(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-06
(45)【発行日】2024-12-16
(54)【発明の名称】ツールホルダの装着状態検出方法及びツールホルダが装着される工作機械
(51)【国際特許分類】
B23Q 17/00 20060101AFI20241209BHJP
【FI】
B23Q17/00 B
(21)【出願番号】P 2021049580
(22)【出願日】2021-03-24
【審査請求日】2023-12-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000151494
【氏名又は名称】株式会社東京精密
(74)【代理人】
【識別番号】100163533
【氏名又は名称】金山 義信
(74)【代理人】
【識別番号】100199842
【氏名又は名称】坂井 祥平
(72)【発明者】
【氏名】杉本 桂太郎
(72)【発明者】
【氏名】島田 夏希
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-200542(JP,A)
【文献】特開2018-089738(JP,A)
【文献】特開2002-331442(JP,A)
【文献】特開2020-082198(JP,A)
【文献】特開2005-313239(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23Q 17/00
B23Q 3/155
B23B 31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工作機械の主軸にツールホルダを自動装着するときに前記主軸の近傍に設けた変位センサを用いて前記ツールホルダの装着状態を検出する方法において、
前記変位センサが、前記変位セン
サに対する前記ツールホルダの変位を前記ツールホルダの1周分以上について計測するステップと、
前記ツールホルダの周方向位置と、前記周方向位置における前記変位センサの出力値とにより構成された前記変位のデータを前記出力値の出現頻度を表すヒストグラムに変換するステップと、
得られたヒストグラムと複数のヒストグラムからなる予め記憶されたヒストグラム群とに基づき、HBOS(ヒストグラムを用いた外れ値検出)法を用いて、前記ツールホルダが前記主軸に許容範囲内で正しく装着されているか否かを判断する判断ステップ、を含むことを特徴とするツールホルダの装着状態検出方法。
【請求項2】
前記ツールホルダは周方向ほぼ対称位置に切り欠き部を有し、前記ヒストグラムはこの切り欠き部を除いたツールホルダの周方向位置における前記変位センサの
前記出力値に基づいて作成されることを特徴とする請求項1に記載のツールホルダの装着状態検出方法。
【請求項3】
前記ツールホルダを前記主軸に自動装着する前に、前記ツールホルダを前記主軸に許容誤差内で正しく装着したときのヒストグラムと、前記ツールホルダを前記主軸に許容誤差範囲外で装着異常としたときの少なくとも1つのヒストグラムとを求めるステップを含むことを特徴とする請求項1または2に記載のツールホルダの装着状態検出方法。
【請求項4】
前記判断ステップで装着異常と判断されたときのヒストグラムを、記憶された前記ヒストグラム群に追加するステップを含むことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載のツールホルダの装着状態検出方法。
【請求項5】
自動工具交換装置を備え、主軸に交換可能に取り付けられるツールホルダと
前記ツールホルダの変位を検出する変位センサを前記
ツールホルダの近傍に設けた工作機械において、
前記ツールホルダの周方向位置と、前記周方向位置における前記変位センサの出力値とにより構成され、前記変位センサにより検出された前記変位のデータを、前記出力値の出現頻度を表すヒストグラムに変換作成する演算部と、前記主軸と前記ツールホルダに関する正常装着状態と少なくとも1つの異常装着状態のヒストグラムを有するヒストグラム群を作成しマスタデータとして記憶する前処理部と、前記前処理部に記憶されたマスタデータに基づいて前記演算部で作成したヒストグラムが示す装着状態の正常または異常を判定する判定部とを有する演算装置を設けたことを特徴とするツールホルダが装着される工作機械。
【請求項6】
前記判定部は、HBOS(ヒストグラムを用いた外れ値検出)法を用いて、前記主軸と前記ツールホルダ間の装着異常を判定することを特徴とする請求項
5に記載のツールホルダが装着される工作機械。
【請求項7】
前記工作機械は、NC工作機械またはマシニングセンタであることを特徴とする請求項5ないし
6のいずれか1項に記載のツールホルダが装着される工作機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NC工作機械等におけるツールホルダの装着状態を検出する方法及びツールホルダが装着される工作機械に係り、特に自動工具交換装置(ATC)を有する工作機械に好適なツールホルダの装着状態検出方法及びツールホルダが装着される工作機械に関する。
【背景技術】
【0002】
自動工具交換装置(ATC)を備えるNC工作機械やマシニングセンタでは、被加工物に対する加工内容に応じて、工具を自動で交換する。この工具交換はあらかじめNC加工機械やマシニングセンタにプログラミングされており、ATC内の所定位置に保管された工具が取り付けられたツールホルダを、プログラムに応じて工作機械の主軸に装着する。これらは人手を介さずに自動で実行されるので、工作機械の主軸の近傍には、ツールホルダが主軸に適正に装着されたか否かを検出する検出手段が設けられている。
【0003】
例えば特許文献1に記載の工作機械では、主軸とツールホルダの間に切屑等の異物の挟み込みがあったときに、ツールホルダの傾きを安価なセンサを用いて高精度に検出できるようにしている。具体的には、ツールホルダのフランジ部の側面に、渦電流センサの側面に対して斜めに対向して、渦電流センサを配置する。主軸を回転させ、ツールホルダのフランジ部と渦電流センサのヘッド部との相対位置が変化して生じる渦電流センサの出力の変化に基づいて、ツールホルダの傾きを検出する。
【0004】
ツールホルダの装着状態を検出する方法の他の従来例が、特許文献2に記載されている。この公報に記載の工作機械は、ツールホルダのクランプ時の偏心量を自動的に測定して、クランプ異常を検出できるように構成されている。すなわち、工作機械の主軸台は主軸を回転自在に支持し、主軸には自動工具交換装置によりツールホルダが装着される。ツールホルダはフランジを有し、フランジに対向する位置にツールホルダの偏心検出装置が配設されている。偏心検出装置は渦電流式センサヘッドを有し、非接触でツールホルダのフランジとの間距離を測定し、測定した距離の変化が大きい時には、ツールホルダが偏心してクランプされているとして、クランプ異常と判断する。
【0005】
ツールホルダの装着状態を検出する方法のさらに他の従来例が、特許文献3に記載されている。この公報に記載の工作機械では、工具が取り付けられたツールホルダを主軸に装着し、主軸を回転駆動してワークを加工するが、その際ツールホルダのフランジ外周面の変位をセンサが測定し、データ処理装置が、測定したデータをフーリエ解析し、解析結果のパワースペクトル形状から、ツールホルダの主軸への装着状態の異常を判定している。
【0006】
なお、汎用のツールホルダでは周方向の対称位置に取り外し用の切り欠き部が形成されているので、上記何れの方法を用いる場合でも、測定結果はこの切り欠き部で断絶する。この不具合を解消するために、特許文献4には測定結果から無効なデータ部分を決定し、その無効部分を補間することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2007-260885号公報
【文献】特開2002-331442号公報
【文献】特開2004-276145号公報
【文献】特開2008-93750号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記各特許文献に記載のように、人手を介さずにATCを用いて工具交換する場合には、ツールホルダと主軸の間に工作機械が置かれた環境に残存する切屑が噛み込み、ツールホルダが傾いておよび/または偏心して主軸に取り付けられる虞れがある。この不具合を解消するために、主軸の近傍に何らかのセンサを設けて工作機械の主軸にツールホルダが正常に装着されたことを確認することが求められる。
【0009】
特許文献1に記載の工作機械では、渦電流センサを主軸またはツールホルダに対して斜めに配置させるために、ATCによる工具交換の作業と干渉しないように渦電流センサを設ける必要があり、渦電流センサの設定位置が制限される。また、渦電流センサの感度を上げるためにはセンサをツールホルダにできるだけ近づける必要があるが、ツールホルダには一般的に切り欠きが設けられているので、センサをツールホルダに近づければ近づけるほど切り欠き部の影響が測定データに含まれることになり、この影響を除去する必要がある。
【0010】
特許文献2、3に記載の工作機械では、渦電流センサをツールホルダの側面にほぼ水平に対向して配置している点で特許文献1とは相違する。しかし、その他の構成は同様であり、やはりツールホルダに形成される切り欠き部の影響を除去する必要があると思われるが、特許文献2では切り欠き部の影響を除去することについての開示はない。
【0011】
なお特許文献3には、測定データを正常装着時に測定した基本データと比較するので、切り欠き部があっても測定データからの切り欠き部の影響を排除できる。しかしながら、この公報に記載の工作機械では切り欠き部のデータを取り除くことになるので、データが欠損するという改善すべき点が生じている。
【0012】
ツールホルダの切り欠き部の取り扱いを考慮した特許文献4では、データ処理装置が切り欠き部を判断して、その部分のデータを補間してデータ量の欠損をカバーしている。このため、より高精度にツールホルダの装着異常を検出できる。特許文献4に記載の工作機械では、補間したデータも含めて装着異常判断のデータとするために、正常装着時のデータである登録データを求めておき、それと測定したデータとを比較している。この比較の際には、登録データと測定データにおける周方向位置(位相)をそろえる必要があるが、周方向位置の違いにより正しい判定が下されない場合が稀に生じる。
【0013】
本発明は、上記従来技術の不具合に鑑みなされたものであり、その目的は、ATCを用いて工具を自動的に交換する際に、ツールホルダが工作機械の主軸に適正な状態で装着されたことを確実に検出することにある。この目的に加えて、ツールホルダの主軸への装着異常の検出をできるだけ短時間で実行することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成する本発明の特徴は、工作機械の主軸にツールホルダを自動装着するときに前記主軸の近傍に設けた変位センサを用いて前記ツールホルダの装着状態を検出する方法において、前記変位センサが、前記変位センサと前記主軸の間の距離を前記主軸の1周分以上について計測するステップと、計測された前記距離のデータを、前記主軸の軸方向位置ごとのヒストグラムに変換するステップと、得られたヒストグラムと複数の予め記憶されたヒストグラムとに基づき、HBOS(ヒストグラムを用いた外れ値検出)法を用いて、前記ツールホルダが前記主軸に許容範囲内で正しく装着されているか否かを判断する判断ステップを含むことにある。
【0015】
そしてこの特徴において、前記ツールホルダは周方向ほぼ対称位置に切り欠き部を有し、前記ヒストグラムはこの切り欠き部を除いたツールホルダの周方向位置における前記変位センサの出力の変化に基づいて作成されてもよい。また、前記ツールホルダを前記主軸に自動装着する前に、前記ツールホルダを前記主軸に許容誤差内で正しく装着したときのヒストグラムと、前記ツールホルダを前記主軸に許容誤差範囲外で装着異常としたときの少なくとも1つのヒストグラムとを求めるステップを含むことが望ましい。さらに、前記判断ステップで装着異常と判断されたときのヒストグラムを、記憶された前記ヒストグラム群に追加するステップを含むのが好ましい。
【0016】
上記目的を達成する本発明の他の特徴は、自動工具交換装置を備え、主軸に交換可能に取り付けられるツールホルダと前記主軸の間の距離を検出する変位センサを前記主軸の近傍に設けた工作機械において、前記変位センサが検出したツールホルダの外周部との距離の変化のデータから、前記主軸の軸方向ごとのヒストグラムに変換作成する演算部と、前記主軸と前記ツールホルダに関する正常装着状態と少なくとも1つの異常装着状態のヒストグラムを有するヒストグラム群を作成しマスタデータとして記憶する前処理部と、前記前処理部に記憶されたマスタデータに基づいて前記演算部で作成したヒストグラムが示す装着状態の正常または異常を判定する判定部とを有する演算装置を設けたことにある。
【0017】
そしてこの特徴において、前記マスタデータは、交換するツールホルダに応じた数の正常装着状態のヒストグラムと、ツールホルダの数以上の異常装着状態のヒストグラムを記憶していることが好ましく、前記判定部は、HBOS(ヒストグラムを用いた外れ値検出)法を用いて、前記主軸と前記ツールホルダ間の装着異常を判定することが望ましい。また、前記工作機械は、NC工作機械またはマシニングセンタであることが望ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、変位センサが検出した変位センサとツールホルダ間の距離のデータから、軸方向に分割した位置における変位の出現頻度を求め、その出現頻度を基準データにおける出現頻度と比較するようにしたので、周方向(位相)の影響を取り除くことができ、ツールホルダが工作機械の主軸に適正な状態で装着されたことを確実に検出できる。また、測定データを頻度分布に変換するだけで位相合わせが不要になったので、ツールホルダの主軸への装着異常の検出を可能な限り短時間で実行できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の一実施例における変位センサ取付け部の正面図及び下面図である。
【
図2】
図1に示した変位センサの出力例を示すグラフである。
【
図3】変位データからヒストグラムを作成する方法を説明する図である。
【
図4】変位データをマスタデータと比較した例を示す図である。
【
図5】データ処理に用いる変位データの一例を示す図である。
【
図6】
図1に示したデータ演算処理部の一実施例のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係る工作機械の主軸にツールホルダを装着する際の異常の有無の検出方法について、図面を参照して説明する。なお、以下の実施例では工作機械は自動工具交換装置(ATC)を備えたNC工作機械またはマシニングセンタを例にとり説明するが、工作機械はこれらに限らず、自動でツールを交換するもの全般を含む。
【0021】
図1に、工作機械100のツールホルダ110の取付け部のみを示す。図示しないATCを用いて工具112であるドリルを取り付けたツールホルダ110が、工作機械100の主軸120に装着されている状態を示す。
図1(a)は主軸120部の正面図であり、
図1(b)は下面側から見た図である。
図1では、装着状態の異常の有無を検出する装着状態検出装置200を併せて示す。
【0022】
工作機械100では、工具112が取り付けられたツールホルダ110が交換可能に、主軸120に装着される。この装着においては、ツールホルダ110の上端側に設けられた円錐状の嵌合部114と、この嵌合部114を主軸120に嵌合させるために主軸120に形成された相補形状の円錐状の嵌合部116を、嵌合させる。この両者の嵌合時に、切粉102等が嵌合部に付着して装着異常が生じるのを監視するために、装着状態検出装置200を設けている。
【0023】
本実施例の装着状態検出装置200は、特にATCを用いて主軸120に装着されたツールホルダ110の装着異常を自動で検出するものであり、
図1(a)に示すように、主としてセンサ210と演算処理装置220とで構成される。センサ210は、ツールホルダ110のフランジ部の円筒状の外周面110aの変位を非接触で検出する変位センサである。そのため、センサ210は、主軸120の下端部の位置であってツールホルダ110の外周面110aに対向する位置において、ブラケット202を介して主軸120に取り付けられており、ツールホルダ110とは僅かな間隔を置いて配置されている。センサ210が検出したツールホルダ110の外周面110aとの距離は、変位信号Sgとして演算処理装置220に入力される。
【0024】
演算処理装置220は、センサ210が検出した変位信号Sgに基づきツールホルダ110の装着異常を検出する。演算処理装置220は、検出した変位信号Sgをデジタル信号に変換するA/D変換器222、デジタル信号に変換された変位信号Sgに、詳細を後述する、各種演算処理を施す演算処理部224、マスターデータ等を記憶する記憶部226、工作機械100の制御装置150へ演算結果を出力する等の入出力処理を管理する入出力部228を備える。
【0025】
図1(b)を参照して、ツールホルダ110のフランジ部110bの外周面110aには、ツールホルダ110を主軸120に装着・取外しするため、周方向ほぼ対称位置に2個の切り欠き110cが形成されている。その結果、センサ210が検出した変位信号には、周方向2か所で激変部分を生じている(
図2参照)。
【0026】
図2に、
図1の実施例に示したようにセンサ210を配置した場合に、センサ210から出力される変位信号の一例を示す。
図2の横軸は、ツールホルダ110の周方向位置を示し、全周に対する割合(%)で示す。
図2の縦軸はセンサ210の出力値であり、任意に設定できる。センサ210の直線性を保証する出力範囲が、例えば±1Vであれば、
図2は0~-500mVを示す。ツールホルダ110の外周面110aに対向してセンサ210を配置しているので、全周の約15%と約65%の位置で、センサ210の出力信号が急激に低下していることが分かる。これは、
図1(b)に示すツールホルダ110の切り欠き110cに対応することは上述した通りである。
【0027】
従来から、センサ210が検出した、ツールホルダ110の周方向1周以上についての変位信号Sgは、基準変位信号であるマスタと比較され、マスタからのずれの程度に応じて、異常/正常の判断がなされる。その際、従来の多くの方法では、ツールホルダ110に含まれる切り欠き110cの影響を除く手法が用いられている。しかしながら異常/正常の判断に必要なのは切り欠き110cのデータではなく、円筒面である外周面110aのデータであるから、切り欠き110cの処理に時間を費やすのは良策ではない。
【0028】
また、他の方法として切り欠き110cの存在を認めて、ツールホルダ110の周方向1周以上について、切り欠き110cのデータもデータとして含む全体データを変位信号Sgとして取り扱い、記憶部226にマスタとして記憶された正常装着時の変位信号と比較する方法がある。その場合、1対の切り欠き110cの位置ずれが、異常/正常の判断に多大な影響を及ぼす。例えば、切粉102がツールホルダ110と主軸120の嵌合部に含まれて、ツールホルダ110が偏心または傾いて取り付けられた異常状態と、装着状態は正常であるものの、異常を検出するために行ったマスタとセンサ210が検出した変位信号Sgのデータとの間の位置合わせが良好でない状態を区別する必要がある。後者の典型例としては、2個のほぼ対称に形成された切り欠き110cの位置を、マスタと検出変位信号で逆位置に認定した場合である。
【0029】
この区別を正しく実施するためには、変位センサ210が検出したツールホルダ110の周方向1周以上のデータが組立許容誤差内で変動することも考慮して、マスタとデータ間で位置合わせする必要がある。この位置合わせを実行するには、カメラを取り付けて撮像するなどさらなる装置を設けるか、またはツールホルダに新たな基準点を設けるなどする必要があり、汎用性に乏しく自動化が難しくなる。
【0030】
本発明においては、以下に示すヒストグラムを用いた外れ値検出方法を採用して、主軸120とツールホルダ110の装着状態の異常/正常を判断している。
図3に、ヒストグラムの作成方法を説明する図を示す。
図3(a)は、
図2に示した変位信号Sgを、縦軸と横軸を交換して示した図であり、
図3(b)は、
図3(a)の変位信号Sgを演算処理部224で演算処理した結果得られたヒストグラムである。
【0031】
初めに、
図3(a)内で、変位が一定値である上下方向に延びる直線12、14と、変位センサ210が検出した変位データ10の交点16、18の数を数える。ここで、変位データ10はツールホルダ110の全周分のデータを含んでいる。切り欠き110c部のデータと交差する直線12の場合には、切り欠き110c部の外周面が円筒面ではなく平面110dである(
図1(b)参照)ことから、交点16の数は切り欠き110cの両縁部に対応した4個である。変位が一定である直線を、
図3(a)で右側に移動すると、切り欠き110cの縁部から変位データ10と交差する点が増加する。ツールホルダ110の外周部が切り欠き110c部を除いて真円で、主軸120に完全に同心で真っすぐに装着された理想状態では、変位データ10と変位一定の直線の交点は無限大になる。しかしながら、実際の装着においては、組立許容誤差内で変動して装着される上に、ツールホルダ110の外周面110aも微視的に見れば真円ではあり得ないので、直線14と変位データ10との場合のように、有限個の交点18が得られる。このようにして得られた交点の数を、変位データ10の出力値を横軸にして示したのが、
図3(b)である。
【0032】
図3(a)の変位データから明らかなように、切り欠き110c部では交点16の数は一定であり、この部分ではツールホルダ110が斜めや異常に偏心して装着されても交点の数は変化しない(範囲Bの部分)。一方、変位センサ210の出力が最大値、すなわち変位センサ210とツールホルダ110の外周部が最接近している位置付近(範囲Aの部分)では、交点18の数が他の部分に比較して格段に増大している。したがって、以後の判断においては、この範囲Aの部分についてだけ検討すればよいことが分かる。
【0033】
範囲Aの部分を拡大して示したのが、
図4である。
図4(a)は、予め検出した正常装着状態にあるツールホルダ110の場合の例であり、これは以後マスタ240もしくはマスタデータ240とも呼ばれる。マスタ240は、
図1に示した演算処理装置220が備える記憶部226に記憶されている。なお、マスタ作成の際には、
図3(b)で示したようなヒストグラムの各頂点を折れ線で結んで以後の処理に便利な形にしている。出力値が0の近傍で急激な増加がみられることは、
図3の説明で示した通りである。
【0034】
図4(b)は、
図4(a)に示したマスタデータ240と、今回実際に主軸120にツールホルダ110を装着してセンサ210が得た変位データ250との比較を示す図である。この
図4(b)では、実線の折れ線グラフが、センサ210が検出した変位データ250のヒストグラムの各頂点を結ぶ線であり、一点鎖線で示した折れ線グラフがマスタ240のヒストグラムの各頂点を結ぶ線である。記憶部226には、予め適正もしくは正常状態で主軸120にツールホルダ110が装着されたときの変位データと、可能であれば異常状態の変位データが記憶されている。
【0035】
なお、ツールホルダ110はワークの加工内容に応じてATCにより交換されるので、ワークの加工内容に応じた、またはワークの種類に応じた数のツールホルダ110が、同一の工作機械100で使用される。そのため、記憶部226には、少なくともATCを用いて交換使用されるツールホルダ110の数のマスタデータ240が記憶されている。同一のツールホルダ110を使用して工具112のみを変更する場合には、工具112の数ではなくツールホルダ110の数に応じた数のマスタ240があればよい。しかしながら、後述するように、同一のツールホルダ110に対して複数のマスタデータを記憶部226に記憶させると、さらに高精度に装着異常を判断できる。
【0036】
以下、HBOS(ヒストグラムを用いた外れ値検出)法により、ツールホルダ110の異常装着を検出する。
図4(b)において、2つのデータ240、250の折れ線グラフには、不一致な部分が存在する。ハッチング部20は、2つのデータ240、250の折れ線グラフの共通部分であり、白地部22はマスタ240にのみある部分であり、クロスハッチング部24は、検出変位データ250にのみある部分である。しかしながら、全体としてはほぼ同一とみなせる形状であり、出力値の変化に対してもほぼ同一とみなせる変化をしている。2つのデータ240、250が同一とみなせるか否か、すなわち装着が正常とみなせるか否かは、この差異部分22、24が許容範囲か否かによる。
【0037】
この差異部分の判定には、例えば正常/異常のラベル付き教師あり機械学習を用いることができる。具体的には、例えば新たなツールホルダの導入時に、主軸120にツールホルダ110を装着する動作を繰り返し、その各々について変位信号Sgを検出する。そして、
図4(a)と同様のヒストグラムを折れ線グラフ化したパターンを複数取得する。それらを、作業者が、目視したまたは模擬加工して得られた結果から、逐一正常/異常を判断する。得られた多数のデータを、正常グループおよび異常グループに分類して、分類したデータを2値分類機械学習モデルに学習させ、データと2値分類機械学習モデルを記憶部226に記憶する。ここで、正常グループは、各ツールホルダ110に対して少なくとも1個のデータを含み、異常グループは、各ツールホルダ110に対して1個以上のデータを含む。以後は、2値分類機械学習モデルを用いて正常か異常かを判断する。判断した結果は、さらに正常グループまたは異常グループに属するものとして追加し、2値分類機械学習モデルを再学習することが好ましい。これにより、種々の装着状態についての変位データが得られ、データ数が多くなればなるほど比較対象となる記憶された装着状態が増え、その中からより近い装着状態を得ることが可能になり、精度の高い装着状態の判断が可能になる。また正常グループ、異常グループとして2値分類機械学習モデルが学習するデータは、実際に装置から取得したデータだけではなく、シミュレーションによって生成したデータでも良い。
【0038】
図5に、同一のツールホルダ110を同一の主軸120に複数回装着したときに得られた各変位データ250を、1個のマスタデータ240に対して比較した場合の一例を示す。この
図5では、
図4(a)と同様に、ヒストグラムの頂点を結んだ折れ線グラフを作成している。中央に位置している(
図5(a))のが、マスタデータ240であり、周囲に位置している(
図5(b)~(g))のが検出された各変位データ250である。演算処理としては、これらの2種のデータ240、250を重ね合わせてその差異を判断するが、図を見やすくするためそれぞれ個々のデータで示している。
【0039】
複数の検出変位データは、
図5(b)~(d)で示される第1のグループG1と
図5(e)~(g)で示される第2のグループG2に分類される。第1のグループG1に属する各データは、中央付近に複数のピークを持つとともに横軸のマイナス側にもピークを有している。この特徴は、マスタデータ240に類似している。一方、第2のグループG2に属する各データは、横軸のプラス側のピーク数が少なかったり、横軸のマイナス側のピークがなかったりする上に、全体にそのゲイン(縦軸目盛)が低い。このように可視的にその差異を判断できるので、これを上記ラベル付き教師あり機械学習を用いて自動で判断させる。
【0040】
以上の各処理は、装着状態検出装置200の演算処理装置220が備える演算処理部224で実行される。演算処理部224の詳細を、
図6に示したブロック図で説明する。演算処理部224は、データ前処理部310と、学習モデル生成部330およびデータ判定部320に大別される。データ前処理部310は、
図4(b)に示した画像(HBOS画像)を得るまでの処理である。
【0041】
初めに、使用予定の各ツールホルダ110を主軸120に適正に取り付けたときのツールホルダ110とセンサ210の間の距離(変位)データを加工前に取得し、データ登録部312が記憶部226に取得データをマスタデータとして登録する。次に学習データ生成部314が、ランダムにまたはある基準に従って複数の変位データをシミュレーションで発生させる。作成された複数の変位データは、マスタデータを基準にして正常データと異常データにそれぞれ定義された後に、正常データと異常データのグループにグループ分けされて、記憶部226に登録される。
【0042】
なお、正常データ及び異常データのグループには、前回を含めてそれ以前に同一主軸120と同一ツールホルダ110を用いて加工した際に得られたセンサ210が検出した変位データを含めるようにしてもよい。その場合も、主軸120へのツールホルダ110の装着が異常であったときにセンサ210が検出したデータを異常データグループに、装着が正常であったときに検出したデータを正常データグループにグループ分けしておく。
【0043】
次いで、前処理部(HBOS画像生成部)316は、記憶部226に記憶されたマスタと正常グループ内のデータについて、データをヒストグラム化(2値化)する。そして、マスタのヒストグラムと正常グループ内のデータの1個のヒストグラムを重ね合わせて、
図4(b)や
図5に示すような、HBOS画像を生成する。この作業を正常グループ内に含まれる正常グループデータの個数だけ実行する。同様に、記憶部226に記憶された異常グループ内の異常データをヒストグラム化し、マスタのヒストグラムと異常グループ内の1個のデータを重ね合わせて、
図4(b)や
図5に示すようなHBOS画像を生成する。なお、上記処理が終わったら、記憶部226にはHBOS画像とマスタのヒストグラムだけを記憶するようにしてもよい。
【0044】
以上は、被加工物(ワーク)を加工装置に取り付ける前の準備である。ワークを加工装置に取り付けた後は、センサ210は主軸120へのツールホルダ110の装着状態を検出する。検出した変位信号(Sg)10は、A/D変換器222を介してデジタル信号に変換され、データ判定部320が備えるデータ取得部322に送信される。データ取得部322が取得した変位信号10は、前処理部(HBOS画像生成部)316においてヒストグラム化され、マスタのヒストグラムと重ね合わせ、
図4(b)や
図5に示すようなHBOS画像が生成される。
【0045】
学習モデル生成部330は、データ前処理部310で作成したHBOS画像を、「正常/異常のラベル付きで教師あり」で学習する。学習した結果、2値分類機械学習モデル332を生成する。これにより、異常/正常の判断基準が決定される。判定部326は、生成された2値分類機械学習モデル332を参照することで学習により、今回新たに取得した変位信号10のHBOS画像について、異常/正常の判断を下す。判断が下されたHBOS画像は、正常装着グループまたは異常装着グループのヒストグラムに追加される。
【0046】
なお、HBOS画像が生成された後の異常/正常の判断には、従来知られた他の手法を用いることもできる。例えば、3σ法や四分位偏差法等の外れ値検出法を用いることもできる。
【0047】
以上説明したように、本発明の実施例によれば、主軸へのツールホルダの装着状態を検出する際に、ツールホルダと主軸の相対周方向位置を考慮することなく、装着異常/装着正常を判断することができる。そのため、特に無人となるNC工作機械やマシニングセンタにおいて加工に応じてツールホルダをATCで交換する際に、ツールホルダの主軸への装着異常を時間を要せず確実に検出できる。その結果、工作機械における加工の信頼性が向上するとともに、加工のスループットも向上する。
【符号の説明】
【0048】
10…変位信号、12、14…(出力値一定の)直線、16、18…交点、20…ハッチング部(共通部分)、22、24…差異部分、100…工作機械、102…切粉、110…ツールホルダ、110a…外周面、110b…フランジ部、110c…切り欠き、110d…平面、112…工具、114、116…嵌合部、120…主軸、150…制御装置、200…装着状態検出装置、202…ブラケット、210…(変位)センサ、220…演算処理装置、222…A/D変換器、224…演算処理部、226…記憶部、228…入出力部、240…マスタ(データ)、250…変位データ、310…データ前処理部、312…データ登録部、314…学習データ生成部、316…前処理部(HBOS画像生成部)、320…データ判定部、322…データ取得部、326…判定部、330…学習モデル生成部、332…2値分類機械学習モデル