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特許7605374複合体、触媒インク、及び複合体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】複合体、触媒インク、及び複合体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 27/051 20060101AFI20241217BHJP
   B01J 35/77 20240101ALI20241217BHJP
   B01J 35/40 20240101ALI20241217BHJP
   B01J 35/61 20240101ALI20241217BHJP
   B01J 37/20 20060101ALI20241217BHJP
   C01G 39/02 20060101ALI20241217BHJP
   C01G 39/06 20060101ALI20241217BHJP
   C25B 11/052 20210101ALI20241217BHJP
   C25B 11/091 20210101ALI20241217BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20241217BHJP
【FI】
B01J27/051 M
B01J35/77
B01J35/40
B01J35/61
B01J37/20
C01G39/02
C01G39/06
C25B11/052
C25B11/091
C25B1/04
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2024521304
(86)(22)【出願日】2023-09-15
(86)【国際出願番号】 JP2023033665
(87)【国際公開番号】W WO2024058260
(87)【国際公開日】2024-03-21
【審査請求日】2024-04-09
(31)【優先権主張番号】P 2022146943
(32)【優先日】2022-09-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149445
【弁理士】
【氏名又は名称】大野 孝幸
(74)【代理人】
【識別番号】100163290
【弁理士】
【氏名又は名称】岩本 明洋
(74)【代理人】
【識別番号】100186646
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 雅裕
(72)【発明者】
【氏名】原 国豪
(72)【発明者】
【氏名】大道 浩児
(72)【発明者】
【氏名】吉村 巧己
(72)【発明者】
【氏名】丹下 睦子
(72)【発明者】
【氏名】魚田 将史
(72)【発明者】
【氏名】袁 建軍
【審査官】安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/060377(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/060375(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/181723(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/172826(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第114560502(CN,A)
【文献】特開2011-143389(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00-38/74
C01G 39/02,39/06
C25B 1/04,11/052,11/091
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二硫化モリブデンと、三酸化モリブデンと、を含む複合体であって、
前記二硫化モリブデンが、3R結晶構造を含み、
前記複合体のXRF分析により求められるモリブデン含有量から算出された三酸化モリブデン換算値(B)の前記複合体の総質量に対する含有率が、10.8~69.7質量%であり、前記複合体のXRF分析により求められる硫黄含有量から算出された二硫化モリブデン換算値(A)の前記複合体の総質量に対する含有率が、89.2~30.3質量%であり、前記二硫化モリブデン換算値(A)と三酸化モリブデン換算値(B)との合計が100質量%である、複合体。
【請求項2】
前記二硫化モリブデンの、X線回折測定により得られる2θ=14.4°±0.5°のピークから求められる平均結晶子サイズが、50nm以下である、請求項1に記載の複合体。
【請求項3】
前記三酸化モリブデンの、X線回折測定により得られる2θ=12.7°±0.5のピークから求められる平均結晶子サイズが、50nm以下である、請求項1又は2に記載の複合体。
【請求項4】
前記複合体の、動的光散乱法により求められるメディアン径D50が、1000nm以下である、請求項1又は2に記載の複合体。
【請求項5】
前記複合体の、BET法で測定される比表面積が、5m/g以上200m/g以下である、請求項1又は2に記載の複合体。
【請求項6】
前記複合体における硫黄元素の総含有量に対する、単体としての硫黄の含有量の割合が、モル基準で、10%以下である、請求項1又は2に記載の複合体。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の複合体を含有する水素発生触媒。
【請求項8】
導電材をさらに含有する、請求項に記載の水素発生触媒。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の複合体と、溶媒と、を含む触媒インク。
【請求項10】
高分子電解質をさらに含有する、請求項に記載の触媒インク。
【請求項11】
導電材をさらに含有する、請求項に記載の触媒インク。
【請求項12】
三酸化モリブデンを、硫黄源の存在下、温度400℃以下で加熱する焼成工程を含む、請求項1又は2に記載の複合体の製造方法。
【請求項13】
前記焼成工程の後に、前記硫黄源を除去する洗浄工程を含む、請求項12に記載の複合体の製造方法。
【請求項14】
前記三酸化モリブデンのBET法で測定される比表面積が、10m/g以上100m/g以下である、請求項13に記載の複合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合体、触媒インク、及び複合体の製造方法に関する。
本願は、2022年9月15日に日本に出願された、特願2022-146943号に基づき優先権主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
水電解技術は、環境問題・エネルギー資源問題の解決を目指すなかで、再生可能エネルギーの電力を使用して水から水素を製造可能な技術として注目されている。
二硫化モリブデン(MoS)に代表される層状遷移金属カルコゲン化合物は、安価および豊富な資源量でありながら、高い触媒活性を有する材料として期待されている。
【0003】
このような触媒活性は、モリブデン酸化物を硫化するといった任意の製造方法で得られたモリブデン硫化物を、微細化したり、その凝集を解いたりすることで、ある程度までは高めることが可能であるが、それだけでは期待通りの性能が得られないことも多い。そこで、それぞれの使用目的に沿った、より優れた性能を発揮させるために、単層状、ナノフラワー状、フラーレン様といった、特異な形状のモリブデン硫化物の製造方法が検討されている(特許文献1~2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2004-277199号公報
【文献】特表2004-512250号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、二硫化モリブデンを含む新規な触媒材料の提供については、未だ検討の余地がある。
本発明は、触媒として、特に水素発生触媒として利用可能な、複合体、触媒インク及び複合体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の態様を有する。
【0007】
<1> 二硫化モリブデンと、三酸化モリブデンと、を含む複合体であって、
前記二硫化モリブデンが、3R結晶構造を含み、
前記複合体のXRF分析により求められるモリブデン含有量から算出された三酸化モリブデン換算値(B)の、前記複合体の総質量に対する含有率が、5~90質量%である、複合体。
<2> 前記二硫化モリブデンの、X線回折測定により得られる2θ=14.4°±0.5°のピークから求められる平均結晶子サイズが、50nm以下である、前記<1>に記載の複合体。
<3> 前記三酸化モリブデンの、X線回折測定により得られる2θ=12.7°±0.5のピークから求められる平均結晶子サイズが、50nm以下である、前記<1>又は<2>に記載の複合体。
<4> 前記複合体の、動的光散乱法により求められるメディアン径D50が、1000nm以下である、前記<1>~<3>のいずれか一つに記載の複合体。
<5> 前記複合体の、BET法で測定される比表面積が、5m/g以上200m/g以下である、前記<1>~<4>のいずれか一つに記載の複合体。
<6> 前記複合体のXRF分析により求められるモリブデン含有量から算出された三酸化モリブデン換算値(B)に対する、前記複合体のXRF分析により求められる硫黄含有量から算出された二硫化モリブデン換算値(A)の比(A/B)が、質量基準で、0.1~50である、前記<1>~<5>のいずれか一つに記載の複合体。
<7> 前記複合体のXRF分析により求められる硫黄含有量から算出された二硫化モリブデン換算値(A)の、前記複合体の総質量に対する含有率が、10~95質量%である、前記<1>~<6>のいずれか一つに記載の複合体。
<8> 前記複合体における硫黄元素の総含有量に対する、単体としての硫黄の含有量の割合が、モル基準で、10%以下である、前記<1>~<7>のいずれか一つに記載の複合体。
<9> 水素発生触媒として使用される前記<1>~<8>のいずれか一つに記載の複合体。
<10> 前記<1>~<9>のいずれか一つに記載の複合体と、溶媒と、を含む触媒インク。
<11> 三酸化モリブデンを、硫黄源の存在下、温度400℃以下で加熱する焼成工程を含む、前記<1>~<9>のいずれか一つに記載の複合体の製造方法。
<12> 前記焼成工程の後に、前記硫黄源を除去する洗浄工程を含む、前記<11>に記載の複合体の製造方法。
<13> 前記三酸化モリブデンのBET法で測定される比表面積が、10m/g以上100m/g以下である、前記<11>又は<12>に記載の複合体の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、触媒として、特に水素発生触媒として利用可能な、複合体、触媒インク、及び複合体の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施形態の複合体の原料として使用可能な三酸化モリブデン粒子の製造に用いられる装置の一例を示す概略図である。
図2】実施例1~5、及び参考例1で得られた各粒子の、X線回折(XRD)のプロファイルを重ねて表示した図である。
図3】実施例1で得られた複合体粒子の、透過電子顕微鏡(TEM)画像である。
図4】実施例1で得られた複合体粒子の、高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡(High-Angle Annular Dark Field Scanning TEM;HAADF-STEM)像、及びエネルギー分散型X線分光法(EDS)による元素マッピングの結果を示す画像である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の複合体、触媒インク、及び複合体の製造方法の実施形態を説明する。
【0011】
≪複合体≫
実施形態の複合体は、二硫化モリブデンと、三酸化モリブデンと、を含む複合体であって、前記二硫化モリブデンが、3R結晶構造を含み、前記複合体のXRF分析により求められるモリブデン含有量から算出された三酸化モリブデン換算値(B)の、前記複合体の総質量に対する含有率が、5~90質量%である。
【0012】
実施形態の複合体は、二硫化モリブデン(MoS)および三酸化モリブデン(MoO)の両方を含む。
複合体がMoSおよびMoOを含むことで、MoSとMoOとの界面における電子のやりとりにより、触媒性能が向上される。
【0013】
また、実施形態の複合体の二硫化モリブデンが3R結晶構造を含むことで、触媒性能の向上に寄与する。二硫化モリブデンの結晶構造に関しては、後で詳述する。
【0014】
後述の実施例において示されるように、二硫化モリブデンと、三酸化モリブデンと、を含む複合体粒子では、二硫化モリブデンのみを含む粒子、三酸化モリブデンのみを含む粒子、又は、それら両方を含むが上記三酸化モリブデン換算値(B)の値を満たさない粒子に比べ、水素発生触媒としての触媒性能が向上されている。
【0015】
実施形態の複合体におけるMoSおよびMoOの存在形態は特に制限されるものではないが、後述の実施例に示されるエネルギー分散型X線分光法(EDS)の分析結果によれば、複合体粒子の表面に近い領域ほど、O元素よりもS元素の含有量が高い状態にあることが確認されている。
【0016】
このことから、実施形態の複合体は、該複合体の表面にMoSが偏在していてもよい。MoSが複合体の表面に偏在しているとは、複合体の表面では、複合体の内部よりもMoSが多く分布している状態を指す。また、複合体の表面では、複合体の内部よりMoOが少なく分布している状態であってよい。
【0017】
実施形態の複合体は、二硫化モリブデン(MoS)を含有する。実施形態の複合体は、複合体の総質量(100質量%)に対し、二硫化モリブデン(MoS)を10~95質量%含有することが好ましく、15~50質量%含有することがより好ましく、20~45質量%含有することがさらに好ましい。
【0018】
実施形態の複合体における二硫化モリブデン(MoS)の含有量は、下記のXRF分析によって算出された値であってもよい。
【0019】
実施形態の複合体は、複合体のXRF分析により求められる硫黄含有量から算出された二硫化モリブデン換算値(A)の、前記複合体の総質量に対する含有率が、10~95質量%であることが好ましく、15~50質量%であることがより好ましく、20~45質量%であることがさらに好ましい。
二硫化モリブデン換算値(A)の含有率が上記数値範囲内である複合体は、モリブデン硫化物の含有割合が良好であり、モリブデン硫化物に由来する触媒活性がより一層効果的に発揮される。
【0020】
二硫化モリブデン換算値(A)とは、複合体をXRF分析することによって求められる硫黄含有量を、MoS換算の検量線を用いて換算したMoS量から求めた値を云う。
【0021】
実施形態の複合体は、三酸化モリブデン(MoO)を含有する。実施形態の複合体は、複合体の総質量(100質量%)に対し、三酸化モリブデン(MoO)を5~90質量%含有してよく、50~85質量%含有することがより好ましく、55~80質量%含有することがさらに好ましい。
【0022】
実施形態の複合体における三酸化モリブデン(MoO)の含有量は、下記のXRF分析によって算出された値であってもよい。
【0023】
実施形態の複合体は、前記複合体のXRF分析により求められるモリブデン含有量から算出された三酸化モリブデン換算値(B)の、前記複合体の総質量に対する含有率が、5~90質量%であり、50~85質量%であることが好ましく、55~80質量%であることがより好ましい。
三酸化モリブデン換算値(B)の含有率が上記数値範囲内である複合体は、モリブデン酸化物の含有割合が良好であって、モリブデン酸化物に由来する触媒活性がより一層効果的に発揮される。
【0024】
三酸化モリブデン換算値(B)とは、複合体をXRF分析することによって求められるモリブデン含有量を、MoO換算の検量線を用いて換算したMoO量から求めた値を云う。
なお、実施形態の複合体では、モリブデンがMoSとしても含有されているので、まず上記のようにMoS換算値を求め、MoS換算値分のモリブデンを差し引いたモリブデン量を、三酸化モリブデン換算値(B)の算出に使用する。
【0025】
実施形態の複合体は、好ましくは、前記二硫化モリブデン換算値(A)の前記複合体の総質量に対する含有率が10~95質量%で、前記三酸化モリブデン換算値(B)の前記複合体の総質量に対する含有率が5~90質量%であってよい。
実施形態の複合体は、より好ましくは、前記二硫化モリブデン換算値(A)の前記複合体の総質量に対する含有率が15~50質量%で、前記三酸化モリブデン換算値(B)の前記複合体の総質量に対する含有率が50~85質量%であってよい。
実施形態の複合体は、さらに好ましくは、前記二硫化モリブデン換算値(A)の前記複合体の総質量に対する含有率が20~45質量%で、前記三酸化モリブデン換算値(B)の前記複合体の総質量に対する含有率が55~80質量%であってよい。
【0026】
前記複合体のXRF分析により求められるモリブデン含有量から算出された三酸化モリブデン換算値(B)に対する、前記複合体のXRF分析により求められる硫黄含有量から算出された二硫化モリブデン換算値(A)の比(A/B)は、質量基準で、0.1以上が好ましく、0.2以上がより好ましく、0.25以上がさらに好ましく、0.3以上が特に好ましい。また、当該比(A/B)は、50以下が好ましく、25以下がより好ましく、3以下がさらに好ましく、1未満が特に好ましい。
上記の比(A/B)の上記数値の数値範囲の一例としては、0.1以上50以下であってよく、0.2以上25以下であってよく、0.25以上3以下であってよく、0.3以上1未満であってよい。
前記比(A/B)が上記数値範囲内である複合体は、モリブデン酸化物とモリブデン硫化物の含有比のバランスに優れ、触媒活性に寄与する界面の存在量が好適となることから、触媒活性をより一層効果的に発揮できる。
【0027】
複合体に含有される前記二硫化モリブデンの、X線回折測定により得られる2θ=14.4°±0.5°のピークから求められる平均結晶子サイズは、50nm以下が好ましく、40nm以下が好ましく、30nm以下がより好ましく、20nm以下がさらに好ましく、10nm以下がとりわけ好ましく、6nm未満が特に好ましい。
上記の2θ=14.4°±0.5°のピークは、二硫化モリブデン(MoS)の(002)面または(003)面に帰属される。上記の上限値以下のような、平均結晶子サイズの小さいMoSを含むことで、触媒活性に寄与する界面や欠陥などの触媒活性サイトが増加し、触媒性能が向上される。
【0028】
前記二硫化モリブデンの、X線回折測定により得られる2θ=14.4°±0.5°のピークから求められる平均結晶子サイズの下限値は、一例として、1nm以上であってよく、2nm以上であってよく、3nm以上であってよい。
【0029】
前記二硫化モリブデンの、X線回折測定により得られる2θ=14.4°±0.5°のピークから求められる平均結晶子サイズの上記数値の数値範囲の一例としては、1nm以上50nm以下であってよく、2nm以上40nm以下であってよく、2nm以上30nm以下であってよく、3nm以上20nm以下であってよく、3nm以上10nm以下であってよく、3nm以上6nm未満であってよい。
【0030】
複合体に含有される前記三酸化モリブデンの、X線回折測定により得られる2θ=12.7°±0.5°のピークから求められる平均結晶子サイズは、50nm以下が好ましく、40nm以下がより好ましく、30nm以下がさらに好ましく、20nm以下が特に好ましい。
上記の2θ=12.7°±0.5°のピークは、三酸化モリブデン(MoO)の(020)面に帰属される。上記の上限値以下のような、平均結晶子サイズの小さいMoOを含むことで、触媒活性に寄与する界面や欠陥などの触媒活性サイトが増加し、触媒性能が向上される。
【0031】
前記三酸化モリブデンの、X線回折測定により得られる2θ=12.7°±0.5°のピークから求められる平均結晶子サイズの下限値は、一例として、1nm以上であってよく、2nm以上であってよく、3nm以上であってよい。
【0032】
前記三酸化モリブデンの、X線回折測定により得られる2θ=12.7°±0.5°のピークから求められる平均結晶子サイズの上記数値の数値範囲の一例としては、1nm以上50nm以下であってよく、2nm以上40nm以下であってよく、3nm以上30nm以下であってよく、3nm以上20nm以下であってよい。
【0033】
実施形態の複合体における上記平均結晶子サイズは、以下の測定方法により特定できる。
【0034】
[結晶子サイズの測定]
X線回折装置(例えば、株式会社リガク製、SmartLab 9kW)を用い、検出器としてシンチレーションカウンタを用い、解析ソフトウェア(例えば、PDXL2)を用いて測定を行う。測定方法は2θ/θ法であり、該当する2θ=14.4°±0.5°の範囲、又は2θ=12.7°±0.5°の範囲に出現するピークの半値幅からシェラー式を用いて平均結晶子サイズを算出する。測定条件として、スキャンスピード(2θ)は2.0°/分であり、スキャン範囲(2θ)は10~70°であり、ステップ(2θ)は0.02°であり、装置標準幅は無しとする。
【0035】
実施形態の複合体は、粒子状の構造物(複合体粒子)であってよい。
【0036】
実施形態の複合体の、動的光散乱法により求められるメディアン径D50は、1000nm以下が好ましく、800nm以下がより好ましく、600nm以下がさらに好ましい。
前記メディアン径D50が上記上限値以下である複合体は、より効果的に触媒効率を発揮できる。
【0037】
実施形態の複合体の、動的光散乱法により求められるメディアン径D50は、一例として、20nm以上であってもよく、40nm以上であってもよく、100nm以上であってもよく、300nm以上であってもよい。
【0038】
実施形態の複合体の、動的光散乱法により求められるメディアン径D50の上記数値の数値範囲の一例としては、20nm以上1000nm以下であってもよく、40nm以上800nm以下であってもよく、100nm以上600nm以下であってもよく、300nm以上600nm以下であってもよい。
【0039】
実施形態の複合体の、動的光散乱法により算出されるメディアン径D50は、動的光散乱式粒度分布測定装置(例えば、マイクロトラック・ベル社製、Nanotrac WaveII)を用いて、媒体としてアセトンを用い湿式で測定された粒子径分布において、体積積算%の割合が50%となる粒子径として求めることができる。
【0040】
実施形態の複合体の、BET法で測定される比表面積は、5m/g以上であることが好ましく、10m/g以上であることがより好ましく、15m/g以上であることがさらに好ましく、20m/g以上であることが特に好ましい。
前記比表面積が上記下限値以上である複合体は、比表面積が大きいことから、触媒活性サイトが増加することや、反応系の物質移動が容易であることで、より一層効果的に触媒効率を向上させることができる。
【0041】
実施形態の複合体の、BET法で測定される比表面積は、一例として、200m/g以下であってもよく、100m/g以下であってもよい。
【0042】
実施形態の複合体の、BET法で測定される比表面積の、上記数値の数値範囲の一例としては、5m/g以上200m/g以下であってよく、10m/g以上200m/g以下であってよく、15m/g以上100m/g以下であってもよく、20m/g以上100m/g以下であってもよい。
【0043】
本明細書において、比表面積は、比表面積計(例えば、マイクロトラック・ベル社製、BELSORP-mini)にて測定し、BET法(Brunauer-Emmett-Teller法)による窒素ガスの吸着量から測定される試料1g当たりの表面積を、比表面積(m/g)として算出する。
【0044】
前記複合体における硫黄元素の総含有量100%に対する、単体としての硫黄の含有量の割合が、モル基準で、10%以下であることが好ましく、5%以下であることがより好ましい。
【0045】
なお、実施形態の複合体は、複合体粒子の集合体(例えば粉末)として提供可能である。集合体中に二硫化モリブデン(MoS)を含有するのであれば、MoS(X=1~3)で表される硫化モリブデンの1種又は複数種を含んでもよい。同様に、集合体中に三酸化モリブデン(MoO)を含有するのであれば、例えばMoOやMo25で表される酸化モリブデンの1種又は複数種を含んでもよい。
【0046】
また、例えば、上記の平均結晶子サイズ、D50、比表面積、XRF分析、下記の転化率Rに係る値などは、複合体粒子の集合体(例えば粉末)を試料として測定された値を採用できる。
【0047】
実施形態の複合体のMoSへの転化率Rは、90%以下であることが好ましく、60%以下であることがより好ましく、50%以下であることが更に好ましい。
上記のMoSへの転化率Rが上記の上限値以下であることにより、より効果的に触媒性能を発揮できる。
実施形態の複合体のMoSへの転化率Rは、10%以上であることが好ましく、15%以上であることがより好ましく、20%以上であることが更に好ましい。
上記のMoSへの転化率Rが上記の下限値以上であることにより、より効果的に触媒性能を発揮できる。
実施形態の複合体の前記転化率Rの上記の数値範囲の一例としては、転化率Rが10%以上90%以下であってよく、15%以上60%以下であってよく、20%以上50%以下であってよい。
【0048】
実施形態の複合体のMoSへの転化率Rは、実施形態の複合体をX線回折(XRD)測定することにより得られるプロファイルデータから、RIR(参照強度比)法により求めることができる。二硫化モリブデン(MoS)のRIR値Kおよび二硫化モリブデン(MoS)の(002)面または(003)面に帰属される、2θ=14.4°±0.5°付近のピークの積分強度I、並びに、各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)のRIR値Kおよび各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)の最強線ピークの積分強度Iを用いて、次の式(1)からMoSへの転化率Rを求めることができる。
(%)=(I/K)/((I/K)+Σ(I/K))×100 ・・・(1)
ここで、RIR値は、無機結晶構造データベース(ICSD)(一般社団法人化学情報協会製)に記載されている値をそれぞれ用いることができ、解析には、統合粉末X線解析ソフトウェア(例えば、リガク社製、PDXL2)を用いることができる。
【0049】
実施形態の複合体に含有される三酸化モリブデンの結晶構造は、α結晶を含んでよく、α結晶及びβ結晶を含んでよい。
【0050】
実施形態の複合体において、三酸化モリブデンのα結晶構造は、MoOのα結晶の(021)面(2θ:27.32°付近_No.166363(無機結晶構造データベース、ICSD))のピークの存在によって、確認することができる。また、β結晶構造は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、MoOのβ結晶の(011)面に帰属する、(2θ:23.01°付近、No.86426(無機結晶構造データベース、ICSD))のピークの存在によって、確認することができる。
【0051】
実施形態の複合体は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、MoOのβ結晶の(011)面に帰属するピーク強度の、MoOのα結晶の(021)面に帰属するピーク強度に対する比(β(011)/α(021))が0.1以上であることが好ましい。
【0052】
MoOのβ結晶の(011)面に帰属するピーク強度、及び、MoOのα結晶の(021)面に帰属するピーク強度は、それぞれ、ピークの最大強度を読み取り、前記比(β(011)/α(021))を求める。
【0053】
実施形態の複合体のMoOにおいて、前記比(β(011)/α(021))は、0.1~10.0であることが好ましく、0.2~10.0であることがより好ましく、0.4~10.0であることが特に好ましい。
【0054】
実施形態の複合体のMoOのα結晶の含有率は特に制限されるものではないが、20%以上であってもよく、50%以上であってもよく、70%以上であってもよく、80%以上であってもよく、100%であってもよい。
【0055】
MoOのα結晶とβ結晶の混合物において、MoOのα結晶の含有率は、得られたプロファイルデータから、RIR(参照強度比)法により求めることができる。MoOのα結晶のRIR値KおよびMoOのα結晶の(021)面(2θ:27.32°付近_No.166363(無機結晶構造データベース、ICSD))の積分強度I、並びに、MoOのβ結晶のRIR値KおよびMoOのβ結晶の(011)面に帰属する、(2θ:23.01°付近、No.86426(無機結晶構造データベース、ICSD))の積分強度Iを用いて、次の式(2)からMoOのα結晶の含有率(%)を求めることができる。
MoOのα結晶の含有率(%) =(I/K)/((I/K)+(I/K))×100 ・・・(2)
ここで、RIR値は、ICSDデータベースに記載されている値をそれぞれ用いることができ、解析には、統合粉末X線解析ソフトウェア(株式会社リガク製、PDXL2)を用いることができる。
【0056】
実施形態の複合体に含有される二硫化モリブデンは、3R結晶構造を含み、2H結晶構造及び3R結晶構造を含んでいてもよい。
このような2H結晶構造及び3R結晶構造を含む実施形態の複合体は、本出願人独自の開発品であり、その結晶構造として2Hのみならず珍しい3R(菱面体晶)の構造を有している。3R構造は歪んだ結晶構造を有する傾向にあって、より多くの触媒活性サイトを有することから、二硫化モリブデンが3R結晶構造を含むことで、触媒性能の向上に寄与する。
【0057】
3R結晶構造を含む当該複合体は、例えば、後述の≪複合体の製造方法≫により製造可能であり、鉱山品の粉砕や汎用三酸化モリブデンからの合成では達成困難な、3R構造を含有し、nmスケールかつ大表面積化に有利な二硫化モリブデンを合成可能である。
【0058】
二硫化モリブデンの結晶相中の3R結晶構造の存在比は、5%以上60%以下であってもよいし、10%以上60%以下であってもよいし、20%以上60%以下であってもよく、20%以上45%以下であってもよい。
【0059】
二硫化モリブデンが2H結晶構造及び3R結晶構造を有していることは、例えば、結晶子サイズを考慮できる拡張型リートベルト解析ソフト(マルバーンパナリティカル社製、ハイスコアプラス)を使用して確認することができる。このリートベルト解析ソフトでは、結晶子サイズを含めた結晶構造モデルを用いてXRDの回折プロファイル全体をシミュレートして、実験で得られるXRDの回折プロファイルと比較し、実験で得られた回折プロファイルと計算で得られた回折プロファイルの残差が最小になるように結晶構造モデルの結晶格子定数、原子座標などの結晶構造因子、重量分率(存在比)等を最小二乗法で最適化し、2H結晶構造及び3R結晶構造の各相を高精度に同定、定量することにより、通常のリートベルト解析によって算出される結晶構造タイプ及びその比率に加えて、結晶子サイズを算出することができる。以下、本明細書では、上記のハイスコアプラスを用いた解析手法を「拡張型リートベルト解析」と呼ぶ。
【0060】
また、実施形態の複合体では、上記XRDから得られるプロファイルを用いて拡張型リートベルト解析により得られる、前記3R結晶構造の結晶子サイズが1nm以上50nm以下であってよく、5nm以上50nm以下である結晶子で構成される結晶相からなるのが好ましく、上記結晶子サイズは10nm以上40nm以下であるのがより好ましい。
【0061】
また、実施形態の複合体では、上記XRDから得られるプロファイルを用いて拡張型リートベルト解析により得られる、前記2H結晶構造の結晶子サイズが1nm以上50nm以下であるのが好ましく、1nm以上50nm以下である結晶子で構成される結晶相であるのが好ましく、上記結晶子サイズは5nm以上50nm以下であるのがより好ましい。
【0062】
拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造は、所定の結晶子サイズを有する結晶子で構成される一の結晶相からなるのが好ましい。この場合、前記2H結晶構造の結晶子サイズは、1nm以上20nm以下であるのがより好ましく、5nm以上15nm以下であるのが好ましい。
【0063】
前記2H結晶構造の結晶子サイズ及び前記3R結晶構造の結晶子サイズは、例えばXRD回折プロファイルのピーク半値幅を用いて算出することもできる。
【0064】
上記XRDから得られるプロファイルを用いて拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造及び前記3R結晶構造の結晶相中の存在比(2H:3R)は、10:90~90:10であるのが好ましい。
【0065】
上記XRDから得られるプロファイルを用いて拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造及び前記3R結晶構造の結晶相中の存在比(2H:3R)は、上記効果の観点から、10:90~80:20であるのがより好ましく、40:60~80:20であるのが更に好ましい。
【0066】
また、前記拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造は、所定の結晶子サイズを有する結晶子で構成される結晶相第1結晶相と、前記第1結晶相よりも結晶子サイズが小さい第2結晶相とからなっていてもよい。前記2H結晶構造の前記第1結晶相の結晶子サイズは、例えば20nmよりも大きく150nm以下であり、50nm以上150nm以下であってもよく、100nm以上150nm以下であってもよい。但し、前記2H結晶構造の結晶相中に前記第1結晶相が存在しない、もしくはその存在比が少ない方が好ましい。また、前記2H結晶構造の第2結晶相の結晶子サイズは、1nm以上20nm以下であるのが好ましく、1nm以上10nm以下であってもよいし、5nm以上15nm以下であってもよい。
【0067】
前記2H結晶構造の前記第1結晶相の結晶子サイズ、前記3R結晶構造の結晶子サイズ及び前記2H結晶構造の前記第2結晶相の結晶子サイズは、上記と同様、例えばXRD回折プロファイルのピーク半値幅を用いて算出することもできる。
【0068】
上記XRDから得られるプロファイルを用いて拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造の前記第1結晶相、前記3R結晶構造、及び前記2H結晶構造の前記第2結晶相の結晶相中の存在比(2H(第1結晶相):3R:2H(第2結晶相))は、30~0:10~70:80~15であるのが好ましく、25~0:20~60:75~20であるのが更に好ましい。
【0069】
前記実施形態の複合体の、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、2θ=39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークが2H結晶構造に由来し、2θ=32.5°付近のピーク、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークが3R結晶構造に由来し、2θ=39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークの半値幅が1°以上であることが好ましい。さらに、前記二硫化モリブデンは、1H結晶構造など、二硫化モリブデンの2H結晶構造、3R結晶構造以外の結晶構造を含んでいてもよい。
【0070】
前記二硫化モリブデンが、準安定構造の3R結晶構造を含む点は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、2θ=39.5°付近のピーク、及び、2θ=49.5°付近のピークが共に2H結晶構造及び3R結晶構造の合成ピークからなることで区別することができる。
【0071】
実際には、上記粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルを用いて、2θ=39.5°付近のピーク及び49.5°付近の幅広ピークによって、2H結晶構造の存在比が決定される。また、2θ=39.5°付近のピーク及び49.5°付近の幅広ピークの差分を、2θ=32.5°付近の2本のピークと39.5°付近の2本ピークで最適化することにより、3R結晶構造の存在比が決定される。すなわち、2θ=39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークのいずれも、2H結晶構造及び3R結晶構造に由来する合成波であり、これらの合成波により、二硫化モリブデンの2H結晶構造及び3R結晶構造の存在比を算出することができる。
【0072】
また、実施形態の複合体は、非晶質相を含んでいてもよい。実施形態の複合体の非晶質相の存在比は、100(%)-(結晶化度(%))で表され、5%以上であるのが好ましく、15%以上であるのがより好ましく、20%以上であるのが更に好ましい。
【0073】
前記実施形態の複合体の、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルから得られる動径分布関数において、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)は、1.0より大きいことが好ましく、1.1以上であることがより好ましく、1.2以上であることが特に好ましい。
【0074】
二硫化モリブデンの結晶構造が、2H結晶構造であれ3R結晶構造であれ、Mo-S間の距離は共有結合のためほぼ同じなので、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルにおいて、Mo-Sに起因するピークの強度は同じである。 一方、二硫化モリブデンの2H結晶構造は六方晶(hexagonal)のため、Mo原子の六角形の90°真下に同じ六角形が位置するため、Mo-Mo間の距離が近くなり、Mo-Moに起因するピーク強度IIは強くなる。
逆に、二硫化モリブデンの3R結晶構造は菱面体晶(rhombohedral)のため、六角形の90°真下ではなく、半分ずれて六角形が存在するため、Mo-Mo間の距離が遠くなり、Mo-Moに起因するピーク強度IIは弱くなる。
二硫化モリブデンの純粋な2H結晶構造では前記比(I/II)が小さくなるが、3R結晶構造を含むにつれて前記比(I/II)が大きくなる。
【0075】
以上に説明した実施形態の複合体によれば、優れた触媒性能を発揮可能である。
【0076】
実施形態の複合体は、触媒として使用可能であり、水素発生触媒として使用可能である。実施形態の複合体は、水電解等の水素発生反応(HER)での水素発生触媒として、好適に使用可能である。
また、実施形態の複合体は、触媒層を形成可能な触媒インクの構成材料として、好適に使用可能である。
また、実施形態の複合体は、電極触媒層の構成材料として用いられる電極用材料として、好適に使用可能である。
【0077】
≪複合体の製造方法≫
[焼成工程]
実施形態の複合体の製造方法は、三酸化モリブデンを、硫黄源の存在下、温度400℃以下で加熱する焼成工程を含む。当該三酸化モリブデンは、β結晶構造を含むことが好ましい。
【0078】
別の側面として、実施形態の複合体の製造方法は、例えば、後述の三酸化モリブデン粒子製造工程により得られた三酸化モリブデン粒子を、硫黄源の存在下、温度400℃以下で加熱する焼成工程を含んでもよい。
【0079】
前記複合体の製造方法は、三酸化モリブデンのβ結晶構造を含む三酸化モリブデン粒子を、硫黄源の不存在下、温度100~800℃で加熱し、次いで、硫黄源の存在下、温度400℃以下で加熱することを含むものであってもよい。
【0080】
前記焼成工程における硫黄源の存在下での前記焼成温度は400℃以下であり、350℃未満が好ましく、320℃以下がより好ましく、310℃以下がさらに好ましい。
前記焼成温度は、一例として、200℃以上400℃以下であってよく、220℃以上350℃以下であってよく、220℃以上320℃未満であってよく、250℃以上310℃以下がさらに好ましい。
上記焼成温度を400℃以下の低温とすることにより、三酸化モリブデンから二硫化モリブデンへの硫化反応の進行を制御し易く、二硫化モリブデン及び三酸化モリブデンの両方を含む複合体を容易に得ることができる。
【0081】
硫黄源の存在下の焼成時間は、硫化反応が適度に進行し、二硫化モリブデン及び三酸化モリブデンの両方を共存させることが可能であればよく、1~20時間であってもよく、2~15時間であってもよく、3~10時間であってもよい。
【0082】
上記で例示した焼成温度と焼成時間は自由に組み合わせてよく、焼成工程における硫黄源の存在下での焼成条件は、一例として、200℃以上400℃以下の焼成温度を1~20時間保持する条件や、220℃以上350℃未満の焼成温度を2~15時間保持する条件、220℃以上320℃以下の焼成温度を3~10時間保持する条件、250℃以上310℃以下の焼成温度を3~10時間保持する条件等を例示できる。
【0083】
前記焼成温度までの昇温速度は、1℃/min以上50℃/min以下であることが好ましく、2℃/min以上10℃/min以下であることがより好ましい。
【0084】
前記三酸化モリブデンの一次粒子の平均粒径は、2nm以上1000nm以下を例示できる。
【0085】
前記三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径は、5nm以上2000nm以下であってもよい。
【0086】
三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径とは、三酸化モリブデン粒子を、走査電子顕微鏡(SEM)もしくは透過電子顕微鏡(TEM)で撮影し、二次元画像上の凝集体を構成する最小単位の粒子(すなわち、一次粒子)について、その長径(観察される最も長い部分のフェレ径)と短径(その最も長い部分のフェレ径に対して、垂直な向きの短いフェレ径)を計測し、その平均値を一次粒子径としたとき、ランダムに選ばれた50個の一次粒子の一次粒子径の平均値を云う。
【0087】
前記複合体の製造方法において、前記三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径は1μm以下であることが好ましい。硫黄との反応性の点から、600nm以下がより好ましく、400nm以下が更に好ましく、200nm以下が特に好ましい。前記三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径は2nm以上であってもよく、5nm以上であってもよく、10nm以上であってもよい。
【0088】
前記複合体の製造に用いる三酸化モリブデン粒子は、三酸化モリブデンのβ結晶構造を含む一次粒子の集合体からなることが好ましい。前記三酸化モリブデン粒子は、結晶構造としてα結晶のみからなる従来の三酸化モリブデン粒子に比べて、硫黄との反応性が良好であり、三酸化モリブデンのβ結晶構造を含むので、硫黄源との反応において、MoSへの転化率Rを大きくすることができる。
【0089】
三酸化モリブデンのβ結晶構造は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、MoOのβ結晶の(011)面に帰属する、(2θ:23.01°付近、No.86426(無機結晶構造データベース(ICSD)))のピークの存在によって、確認することができる。三酸化モリブデンのα結晶構造は、MoOのα結晶の(021)面(2θ:27.32°付近_No.166363(無機結晶構造データベース(ICSD)))のピークの存在によって、確認することができる。
【0090】
前記三酸化モリブデン粒子は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、MoOのβ結晶の(011)面に帰属するピーク強度の、MoOのα結晶の(021)面に帰属する(2θ:27.32°付近_No.166363(無機結晶構造データベース(ICSD)))ピーク強度に対する比(β(011)/α(021))が0.1以上であることが好ましい。
【0091】
MoOのβ結晶の(011)面に帰属するピーク強度、及び、MoOのα結晶の(021)面に帰属するピーク強度は、それぞれ、ピークの最大強度を読み取り、前記比(β(011)/α(021))を求める。
【0092】
前記三酸化モリブデン粒子において、前記比(β(011)/α(021))は、0.1~10.0であることが好ましく、0.2~10.0であることがより好ましく、0.4~10.0であることが特に好ましい。
【0093】
三酸化モリブデンのβ結晶構造は、ラマン分光測定から得られるラマンスペクトルにおいて、波数773、848cm-1及び905cm-1でのピークの存在によっても、確認することができる。三酸化モリブデンのα結晶構造は、波数663、816cm-1及び991cm-1でのピークの存在によって、確認することができる。
【0094】
硫黄源としては、例えば、硫黄、硫化水素等が挙げられ、これらは単独でも二種を併用してもよい。
【0095】
前記複合体の製造方法において、前記三酸化モリブデン粒子のMoO量に対する、前記硫黄源のS量の仕込み比(モル比)は、硫黄(S)/三酸化モリブデン(MoO)=2~30の範囲であってよく、3~15の範囲であってよく、4~6の範囲であってよい。
【0096】
この硫黄源の仕込み量の、硫黄源の過剰量が多くなるほど、未反応のモリブデン酸化物の存在量が抑制される傾向となる。
一方、上記の焼成温度及び焼成時間の値を小さくするほど、未反応のモリブデン酸化物の存在量が多くなる傾向となる。
【0097】
前記複合体の製造方法において、前記三酸化モリブデン粒子は、蛍光X線(XRF)で測定されるMoOの含有割合が99.5質量%以上であることが好ましい。これにより、MoSへの転化率Rを容易に制御でき、高純度な、不純物由来の二硫化物が生成する虞がない、保存安定性の良好な複合体を得ることができる。
【0098】
前記三酸化モリブデン粒子は、BET法で測定される比表面積が10m/g~100m/gであることが好ましい。
【0099】
前記三酸化モリブデン粒子において、前記比表面積は、硫黄との反応性が良好になることから、10m/g以上であることが好ましく、20m/g以上であることがより好ましく、30m/g以上であることが更に好ましい。前記三酸化モリブデン粒子において、製造が容易になることから、100m/g以下であることが好ましく、90m/g以下であってもよく、80m/g以下であってもよい。
【0100】
前記三酸化モリブデン粒子は、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルから得られる動径分布関数において、Mo-Oに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)が、1.1より大きいことが好ましい。
【0101】
Mo-Oに起因するピークの強度I、及び、Mo-Moに起因するピーク強度IIは、それぞれ、ピークの最大強度を読み取り、前記比(I/II)を求める。前記比(I/II)は、三酸化モリブデン粒子において、MoOのβ結晶構造が得られていることの目安になると考えられ、前記比(I/II)が大きいほど、硫黄との反応性に優れる。
【0102】
前記三酸化モリブデン粒子において、前記比(I/II)は、1.1~5.0であることが好ましく、1.2~4.0であってもよく、1.2~3.0であってもよい。
【0103】
上記で説明した実施形態の複合体の製造方法によれば、実施形態の複合体を製造可能である。また、実施形態の複合体の製造方法には、例えば、1)反応中に有機溶媒の使用を必要としない、2)一般的な水熱法とは異なり濾過等の操作を行わずとも複合体の回収が可能、3)量産化が容易、などの優れた利点がある。
【0104】
(三酸化モリブデン粒子の製造方法)
実施形態の複合体の製造方法は、前記三酸化モリブデン粒子を製造する、三酸化モリブデン製造工程を更に含むことができる。
【0105】
前記三酸化モリブデン粒子は、酸化モリブデン前駆体化合物を気化させて、三酸化モリブデン蒸気を形成し、前記三酸化モリブデン蒸気を冷却することを含む、三酸化モリブデン製造工程により製造することができる。
【0106】
前記三酸化モリブデン粒子の製造方法は、酸化モリブデン前駆体化合物、及び、前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を含む原料混合物を焼成し、前記酸化モリブデン前駆体化合物を気化させて、三酸化モリブデン蒸気を形成することを含み、前記原料混合物100質量%に対する、前記金属化合物の割合が、酸化物換算で70質量%以下であることが好ましい。
【0107】
前記三酸化モリブデン粒子の製造方法は、図1に示す製造装置1を用いて好適に実施することができる。
【0108】
図1は、本実施形態に係る複合体の原料である三酸化モリブデン粒子の製造に用いられる装置の一例を示す概略図である。
図1に示すように、製造装置1は、三酸化モリブデン前駆体化合物、又は、前記原料混合物を焼成し、前記三酸化モリブデン前駆体化合物を気化させる焼成炉2と、前記焼成炉2に接続され、前記焼成により気化した三酸化モリブデン蒸気を粒子化する十字(クロス)型の冷却配管3と、前記冷却配管3で粒子化した三酸化モリブデン粒子を回収する回収手段である回収機4と、を有する。この際、前記焼成炉2および冷却配管3は、排気口5を介して接続されている。また、前記冷却配管3は、左端部には外気吸気口(図示せず)に開度調整ダンパー6が、上端部には観察窓7がそれぞれ配置されている。回収機4には、第1の送風手段である排風装置8が接続されている。当該排風装置8が排風することにより、回収機4および冷却配管3の内部気体が吸引され、冷却配管3が有する開度調整ダンパー6から外気が冷却配管3に送風される。すなわち、排風装置8が吸引機能を奏することによって、受動的に冷却配管3に送風が生じる。なお、製造装置1は、外部冷却装置9を有していてもよく、これによって焼成炉2から生じる三酸化モリブデン蒸気の冷却条件を任意に制御することが可能となる。
【0109】
開度調整ダンパー6を開にすることにより、外気吸気口から空気を取り入れ、焼成炉2で気化した三酸化モリブデン蒸気を空気雰囲気下で冷却し、三酸化モリブデン粒子とすることで、前記比(I/II)を1.1より大きくすることができ、三酸化モリブデン粒子において、MoOのβ結晶構造が得られ易い。三酸化モリブデン蒸気を、液体窒素を用いて冷却した場合など、窒素雰囲気下の酸素濃度が低い状態での三酸化モリブデン蒸気の冷却は、酸素欠陥密度を増加させ、前記比(I/II)を低下させ易い。
【0110】
前記酸化モリブデン前駆体化合物としては、これを焼成することで三酸化モリブデン蒸気を形成するものであれば特に限定されないが、金属モリブデン、三酸化モリブデン、二酸化モリブデン、硫化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム、リンモリブデン酸(HPMo1240)、ケイモリブデン酸(HSiMo1240)、モリブデン酸アルミニウム、モリブデン酸ケイ素、モリブデン酸マグネシウム(MgMo3n+1(n=1~3))、モリブデン酸ナトリウム(NaMo3n+1(n=1~3))、モリブデン酸チタニウム、モリブデン酸鉄、モリブデン酸カリウム(KMo3n+1(n=1~3))、モリブデン酸亜鉛、モリブデン酸ホウ素、モリブデン酸リチウム(LiMo3n+1(n=1~3))、モリブデン酸コバルト、モリブデン酸ニッケル、モリブデン酸マンガン、モリブデン酸クロム、モリブデン酸セシウム、モリブデン酸バリウム、モリブデン酸ストロンチウム、モリブデン酸イットリウム、モリブデン酸ジルコニウム、モリブデン酸銅等が挙げられる。これらの酸化モリブデン前駆体化合物は、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。酸化モリブデン前駆体化合物の形態は、特に限定されず、例えば、三酸化モリブデンなどの粉体状であってもよく、モリブデン酸アンモニウム水溶液のような液体であってもよいが、好ましくは、ハンドリング性かつエネルギー効率のよい粉体状である。
【0111】
三酸化モリブデン前駆体化合物として、市販のα結晶の三酸化モリブデンを用いることが特に好ましい。また、酸化モリブデン前駆体化合物として、モリブデン酸アンモニウムを用いる場合には、焼成により熱力学的に安定な三酸化モリブデンに変換されることから、気化する酸化モリブデン前駆体化合物は前記三酸化モリブデンとなる。
【0112】
酸化モリブデン前駆体化合物、及び、前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を含む原料混合物を焼成することでも、三酸化モリブデン蒸気を形成することができる。
【0113】
これらのうち、得られる三酸化モリブデン粉体の純度、一次粒子の平均粒径、結晶構造を制御しやすい点では、酸化モリブデン前駆体化合物は、三酸化モリブデンを含むことが好ましい。
【0114】
酸化モリブデン前駆体化合物と前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物とが中間体を生成する場合があるが、この場合でも焼成により中間体が分解して、三酸化モリブデンを熱力学的に安定な形態で気化させることができる。
【0115】
前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物としては、これらのうち、アルミニウム化合物を用いることが、焼成炉の傷つき防止のために好ましく、三酸化モリブデン粒子の純度を向上させるために前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を用いないことでもよい。
【0116】
前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物としては、特に限定されず、例えば、アルミニウム化合物、ケイ素化合物、チタン化合物、マグネシウム化合物、ナトリウム化合物、カリウム化合物、ジルコニウム化合物、イットリウム化合物、亜鉛化合物、銅化合物、鉄化合物等が挙げられる。これらのうち、前記金属化合物としては、前記アルミニウム化合物、ケイ素化合物、チタン化合物又はマグネシウム化合物を用いることが好ましい。
【0117】
酸化モリブデン前駆体化合物と前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物とが中間体を生成する場合があるが、この場合でも焼成により、前記中間体が分解して、三酸化モリブデンを熱力学的に安定な形態で気化させることができる。
【0118】
前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物としては、アルミニウム化合物を用いることが、焼成炉の傷つき防止のために好ましい。前記製造方法においては、三酸化モリブデン粉体の純度を向上させるために、前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を用いなくてもよい。
【0119】
アルミニウム化合物としては、塩化アルミニウム、硫酸アルミニウム、塩基性酢酸アルミニウム、水酸化アルミニウム、ベーマイト、擬ベーマイト、遷移酸化物アルミニウム(γ-酸化物アルミニウム、δ-酸化物アルミニウム、θ-酸化物アルミニウムなど)、α-酸化物アルミニウム、2種以上の結晶相を有する混合酸化物アルミニウム等が挙げられる。
【0120】
酸化モリブデン前駆体化合物、及び、前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を含む原料混合物を焼成するに際して、前記原料混合物100質量%に対する、前記酸化モリブデン前駆体化合物の含有割合は、40質量%以上100質量%以下であることが好ましく、45質量%以上100質量%以下であってもよく、50質量%以上100質量%以下であってもよい。
【0121】
焼成温度としては、使用する酸化モリブデン前駆体化合物、金属化合物、および所望とする三酸化モリブデン粒子等によっても異なるが、通常、中間体が分解できる温度とすることが好ましい。例えば、酸化モリブデン前駆体化合物としてモリブデン化合物を、金属化合物としてアルミニウム化合物を用いる場合には、中間体として、モリブデン酸アルミニウムが形成されうることから、焼成温度は500~1500℃であることが好ましく、600~1550℃であることがより好ましく、700~1600℃であることがさらに好ましい。
【0122】
焼成時間については、特に制限はないが、例えば、1分~30時間とすることができ、10分~25時間とすることができ、100分~20時間とすることができる。
【0123】
昇温速度は、使用する酸化モリブデン前駆体化合物、前記金属化合物、および所望とする三酸化モリブデン粒子の特性等によっても異なるが、製造効率の観点から、0.1℃/分~100℃/分であることが好ましく、1℃/分~50℃/分であることがより好ましく、2℃/分~10℃/分であることがさらに好ましい。
【0124】
焼成炉内の内部圧力は、特に制限されず、陽圧であっても減圧であってもよいが、酸化モリブデン前駆体化合物を好適に焼成炉から冷却配管に排出する観点から、焼成は減圧下で行われることが好ましい。具体的な減圧度としては、-5000Pa~-10Paであることが好ましく、-2000Pa~-20Paであることがより好ましく、-1000Pa~-50Paであることがさらに好ましい。減圧度が-5000Pa以上であると、焼成炉の高気密性や機械的強度が過度に要求されず、製造コストが低減できることから好ましい。一方、減圧度が-10Pa以下であると、焼成炉の排出口での酸化モリブデン前駆体化合物の詰まりを防止できることから好ましい。
【0125】
なお、焼成中に焼成炉に気体を送風する場合、送風する気体の温度は、5~500℃であることが好ましく、10~100℃であることがより好ましい。
【0126】
また、気体の送風速度は、焼成炉の有効容積が100Lに対して、1L/min以上500L/min以下であることが好ましく、10L/min以上200L/min以下であることがより好ましい。
【0127】
気化した三酸化モリブデン蒸気の温度は、使用する酸化モリブデン前駆体化合物の種類によっても異なるが、200~2000℃であることが好ましく、400~1500℃であることがより好ましい。なお、気化した三酸化モリブデン蒸気の温度が2000℃以下であると、通常、冷却配管において、外気(0~100℃)の送風により容易に粒子化することができる傾向がある。
【0128】
焼成炉から排出される三酸化モリブデン蒸気の排出速度は、使用する前記酸化モリブデン前駆体化合物量、前記金属化合物量、焼成炉の温度、焼成炉内への気体の送風、焼成炉排気口の口径により制御することができる。冷却配管の冷却能力によっても異なるが、焼成炉から冷却配管への三酸化モリブデン蒸気の排出速度は、0.001g/min以上100g/min以下であることが好ましく、0.1g/min以上50g/min以下であることがより好ましい。
【0129】
また、焼成炉から排出される気体中に含まれる三酸化モリブデン蒸気の含有量は、0.01mg/L以上1000mg/L以下であることが好ましく、1mg/L以上500mg/L以下であることがより好ましい。
【0130】
次に、前記三酸化モリブデン蒸気を冷却して粒子化する。
三酸化モリブデン蒸気の冷却は、冷却配管を低温にすることにより行われる。この際、冷却手段としては、上述のように冷却配管中への気体の送風による冷却、冷却配管が有する冷却機構による冷却、外部冷却装置による冷却等が挙げられる。
【0131】
三酸化モリブデン蒸気の冷却は、空気雰囲気下で行うことが好ましい。三酸化モリブデン蒸気を空気雰囲気下で冷却し、三酸化モリブデン粒子とすることで、前記比(I/II)を1.1より大きくすることができ、三酸化モリブデン粒子において、MoOのβ結晶構造が得られ易い。
【0132】
冷却温度(冷却配管の温度)は、特に制限されないが、-100~600℃であることが好ましく、-50~400℃であることがより好ましい。
【0133】
三酸化モリブデン蒸気の冷却速度は、特に制限されないが、100℃/s以上100000℃/s以下であることが好ましく、1000℃/s以上50000℃/s以下であることがより好ましい。なお、三酸化モリブデン蒸気の冷却速度が早くなるほど、粒径の小さく、比表面積の大きい三酸化モリブデン粒子が得られる傾向がある。
【0134】
冷却手段が、冷却配管中への気体の送風による冷却である場合、送風する気体の温度は-100~300℃であることが好ましく、-50~100℃であることがより好ましい。
【0135】
また、気体の送風速度は、0.1m/min以上20m/min以下であることが好ましく、1m/min以上10m/min以下であることがより好ましい。気体の送風速度が0.1m/min以上であると、高い冷却速度を実現することができ、冷却配管の詰まりを防止できることから好ましい。一方、気体の送風速度が20m/min以下であると、高価な第1の送風手段(排風機等)が不要となり、製造コストを低くすることができることから好ましい。
【0136】
三酸化モリブデン蒸気を冷却して得られた粒子は、回収機に輸送されて回収される。
【0137】
前記三酸化モリブデン粒子の製造方法は、前記三酸化モリブデン蒸気を冷却して得られた粒子を、再度、100~320℃の温度で焼成してもよい。
【0138】
すなわち、前記三酸化モリブデン粒子の製造方法で得られた三酸化モリブデン粒子を、再度、100~320℃の温度で焼成してもよい。再度の焼成の焼成温度は、120~280℃であってもよく、140~240℃であってもよい。再度の焼成の焼成時間は、例えば、1分~4時間とすることができ、10分~5時間とすることができ、100分~6時間とすることができる。ただし、再度、焼成することにより、三酸化モリブデンのβ結晶構造の一部は、消失してしまい、350℃以上の温度で4時間焼成すると、三酸化モリブデン粒子中のβ結晶構造は消失して、前記比(β(011)/α(021))が0になって、硫黄との反応性が損なわれる。
以上、説明した三酸化モリブデン粒子の製造方法により、前記複合体の製造に好適な、三酸化モリブデン粒子を製造することができる。
【0139】
[洗浄工程]
実施形態の複合体の製造方法は、前記焼成工程の後に、前記硫黄源を除去する洗浄工程を含んでもよい。洗浄工程により、焼成工程に使用した余剰の硫黄源を除去することができる。洗浄工程は、必要に応じて、2度以上繰り返し行ってもよい。
【0140】
硫黄源を除去する方法としては、特に制限されないが、硫黄源を溶解可能な溶媒と、焼成工程で得られた生成物とを接触させ、溶媒に硫黄源を移行させる方法が挙げられる。前記溶媒としては、トルエン、ヘキサン、二硫化炭素などであってよく、溶媒を用いて洗浄を行うことにより、余剰の硫黄源を除去することができる。
【0141】
例えば、硫黄源として単体の硫黄を使用する場合であれば、洗浄工程を行うことにより、製造される複合体における硫黄元素のうち、単体としての硫黄の含有量の割合を低減させることができる。
【0142】
≪水素発生触媒≫
実施形態の複合体は、水素発生反応(HER)での触媒(本明細書においては、「水素発生触媒」と称することがある)として好適に使用できる。また、実施形態の複合体は、導電材と併用することでも、水素発生触媒として使用できる。すなわち、好ましい水素発生触媒としては、例えば、実施形態の複合体を含有するものが挙げられ、前記水素発生触媒は、実施形態の複合体以外に、さらに導電材を含有していてもよい。実施形態の複合体及び導電材を含有する水素発生触媒の、水素発生反応(HER)での触媒活性は、より高くなる。
【0143】
前記導電材は、公知のものであってよい。
前記導電材としては、例えば、導電性の高いカーボン及び金属等が挙げられる。
前記水素発生触媒が含有する前記導電材は、1種のみであってもよいし、2種以上であってもよい。
【0144】
前記導電材としては、例えば、アセチレンブラック、Cabotカーボンブラック、ケッチェンブラック等のカーボンブラック、黒鉛、炭素纎維、金属粉末などが挙げられる。ケッチェンブラックは、高い比表面積及び導電性を有しており、さらに、硫化モリブデンの凝集も抑制できる点で優れている。
【0145】
前記導電材である金属としては、例えば、金、銀、銅、アルミニウム、ロジウム、モリブデン、タングステン、鉄、ニッケル、コバルト、インジウム等が挙げられる。
【0146】
水素発生触媒が含有する、導電材としての金属は、1種のみであってもよいし、2種以上であってもよい。
【0147】
水素発生触媒は、例えば、導電材として、金属を含有せず、カーボンを含有していてもよいし、カーボンを含有せず、金属を含有していてもよいし、金属及びカーボンを共に含有していてもよい。
【0148】
水素発生触媒において、導電材の含有量は、実施形態の複合体の含有量100質量部に対して、0.1~100質量部であることが好ましく、0.5~50質量部であることがより好ましい。
【0149】
水素発生触媒において、水素発生触媒の総質量(100質量%)に対する、実施形態の複合体と、前記導電材と、の合計含有量の割合は、80質量%以上であることが好ましく、90質量%以上であることがより好ましく、95質量%以上であることがさらに好ましく、例えば、97質量%以上、及び99質量%以上のいずれかであってもよく、100質量%であってもよい。前記割合が前記下限値以上であることで、水素発生触媒の水素発生反応(HER)での触媒活性が、より高くなる。前記割合は、100質量%以下であればよい。
【0150】
≪触媒インク≫
前記水素発生触媒は、触媒インクの含有成分として好適である。
実施形態の触媒インクは、実施形態の複合体と、溶媒と、を含有する。
実施形態の触媒インクは、実施形態の複合体と、高分子電解質と、溶媒と、を含有することができる。
【0151】
本実施形態の触媒インクは、更に、導電材を含んでもよい。導電材の種類及び含有量としては、上記で例示したものが挙げられる。
【0152】
触媒インクは、例えば作用電極用基材等に塗布して、触媒層を形成可能である。
【0153】
高分子電解質としては、触媒層の形成において一般的に用いられているものを用いることができる。具体的には、スルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体(例えば、ナフィオン(登録商標))、スルホン酸基を有する炭化水素系高分子化合物、リン酸などの無機酸をドープさせた高分子化合物、一部がプロトン伝導性の官能基で置換された有機/無機ハイブリッドポリマー、高分子マトリックスにリン酸溶液や硫酸溶液を含浸させたプロトン伝導体などが挙げられる。
【0154】
溶媒としては、実施形態の複合体を分散させることができ、作用電極用基材等に塗布して触媒層を形成可能なものが挙げられる。前記溶媒として、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、1-ペンタノール、2-ペンタノール、1-ヘキサノール、2-ヘキサノール、1-ヘプタノール、2-ヘプタノール等のアルコールを含有することが好ましい。
【実施例
【0155】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0156】
[合成例1]
(三酸化モリブデン粒子の製造)
耐熱容器に相当する焼成炉と、外気供給口を設けた冷却配管と、モリブデン酸化物を回収する集塵機を準備した。焼成炉としてRHKシミュレーター(株式会社ノリタケカンパニーリミテド製)を、集塵機としてはVF-5N集塵機(アマノ社製)を用いてモリブデン酸化物の製造を行った。
水酸化アルミニウム(日本軽金属社製)1.5kgと、三酸化モリブデン(日本無機社製)1kgと、を混合し、次いでサヤに仕込み、焼成炉と冷却配管と集塵機とを連結し、温度1100℃で10時間焼成した。焼成中、焼成炉の側面および下面から外気(送風速度:150L/min、外気温度:25℃)を導入した。三酸化モリブデンは炉内で蒸発後、集塵機付近で冷却され粒子として析出するため、集塵機により三酸化モリブデンを回収した。
焼成後、サヤから1.0kgの青色の粉末である酸化アルミニウムと、集塵機で回収した三酸化モリブデン0.8kgを取り出した。
回収した三酸化モリブデンは、一次粒子径が1μm以下であり、蛍光X線測定にて、三酸化モリブデンの純度は99.8%であることが確認できた。
【0157】
[実施例1]
(複合体粒子の製造)
上記の合成例1で得た三酸化モリブデン粒子500mgと、硫黄(関東化学株式会社試薬、S)556mgとを坩堝に投入し、均一になるように混合した。使用した三酸化モリブデン粒子のMoO量1モルに対する、硫黄のS量は5モルである。混合後、坩堝へ蓋を載せ、窒素雰囲気炉へ投入し、焼成を行った。焼成条件は、25℃の室温から、5℃/minの速度で昇温し、300℃に到達した時点から4時間保持した。焼成工程中は、窒素ガスを0.2ml/minにて送風した。その後、炉内を自然放冷により降温させ生成物を得た。得られた生成物をトルエン中で超音波洗浄した後、トルエンを交換する洗浄作業を3回行い、その後、真空乾燥することで、実施例1の複合体粒子を得た。
【0158】
[実施例2~5]
実施例1において、使用した原料の硫黄の量、及び焼成温度について、表1に記載のとおりの条件とした以外は、上記実施例1と同様にして、実施例2~5の各複合体粒子を得た。
【0159】
[参考例1]
実施例1において、焼成温度について、表1に記載のとおりの条件とした以外は、上記実施例1と同様にして、比較例1の粒子を得た。
【0160】
[参考例2]
上記合成例1で得た三酸化モリブデン粒子を、参考例2の三酸化モリブデン粒子とした。
【0161】
[比較例1]
市販の三酸化モリブデン粒子(日本無機化学工業株式会社製)を、比較例1の三酸化モリブデン粒子とした。
【0162】
[比較例2]
市販の二硫化モリブデン粒子(関東化学株式会社製)を、比較例2の二硫化モリブデン粒子とした。
【0163】
実施例1~5、参考例1~2、比較例1~2の各粒子を試料として、以下の評価を行った。
【0164】
≪評価≫
[XRF分析]
蛍光X線分析装置PrimusIV(株式会社リガク製)を用い、試料約20~30mgをろ紙にとり、PPフィルムをかぶせて組成分析を行った。XRF分析結果により求められる硫黄量から、試料粒子100質量%に対する、二硫化モリブデン換算量(質量%)を求めた。二硫化モリブデン換算量分のモリブデンを差し引いたモリブデン量から、試料粒子100質量%に対する、三酸化モリブデン換算量(質量%)を求めた。
【0165】
[XRD結晶構造測定]
試料を0.5mm深さの測定試料用ホルダーに充填し、それを広角X線回折(XRD)装置(株式会社リガク製 UltimaIV)にセットし、Cu/Kα線、40kV/40mA、スキャンスピード2θ=2°/min、走査範囲2θ=10°以上70°以下の条件で測定を行った。
【0166】
[結晶子サイズの測定]
X線回折装置としてSmartLab 9kW(株式会社リガク製)を用い、検出器としてシンチレーションカウンタ検出器を用い、解析ソフトウェアとしてPDXL2を用いて測定を行った。測定方法は2θ/θ法であり、2θ=14.4°±0.5°に出現するピークの半値幅からシェラー式を用いて二硫化モリブデンの平均結晶子サイズを算出した。2θ=12.7°±0.5°に出現するピークの半値幅からシェラー式を用いて三酸化モリブデンの平均結晶子サイズを算出した。なお、測定条件として、スキャンスピード(2θ)は2.0°/分であり、スキャン範囲(2θ)は10~70°であり、ステップ(2θ)は0.02°であり、装置標準幅は無しとした。
【0167】
[転化率R
試料のMoSへの転化率Rは、試料をX線回折(XRD)測定することにより得られるプロファイルデータから、RIR(参照強度比)法により求めた。二硫化モリブデン(MoS)のRIR値Kおよび二硫化モリブデン(MoS)の(002)面または(003)面に帰属される、2θ=14.4°±0.5°付近のピークの積分強度I、並びに、各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)のRIR値Kおよび各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)の最強線ピークの積分強度Iを用いて、次の式(1)からMoSへの転化率Rを求めた。 R(%)=(I/K)/((I/K)+Σ(I/K))×100 ・・・(1)
ここで、RIR値は、無機結晶構造データベース(ICSD)(一般社団法人化学情報協会製)に記載されている値をそれぞれ用い、解析には、統合粉末X線解析ソフトウェア(株式会社リガク製、PDXL2)を用いた。
【0168】
[BET比表面積の測定]
比表面積計(マイクロトラック・ベル社製、BELSORP-mini)にて測定し、BET法による窒素ガスの吸着量から測定された試料1g当たりの表面積を、比表面積として算出した。
【0169】
[メディアン径D50の測定]
アセトン20ccに試料粉末0.1gを添加し、氷浴中で4時間超音波処理を施した後、さらにアセトンで、動的光散乱式粒子径分布測定装置(マイクロトラック・ベル社製、Nanotrac WaveII)の測定可能範囲の濃度に適宜調整し、測定サンプルを得た。この測定サンプルを用い、動的光散乱式粒子径分布測定装置により、粒径0.0001μm~10μmの範囲の粒子径分布を測定し、体積積算%の割合が50%となる粒子径であるメディアン径D50を算出した。なお、メディアン径D50が10μmを超えるもの(比較例2)については、同様に溶液を調整し、レーザ回折式粒度分布測定装置(島津製作所製、SALD-7000)により、粒径0.015μm~500μmの範囲の粒子径分布を測定し、メディアン径D50を算出した。
【0170】
上記の測定の結果を表1に示す。
【0171】
【表1】
【0172】
実施例1~5、参考例1~2、比較例1~2の各粒子は、表1に記載の値の、MoO含有量、MoS含有量、転化率R、BET比表面積、MoS平均結晶子サイズ、MoO平均結晶子サイズ、及びD50を有していた。
【0173】
XRD分析の結果を図2に示す。実施例1~5の複合体粒子のXRDプロファイルは、MoSに帰属されるピーク、及びMoOに帰属されるピークの両方を含んでいた。 また、実施例1~5、及び参考例1の粒子のXRDプロファイルから、MoSの2H結晶構造に由来する2θ=39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピーク、及びMoSの3R結晶構造に由来する2θ=32.5°付近のピーク、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークが確認された。実施例1~5、及び参考例1の粒子は、MoSの2H結晶構造及び3R結晶構造を含むことが確認された。
【0174】
図3に、透過電子顕微鏡(TEM、日本電子株式会社製、JEM-1400)で得られた、実施例1の複合体粒子の観察画像を示す。
【0175】
図4に、実施例1の複合体粒子の、HAADF-STEM像(透過電子像、日本電子株式会社製、JEM-ARM300F)、及びエネルギー分散型X線分光法(EDS)による元素マッピングの結果を示す。
元素マッピングの結果から、O元素の存在量が低く、S元素の存在量が高い領域が、複合体粒子の表面および表面に近い位置に存在していた(図3中の矢印を参照)。即ち、複合体粒子の表面に近い領域ほど、MoOよりもMoSの含有量が高く、複合体粒子の表面にMoSが偏在している状態であった。このことからは、焼成の過程で、原料の合成例1の粒子のMoOが、硫黄源と触れる表層から順にMoSに変化していった可能性が考えられた。
【0176】
(触媒インクの製造)
実施例1~5、参考例1~2、比較例1~2の各粒子を原料としてインクを製造し、以下の方法により、水素発生反応(HER)における触媒性能の評価を行った。
【0177】
上記で得られた粒子(実施例1~5、参考例1~2、および比較例1~2の粒子のいずれか)4mgと、カーボンブラック(ライオン・スペシャリティ・ケミカルズ株式会社製、ケッチェンブラック、品番:EC300J、メディアン径D50:40nm)2mgと、5%ナフィオン分散液(富士フイルム和光純薬株式会社、Nafion dispersion solution)40μLと、エタノール1mLとを混合し、1時間の超音波処理を行って粒子を分散させることで、インク(分散液)を製造した。得られたインク20μLを電極表面に塗布し、表面液体を自然乾燥した後、真空乾燥機に移し、60℃6時間以上で乾燥させ試験電極を得た。得られた試験電極の水素発生反応(HER)活性を三電極式で評価した。評価条件は、LSV法で、スキャン電圧範囲-0.3Vから0Vまで、スキャンスピード5mV/Sで行った。
【0178】
上記の触媒性能の評価結果を表1に示す。
【0179】
実施例1~5の複合体粒子を含むインクは、参考例1~2、又は比較例1~2の粒子を含むインクに比べ、電流密度が10mAcm-2であるときの過電圧の値が低く(参考例2、比較例1~2は測定不能)、-0.3Vでの電流密度の値が高かった。
【0180】
以上のことから、実施例1~5の複合体が、優れた水素発生触媒活性を発揮可能であることが示された。
【0181】
各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。また、本発明は各実施形態によって限定されることはなく、請求項(クレーム)の範囲によってのみ限定される。
【符号の説明】
【0182】
1 製造装置
2 焼成炉
3 冷却配管
4 回収機
5 排気口
6 開度調整ダンパー
7 観察窓
8 排風装置
9 外部冷却装置
図1
図2
図3
図4