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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】硫化物の処理方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 23/00 20060101AFI20241217BHJP
   C22B 3/06 20060101ALI20241217BHJP
   C22B 3/08 20060101ALI20241217BHJP
   C22B 3/10 20060101ALI20241217BHJP
   C22B 3/46 20060101ALI20241217BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20241217BHJP
   C22B 7/00 20060101ALI20241217BHJP
   B09B 3/00 20220101ALI20241217BHJP
   H01M 10/54 20060101ALI20241217BHJP
【FI】
C22B23/00 102
C22B3/06
C22B3/08
C22B3/10
C22B3/46
C22B3/44 101A
C22B7/00 C
B09B3/00 ZAB
H01M10/54
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020137417
(22)【出願日】2020-08-17
(65)【公開番号】P2022033492
(43)【公開日】2022-03-02
【審査請求日】2023-06-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】竹之内 宏
(72)【発明者】
【氏名】平郡 伸一
(72)【発明者】
【氏名】浅野 聡
(72)【発明者】
【氏名】庄司 浩史
【審査官】池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭56-134505(JP,A)
【文献】特開2020-029586(JP,A)
【文献】特開2012-107264(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00 - 61/00
B09B 3/70
B09B 3/00
H01M 10/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅とニッケル及び/又はコバルトとを含む硫化物の処理方法であって、
前記硫化物に対して粉砕処理を施すことにより粒径が800μm以下の粉砕硫化物を得る粉砕工程と、
前記粉砕硫化物に対して、硫化剤が共存する条件下で、酸による浸出処理を施して浸出液を得る浸出工程と、
前記浸出液に対し、銅よりも卑な金属を用いて還元処理を施す還元工程と、
前記還元工程で得られた溶液に、酸化剤を添加してORP(銀/塩化銀を参照電極とする)を380mV以上430mV以下の範囲に制御するとともに、中和剤を添加してpHを3.8以上4.5以下の範囲に制御することにより、ニッケル及び/又はコバルトを含む溶液を得る酸化中和工程と、
を含む、
硫化物の処理方法。
【請求項2】
前記浸出工程では、硫酸、塩酸、硝酸から選ばれる少なくとも1種以上による浸出処理を施して浸出液を得る
請求項1に記載の硫化物の処理方法。
【請求項3】
前記酸化剤は、過酸化水素及び次亜塩素酸から選ばれる1種以上である、
請求項1又は2に記載の硫化物の処理方法。
【請求項4】
前記中和剤は、水酸化ナトリウム及び水酸化カリウムから選ばれる1種以上である、
請求項1乃至3のいずれかに記載の硫化物の処理方法。
【請求項5】
前記硫化物が、廃リチウムイオン電池を還元加熱熔融して得られる熔体に硫化剤を添加して硫化することによって生成されるものである
請求項1乃至のいずれかに記載の硫化物の処理方法。
【請求項6】
廃リチウムイオン電池から有価金属を回収する方法であって、
前記廃リチウムイオン電池を還元加熱熔融して得られる熔体を硫化して生成する、銅とニッケル及び/又はコバルトとを含む硫化物を酸で浸出することによって浸出液を得る工程を含み、
前記工程では、
前記硫化物に対して粉砕処理を施すことにより粒径が800μm以下の粉砕硫化物とし、該粉砕硫化物に対して硫化剤が共存する条件下で酸による浸出処理を施し、
前記浸出処理により得られた浸出液に対し、銅よりも卑な金属を用いて還元処理を施し、
前記還元処理により得られた溶液に、酸化剤を添加してORP(銀/塩化銀を参照電極とする)を380mV以上430mV以下の範囲に制御するとともに、中和剤を添加してpHを3.8以上4.5以下の範囲に制御することにより、ニッケル及び/又はコバルトを含む溶液を得る
廃リチウムイオン電池からの有価金属の回収方法。
【請求項7】
廃リチウムイオン電池から有価金属を回収する方法であって、
前記廃リチウムイオン電池を還元加熱熔融して得られる熔体を硫化して、銅とニッケル及び/又はコバルトとを含む硫化物を得る乾式処理工程と、
前記硫化物に対して酸で浸出処理を施す湿式処理工程と、を含み、
前記湿式処理工程では、
前記硫化物を粉砕することにより粒径が800μm以下の粉砕硫化物とし、
前記粉砕硫化物に対して、硫化剤が共存する条件下で、酸による浸出処理を施し、
前記浸出処理により得られた浸出液に対し、銅よりも卑な金属を用いて還元処理を施し、
前記還元処理により得られた溶液に、酸化剤を添加してORP(銀/塩化銀を参照電極とする)を380mV以上430mV以下の範囲に制御するとともに、中和剤を添加してpHを3.8以上4.5以下の範囲に制御することにより、ニッケル及び/又はコバルトを含む溶液を得る
廃リチウムイオン電池からの有価金属の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケル及び/又はコバルトと、銅と、を含む硫化物の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気自動車やハイブリット自動車等の車両及び携帯電話、スマートフォンや、パソコン等の電子機器には、軽量で大出力であるという特徴を有するリチウムイオン電池(以下「LIB」とも称する)が搭載されている。
【0003】
LIBは、アルミニウムや鉄等の金属製あるいは塩化ビニルなどのプラスチック製の外装缶の内部に、銅箔を負極集電体に用いて表面に黒鉛等の負極活物質を固着させた負極材と、アルミニウム箔からなる正極集電体にニッケル酸リチウムやコバルト酸リチウム等の正極活物質を固着させた正極材を、ポリプロピレンの多孔質樹脂フィルム等からなるセパレータと共に装入し、六フッ化リン酸リチウム(LiPF)等の電解質を含んだ有機溶媒を電解液として含浸させた構造を有する。
【0004】
LIBは、上記のような車両や電子機器等の中に組み込まれて使用されると、やがて自動車や電子機器等の劣化あるいはLIBの寿命等で使用できなくなり、廃リチウムイオン電池(廃LIB)となる。また、廃LIBには製造プロセス内で不良品として発生したものも含まれる。これらの廃LIBには、ニッケル、コバルトや銅等の有価成分が含まれており、資源の有効活用のためにも、それら有価成分を回収して再利用することが望まれている。
【0005】
一般に、金属で作製された装置や部材、材料から有価成分を効率よく回収しようとする場合は、炉に投入して高温下ですべてを熔解し、有価物のメタルと廃棄処分等するスラグとに分離する乾式製錬の技術を用いた乾式処理が容易と考えられる。
【0006】
例えば特許文献1には、乾式処理を用いて有価金属の回収を行う方法が開示されている。このような特許文献1に開示の方法を、廃LIBからの有価金属回収に適用することで、ニッケル等を含む銅合金を得ることができる。乾式処理を用いた方法によれば、高温に加熱するためのエネルギーを要するという問題はあるものの、様々な不純物を簡単な工程で処理して、一括して分離できるという利点がある。また、得られるスラグは、化学的に比較的安定な性状であるので、環境問題を引き起こす懸念がなく、廃棄処分しやすい利点もある。
【0007】
しかしながら、乾式処理で廃LIBを処理した場合、一部の有価成分、特にコバルトのほとんどがスラグに分配されてしまい、ロスとなることが避けられない。また、乾式処理で得られたメタルは、有価成分が共存した合金であるため、それを再利用するためには、合金から成分ごとに分離し、不純物を除去する精製処理が必要となる。
【0008】
乾式法で一般的に用いられてきた精製方法としては、高温の熔解状態から徐冷することで例えば銅と鉛との分離や鉛と亜鉛との分離を行う方法がある。しかしながら、廃LIBのように銅とニッケルが主な成分である場合には、その銅とニッケルが全組成範囲で均一に熔融するため、徐冷しても銅とニッケルとが層状に混合固化するのみであり、有効に分離することができない。
【0009】
さらに、一酸化炭素(CO)ガスを用いてニッケルを不均化反応させることにより銅やコバルトから揮発させて分離する精製方法もある。しかしながら、猛毒のCOガスを用いるために安全性の確保が難しいという問題がある。
【0010】
また、工業的に行われてきた銅とニッケルを分離する方法として、混合マット(硫化物)を粗分離する方法がある。この方法は、製錬プロセスで銅とニッケルとを含むマットを生成させ、これを上述の場合と同様に徐冷することで、銅を多く含む硫化物とニッケルを多く含む硫化物とに分離するものである。しかしながら、この方法でも銅とニッケルの分離は粗分離程度にとどまるため、純度の高いニッケルや銅を得るためには、別途電解精製等の処理が必要となる。
【0011】
その他の方法として、塩化物を経て蒸気圧差を利用する方法も検討されてきた。しかしながら、有毒な塩素を大量に取り扱うプロセスとなるため、装置腐食対策や安全対策等で工業的に適した方法とは言い難い。
【0012】
さらに、銅とコバルトの分離、コバルトとニッケルの分離に関しても同様である。
【0013】
このように、湿式法と比して乾式法での各元素分離精製は、粗分離レベルに留まるか、あるいは高コストという欠点を有し実用性は低かった。
【0014】
一方で、酸や、中和処理や溶媒抽出処理等の処理を用いる湿式製錬の方法では、消費するエネルギーが少なく、混在する有価成分を個々に分離して直接高純度な品位で回収できるメリットがある。しかしながら、湿式処理を用いて廃LIBを処理する場合、廃LIBに含有される電解液成分の六フッ化リン酸アニオンは、高温、高濃度の硫酸でも完全に分解させることができない難処理物であり、有価成分を浸出した酸溶液に混入する。さらに、六フッ化リン酸アニオンは、水溶性の炭酸エステルであることから、有価物を回収した後の水溶液からリンやフッ素を回収することも困難であるため、公共海域等への放出抑制のために種々の対策を講じることが必要になる。
【0015】
また、酸のみを用いて廃LIBから有価成分だけを効率的に浸出し精製に供せる溶液を得ることは容易でない。すなわち、廃LIBそのものは、浸出され難く、十分な浸出率で有価成分を浸出することは容易でない。さらに、酸化力の強い酸を用いて強引に廃LIBを浸出した場合では、有価成分と共に回収の対象でないアルミニウムや鉄、マンガン等の成分までもが大量に浸出されてしまい、これらを中和等で処理するための中和剤添加量や取り扱う排水量が増加したりするという問題がある。
【0016】
さらに、酸性の浸出液から溶媒抽出やイオン交換等の分離手段に付すために液のpHを調整したり、不純物を中和して澱物に固定したりする場合は、中和で生成する澱物発生量も増加するため、処理場所の確保や安定性の確保等の面で多くの問題がある。
【0017】
また、廃LIBには電荷が残留していることがあり、廃LIB本体を直接破砕したり切断する等の機械的加工を加えると、廃LIB内で正極と負極とが直接接触して過大な電流が一気に流れることが原因となり、発熱や爆発等を引き起こす恐れがある。そのため、廃LIBを例えば食塩水等の伝導性の高い溶液に浸漬して正極と負極と間を、一定抵抗を介して接続された状態として廃LIBを放電する等の手間のかかる処理が必要になる。
【0018】
このように、湿式処理だけを用いて廃LIBを処理することも、必ずしも有利な方法とは言えなかった。
【0019】
そこで、上述した乾式処理や湿式処理単独では処理が困難な廃LIBを、乾式処理と湿式処理とを組み合わせた方法、つまり、廃LIBを焙焼する等の乾式処理により不純物をできるだけ除去して均一な廃LIB処理物とし、得られた処理物を湿式処理して有価成分とそれ以外の成分とに分離しようとする試みが行われてきた。
【0020】
このような乾式処理と湿式処理を組み合わせた方法では、電解液のフッ素やリンは乾式処理で揮発して除去され、廃LIBの構造部品であるプラスチックやセパレータ等の有機物による部材も熱で分解される。また、乾式処理で得られた廃LIB処理物は、均一な性状で得られるため、湿式処理の際にも均一な原料として取り扱いやすい。
【0021】
しかしながら、単なる乾式処理と湿式処理の組み合わせだけでは、上述したような廃LIBに含まれるコバルトがスラグに分配される回収ロスの問題は依然として残る。
【0022】
その点において、乾式処理における雰囲気や温度、還元度等を調整することによって、コバルトをメタルとして分配させ、スラグへの分配を減じるように還元熔融する方法も考えられてきた。しかしながら、そのような方法で得られるメタルは、銅をベースとしてニッケル及びコバルトを含有する難溶性の耐蝕合金となってしまう。耐蝕合金から有価成分を分離して回収しようとしても、酸溶解が難しく効果的に回収できなくなる。
【0023】
また、例えば塩素ガスを用いて耐蝕合金を酸溶解した場合、得られる溶解液(浸出液)には、高濃度の銅と比較的低濃度のニッケルやコバルトを含有するようになる。その中で、ニッケルとコバルトは溶媒抽出等の公知の方法を用いて容易に分離することができるものの、大量の銅をニッケルやコバルトと容易かつ低コストに分離することは困難となる。
【0024】
このように、有価成分である銅、ニッケル、コバルトの他に様々な成分を含有する廃LIBから、効率的にニッケル及び/又はコバルトだけを分離することは難しかった。特に、乾式処理において廃LIBを還元加熱熔融して得られる熔体に単体硫黄(固体硫黄)等の硫化剤を添加して硫化処理することで生成する、銅とニッケル及び/又はコバルトとを含む硫化物から、湿式処理によりニッケル及び/又はコバルトだけを分離することは困難であった。
【0025】
なお、上述した問題は、廃LIB以外の銅とニッケルとコバルトとを含む廃電池から銅、ニッケル、コバルトを分離する場合においても同様に存在し、また、廃電池以外に由来する銅とニッケルとコバルトとを含む合金から、銅、ニッケル、コバルトを分離する場合においても同様に存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0026】
【文献】特開2012-172169号公報
【文献】特開昭63-259033号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0027】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、例えば廃LIBに対して乾式処理を施して得られた、銅とニッケル及び/又はコバルトとを含んだ硫化物から、ニッケル及び/又はコバルトを選択的に分離することができる硫化物の処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0028】
本発明者らは、上述した課題を解決するために鋭意検討を重ねた。その結果、銅とニッケル及び/又はコバルトとを含む硫化物(処理対象の硫化物)を所定の粒径以下となるように粉砕し、得られた粉砕硫化物に対して硫化剤が共存する条件下で酸による浸出処理を施すことで、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0029】
(1)本発明の第1は、銅とニッケル及び/又はコバルトとを含む硫化物の処理方法であって、
前記硫化物に対して粉砕処理を施すことにより粒径が800μm以下の粉砕硫化物を得る粉砕工程と、前記粉砕硫化物に対して、硫化剤が共存する条件下で、酸による浸出処理を施して浸出液を得る浸出工程と、を含む、硫化物の処理方法である。
【0030】
(2)本発明の第2は、第1の発明において、前記浸出工程では、硫酸、塩酸、硝酸から選ばれる少なくとも1種以上による浸出処理を施して浸出液を得る硫化物の処理方法である。
【0031】
(3)本発明の第3は、第1又は第2の発明において、前記浸出液に対し、銅よりも卑な金属を用いて還元処理を施す還元工程をさらに含む、硫化物の処理方法である。
【0032】
(4)本発明の第4は、第3の発明において、前記還元工程で得られた溶液に、酸化剤を添加するとともに中和剤を添加することにより、ニッケル及び/又はコバルトを含む溶液を得る酸化中和工程をさらに含む、硫化物の処理方法である。
【0033】
(5)本発明の第5は、第4の発明において、前記酸化剤は、過酸化水素及び次亜塩素酸から選ばれる1種以上である、硫化物の処理方法である。
【0034】
(6)本発明の第6は、第4又は第5の発明において、前記中和剤は、水酸化ナトリウム及び水酸化カリウムから選ばれる1種以上である、硫化物の処理方法である。
【0035】
(7)本発明の第7は、第1から第6のいずれかの発明において、前記硫化物が、廃リチウムイオン電池を還元加熱熔融して得られる熔体に硫化剤を添加して硫化することによって生成されるものである硫化物の処理方法。
【0036】
(8)本発明の第8は、廃リチウムイオン電池から有価金属を回収する方法であって、前記廃リチウムイオン電池を還元加熱熔融して得られる熔体を硫化して生成する、銅とニッケル及び/又はコバルトとを含む硫化物を酸で浸出することによって浸出液を得る工程を含み、前記工程では、前記硫化物に対して粉砕処理を施すことにより粒径が800μm以下の粉砕硫化物とし、該粉砕硫化物に対して硫化剤が共存する条件下で酸による浸出処理を施す、廃リチウムイオン電池からの有価金属の回収方法である。
【0037】
(9)本発明の第9は、廃リチウムイオン電池から有価金属を回収する方法であって、前記廃リチウムイオン電池を還元加熱熔融して得られる熔体を硫化して、銅とニッケル及び/又はコバルトとを含む硫化物を得る乾式処理工程と、前記硫化物に対して酸で浸出処理を施す湿式処理工程と、を含み、前記湿式処理工程では、前記硫化物を粉砕することにより粒径が800μm以下の粉砕硫化物とし、前記粉砕硫化物に対して、硫化剤が共存する条件下で、酸による浸出処理を施す、廃リチウムイオン電池からの有価金属の回収方法である。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、銅とニッケル及び/又はコバルトとを含む硫化物から、効率よくかつ選択的に、ニッケル及びコバルトを分離することができる。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。なお、本明細書において、「X~Y」(X、Yは任意の数値)との表記は、「X以上Y以下」の意味である。
【0040】
≪1.概要≫
本発明の硫化物の処理方法は、銅とニッケル及び/又はコバルトとを含む硫化物の処理方法であり、その硫化物から、選択的にニッケル及び/又はコバルトを分離するようにする方法である。処理対象の硫化物は、例えば、廃リチウムイオン電池(廃LIB)を還元加熱熔融し、得られた熔体に単体硫黄等の硫化剤を添加して硫化する乾式処理により生成する、銅とニッケル及び/又はコバルトを含む硫化物である。
【0041】
具体的に、本発明の硫化物の処理方法は、硫化物に対して粉砕処理を施すことにより粒径が800μm以下の粉砕硫化物を得る粉砕工程と、得られた粉砕硫化物に対して、硫化剤が共存する条件下で、酸による浸出処理を施して浸出液を得る浸出工程と、を含むことを特徴とする。
【0042】
このように、銅とニッケル及び/又はコバルトを含む硫化物の処理方法として、硫化物の粒径を800μm以下とし、その粉砕硫化物に対して硫化剤が共存下で酸による浸出処理を施すことで、ニッケル及びコバルトを良好な浸出速度で浸出させることができ、銅については銅が硫化銅として析出させることができるため、浸出液中にニッケル及びコバルトを極めて選択的に浸出させ、銅と効果的に分離することが可能となる。
【0043】
ここで、処理対象の硫化物としては、上述したように、例えば、廃リチウムイオン電池(廃LIB)を還元加熱熔融し、得られた熔体に単体硫黄等の硫化剤を添加して硫化する乾式処理により生成する硫化物が挙げられる。そのほか、リチウムイオン電池以外の銅とニッケル及び/コバルトとを含む廃電池を乾式処理して生成する硫化物であってもよい。また、電池に限られず、銅とニッケル及び/コバルトとを含む材料を乾式処理等することで生成する硫化物であってもよい。なお、廃LIBを含む廃電池とは、自動車若しくは電子機器等の劣化による廃棄物、電池の寿命に伴い発生した電池のスクラップ、又は電池製造工程内の不良品等の廃電池使用済み電池又は電池製造時に不良品等であるとして廃棄された電池を含む意味である。
【0044】
≪2.硫化物の処理方法≫
以下では、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)として、廃LIBに対して乾式処理を経て得られる、銅とニッケル及び/又はコバルトとを含む硫化物を処理対象とする場合を一例として、より具体的に説明する。
【0045】
本実施の形態に係る硫化物の処理方法は、硫化物に対して粉砕処理を施して粉砕硫化物を得る粉砕工程S1と、粉砕硫化物に対して酸による浸出処理を施す浸出工程S2と、を有する。さらに、得られた浸出液に対して還元処理を施す還元工程S3と、得られた溶液(還元液)に酸化剤を添加するとともに中和剤を添加することにより酸化中和処理を施す酸化中和工程S4と、を含むようにすることができる。
【0046】
ここで、処理対象の硫化物について、廃LIBを対して乾式処理を経て得られる硫化物とは、具体的には、廃LIBを還元加熱熔融し、得られる熔体に単体硫黄等の硫化剤を添加して硫化することによって得られる、銅とニッケル及び/又はコバルトとを含有する硫化物である。
【0047】
具体的に、上述した乾式処理では、まず、廃LIBを焙焼炉に投入して300℃~1000℃程度の温度で酸化焙焼する処理を行い、次に、得られた焙焼物(焙焼後物)を黒鉛製坩堝やマグネシウム製坩堝等の熔解炉に投入して1100℃~1400℃程度の高温条件で熔解させる還元加熱処理を行う。
【0048】
続いて、還元加熱熔融により得られた熔体に、単体硫黄(固体硫黄)や、硫化水素ナトリウム、硫化ナトリウム、硫化水素ガス等の液体や気体の硫化剤を添加して硫化処理を施す。これにより、廃LIBを構成していた金属成分である、銅と、ニッケル及び/又はコバルトとを含む硫化物を得ることができる。なお、本明細書においては、銅の大部分が硫化物の形態であり、ニッケルやコバルト、一部の未硫化状態の銅がメタルあるいは一部酸素等を含有する形態として併存するものであっても、一括して「硫化物」と称する。
【0049】
[粉砕工程]
粉砕工程S1では、銅とニッケル及び/又はコバルトとを含む硫化物を所定の粒径以下に粉砕して粉砕硫化物を得る。具体的には、硫化物を粒径が800μm以下となるように粉砕する。
【0050】
このようにして硫化物を粉砕して粒径が800μm以下の粉砕硫化物とすることで、その粉砕硫化物を次工程の浸出工程S2での処理に供したとき、浸出速度を高めることができ、ニッケルやコバルトの浸出効率を高めることができる。なお、詳しくは後述するように、浸出工程S2における浸出処理では、硫化剤の共存下で酸浸出を行うようにしているため、硫化物中に銅は効率的に硫化銅として固定化することができ、得られる浸出液中にニッケル及び/又はコバルトを選択的に浸出させて分離することができる。
【0051】
硫化物の粒径に関して、700μm以下となるように粉砕することが好ましく、500μm以下となるように粉砕することがより好ましい。なお、粒径の下限値としては、特に限定されないが、粒径が小さすぎると取り扱いが困難になるとともに、浸出処理において硫化水素ガス等が発生することがあり、好ましくない。このような観点から、粒径の下限値として100μm以上とすることが好ましい。
【0052】
粉砕処理における方法(粉砕方法)は、硫化物の粒径を800μm以下にまで粉砕できれば特に限定されない。例えば、ジョークラッシャーや振動ミル等の公知の粉砕装置を用いた方法により粉砕することができる。なお、粉砕硫化物の粒径は、例えば、レーザー回折散乱法にて測定することができる。
【0053】
[浸出工程]
浸出工程S2では、粉砕硫化物に対して酸による浸出処理を施して浸出液を得る。このとき、硫化剤が共存する条件下で浸出処理を施すことを特徴としている。このような方法によれば、粉砕硫化物に含まれるニッケル及び/又はコバルトを浸出させて浸出液を得る。
【0054】
上述したように、本実施の形態に係る硫化物の処理方法においては、浸出処理の対象として800μm以下の粉砕硫化物を用いている。銅の大部分が硫化物の形態で含まれる硫化物であることにより、例えば銅をベースとする耐蝕合金と比較して浸出速度を高くすることができる。また、800μm以下の粒径に調製した粉砕硫化物に対して浸出処理を施すことで、酸による浸出速度を高めることができ、浸出率を向上させることができる。
【0055】
ところが、浸出速度を高めることができる一方で、粉砕硫化物に含まれる未硫化状態の銅もニッケル及び/又はコバルトと共に浸出されてしまい、浸出速度が高まっても銅との分離性が低下することが本発明者らの研究によって明らかとなった。なお、後述する還元工程S3にて、浸出された銅を還元して分離することもできるが、浸出液中の銅の濃度が高すぎると還元処理に時間を要することや、多くの銅を還元するのに還元剤の使用量も多くなるため、生産性の観点から浸出液の時点でできるだけ銅を分離しておくことが好ましい。
【0056】
そこで、本実施の形態に係る硫化物の処理方法では、浸出処理において硫化剤が共存した状態で酸と接触させて処理するようにし、これにより、粉砕硫化物に含まれる銅は硫化剤によって硫化されて硫化銅として析出させるようにし、粉砕硫化物に含まれる硫化銅はそのまま固体の硫化銅として浸出液中に沈殿させる。このようにすることで、粉砕硫化物に含まれる硫化銅及び未硫化状態の銅の双方を硫化銅として効果的に沈殿又は析出させて、粉砕硫化物に含まれるニッケル及びコバルトのみを選択的に浸出液中に浸出させることができ、浸出速度が向上することに加えて、銅と、ニッケル及びコバルトとを極めて効果的に分離することが可能となる。
【0057】
酸としては、硫酸、塩酸、硝酸等を用いることができ、これら酸を1種単独で、あるいは複数を混合して使用することができる。また、硫酸中に塩化物を含有させてこれを酸として用いてもよい。その中でも、硫酸を用いることが好ましい。廃LIBをリサイクルして再びLIB原料に供する理想的な循環方法である所謂「バッテリー トゥ バッテリー」を実現する観点から、酸として硫酸を用いることで、リチウムイオン電池の正極材に利用しやすい硫酸塩の形態で浸出液を得ることができる。
【0058】
酸の量としては、粉砕硫化物中に含まれるニッケル及び/又はコバルトの合計量に対して、1当量以上、好ましくは1.2当量以上、より好ましくは1.2当量以上11当量以下となる量を用いる。酸濃度を高くすることにより反応速度を大きくすることができる。
【0059】
また、浸出処理に用いる硫化剤としては、水硫化ナトリウムや単体硫黄を用いることができる。単体硫黄を用いる場合、反応が進みやすいように適度に粉砕することが好ましい。
【0060】
硫化剤の量は、粉砕硫化物中に含まれる銅量に対して、1当量以上を用いることが好ましい。
【0061】
浸出処理における温度や、時間や、粉砕硫化物に酸及び硫化剤を添加して得られるスラリー濃度は、予め予備試験を行って適切な範囲を定めることが好ましい。
【0062】
特に、浸出処理においては、浸出液の酸化還元電位(ORP)やpHを測定し、所定の範囲に制御することが好ましい。具体的には、ORPは、銀/塩化銀電極基準で-200mV以上300mV以下に制御することが好ましい。また、pHは、0.5以上1.6以下に制御することが好ましい。このような範囲であることで、浸出が促進されるとともに、沈殿又は析出した硫化銅が過剰に酸化されることで再溶解することを抑制することができる。
【0063】
なお、浸出反応の終点は、浸出液の酸化還元電位(ORP)を測定することで、ニッケル及び/又はコバルトの浸出の終点を判断できる。
【0064】
[還元工程]
還元工程S3では、浸出工程S2で得られた浸出液に対して、還元剤を用いて還元処理を施してニッケル及び/又はコバルトを含む還元液を得る。ここで、上述した浸出工程S2における処理では、ニッケル及び/又はコバルトとともに、粉砕硫化物に含まれる銅が酸により浸出して溶液中に溶解し、硫化剤と反応せずにその一部が溶液中に残存することがある。そこで、還元工程S3では、浸出液に残存する微量の銅を還元して銅を含む沈殿物を生成させ、生成した沈殿物を固液分離により分離して、ニッケル及び/又はコバルトを含む還元液を得る。
【0065】
還元剤としては、例えば、銅よりも卑な金属を使用することができる。銅よりも卑な金属を浸出液と接触させることにより浸出液中の銅を還元することができる。銅よりも卑な金属としては、ニッケル及び/又はコバルトを含むメタルを用いることが好ましい。本実施の形態に係る硫化物の処理方法は、ニッケル及び/又はコバルトを選択的に浸出液中に回収するものであり、当該還元処理において回収対象であるニッケル及び/又はコバルトを含んだメタルを還元剤として用いることで、後段の工程で還元剤を別途回収する必要がなく工業的に有利である。
【0066】
なお、還元剤としては、上述した金属の他にも、硫化物を使用することもできる。硫化物は、固体であっても液体であっても気体(ガス状)であってもよい。また、上述した金属と硫黄との混合物であってもよい。
【0067】
還元剤の添加量や反応温度は、予め試験を行って最適範囲を選定することが好ましい。また、還元処理においては、酸化還元電位(ORP)やpHを監視して所定の範囲に制御することが好ましく、予め試験を行って最適範囲を選定することが好ましい。
【0068】
[酸化中和工程]
酸化中和工程S4では、還元工程S3で得られた還元液に酸化剤を添加するとともに中和剤を添加することにより酸化中和処理を施すことで、ニッケル及び/又はコバルトと、を含む溶液(中和液)を得る。具体的に、酸化中和工程S4では、還元液に酸化剤を添加して酸化反応を生じさせるとともに、中和剤を添加して溶液のpHを所定の範囲に制御することで、廃LIBに由来する鉄及び/又はリンの沈殿物を生成する。
【0069】
硫化剤の処理において必須の態様ではないが、このように酸化中和工程S4を設けることにより、不純物成分である少なくとも鉄及び/又はリンを沈殿物として分離して、精製されたニッケル及び/又はコバルトを含む溶液(中和液)を得ることができる。
【0070】
酸化剤としては、過酸化水素や次亜塩素酸等の酸化剤を用いることが好ましい。
【0071】
酸化剤の添加は、溶液の酸化還元電位(ORP)を監視して所定の範囲に制御することが好ましい。具体的には、酸化剤を溶液に添加して、例えば、ORP(銀/塩化銀を参照電極とする)が380mV以上430mV以下の範囲に制御する。
【0072】
また、酸化剤を添加して酸化反応を生じさせた後、中和剤を添加して、溶液のpHを好ましくは3.8以上4.5以下の範囲に制御する。このような範囲でpHを制御して中和処理を施すことで、少なくとも鉄及び/又はリンのような不純物を効果的に沈殿物化させることができる。
【0073】
中和剤としては、特に限定されないが、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリを用いることが好ましい。
【0074】
ここで、酸化中和処理においては、還元液に中和剤を添加した後に酸化剤を添加してもよいが、還元液に酸化剤と中和剤とを同時に添加してもよく、特に、還元液に酸化剤を添加した後に中和剤を添加することが好ましい。例えば中和剤の添加によりpHが高い状態となった還元液に対して酸化剤を添加すると、不純物として鉄が含まれている場合には鉄が十分に酸化されず、Fe(OH)の沈殿物(鉄澱物)が生成されなくなり、不純物の分離が不十分となることがある。
【0075】
≪3.廃リチウムイオン電池からの有価金属の回収方法≫
廃リチウムイオン電池(廃LIB)から有価金属を回収する方法について説明する。この方法は、廃LIBを還元加熱熔融して得られる熔体を硫化することにより銅とニッケル及び/又はコバルトとを含有する硫化物を得て(乾式処理工程)、この硫化物を酸で浸出することによって浸出液を得る(湿式処理工程)。
【0076】
この方法は、廃LIBを乾式処理することで得られた銅とニッケル及び/又はコバルトとを含有する硫化物に対して粉砕処理を施すことにより粒径が800μm以下の粉砕硫化物とし、粉砕硫化物に対して硫化剤が共存する条件下で酸による浸出処理を施すことを特徴としている。このように銅とニッケル及び/又はコバルトとを含んだ硫化物から、ニッケル及び/又はコバルトを選択的に分離することができ、廃LIBに含まれる有価金属を効果的に回収することが可能となる。なお、これらの処理は、上述した硫化物の処理方法で記載したものと同様である。
【実施例
【0077】
以下に、本発明の実施例を示してより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0078】
[実施例1]
廃リチウムイオン電池(廃LIB)を加熱熔融して還元し、得られた熔体に硫化剤を添加して硫化することにより、銅とニッケル及びコバルトとを含有する硫化物を得て、この硫化物を処理対象として、硫化物に含まれる銅とニッケル及びコバルトとを分離する処理を行った。
【0079】
(粉砕工程)
まず、銅とニッケル及びコバルトとを含有する硫化物を、ジョークラッシャー及び振動ミルで粉砕して、粒径800μm以下の粉砕硫化物を得た。なお、粉砕硫化物の粒径は、粒子径分布測定装置(島津製作所製,SALD-7000)を用いてレーザー回折散乱法にて測定した平均粒径である。また、下記表1に、得られた粉砕硫化物についてICP分析装置を用いて分析して求めたメタル品位の結果を示す。
【0080】
【表1】
【0081】
(浸出工程)
次に、粉砕硫化物中のニッケル、及び粉砕硫化物を浸出するのに十分な硫酸を用意した。そして、粉砕硫化物中に含まれる銅量に対して、1当量となる量の硫化剤(硫黄)を添加し、粉砕硫化物を硫化剤が共存する条件下で、スラリー濃度100g/Lとして酸による浸出処理を施した。この浸出液についてICP分析装置により分析した。各元素成分の分析値(g/L)を表2に示す。
【0082】
(還元工程)
浸出終了時に固液分離して、得られた浸出液に対して還元剤(ニッケル硫化物)を用いて還元処理を施して、ろ過を行い固液分離し、濾液(還元液)を得た。この還元液についてICP分析装置により分析した。各元素成分の分析値(g/L)を表2に示す。
【0083】
(酸化中和工程)
次に、得られた還元液に濃度30%過酸化水素水(酸化剤)を添加し、過酸化水素水(酸化剤)を添加した後に苛性ソーダ水溶液(中和剤)を添加することで酸化還元電位(ORP)を、銀塩化銀電極を参照電極とする値で400mV以上、pH4以上として酸化中和処理を施した。反応後、ろ過を行って固液分離し、濾液(中和液)を得た。この濾液(中和液)についてICP分析装置により分析した。各元素成分の分析値(g/L)を表2に示す。
【0084】
【表2】
【0085】
表2から分かるように、浸出液中のCuの濃度は3g/Lと十分と低いものであった。このことから、ニッケル及び/又はコバルトと、銅と、を含む所定粒径の粉砕硫化物に対して硫化剤が共存する条件下で、酸による浸出処理を施すことにより、効率よくかつ選択的に、銅と、ニッケル及びコバルトとを分離することができることが分かる。