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特許7602932汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤、汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持する方法および皮膚外用剤
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  • 特許-汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤、汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持する方法および皮膚外用剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-11
(45)【発行日】2024-12-19
(54)【発明の名称】汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤、汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持する方法および皮膚外用剤
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/074 20100101AFI20241212BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20241212BHJP
   A61K 38/17 20060101ALI20241212BHJP
【FI】
C12N5/074 ZNA
A61P43/00 111
A61K38/17
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021030497
(22)【出願日】2021-02-26
(65)【公開番号】P2022131517
(43)【公開日】2022-09-07
【審査請求日】2023-08-30
(73)【特許権者】
【識別番号】390011442
【氏名又は名称】株式会社マンダム
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】田中 未来
(72)【発明者】
【氏名】倉田 隆一郎
(72)【発明者】
【氏名】藤田 郁尚
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-535827(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0306546(US,A1)
【文献】特表2016-510999(JP,A)
【文献】国際公開第2019/031500(WO,A1)
【文献】Front. Cell Dev. Biol.,2020年,vol.8,583434
【文献】Cell Structure and Function,2014年,vol.39,p.101-112
【文献】J. Invest. Dermatol.,2019年,Vol.139,S320, 617
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
A61K 38/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
LGR4のシグナル伝達を亢進する物質を含有する、汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤。
【請求項2】
上記物質は、Wnt3aおよびR-spondin1からなる群より選択される少なくとも1つである、請求項1に記載の汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤と、汗腺筋上皮細胞とをインビトロで接触させる工程を含む、汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持する方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤を含む、汗腺の欠損もしくは機能不全に関連した疾患の治療、改善もしくは予防のため、または発汗を促進するための皮膚外用剤。
【請求項5】
請求項1または2に記載の汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤を含む、汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持するための皮膚外用剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤、汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持する方法および皮膚外用剤に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚の付属器官である汗腺は、体温調節機能をもつ重要な器官である。汗腺の欠損または機能不全によって熱中症または皮膚の常時乾燥に伴うコリン性蕁麻疹が誘発され得る。汗腺の欠損または機能不全を治療するためには、汗腺の形成および恒常性維持のメカニズムを解明することが重要となる。
【0003】
恒常性維持においては、幹細胞が重要となる。汗腺における幹細胞としては、汗腺筋上皮細胞が存在する。しかしながら、汗腺筋上皮細胞が幹細胞性を維持する詳細なメカニズムは明らかになっていない。
【0004】
ところで、特許文献1には、血清アルブミン、Wnt3a、および、R-spondin-1を含有する、大腸上皮幹細胞および/または大腸上皮細胞のインビトロ培養用培地が記載されている。また、特許文献2~5には、各種細胞の幹細胞性維持剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】再表2013-061608号公報
【文献】特開2019-026617号公報
【文献】特開2015-044788号公報
【文献】特開2013-189389号公報
【文献】特開2013-209302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
汗腺のメカニズム解明において、3次元培養(スフェロイド培養)によって汗腺様構造に近い形態で汗腺筋上皮細胞を培養する方法は、有用な手法と成り得る。しかしながら、上述の特許文献1~5に記載されているような従来技術は汗腺筋上皮細胞を対象としたものではない。
【0007】
本発明者らの検討によれば、3次元培養によって汗腺筋上皮細胞を培養すると、およそ1ヶ月で幹細胞性が失われ、管腔細胞などへ分化してしまい、汗腺様構造に近い状態で長期間培養することができないという新たな課題が存在することがわかった。それゆえ、汗腺のメカニズム解明に向け、3次元培養下での汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持する培養方法を確立する必要がある。
【0008】
本発明は、3次元培養下で汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持できる技術を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討したところ、LGR4のシグナル伝達を亢進する物質を用いることにより、3次元培養下で汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持できることを見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち本発明は、以下の構成を含む。
<1>LGR4のシグナル伝達を亢進する物質を含有する、汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤。
<2>上記物質は、Wnt3aおよびR-spondin1からなる群より選択される少なくとも1つである、<1>に記載の汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤。
<3><1>または<2>に記載の汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤と、汗腺筋上皮細胞とをインビトロで接触させる工程を含む、汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持する方法。
<4><1>または<2>に記載の汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤を含む皮膚外用剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、3次元培養下で汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持できる技術を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】汗腺に含まれる代表的な細胞におけるLGR4遺伝子の発現量(相対値)を表す図である。
図2】コントロールの汗腺スフェロイド、またはWnt3aもしくはR-spondin1を用いて培養した汗腺スフェロイドにおけるaSMA遺伝子およびKRT18遺伝子の発現量(相対値)を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明について以下に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明は、以下に説明する各構成に限定されるものではなく、請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能である。また、異なる実施形態または実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態または実施例についても、本発明の技術的範囲に含まれる。さらに、各実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を組み合わせることにより、新しい技術的特徴を形成することができる。なお、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考文献として援用される。
【0013】
本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「X~Y」は、「X以上Y以下」を意図する。
【0014】
〔1.本発明の概要〕
本発明者らは、以下のように汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持できる因子の特定を試みた。以下では、汗腺筋上皮細胞を単に「筋上皮細胞」とも称する。
【0015】
一般的に皮膚の表皮または毛包などでの幹細胞の維持には、幹細胞の周辺の細胞などが放出する因子が重要である。そこで、本発明者らは、細胞1つずつの解析が可能なシングルセルRNA解析を利用して、汗腺の周辺に含まれる細胞を網羅的に解析した。その結果、汗腺の幹細胞である筋上皮細胞において、wntシグナル伝達経路に関与する受容体であるLGR4の遺伝子が特異的に発現していることが分かった。このLGR4が、幹細胞性を維持できる因子の受容体であることが示唆された。
【0016】
上記の結果から、本発明者らは、LGR4のシグナル伝達を亢進する物質が幹細胞性を維持できる因子となり得ると推測した。そこで、本発明者らは、幹細胞性を維持できる因子の候補として、LGR4に結合するR-spondin1およびR-spondin1に結合するWnt3aを選定し、これらの汗腺スフェロイドの培養における効果を評価した。その結果、R-spondin1またはWnt3aを添加した培地中で培養された汗腺スフェロイドでは、コントロール培地中で培養された汗腺スフェロイドに比べて、筋上皮細胞マーカーの発現が維持され、管腔細胞マーカーの発現が減少することを確認した。これにより、R-spondin1およびWnt3aを包含するLGR4のシグナル伝達を亢進する物質が、汗腺筋上皮細胞の幹細胞性の維持に寄与している可能性が示唆された。本発明は、これらの新規知見に基づき、完成された。
【0017】
〔2.汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤〕
本発明に係る汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤は、LGR4のシグナル伝達を亢進する物質を含有する。これにより、LGR4のシグナル伝達を亢進する物質が汗腺筋上皮細胞に作用し、3次元培養下で汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持することができる。以下では、「汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤」を単に「幹細胞性維持剤」とも称する。
【0018】
汗腺筋上皮細胞は、汗腺を構成する細胞の1つであり、汗が分泌される際の汗腺の運動に関与している。また、汗腺筋上皮細胞は、汗腺の幹細胞でもある。よって、汗腺筋上皮細胞は、汗腺の機能不全および機能の異常亢進を改善する手段を開発するために、汗腺の機能の評価などに用いることができる。
【0019】
本明細書において、「汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持する」とは、汗腺筋上皮細胞が多分化能を有する状態を維持することを意味する。幹細胞性維持剤は、汗腺筋上皮細胞において、管腔細胞などへの分化能を低下させるとも言える。「汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持する」には、癌化しない程度に汗腺筋上皮細胞を増殖させることも包含される。また、「3次元培養下で」とは、汗腺筋上皮細胞を含むスフェロイドの培養を意図する。
【0020】
本明細書において、「汗腺細胞」とは、汗腺を構成する細胞の総称を意味し、汗腺筋上皮細胞および管腔細胞などを包含する。「汗腺スフェロイド」は、汗腺を構成する細胞の3次元的な集合体である。汗腺スフェロイドは、汗腺筋上皮細胞のみからなる細胞集合体であってもよく、汗腺筋上皮細胞と他の汗腺細胞とが混在した細胞集合体であってもよい。
【0021】
3次元培養下で幹細胞性が維持されていることを判定する方法は、特に限定されず、公知の方法を用いてもよい。例えば、幹細胞性維持剤を接触させていない汗腺スフェロイドに比べて幹細胞性維持剤を接触させた汗腺スフェロイドでは、筋上皮細胞マーカーの発現量が維持されている、および/または増加していることを確認してもよい。また、幹細胞性維持剤を接触させていない汗腺スフェロイドに比べて幹細胞性維持剤を接触させた汗腺スフェロイドでは、管腔細胞など、分化後の細胞に含まれるマーカーの発現量が減少していることを確認してもよい。筋上皮細胞マーカーとしては、例えばaSMAが挙げられる。管腔細胞マーカーとしては、例えばKRT18(Keratin18)が挙げられる。
【0022】
LGR4は、ロイシンリッチリピートを含むGタンパク質共役型受容体の一種である。LGR4のシグナル伝達を亢進する物質としては、例えばLGR4に結合するリガンドおよび当該リガンドに結合する物質が挙げられる。LGR4のシグナル伝達を亢進する物質は、LGR4が関与するシグナル伝達経路を活性化する物質とも言える。以下では、LGR4のシグナル伝達を亢進する物質を有効成分とも称する。そのような有効成分としては、R-spondin1(アクセッション番号:NP_001033722)、Wnt3a(アクセッション番号:BAB61052)、R-spondin2(アクセッション番号:NP_848660)、及びR-spondin3(アクセッション番号:NP_116173)などが挙げられる。中でも、上記有効成分は、Wnt3aおよびR-spondin1からなる群より選択される少なくとも1つであることが好ましい。
【0023】
上記幹細胞性維持剤は、上述した有効成分以外に、薬学的に許容され得る成分を含有していてもよい。当該成分としては、例えば、緩衝剤、pH調整剤、等張化剤、防腐剤、抗酸化剤、高分子量重合体、賦形剤、溶媒などが挙げられる。
【0024】
上記緩衝剤の例としては、リン酸またはリン酸塩、ホウ酸またはホウ酸塩、クエン酸またはクエン酸塩、酢酸または酢酸塩、炭酸または炭酸塩、酒石酸または酒石酸塩、ε-アミノカプロン酸、トロメタモールなどが挙げられる。上記リン酸塩としては、リン酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウムなどが挙げられる。上記ホウ酸塩としては、ホウ砂、ホウ酸ナトリウム、ホウ酸カリウムなどが挙げられる。上記クエン酸塩としては、クエン酸ナトリウム、クエン酸二ナトリウム、クエン酸三ナトリウムなどが挙げられる。上記酢酸塩としては、酢酸ナトリウム、酢酸カリウムなどが挙げられる。上記炭酸塩としては、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムなどが挙げられる。上記酒石酸塩としては、酒石酸ナトリウム、酒石酸カリウムなどが挙げられる。
【0025】
上記pH調整剤の例としては、塩酸、リン酸、クエン酸、酢酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどが挙げられる。
【0026】
上記等張化剤の例としては、イオン性等張化剤(塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウムなど)、非イオン性等張化剤(グリセリン、プロピレングリコール、ソルビトール、マンニトールなど)が挙げられる。
【0027】
上記防腐剤の例としては、ベンザルコニウム塩化物、ベンザルコニウム臭化物、ベンゼトニウム塩化物、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピル、クロロブタノールなどが挙げられる。
【0028】
上記抗酸化剤の例としては、アスコルビン酸、トコフェノール、ジブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、エリソルビン酸ナトリウム、没食子酸プロピル、亜硫酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0029】
上記高分子量重合体の例としては、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、カルボキシメチルエチルセルロース、酢酸フタル酸セルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、カルボキシビニルポリマー、ポリエチレングリコール、アテロコラーゲンなどが挙げられる。
【0030】
上記賦形剤の例としては、乳糖、白糖、D-マンニトール、キシリトール、ソルビトール、エリスリトール、デンプン、結晶セルロースなどが挙げる。
【0031】
上記溶媒の例としては、水、生理的食塩水、アルコールなどが挙げられる。
【0032】
上記幹細胞性維持剤に含まれる有効成分の量は、特に限定されない。当該有効成分の量は、例えば、幹細胞性維持剤の総質量に対して、0.001質量%~100質量%であってもよく、0.01質量%~100質量%であってもよく、0.1質量%~100質量%であってもよく、0.1質量%~95質量%であってもよく、0.1質量%~90質量%であってもよく、0.1質量%~80質量%であってもよく、0.1質量%~70質量%であってもよく、0.1質量%~60質量%であってもよく、0.1質量%~50質量%であってもよく、0.1質量%~40質量%であってもよく、0.1質量%~30質量%であってもよく、0.1質量%~20質量%であってもよく、0.1質量%~10質量%であってもよい。
【0033】
上記幹細胞性維持剤に含まれる有効成分以外の成分の量は、特に限定されない。当該有効成分以外の成分の量は、例えば、幹細胞性維持剤の総質量に対して、0質量%~99.999質量%であってもよく、0質量%~99.99質量%であってもよく、0質量%~99.9質量%であってもよく、5質量%~99.9質量%であってもよく、10質量%~99.9質量%であってもよく、20質量%~99.9質量%であってもよく、30質量%~99.9質量%であってもよく、40質量%~99.9質量%であってもよく、50質量%~99.9質量%であってもよく、60質量%~99.9質量%であってもよく、70質量%~99.9質量%であってもよく、80質量%~99.9質量%であってもよく、90質量%~99.9質量%であってもよい。
【0034】
〔3.汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持する方法〕
本発明に係る汗腺筋上皮細胞の幹細胞性を維持する方法は、上述の汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤と、汗腺筋上皮細胞とをインビトロ(in vitro)で接触させる工程を含む。当該工程は、汗腺筋上皮細胞を幹細胞性維持剤の存在下で培養する工程とも言える。幹細胞性維持剤と、汗腺筋上皮細胞とをインビトロで接触させる方法としては、例えば、汗腺筋上皮細胞を培養している基礎培地に幹細胞性維持剤を添加する方法、幹細胞性維持剤を添加した基礎培地に汗腺筋上皮細胞を播種する方法などが挙げられる。
【0035】
汗腺筋上皮細胞は、例えばヒトまたはヒト以外の哺乳動物の皮膚組織を供給源として分離された細胞であり得る。汗腺筋上皮細胞は、他の汗腺細胞と混在した状態であってもよい。汗腺筋上皮細胞は、上述の汗腺スフェロイドを形成していてもよい。また、汗腺筋上皮細胞と幹細胞維持剤との接触後に汗腺スフェロイドが形成されてもよい。
【0036】
基礎培地は、汗腺筋上皮細胞を生存させる栄養成分を含有する培地であることが好ましい。基礎培地は、例えば血清培地、低血清培地または無血清培地に、栄養成分を補った培地であってよく、商業的に容易に入手可能な培地であってもよい。栄養成分としては、例えば、アミノ酸、ビタミン、無機塩、糖類、細胞増殖促進因子(例えば、上皮増殖因子、塩基性線維芽細胞増殖因子、ヒドロコルチゾン-21-ヘミスクシナートなど)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0037】
基礎培地における栄養成分の濃度は、特に限定されず、汗腺筋上皮細胞が由来する皮膚組織の供給源の種類、血清培地、低血清培地または無血清培地の種類、栄養成分の種類などに応じて適宜設定することができる。これらの栄養成分は、単独で用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。
【0038】
皮膚組織の供給源がヒトである場合、上皮増殖因子の濃度は、通常、細胞を適度に増殖させる観点から、好ましくは0.01ng/mL以上、より好ましくは1ng/mL以上であり、細胞の過度の増殖を抑制する観点から、好ましくは1μg/mL以下、より好ましくは100ng/mL以下である。また、塩基性線維芽細胞増殖因子の濃度も同様である。
【0039】
基礎培地に添加される幹細胞性維持剤の濃度は、特に限定されず、汗腺筋上皮細胞が由来する皮膚組織の供給源の種類、細胞の形状、基礎培地中の細胞密度、基礎培地の成分、培養方法、有効成分の種類などに応じて、適宜に決定することができる。皮膚組織の供給源がヒトである場合、基礎培地における幹細胞性維持剤の濃度は、好ましくは0.5~1000ng/mLであり、より好ましくは10~500ng/mLである。
【0040】
培養は、接着培養法によって行ってもよく、浮遊培養法によって行ってもよい。培養条件(例えば、培養温度、培養時間、培地のpH、培養雰囲気における二酸化炭素濃度など)は、特に限定されず、汗腺筋上皮細胞が由来する皮膚組織の供給源の種類などに応じて適宜に決定することができる。
【0041】
以下では、皮膚組織の供給源がヒトである場合に、汗腺筋上皮細胞の機能および性質をより良好に維持する観点から好ましい培養条件を例示する。培養温度は、好ましくは35~38℃であり、より好ましくは36.5~37.5℃である。培養時間は、好ましくは60~672時間であり、より好ましくは144~168時間である。基礎培地のpHは、好ましくは6.8~7.6であり、より好ましくは7.0~7.4である。培養雰囲気における二酸化炭素濃度は、好ましくは4~10体積%、より好ましくは5~7体積%である。
【0042】
基礎培地中には、汗腺筋上皮細胞のみが存在していてもよく、他の汗腺細胞が混在していてもよい。また、基礎培地における細胞の密度は、特に限定されず、細胞の形状などに応じて適宜に設定することができる。細胞が個々の細胞に解離された状態である場合、汗腺筋上皮細胞と幹細胞性維持剤との接触を開始した時点の培地中における細胞の密度は、細胞増殖の観点から、10個/cm以上であることが好ましく、100個/cm以上であることがより好ましく、また、細胞生存の観点から、1000000個/cm以下であることが好ましく、100000個/cm以下であることがより好ましい。
【0043】
〔4.皮膚外用剤〕
本発明に係る皮膚外用剤は、上述の汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤を含む。当該皮膚外用剤は、幹細胞性維持剤に加えて、一般的に皮膚外用剤に含有され得る成分を含んでいてもよい。そのような成分としては、例えば油剤、界面活性剤、保湿剤、粉体、紫外線吸収剤、香料、着色剤、キレート剤、清涼剤、増粘剤、ビタミン類、中和剤、アミノ酸、美白剤、抗炎症剤、殺菌剤、消臭剤、動植物抽出物、金属封鎖剤などが挙げられる。皮膚外用剤の剤形は、液状、ジェル状、乳液状またはクリーム状等であり得る。
【0044】
汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤または皮膚外用剤を被験体に投与する工程を含む、汗腺の欠損または機能不全に関連した疾患を治療、改善または予防する方法も本発明に包含される。被検体は、汗腺の欠損または機能不全に関連した疾患の治療、改善または予防が必要な被験体であり得る。例えば、被験体は、当該疾患に罹患した被験体であり得る。被験体はヒトまたはヒト以外の哺乳動物であり得る。汗腺の欠損または機能不全に関連した疾患としては、例えば、多汗症、無汗症、熱中症、コリン性蕁麻疹などが挙げられる。また、汗腺筋上皮細胞の幹細胞性維持剤または皮膚外用剤を被験体に投与する工程を含む、発汗の促進方法も本発明に包含される。幹細胞性維持剤または皮膚外用剤は、被験体の皮膚に塗布され得る。
【0045】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0046】
本発明の一実施例について以下に説明する。
【0047】
〔シングルセルRNA解析〕
シングルセルRNA解析により、汗腺に含まれる細胞のうち幹細胞である筋上皮細胞内で特異的に発現する受容体を選定した。具体的な手順を以下に示す。
【0048】
まず、ヒト皮膚組織から汗腺を単離した。次いで0.5%Tripsin(Thermo Fisher Scientific社製、Cat.No.15240062)、5mg/mL Dispase(Thermo Fisher Scientific社製、Cat.No.17105041)を用いて汗腺を単一消化した。これにより汗腺に含まれる複数種の細胞を含むサンプルを得た。Chromium Single Cell 3’ Reagent Kits(10×Genomics社製、Cat.No.1000075)、Chromium Single Cell 3’ Feature Barcode Library Kit(10×Genomics社製、Cat.No.1000079)、Chromium Single Cell B Chip Kit(10×Genomics社製、Cat.No.1000154)を用いて、ユーザーガイドに記載されている手順に従って前記サンプルに含まれる個々の細胞のRNAからcDNAライブラリーを作製した。当該ライブラリーを、NovaSeq 6000(illumina社製)を用いてシーケンスした。得られたシーケンスデータを用いて、正規化、特徴選択、スケーリング、主成分解析およびクラスタリングを含む解析を行った。当該解析は、Cell Ranger-v3.1.0(10×Genomics社製)における一般的に標準化されたパイプラインによって行った。この解析の結果に基づき、筋上皮細胞で特異的に発現する受容体を選定した。具体的には、まず汗腺に含まれる細胞集団内で、p<0.05、log2 fold change>0.5を満たす複数の遺伝子が見出された。そして、この複数の遺伝子の中から、筋上皮細胞で特異的に発現する受容体の遺伝子を選定した。なお、上記「p<0.05」はp<0.05の危険率で他の遺伝子に比べて遺伝子発現量が有意に高いことを意味する。また、上記「log2 fold change」は、選択した細胞集団以外のすべての細胞をコントロールとした遺伝子発現量の相対値(log2変換された倍率変化)を意味する。
【0049】
選定の結果、該当する遺伝子はLGR4遺伝子であった。図1に、汗腺に含まれる代表的な細胞におけるLGR4遺伝子の発現量の相対値(log2 fold change)を示す。この図1からも、LGR4遺伝子が、筋上皮細胞で特異的に発現する受容体の遺伝子であることが明らかである。
【0050】
この結果に基づき、本発明者らは、LGR4のシグナル伝達に関与する物質が、筋上皮細胞の幹細胞性の維持に寄与するのではないかと推測した。以下では、LGR4に結合するR-spondin1およびR-spondin1に結合するWnt3aが、筋上皮細胞の幹細胞性の維持に寄与し得るか、調べた。
【0051】
〔汗腺スフェロイドの培養〕
ヒト皮膚組織から、上記と同様にして汗腺に含まれる複数種の細胞を含むサンプルを調製した。MammoCult Human Medium(STEMCELL Technologies社製)に以下の成分を加えることにより、基礎培地を作製した。各成分の名称に次いで記載した数値は、完成した基礎培地中の各成分の濃度を表す。
Epidermal growth factor(EGF)(PeproTech社製)・・・10ng/mL
basic Fibroblast growth factor(bFGF)(STEMCELL Technologies社製)・・・10ng/mL
Heparin(STEMCELL Technologies社製)・・・4μg/mL
Hydrocortisone 21-hemisuccinate(Sigma-Adrich社製、Cat.No.H2882-1)・・・0.5μg/mL
BD Matrigel Matrix Growth Factor Reduced(BD Biosciences社製)・・・2体積%
MammoCult proliferation supplements(STEMCELL Technologies社製)・・・10体積%
Antibiotic-Antimycotic・・・1体積%
当該基礎培地に上記サンプルを7.5×10~1.5×10cell/cmの密度で播種した。当該基礎培地を37℃、二酸化炭素濃度5体積%の環境に設定したインキュベーター内に配置し、上記サンプルに含まれる細胞を培養した。2日ごとに基礎培地の交換を行い、培養10日目に汗腺スフェロイドを回収した。
【0052】
基礎培地としては、ヒト組み換えタンパク質であるWnt3aを加えた基礎培地と、ヒト組み換えタンパク質であるR-spondin1を加えた基礎培地と、いずれのヒト組み換えタンパク質も加えていないコントロールの基礎培地とを用いた。ここでは、表1に示すWnt3aおよびR-spondin1を用いた。表1中の濃度は基礎培地中の濃度を表す。
【0053】
【表1】
【0054】
〔リアルタイムPCR〕
回収した汗腺スフェロイドから、TRI Reagent LS(Molecular Research Center社製)を用いて全RNAを抽出した。得られたRNA抽出液にクロロホルムを加え、RNAを含む水層を回収した。回収した水層にイソプロパノールを加え、RNAを沈殿させた。次に70%エタノールによってRNAを洗浄し、次いでRNase free waterにRNAを溶解することにより、RNAサンプルを得た。このRNAサンプルから逆転写酵素のQuantiTect Reverse Transcription Kit(QIAGEN社製)を用いてcDNAを合成した。THUNDERBIRD SYBER qPCR Mix(東洋紡社製、Cat.No.QPS-201)を用いてPCR反応溶液を調製した。遺伝子発現量の解析は、定量的リアルタイムPCRによって行った。定量的リアルタイムPCRは、リアルタイムPCR装置(ViiATM 7 Real Time PCR System)を用い、95℃ 15秒間、55℃ 10秒間、72℃ 30秒間で40サイクル行った。また、筋上皮細胞マーカーであるaSMA、管腔細胞マーカーであるKRT18の相対的発現量を算出した。相対的発現量の算出にはβ-actin(ACTB)を内在性コントロールとして使用した。遺伝子解析に使用したプライマーは表2の通りである。
【0055】
【表2】
【0056】
図2は、コントロールの汗腺スフェロイド、またはWnt3aもしくはR-spondin1を用いて培養した汗腺スフェロイドにおけるaSMA遺伝子およびKRT18遺伝子の発現量(相対値)を表す図である。上述の通り、aSMAは筋上皮細胞マーカーであり、KRT18は管腔細胞マーカーである。図2に示す通り、Wnt3aまたはR-spondin1を用いて培養した汗腺スフェロイドにおいて、aSMA遺伝子の発現量が維持され、KRT18遺伝子の発現量が減少することが分かった。このことから、筋上皮細胞で特異的に発現するLGR4のシグナル伝達を亢進する物質であるWnt3aおよびR-spondin1を用いることにより、3次元培養下で筋上皮細胞の幹細胞性を維持できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、化粧品分野および医療分野などに広く利用することができる。
図1
図2
【配列表】
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