(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-12
(45)【発行日】2024-12-20
(54)【発明の名称】フライ用油脂組成物
(51)【国際特許分類】
A23D 9/00 20060101AFI20241213BHJP
【FI】
A23D9/00 506
(21)【出願番号】P 2020167180
(22)【出願日】2020-10-01
【審査請求日】2023-09-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000187079
【氏名又は名称】昭和産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100126985
【氏名又は名称】中村 充利
(72)【発明者】
【氏名】林 哲大
(72)【発明者】
【氏名】小暮 久美子
(72)【発明者】
【氏名】武田 恒幸
(72)【発明者】
【氏名】木村 有沙
【審査官】千葉 直紀
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-153794(JP,A)
【文献】特開平4-330253(JP,A)
【文献】特開平2-27943(JP,A)
【文献】特開2006-197817(JP,A)
【文献】特開平10-287686(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23D
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3~75ppmのリン脂質を含有するフライ用油脂組成物であって、
リン脂質中のホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンの合計含量がリン脂質の20質量%以下
であり、リン脂質のリゾ化率が50%以上である、上記組成物。
【請求項2】
前記リン脂質が、酵素分解レシチンに由来する、請求項
1に記載の油脂組成物。
【請求項3】
菜種油を含有する、請求項
1または2に記載の油脂組成物。
【請求項4】
請求項1~
3のいずれかに記載のフライ用油脂組成物を製造する方法であって、
ホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンの合計含量が20質量%以下
であり、リゾ化率が50%以上であるリン脂質を、3~75ppmの濃度で配合することを含む、上記方法。
【請求項5】
請求項1~
3のいずれかに記載の油脂組成物を用いてフライ調理することを含む、食品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フライ用油脂組成物およびその製造方法に関する。また本発明は、フライ用油脂組成物を用いた調理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食材をフライ(油ちょう)するために油脂が使用される。しかし、長時間にわたって高温でのフライ調理を続けると、熱酸化、熱分解、熱重合、加水分解などの反応が進み、着色、酸価上昇、粘度上昇、酸敗臭の発現など、油脂の劣化が生じる。
【0003】
一般に、フライ用油脂は、定期的に交換されて使用されるが、短期間での廃棄・交換は、経済的にも環境的にも負荷が大きく、フライ用油脂の劣化を抑制する技術が求められている。
【0004】
フライ用油脂の加熱劣化に関しては、油脂にリンを配合して着色や加熱臭を抑制することが知られており、リンを含む原材料として、リン酸カルシウムやリン酸ナトリウムなどのリン酸塩、レシチン、完全に精製されていない油(原油、脱ガム油等)などを用いることが提案されている(特許文献1~3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2015-084719号公報
【文献】特開2009-055897号公報
【文献】特開2009-050234号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、フライ調理用として長時間加熱しても熱劣化しにくいフライ用油脂組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らが上記課題について鋭意検討したところ、リン脂質中のホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンの合計含量が20質量%以下であるリン脂質を油脂組成物に少量配合することによって、フライ用油脂組成物の熱劣化を効果的に抑制できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
本発明は、これに限定されるものではないが、以下の態様を包含する。
[1] 3~75ppmのリン脂質を含有するフライ用油脂組成物であって、リン脂質中のホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンの合計含量が、リン脂質の20質量%以下である、上記組成物。
[2] 前記リン脂質のリゾ化率が50%以上である、[1]に記載の油脂組成物。
[3] 前記リン脂質が、酵素分解レシチンに由来する、[1]または[2]に記載の油脂組成物。
[4] 菜種油を含有する、[1]~[3]のいずれかに記載の油脂組成物。
[5] [1]~[4]のいずれかに記載のフライ用油脂組成物を製造する方法であって、ホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンの合計含量が20質量%以下であるリン脂質を、3~75ppmの濃度で配合することを含む、上記方法。
[6] [1]~[4]のいずれかに記載の油脂組成物を用いてフライ調理することを含む、食品の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、フライ調理用として長時間加熱しても熱劣化しにくいフライ用油脂組成物が提供される。本発明のフライ用油脂組成物は、フライ調理用として長時間加熱しても、着色、油脂重合物の増加、加熱臭の悪化などが抑制される。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、リン脂質を配合したフライ用油脂組成物に関しており、本発明に係るフライ用油脂組成物は、フライ調理用として長時間加熱しても熱劣化しにくいものである。
フライ用油脂組成物(フライ油)
本発明に係る油脂組成物は、フライ(油ちょう)に用いられる油脂組成物である。本発明においてフライとは、比較的多量の食用油脂を熱媒として使用する加熱調理方法をいい、日常的に幅広く用いられるものである。本発明に係る油脂組成物は、衣をつけてフライするような場合はもちろん、衣がないような素揚げに用いることもできる。フライした食品としては、例えば、天ぷら、から揚げ、とんかつ、コロッケ、さつま揚げ、即席麺、揚げせんべい、かりんとう、フライドポテト、フライドチキン、ドーナツなどを挙げることができる。フライ調理を実施する場所は、一般家庭はもちろん、スーパーマーケットなどの店舗のバックヤード、大規模な食品工場など、多くの場所が挙げられる。本発明に係る油脂組成物を食品工場などにおいて連続して使用する場合、フライ作業終了後に、揚げ種に吸収されて減少した分の油を継ぎ足しながら使用することができる(この操作を「差し油」、「足し油」などという)。
【0011】
本発明に係るフライ用油脂組成物は食用油脂を含有する。本発明に使用する食用油脂は、特に限定されるものではなく、植物由来であるか、動物由来であるか、また、合成品であるかも問わない。本発明によれば、1種類の油脂を使用してもよいし、複数の油脂を使用してもよい。食用油脂としては、例えば、大豆油、菜種油、コーン油、ひまわり油、紅花油、綿実油、ゴマ油、シソ油、亜麻仁油、落花生油、オリーブ油、ブドウ種子油、マカデミアナッツ油、ヘーゼルナッツ油、カボチャ種子油、クルミ油、椿油、茶実油、エゴマ油、ボラージ油、米糠油、小麦胚芽油、パーム油、パーム核油、ヤシ油、カカオ脂、牛脂、豚脂、鶏脂、乳脂、魚油、アザラシ脂、藻類油などを単独または組み合わせて使用することができる。また、水素添加油脂、グリセリンと脂肪酸のエステル化油、エステル交換油、分別油脂なども適宜使用することができる。さらに、遺伝子組換えの技術を用いて品種改良した植物から抽出したものであってもよく、例えば、菜種油、ひまわり油、紅花油、大豆油などでは、オレイン酸含量を高めた高オレイン酸タイプの品種から得られた油脂を使用することができる。好ましい食用油脂としては、大豆油、菜種油、コーン油、ひまわり油、紅花油、オリーブ油、ゴマ油などの植物油を挙げることができる。特に、菜種油を主体とすることがより好ましく、例えば、食用油脂中の菜種油の含有量を50質量%以上や80質量%以上とすることができる。なお、パーム由来の油脂を使用すると着色が促進される場合があるため、一つの態様において、精製パーム油、パームステアリン、パームダブルステアリン、パームオレイン、パーム中融点油脂(PMF)などのパーム由来の油脂については、食用油脂中の含有量を50質量%未満とすることが好ましく、20%未満とすることがより好ましく、10質量%未満とすることがさらに好ましく、使用しないことがよりさらに好ましい。
【0012】
本発明に係る食用油脂には、必要に応じて通常用いられる添加剤を添加することができる。前記添加剤としては、保存安定性向上、酸化安定性向上、熱安定性向上、低温下での結晶抑制等を目的としたものであって、例えば、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリソルベート等の乳化剤、トコフェロール、アスコルビン酸脂肪酸エステル、リグナン、茶抽出物、コエンザイムQ、オリザノール等の抗酸化剤、リンゴ酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等の有機酸塩類、β-カロテン等の色素、香料、シリコーンなどが挙げられる。
【0013】
本発明に係る食用油脂は、一般的な工程によって製造することができる。例えば、種子などの原料に対して圧搾または/および溶剤抽出を行うことで採油する工程(圧搾または/および溶剤抽出を行う場合、各採油工程で得られた油脂を混合してもよい)、得られた油脂に対して脱ガム工程、脱酸工程、脱色工程などが挙げられる。
【0014】
リン脂質
本発明における「リン脂質」とは、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジン酸(PA)、リゾホスファチジルコリン(LPC)、リゾホスファチジルエタノールアミン(LPE)から選ばれる1種または2種以上を指す。また、本発明においてリン脂質の濃度は、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸、リゾホスファチジルコリン、リゾホスファチジルエタノールアミンの合計濃度を意味する。本発明に係るフライ用油脂組成物には、3~75ppmのリン脂質が配合される。リン脂質の配合量は、5~65ppmが好ましく、6~55ppmがより好ましく、7~40ppmがさらに好ましい。リン脂質の量が多すぎると油脂組成物の風味に悪影響を与える場合がある一方、リン脂質の量が少なすぎると本発明による効果を十分に享受できない場合がある。
【0015】
本発明においては、リン脂質中のホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンの割合が20質量%以下であるリン脂質を使用する。本発明において、リン脂質中のホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンの割合(質量%)は、「(PC+PE)/(PC+PE+PI+PA+LPC+LPE)×100」という式によって算出することができる。リン脂質中のホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンの割合は、0.1~18質量%が好ましく、0.5~16質量%がより好ましく、1.0~14質量%がさらに好ましい。また、3.0質量%以上、4.0質量%以上とすることもできる。ホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンの割合を上記の範囲とすることによって、フライ用油脂組成物における油脂重合物の増加、着色、加熱臭の悪化を効果的に抑制することができる。
【0016】
好ましい態様において、本発明に係るリン脂質はリゾ化率が50質量%以上であり、リゾ化率を60質量%以上や70質量%以上としてもよい。リゾ化率が50質量%以上であると、特に油脂重合物の増加、加熱臭の悪化を効果的に抑制することができる。本発明におけるリゾ化率(質量%)とは、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、リゾホスファチジルコリン、リゾホスファチジルエタノールアミンの合計含量に対する、リゾホスファチジルコリン、リゾホスファチジルエタノールアミンの割合であり、「(LPC+LPE)/(PC+PE+LPC+LPE)×100」という式で算出することができる。
【0017】
本発明において、リン脂質を含む原料としては特に制限されないが、例えばレシチンを使用することができる。レシチンとしては、例えば、大豆レシチン、菜種レシチン、コーンレシチン、サフラワーレシチンなどの植物レシチンや、卵黄レシチンなどの動物レシチンが使用される。上記レシチンは、天然由来の未精製レシチン(クルードレシチン)、クルードレシチンから中性脂質、脂肪酸、炭水化物、タンパク質、無機塩、ステロール、色素などの不純物を常法により除去して得られる高純度に精製されたレシチン(精製レシチン)のいずれでもよい。さらには、レシチン中の特定の成分を分画して得られる分画レシチン、レシチンをリゾ化処理することにより得られるリゾレシチン、酵素分解処理した酵素分解レシチンのような改質レシチンでもよい。好ましくは、酵素分解レシチンである。
【0018】
本発明において規定するような特定の組成を有するリン脂質は、レシチンの酵素処理や分画処理によって調整することが可能である。例えば、天然レシチンを原料として酵素によるホスファチジルコリンやホスファチジルエタノールアミンの分解、溶剤分画、イオン交換カラム、ケイ酸カラムによる分画、電気透析法等の処理方法が用いられる。特に、ホスフォリパーゼDを用いて、大豆レシチン、卵黄レシチン中のホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミンを選択的に分解する方法は最も簡便で有効な方法である。
【0019】
本発明に係る油脂組成物は、原料を撹拌して混合することによって製造することができる。混合および撹拌は、油脂を加温した状態で実施してもよい。また、混合および攪拌は、加圧、減圧、常圧下で実施することが可能であり、ある態様では、常圧下で混合が行われる。
【0020】
本発明に係る油脂組成物を製造する装置は、特に限定されないが、例えば、攪拌機、加熱用のジャケットなどを備えた加温可能な攪拌槽、邪魔板等を備えた通常の攪拌・混合装置を用いることができる。回転数、攪拌時間などの撹拌条件は、原材料が均一に混合されれば、特に制限されない。攪拌機における攪拌翼の形状は特に制限されないが、例えば、プロペラ型、かい十字型、ファンタービン型、ディスクタービン型またはいかり型などとすることができる。
【0021】
一つの態様において、本発明は、上述のフライ用油脂組成物を用いてフライすることを含む食品の製造方法であり、また別の態様において、本発明は、フライ用油脂組成物を用いて加熱調理した食品である。
【実施例】
【0022】
本発明を具体例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明は下記の例に限定されるものではない。なお、特に記載しない限り、本明細書において濃度などは質量基準であり、数値範囲はその端点を含むものとして記載される。
【0023】
材料
リン脂質を含む原料として、レシチンを選択した。以下の実験においては、下記の材料を使用した。
・菜種油(昭和産業、昭和キャノーラ油)
・レシチンA(辻製油、SLP-ペーストリゾ、酵素分解大豆レシチン)
・レシチンB(辻製油、SLP-ホワイトリゾ、酵素分解大豆レシチン)
・レシチンC(花王、ベネコートBMI-40、酵素分解大豆レシチン)
・レシチンD(辻製油、SLP-ペースト、精製大豆レシチン)
・レシチンE(辻製油、SLP-ホワイト、精製大豆レシチン)
使用したレシチンについて、「基準油脂分析試験法4.3.3.1-2013薄層クロマトグラフ法」に準拠して、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジン酸(PA)、リゾホスファチジルコリン(LPC)、リゾホスファチジルエタノールアミン(LPE)をそれぞれ定量分析した。6成分の合計を100とした場合の組成比を表1に示した。リゾ化率(質量%)は、「(LPC+LPE)/(PC+PE+LPC+LPE)×100」という式で算出した。
【0024】
【0025】
実験1:フライ用油脂組成物の製造と評価
表2の配合に基づいて、菜種油100質量部にレシチンを添加してフライ用油脂組成物を調製した。次いで、調製した油脂組成物80gをガラス瓶(容量:130mL)に入れ、オイルバス中で1日8時間、180℃に加熱することを10日間繰り返し、合計80時間加熱した。
【0026】
(油脂重合物)
日本油化学協会編「基準油脂分析試験法 2.5.7-2013 油脂重合物(ゲル浸透クロマトグラフ法)」に準拠して、フライ用油脂組成物に含まれる油脂重合物を測定した。
【0027】
(色相)
日本油化学協会編「基準油脂分析試験法 2.2.1.1-2013(ロビボンド法)」に準拠してフライ用油脂組成物の色相を評価した。ロビボンド比色計(TINTOMETER社、1インチセル)を使用し、標準色ガラスの値に基づいて「Y(黄)+R(赤)×10」の値を算出した。
【0028】
(加熱臭)
フライ用油脂組成物について、180℃での加熱時間が80時間となったところで、12名の訓練されたパネルによって180℃における加熱臭を官能評価した。官能評価は、不快なにおいがもっとも強いものを10点、もっとも弱いものを1点、試験例1の評価を5点として各パネルが点数を付けた上で、各パネルの点数を平均した。点数が小さいほど、良好である。
【0029】
【0030】
表2に示したとおり、ホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンの合計含有量が低いリン脂質を配合すると、加熱劣化が効果的に抑制されており、特に、加熱臭の悪化を抑制する効果が顕著であった。また、レシチンA、Bの効果が高かったことから、リゾ化率が高いリン脂質ほど、効果が高いことが示唆された。
【0031】
実験2:フライ用油脂組成物の製造と評価
下表の配合に基づいて、菜種油100質量部にレシチンを添加してフライ用油脂組成物を調製した。次いで、調製した油脂組成物80gをガラス瓶(容量:130mL)に入れ、オイルバス中で1日9時間、210℃に加熱することを2日間繰り返し、合計18時間加熱した。
【0032】
油脂重合物、色相は、実験1と同様の方法で評価した。加熱臭については、210℃での加熱時間が18時間になったところで、210℃における評価を行った以外は、実験1と同様の方法で評価した。
【0033】
【0034】
表3に示したとおり、サンプル2-2~2-7は、優れた加熱劣化抑制効果がみられ、サンプル2-3~2-5は、特に効果が高かった。リン脂質の配合量が多すぎると、リン脂質由来のにおいが顕在化してしまい、加熱臭の評価がやや悪化した。また、リン脂質の配合量が多すぎると、リン脂質自体が着色することによって、色相の評価も悪化した。