(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-20
(45)【発行日】2025-01-06
(54)【発明の名称】残留応力低減方法及び残留応力低減装置
(51)【国際特許分類】
B23K 31/00 20060101AFI20241223BHJP
【FI】
B23K31/00 F
B23K31/00 B
(21)【出願番号】P 2021033671
(22)【出願日】2021-03-03
【審査請求日】2024-01-26
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【氏名又は名称】冨田 雅己
(72)【発明者】
【氏名】柴原 正和
(72)【発明者】
【氏名】生島 一樹
(72)【発明者】
【氏名】沖見 優衣
(72)【発明者】
【氏名】吉田 昇平
(72)【発明者】
【氏名】加藤 拓也
(72)【発明者】
【氏名】河尻 義貴
【審査官】山内 隆平
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-262214(JP,A)
【文献】特開2004-090091(JP,A)
【文献】特開2003-290921(JP,A)
【文献】特公昭55-28881(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張り残留応力を有する処理対象物の表面の一部に、-100℃以下の温度に冷却した少なくとも1つの金属部材の表面の一部を直接的に又は間接的に接触させ、前記処理対象物を局部的に冷却する冷却ステップと、
前記処理対象物を常温に戻すステップとを含み、
前記冷却ステップは、前記少なくとも1つの金属部材の表面のうち前記処理対象物と接触する部分を変えながら前記処理対象物の表面の一部を局部冷却するステップであ
り、前記少なくとも1つの金属部材の表面の第1部分を直接的又は間接的に接触させた接触部分に、前記少なくとも1つの金属部材の表面の第1部分とは異なる第2部分を接触させるステップを含み、
前記冷却ステップにおいて冷却する前の前記処理対象物の温度は、常温であることを特徴とする残留応力低減方法。
【請求項2】
前記金属部材の材料は、100W/(m・K)以上の熱伝導率を有する金属であり、かつ、2.0J/(K・cm
3)以上の単位体積あたりの熱容量(比熱×密度)を有する金属である請求項1に記載の残留応力低減方法。
【請求項3】
前記冷却ステップにおける冷却時間は0.1秒間以上1分間以下であり、
前記冷却ステップは、前記処理対象物の一部の温度を、前記処理対象物に引張りの塑性ひずみが生じる温度よりも低い温度にするステップである請求項1又は2に記載の残留応力低減方法。
【請求項4】
少なくとも1つの金属部材と、-100℃以下の液化ガスにより前記少なくとも1つの金属部材を冷却するように設けられた冷却構造と、前記少なくとも1つの金属部材の表面のうち処理対象物と接触する部分を変えながら前記少なくとも1つの金属部材を前記処理対象物の表面の一部に直接的に又は間接的に接触させる
ことにより常温の前記処理対象物を局所冷却するように設けられた接触構造とを備え
、
前記接触構造は、前記少なくとも1つの金属部材の表面の第1部分を直接的又は間接的に接触させた接触部分に、前記少なくとも1つの金属部材の表面の第1部分とは異なる第2部分を接触させるように設けられた残留応力低減装置。
【請求項5】
前記金属部材は、円柱形状又は円筒形状を有し、
前記接触構造は、前記金属部材を回転させるように設けられた構造であり、
前記金属部材は、処理対象物の表面の一部に前記金属部材の外周面の一部が直接的に又は間接的に接触するように設けられた請求項4に記載の残留応力低減装置。
【請求項6】
前記少なくとも1つの金属部材は、第1金属部材と第2金属部材とを含み、
前記接触構造は、第1及び第2金属部材を吊り下げ移動させるように設けられたレールと、吊り下げられた第1又は第2金属部材を落とし前記処理対象物の表面に接触させるように設けられた落とし構造とを有する請求項4に記載の残留応力低減装置。
【請求項7】
前記少なくとも1つの金属部材は、複数の粒状の金属部材を含み、
前記接触構造は、複数の粒状の金属部材を連続的に前記処理対象物に接触させるように設けられた請求項4に記載の残留応力低減装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、残留応力低減方法及び残留応力低減装置に関する。
【背景技術】
【0002】
大型鋼構造物の建造には溶接が必要不可欠である。しかし、溶接の施工に伴い、溶接部近傍には高い引張り残留応力が発生する。この残留応力が疲労き裂や応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking:SCC)の原因の一つとされており、残留応力と構造物の健全性は深く関係している。したがって、引張り残留応力を低減することは重要であるといえる。溶接残留応力を緩和する方法としては、ピーニング手法や溶接後熱処理(Post Weld Heat Treatment: PWHT)などが挙げられる。
また、管の外表面を高温にし、管の内表面を低温にすることにより形成した温度勾配により管溶接部の残留応力を緩和する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来の残留応力緩和方法では、初期コストや施行時間の点で問題となる場合があり、低コストかつ簡易的な施行方法の提案が期待されている。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、簡便な残留応力低減方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、引張り残留応力を有する処理対象物の表面の一部に、-100℃以下の温度に冷却した少なくとも1つの金属部材の表面の一部を直接的に又は間接的に接触させ、前記処理対象物を局部的に冷却する冷却ステップと、前記処理対象物を常温に戻すステップとを含み、前記冷却ステップは、前記少なくとも1つの金属部材の表面のうち前記処理対象物と接触する部分を変えながら前記処理対象物の表面の一部を局部冷却するステップであることを特徴とする残留応力低減方法を提供する。
【発明の効果】
【0006】
金属は熱伝導率が高く、単位体積あたりの熱容量(比熱×密度)が大きい。このため、-100℃以下の温度に冷却した少なくとも1つの金属部材の表面の一部を、処理対象物の表面の一部に直接的に又は間接的に接触させることのより、大きな熱エネルギーが処理対象物から金属部材へと移動することができる。また、金属部材の表面のうち処理対象物と接触する部分を変えることにより、さらに処理対象物の熱エネルギーを金属部材へと移動させることができる。このように接触部分を変えながら処理対象物を局部冷却することにより、処理対象物の一部を十分に低い温度まで急冷することできる。この急冷された処理対象物の一部(局部冷却部)は、熱収縮するため、局部冷却部とその他の部分との間に引張応力が発生する。この引張応力が降伏応力に達すると、処理対象物に引張りの塑性ひずみが発生する。処理対象物に引張りの塑性ひずみが生じた後、処理対象物の冷却をやめると、局部冷却部は常温へと戻っていく。この常温へと戻る過程において、局部冷却部は、熱膨張し引張応力は小さくなっていく。処理対象物に引張りの塑性ひずみが生じているため、常温よりも低い温度において引張応力がなくなる。そのため、引張応力がなくなったあとも局部冷却部が常温へと昇温することにより局部冷却部が熱膨張し、局部冷却部とその他の部分との間に圧縮応力が生じる。そして、常温に戻った処理対象物にこの圧縮応力が残留応力として残ることになる。
処理対象物が冷却前において有していた引張残留応力は、上述した冷却サイクルにより生じる圧縮残留応力により除去される又は相殺される。従って、本発明の残留応力低減方法により、処理対象物の引張残留応力を除去又は低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本発明の一実施形態の残留応力低減方法における処理対象物及び金属部材の概略斜視図である。
【
図2】
図1の破線A-Aにおける処理対象物及び金属部材の概略断面図である。
【
図3】本発明の一実施形態の残留応力低減装置の概略断面図である。
【
図4】冷却サイクルにより残留応力を低減するメカニズムの説明図である。
【
図5】本発明の一実施形態の残留応力低減装置の概略断面図である。
【
図6】本発明の一実施形態の残留応力低減装置の概略断面図である。
【
図8】
図7の破線B-Bにおける解析モデルの概略断面図である。
【
図13】
図12に示した残留応力低減装置の内部構造を示す分解立体図である。
【
図14】(a)はFEM解析モデルであり、(b)は金属部材を処理対象物に接触させる試験装置の写真であり、(c)は液体窒素を処理対象物に接触させる試験装置の写真である。
【
図15】処理対象物の温度変化を示すグラフである。
【
図16】処理対象物のX軸方向のひずみの変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の残留応力低減方法は、引張り残留応力を有する処理対象物の表面の一部に、-100℃以下の温度に冷却した少なくとも1つの金属部材の表面の一部を直接的に又は間接的に接触させ、前記処理対象物を局部的に冷却する冷却ステップと、前記処理対象物を常温に戻すステップとを含み、前記冷却ステップは、前記少なくとも1つの金属部材の表面のうち前記処理対象物と接触する部分を変えながら前記処理対象物の表面の一部を局部冷却するステップであることを特徴とする。
【0009】
前記金属部材の材料は、100W/(m・K)以上の熱伝導率を有する金属であり、かつ、2.0J/(K・cm3)以上の単位体積あたりの熱容量(比熱×密度)を有する金属であることが好ましい。このことにより、処理対象物を急速に局部冷却することができる。
前記冷却ステップにおける冷却時間は0.1秒間以上1分間以下であることが好ましく、前記冷却ステップは、処理対象物の一部の温度を、処理対象物に引張りの塑性ひずみが生じる温度よりも低い温度にするステップであることが好ましい。このことにより、処理対象物に圧縮残留応力を発生させることができ、処理前の処理対象物が有していた引張り残留応力を低減することができる。
【0010】
本発明は、少なくとも1つの金属部材と、-100℃以下の液化ガスにより前記少なくとも1つの金属部材を冷却するように設けられた冷却構造と、前記少なくとも1つの金属部材の表面のうち処理対象物と接触する部分を変えながら前記少なくとも1つの金属部材を前記処理対象物の表面の一部に直接的に又は間接的に接触させるように設けられた接触構造とを備える残留応力低減装置も提供する。
前記金属部材は、円柱形状又は円筒形状を有することが好ましく、前記接触構造は、前記金属部材を回転させるように設けられた構造であることが好ましく、前記金属部材は、処理対象物の表面の一部に前記金属部材の外周面の一部が直接的に又は間接的に接触するように設けられたことが好ましい。この金属部材を回転させることにより、金属部材の外周面を連続的に処理対象物に接触させることができ、処理対象物を急速に局部冷却することができる。
【0011】
前記少なくとも1つの金属部材は、第1金属部材と第2金属部材とを含むことが好ましく、前記接触構造は、第1及び第2金属部材を吊り下げ移動させるように設けられたレールと、吊り下げられた第1又は第2金属部材を落とし前記処理対象物の表面に接触させるように設けられた落とし構造とを有することが好ましい。第1金属部材を処理対象物に接触させた後、さらに第2金属部材を処理対象物に接触させることにより、処理対象物を急速に局部冷却することができる。
前記少なくとも1つの金属部材は、複数の粒状の金属部材を含むことが好ましく、前記接触構造は、複数の粒状の金属部材を連続的に前記処理対象物に接触させるように設けられたことが好ましい。このことにより、処理対象物を急速に局部冷却することができる。
【0012】
以下、複数の実施形態を参照して本発明をより詳細に説明する。図面や以下の記述中で示す構成は、例示であって、本発明の範囲は、図面や以下の記述中で示すものに限定されない。
【0013】
第1実施形態
図1は、本実施形態の残留応力低減方法における処理対象物及び金属部材の概略斜視図であり、
図2は
図1の破線A-Aにおける処理対象物及び金属部材の概略断面図であり、
図3は、本実施形態の残留応力低減装置の概略断面図である。
本実施形態の残留応力低減方法は、引張り残留応力を有する処理対象物2の表面の一部に、-100℃以下の温度に冷却した少なくとも1つの金属部材3の表面の一部を直接的に又は間接的に接触させ、処理対象物2を局部的に冷却する冷却ステップと、処理対象物2を常温に戻すステップとを含み、前記冷却ステップは、少なくとも1つの金属部材3の表面のうち処理対象物2と接触する部分を変えながら処理対象物2の表面の一部を局部冷却するステップであることを特徴とする。
また、残留応力低減方法は、液化ガス8により金属部材3の全体を-100℃以下に冷却するステップを含んでもよい。
【0014】
本実施形態の残留応力低減装置20は、少なくとも1つの金属部材3と、-100℃以下の液化ガスにより少なくとも1つの金属部材3を冷却するように設けられた冷却構造12と、少なくとも1つの金属部材3の表面のうち処理対象物2と接触する部分を変えながら少なくとも1つの金属部材3を処理対象物2の表面の一部に直接的に又は間接的に接触させるように設けられた接触構造17とを備える。
【0015】
残留応力低減方法は、溶接などにより生じた引張り残留応力を低減する方法である。
処理対象物2は、残留応力低減方法の処理対象であり、処理前において引張応力を有する。処理対象物2は、例えば、溶接部を有する金属部材、溶接部を有する金属構造物などである。また、冷却する前の処理対象物2の温度は、常温(0℃以上40℃以下)とすることができる。
冷却構造12は、-100℃以下の液化ガス8により金属部材3を冷却するように設けられた部分である。冷却構造12は、例えば、金属部材3を液化ガス8に浸漬するように設けられる。冷却構造12は、例えば、液化ガス容器9を備えることができる。この液化ガス容器9の液化ガス中に金属部材3を浸漬することにより、金属部材3を液化ガスとほぼ同じ温度まで冷却することができる。また、冷却構造12は、管状の金属部材3の管内に液化ガスを流すことにより金属部材3を冷却する構造であってもよい。
図3に示した残留応力低減装置20の冷却構造12は、底に開口を有する液化ガス容器9を備え、この開口に円柱形状又は円筒形状の金属部材3が、外周面を下側にして嵌合している。
液化ガスは、例えば、液体窒素、液体酸素、液体アルゴン又はこれらの混合物である。
【0016】
金属部材3は、-100℃以下に冷却された後、処理対象物2に直接的に又は間接的に接触させる金属部材である。
金属部材3の材料は、例えば、100W/(m・K)以上の熱伝導率を有する金属であり、かつ、2.0J/(K・cm3)以上の単位体積あたりの熱容量(比熱×密度)を有する金属である。このことにより、大きな熱エネルギーを処理対象物2から金属部材3へと移動させることができ、処理対象物2を局部的に急冷することができる。
例えば、金属部材3の材料は、純銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金などである。
【0017】
金属部材3は、1つの部材から構成されてもよく、複数の部材から構成されてもよい。「少なくとも1つの金属部材3の表面」とは、金属部材3が1つの部材から構成される場合その部材の表面をいい、金属部材3が複数の部材から構成される場合複数の部材すべての表面をいう。また、金属部材3の形状は、金属部材3の表面の一部を直接的に又は間接的に処理対象物2に接触させることができれば特に限定されない。
図1~
図3に例示した図面では、金属部材3は、円柱形状又は円筒形状を有する。
【0018】
図4は、冷却サイクルにより残留応力を低減するメカニズムの説明図である。
図4の横軸は処理対象物2の局部冷却部の温度であり、縦軸は処理対象物2の局部冷却部で生じる応力である。
図4の縦軸では、プラスの応力が引張応力であり、マイナスの応力が圧縮応力である。また、
図4において、αは、線膨張係数であり、Eはヤング率であり、βは拘束パラメータ(β<1)である。
金属部材3の全体を液化ガスなどにより-100℃以下に冷却した後、金属部材3の表面の一部を処理対象物2の一部に直接的に又は間接的に接触させる。例えば、
図1、
図2のように金属部材3を処理対象物2に接触させることができる。例えば、処理対象物2に金属部材3を直接接触させてもよく、処理対象物2に金属部材3を熱伝導グリースを介して接触させてもよい。熱伝導グリースを介在させる場合、熱伝導グリースも金属部材3と一緒に液化ガスにより冷却することができる。
【0019】
金属部材3を処理対象物2に局部的に接触させることにより、処理対象物2の接触部分の大きな熱エネルギーが処理対象物2から金属部材3へと移動することができる。このことにより、処理対象物2が局部的に急冷される。また、処理対象物2の急冷に伴い、金属部材3の温度も上昇するため、1回の接触では、処理対象物2を十分に低い温度まで冷却することは難しい。このため、本実施形態の方法では、金属部材3の表面のうち処理対象物2と接触する部分を変える。金属部材3の表面のうち新たに処理対象物2と接触する部分は十分に低い温度であるため、さらに処理対象物2の熱エネルギーを金属部材3へと移動させることができる。例えば、
図1、
図2に示した円柱形状又は円筒形状の金属部材3を位置を動かさずに所定の回転速度で回転させる。このことにより、金属部材3の表面のうち処理対象物2と接触する部分を連続的に変えることができ、処理対象物2の一部を十分に低い温度まで局部的に急冷することできる。
【0020】
この急冷された処理対象物2の一部(局部冷却部)は熱収縮するため、局部冷却部とその他の部分との間に引張応力が発生する。この引張応力が降伏応力に達すると、処理対象物に引張りの塑性ひずみが発生する。例えば、
図4のグラフのように、局部冷却部の温度が急速に低くなっていくと、引張応力が徐々に大きくなっていく。そして、局部冷却部の温度が降伏温度T1(引張応力が降伏応力に達した時の温度)より低くなると、引張応力はほぼ一定となり(σ
Y)局部冷却部に引張りの塑性ひずみが生じ、この塑性ひずみが徐々に大きくなっていく。処理対象物2から金属部材3を離し冷却をやめると、局部冷却部は常温へと戻っていく。この常温へと戻る過程において、
図4のグラフのように、局部冷却部は熱膨張し引張応力は小さくなっていく。引張りの塑性ひずみが生じているため、常温よりも低い温度において引張応力がなくなる。そのため、引張応力がなくなったあとも局部冷却部が常温へと昇温することにより局部冷却部は熱膨張し、局部冷却部とその他の部分との間に圧縮応力が生じる。この圧縮応力は、降伏応力に達するまで大きくなる。この降伏応力と同等の圧縮応力が残留応力として処理対象物2に残る。
また、圧縮応力が降伏応力に達する前に局部冷却部が常温へと戻った場合は、常温に戻るまでに生じた圧縮応力が残留応力として処理対象物2に残る。
このような温度サイクルで処理対象物2の局部的な急速な冷却と、常温への昇温とを行うことにより、処理対象物2に圧縮残留応力を発生させることができる。
【0021】
処理対象物2が冷却前において有していた引張残留応力は、上述した温度サイクルにより生じる圧縮残留応力により除去される又は相殺される。従って、本実施形態の残留応力低減方法により、処理対象物2の引張残留応力を除去又は低減することができる。
金属部材3による処理対象物2の冷却時間は、0.1秒間以上1分間以下とすることができ、好ましくは、0.5秒間以上30秒間以下とすることができる。このことにより、局部冷却部とその他の部分との間の温度差が大きくなり、局部冷却部をより低い温度まで冷却することができる。
金属部材3を処理対象物2に接触させることにより局部冷却部を、局部冷却部に引張りの塑性ひずみが生じる温度よりも低い温度にまるまで冷却することができる。このことにより、上述の温度サイクル後に局部冷却部に圧縮残留応力を発生させることができる。
【0022】
接触構造17は、金属部材3の表面のうち処理対象物2と接触する部分を変えながら金属部材3を処理対象物2の表面の一部に直接的に又は間接的に接触させるように設けられた構造である。
図3に例示した残留応力軽減装置20の接触構造17は、モーター5と、歯車6a、6bと、ベルト7とを含む回転構造4である。金属部材3は、円柱形状又は円筒形状を有し、金属部材3の外周面の一部が直接的に又は間接的に処理対象物2に接触させることができるように設けられている。
例えば、引張残留応力を有する処理対象物2に
図3に示した金属部材3の外周面を接触させることにより、処理対象物2の局部冷却を開始し、回転構造4を用いて金属部材3を回転させることにより金属部材3の外周面の接触部分を変える。そして、金属部材3の外周面を処理対象物2から離すことにより局部冷却を終了し、処理対象物2を常温に戻す。このような一連の操作により、処理対象物2の引張残留応力を除去又は軽減することができる。
【0023】
第2実施形態
図5は第2実施形態の残留応力軽減装置20の概略断面図である。第2実施形態の残留応力軽減装置20は、複数の金属部材3a~3cを含む。
図5には、冷却構造12を示していないが、冷却構造12として液化ガス容器9を備える。
接触構造17は、複数の金属部材3a~3cを吊り下げ移動させるように設けられたレール11と、吊り下げられた複数の金属部材3a~3cを落とし、処理対象物2の表面に接触させるように設けられた落とし構造10a~10cとを有する。落とし構造10a~10cは、金属部材3a~3cの重力を利用して金属部材3a~3cを落下させる構造である。落とし構造10a~10cは、自動で金属部材3a~3cを落とす構造であってもよく、手動で金属部材3a~3cを落とす構造であってもよい。
【0024】
まず、液化ガス容器9の液化ガス中に複数の金属部材3a~3cを浸漬し、複数の金属部材3a~3cの全体が-100℃以下になるまで十分に冷却する。引張残留応力を有する処理対象物2の上に配置したレール11に冷却した複数の金属部材3a~3cを取り付け、処理対象物2の冷却対象領域の直上に配置した金属部材3aを落とし冷却対象領域と接触させる。このことにより、処理対象物2の熱エネルギーを金属部材3aへと移動させることができる。所定の時間(例えば1秒間)が経過した後、金属部材3aを引き上げ、レール11を用いて金属部材3bが冷却対象領域の直上にくるように金属部材3a~3cを移動させる。そして、金属部材3bを落とし冷却対象領域と接触させ、処理対象物2の熱エネルギーを金属部材3bへと移動させる。所定の時間(例えば1秒間)が経過した後、金属部材3bを引き上げ、レール11を用いて金属部材3cが冷却対象領域の直上にくるように金属部材3a~3cを移動させる。そして、金属部材3cを落とし冷却対象領域と接触させ、処理対象物2の熱エネルギーを金属部材3cへと移動させる。このように、金属部材3a~3cを変えながら処理対象物2の冷却対象領域を冷却することにより、冷却対象領域の温度を、処理対象物2に引張りの塑性ひずみが生じる温度よりも低い温度まで急速に低下させることができる。また、金属部材3a~3cの数は、冷却対象領域の冷却温度や金属部材3a~3cの大きさなどに応じて適宜変更することができる。
その後、金属部材3cを処理対象物2から離すことにより局部冷却を終了し、処理対象物2を常温に戻す。このような一連の操作により、処理対象物2の引張残留応力を除去又は軽減することができる。
【0025】
その他の構成は第1実施形態と同様である。また、第1実施形態についての記載は矛盾がない限り第2実施形態についても当てはまる。
【0026】
第3実施形態
図6は第3実施形態の残留応力軽減装置20の概略断面図である。第3実施形態の残留応力軽減装置20は、複数の粒状の金属部材3を含む。
図6には、冷却構造12を示していないが、冷却構造12として液化ガス容器9を備える。
複数の粒状の金属部材3の粒径は、例えば、10μm以上10cm以下とすることができる。また、粒状の金属部材3の形状は球状であってもよい。
【0027】
接触構造17は、複数の粒状の金属部材3を輸送するように設けられたダクト16を有する。ダクト16は、入口と、出口と、管壁に設けられた開口とを有し、処理対象物2の冷却対象領域がこの開口を塞ぐようにダクト16と処理対象物2とが接続される。また、ダクト16は、ダクト16の内部を流れてきた粒状の金属部材3がこの開口において冷却対象領域に接触し、その後、ダクト16の下流に流れていくように設けられる。ダクト16内の金属部材3の輸送は、重力を利用してもよく、気体の流れを利用してもよい。例えば、ダクト16の出口から金属部材3を気体と共に吸引してもよい。ダクト16の材料は例えばプラスチックとすることができる。
【0028】
まず、液化ガス容器9の液化ガス中に複数の粒状の金属部材3を浸漬し、複数の粒状の金属部材3が-100℃以下になるまで十分に冷却する。引張残留応力を有する処理対象物2の冷却対象領域でダクト16の開口を塞ぐようにダクト16を処理対象物2に接続する。そして、十分に冷却した複数の粒状の金属部材3を入口からダクト16に流し込み、ダクト16内に複数の粒状の金属部材3を流す。管壁の開口に達した粒状の金属部材3は処理対象物2の冷却対象領域に接触し、処理対象物2の熱エネルギーが粒状の金属部材3へと移動する。熱エネルギーを受け取った金属部材3はダクト16の出口へと流れ、回収部(例えば、回収容器)により回収される。多数の粒状の金属部材3を連続的にダクト16に流すことにより、処理対象物2の冷却対象領域の熱エネルギーを連続して金属部材3へと移動させることができ、冷却対象領域の温度を、処理対象物2に引張りの塑性ひずみが生じる温度よりも低い温度まで急速に低下させることができる。
その後、ダクト16の入口への金属部材3の供給を止めることにより、局部冷却を終了し、処理対象物2を常温に戻す。このような一連の操作により、処理対象物2の引張残留応力を除去又は軽減することができる。
【0029】
その他の構成は第1又は第2実施形態と同様である。また、第1又は第2実施形態についての記載は矛盾がない限り第3実施形態についても当てはまる。
【0030】
FEM熱弾塑性解析
図7は、熱弾塑性解析の解析モデルであり、
図8は
図7の破線B-Bにおける解析モデルの概略断面図である。処理対象物2の材料を溶接構造用延鋼材SM490とし、処理対象物2の寸法を幅150mm、長さ300mm、厚さ15mmとした。また、電流400A、電圧30V、溶接速度20mm/secのアーク溶接を溶接部13に施す熱弾塑性解析を実施し、この解析の結果生じる残留応力を有する処理対象物2を解析モデルとして用いた。溶接部13は、処理対象物2の中央部の領域であり、処理対象物2の長さ方向に伸びる。
金属部材3の材料を純銅とし、金属部材3の寸法を幅40mm、長さ40mm、厚さ80mmとした。
【0031】
20℃の処理対象物2の上面の中央部(溶接部13)に、-196℃の金属部材3(液体窒素により冷却)の下面(40mm×40mm)を1秒間接触させ処理対象物2を冷却しその後処理対象物2を20℃に戻す解析を実施した(繰り返し回数:1回)。この解析では、処理対象物2の熱エネルギーが金属部材3へと移動し金属部材3の温度は上昇するため、処理対象物2の冷却効率は徐々に低下する。
また、20℃の処理対象物2の上面の中央部(溶接部13)に、-196℃の金属部材3の下面(40mm×40mm)を接触させ、金属部材3を連続的に-196℃の新たな金属部材3に取り換えながら(1秒間に∞回取り換える)処理対象物2を1秒間冷却しその後処理対象物2を20℃に戻す解析を実施した(繰り返し回数:∞回)。この解析では、金属部材3の温度は常に-196℃であり、処理対象物2を急速により低い温度に冷却することができる。
【0032】
図9~
図11は解析結果を示すグラフである。
図9~
図11の縦軸は、
図8に破線C-Cで示したZ方向における処理対象物2の位置座標である。この位置座標では、処理対象物2と金属部材3との接触面が0mmであり、処理対象物2の下面が-15mmである。
図9は温度分布であり、
図10は残留塑性ひずみ(溶接を施す解析を実施する前の処理対象物2からのひずみ)の分布であり、
図11は残留応力分布である。なお、
図11において、プラスの残留応力が引張残留応力であり、マイナスの残留応力が圧縮残留応力である。
図9の温度分布のように、繰り返し回数を1回とした解析では、処理対象物2の接触面を1秒間で約-70℃まで冷却することができた。繰り返し回数を∞回とした解析では処理対象物2の接触面を-196℃まで冷却することができた。
【0033】
図10の残留塑性ひずみの分布のように、冷却前の処理対象物2では溶接部13において約-0.002の残留塑性ひずみが生じていたが、繰り返し回数を1回とした解析では残留塑性ひずみが0に近づき、繰り返し回数を∞回とした解析では残留塑性ひずみがさらに0に近づいた。このように、金属部材3により処理対象物2を局部的に冷却することにより、溶接を施すことにより生じた塑性ひずみを小さくできることがわかった。
【0034】
図11の残留応力分布のように、冷却前の処理対象物2では、溶接により表面から内部の広範囲に亘り引張り残留応力が発生していたが、繰り返し回数を1回として金属部材3により処理対象物2を局部的に冷却した解析では、接触面において圧縮残留応力とすることができ、処理対象物2の内部においても引張残留応力を小さくすることができた。また、繰り返し回数を∞回として金属部材3により処理対象物2を局部的に冷却した解析では、処理対象物2の内部の引張残留応力をさらに小さくすることができた。
このように金属部材3により処理対象物2を局部的に冷却することにより、溶接により生じた引張残留応力を軽減することができることがわかった。
【0035】
残留応力低減装置作製実験
図3に示したような残留応力低減装置を作製した。
図12は、作製した残留応力低減装置の写真であり、
図13は残留応力低減装置の内部構造を示す分解立体図である。金属部材3の形状は円柱状であり、金属部材3の材料は純銅である。また、液化ガスは液体窒素である。作製した残留応力軽減装置により、液体窒素により冷却した円柱状の金属部材3をモーター5を用いて回転させることにより金属部材3の外周面のうち処理対象物2と接触する部分を変えながら処理対象物2の表面の一部を局部的に急速に冷却することができた。
【0036】
残留応力低減試験
図14(a)に示したような解析モデルを用いたFEM熱弾塑性解析を行った。処理対象物2の材料を溶接構造用延鋼材SM490とし、処理対象物2の寸法を幅200mm、長さ200mm、厚さ10mmとした。円柱状の金属部材3の材料を純銅とし、金属部材3の直径を30mmとし高さを20mmとした。20℃の処理対象物2の上面の中央部に、-196℃の金属部材3(液体窒素により冷却)の下面(直径30mm)を8秒間接触させ処理対象物2を局部冷却した際の処理対象物2の温度及びひずみを解析した。温度計測点及びひずみ計測点は
図14(a)に示している。
【0037】
常温の溶接構造用延鋼材SM490(幅200mm、長さ200mm、厚さ10mm)(処理対象物2)の上面の中央部に、液体窒素により十分に冷却した円柱状の純銅(直径30mm、高さ20mm)(金属部材3)の下面を接触させ処理対象物2を局部冷却した際の処理対象物2の温度及びひずみを測定した。温度計測点及びひずみ計測点は
図14(a)と同様の位置に設けた。
図14(b)は、測定装置の写真である。
【0038】
常温の溶接構造用延鋼材SM490(幅200mm、長さ200mm、厚さ10mm)(処理対象物2)の上面の中央部に、液体窒素を入れるための円筒15(内径30mm)を設置し、円筒内に注ぎ込んだ液体窒素により処理対象物2を局部冷却した際の処理対象物2の温度を測定した。処理対象物2と液体窒素の接触面から液体窒素の液面までの深さは20mmに保った。温度計測点は
図14(a)と同様の位置に設けた。
図14(c)は、測定装置の写真である。
【0039】
図15、
図16に解析結果及び測定結果を示す。
図15は、処理対象物2の温度変化を示すグラフである。
図15及び
図16では、金属部材3又は液体窒素を処理対象物2に接触させた時点を0秒としている。
図15のグラフのように、液体窒素を処理対象物2に1秒間接触させたとき測定温度はほとんど変化しなかったのに対し、純銅を処理対象物2に接触させたとき(実験)及びFEM解析では、純銅を処理対象物2に接触させると処理対象物2の温度は同じように低下していき、接触させてから1秒後に約-8℃に達した。
このように金属部材3を処理対象物2に接触させることにより、処理対象物2を局部的に急冷できることがわかった。また、液体窒素では処理対象物2を急冷することはできなかった。これは、液体窒素の熱容量が小さいため及び液体窒素と処理対象物2との間に窒素ガスが発生するためと考えられる。
【0040】
図16は、X軸方向のひずみの変化を示すグラフである。
図16のグラフのように、冷却した純銅を処理対象物2に接触させることにより処理対象物2に生じるひずみ(実験で測定されたひずみ)は、FEM解析と同じように変化することがわかった。
【符号の説明】
【0041】
2: 処理対象物 3、3a~3c:金属部材 4:回転構造 5:モーター 6a、6b:歯車 7:ベルト 8:液化ガス 9:液化ガス容器 10a~10c:落とし構造 11:レール 12:冷却構造 13:溶接部 15:液体窒素用円筒 16:ダクト 17:接触構造 20:残留応力低減装置