(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-12
(45)【発行日】2024-12-20
(54)【発明の名称】量子回路、量子計算素子、量子計算システム、及び量子計算方法
(51)【国際特許分類】
G06N 10/40 20220101AFI20241213BHJP
G06N 10/20 20220101ALI20241213BHJP
【FI】
G06N10/40
G06N10/20
(21)【出願番号】P 2023541235
(86)(22)【出願日】2022-06-20
(86)【国際出願番号】 JP2022024500
(87)【国際公開番号】W WO2023017679
(87)【国際公開日】2023-02-16
【審査請求日】2024-02-07
(31)【優先権主張番号】P 2021131568
(32)【優先日】2021-08-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(72)【発明者】
【氏名】才田 大輔
【審査官】佐藤 直樹
(56)【参考文献】
【文献】特表2021-512398(JP,A)
【文献】国際公開第2020/170392(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/064932(WO,A1)
【文献】ROWLANDS, Graham E., et al.,Reservoir Computing with Superconducting Electronics,arXiv,v1,2021年03月03日,[online] [検索日:2022.09.01] <URL: https://arxiv.org/abs/2103.02522>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06N 10/40
G06N 10/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁的状態によって量子ビットを構成する複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の第1線路の各第1線路に、他の第1線路とは異なるタイミングで入力信号が個別に供給されることと、
前記複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の読出回路の各読出回路から、対応する超伝導線路の前記量子ビットの状態に基づいて、読出信号が出力されることと、
を含む、量子計算方法。
【請求項2】
電磁的状態によって量子ビットを構成する複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の第1線路の各第1線路に、他の第1線路に入力される入力信号とは振幅が異なる入力信号が個別に供給されることと、
前記複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の読出回路の各読出回路から、対応する超伝導線路の前記量子ビットの状態に基づいて、読出信号が出力されることと、
を含む、量子計算方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の量子計算方法であって、
前記読出信号が出力されることは、連続信号である前記読出信号が出力されること、を含む、量子計算方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の量子計算方法であって、
前記入力信号が個別に供給されることは、前記読出信号を出力する読出回路の数よりも少ない数の各第1線路に、前記入力信号が供給されること、を含む、量子計算方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の量子計算方法であって、
前記入力信号が個別に供給されることは、前記読出信号を出力する読出回路の数よりも多い数の各第1線路に、前記入力信号が供給されること、を含む、量子計算方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の量子計算方法であって、
前記入力信号が個別に供給されることは、少なくとも1つの前記第1線路に前記入力信号が供給されることを含み、
前記読出信号が出力されることは、前記入力信号が供給された少なくとも1つの前記第1線路に対応する前記超伝導線路に電磁的に結合される前記読出回路から前記読出信号が出力されること、を含む、量子計算方法。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の量子計算方法であって、
前記複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の各第2線路に、調整信号が個別に供給されること、をさらに含む、量子計算方法。
【請求項8】
電磁的状態によって量子ビットを構成し、相互作用を及ぼし合う複数の超伝導線路と、
前記複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の第1線路であって、各第1線路は、
他の第1線路とは異なるタイミングで入力信号を個別に受信可能に構成された、複数の第1線路と、
前記複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の第2線路と、
前記複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の読出回路であって、各読出回路は、対応する超伝導線路の前記量子ビットの状態に基づく読出信号を出力可能に構成された、複数の読出回路と、
を備える、量子回路。
【請求項9】
電磁的状態によって量子ビットを構成し、相互作用を及ぼし合う複数の超伝導線路と、
前記複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の第1線路であって、各第1線路は、他の第1線路に入力される入力信号とは振幅が異なる入力信号を個別に受信可能に構成された、複数の第1線路と、
前記複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の第2線路と、
前記複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の読出回路であって、各読出回路は、対応する超伝導線路の前記量子ビットの状態に基づく読出信号を出力可能に構成された、複数の読出回路と、
を備える、量子回路。
【請求項10】
請求項8又は9に記載の量子回路を有する、量子計算素子。
【請求項11】
請求項10に記載の量子計算素子であって、
前記量子回路とは異なる量子回路をさらに有する、量子計算素子。
【請求項12】
請求項10に記載の量子計算素子と、
前記量子計算素子に前記入力信号を供給し、前記量子計算素子から前記読出信号を取得するように構成された、制御装置と、
を備える、量子計算システム。
【請求項13】
請求項12に記載の量子計算システムであって、
前記制御装置と通信可能に接続され、第1信号を生成する信号生成装置、をさらに備え、
前記制御装置は、前記第1信号に基づく前記入力信号を前記量子計算素子に供給するように構成される、量子計算システム。
【請求項14】
請求項12に記載の量子計算システムであって、
前記量子計算素子は第1量子計算素子であり、前記制御装置は第1制御装置であり、
第2量子計算素子と、
前記第2量子計算素子における計算を制御するように構成された第2制御装置と、
前記第1制御装置及び前記第2制御装置と通信可能に接続され、量子計算を行う量子計算素子を示す素子選択信号を前記第1制御装置又は前記第2制御装置に供給するように構成された、計算管理装置と、をさらに備える、量子計算システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子回路、量子計算素子、量子計算システム、及び量子計算方法に関する。
【背景技術】
【0002】
機械学習の手法として、入力層、リザバー層、及び出力層を有するニューラルネットワークを用いたリザバーコンピューティングという手法がある。リザバーコンピューティングにおけるリザバー層は、ランダムな結合を有する再帰的ニューラルネットワークである。言い換えるとリザバー層は非線形な応答をするネットワーク回路である。
【0003】
リザバー層を、ソフトウェアによる動作ではなくハードウェアによって物理的に実装するためのデバイスが存在する。そのようなデバイスは、例えば非特許文献1では、物理リザバーデバイスと呼ばれる。非特許文献1では、レーザ系やスピン系の物理リザバーデバイスにおける物理現象によってリザバー層を構築できることが示される。このように、物理リザバーデバイスによってリザバー層を構築して行うリザバーコンピューティングは、物理リザバーコンピューティングと呼ばれる。
【0004】
物理リザバーコンピューティングでは、入力層に連続信号を入力し、リザバー層における非線形な応答を経て、出力層から連続信号が出力される。物理リザバーコンピューティングにおける学習は、入力信号及び出力層からの読出信号を離散化し、離散化された信号の値を補正するように、リザバー層と出力層との線形結合の重みを更新することによって行われる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】山根敏志,「物理リザバー・コンピューティングによる機械学習デバイスとエッジ・コンピューティングへの応用」,Provision,日本アイビーエム,2019,第95号,p.57-61
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
物理リザバーコンピューティングにおける学習効率を高めるためには、リザバー層は非線形性が高い力学系であることが好ましい。非線形性を高くするためには、力学系の自由度が高いことが好ましい。物理リザバーを構成可能な素子単体(1ビット)での動作が可能な事例は種々存在するが、複数の素子を秩序よく協働させる物理リザバーを実現することは難しい。複数の素子を協働させることが難しい場合、力学系の自由度が限られるため、物理リザバーコンピューティングにおける学習効率が向上しにくい。
【0007】
そこで、本発明は、学習効率の高い物理リザバーコンピューティングを可能にする量子回路、量子計算素子、量子計算システム、及び量子計算方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様に係る量子回路は、電磁的状態によって量子ビットを構成し、相互作用を及ぼし合う複数の超伝導線路と、複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の第1線路であって、各第1線路は、入力信号を個別に受信可能に構成された、複数の第1線路と、複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の第2線路と、複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の読出回路であって、各読出回路は、対応する超伝導線路の量子ビットの状態に基づく読出信号を出力可能に構成された、複数の読出回路と、を備える。
【0009】
この態様によれば、入力信号は各第1線路に個別に入力される。入力信号に基づいて、各第1線路が、対応する超伝導線路の量子ビットの状態を制御する。各超伝導線路の相互作用によって、各超伝導線路の量子ビットの状態が変化する。読出回路からの読出信号は、超伝導線路の量子ビットの状態が、入力信号に基づいて変化した結果の状態に基づく信号である。読出信号は、入力信号を重ね合わせた結果の信号とはならず、非線形な信号となる。量子回路では、入力信号が各第1線路に個別に入力されるので、複数のパラメータそれぞれに入力信号を対応付けることによって、物理リザバーデバイスとしての量子回路における自由度を高くすることができる。上記態様の量子回路を用いた物理リザバーコンピューティングでは、自由度を高くすることによって、非線形性を高くすることができる。したがって、当該量子回路は、学習効率の高い物理リザバーコンピューティングを可能にする。
【0010】
本発明の他の態様に係る量子計算素子は、上記態様の量子回路を有する。これによれば、量子計算素子は、学習効率の高い物理リザバーコンピューティングを可能にする。
【0011】
上記態様において、量子計算素子は、上記態様の量子回路とは異なる量子回路をさらに有してもよい。これにより、量子計算素子は、上記態様の量子回路と、異なる量子回路とを、計算用途に応じて切り替えることで、複数の計算用途に対応可能な素子となる。
【0012】
本発明の他の態様に係る量子計算システムは、上記態様の量子計算素子と、当該量子計算素子に入力信号を供給し、当該量子計算素子から読出信号を取得するように構成された、制御装置と、を備える。これにより、制御装置によって物理リザバーコンピューティングが制御され、学習効率の高い物理リザバーコンピューティングが可能となる。
【0013】
上記態様の量子計算システムは、制御装置と通信可能に接続され、第1信号を生成する信号生成装置、をさらに備え、制御装置は、第1信号に基づく入力信号を量子計算素子に供給するように構成されてもよい。これにより、信号生成装置が、例えば、センサ等の装置からの信号に基づく信号を量子計算素子に供給する場合、システムにおいてエッジ側にあるセンサ等の装置からの信号を用いた学習及び推論を行う物理リザバーコンピューティングが可能となる。
【0014】
上記態様の量子計算システムでは、量子計算素子は第1量子計算素子であり、制御装置は第1制御装置であり、量子計算システムは、第2量子計算素子と、第2量子計算素子における計算を制御するように構成された第2制御装置と、第1制御装置及び第2制御装置と通信可能に接続され、量子計算を行う量子計算素子を示す素子選択信号を第1制御装置又は第2制御装置に供給するように構成された、計算管理装置と、をさらに備えてもよい。
【0015】
計算管理装置が計算処理の内容に応じて量子計算素子を選択するように素子選択信号を供給することで、量子計算システムは、複数の量子計算素子による計算結果を活用可能なシステムとなる。
【0016】
本発明の他の態様に係る量子計算方法は、電磁的状態によって量子ビットを構成する複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の第1線路の各第1線路に、入力信号が個別に供給されることと、前記複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の読出回路の各読出回路から、対応する超伝導線路の前記量子ビットの状態に基づいて、読出信号が出力されることと、を含む。これにより、上記態様の量子回路と同様に、学習効率の高い物理リザバーコンピューティングが可能となる。
【0017】
上記態様の量子計算方法では、読出信号が出力されることは、連続信号である読出信号が出力されること、を含んでもよい。読出信号が連続信号として出力されることにより、入力信号が連続信号である場合に、入力信号及び読出信号を離散化し、離散化された信号の値に基づいて、学習が行われる。これにより、物理リザバーコンピューティングが可能となる。
【0018】
上記態様の量子計算方法では、入力信号が個別に供給されることは、読出信号を出力する読出回路の数よりも少ない数の各第1線路に、入力信号が供給されること、を含んでもよい。これにより、遅延ネットワーク型の物理リザバー部を用いた物理リザバーコンピューティングが可能となる。
【0019】
上記態様の量子計算方法では、入力信号が個別に供給されることは、読出信号を出力する読出回路の数よりも多い数の各第1線路に、入力信号が供給されること、を含んでもよい。これにより、連続媒体型の物理リザバー部を用いた物理リザバーコンピューティングが可能となる。
【0020】
上記態様の量子計算方法では、入力信号が個別に供給されることは、各第1線路に、入力信号が他の第1線路とは異なるタイミングで供給されること、を含んでもよい。これにより、遅延ネットワークと連続媒体型の双方の非線形性を持つ物理リザバー部を構成することが可能となり、学習の効率が向上する。
【0021】
上記態様の量子計算方法では、入力信号が個別に供給されることは、各第1線路に、入力信号が他の第1線路とは異なる信号波形を有して供給されること、を含んでもよい。これにより、遅延ネットワークと連続媒体型の双方の非線形性を持つ物理リザバー部を構成することが可能となり、学習の効率が向上する。
【0022】
上記態様の量子計算方法では、入力信号が個別に供給されることは、少なくとも1つの第1線路に入力信号が供給されることを含み、読出信号が出力されることは、入力信号が供給された少なくとも1つの第1線路に対応する超伝導線路に電磁的に結合される読出回路から読出信号が出力されること、を含んでもよい。
【0023】
少なくとも1つの第1線路に入力信号が供給され、第1線路が対応する超伝導線路に電磁的に結合される読出回路から読出信号が出力されることによって、量子アニーリングによる計算が可能となる。よって、上記量子計算方法では、物理リザバーコンピューティングに加えて、量子アニーリングによる計算が可能となる。
【0024】
上記態様の量子計算方法では、複数の超伝導線路のそれぞれに電磁的に結合される複数の各第2線路に、調整信号が個別に供給されること、をさらに含んでもよい。これにより、超伝導線路における量子ビットの状態をより細かに調整することが可能となり、入力信号に対する読出信号の非線形性をより細かに調整することが可能となる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、学習効率の高い物理リザバーコンピューティングを可能にする量子回路、量子計算素子、量子計算システム、及び量子計算方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】第1実施形態に係る量子計算システムの概要を示す図である。
【
図2】第1実施形態に係る量子計算素子における入力信号と読出信号との関係を説明する図である。
【
図3】第1実施形態に係る量子計算素子における入力信号と読出信号の概念を説明する図である。
【
図4】第1実施形態に係る制御装置における処理のフローチャートである。
【
図5】第1実施形態に係る量子計算システムの動作例を説明する図である。
【
図6】第1実施形態に係る量子計算システムの他の動作例を説明する図である。
【
図7】第1実施形態に係る量子計算システムの他の動作例を説明する図である。
【
図8】第2実施形態に係る量子計算素子の概要を示す図である。
【
図9】第3実施形態に係る量子計算システムの概要を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
添付図面を参照して、本発明の好適な実施形態について説明する。なお、各図において、同一の符号を付したものは、同一又は同様の構成を有する。
【0028】
[第1実施形態]
第1実施形態について説明する。
図1には、第1実施形態に係る量子計算システム10の概略図が示される。量子計算システム10は、量子回路100及び制御装置200を有する。量子計算システム10は、量子回路100が制御装置200により制御されて量子計算を行うシステムである。
【0029】
量子回路100は、超伝導線路101,102,103,104、可変結合器C13,C23,C14,C24、及び読出回路R1,R2,R3,R4を有する。量子回路100は、超伝導線路101,102,103,104、可変結合器C13,C23,C14,C24、及び読出回路R1,R2,R3,R4を形成する材料の超伝導転移温度以下に冷却された状態で使用される。よって、量子計算システム10は、量子回路100を冷却する機構(不図示)を備えている。
【0030】
超伝導線路101,102,103,104のそれぞれは、電磁的状態によって量子ビットを構成する。具体的には、量子ビットの量子状態は、超伝導線路を流れる電流の周回方向によって表される。
図1では横方向に超伝導線路101と超伝導線路102とが並べられ、縦方向に超伝導線路103と超伝導線路104とが並べられる。
【0031】
超伝導線路101には、超伝導線路101に横磁場を印加するための線路L11(第1線路)が電磁的に結合されるように設けられる。線路L11は、制御装置200から入力信号を個別に受信する。線路L11は、超伝導線路101の一部と対向する線路部分を有しており、当該線路部分によって超伝導線路101と電磁的に結合される。本実施形態では、超伝導線路の一部と、他の部材とが電磁的に結合される箇所は、超伝導線路101,102,103,104における四角形によって図示される。なお、対向するとは、超伝導線路の一部と、線路L11の一部とが、平面視において重なることを意味する。
【0032】
超伝導線路101には、超伝導線路101に自己磁場を印加するための線路L21(第2線路)が電磁的に結合されるように設けられる。線路L21は、超伝導線路101の一部と対向する線路部分を有しており、当該線路部分によって超伝導線路101と電磁的に結合される。
【0033】
線路L11,L21は、制御装置200に接続される。線路L11,L21を通じて、制御装置200によって制御された磁場が超伝導線路101に印加されることによって、超伝導線路101のエネルギー状態が制御される。
【0034】
超伝導線路101には、超伝導線路101の量子ビットの状態を読み出すための読出回路R1が設けられる。読出回路R1は、超伝導量子干渉計(Superconducting Quantum Interference Device,SQUID)を有する。
図1では、模式的に超伝導量子干渉計R11が図示されている。読出回路R1は、線路を通じて、制御装置200に接続される。読出回路R1では、制御装置200からの信号に基づいて超伝導量子干渉計R11に磁束が印加される。読出回路R1は、印加された磁束と超伝導線路101との相互作用によって、超伝導線路101の量子ビットの状態に基づく読出信号を制御装置200に出力する。
【0035】
超伝導線路102には、超伝導線路101と同様に、線路L12,L22、読出回路R2が設けられる。超伝導線路103には、超伝導線路101と同様に、線路L13,L23、読出回路R3が設けられる。超伝導線路104には、超伝導線路101と同様に、線路L14,L24、読出回路R4が設けられる。
【0036】
可変結合器C13は、超伝導線路101と超伝導線路103と非接触で対向するリング部を含み、超伝導線路101と超伝導線路103とを電磁誘導によって相互作用させる。
相互作用の強さは、適宜調整され得る。
【0037】
可変結合器C23は、可変結合器C13と同様に、超伝導線路102と超伝導線路103とを電磁誘導によって相互作用させる。可変結合器C14は、可変結合器C13と同様に、超伝導線路101と超伝導線路104とを電磁誘導によって相互作用させる。可変結合器C24は、可変結合器C13と同様に、超伝導線路102と超伝導線路104とを電磁誘導によって相互作用させる。なお、可変結合器は、超伝導線路101,102,103,104のうち、任意の組を相互作用させるように設けられてもよい。また、可変結合器は、
図1のように4つである必要はなく、その個数は適宜調整され得る。
【0038】
量子回路100では、超伝導線路の本数は4本であるが、本数は4本に限られず、より多くの線路を用いる構成としてもよい。これに伴って、第1線路、第2線路、及び読出回路の個数も多くなる。
【0039】
制御装置200は、量子回路100に量子計算を実行させるコンピュータである。制御装置200は、ROM、RAM及びCPU等を備える。制御装置200は、制御装置200に記憶されたプログラムが、CPUにより実行されることによって、量子回路100における量子計算を制御する処理を実行する。
【0040】
図2、
図3を参照して、量子計算システム10における入力信号と読出信号との関係について説明する。
【0041】
図2は、量子回路100において、ある超伝導線路に入力信号を入力した場合に、ある読出回路から出力される読出信号の一例を示すグラフである。横軸は入力信号の大きさであり、入力信号は電流値として表される。電流としての入力信号は、線路を通じて磁束に変換されて超伝導線路に入力される。量子回路100での、超伝導線路101,102,103,104間の相互作用に応じて、各超伝導線路の量子ビットの状態が変化する。縦軸の読出信号は、対応する超伝導線路の量子ビットの状態に応じた電流値として取得されている。
【0042】
図2に示されるように、入力信号の増加に対して、読出信号は必ずしも増加していない。つまり、量子回路100においては、読出信号は入力信号に対して、線形に変化せず、非線形に変化する。
【0043】
図3には、信号の入力及び読出の概念を説明する図が示される。
図3に示されるように、ある時刻にわたって、入力信号としての磁束が第1線路を通じて超伝導線路に供給される。ここでの磁束は、上述のように、電流値によって制御される。入力信号としての磁束が超伝導線路に継続的に供給され、超伝導線路の量子ビットの状態が変化する。このとき、読出回路が出力する読出信号は、量子回路100における超伝導線路間の相互作用に応じて、時間的に非線形な変化をする連続信号として出力される。なお、
図3では、入力信号は磁束の強度が飽和する信号として例示されているが、非線形な曲線であってもよい。
この場合でも、読出信号は、量子回路100における超伝導線路間の相互作用に応じて、時間的に非線形な変化をする連続信号として出力される。
【0044】
このように、量子回路100では、入力信号に応じた非線形な読出信号が出力される。よって、量子回路100は、物理リザバーコンピューティングにおける物理リザバーとして機能することができる。
【0045】
図4は、量子回路100における計算を制御装置200が制御する処理の一例を示すフローチャートである。
【0046】
ステップS401において、制御装置200は、入力信号を供給する第1線路を選択する。このとき、制御装置200は、例えば、外部の装置から量子回路100における計算モードを指定する情報を取得し、当該情報に基づいて、第1線路を選択する。
【0047】
ステップS402において、制御装置200は、読出信号を取得する読出回路を選択する。制御装置200は、ステップS401と同様に、外部の装置から量子回路100における計算モードを指定する情報を取得し、当該情報に基づいて、読出回路を選択する。
【0048】
ステップS403において、制御装置200は、選択された第1線路に入力信号を供給する。具体的には、制御装置200は、選択された第1線路に対応する超伝導線路に印加される磁束を制御するための電流を第1線路に供給する。
【0049】
ステップS404において、制御装置200は、第1線路に対応する第2線路に調整信号を供給する。具体的には、制御装置200は、選択された第1線路に対応する第2線路を通じて超伝導線路に供給される磁束を制御するための電流を第2線路に供給する。なお、ステップS404における処理は省略されてもよく、制御装置200は第1線路にのみ電流を供給するようにしてもよい。
【0050】
ステップS405において、制御装置200は、選択された読出回路から読出信号を取得する。制御装置200は、具体的には、選択された読出回路に対応する超伝導量子干渉計に磁束を印加し、超伝導量子干渉計から電流信号としての読出信号を取得する。
【0051】
上記各ステップでは、第1線路が選択され、第1線路への入力信号が供給され最後に第2線路に調整信号が供給される場合を例に説明した。制御装置200は、ステップS401における第1線路に代えて、第2線路を選択してもよい。この場合、制御装置200は、ステップS403における第1線路に代えて、第2線路に調整信号を供給してもよい。
最後に、制御装置200は、ステップS404における第2線路に代えて、第2線路が対応する第1線路に入力信号を供給してもよい。なお、制御装置200は第2線路にのみ電流を供給するようにしてもよい。第2線路が選択されるような場合でも、同様にステップS405における読出は可能である。
【0052】
図5から
図7を参照して、量子計算システム10における第1線路の選択及び読出回路の選択に関する具体例を説明する。
図5には、第1の具体例が模式的に示される。
図5では、超伝導線路103に対応する線路L13が、入力信号の供給先として選択され、超伝導線路103に対応する読出回路R3及び超伝導線路104に対応する読出回路R4が読出信号の取得元として選択された状況が示される。
【0053】
このとき、読出回路R3からの読出信号と、読出回路R4からの読出信号とは、超伝導線路101,102,103,104における相互作用によって、互いに異なる信号となる。
【0054】
このように、量子計算システム10では、読出信号を出力する読出回路の数よりも少ない数の各第1線路に、入力信号が供給されるようにできる。これによって、量子回路100が、1つの入力信号に対して、複数の非線形性を有する読出信号を出力可能な、遅延ネットワーク型の物理リザバー部として機能する。
【0055】
図6には、第2の具体例が模式的に示される。
図6では、超伝導線路101,102,103,104に対応する線路L11,L12,L13,L14が、入力信号の供給先として選択され、超伝導線路102に対応する読出回路R2が読出信号の取得元として選択された状況が示される。
【0056】
このとき、読出回路R2からの読出信号は、超伝導線路101,102,103,104における相互作用に応じた信号となる。このように、量子計算システム10では、読出信号を出力する読出回路の数よりも多い数の各第1線路に、入力信号が供給されるようにできる。これによって、量子回路100が、複数の入力信号に対して、少なくとも1つ以上の非線形性を有する読出信号を出力可能な、連続媒体型の物理リザバー部として機能する。
【0057】
また、例えば、制御装置200が、同じ信号波形を有する信号を、線路L11,L12,L13,L14に対して、異なるタイミングで供給するようにできる。このとき、読出回路R2からの読出信号は、超伝導線路101,102,103,104における相互作用による非線形性に加えて、時間遅延を伴う入力信号に基づく非線形性を含むため、より高い非線形性を有する読出信号となる。これにより、読出信号の非線形性をより高くすることができる。
【0058】
また、例えば、制御装置200が、各線路L11,L12,L13,L14に、他の線路とは異なる信号波形を有する入力信号を供給するようにもできる。このとき、読出回路R2からの読出信号は、超伝導線路101,102,103,104における相互作用による非線形性に加えて、入力信号の大きさが異なることによる非線形性を含むため、より高い非線形性を有する読出信号となる。これにより、読出信号の非線形性をより高くすることができる。
【0059】
図7には、第3の具体例が模式的に示される。
図6では、超伝導線路101,102,103,104に対応する線路L11,L12,L13,L14が、入力信号の供給先として選択され、超伝導線路101,102,103,104に対応する読出回路R1,R2,R3,R4が読出信号の取得元として選択された状況が示される。
【0060】
このとき、量子回路100では、超伝導線路101,102,103,104のそれぞれの量子ビットの状態が、個々に設定される。個々の量子ビットの状態は、線路L11,L12,L13,L14に供給される入力信号及び線路L21,L22,L23,L24に供給される調整信号に基づいて設定される。また、相互作用の結果の読出信号は、超伝導線路101,102,103,104のそれぞれに対応する読出回路から出力される。
よって、量子回路100は。量子アニーリングによる計算を実行することができる。このように、量子回路100は、物理リザバーコンピューティングを可能にする物理リザバーデバイスであり、量子アニーリングによる計算を可能にする量子アニーリングデバイスであり得る。
【0061】
なお、量子回路100は、横方向に配置された2つの超伝導線路101,102と、縦方向に配置された2つの超伝導線路103,104を有するものとして図示されているが、超伝導線路の本数及び配置は図示されたものに限られない。例えば、量子回路には、横方向に4つの超伝導線路が配置され、縦方向にも4つの超伝導線路が配置されてもよい。
この場合、8つの超伝導線路のうち、一部の超伝導線路の量子ビットの状態が設定され、当該量子ビットのアニーリング後の状態が読み出されてもよい。使用される超伝導線路は、量子回路によって解決される問題を表現するハミルトニアンに応じて選択される。本実施形態における量子回路を量子アニーリングに用いる場合、量子回路では、一部の超伝導線路が使用されても良く、全ての超伝導線路が使用されてもよい。
【0062】
また、量子回路は、横方向に配置された2つの超伝導線路と、縦方向に配置された2つの超伝導線路を有する単位格子を複数有し、単位格子は互いに電磁的に接続されるように設けられてもよい。また、単位格子は、横方向に4つの超伝導線路が配置され、縦方向にも4つの超伝導線路が配置されたものであってもよい。単位格子を複数接続して量子回路を構成する場合、ハミルトニアンに応じて、いくつかの単位格子に含まれる第1線路、第2線路、及び読出回路は用いられないことがある。
【0063】
[第2実施形態]
第2実施形態について説明する。
図8には第2実施形態に係る量子計算素子800の模式図が示される。量子計算素子800には、量子回路100と量子回路801とが設けられる。量子回路801は量子回路100とは超伝導線路の本数や、可変結合器の結合のさせ方が異なる量子回路であり得る。このように、一つの量子計算素子800に複数の量子回路を設けることにより、単一のチップによって、複数の量子計算が可能となる。
【0064】
[第3実施形態]
第3実施形態について説明する。
図9には第3実施形態に係る量子計算システム10Aの模式図が示される。量子計算システム10Aは、制御装置200,902、計算管理装置901、信号生成装置903、希釈冷凍機2001,9021、及び量子計算素子2002,9022を有する。ここでは、量子回路100は、希釈冷凍機2001内に配置される量子計算素子2002に形成されている。
【0065】
制御装置200,902、計算管理装置901、及び信号生成装置903はネットワークNを通じて互いに通信可能に接続される。
【0066】
計算管理装置901は、量子計算を行う量子計算素子を選択する処理を実行することによって、量子計算システム10Aにおける計算を管理するコンピュータである。
【0067】
制御装置902は、希釈冷凍機9021内に配置される量子計算素子9022を用いた量子計算を制御するコンピュータである。量子計算素子9022は、量子計算素子2002とは異なる種類の量子計算を行う。例えば、量子計算素子2002は、量子回路100を有するために、アニーリング方式による量子計算を行うのに対して、量子計算素子9022は、ゲート方式又は量子ドット方式による量子計算を行うようにできる。量子計算システム10Aでは、希釈冷凍機9021が用いられるが、希釈冷凍機とは異なる種類の冷凍機が用いられても良い。
【0068】
信号生成装置903は、例えば、外部のセンサ(不図示)からの信号に基づく信号を生成するコンピュータである。信号生成装置903が生成した信号は、計算管理装置901に送信される。
【0069】
計算管理装置901は、信号生成装置903からの信号に基づいて、当該信号の処理に適切な量子計算素子を選択する。計算管理装置901は、選択結果に応じて、量子計算を行う量子計算素子を示す素子選択信号を制御装置200又は制御装置902に送信する。
【0070】
素子選択信号を受信した制御装置200又は制御装置902は、対応する量子計算素子2002又は量子計算素子9022による量子計算を制御する。
【0071】
量子計算システム10Aでは、エッジ側にあるセンサ等の装置からの信号に基づいて信号生成装置903が信号を計算管理装置901に送信するようにできる。これにより、複数の量子計算素子による計算結果を活用可能としつつ物理リザバーコンピューティングが可能となる。また、エッジ側にあるセンサ等の装置からの信号を利用した物理リザバーコンピューティングも可能となる。
【0072】
なお、量子計算システム10Aでは、制御装置902は、量子計算素子9022による量子演算を制御する場合を例にして説明したが、制御装置902による制御対象は、量子計算素子9022に限られない。例えば、制御装置902は、光を利用する量子コンピュータ、FPGA(Field Programmable Gate Array)やCMOS回路を用いて実現される疑似量子コンピュータ、従来の古典演算を実行する計算機、又はスーパーコンピュータ等の制御に用いられてもよい。
【0073】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。実施形態が備える各要素並びにその配置、材料、条件、形状及びサイズ等は、例示したものに限定されるわけではなく適宜変更することができる。また、異なる実施形態で示した構成同士を部分的に置換し又は組み合わせることが可能である。
【符号の説明】
【0074】
10,10A…量子計算システム、100,801…量子回路、101,102,103,104…超伝導線路、200…制御装置、800…量子計算素子、901…計算管理装置、902…制御装置、903…信号生成装置、L11,L12,L13,L14…線路、R1、R2,R3,R4…読出回路