸素濃度が10%以下(培養開始時の溶存酸素濃度を100%として)に低下した場合、800rpmを上限として、適宜、撹拌速度を上げた。および/または培養中、培地中の溶存酸素濃度が10%以下(培養開始時の溶存酸素濃度を100%として)に低下した場合、3.50L/minを上限として、適宜、通気量を上げた。培養中、多量の発泡が生じた場合は、適宜、発泡抑制剤(アデカノールLG-109)を添加した。培地中のグルコース濃度は、グルコースC-II-テストワコー(和光純薬工業株式会社)を用いて測定された。
【0125】
発酵槽で培養開始から16日後、発酵槽中の培養菌体懸濁液3.5Lを、オートクレーブを用いて殺菌し、放熱後、平均メッシュサイズ0.1mmのポリエステル製ネットに通し、脱水した。脱水した菌体を2.5Lの蒸留水で2度洗浄した。その後、平均メッシュサイズ0.1mmのポリエステル製ネットに通し、脱水することで培養菌体を回収した。回収した培養菌体を105℃で2時間以上乾燥させ、加熱乾燥菌体を得た。
【0126】
実施例3と同様にして、得られた加熱乾燥菌体から総脂質(微生物油)を得た後、脂肪酸メチルエステルへと変換した。得られたFAMEに対して、実施例3と同様にして、ガスクロマトグラフィーによりFAME分析を行った。
SAM1860株から得られた各脂肪酸の脂肪酸組成(重量%)を表13に示す。また表中「others」は、その他の脂肪酸の合計の濃度を示す。さらに、脂肪酸組成から算出した各脂肪酸の組成比を表14に示す。
SAM1860株によって生産される全脂肪酸中の各脂肪酸の濃度は、DGLAは35.86重量%、ARAは0.33重量%、C20:0は0.94重量%、C22:0は2.96重量%、C24:0は8.94重量%であった。DGLAに対するC24:0の重量比は、1/4.0であった。またDGLAに対するC22:0及びC24:0の合計の重量比は、1/3.0であった。さらにDGLAに対するC24:0、C22:0及びC20:0の合計の重量比は、1/2.8であった。
【0127】
【表13】
【0128】
【表14】
【受託番号】
【0129】
FERM BP-02778
図1
【配列表】
0007599951000001.app