(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】疎水性深共晶溶媒の再生方法、およびニッケル浸出方法
(51)【国際特許分類】
C22B 3/16 20060101AFI20241217BHJP
C22B 23/00 20060101ALI20241217BHJP
【FI】
C22B3/16
C22B23/00 102
(21)【出願番号】P 2022135181
(22)【出願日】2022-08-26
【審査請求日】2023-09-11
(73)【特許権者】
【識別番号】520184767
【氏名又は名称】プライムプラネットエナジー&ソリューションズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000241485
【氏名又は名称】豊田通商株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【氏名又は名称】安部 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100121186
【氏名又は名称】山根 広昭
(74)【代理人】
【識別番号】100130605
【氏名又は名称】天野 浩治
(72)【発明者】
【氏名】山本 雄治
(72)【発明者】
【氏名】後藤 雅宏
(72)【発明者】
【氏名】花田 隆文
(72)【発明者】
【氏名】守山 武
(72)【発明者】
【氏名】プロクター ももこ
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2020/0399737(US,A1)
【文献】特開2022-074480(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第112981139(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第112795785(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出に用いられた疎水性深共晶溶媒を用意する工程、および
前記疎水性深共晶溶媒と塩酸とを混合し、得られた混合物を振とうまたは撹拌することにより、前記疎水性深共晶溶媒と前記塩酸とを接触させる工程、を含み、
前記疎水性深共晶溶媒の水素結合ドナーが
脂肪酸であり、かつ水素結合アクセプターが
第4級アンモニウムクロライドであり、
前記塩酸の使用量が、前記水素結合アクセプター1モルに対して、塩化水素が1モル以上となる量である、
疎水性深共晶溶媒の再生方法。
【請求項2】
前記塩酸の使用量が、前記水素結合アクセプター1モルに対して、塩化水素が2モル以上となる量である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
請求項1に記載の疎水性深共晶溶媒の再生方法によって、再生した疎水性深共晶溶媒を得る工程と、
前記再生した疎水性深共晶溶媒と、ニッケル鉱石とを接触させる工程と、
を含む、ニッケル浸出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出に用いられた疎水性深共晶溶媒の再生方法に関する。本発明はまた、当該方法を利用したニッケル浸出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、様々な金属に対する需要が高まっている。例えば、リチウムイオン二次電池の正極活物質には、Ni,Co、Mn等の遷移金属を含むリチウム複合酸化物が用いられており、リチウムイオン二次電池の普及に伴い、遷移金属元素の需要が高まっている。そのため、遷移金属元素を含めた種々の金属元素源を得るための方法の開発が行われている。
【0003】
その方法の一つとして、金属元素を含有する鉱石から、深共晶溶媒を用いて金属元素を浸出する方法が知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】Gawen R.T.Jenkin et al., “The application of deep eutectic solvent ionic liquids for environmentally-friendly dissolution and recovery of precious metals”, Minerals Engineering, Volume 87, 1 March 2016, Pages 18-24
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らが鋭意検討した結果、水素結合ドナーがカルボキシ基含有化合物であり、かつ水素結合アクセプターがクロライド塩である深共晶溶媒を用いて鉱石からの金属元素の浸出を行った際に、回収した使用済み深共晶溶媒の金属元素浸出能が大幅に低下していることを見出した。ここで、金属元素浸出能が大幅に低下した深共晶溶媒は、再利用できず、廃棄物になるという問題がある。
【0006】
一方、遷移金属元素の中でもニッケルは、リチウムイオン二次電池の正極活物質以外にも、ステンレス鋼、特殊鋼等に用いられており、これらの需要も増加している。そのため、ニッケルの需要が急増しており、ニッケル源を得るための方法の重要性が高まっている。
【0007】
そこで本発明は、金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出に用いられた深共晶溶媒の金属元素浸出能を回復可能な方法を提供することを目的とする。本発明はまた、新規なニッケル浸出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
ここに開示される疎水性深共晶溶媒の再生方法は、金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出に用いられた疎水性深共晶溶媒を用意する工程、および前記疎水性深共晶溶媒と、塩酸とを接触させる工程、を含む。前記疎水性深共晶溶媒の水素結合ドナーはカルボキシ基含有化合物であり、かつ水素結合アクセプターはクロライド塩である。前記塩酸の使用量は、前記水素結合アクセプター1モルに対して、塩化水素が1モル以上となる量である。
【0009】
このような構成によれば、金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出に用いられた深共晶溶媒の金属元素浸出能を回復することができる。
【0010】
ここに開示されるニッケル浸出方法は、ここに開示される疎水性深共晶溶媒の再生方法によって、再生した疎水性深共晶溶媒を得る工程と、前記再生した疎水性深共晶溶媒と、ニッケル鉱石とを接触させる工程と、を含む。
【0011】
このような構成によれば、新規なニッケル浸出方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明に係る疎水性深共晶溶媒の再生方法の各工程を示すフローチャートである。
【
図2】本発明に係る疎水性深共晶溶媒の再生方法を利用したニッケル浸出方法と硫酸ニッケルの製造方法の各工程を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明に係る実施の形態を説明する。なお、本明細書において言及していない事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。なお、本明細書において「A~B」として表現される数値範囲には、AおよびBが含まれる。
【0014】
図1に示すように、本実施形態に係る疎水性深共晶溶媒の再生方法は、金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出に用いられた疎水性深共晶溶媒を用意する工程S101(以下、「使用済み深共晶溶媒用意工程」ともいう)、および当該疎水性深共晶溶媒と、塩酸とを接触させる工程S102(以下、「塩酸接触工程」ともいう)、を含む。当該疎水性深共晶溶媒の水素結合ドナーはカルボキシ基含有化合物であり、かつ水素結合アクセプターはクロライド塩である。当該塩酸の使用量は、前記水素結合アクセプター1モルに対して、塩化水素が1モル以上となる量である。
【0015】
まず、使用済み深共晶溶媒用意工程S101について説明する。当該工程S101は、自ら金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出を行って、疎水性深共晶溶媒を用意してもよいし、他者が金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出を行った疎水性深共晶溶媒を入手してもよい。
【0016】
鉱石に含有される金属元素は、疎水性深共晶溶媒によって浸出可能な金属元素である限り特に限定はない。その例としては、アルカリ金属(例、Li、Na、K等)、アルカリ土類金属(例、Mg、Ca、Sr、Ba等)、遷移金属(例、第一遷移元素、第二遷移元素、第三遷移元素等)などが挙げられる。なかでも、リチウムイオン二次電池の正極活物質に使用可能であるという観点からは、金属元素としては、Li、Ni、Co、またはMnが好ましく、Niがより好ましい。自動車の排ガス浄化触媒等の種々の触媒に使用可能であるという観点からは、金属元素としては、貴金属元素(特に、Pt、Pd、またはRh)が好ましい。
【0017】
金属元素を含有する鉱石は、特に限定されず、例としては、金鉱石、銀鉱石、銅鉱石、鉛鉱石、スズ鉱石、アンチモン鉱石、亜鉛鉱石、鉄鉱石、硫化鉄鉱石、クロム鉄鉱石、マンガン鉱石、タングステン鉱石、モリブデン鉱石、ニッケル鉱石、コバルト鉱石などが挙げられ、なかでも、ニッケル鉱石、コバルト鉱石、またはマンガン鉱石が好ましく、ニッケル鉱石がより好ましい。ニッケル鉱石としては、ニッケル酸化鉱(例、リモナイト鉱、サプロライト鉱等)が好ましい。
【0018】
本実施形態においては、疎水性深共晶溶媒として、水素結合ドナーがカルボキシ基含有化合物であり、かつ水素結合アクセプターがクロライド塩であるものが使用される。
【0019】
なお、本明細書において、「深共晶溶媒」とは、少なくとも一方が25℃で固体である、水素結合ドナーおよび水素結合アクセプターを含む混合物であって、25℃で液体を示す溶媒のことを指す。具体的には、深共晶溶媒は、25℃で固体である物質を含んでいるにも関わらず、水素結合ドナーおよび水素結合アクセプターを所定の混合比で混合することによって共晶融点降下が起こり、25℃で液体を示す。深共晶溶媒は、水素結合ドナーを含む点においてイオンのみからなるものでないため、厳密には、イオン液体とは異なっている。深共晶溶媒は、イオン液体に比べて低環境負荷の物質によって構成しやすい点で有利である。
【0020】
本明細書において、「疎水性深共晶溶媒」とは、25℃で水と接触させた場合に、水相と疎水性深共晶溶媒相とに相分離を起こす深共晶溶媒のことを指す。疎水性深共晶溶媒は、25℃における水に対するその溶解度が、好ましくは1g/100mL以下であり、より好ましくは0.1g/100mL以下であり、さらに好ましくは0.01g/100mL以下である。
【0021】
水素結合ドナーであるカルボキシ基含有化合物の例としては、蟻酸、酢酸、ブタン酸、ペンタン酸、ヘキサン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、ノナン酸、デカン酸、ドデカン酸、テトラデカン酸、ペンタデカン酸、ヘキサデカン酸、ヘプタデカン酸、オクタデカン酸、エイコサン酸、ドコサン酸、テチラコサン酸、ヘキサコサン酸、オクタコサン酸、トリアコンタン酸等の脂肪酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸、アジピン酸、イタコン酸、スベリン酸、1,2,3-プロパントリカルボン酸等の多価カルボン酸化合物;安息香酸等の芳香族カルボン酸化合物;フェニル酢酸、3-フェニルプロピオン酸、trans-ケイ皮酸等のカルボキシ基含有置換基を有する芳香族化合物;レブリン酸;乳酸、酒石酸、アスコルビン酸、クエン酸、4-ヒドロキシ安息香酸、p-クマル酸、コーヒー酸、没食子酸等の水酸基を有するカルボキシ基含有化合物などが挙げられる。
【0022】
水素結合ドナーとして、これらを単独で、または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0023】
水素結合ドナーとしては、脂肪酸が好ましく、炭素数8~12の脂肪酸がより好ましく、デカン酸がさらに好ましい。
【0024】
水素結合アクセプターであるクロライド塩の例としては、第4級アンモニウムクロライド、第4級ホスホニウムクロライド、第3級アンモニウムクロライド、第1級アンモニウムクロライドが挙げられる。
【0025】
第4級アンモニウムクロライドの例としては、コリンクロライド、テトラブチルアンモニウムクロライド、テトラエチルアンモニウムクロライド、テトラメチルアンモニウムクロライド、メチルトリオクチルアンモニウムクロライド、テトラオクチルアンモニウムクロライド、アセチルコリンクロライド、クロロコリンクロライド、フルオロコリンクロライド、N-(2-ヒドロキシエチル)-N,N-ジメチルベンゼンメタンアミニウムクロライド等が挙げられる。
【0026】
第4級ホスホニウムクロライドの例としては、メチルトリフェニルホスホニウムクロライド、ベンジルトリフェニルホスホニウムクロライド等が挙げられる。
【0027】
第3級アンモニウムクロライドの例としては、2-(ジエチルアミノ)エタノール塩酸塩が挙げられる。
【0028】
第1級アンモニウムクロライドの例としては、エチルアミン塩酸塩(エチルアンモニウムクロライド)が挙げられる。
【0029】
水素結合アクセプターとして、これらを単独で、または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0030】
水素結合アクセプターとしては、第4級アンモニウムクロライドが好ましく、炭素数1~8のアルキル基を4つ有するアンモニウムクロライドがより好ましい。
【0031】
疎水性深共晶溶媒において、水素結合ドナーが脂肪酸であり、かつ水素結合アクセプターが第4級アンモニウムクロライドであることが特に好ましい。
【0032】
疎水性深共晶溶媒は、公知方法に従って調製することができる。例えば、水素結合ドナーおよび水素結合アクセプターをドライブレンドし、疎水性深共晶溶媒の共晶点以上で攪拌または混練することによって疎水性深共晶溶媒を調製することができる。あるいは、水素結合ドナーおよび水素結合アクセプターを溶媒に溶解させた後に、溶媒を除去することによって疎水性深共晶溶媒を調製することができる。
【0033】
当該工程S101で用意されるのは金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出に使用された疎水性深共晶溶媒(以下、「使用済みの疎水性深共晶溶媒」ともいう)である。金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出は、当該鉱石を疎水性深共晶溶媒に接触させることが行うことができる。よって、使用済み疎水性深共晶溶媒は、当該鉱石との接触がなされたものである。当該鉱石と疎水性深共晶溶媒との接触は、典型的には、当該鉱石を疎水性深共晶溶媒に浸漬することで行うことができる。接触の際、浸出効率を高めるために、撹拌、加熱、超音波照射等が行ってもよい。
【0034】
当該鉱石からの金属元素の浸出には、疎水性深共晶溶媒以外の成分(例えば、酸、酸化剤など)が用いられていてもよい。
【0035】
使用済みの疎水性深共晶溶媒は、金属元素を含有する鉱石を含んでいてもよいが、好ましくは金属元素を含有する鉱石を含まない。よって、使用済みの疎水性深共晶溶媒は、好ましくは、濾過等の固液分離処理によって、金属元素を含有する鉱石が除去されたものである。
【0036】
使用済みの疎水性深共晶溶媒は、浸出した金属元素を含んでいてもよく、含んでいなくてもよい。したがって、使用済みの疎水性深共晶溶媒は、浸出した金属元素が回収されたものであってよい。よって、使用済みの疎水性深共晶溶媒は、上述の金属元素の浸出処理に加えて、特定の金属元素を分離する処理(例、酸水溶液による抽出処理など)がさらに施された物であってもよい。
【0037】
次に、塩酸接触工程S102について説明する。本発明者らが鋭意検討した結果、使用済みの疎水性深共晶溶媒の金属元素浸出能の低下の原因が、鉱石からの金属元素の浸出の際に、塩化水素(HCl)が消費されることにあるということに想到した。そこで、当該工程S102を行うことにより、使用済みの深共晶溶媒と、塩酸とを接触させることにより、使用済みの深共晶溶媒に塩化水素(HCl)を補充する。これにより、使用済みの深共晶溶媒の金属元素浸出能を回復させることができる。
【0038】
塩酸は、塩化水素の水溶液である。塩酸の使用量は、疎水性深共晶溶媒の水素結合アクセプター1モルに対して、塩化水素が1モル以上となる量である。このような量である場合に、使用済みの疎水性深共晶溶媒の金属元素浸出能を大幅に回復することができる。使用済みの疎水性深共晶溶媒の金属元素浸出能をより回復させる観点から、塩酸の使用量は、疎水性深共晶溶媒の水素結合アクセプター1モルに対して、塩化水素が好ましくは1.5モル以上、より好ましくは1.8モル以上、さらに好ましくは2モル以上となる量である。塩酸の使用量の上限は、特に限定されない。塩酸の大過剰な使用を避ける観点から、塩酸の使用量は、疎水性深共晶溶媒の水素結合アクセプター1モルに対して、塩化水素が好ましくは50モル以下、より好ましくは30モル以下、さらに好ましくは10モル以下となる量である。
【0039】
当該工程S102において、疎水性深共晶溶媒と、塩酸との接触方法は特に限定されない。接触方法として例えば、疎水性深共晶溶媒と、塩酸とを混合する。このとき、疎水性深共晶溶媒と塩酸とは、通常混ざり合わないため、相分離を引き起こす。塩酸に含まれる塩化水素が、疎水性深共晶溶媒相に移動し、塩化水素が疎水性深共晶溶媒に補充される。
【0040】
塩化水素の移動効率を向上させるために、液-液抽出を行う際に使用される公知の振とう装置、撹拌装置などを用いて、疎水性深共晶溶媒および塩酸の混合物を、振とう、撹拌してよい。あるいは、疎水性深共晶溶媒と、塩酸との接触に、公知のエマルションフロー装置を用いてもよい。
【0041】
接触温度および接触時間は、接触方法に応じて適宜決定すればよい。接触温度は、室温(例、25℃±10℃)であってよく、35℃超塩酸の沸点未満の温度でこれらを接触させてもよい。接触時間は、例えば1分間~120時間であり、好ましくは30分間~24時間である。
【0042】
接触後、疎水性深共晶溶媒相を回収することで、再生した(すなわち、金属元素浸出能が回復した)疎水性深共晶溶媒を得ることができる。よって、本実施形態に係る疎水性深共晶溶媒の再生方法によれば、金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出に用いられた深共晶溶媒の金属元素浸出能を回復することができる。
【0043】
再生した疎水性深共晶溶媒は、再度、金属元素の浸出に使用することができる。再度金属元素の浸出に再利用された疎水性深共晶溶媒は、当該工程S102の実施によって、再度再生することができる。したがって、本実施形態に係る疎水性深共晶溶媒の再生方法を利用することにより、疎水性深共晶溶媒を、金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出に繰り返し使用することができる。よって、疎水性深共晶溶媒が廃棄物となることを回避でき、環境面、コスト面等において有利である。
【0044】
上述のようにニッケルの需要が急増しており、ニッケル源を得るための方法の重要性が高まっている。そこで、別の側面から、本実施形態に係るニッケル浸出方法は、上述の疎水性深共晶溶媒の再生方法によって、再生した疎水性深共晶溶媒を得る工程S201(以下、「深共晶溶媒再生工程」ともいう)と、当該再生した疎水性深共晶溶媒と、ニッケル鉱石とを接触させる工程S202(以下、「ニッケル浸出工程」ともいう)と、を含む。
図2における工程S201および工程202が、本実施形態に係るニッケル浸出方法に含まれる工程である。
【0045】
深共晶溶媒再生工程S201は、上記の使用済み深共晶溶媒用意工程S101と、塩酸接触工程S102を実施することにより、行うことができる。
【0046】
ニッケル浸出工程S202に用いられるニッケル鉱石としては、ニッケル酸化鉱が好適であるが、これに限定されない。ニッケル酸化鉱は、ニッケルを含有する酸化鉱である限り、特に限定されない。ニッケル酸化鉱の例としては、リモナイト鉱、サプロライト鉱等が挙げられる。ニッケル酸化鉱は、典型的には、構成成分として、酸化ニッケル(NiO)と、酸化鉄(Fe2O3)とを含有する。
【0047】
ニッケル鉱石は、粉砕処理、分級処理等が施されたものであってよい。ニッケル鉱石に対して、粉砕処理、分級処理等を行うことにより、ニッケル鉱石の粒子径を所定の範囲(例えば、レーザー回折散乱法により求まるメジアン径D50が、0.01~1000μm、好ましくは1~100μm)に調整することができ、これにより、浸出効率を向上させることができる。粉砕処理、分級処理等は、公知方法に従って実施することができる。
【0048】
ニッケル鉱石に対する疎水性深共晶溶媒の使用量は、特に限定されない。ニッケル鉱石100質量部に対して、疎水性深共晶溶媒の使用量は、例えば10~100000質量部であり、好ましくは100~10000質量部である。
【0049】
ニッケル鉱石と疎水性深共晶溶媒との接触は、公知方法に従い行うことができる。例えば、容器にニッケル鉱石および疎水性深共晶溶媒を投入して、ニッケル鉱石を疎水性深共晶溶媒に浸漬させることにより、行うことができる。
【0050】
ニッケル鉱石と疎水性深共晶溶媒とを接触させる際に、ニッケル鉱石および疎水性深共晶溶媒の混合物を撹拌してもよい。撹拌は、公知方法(例えば、撹拌子、撹拌翼などを備える撹拌装置を用いる方法等)により、行うことができる。ニッケル鉱石と疎水性深共晶溶媒とを接触させる際に、超音波を照射してもよい。
【0051】
ニッケル鉱石と疎水性深共晶溶媒との接触は常温(具体的には、25℃)で行うことができる。浸出速度を高める観点から、ニッケル鉱石と疎水性深共晶溶媒とを接触させる際に、加熱を行ってもよい。加熱は、容器に対して、公知の手段、例えば、オイルバス、マントルヒーター、帯状ヒーター(リボンヒーター等)、面状ヒーター(例、フィルムヒーター、シリコンラバーヒーター等)などを用いて行うことができる。加熱温度は、特に限定されないが、好ましくは40℃以上であり、より好ましくは50℃以上であり、さらに好ましくは60℃以上である。一方、エネルギー効率の観点から、加熱温度は、好ましくは100℃以下であり、より好ましくは80℃以下であり、さらに好ましくは70℃以下である。
【0052】
ニッケル鉱石と疎水性深共晶溶媒とを接触させる際に、加圧を行ってもよい。加圧は、公知方法に従って行うことができる。
【0053】
ニッケル鉱石と疎水性深共晶溶媒とを接触させる時間は、特に限定されず、使用する疎水性深共晶溶媒の種類と量、ニッケル鉱石の粒子径、温度等に応じて適宜決定することができる。ニッケル鉱石と疎水性深共晶溶媒とを接触させる時間は、例えば1分間~100時間であり、好ましくは1時間~50時間である。
【0054】
ニッケルの浸出速度を向上させるために、有機酸の存在下でニッケル鉱石と疎水性深共晶溶媒とを接触させてもよい。有機酸は、疎水性深共晶溶媒と混合されると単一相(有機相)を形成することができる。
【0055】
有機酸としては、強酸のものが好ましい。本明細書において「強酸」とは、pKaが0未満の酸を指す。強酸の有機酸の好適な例としては、メタンスルホン酸(pKa=-1.9)、ベンゼンスルホン酸(pKa=-2.8)、p-トルエンスルホン酸(pKa=-2.8)等の有機スルホン酸化合物が挙げられる。
【0056】
深共晶溶媒に対する有機酸の割合は特に限定されない。疎水性深共晶溶媒に対する有機酸の質量割合は、例えば、6質量%以上であり、好ましくは7質量%以上であり、より好ましくは8質量%以上であり、さらに好ましくは9質量%以上であり、最も好ましくは10質量%以上である。一方、疎水性深共晶溶媒に対する有機酸の質量割合は、例えば30質量%以下であり、好ましくは25質量%以下であり、より好ましくは20質量%以下である。
【0057】
本発明の効果を顕著に損なわない範囲内(例えば、疎水性深共晶溶媒に対して10質量%未満、5質量%未満、または1質量%未満の範囲)で、ニッケル鉱石と疎水性深共晶溶媒とを接触させる際に、その他の成分(例、水、還元剤、酸化剤、有機酸以外の有機溶媒、各種添加剤)を使用してもよい。
【0058】
接触後、公知の固液分離法(例、濾過等)によって、浸出したニッケルを含む疎水性深共晶溶媒(すなわち、ニッケル浸出液)を回収することができる。回収したニッケル浸出液から、公知方法に従い、ニッケルを抽出することができる。ニッケルを抽出した後の疎水性深共晶溶媒は、再度本実施形態に係るニッケル浸出方法に使用することが可能である。
【0059】
本実施形態に係るニッケル浸出方法は新規であり、本実施形態に係るニッケル浸出方法によれば、ニッケル浸出液からニッケルを抽出して、疎水性深共晶溶媒を回収する工程を行うことにより、繰り返し実施することが可能である。よって、疎水性深共晶溶媒が廃棄物となることを回避でき、環境面、コスト面等において有利である。
【0060】
回収したニッケル浸出液からのニッケル抽出について、得られたニッケル浸出液に対して、硫酸を用いて逆抽出を行い、硫酸ニッケルを含有する水相を得る工程S203(以下、「逆抽出工程」ともいう)を行うことにより、ニッケルを硫酸ニッケルとして得ることができる。
【0061】
したがって、深共晶溶媒再生工程S201、ニッケル浸出工程S202と、および逆抽出工程S203を含む方法は、
図2に示すように硫酸ニッケルの製造方法となる。ここで、リチウムイオン二次電池の正極活物質のニッケル源としては、硫酸ニッケルが主に用いられる。そのため、当該硫酸ニッケルの製造方法は、リチウムイオン二次電池の正極活物質のニッケル源の硫酸ニッケルを確保するための新たな方法として、工業的価値が高い。
【0062】
そこで以下、逆抽出工程S203について説明する。逆抽出工程S203においては、抽出溶媒(すなわち、水相)として硫酸を用いて逆抽出を行う。すなわち、ニッケル鉱石から疎水性深共晶溶媒相に移動したニッケルを、水相に移動させる。硫酸は、硫酸ニッケルのアニオン(SO4
2-)源でもある。
【0063】
硫酸の濃度は、水相にニッケルが移動可能な限り特に限定されず、例えば、1mоl/L(1M)以上である。ここで、ニッケル鉱は、酸化鉄(Fe2O3)を含み得る。特に、ニッケル酸化鉱は、典型的には、酸化鉄を含む。逆抽出工程S203において、高濃度の硫酸を用いることにより、Feの水相への移動を抑制することができる。すなわち、鉄成分の混入の少ない硫酸ニッケルを得ることができる。この観点から、硫酸の濃度は、好ましくは1.5mоl/L以上であり、より好ましくは2mоl/L以上であり、さらに好ましくは2.5mоl/L以上であり、最も好ましくは3mоl/L以上である。硫酸の濃度の上限は、特に限定されず、技術的限界によって定まる。硫酸の濃度は、15mоl/L以下、10mоl/L以下、7.5mоl/L以下、または5mоl/L以下であってよい。
【0064】
ここで、ニッケル浸出液を疎水性有機溶媒で希釈してから、硫酸による逆抽出を行ってもよい。ニッケル浸出液を有機溶媒で希釈することにより、Feの水相への移動を抑制することができ、鉄成分の混入の少ない硫酸ニッケルを得ることができる。また、当該希釈によって、ニッケル浸出液の粘度を調整できるため、逆抽出の実施をより容易なものとし、生産性を向上させることもできる。特に、ニッケル浸出液(または疎水性深共晶溶媒)の粘度が高い場合(例、水素結合アクセプターがテトラブチルアンモニウムクロリドである場合)には、生産性向上効果がより大きくなる。
【0065】
疎水性有機溶媒としては、炭化水素類が好適であり、その例としては、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン等の脂肪族炭化水素類、ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素類が挙げられる。これらのうち、芳香族炭化水素類が好ましく、トルエンがより好ましい。
【0066】
疎水性有機溶媒の使用量は、特に限定されず、浸出液の粘度に応じて適宜決定することができる。疎水性有機溶媒の使用量は、浸出液に対して、例えば、1~100体積%であり、好ましくは5~50体積%である。
【0067】
抽出溶媒(すなわち、水相)は、本発明の効果を顕著に阻害しない範囲内(例えば、10質量%未満、5質量%未満、または1質量%未満)で、硫酸以外の成分を含有していてもよい。
【0068】
ニッケル浸出液に対する硫酸の使用量は、特に限定されない。浸出液:硫酸(体積比)で、例えば1:0.05~20であり、好ましくは1:0.2~5である。
【0069】
逆抽出は、公知方法に従い行うことができる。逆抽出を行った後、水相を回収することにより、硫酸ニッケルを含有する溶液を得ることができる。硫酸ニッケルを含有する溶液から、公知方法に従って、硫酸ニッケルを晶析させ、回収することにより硫酸ニッケルを得ることができる。
【0070】
硫酸ニッケルの用途によっては、硫酸ニッケルを含有する溶液から硫酸ニッケルを析出させることなく、水溶液の状態で硫酸ニッケルを回収してもよい。このとき、硫酸ニッケルを含有する溶液は、所望の用途に、そのまま用いてもよいし、中和等の処理を行ってから用いてもよい。
【0071】
以上の硫酸ニッケルの製造方法によれば、簡便に硫酸ニッケルを得ることができる。加えて、疎水性深共晶溶媒は再利用することができるため、廃棄物の生成量を少なくすることができる。
【実施例】
【0072】
以下、本発明に関する実施例を説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0073】
〔実施例1~3および比較例1~5〕
<使用済み疎水性深共晶溶媒の用意>
水素結合ドナーとしてデカン酸と、水素結合アクセプターとしてトリオクチルメチルアンモニウムクロライドとを2:1の体積比で混合した液を、撹拌翼を備える容器に入れた。この容器に、ニッケル酸化鉱を10g/Lの量で投入し、60℃で400rpmの回転速度で24時間撹拌して、ニッケルを疎水性深共晶溶媒に浸出させた。ニッケル酸化鉱を濾過により回収した後、濾液(疎水性深共晶溶媒)に対し、5M(mol/L)濃度の硫酸を1:1の体積比で加えた。これに対して1時間振とうを行って、浸出したニッケルを水相に移動させた。その後、疎水性深共晶溶媒相を抽出することにより、疎水性深共晶溶媒を回収した。一方で、回収したニッケル酸化鉱と浸出液に対してICP分析を行って、Ni浸出量を求めた。
【0074】
<使用済み疎水性深共晶溶媒の再生>
次に、回収した疎水性深共晶溶媒に対して、表1に示す補充用溶液を体積比1:1になるように投入した。これに対して1時間振とうを行った後、疎水性深共晶溶媒相を抽出した。これにより、疎水性深共晶溶媒を回収した。ただし、比較例1では、補充用溶液による再生処理を行わず、次のニッケル再浸出に供した。
【0075】
<再生した疎水性深共晶溶媒によるニッケル再浸出>
回収した疎水性深共晶溶媒を、撹拌翼を備える容器に入れ、そこへ再度ニッケル酸化鉱を10g/Lの量で投入した。これを60℃で400rpmの回転速度で24時間撹拌して、ニッケルを疎水性深共晶溶媒に浸出させた。ニッケル酸化鉱を濾過により回収し、浸出液と回収したニッケル酸化鉱に対してICP分析を行って、Ni浸出量を求めた。Ni再浸出率として、1回目浸出におけるNi浸出量に対する再浸出におけるNi浸出量の割合(%)を算出した。結果を表1に示す。
【0076】
【0077】
比較例1は、使用済み疎水性深共晶溶媒の再生を行わなかった例である。再生を行わなかった場合、疎水性深共晶溶媒のNi浸出能が大幅に低下して、Ni再浸出率はわずか10%であった。これに対し、比較例2では、NaCl水溶液を用いて、使用済み疎水性深共晶溶媒に対しCl-のみ補充を行ったが、Ni再浸出率はさらに低くなった。比較例3では、硫酸を用いて、使用済み疎水性深共晶溶媒に対しH+のみ補充を行ったが、Ni再浸出率はさらに低くなった。
【0078】
これに対し、比較例4、5および実施例1~3では、塩酸を用いて、使用済み疎水性深共晶溶媒に対しH+およびCl-の補充を行った。表1の結果より、疎水性深共晶溶媒の水素結合アクセプターに対する塩化水素のモル比が1である実施例1において、Ni再浸出率の大幅な改善が見られた。当該モル比が2である実施例2においては、Ni再浸出率が100%となり、Ni浸出能が完全に回復した。
【0079】
以上の結果より、ここに開示する疎水性深共晶溶媒の再生方法によれば、金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出に用いられた深共晶溶媒の金属元素浸出能を回復可能なことがわかる。
【0080】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、請求の範囲を限定するものではない。請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【0081】
すなわち、ここに開示される疎水性深共晶溶媒の再生方法、およびニッケル浸出方法は、以下の項[1]~[4]である。
[1]金属元素を含有する鉱石からの金属元素の浸出に用いられた疎水性深共晶溶媒を用意する工程、および
前記疎水性深共晶溶媒と、塩酸とを接触させる工程、を含み、
前記疎水性深共晶溶媒の水素結合ドナーがカルボキシ基含有化合物であり、かつ水素結合アクセプターがクロライド塩であり、
前記塩酸の使用量が、前記水素結合アクセプター1モルに対して、塩化水素が1モル以上となる量である、
疎水性深共晶溶媒の再生方法。
[2]前記塩酸の使用量が、前記水素結合アクセプター1モルに対して、塩化水素が2モル以上となる量である、請求項[1]に記載の方法。
[3]前記水素結合ドナーが、脂肪酸であり、前記水素結合アクセプターが、第4級アンモニウムクロライドである、請求項[1]または[2]に記載の方法。
[4]請求項[1]~[3]のいずれか1項に記載の疎水性深共晶溶媒の再生方法によって、再生した疎水性深共晶溶媒を得る工程と、
前記再生した疎水性深共晶溶媒と、ニッケル鉱石とを接触させる工程と、
を含む、ニッケル浸出方法。