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  • 特許-エンドグルカナーゼ及びその利用 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】エンドグルカナーゼ及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/42 20060101AFI20241217BHJP
   C12P 19/14 20060101ALI20241217BHJP
   C12N 15/56 20060101ALI20241217BHJP
【FI】
C12N9/42 ZNA
C12P19/14 A
C12N15/56
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021534022
(86)(22)【出願日】2020-07-20
(86)【国際出願番号】 JP2020028051
(87)【国際公開番号】W WO2021015161
(87)【国際公開日】2021-01-28
【審査請求日】2023-06-28
(31)【優先権主張番号】P 2019135103
(32)【優先日】2019-07-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000204686
【氏名又は名称】大関株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】仙波 弘雅
(72)【発明者】
【氏名】坪井 宏和
(72)【発明者】
【氏名】坊垣 隆之
(72)【発明者】
【氏名】幸田 明生
(72)【発明者】
【氏名】山田 浩之
(72)【発明者】
【氏名】石川 一彦
【審査官】坂井田 京
(56)【参考文献】
【文献】特表2000-512842(JP,A)
【文献】国際公開第2015/156345(WO,A1)
【文献】特表2001-504352(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 19/14
C12N 9/42
C12N 15/00-15/90
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記特徴(A)~(の全てを有するエンドグルカナーゼ:
(A)配列番号1のアミノ酸配列と0%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するポリペプチド
(B)ポリペプチド部分の分子量が31kDaである
(C)糖鎖を有し、SDS-PAGEで測定した分子量が39kDa以上である、
(D)100℃で60分間の熱処理後の残存エンドグルカナーゼ活性が30%以上である、
(E)配列番号1のアミノ酸配列の第104番目、第175番目、180番目、221番目、227番目、及び258番目から成る群より選択される1つ以上のアスパラギン残基が保存されている、及び
(F)アスペルギルス属を宿主として産生されたものである
【請求項2】
請求項に記載のエンドグルカナーゼをコードするDNAをアスペルギルス属を宿主として発現させることを含む、請求項に記載のエンドグルカナーゼを製造する方法。
【請求項3】
請求項に記載のエンドグルカナーゼをセルロースを含む試料に70℃以上の温度で作用させることを含む、還元糖の製造方法。
【請求項4】
請求項に記載のエンドグルカナーゼを80℃以上の温度に晒すこと、及び、
80℃以上の温度に晒したエンドグルカナーゼを遠心すること、
を含む、請求項に記載のエンドグルカナーゼを単離する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
エンドグルカナーゼに関する技術が開示される。
【背景技術】
【0002】
セルロースの糖化には様々な手法があるがエネルギー使用量が少なく、かつ糖収率の高い酵素糖化法が開発の主流となっている。セルロース分解酵素であるセルラーゼを大別すると、セルロースの結晶領域に作用するセロビオハイドラーゼとセルロース分子鎖内部から作用して分子量を低減させるエンドグルカナーゼとに分けられる。またβグルコシダーゼは、水溶性オリゴ糖又はセロビオースに作用し、そのβ-グリコシド結合を加水分解する反応を触媒する酵素である。
【0003】
エンドグルカナーゼ(エンドβ-1,4-グルカナーゼ(EC3.2.1.4)は、セルロースの構成成分であるD-グルコース同士のβ-1,4-グリコシド結合を加水分解することから、セルロースの加水分解処理に有効な酵素である。エンドグルカナーゼは、セルロースのみならず、通常、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロースのようなセルロース誘導体、リグニン、穀物のβ-D-グルカンのような混合β-1,3-グルカン、キシログルカン及びセルロース部分を含有する他の植物材料などのβ-1,4-結合をエンド型で加水分解する反応を触媒する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許4228073号
【非特許文献】
【0005】
【文献】Kishishita et al., J Ind Microbiol Biotechnol. 2015 42:137-141
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
エンドグルカナーゼを用いた植物試料又は繊維製品などの処理は高温中で行う方が加水分解効率が高い。また、高温下で失活しないエンドグルカナーゼであれば、高温下でセルロースを加水分解できるだけでなく、高温条件によって他の酵素などの夾雑物を失活・変性させることができるため、目的産物を高純度で得ることができる、エンドグルカナーゼ自体を効率的に精製することも可能である。さらに、そのような耐熱性エンドグルカナーゼであれば、使用後の回収及び再利用をより効率的に行うことも可能となる。したがって、より耐熱性に優れたエンドグルカナーゼの提供が1つの課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
下記に代表される発明が提供される。
項1.
下記特徴(A)~(C)を有するエンドグルカナーゼ:
(A)配列番号1のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するポリペプチド
(B)ポリペプチド部分の分子量が約31kDaである
(C)糖鎖を有し、SDS-PAGEで測定した分子量が約39kDa以上である。
項2.
更に下記特徴(D)を有する、項1に記載のエンドグルカナーゼ:
(D)100℃で60分間の熱処理後の残存エンドグルカナーゼ活性が30%以上である。
項3.
配列番号1のアミノ酸配列の第104番目、第175番目、180番目、221番目、227番目、及び258番目のアスパラギン残基が保存されている、項1または2に記載のエンドグルカナーゼ。
項4.
項1~3のいずれかに記載のエンドグルカナーゼをコードするDNAをアスペルギルス属を宿主として発現させることを含む、項1~3のいずれかに記載のエンドグルカナーゼを製造する方法。
項5.
項1~3のいずれかに記載のエンドグルカナーゼをセルロースを含む試料に70℃以上の温度で作用させることを含む、還元糖の製造方法。
項6.
項1~3のいずれかに記載のエンドグルカナーゼを80℃以上の温度に晒すこと、及び、80℃以上の温度に晒したエンドグルカナーゼを遠心すること、
を含む、項1~3のいずれかに記載のエンドグルカナーゼを単離する方法。
【発明の効果】
【0008】
より耐熱性に優れたエンドグルカナーゼが提供される。好適な一実施形態において、セルロースから効率的に還元糖を製造する手段が提供される。好適な一実施形態において、エンドグルカナーゼを効率的に精製する手段が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】エンドグルカナーゼの分子量をSDS-PAGEで測定した結果を示す。左はCBB染色した結果であり、右はPAS染色した結果である。レーンMは分子量マーカー、1はアスペルギルス・ニガーで発現させたEGPf、2はアスペルギルス・ルーキュエンシスで発現させたEGPf、3はアスペルギルス・ニガーNS48株の培養上清、4はアスペルギルス・ルーキュエンシスNS41株の培養上清、5は大腸菌で発現させたEGPfを示す。矢印で示した部分がそれぞれEGPfのバンドを示す。
図2】エンドグルカナーゼ熱安定性に対する糖鎖の影響を調べた結果を示す。レーンMは分子量マーカー、1は加熱していないEGPf、2は100℃、1時間加熱したEGPf、3は100℃、5時間加熱したEGPf、4は100℃、6時間加熱したEGPf、5は100℃、7時間加熱したEGPf、6は100℃、8時間加熱したEGPfを示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.エンドグルカナーゼ
エンドグルカナーゼは、下記の特徴(A)~(C)を有することが好ましい。
(A)配列番号1のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するポリペプチドを有すること。
(B)ポリペプチド部分の分子量が約31kDaであること。
(C)糖鎖を有し、SDS-PAGEで測定した分子量が約39kDa以上であること。
【0011】
配列番号1に示されるアミノ酸配列は、超好熱古細菌パイロコッカス・フリオサス由来の野生型エンドグルカナーゼを構成するアミノ酸配列(シグナルペプチドは含まない)である。エンドグルカナーゼが有するポリペプチドのアミノ酸配列と配列番号1のアミノ酸配列との同一性は、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上であることが好ましい。
【0012】
アミノ酸配列の同一性は、市販の又は電気通信回線(インターネット)を通じて利用可能な解析ツールを用いて算出することができ、例えば、ClustalW ver2.1 Pairwise Alignment(http://clustalw.ddbj.nig.ac.jp/index.php?lang=ja)を使用し、デフォルト(初期設定)のパラメータを用いて算出することができる。また、全米バイオテクノロジー情報センター(NCBI)の相同性アルゴリズムBLAST(Basic local alignment search tool)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/においてデフォルトのパラメータを用いることにより、算出することができる。
【0013】
エンドグルカナーゼは、そのポリペプチド部分の分子量が約31kDaであることが好ましい。配列番号1のアミノ酸配列からなるポリペプチドの構成アミノ酸残基の分子量から計算される分子量は30522Daである。一実施形態において、約31kDaとは、ポリペプチドを構成するアミン残基の分子量から計算される分子量が30kDa~32kDaの範囲にあることを意味する。他の実施形態において、約31kDaとは、SDS-PAGEで測定したポリペプチド部分のみの分子量が約31kDaであることを意味する。
【0014】
エンドグルカナーゼは、優れた耐熱性を有するという観点で糖鎖を有することが好ましい。糖鎖を有することにより熱による立体構造の変化や変性したポリペプチド同士の凝集が抑制されると考えられる。エンドグルカナーゼが有する糖鎖の量は特に制限されないが、糖鎖を含むエンドグルカナーゼのSDS-PAGEで測定した分子量は、約35kDa以上、約36kDa以上、約37kDa以上、約38kDa以上、約39kDa以上、又は約40kDa以上であることが好ましい。糖鎖を含むエンドグルカナーゼのSDS-PAGEで測定した分子量の上限は特に制限されないが、例えば、約300kDa、約200kDa、約150kDa、約100kDa、約90kDa、約80kDa以下、約70kDa以下、又は約60kDa以下である。上述のように、エンドグルカナーゼのポリペプチド部分の分子量は約31kDaであることが好ましい。よって、エンドグルカナーゼが有する糖鎖の分子量は、約4kDa以上、5kDa以上、6kDa以上、7kDa以上、8kDa以上、又は9kDa以上であることが好ましい。
【0015】
エンドグルカナーゼは、100℃で60分間の熱処理後の残存エンドグルカナーゼ活性が30%以上であることが好ましい。残存活性率(%)は、熱処理前のエンドグルカナーゼのエンドグルカナーゼ活性を比較(熱処理後の活性/熱処理前の活性×100)して測定される。一実施形態において、残存活性率は、40%以上、50%以上、55%以上、60%以上、65%以上、又は70%以上であることが好ましい。熱処理は、終濃度200mMのリン酸ナトリウムバッファー(pH7.0)にエンドグルカナーゼを1U/mlとなる量で添加し、溶解又は懸濁し、恒温槽で所定温度に設定し、所定の時間(例えば、60分間)保持して行うことができる。
【0016】
エンドグルカナーゼ活性は、任意の手法によって測定することができるが、本書においては、特に断りがない限り、ソモギーネルソン法で測定される。具体的には、基質として終濃度1重量%のCarboxymethylcellulose sodium saltを含む50 mM酢酸ナトリウムバッファー(pH5.0)200 μlを準備し、そこに一定量のエンドグルカナーゼを加えて反応を開始し、70℃、10分間で生じた還元糖量をソモギーネルソン法にて定量する。1分間に1μmolのグルコースに相当する還元糖を遊離させる酵素量を1 Uと定義して、単位重量当たりのエンドグルカナーゼ活性を測定することができる。
【0017】
エンドグルカナーゼは、上述のような所望の特性を有する限り、配列番号1のアミノ酸配列に対して任意の変異を有していてもよい。一実施形態において、エンドグルカナーゼは、上述の糖鎖を有する観点で、配列番号1のアミノ酸配列の104番目、175番目、180番目、221番目、227番目、及び258番目のアスパラギン残基の少なくとも1つが保存されていることが好ましい。一実施形態において、エンドグルカナーゼは、前記アスパラギン酸残基の少なくとも2つ、3つ、4つ、5つ、又は全てが保存されていることが好ましい。好適な一実施形態において、エンドグルカナーゼは、前記アスパラギン酸残基の全てを保持していることが好ましい。エンドグルカナーゼは、これらのアスパラギン酸残基に糖鎖(N型糖鎖)が結合することで、糖鎖を有すると考えられる。
【0018】
エンドグルカナーゼは、エンドグルカナーゼ活性及び/又はタンパク質の高次構造を維持するという観点で、配列番号1のアミノ酸配列の35位のTrp、72位のTrp、129位のGlu、148位のGlu、194位のTyr、及び241位のGluのアミノ酸残基の少なくとも1つを保持していることが好ましい。配列番号1のアミノ酸配列の35位のTrp、72位のTrp、129位のGlu及び194位のTyrは、活性中心に関与すると考えられ、148位のGlu及び241位のGluは、基質結合に関与すると考えられる。一実施形態において、エンドグルカナーゼは、前記アミノ酸残基の少なくとも2つ、3つ、4つ、5つ、又は全てを保持していることが好ましい。好適な一実施形態において、エンドグルカナーゼは、前記アミノ酸残基の全てを保持していることが好ましい。
【0019】
ポリペプチドに変異を加える手法は任意であり、当該技術分野において知られる手法を適宜選択できる。例えば、制限酵素処理、エキソヌクレアーゼやDNAリガーゼ等による処理、位置指定突然変異導入法、ランダム突然変異導入法等を挙げることができる。
【0020】
エンドグルカナーゼは、後述するDNAを利用して、遺伝子工学的な手法で製造することができる。また、エンドグルカナーゼは、配列番号1に示されるアミノ酸配列の情報に基づいて、一般的なタンパク質の化学合成法(例えば、液相法及び固相法)を用いて製造することも可能である。
【0021】
2.エンドグルカナーゼをコードするDNA
エンドグルカナーゼをコードするDNAの塩基配列は特に制限されない。一実施形態において、DNAは、配列番号2の塩基配列と一定以上の同一性を有する塩基配列を有することが好ましい。一定以上の同一性とは、例えば、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上である。配列番号2は配列番号1のアミノ酸配列をコードする塩基配列である。
【0022】
塩基配列の同一性は、市販の又は電気通信回線(インターネット)を通じて利用可能な解析ツールを用いて算出することができ、例えば、FASTA、BLAST、PSI-BLAST、SSEARCH等のソフトウェアを用いて計算される。具体的には、BLAST検索に一般的に用いられる主な初期条件は、以下の通りである。即ち、Advanced BLAST 2.1において、プログラムにblastnを用い、各種パラメータはデフォルト値に設定して検索を行うことにより、ヌクレオチド配列の同一性(%)を算出することができる。
【0023】
一実施形態において、DNAは、単離された状態で存在するDNAであることが好ましい。ここで「単離されたDNA」とは、天然状態において共存するその他の核酸やタンパク質等の成分から分離された状態であることをいう。但し、天然状態において隣接する核酸配列(例えばプロモーター領域の配列やターミネーター配列など)など一部の他の核酸成分を含んでいてもよい。cDNA分子など遺伝子工学的手法によって調製されるDNAの場合の「単離された」状態では、好ましくは、細胞成分や培養液などを実質的に含まない。同様に、化学合成によって調製されるDNAの場合の「単離されたDNA」は、好ましくは、dNTPなどの前駆体(原材料)や合成過程で使用される化学物質等を実質的に含まないことを意味する。
【0024】
DNAは、配列番号2の塩基配列に基づいて、化学的なDNAの合成法(例えば、フォスフォアミダイト法)や遺伝子工学的手法を用いて容易に取得することができる。
【0025】
3.ベクター
ベクターは、上記DNAを発現可能な様式で含むことが好ましい。ベクターの種類は、宿主細胞の種類を考慮して適宜選択することができる。例えば、プラスミドベクター、コスミドベクター、ファージベクター、ウイルスベクター(アデノウイルスベクター、レトロウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター等)等を挙げることができる。
【0026】
酵母で発現可能なベクターとしては、例えば、pBR322、pJDB207、pSH15、pSH19、pYepSec1、pMFa、pYES2、pHIL、pPIC、pAO815、及びpPink等を挙げることが出来る。昆虫で発現可能なベクターとしては、例えば、pAc、pVL、及びpFastbac等を挙げることが出来る。アスペルギルス属で発現可能なベクターとしてはpSENS2512、pAUR316、pPTR I、pPTR II等を挙げることができる。
【0027】
宿主細胞として真核細胞を使用する場合は、発現ベクターとして、発現しようとするポリヌクレオチドの上流にプロモーター、RNAのスプライス部位、ポリアデニル化部位及び転写終了配列等を保有するものを使用することができ、更に必要により複製起点、分泌シグナル、エンハンサー、及び/又は選択マーカーを有していてもよい。
【0028】
4.形質転換体
形質転換体は、上記ベクターで形質転換されているものが好ましく、エンドグルカナーゼに糖鎖を結合することができるものが好ましい。形質転換体中において、ベクターは、宿主細胞中において自律的に存在してもゲノム中に相同組換え的または非相同組換え的に組み込まれて存在してもよい。エンドグルカナーゼに糖鎖を結合させるという観点で宿主は、真核細胞であることが好ましくは、例えば、サッカロミセス属、ピシア属及びクルイベロマイセス属等の酵母、アスペルギルス属、ペニシリウム属、タラロマイセス属、トリコデルマ属、ハイポクレア属及びアクレモニウム属等の真菌細胞;ドロソフィラS2、スポドプテラSf9、カイコ培養細胞等の昆虫細胞;並びに植物細胞等を挙げることができる。一実施形態において好ましい宿主は真菌であり、より好ましくはアスペルギルス属菌であり、更に好ましくはアスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・ルーキュエンシス、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・ニデュランス、アスペルギルス・アクレアツス(aculeatus)である。
【0029】
組換え発現ベクターの宿主細胞内への導入方法は、従来の慣用的に用いられている方法により行うことができる。例えば、コンピテントセル法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、リポソーム融合法等の種々の方法が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0030】
形質転換体は、エンドグルカナーゼを産生可能であるため、エンドグルカナーゼを製造するために用いることが可能であり、また形質転換体の状態で、セルロースを含む試料からグルコース、セロビオース、セロオリゴ糖などの還元糖を製造するために使用することもできる。
【0031】
5.形質転換体を用いたエンドグルカナーゼの製造方法
上記形質転換体を培養し、培養物からエンドグルカナーゼを回収することにより、上述のエンドグルカナーゼを製造することができる。培養は、宿主に適した培地を用いて継代培養又はバッチ培養を行うことができる。また、培養は、形質転換体の内外に生産された
エンドグルカナーゼの活性を指標にして、適当量得られるまで実施することができる。
【0032】
培地としては、宿主細胞の種類に応じて慣用される各種のものを適宜選択利用でき、培養も宿主細胞の生育に適した条件下で実施できる。例えば、アスペルギルス属の培養にはPD培地、DP培地などの栄養培地や、ツァペック・ドックス培地などの最少培地に炭素源、窒素源、及びビタミン源等を添加した培地を用いることができる。
【0033】
培養条件は宿主の種類に応じて適宜設定することができる。通常、16~42℃、好ましくは25~37℃で5~168時間、好ましくは8~72時間培養される。宿主に依存して、振盪培養と静置培養のいずれも可能であるが、必要に応じて攪拌及び/又は通気を行ってもよい。遺伝子発現のために誘導型プロモーターを用いる場合は、培地にプロモーター誘導剤を添加して培養を行うこともできる。
【0034】
培養上清からのエンドグルカナーゼの精製又は単離は、公知の手法を適宜組み合わせて行うことができる。例えば、硫酸アンモニウム沈殿、エタノール等の溶媒沈殿、透析、限外濾過、酸抽出、及び各種クロマトグラフィー(例えば、ゲル濾過クロマトグラフィー、アニオン又はカチオン交換クロマトグラフィー、ホスホセルロースクロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトクロマトグラフィー及びレクチンクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等)等を用いた手法が挙げられる。アフィニティークロマトグラフィーに用いる担体としては、例えば、エンドグルカナーゼに対する抗体を結合させた担体や、エンドグルカナーゼにペプチドタグを付加した場合は、このペプチドタグに親和性のある物質を結合した担体を利用することもできる。
【0035】
エンドグルカナーゼが宿主の細胞内に蓄積される場合は、形質転換細胞を破砕し、破砕物の遠心上清から上記と同様にしてエンドグルカナーゼを精製又は単離することができる。例えば、培養終了後、遠心により集菌した菌体を菌体破砕用バッファー(20~100mM Tris-HCl(pH8.0)、5mM EDTA)に懸濁し、超音波破砕し、破砕処理液を10000~15000rpmで10~15分間遠心して上清を得ることができる。遠心後の沈殿は、必要に応じて塩酸グアニジウム又は尿素などで可溶化したのち更に精製することもできる。
【0036】
6.エンドグルカナーゼを用いた還元糖の製造方法
エンドグルカナーゼを、セルロースを含む試料(例えば、バイオマス資源)に作用させることにより、セルロースを分解し、還元糖を含む糖液を製造することができる。還元糖としては、例えば、グルコース、セロビオース、セロオリゴ糖などが挙げられる。また、セルロースを含む試料として、バイオマス資源を使用する場合は、上述のエンドグルカナーゼに加えて、他のセルラーゼ等の酵素を併用し、より効率的に糖液を製造することが好ましい。
【0037】
セルロースを含む試料の種類は、エンドグルカナーゼによって分解可能である限り特に制限されないが、例えば、バガス、木材、ふすま、麦わら、稲わら、イネ科もしくはマメ科等の牧草、コーンコブ、ササ、パルプ、もみがら、小麦フスマ、大豆粕、大豆オカラ、コーヒー粕、コメ糠等を挙げることができる。
【0038】
エンドグルカナーゼをセルロースを含む試料に反応させる温度は、60℃以上、70℃以上、75℃以上、80℃以上、85℃以上、90℃以上、95℃以上、98℃以上、99℃以上、又は100℃以上であることが好ましい。
【0039】
セルロースを含む試料からの還元糖を含む糖液の製造は、公知の手法に従って行うことができる。利用するバイオマス資源は、乾燥物でも、湿潤物でもよいが、処理効率を高めるために予め100~10000μmサイズに粉砕されていることが好ましい。粉砕はボールミル、振動ミル、カッターミル、ハンマーミル等の装置を用いて行うことができる。そして、粉砕したバイオマス資源は、水、蒸気もしくはアルカリ溶液などに浸漬して60~200℃の間で高温処理もしくは高温高圧処理を施して、酵素処理効率をさらに高めることもできる。例えば、アルカリ処理は、苛性ソーダやアンモニア等を用いて行うことができる。このような前処理がされたバイオマス試料を水性媒体中に懸濁し、エンドグルカナーゼと他のセルラーゼを加え、攪拌しながら加温して、バイオマス資源を分解または糖化することができる。
【0040】
エンドグルカナーゼを水溶液中でセルロースを含む試料に作用させる場合は、反応液のpH等の条件は、エンドグルカナーゼが失活しない範囲であればよい。
【0041】
還元糖を含有する糖液は、そのまま利用しても良く、水分を除去して乾燥物として使用しても良く、目的に応じて、更に化学反応又は酵素反応によって異性化又は分解することも可能である。糖液又はその分画物は、例えば、発酵法によりメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、ブタンジオール等のアルコールの原料として使用することができる。
【0042】
7.エンドグルカナーゼの分離方法
エンドグルカナーゼの精製時にエンドグルカナーゼ含有試料を80℃以上で処理することができ、それにより夾雑タンパク質を失活させて、純度の高いエンドグルカナーゼを得ることができる。また、エンドグルカナーゼをセルロースを含む試料に作用させた後の溶液など、エンドグルカナーゼの他に夾雑物(例えば、他の酵素や微生物など)を含有する溶液を80℃以上で処理することにより、エンドグルカナーゼの活性は保持したまま、夾雑酵素及び微生物類を失活させることもできる。一実施形態において、処理温度は、80℃以上、85℃以上、90℃以上、95℃以上、98℃以上、100℃以上とすることができる。処理時間は、エンドグルカナーゼが失活しない範囲であればよい。
【0043】
エンドグルカナーゼを分離する方法は、公知の手法に従って行うことができる。例えば、濾過、遠心分離、精密濾過、回転真空濾過、限外濾過、加圧濾過、クロス式膜精密濾過、クロスフロー式膜精密濾過、又は同様の方法などにより、エンドグルカナーゼと夾雑物を分離することができる。
【実施例
【0044】
1.発現ベクターの構築
配列番号2に記載のエンドグルカナーゼ遺伝子を合成し、発明者らが以前に作製したプラスミドpSENSUに挿入した(Takaya, T. et al. Appl Microbiol Biotechnol (2011) 90: 1171.)。このプラスミドはα-アミラーゼ遺伝子由来分泌シグナルを含み、PmlI-XbaI処理により分泌シグナルとターミネーターの間に目的遺伝子を導入することができる。挿入の手順は次のとおりである。pSENSUをPmlI-XbaI消化した後、アガロースゲル電気泳動に供し、pSENSU-PmlI-XbaI消化断片を単離、精製した。合成した配列番号2に記載のエンドグルカナーゼ遺伝子を鋳型として、配列番号3および配列番号4に記載の塩基配列を有するプライマーを用いて、PCR法にて挿入断片を増幅した。増幅した断片をXbaIにて消化後、アガロースゲル電気泳動に供し、単離、精製した。得られたエンドグルカナーゼ遺伝子をpSENSUのPmlI-XbaIサイトにライゲーションすることにより、エンドグルカナーゼ発現ベクターpSENSU-EGPfを構築した。
【0045】
2.アスペルギルス属を宿主としたエンドグルカナーゼの生産
pSENSU-EGPfを用いて、アスペルギルス・ニガー NS48株(変異処理により取得したniaD、sC二重欠損株)およびアスペルギルス・ルーキュエンシス NS41株(変異処理により取得したniaD、sC二重欠損株)をプロトプラスト-PEG法にて形質転換した。得られた形質転換体からゲノムDNAを抽出し、リアルタイムPCR法によりプラスミドが1コピー以上導入された形質転換体を取得した。これらの形質転換体をデキストリン-ペプトン-酵母エキス培地(4重量%デキストリン、2重量%ポリペプトン、2重量%酵母エキス、0.5重量% KH2PO4、0.05重量%MgSO4・7H2O)にて6日間培養し、培養上清を粗酵素液としてエンドグルカナーゼ活性を測定した。活性測定は基質として終濃度1重量%のCarboxymethylcellulose sodium saltを含む50 mM酢酸ナトリウムバッファー(pH5.0)200 μlに粗酵素液10μlを加えて反応を開始し、70度、10分間で生じた還元糖量をソモギーネルソン法にて定量することで行った。1分間に1 μmolのグルコースに相当する還元糖を遊離させる酵素量を1 Uと定義し、粗酵素液1 mlあたり0.1 U以上のエンドグルカナーゼ活性を有する株を超耐熱性エンドグルカナーゼ生産株として取得した。
【0046】
3.大腸菌を宿主としたエンドグルカナーゼの生産
定法により配列番号2に記載のエンドグルカナーゼ遺伝子を含む大腸菌用の発現ベクターを構築し、大腸菌BL21 (DE3)株を形質転換した。得られた形質転換体をLB培地(1重量%トリプトン、0.5重量%酵母エキス、1重量%塩化ナトリウム、50 μg/mlカルベニシリン)にて培養し、遠心分離にて回収した菌体をBugBuster Protein Extraction Reagent(メルク社製)にて溶菌し、粗酵素液を抽出した。抽出した粗酵素液に対して上記2.に記載の方法でセルラーゼ活性測定を行い、活性を有する株を超耐熱性セルラーゼ発現株として取得した。
【0047】
4.SDS-PAGEによる分子量の推定およびPAS染色による糖タンパク質の検出
上記で得た各粗酵素液を終濃度200mMのリン酸ナトリウムバッファー(pH7.0)にエンドグルカナーゼ濃度が1U/mlとなる量で添加し、80℃、30分間加熱後、13,000 rpm、5分間遠心分離を行い、その上清を粗精製酵素溶液として得た。粗精製酵素溶液中に含まれる超耐熱性エンドグルカナーゼの分子量を、分子量マーカーを用いたSDS-PAGE法にて測定した結果、図1左に示すとおり、アスペルギルス・ニガーで生産したものの分子量は48,500±6,500、アスペルギルス・ルーキュエンシスで生産したものの分子量は44,500±4,500、大腸菌で生産したものの分子量は31,000であった。また、培養上清をSDS-PAGEに供し、PAS染色法にて糖タンパク質の検出を行った結果、図1右に示すとおり、アスペルギルス・ニガーおよびアスペルギルス・ルーキュエンシスで発現させたエンドグルカナーゼが糖タンパク質として検出された。
【0048】
5.熱安定性の評価
粗精製酵素液をヒートブロックにて100℃、60分間加熱し、13,000 rpm, 5分間遠心分離後、上清に対して前述の方法でセルラーゼ活性測定を実施した。コントロールとして加熱していないサンプルについても同様に活性測定を行い、加熱後の残存活性を相対値として算出した。実験は3連で行い、その平均値と標準誤差を算出した。その結果、表1に示すとおり、大腸菌で発現させたエンドグルカナーゼは100℃、60分間の加熱で活性が13.3%まで低下したが、アスペルギルス・ニガーまたはアスペルギルス・ルーキュエンシスで発現させたエンドグルカナーゼは加熱後も50%以上の活性を維持していた。
【0049】
【表1】
【0050】
6.熱安定性に対する糖鎖の影響の評価
アスペルギルス・ニガーを宿主として得た粗精製酵素液をヒートブロックにて100℃、1~8時間加熱し、13,000 rpm, 5分間遠心分離後、上清をSDS-PAGEに供した。その結果、図2に示すとおり、長時間の加熱により糖鎖の付加していない30 kDa付近のバンドのみが消失し、糖鎖の付加しているエンドグルカナーゼは長時間の加熱でも影響を受けなかった。
【0051】
以上の結果から、一定量の糖鎖が結合したエンドグルカナーゼは、糖鎖が実質的に結合していないエンドグルカナーゼよりも、有意に高い熱安定性を有することが判明した。
図1
図2
【配列表】
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