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特許7603334網膜血管疾患の非ヒトモデル動物とその作製方法、及び、網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-12
(45)【発行日】2024-12-20
(54)【発明の名称】網膜血管疾患の非ヒトモデル動物とその作製方法、及び、網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20240101AFI20241213BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20241213BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20241213BHJP
   C12N 15/54 20060101ALN20241213BHJP
   C12N 15/10 20060101ALN20241213BHJP
   C12N 15/90 20060101ALN20241213BHJP
【FI】
A01K67/027 ZNA
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12N15/54
C12N15/10 200Z
C12N15/90 104Z
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2023064065
(22)【出願日】2023-04-11
(62)【分割の表示】P 2018150343の分割
【原出願日】2018-08-09
(65)【公開番号】P2023093570
(43)【公開日】2023-07-04
【審査請求日】2023-04-19
(31)【優先権主張番号】P 2017156031
(32)【優先日】2017-08-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行者名 公益財団法人日本眼科学会 刊行物名 日本眼科學會雑誌 第121回臨時増刊号 Volume121 「第121回日本眼科学会総会講演抄録」 第258ページ 発行年月日 平成29年3月8日 に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 掲載年月日 平成29年3月15日 掲載アドレス https://www.myschedule.jp/121jos/search/detail_program/id:543 に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 集会名 第121回日本眼科学会総会 開催場所 東京国際フォーラム(東京都千代田区丸の内3丁目5-1) 開催日 平成29年4月9日 で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 掲載年月日 平成29年7月26日 掲載アドレス http://www.kanae-zaidan.com/publication/doc/search/2015BXKi.pdf に発表
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】弁理士法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】福嶋 葉子
(72)【発明者】
【氏名】西田 幸二
(72)【発明者】
【氏名】仲野 徹
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】Oncogene,2007年,Vol.26,pp.4882-4888, Supplementary Information
【文献】Oncogene,2006年,Vol.25,pp.2697-2707, Supplementary Information
【文献】PNAS,2004年,Vol.102, No.1,pp.128-133
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/00-67/04
C12N 15/00-15/90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
網膜血管疾患の非ヒトモデル哺乳動物であって、
前記非ヒトモデル哺乳動物は、恒常活性化型Akt変異タンパク質をコードする核酸配列を含むゲノムを有し、
前記恒常活性化型Akt変異タンパク質は、
(i)E40K又はE17K置換変異を有する、又は、
(ii)N末端において、プレクストリン相同性(PH)ドメインがミリストイル化シグナル配列で置換されており、
前記恒常活性化型Akt変異タンパク質をコードするDNAを含むコンストラクトが導入されたトランスジェニック非ヒト哺乳動物であって、ここで、前記コンストラクトには、前記DNAが、前記恒常活性化型Akt変異タンパク質の活性化状態への移行が人為的操作によって行われるように含まれている、トランスジェニック非ヒト哺乳動物において、
前記恒常活性化型Akt変異タンパク質の活性化状態への移行を生後1~日目における任意の期間行うことにより、網膜血管疾患が誘導され、
前記網膜血管疾患が、糖尿病網膜症、未熟児網膜症、網膜静脈閉塞症、及び、コーツ病から選択される疾患であり、かつ、
前記網膜血管疾患が、網膜浮腫、網膜出血、網膜毛細血管瘤、及び、網膜血管の拡張から選択される少なくとも1の症状を呈する、網膜血管疾患の非ヒトモデル哺乳動物。
【請求項2】
前記恒常活性化型Akt変異タンパク質が、恒常活性化型Akt変異タンパク質-Merである請求項1に記載の網膜血管疾患の非ヒトモデル哺乳動物。
【請求項3】
前記恒常活性化型Akt変異タンパク質は、発現がCre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型Akt変異タンパク質である請求項1に記載の網膜血管疾患の非ヒトモデル哺乳動物。
【請求項4】
網膜血管疾患の非ヒトモデル哺乳動物の作製方法であって、
恒常活性化型Akt変異タンパク質をコードするDNAを含むコンストラクトが導入されたトランスジェニック非ヒト哺乳動物を作製する工程であって、ここで、前記コンストラクトには、前記DNAが、前記恒常活性化型Akt変異タンパク質の活性化状態への移行が人為的操作によって行われるように含まれており、
前記DNAは、
(i)E40K又はE17K置換変異を有する、又は、
(ii)N末端において、プレクストリン相同性(PH)ドメインがミリストイル化シグナル配列で置換されている、恒常活性化型Akt変異タンパク質をコードする、工程、
前記恒常活性化型Akt変異タンパク質の活性化状態への移行を生後1~日目における任意の期間行うことにより、網膜血管疾患が誘導する工程、を含み、
ここで、前記網膜血管疾患が、糖尿病網膜症、未熟児網膜症、網膜静脈閉塞症、及び、コーツ病から選択される疾患であり、かつ、
前記網膜血管疾患が、網膜浮腫、網膜出血、網膜毛細血管瘤、及び、網膜血管の拡張から選択される少なくとも1の症状を呈する、網膜血管疾患の非ヒトモデル哺乳動物の作製方法。
【請求項5】
前記恒常活性化型Akt変異タンパク質が恒常活性化型Akt変異タンパク質-Merであり、前記恒常活性化型Akt変異タンパク質の活性化状態への移行を前記トランスジェニック非ヒト哺乳動物への4-ヒドロキシタモキシフェンの投与により行う請求項4に記載の網膜血管疾患の非ヒトモデル哺乳動物の作製方法。
【請求項6】
前記4-ヒドロキシタモキシフェンを、生後1日~日までの任意の期間に5~50μg/g体重/日投与する請求項5に記載の網膜血管疾患の非ヒトモデル哺乳動物の作製方法。
【請求項7】
前記恒常活性化型Akt変異タンパク質が、発現がCre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型Akt変異タンパク質であり、
前記トランスジェニック非ヒト哺乳動物の作製を、LoxP配列の介在により前記恒常活性化型Akt変異タンパク質の発現が阻止された状態で前記恒常活性化型Akt変異タンパク質をコードするDNAが配置されたコンストラクトを導入することにより行い、ここで、前記DNAは、
(i)E40K又はE17K置換変異を有する、又は、
(ii)N末端において、プレクストリン相同性(PH)ドメインがミリストイル化シグナル配列で置換されている、恒常活性化型Akt変異タンパク質をコードし、
前記恒常活性化型Akt変異タンパク質の活性化状態への移行を、前記トランスジェニック非ヒト哺乳動物と、血管特異的又は時期特異的にCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニック非ヒト哺乳動物とを交配させ、前記コンストラクトを含む細胞内で血管特異的又は時期特異的にCreリコンビナーゼを発現又は活性誘導できる子孫を得ることにより行う、請求項4に記載の網膜血管疾患の非ヒトモデル哺乳動物の作製方法。
【請求項8】
網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法であって、
請求項1~3の何れか一項に記載の網膜血管疾患の非ヒトモデル哺乳動物に被験物質を投与する工程、
前記被験物質の治療効果又は予防効果を判定する工程を有し、
ここで、前記網膜血管疾患が、糖尿病網膜症、未熟児網膜症、網膜静脈閉塞症、及び、コーツ病から選択される疾患であり、かつ、
前記網膜血管疾患が、網膜浮腫、網膜出血、網膜毛細血管瘤、及び、網膜血管の拡張から選択される少なくとも1の症状を呈する、網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病網膜症に代表される網膜血管疾患の非ヒトモデル動物、網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法、及び、網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニ
ング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
網膜血管疾患とは、網膜の少なくとも一部の血管に、出血や滲出、血管瘤、浮腫、虚血、梗塞等の病的変化が生じ、かかる網膜血管の病的変化に起因する眼疾患の総称である。網膜血管疾患は、糖尿病網膜症、未熟児網膜症、及び、網膜静脈閉塞症が代表的症例であり、コーツ病等も含まれる。
【0003】
糖尿病にみられる慢性合併症は、細動脈や毛細血管等の細小血管障害に起因しており、網膜症、腎症、及び、神経障害等をきたす。特に、糖尿病網膜症は、高血糖状態の持続による網膜の細小血管障害に起因する疾患であり、壮年期の失明原因となり得る。糖尿病網膜症の有病率を報告した世界35研究を基にしたメタ研究では、糖尿病患者の3人に1人が何らかの網膜症をもち、8~9人に1人が視力を脅かす危険のある網膜症を有していると報告されている。
【0004】
網膜静脈閉塞症は、高血圧や動脈硬化が危険因子とされており、有病率は40歳以上の2%と比較的頻度の高い疾患である。失明まで至ることは少ないが、歪視などを伴う視力低下があり視覚の質は著しく低下する。
【0005】
未熟児網膜症は小児失明疾患の主因であり、世界で失明患者は5万人を超えるとされる。本邦では、盲学校における失明原因の1位であり、新生児医療の向上と共に重症例が増加している。
【0006】
糖尿病網膜症をはじめとする網膜血管疾患では、血管閉塞による網膜虚血と血管透過性亢進による網膜浮腫が視力低下の要因となる。虚血網膜は低酸素に陥り血管内皮増殖因子(以下、「VEGF」と略する)を産生し血管新生を誘導するが、病的新生血管は網膜から逸脱して形成されるため虚血の改善には繋がらない。更に、新生血管は脆弱で容易に出血することに加えて、血管周囲の膜状組織の収縮で網膜剥離をきたし、失明に至る。一方、網膜浮腫は網膜血管の閉塞や炎症に続発する血管拡張や血管瘤などを基盤として、血管透過性の亢進が起こり浮腫を生じる。網膜浮腫は失明しないものの高度の視力低下を示し、長期化すれば視細胞や網膜神経細胞は不可逆的な変性に至り、浮腫が解消しても視力回復は得られない。
【0007】
網膜血管疾患における虚血(とそれに続く眼内出血や網膜剥離)に対する治療法として、光凝固術や硝子体手術等の外科的処置療法、及びVEGFタンパクを阻害する抗VEGF薬等の薬物療法が知られている。これらの治療法は網膜虚血に対して、病的血管新生を阻害することを目的としており虚血を改善するものではないが、進行を停止させ失明を防ぐ治療効果が認められている。一方、網膜浮腫に対しては、近年承認された抗VEGF薬を中心とする治療が行われている。抗VEGF薬によって得られる透過性亢進の抑制効果は一時的で、再発を繰り返すため非常に高額な薬剤を継続して眼内に投与する必要がある。本邦における糖尿病黄斑症の有病者数が約110万人という点を鑑みると、今後さらなる医療費の増大は避けられない。また、視力の改善効果については十分とは言いがたく、新たな治療薬の開発が求められている。
【0008】
糖尿病腎症では、高血糖状態の持続により、糸球体の細小血管が硬化し腎機能が低下する。進行例では、虚血状態が生じることで腎臓の硬化が促進され、腎不全に至る。糖尿病腎症の治療は、血糖と血圧の厳格なコントロールを中心におこなわれ、アンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬等による治療が一定の治療効果が認められているが、糖尿病腎症を根治するには至らない。腎不全に至ると、透析療法による治療に移行する。
【0009】
疾患の治療法や予防法、診断法の開発、及び、病態の解析等において、疾患非ヒトモデル動物を使用する試みが行われている。例えば、糖尿病非ヒトモデル動物として、自然発症モデル動物、遺伝子改変モデル動物、薬剤等による発症誘導モデル動物が作製されたことが報告されている。また、高酸素負荷により、網膜虚血を人為的に誘導し、異常新生血管を形成する非ヒトモデル動物が報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【文献】L.E. Smith他著, “Oxygen-induced retinopathy in the mouse”, Investigative Ophthalmology & Visual Science January 1994, Vol.35, 101-111
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
糖尿病網膜症をはじめとする網膜血管疾患及び糖尿病腎症の治療法や予防法は確立しておらず、治療法及び予防法の確立は喫緊の課題となっている。有効な治療法及び予防法の確立が困難である原因として、適切な非ヒトモデル動物が存在しないことが挙げられる。これまでに報告された非ヒトモデル動物は、ヒト糖尿病網膜症等のヒト網膜血管疾患やヒト糖尿病腎症に類似する症状を呈するものではない。特に、血管透過性の亢進により網膜浮腫をきたすタイプの網膜血管疾患の非ヒトモデル動物についての報告はない。
【0012】
そこで、本発明は、ヒト糖尿病網膜症をはじめとするヒト網膜血管疾患に類似する症状を良好に呈することができる網膜血管疾患の非ヒトモデル動物、及び、その作製方法の提供を課題とする。即ち、網膜血管疾患の治療法や予防法、診断法の開発、網膜血管疾患の発症機構や病態の解明に利用することができる網膜血管疾患の非ヒトモデル動物、及び、その作製方法の提供を課題とする。特に、高度の視力障害の要因となる網膜浮腫に対する治療法や予防法、診断法の確立に好適な非ヒトモデル動物、及び、その作製方法の提供を課題とする。更に、本発明は、非ヒトモデル動物を利用した網膜血管疾患の治療及び予防用薬剤のスクリーニング方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決すべく研究を重ねた結果、非ヒト動物においてヒト網膜血管疾患に類似する症状を誘導するため、セリン/スレオニンキナーゼであるAktタンパク質に着目した。発生期の網膜血管にAktを持続的に活性化させた状態とすることで、瘤状変化を伴う血管径の拡大や血管伸長の遅延、及び、血管透過性の亢進等が認められた。これらの知見に基づいて、ヒト網膜血管疾患に類似する症状を呈する非ヒトモデル動物の作製に成功し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、上記の課題を達成するため、下記の〔1〕~〔10〕の構成、方法からなる発明を提供する。
【0015】
〔1〕恒常活性化型Aktを発現している網膜血管疾患の非ヒトモデル動物。
〔2〕前記恒常活性化型Aktが、恒常活性化型Akt-Merである上記〔1〕の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物。
〔3〕前記恒常活性化型Aktは、前記発現がCre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型Aktである上記〔1〕の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物。
〔4〕前記網膜血管疾患が、糖尿病網膜症である上記〔1〕~〔3〕の何れかの網膜血管疾患の非ヒトモデル動物。
〔5〕前記網膜血管疾患が、網膜浮腫、網膜出血、網膜毛細血管瘤、及び、網膜血管の拡張から選択される少なくとも1の症状を呈する上記〔1〕~〔4〕の何れかの網膜血管疾
患の非ヒトモデル動物。
【0016】
上記〔1〕~〔5〕の構成によれば、ヒト糖尿病網膜症をはじめとするヒト網膜血管疾患に類似する症状を呈する網膜血管疾患の非ヒトモデル動物を提供することができる。本構成の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、網膜出血や毛細血管瘤の構造等がヒト糖尿病網膜症の病理標本と類似しており、特に、現在有効な治療法がない、血管透過性の亢進による網膜浮腫の症状を再現できる非ヒトモデル動物を提供することができる。したがって、本構成の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、網膜血管疾患の治療法や予防法、診断法の探索、及び、病態の解析等の研究材料として好適に利用することができる。更に、本構成の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、重症度を制御できることから、症状の進行度に応じた治療法や、予防法、診断法の探索を行うことができる共に、発症過程や進行過程等の病態の解析等の研究材料として好適に利用することができる。
【0017】
特に、上記〔2〕及び〔3〕の構成によれば、それぞれ4-ヒドロキシタモキシフェン及びCreリコンビナーゼにより、恒常活性化型AktのAkt活性を制御することができる。したがって、簡便な人為的操作により、所望のヒト網膜血管疾患に類似する症状を呈する非ヒトモデル動物を提供することができる。網膜血管疾患の重症度等を制御できることから、症状の進行度に応じた治療法や予防法、診断法の探索や、発症過程や進行過程等の病態の解析等の研究材料として特に好適に利用することができる網膜血管疾患の非ヒトモデル動物を提供することができる。また、上記〔4〕の構成によれば、糖尿病網膜症の治療法や予防法、診断法の探索、及び、病態の解析等の研究材料として好適に利用することができる非ヒトモデル動物を提供することができる。上記〔5〕の構成によれば、網膜血管疾患に特有の症状を呈する非ヒトモデル動物を提供することができる。特に現在有効な治療法がない、血管透過性の亢進による網膜浮腫の症状を再現できる非ヒトモデル動物を提供することができる。
【0018】
〔6〕網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法であって、
Akt活性を人為的操作により制御が可能なように恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトが導入されたトランスジェニック非ヒト動物を作製する工程、
前記恒常活性化型AktのAkt活性を制御することにより、網膜血管疾患を誘導する工程、
を含む、網膜血管疾患非ヒトモデル動物の作製方法。
〔7〕前記恒常活性化型Aktが恒常活性化型Akt-Merであり、前記恒常活性化型AktのAkt活性の制御を前記トランスジェニック非ヒト動物への4-ヒドロキシタモキシフェンの投与により行う上記〔6〕の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法。
〔8〕前記4-ヒドロキシタモキシフェンを、生後1日~14日までの任意の期間に5~50 μg/g 体重/日投与する上記〔7〕の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法。
〔9〕前記恒常活性化型Aktが、発現がCre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型Aktであり、
前記トランスジェニック非ヒト動物の作製を、LoxP配列の介在により前記恒常活性化型Aktの発現が阻止された状態で前記恒常活性化型AktをコードするDNAが配置されたコンストラクトを導入することにより行い、
前記恒常活性化型AktのAkt活性の制御を、前記トランスジェニック非ヒト動物と、血管特異的又は時期特異的にCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニック非ヒト動物とを交配させ、前記コンストラクトを含む細胞内で血管特異的又は時期特異的にCreリコンビナーゼを発現又は活性誘導できる子孫を得ることにより行う、上記〔6〕の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法。
【0019】
上記〔6〕~〔8〕の方法によれば、ヒト糖尿病網膜症をはじめとするヒト網膜血管疾患に類似する症状を呈する非ヒトモデル動物を作製することができる。本方法で作製される非ヒトモデル動物は、網膜出血や毛細血管瘤の構造等がヒト糖尿病網膜症の病理標本と類似しており、特に、現在有効な治療法がない、血管透過性の亢進による網膜浮腫の症状を再現できる。また、本方法で作製された網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、恒常活性化型AktのAkt活性の制御から極めて短時間でヒト網膜血管疾患の症状を呈することができる。したがって、本方法は、網膜血管疾患の治療法や予防法、診断法の探索、及び、病態の解析等の分野で好適に利用することができる。更に、本方法によって作製される非ヒトモデル動物は、恒常活性化型AktにおけるAkt活性の状態を人為的操作することにより重症度を制御できることから、症状の進行度に応じた治療法や予防法、診断法の探索や、特に発症過程や進行過程等の病態の解析等の研究材料として非常に好適に利用することができる。
【0020】
特に、上記〔7〕~〔9〕の方法によれば、それぞれ4-ヒドロキシタモキシフェン及びCreリコンビナーゼにより、恒常活性化型AktのAkt活性を制御することができる。したがって、簡便な人為的操作により、所望のヒト網膜血管疾患に類似する症状を呈する非ヒトモデル動物を作製することができる。また、網膜血管疾患の重症度等を制御できることから、症状の進行度に応じた治療法や予防法、診断法の探索や、発症過程や進行過程等の病態の解析等の研究材料として特に好適に利用することができる。
【0021】
〔10〕網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法であって、
上記〔1〕~〔5〕の何れかの網膜血管疾患の非ヒトモデル動物に被験物質を投与する工程、
前記被験物質の治療効果又は予防効果を判定する工程を有する、網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法。
【0022】
上記〔10〕の方法によれば、ヒト網膜血管疾患と類似した症状を呈する非ヒトモデル動物を使用する網膜血管疾患の治療及び予防用薬剤のスクリーニング方法を提供することができる。ヒト網膜血管疾患と類似した症状を呈する非ヒトモデル動物を使用するため、高い信頼度で被験物質の治療効果及び予防効果を判定することができる。また、恒常活性化型AktのAkt活性の制御により網膜血管疾患の重症度を制御できることからも、症状に応じた治療及び予防用薬剤の開発を行うことができる。更に、現在有効な治療法が存在しない血管透過性の亢進により網膜浮腫をきたす網膜血管疾患の治療及び予防用薬剤の開発にも好適に利用することができる。したがって、本スクリーニング方法は、網膜血管疾患の治療及び予防技術の発展に多大な貢献が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】実施例1で検討した恒常活性化型Akt-Mer 発現トランスジェニック非ヒト動物の構築の模式図である。
図2】実施例1で検討した恒常活性化型Akt-Mer発現ベクターの構築の模式図である。
図3】実施例2で検討した網膜におけるAkt活性の確認した結果を示すウエスタンブロット。
図4】実施例3で検討したAktの持続活性化が網膜に与える影響の結果を示す網膜の光学顕微鏡画像である。
図5】実施例4で検討したAktの持続活性化が網膜血管新生に与える影響の結果を示す網膜のホールマウント免疫染色画像である。
図6】実施例4で検討したAktの持続活性化が網膜毛細血管形状に与える影響の結果を示す網膜のホールマウント免疫染色画像であり、図5の拡大図である。
図7】実施例4で検討したAktの持続活性化が網膜毛細血管形状に与える影響の結果を示す血管伸長(mm)、動脈径(μm)、静脈径(μm)の計測結果のグラフである。
図8】実施例5で検討したAktの持続活性化(低活性化)が網膜毛細血管形状に与える影響の結果を示す網膜のホールマウント免疫染色画像である。
図9】実施例5で検討したAktの持続活性化(低活性化)が網膜毛細血管形状に与える影響の結果を示す網膜あたりの毛細血管瘤の数の計測結果のグラフである。
図10】実施例5で検討したAktの持続活性化(低活性化)が網膜毛細血管形状に与える影響の結果を示す網膜のホールマウント免疫染色画像と、ヒト糖尿病網膜症の病理標本との比較である。
図11】実施例6で検討したAktの持続活性化が網膜の血管透過性に与える影響の結果を示す網膜の実体顕微鏡画像である。
図12】実施例6で検討したAktの持続活性化が網膜の血管透過性に与える影響の結果を示す網膜血管から漏出したエバンスブルーの蛍光強度の計測結果のグラフである。
図13】実施例7で検討したAktの持続活性化が網膜表層に与える影響の結果を示す網膜の顕微鏡画像である。
図14】実施例8で検討したAktの持続活性化による血管形態異常の要因解析(血管内皮細胞及びアストロサイト)の結果を示す網膜のホールマウント免疫染色画像である。
図15】実施例9で検討したAktの持続活性化による血管形態異常の要因解析(VEGF発現量)の結果を示すウエスタンブロット及びグラフである。
図16】実施例10で検討したAktの長時間持続活性化が網膜に与える影響の結果を示す網膜のホールマウント免疫染色画像である。
図17】実施例11で検討したAktの持続活性化の活性度及び活性期間が網膜に与える影響の結果を示す網膜のホールマウント免疫染色画像である。
図18】実施例11で検討したAktの持続活性化の活性度及び活性期間が網膜に与える影響の結果を示す網膜あたりの毛細血管瘤の数の計測結果のグラフである。
図19】実施例12で検討した網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニングへの利用の結果を示す薬剤投与後の網膜のホールマウント免疫染色画像である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は、後述する実施形態に限定されるものではない。
【0025】
〔非ヒトモデル動物〕
(網膜血管疾患の非ヒトモデル動物)
本実施形態に係る非ヒトモデル動物は、網膜血管疾患の病態を呈する網膜血管疾患の非ヒトモデル動物に関する。本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、恒常活性化型Aktを発現する。
【0026】
本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物において、動物は、ヒト以外の哺乳動物であり、その種は特に限定されない。例えば、マウス、モルモット、ハムスター、ラット等の齧歯目動物、ウサギ、イヌ、ネコ、サル、ヒツジ、ブタ、ウシ、及び、ウマ等を挙げることがきるが、好ましくは、マウスである。
【0027】
本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物において、網膜血管疾患とは、網膜の少なくとも一部の血管に、出血や滲出、血管瘤、浮腫、虚血、梗塞等の病的変化が生じ、かかる網膜血管の病的変化に起因する眼疾患の総称である。網膜血管疾患は、糖尿病網膜症、未熟児網膜症、及び、網膜静脈閉塞症が代表的症例であり、コーツ病等も含まれる。本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は何れを対象とする。
【0028】
糖尿病網膜症は、糖尿病の合併症の1つであり、高血糖状態の持続による網膜の細小血管障害に起因する疾患である。糖尿病網膜症は、重症度により、例えば、単純網膜症、増殖前網膜症、及び、増殖網膜症の三段階に分類することができ、本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は何れを対象とする。単純網膜症では、細小血管壁が障害されて毛細血管瘤及び点状網膜出血等が生じる。詳細には、網膜細小血管において、血管内皮細胞の変性や周皮細胞の脱落及び変性、及び基底膜肥厚等により血管壁が脆弱化し、それにより、毛細血管瘤の形成及びその破綻により点状出血が生じる。増殖前網膜症では、細小血管の一部が閉塞して虚血部分が生じる。増殖網膜症では、網膜の虚血状態を補うため新生血管が現れ、新生血管が網膜の表面や硝子体に伸びていく。新生血管は、未熟であるため脆弱で容易に破綻し出血を起こしやすく、また、増殖組織といわれる線維性の増殖膜が形成され、周囲の網膜を牽引し網膜を剥離させる。そして、重症度には関係なく、網膜の毛細血管瘤の形成等に起因する毛細血管の透過性亢進により血漿成分が網膜内に貯留して網膜浮腫が生じる。
【0029】
網膜静脈閉塞症は、網膜静脈の閉塞に起因する疾患であり、網膜中心静脈の閉塞により発症する網膜中心静脈閉塞症、網膜中心静脈より末梢側の静脈閉塞により発症する網膜静脈分枝閉塞症があり、本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は何れをも対象とする。発症初期には、静脈潅流圧の上昇と血流のうっ滞により網膜出血及び浮腫が生じる。慢性期には、閉塞静脈の周辺毛細血管の拡張や蛇行及び血管瘤の形成などが起こり、網膜浮腫が持続する。静脈閉塞が高度の場合は、網膜虚血を示し、他の網膜血管疾患と同様に病的血管新生が誘導されて網膜剥離へと進展する。
【0030】
未熟児網膜症は、低出生体重児や在胎週数が37週未満で出生した早産児にみられる網膜血管の未熟性に起因する疾患である。進行が穏やかなI型と急速に進行するII型に分類される。I型は重症度に従い5段階に分類される。本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は何れをも対象とする。I型は重症度に従い5段階の病期に分類し、第1段階では視神経乳頭から周辺に向けて伸長過程にある血管の先端に境界線とよばれる組織ができ、第2段階では、線維成分を伴う血管増殖がおこり境界線の厚みが増す。第3段階では、線維血管増殖組織が硝子体側に突出して伸長する。第4及び第5段階では、硝子体側に増大した線維血管増殖組織の収縮により周囲の網膜を牽引し網膜を剥離させる。全ての段階において、網膜静脈の拡張と動脈の蛇行は悪化を示す徴候とされている。II型では、網膜血管の拡張と蛇行が顕著で、段階的な進行はせずに急速に網膜剥離に至る。
【0031】
このような網膜血管疾患の眼底所見としては、例えば、毛細血管瘤、網膜点状・斑状・線状出血等の限局性出血、硬性白斑、網膜浮腫、網膜肥厚、軟性白斑、静脈異常、網膜内細小血管異常、網膜・乳頭上新生血管、網膜前・硝子体出血、線維血管性増殖膜、網膜剥離等が挙げられる。
【0032】
本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、上記1又は複数の症状を呈する。例えば、本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、網膜浮腫、網膜出血、網膜毛細血管瘤、及び網膜血管の拡張等を、実体顕微鏡や蛍光顕微鏡によって確認することができる。好ましくは、血管内皮細胞等を免疫染色等により染色した蛍光顕微鏡画像として網膜血管異常等を確認することができる。例えば、1網膜当たり50個以上、特に好ましくは80個以上の毛細血管瘤の形成や、正常網膜血管と比較して1.5倍、特に好ましくは2倍以上の血管径の拡張で特徴づけられる。また、好ましくは、色素の血管外漏出や網膜厚の測定等により網膜浮腫等を確認することができる。例えば、正常網膜厚と比較して1.2倍以上、特に好ましくは1.5倍以上の網膜厚で特徴付けられる。
【0033】
Aktは、プロテインキナーゼBとも称されるPH(Plekstrin Homology; プレクストリン相同)ドメインをN末端に有するセリン/スレオニンキナーゼであり、重要な細胞内シグナル伝達因子として知られている。Aktは、PI3キナーゼ依存的に活性化し、様々な細胞内基質をリン酸化する。本発明者らは、Akt活性(キナーゼ活性)を制御することにより、幹細胞の分化多能性の維持、及び、所望に応じて分化させる技術を報告している(特開2005-304487号を参照)。
【0034】
Aktはあらゆる高等動物細胞に普遍的に存在する。例えば、Aktは、酵母から線虫・ショウジョウバエ、哺乳動物まで保存されたタンパク質である(酵母については、Fabrizio P. et al., Science 2001 Apr 13:292(5515):288-290. Epub 2001 Apr 05を、線虫については、Paradis S. et al., Genes Dev. 1998 Aug 15:12(16):2488-98を、ショウジョウバエについては、Staveley BE. et al., Curr. Biol. 1998 May 7:8(10):599-602を参照のこと)。また、哺乳動物のAktは様々な組織でユビキタスに発現している(Altomare D. A. et al., Oncogene 11:1055-1060, Altomare, D. A. et al., Oncogene 116:2407-2411, Brodbeck D. et al., J. Biol. Chem. 274:9133-9136, Nakatani K. et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 257:906-910を参照のこと)。
【0035】
本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物において発現する恒常活性化型Aktとは、Akt活性が恒常的に活性化されているものであれば特に限定されない。また、恒常活性化型Aktはいかなる高等動物由来のものでもよい。また、恒常活性化型Aktの由来は、発現導入される非ヒト動物と同種由来であってもよく、異種由来であってもよい。好ましくは、ヒト由来のものである。
【0036】
ヒト由来のAktには、Akt-1、Akt-2、及び、Akt-3 の3つのアイソフォームが知られており、そのアミノ酸配列の相同性は非常に高い。野生型ヒトAktとしては、例えば、配列番号3又は配列番号5で表される塩基配列でコードされ、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列からなるヒト野生型Akt-1(Accession No. AH011307、又は、NM_001014432)等を挙げることができる。また、配列番号7で表される塩基配列でコードされ、配列番号8で表されるアミノ酸配列からなるヒト野生型Akt-2(Accession No. NM_001626)や、配列番号9で表される塩基配列でコードされ、配列番号10で表されるアミノ酸配列からなるヒト野生型Akt-3(Accession No. NM_181690)を挙げることができる。しかしながら、これに限定するものではなく、Aktとしては、上記したアミノ酸配列に対して、少なくとも一定割合の配列同一性を有するアミノ酸配列、又は、上記したアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加の少なくとも1つの改変を有するアミノ酸配列を有し、上記したAktの性質を有するものが含まれる。
【0037】
Akt-1の活性化には308位のトレオニン(Thr-308)と473位のセリン(Ser-473)の2箇所のリン酸化が必要であり、Akt-2の活性化には309位のトレオニン(Thr-309)と474位のセリン(Ser-474)の2箇所のリン酸化が、Akt-3の活性化には305位のトレオニン(Thr-305)と472位のセリン(Ser-472)の2箇所のリン酸化が必要である。これらのAktファミリーにおけるリン酸化はPI3キナーゼの下流で制御されている。詳細には、PI3キナーゼによって産生されたPI(3,4,5)P3等にAktのPHドメインが結合することによりAktが細胞膜に移行する。細胞膜近傍でAktはPDK1及びmTORC2複合体により上記した部位のリン酸化を受けて活性化する。
【0038】
恒常活性化型Aktとしては、上記した活性化に関連する箇所がリン酸化されたものが含まれ、例えば、野生型ヒトAkt-1のThr-308とSer-473が恒常的にリン酸化されているもの、野生型ヒトAkt-2のThr-309とSer-474が恒常的にリン酸化されているもの、及び、野生型Akt-3のThr-305とSer-472が恒常的にリン酸化されているものが挙げられる。Akt-1において、リン酸化の対象となるアミノ酸残基は、好ましくは配列番号4又は配列番号6を参照配列としたときの308位に相当する位置のThr残基及び473位に相当するSer残基であり、Akt-2及びAkt-3のリン酸化の対象となるアミノ酸残基についても同様である。
【0039】
恒常活性化型Aktとしては、例えば、AktのN末端又はC末端に膜局在化シグナル配列を付加したものを挙げることができる。恒常活性化型Aktとしては、好ましくは、野生型AktのN末端のPHドメインを欠損させ、その代わりにN末端にミリスチン酸化シグナルを付加したものや、野生型AktのN末端にミリスチン酸化シグナルを付加したものが挙げられる。ミリスチン酸化シグナルによって、Aktは恒常的に膜結合型となり、細胞膜に存在するキナーゼによって恒常的にリン酸化され、Akt活性(キナーゼ活性)が活性化された状態となる。ミリスチン酸化シグナル配列は、好ましくは、N末端側からMet-Gly-Xaa-Xaa-Xaa-Ser/Ala/Thr/Phe-Xaa-Xaa-Xaaモチーフ(Xaaは任意のアミノ酸である)(配列番号11)を含む(Utsumi T. et al., The Journal of Biological Chemistry 276(13):10505-10513等を参照のこと)。ミリスチン酸化シグナル配列としては、例えば、c-Src由来のN末端ミリスチン酸化シグナル配列(MGSSKSKPKDPSQR(配列番号12)及びMGSSKSKPKDPSQRRRRIRT(配列番号13))等を利用することができるが、これらに限定するものではない。
【0040】
更に、野生型ヒトAkt-1の第40位のグルタミン酸(Glu-40)がリシン(Lys)に置換された変異体(以下、「E40K-Akt-1」と略する場合がある)や、野生型ヒトAkt-1の第17位のグルタミン酸(Glu-17)がリシン(Lys)に置換された変異体(以下、「E17K-Akt-1」と略する場合がある)等の、恒常活性化型のAkt変異体であってもよい。同様に、野生型ヒトAkt-2及び野生型ヒトAkt-3において、上記置換E40K、E17Kを有するものもAkt変異体に含めることができる。このような変異体は、自然界をスクリーニングすることにより、若しくは、遺伝子クローニング技術を用いて取得することができる。例えば、公知の変異導入技術を利用して取得することができ、野生型Aktをコードする核酸分子に変異部位を挿入することによって行うことができる。変異部位を挿入する方法としては、特に制限はなく、当該技術分野で公知の変異型タンパク質作製のための変異導入技術を利用することができる。例えば、部位特異的突然変異誘発法、PCR法等を利用して変異を導入するPCR突然誘発法、あるいは、トランスポゾン挿入突然変異誘発法等の公知の変異導入技術を利用することができる。また、市販の変異導入用キット(例えば、QuikChange(登録商標) Site-directed Mutagenesis Kit(Stratagene社製)等)を利用してもよい。
【0041】
Akt-1において、置換対象となるアミノ酸残基は、好ましくは配列番号4又は配列番号6を参照配列としたときの40位に相当する位置のGlu残基及び17位に相当するGlu残基である。置換位置は、異なる配列を有するAkt-1のアミノ酸配列と、配列番号4又は配列番号6に開示のAkt-1のアミノ酸配列とのアラインメントに基づいて決定することができる。Akt-2及びAkt-3における置換対象となるアミノ酸残基についても、配列番号8及び配列番号10を参照配列として同様にして決定することができる。したがって、恒常活性化型のAkt変異体としては、上記したアミノ酸配列に対して、上記置換位置のアミノ酸置換が生じている限り、少なくとも一定割合の配列同一性を有するアミノ酸配列、又は、上記したアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加の少なくとも1つの改変を有するアミノ酸配列を有し、上記した恒常活性化型Aktの性質を有するものも含まれる。
【0042】
恒常活性化型Aktとしては、例えば、配列番号1に示す塩基配列からなる核酸分子によってコードされるタンパク質が含まれ、そのアミノ酸配列を配列番号2に示す。しかしながら、これに限定するものではなく、恒常活性化型Aktとしては、配列番号2に示すアミノ酸配列に対して、少なくとも一定割合の配列同一性を有するアミノ酸配列、又は、配列番号2に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加の少なくとも1つの改変を有するアミノ酸配列を有し、上記した恒常活性化型Aktの性質を有するものも含まれる。
【0043】
ここで、少なくとも一定割合の配列同一性とは、好ましくは、70、75、80、又は85%以上の配列同一性、更に好ましくは、90%以上の配列同一性、特に好ましくは、95、96、97、98、又は99%以上の配列同一性を保持することを意味する。
【0044】
このような改変体は、自然界をスクリーニングすることにより、若しくは、遺伝子クローニング技術を用いて取得することができる。また、アミノ酸配列の改変に際しては、当業者は、上記特性を保持する改変を容易に予測することができる。具体的には、例えばアミノ酸置換の場合には、タンパク質構造保持の観点から極性、電荷、親水性、若しくは疎水性等の点で置換前のアミノ酸と類似した性質を有するアミノ酸に置換することができる。このような置換は保守的置換として当業者には周知である。具体例を挙げると、例えば、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファンは、共に非極性アミノ酸に分類されるため、互いに似た性質を有する。また、非荷電性アミノ酸としては、グリシン、セリン、スレオニン、システイン、チロシン、アスパラギン、グルタミンが挙げられる。また、酸性アミノ酸としては、アスパラギン酸及びグルタミン酸が挙げられる。また、塩基性アミノ酸としては、リジン、アルギニン、ヒスチジンが挙げられる。これらの各グループ内のアミノ酸置換は、タンパク質の機能が維持されるとして許容される。
【0045】
本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物において発現する恒常活性化型Aktとしては、そのAktのキナーゼ活性を人為的操作により制御可能なものが好ましい。Akt活性を人為的操作により制御可能な恒常活性化型Aktとしては、例えば、恒常活性化型Aktと、そのAkt活性を生体外からの刺激により調節できるタンパク質がインフレームに連結した融合タンパク質、恒常活性化型Aktが、そのAkt活性を生体外から刺激により調節できるタンパク質と共発現しているもの、そして、恒常活性化型AktをコードするDNAと、部位特異的組換えタンパク質等の作用により自在に恒常活性化型AktをコードするDNAの発現を制御できる配列とを含むDNAによってコードされるもの等が挙げられるが、これらに限定するものではない。恒常活性化型Aktは、好ましくは、後述する活性化型Akt-Mer、及び、発現がCre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型Aktを挙げることができる。
【0046】
恒常活性化型Aktの一例である恒常活性化型Akt-Merは、恒常活性化型Aktと改変型エストロゲンレセプター(Mer:Modified Estrogen Receptor)がインフレームに連結した融合タンパク質であるが、恒常活性化型AktとMerの間にタグ配列が挿入されたものをも含む。タグ配列としては、インフルエンザウイルスの表面に存在する糖タンパク質ヘマグルチニンのペプチド配列を利用したHA等が例示されるが、これらに限定するものではない。
【0047】
Merは、エストロゲン受容体を改変したものであり、内在性エストロゲンには結合しないが、人為的に合成したエストロゲン誘導体である4-ヒドロキシタモキシフェン(以下、「4-OHT」と略する)に結合する。Merは、4-OHTの不在下ではヒートショックプロテイン(以下、「Hsp」と略する)90に結合しており、Hsp90によって活性部位がマスクされるため不活性化されている。しかしながら、4-OHTの存在下ではHspによるマスキング解除され、それに伴って恒常活性化型Aktが活性化される。このように、Merを連結させることにより、恒常活性化型AktのAkt活性を4-OHTによって自在に制御することができる。
【0048】
Merとしては、例えば、配列番号14の塩基配列によってコードされるものが挙げられ、そのアミノ酸配列を配列番号15に示す。しかしながら、これに限定するものではなく、Merとしては、配列番号15に示すアミノ酸配列に対して、少なくとも一定割合の配列同一性を有するアミノ酸配列、又は、配列番号15に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加の少なくとも1つの改変を有するアミノ酸配列を有するタンパク質であって、上記Merの性質を有するものも含まれる。ここで、少なくとも一定割合の配列同一性とは、好ましくは、70、75、85、又は80%以上の配列同一性、更に好ましくは、90%以上の配列同一性、特に好ましくは、95、96、97、98、又は99%以上の配列同一性を保持することを意味する。
【0049】
このように構成することにより、本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、恒常活性化型Akt-Merが発現し、恒常活性化型AktのAkt活性が4-OHTの存在下で活性化された状態となり、上記したヒト網膜血管疾患に類似した症状を呈する。
【0050】
恒常活性化型Aktの一例である、発現がCre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型Aktとしては、例えば、上記恒常活性化型AktをコードするDNAの上流及び下流に、LoxP配列等のCre認識配列を同方向、又は、逆方向に配置したものが挙げられる。更に、LoxP配列等のCre認識配列を同方向に転写終結配列等を挟んで配置し、その上流にプロモーター配列、下流に恒常活性化型AktをコードするDNAを配置したものが挙げられる。
【0051】
恒常活性化型AktをコードするDNAとしては、上記した性質を有する恒常活性化型AktをコードするDNAである限り、特に限定されない。例えば、野生型AktのPHドメインが欠失し、その代わりにN末端にミリスチン酸化シグナルが付加された恒常活性化型Aktをコードする配列番号1に示す塩基配列を有するDNA、及び、そのアミノ酸配列である配列番号2に示すアミノ酸配列をコードするDNAが挙げられる。しかしながら、これに限定するものではなく、恒常活性化型AktをコードするDNAとしては、配列番号1に示す塩基配列に対して、少なくとも一定割合の配列同一性を有する塩基配列、配列番号1に示す塩基配列において、1若しくは数個の塩基が欠失、置換、又は付加の少なくとも1つの改変を有する塩基配列、又は、配列番号1に示す塩基配列と相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有するDNAであって、上記した活性化型Aktの性質を有するタンパク質をコードする限り含まれる。
【0052】
ここで、少なくとも一定割合の配列同一性とは、好ましくは、70、75、85、又は85%以上の配列同一性、更に好ましくは、90%以上の配列同一性、特に好ましくは、95、96、97、98、又は99%以上の配列同一性を保持することを意味する。
【0053】
また、ストリンジェントな条件とは、例えば、以下のようなハイブリダイゼーション条件及び洗浄条件を含む条件である。
・ハイブリダイゼーション条件
ハイブリダイゼーション液(100mM Tris-HCl pH8.0、1 M NaCl、10mM EDTA、0.2 mMウシ血清アルブミン、0.2% Ficoll400、0.2%ポリビニルピロリドン、100μg/mlサケ精子DNA)中、65℃で、一晩(16時間以上)のハイブリダイゼーション。
・洗浄条件
洗浄液(0.2×SSC(6.67mM NaCl、6.67mMクエン酸トリナトリウム二水和物pH7.0、0.1% SDS))で65℃、30分間での2回の洗浄。
【0054】
Cre/LoxP系とは、上記したLoxP配列と称される特定のDNA配列に対してバクテリオファージP1 Creリコンビナーゼ(以下、「Cre」と略する)が働くことにより生じる部位特異的組換え反応系である。ここで、Creは、ファージλインテグラーゼファミリーのメンバーの部位特異的DNA組換え酵素である。
【0055】
LoxP配列としては、例えば、ataacttcgtataatgtatgctatacgaagttat(配列番号16)が挙げられる。LoxP配列の一例として示した配列番号16に示す配列は34bpからなり、両端には13bpのinverted repeat(Cre結合ドメイン)を有し、その間に8bpの領域を有する。下述するCreによる認識と部位特異的相同組換え反応が起こるためには、LoxP配列中の13bpのCre結合ドメインのそれぞれにおいて、8~10塩基が配列番号16に示す配列のものと一致していれば十分であるとされている。また、Cre結合ドメインに挟まれる8bpの領域も配列番号16に示す配列のものと少なくとも一定割合の配列同一性を有するものであることが要求される。
【0056】
したがって、LoxP配列としては、配列番号16に示す配列に限定するものではなく、配列番号16に示す塩基配列の両端の13bpにおいて、少なくとも8~10塩基が一致しており、かつ、Cre結合ドメインに挟まれる8bpの領域が少なくとも一定割合の配列同一性を有するか、又は、配列番号16に示す塩基配列において、1若しくは数個の塩基が欠失、置換
、又は付加の少なくとも1つの改変を有する塩基配列を有するものも、下記のLoxP配列の性質を有する限り含まれる。ここで、少なくとも一定割合の配列同一性とは、好ましくは、70、80、又は90%以上の配列同一性を保持することを意味する。
【0057】
2つのLoxP配列は、同方向に並んで位置する場合、Creによって認識され、LoxP配列の間に存在する配列が切り出される。一方、逆方向に並んで位置する場合は、Creによって認識され、LoxP配列の間に存在する配列がLoxP配列の外側の配列に対して反転する。つまり、Creは、LoxP配列を認識し、2つのLoxP配列が同方向に配置している場合にはLoxP配列間の配列の切り出しを触媒し、また、2つのLoxP配列が逆方向に配置されている場合にはLoxP配列間の配列を反転させる反応を触媒する酵素である。Creとして、例えば、配列番号17の塩基配列によってコードされるものが挙げられ、そのアミノ酸配列を配列番号18に示す。しかしながら、これに限定するものではなく、Creとしては、配列番号18に示すアミノ酸配列に対して、少なくとも一定割合の配列同一性を有するアミノ酸配列、又は、配列番号18に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加の少なくとも1つの改変を有するアミノ酸配列を有するタンパク質であって、上記Creの性質を有するものも含まれる。ここで、少なくとも一定割合の配列同一性とは、好ましくは、70、75、85、又は85%以上の配列同一性、更に好ましくは、90%以上の配列同一性、特に好ましくは、95、96、97、98、又は99%以上の配列同一性を保持することを意味する。
【0058】
このように構成することにより、本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、Cre/LoxP系による部位特異的組み換え反応を利用することにより、恒常活性化型AktのAkt活性を制御することができ、恒常活性化型Aktが活性化された状態となることにより、上記した網膜血管疾患の症状を呈する。具体的には、2つのLoxP配列が同方向に配置している場合には、順位に配置された恒常活性化型Aktをコードする塩基配列はCreの不在下では活性化状態に維持され、Creの存在下では恒常活性化型Aktをコードする塩基配列は切り出され恒常活性化型Aktは不活性の状態となる。一方、2つのLoxP配列が逆方向に配置している場合には、恒常活性化型Aktをコードする塩基配列を逆位に配置することにより、恒常活性化型AktはCreの不在下では不活性状態に維持され、Creの存在下では、恒常活性化型Aktをコードする塩基配列が反転することにより恒常活性化型Aktは活性化状態に維持される。
【0059】
また、恒常活性化型Aktの一例である、発現がCre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型Aktとしては、更に、転写終結配列等の恒常活性化型AktをコードするDNAの発現を抑制する塩基配列の上流及び下流にLoxP配列を同方向に配置し、上流側のLoxP配列の上流に恒常活性化型AktをコードするDNAの恒常的な発現を惹起するプロモーター配列を、そして、下流側のLoxP配列の下流に恒常活性化型AktをコードするDNAを配置したものによってコードされるものも好ましく例示される。このように配置することで、CreによるLoxP配列の認識により、恒常活性化型AktコードするDNAの発現を抑制する塩基配列が切り出され、恒常活性化型AktをコードするDNAはプロモーター配列の制御下におかれる。これにより恒常活性化型AktをコードするDNAは発現し、恒常活性化型Aktは活性化状態に維持されることで、本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、上記した網膜血管疾患の症状を呈する。
【0060】
更に、Cre/LoxP系だけでなく、Flp/FRT系やRox/Dre系等の他の部位特異的DNA組換え酵素と他の部位特異的DNA組換え酵素認識配列の組み合わせを利用することもできる。
【0061】
本実施形態の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、ヒト糖尿病網膜症をはじめとするヒト網膜血管疾患に類似する症状を呈する。網膜出血や毛細血管瘤の構造等がヒト糖尿病網膜症の病理標本と類似しており、特に、現在有効な治療法がない、血管透過性の亢進による網膜浮腫の症状を再現できる非ヒトモデル動物を提供することができる。したがって、本実施形態網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、網膜血管疾患の治療法や予防法、診断法の探索、及び、病態の解析等の研究材料として好適に利用することができる。更に、本実施形態の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、重症度を制御できることから、症状の進行度に応じた治療法や予防法、診断法の探索を行うことができ、特に、発症過程や進行過程等の病態の解析等の研究材料として好適に利用することができる。
【0062】
(糖尿病腎症の非ヒトモデル動物)
本実施形態に係る非ヒトモデル動物は、糖尿病腎症の症状を呈する糖尿病腎症の非ヒトモデル動物に関する。本実施形態に係る糖尿病腎症の非ヒトモデル動物は、恒常活性化型Aktを発現する。
【0063】
糖尿病腎症は、糖尿病の合併症の1つであり、高血糖状態の持続による腎臓の糸球体の細小血管障害に起因する疾患である。高血糖状態が持続することで、糸球体を構成する毛細血管に硬化病変が生じ、糸球体が毛細血管の破壊や閉塞により老廃物をろ過する本来の役割を果たせなくなり腎機能が低下する。糖尿病腎症の組織所見としては、糸球体基底膜肥厚、メサンギウム拡大による瀰漫性病変や結節性病変、滲出性病変、融解や微小血管瘤等のメサンギウムの微細構造破綻、糸球体肥大、糸球体門部小血管増生、全節性や虚血性、分節性の糸球体硬化、糸球体上皮細胞や内皮細胞の変化等の糸球体変化、尿細管基底膜肥厚、尿細管萎縮、尿細管間質の拡大や線維化、細胞浸潤等の尿細管及尿細管間質の変化、傍糸球体装置の拡大やT細胞浸潤等の傍糸球体装置の変化、及び、血管極の細血管新生等が挙げられる。臨床所見としては、微量及び顕性アルブミン尿、持続性タンパク尿、浮腫、高血圧、腎不全等が挙げられる。本実施形態に係る糖尿病腎症の非ヒトモデル動物は、上記組織所見又は臨床所見の1又は複数の所見を示す。
【0064】
なお、本実施形態の糖尿病腎症の非ヒトモデル動物における、非ヒト動物及び恒常活性化型Aktについては、本実施形態の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の項で説明した通りである。
【0065】
本実施形態の糖尿病腎症の非ヒトモデル動物は、ヒト糖尿病腎症に類似する症状を呈し、糖尿病腎症の治療法や予防法、診断法の探索、及び、病態の解析等の研究材料として好適に利用することができる。
【0066】
〔非ヒトモデル動物の作製方法〕
(網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法)
本実施形態に係る非ヒトモデル動物の作製方法は、ヒト網膜血管疾患に類似する症状を呈する網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法に関する。本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法は、Akt活性を人為的操作により制御が可能なように恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトが導入されたトランスジェニック非ヒト動物を作製する工程(トランスジェニック非ヒト動物の作製工程)と、前記恒常活性化型AktのAkt活性を制御することにより網膜血管疾患を誘導する工程(網膜血管疾患の誘導工程)を含む。以下、各工程について詳述する。
【0067】
・トランスジェニック非ヒト動物の作製工程
恒常活性化型Akt発現トランスジェニック動物は、Akt活性を人為的操作により制御が可能なように恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトが導入されている。
【0068】
トランスジェニック非ヒト動物とは、発生初期に外来遺伝子を人為的に導入することによって、個体レベルで外来性遺伝子を保有する非ヒト動物、及び、当該外来遺伝子を保有するその子孫を意味する。本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法で使用される非ヒト動物の種類については、本実施形態の非ヒトモデル動物の項で説明した通りである。
【0069】
恒常活性化型AktをコードするDNAは、本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の項で説明した通りであり、例えば、野生型AktのPHドメインが欠失し、その代わりにN末端にミリスチン酸化シグナルが付加された恒常活性化型Aktをコードする配列番号1に示す塩基配列を有するDNA、及び、そのアミノ酸配列である配列番号2に示すアミノ酸配列をコードするDNAが挙げられる。しかしながら、これに限定するものではなく、恒常活性化型AktをコードするDNAとしては、配列番号1に示す塩基配列に対して、少なくとも一定割合の配列同一性を有する塩基配列、配列番号1に示す塩基配列において、1若しくは数個の塩基が欠失、置換、又は付加の少なくとも1つの改変を有する塩基配列、又は、配列番号1に示す塩基配列と相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有するDNAであって、本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の項で説明した恒常活性化型Aktの性質を有するタンパク質をコードする限り含まれる。
【0070】
恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトには、恒常活性化型AktをコードするDNAの機能発現に必要な公知の塩基配列が含まれていてもよい。例えば、プロモーター配列、リーダー配列、及びシグナル配列等が挙げられる。プロモーター配列としては、例えばEF1αプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、EF1αプロモーター、CAGプロモーター、MoMuLV LTR、CMVプロモーター、SRαプロモーター等が好ましい。
【0071】
恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトには、プロモーターの他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子、SV40複製起点などを含有していてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0072】
恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトは、恒常活性化型Aktの発現確認のためにレポーター遺伝子が含まれていてもよい。レポーター遺伝子としては、恒常活性化型Aktの発現を確認できるものであれば、特に制限されるものではなく公知のレポーター遺伝子を利用することができる。例えば、蛍光タンパク質遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子、β-ガラクトシダーゼ遺伝子等を挙げることができる。好ましくは、蛍光タンパク質遺伝子であり、緑色蛍光タンパク質(以下「GFP」と略する。)、及び、強化型緑色蛍光タンパク質(以下、「EGFP」と略する)等のGFPの改変体を利用することができる。更に、レポーター遺伝子を、IRES(internal ribosome entry sites)、自己開裂ペプチドをコードする配列等を介して、恒常活性化型AktをコードするDNAに連結してもよい。
【0073】
コンストラクトの導入のためには、例えば、当該コンストラクトを組み込んだ発現ベクターを構築する。ここで、使用可能なベクターは、恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトを目的宿主に導入でき、かつ、宿主内において恒常活性化型Aktを発現させ得るものである。したがって、ベクターは、恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトを挿入できる少なくとも1つの制限酵素部位の配列を含むものである。また、コンストラクトの導入を確認するための薬剤抵抗マーカー等を有していることが好ましい。かかるベクターとしては例えばpCMV-Tag、pAdEasy、pCMVLacI等が挙げられるが、これらに限定するものではない。
【0074】
トランスジェニック非ヒト動物の作製工程において、非ヒト動物に、Akt活性を人為的操作により制御が可能なように恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトを導入する。これにより、人為的操作により、恒常活性化型AktのAkt活性を自在に制御できる。このように、Akt活性を人為的操作により制御が可能なように恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトを導入することとしては、恒常活性化型AktをコードするDNAとそのAkt活性を生体外からの刺激により自在に調節できるタンパク質をコードするDNAをインフレームに連結したキメラDNAを含むコンストラクトを導入すること、恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトと当該恒常活性化型AktのAkt活性を生体外からの刺激により自在に調節することができるタンパク質をコードするDNAを含むコンストラクトとを共導入すること、そして、恒常活性化型AktをコードするDNAと部位特異的組換えタンパク質等の作用により自在に恒常活性化型AktをコードするDNAの発現を制御できる配列とを含むコンストラクトを導入すること、等が挙げられる。好ましくは、恒常活性化型Akt-MerをコードするキメラDNAを含むコンストラクトを導入すること、及び、発現がCre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトを導入することを挙げることができる。
【0075】
恒常活性化型Akt-Merは、本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の項で説明した通り恒常活性化型AktとMerの融合タンパク質である。MerをコードするDNAとしては、例えば、配列番号14に示す塩基配列を有するものが挙げられ、また、そのアミノ酸配列である配列番号15のアミノ酸配列をコードするものを挙げることができる。しかしながら、これに限定するものではなく、MerをコードするDNAとしては、配列番号14に示す塩基配列に対して、少なくとも一定割合の配列同一性を有する塩基配列、配列番号14に示す塩基配列において、1若しくは数個の塩基が欠失、置換、又は付加の少なくとも1つの改変を有する塩基配列、又は、配列番号14に示す塩基配列と相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有するDNAであって、上記したMerの性質を有するものをコードする限り含まれる。ここで、少なくとも一定割合の配列同一性とは、好ましくは、70、75、85、又は85%以上の配列同一性、更に好ましくは、90%以上の配列同一性、特に好ましくは、95、96、97、98、又は99%以上の配列同一性を保持することを意味する。また、ストリンジェントな条件については上記した通りある。
【0076】
したがって、恒常活性化型Akt-MerをコードするDNAとしては、上記した恒常活性化型AktとMerの融合タンパク質をインフレームにてコードするDNAであれば、特に限定されない。また、恒常活性化型AktをコードするDNAとMerをコードするDNAの間にタグ配列をコードするDNAを挿入したものも含まれる。
【0077】
発現がCre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型AktをコードするDNAとしては、例えば、本実施形態に係る網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の項で説明した恒常活性化型AktをコードするDNAの上流及び下流に、LoxP配列を同方向、又は、逆方向に配置したDNA、転写終結配列等の恒常活性化型AktをコードするDNAの発現を抑制する塩基配列の上流及び下流にLoxP配列を同方向に配置し、上流側のLoxP配列の上流に恒常活性化型AktをコードするDNAの恒常的な発現を惹起するプロモーター配列を、そして、下流側のLoxP配列の下流に活性化型AktをコードするDNAを配置したDNA等を挙げることができる。恒常活性化型AktをコードするDNAの塩基配列については上記した通りである。
【0078】
コンストラクトを非ヒト動物に導入する方法としては、安定的に所望のコンストラクトを導入できる限り特に限定するものではない。例えば、恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクト等を導入する方法としては、好ましくは、マイクロインジェクション法、レトロウイルス感染法、アデノウイルス感染法等を利用することができる。
【0079】
一般的に行われるマウスを用いたマイクロインジェクション法においては、例えば、自然交配又は人工授精を行った雌マウスの卵管より受精卵を採取し、この受精卵の雄性前核にマイクロキャピラリー等を用いて、所望のDNAを含むコンストラクトを注入する。注入されるコンストラクトの形態は特に限定されないが、導入効率の観点から直鎖状又は環状であることが好ましい。注入を行った受精卵を偽妊娠マウス(仮親)の卵管に移入し、所定期間飼育後に仔マウスを得る。仔マウスの染色体に所望のDNAが組み込まれているか否かを確認し、所望のDNAが組み込まれた個体を選別する。また、その子孫を獲得して系統を樹立することもできる。DNAの組み込みの確認は、導入したコンストラクトにレポーター配列が含まれる場合にはレポーター配列の種類に応じて行うことができる。例えば、蛍光タンパク質等が含まれる場合には、仔マウスの尾の蛍光観察により行うことができる。また、仔マウスの尾等からDNAを抽出し、PCR法やサザンハイブリダイゼーション法等によるDNA解析を実施することによって行ってもよい。
【0080】
また、Akt活性を人為的操作により制御が可能なように恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトを非ヒト動物に導入する方法としては、胚性幹細胞(以下、「ES細胞」と称する)を利用することもできる。胚性幹細胞を利用する場合には、例えば、予めES細胞に所望のDNAを導入し、それを胚盤胞に戻すことにより、同様にしてトランスジェニック非ヒト動物を作製することができる。ES細胞に所望のDNAを導入する方法としては、安定的に所望のDNAを導入できる限り特に限定するものではないが、例えば、エレクトロポーレーション法、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン法、リポフェクション法等を利用することができる。
【0081】
発現がCre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクト等を導入し、Cre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型Aktが導入されたトランスジェニック非ヒト動物を得る方法としては、好ましくは、ES細胞におけるROSA26遺伝子座(標的遺伝子座)に、相同組換えによって、プロモーター配列を含むコンストラクトを導入して、恒常活性化型Akt遺伝子が転写されないアリルを作製する。 前記プロモーター配列を含むコンストラクトとしては、例えば、プロモーター配列、Cre認識配列、転写終結配列及びCre認識配列、恒常活性化型AktをコードするDNAを5’側から3’側方向に順次配置されたものが挙げられる。プロモーター配列は、上記したものを使用することができ、なかでもCAGプロモーターが好ましい。Cre認識配列としては、特に制限されないが、例えば、従来公知のLoxP配列を利用することができる。また、前記ES細胞への前記コンストラクトの導入を確認のために、前記Cre認識配列の間に挟まれ、かつ、前記転写終結配列の上流に、選択マーカーをコードする配列を有することが好ましい。選択マーカーとしては、特に制限されず、例えば、薬剤耐性マーカー、蛍光タンパク質マーカー、酵素マーカー、及び、細胞表面レセプターマーカー等を利用することができる。当該コンストラクトを、上記したエレクトロポーレーション法等の従来公知の方法に基づいてES細胞に導入し、ES細胞のゲノムにおけるROSA26転写開始点を含むプロモーター領域の相同組換えを行う。そして、導入細胞の培養を行い、選択マーカーの発現株を選択する。この選択マーカーの発現株が、相同組換えにより前記コンストラクトが導入された変異アリルを有する組換えES細胞株である。前記選択マーカーが、例えば、薬剤耐性マーカーの場合には、薬剤耐性株を選択すればよい。この変異アリルを有する組換えES細胞株では、ROSA26遺伝子の内部に導入されたコンストラクト内の薬剤耐性等の選択マーカーや転写終結配列の介在により、恒常活性化型Akt遺伝子は転写されない。次に、得られた組換えES細胞株を胚盤胞へ注入した後、これを偽妊娠非ヒト動物の子宮に戻し、誕生したキメラ非ヒト動物を野生型非ヒト動物と交配させることによって、変異アリルを持つ非ヒト動物(F1、ヘテロ接合体)が得られる。このヘテロ非ヒト動物を交配することによりホモで変異アリルを持つ非ヒト動物(F2、ホモ接合体)を得ることができる。各非ヒト動物の遺伝子型は、サザンブロッティング等の従来公知の方法により確認することができる。
【0082】
・網膜血管疾患の誘導工程
網膜血管疾患の誘導は、トランスジェニック非ヒト動物に導入された恒常活性化型Aktを人為的操作により活性化状態にすることにより行う。活性化状態への移行は、導入された恒常活性化型Aktの形態に応じて操作される。
【0083】
恒常活性化型Aktが、恒常活性化型Akt-Merである場合には、4-OHTにより活性化状態の制御を行うことができる。したがって、恒常活性化型Akt-Mer発現トランスジェニック非ヒト動物に、4-OHTを投与すると恒常活性化型Aktが活性になり、本実施形態の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物で説明したヒト網膜血管疾患に類似する症状が誘導される。
【0084】
4-OHTの投与形態は、網膜血管疾患の症状が誘導させる限り特に制限はなく、使用する非ヒト動物の種類や誘導する網膜血管疾患の重症度等に応じて適宜設定することができる。例えば、腹腔内投与、経口投与、静脈内投与、動脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、皮内投与、直腸内投与、眼内投与、気道内投与、鼻腔内投与、口腔内投与、舌下投与、脳室内投与、硬膜内投与、硬膜外投与、経腸投与、経皮投与、吸入等を例示することができるが、これらに限定するものではない。好ましくは、腹腔内投与である。
【0085】
4-OHTの投与量、投与期間、及び、投与頻度等は、網膜血管疾患の症状が誘導させる限り特に制限はなく、使用する非ヒト動物の種類や誘導する網膜血管疾患の重症度、投与経路等に応じて適宜設定することができる。また、連続した投与でもよく、間欠投与であってもよく、複数回投与することにしてもよく、その場合には、各回の投与量は同一であっても異なっていてもよい。例えば、恒常活性化型Akt-Mer発現トランスジェニック非ヒト動物の生後1日~14日までの任意の期間に5~50 μg/g 体重/日、好ましくは生後4~6日に10~100μg/日×3日で投与することができる。なお、下記実施例で使用したマウスは、生後7日で約2~4gである。また、上記した投与条件においては、網膜血管疾患の症状は、恒常活性化型Akt-Mer発現トランスジェニック非ヒト動物の生後7日以降に顕著に現れるが、投与条件を適宜変更することにより網膜血管疾患の症状の誘導に要する日数を制御することができる。
【0086】
例えば、後述する実施例において、恒常活性化型Akt-Mer発現トランスジェニック非ヒト動物に対して、生後4~6日に、4-OHT 100μgを1回/日で腹腔内投与し生後7日目の網膜血管形状観察したところ、網膜出血、網膜膨化、及び、顕著な毛細血管瘤の形成等の症状が認められ、網膜血管全体に顕著な拡張が認められた。ヒト糖尿病網膜症において網膜出血及び浮腫は重症度に関わらず生じる所見である。投与量を10分の1として10μgで投与し生後7日目の網膜血管形状を観察したところ、100μgの投与に比べて軽度ではあるが、毛細血管瘤の形成等の症状が認められた。観察された毛細血管瘤は、複数の細胞核が存在し、内皮細胞の集簇によって構成されることが認められ、これまで報告されているヒト糖尿病網膜症等のヒト網膜血管疾患の毛細血管瘤の病理標本と類似している。
【0087】
一方、恒常活性化型Akt-Merが発現していない動物、及び、恒常活性化型Akt-Merを発現している動物であっても4-OHTが投与されていない動物においては、正常網膜血管と比較して血管異常は認められなかった。したがって、Akt活性を人為的操作により制御することにより、糖尿病網膜症等のヒト網膜血管疾患に類似する網膜の血管異常を非ヒトモデル動物において再現することができることが判明した。しかも、4-OHTの投与後、極めて短時間でヒト網膜血管疾患に類似する症状を誘導できる。
【0088】
また、4-OHTの投与量及び投与期間等により、Aktの活性化状態を調節することにより、網膜血管疾患の重症度を制御することができる。Aktの活性化状態を増強することにより、網膜血管疾患の症状を顕著に呈する非ヒトモデル動物を提供することができ、網膜血管疾患の発症機構や病態の解明等の研究用に特に好適に利用することができる。Aktの活性化状態を軽減することにより、網膜血管疾患の症状の発現を緩和でき、よりヒト網膜血管疾患に類似する症状を呈する非ヒトモデル動物を提供することができる。特に、血管透過性の亢進による網膜浮腫をきたすヒト網膜血管疾患に類似する症状を呈する非ヒトモデル動物を提供することができる。
【0089】
恒常活性化型Aktが、その発現がCre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型Aktである場合には、Creにより恒常活性化型AktのAkt活性の制御を行うことができる。Cre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型Aktが導入されたトランスジェニック非ヒト動物へのCreの導入は特に限定されないが、CreをコードするDNAが導入されたCre発現トランスジェニック非ヒト動物との交配により行うことができる。例えば、上記の通り作製したCre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型Aktが導入されたトランスジェニック非ヒト動物と、Cre発現トランスジェニック非ヒト動物のメス(又はオス)と交配させる。ここで、Cre発現トランスジェニック非ヒト動物は、適当なプロモーター配列の下流に配置されたCreをコードするDNAを含むコンストラクトを利用して作製することができる。前記交配による受精卵が、例えば、母親より変異アリルを受け継いだ場合、胚の細胞では、発現したCreの触媒作用によってLoxP配列等のCre認識配列で挟まれた転写終結配列(選択マーカー配列を含む場合には選択マーカー配列)を含む領域が除去される。恒常活性化型Akt遺伝子の転写を抑制していた転写終結配列が除去されるため、恒常活性化型Akt遺伝子がCAGプロモーター等のプロモーターによって恒常的に発現される変異アリルへと不可逆的に転換される。
【0090】
Cre発現トランスジェニック非ヒト動物としては、Creの発現を、組織特異的、時期特異的に制御できるものを好ましく利用することができる。例えば、特定の組織に特異的に発現する遺伝子のプロモーター(組織特異的プロモーター)の制御下にCreをコードするDNAを導入することにより組織特異的にCreが発現するように制御することができる。組織特異的プロモーターとしては、血管組織、特には、血管内皮細胞で特異的に発現する遺伝子のプロモーターを好ましく利用することができ、これらに限定するものではないが、Tie2遺伝子のプロモーター制御下にCreをコードするDNAが導入されたTie-Cre非ヒト動物(マウス)や、VEカドヘリン遺伝子のプロモーター制御下にCreをコードするDNAが導入されたVE-cad-Cre非ヒト動物(マウス)等を利用することができる。ここで、Tie2遺伝子は、TEK受容体チロシンキナーゼとも称されるチロシンキナーゼ受容体をコードしており、内皮細胞において特異的に発現することが知られている。VEカドヘリンは、カドヘリン5又はCD144 とも称されるカドヘリンファミリーに属する接着分子で、内皮細胞において特異的に発現することが知られている。非ヒト動物が一定の段階に成長して初めて活性化される遺伝子のプロモーター(時期特異的プロモーター)の制御下にCreをコードするDNAを導入することにより時期特異的にCreが発現するように制御することができる。
【0091】
また、Cre発現トランスジェニック非ヒト動物としては、外来からの薬剤等の刺激により誘導的にCreによるCre認識配列の認識と部位特異的組換え反応を制御できるものをも好ましく利用することができる。好ましくは、タモキシフェン誘導型Creを発現するトランスジェニック非ヒト動物を利用することができ、例えば、CAGプロモーター制御下で、Creに当該CreのN末端及びC末端で変異型エストロゲンレセプターのリガンド結合ドメイン(上記で説明したMer)が融合した融合タンパク質をコードするDNAを含むコンストラクトが導入されたCAG-MerCreMer非ヒト動物(マウス)(Egawa G. et al., J Invest Dermatol. 2009 : 129(10):2386-95等を参照のこと)を利用することができる。更に、CreER非ヒト動物(マウス)やCreERT2非ヒト動物(マウス)、Pdgfb-iCreER非ヒト動物(マウス)(Claxton S. et al., Genesis. 2008 : 46(2):74-80等を参照のこと)等のCreと変異型エストロゲンレセプターのリガンド結合ドメインとの融合タンパク質をコードするDNAを含むコンストラクトが導入されたCre発現トランスジェニック非ヒト動物を利用することができる。MerCreMerやCreER等は、通常は細胞質に留まり核内に移行することはない。しかしながら、エストロゲン誘導体であるタモキシフェン又はタモキシフェン誘導体の存在下においては、これらと結合し核内に移行し、核内でLoxP配列等のCre認識配列を認識し部位特異的組換え反応を触媒する。この性質を利用することで、時期特異的及び組織特異的にCre-LoxP系の作動を制御することができる。
【0092】
CreをコードするDNAとしては、例えば、配列番号17の塩基配列を有するもの、及び、そのアミノ酸配列である配列番号18に示すアミノ酸配列をコードするものが挙げられるがこれに限定するものではなく、配列番号17に示す塩基配列に対して、少なくとも一定割合の配列同一性を有する塩基配列、配列番号17に示す塩基配列において、1若しくは数個の塩基が欠失、置換、又は付加の少なくとも1つの改変を有する塩基配列、又は、配列番号17に示す塩基配列と相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有するDNAであって、上記Creの性質を有するものをコードするDNAも含まれる。ここで、少なくとも一定割合の配列同一性とは、好ましくは、70、75、85、又は85%以上の配列同一性、更に好ましくは、90%以上の配列同一性、特に好ましくは、95、96、97、98、又は99%以上の配列同一性を保持することを意味する。
【0093】
このように、恒常活性化型Aktが、その発現がCre-LoxP系の制御下にある恒常活性化型Aktである場合には、好ましくは、Cre発現トランスジェニック非ヒト動物との交配を通して、恒常活性化型AktのAkt活性の制御を行うことができる。組織特異的又は時期特異的にCreの発現及び活性誘導を制御することにより好適にAkt活性の制御を行うことができ、網膜血管疾患の発症や重症度等を制御することができる。例えば、薬剤等の外部からの刺激によりCreの活性誘導を制御する場合には、薬剤は上記した投与形態により投与することができる。薬剤の投与量及び投与期間等によりAktの活性化状態を調節することができ、網膜血管疾患の重症度を制御することができる。したがって、薬剤の投与量及び投与期間は、目的とする網膜血管疾患の重症度や投与する薬剤の種類等に応じて適宜変更することができる。
【0094】
本実施形態の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法は、ヒト糖尿病網膜症をはじめとするヒト網膜血管疾患に類似する症状を呈する非ヒトモデル動物を提供することができる。本実施形態の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法で作製される非ヒトモデル動物は、網膜出血や毛細血管瘤の構造等がヒト糖尿病網膜症の病理標本と類似している。特に、現在有効な治療法がない、血管透過性の亢進による網膜浮腫の症状を再現できる非ヒトモデル動物を提供することができる。また、本実施形態の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、恒常活性化型AktのAkt活性の制御から極めて短時間でヒト網膜血管疾患の症状を呈することができる。したがって、本実施形態の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物作製方法は、網膜血管疾患の治療法や予防法、診断法の探索、及び、病態の解析等の分野で好適に利用することができる。更に、本実施形態の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法によって作製される非ヒトモデル動物は、恒常活性化型AktのAkt活性化状態を人為的操作することにより重症度を制御できる。したがって、症状の進行度に応じた治療法や予防法、診断法の探索や、特に発症過程や進行過程等の病態の解析等の研究材料として非常に好適に利用することができる非ヒトモデル動物を提供することができる。
【0095】
(糖尿病腎症の非ヒトモデル動物の作製方法)
本実施形態に係る非ヒトモデル動物の作製方法は、ヒト糖尿病腎症の症状を呈する糖尿病腎症の非ヒトモデル動物の作製方法に関する。本実施形態に係る非ヒトモデル動物の作製方法は、Akt活性を人為的操作により制御が可能なように恒常活性化型AktをコードするDNAを含むコンストラクトが導入されたトランスジェニック非ヒト動物を作製する工程(トランスジェニック非ヒト動物の作製工程)と、前記恒常活性化型AktのAkt活性を制御することにより糖尿病腎症を誘導する工程(糖尿病腎症の誘導工程)を含む。
【0096】
トランスジェニック非ヒト動物の作製工程は、本実施形態の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法の項で説明した通りに行うことができる。また、糖尿病腎症の誘導工程は、本実施形態の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物の作製方法の項で説明した誘導工程に準じて行うことができ、本実施形態の糖尿病腎症の非ヒトモデル動物で説明したヒト糖尿病腎症に類似する症状が誘導される。
【0097】
本実施形態の糖尿病腎症の非ヒトモデル動物の作製方法は、ヒト糖尿病腎症に類似する症状を呈する非ヒトモデル動物を提供することができる。したがって、本実施形態の糖尿病腎症の非ヒトモデル動物作製方法は、糖尿病腎症の治療法や予防法、診断法の探索、及び、病態の解析等の分野で好適に利用することができる。
【0098】
〔治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法〕
(網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法)
本実施形態の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物は、網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法に好適に使用でき、当該スクリーニング方法も本発明の実施形態に含まれる。
【0099】
本実施形態の網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法は、本実施形態の網膜血管疾患の非ヒトモデル動物に被験物質を投与する工程と、被験物質の治療効果又は予防効果を判定する工程を有する。
【0100】
被験物質としては、網膜血管疾患の治療又は予防効果が予想される物質であれば特に制限はない。したがって、被験物質は天然物由来であっても、人為的に合成されたものでもよい。具体的には、ペプチド、酵素及び抗体等をも含むタンパク質、DNA、RNA及びiRNA等をも含む核酸、ペプチド核酸、脂質、低分子及び高分子の化合物、動物及び植物の細胞又は組織抽出液、細胞培養上清、動物の血漿や血清等、微生物、ウイルス等を例示することができるが、これらに限定するものではない。人為的に合成されたものを被験物質とする場合には、複数の被験物質を含むコンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリーやペプチドライブラリー等を被験物質とすることもできる。被験物質の形状についても特に制限はない。したがって、固形、半固形、及び、液状の何れの投与形であってもよく、被験物質の種類、投与経路及び投与量、投与期間等に応じて適宜設定することができる。
【0101】
被験物質を投与する経路については、被験物質の種類、及び、投与期間や投与量等に応じて適宜設定されるものであり、特に制限はない。例えば、腹腔内投与、経口投与、静脈内投与、動脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、皮内投与、直腸内投与、眼内投与、気道内投与、鼻腔内投与、口腔内投与、舌下投与、脳室内投与、硬膜内投与、硬膜外投与、経腸投与、経皮投与、吸入等を例示することができるが、これらに限定するものではない。投与期間及び投与量についても、被験物質の種類や投与経路に応じて適宜設定されるものであり、特に制限はない。
【0102】
被験物質の治療効果又は予防効果の判定は、被験物質を投与した非ヒトモデル動物の網膜血管疾患の症状の変化を測定し、治療効果又は予防効果を示すか否かを評価し、評価結果に基づき被験物質の有効性を判定する。評価においては、被験物質を投与しないものをコントロールとして、被験物質を投与する試験群と比較することができる。これにより、容易に評価ができると共に、評価の信頼性が向上することができる。また、試験群及びコントロール群とする個体数は特に制限はないが、判定の信頼性を担保できる個体数とすることが好ましい。
【0103】
被験物質の治療効果又は予防効果の指標としては、上記した網膜血管疾患の網膜血管の形状や網膜厚等の所見の何れをも指標とすることができ、単独の所見だけなく、複数の所見を組み合わせて指標とすることができる。
【0104】
評価の結果、例えば、試験群がコントロールと比較して網膜血管疾患の症状の軽減や消失が認められる場合、症状の進行の遅延が認められる場合、症状の重篤化が認められない場合、網膜血管疾患の発症の遅延が認められる場合、発症が認められない場合等には、被験物質は網膜血管疾患の治療効果及び予防効果を有すると認められる。かかる被験物質は、網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤として有用な候補物質であると判定することができる。
【0105】
本実施形態の網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法は、非ヒトモデル動物はとしてヒト網膜血管疾患と類似した症状を再現した非ヒトモデル動物を使用するものであることから、高い信頼度で被験物質の治療効果及び予防効果を判定することができる。また、恒常活性化型AktのAkt活性の制御により網膜血管疾患の重症度を制御できることからも、症状に応じた治療及び予防用薬剤の開発を行うことができる。現在有効な治療法が存在しない血管透過性の亢進により網膜浮腫をきたす網膜血管疾患の治療及び予防用薬剤の開発にも好適に利用することができる。したがって、本実施形態の網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法は、網膜血管疾患の治療及び予防技術の発展に多大な貢献が期待される。
【0106】
(糖尿病腎症の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法)
本実施形態の糖尿病腎症の非ヒトモデル動物は、糖尿病腎症の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法に好適に使用でき、当該スクリーニング方法も本発明の実施形態に含まれる。本実施形態に係る糖尿病腎症の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法は、本実施形態に係る網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法の項で説明したスクリーニング方法に準じて行うことができる。これにより、糖尿病腎症の治療又は予防用薬剤として有用な候補物質を探索することができる。
【0107】
本実施形態の糖尿病腎症の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法は、非ヒトモデル動物としてヒト糖尿病腎症と類似した症状を再現した非ヒトモデル動物を使用するものであることから、高い信頼度で被験物質の治療効果及び予防効果を判定することができる。したがって、本実施形態の糖尿病腎症の治療又は予防用薬剤のスクリーニング方法は、糖尿病腎症の治療及び予防技術の発展に多大な貢献が期待される。
【実施例
【0108】
以下に実施例を示し、更に本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0109】
実施例1.恒常活性化型Akt-Merを発現するトランスジェニックマウスの作製
本実施例において、Akt活性を可逆的に制御できる恒常活性化型Akt-Merを発現するトランスジェニックマウス(以下、「恒常活性化型Akt-Mer TGマウス」と称する場合がある)の作製について検討した。
【0110】
(方法)
CAGプロモーターの支配下に、キメラ遺伝子恒常活性化型Akt-MerとIRES-EGFP(mRNA内部のリボソーム進入サイト-強化型緑色蛍光タンパク質:塩基配列を配列番号19に示す。)を連結した遺伝子発現プラスミド(以下、「恒常活性化型Akt-Mer発現ベクター」と称する)を構築した(特開2005-304487号を参照)。構築した恒常活性化型Akt-Mer発現ベクターをBDF(登録商標)1マウスの受精卵の前核にインジェクションした。図1に、恒常活性化型Akt-Mer TGマウスの構築を、図2に恒常活性化型Akt-Mer発現ベクターの構築を模式的に示す
【0111】
具体的には、まず、pCAG-neoベクター(pCXNベクター)(Niwa H, Yamamura K, Miyazaki J.Gene. 1991 Dec 15;108(2):193-199.に記載)のクローニングサイトに、pMY-IRES-EGFP(Murata K, Kumagai H, Kawashima T, Tamitsu K, Irie M, Nakajima H, Suzu S, Shibuya M, Kamihira S, Nosaka T, Asano S, Kitamura T.The EMBO Journal Vol. 18,pp. 4754-4765, 1999に記載)由来のEcoRI-SalI断片(IRES-EGFP部分に相当する)を挿入したベクター(pCAG-neo-IRES-EGFPベクター)を作製した。
【0112】
続いて、pCS2 Akt activeベクター((Masuyama N, Oishi K, Mori Y, Ueno T, Takahama Y, Gotoh Y. J Biol Chem. 2001 Aug 31;276(35):32799-32805. Epub 2001 Jul 03.に記載))を鋳型にして、
5’-cggaattcaccatggggagtagcaag-3’(配列番号20)、
5’-cggaattcggatccagcgtaatctggaacatcgtatgggtaggccgtgctgctggccgag-3’(配列番号21)
のプライマーを用いてPCRを行い、5’末端にEcoRIサイト、3’末端にBamHIサイトをもち、stopコドンを除いた恒常活性化型Akt cDNAを増幅した。
【0113】
また、pCAG-MerCreMerベクター(SCL/tal-1-dependent process determines a competence to select the definitive hematopoietic lineage prior to endothelial differentiation. Endoh M, Ogawa M, Orkin S, Nishikawa S. EMBO J. 2002 Dec 16;21(24):6700-6708に記載)を鋳型にして、
5’- cgggatccggagatccacgaaatgaaatg-3’ (配列番号22)、
5’- cgggatccgtcgactcagatcgtgttggggaagcc-3’ (配列番号23)
のプライマーを用いてPCRを行い、5’末端に活性化型Merにインフレームで連結できるBamHIサイト、3’末端にSalIサイトをもつMer cDNA(Mer)を増幅した。
【0114】
次に、この恒常活性化型Akt cDNA とMer cDNAの2つのDNA断片を、pCAG-neo-IRES-EGFPベクターのEcoRI- XhoIサイトにクローニングし、恒常活性化型Akt-Mer発現ベクターpCAG-neo-myr-△PH-Akt-Mer-IRES-EGFPを構築した。
【0115】
次に、恒常活性化型Akt-Mer発現ベクターをマウスの受精卵に導入した。導入は、当該技術分野で公知の方法の何れを使用して行うことができる。例えば、制限酵素PvuI消化により直鎖状にした恒常活性化型Akt-Mer発現ベクターを、目的の断片を得るため、必要に応じて精製を行い、精製後の恒常活性化型Akt-Mer発現ベクターをBDF(登録商標)1マウスの受精卵の前核にインジェクション法により挿入した後、仮親マウスの卵管に移植する。仮親マウスを自然分娩させて産仔を得る。生まれてきた仔マウスに恒常活性化型Akt-Mer発現ベクターが適切に導入されているか否かを仔マウスの尾の蛍光により確認し、恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスを得ることができる。
【0116】
実施例2.網膜におけるAkt活性の確認
恒常活性化型Akt-Mer は、4-ヒドロキシタモキシフェン(以下、「4-OHT」と略する)の存在によりAktの活性化状態の制御を行うことができる。そこで、本実施例では、実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスの網膜におけるAkt活性を確認した。
【0117】
(方法)
実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスに、生後4~6日目まで1日当たり10μg/μlの 4-OHT 10μl(総量100μg/日×3日)を腹腔内に投与した。生後7日目に潅流固定をせずに摘出した網膜からタンパク質を抽出し、ウエスタンブロッティング法を用いてAktリン酸化を確認した。コントロールとして、4-OHT非投与のマウスについても同様に処理を行ってAktリン酸化を確認した。
【0118】
(結果)
結果を図3に示す。図3の各パネルにおいて、上方のバンドは導入された恒常活性化型Akt由来であり、下方のバンドは内在性Akt由来である。恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)の網膜ではコントロールに比較してThr-308とSer-473が強くリン酸化されていることが確認できた。これにより、恒常活性型Aktが発現していることが確認でき、Akt活性が持続的に活性化されていることが理解できる。一方、コントロール、及び、恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスの何れにおいても内在性Aktが発現し、一部はリン酸化されていることをも確認できる。
【0119】
実施例3.Aktの持続活性化が網膜に与える影響
本実施例では、実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスにおいて、Aktの持続活性化により網膜に与える影響を検討した。ここでは、網膜への影響は、Aktの持続活性化後の恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスの網膜を光学顕微鏡で観察することにより確認した。
【0120】
(方法)
実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスに、生後4~6日目まで1日当たり10μg/μlの4-OHT 10μl(総量100μg/日×3日)を腹腔内に投与した。生後7日目に4% パラホルムアルデヒド(以下、「PFA」と略する)を用いて心臓から潅流固定を行った後、摘出した眼球から網膜カップを作成し、MZ16F(Leica社)を用いて網膜の光学顕微鏡画像を取得した。コントロールとして、4-OHT非投与のマウスについても同様に処理を行って画像を取得した。
【0121】
(結果)
結果を図4に示す。図中、濃灰色の細かな点状変化は出血を示す。その結果、4-OHTを投与することにより、Aktを持続活性化した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)では点状の網膜出血が認められた。網膜出血は、ヒト糖尿病網膜症の重症度に関係なく生じる所見である。一方、コントロールでは網膜出血が認められなかったことから、網膜出血はAktの持続活性化に起因するものであることが理解できる。
【0122】
実施例4.Aktの持続活性化が網膜血管新生に与える影響
本実施例では、実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスにおいて、Aktの持続活性化により網膜血管新生に与える影響を検討した。ここでは、Aktの持続活性化後の恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスの網膜をホールマウント免疫染色により確認した。
【0123】
(方法)
実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスに、生後4~6日目まで1日当たり10μg/μlの4-OHT 10μl(総量100μg/日×3日)を腹腔内に投与した。生後7日目に4% PFAを用いて心臓から潅流固定を行った後、摘出した眼球から網膜カップを作成した。抗PECAM-1(platelet endothelial cell adhesion molecule-1:CD31)抗体を用いた蛍光免疫染色を行って、血管内皮細胞を染色した。続いて、フラットマウント網膜の画像を、AxioObserver(Zeiss社)により取得した。コントロールとして、4-OHT非投与のマウスについても同様に処理を行って画像を取得した。
【0124】
(結果)
結果を図5に示す。コントロールに比べて、4-OHTを投与してAktを持続活性化した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)では密な血管網が形成されていることが認められた。
【0125】
網膜血管形態を詳細に検討するため、図5の拡大画像を図6に示す。4-OHTを投与してAktを持続活性化した活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)では、視神経乳頭(画像下端)から周辺(画像上端)にむけて血管が伸展するが、コントロールに比較して血管伸長は遅れていることが確認できる。動静脈・毛細血管の何れも血管径は拡張し、網膜血管全体に著しい拡張が認められると共に、瘤状構造の毛細血管瘤の形成が誘導されていることが認められた。一方、コントロールにおいては、このような所見は認められなかった。
【0126】
更に、網膜血管形態を詳細に検討するため、血管伸長及び血管径を計測した。詳細には、血管伸長は、Photoshop(登録商標) CS5ソフトウェアを用いて、視神経乳頭辺縁から静脈に沿って血管伸長の先端部までの距離を測定した。1網膜あたり4箇所の測定をおこない、定量した。動脈径・静脈径は、photoshop(登録商標) CS5ソフトウェアも用いて視神経乳頭を中心として半径1500μmの円周上にある動脈及び静脈の太さを計測した(** < 0.01)。結果を図7に示す。4-OHTを投与してAktを持続活性化した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)では、血管伸長の遅延、及び、血管の顕著な拡張が認められた。かかる結果は、図6で確認された網膜画像の所見を追認するものである。
【0127】
本実施例の結果より、ヒト糖尿病網膜症に代表される網膜血管疾患に生じる所見である、毛細血管瘤、毛細血管拡張、及び、新生血管等の所見が、Aktの持続活性化により生じることが認められた。このことから、Aktの持続活性化により、ヒト糖尿病網膜症等のヒト網膜血管疾患に類似する症状を呈する非ヒトモデル動物を構築できることが判明した。
【0128】
実施例5.Aktの持続活性化(低活性化)が網膜血管形状に与える影響
本実施例では、実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスにおいて、Aktの持続活性化により網膜毛細血管形状に与える影響を検討した。ここでも、先の実施例と同様に、Aktの持続活性化後の恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスの網膜をホールマウント免疫染色により確認した。
【0129】
(方法)
実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスに、生後4~6日目まで1日当たり1μg/μlの4-OHT 10μl(総量10μg/日×3日)を腹腔内に投与した。かかる投与量は、先の実施例での投与量の10分の1である。生後7日目に4% PFAを用いて心臓から潅流固定を行った後、網膜カップを作成した。抗PECAM-1(CD31)抗体を用いた蛍光免疫染色を行い、フラットマウント網膜の画像をAxioObserver(Zeiss社)により取得した。コントロールとして、4-OHT非投与のマウスについても同様に処理を行って画像を取得した。
【0130】
(結果)
結果を図8に示す。4-OHTを投与してAktを持続活性化した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)では、先の実施例における投与量の1/10量の低濃度の4-OHTの投与によっても毛細血管瘤の形成が誘導されていることが認められた。一方、コントロールにおいては、このような所見が認められなかった。また、先の実施例で認められた毛細血管瘤に比べて、小さく、また、数も少なかったことから、Aktの活性化の程度により、発現する網膜血管疾患の重症度を制御できることも判明した。
【0131】
更に、網膜血管形態を詳細に検討するため、毛細血管瘤の数を計測した。詳細には、毛細血管瘤数の測定は、1網膜あたりの毛細血管瘤の数をフラットマウント網膜の画像を用いて手動で行った。結果を図9に示す。毛細血管瘤は、コントロールではほとんど認められなかったが、4-OHTを投与してAktを持続活性化した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)では、1網膜当たり平均90個もの多数の毛細血管瘤が認められた。
【0132】
次に、毛細血管瘤の構造を詳細に検討するため、抗PECAM-1(CD31)抗体に加え、抗ERG抗体を用いた二重免疫染色を行い、抗PECAM-1(CD31)抗体による血管内皮細胞の染色と共に、抗ERG抗体により内皮細胞核を染色した。結果を図10に示す。図10の上段の画像は、LSM710(Zeiss社)により取得した画像を示し、左の画像は、恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)における毛細血管瘤の抗PECAM-1(CD31)抗体による染色、中央の画像は抗ERG抗体による染色、右の画像は両者による二重染色の結果を示し、淡灰色の蛍光染色領域が認められる。図10の下段の画像は、比較としてヒト糖尿病網膜症の毛細血管瘤の病理標本(眼の組織・病理アトラスより引用)を示し、詳細にはトリプシン処理による血管網の標本の光学顕微鏡像である。その結果、図8等で観察された瘤状の血管構造においては、複数の内皮細胞核が存在し、内皮細胞の集簇によって構成されることが理解できる。この構造は、これまでに報告されているヒト糖尿病網膜症の毛細血管瘤の病理標本(瘤状の血管構造内等に認められる濃灰色の部分が、細胞核の集簇を示す)に類似していることも理解できる。このことから、Aktの持続活性化により、ヒト糖尿病網膜症と類似性の高い症状を示す非ヒトモデル動物を提供できることが判明した。
【0133】
実施例6.Aktの持続活性化が網膜の血管透過性に与える影響
本実施例では、実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスにおいて、Aktの持続活性化により網膜の血管透過性に与える影響を検討した。ここでは、Aktの持続活性化後の恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスの網膜の色素漏出を実体顕微鏡で観察することにより確認した。
【0134】
(方法)
実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスに、生後4~6日目まで1日当たり10μg/μlの4-OHT 10μl(総量100μg/日×3日)を腹腔内に投与した。生後7日目に、20μlのエバンスブルーを腹腔内に投与し、1時間後に4% PFAを用いて心臓から潅流固定を行い眼球を摘出した。摘出した眼球を、MZ16F 実体顕微鏡(Leica社)を用いて画像を取得した。コントロールとして、4-OHT非投与のマウスについても同様に処理を行って画像を取得した。
【0135】
(結果)
結果を図11に示す。図中、実線(黒)の内部が硝子体側から見た網膜を示し、点線(白)の内部は、光学顕微鏡下で青色色素であるエバンスブルーが漏出していることが確認できる領域を示す。その結果、4-OHTを投与してAktを持続活性化した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)では、色素の血管外漏出が観察され、血管透過性が亢進していることが認められた。一方、コントロールでは血管透過性の亢進が認められなかったことから、血管透過性の亢進はAktの持続活性化に起因するものであることが理解できる。
【0136】
更に、血管透過性を定量的に評価するため、LSM710共焦点顕微鏡(Zeiss社)を用いて、網膜血管から漏出したエバンスブルーの蛍光強度を測定した((*** < 0.001))。結果を図12に示す。その結果、4-OHTを投与してAktを持続活性化した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)では、コントロールに比べて色素の血管外漏出量が有意に高いことが認められた。
【0137】
実施例7.Aktの持続活性化が網膜表層に与える影響
本実施例では、実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスにおいて、Aktの持続活性化により網膜の網膜表層に与える影響を検討した。ここでは、Aktの持続活性化後の恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスの網膜切片画像を観察することにより確認した。
【0138】
(方法)
実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスに、生後4~6日目まで1日当たり10μg/μlの4-OHT 10μl(総量100μg/日×3日)を腹腔内に投与した。生後7日目に、4% PFAを用いて心臓から潅流固定を行って眼球を摘出した後、網膜凍結切片を作成した。Hoechst染色により核を可視化して、顕微鏡(Zeiss社)を用いて画像を取得した。コントロールとして、4-OHT非投与のマウスについても同様に処理を行って画像を取得した。
【0139】
(結果)
結果を図13に示す。4-OHTを投与してAktを持続活性化した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)では、網膜全体、特には、血管層が存在する表層に顕著な膨化が認められた。一方、コントロールではそのような所見が認められなかったことから、表層の膨化はAktの持続活性化に起因するものであることが理解できる。
【0140】
実施例6及び実施例7の結果より、Aktの持続活性化により、網膜の血管透過性が亢進することにより網膜浮腫が生じることが認められた。かかる網膜浮腫は、ヒト糖尿病網膜症の重症度に関係なく生じる所見であり、また、現在まで報告されたモデル動物においてはこのような所見を示すものはほとんど存在しなかった。
【0141】
実施例8.Aktの持続活性化による血管形態異常の要因解析(血管内皮細胞及びアストロサイト)
本実施例では、先の実施例において確認されたAktの持続活性化による血管形態の異常の要因について検討した。ここでは、Aktの持続活性化後の恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスの網膜をホールマウント免疫染色により確認した。
【0142】
(方法)
実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスに、生後4~6日目まで1日当たり10μg/μlの4-OHT 10μl(総量100μg/日×3日)を腹腔内に投与した。生後7日目に4% PFAを用いて心臓から潅流固定を行った後、網膜カップを作成した。抗PECAM-1(CD31)抗体、及び、抗GFAP抗体を用いた蛍光免疫染色を行い、フラットマウント網膜の画像をLSM710(Zeiss社)により取得した。
【0143】
(結果)
結果を図14に示す。図14の上段の画像は、抗PECAM-1(CD31)抗体及び抗GFAP抗体による二重染色、下段は抗PECAM-1(CD31)抗体による染色の結果を示す。その結果、Aktの持続活性化後の恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)の網膜血管網において、血管伸長の足場となるアストロサイト(GFAP)の形態に、コントロールとの相違は認められなかった。したがって、先の実施例で確認されたAktの持続活性化による血管構造の異常は、内皮細胞の異常に起因することが理解できる。
【0144】
実施例9.Aktの持続活性化による血管形態異常の要因解析(VEGF発現量)
本実施例では、先の実施例において確認されたAktの持続活性化による血管形態の異常の要因について検討した。ここでは、Aktの持続活性化後の恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスの網膜のVEGF発現量を測定した。
【0145】
(方法)
実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスに、生後4~6日目まで1日当たり10μg/μlの4-OHT 10μl(総量100μg/日×3日)を腹腔内に投与した。生後7日目に潅流固定をせずに摘出した網膜からRNAを抽出し、逆転写からDNAを合成し、定量PCRにてVEGF遺伝子の発現を解析した。このとき、ハウスキーピング遺伝子としてβ-アクチンの発現についても解析した。同様に、コントロールとして、4-OHT非投与のマウスについても同様に処理を行って解析した。
【0146】
ここで使用した、プライマー配列は以下の通りである。
Vegf用:
5’-tacacaattcagagcgatgtgtggt-3’(配列番号24)
5’-ctggttcctccaatgggatatcttc-3’(配列番号25)
β-アクチン用:
5’-ggctgtaattcccctccatcg-3’(配列番号26)
5’-ccagttggtaacaatgccatgt-3’(配列番号27)
【0147】
(結果)
結果を図15に示す。VEGF遺伝子の発現量について測定したグラフを示すが、Aktの持続活性化後の恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)において、VEGF遺伝子の発現にコントロールとの相違は認められず、血管形態の異常は過剰VEGFに誘導される二次的な変化ではないことが理解できる。
【0148】
実施例10.Aktの長時間持続活性化が網膜に与える影響
本実施例では、実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスにおいて、Aktの長期間の持続活性化により網膜毛細血管形状に与える影響を検討した。ここでは、先の実施例よりも長期間のAkt活性化後の恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスの網膜をホールマウント免疫染色により確認した。
【0149】
(方法)
実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスに、生後4~6日目まで1日当たり1μg/μlの4-OHT 10μl(総量10μg/日×3日)を腹腔内に投与し、生後14日目に抗PECAM-1(CD31)抗体を用いた蛍光免疫染色を行い、フラットマウント網膜の画像を取得した。LSM710(Zeiss社)で取得した画像をZ方向の深度により濃淡によって色分けした画像を取得した。コントロールとして、4-OHT非投与のマウスについても同様に処理を行って画像を取得した。
【0150】
(結果)
結果を図16に示す。生後14日目では、Aktの持続活性化後の恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)において、網膜の血管径の拡張と血管密度の低下が認められた。
【0151】
実施例11.Aktの持続活性化の活性度及び活性期間が網膜に与える影響
本実施例では、実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスにおいて、Aktの持続活性化の活性度及び活性期間により網膜毛細血管形態に与える影響を検討した。ここでは、Aktの持続活性化の活性度及び活性期間を4-OHTの投与量と投与期間の変更により制御し、恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスの網膜血管の形態変化を網膜のホールマウント免疫染色により確認した。
【0152】
(方法)
実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスに、生後4~6日目まで1日当たり10μg/μlの4-OHT 10μl(総量100μg/日×3日)、生後4~6日目まで1日当たり1μg/μlの4-OHT 10μl(総量10μg/日×3日)、生後4日目のみ10μg/μlの4-OHT 10μl(総量100μg/日×1日)、の何れかの投与量及び期間で腹腔内に投与し、生後7日目に4% PFAを用いて心臓から潅流固定を行った後、網膜カップを作成した。続いて、抗PECAM-1抗体を用いた蛍光免疫染色を行った。フラットマウント網膜の画像をAxioObserver(Zeiss社)により取得し、取得した画像を各群で比較した。コントロールとして、4-OHT非投与のマウスについても同様に処理を行って画像を取得した。
【0153】
(結果)
結果を図17に示す。4-OHTの投与量・投与期間によって毛細血管瘤の程度が異なることが確認された。
【0154】
更に、網膜血管形態を詳細に検討するため、毛細血管瘤の数を計測した。詳細には、毛細血管瘤数の測定は、1網膜あたりの毛細血管瘤の数をフラットマウント網膜の画像を用いて手動で行った。結果を図18に示す。なお、生後4~6日目まで1日当たり10μg/μlの4-OHT 10μl(総量100μg/日×3日)の群は血管瘤が融合しており計測できないので定量からは外してある。
【0155】
上記の結果から、Aktの持続活性化の活性度及び活性期間により網膜毛細血管の形態が変化し、Aktの持続活性化の活性度及び活性期間等の活性化様式に基づいて、所望の網膜血管形態を形成でき、網膜血管疾患の重症度を制御できることが理解できる。
【0156】
実施例12.網膜血管疾患の治療又は予防用薬剤のスクリーニングへの利用
本実施例では、実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスにおいて、Aktの持続活性化により形成された網膜の毛細血管形態異常に、Akt阻害剤が与える影響を検討した。ここでは、Akt阻害剤投与による恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスの網膜血管の形態変化を網膜のホールマウント免疫染色により確認した。
【0157】
(方法)
実施例1において作製した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウスに、生後4~6日目まで1日当たり10μg/μlの4-OHT 10μl(総量100μg/日×3日)を腹腔内に投与した。更に、網膜採取24時間前に細胞増殖阻害作用のあるマイトマイシンC、Akt阻害剤1(Triciribine)、Akt阻害剤2(GSK)の何れかを腹腔内に投与した。薬剤投与群及び薬剤非投与群(Akt-Mer)について、4% PFAを用いて心臓から潅流固定を行った後、網膜を採取して網膜カップを作成した。採取した網膜に対して抗PECAM-1抗体を用いた蛍光免疫染色を行った。フラットマウント網膜の画像をAxioObserver(Zeiss社)により取得し、取得した画像を各群で比較した。コントロールとして、4-OHT非投与のマウスについても同様に処理を行って画像を取得した。
【0158】
(結果)
結果を図19に示す。Akt阻害剤投与によってAkt持続活性化を介して形成された毛細血管瘤は減少し、Akt持続活性化による血管拡張も解消した。したがって、Aktを持続活性化した恒常活性化型Akt-Mer Tgマウス(Akt-Mer)モデルは、薬剤投与による網膜血管疾患の治療効果の判定に利用できることが理解できる。
【産業上の利用可能性】
【0159】
医療分野や生物化学分野等で利用可能であり、特に、糖尿病網膜症に代表される網膜血管疾患及び糖尿病腎症の治療法や予防法、診断法の開発、及び、病態の解析等に利用することができる。
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【配列表】
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