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  • 特許-酸化還元反応装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-17
(45)【発行日】2024-12-25
(54)【発明の名称】酸化還元反応装置
(51)【国際特許分類】
   C25B 9/50 20210101AFI20241218BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20241218BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20241218BHJP
   C25B 11/049 20210101ALI20241218BHJP
   C25B 1/55 20210101ALI20241218BHJP
【FI】
C25B9/50
C25B1/04
C25B9/00 A
C25B11/049
C25B1/55
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2023525248
(86)(22)【出願日】2021-06-02
(86)【国際出願番号】 JP2021021037
(87)【国際公開番号】W WO2022254618
(87)【国際公開日】2022-12-08
【審査請求日】2023-11-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100129230
【弁理士】
【氏名又は名称】工藤 理恵
(72)【発明者】
【氏名】渦巻 裕也
(72)【発明者】
【氏名】里 紗弓
(72)【発明者】
【氏名】鴻野 晃洋
(72)【発明者】
【氏名】小松 武志
【審査官】長谷部 智寿
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-059996(JP,A)
【文献】特開平10-290017(JP,A)
【文献】特表2003-504799(JP,A)
【文献】特表2007-525593(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-1729888(KR,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/00-15/08
H01L 31/04-31/078
H02S 10/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光により水溶液と酸化反応を進行する半導体光電極と、
前記半導体光電極から導線を介して移動した電子により水溶液又は気体と還元反応を進行する還元電極と、
前記半導体光電極の受光面の裏側に配置され、前記導線上に接続され、前記半導体光電極を透過した光により発電する光発電素子と、
前記半導体光電極と前記光発電素子との間の導線上に接続され、前記導線に流れる電流量を制御する電流制御回路と、を備え、
前記電流制御回路は、
前記半導体光電極を透過した光により前記光発電素子で生じる電流値が、光により前記半導体光電極で生じる電流値と同じになるように、前記導線に流れる電流量を制御する酸化還元反応装置。
【請求項2】
前記半導体光電極が吸収する光の波長域は、前記光発電素子が吸収する光の波長域よりも小さい請求項1に記載の酸化還元反応装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化還元反応装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、水溶液内で酸化還元反応を進行させて、水の分解反応を生じさせる酸化還元反応装置が知られている。従来の酸化還元反応装置は、一般に半導体光電極と光発電素子を組み合わせて構成される。
【0003】
半導体光電極による水の分解反応は、水の酸化反応とプロトンの還元反応からなる。半導体光電極を構成する光触媒材料に光を照射すると、光触媒材料内で正孔(h+)と電子(e-)が生成されて分離する。正孔は、半導体光電極の表面に移動し、式(1)に示すように、水の酸化反応に寄与する。一方、電子は、半導体光電極と同じ水溶液内に挿入された還元電極へ導線を介して移動し、式(2)に示すように、プロトン(H+)の還元反応に寄与する。
【0004】
2H2O+4h+→O2+4H+ …(1)
4H++4e-→2H2 …(2)
上記酸化反応及び還元反応が進行することで、水の分解反応が生じ、目的生成物である水素が生成される。
【0005】
光発電素子は、半導体光電極の受光面の裏側に配置され、半導体光電極と還元電極との間を接続する導線上に接続される。光発電素子は、半導体光電極を透過した光を受光して正孔と電子を生成し、それぞれを半導体光電極と還元電極に供給する。また、光発電素子は、受光した光により発電して半導体光電極と還元電極との間を昇圧し、酸化還元反応系の起電力を増加させ、酸化還元反応の効率を向上させる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】T. Higashi、外9名、“Transparent Ta3N5 Photoanodes for Efficient Oxygen Evolution toward the Development of Tandem Cells”、Angew. Chem、2019年、131、p.2322-p.2326.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の酸化還元反応装置では、光発電素子で起電力を増加させ、酸化還元反応の効率を向上させる。しかしながら、酸化反応を含む半導体光電極の抵抗は光発電素子の抵抗に比べて大きいため、光発電素子で生じた正孔が目的とする水の酸化反応に必要な分量よりも過剰に半導体光電極に供給された場合、半導体光電極の発熱や劣化反応の促進に繋がり、半導体光電極が劣化し、水の分解反応の長時間駆動を阻害する要因となる。半導体光電極として窒化ガリウム(GaN)系薄膜を用いた場合、式(3)に示すような劣化反応が生じる。
【0008】
2GaN+3H2O+6h+→Ga2O3+6H++N2 …(3)
一方、光発電素子で生じた正孔が目的反応に必要な分量よりも少ない場合、水の分解反応が抑制されてしまう可能性があり、光発電素子の発熱や劣化の促進に繋がるおそれもある。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、半導体光電極の劣化を抑制し、光エネルギーを利用した酸化還元反応を長時間駆動可能な技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様の酸化還元反応装置は、光により水溶液と酸化反応を進行する半導体光電極と、前記半導体光電極から導線を介して移動した電子により水溶液又は気体と還元反応を進行する還元電極と、前記半導体光電極の受光面の裏側に配置され、前記導線上に接続され、前記半導体光電極を透過した光により発電する光発電素子と、前記半導体光電極と前記光発電素子との間の導線上に接続され、前記導線に流れる電流量を制御する電流制御回路と、を備える。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、半導体光電極の劣化を抑制し、光エネルギーを利用した酸化還元反応を長時間駆動可能な技術を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、酸化還元反応系の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。図面の記載において同一部分には同一符号を付し説明を省略する。
【0014】
[発明の概要]
本発明は、半導体光電極と光発電素子との間の導線上に電流量を制御する電流制御回路を設けることで、光発電素子から生じる光電流を半導体光電極から生じる光電流と同じになるように制御する。つまり、電流制御回路により、半導体光電極と光発電素子を組合せて水の分解反応の効率を最大化させつつ、光発電素子で生じた正孔数を半導体光電極で生じる電子数と同程度になるように制御する。これにより、半導体光電極の発熱や劣化を抑制し、光エネルギーを利用した酸化還元による水の分解反応の長時間駆動、酸化還元反応装置の長寿命化を実現する。
【0015】
なお、水の分解反応は、目的反応の一例である。還元電極の金属の種類や還元電極側の槽内の雰囲気を変えることで、水の分解反応以外の反応、つまり水素以外の目的生成物にも適用可能である。すなわち、本発明は、酸化還元反応を進行させる任意の酸化還元反応装置に適用可能である。
【0016】
[酸化還元反応装置の構成]
図1は、本実施形態に係る酸化還元反応系の構成を示す図である。
【0017】
当該酸化還元反応系は、酸化還元反応装置1と、光源2と、を備える。光源2は、例えば、キセノンランプ、水銀ランプ、ハロゲンランプ、疑似太陽光源、太陽光、又はこれらを組み合わせた光源である。
【0018】
酸化還元反応装置1は、槽11と、水溶液12と、半導体光電極13と、還元電極14と、光発電素子15と、電流制御回路16と、導線17と、を備える。
【0019】
水溶液12は、例えば、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、塩化ナトリウム水溶液、塩化カリウム水溶液、塩酸である。
【0020】
半導体光電極13は、例えば、窒化ガリウム、窒化物半導体である。光触媒機能を有する酸化チタン、酸化タングステン、酸化ガリウム等の金属酸化物、硫化カドミウム等の化合物半導体でもよい。半導体光電極13は、槽11内の水溶液12に挿入され、電流制御回路16、光発電素子15及び導線17を通じて同じ水溶液12内の還元電極14に接続される。半導体光電極13は、自身を構成する光触媒材料に光源2から光が照射されると、光触媒材料内で正孔と電子を生成して分離する。正孔は、半導体光電極13の表面に移動し、その表面で水の酸化反応を進行する。そのため、半導体光電極13は、酸化電極として機能する。一方、電子は、電流制御回路16、光発電素子15及び導線17を介して還元電極14へ移動する。
【0021】
還元電極14は、金属、金属化合物であり、例えば、ニッケル、鉄、金、白金、銀、銅、インジウム、チタンである。還元電極14の形状は、例えば、線体、板体、金網、導電性基板の上に金属粒子が塗布された電極基板である。還元電極14は、電流制御回路16、光発電素子15及び導線17を介して半導体光電極13から移動してきた電子により、表面でプロトンの還元反応を進行する。これにより、目的生成物である水素が生成される。
【0022】
光発電素子15は、例えば、シリコン系素子、セレン化銅インジウムガリウム系素子、III-V族系素子、テルル化カドミウム系素子、色素増感系素子、有機半導体系素子である。光発電素子15は、半導体光電極13の受光面の裏側に配置され、導線17上に接続される。光発電素子15は、半導体光電極13を透過した光を受光して正孔と電子を生成し、それぞれを半導体光電極13と還元電極14に供給する。また、光発電素子15は、受光した光により発電して半導体光電極13と還元電極14との間を昇圧し、酸化還元反応系の起電力を増加させ、酸化還元反応の効率を向上させる。
【0023】
電流制御回路16は、例えば、定電流ダイオード、各種素子を基板上に配置・接続して構成された回路である。電流制御回路16は、半導体光電極13と光発電素子15との間の導線17上に接続され、導線17に流れる電流量を制御する。例えば、電流制御回路16は、半導体光電極13を透過した光により光発電素子15で生じる電流値(光発電素子で生じる正孔数)が、光源2の光により半導体光電極13で生じる電流値(半導体光電極で生じる電子数)と同じになるように、導線17に流れる電流量を制御(調整・変更・可変)する。
【0024】
なお、水の分解反応は、目的反応の一例である。酸化還元反応装置1は、水素以外の目的生成物にも適用可能である。具体的には、還元電極14の金属の種類(例えば、Ni、Fe、Au、Pt、Ag、Cu、In、Ti、Co、Ru)を変更したり、半導体光電極13と還元電極14の各槽を分けて還元電極14の槽内の雰囲気を気体に変更したり、その気体や水溶液の種類を変更したりすることで、例えば、二酸化炭素の還元反応による炭素化合物の生成、窒素の還元反応によるアンモニアの生成も可能である。
【0025】
[実施例1]
[半導体光電極の作製]
GaN基板上にn-GaNの半導体薄膜を有機金属気相成長法(MOCVD:Metal Organic Chemical Vapor Deposition)によりエピタキシャル成長させた。n-GaNの膜厚は、2μmとした。キャリア密度は、3×1018cm-3であった。その後、インジウム(In)の組成比を5%としたInGaNを成長させた。InGaNの膜厚は、光を十分に吸収するに足る100nmとした。InGaNの表面に膜厚が約1nmのNiを真空蒸着した。この半導体薄膜を空気中、300℃で1時間熱処理することで、NiOを形成した。NiOの断面を透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)で観察すると、その膜厚は2nmであった。NiOの光透過率を測定すると、太陽光のうち約400nm以下の光を吸収していることがわかった。
【0026】
[酸化還元反応試験]
InGaNの表面をけがき、露出したn-GaN表面の一部に導線を接続し、Inを用いてはんだ付けした。その後、Inの表面が露出しないようにエポキシ樹脂で被覆した。これを半導体光電極13として水溶液12内に設置した。水溶液12には、1mol/lの水酸化ナトリウム水溶液を用いた。還元電極14には、白金を用いた。光発電素子15には、Si系p-n接合半導体からなるものを用いた。
【0027】
光発電素子15は、半導体光電極13を透過した約400nm以上の光のうち約1100nmまでの光を吸収可能であり、自身が生み出す電流は、半導体光電極13が生み出す電流に比べて大きい。光発電素子15単体の短絡電流は、約20mAであった。それぞれの起電力は、光発電素子15では0.6V、半導体光電極13では1.2Vであった。
【0028】
光発電素子15と半導体光電極13との間の導線17上に電流制御回路16を接続した。電流制御回路16を用いることで、光発電素子15から生じる光電流値を、事前に測定していた半導体光電極13と還元電極14との間の光電流値(1.0mA(0.6V印加時))と等しくした。
【0029】
槽11内に窒素ガスを10ml/minで流し込み、半導体光電極13の受光面積を1cm2とし、撹拌子とスターラーを用いて250rpmの回転速度で槽底の中心位置で水溶液12を攪拌した。槽11内が窒素ガスに十分に置換された後、光源2を上述の手順で作製した半導体光電極13のNiO形成面に向くように固定した。光源2には300Wの高圧キセノンランプを用い、半導体光電極13及び光発電素子15に対して光を均一に照射した。光照射してから10時間後、50時間後、100時間後、200時間後、300時間後に、槽11内のガスを採取し、ガスクロマトグラフで反応生成物を分析した。その結果、酸素と水素が生成していることを確認した。
【0030】
[比較対象例1]
比較対象例1では、光発電素子15と電流制御回路16を用いないこととした。以降は、実施例1と同様に行った。
【0031】
[比較対象例2]
比較対象例2では、電流制御回路16を用いないこととした。以降は、実施例1と同様に行った。
【0032】
[比較対象例3]
比較対象例3では、電流制御回路16を用いて、光発電素子15から生じる光電流値を、事前に測定していた半導体光電極13と還元電極14との間の光電流値(1.0mA)よりも小さくなるように、0.5mAに制御した。以降は、実施例1と同様に行った。
【0033】
[実験結果]
実施例及び比較対象例における、光照射時間に対する酸素・水素ガスの生成量を表1に示す。
【0034】
【表1】
【0035】
各ガスの生成量は、半導体光電極13の表面積で規格化して示した。どの例でも、光照射時に酸素と水素が生成していることがわかった。
【0036】
実施例1と比較対象例1、2を比較すると、光発電素子15を組み合わせることでガス生成量が著しく向上することがわかった。
【0037】
また、実施例1と比較対象例1、3を比較すると、比較対象例3のガス生成量は、実施例1と同様に光発電素子15を組み合わせているにも関わらず、実施例1とは異なり、比較対象例1と同程度であった。これは、電流制御回路16によって、光発電素子15から生じる電流量を半導体光電極13から生じるものよりも低下させているため、比較対象例3では光発電素子15による酸化還元反応の効率向上の効果が発現されなかったものと考えられる。
【0038】
また、実施例1と比較対象例2を比較すると、光照射から10時間後のガス生成量に違いはなかった。一方で、実施例1の場合では300時間後も同様の特性を維持できたにも関わらず、比較対象例2では10時間以降徐々に水素生成量が低下していき、100時間以降にはほぼ失活した。酸素生成量も100時間後にほぼ失活した。比較対象例2の光照射50時間後及び100時間後の水素と酸素の生成比は2:1ではなかった。これは、半導体光電極13の表面で、水の酸化反応ではなく、半導体の劣化反応が同時に進行しているためだと考えられる。これより、比較対象例2では、半導体光電極13に過剰に電荷が供給され、半導体光電極13の発熱や劣化反応を促進したことで、光照射時間の経過とともに反応場が減少したと考えられる。
【0039】
以上より、半導体光電極13と光発電素子15との組み合わせに対して電流制御回路16を組み合わせることで、水の分解反応による水素・酸素生成量(光エネルギー変換効率)の長寿命化を実現できる。
【0040】
[効果]
本実施形態によれば、半導体光電極13と光発電素子15との間の導線上に、導線に流れる電流量を調整する電流制御回路16を接続するので、光発電素子15から生じる光電流を半導体光電極13から生じる光電流と同じになるように制御できる。これにより、半導体光電極13の発熱や劣化を抑制し、光エネルギーを利用した酸化還元による水の分解反応の長時間駆動、酸化還元反応装置の長寿命化を実現できる。
【符号の説明】
【0041】
1:酸化還元反応装置
11:槽
12:水溶液
13:半導体光電極
14:還元電極
15:光発電素子
16:電流制御回路
17:導線
2:光源
図1