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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-17
(45)【発行日】2024-12-25
(54)【発明の名称】無機材料厚膜およびその形成方法
(51)【国際特許分類】
   C09D 183/04 20060101AFI20241218BHJP
   C09D 1/00 20060101ALI20241218BHJP
   C09D 7/61 20180101ALI20241218BHJP
   C09D 7/63 20180101ALI20241218BHJP
【FI】
C09D183/04
C09D1/00
C09D7/61
C09D7/63
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2024503700
(86)(22)【出願日】2023-10-27
(86)【国際出願番号】 JP2023039002
(87)【国際公開番号】W WO2024090583
(87)【国際公開日】2024-05-02
【審査請求日】2024-05-29
(31)【優先権主張番号】P 2022173672
(32)【優先日】2022-10-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】390001982
【氏名又は名称】株式会社緑マーク
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100156122
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100122297
【弁理士】
【氏名又は名称】西下 正石
(72)【発明者】
【氏名】土屋 哲男
(72)【発明者】
【氏名】山田 件二
(72)【発明者】
【氏名】浜口 真佐樹
(72)【発明者】
【氏名】伊下 勲
(72)【発明者】
【氏名】橋詰 良樹
(72)【発明者】
【氏名】鵜澤 裕子
【審査官】川嶋 宏毅
(56)【参考文献】
【文献】特開昭59-012964(JP,A)
【文献】特公昭49-020739(JP,B1)
【文献】特開昭63-270768(JP,A)
【文献】特開平08-127740(JP,A)
【文献】特開2007-056200(JP,A)
【文献】特開平04-239074(JP,A)
【文献】特開昭62-127381(JP,A)
【文献】特開昭58-219270(JP,A)
【文献】特開2003-119387(JP,A)
【文献】特開2005-097332(JP,A)
【文献】特開2002-241695(JP,A)
【文献】特開2022-154044(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 1/00-10/00,
101/00-201/10
C08L 83/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
それぞれ、固形分として、以下の成分:
(A) 15~70重量%のポリシロキサン化合物であって、一般式(1)
【化1】
(式中、R およびR は、それぞれ、独立して水素原子、C 1~3 アルキル基またはC 1~3 アルコキシ基である。m1、n1は、それぞれ独立して、1~100の整数であって、m1+n1=10~100である。主鎖の両末端は、独立して、水素原子またはC 1~3 アルキル基が結合していてもよい。)で表されるシリコーン樹脂;
2~8重量%のポリシロキサン化合物であって、一般式(2)
【化2】
(式中、pは250~400の整数である。主鎖の両末端は、独立して、水素原子またはC 1~3 アルキル基が結合していてもよい。)で表されるポリジメチルシロキサン;および
20~85重量%のポリシロキサン化合物であって、一般式(3):
【化3】
(式中、RおよびRは、それぞれ、独立して水素原子、C1~3アルキル基またはC1~3アルコキシ基である。m2、n2は、それぞれ独立して、1~10の整数であって、m2+n2=1~10である。主鎖の両末端は、独立して、水素原子またはC1~3アルキル基が結合していてもよい。)で表されるシリコーン樹
の組み合わせ
(C) 0.5~3重量%のチタンジイソプロポキシビス(エチルアセトアセテート);ならびに
(D) 0.5~3重量%の溶融シリカ
を含み、さらに、上記成分(A)、(C)および(D)の固形分100重量%に対して、固形分として、
(E) 1~5重量%のオクチル酸ジルコニウム
を含有する、ビヒクル組成物。
【請求項2】
二液型組成物であって、
第1組成物が、少なくとも、(A)ポリシロキサン化合物を含有し、
第2組成物が、少なくとも、(E)硬化剤として、オクチル酸ジルコニウムを含有することを特徴とする、
請求項1に記載のビヒクル組成物。
【請求項3】
それぞれ、固形分として、以下の成分:
(A) 45~85重量%のポリシロキサン化合物であって、一般式(1)
【化1】
(式中、R およびR は、それぞれ、独立して水素原子、C 1~3 アルキル基またはC 1~3 アルコキシ基である。m1、n1は、それぞれ独立して、1~100の整数であって、m1+n1=10~100である。主鎖の両末端は、独立して、水素原子またはC 1~3 アルキル基が結合していてもよい。)で表されるシリコーン樹脂;および
7~24重量%のポリシロキサン化合物であって、一般式(2)
【化2】
(式中、pは250~400の整数である。主鎖の両末端は、独立して、水素原子またはC 1~3 アルキル基が結合していてもよい。)で表されるポリジメチルシロキサン
の組み合わせ
(B) 2~7重量%のTES試薬Si41および0.2~1.5重量%のTEOS試薬Si28、ここに、前記TES試薬Si41はエチルシリケートポリマーであり、前記TEOS試薬Si28はモノマー型のエチルシリケートである;ならびに
(D) 0.5~重量%の溶融シリカ
を含み、さらに、上記成分(A)、(B)および(D)の固形分100重量%に対して、
0.3~3重量%の水および0.3~3重量%の酢酸が添加され、さらに、固形分として、
(E) 1~5重量%のオクチル酸ジルコニウム
を含有する、ビヒクル組成物。
【請求項4】
二液型組成物であって、
第1組成物が、少なくとも、(A)ポリシロキサン化合物を含有し、
第2組成物が、少なくとも、(E)硬化剤として、オクチル酸ジルコニウムを含有することを特徴とする、
請求項に記載のビヒクル組成物。
【請求項5】
請求項1~4いずれかに記載のビヒクル組成物の硬化体であって、走査型電子顕微鏡におけるエネルギー分散型X線分析の検出限界である2000ppm未満の炭素元素を含み、かつ、X線回折パターンにおいて、2θ=10±2°にピークを示すことを特徴とする、膜厚が5~300μmの硬化体。
【請求項6】
基板上に、請求項1~4いずれかに記載のビヒクル組成物を塗布して、塗膜を形成する工程、前記塗膜に外部エネルギーを供給して硬化させる工程を含む、無機厚膜の形成方法。
【請求項7】
前記外部エネルギーの供給が、紫外線照射または200℃以下の加熱により行われる、請求項6に記載の形成方法。
【請求項8】
請求項1~4いずれかに記載のビヒクル組成物と、機能付与固体物質とを含む、無機厚膜形成用組成物。
【請求項9】
組成物全体に対して、前記ビヒクル組成物の固形分が20~80%であり、前記機能付与固体物質の固形分が80~20%である、請求項8に記載の無機厚膜形成用組成物。
【請求項10】
前記機能付与固体物質がステンレスフレークであって、前記ビヒクル組成物の固形分が30~40%であり、前記機能付与固体物質の固形分が60~70%である、請求項9に記載の無機厚膜形成用組成物。
【請求項11】
前記機能付与固体物質が蓄光材であって、前記ビヒクル組成物の固形分が30~40%であり、前記機能付与固体物質の固形分が60~70%である、請求項9に記載の無機厚膜形成用組成物。
【請求項12】
請求項8に記載の無機厚膜形成用組成物の硬化体であって、走査型電子顕微鏡におけるエネルギー分散型X線分析の検出限界である2000ppm未満の炭素元素を含み、かつ、X線回折パターンにおいて、2θ=10±2°にピークを示すことを特徴とする、膜厚が5~300μmの硬化体。
【請求項13】
基板上に、請求項8に記載の無機厚膜形成用組成物を塗布して、塗膜を形成する工程、前記塗膜に外部エネルギーを供給して硬化させる工程を含む、無機厚膜の形成方法。
【請求項14】
前記外部エネルギーの供給が、紫外線照射または200℃以下の加熱により行われる、請求項13に記載の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属または金属酸化物を主体とする無機材料からなる厚膜およびその形成方法に関する。本発明によれば、様々な素材上に、無機材料からなる稠密な厚膜を形成することができる。
【背景技術】
【0002】
現在、「インフラ老朽化問題」が大きな社会問題となっている。
日本では、1955年から1972年頃までの高度経済成長期に、道路、トンネル、橋、上下水道、送電線、ダム、港湾設備、鉄道、公園、病院など、我々の生活を支える多くのインフラが建設された。それから50年、経年に加えて環境の影響で、これらのインフラが次々と老朽化している。今後10年(2023~2033年)で、建設後50年以上経過するインフラ施設(道路橋、河川管理施設(水門等)、港湾岸壁等)の割合が50%を超えてくる(トンネルは42%)。地球規模の異常気象(大型台風や線状降水帯による集中豪雨)に加え、日本は地震火山などの災害大国が相まって、日々の生活や安全に、インフラ老朽化の悪影響が加速度的に出始めている(図1a)。
インフラ老朽化の問題が社会的に着目されたきっかけは、2012年12月に発生した、中央自動車道の笹子トンネルの天井崩落事故である(図1b)。この笹子トンネル事故は、国民の生命の安全を脅かすものとして、インフラ老朽化問題をクローズアップさせた。
国土交通省は、インフラの維持管理、更新費用が、2019年から2048年までの30年で約195兆円、年間6兆円前後の費用が必要と推計している。しかしながら、インフラ修繕のための国の予算も減少し、財政難の自治体も、インフラ管理熟練作業員の高齢化、熟練者不足、人員不足、財源不足で、十分に対応できていないのが現状である。
こうした中、2021年10月、和歌山市の紀の川に架かる水道橋が崩落した事故は記憶に新しい(図1c)。崩落の原因として、鳥の糞害や塩害、さらに、塗装更新の遅れが指摘された。
インフラ老朽化に対して十分な予算を組めない現状において、求められることは維持管理コストをさらに低減する施策である。維持管理コストの低減において、特に、有用なことは、塗替えコストおよび塗装更新の回数を低減することができるペンキ塗料の開発である。海洋土木(港湾・海峡の橋梁)や高速道路などの鋼構造物用の塗替えコストおよび塗装更新の回数の低減は国家予算レベルで、数十兆円単位の予算削減が将来にわたり可能となるであろう。
【0003】
さらに深刻なことは、核廃棄物を収容したドラム缶の経年劣化である。核燃料物質を取り扱う施設で発生した放射性廃棄物は、種類に応じて規定の処理を施した上で、施設内で貯蔵または保管する。ドラム缶の経年劣化による放射性物質の漏洩を未然に防ぐため、定期的に目視点検により保管状況を確認し、劣化が進行している場合は、フィラメントテープで補修した上で、ボックスコンテナへの収納や、新品への交換をしている。しかしながら、ドラム缶保管数量は年々増加しつつあり、経年劣化に対してより効率的な対処が求められる(図1d)。また、2011年に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故では、デブリなどの固形の放射性廃棄物のみならず、1日あたり約170トンの汚染水が発生している。汚染水は多核種除去設備(ALPS)で処理することによってトリチウム以外の放射性核種を除去した処理水とする。この処理水は人体に影響がなく、海洋放出が決まっているが、反対する者も多く、順調にいっても放出完了までは数十年間、処理水は巨大なタンクに貯蔵され続けることになる。このような設備を安全に管理するためにも、簡便かつ確実に、容器を強化し補修する技術が求められる。このような強化補修にも塗装技術は有用である。
【0004】
したがって、ペンキ塗料にイノベーションはないという固定概念を破れるような塗料革命が必要であり、国と民間企業とが連携して耐用年数を延長する革新的なペンキ塗料を開発することは「社会益」となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】福島敏夫,マテリアルライフ,6[3]146~157
【文献】濱口滋生,NEW GLASS,Vol.30,No.115 2015
【文献】山花京子,西アジア考古学 第18号 2017年 79-88頁
【文献】S. Music et al., Brazilian Journal of Chemical Engineering Vol.28, No.01, pp.89-94
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
インフラ老朽化や放射性物質を取り扱う施設から発生する廃棄物に関する諸問題に対して、維持管理コストを減らすメンテナンス技術として、本発明者らは、錆びた鋼材や劣化の進んだコンクリート表面のみならず、様々な素材の表面を被覆することで、資材の強度を向上または回復することができる無機材料のみからなる厚膜形成技術の開発に専念した。
【0007】
金属製の構造物や建築物は、ペンキ塗料でしっかりと表面塗装をしていても、紫外線、風雨や潮風にさらされて錆びが発生して腐食し、脆弱化していく(例えば、図1a)。
【0008】
このように腐食した鋼材のメンテナンスのため、鋼材の表面から古いペンキ塗装を剥離し、腐食した表面から錆び、塩分、水分、埃等の付着物を取り除く。このような表面浄化作業をケレンという。その後、ペンキ塗料を塗布して、メンテナンスが完了する。
【0009】
東洋アルミニウム株式会社製のステンシェル(登録商標)は、ステンレスフレーク金属粉を主原料として、エポキシ系バインダー樹脂や、ウレタン系バインダー樹脂などを含有する錆びない高耐久性金属塗料であって、30年以上の実績のある塗料(30年塗料)である。金属粉を含有するため従来の塗料よりも単価が3倍ほど高く、海洋土木、港湾施設などの塗料を大量に消費するような分野では使用されてこなかった。
しかしながら、2016年に、従来のエポキシ塗料やウレタン塗料をステンシェル(登録商標)に替えて鋼材保全を行った実例として、沿岸部にある富士川第二発電所の水圧鉄管塗り替えにつき説明する。水圧鉄管の表面積3723.3mに対して、従来は、6年毎に、60μm厚のエポキシ樹脂、30μm厚のエポキシ樹脂および35μm厚のウレタン樹脂の三層塗装を行ってきた。2016年には、70μm厚のエポキシ樹脂プライマー、30μm厚のステンシェル(登録商標)エポキシ樹脂系中塗(東洋アルミニウム株式会社製)および30μm厚のステンシェル(登録商標)アクリルウレタン樹脂系上塗(東洋アルミニウム株式会社製)の三層塗装を行ったところ、従来の塗り替え時期にあたる6年目の2022年10月現在、健全な塗膜状態であり、水圧鉄管自体に腐食や劣化も見られない(図2)。
【0010】
次に、水圧鉄管の保全に、ステンレス金属粉を含有しない従来の樹脂系塗料を用いた6年毎の保全費と、ハイエンド・ステンレス・フレーク原料を含有するステンシェル(登録商標)塗料を用いて、実績のある30年の半期である15年毎の保全費をシミュレーションしてみた(図3a)。保全作業には、塗料代の他に、塗工設計費、足場の組立および解体費、ケレン費、塗工費が含まれる。
このシミュレーションでは、施行面積を900mに設定した。保全1回あたり、従来の塗料を用いたとき11,600千円かかり、ステンシェル(登録商標)塗料を用いたとき、塗料代が従来の塗料の約3倍であるが、初期費用は1.1倍程度増の12,800千円かかると算出された。30年間のライフサイクルコストに着目すると、6年毎に保全が必要な従来の塗料を用いた場合では5回の保全作業を行い、総額58,000千円と算出された。一方、15年毎に保全が必要なステンシェル(登録商標)塗料を用いた場合では2回の保全作業で済み、総額25,600千円と算出された。すなわち、ステンシェル(登録商標)塗料を用いれば、30年間で32,400千円のライフサイクルコスト(LCC)低減(-56%)が達成できることが分かった。
一般的なLCCコスト・チャートの必要コストを、項目別に「まるめて」コスト指数にした(図3b)。ハイエンド・ステンレス・フレーク原料を使うステンシェル(登録商標)塗料が、30年LCCコストの多大な削減に繋がることがよく分かる。
【0011】
特に錆びやすい鋼材を例にして、一般的な腐食プロセスを示す(図4左)。鋼材の表面は厚さ3nm程度の緻密な不働態被膜が形成されているが、鋼材の表面に水が接触したとき、鋼材表面は材料特性や周囲環境に依存して、同一金属表面であっても、局所的にアノードとカソードが生じる。アノードとカソードとの間に電位差が生じ(電池作用)、鋼材の中を電子が移動し、アノード部位からFe2+として鉄が溶け出し、水と反応して水酸化鉄となり、最終的に赤錆びとなり、鋼材の腐食が進行する。特に、塩や酸の存在で、腐食はより進行する。
一方、ステンシェル(登録商標)による被膜は、硬化した樹脂中に微細なステンレスフレークが積層しているため強靱であり、紫外線、外力、海水、酸、アルカリなどに高い耐性を示し、鋼材表面を補強している。また、ステンレスフレークの積層構造のため、被膜表面にステンレスフレークが存在していても、バルクの鋼材とは異なり局所回路を形成せず、また、鋼材表面に接触するステンレスフレークの実効体積が非常に小さいため、電子を受容せず、結果として、鋼材に錆びを発生させることがない(図4右)。
【0012】
海洋土木(港湾・海峡の橋梁)などの鋼材構造物用のペンキ塗料や、コンクリート剥落防止塗料は、エポキシ、ウレタン、テフロンなどの樹脂が被膜中に残る。樹脂は環境中で劣化分解し、防錆塗料であっても耐用年数に限界がある。
【0013】
そのため、本発明者らは、インフラ老朽化の問題を解決するために非常に有用な被膜を形成するステンシェル(登録商標)から環境劣化する樹脂を排除して、実質的に金属または金属酸化物(セラミック)の無機材料のみから構成される(本明細書において、「オール無機」ということがある。)厚膜が、さらに耐久年数を延長すると考え、無機材料のみからなる被膜について調査した。
本発明において、「実質的に金属または金属酸化物(セラミック)の無機材料のみから構成される」とは、その材料の有機物(炭素元素)の存在量が、走査型電子顕微鏡におけるエネルギー分散型X線分析の検出限界である2000ppm未満であることを意味する。
【0014】
様々な素材に適用できる無機材料のみからなるコーティング材として、水ガラス(非特許文献1)やゾル-ゲル法によるガラス(非特許文献2)があるが、これらの材料によって形成することができる被膜の厚みは0.1~3μm程度であり、それ以上の膜厚に成膜したとしても、容易にクラックが生じてしまい、素材の補強材料としては有用ではない。
しかしながら、陶磁器や琺瑯の表面を覆うガラス質の釉薬は、古くは4000年以上も前の古代エジプト・ファイアンス焼きに見られ(非特許文献3)、オール無機被膜の耐久性については実証されている。
【0015】
金属または金属酸化物(セラミック)を主体とするオール無機被膜を形成するための成膜技術として、スパッタ法、電子ビーム蒸着、化学気相蒸着があり、10nm程度の膜厚の薄膜が得られる。また、金属有機化学分解(MOD)法は、金属有機化合物を含有する溶液を塗布して液膜を形成し、この液膜を乾燥し、焼成することなく、熱(熱分解)や、熱を発生しないエキシマーレーザー光(光分解)などで、金属有機化合物が金属と有機に分解され、金属または金属酸化物(セラミック)同士が結着され、同時に基材にも結着されることで、100~200nm程度の膜厚の金属酸化物の薄膜を形成する方法である。さらに機能性無機微粒子や金属と金属有機化合物からなるハイブリット溶液を前駆体として用いることで、数μm~数10μmの厚膜が得られている。
【0016】
化石燃料を用いない電動モビリティ(自動車、航空機)、超軽量なフレキシブル太陽電池モジュールなどの革新部材やデバイスを実現するためには、多様な機能(電気、光、高温耐久性など)を持つ金属酸化物(セラミック)の無機材料被膜を、セラミック材料基材、シリコン基材、及び各種金属基材などの材料の基板に形成する複合化技術が要求される。従来の無機材料被膜形成は500℃以上(~1,500℃)の高温処理を必要とするため、セラミック基板など耐熱材料にしか適用できなかった。
そこで、産業技術総合研究所は、エキシマーレーザーを使った低温合成プロセスにより、樹脂基板上に直接低温コーティングを可能とする光MOD法を開発した。エキシマーレーザーから放射される紫外線は波長が短いため、COレーザーなどの赤外線レーザーとは異なり熱を発生しないため、低温加工が可能となる。
このように、光MODにより、無機材料被膜を形成する基板の適用範囲が大きく拡張されたが、エキシマーレーザーを用いる点で、無機材料被膜形成の適用対象に制限があり、また、ミリオーダーで膜厚を厚くすることができなかった。
【0017】
上記の従来の成膜技術では、金属または金属酸化物(セラミック)の無機材料のみから構成される被膜を形成するためには、真空条件下での工程や、高温処理の工程が必要であり、被膜を形成する適用対象に制限があった。さらに、ミリオーダー厚の被膜、すなわち厚膜を形成することができない。
【0018】
金属フレークなどの無機物および樹脂や溶媒などの有機物を含有するペンキを用いれば、膜厚が数百μm~数mmの厚い塗膜を得ることができる。このような塗膜は、樹脂の硬化体に無機物が分散した構造を有する。
また、電子材料用の厚膜ペーストを用いれば無機材料のみからなる数μm~数10μm厚の厚膜を形成することができる。厚膜ペーストは、金属または金属酸化物(セラミック)などの無機物を溶剤および樹脂成分(バインダー)と混練して得られ、バインダーによって粘度特性(チクソ性)が制御されているため、基板上に塗布したときに、所望する高さのパターンを形成することができる。第1段階で、形成されたパターンを2~300℃程度に加熱して溶剤や樹脂の大部分を消失させる脱バインダー工程で乾燥膜とし、第2段階で、乾燥膜を600~1500℃程度の高温で焼成することによって、金属または金属酸化物の粒子の焼結体とする。
【0019】
そこで、本発明者らは、30年塗料ステンシェル(登録商標)および産業技術総合研究所が開発した光MODを結びつけて、従来のペンキ塗料のように使い勝手がよく(室温~200℃での硬化)、エキシマーレーザーなどの高価な装置を使用することもなく、100年単位の耐用年数を示し、金属または金属酸化物(セラミック)の無機材料のみから構成され「オール無機」、かつ、数μm~数mm厚の「厚膜」、すなわち、「オール無機厚膜」を様々な素材上に形成するための組成物(100年塗料)を開発することを課題とした。本発明がターゲットとする技術領域の概念を図5に示す。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明は、ポリシロキサン化合物を主体とするオール無機被膜を形成することができるビヒクル組成物、前記ビヒクルに機能付与固体物質を含む無機厚膜形成用組成物、それら組成物の無機厚膜およびその形成方法を提供する。より詳しくは、以下の通りである。
【0021】
[1]
少なくとも、それぞれ、固形分として、以下の成分:
(A)2~98重量%のポリシロキサン化合物であって、前記ポリシロキサン化合物は、一般式(1):
【化1】
(式中、RおよびRは、それぞれ、独立して水素原子、C1~3アルキル基またはC1~3アルコキシ基である。m1、n1は、それぞれ独立して、1~100の整数であって、m1+n1=10~100である。主鎖の両末端は、独立して、水素原子またはC1~3アルキル基が結合していてもよい。)で表されるシリコーン樹脂;一般式(2):
【化2】
(式中、pは250~400の整数である。主鎖の両末端は、独立して、水素原子またはC1~3アルキル基が結合していてもよい。)で表されるシリコーン樹脂ポリジメチルシロキサン;または一般式(3):
【化3】
(式中、RおよびRは、それぞれ、独立して水素原子、C1~3アルキル基またはC1~3アルコキシ基である。m2、n2は、それぞれ独立して、1~10の整数であって、m2+n2=1~10である。主鎖の両末端は、独立して、水素原子またはC1~3アルキル基が結合していてもよい。)で表されるシリコーン樹脂、またはそれらの組合せであり;
(B)0.2~20重量%のケイ素含有化合物であって、前記ケイ素含有化合物は、テトラアアルキルオルトシリケート(「テトラアルコキシシラン」ともいう;TEOS)、シリカ、TEOSとシリカの混合物、ビニルトリメチルシランまたはそれらの組合せから選択される;
(C)0.5~15重量%の有機金属化合物であって、前記有機金属化合物は、チタンジイソプロポキシビス(エチルアセトアセテート)、オルトチタン酸テトラキス(2-エチルヘキシル)、またはそれらの組合せであり;ならびに、
(D)0.5~15重量%の溶融シリカ;ならびに
(E)硬化剤またはUV硬化バインダー
を含む、ビヒクル組成物。
[2]
それぞれ、固形分として、
15~70重量%、好ましくは15~20重量%のポリシロキサン化合物であって、前記ポリシロキサン化合物は、一般式(1)で表されるシリコーン樹脂、
2~8重量%のポリシロキサン化合物であって、前記ポリシロキサン化合物は、一般式(2)で表されるシリコーン樹脂、および
20~85重量%、好ましくは70~80重量%のポリシロキサン化合物であって、前記ポリシロキサン化合物は、一般式(3)で表されるシリコーン樹脂;
0.5~3重量%のチタンジイソプロポキシビス(エチルアセトアセテート);ならびに
0.5~3重量%の溶融シリカ
を含み、さらに、上記成分の固形分100重量%に対して、固形分として、
1~5重量%、好ましくは2~3重量%のオクチル酸ジルコニウムを含有する、
項1に記載のビヒクル組成物。
[3]
それぞれ、固形分として、
45~85重量%、好ましくは70~85重量%のポリシロキサン化合物であって、前記ポリシロキサン化合物は、一般式(1)で表されるシリコーン樹脂
および
7~24重量%、好ましくは8~15重量%のポリシロキサン化合物であって、一般式(2)で表されるシリコーン樹脂であり;
ならびに
2~7重量%、好ましくは2~5重量%のTES試薬Si41および0.2~1.5重量%、好ましくは0.2~0.5重量%のTEOS試薬Si28
を含み、さらに、
0.3~3重量%、好ましくは0.3~1.5重量%の水および0.3~3重量%、好ましくは0.3~1.5重量%の酢酸が添加され、さらに、上記成分の固形分100重量%に対して、固形分として、1~5重量%、好ましくは2~3重量%のオクチル酸ジルコニウムを含有する、項1に記載のビヒクル組成物。
[4]
それぞれ、固形分として、
30~82重量%、好ましくは30~40重量%のポリシロキサン化合物であって、一般式(2)で表されるシリコーン樹脂;
3~15重量%、好ましくは5~12重量%のビニルトリメトキシシラン;および
5~60重量%、好ましくは50~60重量%のオクチル酸ジルコニウム
を含む、項1に記載のビヒクル組成物。
[5]
それぞれ、固形分として、
9~89重量%、好ましくは40~50重量%のポリシロキサン化合物であって、前記ポリシロキサン化合物は、一般式(1)で表されるシリコーン樹脂であり;
1~10重量%、好ましくは5~10重量%のシランカップリング剤;および
3~90重量%、好ましくは40~50重量%のオクチル酸ジルコニウム
を含む、項1に記載のビヒクル組成物。
[6]
それぞれ、固形分として、
97~99重量%のポリジメチルシロキサン;および
0.4~3.5重量%、好ましくは1~2重量%のオルトチタン酸テトラキス(2-エチルヘキシル)
を含み、さらに、上記成分の固形分100重量%に対して、固形分として、1~5重量%、好ましくは2~3重量%のオクチル酸ジルコニウムを含有する、項1に記載のビヒクル組成物。
[7]
それぞれ、固形分として、
30~98重量%、好ましくは90~95重量%のポリシロキサン化合物であって、一般式(2)で表されるシリコーン樹脂;
0.5~6重量%、好ましくは4~8重量%のビニルトリメトキシシラン;および
1~3重量%、好ましくは1~2重量%のオルトチタン酸テトラキス(2-エチルヘキシル);
を含み、さらに、上記成分の固形分100重量%に対して、固形分として、1~5重量%、好ましくは2~3重量%のオクチル酸ジルコニウムを含有する、項1に記載のビヒクル組成物。
[8]
第1組成物および第2組成物を含む二液型組成物であって、
第1組成物が、少なくとも、ポリシロキサン化合物であって、前記ポリシロキサン化合物は、一般式(1)で表されるシリコーン樹脂、ポリシロキサン化合物であって、一般式(2)で表されるシリコーン樹脂もしくはポリシロキサン化合物であって、前記ポリシロキサン化合物は、一般式(3)で表されるシリコーン樹脂、またはそれらの組合せを含有し、
第2組成物が、少なくとも、オクチル酸ジルコニウムを含有することを特徴とする、
項1~7いずれかに記載のビヒクル組成物。
[9]
項1~8いずれかに記載のビヒクル組成物の硬化体であって、走査型電子顕微鏡におけるエネルギー分散型X線分析の検出限界である2000ppm未満の炭素元素を含み、かつ、X線回折パターンにおいて、2θ=10±2°にピークを示すことを特徴とする、膜厚が5~300μmの無機厚膜。
[10]
基板上に、項1~8いずれかに記載の無機厚膜形成用組成物を塗布して、塗膜を形成する工程、前記塗膜に外部エネルギーを供給して硬化させる工程を含む、無機厚膜の形成方法。
[12]
前記外部エネルギーの供給が、紫外線照射または200℃以下の加熱により行われる、項10に記載の形成方法。
[12]
項1~8いずれかに記載のビヒクル組成物と、機能付与固体物質とを含む、無機厚膜形成用組成物。
[13]
組成物全体に対して、前記ビヒクル組成物の固形分が20~80%であり、前記機能付与固体物質の固形分が80~20%である、項12に記載の無機厚膜形成用組成物。
[14]
前記機能付与固体物質がステンレスフレークであって、前記ビヒクル組成物の固形分が30~40%であり、前記機能付与固体物質の固形分が60~70%である、項13に記載の無機厚膜形成用組成物。
[15]
前記機能付与固体物質が蓄光材であって、前記ビヒクル組成物の固形分が30~40%であり、前記機能付与固体物質の固形分が60~70%である、項13に記載の無機厚膜形成用組成物。
[16]
項12~15いずれかに記載の無機厚膜形成用組成物の硬化体であって、走査型電子顕微鏡におけるエネルギー分散型X線分析の検出限界である2000ppm未満の炭素元素を含み、かつ、X線回折パターンにおいて、2θ=10±2°にピークを示すことを特徴とする、膜厚が5~300μmの無機厚膜形成用組成物。
[17]
基板上に、項12~15いずれかに記載の無機厚膜形成用組成物を塗布して、塗膜を形成する工程、前記塗膜に外部エネルギーを供給して硬化させる工程を含む、無機厚膜の形成方法。
[18]
前記外部エネルギーの供給が、紫外線照射または200℃以下の加熱により行われる、項16に記載の形成方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、持続可能な開発目標(SDGs)に資する、半永久的な耐用年数を示す可能性があるオール無機厚膜を提供する。また、このようなオール無機厚膜は、ペンキ塗料にイノベーションはないという固定概念を破り、塗料分野にブレークスルーをもたらした。そして、インフラの老朽化問題を解決するだけではなく、省エネ対策、カーボンニュートラル対策、抗菌・抗ウィルス対策、放射性物質漏洩の防止など、様々な分野に適用することができ、その結果、「社会益」もたらす。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】老朽化したインフラの写真。
図2】東洋アルミニウム株式会社製のステンシェル(登録商標)を用いた鋼材のメンテナンスの一例。
図3】従来のステンレス金属粉を含有しない樹脂系塗料を用いた6年毎の保全費と、ハイエンド・ステンレス・フレーク原料を含有するステンシェル(登録商標)塗料を用いた15年毎の保全費をシミュレーション。
図4】鋼材を例にした腐食プロセスの模式図。
図5】本発明がターゲットとする技術領域の概念図。
図6】ナノサイズシリカを節(ノード)とする3次元ネットワークの模式図。
図7】本発明によるオール無機厚膜シリカコート1のX線回折パターン。
図8】本発明によるオール無機厚膜シリカコート2のX線回折パターン。
図9】本発明によるオール無機厚膜シリカコート3および比較例のシリカコートの表面。
図10】オール無機厚膜シリカコート3および比較例のシリカコートの透過率。
図11】本発明によるステンレスフレーク含有オール無機厚膜1とステンシェル(登録商標)エポキシ樹脂系中塗との水滴の濡れ性の比較。
図12】本発明によるステンレスフレーク含有オール無機厚膜1’の断面の走査型電子顕微鏡像。
図13図12の断面における元素分析結果。
図14図12の断面における元素マッピング。
図15】蓄光輝度測定用サンプルの蛍光測定位置を示す写真。
図16】PET基板上に形成した本発明による蓄光材含有無機厚膜3と比較例(SA社)の蓄光材含有膜との残光輝度の比較。
図17】本発明の蓄光材含有無機厚膜の自然環境での耐環境性試験の結果。
図18】フェライト含有オール無機厚膜3の断面の顕微鏡写真。
図19】フェライト含有オール無機厚膜3の電磁波遮断能力の測定結果(マイクロストリップライン)。
図20】フェライト含有オール無機厚膜3の電磁波遮断能力の測定結果(自由空間法)。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明による無機厚膜形成用組成物は、樹脂等の有機系バインダーを含まない、金属または金属酸化物(セラミック)の無機材料および有機金属化合物のハイブリッド組成物である。本発明によれば、緻密かつ強固でありながら、膜厚が数μm~数mm(例えば、5μm~300μm、200μm~800μm、500μm~3mmなど)のオール無機厚膜を、様々な素材の基材上に形成することができる。
【0025】
1.ビヒクル組成物の成分
本発明のビヒクル組成物は、
(A)ポリシロキサン化合物;
(B)ケイ素含有化合物
(C)有機金属化合物;
(D)溶融シリカ;
(E)硬化剤またはUV硬化バインダー
の全てまたは一部を含む。
【0026】
(A)ポリシロキサン化合物は、スクリーン印刷が可能な程度の粘度特性をビヒクル組成物に付与するために添加する。
本発明に用いることができるポリシロキサン化合物として、一般式(1)、(2)および(3)で表されるシリコーン樹脂が挙げられる。これらのシリコーン樹脂は、シリケート単位の繰り返し数(または分子量)が異なり、それぞれ単体で硬化させたときの硬さが異なる。
ビヒクル組成物を適用する基材や環境に依存して、所望する粘度特性や、クラック耐性および基材への密着性を考慮して、いずれか単体で、または、組み合わせて用いることができる。
一般式(1)で表されるシリコーン樹脂として、例えば、単独の硬化物が比較的硬い、旭化成ワッカーシリコーン株式会社性のシリコーンレジンSILRES(登録商標)MKが挙げられる。
一般式(2)で表されるシリコーン樹脂として、単独の硬化物が比較的柔らかい、ポリジメチルシリケート(PDMS)が挙げられる。
一般式(3)で表されるシリコーン樹脂として、例えば、液状の旭化成ワッカーシリコーン株式会社製シリコーンレジンSILRES(登録商標)MSE100が挙げられる。
【0027】
一般式(1)で表されるシリコーン樹脂は比較的分子量が大きいため、単独で硬化させると硬い膜が形成される。一方、一般式(3)で表されるシリコーン樹脂は比較的分子量が小さいため、硬化前は液状であり、硬化後は、膜構造内部で微視的には流動的な膜が形成される。一般式(2)で表されるシリコーン樹脂は、それらの中間で、柔らかい膜が形成される。
粘度特性制御のために複数のシリコーン樹脂を組み合わせるとき、60~100℃、例えば80℃に加熱し、シラノール反応により脱水縮合をさせることが好ましい。そのため、例えば、一般式(1)で表されるシリコーン樹脂と一般式(2)で表されるシリコーン樹脂とを脱水縮合させて硬化させると、膜構造内部で微視的に硬い部分と柔らかい部分とが共存し、膜全体としては堅牢でありながら、局所的に柔らかい部分がある(海島構造)。これにより、温度変化があっても、基材と膜との熱膨張係数が異なることによる構造破壊、すなわち、クラック発生を防止することができる。
実際には、海島構造だけでは説明の付かない現象もあるので、発明者らは、さらに検討を進めた。その結果、シラノール反応を開始させるトリガーとして、酸性で直鎖状に連結させるシラン化合物を使用すると、クラック発生が低減された均質な膜が形成されることが確かめられた。このとき、アルカリ性で反応させると、3次元架橋を起こして塊状になってしまう。
複数のシリコーン樹脂が直鎖状に連結されて形成されたハイブリッドポリシロキサン化合物では、末端や側鎖のメチル基が未反応のまま残存しているため、微視的には流動性を示す。このハイブリッドポリシロキサン化合物に対してオクチル酸ジルコニウムなどの硬化剤を適量添加して、未反応基を反応させて3次元構造とする。この手順であれば、架橋していない部分が多く存在し、すなわち、網目が破れた箇所が存在する3次元構造が形成される。すなわち、ネットワークに弱い部分(クラッシャブル構造)があるため、外部からのひずみを吸収して、クラック発生を防止できることが分かった。
本発明では、無機厚膜の適用対象、使用環境に依存して、このような海島構造とクラッシャブル構造の形成を制御する。
【0028】
(B)ケイ素含有化合物は、ポリシロキサン化合物を架橋して3次元ネットワークを形成するときの節(ノード)の役目となる。
本発明で用いることができるケイ素含有化合物として、テトラアルキルオルトシリケート(「テトラアルコキシシラン」ともいう;TEOS)などのシラン化合物、シリカ、TEOSとシリカの混合物、シランカップリング剤として知られるビニルトリメチルシランまたはそれらの組合せが挙げられる。
TEOSなどのシラン化合物は、水分の存在下で、加水分解によりナノサイズのシリカになり得る。また、直接ナノサイズのシリカを用いることもできる。また、ナノサイズのシリカは、TEOSなどのシラン化合物からゾルゲル法を用いて製造することができる。
【0029】
本発明に用いることができるシラン化合物として、例えば、Wacker(登録商標) SILICATE TES 28やWacker(登録商標) SILICATE TES 40 WNなどがある。
Wacker(登録商標) SILICATE TES 28は、モノマー型のエチルシリケートであり、加水分解反応により約28重量%のSiO含有の低粘度無色液体である。加水分解によるSi-O-化が速い。
Wacker(登録商標) SILICATE TES 40 WNは、エチルシリケートポリマーであり、完全に加水分解すると、約41重量%のSiOを生じる低粘度液体である。加水分解によるSi-O-化が遅く、PDMSなどのポリジアルキルシリケートと結合しやすい。
【0030】
本発明において、(A)ポリシロキサン化合物に(B)ケイ素含有化合物の一部を混合して、2成分の混合物として、または、この混合物をさらに反応させた反応物として用いることができる。
(A)ポリシロキサン化合物と(B)ケイ素含有化合物との反応物は、例えば、PDMSにTEOSなどのシラン化合物を混合し、触媒と共に加熱することによって得ることができる。例えば、グーテック株式会社製シリコーン樹脂配合品「EL0039G」、販売代理店:株式会社ジューク)などの製品がある。
このような(A)ポリシロキサン化合物と(B)ケイ素含有化合物との反応物(例えば、上記シリコーン樹脂配合品)は、ナノサイズシリカを節(ノード)とする3次元ネットワークを形成している(図6)。
【0031】
(C)有機金属化合物は、ポリシラノール化合物同士の脱水縮合反応の進行を潤滑にするために添加する。
本発明に用いることができる有機金属化合物として、例えば、マツモトファインケミカル株式会社製オルガチックスTC-750(チタンジイソプロポキシビス(エチルアセトアセテート)[Ti(O-i-C3H7)2(C6H9O3)2])、オルトチタン酸テトラキス(2-エチルヘキシル)等が挙げられる。
【0032】
(D)溶融シリカは、球状粒子の連鎖構造を持つ高比表面積の凝集体であり、その表面にはシラノール基が存在し、ポリシラノール化合物とのネットワーク形成にかかわる。
本発明で用いることができる溶融シリカとして、例えば、日本エアロジル株式会社製AEROSIL(登録商標)R850が挙げられる。
【0033】
(E)硬化剤またはUV硬化バインダーは、ポリシラノール化合物やシラン化合物などの加水分解反応を促進する。
本発明に用いることができる硬化剤またはUV硬化バインダーとして、知られる化合物であり、C6~25カルボン酸、例えば、ヘキシル酸、オクチル酸、2-エチルヘキサン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、リシノール酸、ベヘン酸などのCo、Mn、Zn、Sn、Zr、Fe、Ni、Ca、K、Li、好ましくは、Zr,Sn、Znとの金属塩が挙げられる。より好ましくは、オクチル酸ジルコニウムであり、例えば、日本化学産業株式会社製ニッカオクチックス(登録商標)ジルコニウム[オクチル酸ジルコニウム]が挙げられる。一方、金属としてTiを用いると、本発明においては、反応が速すぎて使用勝手が悪い。
【0034】
(F)触媒は、ポリシラノール化合物の加水分解の進行を潤滑にするために添加する。ポリシラノール化合物やシラン化合物のシラノール基が加水分解し、脱水縮合する際に水分が発生して発泡することがある。加水分解を進行させつつ、発泡の生成を実質的に抑制するために、ポリシラノール化合物の量に比較して極めて少量の水および酸を添加する。
酸としては、ギ酸、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、コハク酸、酒石酸、フマル酸などの有機酸や、塩酸、硝酸、硫酸などの無機酸を用いることができる。無機酸よりも有機酸の方が、緩和な反応となるため好ましく、酢酸がより好ましい。
【0035】
(G)溶媒
塗料としての粘度を調整するための任意成分である。
本発明に用いることができる溶媒は、イソプロピルアルコール(IPA)、2,2,4-トリメチルペンタン-1,3-ジオールモノイソブチラート(テキサノール)、ブタノール、ブチルカルビトールアセテート(BCA)が挙げられる。
【0036】
2.機能付与固体物質
本発明のビヒクル組成物は、そのままで用いてもシラノール構造による有用なオール無機厚膜を形成することができるが、適用する技術分野に依存して、さまざまな機能付与固体物質を添加することができる。
本発明において使用することができる機能付与固体物質は、例えば、ステンレス金属粉(例えば、ステンレスフレーク)、蓄光剤(例えば、ジスプロシウム、ユウロピウムで付活したアルミン酸ストロンチウムSr4Al14O25:Eu,Dy)または蛍光剤、光触媒(例えば、TiO2、WO3)、抗菌薬剤(例えば、クロルヘキシジングルコン酸塩)、Tクロミック(例えば、VO2)、放射線遮蔽剤(例えば、Ba, Ti)、絶縁体(例えば、Al2O3、C-AIN、Low-K)、可視光/UV光反射材(例えば、Zr)等が挙げられる。
【0037】
3.膜
本発明のビヒクル組成物または機能付与固体物質を含有する無機厚膜形成用組成物を用いて作製した無機厚膜は、SEM-EDSの分析検出限界である1500~2000ppmを超える濃度のCを含まず、かつ、X線回折分析にて、CのKα線で2θ=10±2°にピークを示す。このピークは、従来のポリシロキサン化合物やシラン化合物から検出されていない。
【0038】
4.基材
本発明の無機厚膜を適用することができる基材としては、金属、セラミックス、ガラス、プラスチック、コンクリート、木材、織布、不織布、紙など多岐に亘る。
【0039】
5.膜形成工程
本発明の膜形成は、基材にビヒクル組成物を塗布し、塗膜に外部エネルギーを供給して硬化させる工程を含む。
本発明において使用する外部エネルギーは、紫外線照射または200℃以下の加熱であり、適用対象のサイズや場所が限定される高価な装置や工程を用いる必要がない。紫外線の光源には自然光が含まれ、200℃以下の加熱には、広義には室温での放置も含まれる。処理工程は、用いる外部エネルギーと適応対象や使用環境に依存するが、10~60分間、3時間、5時間、10時間、半日、1日間などである。
また、硬化工程の前に、予備乾燥工程を含んでもよい。ビヒクル組成物に粘度調整のための溶媒が含まれるとき、室温から100℃程度で溶媒を除去する。硬化工程で温度を上げたときに、内部の溶媒が急激に膨張して構造破壊を起こさない程度に除去できる時間であればよく、通常5~30分間あればよく、半日、1日間などである。
【0040】
本発明によるオール無機厚膜に関する技術は、光MODをさらに発展させたものなので、Advanced MOD(登録商標)と命名した。
【実施例
【0041】
A.ビヒクル組成物
[実施例1]
(1)4G室温硬化材用ビヒクル組成物の調製
ポリシロキサンとして、12.3重量%のSILRES(登録商標)MK(旭化成ワッカーシリコーン株式会社シリコーンレジン:固形分率100重量%)、4.7重量%のPDMSおよび74.9重量%SILRES(登録商標)MSE100(旭化成ワッカーシリコーン株式会社シリコーンレジン:固形分率70重量%);有機金属化合物として、6.9重量%のオルガチックスTC-750(登録商標)(マツモトファインケミカル株式会社チタンジイソプロポキシビス(エチルアセトアセテート):固形分率10.45重量%);溶融シリカとして、1.2重量%のAEROSIL(登録商標)R850(日本アエロジル株式会社溶融シリカ:固形分率100重量%)を、室温(約25℃)にてトルネードミキサー(600rpm)で20分間撹拌して、スクリーン印刷可能な粘性を有するビヒクル組成物1’を調製した。
【0042】
【表1】

【0043】
(2)オール無機厚膜シリカコートの形成
使用直前に、100重量%のビヒクル組成物1’に対して、硬化剤として3.0重量%のオクチル酸ジルコニウムを後添加して、4G室温硬化材用ビヒクル組成物1とする。石英ガラス基板上に、4G室温硬化材用ビヒクル組成物1を塗布し、得られた塗膜を、室温(約25℃)にて一晩放置して、約150μm厚のオール無機厚膜シリカコート1を形成した。基板への密着性は良好であった。
PETシート上に、4G室温硬化材用ビヒクル組成物1を塗布して、室温(約25℃)にて一晩放置して、約150μm厚のオール無機厚膜シリカコート1’を形成した。
【0044】
(3)X線回折分析
X線回折分析によって、石英ガラス基板上に形成したオール無機厚膜シリカコート1の上に約20nm厚のAuスパッタ膜を形成し、X線回折パターンを測定した。測定結果を表2および図7に示す。図7では、オール無機厚膜シリカコート1を形成した石英ガラスのX線回折パターンから、石英ガラスのみのX線回折パターンを差し引いて、オール無機厚膜シリカコート1のX線回折パターンとして表示している。
【0045】
【表2】
【0046】
表2に示すように、組成分析の結果、ほとんどの組成がSi-Oであった。オルガチックス由来の極微量のTiが検出された。Alはサンプルホルダー由来であり、AuはAuスパッタ膜由来である。
一方、Cは全く検出されなかった。このことは、オール無機厚膜シリカコート1には、有機物が含まれていないことを示す。
【0047】
図7から分かるように、2θ=20°付近に、アモルファスガラスに典型的なハローパターン(非特許文献4)が観察された。また、2θ=10.52°に、高強度の回折ピークが観察された。このような回折パターンを示すSiOは知られていない。
SiとAlを含む鉱物として、パイロフィライト(Al2Si4O10(OH)2)が知られている。また、パイロフィライトは、X線回折パターンにおいて、2θ=9.6°、19.3°、29.1°にピークを示し、2θ=9.6°および29.1°のピークが同程度のピーク強度であり、2θ=19.3°のピークがそれらの半分のピーク強度であることも分かっている。また、そもそもAlはサンプルホルダー由来であり、Siの存在量に比して1%未満であり、単一ピークで、アモルファスSiOのハローパターンを超える強度を示すことはあり得ない。
したがって、本発明によるオール無機厚膜シリカコート1は、従来とは異なる結晶特性を示す構造を有することが確認された。
【0048】
[実施例2]
(1)3G熱硬化材用ビヒクル組成物の調製
ポリシロキサンとして、74.0重量%のSILRES(登録商標)MK(旭化成ワッカーシリコーン株式会社シリコーンレジン:固形分率100重量%)および14.1重量%のPDMS;有機金属化合物として、9.2重量%のTES試薬Si41(Wacker(登録商標) SILICATE TES 40 WN)および1.8重量%のTEOS試薬Si28(Wacker(登録商標) SILICATE TES 28);ならびに、溶融シリカとして、0.9重量%のAEROSIL(登録商標)R850(日本アエロジル株式会社フュームドシリカ)を混合して得られた混合物に対して、さらに、0.5重量%の水および0.5重量%の酢酸を添加し、80℃にてトルネードミキサー(600rpm)で65分間撹拌して、スクリーン印刷可能な粘性を有する3G熱硬化材用のビヒクル組成物2’を調製した。
【0049】
【表3】
【0050】
(2)オール無機厚膜シリカコートの形成
使用直前に、100重量%のビヒクル組成物2’に対して、硬化剤として2.0重量%のオクチル酸ジルコニウムを後添加して、3G熱硬化材用ビヒクル組成物2とする。石英ガラス基板上に、3G熱硬化材用ビヒクル組成物2を塗布し、得られた塗膜を、180℃にて1.5時間(1~2時間)加熱して、約150μm厚のオール無機厚膜シリカコート2を形成した。
【0051】
(3)X線回折分析
X線回折分析によって、石英ガラス基板上に形成したオール無機厚膜シリカコート2の上に約20nm厚のAuスパッタ膜を形成し、X線回折パターン回折パターンを測定した。測定結果を図8に示す。図8では、オール無機厚膜シリカコート2を形成した石英ガラスのX線回折パターンから、石英ガラスのみのX線回折パターンを差し引いて、オール無機厚膜シリカコート2のX線回折パターンとして表示している。
【0052】
オール無機厚膜シリカコート1と同様に、組成分析の結果、ほとんどの組成がSi-Oであった。オクチル酸ジルコニウム由来の極微量のZrが検出された。Alはサンプルホルダー由来であり、AuはAuスパッタ膜由来である。
一方、Cは全く検出されなかった。このことは、オール無機厚膜シリカコート2には、有機物が含まれていないことを示す。
【0053】
図8から分かるように、2θ=20°付近に、アモルファスガラスに典型的なハローパターンが観察された。また、2θ=10.52°に、高強度の回折ピークが観察された。このような回折パターンを示すSiOは知られていない。
したがって、本発明によるオール無機厚膜シリカコート2は、従来とは異なる結晶特性を示す構造を有することが確認された。
【0054】
[実施例3]
(1)蓄光材用ビヒクル組成物の調製
ポリシロキサンとして、30.0重量%のSILRES(登録商標)MK(旭化成ワッカーシリコーン株式会社シリコーンレジン:固形分率100重量%);有機金属化合物(シランカップリング剤)として、10.0重量%のビニルメトキシシラン;およびUV硬化バインダーとして60.0重量%のオクチル酸ジルコニウムを、自公転ミキサー(株式会社シンキー製THINKY Mixer)で2000rpmにて3分間撹拌混合して、スクリーン印刷可能な粘性を有する蓄光材用ビヒクル組成物3を調製した。
【0055】
【表4】
【0056】
(2)オール無機厚膜シリカコートの形成
0.8mm厚の白板ガラス基板上に、厚さ約55μmのスコットテープを3枚重ね(約165μm)で貼り付けて約4cm×約4cm角の領域を作った。この領域内に、使用直前に調製したビヒクル組成物3を適量のせ、ドクターブレード法によりグラインドゲージ用のアプリケーターで手引きして均一厚の塗膜を形成した。温風乾燥炉内で、白ガラス基板を90℃にて10分間仮乾燥した後、130℃にて60分間加熱硬化して、約130μm厚のオール無機厚膜シリカコート3を形成した。
比較のため、オクチル酸ジルコニウムに、シランカップリング剤としてビニルトリメトキシシランを添加した光MOD用組成物を用いて、比較例の薄膜コートを形成した。この光MOD組成物は液状である。
【0057】
(3)オール無機厚膜シリカコートの性状
オール無機厚膜シリカコート3は、均一な透明な膜であり、クラックが発生していない(図9a)。一方、比較例のシリカコートは、透明な膜であるが、クラックが発生している(図9b)。
次に、分光光度計を用いて、白板ガラス上に形成したオール無機厚膜シリカコート3および比較例のシリカコートの透過率を測定した(図10)。オール無機厚膜シリカコート3につき、可視光域(400nm<)で90~92%、紫外線領域(350~400nm)で83~85%であり、比較例のシリカコートにつき、可視光域(400nm<)で約85%、紫外線領域(350~400nm)で80~83%であった。
オクチル酸ジルコニウムを500℃以下で硬化させると黄変することが確認されている(表5)。しかしながら、オール無機厚膜シリカコート3にはポリシロキサンであるSILRES MKが含まれているためオクチル酸ジルコニウムの膜内濃度が低下して、黄変も問題にならなかった。
【0058】
【表5】
【0059】
[実施例4]
(1)抗菌剤用ビヒクル組成物の調製
ポリシロキサンとして、46.5重量%のSILRES(登録商標)MK(旭化成ワッカーシリコーン株式会社シリコーンレジン:固形分率100重量%);有機金属化合物として、7重量%のビニルメトキシシラン(シランカップリング剤);および、硬化剤として、オクチル酸ジルコニウムを混合して、スクリーン印刷可能な粘性を有する抗菌剤用ビヒクル組成物4調製した。
【0060】
【表6】
【0061】
[実施例5]
(1)抗菌剤用ビヒクル組成物の調製
ポリシロキサンとして、98.0重量%のPDMS;有機金属化合物として、オルトチタン酸テトラキス(2-エチルヘキシル)を、80℃にてトルネードミキサー(600rpm)で45分間撹拌して、スクリーン印刷可能な粘性を有する抗菌剤用ビヒクル組成物5’を調製した。100重量%のビヒクル組成物2’に対して、硬化剤として、3.0重量%のオクチル酸ジルコニウムを後添加して、ビヒクル組成物5とする。
【0062】
【表7】
【0063】
[実施例6]
(1)サーモクロミック用ビヒクル組成物の調製
ポリシロキサンとして、93.4重量%のPDMS;有機金属化合物として、1.7重量%のオルトチタン酸テトラキス(2-エチルヘキシル)および4.9重量%のビニルメトキシシラン(シランカップリング剤)を、80℃にてトルネードミキサー(600rpm)で45分間撹拌して、サーモクロミックPDMS改質用のビヒクル組成物7’を調製した。100重量%のサーモクロミックPDMS改質用のビヒクル組成物6’に対して、硬化剤として、3.0重量%のオクチル酸ジルコニウムを後添加して、スクリーン印刷可能な粘性を有するサーモクロミック用ビヒクル組成物6とする。
【0064】
【表8】
【0065】
[実施例7]
(1)ステンレスフレーク含有オール無機厚膜形成用組成物の調製
46.1gのビヒクル組成物1’(固形分32.8g)および、ステンレスフレークとして53.9gのステンシェル70(東洋アルミニウム株式会社製、固形分53.9g)を、80℃にてトルネードミキサー(600rpm)で45分間撹拌して、ステンレスフレークを含有するオール無機厚膜形成用組成物1’(固形分として、ビヒクル組成物:ステンレスフレーク=38:62)を得た。
【0066】
(2)ステンレスフレーク膜の形成
使用直前に、100重量%のオール無機厚膜形成用組成物1’に対して、1.5重量%のオクチル酸ジルコニウムを添加して、オール無機厚膜形成用組成物1とする。0.6mm厚のステンレス基板上に、オール無機厚膜形成用組成物1を塗布して、室温(約25℃)にて一晩放置して、膜厚が約40μmのステンレスフレーク含有オール無機厚膜1aを形成した。
PETシート上に、無機厚膜形成用組成物1を塗布して、室温(約25℃)にて一晩放置して、膜厚が約40μmのステンレスフレーク含有無機厚膜1bを形成した。
【0067】
(3)ステンレスフレーク含有無機厚膜の性状
ステンレス基板上に形成したステンレスフレーク含有無機厚膜1と、ステンシェル(登録商標)エポキシ樹脂系中塗(東洋アルミニウム株式会社製)を用いて同様に形成した被膜との濡れ性を比較した(図11)。ステンレスフレーク含有無機厚膜1を右に、ステンシェル(登録商標)エポキシ樹脂系中塗膜を左に示す。ステンシェル(登録商標)エポキシ樹脂系中塗膜と比較して、ステンレスフレーク含有無機厚膜1上に滴下した水滴の撥水性が高いことが分かる。このことは、ステンレスフレーク含有無機厚膜1の表面が疎水性であることを示し、樹脂成分が含まれないためと思われる。
【0068】
(4)ステンレスフレーク膜の断面構造
PETシート上に形成したステンレスフレーク含有無機厚膜1’を切断し、エネルギー分散型X線分析装置を搭載した走査型電子顕微鏡を用いて、膜断面の電子顕微鏡写真(図12)および元素分析(図13および14)を行った。
電子顕微鏡写真から、PET基板上に、ステンレスフレークが緻密に積層されていることが観察される(図12)。
また、元素分析により、断面には、SiおよびFeが多く存在し、CおよびOの存在も見て取れる(図13)。
断面の元素マッピングを行った。図14において、断面写真(左上から1段目)、CのKα線(左上から2段目)、SiのKα線(左上から3段目)、FeのKα線(左上から4段目)のマッピングを示す。ここでは図示しないOのKα線のマッピングも含めて、合成したマッピングを図14右に示す。
合成マッピングによれば、Fe、SiおよびOはステンレスフレーク積層にのみ存在し、ステンレスフレーク積層にはCの存在が確認されず、PET基板にのみ確認された。走査型電子顕微鏡におけるエネルギー分散型X線分析の検出限界は1500~2000ppm、とされているので、ステンレスフレーク積層中の炭素量は2000ppm未満であり、実質的に有機物が存在しないこと、すなわち「オール無機」であることが確認された。
これにより、本発明の無機厚膜形成用組成物を用いれば、実質的に無機材料のみの厚膜(オール無機厚膜)を耐熱性の低いPET基材上に形成できることが確認された。
【0069】
[実施例8]
(1)蓄光材含有無機厚膜形成用組成物の調製
使用直前に調製した34gのビヒクル組成物3(固形分31.3g)および、66gの蓄光材LumiNova GLL300M(根本特殊化学:ジスプロシウム、ユウロピウムで付活したアルミン酸ストロンチウムSr4Al14O25:Eu,Dy)(固形分66g)を、室温(約25℃)にてトルネードミキサー(600rpm)で20分間撹拌して、蓄光材を含有するオール無機厚膜形成用組成物2(固形分として、ビヒクル組成物:蓄光材=32:68)を得た。
【0070】
(2)蓄光材膜の形成
PET基板上に、厚さ約55μmのスコットテープを3枚重ね(約165μm)で貼り付けて、約10cm×約9cm角の領域を作った。この領域内に、使用直前に調製したオール無機厚膜形成用組成物2を適量のせ、ドクターブレード法によりグラインドゲージ用のアプリケーターで手引きして均一厚の塗膜を形成した。この塗膜に385nmのUV光を照射して、蓄光材含有オール無機厚膜2を形成した。
比較のために、上記と同様にして、アクリル系樹脂バインダーを含有する従来の蓄光材塗料(SA社)を用いて、蓄光材含有樹脂硬化膜を形成した。
【0071】
(3)蓄光材膜の蛍光特性
PET基板上に形成した蓄光材含有オール無機厚膜2および比較例(SA社)の蓄光材含有膜につき、蓄光特性を確かめた。蓄光測定用サンプルの測定位置を図15に示す(右:本発明(Advanced MOD(登録商標))によるオール無機厚膜2、左:従来の蓄光材含有樹脂硬化膜)。
これらの膜に(a)Xeランプ照射、1000lxで5分間および(b)D65蛍光ランプ照射、200lxで20分間の2つの励起条件にて、残光輝度を測定した。結果を表9および、図16に示す。
【0072】
【表9】
【0073】
表9には、各膜に対して、光照射による励起から所定後の残光輝度を測定した結果、および従来の膜の輝度に対するオール無機厚膜2の輝度の比率を記載する。このように、本発明による蓄光材含有無機厚膜2は、従来の蓄光材含有樹脂硬化膜と比較して、励起直後の輝度が高いだけでなく、残光輝度も向上した。
【0074】
(4)耐環境性
つぎに、自然環境での耐環境試験の例を図17に示す。精密な耐久試験ではないが、自転車の後輪の泥よけに、本発明による蓄光材含有無機厚膜のラベルを張り付けて10か月経過した状態を示している:(a)薄暗い室内の室内灯の光が当たっている状態、(b)同室内で室内灯が直接当たらない場所に移動した状態、(c)車のヘッドライトを照射した状態。
蓄光材は、水分に接触すると、たちまち劣化することが知られている。従来のアクリル系樹脂使用のポリマーペーストで形成された組成物から得られた蓄光材樹脂硬化膜は、雨風にさらされる屋外用途には不適であり、その表面をフィルムで保護しなければならなかった。一方、本発明による蓄光材含有無機厚膜はフィルムで保護をしていないにもかかわらず、初期の輝度を維持することが確認された。
【0075】
(5)考察
ステンレスフレーク膜の元素マッピングを参照し、アクリル系樹脂を含有する蓄光材塗料から得られた膜との比較に基づけば、蓄光材粒子は、シロキサン化合物の構造中に分散していると想定される。
したがって、蓄光材粒子がシロキサン化合物に覆われているため耐環境性が著しく向上したと考えられる。
また、アクリル系樹脂硬化物よりもシロキサン化合物のほうが光の透過率が高いことが知られている。そのため、従来の蓄光材含有樹脂硬化膜では、表面からの光は、膜の浅い領域まで到達できず、深部に存在する蓄光材を十分に励起することができないが、本発明による蓄光材含有無機厚膜の表面からの光が深部まで到達し、膜内に存在する蓄光材を有効に励起することができ、かつ、発光した光も外部に放射できると考えられる。
【0076】
[実施例9]
(1)フェライト含有無機厚膜形成用組成物の調製
使用直前に調製した34gの3G熱硬化剤用ビヒクル組成物2(固形分31.3g)および、61.5 gのフェライト材 MZ20 粒径22.1(Mn-Zn系フェライト)275gINN(パウダーテック)(固形分61.5g)を、室温(約25℃)にてトルネードミキサー(600rpm)で20分間撹拌して、フェライト材を含有するオール無機膜形成用組成物3(固形分として、3G熱硬化剤用ビヒクル組成物2:フェライト材=38:62)を得た。
【0077】
(2)フェライト膜の形成
PET基板上に、約15cm×15cm角の領域で、使用直前に調製したオール無機厚膜形成用組成物3を、100重量%として、硬化剤として、0.40重量%のジイソプロポキシビス(エチルアセトアセテート)チタン(TC-750 Ti Acetoana)を後添加して使用する。スクリーン印刷にて均一厚の塗膜を形成した。最終厚膜が約100μm/150μm/210μmとなるような3水準の塗膜厚のサンプルを準備した。
この塗膜に130℃加熱にて、フェライト含有オール無機厚膜3を形成した。
【0078】
(3)フェライト膜の電磁波遮断特性
PET基板上に形成したフェライト含有オール無機厚膜3につき、電磁波遮断の特性を確かめた。電磁波遮断の特性測定用サンプル(本発明(Advanced MOD(登録商標))として作成した、約100μm/150μm/210μmの3水準の厚さのオール無機厚膜3の断面の顕微鏡写真を図18に示す。
得られた厚膜のPET基板側は平滑な面であるが、上面は凹凸が多いことが分かる。そこで、平滑な面を表にして、マイクロストリップライン(0.1~6GHz/3~14GHz)および自由空間法(12.4~45GHz)を使用して、電磁波遮断能力の測定を行った。自由空間法において、吸収率(%)および散乱行列Sパラメータの成分である複素反射計数S11で評価した。
測定結果を図19および図20に示す。
【0079】
(4)考察
厚み依存性はあるものの、210μm厚のフェライト含有無機厚膜は電磁波遮断能力の測定はマイクロストリップライン(0.1~6GHz/3~14GHz)と自由空間法(12.4~45GHz)とも良好な結果が得られた。
【0080】
[実施例10]
(1)タングステン材含有無機厚膜形成用組成物の調製
4G室温硬化材用ビヒクル組成物1を用いて室温硬化タイプのタングステン材含有無機膜形成用組成物4a、および3G熱硬化材用ビヒクル組成物2を用いて熱硬化タイプのタングステン材含有無機膜形成用組成物4bの二種類を調製した。いずれの組成物にも、厚塗りした際のクラック防止を考慮して、固形分としてタングステン材以外に、ステンレス・フレーク粉や酸化アルミニウム粉、合成マイカ粉を添加した。
使用直前に調製した20gの4G無機硬化剤用ビヒクル組成物1および、72.4 gのタングステン材(日本新金属 W3:W4 25:75ブレンド比)と6.5gのステンレスフレーク粉(東洋アルミニウム製 ステンシェル・ペースト70)と1.1gの酸化アルミニウム粉(低ソーダアルミナ AL-47-H )を、室温(約25℃)にてトルネードミキサー(600rpm)で20分間撹拌して、タングステン材を含有する4G室温硬化タイプのオール無機膜形成用組成物4a(重量比率として、4G室温硬化材用ビヒクル組成物1:タングステン材/ステンレスフレーク粉/酸化アルミニウム粉=20:80)を得た。
使用直前に調製した19.5gの3G熱硬化材用ビヒクル組成物2および、80.0 gのタングステン材(日本新金属 W3:W4 25:75ブレンド比)と0.5gの合成マイカ(トピー工業製 PDM-800/1000)を 室温(約25℃)にてトルネードミキサー(600rpm)で20分間撹拌して、タングステン材を含有する3G熱硬化タイプのオール無機膜形成用組成物4b(重量比率として、3G熱硬化材用ビヒクル組成物2:タングステン材/ステンレスフレーク粉/酸化アルミニウム粉=19.5:80.5)を得た。
【0081】
(2)タングステン膜の形成
オール無機膜形成用組成物4aを100重量%として、0.4~0.6重量%のジイソプロポキシビス(エチルアセトアセテート)チタン(TC-750 Ti Acetoana)を硬化剤として、後添加して使用する。
オール無機膜形成用組成物4bを100重量%として、2.0%のオクチル酸ジルコニウムを硬化剤として、後添加して使用する。
鋼板基板上に、約20cm×約20cm角の領域に、それぞれの組成物をスクリーン印刷して、均一厚の塗膜を形成した。最終膜厚が約65μmとなるような塗膜厚のサンプルを準備した
室温硬化タイプのオール無機膜形成用組成物4aの塗膜は室温にて硬化させてタングステン材含有無機膜4aを形成し、熱硬化タイプのオール無機膜形成用組成物4bは180℃加熱にて硬化させてタングステン材含有無機膜4bを形成した。
【0082】
(3)タングステン材膜のX線遮断特性
X線は鋼板によって遮蔽されることはないため、タングステン材含有無機膜を形成した鋼板基板を10枚重ね(無機膜の合計膜厚650μm)、12枚重ね(無機膜の合計膜厚780μm)としてX線遮蔽性能力測定サンプルを調製した。
東京都立産業技術研究センターで、JIS Z 4501「X線防護用品の鉛当量試験方法」に準じた方法にて、100kVと 400kV 狭いビームのX線遮蔽性(X線量率)を測定した。遮蔽率は、100%から測定した透過率(%)を差し引くことによって求めた。
これらの測定結果を表10に示す
【0083】
【表10】
【0084】
(4)考察
厚み依存性はあるものの、X線遮蔽性能力は100kVのX線強度において、レントゲン(X線)検査の際に使用する鉛を含んだ材質でできている放射線(X線)を防護するエプロンに比べても同等かそれ以上の良好な結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明によれば、金属または金属酸化物(セラミック)の無機材料のみから構成され「オール無機」、かつ、数μm~数mm厚の「厚膜」、すなわち、「オール無機厚膜」を様々な素材上に形成するための組成物が得られる。このような「オール無機厚膜」を用いて、公共財であるインフラ老朽化の修復や防止をする以外にも、様々な用途に応用すれば、持続可能な開発目標を達成することができ、その結果、社会益をもたらすことができる。
【符号の説明】
【0086】
1 ナノシリカノード
2 ポリシラノールネット
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20