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特許7606855磁壁移動素子、磁気記憶素子、空間光変調器および磁気メモリ
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-18
(45)【発行日】2024-12-26
(54)【発明の名称】磁壁移動素子、磁気記憶素子、空間光変調器および磁気メモリ
(51)【国際特許分類】
   H10B 61/00 20230101AFI20241219BHJP
   H10N 50/10 20230101ALI20241219BHJP
   H01L 29/82 20060101ALI20241219BHJP
   G02F 1/09 20060101ALI20241219BHJP
【FI】
H10B61/00
H10N50/10 Z
H01L29/82 Z
G02F1/09 503
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020195579
(22)【出願日】2020-11-25
(65)【公開番号】P2022083931
(43)【公開日】2022-06-06
【審査請求日】2023-10-03
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2020年1月23日にAmerican Institute of Physicsによってオンライン発行されたAIP Advancesのウェブサイト:https://aip.scitation.org/doi/full/10.1063/1.5130488において発表
(73)【特許権者】
【識別番号】000004352
【氏名又は名称】日本放送協会
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】青島 賢一
(72)【発明者】
【氏名】船橋 信彦
(72)【発明者】
【氏名】東田 諒
(72)【発明者】
【氏名】町田 賢司
【審査官】加藤 俊哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-143302(JP,A)
【文献】特開2020-134754(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10B 61/00
H10N 50/10
H01L 29/82
G02F 1/09
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
垂直磁気異方性材料からなる磁性層とスピンホール効果を有するチャネル層とを積層して細線状に形成してなる磁性細線を備え、前記磁性細線に電流を細線方向に供給されると、前記磁性層に生成している磁壁が、細線方向における前記電流の供給方向に対応した方向に移動する磁壁移動素子であって
前記磁性細線の下側に配置された面内磁気異方性の硬磁性材料からなる磁界印加部材をさらに備え、
前記磁性細線は、前記磁界印加部材に対して、細線方向の一方または両方の外側に延設され、
前記磁界印加部材は、磁化方向が前記磁性細線の細線方向における所定の一方向に固定され、発する磁界が前記磁性細線に印加され、
前記磁性層が、磁壁の移動範囲の細線方向の前記一方側または両側の領域において、前記磁界により磁化方向を上向きまたは下向きに固定されている磁壁移動素子。
【請求項2】
垂直磁気異方性材料からなる磁性層とスピンホール効果を有するチャネル層とを積層して細線状に形成してなる磁性細線を備え、前記磁性細線に電流を細線方向に供給されると、前記磁性層に生成している磁壁が、細線方向における前記電流の供給方向に対応した方向に移動する磁壁移動素子であって、
前記磁性細線の下側に配置された面内磁気異方性の硬磁性材料からなる磁界印加部材および副磁界印加部材をさらに備え、
前記磁界印加部材に対して前記磁性細線の細線方向の一方または両方の外側に、前記副磁界印加部材が配置され、かつ前記磁性細線が延設され、
前記磁界印加部材と前記副磁界印加部材とは、磁化方向が前記磁性細線の細線方向における互いに逆方向に固定され、
前記磁界印加部材が発する磁界、および前記磁界印加部材と前記副磁界印加部材とがそれぞれ発する磁界が合成された磁界が、前記磁性細線に印加されることを特徴とする磁壁移動素子。
【請求項3】
前記副磁界印加部材は、前記磁界印加部材の両側に設けられ、前記磁性細線に接続し、
前記副磁界印加部材を経由して、前記磁性細線に電流を供給されることを特徴とする請求項に記載の磁壁移動素子。
【請求項4】
前記磁性層の垂直磁気異方性材料が磁気光学材料であることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか一項に記載の磁壁移動素子。
【請求項5】
請求項1ないし請求項のいずれか一項に記載の磁壁移動素子を備える磁気記憶素子であって、
前記磁性細線は、前記チャネル層が前記磁性層の下に積層され、
前記磁性層の磁壁の移動範囲内における上面に、非磁性金属膜または絶縁膜を挟んで、垂直磁気異方性材料からなる参照層を積層して備えることを特徴とする磁気記憶素子。
【請求項6】
請求項に記載の磁壁移動素子を画素に備え、光を上方から入射して反射させる空間光変調器。
【請求項7】
請求項に記載の磁気記憶素子をメモリセルに備える磁気メモリ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁壁移動素子、ならびに、磁壁移動素子を備える磁気記憶素子、磁気メモリおよび空間光変調器に関する。
【背景技術】
【0002】
メモリセルにおける磁気抵抗効果素子の抵抗の高低を2値のデータとする磁気抵抗ランダムアクセスメモリ(Magnetoresistive Random Access Memory:MRAM)においては、書込み、すなわち磁気抵抗効果素子の一部の磁性膜(自由層)の磁化反転方式として、初期の磁界印加方式に対して、高速化およびセルの微細化のために、電流を膜面垂直に供給する方式のSTT(Spin Transfer Torque:スピン注入トルク)-MRAMが開発されている。そしてさらなる高速化のために、磁壁移動方式のMRAM(例えば、特許文献1、非特許文献1)や、SOT(Spin Orbit Torque:スピン軌道トルク)-MRAM(例えば、特許文献2,3)が開発されている。
【0003】
磁壁移動方式は、磁気抵抗効果素子の自由層を両側に延伸した細線状に形成して、その長手方向に電流を供給することにより、長手方向の所定の2点間における磁化方向を変化させる。詳しくは、幅が数nm~数百nmの細線状に形成された磁性体(以下、磁性細線)は、その長手方向に2以上の磁区が生成し易く、さらに当該長手方向(細線方向)に電流を所定の電流密度以上で供給されると、磁区同士を区切るように生成している磁壁がSTT効果によって電流の逆方向に(正極側へ)移動する。また、このような磁性細線の所定領域における磁化反転を利用して、磁性細線を磁気光学材料で形成して光変調素子とした磁気光学式の空間光変調器が開発されている(例えば、特許文献4,5)。また、磁性細線に、電流の供給方向と同じ方向に磁界を印加することにより、磁壁の移動を高速化した磁気メモリが開発されている(例えば、特許文献6)。
【0004】
SOT-MRAMは、磁気抵抗効果素子の自由層に、Ta(タンタル)等のスピンホール効果(Spin Hall Effect:SHE)を有するスピンホール層を積層して備える。スピンホール層は、膜面(xy面)内における一方向(x方向)に電流を供給されると、y方向の互いに逆向きのスピンを有する電子が上下の各表層に分かれて蓄積し、自由層との界面近傍の電子が自由層の磁化方向を反転させる。SOT効果は、磁性細線における磁壁移動にも作用することが知られ(例えば、非特許文献2~6)、さらに非特許文献4では、磁壁の磁気構造によって磁壁を移動させるスピンの向きが異なることが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5598697号公報
【文献】国際公開第2017/090730号
【文献】国際公開第2019/054484号
【文献】特許第4939489号公報
【文献】特開2018-073871号公報
【文献】特開2019-029595号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】S. Fukami, T. Suzuki, K. Nagahara, N. Ohshima, Y. Ozaki, S. Saito, R. Nebashi, N. Sakimura, H. Honjo, K. Mori, C. Igarashi, S. Miura, N. Ishiwata, T. Sugibayashi, "Low-Current Perpendicular Domain Wall Motion Cell for Scalable High-Speed MRAM", 2009 Symposium on VLSI Technology Digest of Technical Papers, 12A-2
【文献】Luqiao Liu, O. J. Lee, T. J. Gudmundsen, D. C. Ralph, R. A. Buhrman, "Current-Induced Switching of Perpendicularly Magnetized Magnetic Layers Using Spin Torque from the Spin Hall Effect", Physical Review Letters, Volume 109, 096602, 2012
【文献】Soo-Man Seo, Kyoung-Whan Kim, Jisu Ryu, Hyun-Woo Lee, Kyung-Jin Lee, "Current-induced motion of a transverse magnetic domain wall in the presence of spin Hall effect", Applied Physics Letters, Volume 101, 022405 (2012)
【文献】A. V. Khvalkovskiy, V. Cros, D. Apalkov, V. Nikitin, M. Krounbi, K. A. Zvezdin, A. Anane, J. Grollier, A. Fert, "Matching domain-wall configuration and spin-orbit torques for efficient domain-wall motion", Physical Review B87, 020402(R), 2013
【文献】Kab-Jin Kim, et al., "Fast domain wall motion in the vicinity of the angular momentum compensation temperature of ferrimagnets", Nature Materials volume 16, pp. 1187-1192, 2017
【文献】黒川雄一郎,粟野博之,“Pt/[Tb/Co]n多層配線の電流誘起磁壁移動におけるPt層の効果”,第40回 日本磁気学会学術講演概要集,5pE-3,2016年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
磁性細線において磁壁を移動させるために電流密度の高い電流の供給を繰り返され続けると、磁性細線が劣化してMRAM等の寿命が短くなる虞がある。また、省電力化の観点からもより低い電流密度での動作が、特にある程度の幅および厚さの磁性細線を光変調素子に用いる空間光変調器においては望ましい。また、SOT効果による磁化反転や磁壁移動は、磁性膜が厚くなると効果が低下する傾向があり、記憶素子としては磁化の熱擾乱耐性が不十分であり、光変調素子としては磁気光学効果が小さい。特許文献6に記載されたような磁界アシストによる磁壁移動は、電流の供給方向と逆方向に磁界が印加されると移動が阻害されるので、磁壁を往復移動可能とするためには磁界の印加のON/OFFの切替または磁界の向きの反転の可能な磁界印加手段を備える必要があり、改良の余地がある。
【0008】
本発明は前記問題点に鑑み創案されたもので、供給する電流の電流密度を高くすることなく、高速な書込みを可能とする磁気メモリおよび空間光変調器、ならびにその磁気記憶素子および磁壁移動素子を提供することが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、SOT効果による磁性細線における磁壁移動が磁壁の磁気構造によって異なることから、外部磁界によって磁壁の磁気構造を安定させる構成に想到した。
【0010】
すなわち、本発明に係る磁壁移動素子は、垂直磁気異方性材料からなる磁性層とスピンホール効果を有するチャネル層とを積層して細線状に形成してなる磁性細線を備え、前記磁性細線に電流を細線方向に供給されると、前記磁性層に生成している磁壁が、細線方向における前記電流の供給方向に対応した方向に移動する磁壁移動素子である。磁壁移動素子は、前記磁性細線の下側に配置された面内磁気異方性の硬磁性材料からなる磁界印加部材をさらに備え、前記磁性細線は、前記磁界印加部材に対して、細線方向の一方または両方の外側に延設され、前記磁界印加部材は、磁化方向が前記磁性細線の細線方向における所定の一方向に固定され、発する磁界が前記磁性細線に印加され、前記磁性層が、磁壁の移動範囲の細線方向の前記一方側または両側の領域において、前記磁界により磁化方向を上向きまたは下向きに固定されている。かかる構成により、磁壁移動素子は、供給する電流の電流密度に対して高速で、磁壁の移動範囲内における磁化を反転させることができる。
【0011】
本発明に係る磁気記憶素子は、前記磁壁移動素子の前記磁性細線において、前記チャネル層が前記磁性層の下に積層され、前記磁性層の磁壁の移動範囲内における上面に、非磁性金属膜または絶縁膜を挟んで、垂直磁気異方性材料からなる参照層を積層して備える。かかる構成により、磁気記憶素子は、供給する電流の電流密度に対して高速で書込みをすることができる。
【0012】
本発明に係る空間光変調器は、前記磁壁移動素子を画素に備え、光を上方から入射して反射させる。また、本発明に係る磁気メモリは、前記磁気記憶素子をメモリセルに備える。かかる構成により、空間光変調器および磁気メモリは、供給する電流の電流密度に対して高速で書込みをすることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る磁壁移動素子および磁気記憶素子によれば、供給する電流の電流密度が低く抑えられて磁性細線が劣化し難い。本発明に係る空間光変調器および磁気メモリによれば、高速の書込みが可能で、かつ、長寿命化および省電力化される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の第1実施形態に係る磁壁移動素子の構造を模式的に説明する断面図である。
図2A図1に示す磁壁移動素子の磁性細線の磁化方向および印加磁界を説明する模式図である。
図2B図1に示す磁壁移動素子の磁性細線の磁化方向および印加磁界を説明する模式図である。
図3A】磁性細線における右旋回のネール型磁壁の磁気構造、およびスピン軌道トルク効果による磁壁の移動を説明する概念図である。
図3B】磁性細線における右旋回のネール型磁壁の磁気構造、およびスピン軌道トルク効果による磁壁の移動を説明する概念図である。
図4A】磁性細線における左旋回のネール型磁壁の磁気構造、およびスピン軌道トルク効果による磁壁の移動を説明する概念図である。
図4B】磁性細線における左旋回のネール型磁壁の磁気構造、およびスピン軌道トルク効果による磁壁の移動を説明する概念図である。
図5】本発明の実施形態に係る空間光変調器の等価回路図である。
図6】本発明の第2実施形態に係る磁壁移動素子を備える磁気記憶素子の構造を模式的に説明する断面図である。
図7A図6に示す磁気記憶素子の磁化方向および印加磁界を説明する模式図である。
図7B図6に示す磁気記憶素子の磁化方向および印加磁界を説明する模式図である。
図8】本発明の実施形態に係る磁気メモリの等価回路図である。
図9】磁気メモリにおける、図6に示す磁気記憶素子の構造を説明する模式図である。
図10】磁気メモリにおける、本発明の第2実施形態の変形例に係る磁壁移動素子を備える磁気記憶素子の構造を模式的に説明する断面図である。
図11】磁気メモリにおける、本発明の第2実施形態の変形例に係る磁壁移動素子を備える磁気記憶素子の構造を模式的に説明する断面図である。
図12A】本発明の第3実施形態に係る磁壁移動素子を備える磁気記憶素子の磁化方向および印加磁界を説明する模式図である。
図12B】本発明の第3実施形態に係る磁壁移動素子を備える磁気記憶素子の磁化方向および印加磁界を説明する模式図である。
図13】本発明の第4実施形態に係る磁壁移動素子の構造を模式的に説明する断面図である。
図14】本発明に係る磁壁移動素子を模擬した実施例のサンプルの顕微鏡写真である。
図15A】本発明に係る磁壁移動素子を模擬した実施例のサンプルの磁性細線の、カー回転角の磁場依存性で表した磁化曲線である。
図15B】従来の磁壁移動素子を模擬した比較例のサンプルの磁性細線の、カー回転角の磁場依存性で表した磁化曲線である。
図16A】本発明に係る磁壁移動素子を模擬した実施例のサンプルにおける、up-down磁壁の移動速度の電流密度依存性のグラフである。
図16B】本発明に係る磁壁移動素子を模擬した実施例のサンプルにおける、down-up磁壁の移動速度の電流密度依存性のグラフである。
図17A】本発明に係る磁壁移動素子を模擬した実施例のサンプルにおける、up-down磁壁の移動速度の磁界依存性のグラフである。
図17B】本発明に係る磁壁移動素子を模擬した実施例のサンプルにおける、down-up磁壁の移動速度の磁界依存性のグラフである。
図18】従来の磁壁移動素子を模擬した比較例のサンプルの磁壁移動速度の電流密度依存性のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る磁壁移動素子、ならびに、磁気記憶素子、磁気メモリおよび空間光変調器を実現するための形態について、図面を参照して説明する。図面に示す磁壁移動素子、磁気記憶素子、磁気メモリ、および空間光変調器、ならびにそれらの要素は、明確に説明するために、大きさや位置関係等を誇張していることがあり、また、形状や構造を単純化していることがある。
【0016】
〔第1実施形態〕
(光変調素子)
本発明の第1実施形態に係る光変調素子(磁壁移動素子)10は、図1に示すように、垂直磁気異方性材料からなる磁性層11とスピンホール効果を有するチャネル層12とを上から順に積層して細線状に形成してなる磁性細線1と、磁性細線1の下側にチャネル層12と離間して配置された、磁化方向が磁性細線1の細線方向の一方向のナノ磁石(磁界印加部材)51と、を備え、さらに、磁性細線1の両端のそれぞれにおける下面(チャネル層12)に接続する電極61,62を備える。また、光変調素子10においては、磁性細線1の周囲等の空白部に絶縁体が設けられる。本明細書では適宜、磁性細線1の細線方向をx方向、細線幅方向をy方向、厚さ方向をz方向と称する。光変調素子10は、空間光変調器の画素に使用され、上方から入射した光を反射して偏光方向を2値の角度に変化させた光を出射する(例えば、特許文献4,5参照)。画素とは、空間光変調器による表示の最小単位での情報(明/暗)を表示する手段を指す。
【0017】
磁性層11は、光変調素子10の主要部材であり、一部の領域の磁化方向が上向きまたは下向きの所望の方向を示して、カー効果により、入射した光を反射する際に偏光方向を2値の角度(+θk/-θk)に変化させる。磁性層11は、細線状に形成された垂直磁気異方性材料からなり、図2A図2Bに示すように、磁壁DWによって細線方向に区切られ、異なる磁化方向(図中、ハッチングを付した矢印で表す)の2つの磁区、すなわち下向きの磁区と上向きの磁区とに分割されている。磁性層11は、後記するように、この磁壁DWが電気的手段によって細線方向に移動させられ、磁壁DWの移動の始点-終点間における磁化方向が移動の前後で変化する。磁性層11における磁壁DWの移動の始点-終点間の領域を、磁化反転可能領域1SWと称し、画素の開口部とすることができる。光変調素子10は、磁性層11の磁化反転可能領域1SWで反射した光を所望の偏光方向に変化させる。そのために、磁性層11は、垂直磁気異方性材料の、保磁力が比較的大きくないものを適用されることが好ましく、さらに磁気光学効果の高いものが好ましく、MRAMの磁気抵抗効果素子等に適用されるCPP-GMR(Current Perpendicular to the Plane Giant MagnetoResistance:垂直通電型巨大磁気抵抗)素子やTMR(Tunnel MagnetoResistance:トンネル磁気抵抗)素子の磁化自由層に用いられる公知の磁性材料を適用することができる。具体的には、Fe,Co,Ni等の遷移金属とPd,Ptのような貴金属とを膜厚比1:2~4程度に交互に繰り返し積層したCo/Pd多層膜等の多層膜、Tb-Fe-Co,Gd-Fe等の希土類金属と遷移金属との合金(RE-TM合金)、L10系の規則合金としたFePt, FePd,CrPt3等が挙げられる。本実施形態においては、保磁力が小さく、磁気光学効果の高いGd-Fe合金が特に好適である。
【0018】
磁性細線1を構成する磁性層11およびチャネル層12のそれぞれは、厚さと幅が一様な直線状であることが好ましい。磁性層11は、厚さおよび幅に対して十分に長い細線状に形成される。さらに、磁性層11は、厚さと幅の積である断面積が小さいほど、磁性細線1に供給する電流を小さくすることができる。一方、磁性層11は、磁化の保持のためにある程度の厚さおよび幅を有することが好ましく、また、厚さが大きいほど光変調度が高く(カー回転角θkが大きく)なり、具体的には、厚さが5nm以上であることが好ましく、10nm以上であることがより好ましい。ただし、磁性層11は、材料にもよるが、厚さが20nm程度を超えると光変調度の上昇が鈍化し、さらに厚膜化すると垂直磁気異方性が保持され難い場合がある。また、磁性層11が厚いと磁壁DWが移動し難くなる。したがって、磁性層11は、厚さが30nm以下であることが好ましく、20nm以下であることがより好ましい。また、画素の開口部である磁性層11の磁化反転可能領域1SWが広いことが好ましく、入射光の波長にもよるが、幅、および磁化反転可能領域1SWの細線方向長が、200~300nm程度以上であることが好ましい。また、磁性層11は、磁化反転可能領域1SWの細線方向両外側に隣接した領域を、磁化方向が固定された領域(磁化固定領域)1FX1,1FX2とし、それぞれ細線方向長が細線幅の1/2以上であることが好ましい。また、磁性層11(磁性細線1)は、磁化固定領域1FX1,1FX2の細線方向両外側に、電極61,62が接続されるためにさらに延伸して形成される。電極61,62との接続領域における磁性層11の磁化方向は、特に規定されない。図2Aおよび図2Bにおいては、電極62上に下向きの磁区が形成され、磁化固定領域1FX2との境界に磁壁DW´が生成している。
【0019】
チャネル層12は、電流を流すパスであり、磁性層11の片面、ここでは下面に積層され、磁性層11と同じ平面視形状に形成される。チャネル層12は、電流が流れるとスピンホール効果(SHE)によってスピン流を発生させる薄膜であり、例えば、常磁性の遷移金属の中でも高比重のTa,Pt,Wが適用される。また、チャネル層12は、BiSb,BiSe等のトポロジカル絶縁体を適用することもできる。チャネル層12は、厚さが1nm以上であることが好ましく、10nm以下であることが好ましい。
【0020】
ナノ磁石51は、x方向長がy方向長および厚さよりも長い、磁性細線1の細線方向に沿った極小の棒磁石であり、ここでは+x側をN極とする。なお、別途記載のない限り、各図面において、ナノ磁石51および後記のナノ磁石52,53は、極性「N」、「S」を付し、さらに、N極側にハッチングを付して表す。また、図1に、ナノ磁石51からの磁力線を破線で表す。ナノ磁石51は、面内磁気異方性を有する硬磁性体からなり、例えば、Fe,Co,Ni等の遷移金属とPd,Ptのような貴金属とを膜厚比2~4:1程度に交互に繰り返し積層したCo/Pt多層膜等の多層膜が適用される。ナノ磁石51は、漏れ磁界が磁性層11に到達し、磁化反転可能領域1SWに、当該ナノ磁石51の極性と逆向きの-x方向に磁界Hassを印加する。磁界Hassは、後記するように、磁性細線1に所定の大きさの電流Iwを供給されると、磁性層11の磁壁DWが移動することのできる大きさであり、磁性層11の電流Iwを供給されたときの保磁力(一時保磁力)Hcf´(Hcf´≦Hcf、Hcf:磁性層11の電流を供給されていないときの保磁力)未満(Hass<Hcf´)において大きいことが好ましい。ナノ磁石51はさらに、磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2にそれぞれ、-z方向、+z方向に磁界-Hpin,+Hpinを印加する。磁界-Hpin,+Hpinは、磁性層11の一時保磁力Hcf´よりも大きいこと(Hpin>Hcf´)が好ましく、磁性層11の保磁力Hcfよりも大きいことが理想的である。そのために、ナノ磁石51は、両端(両極)がそれぞれ、磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2の直下に配置されることが好ましい。したがって、ナノ磁石51は、細線方向長が磁性細線1よりも短くかつ磁化反転可能領域1SW以上で、また、幅が磁性細線1と同程度以上に形成される。また、ナノ磁石51は、磁性層11に磁界Hass,-Hpin,+Hpinを十分な強さで印加するために、磁性層11のより近くに配置されることが好ましい。ここで、ナノ磁石51は、磁性細線1(磁性層11またはチャネル層12)に接触していてもよいが、磁性細線1に供給される電流の一部が流れることになるので電流を大きくする必要が生じる。したがって、ナノ磁石51は、磁性細線1およびこれに電気的に接続する電極61,62に対して、絶縁膜で隔てられて、具体的には3nm以上空けて配置されることが好ましい。
【0021】
電極61および電極62は、磁性細線1に、外部から電流を細線方向(+x方向、-x方向)に供給するための端子である。そのために、電極61,62は、磁性層11の磁化反転可能領域1SWの両外側で、磁性層11またはチャネル層12に接続する。電極61,62は、Cu,Al,Au,Ag,Ta,Cr,Pt,Ru等の金属やその合金のような一般的な金属電極材料で、磁性細線1に供給する電流の大きさに対応した厚さや幅に形成される。本実施形態においては、電極61,62は、磁性細線1の下側のチャネル層12に接続して設けられる。そのため、ナノ磁石51の両端近傍で磁性層11に印加される磁界-Hpin,+Hpinを遮蔽しないように、電極61,62は、ナノ磁石51の両端から十分に間隙を設けた、平面視で磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2の外側に配置されることが好ましい。
【0022】
光変調素子10において、磁性細線1とナノ磁石51との間等の空白部に設けられる絶縁体は、SiO2,SiN,Al23等の半導体素子に設けられる公知の無機絶縁材料が適用され、部位によって異なる材料を設けてもよい。特に、磁性層11がRE-TM合金等の酸化し易い材料からなる場合には、磁性層11と接触する部位に、SiN等の非酸化物やMgOを適用することが好ましい。また、光変調素子10(空間光変調器90)の製造時においては、このような絶縁材料を厚さ1~10nm程度の保護膜として、チャネル層12、磁性層11をそれぞれ形成する材料と連続して成膜することが好ましい。
【0023】
(磁性細線における磁壁移動)
本実施形態に係る光変調素子の、電流供給による磁性細線における磁壁移動について、図3A図3B図4A、および図4Bを参照して説明する。これらの図面では、磁性細線1の、磁性層11の磁化反転可能領域1SW図2A図2B参照)の磁壁DWを含む部分を特に細線方向(x方向)に拡大して表す。まず、磁壁の磁気構造について説明する。強磁性体である磁性層11は、磁化方向が下向きの磁区D1と上向きの磁区D2との境界では、磁化方向が下向きから上向きに急激に切り換わらず、隣り合う磁気モーメントm,mを同じ向きに揃えようとする交換相互作用が働くので、磁壁DWに配列した磁気モーメントmが磁区D1側から磁区D2側へ少しずつ傾斜している。なお、これらの図面の磁壁DWのように、-x側が下向き、+x側が上向きの磁化方向となる磁壁を、down-up磁壁と称する。反対に、-x側が上向き、+x側が下向きの磁化方向となる磁壁を、up-down磁壁と称する。ここで、垂直磁気異方性材料からなる磁性体の磁壁には2種類の磁気構造がある。一つは、図3A図3B図4A、および図4Bに示すように、磁壁DWにおける磁気モーメントmが、磁壁面(yz面)に垂直な細線方向(x方向)に向けて傾斜して、xz面内で180°回転するネール(Neel)型磁壁である。もう一つは、磁気モーメントmが、細線幅方向(y方向)に向けて傾斜して、磁壁面(yz面)内で180°回転するブロッホ(Bloch)型磁壁である(図示省略)。さらにそれぞれの磁壁において、磁気モーメントの回転方向が、右旋回(right-handed chirality)と左旋回(left-handed chirality)とを示し得る。図3Aおよび図3Bに示す磁壁DWは右旋回のネール型の磁気構造であり、図4Aおよび図4Bに示す磁壁DWは左旋回のネール型の磁気構造である。
【0024】
通常、細線状に形成された垂直磁気異方性の磁性体において、磁壁は、磁気構造がこれら4通りに交互に変化しながら移動する。ただし、細線幅が十分に細い場合には、ネール型磁壁になり易く、右旋回と左旋回の2通りに変化する。しかし、本実施形態に係る光変調素子(磁壁移動素子)10においては、ナノ磁石51によって、図3Aおよび図3Bに示すように、常時、細線方向における所定の一方向(-x方向)の磁界Hassが磁性層11に印加されているので、磁壁DWは、細線幅にかかわらず、右旋回のネール型の磁気構造で安定する。なお、ナノ磁石51が磁性層11の上側に配置されている場合には、図4Aおよび図4Bに示すように、+x方向の磁界Hassが磁性層11に印加されているので左旋回のネール型の磁壁DWになる。
【0025】
このような磁性細線1に、電極61,62を介して電流Iwを細線方向の一方向(+x方向)に供給しているとき、図3Aに示すように、チャネル層12にyz面の単位面積当たりの電流Jが+x方向に流れる。すると、チャネル層12においては、スピンホール効果によってスピン流が誘起されて、細線幅方向の互いに逆向き(-y方向、+y方向)のスピンを有する電子e-が、上下の各表層に分かれて蓄積される。したがって、上側の磁性層11との界面近傍に、-y方向のスピンを有する電子e-が偏在する。-y方向のスピンを有する電子e-は、磁性層11の磁壁DWの磁気モーメントmをxz面内で反時計回りに回転させる。なお、図3A図3B図4A、および図4Bにおいて、磁壁DWの磁気モーメントmに回転方向を表す矢印を付す。また、同時に、磁性層11にも、チャネル層12との抵抗差に応じた電流密度の電流が流れる。この電流密度が十分に高いと、磁性層11は、ジュール熱が発生して温度が上昇することによって保磁力がHcfからHcf´に低下して磁気異方性が低下し、磁気モーメントmが弱くなって回転し易くなる。その結果、右旋回のネール型の磁壁DWが、見かけ上、電流Iwと同じ+x方向に移動して、後側の磁区D1が伸長し、前側の磁区D2が短縮する。反対に、図3Bに示すように、磁性細線1に電流Iwを-x方向に供給しているときには、チャネル層12における磁性層11との界面近傍に+y方向のスピンを有する電子e-が偏在する。+y方向のスピンを有する電子e-は、磁性層11の磁壁DWの磁気モーメントmをxz面内で時計回りに回転させるので、見かけ上、磁壁DWが-x方向に移動する。すなわち、磁壁が電流の供給方向に移動する。
【0026】
図4Aに示す磁性細線1においても、図3Aと同様に、電流Iwを+x方向に供給しているとき、積層したチャネル層12の界面近傍に、-y方向のスピンを有する電子e-が偏在する。-y方向のスピンを有する電子e-は、磁壁DWの磁気モーメントmを反時計回りに回転させるので、左旋回のネール型の磁壁DWは、見かけ上、電流Iwと逆の-x方向に移動する。そして、図4Bに示すように、図3Bと同様に、電流Iwを-x方向に供給されていると、+y方向のスピンを有する電子e-が、磁気モーメントmを時計回りに回転させるので、見かけ上、磁壁DWが+x方向に移動する。すなわち、左旋回のネール型の磁壁は、電流の供給方向と逆方向に移動する。
【0027】
このように、本実施形態に係る光変調素子10においては、磁壁DWの磁気モーメントの旋回方向によって、電流Iwの供給方向と磁壁DWの移動方向との関係が逆になる。また、ナノ磁石51から印加される磁界Hassは、磁性細線1の積層構造(チャネル層12/磁性層11/絶縁体)に依拠するジャロシンスキー-守谷相互作用(Dzyaloshinskii - Moriya Interaction:DMI)による有効磁界と同じ向きである方が、磁壁が移動し易く、高速になる。有効磁界は、+x方向に磁化方向が上向きから下向きに変化する磁壁(up-down磁壁)においては+x方向、下向きから上向きに変化する磁壁(down-up磁壁)においては-x方向であり、すなわち、磁壁DWが右旋回のネール型の磁気構造である方が好ましい。
【0028】
本実施形態に係る光変調素子10においては、磁性細線1の下側に配置されたナノ磁石51によって、磁壁DWが、右旋回のネール型の磁気構造で安定しているので、常に電流Iwの供給方向に移動する。したがって、磁性層11の磁化反転可能領域1SWにおける磁化方向を、図2Aに示す下向きの状態から図2Bに示す上向きの状態に磁化反転させるときには、磁壁DWを-x方向に移動させるために、電極61を電流源の-極に、電極62を+極に接続して電流Iwを-x方向に供給する。反対に、磁化反転可能領域1SWの磁化方向を図2Bに示す上向きから図2Aに示す下向きに磁化反転させるときには、電極61を+極に、電極62を-極に接続して電流Iwを+x方向に供給する。図2Aおよび図2Bにおいて、電流Iwの供給方向を表す矢印を、チャネル層12に付す。
【0029】
そして、前記したように、磁性層11の磁化反転可能領域1SWで反射した光は、磁化方向によって、偏光方向が入射光に対して角度+θk/-θk回転(旋光)した2値の光のいずれかとなる。したがって、2値の光の一方を明(白)に、他方を暗(黒)に設定することにより、光変調素子10は反射型の空間光変調器の画素に使用することができる。
【0030】
磁界Hassが大きいほど、磁壁DWの磁気構造が右旋回のネール型で安定するので、磁壁移動が高速になる。また、電流Iwの電流密度が高いほど、y方向における一方向のスピンを有する電子e-がチャネル層12の磁性層11との界面に多く蓄積するので、そして、磁性層11の一時保磁力Hcf´が小さくなるので、磁壁移動が高速になる。ただし、電流Iwの電流密度が高いと、磁性細線1が劣化し易くなる。磁壁移動速度は、電流Iwの電流密度や磁性層11に印加されている磁界Hassの大きさ等に依存するので、これらに応じて、磁壁DWの移動距離が磁化反転可能領域1SWの細線方向長以上になるように、電流Iwの供給時間を設定する。磁化反転可能領域1SWの細線方向長が1μm程度であれば、磁壁移動速度によるが、電流Iwの供給時間は10ns程度である。このような極めて短時間の直流電流を供給するために、供給時間をピーク期間に設定した直流パルス電流として電流Iwを供給することが好ましい。
【0031】
磁性層11の磁化反転可能領域1SWの外側においては、-x方向の磁界Hassが小さいまたは印加されないので、磁壁DWが磁化反転可能領域1SWの終端を通過すると、磁壁DWの磁気構造が不安定となり、電流Iwの供給が継続されていても磁壁DWが移動不可能となる。また、図2A図2Bに示すように、磁化固定領域1FX2の細線方向外側の端の磁壁DW´が生成していても、同様の理由により、電流Iwが流れていてもこの磁壁DW´は移動しない。このように、磁界Hassが印加されていない領域では磁壁DWが移動しないように、電流Iwの大きさを設定することが好ましい。あるいは、磁界Hassが印加されていなくても磁壁DWが低速で移動可能であるとしても、ナノ磁石51の端近傍から印加されるz方向の磁界-Hpin,+Hpinが磁化固定領域1FX1,1FX2を下向き、上向きの磁区に固定しているので、磁化固定領域1FX1,1FX2内までは磁壁DWが移動しない。そのためには、磁性層11の一時保磁力Hcf´がHpinよりも小さくなる(Hcf´<Hpin)ように、電流Iwの大きさを設定することが好ましい。
【0032】
なお、磁性層11は、厚さが大きくなると、チャネル層12との界面当たりにおいて、体積が増大して磁気モーメントmが強くなり、一方、チャネル層12の界面近傍の電子e-が有する角運動量は一定であるので、SOT効果により磁壁DWを移動させるためには、一般的には、電流Iwの電流密度を高くする必要がある。さらには、磁性層11の断面積の拡大と相まって、電流Iwを大きくすることになる。しかし、本実施形態では、ナノ磁石51によって、磁性層11の磁壁DWが右旋回のネール型の磁気構造に揃えられて安定していることにより、磁性層11がある程度厚くても低い電流密度で磁気モーメントを回転させることができると考えられる。
【0033】
(空間光変調器)
光変調素子10は、一例として、図5に示す空間光変調器90に配列された画素9の光変調素子として搭載される。なお、図5においては、簡潔に説明するために、光変調素子10について、磁性細線1(抵抗器の図記号で表す)および電極61,62(線で表す)のみを示し、また、4列×4行の16個の画素9を示す。画素9は、光変調素子10と共に、光変調素子10の電極61に接続するトランジスタ71をさらに備える。空間光変調器90は、1T1R型のメモリセルを備える選択トランジスタ型のMRAMの回路構成に類似し、列方向に延設したワード線84および行方向に延設したビット線81を備える。ビット線81はトランジスタ71を経由して電極61に接続し、ワード線84はトランジスタ71のゲートに入力する。また、電極62は、すべての画素9の共通電位に接続する。
【0034】
トランジスタ71は、例えばMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)であり、Si基板の表層に形成される。したがって、Si基板を土台として、画素9を配列することができる。ビット線81およびワード線84は、電極61,62と同様に金属電極材料で形成される。また、これらの配線間や隣り合う画素9,9のそれぞれの磁性細線1同士等の間隙には、SiO2やAl23等の、半導体素子に設けられる公知の無機絶縁材料が充填される。
【0035】
空間光変調器90において、画素9の配列方向と光変調素子10の磁性細線1の細線方向(x方向)とは合わせなくてよい。例えば、画素の開口率を高くするために、磁性細線1の細線方向長が長くなるように、配列の対角線方向を細線方向に設計することができる。ただし、細線方向がすべての画素9で揃うように光変調素子10が配列される。これは、後記の初期設定処理で、細線方向に外部磁界を印加してナノ磁石51の極性を揃えて着磁するためである。また、隣の画素9の磁性細線1やナノ磁石51と互いに磁気的な影響を受けることのないように、間隔を空けて画素9のレイアウトを設計する。また、画素9における磁化反転可能領域1SWの配置がすべての画素9で揃うようにレイアウトを設計されていることが好ましい。
【0036】
(初期設定処理)
空間光変調器の初期設定処理について説明する。初期設定処理は、光変調素子10のナノ磁石51の極性を所定の方向に着磁し、また、磁性細線1の磁性層11について、細線方向にのみ磁区が分割されて、磁化固定領域1FX1側を下向き、磁化固定領域1FX2側を上向きの磁化方向として、これら2つの磁区の境界にdown-up磁壁DWを生成する。初期設定処理は、空間光変調器90の製造時または使用前に行うことができる。まず、第1工程として、光変調素子10の磁性材料のうち保磁力が最も大きいナノ磁石51を、+x側がN極、-x側がS極の棒磁石とする。そのために、外部から、ナノ磁石51の保磁力よりも大きい磁界を+x方向に印加する。
【0037】
+x方向の磁界の印加を停止した後、第2工程として、磁性層11に、磁壁DWを挟んだ2つの磁区を生成する。そのために、外部から下向き(-z方向)に、ナノ磁石51の保磁力よりも小さい磁界Hinitを印加しながら、磁性細線1に電極61,62を介して電流を供給する。磁性層11に流れる電流でジュール熱を発生させて温度上昇により磁性層11の保磁力を一時的にHinit未満かつHpin未満に低下させることにより、磁性層11の全体を下向きの磁化方向の単磁区としてから、磁界Hinitの印加を停止し、その後に電流の供給を停止する。外部磁界のない状態では、磁性層11は、その下側に配置されたナノ磁石51によって、N極(+x側の端)近傍上において+z方向の磁界+Hpinが、S極(-x側の端)近傍上において-z方向の磁界-Hpinが、それぞれ印加されている。したがって、磁界Hinitの印加停止後も電流の供給を継続していることにより、磁性層11におけるナノ磁石51のN極側近傍の、少なくとも磁化固定領域1FX2を含む領域が磁化反転して、磁化方向が+z方向の磁区になる。図2Aに示すように、磁化固定領域1FX2が磁化反転すると、磁性層11は、磁化反転可能領域1SWおよびそのS極側が、磁化方向が-z方向の磁区になり、磁化反転可能領域1SWと磁化固定領域1FX2との境界にdown-up磁壁DWが生成する。さらに、電流の供給方向によって、すべての画素9の光変調素子10の磁性細線1において、磁化反転可能領域1SWと磁化固定領域1FX1,1FX2のいずれか一方との境界に磁壁DWの位置が揃えられる。磁性細線1への電流の供給は、後記の書込方法と同様に行うことができる。
【0038】
ナノ磁石51から印加されるz方向の磁界-Hpin,+Hpinが磁性層11の保磁力Hcfよりも大きい場合には、第2工程において、磁界Hinit(>Hcf)を印加し、電流供給はなくてもよい。なお、光変調素子10においては、磁性細線1が、電極61,62との接続領域として、ナノ磁石51よりもある程度長く形成されているので、N極側の電極62上すなわち磁化固定領域1FX2の細線方向外側に、-z方向の磁区が残存する場合があるが、前記したように光変調素子10の動作に影響はない。また、初期設定処理の第2工程において、上向き(+z方向)に磁界を印加してもよい。この場合、磁性層11は、図2Bに示すように、磁化反転可能領域1SWおよびそのN極側の磁化固定領域1FX2が+z方向の磁区となり、磁化固定領域1FX1が-z方向の磁区となって、磁化反転可能領域1SWと磁化固定領域1FX1との境界にdown-up磁壁DWが生成する。
【0039】
(書込方法)
空間光変調器90の書込み、すなわち、所望の明暗のパターンに応じて、画素9毎に磁性層11の磁化反転可能領域1SWにおける磁化方向を上向きまたは下向きにする方法の一例は、以下の通りである。磁性細線1に電流Iwを供給するためのビット線81(トランジスタ71のソース)と電極62との電位差をVwとすると、パルス電流源の一方の端子を電位+Vwに接続し、この端子にすべての画素9の電極62を接続する。そして、磁化反転可能領域1SWを下向きの磁化方向にする(図2A参照)ためには、電流Iwを+x方向に供給するように、パルス電流源の他方の端子を電位+2Vwと選択した行のビット線81とに接続し、書き込む対象の画素9の列のワード線84をゲート電源に接続する。反対に、磁化反転可能領域1SWを上向きの磁化方向にする(図2B参照)ためには、電流Iwを-x方向に供給するように、パルス電流源の他方の端子を0Vに接続する。
【0040】
(変形例)
光変調素子10は、チャネル層12が磁性層11の上面に積層されていてもよい。この場合、チャネル層12は、磁性層11に入出射する光を十分に透過するように、光の透過率が比較的高い材料を選択したり、厚さを抑えることが好ましい。このような光変調素子10は、電流Iwの供給方向と磁壁DWの移動方向との関係が逆になる。また、空間光変調器90は、すべての画素9のトランジスタ71のソースを共通電位に接続し、電極62をビット線81に接続してもよい。また、磁性層11の磁化反転可能領域1SWに入出射する光を妨げない配置であれば、電極62を磁性細線1の上面に接続して、これに接続する配線を光変調素子10(磁性細線1)の上側に配置してもよい。あるいは、空間光変調器90の全面にわたる一体の透明電極を光変調素子10の上側に設けて、これに電極62を接続する構成とすることもできる。透明電極は、ITO,IZO等の公知の透明電極材料で形成することができる。電極62が磁性細線1の上面に接続する、すなわちナノ磁石51の磁性細線1を挟んだ反対側に配置されることで、磁性層11の磁化固定領域1FX2の直上に配置されてもナノ磁石51のN極から磁性層11へ印加される磁界+Hpinを遮蔽しない。したがって、磁性細線1が、磁化固定領域1FX2の外側へ延伸していなくてよく、細線長を短縮することができる。なお、電極62は、磁性層11の磁化固定領域1FX2における磁化反転可能領域1SWとの境界よりも外側に接続する。また、磁性層11が上に積層された磁性細線1の上面に電極62を接続する場合、磁性層11の保護膜として、Ru,Cu,Au等の非磁性金属材料で厚さ1~10nm程度の膜を備えてもよい。
【0041】
光変調素子10は、ナノ磁石51のz方向の漏れ磁界が、磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2の一方にのみ印加されるように構成してもよい。例えば、ナノ磁石51のS極側を電極61に短絡しない程度に近接して配置することにより、-z方向の磁界が磁性層11にほとんど到達しない。しかし、+z方向の磁界+Hpinが磁化固定領域1FX2に印加されるので、初期設定処理の第2工程で下向きの磁界Hinitの印加の停止後に、磁性層11の磁化固定領域1FX2を上向きに磁化反転させて磁壁DWを生成することができる。一方、磁化固定領域1FX1については、-x方向の磁界Hassが印加されなければよい。
【0042】
(磁気抵抗効果素子)
本発明の第1実施形態に係る磁壁移動素子は、磁性細線の磁性層の磁化反転可能領域上に絶縁膜および垂直磁気異方性の磁性膜を積層することで、磁気抵抗効果素子(磁気記憶素子)を構成することができる。磁気抵抗効果素子の構成については、後記の第2実施形態で説明する。
【0043】
〔第2実施形態〕
第1実施形態に係る磁壁移動素子は、磁性細線の磁性層に細線方向の磁界を印加するための1個の磁界印加部材で、両端近傍上の磁性層の磁化固定領域における磁化方向の固定もしているが、磁界印加部材(副磁界印加部材)を追加して、合成磁界を生成することにより垂直方向の磁界を強くすることもできる。以下、本発明の第2実施形態に係る磁壁移動素子およびこれを備える磁気記憶素子について、図6図7Aおよび図7Bを参照して説明する。第1実施形態(図1~5参照)と同一の要素については同じ符号を付し、説明を省略する。
【0044】
(磁気抵抗効果素子)
本発明の第2実施形態に係る磁気抵抗効果素子(磁気記憶素子)10Aは、図6に示すように、磁性層11とチャネル層12とを上から順に積層した磁性細線1と、磁性細線1の下側にチャネル層12と離間して配置された、磁化方向が磁性細線1の細線方向の一方向のナノ磁石(磁界印加部材)51と、ナノ磁石51の細線方向両側に離間して配置されて磁性細線1の下面に接続する、磁化方向がナノ磁石51と逆向きの2個のナノ磁石(副磁界印加部材)52,52と、磁性層11の細線方向中央における上面に積層された障壁層(絶縁膜)3および磁化固定層(参照層)43と、を備え、さらに、ナノ磁石52,52のそれぞれの下面に接続する電極61,62、および磁化固定層43の上面に接続する電極63を備える。したがって、磁気抵抗効果素子10Aは、第1実施形態に係る光変調素子10に対して、磁性細線1と電極61,62のそれぞれとの間にナノ磁石52を挿入し、さらに、磁性細線1の磁性層11上に障壁層3、磁化固定層43、および電極63を順に積層した構成である。磁気抵抗効果素子10Aは、MRAMのメモリセルの記憶素子とすることができる。
【0045】
磁性細線1の構成は、第1実施形態で説明した通りである。ただし、磁気抵抗効果素子10Aにおいては、磁性層11の上に障壁層3および磁化固定層43が積層されるために、チャネル層12は磁性層11の下に積層される必要がある。また、磁性層11は、磁気光学効果が不要であり、一方、ある程度の大きさの保磁力を有していることが好ましい。また、磁性層11は、厚さおよび幅が、磁化の保持や熱擾乱耐性のために必要な大きさであればよく、具体的には、厚さが5nm以上、幅が10nm以上であることが好ましい。同様に、磁化反転可能領域1SWおよびその両側の磁化固定領域1FX1,1FX2図7A図7B参照)の各細線方向長は、10nm以上かつ細線幅の1/2以上であることが好ましい。また、磁性層11は、幅が300nm以下であることが、磁区が幅方向に分割され難く好ましい。
【0046】
障壁層3および磁化固定層43は、磁性層11と合わせた3層の積層構造からなるTMR素子を構成して、磁気抵抗効果素子10Aの読出しとして、磁性層11の磁化反転可能領域1SWにおける磁化方向を検出するために設けられる。すなわち、磁性層11の、磁化固定層43の直下における領域が、前記TMR素子の磁化自由層となり、したがって、この領域が磁化反転可能領域1SWに内包されるように磁化固定層43が配置される。そのために、磁化固定層43は、細線方向(x方向)において、磁化反転可能領域1SW内に配置され、細線方向長が磁化反転可能領域1SWよりも短い。障壁層3および磁化固定層43は、その直下の磁性層11と合わせて、TMR素子として好適な材料および形状であればよい。なお、磁化固定層43は、細線幅方向(y方向)においては、磁性細線1以下の長さ(幅)でもよいし、磁性細線1の外側へ張り出して大きく形成されていてもよい。磁化固定層43は、磁化方向が上向きまたは下向きに固定され、ここでは上向きとする。したがって、磁化固定層43は、保磁力が磁性層11の保磁力Hcf以上であり、保磁力Hcfよりも大きいことが好ましい。また、磁化固定層43は、当該磁化固定層43が発する磁界がナノ磁石51からの磁界Hassを相殺して弱めないように、磁力がナノ磁石51よりも十分に弱い構成とする。そのために、磁化固定層43は、磁性層11と同様に公知の垂直磁気異方性材料を適用することができ、特に、CPP-GMR素子やTMR素子の磁化固定層(参照層)に用いられる材料が好適である。また、磁化固定層43は、厚さが磁性層11の厚さ以上であることが好ましい。障壁層3は、公知のTMR素子の障壁層の絶縁膜であり、MgOを適用することが好ましく、厚さ3nm未満であることが好ましい。障壁層3は、少なくとも磁性層11と磁化固定層43との間に設けられ、保護膜を兼ねて磁性層11の上面全体に設けられていてもよい。電極63は、電極61,62と同様に金属電極材料で形成される。
【0047】
ナノ磁石52は、ナノ磁石51と同様に磁性細線1の細線方向に沿った極小の棒磁石であり、極性がナノ磁石51と逆向きで、-x側をN極とする。ナノ磁石52は、ナノ磁石51との合成磁界を-z方向、+z方向の磁界-Hpin,+Hpinとして、磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2にそれぞれ印加する。なお、図6に、ナノ磁石51,52からの磁力線を破線で表す。そのために、ナノ磁石52は、ナノ磁石51のx方向両外側それぞれに離間かつ近接して配置され、磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2の直下でS極同士、N極同士が対向する。ただし、ナノ磁石52は、磁性細線1の下面(チャネル層12)に接続して設けられ、ナノ磁石52の下面に電極61,62が接続する。したがって、ナノ磁石52は、電極61,62と共に、磁性細線1への電流Iwの供給経路を構成する。そのために、ナノ磁石52は、ナノ磁石51と磁性細線1との間隙の分、ナノ磁石51よりも上にずれて配置されるが、ナノ磁石51とナノ磁石52とが、少なくともナノ磁石51,52の一方の厚さの1/2以上で対向するように配置されることが好ましい。ナノ磁石52は、面内磁気異方性を有する硬磁性体からなり、ナノ磁石51と同じ材料を選択することができる。ナノ磁石52は、磁力がナノ磁石51と同程度であることが好ましいが、x方向の漏れ磁界を磁性細線1に印加する必要がないので、ナノ磁石51よりも弱くてもよい。一方で、ナノ磁石51とナノ磁石52とは、極性を互いに逆向きに着磁することができるように、保磁力が異なる。そのために、ナノ磁石51とナノ磁石52は、例えば、それぞれを構成するCo/Pt多層膜の、Co,Ptの膜厚比を異なるものとしたり、幅(y方向長)を同じかつx方向長を異なるものとすることにより平面視形状のアスペクト比を異なるものとしたりする。なお、2つのナノ磁石52,52は、x方向長等の形状や保磁力が同一でなくてもよく、保磁力が共にナノ磁石51よりも大きいまたは小さければよい。
【0048】
本実施形態に係る磁気抵抗効果素子10Aの、電流供給による磁性細線における磁壁移動は、図3Aおよび図3Bに示す前記実施形態と同様である。そして、磁気抵抗効果素子10Aは、磁化固定層43とその直下の領域における磁性層11とで磁化方向が平行であるときよりも反平行であるときの方が、磁化固定層43-磁性層11間の膜面垂直方向の抵抗が高い。すなわち、磁気抵抗効果素子10Aは、磁性層11の磁化反転可能領域1SWにおける磁化方向が下向きのとき(図7A参照)には、電極61-63間や電極62-63間の抵抗が高く、磁化反転可能領域1SWの磁化方向が上向きのとき(図7B参照)には抵抗が低い。したがって、磁気抵抗効果素子10Aは、例えば、低抵抗の状態をデータ“0”、高抵抗の状態をデータ“1”と設定して、MRAMのメモリセルの記憶素子に使用することができる。
【0049】
本実施形態に係る磁気抵抗効果素子10Aは、このような構成により、磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2に印加されるz方向の磁界-Hpin,+Hpinが強いので、保磁力Hcfの大きい磁性材料を磁性層11に適用することができる。また、ナノ磁石52が磁性細線1に接続し、電極61,62がナノ磁石52の下に配置されることにより、ナノ磁石51,52から磁性層11へ印加される合成磁界-Hpin,+Hpinが、電極61,62によって遮蔽されない。
【0050】
(磁気メモリ)
磁気抵抗効果素子10Aは、一例として、図8に示す磁気メモリ90Aに配列されたメモリセル9Aの磁気抵抗効果素子として搭載される。なお、図8においては、簡潔に説明するために、4列×4行の16個のメモリセル9Aを示し、また、磁気抵抗効果素子10Aについて、磁性細線1、障壁層3、および磁化固定層43(符号1Aを付す)を抵抗器と可変抵抗器の図記号を組み合わせて表し、電極61,62,63を線で表す。メモリセル9Aは、磁気抵抗効果素子10Aと共に、磁気抵抗効果素子10Aの電極61に接続するトランジスタ71、および電極63にアノードが接続するダイオード72を備える。磁気メモリ90Aは、1T1R型のメモリセルを備える選択トランジスタ型のMRAMの回路構成に類似して、列方向に延設したビット線82およびワード線84、ならびに行方向に延設したソース線81Aを備え、さらに、ビット線82に直交して行方向に延設した読出ワード線83を備える。ビット線82は電極62に接続し、ソース線81Aはトランジスタ71を経由して電極61に接続し、ワード線84はトランジスタ71のゲートに入力し、読出ワード線83はダイオード72を経由して電極63に接続する。
【0051】
空間光変調器90と同様に、トランジスタ71はSi基板の表層に形成されて、このSi基板を土台として、メモリセル9Aを配列することができる。一方、ダイオード72は、磁性細線1や磁化固定層43の上側に設けられるために、これらの材料にもよるが、150℃程度の低温で成膜可能な多結晶シリコン(poly-Si)で形成されることが好ましい。
【0052】
空間光変調器90と同様、磁気メモリ90Aにおいて、メモリセル9Aの配列方向と磁気抵抗効果素子10Aの磁性細線1の細線方向(x方向)とは合わせなくてよいが、細線方向がすべてのメモリセル9Aで揃うように磁気抵抗効果素子10Aが配列される。また、磁気メモリ90Aは、すべてのメモリセル9Aで、ナノ磁石51の極性に対する電極61,62の配置が揃っていなくてもよい。例えば、隣り合う2つのメモリセル9Aのそれぞれの磁気抵抗効果素子10Aにおいて、一方の磁気抵抗効果素子10Aの磁性細線1は、図7Aおよび図7Bに示すように磁性細線1の磁化固定領域1FX2側が電極62に接続し、他方の磁気抵抗効果素子10Aの磁性細線1は、磁化固定領域1FX1側が電極62に接続していてもよい。ここでは、一例として、図9に示すように、磁気抵抗効果素子10Aにおけるx方向を磁気メモリ90Aにおける列方向としてメモリセル9Aが配列されている。このような配列により、x方向に隣り合う2つのメモリセル9A,9Aのそれぞれの磁気抵抗効果素子10Aは、電極62が共通のビット線82に接続されるので、対向する側に電極62を配置して、電極62およびこれに接続するナノ磁石52を共有して一体とすることができる。なお、図9においては、電極63、磁化固定層43、および障壁層3を省略し、ナノ磁石51,52の極性を白抜き矢印で表し、また、磁性層11に上向きおよび下方向の磁化方向を付す。
【0053】
(初期設定処理)
本実施形態に係る磁気メモリ90Aの初期設定処理は、空間光変調器90と同様に、その製造時または使用前に行うことができる。本実施形態では、第1工程で、磁気抵抗効果素子10Aのナノ磁石51とナノ磁石52を互いに逆向きの極性に着磁する。ここでは、ナノ磁石52の方がナノ磁石51よりも保磁力が大きいものとする。まず、外部から、ナノ磁石52の保磁力よりも大きい磁界を-x方向に印加して、ナノ磁石51,52を-x方向の磁化方向として印加を停止する。次に、ナノ磁石51の保磁力よりも大きくかつナノ磁石52の保磁力よりも小さい磁界を+x方向に印加して、ナノ磁石51のみを+x方向に磁化反転させて印加を停止する。第2工程は、磁性細線1の磁性層11に磁壁DWを生成すると共に、磁化固定層43の磁化方向を上向きに固定する。そのために、磁化固定層43の保磁力よりも大きい磁界Hinitを上向き(+z方向)に印加して、磁化固定層43および磁性層11の磁化方向を上向きとする。このとき、ナノ磁石51,52の合成磁界Hpinが磁性層11の保磁力Hcf以下(Hpin≦Hcf)の場合には、前記実施形態と同様に、磁界Hinitを印加すると共に磁性細線1に電流を供給して、磁性層11の保磁力をHpin未満かつHinit未満に低下させる。磁界Hinitの印加停止後、ナノ磁石51,52からの磁界-Hpinによって、図7Bに示すように、磁性層11の磁化固定領域1FX1が下向きに磁化反転して、磁化反転可能領域1SWとの境界にdown-up磁壁DWが生成する。
【0054】
磁気メモリ90Aの書込みは、第1実施形態に係る光変調素子10を備える空間光変調器90の書込みと同様に行うことができる。選択した(書き込む対象の)行のソース線81Aをパルス電流源の+(電位+Vw)の端子に接続し、選択したメモリセル9Aの列のビット線82をパルス電流源の-(電位0V)の端子に接続すると共に、同列のワード線84をゲート電源に接続する。図7Aに示すように、磁性細線1の磁化固定領域1FX1側に電極61が接続した磁気抵抗効果素子10Aを備えるメモリセル9A(奇数列とする)においては、データ“1”が書き込まれる。一方、このメモリセル9Aのx方向に隣り合うメモリセル9A(偶数列とする)においては、データ“0”が書き込まれる。データ“1”、“0”を入れ替えて書き込む場合には、パルス電流源の+/-の端子を入れ替えて接続する。また、書込みにおいては、磁気抵抗効果素子10Aの磁化固定層43に電流が流れないように、すべての読出ワード線83を電位+Vw以上に接続することが好ましい。
【0055】
磁気メモリ90Aの読出しは、すべてのワード線84を0Vに接続して、すべてのメモリセル9Aのトランジスタ71をOFFにする。そして、選択したメモリセル9Aのビット線82に定電流源の+極を、読出ワード線83に-極を、それぞれ接続して、定電流Irを供給しながら、定電流源と並列に接続した電圧計により、抵抗値を測定する。なお、定電流Irは、磁気抵抗効果素子10Aの磁性層11の磁壁DWが移動しない程度の大きさに設定する。また、読出しにおいては、非選択の列のビット線82を定電流源の-極以下の電位に接続し、非選択の行の読出ワード線83を+極以上の電位に接続することが好ましい。
【0056】
本実施形態に係る磁気抵抗効果素子10Aは、障壁層3に代えて、Cu,Ag,Alのような非磁性金属からなる厚さ1~10nmの中間層を備えてもよい。この中間層および磁化固定層43ならびに磁性層11を合わせた3層の積層構造からなるCPP-GMR素子を構成することができる。
【0057】
(光変調素子)
第2実施形態に係る磁壁移動素子は、第1実施形態と同様に、光変調素子に適用することができる。言い換えると、第1実施形態に係る光変調素子10は、ナノ磁石52を設けることができる。すなわち、第2実施形態に係る光変調素子は、磁気抵抗効果素子10Aから、障壁層3、磁化固定層43、および電極63を除去した構成とする。また、第2実施形態に係る光変調素子においては、第1実施形態と同様、チャネル層12が磁性層11の上に積層されてもよい。
【0058】
(変形例)
本発明の第2実施形態に係る磁気抵抗効果素子(磁気記憶素子)は、電極が磁性細線の上面に直接に接続した構造とすることができる。すなわち、図10に示すように、本発明の第2実施形態の変形例に係る磁気抵抗効果素子10Bは、電極61,62が、ナノ磁石51,52の磁性細線1を挟んだ反対側に配置される。なお、電極61,62は、磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2における磁化反転可能領域1SWとの境界(図7A図7B参照)よりも外側に接続する。このような磁気抵抗効果素子10Bにおいては、ナノ磁石52は、磁性細線1に接続している必要がないのでナノ磁石51と同じ高さに形成することができ、したがって、磁気メモリ90Aの製造において、ナノ磁石51とナノ磁石52とを同時に形成することができる。この場合、ナノ磁石51とナノ磁石52は平面視形状のアスペクト比によって保磁力を互いに異なるものとしたり、一方にのみイオンを注入して保磁力を小さくしたりする。さらに、ナノ磁石52が電極61,62と電気的に非接続であるので、磁気メモリ90Aの回路構成にかかわらず、x方向に隣り合う磁気抵抗効果素子10B同士でナノ磁石52を共有することができる。したがって、本変形例においては、メモリセル9Aがx方向に配列されていなくてもよく、例えば、メモリセル9Aの配列の対角線方向をx方向としてもよい。また、磁性細線1に対して、障壁層3、磁化固定層43、および電極63と同じ側に電極61,62が配置されるので、ダイオード72をトランジスタ71と共にSi基板の表層に形成することができる。すなわち、磁気メモリ90Aは、図10における上側にSi基板が設けられる。また、y方向に隣り合う2つのメモリセル9A,9Aにおいて、磁性細線1が互いに近接するように配置して、その下のナノ磁石51,52をそれぞれ一体化して共有することもできる。このような構成によれば、ナノ磁石51,52が、幅をある程度太くして磁力を強くすることができる。
【0059】
磁気抵抗効果素子10A,10Bは、ナノ磁石52を1個のみ、すなわちナノ磁石51の一端側にのみ備えてもよい。例えば、ナノ磁石51のS極側にのみナノ磁石52を配置することにより、-z方向の強い合成磁界-Hpinが得られ、初期設定処理の第2工程で上向きの磁界Hinitの印加の停止後に、磁性層11の磁化固定領域1FX1を下向きに磁化反転させてdown-up磁壁DWを生成することができる。一方、磁化固定領域1FX2については、-x方向の磁界Hassが印加されなければよい。
【0060】
本発明の第2実施形態の変形例に係る磁気抵抗効果素子(磁気記憶素子)は、これを配列した磁気メモリにおいて、磁界印加部材および副磁界印加部材を構成するナノ磁石を一体とした構造とすることができる。すなわち、図11に示すように、本発明の第2実施形態の別の変形例に係る磁気抵抗効果素子10Cは、1個のナノ磁石51aまたはナノ磁石51bを備えると共に、磁気抵抗効果素子10Cをメモリセル9Aに備える磁気メモリ90Aにおいては、磁気抵抗効果素子10Cが磁性細線1の細線方向に配列され、隣り合う2つの磁気抵抗効果素子10C,10Cのナノ磁石(磁界印加部材)51a,51bが、互いに逆向きの極性に固定されている。
【0061】
本変形例に係る磁気抵抗効果素子10Cは、これを配列した磁気メモリ90Aにおいて、前記変形例に係る磁気抵抗効果素子10B(図10参照)と同様に、磁性細線1の細線方向(x方向)に配列される。ナノ磁石51aおよびナノ磁石51bは、第1実施形態等のナノ磁石51と同様の構成であるが、極性が互いに逆向きであり、ナノ磁石51aが+x側をN極とし、ナノ磁石51bが-x側をN極とする。したがって、ナノ磁石51bを備えた磁気抵抗効果素子10Cにおいては、磁性層11に磁界Hassが+x方向に印加される。これに伴い、電極61と電極62の配置が入れ替えられている。すなわち、x方向に隣り合う磁気抵抗効果素子10Cは、互いにx方向に反転した構成である。また、ナノ磁石51aとナノ磁石51bは、極性を互いに逆向きに着磁することができるように、第2実施形態のナノ磁石51とナノ磁石52のように、保磁力が異なる。ただし、-x方向と+x方向のそれぞれの磁界Hassが同等の強さであることが好ましく、ナノ磁石51aとナノ磁石51bは、磁力が同程度になるように、材料や形状(幅、厚さ)を選択、設計される。
【0062】
ナノ磁石51aとナノ磁石51bは、磁気抵抗効果素子10A,10Bのナノ磁石51とナノ磁石52と同様に、離間かつ近接して配置されることが好ましく、S極同士、N極同士が対向する。そのために、x方向に隣り合う磁気抵抗効果素子10Cの磁性細線1およびその上面に接続する電極61,62同士が、短絡しない程度に近接して配置される。このような構成により、ナノ磁石51aを備える磁気抵抗効果素子10Cにおいては、その両隣の磁気抵抗効果素子10Cのナノ磁石51bとの合成磁界が-z方向、+z方向の磁界-Hpin,+Hpinとして、磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2にそれぞれ印加される。ナノ磁石51bを備える磁気抵抗効果素子10Cにおいても同様である。また、メモリセル9Aがx方向に配列されている場合には、隣り合う2つの磁気抵抗効果素子10C,10Cの電極62を共有して一体とすることができる。
【0063】
第2実施形態およびその変形例に係る磁気抵抗効果素子10A,10B,10Cは、z方向の磁界-Hpin,+Hpinが強いので、保磁力Hcfの大きい磁性材料を磁性層11に適用しつつ、磁化固定領域1FX1,1FX2の磁化方向を容易に下向き、上向きに固定することができる。その結果、初期設定処理で、より確実に、磁性層11のナノ磁石51からの磁界Hassの印加領域(磁化反転可能領域1SW)内の1箇所に、down-up磁壁DWを生成することができる。さらに磁気抵抗効果素子10Cは、これを備えるメモリセル9Aを微細化することができる。
【0064】
〔第3実施形態〕
磁壁移動素子およびこれを備える磁気記憶素子は、磁性細線1の磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2における磁化方向の固定を、ナノ磁石51またはナノ磁石51,52の漏れ磁界によらない構成とすることもできる。以下、本発明の第3実施形態に係る磁壁移動素子およびこれを備える磁気記憶素子について、図12Aおよび図12Bを参照して説明する。第1、第2実施形態およびその変形例(図1~11参照)と同一の要素については同じ符号を付し、説明を省略する。
【0065】
(磁気抵抗効果素子)
本発明の第3実施形態に係る磁気抵抗効果素子(磁気記憶素子)10Dは、第2実施形態およびその変形例に係る磁気抵抗効果素子10A,10B,10Cと同様に、MRAMのメモリセルの記憶素子である。図12Aおよび図12Bに示すように、磁気抵抗効果素子10Dは、磁性層11とチャネル層12とを上から順に積層した磁性細線1と、磁性細線1の下側にチャネル層12と離間して配置された、磁化方向が磁性細線1の細線方向の一方向のナノ磁石(磁界印加部材)51と、磁性層11の細線方向中央における上面に積層された障壁層(絶縁膜)3および磁化固定層(参照層)43と、を備え、さらに、磁性層11の細線方向両端近傍のそれぞれにおける上面に積層された磁化固定層41,42、および磁化固定層41,42,43のそれぞれの上面に接続する電極61,62,63を備える。したがって、磁気抵抗効果素子10Dは、第1実施形態に係る光変調素子10に対して、磁性細線1の磁性層11の上面の細線方向両端において磁化固定層41,42をそれぞれ積層し、電極61,62の配置を変えて磁性細線1の上面に磁化固定層41,42を介して接続し、さらに、磁性層11の上面の細線方向中央において障壁層3、磁化固定層43、および電極63を順に積層した構成である。
【0066】
磁化固定層41,42は、一方が磁化方向を上向きに、他方が下向きに固定されていて、磁性細線1の磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2に積層されることにより、磁性層11のこの領域に磁気的に結合して、この領域における磁化方向を当該磁化固定層41,42と同じ磁化方向に固定する。したがって、磁化固定層41,42は、磁化固定層43と同様に垂直磁気異方性材料からなり、保磁力が、少なくとも磁性層11の保磁力Hcfよりも大きい。詳しくは、磁性細線1に電流Iwが供給されているときに、磁化固定層41,42は、電極61,62を介して電流Iwが流れることにより保磁力が一時的に低下しても、磁性層11に追随して磁化反転することがないようにする。さらに、磁化固定層41と磁化固定層42とは、互いに逆向きの磁化方向に固定されるために、保磁力が互いに異なることが好ましい。また、ナノ磁石51から磁化固定領域1FX1,1FX2にz方向の磁界-Hpin,+Hpinがそれぞれ印加されるので、これに磁化固定層41,42の磁化方向を一致させることが好ましい。したがって、磁化固定層41は下向きの磁化方向、磁化固定層42は上向きの磁化方向にそれぞれ固定される。そして、磁化固定層41は、磁化固定層43と逆向きの磁化方向に固定されるために磁化固定層43と異なる保磁力とし、一方、磁化固定層42は磁化固定層43と同じ保磁力とすることができる。また、磁気抵抗効果素子10Dは、磁性層11と磁化固定層41,42のそれぞれとの界面に、Ru,Ta等の非磁性金属からなる厚さ1~10nm程度の磁気結合膜を設けてもよい。
【0067】
(初期設定処理)
本実施形態に係る磁気抵抗効果素子10Dの初期設定処理は、第1、第2実施形態およびその変形例と同様に、磁気抵抗効果素子10Dをメモリセル9Aに備える磁気メモリ90Aに対して、その製造時または使用前に行われる。本実施形態では、第1工程で+x方向に外部磁界を印加してナノ磁石51について極性を着磁した後、第2工程で、磁性細線1の磁性層11に磁壁DWを生成すると共に、磁化固定層41と磁化固定層42,43を互いに逆向きの磁化方向に固定する。ここでは、磁化固定層41よりも磁化固定層42,43の方が保磁力が大きいものとする。第1工程の後、外部から、磁化固定層41,42,43および磁性層11のすべての保磁力よりも大きい磁界Hinitを上向き(+z方向)に印加して、これらを上向きの磁化方向として印加を停止する。次に、磁化固定層41および磁性層11の保磁力よりも大きくかつ磁化固定層42,43の保磁力よりも小さい磁界Hinit´を下向き(-z方向)に印加して、磁化固定層41、および磁性層11の磁化固定領域1FX2以外の領域を下向きに磁化反転させて印加を停止する。磁性層11の磁化固定領域1FX2は、磁化固定層42に磁気的に結合しているため、図12Aに示すように、磁化方向が同じ上向きに固定されたままであり、磁性層11の磁化反転可能領域1SWと磁化固定領域1FX2との境界に磁壁DWが生成する。あるいは、磁化固定層41,42(および磁化固定層43)の保磁力が同等であってもよい。第2工程で、磁界Hinitを+z方向に印加しながら、電極61,62を介して、磁性細線1および磁化固定層41,42に電流を供給する。磁性層11および磁化固定層41,42,43を上向きの磁化方向としてから磁界Hinitの印加を停止し、その後に電流の供給を停止する。第1実施形態で説明したように、外部磁界のない状態では、ナノ磁石51のS極(-x側の端)近傍上において-z方向の磁界が印加される。磁化固定層41に印加される磁界は磁性層11における磁界-Hpinよりも弱いが、電流を供給されていることにより、磁化固定層41は、磁性層11と同様に温度上昇に伴い保磁力が一時的に低下しているので、磁性層11の磁化固定領域1FX1と共に下向きに磁化反転する(図12B参照)。そのために、第2工程で供給する電流は、磁化固定層41の保磁力を十分に低下させる大きさとし、書込み時の電流Iwよりも大きいことが好ましい。
【0068】
本実施形態に係る磁気抵抗効果素子10Dの、電流供給による磁性細線における磁壁移動は、図3Aおよび図3Bに示す第1実施形態と同様である。また、磁気抵抗効果素子10Dをメモリセル9Aに備えた磁気メモリ90Aの書込みおよび読出しは、磁気抵抗効果素子10Aを備えたものと同様に行うことができる。磁気抵抗効果素子10Dは、磁化固定層41,42によって磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2の磁化方向が固定されているので、磁壁DWが電流Iwの供給のみによって移動し得るとしても、磁化反転可能領域1SW外に移動することがない。
【0069】
第3実施形態に係る磁気抵抗効果素子10Dは、このような構成により、硬磁性体からなるナノ磁石51を1個のみ備えて、磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2の磁化方向を容易にかつ安定して下向き、上向きに固定することができる。また、磁気抵抗効果素子10Dは、磁気抵抗効果素子10B,10Cと同様に、磁性細線1に対して、障壁層3、磁化固定層43、および電極63と同じ側に電極61,62が配置されるので、ダイオード72をトランジスタ71と共にSi基板の表層に形成することができる。
【0070】
磁気抵抗効果素子10Dは、磁化固定層41,42の保磁力を十分に大きくすることにより、磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2に印加されるナノ磁石51の漏れ磁界の向き(-z方向、+z方向)にかかわらず、磁化固定層41,42のみによって、磁化固定領域1FX1,1FX2を所望の磁化方向に固定することができる。したがって、磁化固定層41,42の磁化方向を入れ替えて、磁壁DWを左旋回のネール型の磁気構造とすることができる。また、磁気抵抗効果素子10Dは、磁化固定層41,42の保磁力を十分に大きくすることにより、ナノ磁石51のx方向長を、磁性細線1の細線長以上に長く形成することができる。このような形状のナノ磁石51から磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2にまで磁界Hassが印加されていても、これらの領域1FX1,1FX2の磁化方向が磁化固定層41,42によって強く固定され、電流Iwの供給時に磁壁DWが進入してくることがない。したがって、例えばナノ磁石51を磁性細線1と同じ平面視形状として、磁気メモリ90Aの製造において、ナノ磁石51と磁性細線1とを同時に加工することができる。あるいは、ナノ磁石51を、磁性細線1よりも長いx方向長に形成することができ、さらに、x方向に隣り合う2以上のメモリセル9Aの磁気抵抗効果素子10Dにおいて、1個のナノ磁石51を共有することができる。
【0071】
〔第4実施形態〕
本発明の第2実施形態に係る磁壁移動素子およびこれを備える磁気記憶素子は、副磁界印加部材を、垂直磁気異方性の硬磁性材料からなる垂直方向の棒磁石としてもよい。以下、本発明の第4実施形態に係る磁壁移動素子について、図13を参照して説明する。第1、第2実施形態およびその変形例(図1~11参照)と同一の要素については同じ符号を付し、説明を省略する。
【0072】
(光変調素子)
本発明の第4実施形態に係る光変調素子(磁壁移動素子)10Eは、第1実施形態に係る光変調素子10と同様に、空間光変調器の画素に使用される。図13に示すように、光変調素子10Eは、磁性層11とチャネル層12とを上から順に積層した磁性細線1と、磁性細線1の下側にチャネル層12と離間して配置された、磁化方向が磁性細線1の細線方向の一方向のナノ磁石(磁界印加部材)51と、ナノ磁石51の細線方向両側に離間して配置されて磁性細線1の下面に接続する、磁化方向が下向き、上向きのナノ磁石(副磁界印加部材)53a,53bと、を備え、さらに、ナノ磁石53a,53bのそれぞれの下面に接続する電極61,62を備える。したがって、光変調素子10Eは、第2実施形態に係る磁壁移動素子(図6参照)のナノ磁石52,52をナノ磁石53a,53bに置き換えた構成である。
【0073】
ナノ磁石53aおよびナノ磁石53bは、z方向に沿った極小の棒磁石であり、磁性細線1に対向する側(上側)の極性が、ナノ磁石51の対向する側と同極、すなわち、-x側のナノ磁石53aが上側をS極とし、+x側のナノ磁石53bが上側をN極とする。ナノ磁石53aは、自身の漏れ磁界またはナノ磁石51との合成磁界を、-z方向の磁界-Hpinとして、磁性層11の磁化固定領域1FX1に印加する。ナノ磁石53bは、自身の漏れ磁界またはナノ磁石51との合成磁界を、+z方向の磁界+Hpinとして、磁性層11の磁化固定領域1FX2に印加する。なお、図13に、ナノ磁石51およびナノ磁石53a,53bからの磁力線を破線で表す。そのために、ナノ磁石53a,53bは、ナノ磁石51のx方向両外側それぞれに離間かつ近接して配置され、磁性層11の磁化固定領域1FX1,1FX2の直下でナノ磁石51と対向する。また、ナノ磁石53a,53bは、磁性細線1の下面(チャネル層12)に接続して設けられ、ナノ磁石53a,53bの下面に電極61,62が接続する。したがって、ナノ磁石53a,53bは、電極61,62と共に、磁性細線1への電流Iwの供給経路を構成する。また、ナノ磁石53a,53bは、対向するナノ磁石51と異極である下端が、ナノ磁石51よりも下方となるように配置されることが好ましい。ナノ磁石53a,53bは、単独での漏れ磁界が、またはナノ磁石51との合成磁界が、-Hpin,+Hpinとして十分な大きさ(Hpin>Hcf´)となるような磁力を有する。そのために、ナノ磁石53aおよびナノ磁石53bは、垂直磁気異方性を有する硬磁性体からなり、例えば、Fe,Co,Ni等の遷移金属とPd,Ptのような貴金属とを膜厚比1:2~4程度に交互に繰り返し積層したCo/Pd多層膜等の多層膜が適用される。また、ナノ磁石53aとナノ磁石53bとは、極性を互いに逆向きに着磁することができるように、保磁力が異なり、さらに、保磁力が共にナノ磁石51よりも小さい、または大きいことが好ましい。そのために、ナノ磁石53aとナノ磁石53bは、例えば、平面視形状のアスペクト比を異なるものとする。
【0074】
(初期設定処理)
本実施形態に係る光変調素子10Eの初期設定処理は、第1、第2実施形態およびその変形例と同様に、光変調素子10Eを画素に備える空間光変調器90に対して、その製造時または使用前に行われる。ここでは、光変調素子10Eは、保磁力が、ナノ磁石53aの方がナノ磁石53bよりも大きく、ナノ磁石53a,53b共にナノ磁石51よりも小さいものとする。そのため、第1実施形態と同様に、まず、第1工程で+x方向に外部磁界を印加してナノ磁石51について極性を着磁する。その後、第2工程で、必要に応じて磁性細線1およびナノ磁石53a,53bに電流を供給しながら、外部から、ナノ磁石53a,53bおよび磁性層11のすべての保磁力よりも大きい磁界Hinitを下向き(-z方向)に印加して、これらを下向きの磁化方向として磁界Hinitの印加を停止する。次に、ナノ磁石53bおよび磁性層11の保磁力よりも大きくかつナノ磁石53aの保磁力よりも小さい磁界Hinit´を上向き(+z方向)に印加して、ナノ磁石53bおよび磁性層11を上向きに磁化反転させて磁界Hinit´の印加を停止し、その後に電流の供給を停止する。外部磁界(磁界Hinit´)の停止後、磁界-Hpinにより磁性層11の磁化固定領域1FX1が下向きに磁化反転する。
【0075】
本実施形態に係る光変調素子10Eの、電流供給による磁性細線における磁壁移動は、図3Aおよび図3Bに示す第1実施形態と同様である。また、光変調素子10Eを画素に備えた空間光変調器90の書込みは、光変調素子10を備えたものと同様に行うことができる。
【0076】
第4実施形態に係る光変調素子10Eは、第2実施形態に係る磁気抵抗効果素子10Aと同様に、z方向の磁界-Hpin,+Hpinが強いので、保磁力Hcfの大きい磁性材料を磁性層11に適用しつつ、磁化固定領域1FX1,1FX2の磁化方向を容易に下向き、上向きに固定することができる。なお、光変調素子10Eは、ナノ磁石53a,53bのいずれか1個のみを備える構成でもよい。例えば、ナノ磁石53aのみを備える場合には、初期設定処理は、前記と同様に、-z方向の磁界Hinitを印加した後に、磁性層11の保磁力よりも大きくかつナノ磁石53aの保磁力よりも小さい磁界を+z方向に印加すればよい。
【0077】
(磁気抵抗効果素子)
本発明の第4実施形態に係る磁壁移動素子は、第2実施形態(図6参照)と同様に、磁性細線1の磁性層11の磁化反転可能領域1SW上に障壁層(絶縁膜)3および磁化固定層(参照層)43を積層することで、磁気抵抗効果素子(磁気記憶素子)を構成することができる。また、磁気抵抗効果素子においては、電極61,62が磁性細線1の上面に接続していてもよく、さらにこの場合には、ナノ磁石53a,53bが、ナノ磁石51と同様に磁性細線1と離間していてもよい。
【0078】
以上のように、本発明の実施形態およびその変形例に係る磁壁移動素子ならびにこれを備える磁気記憶素子によれば、ナノ磁石を内蔵することにより、電流を大きくせずに書込みが高速化されるので、磁性細線が劣化し難く長期の使用が可能となる。また、回路構成が複雑化しないので、画素やメモリセルが大型化しない。
【実施例
【0079】
本発明の効果を確認するために、本発明の実施形態に係る磁壁移動素子を模擬したサンプルを作製して、磁壁の移動速度を測定した。本実施例では、磁壁移動素子のナノ磁石の漏れ磁界に代えて外部から磁界を印加した。したがって、サンプルは、図14に示すように、磁性細線およびその上面に接続した一対の電極のみとし、さらに、細線方向に区切る磁壁を生成するために、磁性細線の一端側に、膜面垂直方向のナノ磁石として、垂直磁気異方性の硬磁性体を設けた。
【0080】
(サンプル作製)
磁性細線は、下地膜:SiN(5nm)/チャネル層:Ta(3nm)/磁性層:GdFe(10nm)/保護膜:SiN(5nm)の積層構造で、0.5μm幅の直線状に形成した。GdFeの組成は、Gd:22.6at%、Fe:77.4at%であった。また、硬磁性体は、Ru(3nm)/Pt(3nm)/[Co(0.3nm)/Pd(0.6nm)]×25/Ru(3nm)の合計厚さ31.5nmの積層構造で、0.5μm(細線方向長)×3μmに形成した。まず、熱酸化SiO2が表面に形成されたSi基板上に、SiN膜を成膜してトレンチを形成し、硬磁性体を構成する積層膜を成膜して埋め込んだ。その上に、磁性細線を構成する積層膜を成膜して直線状に成形し、さらに、磁性細線の周囲にSiNを埋め込んだ。硬磁性体および磁性細線は、それぞれ、マグネトロンスパッタリングで成膜し、電子線描画、イオンミリング、およびリフトオフにより形成された。そして、磁性細線の表面の保護膜の一部(2箇所)を除去して、Agで電極を形成した。電極間距離(細線方向長)は17μmである。また、+x側の電極と硬磁性体との細線方向の距離は1~2μmである。また、比較例として、磁性細線を、下地膜:SiN(5nm)/磁性層:GdFe(15nm)/保護膜:SiN(5nm)の積層構造とした、チャネル層(Ta膜)がないサンプルを作成した(GdFeの組成は、Gd:23.5at%、Fe:76.5at%)。
【0081】
(保磁力の測定)
実施例および比較例の各サンプルに、下側から上向きに800mT(+800mT)の磁界を印加して、磁性細線の磁性層および硬磁性体を上向きの磁化方向とした。次に、集束レーザー光(波長:658nm、レーザースポットサイズ:2~3μm)を用いてカー回転角を測定し、磁性細線の磁性層および硬磁性体の磁化反転を観察した。サンプルからの反射光の偏光の向き(カー回転角)を、マイクロKerr測定装置で測定しながら、印加磁界をその大きさ(絶対値)を漸増させながら印加して、偏光の向きの変化を観察した。硬磁性体の保磁力は、約400mTであった。また、実施例および比較例の各サンプルの磁性細線における、印加磁界を±200mTまで変化させたときのカー回転角のヒステリシスループを、図15Aおよび図15Bに示す。実施例のサンプルの磁性細線の保磁力は、+,-共に約40mTであった。一方、比較例のサンプルの磁性細線の保磁力は、約+50mTと約-30mTであった。
【0082】
(初期設定処理)
サンプルに、+800mTの磁界を印加しながら、電極を介して磁性細線にパルス幅50ns、2.2mAの直流パルス電流を供給して、磁性細線の磁性層および硬磁性体を上向きの磁化方向とし、磁界印加停止により、磁性層の硬磁性体上近傍にup-down磁壁を生成し、さらにパルス幅15nsのパルス電流を供給して、磁壁を所定の位置まで移動させた。
【0083】
(磁壁移動速度の測定)
外部から一定の大きさの磁界を細線方向に印加しながら、磁性細線にパルス幅15nsのパルス電流を供給した。電流の供給の前後に、磁性細線の磁壁の位置を観察し、MO差分像から磁壁の移動した距離および方向を計測し、電流の総供給時間(15ns×パルス回数)から単位時間当たりの距離を移動速度として算出した。25mTの磁界を印加しながら、0.4,0.6,0.8,1.0,1.4,1.8,2.2mA(比較例のサンプルは、1.8,2.0,2.2mA)の電流を供給した。また、ナノ磁石のない比較例を模擬して、実施例のサンプルに磁界を印加せずに(0T)電流を供給した。また、実施例のサンプルについて、2.2mAの電流を供給する際に、4,8,12,25mTの磁界を印加した。これらの磁界印加および電流供給はそれぞれ、+x方向、-x方向に向きを変えて行った。さらに、実施例のサンプルについて、初期設定処理で外部磁界を下向きに印加してdown-up磁壁を生成し、同様の測定を行った。
【0084】
各測定を5回行い、平均値および標準偏差を算出した。図16Aおよび図16Bに、実施例のサンプルによる磁壁移動速度(ν)の電流密度(J)依存性のグラフを示す。図17Aおよび図17Bに、実施例のサンプルによる磁壁移動速度(ν)の磁界(H)依存性のグラフを示す。図16Aおよび図17Aはup-down磁壁を生成したサンプル、図16Bおよび図17Bはdown-up磁壁を生成したサンプルである。また、これらのグラフのプロットエリア内に、磁壁における磁化方向を簡易的に表す矢印を示す。また、図18に、比較例のサンプルと、磁界印加のない実施例のサンプルとによる、磁壁移動速度(ν)の電流密度(J)依存性のグラフを示す。なお、磁壁移動速度は、磁壁が+x方向に移動した場合には正、-x方向に移動した場合には負で表す。
【0085】
チャネル層を積層した磁性細線のサンプルは、図16Aおよび図16Bに示すように、磁性細線への細線方向の電流供給で磁壁が移動し、さらに電流密度が高いほど移動速度が高速になる傾向が観察された。なお、磁界を印加していない状態(H=0T)を、図18に拡大して示す。また、電流供給と共に磁界を細線方向に印加することにより、磁壁の移動速度が高速になり、図17Aおよび図17Bに示すように、特に絶対値8mT以上で顕著であり、磁界が大きいほど移動速度が高速になった。図18に示すように、磁界が印加されていなくても電流供給のみで磁壁が移動するが、最高移動速度は10.5m/sであり、2.15×1011A/m2の電流を供給したときがピークであった。これに対して、25mTの磁界印加では、電流密度を1.23~2.15×1011A/m2以上供給すると移動方向が安定し、3.38×1011A/m2まで大きくしても磁壁の移動速度が電流密度に伴い増大し、磁界を印加していない場合の20倍以上に高速となった。また、8mTの磁界印加でも、約10倍に高速となった。
【0086】
図16Aおよび図17Aのup-down磁壁は、磁界を+x方向に印加されている(図16A:●(黒丸)、図17A:プロットエリア右半分)と、右旋回のネール型の磁気構造となるので、電流の供給方向と同じ方向に移動し、磁界を-x方向に印加されている(図16A:○(白丸)、図17A:プロットエリア左半分)と、左旋回のネール型の磁気構造となるので、電流の供給方向の逆方向に移動した。一方、図16Bおよび図17Bのdown-up磁壁は、磁界を+x方向に印加されている(図16B:●(黒丸)、図17B:プロットエリア右半分)と、左旋回のネール型の磁気構造(図4A図4B参照)となるので電流の供給方向の逆方向に移動し、磁界を-x方向に印加されている(図16B:○(白丸)、図17B:プロットエリア左半分)と、右旋回のネール型の磁気構造(図3A図3B参照)となるので電流の供給方向と同じ方向に移動した。また、磁界が印加されていないと、図18に示すように、up-down磁壁、down-up磁壁共に、電流の供給方向と同じ方向に移動した。さらに、磁界が絶対値で12mT以下では、左旋回よりも右旋回のネール型の磁気構造の磁壁の方が、移動速度が高速であった。これは、印加磁界がDMIによる有効磁界と同じ向きであることによると考えられる。一方、印加磁界が25mTでは移動速度の有意差がなく、これは有効磁界に対して印加磁界が十分に強いことによると考えられる。
【0087】
図18に示すように、チャネル層がない比較例のサンプル(Ta膜無)では、磁界が印加されていなくても磁壁が電流の供給方向と逆方向に磁壁が移動したが、チャネル層が積層された実施例のサンプルよりも低速であり、磁界を印加するとさらに移動速度が低下し、ほとんど移動しなかった。
【0088】
このように、磁性細線がチャネル層を積層して備えると共に、細線方向における一方向に磁界を印加されることにより、小さな電流で磁壁を高速移動させることができる。印加磁界は8mT以上で効果が得られ、このような磁界は、画素やメモリセルに磁性細線と共に形成される、磁性細線と同程度の平面視サイズの硬磁性材料からなるナノ磁石からの漏れ磁界で十分であるといえる。さらに、厚さ10nm、幅500nmという比較的厚くかつ幅広の磁性細線においても高い効果が得られることが確認された。
【0089】
以上、本発明に係る磁壁移動素子およびこれを備える磁気記憶素子、ならびに磁気メモリおよび空間光変調器を実施するための各実施形態について述べてきたが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0090】
10,10E 光変調素子(磁壁移動素子)
10A,10B,10C,10D 磁気抵抗効果素子(磁気記憶素子)
1 磁性細線
11 磁性層
12 チャネル層
3 障壁層(絶縁膜)
41,42 磁化固定層
43 磁化固定層(参照層)
51 ナノ磁石(磁界印加部材)
51a,51b ナノ磁石(磁界印加部材)
52 ナノ磁石(副磁界印加部材)
53a,53b ナノ磁石(副磁界印加部材)
61,62 電極
63 電極
90 空間光変調器
90A 磁気メモリ
9 画素
9A メモリセル
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図5
図6
図7A
図7B
図8
図9
図10
図11
図12A
図12B
図13
図14
図15A
図15B
図16A
図16B
図17A
図17B
図18