(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-17
(45)【発行日】2024-12-25
(54)【発明の名称】状態推定システム、秘匿信号生成装置、状態推定方法、及び秘匿信号生成プログラム
(51)【国際特許分類】
G06N 20/00 20190101AFI20241218BHJP
【FI】
G06N20/00
(21)【出願番号】P 2023503563
(86)(22)【出願日】2021-03-02
(86)【国際出願番号】 JP2021007876
(87)【国際公開番号】W WO2022185402
(87)【国際公開日】2022-09-09
【審査請求日】2023-08-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100129230
【氏名又は名称】工藤 理恵
(72)【発明者】
【氏名】仲地 孝之
(72)【発明者】
【氏名】オウ イト
(72)【発明者】
【氏名】持田 康弘
(72)【発明者】
【氏名】山口 高弘
(72)【発明者】
【氏名】西沢 秀樹
【審査官】北川 純次
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2018/0211140(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0017870(US,A1)
【文献】仲地 孝之,スパースコーディングを用いた光通信の状態推定法,電子情報通信学会技術研究報告,日本,一般社団法人電子情報通信学会,2019年10月10日,Vol.119, No.229,pp.77-82
【文献】仲地 孝之,スパース辞書学習の秘匿演算 秘匿データからパターンや法則性を見つける,電子情報通信学会技術研究報告,日本,一般社団法人電子情報通信学会,2019年02月27日,Vol.118, No.473,pp.35-40
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06N 20/00
G06N 3/02 - 3/10
G06F 21/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光通信の信号処理回路から出力された、学習用コンスタレーションデータ及び識別用コンスタレーションデータを取得し、
分布計算を実施し、且つ、前記学習用コンスタレーションデータ及び識別用コンスタレーションデータのうち、所定の座標に属しているコンスタレーションデータの数またはヒストグラムを算出し、算出されたコンスタレーションデータの数またはヒストグラムに基づいて、次元削減と秘匿処理を同時に実現するランダム射影を実施して、学習用秘匿信号、及び識別用秘匿信号を生成する秘匿信号生成部と、
前記学習用秘匿信号に基づき、スパース辞書学習のアルゴリズムを用いて秘匿スパース辞書の学習を行うスパース辞書学習部と、
前記識別用秘匿信号に基づき、前記秘匿スパース辞書を用いて光通信の状態を推定する識別部と、
を備えた状態推定システム。
【請求項2】
前記スパース辞書学習部は、前記秘匿スパース辞書の学習により、スパース係数、秘匿辞書、及び射影行列を更新する
請求項1に記載の状態推定システム。
【請求項3】
前記識別部は、前記スパース辞書学習部で推定した前記スパース係数、及び前記秘匿辞書に基づいて、前記光通信の状態を推定する
請求項2に記載の状態推定システム。
【請求項4】
前記秘匿信号生成部は、複数設けられている
請求項1~3のいずれか1項に記載の状態推定システム。
【請求項5】
光通信の信号処理回路から出力された学習用コンスタレーションデータ及び識別用コンスタレーションデータを取得するデータ取得部と、
分布計算を実施し、且つ、前記学習用コンスタレーションデータ及び識別用コンスタレーションデータのうち、所定の座標に属しているコンスタレーションデータの数またはヒストグラムを算出し、算出されたコンスタレーションデータの数またはヒストグラムに基づいて、次元削減と秘匿処理を同時に実現するランダム射影を実施して、前記各コンスタレーションデータからデータ数を削減かつ秘匿化し、データ数削減かつ秘匿化後の各コンスタレーションデータに基づいて、学習用秘匿信号、及び識別用秘匿信号を生成する秘匿信号生成部と、
備えた秘匿信号生成装置。
【請求項6】
秘匿信号生成部が、光通信の信号処理回路から出力された、学習用コンスタレーションデータを取得し、
分布計算を実施し、且つ、所定の座標に属しているコンスタレーションデータの数またはヒストグラムを算出し、算出されたコンスタレーションデータの数またはヒストグラムに基づいて、次元削減と秘匿処理を同時に実現するランダム射影を実施して、前記学習用コンスタレーションデータからデータ数を削減かつ秘匿化し、データ数削減かつ秘匿化後の学習用コンスタレーションデータに基づいて、学習用秘匿信号を生成するステップと、
スパース辞書学習部が、前記学習用秘匿信号に基づき、スパース辞書学習のアルゴリズムを用いて秘匿スパース辞書の学習を行うステップと、
秘匿信号生成部が、前記光通信の信号処理回路から出力された、識別用コンスタレーションデータを取得し、
前記分布計算を実施し、且つ、前記ランダム射影を実施して、前記識別用コンスタレーションデータからデータ数を削減かつ秘匿化し、データ数削減かつ秘匿化後の識別用コンスタレーションデータに基づいて、識別用秘匿信号を生成するステップと、
識別部が、前記識別用秘匿信号に基づき、前記秘匿スパース辞書を用いて光通信の状態を推定するステップと、
を備えた状態推定方法。
【請求項7】
請求項5に記載の秘匿信号生成装置としてコンピュータを機能させる秘匿信号生成プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、状態推定システム、秘匿信号生成装置、状態推定方法、及び秘匿信号生成プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
デジタルコヒーレント通信では、伝送データを振幅と位相の極座標ダイヤグラムで表現したコンスタレーションデータを生成し、このコンスタレーションデータの理論値からの乖離を分析することにより、通信品質を確認している。通信品質を確認することにより、通信品質の低下の原因を迅速に特定し、通信品質を改善するための対策を講じることが可能となる。
【0003】
例えば、非特許文献1には、スパースコーディングを用いた光通信の状態推定方法について記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】仲地孝之, Yitu Wang, 乾哲郎, 田中貴章, 山口高弘, 島野勝弘,”スパースコーディングを用いた光通信の状態推定,”電子情報通信学会光通信システム研究会技術報告, vol. 119, no. 229,OCS2019-42, pp. 77-82.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、コンスタレーションデータの分析は専門家の経験に強く依存している。また、統計的なアプローチや深層学習により光通信の品質劣化の原因を推定するためには、大量のコンスタレーションデータの取得が必要であり、演算量が膨大になるという問題がある。しかし、上述した非特許文献1に開示された技術では、データ量を削減することについて言及されておらず、演算量が膨大になるという問題を解決するに至っていない。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、光通信における品質劣化の原因を、演算量を高めることなく推定することが可能な状態推定システム、秘匿信号生成装置、状態推定方法、及び秘匿信号生成プログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様の状態推定システムは、光通信の信号処理回路から出力された、学習用コンスタレーションデータ及び識別用コンスタレーションデータを取得し、ランダム射影により前記各コンスタレーションデータからデータ数を削減かつ秘匿化し、データ数削減かつ秘匿化後の各コンスタレーションデータに基づいて、学習用秘匿信号、及び識別用秘匿信号を生成する秘匿信号生成部と、前記学習用秘匿信号に基づき、スパース辞書学習のアルゴリズムを用いて秘匿スパース辞書の学習を行うスパース辞書学習部と、前記識別用秘匿信号に基づき、前記秘匿スパース辞書を用いて光通信の状態を推定する識別部とを備える。
【0008】
本発明の一態様の秘匿信号生成装置は、光通信の信号処理回路から出力された学習用コンスタレーションデータ及び識別用コンスタレーションデータを取得するデータ取得部と、ランダム射影により前記各コンスタレーションデータからデータ数を削減かつ秘匿化し、データ数削減かつ秘匿化後の各コンスタレーションデータに基づいて、学習用秘匿信号、及び識別用秘匿信号を生成する秘匿信号生成部とを備える。
【0009】
本発明の一態様の状態推定方法は、光通信の信号処理回路から出力された、学習用コンスタレーションデータを取得し、ランダム射影により前記学習用コンスタレーションデータからデータ数を削減かつ秘匿化し、データ数削減かつ秘匿化後の学習用コンスタレーションデータに基づいて、学習用秘匿信号を生成するステップと、前記学習用秘匿信号に基づき、スパース辞書学習のアルゴリズムを用いて秘匿スパース辞書の学習を行うステップと、前記光通信の信号処理回路から出力された、識別用コンスタレーションデータを取得し、ランダム射影により前記識別用コンスタレーションデータからデータ数を削減かつ秘匿化し、データ数削減かつ秘匿化後の識別用コンスタレーションデータに基づいて、識別用秘匿信号を生成するステップと、前記識別用秘匿信号に基づき、前記秘匿スパース辞書を用いて光通信の状態を推定するステップとを備える。
【0010】
本発明の一態様は、上記秘匿信号生成装置としてコンピュータを機能させるための秘匿信号生成プログラムである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、光通信における品質劣化の原因を、演算量を高めることなく推定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、16QAMの コンスタレーションデータを示す説明図である。
【
図2A】
図2Aは、変調器親バイアス位相エラーが発生したときの、コンスタレーションデータを示す説明図である。
【
図2B】
図2Bは、I/Q ゲインインバランス状態であるときの、コンスタレーションデータを示す説明図である。
【
図2C】
図2Cは、I/QSkewインバランス状態であるときの、コンスタレーションデータを示す説明図である。
【
図3】
図3は、本実施形態に係る状態推定システムの構成を示すブロック図である。
【
図4】
図4は、秘匿信号生成部の詳細な構成を示すブロック図である。
【
図5】
図5は、コンスタレーションデータの数またはヒストグラムI(s,t)から、ランダム射影により秘匿信号を生成する流れを示す説明図である。
【
図6】
図6は、コンスタレーションデータを秘匿化しない場合のスパースモデルを示す説明図である。
【
図7】
図7は、ランダム射影により次元を削減し、且つ秘匿化した場合のスパースモデルを示す説明図である。
【
図8】
図8は、ハードウェア構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本実施形態に係る状態推定システムについて説明する。本実施形態では、ランダム射影によりコンスタレーションデータのデータ量を削減かつ秘匿化し、データ量を削減かつ秘匿化した後のコンスタレーションデータを用いて光通信の状態推定を行う。以下に、「コンスタレーションデータを用いた状態推定方法」、及び「ランダム射影を用いた秘匿演算に基づく状態推定方法」について説明する。
【0014】
[コンスタレーションデータを用いた状態推定方法]
コンスタレーションデータは、デジタルコヒーレント通信で伝送されるデータを複素数平面上に表現することができる。複素平面上に表現することにより、コヒーレント通信信号の位相と振幅情報を可視的に表現することができる。
【0015】
図1は、16QAM(直角位相振幅変調)のコンスタレーションデータを示す説明図である。
図1に示す16点のポイントの位置は、軸に対する回転方向が位相情報を示し、原点からの距離が振幅情報を示している。
【0016】
例えば、16QAM信号であれば1シンボルで16ポイント(=4ビット分)の情報を伝送することが可能である。なお、コンスタレーションデータは一定時間の積分状態を表しており、ある時間において信号状態は16点のうちどこか1点を指している。
【0017】
コンスタレーションデータが信号の位相状態、及び振幅状態を示すことにより、その形状により伝送路や光送信器の状態推定を行うことができる。ここでは光送信器の状態推定について、「変調器親バイアス位相エラー」、「I/Q ゲインインバランス状態」、「I/QSkewインバランス状態」の3つのエラーを対象とした状態推定について具体例を示す。上記の各エラーは、光通信装置の光IQ変調モジュールの調整不足が主な要因となって発生する。以下、想定されるエラー発生の具体的な要因について、下記(a)~(c)に示す。
【0018】
(a)変調器親バイアス位相エラー
図2Aは、変調器親バイアス位相エラーが発生したときの、コンスタレーションデータを示す説明図である。
図2Aに示すように、位相がずれているためコンスタレーションデータが菱型に歪んでいる。この結果により、位相変調器のバイアスにずれが生じている可能性があるものと判定することができる。
【0019】
(b)I/Qゲインインバランス状態
図2Bは、I/Qゲインインバランス状態であるときの、コンスタレーションデータを示す説明図である。この場合には、I軸が想定よりも長いまたはQ軸が想定より短くなる。この結果により、光I/Q変調器の「I」、或いは「Q」の駆動振幅にずれが生じている可能性があるものと判定することができる。
【0020】
(c)I/QSkewインバランス状態
図2Cは、I/QSkewインバランス状態であるときの、コンスタレーションデータを示す説明図である。コンスタレーションマップの四隅の点は想定通りの位置に存在している。しかし、一の点から他の点に遷移する軌跡が想定と異なっている。この結果により、信号遅延の補正値にずれが生じている可能性があるものと判定することができる。
【0021】
このように、コンスタレーションデータを用いることにより、デジタルコヒーレント通信の通信品質を推定することができる。本実施形態では、ランダム射影を採用することにより、コンスタレーションデータを秘匿化し、且つ、データ量及び演算負荷を削減して光通信の状態推定を行う。
【0022】
[ランダム射影を用いた秘匿演算に基づく状態推定方法]
以下、ランダム射影を用いた秘匿演算に基づく状態推定方法の具体的な例について説明する。以下では、[1.状態推定システムの全体概要]、[2.ランダム射影を用いた秘匿信号の生成]、[3.一般的なスパース辞書学習及び識別]、[4.秘匿スパース辞書学習及び秘匿識別]、についてそれぞれ説明する。
【0023】
[1.状態推定システムの全体概要]
秘匿スパースコーディングを用いて光通信の状態推定を行う状態推定システムの全体概要について説明する。
図3は、本実施形態に係る状態推定システム100の構成を示すブロック図である。
【0024】
図3に示すように、本実施形態に係る状態推定システム100は、複数の秘匿信号生成装置1(1-1~1-N)と、演算装置2を備えている。各秘匿信号生成装置1と演算装置2とは、ネットワーク3を介して接続されている。
【0025】
各秘匿信号生成装置1(1-1~1-N)は、データ取得部11と、秘匿信号生成部12を備えている。演算装置2は、スパース辞書学習部21と、識別部22を備えている。
【0026】
データ取得部11は、デジタルコヒーレント信号処理回路10(以下、「DSP10」という)に接続されている。
【0027】
DSP10は、デジタルコヒーレント通信で送受信される信号を処理する。データ取得部11は、DSP10からコンスタレーションデータを取得する。
【0028】
秘匿信号生成部12は、データ取得部11で取得される学習用のコンスタレーションデータに基づいて、秘匿信号(学習用秘匿信号)を生成する。秘匿信号生成部12はまた、データ取得部11で取得される識別用のコンスタレーションデータに基づいて、秘匿信号(識別用秘匿信号)を生成する。秘匿信号生成部12の詳細については、
図4を参照して後述する。
【0029】
スパース辞書学習部21は、スパース辞書学習法の「Label Consistent K-SVDアルゴリズム」(以下、「LC K-SVDアルゴリズム」という)を用いて、秘匿スパース辞書の学習を行う。
【0030】
識別部22は、スパース辞書学習部21で学習した秘匿スパース辞書、及び、貪欲法(greedyアルゴリズム)の一例である直交マッチング追跡法(OMP:Orthogonal Matching Pursuit)を用いて、スパース係数(詳細は後述)を演算する。
【0031】
本実施形態に係る状態推定システム100では、秘匿信号生成装置1、及び演算装置2により、以下に示す秘匿スパース辞書学習のステップと、秘匿識別のステップを実行して、スパース係数を演算し、光通信の秘匿状態推定を行う。
【0032】
秘匿スパース辞書学習のステップでは、学習用コンスタレーションデータが正常であるかエラーであるか、及びエラーである場合にはどのようなエラー状態にあるか、の情報に基づいて学習を行い、スパース辞書などのパラメータを決定する。
【0033】
秘匿スパース辞書学習のステップでは、秘匿信号生成装置1において、DSP10からコンスタレーションデータを取得し、秘匿信号を生成する。その後、生成した秘匿信号をネットワーク3を介して演算装置2に送信する。
【0034】
演算装置2のスパース辞書学習部21では、スパース辞書学習法の「LC K-SVD」アルゴリズムを用いて、秘匿スパース辞書の学習を行う。
【0035】
秘匿識別のステップでは、各拠点に設置された秘匿信号生成装置1(1-1~1-N)において、DSP10から識別用コンスタレーションデータを取得し、秘匿信号を生成する。次いで、上述した秘匿スパース辞書学習のステップで推定した秘匿スパース辞書を用いて、識別用コンスタレーションデータに対して、正常であるかエラー状態にあるかを識別する処理を実行する。
【0036】
[2.ランダム射影を用いた秘匿信号の生成]
次に、ランダム射影を用いた秘匿信号の生成について詳細に説明する。秘匿信号の生成は、上述した秘匿スパース辞書学習のステップ、及び秘匿識別ステップで共通である。
図4は、秘匿信号生成部12の詳細な構成を示すブロック図である。
図4に示すように、秘匿信号生成部12は、ランダムサンプリング部121と、分布計算部122と、ランダム射影部123と、を備えている。以下、詳細に説明する。
【0037】
[2-1.ランダムサンプリング部121]
ランダムサンプリング部121は、ランダム射影によりサンプルデータ数を削減する処理を実施する。ランダム射影では、元のd次元データ「Xd×N」を、列の単位長がランダムな「k×d」のランダム行列「Rk×d」を使用して、k次元(k<<d)の部分空間に射影する。即ち、下記(1)式により、ランダム射影後のデータ「XRP
k×N」を演算する。
【0038】
【0039】
ランダム化行列「R」の各要素を「rij」とすると、各構成要素「rij」は、下記(2)式のように設定される。従って、ランダム射影を実施することにより、データ数を削減することが可能である。なお、(2)式はランダム化行列「R」の一例であり、一般的なランダム射影のためのランダム化行列「R」を用いることができる。
【0040】
[2-3.ランダム射影部123]
ランダム射影部123は、分布計算部122で算出されたコンスタレーションデータの数またはヒストグラム「I(s,t)」に基づいて、次元削減と秘匿処理の両方を同時に実現可能なランダム射影を用いてデータ数を削減する。
【0041】
[2-2.分布計算部122]
分布計算部122は、DSP10から取得されるコンスタレーションデータのうち、各座標s,t(s=1,…,S、t=1,…,T)に属しているコンスタレーションデータの数またはヒストグラム「I(s,t)」を算出する。
【0042】
[2-2.ランダム射影部123]
ランダム射影部123は、分布計算部122で算出されたコンスタレーションデータの数またはヒストグラム「I(s,t)」に基づいて、次元削減と秘匿処理の両方を同時に実現可能なランダム射影を用いてデータ数を削減する。
【0043】
図5は、コンスタレーションデータの数またはヒストグラム「I(s,t)」から、ランダム射影により秘匿信号を生成する流れを示す説明図である。
図5に示すように、最初にヒストグラム「I(s,t)」を辞書式順序で、下記(3)式で示される列ベクトル「yi」により、下記(4)式として並べ替える。
【0044】
【0045】
【0046】
(3)式において、「M」は「S×T」で定義される負でない整数、「i」は学習データまたは識別データのサンプルインデックスを示し「i=1,・・,N」である。また、「N」はデータ数を示す。
【0047】
ランダム射影とは、ランダム行列による線形変換であり、高次元データの低次元化に使用することができる。ランダム射影は、乱数を要素とする下記(5)式に示す行列Rを、M次元のベクトル「yi」に乗じて「M(^)」次元(但し、M(^)<M)の低次元なベクトル「yi(^)」に変換する。ベクトル「yi(^)」は、下記(6)式で示すことができる。
【0048】
【0049】
【0050】
ランダム行列Rの要素が、平均「0」、分散「1/M(^)」の乱数であるならば、任意のN個の学習データまたは識別データ「yi(i=1,・・,N)」を、下記(7)式の次元にランダム射影したとき、下記(8)式に示すようにランダム射影前後でデータ間の距離が高い確率で近似的に保存される。
【0051】
【0052】
【0053】
(8)式において、「ε」(但し、0<ε<1)は係数である。この定理は、「M」次元空間から、より低い次元である「M(^)」次元の空間へ写像するとき、ある2点間のユークリッド距離が極めて高い確率で保存されることを示している。更にこのランダム射影は、任意のランダムな値によって得られることが知られている。上述の処理により、ランダム射影による秘匿信号が生成される。
【0054】
[3.一般的なスパース辞書学習及び識別]
次に、ベクトル「yi」を秘匿化しない場合のスパース辞書学習及び識別について説明する。スパース辞書学習は、教師ありスパース辞書学習「LC K-SVD」によって行われる。「LC K-SVD」の処理には、教師なしスパース辞書学習「K-SVD」が必要となるため、最初に「K-SVD」について述べる。
【0055】
[3-1.教師なしスパース辞書学習:K-SVD]
ベクトル「yi」の集合「Y」を、下記(9)式とする。
【0056】
【0057】
図6は、コンスタレーションデータを秘匿化しない場合のスパースモデルを示す図である。
図6に示す空白部分は、データが「0」であることを示している。ここで、
図6に示すように、集合「Y」がK個の基底の線形結合で表現できるものと仮定する。即ち、下記(10)式のように仮定する。
【0058】
【0059】
但し、(10)式に示した「D」は、下記(11)式のように示すことができる。また、(10)式に示した「X」は、下記(12)式のように示すことができる。
【0060】
【0061】
【0062】
(11)、(12)式において、「D」は基底「dk」(M次元の列ベクトル)を要素とする辞書行列であり、「X」は、スパース係数「xi」(K次元の列ベクトル)を要素とする行列である。
【0063】
一般的に辞書行列として、基底の数が観測信号の次元よりも大きく(即ち、「K>M」)、過完備な辞書行列を用いる。観測信号の次元より多い基底による表現「Y=DX」(前述した(10)式)では、「X」の一意性を保証することができない。
【0064】
このため、通常は観測信号「Y」の表現に利用される基底を「D」のうちの一部に制限する。即ち、少数の「T0」個の係数のみが非ゼロの値を取り、残りの大部分の係数はゼロの値を取る制約を設ける。このように、非ゼロ要素が全体に対して少数である状態をスパース(Sparse:疎)と称している。スパースの制約を持つ最適化問題は、再構成誤差を最小化する、下記(13)式として定式化される。
【0065】
【0066】
但し、(13)式に示す下記(14)式は、L0ノルム(ベクトル中の非ゼロ要素の個数)を示す。
【0067】
【0068】
下記(15)式は、フロベニウスのノルムを示し下記(16)式で定義される。
【0069】
【0070】
【0071】
一般的に辞書学習は、下記ステップS1、S2の二つのステップを交互に繰り返すことによって、前述した(13)式の最適化問題を解く。以下に示すステップS1ではスパース係数の計算、ステップS2では辞書の更新を行う。
【0072】
(ステップS1;スパース係数の計算)
ステップS1では、辞書Dを固定しスパース係数xiを求める問題であり、下記(17)式のように書き換えることができる。
【0073】
【0074】
しかし、この問題は全ての基底の組み合わせについて試験しなければ最適解が得られない組合せ最適化問題であり、計算量的に困難(NP困難)であることが知られている。この問題に対する解法として、貪欲法に基づく方法やl0制約をl1制約で緩和した上で解く方法など、数多くのアルゴリズムが提案されている。一例として、本発明ではl0制約に基づく近似解法である直交マッチング追跡法(OMP:Orthogonal Matching Pursuit)を用いる。
【0075】
(ステップS2;辞書の更新)
ステップS2では、ステップS1で求めた「X(スパース係数xiを要素とする行列)」を固定し、辞書「D」の更新を行う。「K-SVD」は、「k-means」法を一般化したものと位置づけられる。「k-means」法ではクラスタとサンプルが1対1に対応しているのに対して、「K-SVD」ではクラスタ重心(K-SVD では基底)の一次結合としてサンプルを表す。「K-SVD」では、観測信号の集合「Y」から基底「dk」を除いた線形予測値との残差「Ek」を特異値分解(SVD:Singular Value Decomposition)することで、「dk」と「xk
T」を求める。残差「Ek」は、下記(18)式で示される。
【0076】
【0077】
しかし、得られる解はスパースの制約を満たすとは限らないため、「K-SVD」ではステップS1で求めた「xk
T」における非ゼロ要素のみを更新する。その際の誤差「ER
k」に対して「SVD」を適用し、直行行列「U」、「V」と対角行列「Σ」に分解すると、下記(19)式が得られる。
【0078】
【0079】
(19)式において、「ui」、「vj」 は、それぞれ「U」と「V」のi番目の列ベクトル、「σi」は「Δ」のi番目の対角成分である。「K-SVD」では、第一特異値に関する成分「u1」と、「σ1vT
1」を用いて、下記(20)式のように基底ならびにスパース係数の行ベクトルの近似解を得る。
【0080】
【0081】
[3-2.教師ありスパース辞書学習:LC K-SVD]
教師ありスパース辞書学習は、
図3に示したスパース辞書学習部21により実行される。「K-SVD」が再構成誤差を最小化するようにスパース表現を求めていたのに対して、「LC K-SVD」では、(a)再構成誤差、(b)識別スパース符号誤差、(c)クラス分類に対する識別誤差、の加重和としてコスト関数を設定し、下記(21)式により、スパース表現を学習する。
【0082】
【0083】
(21)式の右辺第1項は、「K-SVD」と同じ再構成誤差である。(21)式の右辺第2項の下記(22)式に示す「Q」が、観測信号のベクトル「yi」のクラス分類のための識別スパース符号であり、同じクラスに分類する観測信号のベクトル「yi」は、同じ基底「dk」を共有するという制約を課している。
【0084】
【0085】
(21)式の右辺第3項は、クラス分類に対する識別誤差である。「W」はクラス分けのための射影行列で、下記(23)式に示す「H」が入力「Y」のクラスラベルである。
【0086】
【0087】
(23)式に示す「hi」は、下記(24)式で示すことができる。「hi」は、観測信号のベクトル「yi」に対応するクラスのラベルベクトルで「l」が対応するクラス、「m」がクラスの個数を示す。
【0088】
【0089】
上述の(21)式に示した「α」、「β」は、寄与率を調整するパラメータである。なお、(21)式は、下記(25)式に書き換えることができる。これは前述した(13)式と同一の形式であり、「K-SVD」と同様のアルゴリムで辞書を学習させることができる。
【0090】
【0091】
[3-3.識別]
識別の処理は、
図3に示した識別部22により実行される。識別のステップでは、識別用のコンスタレーションデータから整型した観測信号のベクトル「yi」に対して、「LC K-SVD」で推定した辞書「D」を用いて、下記(26)式を「OMP」などを用いて解くことによりスパース係数「xi」を算出する。
【0092】
【0093】
次に、算出されたスパース係数「xi」を行列「W」を用いて、下記(27)式により射影する。
【0094】
【0095】
射影後の推定値「hi(^)」に基づいて、秘匿信号のベクトル「yi(^)」が「m」クラスのいずれかに属しているかを識別する。ベクトル「yi(^)」は、「hi(^)」の最も「l」に近い要素に対応するクラスに識別される。
【0096】
[4.秘匿スパース辞書学習及び秘匿識別]
秘匿スパース辞書学習及び秘匿識別の処理は、
図3に示したスパース辞書学習部21、及び識別部22により実行される。この処理では、コンスタレーションデータに基づき、ランダム射影を用いて生成した秘匿信号のベクトル「yi(^)」を用いて、秘匿スパース学習及び識別を行う。
【0097】
[4-1.教師あり秘匿スパース辞書学習:LC K-SVD]
以下、教師あり秘匿スパース辞書学習について説明する。秘匿信号のベクトル「yi(^)」の集合を、下記(28)式とする。
【0098】
【0099】
このとき、「LC K-SVD」を用いて、下記(29)式に示す秘匿辞書「D(^)」、及び射影行列「W」を求める。
【0100】
【0101】
「LC K-SVD」を用いた秘匿スパース辞書学習のコスト関数は、下記(30)式で示すことができ、「K-SVD」と同様のアルゴリムで解くことができる。
【0102】
【0103】
ここで、下記(31)式に示す「Q」が観測信号のベクトル「yi」のクラス分類のための識別スパース符号であり、(30)式に示す「W」はクラス分けのための射影行列である。下記(32)式に示す「H」が入力「Y」のクラスラベルである。
【0104】
【0105】
【0106】
下記(33)式に示す「hi」 は、観測信号のベクトル「yi」に対応するクラスのラベルベクトルで、「l」が対応するクラス、「m」がクラスの個数を示す。
【0107】
【0108】
(30)式に示した「α」及び「β」は、寄与率を調整するパラメータである。辞書「D」は、「D(^)=RD(^)」の関係によりランダム射影により秘匿化されていると仮定する。
【0109】
ここで、前述した(8)式に示したように、ランダム射影の前後でデータ間の距離が高い確率で近似的に保存されることから、前述した(30)式の秘匿スパース辞書学習の最適解は、秘匿化しない場合の(25)式の最適解に近い値として算出される。
【0110】
このとき、秘匿辞書「D(^)」は、「LC K-SVD」アルゴリズムにより秘匿信号の領域で更新され求めることができる。前述した
図6は、コンスタレーションデータを秘匿しない場合のスパースモデルを示す図である。また、
図7は、ランダム射影により次元を削減しかつ秘匿した場合のスパースモデルを示す図である。
図6、
図7を対比して理解されるように、ランダム射影により次元「Y」、「D」を削減することにより、学習・識別データと辞書の次元が小さくかつ秘匿化されていることが判る。
【0111】
[4-2.秘匿識別]
秘匿識別の処理は、
図3に示した識別部22により実行される。秘匿識別のステップでは、識別用のコンスタレーションデータからランダム射影により生成した秘匿信号「y(^)i」に対して、秘匿スパース辞書学習で推定した秘匿辞書「D(^)」を用いて、下記(34)式を「OMP」などを用いて解くことによりスパース係数「xi」を算出する。
【0112】
【0113】
次に、算出されたスパース係数「xi」を、秘匿スパース辞書学習で推定した射影行列「W」を用いて、下記(35)式により射影する。
【0114】
【0115】
射影後の推定値「h(?)i」に基づいて、秘匿信号のベクトル「yi(^)」が「m」クラスのいずれかに属しているかを識別する。そして、秘匿信号のベクトル「yi(^)」を、「h(^)i」の最も「l」に近い要素に対応するクラスに識別することができる。
【0116】
[本実施形態の効果]
このように、本実施形態に係る状態推定システム100は、光通信の信号処理回路から出力された、学習用コンスタレーションデータ及び識別用コンスタレーションデータを取得し、ランダム射影により各コンスタレーションデータからデータ数を削減かつ秘匿化し、データ数削減かつ秘匿化後の各コンスタレーションデータに基づいて、学習用秘匿信号、及び識別用秘匿信号を生成する秘匿信号生成部12と、学習用秘匿信号に基づき、スパース辞書学習のアルゴリズムを用いて秘匿スパース辞書の学習を行うスパース辞書学習部21と、識別用秘匿信号に基づき、秘匿スパース辞書を用いて光通信の状態を推定する識別部22と、を備える。
【0117】
本実施形態では、コンスタレーションデータを秘匿化した状態で、該コンスタレーションデータを削減することができる。このため、光通信における伝送路や光送信器の状態を、高い秘匿性を維持しつつ少ない演算量で推定することが可能となる。その結果、光通信における品質劣化の原因を、演算量を高めることなく推定することが可能となる。
【0118】
また、人為的なミスによりデータが流出した場合でも、データが漏洩することを防止することが可能となる。
【0119】
また、秘匿信号生成部12は、ランダムサンプリング部でコンスタレーションデータの数を削減する。更に、データ数削減後のコンスタレーションデータに対して分布計算を実施し、且つ、次元削減及び秘匿処理を同時に実現するランダム射影を行って学習用秘匿信号、及び識別用秘匿信号を生成する。このため、学習用秘匿信号及び識別用秘匿信号を高精度に生成することが可能となる。
【0120】
更に、スパース辞書学習部21は、秘匿スパース辞書の学習により、スパース係数「xi」、秘匿辞書「D(^)」、及び射影行列「W」を更新する。従って、常に新規なデータを採用してスパース辞書学習を実施することができる。
【0121】
また、識別部22は、スパース辞書学習部21で推定したスパース係数「xi」、秘匿辞書「D(^)」、及び射影行列「W」を更新するので、光通信の状態推定を高精度に実施することが可能となる。
【0122】
更に、
図3に示したように、複数(図ではN個)の秘匿信号生成装置1を設けることにより、秘匿信号生成部12が複数設けられているので、各拠点に設けられているDSP11から得られるコンスタレーションデータに対して状態推定を行うことが可能となる。
【0123】
上記説明した本実施形態の秘匿信号生成装置1には、
図8に示すように例えば、CPU(Central Processing Unit、プロセッサ)901と、メモリ902と、ストレージ903(HDD:Hard Disk Drive、SSD:Solid State Drive)と、通信装置904と、入力装置905と、出力装置906とを備える汎用的なコンピュータシステムを用いることができる。メモリ902およびストレージ903は、記憶装置である。このコンピュータシステムにおいて、CPU901がメモリ902上にロードされた所定のプログラムを実行することにより、秘匿信号生成装置1の各機能が実現される。
【0124】
なお、秘匿信号生成装置1は、1つのコンピュータで実装されてもよく、あるいは複数のコンピュータで実装されても良い。また、秘匿信号生成装置1は、コンピュータに実装される仮想マシンであっても良い。
【0125】
なお、秘匿信号生成装置1用のプログラムは、HDD、SSD、USB(Universal Serial Bus)メモリ、CD (Compact Disc)、DVD (Digital Versatile Disc)などのコンピュータ読取り可能な記録媒体に記憶することも、ネットワークを介して配信することもできる。
【0126】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で数々の変形が可能である。
【符号の説明】
【0127】
1(1-1~1-N) 秘匿信号生成装置
2 演算装置
3 ネットワーク
10 デジタルコヒーレント信号処理回路(DSP)
11 データ取得部
12 秘匿信号生成部
21 スパース辞書学習部
22 識別部
100 状態推定システム
121 ランダムサンプリング部
122 分布計算部
123 ランダム射影部