(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】アザレアコナカイガラムシ及びカイガラムシ類の寄生蜂の誘引物質
(51)【国際特許分類】
A01N 37/06 20060101AFI20241217BHJP
A01P 19/00 20060101ALI20241217BHJP
C07C 69/533 20060101ALI20241217BHJP
A01N 63/14 20200101ALI20241217BHJP
A01M 1/02 20060101ALI20241217BHJP
【FI】
A01N37/06
A01P19/00
C07C69/533 CSP
A01N63/14
A01M1/02 B
(21)【出願番号】P 2022000178
(22)【出願日】2022-01-04
【審査請求日】2024-10-10
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100196405
【氏名又は名称】小松 邦光
(72)【発明者】
【氏名】田端 純
(72)【発明者】
【氏名】安居 拓恵
【審査官】一宮 里枝
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-284400(JP,A)
【文献】特開2017-197446(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101717346(CN,A)
【文献】杖田 浩二,フジコナカイガラムシ性フェロモンの2 種寄生蜂に対する誘引性,日本応用動物昆虫学会誌,2014年,第58巻, 第2号,pp.147-152
【文献】Harumi KAGA, et al.,A General and Stereoselective Synthesis of the Capsaicinoids via the Orthoester Claisen Rearrangement,Tetrahedron,1996年,Vol. 52, No. 25,pp. 8451-8470
【文献】Yuma SUGAWARA, et al.,Sex Pheromone of the Azalea Mealybug: Absolute Configuration and Kairomonal Activity,Journal of Chemical Ecology,2024年02月03日,(インターネットより入手(URL:https://doi.org/10.1007/s10886-024-01473-2)(入手日:2024年10月28日))
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N
A01P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1):
【化1】
(1)
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、炭素数1~3のアルキル基である)
で表される化合物を含む、アザレアコナカイガラムシのオスを誘引するための及び/又はアザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱するための組成物。
【請求項2】
カイガラムシ類を誘引する他の有効成分及び/又はカイガラムシ類のオス-メス間の交信を撹乱する他の有効成分をさらに含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
式(1):
【化2】
(1)
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、炭素数1~3のアルキル基である)
で表される化合物を含む、カイガラムシ類の寄生蜂を誘引するための組成物。
【請求項4】
前記寄生蜂が、トビコバチを含む、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
前記寄生蜂を誘引する他の有効成分をさらに含む、請求項3又は4に記載の組成物。
【請求項6】
R
1が、エチル基又はイソプロピル基であり、及び/又は、
R
2が、メチル基又はエチル基である、請求項1~5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
前記化合物が、以下の化学式:
【化3】
のいずれかで表される構造を有する、請求項1~6のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
式(1):
【化4】
(1)
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、炭素数1~3のアルキル基である)
で表される化合物を含む、アザレアコナカイガラムシのオスの捕獲装置。
【請求項9】
式(1):
【化5】
(1)
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、炭素数1~3のアルキル基である)
で表される化合物を、アザレアコナカイガラムシの生息場所又は生息が疑われる場所に適用する工程を含む、アザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱するための及び/又はカイガラムシ類の寄生蜂を誘引するための方法。
【請求項10】
以下の化学式:
【化6】
のいずれかで表される化合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アザレアコナカイガラムシのオス及びカイガラムシ類の寄生蜂の誘引物質に関しており、より具体的には、アザレアコナカイガラムシのオスを誘引するための組成物、アザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱するための組成物、カイガラムシ類の寄生蜂を誘引するための組成物、アザレアコナカイガラムシのオスの捕獲装置、アザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱するための方法、及び、カイガラムシ類の寄生蜂を誘引するための方法、並びに、それらに適した化合物に関している。
【背景技術】
【0002】
アザレアコナカイガラムシ(Crisicoccus azaleae)は、ナシやカキ等の果樹や、ツツジ等の園芸植物を加害する害虫として知られる。その防除には殺虫剤が用いられるが、殺虫剤の濫用はミツバチ等の有用昆虫等に悪影響を与えるので、できるだけ少ない使用量での効率的な防除が望まれる。そのためには、害虫の発生量や発生時期を的確に把握する必要がある。
【0003】
害虫の発生をモニタリングする手段として、性フェロモンのような誘引物質を利用したトラップが用いられている。性フェロモンとは、一般にメス成虫が分泌する化学物質で、同種のオス成虫に対して種特異的かつ強力な誘引作用を示す。そのため、性フェロモンの化学構造を明らかにし、工業的に合成して性フェロモントラップを供給することができれば、害虫の発生調査を効率的かつ簡便に行うことができるようになる(非特許文献1)。また、性フェロモンを交信撹乱剤として活用できることも知られており(非特許文献2)、農薬登録も進められている。そして、性フェロモンには、害虫のオスだけでなく、その天敵もしばしば誘引される(非特許文献3)。誘引された天敵は、その周辺に存在する害虫に対して捕食や寄生を行うので、当該天敵の誘引物質は、殺虫剤の代替として害虫防除に活用できる可能性がある(非特許文献4及び5)。
【0004】
すでに多数の害虫種の性フェロモンが同定され、トラップを含む資材として害虫管理に利用されている(例えば特許文献1及び2)。また、非特許文献6には、種々のカプシサイノイドの合成方法が記載されている。しかしながら、アザレアコナカイガラムシの性フェロモンや誘引物質については、いずれの文献にも記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4734553号
【文献】特許第5857369号
【非特許文献】
【0006】
【文献】澤村信生ら, 性フェロモンと有効積算温度を利用したカキのフジコナカイガラムシ(カメムシ目:コナカイガラ科)幼虫の発生時期予測, 日本応用動物昆虫学会誌, 2015 年 59 巻 4 号 p. 183-189. https://doi.org/10.1303/jjaez.2015.183
【文献】手柴真弓ら, フジコナカイガラムシPlanococcus kraunhiae(Kuwana)(カメムシ目:コナカイガラムシ科)に対する性フェロモン成分による交信攪乱効果, 日本応用動物昆虫学会誌, 2009 年 53 巻 4 号 p. 173-180. https://doi.org/10.1303/jjaez.2009.173
【文献】Franco JC, Silva EB, Cortegano E et al (2008) Kairomonal response of the parasitoid Anagyrus spec. nov. near pseudococci to the sex pheromone of the vine mealybug. Entomol Exp Appl 126:122-130. https://doi.org/10.1111/j.1570-7458.2007.00643.x
【文献】Teshiba M, Tabata J (2017) Suppression of population growth of the Japanese mealybug, Planococcus kraunhiae (Hemiptera: Pseudococcidae), by using an attractant for indigenous parasitoids in persimmon orchards. Appl Entomol Zool 52:153-158. https://doi.org/10.1007/s13355-016-0452-1
【文献】Jun Tabata, et. al., Cyclolavandulyl butyrate: an attractant for a mealybug parasitoid, Anagyrus sawadai (Hymenoptera: Encyrtidae), Applied Entomology and Zoology, Vol. 46, No. 1, pp. 117-123, February 2011
【文献】Kaga H, Goto K, Takahashi T, Hino M, Tokuhashi T, Orito K. 1996. A general and stereoselective synthesis of the capsaicinoids via the orthoester Claisen rearrangement. Tetrahedron 52: 8451-8470
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
アザレアコナカイガラムシの性フェロモンや誘引物質が明らかになれば、当該アザレアコナカイガラムシを効率的にモニタリングして防除することができる。そこで、本発明は、アザレアコナカイガラムシを誘引することのできる組成物又は化合物を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、特定の構造を有する化合物が、アザレアコナカイガラムシのオス及びコナカイガラムシ類の寄生蜂を誘引する活性を有していることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は、以下に示す組成物、捕獲装置、方法、及び化合物を提供するものである。
〔1〕式(1):
【化1】
(1)
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、炭素数1~3のアルキル基である)
で表される化合物を含む、アザレアコナカイガラムシのオスを誘引するための及び/又はアザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱するための組成物。
〔2〕カイガラムシ類を誘引する他の有効成分及び/又はカイガラムシ類のオス-メス間の交信を撹乱する他の有効成分をさらに含む、前記〔1〕に記載の組成物。
〔3〕式(1):
【化2】
(1)
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、炭素数1~3のアルキル基である)
で表される化合物を含む、カイガラムシ類の寄生蜂を誘引するための組成物。
〔4〕前記寄生蜂が、トビコバチを含む、前記〔3〕に記載の組成物。
〔5〕前記寄生蜂を誘引する他の有効成分をさらに含む、前記〔3〕又は〔4〕に記載の組成物。
〔6〕R
1が、エチル基又はイソプロピル基であり、及び/又は、
R
2が、メチル基又はエチル基である、前記〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の組成物。
〔7〕前記化合物が、以下の化学式:
【化3】
のいずれかで表される構造を有する、前記〔1〕~〔6〕のいずれか1項に記載の組成物。
〔8〕式(1):
【化4】
(1)
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、炭素数1~3のアルキル基である)
で表される化合物を含む、アザレアコナカイガラムシのオスの捕獲装置。
〔9〕式(1):
【化5】
(1)
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、炭素数1~3のアルキル基である)
で表される化合物を、アザレアコナカイガラムシの生息場所又は生息が疑われる場所に適用する工程を含む、アザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱するための及び/又はカイガラムシ類の寄生蜂を誘引するための方法。
〔10〕以下の化学式:
【化6】
のいずれかで表される化合物。
【発明の効果】
【0009】
本発明に従えば、上記式(1)で表される化合物を使用することにより、アザレアコナカイガラムシのオスを誘引したり、アザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱したり、又は、カイガラムシ類の寄生蜂を誘引したりすることができる。したがって、アザレアコナカイガラムシを効率的に防除することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明の組成物は、式(1):
【化7】
(1)
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、炭素数1~3のアルキル基である)
で表される化合物を1種以上含んでいる。当該化合物は、害虫であるアザレアコナカイガラムシの未交尾のメスから放出される性フェロモン又はその類似体である。
【0011】
前記式(1)で表される化合物は、当技術分野で通常使用される任意の方法により合成することができ、非特許文献3に記載の化合物(特にスキーム1の化合物3B)の製造方法に準じて合成してもよい。例えば、前記式(1)においてR1が水素である不飽和脂肪酸を用意し、それとエタノール又はイソプロパノールとによる一般的な脱水縮合反応、又は、エステル交換反応により、前記式(1)で表される化合物を合成してもよい。
【0012】
ある態様では、R
1は、エチル基又はイソプロピル基であってもよく、及び/又は、R
2は、メチル基又はエチル基であってもよい。より具体的には、前記式(1)で表される化合物は、(E)-イソプロピル 7-メチルノン-4-エノアート(化合物A):
【化8】
(E)-イソプロピル 7-メチルオクト-4-エノアート(化合物B):
【化9】
及び(E)-エチル 7-メチルノン-4-エノアート(化合物C):
【化10】
のいずれかであってもよい。ある態様では、本発明の組成物は、化合物A~Cの2種又は3種を同時に含んでもよい。本発明の組成物が、化合物A~Cのすべてを含むとき、その配合比は、特に制限されないが、例えば、質量比で約10~約8:約5~約4:約1~約0.5であってもよい。
【0013】
前記式(1)で表される化合物は、アザレアコナカイガラムシのメスが放出する性フェロモンとして機能するものであるため、本発明の組成物は、アザレアコナカイガラムシのオスを誘引するために使用することができる。そのため、前記組成物は、アザレアコナカイガラムシの発生調査又は誘引捕獲(若しくは誘引捕殺)のために利用することができる。また、アザレアコナカイガラムシのメスが放出する性フェロモン又はその類似体を、その生息場所又は生息が疑われる場所に人工的に充満させれば、アザレアコナカイガラムシのオスは、メスの本当の生息場所を判別することができず、メスにたどり着くことができない。そのため、本発明の組成物は、アザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱するために使用することもできる。
【0014】
前記式(1)で表される化合物は、カイガラムシ類の天敵である寄生蜂を誘引する作用も有している。すなわち、本発明の組成物は、前記寄生蜂を誘引するために使用することもできる。前記寄生蜂の成虫は、カイガラムシ類の体内に卵を産みつけ、卵から孵った幼虫は、寄主であるカイガラムシ類の体を食べて成長する。前記寄生蜂としては、特に制限されないが、例えば、アナギルス(Anagyrus)属のトビコバチが挙げられる。
【0015】
ある態様では、本発明の組成物は、有機溶媒をさらに含む。前記有機溶媒としては、当技術分野で通常使用されるものを特に制限されることなく採用することができるが、例えば、前記有機溶媒は、ペンタン及びヘキサンなどの炭化水素系有機溶媒であってもよい。
【0016】
ある態様では、本発明の組成物は、溶液又はエマルジョンの形態となっている。本発明の組成物における前記化合物の濃度は、所期の作用が奏される限り特に制限されないが、例えば、アザレアコナカイガラムシの発生調査又は誘引捕獲(若しくは誘引捕殺)を目的とする場合、約0.001~約100.0mg/mLであってもよく、好ましくは約0.1~約10mg/mLである。アザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱する場合は、本発明の組成物における前記化合物の濃度は、例えば、約0.1~約1000mg/mLであってもよく、好ましくは約0.5~約500mg/mLである。前記寄生蜂を誘引する場合は、本発明の組成物における前記化合物の濃度は、例えば、約0.001~約100.0mg/mLであってもよく、好ましくは約0.1~約50mg/mLである。
【0017】
ある態様では、本発明の組成物は、徐放性担体に含浸した形態となっている。前記徐放性担体としては、当技術分野で通常使用されるものを特に制限されることなく採用することができるが、例えば、前記徐放性担体は、ゴム、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン-酢酸ビニル共重合体、及びポリ塩化ビニルなどの放出量制御機能を有する材料からなる、キャップ(セプタム)、細管、ラミネート製の袋、及び、カプセルなどの容器であってもよく、好ましくは、ゴム又はポリエチレンからなるセプタム又は細管である。
【0018】
前記徐放性担体当たりの前記化合物の含浸量は、所期の作用が奏される限り特に制限されないが、例えば、アザレアコナカイガラムシの発生調査又は誘引捕獲(若しくは誘引捕殺)を目的とする場合、約1cm3の徐放性担体に対して約0.01~約1000mgであってもよく、好ましくは約0.1~約1mgである。アザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱する場合は、前記徐放性担体当たりの前記化合物の含浸量は、例えば、約1.0~約1000mgであってもよく、好ましくは約50~約500mgである。前記寄生蜂を誘引する場合は、前記徐放性担体当たりの前記化合物の含浸量は、例えば、約0.01~約1000mgであってもよく、好ましくは約0.1~約5mgである。
【0019】
前記徐放性担体は、害虫を捕獲するトラップと組み合わせて(前記トラップに取り付けて)使用することができる。前記トラップとしては、当技術分野で通常使用されるものを特に制限されることなく採用することができるが、例えば、前記トラップは、粘着トラップ、水盤トラップ、又は、吸引トラップなどであってもよく、好ましくは粘着トラップである。前記トラップに取り付ける前記徐放性担体の個数は、特に制限されず、それぞれの大きさや使用目的に応じて適宜調整すればよいが、例えば、前記トラップに前記徐放性担体を約1~約10個取り付けてもよい。
【0020】
本発明の組成物、特に前記徐放性担体に含浸した形態の組成物は、屋外に設置してもよい。屋外における前記徐放性担体の設置密度は、特に制限されないが、例えば、アザレアコナカイガラムシの発生調査又は誘引捕獲(若しくは誘引捕殺)を目的として、前記トラップに前記徐放性担体を1個取り付けて使用する場合、10アール当たり約1~約1000個であってもよく、好ましくは約10~約500個である。前記徐放性担体同士の間隔は、特に制限されないが、例えば、約1~約100mであってもよく、好ましくは約5~約15mである。アザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱する場合は、屋外における前記徐放性担体の設置密度は、例えば、10アール当たり約50~約500個であってもよく、前記徐放性担体同士の間隔は、例えば、約0.5~100mであってもよく、好ましくは約1.4~約10mである。前記寄生蜂を誘引する場合は、屋外における前記徐放性担体の設置密度は、例えば、10アール当たり約1~約1000個であってもよく、前記徐放性担体同士の間隔は、例えば、約1~100mであってもよく、好ましくは約5~約15mである。
【0021】
本発明の組成物、特に前記徐放性担体に含浸した形態の組成物の設置位置は、特に制限されないが、例えば、地上約10~約200cmの高さであってもよく、好ましくは約30~約160cmの高さである。また、前記組成物の設置時期は、特に制限されないが、例えば、アザレアコナカイガラムシの成虫発生期に設置してもよい。
【0022】
ある態様では、本発明の組成物は、網及びロープなどの農業資材又は園芸資材などに含浸した形態となっている。本発明の組成物が含浸した資材を圃場に広く設置すれば、アザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信撹乱に特に有用である。前記資材に含浸させる方法は、特に制限されないが、例えば、溶液状態の前記組成物を、前記資材に対して噴霧又は塗布することによって含浸させてもよい。噴霧又は塗布する前記化合物の量は、所期の作用が奏される限り特に制限されないが、例えば、アザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱する場合は、前記資材を圃場に設置したときにそれに含浸している前記化合物の量が10アール当たり約2.5~約250gとなるような量であってもよい。
【0023】
本発明の組成物は、本発明の目的を損なわない限り、当技術分野で通常使用される任意の賦形剤及び/又は添加剤などをさらに含んでもよく、カイガラムシ類を誘引する他の有効成分、カイガラムシ類のオス-メス間の交信を撹乱する他の有効成分、及び/又は前記寄生蜂を誘引する他の有効成分をさらに含んでもよい。
【0024】
別の態様では、本発明は、前記式(1)で表される化合物を含む、アザレアコナカイガラムシのオスの捕獲装置にも関している。当該捕獲装置は、アザレアコナカイガラムシの発生調査又は誘引捕獲(若しくは誘引捕殺)に利用することができる。ある態様では、本発明の捕獲装置は、上述の徐放性担体、及び/又は、上述のトラップをさらに備えてもよい。本発明の捕獲装置の設置時期は、特に制限されないが、例えば、アザレアコナカイガラムシの成虫発生期に設置してもよい。
【0025】
別の態様では、本発明は、前記式(1)で表される化合物を、アザレアコナカイガラムシの生息場所又は生息が疑われる場所に適用する工程を含む、アザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱するための方法にも関している。また、本発明は、前記式(1)で表される化合物を、アザレアコナカイガラムシの生息場所又は生息が疑われる場所に適用する工程を含む、カイガラムシ類の寄生蜂を誘引するための方法にも関している。前記化合物の適用方法は、特に制限されないが、例えば、前記化合物を均一に分散し得る溶媒に希釈して、目的の場所に噴霧してもいいし、前記化合物を上述の徐放性担体又は上述の農業資材若しくは園芸資材に含浸させて、目的の場所に設置してもよい。
【0026】
また別の態様では、本発明は、(E)-イソプロピル 7-メチルノン-4-エノアート(化合物A):
【化11】
(E)-イソプロピル 7-メチルオクト-4-エノアート(化合物B):
【化12】
又は(E)-エチル 7-メチルノン-4-エノアート(化合物C):
【化13】
にも関している。化合物A~Cは、上述した本発明の組成物、捕獲装置、及び方法に好適に使用できる新規化合物である。上述したように、化合物A~Cは、当技術分野で通常使用される任意の方法により合成することができる。
【0027】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0028】
1.アザレアコナカイガラムシのオスを誘引する物質の単離
羽化後7日から30日前後のアザレアコナカイガラムシ未交尾メス成虫200頭程度をバターナッツカボチャに寄生させ、1.0リットルのガラス容器に密閉した。そして、空気中に放出された性誘引物質を含む揮発性化合物をエアポンプにより吸引し、1.5gの吸着剤(テナックスTA、メッシュサイズ20-35;GLサイエンス社製)で捕集した。これを1日4容器ずつ、28日間繰り返した。
【0029】
延べ約22400頭のメスが一日当たりに放出する量の性誘引物質を捕集し、合計約240mLのヘキサンで溶出したものを粗抽出液とした。このうち0.1メス当量(1頭のメスが1日に放出するフェロモン量に相当する量の10分の1)を1平方cmのろ紙に含浸させ、オス成虫を入れた直径9cmのシャーレに投入したところ、当該オスを誘引する活性が認められた。
【0030】
次に、シリカゲル(0.2g)を充填したカラムクロマトグラフに粗抽出液を注入し、ジエチルエーテルを0、5、15、又は50%含むペンタンを、それぞれ2mLずつ用いて分画・溶出した。各溶出画分0.1メス当量の誘引活性を粗抽出液の試験と同様にして誘引活性を調べたところ、5%ジエチルエーテル画分に誘引活性が認められた。
【0031】
5%ジエチルエーテル画分を、Inertsil SIL 100Aカラム(粒径5μm、内径4.6mm、長さ250mm;GLサイエンス社製)を備えた高速液体クロマトグラフ装置によってさらに分画した。ジエチルエーテルを3%含むヘキサンを流速1mL/分で流し、各溶出画分0.1メス当量の誘引活性を粗抽出液の試験と同様にして調べたところ、8.5分から10.0分に溶出してきた画分に誘引活性が認められた。
【0032】
8.5分から10.0分の溶出画分を、DB-1カラム(内径0.25mm、長さ30m)を据え付けたガスクロマトグラフ装置(アジレント社製)によってさらに分画した。カラムオーブン内の温度を、初期温度60℃(1分間保持)から毎分10℃ずつ200℃まで昇温する条件で分析し、10.8分に溶出する物質(化合物A)、9.4分に溶出する物質(化合物B)、及び10.3分に溶出する物質(化合物C)の3成分が検出された。化合物A、B、及びCの比率(ガスクロマトグラフィーの結果のピーク面積比)は、概ね10:5:1であった。
【0033】
2.単離化合物の分析
(1)化合物A
化合物Aを質量分析装置(アジレント社製)により分析した。高分解能質量分析で分子量は212.17518と測定され、分子式はC13H24O2と推定された。EIマススペクトル[m/z(相対強度%)]は次のとおりである。
41 (31.7), 43 (25.9), 55 (28.8), 57 (33.4), 67 (20.6), 68 (38.2), 69 (39.3), 70 (86.6), 71 (39.5), 81 (22.8), 83 (25.0), 84 (22.1), 95 (24.0), 96 (29.1), 97 (28.9), 109 (36.9), 113 (30.0), 114 (49.1), 123 (33.3), 135 (28.8), 141 (24.3), 152 (100), 153 (29.4), 212 (3.9)
【0034】
化合物Aを核磁気共鳴装置(NMR;日本電子社製)により分析した。1H-NMRおよび13C-NMRの測定値は次のとおりである。
δH: 5.40 (1H, ddd), 5.35 (1H, ddd), 5.03 (1H, q), 2.30 (2H, m), 2.20 (2H, t), 1.95 (1H, m), 1.77 (1H, m), 1.30 (1H, m), 1.29 (1H, m), 1.07 (1H, m), 1.04 (6H, d), 0.84 (3H, t), 0.83 (3H, d)
δC: 171.9, 130.3, 129.9, 67.2, 40.0, 35.0, 29.3, 28.4, 21.8, 19.1, 11.6
【0035】
これらの分析結果から、化合物Aは以下の化学構造を有することが示された。
【化14】
【0036】
(2)化合物B
化合物Bを質量分析装置(アジレント社製)により分析した。高分解能質量分析で分子量は198.15836と測定され、分子式はC12H22O2と推定された。EIマススペクトル[m/z(相対強度%)]は次のとおりである。
41 (26.4), 43 (42.1), 55 (30.9), 56 (27.8), 67 (21.2), 68 (27.2), 69 (42.3), 71 (37.8), 81 (21.6), 95 (48.1), 96 (35.7), 97 (20.1), 101 (32.1), 110 (37.9), 113 (28.1), 114 (20.1), 138 (100), 139 (45.2), 198 (1.8)
【0037】
化合物BをNMRにより分析した。1H-NMRおよび13C-NMRの測定値は次のとおりである。
δH: 5.38 (1H, dt), 5.35 (1H, dt), 5.03 (1H, sep), 2.30 (2H, dt), 2.20 (2H, t), 1.81 (2H, dd), 1.49 (1H, m), 1.04 (6H, d), 0.84 (6H, d)
δC: 171.8, 130.2, 129.6, 66.9, 42.0, 34.5, 28.4, 28.2, 22.1, 21.6
【0038】
これらの分析結果から、化合物Bは以下の化学構造を有することが示された。
【化15】
【0039】
(3)化合物C
化合物Cを質量分析装置(アジレント社製)により分析した。EIマススペクトル[m/z(相対強度%)]は次のとおりである。
41 (30.9), 55 (31.9), 57 (29.7), 67 (29.2), 68 (41.7), 69 (38.2), 70 (38.3), 71 (33.2), 81 (27.8), 84 (44.7), 95 (28.2), 96 (29.5), 97 (25.8), 101 (21.6), 110 (24.8), 123 (33.5), 152 (100), 198 (5.3)
【0040】
化合物CをNMRにより分析した。1H-NMRおよび13C-NMRの測定値は次のとおりである。
δH: 5.39 (1H, ddd), 5.35 (1H, ddd), 3.96 (2H, q), 2.29 (2H, m), 2.20 (2H, t), 2.20 (2H, t), 1.95 (1H, m), 1.77 (1H, m), 1.30 (1H, m), 1.28 (1H, m), 1.07 (1H, m), 0.94 (3H, t), 0.83 (3H, t), 0.83 (3H, d);δC: 172.4, 130.3, 129.8, 60.0, 39.9, 35.0, 34.5, 29.3, 28.3, 19.1, 14.3, 11.6。
【0041】
これらの分析結果から、化合物Cは以下の化学構造を有することが示された。
【化16】
【0042】
3.合成例
化合物Bは、非特許文献3に記載の化合物(スキーム1の化合物3B)を介して合成した。具体的には、ビニルマグネシウムブロミドのTHF溶液(約1.0M)11mLに、3-メチルブタナール(860mg)を含む3mLのTHF溶液を氷冷下で15分間かけて加え、室温に戻して16時間撹拌した。飽和塩化アンモニウム水10mLを加えて反応を停止し、10%硫酸水溶液を3mL加えた後、ジエチルエーテルで抽出(10mL×3回)した。有機層を飽和食塩水で洗浄後、硫酸マグネシウムで乾燥し、シリカゲルカラムを通して5-メチル-1-ヘキセン-3-オールを収率79%で得た。このアリルアルコール(627mg)をオルトトリエチル酢酸(6.29g)に溶解し、触媒としてプロピオン酸(25mg)を加え、アルゴン下で138℃に加熱した。3時間後、水10mLを加え、ヘキサンで抽出(10mL×3回)した。これを硫酸マグネシウムで乾燥してから濃縮し、シリカゲルカラムを通して、本明細書に記載の式(1)において、R1がエチルであり、R2がメチルである化合物(非特許文献3のスキーム1の化合物3B)を収率83%で得た。この化合物110mgを、9mLのイソプロパノールと1mLの濃塩酸の混合溶液に溶解し、52℃で16時間攪拌した後、水10mLを加えてヘキサンで抽出(10mL×3回)した。これを飽和炭酸水素ナトリウム水溶液10mLおよび飽和食塩水10mLで順次洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥してから濃縮し、シリカゲルカラムを通して化合物Bを収率85%で得た。化合物A及びCは、3-メチルブタナールに代えて3-メチルペンタナールを使用した以外は化合物Bと同様の方法で合成した。
【0043】
4.アザレアコナカイガラムシのオス成虫の誘引試験
化合物A、化合物B、又は化合物Cのいずれか0.1mgを含む0.1mLのヘキサン溶液を調製し、これをゴムセプタムに含浸させた。そして、当該ゴムセプタム1個を市販の小型粘着板(10cm×20cm)に誘引源として取り付けて、捕獲装置を作製した。また、天然の存在比を考慮して、化合物A(0.1mg)、化合物B(0.05mg)、及び化合物C(0.01mg)の混合物を用いて、同様に捕獲装置を作製した。これらの捕獲装置を2台ずつ野外に設置して1週間放置し、捕獲されたアザレアコナカイガラムシのオス成虫の数を計測した。結果を表1に示す。
【表1】
【0044】
化合物A~Cのいずれによってもアザレアコナカイガラムシのオス成虫を誘引することができた。また、化合物A~Cを混合すると、より多くのアザレアコナカイガラムシのオス成虫を誘引することができた。このような性フェロモンとしての作用を有する化合物は、オス-メス間の交信を撹乱するためにも利用できることが期待される。
【0045】
5.寄生蜂の誘引試験
化合物A(0.1mg)、化合物B(0.05mg)、及び化合物C(0.01mg)の混合物を含む0.1mLのヘキサン溶液を調製し、これをゴムセプタムに含浸させた。そして、当該ゴムセプタム1個を市販の小型粘着板(10cm×20cm)に誘引源として取り付けて、捕獲装置を作製した。比較のため、公知のトビコバチ誘引物質(非特許文献5)であるシクロラバンデュリルブチレート(CLB)を0.1mg使用して、同様に捕獲装置を作製した。これらの捕獲装置を1台ずつ野外に設置して4週間放置し、捕獲された虫を観察した。その結果、CLBだけでなく化合物A~Cを使用した捕獲装置にも、アナギルス(Anagyrus)属のトビコバチが捕獲されていた。捕獲したトビコバチの数を計測し、表2に示す。
【0046】
【0047】
化合物A~Cは、CLBと同様に寄生蜂を誘引することができた。化合物A~Cは、CLBよりも合成が容易であるため、実用上好ましいと考える。
【0048】
以上より、上記式(1)で表される化合物は、アザレアコナカイガラムシのオスを誘引する作用を有していることが分かった。このため、上記式(1)で表される化合物は、アザレアコナカイガラムシのオスを捕獲するため、又は、アザレアコナカイガラムシのオス-メス間の交信を撹乱するために利用することができる。また、上記式(1)で表される化合物は、カイガラムシ類の寄生蜂を誘引する作用も有していることが分かった。したがって、上記式(1)で表される化合物を用いれば、アザレアコナカイガラムシを効率的に防除することが可能となる。