(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-12
(45)【発行日】2024-12-20
(54)【発明の名称】熱電変換材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H10N 10/01 20230101AFI20241213BHJP
H10N 10/853 20230101ALI20241213BHJP
C22C 12/00 20060101ALI20241213BHJP
C22C 1/02 20060101ALI20241213BHJP
【FI】
H10N10/01
H10N10/853
C22C12/00
C22C1/02 503N
(21)【出願番号】P 2020121171
(22)【出願日】2020-07-15
【審査請求日】2023-05-11
(31)【優先権主張番号】P 2019151266
(32)【優先日】2019-08-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構「平面配位を有する物質の結晶構造解析及びフォノンの研究」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】李 哲虎
(72)【発明者】
【氏名】木方 邦宏
(72)【発明者】
【氏名】穴澤 卯進
(72)【発明者】
【氏名】西当 弘隆
(72)【発明者】
【氏名】橋場 美凛
【審査官】渡邊 佑紀
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2018/0204992(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0049568(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第110105068(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第109087987(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第108950347(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0326615(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 10/01
H10N 10/853
C22C 12/00
C22C 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
α-MgAgSbからなる熱電変換材料の製造方法であって、
Mg、Ag及びSbからなる所定成分組成の混合物又は母合金を電気炉内で加熱溶融させて保持し不純物である化合物を溶融させ又は除去した後に、炉冷して凝固させ、その凝固体をβ-MgAgSb単相とする
よう270~340℃の温度域の温度で
少なくとも2日以上の時間だけ加熱保持し高温相であるγ-MgAgSb(γ相)の量を減じた後に、冷却して、MgAg
xSb(0.95≦x≦0.99)の組成比のα-MgAgSb(α相)の溶融凝固体からなりこの前記α相に対する前記γ相のX線回折の最強線の強度比を0.1以下、470Kにおける熱電性能指数ZT値を0.8以上とすることを特徴とする熱電変換材料の製造方法。
【請求項2】
470Kにおける熱電性能指数ZT値を0.9以上であることを特徴とする請求項1記載の熱電変換材料の製造方法。
【請求項3】
α-MgAgSbからなる熱電変換材料であって、
MgAg
xSb(0.95≦x≦0.99)の組成比のα-MgAgSb(α相)の溶融凝固体からなり、この前記α相に対する高温相であるγ-MgAgSb(γ相)のX線回折の最強線の強度比を0.1以下、470Kにおける熱電性能指数ZT値を0.8以上とすることを特徴とする熱電変換材料。
【請求項4】
470Kにおける熱電性能指数ZT値を0.9以上であることを特徴とする請求項3記載の熱電変換材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α-MgAgSbからなる熱電変換材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでに実用化されている熱電変換材料としては、ビスマス・テルル系材料、鉛・テルル系材料、シリコン・ゲルマニウム系材料などが挙げられる。これらの材料はそれぞれ室温~100℃、400℃、及び、800℃付近において高い熱電性能を示す。一方、産業排熱の大部分を占める100~250℃の温度域において高い熱電性能を示す材料はほとんど知られていない。そこで、この温度域をカバーする熱電変換材料が求められている。
【0003】
近年、α-MgAgSbが200℃近傍にて高い熱電性能を有することが報告されている(非特許文献1、2)。ここで、MgAgSbは、室温域(概ね、~290℃)では正方晶のα相、中温域(概ね、290℃~360℃)ではCu2Sb型のβ相、高温域(概ね、360℃以上)ではハーフホイスラー型のγ相の3つの異なる結晶構造をとることが知られている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】H. Zhao et al., Nano Energy 7, 97 (2014)
【文献】J. Lei et al., Phys.Chem.Chem.Phys. 20, 16729 (2018)
【文献】Melanie J. Kirkham et al., Phys. Rev. B 85, 144120 (2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、α-MgAgSbの一般的な製造方法としては、粉末を焼結させるものであって、大量合成に適さない。例えば、ボールミルにより金属成分を合金化させた粉末を焼結させる方法、あるいは金属成分を溶融、凝固させて粉砕し、この砕粉を焼結して再度一体化するといった複雑な工程を経るものである。故に、大量合成による商品化が難しく、実用化には大量合成に適した作製方法が求められている。
【0006】
本発明は、以上のような状況に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、200℃近傍にて高い熱電性能を有する、α-MgAgSbからなる熱電変換材料を大量合成することが可能なその製造方法及び熱電変換材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明による製造方法は、α-MgAgSbからなる熱電変換材料の製造方法であって、Mg、Ag及びSbからなる所定成分組成の混合物又は母合金を加熱溶融し、その凝固体をβ-MgAgSb単相とする温度域の温度で加熱保持した後に、冷却してα-MgAgSb単相の溶融凝固体とすることを特徴とする。
【0008】
また、本発明による熱電変換材料は、α-MgAgSbの溶融凝固体からなり、470Kにおける熱電性能指数ZT値を0.9以上とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によるα-MgAgSbからなる熱電変換材料は、所定の組成比率のMg,Ag,Sbの原料金属を混合した混合物又は母合金を、加熱溶融した後、所定の期間、所定の温度でアニールするという簡便な方法で製造することができる。これにより、これまで実用化されたことのない100℃~250℃の温度域において、温度差を用いた発電が可能な高い性能を示す熱電材料である、α-MgAgSbの大量合成が可能となり、これによって、産業排熱を利用した熱電発電の実用化に道筋を示すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】仕込み組成MgAg
xSb(x=0.97)の加熱溶融試料のアニール前後の粉末X線回折図。
【
図2】仕込み組成MgAg
xSb(x=1、0.99、0.97、または0.95)を加熱溶融後、アニーリングした試料における不純物相の、仕込み組成及びアニール温度(T=270℃、290℃、300℃、310℃、320℃、330℃、340℃)依存性を示す図。縦軸Iγ/IαにおけるIαとIγはそれぞれα-MgAgSbとγ-MgAgSbのX線回折の最強線の強度を示す。
【
図3】仕込み組成MgAg
xSb(x=0.99、0.97、0.95)を加熱溶融後、アニーリングした試料の無次元性能指数ZTの温度依存性を示す図。
【
図4】加熱溶融後、アニーリングにより得られたα-MgAgSbの表面と、多結晶α-MgAgSb粉末の加圧焼結体の表面を対比するSEM写真像。
【発明を実施するための形態】
【0011】
概略すれば、本発明による1つのα-MgAgSbの製造方法は、1)MgとAgとSbとを、MgAgxSby(0.9≦x≦1.0、0.9≦y≦1.0)の組成比となるように秤量し、混合する工程、2)前記混合物を900~1100℃に加熱後、冷却し、溶融体を得る工程、及び、3)前記溶融体を270℃≦T≦340℃にてアニールする工程からなる。かかる製造方法により得られる溶融体は、SEMにおいて観察される表面又は断面で相対密度97%以上のα-MgAgSbからなる。
【0012】
すなわち、本発明者らは、溶融凝固法に熱処理を組み合わせることで、純度が高く、欠陥が少ない、α-MgAgSbバルク材を得られることを見いだしたのである。つまり、低温相であるα-MgAgSbを構成する金属であるMg、Ag及びSbを、所望とするα-MgAgSbに対応する組成比、例えば、若干Ag及び/又はSbの比率を少なくした組成比で秤量する。この混合物又は母合金を加熱溶融し化合物などの不純物を溶融させ又は除去する。所定のバルクに凝固後、低温相であるα-MgAgSbとともに高温相であるγ-MgAgSbを残存させた該バルクについて、所定の時間、所定の温度でアニーリング(熱処理)することにより、中温相であるβ-MgAgSb単相とする。これを冷却することで、高温相であるγ-MgAgSbや、MgAg、Ag3Sbなどの化合物からなる不純物相を含まない、ほぼ単相のα-MgAgSbからなる溶融体を製造できる。
【0013】
このα-MgAgSb溶融凝固体は、従来の焼結体と比較して欠陥が少なく、200℃程度の温度域において高いZT値を有することを確認した。なお、アニーリングは、中温相であるβ-MgAgSb単相とする温度である270℃~340℃の温度範囲において行う。アニーリングは、温度にもよるが、β-MgAgSb単相とできる時間、例えば、2日以上、好ましくは1週間程度の時間行うことが好ましい。
【0014】
これまでのα-MgAgSbの製造は、大量合成に適さないボールミルにより金属成分が合金化した粉末を作成し、これを焼結する方法や、あるいは金属成分を溶融した後、これを粉砕し粉末化した後、焼結により再度一体化するという複雑な工程を経て行われており、大量合成による商品化が難しかった。これに対し、本発明は、大量合成に適している溶融凝固法によるα-MgAgSbによる熱電変換材料の製造方法を確立し、その結果、高性能なα-MgAgSbを簡便に作製することに成功したものである。かかる方法では、熱電特性に影響を与え得る結晶粒径についての制御も容易である。
【0015】
また、焼結法などの従来法により製造されたα-MgAgSbは、SEMにおいて、焼結した結晶間にかなり多くの気孔が観察されるが、本発明の製造方法によるα-MgAgSb溶融凝固体には、このような気孔は観察されず、ほとんど均質であるという特徴を有する。
【0016】
以下、実施例について説明する。但し、実施例は本発明の例示であって、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0017】
実施例1:α-MgAgSb試料の製造
材料:MgAgxSb
【0018】
(1)作製方法:
出発原料として、Mg(純度99.9%)、Sb(純度99.9999%)、Ag(純度99.99%)を使用した。これらをMg:Ag:Sb=1:x:1(x=1、0.99、0.97、または0.95)となるように秤量したものをそれぞれアルミナタンマン管の中に入れ、これをSUS316Lのパイプに封じた。これを電気炉にて1000℃に加熱し、同温度を10時間保持したのち、炉冷した。得られた溶融体を切断し、これをカーボンシートに包み、SUS316のパイプに封じ、それぞれT℃(T=270℃、290℃、300℃、310℃、320℃、330℃、または340℃)にて、1週間アニールを行なった。
【0019】
(2)試料評価:
図1には、x=0.97の試料について、310℃でアニールを行う前と後の試料を粉末X線回折により調べた結果を示した。アニール前に見られたγ-MgAgSb、MgAg、Ag
3Sbの不純物相がアニールにより劇的に減少することが分かる。特にγ-MgAgSb相を減少させることにより、電力因子(S
2/ρ; Sは熱起電力、ρは電気抵抗)は大幅に向上することが分かった。
【0020】
図2に示すように、不純物相のアニール温度及び仕込み組成依存性を調べた結果、Agをわずかに欠損させて秤量したx=0.99、0.97、または0.95の仕込み試料を加熱溶融し、310℃でアニールした時に、最も不純物相の少ないα-MgAgSb試料が得られることが分かった。
【0021】
実施例2:実施例1で得られたα-MgAgSb試料の熱電特性
【0022】
図3には、実施例1で得られた、ほぼ単相のα-MgAgSb試料(x=0.95、0.97、および0.99の仕込み試料を加熱溶融後、310℃にて1週間アニールしたもの)の熱電性能指数ZT(=S
2T/ρκ; κは熱伝導率)の温度依存性を示した。得られた単相α-MgAgSbの熱電性能指数ZTは、x=0.95、470Kにおいて、0.9であった。これはこの温度域におけるビスマス・テルル系材料の熱電性能を上回る。
【0023】
実施例3:実施例1で得られたα-MgAgSb試料のSEM表面観察
【0024】
図4には、実施例1により得られた、溶融体をアニーリングして得られるα-MgAgSbと非特許文献1及び2のようにα-MgAgSbの多結晶をホットプレスすることにより得られたペレットの表面をSEMにより観察した像を示した。
図4から、本発明の製造方法による溶融体はほとんど均質なのに対し、ホットプレスにより得られたペレットの方は、焼結した多結晶の粒間にかなり多くの気孔が存在することが明らかである。ホットプレスにより得られたペレットの相対密度は95%であった。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明により得られるα-MgAgSbからなる熱電変換材料は、100℃から250℃の温度領域において高い熱電変換性能を有しており、各種産業の排熱などの、この温度領域における排熱を電力に変換し、エネルギー回収するなどの用途に有用である。