(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-09
(45)【発行日】2024-12-17
(54)【発明の名称】電磁波吸収粒子分散体、電磁波吸収積層体、電磁波吸収透明基材、電磁波吸収粒子分散体の製造方法
(51)【国際特許分類】
G02B 5/22 20060101AFI20241210BHJP
C01G 41/00 20060101ALI20241210BHJP
B32B 27/18 20060101ALI20241210BHJP
C09K 3/00 20060101ALI20241210BHJP
【FI】
G02B5/22
C01G41/00 A
B32B27/18 Z
C09K3/00 105
(21)【出願番号】P 2021574123
(86)(22)【出願日】2021-01-28
(86)【国際出願番号】 JP2021003100
(87)【国際公開番号】W WO2021153693
(87)【国際公開日】2021-08-05
【審査請求日】2023-09-13
(31)【優先権主張番号】P 2020015746
(32)【優先日】2020-01-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】足立 健治
(72)【発明者】
【氏名】吉尾 里司
(72)【発明者】
【氏名】若林 正男
【審査官】藤岡 善行
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/031246(WO,A1)
【文献】特開2013-173642(JP,A)
【文献】国際公開第2005/037932(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/22
C01G 41/00
C08L 101/00
C08K 3/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式Cs
xW
1-yO
3-z(0.2≦x≦0.4、0<y≦0.4、0<z≦0.46)で表わされ、斜方晶または六方晶の結晶構造を備えたセシウムタングステン酸化物を含有する電磁波吸収粒子と、固体媒体と、を含み、
前記電磁波吸収粒子が前記固体媒体中に分散している電磁波吸収粒子分散体。
【請求項2】
前記セシウムタングステン酸化物が、斜方晶の(010)面、六方晶のプリズム面である{100}面、六方晶の底面である(001)面から選択された1以上の面に線状または面状の欠陥を有する請求項1に記載の電磁波吸収粒子分散体。
【請求項3】
前記セシウムタングステン酸化物が欠陥を有し、前記欠陥がタングステン欠損を含む請求項1または請求項2に記載の電磁波吸収粒子分散体。
【請求項4】
前記セシウムタングステン酸化物の斜方晶または六方晶の結晶を構成するW-O八面体のOの一部が、ランダムに欠損した請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の電磁波吸収粒子分散体。
【請求項5】
前記セシウムタングステン酸化物は、六方晶換算のc軸長が7.560Å以上7.750Å以下である請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の電磁波吸収粒子分散体。
【請求項6】
前記セシウムタングステン酸化物のCsの一部が添加元素により置換されており、前記添加元素がNa、Tl、In、Li、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Al、Gaから選択された1種類以上である請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の電磁波吸収粒子分散体。
【請求項7】
前記電磁波吸収粒子の平均粒径が0.1nm以上200nm以下である請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の電磁波吸収粒子分散体。
【請求項8】
前記電磁波吸収粒子の表面が、Si、Ti、Zr、Alから選択された1種類以上の原子を含む化合物で修飾されている請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の電磁波吸収粒子分散体。
【請求項9】
前記固体媒体が樹脂である請求項1から請求項
8のいずれか1項に記載の電磁波吸収粒子分散体。
【請求項10】
前記樹脂が、ポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、スチレン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエチレン樹脂、塩化ビニル樹脂、オレフィン樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、フッ素樹脂、エチレン・酢酸ビニル共重合体、ポリビニルアセタール樹脂、および紫外線硬化樹脂からなる樹脂群から選択される1種の樹脂、または、前記樹脂群から選択される2種以上の樹脂の混合物である請求項
9に記載の電磁波吸収粒子分散体。
【請求項11】
シート形状、ボード形状、またはフィルム形状を備えた請求項1から請求項
10のいずれか1項に記載の電磁波吸収粒子分散体。
【請求項12】
請求項1から請求項
11のいずれか1項に記載の電磁波吸収粒子分散体と透明基材とを含む積層構造を備えた電磁波吸収積層体。
【請求項13】
透明基材と、
前記透明基材の少なくとも一方の面に電磁波吸収層とを備えており、
前記電磁波吸収層が、請求項1から請求項
11のいずれか1項に記載の電磁波吸収粒子分散体である電磁波吸収透明基材。
【請求項14】
請求項1から請求項11のいずれか1項に記載の電磁波吸収粒子分散体の製造方法であって、
前記電磁波吸収粒子として、セシウムタングステン酸化物前駆体nCs
2O・mWO
3(n,mは整数、3.6≦m/n≦9.0)の結晶粉末を、還元性気体の雰囲気中、650℃以上950℃以下で加熱、還元して得られる粒子を用い
る電磁波吸収粒子分散体
の製造方法。
【請求項15】
前記電磁波吸収粒子として、主相としてCs
4W
11O
35相を含む
前記セシウムタングステン酸化物前駆体を、還元性気体の雰囲気中、650℃以上950℃以下で加熱、還元して得られた粒子を用い
る請求項14に記載の電磁波吸収粒子分散体
の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波吸収粒子分散体、電磁波吸収積層体、電磁波吸収透明基材に関する。
【背景技術】
【0002】
理化学辞典第5版によれば、「波長が約1nm~1mmの範囲にある電磁波を光と呼ぶ。」と定義される。この波長の範囲には、可視光線領域や赤外線領域が含まれる。
【0003】
太陽光線に含まれる近赤外線は、窓材等を透過して室内に入り込み、室内へ侵入し、室内の壁や床の表面温度を上昇させ、室内気温も上昇させる。室内の温熱環境を快適にするために、窓材等に遮光部材を用いるなどして、窓から侵入する近赤外線を遮ることで、室内気温を上昇させないことが従来からなされていた。
【0004】
窓材等に使用される遮光部材として、特許文献1には、カーボンブラック、チタンブラック等の無機顔料や、アニリンブラック等の有機顔料等を含む黒色微粉末を含有する遮光フィルムが提案されている。
【0005】
また、特許文献2には、赤外線反射性を有する帯状のフィルムと、赤外線吸収性を有する帯状のフィルムとを、それぞれ経糸あるいは緯糸として編織物としてなる保温用シートが開示されている。そして、赤外線反射性を有する帯状のフィルムとして、合成樹脂フィルムにアルミ蒸着加工を施し、さらに合成樹脂フィルムを積層したものを用いることも記載されている。
【0006】
本出願人は、特許文献3に、赤外線材料微粒子が媒体中に分散してなる赤外線遮蔽材料微粒子分散体であって、当該赤外線材料微粒子は、タングステン酸化物微粒子または/及び複合タングステン酸化物微粒子を含有し、当該赤外線材料微粒子の分散粒子径が1nm以上800nm以下である赤外線遮蔽材料微粒子分散体を提案した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】日本国特開2003-029314号公報
【文献】日本国特開平9-107815号公報
【文献】国際公開第2005/037932号
【非特許文献】
【0008】
【文献】K. Adachi and T. Asahi, "Activation of plasmons and polarons in solar control cesium tungsten bronze and reduced tungsten oxide nanoparticles," Journal of Material Research, Vol. 27, 965-970 (2012)
【文献】S. Yoshio and K. Adachi, "Polarons in reduced cesium tungsten bronzes studied using the DFT+U method," Materials Research Express, Vol. 6, 026548 (2019)
【文献】K. Machida, M. Okada, and K. Adachi, "Excitations of free and localized electrons at nearby energies in reduced cesium tungsten bronze nanocrystals," Journal of Applied Physics, Vol. 125, 103103 (2019)
【文献】S. F. Solodovnikov, N.V. Ivannikova, Z.A. Solodovnikova, E.S. Zolotova, "Synthesis and X-ray diffraction study of potassium, rubidium, and cesium polytungstates with defect pyrochlore and hexagonal tungsten bronze structures," Inorganic Materials, Vol. 34, 845-853 (1998)
【文献】M. Okada, K. Ono, S. Yoshio, H. Fukuyama and K. Adachi, "Oxygen vacancies and pseudo Jahn-Teller destabilization in cesium-doped hexagonal tungsten bronzes," Journal of American Ceramic Society, Vol. 102, 5386-5400 (2019)
【文献】S. Yoshio, M. Okada, K. Adachi, "Destabilization of Pseudo Jahn-Teller Distortion in Cesium-doped Hexagonal Tungsten Bronzes", J. Appl. Phys., vol. 124, 063109-1-8 (2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述の特許文献3では、赤外線遮蔽材料微粒子として、タングステン酸化物微粒子または/及び複合タングステン酸化物微粒子が開示されている。これらのタングステン酸化物を分散した透過膜は青色の着色を伴い、青色の度合いは添加量が増加すると強くなる。
【0010】
しかし近年では、例えば自動車用のガラスや光熱変換材料などの用途において、近赤外線吸収率を上げ、すなわち日射透過率を下げつつも、透過色に青色などの着色が無い、ニュートラルな色が求められている。
【0011】
上記タングステン酸化物を分散した透過膜のような青色の材料をベースにすると、種々の顔料や染料でガラスの調色を行なう場合に得られる色相が限定される。特に補色である黄系の透過色は困難である。
【0012】
また、光熱変換材料、具体的には例えば光熱変換による透明樹脂部材の接着などの用途においては、純白の発色が求められるが、上記タングステン酸化物等の材料では純白の発色は困難である。
【0013】
これに対して、例えば複合タングステン酸化物を分散した透過膜について、透過色をニュートラル、すなわち透明な色調にすると、その用途を広げることができる。しかし、分散体とした場合に、日射透過率を下げつつ、ニュートラルな色を実現できる複合タングステン酸化物についてはこれまで報告されていなかった。
【0014】
そこで、本発明の一側面では、日射透過率を抑制しつつも、透過色がよりニュートラルな色調を備えた電磁波吸収粒子分散体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の一側面では、一般式CsxW1-yO3-z(0.2≦x≦0.4、0<y≦0.4、0<z≦0.46)で表わされ、斜方晶または六方晶の結晶構造を備えたセシウムタングステン酸化物を含有する電磁波吸収粒子と、固体媒体と、を含み、
前記電磁波吸収粒子が前記固体媒体中に分散している電磁波吸収粒子分散体を提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一側面では、日射透過率を抑制しつつも、透過色がよりニュートラルな色調を備えた電磁波吸収粒子分散体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1A】
図1Aは、セシウムタングステン酸化物(Cs
4W
11O
35)の結晶構造の説明図である。
【
図1B】
図1Bは、セシウムタングステン酸化物(Cs
4W
12O
36)の結晶構造の説明図である。
【
図2A】
図2Aは、セシウムタングステン酸化物(Cs
4W
11O
35)のエネルギーバンド構造である。
【
図2B】
図2Bは、セシウムタングステン酸化物(Cs
4W
12O
36)のエネルギーバンド構造である。
【
図2C】
図2Cは、セシウムタングステン酸化物(Cs
4W
11O
36)のエネルギーバンド構造である。
【
図2D】
図2Dは、セシウムタングステン酸化物(Cs
6W
17O
54)のエネルギーバンド構造である。
【
図3A】
図3Aは、セシウムタングステン酸化物の誘電関数である。
【
図3B】
図3Bは、セシウムタングステン酸化物の誘電関数である。
【
図4】
図4は、実施例1で得られた粉末A´のc軸方向から撮った電子線回折像である。
【
図5】
図5は、実施例1で得られた粉末Aの擬六方晶粒子の[001]
HEX晶帯軸の電子線回折像である。
【
図6】
図6は、実施例1で得られた粉末Aの擬六方晶粒子の[221]晶帯軸から観察したSTEM-HAADF像である。
【
図7】
図7は、実施例2で得られた粉末Bの擬六方晶粒子の[001]
HEX晶帯軸の電子線回折像である。
【
図8】
図8は、実施例3で得られた粉末Cの擬六方晶粒子の[001]
HEX晶帯軸の電子線回折像である。
【
図9A】
図9Aは、実施例14~実施例20、比較例1で作製した分散液のモル吸収係数である。
【
図9B】
図9Bは、実施例14~実施例20、比較例1で作製した分散液のモル吸収係数である。
【
図9C】
図9Cは、実施例15、16、18、22、23、比較例1で作製した分散液のモル吸収係数である。
【
図10A】
図10Aは、VLTが一定になるように導出した、実施例15、実施例16、実施例19、比較例1~比較例3で作製した分散液の透過率プロファイルである。
【
図10B】
図10Bは、VLTが一定になるように導出した、実施例15、実施例16、実施例19、比較例1~比較例3で作製した分散液の透過率プロファイルである。
【
図11A】
図11Aは、比較例1~比較例3、実施例15、実施例16、実施例19に係る分散液の近赤外線吸収特性の、還元時間に伴う変化の説明図である。
【
図11B】
図11Bは、比較例1~比較例3、実施例15、実施例16、実施例19に係る分散液の色指数の、還元時間に伴う変化の説明図である。
【
図11C】
図11Cは、比較例1~比較例3、実施例15、実施例16、実施例19に係る分散液の色指数の、還元時間に伴う変化の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための形態について図面を用いながら説明するが、本発明は、下記の実施形態に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、下記の実施形態に種々の変形および置換を加えることができる。
[電磁波吸収粒子、電磁波吸収粒子の製造方法]
本実施形態の電磁波吸収粒子分散体について説明する前に、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体で好適に用いることができる、電磁波吸収粒子、および電磁波吸収粒子の製造方法について説明する。
(1)電磁波吸収粒子
従来から、電磁波吸収粒子として用いられているセシウム添加六方晶タングステンブロンズナノ粒子の透過色は、その誘電関数虚部(ε2)(実験で得られたε2は非特許文献1に掲載されている)、およびバンド構造(非特許文献2)により規定される。
【0019】
可視光線のエネルギー領域(1.6eV~3.3eV)において、セシウム添加六方晶タングステンブロンズ(以下Cs-HTBと短縮する)はバンドギャップが十分に大きくなっている。加えてタングステンのd-d軌道間電子遷移などがFermi黄金律により禁制となるため電子遷移の確率が小さくなり、ε2が小さい値を取る。ε2は電子による光子の吸収を表わすため、ε2が可視波長で小さければ可視光透過性が生ずる。しかしながら可視光線領域で波長が最も短い青波長の近傍では、バンド間遷移による吸収が存在し、また波長が最も長い赤波長の近傍では、局在表面プラズモン共鳴(LSPR)吸収とポーラロニックな電子遷移吸収が存在する(非特許文献3)。このため、それぞれ光透過性の制約を受ける。
【0020】
上述の様にCs-HTBではバンドギャップが十分大きいためにバンド間遷移が青波長の光のエネルギー以上となり、青の透過性が高くなる。逆に赤波長の側では、Cs-HTBは伝導電子が多いためLSPR吸収とポーラロニック吸収が強くなり、同時に吸収波長が赤波長の側に近寄るため、透過性が低くなる。従ってCs-HTBナノ粒子分散膜の透過色は青く見えるのである。
【0021】
すなわちCs-HTBの青系の透過色を中性化するためには、青側の吸収を強め、赤側の透過を強めればよいが、そのためにはバンド間遷移の吸収位置を低エネルギーにシフトさせ、またLSPR吸収とポーラロニック吸収を弱めて低エネルギー側へシフトさせることが好ましい。
【0022】
LSPR吸収やポーラロニック吸収を弱めるには、材料に含有される自由電子と束縛電子の量を減少させることが有効である。
【0023】
上述の青側の吸収の増加は、バンドギャップを低エネルギーにもつような異なるエネルギーバンド構造の材料をベースとすることにより実現される。また、赤側の透過は、自由電子や束縛電子の発生源であるセシウムイオン(Cs+)や酸素の空孔(VO)の量を加減してコントロールできる。
【0024】
本発明の発明者らは、以上の考察に基づき、セシウム(Cs)、およびタングステン(W)を含む酸化物であるセシウムタングステン酸化物を種々検討の結果、CsおよびWを含むセシウムタングステン酸化物前駆体nCs2O・mWO3(n,mは整数、3.6≦m/n≦9.0)の結晶粉末を還元することで得られたセシウムタングステン酸化物を含有する電磁波吸収粒子を用いた場合に、電磁波吸収粒子分散体である透過膜の色調も青みが減少して中性化することを見出した。
【0025】
上記電磁波吸収粒子は、バンドギャップが六方晶Cs-HTBよりも狭く青の透過性が低い化合物から出発して、これを還元することによってVOを徐々に増加させ、LSPR吸収とポーラロニック吸収を許容される範囲内で徐々に大きくして赤の透過率を適正化することで色調が中性化したものと考えられる。
【0026】
Csを含む上記セシウムタングステン酸化物前駆体nCs2O・mWO3では陽性元素であるCsとWの電荷はOによって中和されており、非導電体である。Cs2W7O22、Cs6W20O63、Cs2W6O19、Cs4W11O35、Cs6W11O36、Cs2W3O10などWO3-Cs2Oラインに並ぶ化合物では、価数がバランスしているため、フェルミエネルギーEFは価電子帯と伝導帯の間に存在し、非導電体となっている。Cs/W比(モル比)が0.2以上では、イオン半径の大きなCsを取り込むために、W-O八面体が作る基本骨格は、大きな六方空隙を有する六方対称の構造か、または大きな六方空隙を持つ六方晶や立方晶(パイロクロア構造)の原子配列にW欠損(タングステン欠損)を含む面欠陥が入って対称性が斜方晶や単斜晶に下がった結晶構造となっている。
【0027】
例えば2Cs2O・11WO3では、Solodovnikov1998(非特許文献4)のモデルにおいて、六方晶タングステンブロンズと同様なW-O八面体の六方配列の中に、六方晶(110)面(=斜方晶(010)面)に斜方晶単位胞のb/8ピッチでWとOが欠損した面が挿入されて全体としては斜方晶になっている。これらのセシウムタングステン酸化物前駆体nCs2O・mWO3(n,mは整数、3.6≦m/n≦9.0)ではバンドギャップがCs-HTBよりも狭く、従って青の透過性は低い。しかし、これを加熱還元すると、全体が徐々にタングステンブロンズの六方晶構造へと変化し、その過程でバンド構造が変化し、バンドギャップが広がって青の吸収が弱くなっていくために、青の透過が強くなっていくことが分かった。加えてこの時、還元の進行と共に、伝導帯に電子が徐々に注入されて導電体になると共に、バンドギャップはBurstein-Moss効果により徐々に広がるので、青の透過は更に強くなる。
【0028】
加熱還元によって斜方晶が六方晶になる時、斜方晶中のW欠損を含む面欠陥は徐々に消滅して、W-O八面体の六方晶骨格が形成される。W欠損を含む面欠陥は(010)ORTH面上に存在するが、この面は六方晶プリズム面{100}HEX、すなわち[(100)HEX,(010)HEX,(110)HEX]に引き継がれるので、加熱還元と共に徐々に{100}HEX面に欠陥を含む六方晶となる。この時の六方晶は{100}HEX面に欠陥を含むために完全な六方対称からはずれており、擬六方晶とも言える状態である。このように加熱還元と共に結晶構造は、斜方晶から擬六方晶、さらには六方晶へと変化をする。この時斜方晶に含まれていたW欠損を含む(010)ORTH面の面欠陥は、{100}HEX面の面欠陥に継承されて徐々に減少し、最終的に消滅すると考えられる。
【0029】
加熱還元時の結晶構造変化に伴って、電子構造も変化する。W欠損の消滅は材料に多量の電子注入をもたらす。斜方晶ではCsの外殻電子はOの中和に費やされて全体として電荷中性となっているが、W欠損が減少して擬六方晶になると、W原子1個当たり6個の外殻電子がOの中和に費やされることにより、Csの外殻電子は伝導帯下部のW-5d軌道に入って自由電子となる。この自由電子はLSPR吸収により近赤外線の吸収をもたらす。一方加熱還元は、同時にVOを生成する作用がある。VOの生成はランダムなサイトで進行する。VOが生ずるとその両隣のW原子は電荷過剰となり、W5+に束縛された局在電子が発生する(非特許文献2)。この局在電子は伝導帯上部の空位に遷移してポーラロニック吸収をもたらすが、一部は自由電子軌道に励起されてLSPR吸収をもたらす(非特許文献3)。これらの自由電子と束縛電子による吸収は、いずれもピーク波長が近赤外であるために、吸収の裾野が赤の波長にかかり、従って赤の透過性を低くする。自由電子と束縛電子の量が多いほど、すなわち還元の度合いが増すほど、LSPR吸収とポーラロニック吸収波長は高波長へシフトし、吸収量も大きくなるので、赤の透過性は減少する。
【0030】
従って、セシウムタングステン酸化物前駆体nCs2O・mWO3(n,mは整数、3.6≦m/n≦9.0)の結晶粉末を還元し、その際の還元の度合いを調整することで、青系の透過色を中性化できる。
【0031】
以上に説明した本実施形態の電磁波吸収粒子分散体に好適に用いることができる電磁波吸収粒子は、CsおよびWを含むセシウムタングステン酸化物前駆体nCs2O・mWO3の結晶粉末を、650℃以上950℃以下の還元雰囲気中で加熱することにより作製できる。上記セシウムタングステン酸化物の式中のn,mは整数であり、3.6≦m/n≦9.0を満たすことが好ましい。
【0032】
すなわち、電磁波吸収粒子として、セシウムおよびタングステンを含むセシウムタングステン酸化物前駆体nCs2O・mWO3(n,mは整数、3.6≦m/n≦9.0)の結晶粉末を、還元性気体の雰囲気中、650℃以上950℃以下で加熱、還元して得られる粒子を用いることができる。
【0033】
加熱、還元によって全部または一部が六方晶タングステンブロンズとなるためには、上記m/nの値は上述のように3.6≦m/n≦9.0の範囲にある必要がある。もし3.6未満の場合は加熱、還元後に立方晶パイロクロア相となり、着色が強く近赤外線吸収も起こらない。また9.0より大きい場合には、加熱、還元後に六方晶タングステンブロンズと三酸化タングステンに相分離して、近赤外線吸収効果が著しく減少する。上記セシウムタングステン酸化物前駆体は、m/n=5.5である、Cs4W11O35であることがより好ましい。すなわち、電磁波吸収粒子として、主相としてCs4W11O35相を含むセシウムタングステン酸化物前駆体を、還元性気体の雰囲気中、650℃以上950℃以下で加熱、還元して得られる粒子を用いることがより好ましい。Cs4W11O35の高温還元により得られた電磁波吸収粒子を用いた電磁波吸収粒子分散体とすることで、青みの抑制された透過色をもちつつ大きな近赤外線吸収効果が得られる。なお、ここでいう主相とは、質量比で最も多く含まれている相であることを意味する。
【0034】
上述のようにセシウムタングステン酸化物を還元する際の加熱温度は650℃以上950℃以下が好ましい。650℃以上とすることで斜方晶から六方晶への構造変化を十分に進行させ、近赤外線吸収効果を高められる。また、950℃以下とすることで、結晶構造変化のスピードを適切に保ち、容易に適切な結晶状態と電子状態に制御することができる。なお、上記加熱温度を950℃よりも高くし、還元が行き過ぎるとWメタルやWO2などの低級酸化物が生成される場合があり、係る観点からも好ましくない。
【0035】
そして、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体に好適に用いることができる電磁波吸収粒子は、一般式CsxW1-yO3-z(0.2≦x≦0.4、0<y≦0.4、0<z≦0.46)で表わされ、斜方晶または六方晶の結晶構造を備えたセシウムタングステン酸化物を含有できる。
【0036】
電磁波吸収粒子が含有するセシウムタングステン酸化物が、上記一般式を充足することで、W欠損や、酸素の空孔Voの程度が適切な範囲にあり、電磁波吸収粒子分散体とした場合に、日射透過率を抑制しつつも、透過色がよりニュートラルな色調を備えた電磁波吸収粒子分散体とすることができる。
【0037】
なお、電磁波吸収粒子は、上記複合タングステン酸化物からなることもできる。ただし、この場合でも製造工程等で混入する不可避不純物を含有することを排除するものではない。
【0038】
従来知られている電磁波吸収用タングステンブロンズは六方晶構造を有している。一方、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体に用いる電磁波吸収粒子が有する複合タングステン酸化物は、斜方晶または六方晶の結晶構造を有することができる。なお、ここでの六方晶には、擬六方晶も含まれる。
【0039】
電磁波吸収粒子が含有する複合タングステン酸化物は、斜方晶の(010)面、六方晶のプリズム面である{100}面、六方晶の底面である(001)面から選択された1以上の面に、線状または面状の欠陥を有することが好ましい。上記欠陥は、面相互のずれに基づく積層不正や、面内でのCs原子やW原子の配列や原子位置の乱れを含むものであり、そのために往々にして電子線回折スポットにストリークを伴うことがある。上記六方晶のプリズム面である{100}面は、(100)面、(010)面、および(110)面を意味する。複合タングステン酸化物の係る欠陥、すなわち格子欠陥は、少なくともW欠損、具体的にはWの一部欠損を伴っており、このW欠損が結晶中の電子の欠落を招き、既述のようにこれが本質的な原因の一つとなって青色調の中性化に作用する。
【0040】
セシウムタングステン酸化物は欠陥を有し、係る欠陥は、上述のようにタングステン欠損を含むことができる。
【0041】
また、セシウムタングステン酸化物の基本構造である斜方晶または六方晶の結晶を構成するW-O八面体の、Oの一部がさらにランダムに欠損することもできる。この八面体酸素の空孔VOは上述のようにランダムに導入されるものであり、既知の六方晶タングステンブロンズCs0.32WO3-yにおいてはy=0.46またはO全格子点の最大15%に及ぶことが知られている(非特許文献5)。本実施形態の電磁波吸収粒子分散体に用いる電磁波吸収粒子が含有するセシウムタングステン酸化物を示す一般式CsxW1-yO3-zにおいて最大z=0.46の量のVOを含むことができる。すなわちzは0.46以下とすることができる。
【0042】
セシウムタング複合酸化物の格子定数は、結晶格子中の欠陥量、もしくは組成、及び結晶性に対応している。a軸の値はこれらの変数に対してバラつきが観察されるが、c軸の値は格子欠陥量もしくは光学特性と比較的良く対応する。その結果、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体に用いる電磁波吸収粒子が含有するセシウムタングステン酸化物は、六方晶換算のc軸長が7.560Å以上7.750Å以下であることが好ましい。セシウムタングステン酸化物の六方晶換算のc軸長を上記範囲とすることで、近赤外線吸収効果を十分高め、また可視光透過性を特に高められる。なお、セシウムタングステン酸化物が六方晶の場合には換算は不要であり、該六方晶でのc軸長が、上記六方晶換算のc軸長となる。
【0043】
本実施形態の電磁波吸収粒子分散体に用いる電磁波吸収粒子が含有するセシウムタングステン酸化物は、X線粉末回折法で試料の回折パターンを測定すると、斜方晶と六方晶の混合相と同定されることが多い。例えばCs4W11O35の原料を還元していくと、斜方晶Cs4W11O35と六方晶Cs0.32WO3の混相と同定される。この場合はRietveld解析などで各相の格子定数を求め、これらを六方晶換算の値に変換することができる。斜方晶は、既に説明の通り、格子欠陥面をもつ六方晶であるので、斜方晶の格子定数は、適切な格子対応モデルにより六方晶の格子定数へ変換できる。斜方晶と六方晶との間の格子の変化の対応をSolodovnikov1998のモデル(非特許文献4)と仮定すれば、このモデルに対する幾何学的関係から、4aorth
2+borth
2=64ahex
2= 64bhex
2、corth=chexの関係が抽出されるので、これらの式を用いて、すべて六方晶換算の格子定数を求めることができる。なお、上記式中のaorth、borth、corthは斜方晶のa軸、b軸、c軸の長さを意味する。また、ahex、bhex、chexは六方晶のa軸、b軸、c軸の長さを意味する。
【0044】
本実施形態の電磁波吸収粒子分散体に用いる電磁波吸収粒子が含有するセシウムタングステン酸化物は、Csの一部を添加元素により置換されていても良い。この場合、添加元素がNa、Tl、In、Li、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Al、Gaから選択された1種類以上であることが好ましい。
【0045】
上記これらの添加元素は電子供与性があり、CsサイトにあってW-O八面体骨格の伝導帯への電子供与を補助する。
【0046】
本実施形態の電磁波吸収粒子の平均粒径は特に限定されないが、0.1nm以上200nm以下であることが好ましい。これは、電磁波吸収粒子の平均粒径を200nm以下とすることで、局在表面プラズモン共鳴がより顕著に発現されるため、近赤外線吸収特性を特に高めることができる、すなわち日射透過率を特に抑制できるからである。また、電磁波吸収粒子の平均粒径を0.1nm以上とすることで、工業的に容易に製造することができるからである。また粒子径は分散透過膜、すなわち電磁波吸収粒子分散体の色と密接に関係しており、ミー散乱が支配的な粒径範囲では、粒径が小さいほど可視光線領域の短波長の散乱が減少する。従って粒径を大きくすれば青い色調を抑制する作用があるが、100nmを超えると光散乱に伴う膜のヘイズが無視できない大きさとなり、200nmを超えると膜のヘイズの上昇に加えて、表面プラズモンの発生が抑制されてLSPR吸収が過度に小さくなる。
【0047】
ここで、電磁波吸収粒子の平均粒径は、透過型電子顕微鏡像から測定された複数の電磁波吸収粒子のメジアン径や、分散液の動的光散乱法に基づく粒径測定装置で測定される分散粒径から知ることができる。
【0048】
なお、例えば自動車のフロン卜ガラスのように、特に可視光線領域の透明性を重視する用途に適用する場合には、さらに電磁波吸収粒子による散乱低減を考慮することが好ましい。当該散乱低減を重視する場合には、電磁波吸収粒子の平均粒径は30nm以下であることが特に好ましい。
【0049】
平均粒径とは粒度分布における積算値50%での粒径を意味しており、本明細書において他の部分でも平均粒径は同じ意味を有している。平均粒径を算出するための粒度分布の測定方法としては、例えば透過型電子顕微鏡を用いて粒子ごとの粒径の直接測定を用いることができる。また、平均粒径は、上述のように分散液の動的光散乱法に基づく粒径測定装置により測定することもできる。
【0050】
また、電磁波吸収粒子は、表面保護や、耐久性向上、酸化防止、耐水性向上などの目的で、表面処理を施しておくこともできる。表面処理の具体的な内容は特に限定されないが、例えば、本実施形態の電磁波吸収粒子は、電磁波吸収粒子の表面を、Si、Ti、Zr、Alから選択された1種類以上の原子を含む化合物で修飾することができる。この際Si、Ti、Zr、Alから選択された1種類以上の原子(元素)を含む化合物としては、酸化物、窒化物、炭化物等から選択された1種類以上が挙げられる。
【0051】
ここで、セシウムタングステン酸化物、セシウムタングステン酸化物前駆体のバンド構造について説明する。
【0052】
上述の説明のとおり、nCs2O・mWO3(n,mは整数、3.6≦m/n≦9.0)を高温で還元すると、より中性に近い透過色の日射遮蔽材料が得られることが示された。高温還元時には、W欠損の消滅を含む六方晶化とVOの生成により伝導帯に電子が注入され、近赤外線吸収発現の源になると考えられるが、このような電子構造変化を第一原理計算によって裏付ける。
【0053】
図1AにCs
4W
11O
35の結晶構造を示す。また、
図1BにCs
0.33WO
3であるCs
4W
12O
36の結晶構造を示す。
図1A、
図1Bにおいては、セシウム11と、酸素12とが示されている。なお、同じ種類の原子には同じハッチングをつけている。タングステンは酸素12で形成された八面体中に配置されているため、
図1A、
図1Bでは示されていない。
図1BはCs
0.33WO
3を、
図1AのCs
4W
11O
35と対比可能なように斜方晶で軸を取り直した構造である。
【0054】
図1AのCs
4W
11O
35の構造は
図1BのCs
4W
12O
36の結晶構造において、WとOが規則的に欠損した構造となっている。
【0055】
上記
図1A、
図1Bの結晶構造のセシウムタングステン酸化物のバンド構造を、それぞれ
図2A、
図2Bに示す。また、
図1BのCs
4W
12O
36を基準して、Wが1個欠損したCs
4W
11O
36のバンド構造、およびb軸方向に1.5倍のセルにして、Wが1個欠損したCs
6W
17O
54の各バンド構造をそれぞれ
図2C、
図2Dに示す。
【0056】
図2A、
図2Bに示したCs
4W
11O
35のバンド構造、およびCs
4W
12O
36のバンド構造は類似しているが、フェルミエネルギー(E
F)の位置が前者はバンドギャップ内にあり、後者は伝導帯下部にある。従ってCs
4W
11O
35は絶縁体であり、Cs
4W
12O
36は導電体である。Cs
4W
11O
35ではCs
4W
12O
36を基準に見るとWとOが単位胞に各1個不足している。WとOが満ち足りたCs
4W
12O
36では六方晶WO
3のネットワークが構成され、Cs電子がそのW-5d軌道に注入されて導電体になると解釈されている(非特許文献6)。
【0057】
図2CのCs
4W
11O
36は、
図2BのCs
4W
12O
36からWを1個減じた構造である。
【0058】
図2DのCs
6W
17O
54、すなわち3Cs
2O・17WO
3は、
図2BのCs
4W
12O
36、すなわちCs
6W
18O
54からみて電荷中性を保持しながらWを1個減じた構造である。
【0059】
W欠損の量が
図2A、
図2D、
図2Bの順に減少するが、E
Fが順に伝導体底部側に上昇しており、W電子がW-5d軌道に注入されて伝導電子が増加し、近赤外線吸収が大きくなることを裏付けている
Cs
4W
12O
36からOが欠損した場合はすでに詳しい計算例が報告されており、伝導帯底部に局在軌道が導入されると共に自由電子と局在電子が顕著に増加することが分かっている(非特許文献2)。
【0060】
実験的に得られる擬六方晶(斜方晶と六方晶の相転移途中にある中間構造)では、以上の要素が混在した電子状態と考えられる。すなわち還元に伴って、W欠損の消滅を含む六方晶化とVOの生成により、伝導帯に少しずつ電子が注入され、フェルミエネルギーEFがバンドギャップから伝導帯下部へ上がる。
【0061】
これらのバンド構造を元にして、Drude項を含む誘電関数を計算した結果を
図3A、
図3Bに示す。
図3Bに示した誘電関数ε
1のε
1=0の位置に着目すると、遮蔽されたプラズマ周波数(Ω
SP)は、Cs
4W
11O
35、Cs
6W
17O
54、Cs
4W
12O
36、Cs
4W
12O
35の順に増加することが分かる。この順に近赤外線吸収は大きくなると予想されるが、この傾向は観察結果と一致する。
【0062】
図3Aに示した誘電関数ε
2プロットから、セシウムタングステン酸化物では可視領域のε
2は一般に小さいことが分かる。点線31で示した青領域の3.3eVでは、バンド間遷移に規定されて、バンドギャップが狭いCs
4W
11O
35やCs
6W
17O
54の吸収が大きくなる。一方、点線32で示した赤領域の1.6eVでは、表面プラズモン吸収の裾野に影響されて、Cs
4W
12O
35の吸収が大きいことが分かる。赤領域の透過光はΩ
SPが減少する順に減少すると予想される。
図3Aに示した可視光線領域のε
2のプロファイルは、基本的に実験的に観察された
図9Bに対応するものであり、その傾向をよく再現している。すなわち、従来用いられていたセシウムタングステン酸化物と比較し、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体に好適に用いることができる電磁波吸収粒子が含有するセシウムタングステン酸化物において青みが減少した理由は、WとOの欠損があるnCs
2O・mWO
3(3.6≦m/n≦9.0)を原料として用いたことによりW欠損を含むCs
0.33W
1-yO
3―z相が形成され、高エネルギー側の吸収が増加したためと考えられる。nCs
2O・mWO
3(3.6≦m/n≦9.0)の高温還元を調節することによりバンドギャップと伝導帯注入電子量が調節され、青みかかった色調を調節することができる。またその時の近赤外線吸収効果は比較的高い状態で維持されることが確認された。
(電磁波吸収粒子の製造方法)
既述の電磁波吸収粒子の製造方法は特に限定されず、既述の特性を充足する電磁波吸収粒子を製造できる方法であれば特に限定されず用いることができる。ここでは、電磁波吸収粒子の製造方法の一構成例について説明する。
【0063】
電磁波吸収粒子の製造方法は、例えば以下の工程を有することができる。
【0064】
セシウムを含むタングステン酸塩であるセシウムタングステン酸化物前駆体を合成するセシウムタングステン酸化物前駆体合成工程。
セシウムタングステン酸化物前駆体を、還元性気体の雰囲気中、650℃以上950℃以下で加熱、還元する加熱還元工程。
【0065】
以下、各工程について説明する。
(1)セシウムタングステン酸化物前駆体合成工程
セシウムタングステン酸化物前駆体合成工程では、セシウムを含むタングステン酸塩、すなわちセシウムタングステン酸塩であるセシウムタングステン酸化物前駆体を合成できる。セシウムタングステン酸化物前駆体が既に合成されている場合には、本実施形態の電磁波吸収粒子の製造方法は、加熱還元工程から開始することもできる。
【0066】
なお、セシウムタングステン酸塩であるセシウムタングステン酸化物前駆体は、nCs2O・mWO3(n,mは整数、3.6≦m/n≦9.0)の結晶粉末であることが好ましい。セシウムタングステン酸塩であるセシウムタングステン酸化物前駆体としては、安定なセシウムタングステン酸塩であることがより好ましい。安定なセシウムタングステン酸塩としては、Cs4W11O35、Cs2W6O19、Cs6W20O63、Cs2W7O22、Cs6W11O36等から選択された1種類以上が挙げられる。セシウムタングステン酸化物前駆体は特に、主相としてCs4W11O35相を含むセシウムタングステン酸化物前駆体であることがさらに好ましい。
【0067】
これらのセシウムタングステン酸塩は例えば、セシウムやタングステンを含む原料粉末混合物を、大気中700℃以上1000℃以下で焼成することによって調製できる。なお、セシウムタングステン酸塩の製造方法は、上記形態に限定されず、例えばゾルゲル法や錯体重合法等のその他の方法を用いることもできる。
【0068】
また出発原料として用いるセシウムタングステン酸塩として、気相合成などによって得られた非平衡タングステン酸塩を用いても良い。熱プラズマ法による粉体や電子ビーム溶解による粉体などがこれに含まれる。
(2)加熱還元工程
上記した出発物質としてのセシウムタングステン酸化物前駆体、具体的には例えば、斜方晶、単斜晶、擬六方晶から選択された1種以上の結晶構造を有するセシウムタングステン酸塩を、加熱還元工程に供することができる。
【0069】
加熱還元工程では、上述のセシウムタングステン酸化物前駆体を、還元性気体の雰囲気中650℃以上950℃以下で加熱、還元することができる。加熱還元工程を実施することで、所望の組成のセシウムタングステン酸化物を含有する電磁波吸収粒子が得られる。
【0070】
加熱還元処理を行う場合、還元性気体の気流下で行うことが好ましい。還元性気体としては、水素等の還元性ガスと、窒素、アルゴン等から選択された1種類以上の不活性ガスとを含む混合気体を用いることができる。また水蒸気雰囲気や真空雰囲気での加熱その他のマイルドな加熱、還元条件を併用しても良い。
【0071】
なお、本実施形態の電磁波吸収粒子の製造方法は特に上記形態に限定されるものではない。電磁波吸収粒子の製造方法としては、欠陥微細構造を含む所定の構造とすることが可能な種々の方法を用いることができる。電磁波吸収粒子の製造方法は、固相法、液相法、気相法で得たタングステン酸塩を還元処理する方法や、溶融ハロゲン化アルカリ中でWO3を還元する方法等が挙げられる。
【0072】
電磁波吸収粒子の製造方法は、さらに任意の工程を有することもできる。
(3)粉砕工程
既述のように、電磁波吸収粒子は微細化され、微粒子となっていることが好ましい。このため、電磁波吸収粒子の製造方法においては、加熱還元工程により得られた粉末を粉砕する粉砕工程を有することができる。
【0073】
粉砕し、微細化する具体的な手段は特に限定されず、機械的に粉砕することができる各種手段を用いることができる。機械的な粉砕方法としては、ジェットミルなどを用いる乾式の粉砕方法を用いることができる。また、後述する電磁波吸収粒子分散液を得る過程で、溶媒中で機械的に粉砕してもよい。
(4)修飾工程
既述のように、電磁波吸収粒子は、その表面をSi、Ti、Zr、Alから選択された1種類以上の原子を含む化合物で修飾されていても良い。そこで、電磁波吸収粒子の製造方法は、例えば電磁波吸収粒子を、Si、Ti、Zr、Alから選択された1種類以上の原子を含む化合物で修飾する修飾工程をさらに有することもできる。
【0074】
修飾工程において、電磁波吸収粒子を修飾する具体的な条件は特に限定されない。例えば、修飾する電磁波吸収粒子に対して、上記原子群(金属群)から選択された1種類以上の原子を含むアルコキシド等を添加し、電磁波吸収粒子の表面に被膜を形成する修飾工程を有することもできる。
[電磁波吸収粒子分散液]
次に、本実施形態の電磁波吸収粒子分散液の一構成例について説明する。
【0075】
本実施形態の電磁波吸収粒子分散液は、既述の電磁波吸収粒子と、水、有機溶媒、油脂、液状樹脂、液状可塑剤から選択された1種類以上である液状媒体と、を含むことができる。電磁波吸収粒子分散液は、液状媒体に、電磁波吸収粒子が分散された構成を有することが好ましい。
【0076】
液状媒体としては、既述の様に、水、有機溶媒、油脂、液状樹脂、液状可塑剤から選択された1種類以上を用いることができる。
【0077】
有機溶媒としては、アルコール系、ケトン系、炭化水素系、グリコール系、水系など、種々のものを選択することが可能である。具体的には、イソプ口ピルアルコール、メタノール、エタノール、1-プ口パノール、イソプ口パノール、ブタノール、ペンタノール、ベンジルアルコール、ジアセトンアルコール、1-メトキシ-2-プ口パノールなどのアルコール系溶媒;ジメチルケトン、アセトン、メチルエチルケトン、メチルブ口ピルケトン、メチルイソブチルケトン、シク口ヘキサノン、イソホ口ンなどのケトン系溶媒;3-メチルーメトキシ-プ口ピオネ一卜、酢酸ブチルなどのエステル系溶媒;エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールイソプ口ピルエーテル、プ口ピレングリコールモノメチルエーテル、プ口ピレングリコールモノエチルエーテル、プ口ピレングリコールメチルエーテルアセテ一卜、プ口ピレングリコールエチルエーテルアセテ一卜などのグリコール誘導体;フォルムアミド、Nーメチルフォルムアミド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセ卜アミド、N-メチル-2-ピ口リドンなどのアミド類;トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類;エチレンク口ライド、ク口ルベンゼンなどのハロゲン化炭化水素類等から選択された1種類以上を挙げることができる。
【0078】
もっとも、これらの中でも極性の低い有機溶媒が好ましく、特に、イソプ口ピルアルコール、エタノール、1-メトキシ-2-プ口パノール、ジメチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、トルエン、プ口ピレングリコールモノメチルエーテルアセテー卜、酢酸n-ブチルなどがより好ましい。これらの有機溶媒は、1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0079】
油脂としては例えば、アマニ油、ヒマワリ油、桐油等の乾性油、ゴマ油、綿実油、菜種油、大豆油、米糠油等の半乾性油、オリーブ油、ヤシ油、パーム油、脱水ヒマシ油等の不乾性油、植物油の脂肪酸とモノアルコールを直接エステル反応させた脂肪酸モノエステル、エーテル類、アイソパー(登録商標) E、エクソール(登録商標) Hexane、Heptane、E、D30、D40、D60、D80、D95、D110、D130(以上、エクソンモービル製)等の石油系溶剤から選択された1種類以上を用いることができる。
【0080】
液状樹脂としては、例えば液状アクリル樹脂、液状エポキシ樹脂、液状ポリエステル樹脂、液状ウレタン樹脂等から選択された1種類以上を用いることができる。
【0081】
液状可塑剤としては、例えばプラスチック用の液状可塑剤等を用いることができる。
【0082】
電磁波吸収粒子分散液が含有する成分は、上述の電磁波吸収粒子、および液状媒体のみに限定されない。電磁波吸収粒子分散液は、必要に応じてさらに任意の成分を添加、含有することもできる。
【0083】
例えば、電磁波吸収粒子分散液に必要に応じて酸やアルカリを添加して、当該分散液のpHを調整をしてもよい。
【0084】
また、上述した電磁波吸収粒子分散液中において、電磁波吸収粒子の分散安定性を一層向上させ、再凝集による分散粒径の粗大化を回避するために、各種の界面活性剤、カップリング剤等を分散剤として電磁波吸収粒子分散液に添加することもできる。
【0085】
当該界面活性剤、カップリング剤等の分散剤は用途に合わせて選定可能であるが、該分散剤は、アミンを含有する基、水酸基、カルボキシル基、およびエポキシ基から選択された1種類以上を官能基として有するものであることが好ましい。これらの官能基は、電磁波吸収粒子の表面に吸着して凝集を防ぎ、電磁波吸収粒子を用いて成膜した赤外線遮蔽膜中においても電磁波吸収粒子を均一に分散させる効果をもつ。上記官能基(官能基群)から選択された1種類以上を分子中にもつ高分子系分散剤がさらに望ましい。
【0086】
好適に用いることができる市販の分散剤としては、ソルスパース(登録商標)9000、12000、17000、20000、21000、24000、26000、27000、28000、32000、35100、54000、250(日本ルーブリゾール株式会社製)、EFKA(登録商標) 4008、4009、4010、4015、4046、4047、4060、4080、7462、4020、4050、4055、4400、4401、4402、4403、4300、4320、4330、4340、6220、6225、6700、6780、6782、8503(エフカアディティブズ社製)、アジスパー(登録商標) PA111、PB821、PB822、PN411、フェイメックスL-12 (昧の素ファインテクノ株式会社製)、DisperBYK (登録商標) 101、102、106、108、111、116、130、140、142、145、161、162、163、164、166、167、168、170、171、174、180、182、192、193、2000、2001、2020、2025、2050、2070、2155、2164、220S、300、306、320、322、325、330、340、350、377、378、380N、410、425、430(ピックケミ一・ジャパン株式会社製)、ディスパ口ン(登録商標) 1751N、1831、1850、1860、1934、DA-400N、DA-703-50、DA-725、DA-705、DA-7301、DN-900、NS-5210、NVI-8514L(楠本化成株式会社製)、アルフォン(登録商標) UC-3000 、UF-5022、UG-4010、UG-4035、UG-4070(東亞合成株式会社製)等から選択された1種類以上が、挙げられる。
【0087】
電磁波吸収粒子の液状媒体への分散処理方法は、電磁波吸収粒子を液状媒体中へ分散できる方法であれば、特に限定されない。この際、電磁波吸収粒子の平均粒径が200nm以下、となるように分散できることが好ましく、0.1nm以上200nm以下となるように分散できることがより好ましい。
【0088】
電磁波吸収粒子の液状媒体への分散処理方法としては、例えば、ビーズミル、ボールミル、サンドミル、ペイントシェーカー、超音波ホモジナイザーなどの装置を用いた分散処理方法が挙げられる。その中でも、媒体メディア(ビーズ、ボール、オタワサンド)を用いるビーズミル、ボールミル、サンドミル、ペイントシェーカー等の媒体撹拌ミルで粉砕、分散させることが所望とする平均粒径とするために要する時間を短縮する観点から好ましい。媒体撹拌ミルを用いた粉砕-分散処理によって、電磁波吸収粒子の液状媒体中への分散と同時に、電磁波吸収粒子同士の衝突や媒体メディアの電磁波吸収粒子への衝突などによる微粒子化も進行し、電磁波吸収粒子をより微粒子化して分散させることができる。すなわち、粉砕-分散処理される。
【0089】
電磁波吸収粒子の平均粒径は、上述のように0.1nm以上200nm以下であることが好ましい。これは、平均粒径が小さければ、幾何学散乱もしくはミー散乱による、波長400nm以上780nm以下の可視光線領域の光の散乱が低減される結果、例えば本実施形態の電磁波吸収粒子分散液を用いて得られる、電磁波吸収粒子が樹脂等に分散した電磁波吸収粒子分散体が曇りガラスのようになり、鮮明な透明性が得られなくなるのを回避できるからである。すなわち、平均粒径が200nm以下になると、光散乱は上記幾何学散乱もしくはミー散乱のモードが弱くなり、レイリー散乱モードになる。レイリー散乱領域では、散乱光は分散粒径の6乗に比例するため、分散粒径の減少に伴い散乱が低減し透明性が向上するからである。そして、平均粒径が100nm以下になると、散乱光は非常に少なくなり好ましい。
【0090】
ところで、本実施形態の電磁波吸収粒子分散液を用いて得られる、電磁波吸収粒子が樹脂等の固体媒体中に分散した電磁波吸収粒子分散体内の電磁波吸収粒子の分散状態は、固体媒体への分散液の公知の添加方法を行う限り該分散液の電磁波吸収粒子の平均粒径よりも凝集することはない。
【0091】
また、電磁波吸収粒子の平均粒径が0.1nm以上200nm以下であれば、製造される電磁波吸収粒子分散体やその成形体(板、シートなど)が、単調に透過率の減少した灰色系のものになってしまうことを回避できる。
【0092】
本実施形態の電磁波吸収粒子分散液中の電磁波吸収粒子の含有量は特に限定されないが、例えば0.01質量%以上80質量%以下であることが好ましい。これは電磁波吸収粒子の含有量を0.01質量%以上とすることで十分な日射透過率を発揮できるからである。また、80質量%以下とすることで、電磁波吸収粒子を分散媒内に均一に分散させることができるからである。
[電磁波吸収粒子分散体]
次に、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体の一構成例について説明する。
【0093】
本実施形態の電磁波吸収粒子分散体は、既述の電磁波吸収粒子と、固体媒体とを含む。そして、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体は、電磁波吸収粒子が、固体媒体中に分散していることが好ましい。
【0094】
なお、既述の電磁波吸収粒子とは、一般式CsxW1-yO3-z(0.2≦x≦0.4、0<y≦0.4、0<z≦0.46)で表わされ、斜方晶または六方晶の結晶構造を備えたセシウムタングステン酸化物を含有する電磁波吸収粒子である。詳細については既に説明したため、ここでは説明を省略する。
【0095】
以下、本実施形態に係る電磁波吸収粒子分散体について、(1)固体媒体、(2)製造方法、(3)添加剤、(4)適用例の順に説明する。
(1)固体媒体
固体媒体としては熱可塑性樹脂、熱硬化樹脂や紫外線硬化樹脂等の媒体樹脂を挙げることができる。すなわち、固体媒体としては、樹脂を好適に用いることができる。
【0096】
媒体樹脂の具体的な材料は特に限定されないが、例えば、ポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、スチレン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエチレン樹脂、塩化ビニル樹脂、オレフィン樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、フッ素樹脂、エチレン・酢酸ビニル共重合体、ポリビニルアセタール樹脂、紫外線硬化樹脂からなる樹脂群から選択される1種の樹脂、または前記樹脂群から選択される2種以上の樹脂の混合物であることが好ましい。なお、ポリエステル樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート樹脂を好適に用いることができる。
【0097】
これら媒体樹脂は、主骨格にアミンを含有する基、水酸基、カルボキシル基、およびエポキシ基から選択された1種類以上を官能基として備えた高分子系分散剤を含有することもできる。
【0098】
固体媒体は媒体樹脂に限定されず、固体媒体として、金属アルコキシドを用いたバインダーの利用も可能である。当該金属アルコキシドとしては、Si、Ti、Al、Zr等のアルコキシドが代表的である。これら金属アルコキシドを用いたバインダーを加熱等により加水分解・縮重合させることで、固体媒体が酸化物を含有する電磁波吸収粒子分散体とすることも可能である。
【0099】
本実施形態に係る電磁波吸収粒子分散体の電磁波吸収粒子の含有割合は特に限定されないが、電磁波吸収粒子分散体は、電磁波吸収粒子を0.001質量%以上80質量%以下含むことが好ましい。
【0100】
本実施形態の電磁波吸収粒子分散体の形状についても特に限定されないが、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体は、シート形状、ボード形状、またはフィルム形状を備えることが好ましい。電磁波吸収粒子分散体を、シート形状、ボード形状、またはフィルム形状とすることで様々な用途に適用できるためである。
(2)電磁波吸収粒子分散体の製造方法
本実施形態の電磁波吸収粒子分散体の製造方法を、以下に説明する。なお、ここでは電磁波吸収粒子分散体の製造方法の構成例を示しているに過ぎず、既述の電磁波吸収粒子分散体の製造方法が、以下の構成例に限定されるものではない。
【0101】
本実施形態の電磁波吸収粒子分散体は例えばマスターバッチを用いて製造することができる。この場合、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体の製造方法は、例えば、以下のマスターバッチ作製工程を有することもできる。
【0102】
電磁波吸収粒子が固体媒体中に分散したマスターバッチを得るマスターバッチ作製工程。
【0103】
マスターバッチ作製工程では、電磁波吸収粒子が固体媒体中に分散したマスターバッチを作製できる。
【0104】
マスターバッチの具体的な作製方法は特に限定されない。例えば、電磁波吸収粒子分散液や電磁波吸収粒子を、固体媒体中に分散させ、当該固体媒体をペレット化することで、マスターバッチを作製できる。
【0105】
なお、電磁波吸収粒子として、電磁波吸収粒子分散液から液状媒体を除去して得られた電磁波吸収粒子分散粉を用いることもできる。
【0106】
例えば電磁波吸収粒子分散液や、電磁波吸収粒子、電磁波吸収粒子分散粉と、固体媒体の粉粒体またはペレット、および必要に応じて他の添加剤を均一に混合して混合物を調製する。そして、該混合物を、ベント式一軸若しくは二軸の押出機で混練し、溶融押出されたストランドをカットする方法によりペレット状に加工することによって、マスターバッチを製造できる。この場合、ペレットの形状としては円柱状や角柱状のものを挙げることができる。また、ペレットを作製する際、溶融押出物を直接カットするいわゆるホットカット法を採ることも可能である。この場合には球状に近い形状をとることが一般的である。
【0107】
なお、マスターバッチ作製工程において、電磁波吸収粒子分散液を原料として用いる場合、電磁波吸収粒子分散液に由来する液状媒体を低減、除去することが好ましい。この場合、電磁波吸収粒子分散液に含まれていた液状媒体を除去する程度は特に限定されない。例えば当該マスターバッチに残留が許容される量まで、電磁波吸収粒子分散液等から、液状媒体を除去することが好ましい。なお、液状媒体として液状可塑剤を用いた場合は、当該液状可塑剤の全量が電磁波吸収粒子分散体に残留してもよい。
【0108】
電磁波吸収粒子分散液や、電磁波吸収粒子分散液と固体媒体との混合物から、電磁波吸収粒子分散液に含まれていた液状媒体を低減、除去する方法は特に限定されない。例えば、電磁波吸収粒子分散液等を減圧乾燥することが好ましい。具体的には、電磁波吸収粒子分散液等を撹拌しながら減圧乾燥し、電磁波吸収粒子含有組成物と液状媒体の成分とを分離する。当該減圧乾燥に用いる装置としては、真空撹拌型の乾燥機が挙げられるが、上記機能を有する装置であれば良く、特に限定されない。また、乾燥工程の減圧の際の圧力値は適宜選択される。
【0109】
当該減圧乾燥法を用いることで、電磁波吸収粒子分散液に由来する液状媒体等の除去効率が向上するとともに、減圧乾燥後に得られる電磁波吸収粒子分散粉や、原料である電磁波吸収粒子分散液が長時間高温に曝されることがないので、電磁波吸収粒子分散粉や、電磁波吸収粒子分散液中に分散している電磁波吸収粒子の凝集が起こらず好ましい。さらに電磁波吸収粒子分散粉等の生産性も上がり、蒸発した液状媒体等の溶媒を回収することも容易で、環境的配慮からも好ましい。
【0110】
当該乾燥工程後に得られた電磁波吸収粒子分散粉等においては、沸点120℃以下の溶媒成分を充分除去することが好ましい。例えば、係る溶媒成分の残留量が2.5質量%以下であることが好ましい。残留する溶媒成分が2.5質量%以下であれば、当該電磁波吸収粒子分散粉等を、例えば電磁波吸収粒子分散体へと加工した際に気泡が発生せず、外観や光学特性が良好に保たれるからである。また、電磁波吸収粒子分散粉に残留する溶媒成分が2.5質量%以下であれば、電磁波吸収粒子分散粉の状態で長期保管した際に、残留した溶媒成分の自然乾燥による凝集が発生せず、長期安定性が保たれるからである。
【0111】
得られたマスターバッチは、固体媒体を追加して混練することにより電磁波吸収粒子分散体に含まれる電磁波吸収粒子の分散状態が維持されたまま、その分散濃度を調整できる。
【0112】
また、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体の製造方法は、必要に応じて、得られたマスターバッチや、上述のようにマスターバッチに固体媒体を追加したものについて、成形し、所望の形状の電磁波吸収粒子分散体とする成形工程を有することができる。
【0113】
電磁波吸収粒子分散体を成形する具体的な方法は特に限定されないが、例えば公知の押出成形法、射出成形法等の方法を用いることができる。
【0114】
成形工程では、例えば、平面状や曲面状に成形されたシート形状、ボード形状、またはフィルム形状の電磁波吸収粒子分散体を製造できる。シート形状、ボード形状、またはフィルム形状に成形する方法は特に限定されず、各種公知の方法を用いることができる。例えば、カレンダーロール法、押出法、キャスティング法、インフレーション法等を用いることができる。
【0115】
本実施形態の電磁波吸収粒子分散体の製造方法は上記マスターバッチ作製工程を有する形態に限定されるものではない。
【0116】
例えば、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体の製造方法は、以下の工程を有する形態とすることもできる。
【0117】
固体媒体のモノマー、オリゴマーおよび未硬化で液状の固体媒体前駆体と、電磁波吸収粒子(電磁波吸収粒子分散粉)や電磁波吸収粒子分散液とを混合して、電磁波吸収粒子分散体前駆液を調製する前駆液調製工程。
【0118】
上記モノマー等の固体媒体前駆体を縮合や重合等の化学反応によって硬化させ、電磁波吸収粒子分散体を作製する電磁波吸収粒子分散体作製工程。
【0119】
例えば、固体媒体としてアクリル樹脂を用いる場合、アクリルモノマーやアクリル系の紫外線硬化樹脂と、電磁波吸収粒子とを混合して、電磁波吸収粒子分散体前駆液を得ることができる。
【0120】
次いで、当該電磁波吸収粒子分散体前駆液を所定の鋳型などに充填しラジカル重合を行えば、アクリル樹脂を用いた電磁波吸収粒子分散体が得られる。
【0121】
固体媒体として架橋により硬化する樹脂を用いる場合も、上述したアクリル樹脂を用いた場合と同様に、電磁波吸収粒子分散体前駆液に架橋反応をさせることで分散体を得ることができる。
【0122】
(3)添加剤
固体媒体として媒体樹脂を用いる場合、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体は、通常、これらの樹脂に添加される可塑剤、難燃剤、着色防止剤およびフィラー等の公知の添加剤(添加物)を含有することもできる。もっとも、既述の様に固体媒体は媒体樹脂に限定されず、金属アルコキシドを用いたバインダーの利用も可能である。
【0123】
本実施形態に係る電磁波吸収粒子分散体の形状は特に限定されないが、既述の様に、例えばシート形状、ボード形状、またはフィルム形状の形態をとることができる。
【0124】
シート形状、ボード形状、またはフィルム形状の電磁波吸収粒子分散体を合わせガラスなどの透明基材中間層として用いる場合、当該電磁波吸収粒子分散体に含まれる固体媒体が、そのままでは柔軟性や透明基材との密着性を十分に有しない場合がある。この場合、電磁波吸収粒子分散体は、可塑剤を含有することが好ましい。具体的には例えば、当該固体媒体がポリビニルアセタール樹脂であり、上述の用途に用いる場合は、電磁波吸収粒子分散体はさらに可塑剤を含有することが好ましい。
【0125】
上述した可塑剤としては、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体に用いる固体媒体において可塑剤として用いられる物質を用いることができる。例えば、ポリビニルアセタール樹脂で構成された電磁波吸収粒子分散体に用いられる可塑剤としては、一価アルコールと有機酸エステルとの化合物である可塑剤、多価アルコール有機酸エステル化合物等のエステル系である可塑剤、有機リン酸系可塑剤等のリン酸系である可塑剤が挙げられる。いずれの可塑剤も、室温で液状であることが好ましい。なかでも、多価アルコールと脂肪酸から合成されたエステル化合物である可塑剤が好ましい。
(4)適用例
本実施形態の電磁波吸収粒子分散体は、各種態様で用いることができ、その使用、適用態様は特に限定されない。以下に、本実施形態の電磁波吸収粒子分散体の適用例として、電磁波吸収透明基材、電磁波吸収用中間膜、電磁波吸収積層体について説明する。
(4-1)電磁波吸収透明基材
本実施形態の電磁波吸収透明基材は、透明基材と、透明基材の少なくとも一方の面に電磁波吸収層とを備えており、電磁波吸収層を既述の電磁波吸収粒子分散体とすることができる。
【0126】
本実施形態の電磁波吸収透明基材は、上述の様に透明基材を有することができる。透明基材としては、例えば透明フィルム基材、および透明ガラス基材から選択された1種類以上を好ましく用いることができる。
【0127】
フィルム基材は、フィルム形状に限定されることはなく、例えば、ボード形状でもシート形状でも良い。当該フィルム基材の材料としては、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、ウレタン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレン樹脂、エチレン酢酸ビニル共重合体、塩化ビニル樹脂、フッ素樹脂等から選択された1種類以上を好適に用いることができ、各種目的に応じて使用可能である。もっとも、フィルム基材の材料としては、ポリエステル樹脂であることが好ましく、特にポリエチレンテレフタレート樹脂(PET樹脂)であることがより好ましい。すなわち、フィルム基材は、ポリエステル樹脂フィルムであることが好ましく、ポリエチレンテレフタレート樹脂フィルムであることがより好ましい。
【0128】
透明基材としてフィルム基材を用いる場合、フィルム基材の表面は、電磁波吸収層の接着の容易さを実現するため、表面処理がなされていることが好ましい。
【0129】
また、ガラス基材もしくはフィルム基材と電磁波吸収層との接着性を向上させるために、ガラス基材上もしくはフィルム基材上に中間層を形成し、中間層上に電磁波吸収層を形成することも好ましい構成である。中間層の構成は特に限定されるものではなく、例えばポリマフィルム、金属層、無機層(例えば、シリカ、チタニア、ジルコニア等の無機酸化物層)、有機/無機複合層等により構成することができる。
【0130】
電磁波吸収粒子分散体については既述のため、ここでは説明を省略する。なお、電磁波吸収粒子分散体の形状は特に限定されないが、例えばシート形状、ボード形状、またはフィルム形状を備えることが好ましい。
【0131】
本実施形態の電磁波吸収透明基材の製造方法について説明する。
【0132】
本実施形態の電磁波吸収透明基材は、例えば既述の電磁波吸収粒子分散液を用いて、透明基材上へ、電磁波吸収粒子が固体媒体に分散された電磁波吸収粒子分散体である電磁波吸収層を形成することで製造できる。
【0133】
そこで、本実施形態の電磁波吸収透明基材の製造方法は、例えば以下の工程を有することができる。
【0134】
透明基材の表面に、既述の電磁波吸収粒子分散液を含む塗布液を塗布する塗布工程。
塗布液中の液状媒体を蒸発させた後、電磁波吸収層を形成する電磁波吸収層形成工程。
【0135】
塗布工程で用いる塗布液は、例えば、既述の電磁波吸収粒子分散液に、樹脂や、金属アルコキシド等の固体媒体、または固体媒体前駆体を添加、混合して作製できる。
【0136】
固体媒体前駆体は、既述の様に固体媒体のモノマー、オリゴマー、および未硬化の固体媒体から選択された1種類以上を意味する。
【0137】
透明基材上にコーティング膜である電磁波吸収層を形成すると、該電磁波吸収層は、セシウムタングステン酸化物粒子が固体媒体に分散されている状態となる。このため、係る電磁波吸収層が電磁波吸収粒子分散体となる。このように、透明基材の表面に電磁波吸収粒子分散体を設けることで、電磁波吸収透明基材を作製できる。
【0138】
固体媒体や、固体媒体前駆体については、(1)電磁波吸収粒子分散体や、(2)電磁波吸収粒子分散体の製造方法において説明したため、ここでは説明を省略する。
【0139】
透明基材上へ電磁波吸収層を設けるために、透明基材上に塗布液を塗布する方法は、透明基材表面へ塗布液を均一に塗布できる方法であればよく、特に限定されない。例えば、バーコート法、グラビヤコート法、スプレーコート法、ディップコート法、スピンコート法、スクリーン印刷、ロールコート法、流し塗り、等を挙げることができる。
【0140】
ここでは、媒体樹脂として紫外線硬化樹脂を用い、バーコート法を用いて塗布し、電磁波吸収層を形成する場合を例に、透明基材表面への電磁波吸収層の作製手順を説明する。
【0141】
適度なレベリング性をもつように濃度、および添加剤を適宜調整した塗布液を、電磁波吸収層の厚み、および電磁波吸収粒子の含有量を合目的に満たすことのできるバー番号のワイヤーバーを用いて透明基材上に塗布する。そして、塗布液中に含まれる液状媒体等の溶媒を乾燥により除去した後、紫外線を照射し硬化させることで、透明基材上に電磁波吸収層であるコーティング層を形成できる。
【0142】
塗膜の乾燥条件としては、各成分、溶媒の種類や使用割合によっても異なるが、通常では60℃以上140℃以下の温度で20秒間以上10分間以下程度である。紫外線の照射には特に制限はなく、例えば超高圧水銀灯などの紫外線露光機を好適に用いることができる。
【0143】
その他、電磁波吸収層の形成の前後工程(前工程、後工程)により、基材と電磁波吸収層の密着性、コーティング時の塗膜の平滑性、有機溶媒の乾燥性などを操作することもできる。前記前後工程としては、例えば基材の表面処理工程、プリベーク(基材の前加熱)工程、ポストベーク(基材の後加熱)工程などが挙げられ、適宜選択することができる。プリベーク工程やポストベーク工程における加熱温度は、例えば80℃以上200℃以下、加熱時間は30秒間以上240秒間以下であることが好ましい。
【0144】
本実施形態の電磁波吸収透明基材の製造方法は上記方法に限定されない。本実施形態の電磁波吸収透明基材の製造方法の他の構成例として、以下の工程を有する形態も挙げられる。
【0145】
既述の電磁波吸収粒子分散液を透明基材の表面に塗布し、乾燥させる電磁波吸収粒子分散液塗布、乾燥工程。
電磁波吸収粒子分散液を塗布した面上に、樹脂や、金属アルコキシド等の固体媒体や、固体媒体前駆体を用いたバインダーを塗布、硬化させるバインダー塗布、硬化工程。
【0146】
この場合、電磁波吸収粒子分散液塗布、乾燥工程により、透明基材の表面に電磁波吸収粒子を分散させた膜が形成される。なお、電磁波吸収粒子分散液は、既述の電磁波吸収透明基材の製造方法の塗布工程について説明したものと同様の方法により塗布できる。
【0147】
そして、該電磁波吸収粒子を分散させた膜上にバインダーを塗布し、硬化させることで、電磁波吸収粒子間に硬化したバインダーが配置され、電磁波吸収層を形成できる。
【0148】
電磁波吸収透明基材は、電磁波吸収粒子分散体の表面にさらにコート層を有することもできる。すなわち多層膜を備えることもできる。
【0149】
コート層は、例えばSi、Ti、Zr、Alから選択された1種類以上を含む酸化物のコーティング膜とすることができる。この場合、コート層は、例えば電磁波吸収層上へ、Si、Ti、Zr、Alのいずれか1種類以上を含むアルコキシド、および当該アルコキシドの部分加水分解縮重合物から選択された1種類以上を含有する塗布液を塗布した後、加熱することで形成できる。
【0150】
コート層を設けることで、コーティングされた成分が、第1層における電磁波吸収粒子の堆積した間隙を埋めて成膜され可視光の屈折を抑制するため、膜のヘイズ値がより低減して可視光線透過率を向上できる。また、電磁波吸収粒子の基材への結着性を向上できる。
【0151】
ここで、電磁波吸収粒子単体、あるいは電磁波吸収粒子を含有する膜上に、Si、Ti、Zr、Alのいずれか1種類以上を含むアルコキシドや、これらの部分加水分解縮重合物からなるコーティング膜を形成する方法としては、成膜操作の容易さやコストの観点から塗布法が好ましい。
【0152】
上記塗布法に用いるコーティング液としては、水やアルコールなどの溶媒中に、Si、Ti、Zr、Alのいずれか1種類以上を含むアルコキシドや、当該アルコキシドの部分加水分解縮重合物を1種類以上含むものを好適に用いることができる。上記コーティング液における上記アルコキシド等の含有量は特に限定されないが、例えば加熱後に得られるコーティング中の酸化物換算で40質量%以下が好ましい。また、必要に応じて酸やアルカリを添加してpH調整することもできる。
【0153】
当該コーティング液を、電磁波吸収粒子を主成分とする膜上に、第2層として塗布し加熱することで、コート層であるSi、Ti、Zr、Alから選択された1種類以上を含む酸化物被膜を容易に形成できる。本実施形態に係る塗布液に使用するバインダー成分またはコーティング液の成分として、オルガノシラザン溶液を用いることも好ましい。
【0154】
無機バインダーやコーティング膜として、Si、Ti、Zr、Alのいずれか1種類以上の金属アルコキシド、およびその加水分解重合物を含む電磁波吸収粒子分散液や、コーティング液の塗布後の基材加熱温度は特に限定されない。例えば基材加熱温度は100℃以上が好ましく、電磁波吸収粒子分散液等の塗布液中の溶媒の沸点以上であることがより好ましい。
【0155】
これは、基材加熱温度が100℃以上であると、塗膜中に含まれる金属アルコキシドまたは当該金属アルコキシドの加水分解重合物の重合反応が完結できるからである。また、基材加熱温度が100℃以上であると、溶媒である水や有機溶媒が膜中に残留することがほとんどないので、加熱後の膜において、これら溶媒が可視光線透過率低減の原因とならないからである。
【0156】
本実施形態の電磁波吸収透明基材の、透明基材上における電磁波吸収層の厚みは、特に限定されないが、実用上は10μm以下であることが好ましく、6μm以下であることがより好ましい。これは電磁波吸収層の厚みが10μm以下であれば、十分な鉛筆硬度を発揮して耐擦過性を有することに加えて、電磁波吸収層における溶媒の揮散およびバインダーの硬化の際に、基材フィルムの反り発生等の工程異常発生を回避できるからである。
(4-2)電磁波吸収用中間膜、電磁波吸収積層体
本実施形態の電磁波吸収積層体は、既述の電磁波吸収粒子分散体と透明基材とを含む積層構造を有することができる。本実施形態の電磁波吸収積層体は、既述の電磁波吸収粒子分散体と、透明基材とを要素にもち、これらを積層した積層体とすることができる。
【0157】
電磁波吸収積層体として、例えば2枚以上の複数枚の透明基材と、既述の電磁波吸収粒子分散体とを積層した例が挙げられる。この場合、電磁波吸収粒子分散体は、例えば透明基材の間に配置し、電磁波吸収用中間膜として用いることができる。
【0158】
この場合、電磁波吸収用中間膜は、シート形状、ボード形状、またはフィルム形状のいずれかの形状を有することが好ましい。
【0159】
透明基材は、可視光線領域において透明な板ガラス、板状のプラスチック、フィルム状のプラスチックから選択された1種類以上を好適に用いることができる。
【0160】
透明基材として、プラスチックを用いる場合、プラスチックの材質は、特に限定されるものではなく用途に応じて選択可能であり、例えばポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、塩化ビニル樹脂、オレフィン樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、アイオノマー樹脂、フッ素樹脂等から選択された1種類以上を使用可能である。なお、ポリエステル樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート樹脂を好適に用いることができる。
【0161】
透明基材は、日射遮蔽機能を有する粒子を含有していてもよい。日射遮蔽機能を有する粒子としては、近赤外線遮蔽特性を有する電磁波吸収粒子を用いることができる。
【0162】
複数枚の透明基材間に挟持される中間層の構成部材として既述の電磁波吸収粒子分散体を介在させることで、可視光線を透過しつつ近赤外線遮蔽機能を備えた電磁波吸収積層体の1種である日射遮蔽合わせ構造体を得ることができる。
【0163】
なお、電磁波吸収粒子分散体を挟持して対向する複数枚の透明基材を、公知の方法で貼り合わせ、一体化することで、上述の電磁波吸収積層体とすることもできる。
【0164】
既述の電磁波吸収粒子分散体を電磁波吸収用中間膜として用いる場合、固体媒体としては、電磁波吸収粒子分散体で説明したものを用いることができる。ただし、電磁波吸収用中間膜と、透明基材との密着強度を高める観点からは、固体媒体はポリビニルアセタール樹脂であることが好ましい。
【0165】
本実施形態の電磁波吸収用中間膜は、既述の電磁波吸収粒子分散体の製造方法により製造でき、例えばシート形状、ボード形状、またはフィルム形状のいずれかの形状を有する電磁波吸収用中間膜とすることができる。
【0166】
なお、電磁波吸収用中間膜が、柔軟性や透明基材との密着性を十分に有しない場合は、媒体樹脂用の液状可塑剤を添加することが好ましい。例えば、電磁波吸収用中間膜に用いた媒体樹脂がポリビニルアセタール樹脂である場合は、ポリアセタール樹脂用の液状可塑剤の添加は、透明基材との密着性向上に有益である。
【0167】
可塑剤としては、媒体樹脂に対して可塑剤として用いられる物質を用いることができる。例えばポリビニルアセタール樹脂で構成された赤外線遮蔽フィルムに用いられる可塑剤としては、一価アルコールと有機酸エステルとの化合物である可塑剤、多価アルコール有機酸エステル化合物等のエステル系である可塑剤、有機リン酸系可塑剤等のリン酸系である可塑剤が挙げられる。いずれの可塑剤も、室温で液状であることが好ましい。なかでも、多価アルコールと脂肪酸から合成されたエステル化合物である可塑剤が好ましい。
【0168】
また、電磁波吸収用中間膜には、シランカップリング剤、カルボン酸の金属塩、金属の水酸化物、金属の炭酸塩から成る群から選択される少なくとも1種を添加することもできる。カルボン酸の金属塩、金属の水酸化物、金属の炭酸塩を構成する金属は特に限定されないが、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、マンガン、セシウム、リチウム、ルビジウム、亜鉛から選択される少なくとも1種であることが好ましい。電磁波吸収用中間膜において、カルボン酸の金属塩、金属の水酸化物、金属の炭酸塩から成る群から選択される少なくとも1種の含有量が、電磁波吸収粒子に対して1質量%以上100質量%以下であることが好ましい。
【0169】
さらに、電磁波吸収用中間膜は、必要に応じて既述の電磁波吸収粒子に加えて、Sb、V、Nb、Ta、W、Zr、F、Zn、Al、Ti、Pb、Ga、Re、Ru、P、Ge、In、Sn、La、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、Ho、Y、Sm、Eu、Er、Tm、Tb、Lu、Sr、Caから成る群から選択される2種類以上の元素を含む酸化物粒子、複合酸化物粒子、ホウ化物粒子のうちの少なくとも1種類以上の粒子を含有することもできる。電磁波吸収用中間膜は、係る粒子を、電磁波吸収粒子との合計を100質量%とした場合に、5質量%以上95質量%以下の範囲で含有できる。
【0170】
電磁波吸収積層体は、透明基材間に配置された中間膜の少なくとも1層に、紫外線吸収剤を含有してもよい。紫外線吸収剤としては、マロン酸エステル構造を有する化合物、シュウ酸アニリド構造を有する化合物、ベンゾトリアゾール構造を有する化合物、ベンゾフェノン構造を有する化合物、トリアジン構造を有する化合物、ベンゾエート構造を有する化合物、ヒンダードアミン構造を有する化合物等から選択された1種類以上が挙げられる。
【0171】
なお、電磁波吸収積層体の中間層は、本実施形態に係る電磁波吸収用中間膜のみで構成して良いのは勿論である。
【0172】
ここで説明した電磁波吸収用中間膜は、電磁波吸収粒子分散体の一態様である。本実施形態に係る電磁波吸収粒子分散体は、可視光線を透過する2枚以上の透明基材に挟持されることなく使用できることはもちろんである。すなわち、本実施形態に係る電磁波吸収粒子分散体は、単独で電磁波吸収粒子分散体として成立できるものである。
【0173】
本実施形態に係る電磁波吸収積層体は、上述のような、透明基材間に電磁波吸収粒子分散体を配置した形態に限定されるものではなく、電磁波吸収粒子分散体と、透明基材とを含む積層構造を有するものであれば、任意の構成を採ることができる。
【実施例】
【0174】
以下、実施例を参照しながら本発明をより具体的に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0175】
ここでまず以下の実施例、比較例における評価方法について説明する。
(化学分析)
得られた電磁波吸収粒子の化学分析は、Csについては原子吸光分析(AAS)により、W(タングステン)についてはICP発光分光分析(1CP―OES)により行った。また、Oについては軽元素分析装置(LECO社製、型式ON―836)を用いて、Heガス中で試料を融解しルツボ中のカーボンと反応したCOガスをIR吸収分光法で定量する方法で分析した。表1中には、化学分析により求めた各元素の含有割合から、W(タングステン)を1とした場合の組成比を算出し、併せて示している。なお、以下の実施例1~実施例13においては、W欠損を有するセシウムタングステン複合酸化物を含む電磁波吸収粒子である粉末が得られている。このため、実施例1~実施例13で得られた電磁波吸収粒子である粉末A~粉末Mについて、表1に示したWを1とした場合の組成比に、W欠損に応じた値をかけることで得られた組成比は、いずれも一般式CsxW1-yO3-z(0.2≦x≦0.4、0<y≦0.4、0<z≦0.46)を充足することを確認できている。
(X線回折測定)
X線回折測定はSpectris社のX'Pert-PRO/MPD装置でCu-Kα線を用いて粉末XRD測定することで実施した。
【0176】
標準サンプル(NIST640e)で回折角を較正してから測定を行った。そして、得られたXRD回折パターンについてリ一卜ベルト解析を行ない、結晶相の格子定数を求めた。なお、斜方晶が含まれている場合は表1中、Rと表記し、六方晶が含まれている場合にはHと表記する。また、斜方晶と六方晶とが含まれている場合には、表1中、R+Hと表記する。
【0177】
斜方晶と六方晶の混相の場合は、各相に対する格子定数を求めた。そして、斜方晶の格子定数は、以下の格子対応モデルにより六方晶の格子定数へ変換した。斜方晶と六方晶との間の格子の変化の対応は、Solodovnikov1998のモデル(非特許文献4)から抽出した式、4aorth
2+borth
2=64ahex
2= 64bhex
2、corth=chexを用いて、六方晶換算の格子定数を求めた。なお、上記式中のaorth、borth、corthは斜方晶のa軸、b軸、c軸の長さを意味する。また、ahex、bhex、chexは六方晶のa軸、b軸、c軸の長さを意味する。
(電磁波吸収透明基材の光学特性)
電磁波吸収透明基材の可視光線透過率(VLT)、および日射透過率(ST)は、ISO 9050およびJIS R 3106に準拠して測定を行った。具体的には、日立製作所(株)製の分光光度計U-4100を用いて透過率を測定し、太陽光のスペクトルに応じた係数を乗じて算出した。透過率の測定に当たっては波長300nm以上2100nm以下の範囲について、5nm間隔で測定を行った。L*a*b*色指数は、JIS Z 8701に準拠して、D65標準光源、光源角度10°に対する三刺激値X、Y、Zを算出し、三刺激値からJIS Z 8729に準拠して求めた。RGB色指数も同様にして三刺激値から算出した。
[実施例1]
炭酸セシウム(Cs2CO3)と三酸化タングステン(WO3)をモル比でCs2CO3:WO3=2:11の比率となるように秤量、混合、混練して得られた混練物をカーボンボートに入れ、大気中、管状炉で、850℃で20時間を2回加熱し、ごく薄く緑がかった白色粉末である粉末A´を得た。なお、加熱する際、850℃で20時間加熱後に、一度取り出して粉砕・混合した後同じ条件で再加熱した。
【0178】
得られた白色粉末である粉末A´について、以下のように評価を行った。
【0179】
X線粉末回折パターンは、僅かにCs6W11O36が混じったが、ほぼCs4W11O35単相(ICDD 00-51-1891)と同定された。
【0180】
格子定数は、a=14.6733Å、b=52.3841Å、c=7.7424Åと測定された。係る値は、Solodovnikov(非特許文献4)の値である、a=14.6686Å、b=52.3971Å、c=7.7356Åに極めて近かった。この白色粉末の化学分析結果はCs0.36WO3.18となり、ほぼ秤量組成に一致した。
【0181】
次に、得られた白色粉末である粉末A´のTEM観察を行なった。制限視野電子線回折パターンを取ると、斜方晶のスポットパターンが得られた。
図4に斜方晶のc軸方向から取ったスポットパターンを示す。b軸方向にb/8周期の周期性が出ており、WとOの欠損面の存在が確認された。またb軸方向に走るストリークから、b面には多少の面欠陥が存在することが分かった。このc軸晶帯軸のスポットパターンは6回対称に近いが、(480)と(4-80)スポットの角度が52.2°と、6回対称の場合の60°からずれており、b/8周期に入ったWとOの欠損面のために6回対称からずれたと考えられる。
【0182】
得られた白色粉末であるCs4W11O35粉末を、カーボンボートに薄く平らに敷き詰めて、管状炉内に配置し、Arガス気流中で室温から800℃まで加熱した。800℃で温度を保持しながら、Arガスをキャリアーとした1vol%H2ガス(以下、vol%を単に%で記載する)を混合させた気流に切り替えて、5分間還元した後、H2ガスを停止し、Arガス気流のみで100℃まで徐冷し、その後Arガス気流を止めて室温まで徐冷し、粉末Aを取り出した。取り出した粉末Aの色調は水色だった。
【0183】
粉末AのXRDパターンは斜方晶と六方晶の2相混合パターンを示した。Rietveld法で各相の格子定数を求めたところ、斜方晶はa=14.6609Å、b=52.4040Å、c=7.7419Å(六方晶換算値はa=7.5062Å、c=7.7419Å)、六方晶はa=7.4170Å、c=7.5752Åであった。c軸の値は両者とも7.560Å≦c≦7.750Åの範囲にあることを確認した。
【0184】
次に粉末AのTEM観察を行なったところ、斜方晶粒子と、擬六方晶の粒子が観察された。
【0185】
ここで、
図5に擬六方晶粒子の電子線回折像を示す。擬六方晶粒子は、
図5の[001]
HEX晶帯軸の電子線回折像が示すように、六方晶に近い回折パターンを示した。ここで(200)
HEXと(110)
HEXの面間角度は59.2°と測定され、ほぼ六方晶に近い値であった。
【0186】
次に粉末Aを、STEM-HAADFモードで観察した(STEM: scanning transmission electron microscopy、HAADF:High-angle annular dark field)。
【0187】
擬六方晶粒子の[221]晶帯軸から観察したHAADF像を
図6に示す。HAADFモードでは原子番号と、投影方向の原子存在確率に比例した明度で原子の粒が観察されるので、
図6に暗く見える(110)
HEXに沿った線状の領域は、原子番号が最も大きいWの欠損と同定された。このようなW欠損領域のトレースは、別方向からの観察により、(110)
HEXに面状に広がっていることが確認された。また、コントラストの薄いトレースの一部は線状に収縮していると考えられる。
【0188】
本実施例では加熱還元処理を5分間と後述する他の実施例よりも短い時間としており、高温での還元初期には、斜方晶(010)ORTHのW欠陥が収縮して擬六方晶へと構造転移が起こり、擬六方晶においては{100}HEX面に収縮途中の多くのW欠損領域が観察できた。
[実施例2]
実施例1で得た粉末A´であるCs4W11O35粉末を、カーボンボートに薄く平らに敷き詰めて、管状炉内に配置し、Arガス気流中で室温から800℃まで加熱した。800℃で温度を保持しながら、Arガスをキャリアーとした1%H2ガスを混合させた気流に切り替え、15分間還元した後、H2ガスを停止し、Arガス気流のみで100℃まで徐冷し、その後Arガス気流を止めて室温まで徐冷し、粉末Bを取り出した。取り出した粉末Bの色調は青色だった。
【0189】
粉末BのXRDパターンは斜方晶と六方晶の2相混合パターンを示した。Rietveld法で各相の格子定数を求めたところ、斜方晶はa=14.6576Å、b=52.4315Å、c=7.7412Å(六方晶換算値はa=7.5088Å、c=7.7412Å)、六方晶はa=7.4122Å、c=7.5940Åを得た。c軸の値は両者とも7.560Å≦c≦7.750Åの範囲にあることを確認した。
【0190】
次に粉末BのTEM観察を行なったところ、実施例1で得られた粉末Aの場合と同様に、斜方晶粒子と、擬六方晶の粒子が観察された。擬六方晶粒子は、
図7の[001]
HEX晶帯軸の電子線回折像が示すように、六方晶に近い回折パターンを示した。ここで(200)
HEXと(110)
HEXの面間角度は59.5°と測定され、ほぼ六方晶に近い値であった。
[実施例3]
実施例1で得た粉末A´であるCs
4W
11O
35粉末を、カーボンボートに薄く平らに敷き詰めて、管状炉内に配置し、Arガス気流中で室温から800℃まで加熱した。800℃で温度を保持しながら、Arガスをキャリアーとした1%H
2ガスを混合させた気流に切り替え、30分間還元した後、H
2ガスを停止し、Arガス気流のみで100℃まで徐冷し、その後Arガス気流を止めて室温まで徐冷し、粉末Cを取り出した。取り出した粉末Cの色調は濃青色だった。
【0191】
粉末CのXRDパターンは斜方晶と六方晶の2相混合パターンを示した。Rietveld法で各相の格子定数を求めたところ、斜方晶はa=14.6649Å、b=52.4010Å, c=7.7451Å(六方晶換算値はa= 7.5064Å、c=7.7451Å)、六方晶はa=7.4076Å、c=7.6107Åを得た。c軸の値は両者とも7.560Å≦c≦7.750Åの範囲にあることを確認した。
【0192】
次に粉末CのTEM観察を行なったところ、実施例1で得られた粉末Aの場合と同様に斜方晶粒子と、擬六方晶の粒子が観察された。擬六方晶粒子は、
図8の[001]晶帯軸の電子線回折像が示すように、六方晶の回折パターンを示した。ここで(200)
HEXと(110)
HEXの面間角度は60.0°と測定され、六方晶の値となった。
[実施例4~実施例7]
実施例1で得た粉末A´であるCs
4W
11O
35粉末を、還元処理する際の還元時間を、表1に示すように35分~90分に変えた。以上の点以外は実施例1の粉末Aを作製した場合と同様にして、粉末D、粉末E、粉末F、粉末Gを作製した。粉末D~粉末Gの粉末色調はすべて濃青色であり、XRD格子定数は、表に示すとおりである。
【0193】
なお、表1に示したように、実施例4においては、斜方晶の相も観察され、六方晶に換算したc軸長さは、7.7440Å(実施例4)であった。
[実施例8~実施例11]
実施例1で得た粉末A´であるCs4W11O35粉末を、加熱還元処理する際の加熱温度と還元時間を、表1に示すように変更した。具体的には、実施例8では650℃で120分間、実施例9では700℃で60分間、実施例10では900℃で10分間、実施例11では950℃で20分間とした。以上の点以外は実施例1の粉末Aを作製した場合と同様にして、粉末H、粉末I、粉末J、粉末Kを作製した。それぞれ水色、青色、濃青色、濃青色の粉末が得られた。得られた各粉末のXRDパターンから求めた格子定数は、表1に示す通りであった。
【0194】
なお、表1に示したように、実施例8、9や、以下の実施例12、13においては、斜方晶の相も観察され、六方晶に換算したc軸長さは、7.7428Å(実施例8)、7.7471Å(実施例9)、7.7449Å(実施例12)、7.7466Å(実施例13)であった。
[実施例12]
炭酸セシウムと三酸化タングステンをモル比でCs2CO3:WO3=3:11の比率で混合してカーボンボートに薄く平らに敷き詰めて、管状炉内に配置し、850℃で5時間加熱して、ごく薄く緑がかった白色粉末を得た。この白色粉末の主相はCs6W11O36(ICDD1-70-632)と同定されたが、Cs4W11O35との混相であった。
【0195】
得られた白色粉末を、1%H2-N2気流中、800℃で30分間熱処理し、濃青色の粉末Lを得た。
【0196】
粉末LのXRDパターンは、斜方晶と六方晶の2相混合パターンを示した。得られた粉末LのXRDパターンから求めた格子定数は、表1に示すとおりである。
[実施例13]
炭酸セシウムと三酸化タングステンをモル比でCs2CO3:WO3=1:6の比率で混合してカーボンボートに薄く平らに敷き詰めて、管状炉内に配置し、850℃で5時間加熱して、ごく薄く緑がかった白色粉末を得た。この白色粉末の主相はCs4W11O35と同定されたが、Cs2W6O19(ICDD00-045-0522)との混相であった。
【0197】
得られた白色粉末を、1%H2-N2気流中、800℃で30分間熱処理し、濃青色の粉末Mを得た。
【0198】
粉末MのXRDパターンは、斜方晶と六方晶の2相混合パターンを示した。得られた粉末MのXRDパターンから求めた格子定数は、表1に示すとおりである。
【0199】
以上の実施例1~実施例13で示したように、白色のCs4W11O35やCs6W11O36、Cs2W6O19を含むCs4W11O35の粉末を高温で還元すると、粉の色は徐々に水色から、青色、濃青色へと変化した。
【0200】
またCs4W11O35相ではW欠損を含む格子欠陥が存在し、斜方晶となっているが、これを高温で還元すると、W欠損を含む格子欠陥が消滅すると共に、斜方晶が六方晶へと変化することが確認された。
[実施例14]
実施例1で作製した粉末Aを20質量%と、官能基としてアミンを含有する基を有するアクリル系高分子分散剤(以下「分散剤a」と略称する)10質量%と、溶媒としてメチルイソブチルケトン(MIBK)70質量%とを秤量した。秤量したこれらの材料を0.3mm径のシリカビーズと共にガラス容器に入れ、ペイントシェーカーを用いて、5時間、分散・粉砕し、分散液Aを得た。
【0201】
ここで、分散液A内における電磁波吸収粒子の平均粒径(動的光散乱法に基づく粒径測定装置である大塚電子株式会社製 ELS-8000で測定される分散粒径)を測定すると、26.4nmであった。
【0202】
この分散液A 100質量部に対し、ハードコート用紫外線硬化樹脂(東亜合成製ア口ニックスUV-3701)を50質量部混合して電磁波吸収粒子塗布液とした。そして、係る電磁波吸収塗布液を透明フィルム基材であるポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂フィルム(帝人製HPE-50、以下「PETフィルム」とも記載する)上へバーコーターを用いて塗布し、塗布膜を形成した。なお、他の実施例においても透明基材として同様のPETフィルムを用いた。
【0203】
塗布膜を設けたPETフィルムを、80℃で5分間乾燥し、液状媒体である有機溶媒を蒸発させた後、高圧水銀ランプで硬化させることで、電磁波吸収粒子を含有したコーティング層が設けられた、電磁波吸収フィルムAを作製した。なお、コーティング層は電磁波吸収層であり、電磁波吸収フィルムは、電磁波吸収透明基材の一形態である。
【0204】
得られた分散液Aについて日立ハイテク社のU-4100分光光度計で透過率を測定し、モル吸収係数を求めた。プロファイルを
図9A、
図9Bに示す。
図9Aは実施例1~実施例7で作製した電磁波吸収粒子を用いて作製した実施例14~実施例20、比較例1の分散液のモル吸収係数である。
図9Bは
図9Aの一部拡大図である。
図9Cは実施例2、3、5、9、10で作製した電磁波吸収粒子を用いて作製した実施例15、16、18、22、23、比較例1の分散液のモル吸収係数である。
【0205】
図9に示したプロファイルによると、0.6eV以上1.6eV以下の近赤外線領域での吸収、および1.6eV以上3.0eV以下の可視領域での透過を確認できた。
【0206】
電磁波吸収フィルムAの可視光線透過率(VLT)と日射透過率(ST)、はそれぞれVLT=72.3%、ST=55.3%、と測定され、分散液Aと同様に可視光で透明で、かつ近赤外線吸収効果を持つことが分かった。電磁波吸収フィルムAの色指数はL
*=88.4、a
*=-1.4、b
*=8.8となり、ブルー色が非常に弱く中性色に近い、すなわちニュートラルな色調を示した。
[実施例15]
実施例2で作製した粉末Bを、実施例14と同様の要領で分散・粉砕し、分散液Bを得た。粒子の分散粒径は、31.4nmであった。この分散液Bのモル吸収係数のプロファイルを
図9A~
図9Cに示す。また、分散液Bの透過率プロファイルを
図10A、
図10Bに示す。なお、透過率プロファイルを導出するに当っては、実施例14で得られた分散液Aの分光透過率のVLT値と同じVLT値になるようにモル吸収係数からLambert-Beer式により透過率プロファイルを導出した。
図10A、
図10Bに示した、以下の比較例1~比較例3、実施例16、実施例19についても同様にして導出している。
【0207】
日射遮蔽効果や透過色はその膜のVLT値に依存して変化するため、それらの評価は同じVLTに揃えて行なう必要がある。そこで、実施例14の電磁波吸収フィルムで得られた分光透過率のVLT値とほぼ同じVLT範囲(72.0%~73.0%)になるように、分散液Bと紫外線硬化樹脂とMIBKの配合割合を調整して塗布液Bを作製した。塗布液Bを実施例14と同等にPETフィルムに塗布、乾燥、硬化を行い電磁波吸収フィルムBを作製した。
【0208】
電磁波吸収フィルムBの光学特性はそれぞれVLT=72.7%、ST=41.6%となり、極めて良好な日射遮蔽特性を持つことが分かった。
【0209】
また、電磁波吸収フィルムBの色指数はL
*=88.5、a
*=-3.9、b
*=5.4となり、b
*がプラスであってブルー色が弱く中性色に近い色調を示した。自動車ウィンドシールドに用いられるVLT=70~80%における本電磁波吸収粒子の希薄分散膜では、ほとんど青みを感じさせない膜となるものといえる。
[比較例1]
実施例1で得た粉末A´であるCs
4W
11O
35粉末を実施例14と同様の手順で粉砕・分散処理を行い、分散液Nを得た。分散液Nの色は灰白色であり、分散液N内における粒子の分散粒径は、30.3nmであった。分散液Nの透過率プロファイルを
図10A、
図10Bに示す。
【0210】
実施例15で行なった手順と同様に、分散液Nと紫外線硬化樹脂とMIBKの配合割合を調整して塗布液Nを得た後、電磁波吸収フィルムNを得た。一方、電磁波吸収フィルムNの分光特性としてVLT=72.6%、ST=80.2%が得られ、赤外線の吸収効果は殆ど無いことが分かった。
[比較例2]
炭酸セシウム(Cs2CO3)水溶液、タングステン酸(H2WO4)、および二酸化タングステン粉末(WO2)をCs2O・5WO3・4WO2の組成となるように、秤量、混合、混練して原料混合物を調製した。十分に混合した後、原料混合物を、カーボンボートに薄く平らに敷き詰めて、N2ガスをキャリアーとした1%H2ガス気流下、550℃で60分間保持し、その後100%N2気流に変えて1時間保持後800℃に昇温して1時間保持し、室温へ徐冷して粉末Oを得た。粉末Oの色は濃青色であった。化学分析の結果、組成Cs0.33WO2.74が得られた。
【0211】
粉末OのXRDパターンは六方晶の単相を示した。Rietveld解析により格子定数a=7.4088Å、c=7.6033Åを得た。格子定数c軸の値は、好ましい値にあった。
【0212】
次にTEM観察を行なったところ、特に目立った格子欠陥は見られなかった。STEM原子像観察においても目立った格子欠陥は観察されず、W欠損も見られなかった。
【0213】
粉末Oを実施例15と同様の手順で粉砕・分散処理を行い、分散液Oを得た。分散液Oの色は濃青色であった。分散液O内における電磁波吸収粒子の分散粒径は、25.8nmであった。分散液Oの透過率プロファイルを
図10A、
図10Bに示す。
【0214】
実施例15で行なった手順と同様に分散液Oと紫外線硬化樹脂とMIBKの配合割合を調整して塗布液Oを得た後、電磁波吸収フィルムOを得た。
【0215】
電磁波吸収フィルムOの分光特性として、VLT=72.5%、ST=37.5%、色指数L*=88.2、a*=-5.7、b*=-2.8が得られた。従って本粉体、および分散液は、強い近赤外線吸収効果をもつが、分散体を含む電磁波吸収フィルムOは、b*値が負の値を持つので青味が明確に認識されることが分かる。
[比較例3]
色調の参考試料として、中性色調のIn2O3:Sn(以下ITOと略)の分散液を用意した。ITO微粒子はニュートラルな色調をもつことが知られているが、その還元方法や作製方法によってややブルー調のものから茶系のものまでさまざまな種類が存在する。ここでは中でも純透明色に近いENAM社製のITO粉末(粉末P)を用いた。
【0216】
粉末Pを実施例14と同様の手順で粉砕・分散処理を行い、分散液Pを得た。分散液Pの色は薄い水色であった。分散液P内における電磁波吸収粒子の分散粒径は、35.4nmであった。分散液Pの透過率プロファイルを
図10A、
図10Bに示す。
【0217】
実施例15で行なった手順と同様に分散液Pと紫外線硬化樹脂とMIBKの配合割合を調整して塗布液Pを得た後、電磁波吸収フィルムPを得た。電磁波吸収フィルムPの分光特性として、VLT=72.7%、ST=47.8%、色指数L
*=88.3、a
*=-2.2、b
*=12.4が得られた。従ってITO粉体及び分散液を用いた分散体を含む電磁波吸収フィルムPは、b
*値が正の大きい数値なので青みは非常に少なく、ニュートラルな色に認識されることが分かる。但し近赤外線吸収効果としては実施例15と同程度であって比較例2に対しては見劣りすることを確認できた。
[実施例16~実施例20]
実施例3から実施例7で作製した粉末C~粉末Gを、実施例14と同様の要領で分散・粉砕し、分散液C~分散液Gを得た。各分散液のモル吸収係数のプロファイルを
図9に示す。また、各分散液の分散粒径を表2に示す。
【0218】
そして、実施例15で行なった手順と同様に、各分散液と紫外線硬化樹脂とをMIBKの配合割合を調整して塗布液C~塗布液Gを得た。各塗布液を用いて、電磁波吸収フィルムC~電磁波吸収フィルムGを得た。各電磁波吸収フィルムの光学特性、色指数を表2に示す。
【0219】
これらの電磁波吸収フィルムにおいては、800℃での還元時間が長くなるほど近赤外線吸収が大きくなり、他方透過色はブルー傾向が強くなることが分かる。ただし、いずれにおいても、中性色に近い色調を示すことを確認できた。
【0220】
既述の様に、比較例1~比較例3、実施例15、実施例16、実施例19に係る分散液の透過率プロファイルを
図10A、
図10Bにまとめて示した。
図10Bは、
図10Aの一部拡大図に当たる。
【0221】
また、比較例1~比較例3、実施例15、実施例16、実施例19に係る分散液の日射透過率(ST)を
図11Aに、色指数を
図11B、
図11Cにまとめて示した。なお、
図11A~
図11C中、横軸のt
Rは800℃での還元時間を意味している。このため、
図11A~
図11C中、一部にのみ説明をつけているが、t
Rが同じ例は、同じ実験例となる。
【0222】
図10A、
図10Bにおいて、比較例1は青波長の透過率が低い反面、赤波長の透過率が高く、分散膜(分散体)とした場合に、全体として透明な膜に見えることが分かる。逆に比較例2では青波長の透過率が高い反面、赤波長では大きく透過率が落ちており、分散膜(分散体)とした場合に、全体として青っぽい膜に見えることが分かる。
【0223】
実施例15、実施例16、実施例19の分散液は、比較例1、2の分散液の中間であり、800℃での還元時間の長さが長くなるのに伴い、青波長の透過率は徐々に増加し、逆に赤波長の透過率は近赤外線領域の吸収と共に急激に下がる傾向をもつ。800℃で還元時間が60分間の実施例19では透過率プロファイルは比較例2に漸近するが、同VLT値でも実施例19の電磁波吸収フィルムでは赤波長での透過率は同程度だが青波長での透過率が低く、よりニュートラルな色調をもつことが分かる。
【0224】
図11Aにおいて、800℃での還元時間が20分間を超えた実施例16、実施例19の分散液では、ITOを用いた比較例3の分散液よりも日射遮蔽効果より優れた特性となることを確認できた。また、800℃での還元時間が60分間では従来のCs
0.33WO
3を用いた比較例2の分散液とほぼ同じレベルとなっている。
【0225】
図11B、
図11Cに示した色味については、800℃での還元時間が30分間程度までではb
*値は、Cs
0.33WO
3を用いた比較例2より大きくニュートラル側の数値となっており、大きく改善されていることが分かる。
[実施例21~実施例24]
実施例8~実施例11で作製した粉末H~粉末Kを、実施例14と同様の要領で分散・粉砕し、分散液H~分散液Kを得た。分散液の分散粒径を表2に示す。また、得られた分散液のモル吸収係数のプロファイルを
図9Cに示す。
【0226】
そして、実施例15で行なった手順と同様に、各分散液と紫外線硬化樹脂とMIBKの配合割合を調整し、各分散液から得られる電磁波吸収フィルムのVLTが72%~74%となるように塗布液Hから塗布液Kを調整した後、電磁波吸収フィルムH~電磁波吸収フィルムKを得た。
【0227】
これらの電磁波吸収フィルムの光学特性、色指数を表2に示す。
【0228】
これらの電磁波吸収フィルムにおいては、650℃~950℃での還元温度と時間が異なるが、粒子の高温還元度合いが大きくなるほど近赤外線吸収が大きくなり、他方透過色はブルー傾向が強くなることが分かる。ただし、いずれにおいても、中性色に近い色調を示すことを確認できた。
【0229】
透過色のブルー傾向と近赤外線吸収効果は互いにトレードオフの関係にあり、用途に応じて適切な高温還元度合いを選ぶことが好ましいことを確認できた。
[実施例25、26]
実施例12、13で作製した粉末L、粉末Mを、実施例14と同様の要領で分散・粉砕し、分散液L、分散液Mを得た。分散液の分散粒径を表2に示す。
【0230】
そして、実施例15で行なった手順と同様に、各分散液と紫外線硬化樹脂とMIBKの配合割合を調整し、各分散液から得られる電磁波吸収フィルムのVLTが72%程度となるように塗布液Lと塗布液Mを調整した後、電磁波吸収フィルムLと電磁波吸収フィルムMを得た。
【0231】
これらの電磁波吸収フィルムの光学特性、色指数を表2に示す。これらの電磁波吸収フィルムにおいては、原料粉末の組成と構造がCs6W11O36、またはCs2W6O19を含むCs4W11O35の粉末と、僅かながら異なるが、基本的に高温還元に伴う斜方晶から六方晶への変化は同一内容を含むものであり、電磁波吸収フィルムの特性は、主として高温での還元条件に依存すると考えられる。
【0232】
すなわち、原料粉末がCsおよびWを含むタングステン酸化物Cs2O・nWO3(3.6≦n≦9.0)の間で変更されても、粒子の高温還元度合いが大きくなるほど近赤外線吸収が大きくなり、他方透過色はブルー傾向が強くなることが分かる。透過色のブルー傾向と近赤外線吸収効果は互いにトレードオフの関係にあり、用途に応じて適切な高温還元度合いを選ぶことができる。
[実施例27]
実施例16で作製した分散液Cと紫外線硬化樹脂(東亜合成製 アロニックスUV3701)とMIBKとを混合して塗布液Aを作製した。得られた塗布液を厚さ3mmのソーダライムガラス基板にバーコーター(井元製作所製 IMC-700)で塗布して塗布膜を形成し、この塗布膜から溶媒を蒸発させた後、高圧水銀ランプを用いて紫外線照射して塗布膜を硬化させて電磁波吸収層を備えた電磁波吸収透明基材を作製した。
【0233】
実施例27に係る電磁波吸収透明基材について実施例14と同様に光学特性を測定したところ、VLT=72.2%、ST=37.0%、L*=88.6、a*=-3.8、b*=4.3であった。
[実施例28]
実施例16で作製した分散液Cを真空乾燥機にて溶媒のMIBKを除去して電磁波吸収粒子分散粉Cを得た。ポリカーボネート樹脂ペレット100質量部と、分散粉C 0.15質量部とを均一に混合した後、二軸押出機(東洋精機製作所製)を用い290℃で溶融混練し、押し出された直径3mmのストランドをカットし、ペレット化してマスターバッチCを得た。ポリカーボネート樹脂ペレットとマスターバッチCとを2mm厚のポリカーボネートシートに成形した際にVLTが72%程度になるように配合し、均一に混合して混合物を得た後に、当該混合物を射出成型機にて10cm×5cm、厚さ2.0mmのシート状に成型し実施例28に係る電磁波吸収粒子分散体を作製した。実施例28に係る電磁波吸収粒子分散体について実施例14と同様に光学特性を測定したところVLT=72.4%、ST=39.1%、L*=88.3、a*=-4.4,b*=4.6であった。
[実施例29]
実施例28で作成した分散粉Cと一価アルコールと有機酸エステルとの化合物である可塑剤を混合し可塑剤分散液を調整した。可塑剤分散液とポリビニルアセタール樹脂を実施例29に係る電磁波吸収積層体のVLTが72%程度となる割合で配合し混合して樹脂組成物とし二軸押出機に装填した。そして、当該樹脂組成物を200℃で混練しTダイより押出し、カレンダーロール法で0.7mm厚の電磁波吸収粒子分散体である中間膜を得た。得られた中間膜を2枚のソーダライムガラス基板で挟み積層して、実施例29に係る電磁波吸収積層体を製造した。実施例29に係る電磁波吸収積層体について実施例14と同様に光学特性を測定したところVLT=72.3%、ST=36.7%、L*=88.7、a*=-4.2、b*=4.1であった。
【0234】
【0235】
【表2】
以上に電磁波吸収粒子分散体、電磁波吸収積層体、電磁波吸収透明基材を、実施形態および実施例等で説明したが、本発明は上記実施形態および実施例等に限定されない。特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形、変更が可能である。
【0236】
本出願は、2020年1月31日に日本国特許庁に出願された特願2020-015746号に基づく優先権を主張するものであり、特願2020-015746号の全内容を本国際出願に援用する。