(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-20
(45)【発行日】2025-01-06
(54)【発明の名称】アルカン脱水素触媒、及びこれを用いる水素製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 21/18 20060101AFI20241223BHJP
B01J 27/24 20060101ALI20241223BHJP
B01J 35/45 20240101ALI20241223BHJP
B01J 37/08 20060101ALI20241223BHJP
B01J 37/34 20060101ALI20241223BHJP
C01B 3/00 20060101ALI20241223BHJP
C01B 3/26 20060101ALI20241223BHJP
C01B 32/184 20170101ALI20241223BHJP
C01B 32/188 20170101ALI20241223BHJP
C01B 32/194 20170101ALI20241223BHJP
C01C 1/02 20060101ALI20241223BHJP
C01C 1/04 20060101ALI20241223BHJP
C01C 1/12 20060101ALI20241223BHJP
【FI】
B01J21/18 M
B01J27/24 M
B01J35/45
B01J37/08
B01J37/34
C01B3/00 A
C01B3/26
C01B32/184
C01B32/188
C01B32/194
C01C1/02 D
C01C1/02 E
C01C1/04 C
C01C1/12 B
(21)【出願番号】P 2021534080
(86)(22)【出願日】2020-07-22
(86)【国際出願番号】 JP2020028503
(87)【国際公開番号】W WO2021015250
(87)【国際公開日】2021-01-28
【審査請求日】2023-06-01
(31)【優先権主張番号】P 2019135780
(32)【優先日】2019-07-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】502340996
【氏名又は名称】学校法人法政大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(74)【代理人】
【識別番号】110002239
【氏名又は名称】弁理士法人G-chemical
(72)【発明者】
【氏名】草部 浩一
(72)【発明者】
【氏名】高井 和之
(72)【発明者】
【氏名】西川 正浩
(72)【発明者】
【氏名】劉 明
【審査官】池田 周士郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/043634(WO,A1)
【文献】ZHANG, J. et al.,Tin-Assisted Fully Exposed Platinum Clusters Stabilized on Defect-Rich Graphene for Dehydrogenation Reaction,ACS Catal.,2019年03月27日,Vol. 9, No. 7,pp. 5998-6005
【文献】WANG, R. et al.,Hybrid Nanocarbon as a Catalyst for Direct Dehydrogenation of Propane: Formation of an Active and Selective Core-Shell sp2/sp3 Nanocomposite Structure,Chem. Eur. J.,2014年04月16日,Vol. 20,pp. 6324-6331
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00-38/74
C01B 3/02- 6/34
C01B 32/00-32/991
C07B 31/00-63/04
C07C 1/00-409/44
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記グラフェンを含むアルカン脱水素触媒。
グラフェン:1水素化原子欠損構造、2水素化原子欠損構造、3水素化原子欠損構造、及び窒素置換原子欠損構造から選択される少なくとも1種の構造を有するグラフェンであって、前記構造を、グラフェンの原子膜100nm
2
あたり2~200個有する
【請求項2】
金属を含有しないか、金属の含有量が前記グラフェンの含有量の1重量%以下である、請求項1に記載のアルカン脱水素触媒。
【請求項3】
原料グラフェンに高エネルギー粒子を衝突させる工程を経て、請求項1又は2に記載のアルカン脱水素触媒を得る、アルカン脱水素触媒の製造方法。
【請求項4】
爆轟法により得られたグラフェンを原料グラフェンとして使用する、請求項3に記載のアルカン脱水素触媒の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のアルカン脱水素触媒を使用してアルカンから水素を取り出す工程を含む、水素の製造方法。
【請求項6】
アルカンから取り出した水素を、グラフェンの原子欠損部位に吸蔵する工程を伴う、請求項5に記載の水素の製造方法。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の方法により水素を製造する、水素製造装置。
【請求項8】
請求項5又は6に記載の方法により水素を製造し、得られた水素を用いて、窒素酸化物を還元してアンモニアを得る、アンモニアの製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の方法によりアンモニアを製造する、アンモニア製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、アルカン脱水素触媒及び前記触媒を用いる水素製造方法に関する。本開示は、2019年7月24日に日本に出願した、特願2019-135780号の優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
現代の生活は、電気エネルギーへの依存度が高くなっている。しかし、化石燃料を燃焼させて電気エネルギーを得る場合、化石燃料の燃焼によって排出されるCO2が温室効果を生じさせることが問題である。
【0003】
そこで、CO2を排出しない再生可能エネルギーとして水素が注目されている。水素を酸素と結びつけることで発電したり、燃焼させて熱エネルギーとして利用することができ、その際、CO2を排出しない。
【0004】
このように有用な水素は、化石燃料から水蒸気改質法により製造できることが知られている(特許文献1)。その他、一酸化炭素シフト反応により製造できることも知られている(特許文献2)。しかし、前記方法では、水素を製造する際にCO2が排出されることが問題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-185059号公報
【文献】特開2006-232610号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本開示の目的は、CO2を排出することなく、アルカンから水素を製造する反応に使用される触媒を提供することにある。
本開示の他の目的は、前記触媒を使用して、CO2を排出することなくアルカンから水素を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は上記課題を解決するため鋭意検討した結果、原子欠損構造、1水素化原子欠損構造、2水素化原子欠損構造、3水素化原子欠損構造、及び窒素置換原子欠損構造から選択される少なくとも1種の構造を有するグラフェンをアルカン脱水素触媒として使用すれば、アルカンから、CO2を排出することなく水素を取り出すことができることを見いだした。本開示はこれらの知見に基づいて完成させたものである。
【0008】
すなわち、本開示は、原子欠損構造、1水素化原子欠損構造、2水素化原子欠損構造、3水素化原子欠損構造、及び窒素置換原子欠損構造から選択される少なくとも1種の構造を有するグラフェンを含むアルカン脱水素触媒を提供する。
【0009】
本開示は、また、前記グラフェンが、原子欠損構造、1水素化原子欠損構造、2水素化原子欠損構造、3水素化原子欠損構造、及び窒素置換原子欠損構造から選択される少なくとも1種の構造を、グラフェンの原子膜100nm2あたり2~200個有する前記アルカン脱水素触媒を提供する。
【0010】
本開示は、また、原料グラフェンに高エネルギー粒子を衝突させる工程を経て、前記アルカン脱水素触媒を得る、アルカン脱水素触媒の製造方法を提供する。
【0011】
本開示は、また、爆轟法により得られたグラフェンを原料グラフェンとして使用する前記アルカン脱水素触媒の製造方法を提供する。
【0012】
本開示は、また、前記アルカン脱水素触媒を使用してアルカンから水素を取り出す工程を含む、水素の製造方法を提供する。
【0013】
本開示は、また、アルカンから取り出した水素を、グラフェンの原子欠損部位に吸蔵する工程を伴う、前記水素の製造方法を提供する。
【0014】
本開示は、また、前記方法により水素を製造する、水素製造装置を提供する。
【0015】
本開示は、また、前記方法により水素を製造し、得られた水素を用いて、窒素酸化物を還元してアンモニアを得る、アンモニアの製造方法を提供する。
【0016】
本開示は、また、前記方法によりアンモニアを製造する、アンモニア製造装置を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本開示のアルカン脱水素触媒によれば、CO2を排出することなく、且つ大きなエネルギーを要さず、アルカンから水素を取り出すことができる。また、取り出された水素はアルカン脱水素触媒中に安全に貯蔵することができ、必要に応じて、貯蔵された水素を取り出すことができる。また、水素を取り出す際にも大きなエネルギーを要しない。
【0018】
このようにして得られた水素は、再生可能エネルギーとして極めて有用であり、燃焼させて熱エネルギーとして利用してもCO2を排出しない。
【0019】
従って、本開示の水素の製造方法により得られる水素は、製造から使用までの全工程においてCO2を排出しない「カーボンフリー」なエネルギーである。
そして、このようにして得られた水素は、例えば、燃料電池自動車等のエネルギー源として利用することができる。
【0020】
更に、前記水素の製造方法により得られる水素を窒素酸化物の還元剤として利用すれば、アンモニアを効率よく製造することができる。ここで、アンモニアは水素密度の大きな物質であり、温和な条件下で液化する。更に、アンモニアは、それ自体を燃料として利用する可能性が出てきた。アンモニアを燃料として利用できれば、アンモニアからエネルギーを取り出す際の燃料が不要になる。このため、アンモニアは水素エネルギーの大量輸送、及び貯蔵に好適であり、エネルギーキャリアとして極めて有用である。
【0021】
従って、前記水素の製造方法により得られる水素を利用して、上記の通り有用なアンモニアを製造すれば、CO2を排出することなく、水素を大量に、且つ安全に貯蔵することができ、必要に応じてエネルギーに変換することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】V/グラフェンの原子欠損構造を示す模式図である。
【
図2】V
1/グラフェンの1水素化原子欠損構造を示す模式図である。
【
図3】V
11/グラフェンの2水素化原子欠損構造を示す模式図である。
【
図4】V
111/グラフェンの3水素化原子欠損構造を示す模式図である。
【
図5】V
NCC/グラフェンの窒素置換原子欠損構造を示す模式図である。
【
図6】V
1/グラフェンの原子欠損部位における水素吸蔵反応と水素放出反応を示す模式図である。
【
図7】V
NCC/グラフェンの原子欠損部位における水素吸蔵反応と水素放出反応を示す模式図である。
【
図8】V
111/グラフェンの原子欠損部位における水素吸蔵反応と水素放出反応を示す模式図である。
【
図9】本開示の水素製造装置の概略構成の一例を示すフロー図である。
【
図10】メッシュ状触媒担持構造をもつ反応容器11の模式図である。
【
図11】本開示のアンモニア製造装置の概略構成の一例を示すフロー図である。
【
図12】実施例2で得られた触媒(2)の、n-ブタンとの反応前後での水素量変化を示す図である。
【
図13】実施例2で得られた触媒(2)の部位別の、アルカンとの反応前後での水素量変化を示す図である。
【
図14】実施例2で得られた触媒(2)の原子欠損部位における、アルカンとの反応前後での水素量変化を示す図である。
【
図15】密度汎関数理論に基づく電子状態計算法により求めた、V
1/グラフェンとn-オクタンとの反応経路及び活性障壁の評価結果を示す図である。
【
図16】密度汎関数理論に基づく電子状態計算法により求めた、V
NCC/グラフェンとn-オクタンとの反応経路及び活性障壁の評価結果を示す図である。
【
図17】
図16の(1)-aと(1)-b-2の間が多段階になっていることを示す図である。
【
図18】密度汎関数理論に基づく電子状態計算法により求めた、V
111/グラフェンとn-オクタンとの反応経路及び活性障壁の評価結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[アルカン脱水素触媒]
本開示のアルカン脱水素触媒は、原子欠損構造、1水素化原子欠損構造、2水素化原子欠損構造、3水素化原子欠損構造、及び窒素置換原子欠損構造から選択される少なくとも1種の構造(好ましくは、原子欠損部位を含む構造)を有するグラフェンを含む。そして、の一例アルカン脱水素触媒では、グラフェンの原子欠損構造、1水素化原子欠損構造、2水素化原子欠損構造、3水素化原子欠損構造、又は窒素置換原子欠損構造が活性点として作用する。
【0024】
通常の触媒は活性成分として金属を含むが、前記アルカン脱水素触媒が、原子欠損構造、1水素化原子欠損構造、2水素化原子欠損構造、3水素化原子欠損構造、及び窒素置換原子欠損構造から選択される少なくとも1種の構造を有するグラフェンを含有する場合、前記構造が活性点として作用するため、金属を含む必要がない。前記アルカン脱水素触媒は、金属を任意に含有していてもよいが、金属の含有量は、グラフェンの含有量の例えば1重量%以下であってもよく、0.1重量%以下であってもよく、0.01重量%以下であってもよく、実質的に含有しなくてもよい。
【0025】
前記アルカン脱水素触媒は、原子欠損構造、1水素化原子欠損構造、2水素化原子欠損構造、3水素化原子欠損構造、及び窒素置換原子欠損構造から選択される少なくとも1種の構造を有するグラフェンを含んでいれば良いが、用途に応じて選択して使用するのが、より一層優れた触媒効果(或いは、活性障壁の引き下げ効果)が得られる点で好ましい。
【0026】
例えば、アルカンからの水素吸蔵反応の活性障壁を引き下げることを主な目的とする場合には、少なくとも原子欠損構造を含有するグラフェンを触媒として使用することが好ましい。少なくとも原子欠損構造を含有するグラフェンは水素吸着力に特に優れるため、前記活性障壁の引き下げ効果に特に優れるからである。
【0027】
アルカンから水素原子を引き抜く反応の活性障壁を引き下げることを主な目的とする場合には、少なくとも窒素置換原子欠損構造を含有するグラフェンを触媒として使用することが好ましい。少なくとも窒素置換原子欠損構造を含有するグラフェンは、アルカンからの水素原子の引き抜き反応を多段階化して、各段階の活性障壁を引き下げる効果を有するからである。
【0028】
また、アルカンから水素の吸蔵-放出サイクルを繰り返し行うには、少なくとも2水素化原子欠損構造又は3水素化原子欠損構造を含有するグラフェンを触媒として使用することが好ましい。少なくとも2水素化原子欠損構造又は3水素化原子欠損構造を含有するグラフェンを触媒として使用すると、アルカンから1個の水素原子を取り出す際にはエネルギーを要するが、それ以降は、1個の水素原子が取り出されて不安定化したアルカンが自発的に分解し、水素を放出する。そのため、水素の吸蔵-放出反応の活性層壁を引き下げることができ、大きなエネルギーを要さずに前記サイクルを円滑に進行させることができるからである。
【0029】
前記アルカン脱水素触媒によれば、CO2を発生させることなく、アルカンの脱水素反応に伴う活性障壁を引き下げることができ、温和な条件下で効率よくアルカンから水素を取り出すことができる。また、アルカンから取り出した水素をアルカン脱水素触媒上に貯蔵することができ、必要に応じて貯蔵した水素を放出することができる。
【0030】
(原子欠損を有するグラフェン)
本開示における原子欠損を有するグラフェン(本明細書では、「V/グラフェン」と称する場合がある)は、sp
2炭素原子がハニカム格子状に結合された2次元原子膜であるグラフェンの特定箇所の炭素原子が1個欠損すること、すなわち、完全なハニカム構造では本来あるべき炭素原子の一つが失われること、により穴が形成された構造を有する(
図1参照)。
【0031】
そして、前記V/グラフェンは、原子欠損構造(本明細書では、「V構造」と称する場合がある)が活性点として作用する(詳細には、水素の吸蔵反応及び/又は放出反応の際の活性障壁を低下させる)。
【0032】
前記V/グラフェンは、グラフェンの原子膜100nm2あたり、例えば2~200個(なかでも50~150個、とりわけ70~120個)のV構造を有することが好ましい。V構造の存在が過少或いは過剰であると、本開示に係る発明の効果が得られにくくなる傾向がある。
【0033】
前記V/グラフェンの端部構造にはジグザグ型とアームチェア型の2種類があり、何れの構造を有していても良い。更に、前記V/グラフェンは、端部に置換基を1種又は2種以上有していても良い。前記置換基としては、例えば、水素原子、ハロゲン原子、C1-20アルキル基、酸素含有官能基等が挙げられる。
【0034】
前記V/グラフェンを構成するグラフェンとしては、なかでも、エピタキシャルグラフェンや、爆轟法により得られる煤(或いは、グラファイト)に含まれるグラフェン等の、大面積(例えば10nm2以上、好ましくは100nm2以上の大面積)を有する薄膜グラフェンが、熱に対する耐性が安定して向上すると同時に、触媒の単位重量当たりの触媒活性点を含む表面積が十分に大きくなる、若しくは比表面積が十分に大きくなる点で好ましい。
【0035】
(1,2,又は3水素化原子欠損を有するグラフェン)
本開示における1,2,又は3水素化原子欠損を有するグラフェンは、sp2炭素原子がハニカム格子状に結合された2次元原子膜であるグラフェンの特定箇所の炭素原子が1個欠損すること、すなわち、完全なハニカム構造では本来あるべき炭素原子の一つが失われること、により穴が形成されており、且つ穴を取り囲むsp2炭素原子に1~3個の水素原子が結合した構成を有する。
【0036】
より詳細には、前記1水素化原子欠損を有するグラフェン(本明細書では、「V
1/グラフェン」と称する場合がある)は、sp
2炭素原子がハニカム格子状に結合された2次元原子膜であるグラフェンの特定箇所の炭素原子が1個欠損すること、すなわち、完全なハニカム構造では本来あるべき炭素原子の一つが失われること、により穴が形成されており、且つ穴を取り囲むsp
2炭素原子の何れか1個に水素原子が結合した構造を有する(
図2参照)。
【0037】
本開示における2水素化原子欠損を有するグラフェン(本明細書では、「V
11/グラフェン」と称する場合がある)は、sp
2炭素原子がハニカム格子状に結合された2次元原子膜であるグラフェンの特定箇所の炭素原子が1個欠損すること、すなわち、完全なハニカム構造では本来あるべき炭素原子の一つが失われること、により穴が形成されており、且つ穴を取り囲むsp
2炭素原子の何れか2個に、それぞれ水素原子が1個ずつ結合した構造を有する(
図3参照)。
【0038】
本開示における3水素化原子欠損を有するグラフェン(本明細書では、「V
111/グラフェン」と称する場合がある)は、sp
2炭素原子がハニカム格子状に結合された2次元原子膜であるグラフェンの特定箇所の炭素原子が1個欠損すること、すなわち、完全なハニカム構造では本来あるべき炭素原子の一つが失われること、により穴が形成されており、且つ穴を取り囲むsp
2炭素原子の何れか3個に、それぞれ水素原子が1個ずつ結合した構造を有する(
図4参照)。
【0039】
そして、前記V1/グラフェンは、1水素化原子欠損構造(本明細書では、「V1構造」と称する場合がある)が活性点として作用する。
前記V11/グラフェンは、2水素化原子欠損構造(本明細書では、「V11構造」と称する場合がある)が活性点として作用する。
前記V111/グラフェンは、3水素化原子欠損構造(本明細書では、「V111構造」と称する場合がある)が活性点として作用する。
尚、「活性点として作用する」とは、水素の吸蔵反応及び/又は放出反応の際の活性障壁を低下させるよう作用するということである。
【0040】
前記1,2,又は3水素化原子欠損を有するグラフェンにおける、V1構造、V11構造、及びV111構造から選択される構造は、グラフェンの原子膜100nm2あたり、例えば2~200個(なかでも50~150個、とりわけ70~120個)存在することが好ましい。V1構造、V11構造、及びV111構造から選択される構造の存在が過少或いは過剰であると、本開示に係る発明の効果が得られにくくなる傾向がある。
【0041】
前記1,2,又は3水素化原子欠損を有するグラフェンの端部構造には、ジグザグ型とアームチェア型の2種類があり、何れでも良い。更に、前記1,2,又は3水素化原子欠損を有するグラフェンは、端部に置換基を1種又は2種以上有していても良い。前記置換基としては、例えば、水素原子、ハロゲン原子、C1-20アルキル基、酸素含有官能基等が挙げられる。
【0042】
前記1,2,又は3水素化原子欠損を有するグラフェンを構成するグラフェンとしては、エピタキシャルグラフェンや、爆轟法により得られる煤(或いは、グラファイト)に含まれるグラフェン等の、大面積(例えば10nm2以上、好ましくは100nm2以上の大面積)を有する薄膜グラフェンが、熱に対する耐性が安定して向上すると同時に、触媒の単位重量当たりの触媒活性点を含む表面積が十分に大きくなる、若しくは比表面積が十分に大きくなる点で好ましい。
【0043】
(窒素置換原子欠損を有するグラフェン)
本開示における窒素置換原子欠損を有するグラフェン(本明細書では、「V
N/グラフェン」と称する場合がある)は、sp
2炭素原子がハニカム格子状に結合された2次元原子膜であるグラフェンの特定箇所の炭素原子が1個欠損すること、すなわち、完全なハニカム構造では本来あるべき炭素原子の一つが失われること、により穴が形成されており、且つ穴を取り囲む12個のsp
2炭素原子の何れか1個、或いは穴の近傍に存在するsp
2炭素原子の何れか1個が、窒素原子に置換された構造(本明細書では、「V
N構造」と称する場合がある)を有する(
図5参照)。
【0044】
VN構造の局所的な窒素と炭素の配置は、例えば、ケトイミン構造、イミン構造、平坦性窒化炭素構造(=グラフィティック・カーボンナイトライド)等である。VN/グラフェンは、前記構造から選択される1種のVN構造を有していてもよいし、2種以上のVN構造を有していてもよい。
【0045】
前記VN/グラフェンにおける窒素原子の含有量は、VN/グラフェン全量の例えば100ppm~7重量%であり、なかでも、アルカンの脱水素反応に伴う活性障壁をより一層引き下げることができる点で、3~5重量%が好ましい。VN構造の存在が過少或いは過剰であると、本開示に係る発明の効果が得られにくくなる傾向がある。
【0046】
そして、前記VN/グラフェンは、窒素置換原子欠損構造(本明細書では、「VNCC構造」と称する場合がある)が活性点として作用する(詳細には、水素の吸蔵反応及び/又は放出反応の際の活性障壁を低下させる)。
【0047】
前記VN/グラフェンは、グラフェンの原子膜100nm2あたり、例えば2~200個(なかでも50~150個、とりわけ70~120個)のVNCC構造を有することが好ましい。VNCC構造の存在が過少或いは過剰であると、本開示に係る発明の効果が得られにくくなる傾向がある。
【0048】
前記VN/グラフェンの端部構造には、ジグザグ型とアームチェア型の2種類があり、何れでも良い。更に、前記VN/グラフェンは、端部に置換基を1種又は2種以上有していても良い。前記置換基としては、例えば、水素原子、ハロゲン原子、C1-20アルキル基、酸素含有官能基等が挙げられる。
【0049】
前記VN/グラフェンを構成するグラフェンとしては、なかでも、エピタキシャルグラフェンや、爆轟法により得られたグラファイトから単離される薄膜グラフェン等の、大面積(例えば10nm2以上、好ましくは100nm2以上の大面積)を有する薄膜グラフェンが、熱に対する耐性が安定して向上すると同時に、触媒の単位重量当たりの触媒活性点を含む表面積が十分に大きくなる、若しくは比表面積が十分に大きくなる点で好ましい。
【0050】
[アルカン脱水素触媒の製造方法]
上記アルカン脱水素触媒は、原料グラフェンに高エネルギー粒子を衝突させる工程を経て、製造することができる。
【0051】
上記アルカン脱水素触媒は、下記工程を経て製造することが好ましい。
工程A:原料グラフェンを製造する
工程B:得られたグラフェンに高エネルギー粒子(電子やイオン等)を衝突させる
【0052】
(V/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒の製造方法)
V/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒は、例えば下記工程を経て製造することができる。
工程A:原料グラフェンを製造する
工程B:得られたグラフェンに高エネルギー粒子を衝突させて、原子欠損を有するグラフェン(=V/グラフェン)を得る
【0053】
工程Aは、原料グラフェン、すなわちアルカン脱水素触媒の原料となるグラフェン、を製造する工程である。原料グラフェンは、種々の方法で製造されたものを使用することができるが、なかでも、エピタキシャルグラフェン及び化学合成された単層ナノグラフェンから選択される少なくとも1種を使用することが、比表面積を大きくすることができ、それにより、気相または液相において、触媒の活性点とアルカンとが接触する面積を最大化することができる点で好ましい。
【0054】
その他、メタン等の炭化水素を、金属触媒の存在下で加熱するCVD法により得られるグラフェンを用いてもよい。
【0055】
更に、爆轟法により得られる薄膜グラフェン(詳細は、後に記す)は、その一部に窒素を含有する場合があるが、これも、V/グラフェンやV1/グラフェンの原料グラフェンとして使用することができる。
【0056】
エピタキシャルグラフェンは、例えば、SiC基板を熱分解する(例えば、2150℃程度の超高温で加熱する)ことにより、合成することができる。
【0057】
工程Bで使用する高エネルギー粒子としては、例えば、電子やイオン等が挙げられる。
【0058】
電子をグラフェンに衝突させる方法としては、電子線をグラフェンに直接照射する方法や、ガンマ線照射によるコンプトン効果を利用した内部電子照射方法を用いることができる。
【0059】
前記イオンとしては、不活性ガス(例えば、アルゴンガス、ネオンガス、ヘリウムガス、キセノンガス、クリプトンガス、窒素ガス等)をイオン化したものを使用することが好ましい。
【0060】
イオンをグラフェンに衝突させる方法としては、例えば、1000~2500℃程度に加熱した高融点遷移金属フィラメントと電気的に絶縁されたグリッド電極を有する真空容器内(真空度は、例えば0.1×10-5~1.5×10-5Pa)に、少量の不活性ガスを導入し、フィラメントとグリッド電極間に例えば0~500Vの電圧を印加して引き出した熱電子により不活性ガスをイオン化して、ターゲットであるグラフェンと電極の間に高電圧(例えば、0.02~4.0kV)を印加して高速でターゲットであるグラフェンの表面に衝突させて(イオンを衝突させる時間は、例えば1~60分)、グラフェンを構成する炭素原子を弾き出す方法(イオンスパッタリング法)等が挙げられる。
【0061】
高エネルギー粒子をグラフェンに衝突させることで、グラフェンの構造を基本的に維持したまま、グラフェン構造から任意の位置の炭素原子を叩き出して、原子欠損を形成することができる。
【0062】
(V1/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒の製造方法)
V1/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒は、例えば下記工程を経て製造することができる。
工程A:原料グラフェンを製造する
工程B:得られたグラフェンに高エネルギー粒子を衝突させて、原子欠損を有するグラフェン(=V/グラフェン)を得る
工程C:原子欠損を有するグラフェン(=V/グラフェン)を水素化して1水素化原子欠損を有するグラフェン(=V1/グラフェン)を得る
【0063】
工程A、BはV/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒の製造方法と同様の方法を採用することができる。
【0064】
工程CにおけるV/グラフェンの水素化は、例えば、V/グラフェンに水素ガス(分子状水素)を反応させることにより行うことができる。
【0065】
水素化時の水素分圧は、常温にて、例えば10-7~2気圧程度である。これによりグラフェンの原子欠損部位に水素原子が導入されて、V1/グラフェンが得られる。
【0066】
V1/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒は、下記工程を経て製造することもできる。
工程A:原料グラフェンを製造する
工程D:得られた原料グラフェンに水素イオンを衝突させて、原子欠損を形成すると共に水素化して、V1/グラフェンを得る
【0067】
工程AはV/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒の製造方法と同様の方法を採用することができる。
【0068】
工程Dにおける、原料グラフェンに水素イオンを衝突させる方法としては、1000~2500℃程度に加熱した高融点遷移金属フィラメントと分子状水素を接触させることにより生成した原子状水素を、原料グラフェンと反応させることにより行うことができる。
【0069】
(V11/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒の製造方法)
V11/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒は、例えば、原料グラフェンに水素イオンを衝突させて、原子欠損を形成すると共に水素化して、V11/グラフェンを得ることができる。その他、V/グラフェンやV1/グラフェンを水素化することでも製造することができる。
【0070】
(V111/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒の製造方法)
V111/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒は、例えば、原料グラフェンに水素イオンを衝突させて、原子欠損を形成すると共に水素化して、V111/グラフェンを得ることができる。その他、V/グラフェン、V1/グラフェン、或いはV11/グラフェンを水素化することでも製造することができる。
【0071】
(VN/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒の製造方法)
VN/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒は、例えば下記工程を経て製造することができる。
工程A:原料グラフェンを製造する
工程E:得られた原料グラフェンに窒素イオンを衝突させて、原子欠損を形成すると共に窒素化して、窒素置換原子欠損を有するグラフェン(=VN/グラフェン)を得る
【0072】
工程AはV/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒の製造方法と同様の方法を採用することができる。
【0073】
工程Eにおける、原料グラフェンに窒素イオンを衝突させる方法としては、例えば、窒素ビーム源をイオンスパッタリング装置のイオン源にして、さらに加速電圧を0.1~1MeV程度(好ましくは、0.18~0.22MeV)とし、窒素ビームを原料グラフェンに照射することにより欠損を形成すると同時に、窒素置換を行ってもよい。尚、前記窒素ビームの照射時或いは照射後に、原料グラフェンを窒素ガスに曝露してもよい。
【0074】
また、VN/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒は、下記工程を経て製造することもできる。
工程A’:窒素含有原料グラフェンを製造する
工程F:得られた窒素含有原料グラフェンに高エネルギー粒子を衝突させて、窒素置換原子欠損を有するグラフェン(=VN/グラフェン)を得る
【0075】
工程A’は、窒素含有原料グラフェンを製造する工程である。前記窒素含有原料グラフェンとしては、爆轟法により得られたグラフェン(より詳細には、爆轟法により得られる煤(若しくは、グラファイト)に含まれる薄膜グラフェン)やCVD合成グラフェンが、比表面積が大きく、それにより、気相または液相において、触媒の活性点とアルカンとが接触する面積が最大化する点で好ましい。
【0076】
爆轟法では、以下の工程を経てグラフェンを製造することができる。
[1]爆薬に電気雷管が装着されたものを爆轟用の耐圧性容器の内部に設置し、容器内において大気組成の常圧の気体と使用爆薬とが共存する状態で、容器を密閉する。容器は例えば鉄製で、容器の容積は例えば0.1~40m3である。爆薬としては、トリニトロトルエン(TNT)とシクロトリメチレントリニトロアミンすなわちヘキソーゲン(RDX)との混合物を使用することができる。TNTとRDXの質量比(TNT/RDX)は、例えば40/60~60/40の範囲である。
【0077】
[2]次に、電気雷管を起爆させ、容器内で爆薬を爆轟させる。爆轟の際、使用爆薬が部分的に不完全燃焼を起こして遊離した炭素を原料として、グラファイトが生成する。
【0078】
[3]次に、室温において24時間程度放置することにより放冷し、容器およびその内部を降温させる。この放冷の後、容器の内壁に付着している、不純物を含むグラファイト(=粗グラファイト)をヘラで掻き取る作業を行い、回収する。
【0079】
[4]次に、回収された粗グラファイトを精製処理に付して、精製グラファイトを得る。前記精製処理は、粗グラファイトを、洗浄液[水又は酸性の分散溶液(例えば、塩酸、硝酸、硫酸)にて撹拌洗浄した後、洗浄液から引き上げ、乾燥させる方法により行うことが好ましい。乾燥温度は、室温から1500℃の範囲にて適宜選択することができる。乾燥後は、更に、室温から1500℃の温度で、1分~5時間保持してアニーリングしてもよい。
【0080】
上記方法で得られた精製グラファイトは、複数のグラフェンがファンデルワールス力で結合したものであり、ここからグラフェンを単離することができる。グラフェンを単離する方法としては、例えば、酸化シリコン面上で剥離する方法や、機械的方法(ミリング法等)で裁断・剥離する等、周知慣用の方法を採用することができる。
【0081】
CVD合成グラフェンは、例えばメタン等の炭化水素とアンモニアとを、金属触媒の存在下で加熱する方法(CVD法)により製造することができる。
【0082】
工程Fは、グラフェンに代えて窒素含有原料グラフェンを使用する以外は、工程Bと同様の方法で行うことができる。
【0083】
前記窒素含有原料グラフェンにおける窒素含有量は、例えば1ppmから50重量%の範囲であり、なかでも1~10重量%の範囲であることが、得られるアルカン脱水素触媒の触媒効果が高まる点において好ましい。
【0084】
VN/グラフェンを含むアルカン脱水素触媒の原料としては、窒素含有原料グラフェン以外にも、例えば、ニトロ基、アミド基、オキシム構造、又はニトリル構造を有する原料グラフェン、前記基又は構造を有する原料ナノグラフェン、及び前記基又は構造を有する多環芳香族化合物を使用することができる。
【0085】
[水素の製造方法]
本開示の水素の製造方法は、上記アルカン脱水素触媒を使用してアルカンから水素を取り出す工程を含む。
【0086】
前記工程において、アルカンから取り出された水素は、アルカン脱水素触媒の原子欠損部位に吸蔵される。そして、吸蔵された水素は、必要に応じてアルカン脱水素触媒から放出させることができる。
【0087】
従って、前記水素の製造方法は、以下の工程を含むことが好ましい。
工程(1):アルカン脱水素触媒を使用してアルカンから水素を取り出し、貯蔵する工程(水素吸蔵工程)
工程(2):アルカン脱水素触媒から放出する工程(水素放出工程)
【0088】
前記アルカン(=原料アルカン)としては、例えば、炭素数3~25のアルカンを使用することができる。前記アルカンとしては、具体的には、n-プロパン、n-ブタン、イソブタン、n-ペンタン、n-ヘキサン、n-ヘプタン、n-オクタン、3-メチルヘプタン、n-ノナン、パラフィン等の直鎖状又は分岐鎖状アルカン;シクロプロパン、シクロペンタン、シクロヘキサン、シクロオクタン等のシクロアルカンなどが挙げられる。これらは1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて使用することができる。また、原料アルカンは、アルカン以外の成分を含んでいてもよい。
【0089】
前記アルカン脱水素触媒の使用量は、アルカン100重量部に対して、例えば0.0001~1重量部程度、好ましくは0.01~0.25重量部である。
【0090】
例えば、上記アルカン脱水素触媒としてV/グラフェン、V1/グラフェン、V11/グラフェン、又はVN/グラフェンを使用した場合、上記工程(1)(水素吸蔵工程)では、以下の反応が進行することで、前記触媒に多量の水素を吸蔵することが可能となる。
工程(1)-1:アルカンの水素原子部位がグラフェンの原子欠損部位に吸着して、アルカンから水素原子が2個取り出され、取り出された2個の水素原子は前記原子欠損部位に取り込まれる
工程(1)-2:原子欠損部位に取り込まれた水素原子は、前記部位からグラフェン上の他の部位に拡散して貯蔵される
【0091】
例えば、アルカン脱水素触媒としてV/グラフェンを使用した場合、工程(1)-1では、アルカンの水素原子部位がグラフェンのV構造の原子欠損部位に吸着し、原子欠損部位がアルカンの2個の水素原子を取り込む。これにより、原子欠損部位の構造は、原子欠損構造(V構造)から、2水素化原子欠損構造(V11構造)に変化する。
【0092】
生成した2水素化原子欠損構造(V11構造)の一部は、工程(1)-2にて、原子欠損部位に存在する2個の水素原子が、グラフェンの前記原子欠損部位から他の部位に表面拡散反応(マイグレーション)により移動し、移動先の炭素原子上に吸着する。その結果、原子欠損部位の構造は、2水素化原子欠損構造から原子欠損構造に戻る。
【0093】
また、生成した2水素化原子欠損構造(V11構造)の他の一部は、後述の、アルカン脱水素触媒としてV11/グラフェンを使用した場合と同様に変化する。
【0094】
例えば、アルカン脱水素触媒としてV
1/グラフェンを使用した場合、工程(1)-1では、アルカンの水素原子部位がグラフェンのV
1構造の原子欠損部位に吸着し、原子欠損部位がアルカンの2個の水素原子を取り込む。これにより、原子欠損部位の構造は、1水素化原子欠損構造(V
1構造)から、3水素化原子欠損構造(V
111構造)に変化する(
図6)。
【0095】
生成した3水素化原子欠損構造(V111構造)の一部は、その後、工程(1)-2にて、原子欠損部位に存在する3個の水素原子のうち2個の水素原子が、前記原子欠損部位から他の部位に表面拡散反応(マイグレーション)により移動し、移動先の炭素原子上に吸着する。その結果、原子欠損部位の構造は、3水素化原子欠損構造から、1水素化原子欠損構造に戻る。
【0096】
また、生成した3水素化原子欠損構造(V111構造)の他の一部は、後述の、アルカン脱水素触媒としてV111/グラフェンを使用した場合と同様に変化する。
【0097】
例えば、アルカン脱水素触媒としてV11/グラフェンを使用した場合、工程(1)-1では、アルカンの水素原子部位がグラフェンのV11構造の原子欠損部位に吸着し、原子欠損部位がアルカンの2個の水素原子を取り込む。これにより、原子欠損部位の構造は、2水素化原子欠損構造(V11構造)から、4水素化原子欠損構造(V211構造)に変化する。
【0098】
その後、工程(1)-2では、原子欠損部位に存在する2個の水素原子が、グラフェンの前記原子欠損部位から他の部位に表面拡散反応(マイグレーション)により移動し、移動先の炭素原子上に吸着する。その結果、原子欠損部位の構造は、4水素化原子欠損構造から2水素化原子欠損構造に戻る。
【0099】
例えば、アルカン脱水素触媒としてV
N/グラフェンを使用した場合、工程(1)-1では、アルカンの水素原子部位がグラフェンのV
NCC構造の原子欠損部位に吸着し、原子欠損部位がアルカンの2個の水素原子を取り込む。これにより、原子欠損部位の構造は、窒素置換原子欠損構造(V
NCC構造)から、2水素化窒素置換原子欠損構造(V
NCHCH構造)に変化する(
図7)。
【0100】
その後、工程(1)-2では、原子欠損部位に存在する2つの水素原子が、前記原子欠損部位から他の部位に表面拡散反応(マイグレーション)により移動し、移動先の炭素原子上に吸着する。その結果、原子欠損部位の構造は、2水素化窒素置換原子欠損構造から窒素置換原子欠損構造に戻る。
【0101】
上記の通り工程(1)-2にてグラフェンの原子欠損部位の構造が復活すると、再び上記工程(1)-1から、工程(1)-2の順に反応(=水素吸蔵反応)が進行する。そして、この水素吸蔵反応が連続して進行することにより、多量の水素原子をアルカンから取り出し、アルカン脱水素触媒に貯蔵することができる。
【0102】
貯蔵可能な水素原子量は、グラフェンの原子欠損1個あたり、例えば10個以上(例えば10~30個)、好ましくは20個以上(例えば20~30個)である。また、貯蔵可能な水素原子量は、V1/グラフェン(若しくは、VN/グラフェン)の1cm2あたり、例えば1.0×1016個以上(好ましくは1.0×1016~1.5×1016個)である。
【0103】
また、上記工程(1)において、アルカン脱水素触媒に吸蔵された水素原子は、工程(2)として、上記工程(1)-2から、工程(1)-1の順に反応を逆に進行させることにより、吸蔵する水素原子2つを融合して水素分子を形成し、これをアルカン脱水素触媒から放出することができる。
【0104】
例えば、上記アルカン脱水素触媒としてV1/グラフェンを使用した場合、水素原子を吸蔵してなる3水素化原子欠損において、前記原子欠損部に存在する3つの水素原子のうち2つの水素原子を融合させて水素分子を形成し、形成された水素分子を外に放出することができる。尚、水素分子放出後は1水素化原子欠損が復活するが、ここにマイグレーションにより水素原子が移動してくると、再び、3水素化原子欠損が形成されて上記反応が進行する。そして、この反応が連続的に進行すると、多量の水素分子をアルカン脱水素触媒から放出することができる。
【0105】
上記アルカン脱水素触媒としてVN/グラフェンを使用した場合、水素原子を吸蔵してなる2水素化窒素置換原子欠損において、前記原子欠損部に存在する2つの水素原子を融合させて水素分子を形成し、形成された水素分子を外に放出することができる。尚、水素分子放出後は窒素置換原子欠損が復活するが、ここにマイグレーションにより水素原子が移動してくると、再び、2水素化窒素置換原子欠損が形成されて上記反応が進行する。そして、この反応が連続的に進行すると、多量の水素分子をアルカン脱水素触媒から放出することができる。
【0106】
上記アルカン脱水素触媒としてV/グラフェン、V
1/グラフェン、V
11/グラフェン、及びV
N/グラフェンから選択される少なくとも1種を使用して、アルカンから水素が取り出された結果、原料であるアルカンは分解され、中間体(孤立電子対を与える未結合手を有する化合物)を経て、小型アルカンとアルキンを生成する。例えば、下記式(P1)で表されるn-オクタンを原料として使用し、n-オクタンから点線で囲まれた部位の水素原子が2個取り出された結果、主に、下記式(P2)で表される中間体を経て、下記式(P3)で表されるn-ペンタンと下記式(P4)で表されるプロピンが生成する。
【化1】
【0107】
従って、上記アルカン脱水素触媒としてV
1/グラフェンを使用して、n-オクタンから水素を取り出す場合、工程(1)(水素吸蔵工程)では、以下の反応が進行して、n-ペンタンやプロピンと共に水素が得られる。そして、以下の反応式から明らかなように、当該工程ではCO
2は発生しない。
【化2】
【0108】
上記アルカン脱水素触媒としてV1/グラフェンを使用する場合は、原子欠損部位を有さないグラフェンを使用する場合に比べて、水素吸蔵反応の活性障壁は飛躍的に低下する。上記ΔE1は例えば3.1eV程度であり、上記ΔE2は例えば1.6eV程度である。
【0109】
上記アルカン脱水素触媒としてV1/グラフェンを使用する場合の、上記水素吸蔵反応は、例えば450~750℃程度加熱することにより進行させることができる。
【0110】
そして、上記アルカン脱水素触媒としてV
1/グラフェンを使用した場合、工程(2)(水素放出工程)において、以下の反応により、大きなエネルギーを要さず、アルカン脱水素触媒に貯蔵した水素を放出することができる。
【化3】
【0111】
上記ΔE3は例えば4.7eV程度である。上記水素放出反応は、例えば680~1200℃程度加熱することにより進行させることができる。
【0112】
また、上記アルカン脱水素触媒として、水素と高い親和性を有する窒素を含む、V
N/グラフェンを使用して、n-オクタンから水素を取り出す場合、工程(1)(水素吸蔵工程)では、以下の反応が進行して、反応生成物として、n-ペンタンやプロピンと共に水素が得られる。上記アルカン脱水素触媒としてV
N/グラフェンを使用する場合は、V
1/グラフェンを使用する場合に比べて、多段階となる。これにより、各段階の活性障壁がV
1/グラフェンを使用する場合に比べて、低下する。このため、V
1/グラフェンを使用する場合より温和な条件で反応を進行させることが可能となる。
【化4】
【0113】
上記アルカン脱水素触媒としてVN/グラフェンを使用した場合の上記ΔE1-1は例えば1.7eV程度、上記ΔE1-2は例えば1.7eV程度である。
【0114】
VN/グラフェンを使用した場合の上記水素吸蔵反応は、例えば300~500℃程度加熱することにより進行させることができる。
【0115】
一方、VN/グラフェンを使用した場合の水素放出反応に関する、下記ΔE3は例えば4.7eV程度である。そのため、例えば680~1200℃程度加熱することにより進行させることができる。
【0116】
【0117】
この際の反応圧力は、例えば100~1500kPa程度である。また、反応雰囲気は反応を阻害しない限り特に限定されず、例えば、空気雰囲気、窒素雰囲気、アルゴン雰囲気等の何れであってもよい。
【0118】
例えば、上記アルカン脱水素触媒としてV11/グラフェン及び/又はV111/グラフェンを使用した場合、上記工程(1)(水素吸蔵工程)では、以下の反応が進行することで、前記触媒に多量の水素を吸蔵することが可能となる。
【0119】
以下、上記アルカン脱水素触媒としてV111/グラフェンを使用した場合について詳細に説明する。上記アルカン脱水素触媒としてV11/グラフェンを使用した場合は、V11構造からV111構造に変化する以外は前記に準ずる。
【0120】
工程(1)-11:アルカンの水素原子部位がグラフェンのV111構造の原子欠損部位に吸着して、アルカンから水素原子が1個取り出され、取り出された水素原子は前記V111構造の原子欠損部位に取り込まれる。これにより、原子欠損部位の構造は、グラフェンの原子欠損部位は3水素化原子欠損構造(V111構造)から、4水素化原子欠損構造(V211構造)に変化する。
工程(1)-12:水素原子が1個取り出されたアルカンは自発的に分解し、中間体を経て、小型アルカンとアルキンを生成し、この際に水素原子を1個放出する。放出された水素原子は、グラフェンの前記原子欠陥部位以外の部位の炭素原子上に吸着し、貯蔵される。
工程(1)-13:原子欠損部位に存在する4つの水素原子のうち1つの水素原子が、前記原子欠損部位から他の部位に表面拡散反応(マイグレーション)により移動し、移動先の炭素原子上に吸着する。その結果、原子欠損部位の構造は、4水素化原子欠損構造から、3水素化原子欠損構造に戻る。
【0121】
こうしてグラフェンの3水素化原子欠損構造(V111構造)が復活すると、再び上記工程(1)-11から、工程(1)-12の順に反応(=水素吸蔵反応)が進行する。そして、この水素吸蔵反応が連続して進行することにより、多量の水素原子をアルカンから取り出し、アルカン脱水素触媒に貯蔵することができる。
【0122】
また、上記アルカン脱水素触媒としてV111/グラフェンを使用して、アルカンから水素を1個取り出すと、原料であるアルカンは不安定な中間体が生成する。このような不安定な中間体は自発的に分解して、小型アルカンと、1個の水素が取り出されたアルケンが生成し、1個の水素が取り出されたアルケンは更に1個の水素を放出してアルキンを生成する。
【0123】
例えば、下記式(P1)で表されるn-オクタンを原料として使用し、n-オクタンから点線で囲まれた部位の水素原子が1個取り出された結果、下記式(P2')で表される中間体が生成する。そして、下記式(P2')で表される中間体は自発的に分解して、主に、下記式(P3)で表されるn-ペンタンと、プロピレンから1個の水素が取り出されてなる下記式(P4')で表される中間体が生成する。そして、下記式(P4')で表される中間体は水素原子を1個放出して、下記式(P4)で表されるプロピンを生成する。
【化6】
【0124】
従って、上記アルカン脱水素触媒としてV
111/グラフェンを使用して、n-オクタンから水素を取り出す場合、工程(1)(水素吸蔵工程)では、以下の反応が進行して、n-ペンタンやプロピンと共に水素が得られる。そして、以下の反応式から明らかなように、当該工程ではCO
2は発生しない。
【化7】
【0125】
上記アルカン脱水素触媒としてV111/グラフェンを使用した場合、原子欠損部位を有さないグラフェンを触媒として使用した場合に比べて、水素吸蔵反応の活性障壁は飛躍的に低下する。上記ΔE11は例えば4.0eV程度、上記ΔE12は例えば3.3eV程度である。
【0126】
上記アルカン脱水素触媒としてV111/グラフェンを使用した場合の、上記水素吸蔵反応は、例えば570~950℃程度加熱することにより進行させることができる。
【0127】
そして、上記アルカン脱水素触媒としてV
111/グラフェンを使用した場合、工程(2)(水素放出工程)では、以下の反応により、大きなエネルギーを要さず、アルカン脱水素触媒に貯蔵した水素を放出することができる。
【化8】
【0128】
工程(2)-1:グラフェンのV211構造の原子欠損部位に、グラフェンの原子欠損部位以外の部位からマイグレーションにより水素原子が移動してくる。そうすると、原子欠損部位の構造は、V211構造からV221構造(5水素化原子欠陥構造)へ変化する。
工程(2)-2:グラフェンの原子欠損部に存在する5個の水素原子のうち2個の水素原子を融合させて水素分子を形成し、形成された水素分子を外に放出する。
【0129】
原子欠損部位の構造は、水素分子放出後V111構造に戻るが、このV111構造の原子欠損部位に、マイグレーションにより水素原子が移動してくると、原子欠損部位の構造は、V111構造からV211構造に変化し、上記放出反応が再び進行する。そして、この反応が連続的に進行すると、多量の水素分子をアルカン脱水素触媒から放出することができる。
【0130】
上記ΔE13は例えば1.1eV程度、上記ΔE14は例えば1.3eV程度である。上記水素放出反応は、例えば270~480℃程度加熱することにより進行させることができる。
【0131】
尚、水素分子放出後のV
111/グラフェンからは、以下の反応により、更に水素原子を外に放出することもできるが、下記反応の活性障壁(下記ΔE15)は4.7eV程度であり、680~1200℃程度の加熱を要する。
【化9】
【0132】
そのため、上記V111-V211-V221-V111のサイクルでアルカンから水素を取り出し、吸蔵し、放出することが、小さなエネルギーにより、効率よく水素を製造し、貯蔵し、放出することができる点で好ましい。
【0133】
上記水素吸蔵反応の反応圧力は、例えば1~1500kPa程度である。また、反応雰囲気は反応を阻害しない限り特に限定されず、例えば、空気雰囲気、窒素雰囲気、アルゴン雰囲気等の何れであってもよい。
【0134】
また、V
111/グラフェンは、下記式に示す通り、別のV
111/グラフェンからの脱水素反応を促進する触媒としても機能する。この脱水素反応によっても、水素を生成する。
【化10】
【0135】
V
111/グラフェンは、更に、下記分解反応(=脱水素反応)が進行することでも、水素を生成する。
【化11】
【0136】
以上より、本開示のアルカン脱水素触媒を使用すれば、適切にエネルギーを付与することで、水素をアルカンから取り出すことができ、取り出した水素を放出することができる。
【0137】
そして、上記アルカン脱水素触媒は、原子欠損部位が経時で修復されることで触媒効果が低下する場合があるが、このような場合には、再度、イオンを衝突させて原子欠損を形成することにより賦活化することができる。従って、触媒を繰り返し使用することができ、経済的である。
【0138】
本開示の水素の製造方法では、反応生成物として、n-ペンタンやプロピン等の、原料アルカンの分解物と共に水素が得られる。そして、反応生成物を周知慣用の方法で分離することにより、再生可能エネルギーとして有用な水素が得られる。
【0139】
このようにして得られる水素は、エネルギーとして使用する段階においてCO2を発生させることがないだけでなく、水素の製造段階においても、CO2発生させることがない。そのため、本開示の水素の製造方法により得られる水素は、製造から使用までの全工程でCO2を排出しない「カーボンフリー」なエネルギーである。
【0140】
また、上記アルカン脱水素触媒を使用して得た水素は、窒素酸化物等の還元のための還元剤として用いることができる。そして、上記アルカン脱水素触媒を使用して窒素酸化物等を還元すれば、アンモニアを製造することができ、アンモニアの製造段階においても、CO2を発生させることがない。
【0141】
[水素製造装置]
本開示の水素製造装置は、上記の水素の製造方法により水素を製造する手段(或いは、装置)を備える。前記手段或いは装置としては、例えば、アルカン脱水素触媒とアルカンとを反応させる反応容器、加熱手段(或いは、加熱装置)、生成物から水素とアルカンの分解物とを分離する手段(或いは、分離装置)、分離した水素を放出する放出手段等が挙げられる。
【0142】
前記装置を使用すれば、n-ペンタンやプロパン等のアルカンを原料として、CO2を発生させることなく、低エネルギーで、水素を効率よく製造することができる。また、必要に応じて、水素を放出することができる。そのため、前記水素製造装置は、水素を燃料として用いる燃料電池に水素を供給する装置として使用することができ、前記燃料電池は、例えば、燃料電池自動車等の動力源として利用することができる。
【0143】
前記水素製造装置の一例を
図9に示す。この水素製造装置は、アルカン脱水素触媒2を担持する基板部材30を保持部材31により固定した反応容器1と、原料のアルカンを貯蔵したアルカン貯蔵タンク3と、反応容器昇温装置4aと、アルカン圧力制御装置5aと、水素放出圧力制御装置5bと、アルカン・アルキン放出圧力制御装置5cと、低級アルカン放出圧力制御装置5dと、気体分離装置6と、気体分離装置昇温装置4bと、気体分離装置冷却装置7と、水素貯蔵タンク8と、アルケン・アルキン貯蔵タンク9と、低級アルカン貯蔵タンク10を備えている。さらに、この水素製造装置は、制御装置100を備えている。
【0144】
反応容器1には、アルカン供給口20aと、緊急放出口20bと、製造ガス放出口20cが設けられている。
【0145】
アルカン供給口20aは、第一アルカン供給配管部材を介して、アルカン供給弁VLaと接続される。そして、アルカン供給弁VLaは、第二アルカン供給配管部材を介してアルカン貯蔵タンク3に接続される。制御装置100による制御に従って動作するアルカン圧力制御装置5aは、アルカン供給弁VLaを制御し、アルカン貯蔵タンク3から反応容器1へのアルカン供給量を調整する。
【0146】
緊急放出口20bは、第一緊急放出配管部材を介して、緊急放出弁VLbと接続される。ここで、緊急放出弁VLbは通常動作時は閉じている。圧力計PGによる反応容器1内の圧力の計測結果が予め定められた値を超えると、開放状態となる。そして、緊急放出弁VLbを経由した気体が、第二緊急放出配管部材を介して、外部に放出される。
【0147】
製造ガス放出口20cは、製造ガス配管部材を介して気体分離装置6に接続される。
【0148】
気体分離装置6には、製造ガス放出口20cを接続する導入口と、水素放出口21aと、アルケン・アルキン放出口21bと、低級アルカン放出口21cが設けられている。
【0149】
水素放出口21aは、第一水素放出配管部材を介して、第一水素放出弁VLcと接続される。そして、第一水素放出弁VLcは、第二水素放出配管部材を介して、水素貯蔵タンク8に接続される。制御装置100による制御に従って動作する水素放出圧力制御装置5bは、製造された水素の放出圧力を制御することで、気体分離装置6から水素貯蔵タンク8への水素供給量を調整する。
【0150】
アルケン・アルキン放出口21bは、第一アルケン・アルキン放出配管部材を介して、アルケン・アルキン放出弁VLdと接続される。そしてアルケン・アルキン放出弁VLdは、第二アルケン・アルキン放出配管部材を介して、アルカン・アルキン貯蔵タンク9に接続される。制御装置100による制御に従って動作するアルケン・アルキン圧力制御装置5cは、製造されたアルケン及び/又はアルキンの放出圧力を制御することで、気体分離装置6からアルカン・アルキン貯蔵タンク9へのアルカン及び/又はアルキンの供給量を調整する。
【0151】
低級アルカン放出口21cは、第一低級アルカン放出配管部材を介して、低級アルカン放出弁VLeと接続される。そして低級アルカン放出弁VLeは、第二低級アルカン放出配管部材を介して、低級アルカン貯蔵タンク10に接続される。制御装置100による制御に従って動作する低級アルカン圧力制御装置5dは、製造された低級アルカンの放出圧力を制御することで、気体分離装置6から低級アルカン貯蔵タンク10への低級アルカンの供給量を調整する。
【0152】
反応容器1は、基板部材30が収納された状態で密閉されている。そして、粉末状に調整されたアルカン脱水素触媒2は、基板部材30、またはメッシュ状触媒担持構造の表面に、活性の低い金属、グラファイト、アルミナ等の担体を用いて固定される。
【0153】
なお、製造ガス中に水素が含まれることを確認するために、質量分析装置を設けてもよい。質量分析装置は、例えば、反応容器1から仕切弁にて切り離すことができる別室に設置することができる。また、前記別室へは、耐熱性の膜又は管(例えば、パラジウム膜やパラジウム管等)を介して製造ガスを導くことができる。
【0154】
気体分離装置6は、製造ガス放出口20cを通して反応容器1において製造された製造ガスを導入すると、気体分離膜により気体を水素、アルケン及び/又はアルキンの混合ガス、及び低級アルカンに分離する。分離されたそれぞれの気体は、水素は水素放出口21aから、アルケン及び/又はアルキンの混合ガスはアルケン・アルキン放出口21bから、低級アルカンは低級アルカン放出口21cから、放出される。ここで、気体分離装置6内部の温度は、制御装置100を通じて制御されている気体分離装置昇温装置4bと気体分離装置冷却装置7によって制御される。
【0155】
気体分離膜としては、多孔質若しくは非多孔質の、ポリイミド等の高分子膜、シリカ膜、ゼオライト膜、又は炭素膜等を、1種を単独で又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0156】
反応容器1は、原料のアルカンと触媒との接触面積を増大させる目的で、メッシュ状触媒担持構造をもつ反応容器11に置き換えることができる。
【0157】
メッシュ状触媒担持構造をもつ反応容器11の一例を
図10に示す。反応容器11には、昇温装置4cと、圧力制御装置5eとが、放出口20dが附属している。
【0158】
反応容器11は、反応容器1と同様に、アルカン供給口20aと、製造ガス放出口20cが接続される。アルカン供給口20aは、さらに第一アルカン供給配管部材を介して、アルカン供給弁VLaと接続される。製造ガス放出口20cは、さらに製造ガス配管部材を介して気体分離装置6に接続される。
【0159】
前記水素製造装置によれば、反応容器1又は反応容器11の内部の温度を300~750℃程度に上昇させることで、アルカンを原料としてアルカン脱水素触媒に水素を貯蔵すると同時にアルケン及び/又はアルケンと低級アルカンを製造することができる。そして、反応容器1又は反応容器11の内部の温度を650~1200℃程度に温度を上昇させることで、貯蔵させた水素をルカン脱水素触媒から放出させることができる。この際の反応圧力は、例えば1~1500kPa程度である。放出された水素は、製造ガス放出口20cから放出され、気体分離装置6により、低級アルカン、アルケン、及びアルキンから分離されて、水素貯蔵タンク8に貯蔵される。
【0160】
上記構成を有する水素製造装置を利用することにより、CO2を発生させずに水素を製造することができ、また安全に水素を貯蔵して必用なときに取り出すことができる。
【0161】
[アンモニアの製造方法、及びアンモニアの製造装置]
本開示の水素製造方法によりCO2を発生せずに得られた水素(或いは、本開示の水素製造装置を用いて、CO2を発生せずに得られた水素)は、例えば還元剤として好適に使用することができる。そして、前記水素を窒素酸化物 NOx(NO、NO2等)の還元剤として使用すれば、CO2を発生することなくアンモニアを製造することができる。
【0162】
本開示のアンモニア製造装置は、前記水素の製造方法によりアンモニアを製造する手段を備える。前記アンモニア製造装置の一例を
図11に示す。アンモニア製造装置は、水素放出口21aを備えた水素製造装置Aと、水素供給弁VLgと、水素バッファー12と、第二水素供給弁VLhと、NO
x供給装置13と、NO
x還元装置14と、アンモニア分離装置15と、第二排気浄化装置16と、アンモニア供給弁VLiと、アンモニア貯蔵タンク17を備えている。
【0163】
水素製造装置Aは、前記水素製造装置のうち、水素放出口21aを除く装置である。水素放出口21aは、第一水素放出配管部材を外した後に第三水素放出配管部材を接続しなおされ、第三水素放出配管部材を介して、第二水素放出弁VLgと接続される。さらに、第二水素放出弁VLgは、第四水素放出配管部材を介して、水素バッファー12に接続される。
【0164】
一方、NOx供給装置13は、不活性ガス(=NOxや水素との反応に不活性なガスであり、例えば、窒素ガス、ヘリウムガス、アルゴンガス等が挙げられる)とNOxの混合ガスを、NOx還元装置14に供給する装置であり、例えば、ボイラーの排気ガスや内燃機関の排気ガスから、前記混合ガスを選択的に取り出して、NOx還元装置14に供給することができる装置等を利用できる。
【0165】
水素バッファー12は、第一水素供給配管部材を介して、第二水素供給弁VLhと接続される。さらに第二水素供給弁VLhは、第二水素供給配管部材を介して、NOx還元装置14に接続される。
【0166】
NOx還元装置14は、NOxと水素との反応を活性するNOx還元触媒を担持した触媒担持基盤部材を備えていてもよい。NOx還元触媒としてはCu-ZSM-5、又はアルミナ、又はプラチナ等の白金族触媒を用いてもよい。水素製造装置Aから供給される水素を還元剤として用いた還元反応の結果、アンモニアを含んだ反応ガスが得られる。
【0167】
NOx還元装置14は、反応ガス放出部材を介して、アンモニア分離装置15に接続される。
【0168】
アンモニア分離装置15は、反応ガスに含まれるアンモニアを水や適切な吸着材料にトラップさせ、反応ガスに含まれる窒素ガスを分離する。窒素ガスは排気供給配管部材を介して、排気浄化装置16に送られて、微量な未反応のNOx等を浄化処理した後に、外部に放出する。
【0169】
水を用いてアンモニアをトラップした場合、アンモニアは水に溶解した状態でアンモニア貯蔵タンクに貯蔵される。そして、水を蒸発処理することでアンモニアを取り出すことができる。吸着材料にトラップした場合には、吸着材料を昇温するなどによりアンモニアを取り出して、アンモニア貯蔵タンクに貯蔵する。
【0170】
前記アンモニア製造装置を利用すれば、アルカン及びNOxを原料として供給することにより、CO2を発生させずにアンモニアを製造することができる。
【0171】
以上、本開示の各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であって、本開示の主旨から逸脱しない範囲において、適宜、構成の付加、省略、置換、及び変更が可能である。また、本開示は、実施形態によって限定されることはなく、特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。
【実施例】
【0172】
以下、実施例により本開示をより具体的に説明するが、本開示はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0173】
実施例1(アルカン脱水素触媒の製造)
(原料グラフェンの調製)
まず、爆薬に電気雷管が装着されたものを爆轟用の耐圧性容器(鉄製、容積:15m3)の内部に設置して容器を密閉した。爆薬としては、TNTとRDXとの混合物(TNT/RDX(質量比)=50/50)0.50kgを使用した。次に、電気雷管を起爆させ、容器内で爆薬を爆轟させた。次に、室温で24時間放置して、容器およびその内部を降温させた。この放冷の後、容器の内壁に付着している粗グラフェン(上記爆轟法で生成したグラフェンと不純物とを含む)を回収した。
【0174】
得られた粗グラフェンを一度水洗し、減圧乾燥に付した。その後、20%塩酸で加熱洗浄し、遠心分離して得られた沈降物を減圧乾燥に付し、更に800℃で180分間アニーリングして、精製グラフェンを得た。これを原料グラフェンとして使用した。
【0175】
得られた精製グラフェンをCS2中に分散させて、分散液を得た。次いで、得られた分散液を使用し、ドロップキャスト法により導電性を有する基板上に製膜して、薄膜グラフェンを得た。
【0176】
(スパッタリング処理)
次いで、真空容器中にアルゴンガスを入れ(2×10-3Pa)、イオン加速銃(イオン加速電圧:100eV)により加速されたアルゴンイオン(0.4μA)を30分間照射した。これにより、薄膜グラフェンの1nm2あたり1個程度の原子欠損構造を有するV/グラフェンを含む触媒(1)を得た。尚、原子欠損構造の導入量は、イオンによる欠損生成確率を100%とし、総イオン電流量から推定した。
【0177】
(水素の定量)
得られた触媒(1)中の水素量を、RBS/ERDA法により下記条件で測定したところ、9×1015atoms/cm2であった。
<測定条件>
インシデントイオン:ヘリウムイオン(1.8MeV)
リコイルイオン:水素イオン
ヘリウムイオンフィルタ物質:アルミニウム
インシデントビーム角度:75°
リコイル角度:30°
【0178】
実施例2(アルカン脱水素触媒の製造)
原料グラフェンとして、爆轟法により得られたグラフェンに代えて、SiC基板(商品名「SiC単結晶ウェハ」、新日鉄住金マテリアルズ(株)製)を2150℃で加熱することにより合成した多層エピタキシャルグラフェンを使用し、アルゴンイオンの照射時間を5分に変更した以外は実施例1と同様にして、V/グラフェンを含む触媒(2)を得た。触媒(2)に含まれる水素量は、1.2×1016atoms/cm2であった。
【0179】
実施例3(アルカン脱水素触媒の製造)
原料グラフェンとして実施例1と同じ精製グラフェンを使用し、原子欠損を作る位置を精製グラフェン中の窒素原子に隣接する炭素原子位置にしてスパッタリング処理を行う以外は実施例1と同様にして、VN/グラフェンとV/グラフェンを含む触媒(3)を得た。触媒(3)に含まれる水素量は、9×1015atoms/cm2であった。また、窒素含有量は、触媒(3)全量の4重量%であった。
【0180】
実施例4(水素の製造)
触媒として、実施例2で得られた触媒(2)5μgとブタン8gを、反応用器内に仕込んで、常圧下、室温で30分間反応させた。反応終了後、V
1/グラフェンとV
111/グラフェンを含む触媒を取り出し、RBS/ERDA法により水素量を測定した。
そして、ブタンを反応させたあとの触媒が有する水素量から、ブタンを反応させる前の触媒が有する水素量を差し引くことで水素製造量を算出した。結果を
図12~14に示す。
【0181】
図12~14より、ブタンから取り出された水素が触媒の原子欠損部位に吸蔵されていることがわかる。
【0182】
実施例5(水素の製造)
触媒として、触媒として、実施例4の反応終了後に得られたV
1/グラフェンを含む触媒(4)745gと、n-オクタン114gを反応させた場合について、密度汎関数理論に基づく電子状態計算法により、反応経路と活性障壁を算出した。結果を
図15に示す。
【0183】
また、n-オクタンをn-ペンタンとプロピンに分解する熱分解反応の活性障壁は5eVを下回らない。そのため、700~1500℃程度の高温で加熱する必要があった。しかし、
図15より、本開示のアルカン脱水素触媒を使用することにより活性障壁が3.1eVまで引き下げられ、450~700℃程度の温和な温度で反応が進行することがわかる。
【0184】
実施例6(水素の製造)
触媒として、実施例3で得られた触媒(3)を使用した以外は実施例5と同様に行った。結果を
図16、17に示す。
【0185】
図16、17より、n-オクタンをn-ペンタンとプロピンに分解する熱分解反応が、n-オクタンからC
8H
16を得る段階が多段階化することにより、各段階の活性障壁は更に小さくなり、より温和な温度で反応が進行することがわかる。
【0186】
実施例7(水素の製造)
触媒として、実施例4の反応終了後に得られたV
111/グラフェンを含む触媒(5)を使用した以外は実施例5と同様に行った。結果を
図18に示す。
【0187】
図18より、n-オクタンをn-ペンタンとプロピンに分解する熱分解反応が、n-オクタンからC
8H
17を経てn-ペンタンとプロピンを得る段階で、グラフェン面への水素吸着が発生することにより、水素拡散や水素脱離の活性障壁は更に小さくなり、より高い気相中水素分圧で反応が進行することがわかる。
【0188】
以上のまとめとして本開示の構成及びそのバリエーションを以下に付記する。
[1] 原子欠損構造、1水素化原子欠損構造、2水素化原子欠損構造、3水素化原子欠損構造、及び窒素置換原子欠損構造から選択される少なくとも1種の構造を有するグラフェン。
[2] 原子欠損構造、1水素化原子欠損構造、2水素化原子欠損構造、3水素化原子欠損構造、及び窒素置換原子欠損構造から選択される少なくとも1種の構造を、グラフェンの原子膜100nm2あたり2~200個有する、[1]に記載のグラフェン。
[3] アルカン脱水素触媒である、[1]又は[2]に記載のグラフェン。
[4] [1]又は[2]に記載のグラフェンのアルカン脱水素触媒としての使用。
[5] 原料グラフェンに高エネルギー粒子を衝突させる工程を経て、[1]~[3]の何れか1つに記載のグラフェンを得る、グラフェンの製造方法。
[6] 爆轟法により得られたグラフェンを原料グラフェンとして使用する、[5]に記載のグラフェンの製造方法。
[7] [1]又は[2]に記載のグラフェンを使用してアルカンから水素を取り出す工程を含む、水素の製造方法。
[8] アルカンから取り出した水素を、グラフェンの原子欠損部位に吸蔵する工程を伴う、[7]に記載の水素の製造方法。
[9] [7]又は[8]に記載の方法により水素を製造する、水素製造装置。
[10] 原子欠損構造、1水素化原子欠損構造、2水素化原子欠損構造、3水素化原子欠損構造、及び窒素置換原子欠損構造から選択される少なくとも1種の構造を有するグラフェンを含むアルカン脱水素触媒。
[11] 前記グラフェンが、原子欠損構造、1水素化原子欠損構造、2水素化原子欠損構造、3水素化原子欠損構造、及び窒素置換原子欠損構造から選択される少なくとも1種の構造を、グラフェンの原子膜100nm2あたり2~200個有する、[10]に記載のアルカン脱水素触媒。
[12] 原料グラフェンに高エネルギー粒子を衝突させる工程を経て、[10]又は[11]に記載のアルカン脱水素触媒を得る、アルカン脱水素触媒の製造方法。
[13] 爆轟法により得られたグラフェンを原料グラフェンとして使用する、[12]に記載のアルカン脱水素触媒の製造方法。
[14] [10]又は[11]に記載のアルカン脱水素触媒を使用してアルカンから水素を取り出す工程を含む、水素の製造方法。
[15] アルカンから取り出した水素を、グラフェンの原子欠損部位に吸蔵する工程を伴う、[14]に記載の水素の製造方法。
[16] [7]、[8]、[14]、及び[15]の何れか1つに記載の方法により水素を製造し、得られた水素を用いて、窒素酸化物を還元してアンモニアを得る、アンモニアの製造方法。
[17] [16]に記載の方法によりアンモニアを製造する、アンモニア製造装置。
【産業上の利用可能性】
【0189】
本開示のアルカン脱水素触媒によれば、CO2を排出することなく、且つ大きなエネルギーを要さず、アルカンから水素を取り出すことができる。そして、得られた水素は、再生可能エネルギーとして極めて有用であり、燃焼させて熱エネルギーとして利用してもCO2を排出しない。
【符号の説明】
【0190】
1 反応容器
2 アルカン脱水素触媒
3 アルカン貯蔵タンク
4a 反応容器昇温装置
4b 気体分離装置昇温装置
4c 昇温装置
5a アルカン圧力制御装置
5b 水素放出圧力制御装置
5c アルカン・アルキン放出圧力制御装置
5d 低級アルカン放出圧力制御装置
5e 圧力制御装置
6 気体分離装置
7 気体分離装置冷却装置
8 水素貯蔵タンク
9 アルケン・アルキン貯蔵タンク
10 低級アルカン貯蔵タンク
11 反応容器
12 水素バッファー
13 NOx供給装置
14 NOx還元装置
15 アンモニア分離装置
16 第二排気浄化装置
17 アンモニア貯蔵タンク
20a アルカン供給口
20b 緊急放出口
20c 製造ガス放出口
20d 放出口
21a 水素放出口
21b アルケン・アルキン放出口
21c 低級アルカン放出口
30 基板部材
31 保持部材
100 制御装置
VLa アルカン供給弁
VLb 緊急放出弁
VLd アルケン・アルキン放出弁
VLe 低級アルカン放出弁
PG 圧力計
A 水素製造装置
VLg 水素供給弁
VLh 第二水素供給弁
VLi アンモニア供給弁