(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料、固体高分子形燃料電池用触媒層、及び燃料電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/86 20060101AFI20241217BHJP
H01M 4/96 20060101ALI20241217BHJP
H01M 8/10 20160101ALI20241217BHJP
B01J 23/42 20060101ALI20241217BHJP
C01B 32/05 20170101ALI20241217BHJP
【FI】
H01M4/86 B
H01M4/96 B
H01M4/96 M
H01M8/10 101
B01J23/42 M
C01B32/05
(21)【出願番号】P 2020175410
(22)【出願日】2020-10-19
【審査請求日】2023-09-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】正木 一嘉
(72)【発明者】
【氏名】多田 若菜
(72)【発明者】
【氏名】清水 健博
(72)【発明者】
【氏名】田所 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】飯島 孝
(72)【発明者】
【氏名】日吉 正孝
(72)【発明者】
【氏名】古川 晋也
(72)【発明者】
【氏名】小村 智子
【審査官】山本 雄一
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第107565141(CN,A)
【文献】国際公開第2019/004472(WO,A1)
【文献】特開2019-119632(JP,A)
【文献】特開2020-042927(JP,A)
【文献】国際公開第2020/066010(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86- 4/98
H01M 8/00- 8/0297
H01M 8/08- 8/2495
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対圧P/P
0が0.4以上の範囲において、窒素吸脱着等温線が、第1のヒステリシスループ及び第2のヒステリシスループを有する2つのヒステリシスループを示
し、
前記窒素吸脱着等温線が示す前記2つのヒステリシスループとして、相対圧P/P
0
が0.87以上の範囲に存在する第1のヒステリシスループ、及び相対圧P/P
0
が0.4~0.87の範囲内に存在する第2のヒステリシスループを有し、
下記の要件(A)、(B)、(C)及び(D)を満たす固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料。
(A)窒素吸着等温線のBET解析による比表面積が450m
2
/g~1500m
2
/gとなる。
(B)前記第1のヒステリシスループは、相対圧P/P
0
が0.87±0.03の範囲内において、吸着量差△V
0.87
の最小値△V
0.87min
が20mL/g以下である。
(C)前記第2のヒステリシスループの面積△S
0.4-0.87
が5mL/g~50mL/gである。
(D)窒素吸着等温線において、相対圧P/P
0
が0.99における吸着量と、相対圧P/P
0
が0.95における吸着量との吸着量差△V
0.95-0.99
が500mL/g~1100mL/gである。
固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料。
【請求項2】
相対圧P/P
0
が0.4以上の範囲において、窒素吸脱着等温線が、第1のヒステリシスループ及び第2のヒステリシスループを有する2つのヒステリシスループを示し、
前記窒素吸脱着等温線が示す前記2つのヒステリシスループとして、相対圧P/P
0が0.87以上の範囲に存在する第1のヒステリシスループ、及び相対圧P/P
0が0.4~0.87の範囲内に存在する第2のヒステリシスループを有
し、
下記の要件(A)、(B)、(C)及び(E)を満たす固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料。
(A)窒素吸着等温線のBET解析による比表面積が450m
2
/g~1500m
2
/gとなる。
(B)前記第1のヒステリシスループは、相対圧P/P
0
が0.87±0.03の範囲内において、吸着量差△V
0.87
の最小値△V
0.87min
が20mL/g以下である。
(C)前記第2のヒステリシスループの面積△S
0.4-0.87
が5mL/g~50mL/gである。
(E)ラマン分光測定により得られるラマンスペクトルにおいて、1500cm
-1
~1700cm
-1
の範囲で検出されるGバンドの半値幅が45cm
-1
~70cm
-1
である。
【請求項3】
さらに下記の要件(D)を満たす、請求項
2に記載の固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料。
(D)窒素吸着等温線において、相対圧P/P
0が0.99における吸着量と、相対圧P/P
0が0.95における吸着量との吸着量差△V
0.95-0.99が500mL/g~1100mL/gである。
【請求項4】
請求項1~
3のいずれか1項に記載の固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料を含む、固体高分子形燃料電池用触媒層。
【請求項5】
請求項
4に記載の固体高分子形燃料電池用触媒層を含む、燃料電池。
【請求項6】
前記固体高分子形燃料電池用触媒層が、カソード側の触媒層である、請求項
5記載の燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料、固体高分子形燃料電池用触媒層、及び燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池の一種である固体高分子形燃料電池は、固体高分子電解質膜の両面に配置される一対の触媒層と、各触媒層の外側に配置されるガス拡散層と、各ガス拡散層の外側に配置されるセパレータとを備える。一対の触媒層のうち、一方の触媒層は固体高分子形燃料電池のアノードとなり、他方の触媒層は固体高分子形燃料電池のカソードとなる。なお、通常の固体高分子形燃料電池では、所望の出力を得るために、上記構成要素を有する単位セルが複数個スタックされている。
【0003】
アノード側のセパレータには、水素等の還元性ガスが導入される。アノード側のガス拡散層は、還元性ガスを拡散させた後、アノードに導入する。アノードは、触媒成分と、触媒成分を担持する触媒担体と、プロトン伝導性を有する電解質材料とを含む。触媒担体は、炭素材料で構成されることが多い。触媒成分上では、還元性ガスの酸化反応が起こり、プロトンと電子が生成される。例えば、還元性ガスが水素ガスとなる場合、以下の酸化反応が起こる。
H2→2H++2e- (E0=0V)
【0004】
この酸化反応で生じたプロトンは、アノード内の電解質材料、及び固体高分子電解質膜を通ってカソードに導入される。また、電子は、触媒担体、ガス拡散層、及びセパレータを通って外部回路に導入される。この電子は、外部回路で仕事(発電)をした後、カソード側のセパレータに導入される。そして、この電子は、カソード側のセパレータ、カソード側のガス拡散層を通ってカソードに導入される。
【0005】
固体高分子形電解質膜は、プロトン伝導性を有する電解質材料で構成されている。固体高分子電解質膜は、上記酸化反応で生成したプロトンをカソードに導入する。
【0006】
カソード側のセパレータには、酸素ガスあるいは空気等の酸化性ガスが導入される。カソード側のガス拡散層は、酸化性ガスを拡散させた後、カソードに導入する。カソードは、触媒成分と、触媒成分を担持する触媒担体と、プロトン伝導性を有する電解質材料とを含む。触媒担体は、炭素材料で構成されることが多い。触媒成分上では、酸化性ガスの還元反応が起こり、水が生成される。例えば、酸化性ガスが酸素ガスあるいは空気となる場合、以下の還元反応が起こる。
O2+4H++4e-→2H2O (E0=1.23V)
【0007】
還元反応で生じた水は、未反応の酸化性ガスとともに燃料電池の外部に排出される。このように、固体高分子形燃料電池では、酸化反応と還元反応とのエネルギー差(電位差)を利用して発電する。言い換えれば、酸化反応で生じた電子が外部回路で仕事を行う。
【0008】
ところで、近年、特許文献1~5に開示されているように、多孔質炭素材料を触媒担体として使用する技術が提案されている。特許文献1~4に開示されているように、多孔質炭素材料の中でも、3次元樹状構造の樹状炭素ナノ構造を有する多孔質炭素材料(以下、樹状炭素ナノ構造体とも称する)は、他の炭素材料には認められない特徴的な構造を有する。具体的には、樹状炭素ナノ構造体は、非常に発達した細孔構造(多孔質構造)と大きなスケールの樹状構造を両立させた構造を有する。つまり、樹状炭素ナノ構造体を触媒担体に利用することにより、触媒層は、触媒担体の内部に触媒成分を担持することが可能な細孔を多数有する。このため、触媒層は、触媒の担持濃度を高めることが可能となる。また、細孔内でのガス拡散にも優れ、かつ、触媒層中のガスの拡散に優れる。これにより、樹状炭素ナノ構造体は、従来のケッチェンブラック等のカーボンブラック系の多孔質炭素材料に比較して、大電流発電に優れるという特性を有している。
【0009】
また、特許文献5では、マグネシウム酸化物ナノ粒子を鋳型にした多孔質炭素(MgO鋳型炭素)材料を原料とし、さらに、空気中で加熱処理した多孔質炭素を触媒担体として使用する技術が提案されている。MgO鋳型炭素は、一般に、材料内部にまで均一な細孔を持つという特徴を有する。さらに、MgO鋳型炭素は、空気中で加熱することで細孔を形成する炭素壁を酸化消耗させ、細孔と細孔との間の仕切りを減らす。即ち、MgO鋳型炭素は、連通性を高めることを企図した材料として提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2014/129597号
【文献】国際公開第2015/088025号
【文献】国際公開第2015/141810号
【文献】国際公開第2016/133132号
【文献】日本国特開2015-164889号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところで、固体高分子形燃料電池に大電流を流した場合、過電圧が大きくなりやすい。このため、例えば、燃料電池を動力源に用いる燃料電池自動車では最大出力が重視されるために大電流時の過電圧を小さくしたいという要望が大きい。そして、固体高分子形燃料電池のさらなる普及のためには、大電流時の過電圧をこれまで以上に低下させることが求められている。
【0012】
そこで、本開示の目的とするところは、大電流時の過電圧をさらに低下させることが可能な、新規かつ改良された固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料、固体高分子形燃料電池用触媒層、及び燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本開示の固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料、固体高分子形燃料電池用触媒層、及び燃料電池は以下の態様を含む。
【0014】
<1>
相対圧P/P0が0.4以上の範囲において、窒素吸脱着等温線が、第1のヒステリシスループ及び第2のヒステリシスループを有する2つのヒステリシスループを示す固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料。
<2>
前記窒素吸脱着等温線が示す前記2つのヒステリシスループとして、相対圧P/P0が0.87以上の範囲に存在する第1のヒステリシスループ、及び相対圧P/P0が0.4~0.87の範囲内に存在する第2のヒステリシスループを有する<1>に記載の固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料。
<3>
下記の要件(A)、(B)、及び(C)を満たす、<2>に記載の固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料。
(A)窒素吸着等温線のBET解析による比表面積が450m2/g~1500m2/gとなる。
(B)前記第1のヒステリシスループは、相対圧P/P0が0.87±0.03の範囲内において、吸着量差△V0.87の最小値△V0.87minが20mL/g以下である。
(C)前記第2のヒステリシスループの面積△S0.4-0.87が5mL/g~50mL/gである。
<4>
さらに下記の要件(D)を満たす、<3>に記載の固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料。
(D)窒素吸着等温線において、相対圧P/P0が0.99における吸着量と、相対圧P/P0が0.95における吸着量との吸着量差△V0.95-0.99が500mL/g~1100mL/gである。
<5>
さらに下記の要件(E)を満たす、<3>又は<4>に記載の固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料。
(E)ラマン分光測定により得られるラマンスペクトルにおいて、1500cm-1~1700cm-1の範囲で検出されるGバンドの半値幅が45cm-1~70cm-1である。
<6>
<1>~<5>のいずれか1つに記載の固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料を含む、固体高分子形燃料電池用触媒層。
<7>
<6>に記載の固体高分子形燃料電池用触媒層を含む、燃料電池。
<8>
前記固体高分子形燃料電池用触媒層が、カソード側の触媒層である、<7>に記載の燃料電池。
【発明の効果】
【0015】
本開示によれば、大電流時の過電圧をさらに低下させることが可能な、新規かつ改良された固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料、固体高分子形燃料電池用触媒層、及び燃料電池が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本開示の固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料における窒素吸脱着等温線の一例を模式的に示すグラフである。
【
図2】ボトルネック型細孔の一例を模式的に示す説明図である。
【
図3】本開示に係る燃料電池の概略構成の一例を示す模式図である。
【
図4】本開示の触媒担体用炭素材料について、SEM観察した際の枝径を測定するための測定方法を表す写真である。
【
図5】本開示の触媒担体用炭素材料について、枝径の測定方法を表す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本開示において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。また、「~」の前後に記載される数値に「超」又は「未満」が付されている場合の数値範囲は、これら数値を下限値又は上限値として含まない範囲を意味する。
本開示において、「工程」との用語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されるのであれば、本用語に含まれる。
【0018】
<1.固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料>
本開示の固体高分子形燃料電池触媒担体用炭素材料(以下、「触媒担体用炭素材料」とも称する)は、相対圧P/P0が0.4以上の範囲において、窒素吸脱着等温線が、第1のヒステリシスループ及び第2のヒステリシスループを有する2つのヒステリシスループを示す。そして、本開示の触媒担体用炭素材料は、大電流時の過電圧をさらに低下させることが可能となる。
【0019】
大電流時の過電圧に影響を与える支配因子は、カソード側の反応に関与する物質の移動抵抗(拡散抵抗)であると考えられている。ここで、カソード側の反応に関与する物質は、電子、プロトン、酸素、及びカソード側の反応で生成する水(水蒸気)である。これらの物質のうち、電子及びプロトンはオーミックな挙動を示すと考えられる。すなわち、その抵抗値は、電流の大小に影響を受けず一定である。したがって、大電流時の過電圧の支配因子は、電子及びプロトンではなく、酸素及び水蒸気であると考えられる。つまり、カソード内を流動するガスの拡散抵抗(所謂、ガス拡散抵抗)が大電流時の過電圧の支配因子であると考えられる。
【0020】
従来、窒素吸着等温線に基づいて炭素材料を評価することは行われていた。しかし、窒素吸着等温線だけでは、炭素材料の大電流時の特性を十分に評価することができなかった。例えば、ケッチェンブラックも固体高分子形燃料電池の触媒担体として広く使用されている。ケッチェンブラックは、樹状炭素ナノ構造体と同様に樹状構造を有しており、かつ、枝内も多孔質となっている。ただし、樹状構造を形成する枝の枝径は細く、枝間細孔の細孔径は小さい。このため、ケッチェンブラックは、樹状炭素ナノ構造体のような良好なガス拡散性を示さない。そこで、ケッチェンブラックを賦活することで全細孔容積を大きくすることができる。賦活処理を行ったケッチェンブラックを触媒担体として使用した場合、賦活処理前のケッチェンブラックに比べ、ガス拡散抵抗が低減し、大電流時の過電圧が小さくなる傾向がある。しかしながら、大電流時の過電圧を低下させることは十分ではない。このため、吸着過程だけに着目した窒素吸着等温線だけでは、炭素材料の特性、特に大電流時の特性を十分に評価することができなかった。
【0021】
そこで、本発明者らは、カソード内を流動するガスの拡散抵抗を評価するために、触媒担体用炭素材料の窒素吸着等温線及び窒素脱着等温線に着目した。ここで、窒素吸着等温線及び窒素脱着等温線は、窒素ガス吸着測定により得られる。窒素吸着等温線は、窒素吸着側の等温線であり、窒素脱着等温線は、窒素脱離側の等温線である。以下、窒素吸着等温線及び窒素脱着等温線をまとめた等温線(すなわち、これらの等温線を連結した等温線)を窒素吸脱着等温線とも称する。
【0022】
例えば、従来用いられてきた、賦活処理により多孔質化したカーボンブラック原料の担体では、触媒層にカーボンブラック原料間の間隙による細孔が形成される。この触媒層に形成される細孔はカーボンブラックの一次粒子径を反映している。この細孔径は、通例では30nm~40nm(直径)である。例えば、賦活処理後のケッチェンブラックは、上述のヒステリシスループの面積が増大する傾向を持つ。つまり、後述のボトルネック型細孔の容積比が増大する。このような賦活処理により多孔質化したカーボンブラック原料を担体とした触媒層における窒素吸脱着等温線を計測したところ、窒素吸脱着等温線は、1つのヒステリシスループを示した。
【0023】
また、特許文献5に開示された多孔質炭素材料は、形状が粒子状である。粒子内のガス流通性が改善されても、粒子状物で形成された触媒層は、細孔容積が小さく、また、細孔サイズの制御が難しい。その結果、粒子内のガス拡散ではなく、触媒層内のガス拡散が制約となり、大電流特性が要求されているレベルを達成していない。そこで、MgO鋳型炭素を担体とした触媒層における窒素吸脱着等温線を計測したところ、窒素吸脱着等温線は、1つのヒステリシスループを示した。
【0024】
上記のようなヒステリシスループを示す触媒担体用炭素材料について、本発明者らは触媒担体に理想像とヒステリシスの関係を考察した。大電流時の過電圧を小さくするためには、大電流時の物質移動抵抗を小さくすればよい。例えば、樹状炭素ナノ構造体の場合には、枝径が50nm~100nm程度であり、枝長が50nm~200nm程度である。このため、触媒層の細孔は100nm(幅)程度のオーダーとなり、カーボンブラック原料の担体に比較して、触媒層中のガスの拡散性が圧倒的に高いことになる。このような観点によれば、樹状炭素ナノ構造体をカソード側の触媒担体として使用した場合に、カーボンブラック原料の触媒担体よりもガス拡散抵抗が小さくなることは、樹状炭素ナノ構造体の立体的な形態に基づくものであることが理解される。
【0025】
樹状炭素ナノ構造体に着目すると、物質移動は、枝自体の内部に存在する細孔(以下、「枝内細孔」とも称する)における物質移動と、枝間の間隙に形成される細孔(以下、「枝間細孔」とも称する)における物質移動の二つが存在する。例えば、担体表面へのガス拡散が十分でないと、枝内細孔における物質の拡散がいくら高くても大電流特性は高くできない。つまり、触媒層において、ガスが拡散する抵抗を小さくし、担体表面へのガス供給を高くすることが優先と考えられる。触媒層内に形成される細孔は、担体の枝間の細孔が主と考えられる。従って、枝間細孔の細孔径を大きく、且つ、細孔容積も大きくし、さらに、これらの分布幅がシャープであることが重要となる。
【0026】
樹状炭素ナノ構造体は、枝間細孔における細孔径及び細孔容積が大きくなると、相対圧が高い側の領域においても、窒素吸脱着等温線はヒステリシスループを示すと考えられる。樹状炭素ナノ構造体が、このようなヒステリシスループを示すことができれば、大電流時の物質移動抵抗を小さくすることが可能になり、大電流時の過電圧が低下すると予測される。また、樹状炭素ナノ構造体の窒素吸脱着等温線は、枝内細孔に起因するヒステリシスループを示す。つまり、本開示の樹状炭素ナノ構造体は、相対圧P/P0が0.4以上の範囲において、窒素吸脱着等温線が2つのヒステリシスループを示しているため、大電流時の物質移動抵抗を小さくすることが可能になり、大電流時の過電圧が小さくなると考えられる。なお、カーボンブラック原料を担体とした触媒層、MgO鋳型炭素を担体とした触媒層などの従来の触媒層では、このようなヒステリシスループを示すことがなかったため、大電流時の過電圧の低下が十分でなかったと考えられる。
【0027】
上記では、樹状炭素ナノ構造体を例に挙げて説明したが、相対圧P/P0が0.4以上の範囲において、2つのヒステリシスループを示す触媒担体用炭素材料であれば、樹状炭素ナノ構造体に限らず、大電流時の過電圧を小さくできると考えられる。
【0028】
本開示の触媒担体用炭素材料は、前述のように、相対圧P/P0が0.4以上の範囲において、窒素吸脱着等温線が、2つのヒステリシスループを示す。触媒担体用炭素材料は、特に限定されるものではない。大電流時の過電圧を低下させやすい観点で、触媒担体用炭素材料は、樹状炭素ナノ構造体であることが好ましい。以下、好ましい態様である樹状炭素ナノ構造体について説明する。
【0029】
本開示において、樹状炭素ナノ構造体は、非常に発達した細孔構造と、大きなスケールの樹状構造とを両立させた構造を有する。すなわち、樹状炭素ナノ構造体は、多孔質炭素からなる枝によって形成された樹状構造を有する。また、樹状構造を構成する枝は多様に分岐している。各枝は長く、かつ太い(例えば、枝径が50nm~100nm(幅)程度、かつ枝長が50nm~200nm程度)。さらに、枝径のばらつきが比較的小さい。言い換えると、枝径の分布幅がシャープである。樹状炭素ナノ構造体は、太くて長い寸胴な枝が多様に分岐している構造を有している。枝間細孔は、枝径及び枝長に相当する、太くて長い寸胴な細孔が多様に分岐している。
【0030】
また、枝内細孔も、枝間細孔と同様の特性を有する。すなわち、枝内細孔は、太くて長い寸胴な形状を有し、枝内で多様に分岐している。このため、本開示に係る樹状炭素ナノ構造体は、触媒層中のガス拡散抵抗が低下しやすいと考えられる。
【0031】
なお、本開示において、樹状炭素ナノ構造体とは、枝径が10nm~200nm以下である樹状炭素構造体を示す。枝径は、走査型電子顕微鏡(SEM;日立ハイテク社製SU-9000)により、10万倍(2.5μm×2μm)の倍率で5視野のSEM画像を観察し、各視野の画像上でそれぞれ20ヶ所の枝径を計測し、総計100ヶ所の測定値の平均値を枝径の値とする。なお、計測する枝径は、注目する枝について、隣接する2つ分岐点間の中央部(枝分かれしている枝の中間部)の太さを計測して、枝径とする(
図4参照。
図4中、Dは1箇所当たりの枝径を示す)。ここで、
図5を参照して、枝径の測定方法を説明する。
図5では、1箇所の注目する枝を示している。この注目する枝について、枝分かれする分岐点BP1と分岐点BP2とを特定する。次に、特定した分岐点BP1と分岐点BP2とを結び、分岐点BP1と分岐点BP2とを結んだ垂直二等分線BCとなる位置で、枝の太さ(幅)を計測する。この計測した枝の太さが1箇所当たりの枝径Dである。なお、枝長は、分岐点BP1から分岐点BP2までの距離で表される(
図5を参照)。例えば、本開示において、樹状炭素ナノ構造体の枝径は上記範囲であれば特に限定されず、例えば、50nm~100nm程度であってもよい。また、枝長は特に限定されず、例えば、50nm~200nm程度であってもよい。
【0032】
以下に、図面を参照しながら、本開示の好適な態様の一例について詳細に説明する。なお、本開示において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0033】
図1は、本開示の触媒担体用炭素材料における窒素吸脱着等温線を模式的に示すグラフである。
図1は、好ましい態様として、触媒担体用炭素材料が、樹状炭素ナノ構造体であるときの態様を表している。
図1に示す窒素吸脱着等温線は、相対圧P/P
0が0.4以上の範囲に2つのヒステリシスループを示す。この2つのヒステリシスループのうち、相対圧の高い側に第1のヒステリシスループA1、相対圧の低い側に第2のヒステリシスループA2が存在する。
図1に示す窒素吸脱着等温線では、第1のヒステリシスループA1は、相対圧P/P
0が0.87以上の範囲に存在し、第2のヒステリシスループA2は、相対圧P/P
0が0.4~0.87の範囲内に存在する。
【0034】
一般に、液体窒素温度(例えば、77K)における窒素吸着等温線は、相対圧が低いほど細孔径が小さい細孔への吸着に相当する。このため、第1のヒステリシスループA1は、枝間細孔の特性によって形成されるものであり、第2のヒステリシスループA2は、枝内細孔の特性によって形成されるものである。
【0035】
ここで、ヒステリシスループが生じる機構とその機構に基づき、ヒステリシスループを指標にした担体用炭素材料の指針を詳細に説明する。
図1に示すように、脱離曲線(窒素脱着等温線)において、吸着曲線(窒素吸着等温線)と同一の吸着容積に達する相対圧は吸着よりも低くなる。即ち、吸着した窒素は脱離しにくいことを表す。脱離過程では、窒素が、複数の脱離経路の中で最も抜けやすい経路(即ち、細孔が大きい経路)から抜けることになる。しかしながら、脱離過程では、その細孔径に相当する圧力にまで相対圧が低下するまで、吸着した窒素は脱離しないことを表す。これが即ちヒステリシス現象である。ヒステリシスループを形成するとは、ある相対圧で吸着と脱離が一致し、細孔の効果がなくなることに相当する。本開示においては、例えば、第1のヒステリシスループA1が、相対圧0.87近傍で消失している。第1のヒステリシスループA1は、枝間細孔によるヒステリシス現象を表している。したがって、枝間細孔によるヒステリシスが相対圧0.87近傍で消失するということは、枝による細孔が0.87近傍で消失することを表している。つまり、樹状炭素ナノ構造体は、枝径や枝長に分布幅の大きさによって、この樹状構造による細孔径にも相当の分布幅を生じることになる。その結果、ヒステリシスは閉じず、2つのヒステリシスループを形成しない炭素材料となる。よって、本開示に係る担体用炭素材料が樹状炭素ナノ構造体である場合、樹状炭素ナノ構造体の枝構造は、2つのループを形成するような枝径及び枝長が揃った構造であることが要求される。
【0036】
具体的には、ボトルネック型細孔が存在する場合に、ヒステリシスループが生じるとする説が提案されている。
図2に、炭素材料中に形成されるボトルネック型細孔の一例として、ボトルネック型細孔30を示す。ボトルネック型細孔30は、ボトル部30Aと、ボトル部30Aに連通するネック部30Bとで構成される。ボトル部30Aの直径はネック部30Bの直径より大きい。また、ネック部30Bは、炭素材料の外表面または炭素材料内の他の細孔に連通している。
【0037】
この説では、次に説明するように、吸着過程と脱着過程の違いによってヒステリシスループが生じる。すなわち、吸着過程では、窒素ガスの相対圧力に応じ、窒素の吸着厚みが徐々に厚くなっていく。その過程で、先ず、ボトルネック型細孔のネック部が吸着により閉塞する。その時、ボトル部にネック部相当の厚みで窒素が吸着しても、ボトル部の直径はネック部の直径よりも大きいので、ボトル部はまだ完全に埋まりきっていない。この状態では、例えネック部が閉塞していても、窒素吸着層を通じて外部圧力とボトル部内部の圧力は平衡にある。このため、更に窒素ガスの相対圧力が増加(すなわち外部圧力が増加)すれば、ボトル部内部の圧力も増す。したがって、外部圧力に相当する吸着がボトル部でも進行し、ネック部が閉塞したままであってもボトル部の窒素吸着層は厚くなる。更に外部圧力が増すと、遂にボトル部も窒素吸着層によって完全に閉塞する。即ち、ボトルネック型細孔であっても、吸着プロセスではネック部がない通常の細孔構造と同様の吸着が進行する。但し、厳密には、ネック部が窒素吸着層で閉塞した時には、ネック部に吸着した窒素吸着層の少なくとも一部が液相になる。そして、このような液相の表面張力により、外部圧力よりも液相内部の圧力(すなわち、ボトル部内部の圧力)は僅かに小さくなることが知られている。この現象は、いわゆる毛細管現象と呼ばれている。このため、ボトルネック型細孔の吸着等温線では、非ボトルネック型の細孔と同じ吸着量を得るために必要な相対圧力が僅かに高い値にシフトすることになる。
【0038】
次に、ボトルネック型細孔の全ての細孔が埋まった状態からの窒素の脱離過程を考える。脱離過程では、ネック部の閉塞が解ける圧力に外部圧力が低下するまで、ネック部が開通することはない。なお、ネック部の閉塞が解ける圧力に外部圧力が低下する過程で、外部圧力は、ボトル部の吸着が解ける圧力となる。しかし、この状態であっても、ネック部の閉塞の為にボトル部の内部に吸着した窒素はそのまま保持される(いわゆるブロッキング現象)。窒素を吸着質として液体窒素温度(例えば77K)で脱着等温線を計測する場合には、ネック部が開通する圧力よりも高い相対圧で、ネック部内の窒素吸着層が沸騰(キャビテーション)を始める。このため、窒素吸着層が沸騰を始める圧力で、ボトル部及びネック部に吸着した窒素が一気に脱離放出されることになる。この圧力は、ボトルネック型細孔が炭素粒子内の細孔(樹状炭素ナノ構造体における枝内細孔)を構成する場合、相対圧P/P0=0.4付近になることが知られている。0.4付近の相対圧P/P0は、吸着質の細孔構造によらない窒素吸着固有の相対圧である。つまり、第2のヒステリシスループA2が閉じる相対圧P/P0(すなわちキャビテーションを開始する圧力)は、細孔構造には依存せず、吸着質(窒素分子)と測定温度で決まる。そこで、本開示では、キャビテーションで脱離放出される窒素量から、ボトルネック型細孔の存在とボトル部の容積の大きさを判断するものである。そして、本開示では、ボトルネック型細孔の数を少なくし、仮にボトルネック型細孔が存在したとしても、ボトル部の容積を小さくする。なお、ヒステリシスの現象は、例えば、下記文献に詳細に説明されている。
【0039】
(文献):Adsorption Hysteresis of Nitrogen and Argon in Pore Networks and Characterization of Novel Micro- and Mesoporous Silicas, Langmuir 2006, 22, 756-764
【0040】
図2から明らかなとおり、ネック部30Bの直径は、ボトル部30Aの直径よりも小さいので、ボトル部30Aにガスが流入しにくい。また、ボトル部30A内のガスは、外部に流出しにくい。したがって、触媒担体中の全細孔の容積に占めるボトルネック型細孔の容積比が大きいほど、ガス拡散抵抗が高くなるといえる。
【0041】
そして、ボトルネック型細孔の容積比は、ヒステリシスループの面積に対応している。すなわち、ヒステリシスループの面積が小さいほど、ボトルネック型細孔の容積比が小さくなる。
【0042】
前述のように、大電流時の過電圧を小さくするためには、樹状炭素ナノ構造体において、枝間の細孔径を大きく、且つ、細孔容積も大きくするのが重要となる。これを窒素ガス吸着のヒステリシスループに表現しなおすと以下のようになる。
【0043】
「細孔径が大きい」は、相対圧が高い領域で吸着曲線が立ち上ることに相当する。具体的には、BJH(Barrett-Joyner-Halender)解析では、相対圧0.87は直径20nmに、相対圧0.95は直径38nmに、相対圧0.97は直径64nmに、相対圧0.98は直径93nmに、それぞれ相当する。本開示の触媒担体用炭素材料が、樹状炭素ナノ構造体の場合、枝径が、例えば、概略50nm~100nmであるから、吸着が立ち上る相対圧が0.97~0.98である。さらに、枝径が揃っているので、吸着の立ち上がりが急峻である。例えば、樹状構造を持つカーボンブラック系の典型的な多孔質炭素であるケッチェンブラックEC300は、粒子径が40nm前後であり、吸着が立ち上るのは相対圧が0.95付近であり、且つ、細孔径にバラつきあるので吸着の傾きは樹状炭素ナノ構造体よりも小さい。
一方、「細孔容積が大きい」は、ガス吸着の吸着量に相当する。具体的には、本開示の触媒担体用炭素材料が、樹状炭素ナノ構造体の場合には、枝間による吸着は相対圧0.95から0.99の吸着量に相当する。本発明者らは、大電流特性と、この数値の相関を採ることにより、本開示では枝間に相当する構造を定量的に規定することに成功したものである。
【0044】
また、本開示では、第1のヒステリシスループA1及び第2のヒステリシスループA2の面積は小さくなることが好ましい。上述したように、本開示では、枝間細孔は枝間で多様に分岐しており、比較的太く、寸胴な形状を有している。同様に、枝内細孔は枝内で多様に分岐しており、比較的太く、寸胴な形状を有している。このため、枝間及び枝内でボトルネック型細孔はほとんど存在せず、結果として、第1のヒステリシスループA1及び第2のヒステリシスループA2の面積は小さくなる。さらに、枝間細孔は比較的太いので、第1のヒステリシスループA1は、比較的高い(すなわち、0.87前後の)相対圧P/P0で閉じる。
【0045】
そして、これらの第1のヒステリシスループA1及び第2のヒステリシスループA2は、本開示における触媒担体用炭素材料としての樹状炭素ナノ構造体の窒素吸脱着等温線で観測される特徴的なものである。他の従来の炭素材料の窒素吸脱着等温線では2つのヒステリシスループは観測されない。したがって、窒素吸脱着等温線に基づいて、本開示における樹状炭素ナノ構造体特有の細孔構造を評価することができる。
【0046】
上述したように、本開示における樹状炭素ナノ構造体では、枝内細孔は、太くて長い寸胴な形状を有し、枝内で多様に分岐している。大電流時の過電圧をさらに低下させる点で、枝内細孔を大きくし、枝内細孔の分岐性を高めることが好ましい。枝内細孔を大きくすることは、第2のヒステリシスループA2に現れる。具体的には、細孔内のガスの拡散性が改善されるので第2のヒステリシスループA2の面積が小さくなる。
【0047】
さらに、樹状炭素ナノ構造体では、枝間細孔は、太くて長い寸胴な形状を有し、枝間で多様に分岐している。大電流時の過電圧をさらに低下させる点で、枝を減肉することが好ましい。さらに、枝径の分布はシャープであることが好ましい。これにより、ガスが枝間細孔内を流動しやすくなる。枝間細孔を大きくし、かつ、枝径の分布はシャープにすることは、第1のヒステリシスループA1に現れる。具体的には、枝間細孔の直径の分布が狭くなり、且つ枝間細孔の直径の分布がより長径側に集中するため、窒素吸着等温線において、相対圧P/P0=0.99の吸着量と、相対圧P/P0=0.95の吸着量との吸着量差△V0.95-0.99が大きくなる。
【0048】
本発明者らは、上記要件を満たす樹状炭素ナノ構造体を作製するため、樹状炭素ナノ構造体の製造方法を検討した。樹状炭素ナノ構造体は、概略的には、金属アセチリドから金属を噴出させることで作製される。ここで、金属アセチリドは、金属塩溶液に超音波を照射しながらアセチレンを添加することで作製される。この過程では、溶液中で金属アセチリドの核が生成し、この核を起点として金属アセチリドが成長する。金属塩溶液は、アンモニア水溶液に金属塩を溶解することで作製される。そこで、本発明者らは、金属塩溶液中で生成される金属アセチリドの核の濃度を下げるために、金属塩の濃度を従来の工程よりも大幅に薄め、かつ、金属塩のアニオン成分に対するアンモニアの濃度比を高めた。さらに、金属アセチリドの生成(成長)反応をゆっくり行わせるために、アセチレンの添加速度を低くした。さらに、金属アセチリドの生成反応をゆっくり行わせるために、溶存アセチレンガスの濃度を下げることとした。具体的には、金属塩溶液を保温した。つまり、金属アセチリドの生成反応時の温度を高めに維持した。
【0049】
さらに、本発明者らは、金属アセチリドを圧縮成形した後に、金属アセチリドから金属を噴出させることとした。すなわち、金属アセチリドを加熱することで、金属アセチリドが爆発的な自己分解反応を起こし、金属アセチリドから金属が噴出する。これにより、金属層と炭素層との混合物である中間体(以下、「炭素ナノ中間体」とも称する)が生成する。そこで、本発明者らは、金属アセチリドを圧縮成形することで、金属アセチリドから反応熱が逃げにくくなるようにした。これにより、金属アセチリドの未反応部分に効率的に反応熱を供給することができる。つまり、金属アセチリドの反応熱自体は原理上不変である。そこで、このような反応熱を外部に逃げにくくすることで、金属アセチリドの未反応部分に供給される熱量を相対的に高め、金属アセチリドの昇温をスムーズに行わせることとした。さらに、本発明者らは、金属アセチリドの昇温をさらにスムーズにするために、金属アセチリドの昇温速度を高めることとした。これにより、金属アセチリドの反応を促すこととした。
【0050】
この結果、最終生成物である樹状炭素ナノ構造体において、枝内細孔をさらに太くし、枝内細孔の分岐性をさらに高めることができた。具体的には、第2のヒステリシスループA2の面積△S0.4-0.87を5mL/g~50mL/gとすることができた。さらに、樹状構造の骨格を維持しつつ、枝を減肉することができた。枝径の分布も狭くなった。具体的には、窒素吸着等温線において、P/P0=0.99の吸着量と、P/P0=0.95の吸着量との吸着量差△V0.95-0.99が500mL/g~1100mL/gとなった。樹状炭素ナノ構造体の樹状構造の骨格が維持されつつ、枝が減肉していることは、SEM(走査型電子顕微鏡)でも確認することができた。
【0051】
さらに、本発明者らは、樹状炭素ナノ構造体を高温で処理することで、樹状炭素ナノ構造体の耐久性を高めた。本発明者らは、以上の知見に基づいて、本開示に係る触媒担体用炭素材料を得た。
【0052】
ここで、本開示において、2つのヒステリシスループを示すとは、閉じたヒステリシスループが2つ存在することを示す。ヒステリシスループが閉じる状態は、ヒステリシスループの始点と終点において、脱着等温線が示す吸着量から吸着等温線が示す吸着量(ΔV)を減算した値が、20mL/g以下となることを表す。
【0053】
また、2つのヒステリシスループを示すとは、以下の態様を含む。
(1)第1のヒステリシスループの終点と、第2のヒステリシスループの始点とが同じである態様。つまり、第1のヒステリシスループの終点及び第2のヒステリシスループの始点の相対圧が同じ態様。
(2)第1のヒステリシスループの終点と、第2のヒステリシスループの始点とが離れている態様。つまり、第1のヒステリシスループの終点及び第2のヒステリシスループの始点の相対圧が異なる態様。
【0054】
本開示に係る触媒担体用炭素材料は、2つのヒステリシスループのうち、相対圧P/P0が0.87以上の範囲に第1のヒステリシスループが存在し、相対圧P/P0が0.4~0.87の範囲内に第2のヒステリシスループが存在することが好ましい。2つのヒステリシスループがこの範囲に存在することで、大電流時の過電圧が低下しやすくなる。同様の点で、本開示に係る触媒担体用炭素材料は、下記の要件を満たすことがより好ましい。
【0055】
本開示に係る触媒担体用炭素材料のより好ましい態様は、下記の要件(A)、(B)、及び(C)を満たす。なお、本開示において、窒素吸脱着等温線は、液体窒素温度(例えば、77K)で測定している。
(A)窒素吸着等温線のBET解析による比表面積が450m2/g~1500m2/gとなる。
(B)窒素吸脱着等温線は、相対圧P/P0が0.87以上の範囲で第1のヒステリシスループを形成し、且つ、相対圧P/P0が0.87±0.03の範囲内で第1のヒステリシスループの吸着量差△V0.87の最小値△V0.87minが20mL/g以下である。
(C)窒素吸脱着等温線は、相対圧P/P0が0.4~0.87の範囲内で第2のヒステリシスループを形成し、且つ、第2のヒステリシスループの面積△S0.4-0.87が5~50mL/gである。
【0056】
(1-1.要件(A))
窒素吸着等温線のBET解析による比表面積が450m2/g~1500m2/gとなる。これにより、より多くの触媒成分を担持することができる。ここで、BET比表面積が450m2/g未満であると、触媒成分の担持性が低下する場合が生じる。BET比表面積が1500m2/gを超える場合、触媒担体用炭素材料の物理的強度及び酸化消耗耐久性との両立を図ることが困難となる場合がある。BET比表面積の好ましい下限値は、500m2/g以上であり、BET比表面積の好ましい上限値は、1450m2/g以下である。なお、BET比表面積は、後述の実施例に記載されている方法によって測定すればよい。
【0057】
(1-2.要件(B))
窒素吸脱着等温線は、相対圧P/P0が0.87以上の範囲で第1のヒステリシスループを示し、且つ、相対圧P/P0が0.87±0.03の範囲内で第1のヒステリシスループの吸着量差△V0.87の最小値△V0.87minが20mL/g以下である。なお、△V0.87は、後述の実施例に記載されている方法によって測定すればよい。
【0058】
「相対圧P/P
0が0.87±0.03の範囲内で第1のヒステリシスループの吸着量差△V
0.87の最小値△V
0.87minが20mL/g以下である」ことは、第1のヒステリシスループが相対圧P/P
0=0.87±0.03の範囲内で閉じることを意味する。ここで、第1のヒステリシスループの吸着量差△V
0.87は、脱着等温線が示す吸着量から吸着等温線が示す吸着量を減算した値である。そして、吸着量差△V
0.87の最小値△V
0.87minは、相対圧P/P
0が0.87±0.03の範囲内で20mL/g以下となる。つまり、△V
0.87の最小値△V
0.87minは、0~20mL/gとなる。
図1では、相対圧P/P
0が0.87のとき、吸着量差△V
0.87が最小となっている(
図1参照)。
【0059】
(1-3.要件(C))
液体窒素温度における窒素吸脱着等温線は、相対圧P/P
0が0.4~0.87の範囲内で第2のヒステリシスループを示し、且つ、第2のヒステリシスループの面積△S
0.4-0.87が5mL/g~50mL/gである(
図1参照)。△S
0.4-0.87の好ましい下限値は、7mL/g以上であり、△S
0.4-0.87の好ましい上限値は、45mL/g以下である。なお、△S
0.4-0.87は、後述の実施例に記載されている方法によって測定すればよい。
【0060】
従来の樹状炭素ナノ構造体においても、枝内細孔は、太くて長い寸胴な形状を有し、枝内で多様に分岐している。本開示に係る触媒担体用炭素材料では、このような枝間細孔の特性が維持されつつ、枝内細孔がさらに太くなり、枝内細孔の分岐性がさらに高まっている。このため、第2のヒステリシスループが非常に小さくなっている。具体的には、第2のヒステリシスループの面積△S0.4-0.87が5~50mL/gとなっている。これにより、ガス拡散抵抗が低くなり、大電流時の過電圧が小さくなる。なお、第2のヒステリシスループの面積△S0.4-0.87が50mL/g以下である場合、枝内細孔の全容積に占めるボトルネック型細孔の容積が低下する。このため、ガス拡散抵抗の低下が好適なものとなる。第2のヒステリシスループの面積△S0.4-0.87が5mL/g以上となる場合、触媒担体用炭素材料の強度低下が抑制される。その結果として、大電流時の過電圧が小さくなり好適なものとなる。
【0061】
(1-4.要件(D))
触媒担体用炭素材料は、要件(A)~(C)に加えて、下記の要件(D)をさらに満たすことが好ましい。要件(D)は、窒素吸着等温線において、相対圧P/P
0=0.99における吸着量と、相対圧P/P
0=0.95における吸着量との吸着量差△V
0.95-0.99が500mL/g~1100mL/gである(
図1参照)。△V
0.95-0.99の好ましい下限値は、550mL/g以上であり、△V
0.95-0.99の好ましい上限値は、950mL/g以下である。なお、△S
0.4-0.87は、後述の実施例に記載されている方法によって測定すればよい。
【0062】
上述したように、樹状炭素ナノ構造体では、枝間細孔は、太くて長い寸胴な形状を有し、枝間で多様に分岐している。本開示に係る触媒担体用炭素材料では、このような枝間細孔の特性が維持されつつ、枝間細孔がさらに太くなり、かつ、直径のバラ付きも小さくなっている。このため、窒素吸着等温線において、相対圧P/P0=0.99の吸着量と、相対圧P/P0=0.95の吸着量との吸着量差△V0.95-0.99が大きくなる。つまり、枝間細孔の直径の分布がより長径側に集中する。具体的には、吸着量差△V0.95-0.99が500mL/g~1100mL/gとなる。これにより、ガス拡散抵抗が低くなり、大電流時の過電圧が小さくなる。吸着量差△V0.95-0.99が500mL/g以上となる場合、枝間細孔の直径の分布が狭くなり、拡散抵抗が十分に低下する。吸着量差△V0.95-0.99が1100mL/gを超える触媒担体用炭素材料を作製することは非常に困難である。
【0063】
(1-5.要件(E))
触媒担体用炭素材料は、要件(A)~(C)、又は要件(A)~(D)に加えて、ラマン分光測定により1500cm-1~1700cm-1の範囲で検出されるGバンドの半値幅が45cm-1~70cm-1であるという要件(E)をさらに満たすことが好ましい。この場合、触媒担体用炭素材料の耐酸化消耗性が高くなり、耐久性が向上する。すなわち、触媒担体用炭素材料を用いた固体高分子形燃料電池の起動停止を繰り返しても、触媒担体用炭素材料は酸化消耗しにくくなる。
【0064】
ここで、Gバンドの半値幅が45cm-1~70cm-1となる場合、触媒担体用炭素材料の黒鉛化度(結晶性)が向上する。このため、耐酸化消耗性が向上する。Gバンドの半値幅が70cm-1超となる場合、触媒担体用炭素材料の耐酸化消耗性が減少し、結果として、大電流時の過電圧が大きくなる。Gバンドの半値幅が45cm-1未満となる場合、枝内細孔及び枝間細孔の形状が保持されやすく、結果として要件(B)及び(C)が満たされなくなる可能性がある。Gバンドの半値幅において、好ましい下限値は、48cm-1以上であり、好ましい上限値は、68cm-1以下である。なお、Gバンドの半値幅は、後述の実施例に記載されている方法によって測定すればよい。
【0065】
<2.触媒担体用炭素材料の製造方法>
次に、触媒担体用炭素材料の好ましい製造方法の一例について説明する。触媒担体用炭素材料の好ましい製造方法によれば、窒素吸着等温線が相対圧0.4以上の範囲において、2つのヒステリシスループを示し、さらに、要件(A)~(E)も満たすことができる。触媒担体用炭素材料の好ましい製造方法の一例は、金属アセチリド生成工程、第1の加熱処理工程、及び第2の加熱処理工程を含む。さらに、第1の加熱処理工程と、第2の加熱処理工程との間に、洗浄処理工程を含んでいてもよい。
【0066】
(2-1.金属アセチリド生成工程)
この工程では、金属塩溶液に超音波を照射しながらアセチレンを添加することで、金属アセチリドを作製する。本工程により、金属塩溶液中に金属アセチリド(例えば、銀アセチリド、銅アセチリド等)の沈殿物が生成する。
【0067】
ここで、金属塩としては、例えば、硝酸銀、塩化第一銅等が挙げられる。これらのうち、硝酸銀が好ましい。また、金属塩溶液は、金属塩をアンモニア水溶液に溶解することで得られる。また、アセチレンの添加方法としては、例えば、金属塩溶液にアセチレンガスを吹き込む方法が挙げられる。超音波照射は、例えば、超音波振動子や超音波洗浄器等を用いて行うことができる。また、アセチレンガスを添加する前に、金属塩溶液中の酸素を不活性ガスで置換することが好ましい。意図しない金属アセチリドの爆発的な分解反応を抑制するためである。不活性ガスを金属塩溶液に吹き込む時間は、概ね40分~60分程度であればよい。不活性ガスとしては、例えば、アルゴン、窒素等が挙げられる。
【0068】
また、本開示では、金属塩溶液中で生成される金属アセチリドの核の濃度を下げるために、金属塩の濃度を従来の工程よりも大幅に薄め、かつ、金属塩のアニオン成分に対するアンモニアの濃度比を高くする。具体的な金属塩の濃度は、使用する金属種によって異なるので、実験により特定すればよい。アンモニアの濃度比も同様である。つまり、金属塩の濃度が高い場合、あるいは、アンモニアの濃度比が低い場合、要件(B)を満たすことができず、さらに、要件(A)、(C)及び(D)の何れかを満たすことが難しくなる。
【0069】
例えば、金属塩が硝酸銀となる場合、金属塩の濃度は、金属塩溶液の質量に対して、0.1質量%~5質量%未満である。金属塩の濃度の上限は、2質量%以下であることが好ましい。さらに、金属塩のアニオン成分に対するアンモニアの濃度比は、1以上であり、好ましくは、3以上である。これにより、上述した要件(A)~(D)を満たす触媒担体用炭素材料を作製することができる。金属塩の濃度が0.1質量%以上となる場合、最終生成物である触媒担体用炭素材料の強度が確保される。一方、金属塩の濃度が5質量%未満となる場合、または、金属塩のアニオン成分に対するアンモニアの濃度比が1以上となる場合、金属塩溶液中で生成される金属アセチリドの核の濃度が適度なものとなる。この結果、吸着量差△V0.95-0.99が500mL/g~1100mL/gとなる。つまり、枝間細孔の直径の分布が狭くなり、ガス拡散抵抗が低くなる。また、第1のヒステリシスループが相対圧P/P0=0.87の前後で閉じやすくなる。
【0070】
さらに、本開示では、金属アセチリドの生成(成長)反応をゆっくり行わせるために、アセチレンの添加速度を低くする。具体的には、例えば、アセチレンガスを金属塩溶液にゆっくり吹き込む。具体的な吹込み流速は、使用する金属種によって異なるので、実験により特定すればよい。つまり、アセチレンの吹込み流速が高い場合、要件(B)を満たすことができず、さらに、要件(A)、(C)及び(D)の何れかが満たされなくなる。例えば、金属塩が硝酸銀となる場合、アセチレンガスの吹込み流速の上限は、20mL/min未満である。アセチレンガスの吹込み流速は15mL/min以下であることが好ましく、10mL/min以下であることがさらに好ましい。アセチレンガスの吹込み速度が20mL/min未満となる場合、第2のヒステリシスループの面積△S0.4-0.87が50mL/g以下となる。つまり、枝内細孔の太さ、分岐性が十分となる。また、枝内細孔の全容積に占めるボトルネック型細孔の容積が低下する。さらに、第1のヒステリシスループが相対圧0.87の前後で閉じやすくなる。アセチレンガスの吹込み流速の下限値は特に制限されず、0.5mL/min以上であってもよい。
【0071】
さらに、本開示では、溶存アセチレンガスの濃度を下げ、金属アセチリドの反応速度を低くするために、金属塩溶液を保温する。具体的な温度は、使用する金属種によって異なるので、実験により特定すればよい。つまり、温度が高い場合、要件(B)を満たすことができず、さらに、要件(A)、(C)及び(D)の何れかが満たされなくなる。例えば、金属塩が硝酸銀となる場合、金属塩溶液を10℃超に保温する。金属塩溶液の温度は、好ましくは20℃以上であり、さらに好ましくは60℃以上である。金属塩溶液の温度が10℃超となる場合、吸着量差△V0.95-0.99が500mL/g~1100mL/gとなる。つまり、枝間細孔の直径の分布が狭くなり、ガス拡散抵抗が低くなる。さらに、第2のヒステリシスループの面積△S0.4-0.87が50mL/g以下となる。つまり、枝内細孔の太さ、分岐性が十分となる。また、枝内細孔の全容積に占めるボトルネック型細孔の容積が低下し、第1のヒステリシスループが相対圧0.87の前後で閉じやすくなる。温度の上限値は特に制限されず、70℃以下であってもよい。
【0072】
(2-2.第1の加熱処理工程)
第1の加熱処理工程では、金属アセチリドを加熱することで、金属アセチリドから金属を噴出させる。ここで、本開示では、金属アセチリドを圧縮成形した後に、金属アセチリドを加熱する。すなわち、金属アセチリドを加熱することで、金属アセチリドが爆発的な自己分解反応を起こし、金属アセチリドから金属が噴出する。これにより、炭素ナノ中間体が生成する。本開示では、金属アセチリドを圧縮成形するので、金属アセチリドから反応熱が逃げ難くなる。これにより、金属アセチリドの未反応部分に効率的に反応熱を供給することができる。つまり、金属アセチリドの反応熱自体は原理上不変である。そこで、本開示では、このような反応熱を外部に逃げ難くすることで、金属アセチリドの未反応部分に供給される熱量を相対的に高め、金属アセチリドの昇温をスムーズに行わせる。本開示では、金属アセチリドの昇温をさらにスムーズにするために、金属アセチリドの昇温速度を高める。すなわち、本開示では、これらの処理を行うことで、金属アセチリドの反応を促す。
【0073】
ここで、圧縮成形の際の成型圧は、金属アセチリドを構成する金属種によって変動しうるので、実験により特定すればよい。つまり、成型圧が不足する場合、金属アセチリドの未反応部分に反応熱を効率的に供給することができない。この結果、要件(B)を満たすことができず、さらに、要件(A)、(C)及び(D)の何れかが満たされなくなる。例えば、金属アセチリドが銀アセチリドとなる場合、成型圧は、0.5kg/cm2より大きい。これにより、金属アセチリドの未反応部分に効率的に反応熱を供給することができる。成型圧は、好ましくは1.0kg/cm2以上であり、さらに好ましくは2.0kg/cm2以上であり、さらに好ましくは2.5kg/cm2以上である。成型圧が0.5kg/cm2超となる場合、金属アセチリドの未反応部分に反応熱を効率的に供給することが可能になる。また、第1のヒステリシスループが相対圧0.87の前後で閉じやすくなる。成型圧の上限値は特に制限されず、3kg/cm2以下であってもよい。
【0074】
また、昇温速度も金属アセチリドを構成する金属種によって変動しうるので、実験により特定すればよい。つまり、昇温速度が低い場合、金属アセチリドの未反応部分に反応熱を効率的に供給することができない。この結果、要件(B)を満たすことができず、さらに、要件(A)、(C)及び(D)の何れかが満たされなくなる。例えば、金属アセチリドが銀アセチリドとなる場合、昇温速度は2℃/minより大きい。昇温速度は、好ましくは5℃/min以上であり、さらに好ましくは100℃/min以上である。昇温速度が2℃/min超となる場合、金属アセチリドの未反応部分に反応熱を効率的に供給することが可能になる。結果として、例えば、要件(C)を満たすことができる。昇温速度の上限値は特に制限されず、300℃/min以下であってもよい。
【0075】
また、昇温後の保持温度も金属アセチリドを構成する金属種によって異なる。例えば、銀アセチリドを加熱する場合、保持温度は160℃~200℃とすればよい。また、銅アセチリドを加熱する場合、保持温度は210℃~250℃とすればよい。
【0076】
(2-3.洗浄処理工程)
洗浄処理工程では、炭素ナノ中間体から金属成分を除去することで、触媒担体用炭素材料を作製する。具体的には、例えば、硝酸(あるいは硝酸水溶液)で炭素ナノ中間体を洗浄する。これにより、炭素ナノ中間体中の金属成分及び不安定な炭素化合物が硝酸水溶液中に溶出する。これにより、炭素ナノ中間体から金属成分のみならず不安定な炭素化合物も除去することができる。なお、この工程により、金属成分が存在した箇所が空隙になるので、触媒担体用炭素材料は、大きな比表面積を持つ三次元構造を有する。
【0077】
(2-4.第2の加熱処理工程)
第2の加熱処理工程では、触媒担体用炭素材料を真空または不活性ガス雰囲気中で1400℃~2500℃で加熱する。加熱温度は、好ましくは1600℃~2100℃である。この第2の加熱工程における加熱温度が1400℃以上であると、触媒担体用炭素材料の結晶性が向上し、燃料電池使用環境下の耐久性を担保しやすくなる。結果として、要件(E)が満たされやすくなる。また、加熱温度が2500℃以下であると枝内細孔及び枝間細孔の形状が保持されやくなる。結果として要件(B)、(C)が満たされやすくなる。触媒担体用炭素材料の耐久性を高めるという観点からは、第2の加熱処理を行うことが好ましい。
【0078】
また、加熱処理時間も触媒担体用炭素材料の特性に影響を及ぼす。加熱処理時間は、20分~200分とすればよい。加熱処理時間は、結晶性の均一性に関わると考えられる。加熱処理時間が短か過ぎると、炭素材料の外表面のみの結晶性が高まる一方で、内部は十分に結晶性が発達しない場合があり、耐久性が低下しやすくなる。加熱処理時間が20分以上であると、内部の結晶性が向上する。一方で加熱処理時間が長過ぎると、工業的生産性の低下に繋がる。加熱処理時間は、実質的には200分以下であれば、どんな炭素材料であっても内部まで均一に結晶化することができる。
【0079】
ここで、触媒担体用炭素材料の加熱方法は、触媒担体用炭素材料を上記温度で加熱することができる方法であれば、特に制限されない。加熱方法としては、例えば、抵抗加熱、マイクロ波加熱、高周波加熱、炉形式の加熱方法などが挙げられる。炉形式については、バッチ式炉、トンネル炉などが挙げられる。炉形式は、不活性又は減圧雰囲気を達成できれば制限はない。
【0080】
以上により、本開示の触媒担体用炭素材料は、上記の好ましい製造方法により、要件(A)~(C)を満たす。また、好ましい条件の選択によって、要件(D)及び要件(E)の少なくとも一方をさらに満たす。したがって、この触媒担体用炭素材料を固体高分子形燃料電池の触媒担体として使用することで、触媒層中のガス拡散抵抗が低くなり、大電流時の過電圧が小さくなる。
【0081】
<3.固体高分子形燃料電池用触媒層及び固体高分子形燃料電池>
固体高分子形燃料電池用触媒層とともに、固体高分子形燃料電池について説明する。本開示の触媒担体用炭素材料は、例えば
図3に示す固体高分子形燃料電池100に設けられる触媒層150及び160に適用可能である。
図3は、本開示に係る燃料電池の概略構成の一例を示す模式図である。固体高分子形燃料電池100は、セパレータ110及び120、ガス拡散層130及び140、触媒層150及び160、並びに電解質膜170を備える。
【0082】
セパレータ110は、アノード側のセパレータであり、水素等の還元性ガスをガス拡散層130に導入する。セパレータ120は、カソード側のセパレータであり、酸素ガス、空気等の酸化性ガスをガス拡散凝集相に導入する。セパレータ110及び120の種類は特に限定されず、従来の燃料電池(例えば固体高分子形燃料電池)で使用されるセパレータであればよい。
【0083】
ガス拡散層130は、アノード側のガス拡散層であり、セパレータ110から供給された還元性ガスを拡散させた後、触媒層150に供給する。ガス拡散層140は、カソード側のガス拡散層であり、セパレータ120から供給された酸化性ガスを拡散させた後、触媒層160に供給する。ガス拡散層130及び140の種類は特に限定されず、従来の燃料電池(例えば固体高分子形燃料電池)に使用されるガス拡散層であればよい。ガス拡散層130及び140の例としては、多孔質炭素材料(カーボンクロス、カーボンペーパー等)、多孔質金属材料(金属メッシュ、金属ウール等)などが挙げられる。なお、ガス拡散層130及び140の好ましい例としては、2層構造のガス拡散層が挙げられる。具体的には、ガス拡散層130及び140において、セパレータ110及び120側の層が繊維状炭素材料を主成分とするガス拡散繊維層となり、触媒層150及び160側の層がカーボンブラックを主成分とするマイクロポア層となる2層構造のガス拡散層が挙げられる。
【0084】
触媒層150は、いわゆるアノードである。触媒層150内では、還元性ガスの酸化反応が起こり、プロトンと電子が生成される。例えば、還元性ガスが水素ガスとなる場合、以下の酸化反応が起こる。
H2→2H++2e- (E0=0V)
【0085】
酸化反応によって生じたプロトンは、触媒層150、及び電解質膜170を通って触媒層160に到達する。酸化反応によって生じた電子は、触媒層150、ガス拡散層130、及びセパレータ110を通って外部回路に到達する。電子は、外部回路内で仕事(発電)をした後、セパレータ120に導入される。その後、電子は、セパレータ120、ガス拡散層140を通って触媒層160に到達する。
【0086】
アノードとなる触媒層150の構成は特に制限されない。触媒層150の構成は、従来のアノードと同様の構成であってもよいし、触媒層160と同様の構成であってもよいし、触媒層160よりもさらに親水性が高い構成であってもよい。
【0087】
触媒層160は、いわゆるカソードである。触媒層160内では、酸化性ガスの還元反応が起こり、水が生成される。例えば、酸化性ガスが酸素ガス又は空気となる場合、以下の還元反応が起こる。酸化反応で発生した水は、未反応の酸化性ガスとともに、固体高分子形燃料電池100の外部に排出される。
O2+4H++4e-→2H2O (E0=1.23V)
【0088】
このように、固体高分子形燃料電池100では、酸化反応と還元反応とのエネルギー差(電位差)を利用して発電する。言い換えれば、酸化反応で生じた電子が外部回路で仕事を行う。
【0089】
触媒層160には、本開示に係る触媒担体用炭素材料が含まれていることが好ましい。すなわち、触媒層160は、本開示に係る触媒担体用炭素材料と、電解質材料と、触媒成分とを含む。これにより、触媒層160内の触媒利用率を高めることができる。そして、固体高分子形燃料電池100の触媒利用率を高めることができる。
【0090】
なお、触媒層160における触媒担持率は特に制限されず、30質量%以上80質量%未満であることが好ましい。触媒担持率がこの範囲であると、触媒利用率がさらに高くなる。ここで、触媒担持率は、触媒担持粒子(触媒担体用炭素材料に触媒成分を担持させた粒子)の総質量に対する触媒成分の質量%で表される。触媒担持率が30質量%未満となる場合、固体高分子形燃料電池100を実用に耐えるようにするために、触媒層160を厚くする必要が生じうる。一方、触媒担持率が80質量%以上となる場合、触媒凝集が起こりやすくなる。また、触媒層160が薄くなりすぎて、フラッディングが起こる可能性が生じる。
【0091】
触媒層160における電解質材料の質量Iと触媒担体用炭素材料の質量Cとの質量比I/Cは特に制限されず、0.5超5.0未満であることが好ましい。この場合、細孔ネットワークと電解質材料ネットワークとが両立でき、触媒利用率が高くなる。一方、質量比I/Cが0.5以下となる場合、電解質材料ネットワークが貧弱になり、プロトン伝導抵抗が高くなる傾向にある。質量比I/Cが5.0以上となる場合、電解質材料によって細孔ネットワークが分断される可能性がある。いずれの場合にも、触媒利用率が低下する可能性がある。
【0092】
また、触媒層160の厚さは特に制限されず、5μm超20μm未満であることが好ましい。この場合、触媒層160内に酸化性ガスが拡散しやすく、かつ、フラッディングが生じにくくなる。触媒層160の厚さが5μm以下となる場合、フラッディングが生じやすくなる。触媒層160の厚さが20μm以上となる場合、触媒層160内で酸化性ガスが拡散しにくくなり、電解質膜170近傍の触媒成分が働きにくくなる。すなわち、触媒利用率が低下する可能性がある。
【0093】
電解質膜170は、プロトン伝導性を有する電解質材料で構成されている。電解質膜170は、上記酸化反応で生成したプロトンを触媒層160(カソード)に導入する。ここで、電解質材料の種類は特に限定されず、従来の燃料電池、例えば固体高分子形燃料電池で使用される電解質材料であればよい。好適な電解質材料の例としては、電解質樹脂が挙げられる。電解質樹脂としては、例えば、リン酸基、スルホン酸基等を導入した高分子が挙げられる。具体的には、例えば、パーフルオロスルホン酸ポリマー、ベンゼンスルホン酸等が導入されたポリマー等が挙げられる。もちろん、電解質材料は、他の種類の電解質材料であってもよい。このような電解質材料としては、例えば、無機系、無機-有機ハイブリッド系等の電解質材料等が挙げられる。なお、固体高分子形燃料電池100は、常温(25℃)~150℃の範囲内で作動する燃料電池であってもよい。
【0094】
<4.固体高分子形燃料電池の製造方法>
固体高分子形燃料電池100の製造方法は特に制限されず、従来と同様の製造方法であればよい。ただし、触媒担体には本開示に係る触媒担体用炭素材料を用いる。触媒層150及び160のうち、少なくとも、カソードとなる触媒層160における触媒担体には、本開示に係る触媒担体用炭素材料を用いることが好ましい。もちろん、アノードとなる触媒層150及びカソードとなる触媒層160における両触媒層の触媒担体に、本開示に係る触媒担体用炭素材料を用いてもよい。
【実施例】
【0095】
<1.各パラメータの測定方法>
つぎに、本開示に係る触媒担体用炭素材料の実験例について説明する。まず、各パラメータの測定方法について説明する。
【0096】
(1-1.窒素吸脱着等温線の測定方法)
約30mgの試料を測り採り、120℃で2時間真空乾燥した。次いで、自動比表面積測定装置(マイクロトラックベル社製、BELSORP MAX)に試料をセットした。そして、窒素ガスを吸着質に用いて77Kの測定温度(液体窒素温度)で窒素吸脱着等温線を測定した。相対圧P/P0が0.05~0.15の範囲で窒素吸着等温線をBET解析することにより、BET比表面積を算出した。
【0097】
さらに、相対圧P/P0が0.4以上の範囲に存在するヒステリシスループの数を計測した。そして、相対圧P/P0が0.87±0.03の範囲内で第1のヒステリシスループにおける吸着量差△V0.87を測定し、吸着量差△V0.87の最小値△V0.87minを特定した。さらに、相対圧P/P0が0.4~0.87の範囲内で第2のヒステリシスループの面積△S0.4-0.87を測定した。この△V0.87の測定及び△S0.4-0.87の測定の目的のために、一般の測定よりも、P/P0の測定間隔を小さくした。具体的には、P/P0の測定間隔を0.005刻みで定点を取るように設定した。つまり、測定上のP/P0の測定精度は0.005である。
【0098】
ヒステリシスループの面積△S0.4-0.87の算出には、以下の方法によった。各相対圧P/P0の測定点において、吸着過程の吸着量V1と脱離過程の吸着量V2との差分ΔVに、P/P0の測定間隔の0.005を乗じた値を算出した。そして、P/P0=0.4~0.87の範囲のすべての測定点に関して積算した値として、△S0.4-0.87を算出した。
同様に、吸着量差△V0.87は、相対圧P/P0が0.87±0.03の範囲内で、精度0.005刻みで算出した。
【0099】
さらに、相対圧P/P0=0.99の吸着量と、相対圧P/P0=0.95の吸着量との吸着量差△V0.95-0.99を測定した。表2に結果をまとめて示す。
なお、相対圧P/P0が0.87以上の範囲に第1のヒステリシスループが存在し、かつ相対圧P/P0が0.4~0.87の範囲内に第2のヒステリシスループが存在した場合、表2中の「ヒステリシスループの数」の欄に「2」と表記する。ヒステリシスループが一つしか存在しなかった場合、表2中の「ヒステリシスループの数」の欄に「1」と表記する。
【0100】
(1-2.ラマン分光スペクトルの測定方法)
試料約3mgを測り採り、レーザラマン分光光度計(日本分光(株)製、NRS-3100型)を用い、ラマン分光スペクトルを測定した。下記測定条件で得られたラマン分光スペクトルからGバンドと呼ばれる1500cm-1~1700cm-1の範囲のピークを抽出し、このピークの半値幅(△G)を測定した。表2に結果をまとめて示す。
-測定条件-
励起レーザー:532nm、レーザーパワー:10mW(試料照射パワー:1.1mW)、顕微配置:Backscattering、対物レンズ:×100倍、スポット径:1μm、露光時間:30sec、観測波数:2000cm-1~300cm-1、積算回数:6回
【0101】
<2.触媒担体用炭素材料の準備>
以下の工程における各操作を行うことで、触媒担体用炭素材料E1-1~E6-8及びC1-1~C6-2を作製した。
【0102】
(2-1.金属アセチリド生成工程)
最初に、硝酸銀をアンモニア水溶液に溶解し、硝酸銀溶液を作製した。硝酸銀溶液中のアンモニア濃度は2.0質量%であった。また、硝酸銀の具体的な濃度を表1に示す。
硝酸銀濃度の影響を調査するため、触媒担体用炭素材料E1-1~E1-6及びC1-1~C1-2を作製するときにおいて、硝酸銀濃度を炭素材料毎に変動させた。
【0103】
次いで、硝酸銀溶液にアルゴンガスを60分間吹き込み、硝酸銀溶液中に溶存する酸素を不活性ガスに置換した。次いで、硝酸銀溶液をスターラーで攪拌しながら、硝酸銀溶液にアセチレンガスを所定の流速で溶液内に吹き込んだ。また、アセチレンガスの吹込み中には、硝酸銀溶液を所定の温度で保温した。硝酸銀溶液の温度及びアセチレンガスの吹込み流速の具体的な数値を表1に示す。
硝酸銀溶液の温度の影響を調査するため、触媒担体用炭素材料E2-1~E2-5及びC2-1を作製するときにおいて、硝酸銀溶液の温度を炭素材料毎に変動させた。また、アセチレンガスの吹込み流速の影響を調査するため、触媒担体用炭素材料E3-1~E3-5及びC3-1~C3-2を作製するときにおいて、吹込み流速を炭素材料毎に変動させた。
【0104】
この結果、硝酸銀溶液中に銀アセチリドの白色の固形物が沈殿した。吹き込んだアセチレンガスが溶液中で泡のまま放出され始めたら、硝酸銀溶液中の硝酸銀がすべてアセチレンガスと反応したと判断し、吹き込みを終了した。次いで、硝酸銀溶液中の沈殿物をメンブレンフィルターで濾過し、得られた沈殿物をメタノールに再分散させた。次いで、沈殿物のメタノール分散液を再度、濾過した。シャーレに沈殿物を取り出し、沈殿物に少量のメタノールを含浸させた。
【0105】
(2-2.第1の加熱処理工程)
次いで、メタノールを含浸させた沈殿物(すなわち、銀アセチリド)を約0.5g(メタノール含む質量)量り取った。次いで、量り取った沈殿物を直径5mmのステンレス製のペレット成形金型に入れて、ゆっくりと所定の圧力(成型圧)で加圧した。これにより、銀アセチリドのペレットを作製した。具体的な成型圧を表1に示す。
ここで、成型圧の影響を調査するため、触媒担体用炭素材料E4-1~E4-4及びC4-1~C4-3を作製するときにおいて、成型圧を炭素材料毎に変動させた。なお、触媒担体用炭素材料C4-1の成型圧「なし」は、圧縮を行わなかったことを意味する。E4-3~E4-4については、成型圧以外に、銀アセチリド合成条件も変更した。
次いで、銀アセチリドのペレットを、直径5cm程度のステンレス製の円筒容器に移し、この円筒容器を真空加熱電気炉に入れて、60℃で約15分間~30分間、真空乾燥した。
【0106】
次いで、円筒容器中の銀アセチリドをそのままの状態で(すなわち、円筒容器から銀アセチリドを取出すことなく)、所定の昇温速度で200℃まで昇温した。この過程で、銀アセチリドは、爆発的な自己分解反応を起こし、銀アセチリドから銀が噴出した。これにより、金属層と炭素層との混合物である炭素ナノ中間体が生成した。具体的な昇温速度を表1に示す。ここで、昇温速度の影響を調査するため、触媒担体用炭素材料E5-1~E5-6及びC5-1を作製するときにおいて、昇温速度を炭素材料毎に変動させた。
【0107】
(2-3.洗浄処理工程)
上記第1の加熱処理工程で得られた炭素ナノ中間体を濃度60質量%の濃硝酸で洗浄した。これにより、炭素ナノ中間体の表面に残存した銀粒子及びその他の不安定な炭素化合物を除去した。その後、触媒担体用炭素材料を水洗した。
【0108】
(2-4.第2の加熱処理工程)
洗浄処理工程で洗浄された触媒担体用炭素材料を所定の温度で2時間加熱することで、触媒担体用炭素材料の黒鉛化度を高めた。具体的な加熱温度及び加熱処理時間を表1に示す。
ここで、加熱温度及び加熱処理時間の影響を示すため、触媒担体用炭素材料E6-1~E6-8及びC6-1~C6-2を作製するときにおいて、加熱温度及び加熱処理時間の組み合わせを炭素材料毎に変動させた。
【0109】
以上の工程により、触媒担体用炭素材料E1-1~E6-8及びC1-1~C6-2を作製した。これらの触媒担体用炭素材料の物性値を表2に示す。
【0110】
また、市販の触媒担体用炭素材料として、ケッチェンブラックEC600JD(ライオン社製)を準備した。また、EC600JDをアルゴン流通下、1800℃で2時間熱処理したEC600JD-1800を準備した。これらのケッチェンブラックは、樹状炭素ナノ構造体と同様に樹状構造を有し、発達した枝内細孔も有し、かつ、大きなBET比表面積を有する。
【0111】
また、CNovel-MH(東洋炭素社製)を準備した。また、CNovel-MHをアルゴン流通下、2000℃で2時間熱処理したMH-2000を用意した。これらの炭素材料は、樹状構造を持たない多孔質炭素材料である。これらの炭素材料は、炭素粒子内に形成された多くの細孔を有する。
【0112】
さらに、この細孔同士を連結させればガス拡散性が高まる。その目的のために、MH-2000を空気中で加熱処理することで、炭素を酸化消耗させた。具体的には、横型の管状電気炉を用い、流通させるガスを乾燥空気とし、560℃で1時間処理した(この炭素材料をMH-2000-Air560とする)。この空気酸化処理により、46質量%の重量減少を生じた。なお、この空気酸化処理により、ヒステリシスループの面積は大きく減少した。空気酸化処理前のMH-2000におけるヒステリシスループの面積の算出値が61であるのに対し、空気酸化処理をしたMH-2000-Air560におけるヒステリシスループの面積の算出値は0.6となった。即ち、空気酸化処理により、実質的にヒステリシスループは消失し、吸着と脱離の曲線がほぼ一致した。
【0113】
また、アセチレンブラックAB(デンカ社製)及び導電グレードの#4500(東海カーボン社製)を準備した。これらの炭素材料は、発達した樹状構造を有するが、枝内細孔をほとんど有しない。これら市販の触媒担体用炭素材料の物性値を表2に示す。
【0114】
【0115】
【0116】
<3.MEAの作製>
触媒担体用炭素材料E1-1~E6-8及びC1-1~C6-2、並びに市販の触媒担体用炭素材料を用いて以下の工程によりMEA(膜電極複合体)を作製した。
【0117】
(3-1.白金担持処理)
触媒担体用炭素材料を蒸留水中に分散させ、炭素材料分散液を作製した。次いで、この炭素材料分散液にホルムアルデヒドを加え、40℃に設定したウォーターバスにセットした。次いで、炭素材料分散液の温度がバスと同じ40℃になるまで待機した。その後、炭素材料分散液を撹拌しながら炭素材料分散液にジニトロジアミンPt錯体硝酸水溶液をゆっくりと注ぎ入れた。約2時間撹拌を続けた後、炭素材料分散液を濾過し、得られた固形物を洗浄した。このようにして得られた固形物を90℃で真空乾燥した後、乳鉢で粉砕して、粉砕固形物とした。次いで、粉砕固形物を、水素を5体積%含むアルゴン雰囲気中200℃で1時間熱処理した。これにより、白金担持炭素材料を作製した。
【0118】
なお、白金担持炭素材料の白金担持量は、触媒担体用炭素材料及び白金粒子の合計質量に対して40質量%とした。白金担持量は、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-AES: Inductively Coupled Plasma - Atomic Emission Spectrometry)により確認した。
【0119】
(3-2.塗布インクの作製)
電解質樹脂となるナフィオン(Dupont社製ナフィオン、登録商標:Nafion、パースルホン酸系イオン交換樹脂)が溶解したナフィオン溶液を用意した。次いで、アルゴン雰囲気中で白金担持炭素材料(Pt触媒)及びナフィオン溶液を混合した。ここで、電解質樹脂の固形分の質量比は、白金担持炭素材料に対して1.0倍とした。ただし、触媒担体用炭素材料として非多孔質である、AB又は#4500を使用する場合には、電解質樹脂の固形分の質量比を0.5倍とした。次いで、混合溶液を軽く撹拌した後、超音波で混合溶液中の白金担持炭素材料を解砕した。次いで、混合溶液に更にエタノールを加え、白金担持炭素材料及び電解質樹脂の合計の固形分濃度が、混合溶液の総質量に対して1.0質量%となるように調整した。これにより、白金担持炭素材料及び電解質樹脂を含む塗布インクを作製した。
【0120】
(3-3.触媒層の作製)
次いで、白金の触媒層単位面積当たりの質量(以下、「白金目付量」という。)が0.2mg/cm2となるようにスプレー条件を調節し、上記塗布インクをテフロン(登録商標)シート上にスプレーした。次いで、アルゴン雰囲気中120℃で60分間の乾燥処理を行うことで、テフロン(登録商標)シート上に触媒層を作製した。同じ触媒層を2つ作製し、一方をカソード、他方をアノードとした。
【0121】
(3-4.MEAの作製)
ナフィオン膜(Dupont社製NR211)から、一辺6cmの正方形状の電解質膜を切り出した。また、アノード及びカソードの各触媒層が設けられたテフロン(登録商標)シートを、それぞれカッターナイフで一辺2.5cmの正方形状に切り出した。このようにして切り出されたシート上のアノード及びカソードの各触媒層の間に、電解質膜を挟み込み、プレスして積層体とした。具体的には、各触媒層は、電解質膜の中心部を挟み、各触媒層及び電解質膜がそれぞれ接し、互いにずれが無いように、この電解質膜を挟み込みプレスして積層体を得た。プレスは、120℃、100kg/cm2で10分間行った。次いで、この積層体を室温まで冷却した。次いで、アノード及びカソードの各触媒層から、テフロン(登録商標)シートのみを注意深く剥ぎ取った。以上の工程により、アノード及びカソードの各触媒層を電解質膜に定着させた。
【0122】
次に、ガス拡散層となるカーボンペーパー(SGLカーボン社製35BC)から一辺2.5cmの正方形状のカーボンペーパーを2つ切り出した。次いで、これらの切り出したカーボンペーパーを、アノード及びカソードの各触媒層とずれが生じないように積層して、積層体を作製した。次いで、積層体を120℃、50kg/cm2で10分間プレスすることで、MEAを作製した。なお、プレス前の触媒層付テフロン(登録商標)シートの質量と、プレス後に剥がしたテフロン(登録商標)シートの質量との差から、ナフィオン膜に定着した触媒層の質量を求めた。そして、触媒層の組成の質量比より白金目付け量、触媒担体用炭素材料の目付け量、及び電解質樹脂の目付け量を算出した。この方法により、白金目付け量が0.2mg/cm2であることを確認した。
【0123】
<4.性能評価試験>
作製したMEAをそれぞれセルに組み込み、燃料電池測定装置に装着して燃料電池の性能評価を行った。
【0124】
カソードに空気を、アノードに純水素を、それぞれの利用率が40%と70%となるように、大気圧下に供給した。セル温度は80℃に設定した。また、燃料電池に供給する空気及び純水素を、加湿器中で65℃に保温された蒸留水にそれぞれ通す(すなわち、バブリングを行う)ことで、加湿した。すなわち、これらのガスに改質水素相当の水蒸気を含ませた。そして、加湿したガスをセルに供給した。このような条件で、セルにガスを供給した後、負荷を徐々に増やし、200mA/cm2、及び、1000mA/cm2におけるセル端子間電圧を出力電圧として記録し、燃料電池の性能評価を実施した。
【0125】
得られた燃料電池の性能評価結果については、各電流密度の電圧により、A及びBの合格ランクと、Cの不合格ランクの基準で評価を行った。合格ランクについては合格のものをBとし、より高性能のものをAとした。
合格ランクの基準については、下記のランクの分類法に示すとおりである。評価結果を表3にまとめて示す。
【0126】
〔ランクの分類法〕
-200mA/cm2における出力電圧-
A:0.86V以上であるもの。
B:0.84V以上、0.86未満であるもの。
C:Bに満たないもの。
-1000mA/cm2における出力電圧-
A:0.65V以上であるもの
B:0.60V以上、0.65未満であるもの。
C:Bに満たないもの。
【0127】
【0128】
<5.評価>
本開示の要件を満たす触媒担体用炭素材料は、いずれも低電流時(200mA/cm2)及び大電流時(1000mA/cm2)における出力電圧が高い。したがって、過電圧が小さくなった。特に、触媒担体用炭素材料E2-5、E3-1、E4-3、E4-4、E5-5、E5-6、及びE6-2~E6-4については、大電流時の過電圧が特に低くなった。これらの触媒担体用炭素材料は、硝酸銀溶液の温度、成型圧、第1の熱処理時の昇温速度、及び第2の熱処理時の加熱温度のいずれかが特に好ましい条件を満たすように作製されたものである。触媒担体用炭素材料E4-1及びE4-2は、要件(D)を満たしていないが、結果は良好であった。もちろん、要件(A)~(E)の全てが満たされる場合に、特に良好な結果が得られる。
【0129】
これに対し、触媒担体用炭素材料C1-1、C1-2、C2-1、C3-1、C3-2C4-1~C4-3、C5-1、C6-1、及びC6-2は、窒素吸脱着等温線が、2つのヒステリシスループを示さなかった。このため、大電流時の過電圧が高くなった。市販の触媒担体用炭素材料は、窒素吸脱着等温線が、2つのヒステリシスループを示さなかった。大電流時のみならず、低電流時の過電圧が大きくなった。
【0130】
なお、各図面に付した符号は以下のとおりである。
100 固体高分子形燃料電池
110、120 セパレータ
130、140 ガス拡散層
150、160 触媒層
170 電解質膜