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特許7606761チャバネアオカメムシ由来のタンパク質、及びそれをコードするヌクレオチド、並びにこのタンパク質を備える検出装置、又は吸着材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-18
(45)【発行日】2024-12-26
(54)【発明の名称】チャバネアオカメムシ由来のタンパク質、及びそれをコードするヌクレオチド、並びにこのタンパク質を備える検出装置、又は吸着材
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/435 20060101AFI20241219BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20241219BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20241219BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20241219BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20241219BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20241219BHJP
   B01J 20/24 20060101ALI20241219BHJP
   C07K 17/00 20060101ALI20241219BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20241219BHJP
【FI】
C07K14/435 ZNA
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
B01J20/24 A
C07K17/00
C12N15/12
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2022052221
(22)【出願日】2022-03-28
(65)【公開番号】P2023144977
(43)【公開日】2023-10-11
【審査請求日】2023-09-25
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100154988
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 真知
(72)【発明者】
【氏名】谷合 幹代子
(72)【発明者】
【氏名】宮澤 光博
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-161090(JP,A)
【文献】International Journal of Biological Macromolecules,2022年,206,759-767
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C07K 14/435
C12N 15/63
C12N 1/15
C12N 1/19
C12N 1/21
C12N 5/10
B01J 20/24
C07K 14/705
C07K 17/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(i)または(ii)のタンパク質:
(i)配列番号1で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(ii)配列番号1で表されるアミノ酸配列に対して90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアート(decatrienoate)に親和性を有するタンパク質。
【請求項2】
配列番号1で表されるアミノ酸配列を含む、請求項1に記載のタンパク質。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項4】
配列番号2で表される塩基配列を含む、請求項に記載のポリヌクレオチド。
【請求項5】
請求項又はに記載のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
【請求項6】
請求項に記載のベクターを発現可能に保持する、形質転換体。
【請求項7】
請求項1又は2に記載のタンパク質を備える、目的有機化合物を検出するための検出装置であって、
前記目的有機化合物が、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアート、ヒノキチオール、並びにトロポロンからなる群から選択される少なくとも1種を含む、前記検出装置。
【請求項8】
前記目的有機化合物が、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアート含む、請求項に記載の検出装置。
【請求項9】
請求項1又は2に記載のタンパク質を含む、目的有機化合物の吸着材であって、
前記目的有機化合物が、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアート、ヒノキチオール、並びにトロポロンからなる群から選択される少なくとも1種を含む、前記吸着材。
【請求項10】
前記目的有機化合物が、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアート含む、請求項に記載の吸着材。
【請求項11】
前記目的有機化合物を放出可能である、請求項9又は10のいずれか1項に記載の吸着材。
【請求項12】
請求項1又は2に記載のタンパク質と目的有機化合物との親和性を検出する工程を含む、目的有機化合物の検出方法であって、
前記目的有機化合物が、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアート、ヒノキチオール、並びにトロポロンからなる群から選択される少なくとも1種を含む、前記検出方法。
【請求項13】
前記目的有機化合物が、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアートを含む、請求項12に記載の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の目的有機化合物と親和性を有するチャバネアオカメムシ由来のタンパク質及びそれをコードするヌクレオチド、及びこのタンパク質を利用した検出装置、又は吸着材に関する。
【背景技術】
【0002】
半翅目カメムシ科のチャバネアオカメムシ(プラウチア スタリ(Plautia stali))は、日本中に広く分布している。チャバネアオカメムシの成長に必要な宿主は、スギまたはヒノキの球果である。しかしながら、チャバネアオカメムシが繁殖して、個体数が利用可能な当該球果の量を超えると、移動性の高いチャバネアオカメムシの成虫は森林を離れ、果樹園に飛来し害虫となる。
現在、チャバネアオカメムシは農薬で防除可能である。しかしながら、オス成虫のチャバネアオカメムシが生産する集合フェロモンにより同種のオス成虫およびメス成虫が数多く飛来するために大発生する。したがって、果樹園で非常に有害なカメムシの1つとして知られている。チャバネアオカメムシが果樹園で大発生した場合、大量の農薬が必要となるため、果樹園に飛来した個体数が少ない初期に検知するための技術が望まれている。
【0003】
農業害虫の集合フェロモンのほとんどは複数の化合物の混合物であるのに対し、チャバネアオカメムシの集合フェロモンは単一成分(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアート(CAS No.51544-64-0)であることが同定されている(非特許文献1)。この集合フェロモンは現在、果樹園周辺でのこの昆虫の侵害(発生予察)するためのフェロモントラップに使用されている。
【0004】
また、昆虫の匂い物質結合タンパク質(OBP)を利用した、微量な匂い物質分子を検出するためのバイオデバイスの研究開発が進められている。例えば、非特許文献2には、有害な大腸菌群からの特徴的な代謝物であるインドールの存在を確認するために、ガンビエハマダラカのOBPを利用した蛍光ベースの生体外アッセイ法やこのタンパク質を目的成分の検出に用いるバイオセンサについて開示されている。また、非特許文献3には、イタリアミツバチの匂い物質結合タンパク質の変異体を利用した、オイゲノール検出用の生体外アッセイ法やこのタンパク質を目的成分の検出に用いるバイオセンサについて開示されている。
また、特許文献1には、昆虫の嗅覚受容体タンパク質を利用した技術として、当該タンパク質を発現している昆虫細胞に、被検体から採取された試料を接触させ、嗅覚受容体タンパク質と試料に含まれる生体由来の揮発性有機化合物との結合に基づいて昆虫細胞が発する信号を検出する工程を含む、生体由来の揮発性有機化合物の検出方法などが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2020-091120号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Hajime Sugieら、Appl. Entomol. Zool. 31(3): 427-431 (1996)
【文献】Spiros D. Dimitratosら、Biosensors 2019, 9, 62
【文献】C. Kotlowskiら、Sensors and Actuators B 256 (2018) 564-572
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来は、チャバネアオカメムシの集合フェロモンに結合するタンパク質は同定されていなかった。本発明は、当該集合フェロモンと結合する新規タンパク質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、チャバネアオカメムシのOBPを探索する過程で、チャバネアオカメムシの集合フェロモンに親和性を有するOBPを見出し、予想外にも当該OBPが、チャバネアオカメムシの集合フェロモンとは全く異なる構造を有する、芳香族7員環構造を有する有機化合物にも強い親和性を示すことも見出して、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の〔1〕~〔11〕に関するものである。
〔1〕以下の(i)または(ii)のタンパク質:
(i)配列番号1で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(ii)配列番号1で表されるアミノ酸配列に対して90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアート(decatrienoate)に親和性を有するタンパク質。
〔2〕前記〔1〕に記載のタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
〔3〕配列番号2で表される塩基配列を含む、前記〔2〕に記載のポリヌクレオチド。
〔4〕前記〔2〕又は〔3〕に記載のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
〔5〕前記〔4〕に記載のベクターを発現可能に保持する、形質転換体。
〔6〕前記〔1〕に記載のタンパク質を備える、目的有機化合物を検出するための検出装置。
〔7〕前記目的有機化合物が、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアート、又は、7員環の芳香族化合物を含む、前記〔6〕に記載の検出装置。
〔8〕前記〔1〕に記載のタンパク質を含む、目的有機化合物の吸着材。
〔9〕前記目的有機化合物を放出可能である、前記〔8〕に記載の吸着材。
〔10〕前記目的有機化合物が、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアート、又は、7員環の芳香族化合物を含む、前記〔8〕又は〔9〕に記載の吸着材。
〔11〕前記〔1〕に記載のタンパク質と目的有機化合物との親和性を検出する工程を含む、目的有機化合物の検出方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のタンパク質は、チャバネアオカメムシの集合フェロモンである(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアートに結合できるだけでなく、これとは構造の異なる7員環の芳香族化合物などの目的有機化合物にも結合することができる。7員環の芳香族化合物の中には香気成分として知られている化合物も含まれているため、本発明により、匂い物質分子の検出に有用なタンパク質のバリエーションを広げつつ、香気成分の担体としての利用可能性を広げることも可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(タンパク質)
本発明のタンパク質は、チャバネアオカメムシの匂い物質結合タンパク質(OBP)及びそれに由来する組換えタンパク質である。一般に、OBPは、嗅覚リンパを介した嗅覚受容体への匂い物質分子の輸送に重要な役割を果たすものである。
すなわち、本発明は、以下の(i)または(ii)のタンパク質に関する:
(i)配列番号1で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質;
(ii)配列番号1で表されるアミノ酸配列に対して90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアートに親和性を有するタンパク質。
【0012】
【0013】
また、本発明の上記(i)におけるアミノ酸配列は、配列番号1の配列に加えて、シグナルペプチドのアミノ酸配列を含んでもよい。当該シグナルペプチドは、特に限定されないが、例えば、真核生物の細胞で合成されたタンパク質が細胞外へ放出されるために必要なアミノ酸配列である分泌シグナルペプチドであってもよい。具体的には、本発明の上記(i)におけるアミノ酸配列は、当該分泌シグナルペプチドを含む配列番号3で表されるアミノ酸配列であってもよい。
【0014】
本発明のタンパク質は、配列番号1の配列や配列番号2の配列に存在するような、6つのシステインを有することが好ましい。当該タンパク質中に6つのシステインを有することで、3つの分子内ジスルフィド結合により、分子内架橋できるため、特定の理論に後続されるものではないが、本発明のタンパク質は、例えば凍結と融解を繰り返しても、加熱しても、凍結乾燥をしても、例えばpH5.0~8.5の範囲のいずれの存在下であっても、失活しにくいものとなると考えられる。なお、これらの6つのシステインは、チャバネアオカメムシ以外の他の昆虫のOBPにおいても同様の位置によく保存されており、OBPの三次構造を安定化する3つの分子内ジスルフィド結合の形成に寄与していると考えられている。
【0015】
また、本発明の上記(ii)における「(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアートに親和性を有する」とは、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアートと結合できることをいう。
また、本発明の上記(ii)における配列番号1で表されるアミノ酸配列に対する配列同一性は、91%以上であってもよいし、92%以上であってもよいし、93%以上であってもよいし、94%以上であってもよいし、95%以上であってもよいし、96%以上であってもよいし、97%以上であってもよいし、98%以上であってもよいし、99%以上であってもよい。
【0016】
本発明のタンパク質は、配列番号1で表されるアミノ酸配列をコードする遺伝子又はその改変遺伝子から一般的な遺伝子工学技術により調製してもいいし、配列番号1で表されるアミノ酸配列又はその改変配列に従って一般的なペプチド合成技術により調製してもよい。より具体的には、本発明のタンパク質は、後述するようにこのタンパク質をコードするヌクレオチドを発現ベクターに組み入れて、当該発現用ベクターを適当な宿主(細胞)に組み込むことで、所望の量を得ることができる。
【0017】
ここで、本発明のタンパク質は、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアートのほかに、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアートとは構造が全く異なる7員環の芳香族化合物などの特定の有機化合物と親和性を有する。以下、本発明のタンパク質が親和性を有する化合物を、目的有機化合物とも呼ぶ。当該目的有機化合物は、本発明のタンパク質と親和性を有している限り特に限定されないが、例えば、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアート、又は、7員環の芳香族化合物を含んでもよい。また、7員環の芳香族化合物は、特に限定されないが、例えば、ヒノキチオール、及びトロポロンを含み、その他、トロポロン誘導体、例えばコルヒチン、プルプロガリン、及びスチピタチン酸などを含んでもよい。
【0018】
(ポリヌクレオチド)
本発明のポリヌクレオチドは、上記タンパク質をコードするポリヌクレオチドである。前記ポリヌクレオチドの塩基配列は、これを導入した宿主細胞が上記タンパク質を発現することができる限り特に制限されないが、例えば、配列番号2で表される塩基配列を含んでもいいし、当該塩基配列からなるポリヌクレオチドであってもよい。前記ポリヌクレオチドの塩基配列は、前記宿主細胞の種類に応じて適宜コドン最適化してもよい。
【0019】
【0020】
また、配列番号2で表される塩基配列を含むポリヌクレオチドは、配列番号2の配列に加えて、シグナルペプチドをコードする塩基配列を含んでもよい。具体的には、前記ポリヌクレオチドは、5’末端側に上述した分泌シグナルペプチドを含む配列番号4で表される塩基配列を含んでもよい。
【0021】
(発現ベクターおよび形質転換体)
本発明の発現ベクターは、上記ポリヌクレオチドを含むものである。本発明の発現ベクターは、宿主において複製可能である限り特に制限されない。上記ポリヌクレオチドを組み入れる発現ベクターは、一般的に使用されるタンパク質発現現用ベクター、例えば、一過性発現用ベクター、大腸菌発現用ベクター、酵母発現用ベクター、昆虫細胞発現用ベクター、動物細胞(特にCHO細胞やHEK293細胞等)発現用ベクターのいずれであってもよい。具体的な発現ベクターとしては、例えば、pETベクター(プラスミドベクター)や、pFastBac1(バキュロウイルスベクター)などであってもよい。
本発明の形質転換体となる宿主は、上記発現ベクターの発現を可能に保持できるものであれば特に限定されず、使用する発現ベクターに合わせて適宜選択される。したがって、当該形質転換体は、大腸菌、酵母、昆虫細胞、及び動物細胞のいずれかであってもよく、さらに具体的には、昆虫由来の、Sf9細胞、BTI-TN-5B1-4(High Five)細胞がバキュロウイルス発現系で使用されてもよいし、生きたカイコを物質生産に利用してもよい。
【0022】
(目的有機化合物を検出するための検出装置及び検出方法)
本発明は、上記タンパク質を少なくとも備える目的有機化合物を検出するための検出装置にも関している。本発明の検出装置の態様は、OBPを利用した公知のバイオセンサなどの構成と同様の態様であってもよい。
一態様として、当該検出装置は、非特許文献2に示されるようなOBPを利用したラテラルフローデバイスを応用した、レポータープローブを使用する競合アッセイを利用した態様であってもよい。そのような態様では、例えばレポータープローブとしての特定の蛍光物質に結合した本発明のタンパク質をバイオチップ上に固定し、このバイオチップにサンプルを接触させたのちに検出される蛍光強度が、接触前と較べて低下又は消滅する場合に、サンプルに目的有機化合物が含まれていると検出できる。すなわち、当該バイオチップを未知の組成を有するサンプルと接触させ、当該被検試料中に目的有機化合物が含まれていれば、当該タンパク質が固定されたスポットの蛍光が消滅又は薄くなることが観察される。なお、本発明の検出装置でアッセイに要する時間は、結果が確認できる限りにおいて、特に限定されないが、例えば、10~20分程度でありうる。
また、この態様では、バイオチップとサンプルとが接触した際の蛍光強度に応じて、検出される目的有機化合物の濃度を検出することもでき、当該タンパク質の目的有機化合物との親和性を蛍光強度で確認することもできる。
また、蛍光物質の解離定数が数マイクロモル濃度程度であってもよい。
【0023】
上記蛍光物質としては、本発明のタンパク質と結合するものであれば特に限定されないが、例えば、本実施例で使用されるN-フェニル-1-ナフチルアミン(1-NPN)や、1-アミノアントラセン(1-AMA)、並びに、1-NPN、及び1-NPNの誘導体(Mastrogiacomo et al (2014)BBRC 446:137-142)などを用いることができる。また、前記レポータープローブとして、上記蛍光物質の代わりに、例えば非特許文献2で使用される金コロイドや、一般的に用いられうる物質などを用いてもよい。
【0024】
また、本発明のタンパク質は、分子内架橋していることから凍結乾燥しても失活しにくいので、当該タンパク質を固定したチップを乾燥状態で保管してもよいが、使用時には当該タンパク質が水分と接触し水分含有状態にする必要がある。当該水分としては、一般的な生理緩衝液や上記形質転換体に適した培養液など、バイオセンサ稼働時に一般に用いられるものを使用できる。
また、蛍光強度(シグナル)の検出と解析方法などについては、当技術分野で通常使用される方法を特に制限されることなく採用することができる。
【0025】
本発明の検出装置及び検出方法は、例えば果樹園におけるチャバネアオカメムシの飛来個体数が少ない初期の段階で、集合フェロモンの(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアートを検知するために使用できる。このような初期の段階で検知できると、現在行なわれているチャバネアオカメムシをおびき寄せるフェロモントラップを行なうことなく、集合フェロモンを放出するオスを早期発見し、駆除することができる。
また、本発明の検出装置及び検出方法は、トロポロンの発見にも用いることができる。トロポロンは、イネ苗立枯病の病原菌の一つである種子伝搬性ブルクホルデリア プランタリ(Burkholderia plantarii)が生産することが知られている。トロポロンは、三価鉄をキレートするため、発根や根の生育を阻害し、地上部の生育抑制となる。本発明によって、稲作地におけるトロポロンの早期発見できれば、イネ苗立枯病の予防に早期に対応できる可能性がある。
また、本発明の検出装置及び検出方法は、ヒトに好まれる香りであるヒノキチオールを容易に検出でき、その濃度の違いを検出することも可能である。
【0026】
(吸着材)
本発明は、上述した本発明のタンパク質を含む、目的有機化合物の吸着材にも関する。当該目的有機化合物は、匂い物質分子であり、揮発性なので、当該吸着材に熱が加わると、当該目的有機化合物は容易に放出され得る。すなわち、本発明の吸着材は、前記目的有機化合物を放出可能であってもよい。
【0027】
例えば、本発明の吸着材は、集合フェロモン(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアートを除去するための吸着材として用いることができる。果樹園の集合フェロモンを除去することで、早期にチャバネアオカメムシの大量発生を未然に防げる可能性がある。
また、例えば、本発明の吸着材は、トロポロンを除去するための吸着材として用いることができる。上述したように、トロポロンはイネ苗立枯病の原因になりうるので、本吸着材によってトロポロンを除去することで、イネの生育阻害を止められる可能性がある。また、トロポロンは、鉄イオンをキレートし、細胞内へ鉄を輸送する働きを有することから、培養細胞の培養添加物として使用されている。しかしながら、培養細胞が生産する物質を製品化する場合、培養後にトロポロンを除去することが求められるため、その際に本吸着材を用いることができる。
また、例えば、ヒノキチオールを予め吸着させた本発明の吸着材は、ヒノキチオールを放出できる。ヒノキチオールは、ヒトにとって好ましい香気成分であるとともに、各種のカビや細菌などに対する抗微生物作用や抗ウイルス作用があり、温めると揮発しやすくなるため、当該吸着材を穏やかな条件で温めることで、ヒノキチオールを持続的に徐放することで、生活環境の向上をもたらすことができる。
吸着材の担体としては、タンパク質を吸着できる一般的な材料であれば特に限定されず、例えば、材料工学分野で一般に用いられる高分子材料、例えば、ポリエステル、ポリスチレン、ポリオレフィン、コラーゲンなどが挙げられる。
【0028】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0029】
1.本発明に係る組換えタンパク質の作製
チャバネアオカメムシのRNAシーケンス解析を行なった。27,299個のコンティグにアセンブルされ、その中から完全長OFRを有する16個の推定匂い物質結合タンパク質(OBP)遺伝子を同定した。この推定OBP遺伝子から得られる推定アミノ酸配列を、すでに報告されているカメムシ科に属する数種昆虫のOBPのアミノ酸配列と合わせてNJ法による系統樹解析を行なったところ、PstaOBP1はEuschistus herosのOBP(アクセッションNo.ADJ18275.1)とクサギカメムシ (Halyomorpha halys)のOBP25(アクセッションNo.KAE8573981)と極めて近縁であることが分かった。前記推定アミノ酸配列は、108~172アミノ酸で構成され、この配列からなるタンパク質の分子量は12.1~19.9kDaであり、保存された6つのシステイン残基を有していた。
【0030】
チャバネアオカメムシの触角、口針、頭、翅、脚、翅と脚を除く胸部、及び腹部における定量PCRによる発現解析により、成虫の触角で主にOBPが発現していることを確認し、主に触角で発現する4遺伝子を選抜した。
このうち最も発現量が大きい遺伝子(配列番号2)を選抜し、その遺伝子配列を用いて市販の大腸菌発現系により、配列番号1の配列を有する、組換えタンパク質(以下、PstaOBP1とも呼ぶ)を作製した。組換えタンパク質を精製し、精製タンパク質と表1に記載の集合フェロモンや有機化合物を用いたリガンド結合アッセイを行なった。
【0031】
2.蛍光結合アッセイ1(PstaOBP1と集合フェロモン((E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアート)との親和性)
N-フェニル-1-ナフチルアミン(1-NPN)は、タンパク質に非特異的にゆるく結合する蛍光色素であり、色素自体の蛍光強度は低いが、タンパク質と結合すると分子間相互作用の影響により強い蛍光を発する。他方、一般的な構造のOBPが化合物と結合するポケットは1個であり、1分子のOBPが1分子の化合物と結合する。OBPに対する親和性が高い化合物(リガンド)が1-NPNと結合したOBPの結合ポケットに結合すると、当該リガンドが障害となって1-NPNがOBPから離れると考えられ、便宜上これを競合的反応と呼ぶ。
PstaOBP1と1-NPNを混合すると、1-NPNの濃度増加に比例して発光強度が増加したことから、PstaOBP1が1-NPNに結合することが確認された。この現象を利用して、1-NPNを用いた上述の競合的反応を利用した方法で、PstaOBP1の集合フェロモン(リガンド)に対する結合親和性を測定した。
蛍光スペクトルと蛍光強度は、蛍光分光計RT-5300PC(島津製作所、京都、日本)を用いて、5nmのスリットを持つ1cm光路の石英キュベットを用いて、室温で記録した。PstaOBP1と1-NPNとの結合定数(解離定数)は、アッセイバッファ(50mM Tris-HCl、pH7.4)に2μMのPstaOBP1を含有させ、1mMの1-NPNを最終濃度1.0から12μMになるように添加して測定した。1-NPNの蛍光は337nmで励起し、350~600nmで発光スペクトルを記録した。1-NPN-PstaOBP1複合体では401nmに発光のピークが得られたため、以降、リガンド結合アッセイは401nmに発光強度を記録した。
【0032】
次に2μMのPstaOBP1と2μMの1-NPNとの混合液に対して、集合フェロモン(リガンド)をメタノール(分光光度計グレード)に溶解した液を、集合フェロモンの最終濃度が1μMから15μMの様々な濃度になるよう添加した。用いた集合フェロモンは合成品であって、(E,E,Z)-2,4,6-デカトリエノアートは、Santa Cruz Biotechnology,Inc(ヒューストン、テキサス、米国)から購入した。
添加した集合フェロモン(リガンド)が1-NPNより強い親和性でPstaOBP1に結合した場合、上述したようなリガンドと1-NPNとの競合的反応により1-NPNがPstaOBP1から離れることにより、蛍光強度が下がる。蛍光強度が低濃度の添加で下がるほど、また下がる割合が大きいほど、そのリガンドのPstaOBP1に対する親和性が高いことになる。結合定数は、最大発光時の蛍光強度を遊離リガンド濃度に対してプロットすることで求めた。結合したリガンドは、タンパク質が100%活性で、飽和時のタンパク質:リガンドの化学量論が1:1であると仮定して、蛍光強度の値を用いて評価した。対応するIC50値(50%阻害)から競合的反応の解離定数を算出した。
【0033】
集合フェロモンを3.17μM添加した場合に、1-NPNが50%解離した(IC50)。IC50値と、PstaOBP1と1―NPNの解離定数(上記結合定数の逆数)の値とを用いて、集合フェロモン(リガンド)の解離定数(1-NPNを解離させる値)を求めた値がKi値である。
Ki=[IC50]/{1+[1-NPN]}/K1-NPN
(ここで、[1-NPN]は、1-NPNの自由濃度であり、K1-NPNは、PstaOBP1と1-NPNの複合体の解離定数である)
本アッセイでは、Kiが10μM以下、又は、IC50が10μM未満の場合に、リガンドがPstaOBP1に対する強い親和性を有するものとして評価した。
【0034】
(結果)
PstaOBP1は、集合フェロモンに対して、IC50が3.17μMで、Kiが2.04μMであったことから、強い親和性が見られた。
【0035】
3.蛍光結合アッセイ2(PstaOBP1と各種有機化合物との親和性)
上記蛍光結合アッセイ1と同様の方法で、PstaOBP1と表1の各種有機化合物(リガンド)との親和性を評価した。ただし、本アッセイでは、2μMのPstaOBP1と2μMの1-NPNとの混合液に対して、各種有機化合物(リガンド)をメタノール(分光光度計グレード)に溶解した液を、各種有機化合物(リガンド)の最終濃度が1μMから20μMまたはそれ以上の様々な濃度になるよう添加した。なお、各種有機化合物(リガンド)は、日本で購入した市販品を用いた。
そして、本アッセイでは、Kiが10μM以下、又は、IC50が10μM未満の場合に、リガンドがPstaOBP1に対する強い親和性を有するものとして評価し、リガンドの最終濃度が50μM以上であっても蛍光強度が下がらなかった場合、IC50が計算できないため結合しない(つまり親和性が無い)と評価した。
【0036】
(結果)
アッセイ結果を表1に示す。
アッセイにおいて、ヒノキチオール、及びトロポロンをそれぞれ2.56μM、及び3.83μM添加した場合に、1-NPNが50%解離した。したがって、PstaOBP1は、直鎖状炭化水素化合物のメチルエステルである集合フェロモンとは全く異なる、芳香族7員環構造の、ヒノキチオールにも強い親和性を示し、ヒノキチオールと類似構造の7員環芳香族化合物であるトロポロンにも強い親和性を示すことが分かった。
一方で、PstaOBP1は、直鎖状炭化水素化合物である、カメムシ特有の臭気成分であるトランス-ヘキセナールなどアルデヒド類への親和性は低かった。また、PstaOBP1は、アアルコールの構造的特徴を有する化合物であるネロリドールへの親和性も低かった。また、PstaOBP1は、植物由来の芳香族系揮発性物質である、針葉樹に含まれる香り成分βピネンなどのテルペン類への親和性も低かった。また、PstaOBP1は、環状構造を有し、ラクトンの1種で芳香族化合物であり、天然の香り成分でサクラの葉、シナモンなどに含まれているクマリンとの親和性も低かった。
したがって、集合フェロモン、ヒノキチオール、及びトロポロン以外の各種有機化合物に対するPstaOBP1の親和性は低いことが確認された。
具体的には、
【0037】
【表1】
【配列表】
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