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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-20
(45)【発行日】2025-01-06
(54)【発明の名称】材料解析用コンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
   G06F 30/20 20200101AFI20241223BHJP
   G06F 30/10 20200101ALI20241223BHJP
   G01N 29/04 20060101ALI20241223BHJP
【FI】
G06F30/20
G06F30/10
G01N29/04
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021000657
(22)【出願日】2021-01-06
(65)【公開番号】P2022106013
(43)【公開日】2022-07-19
【審査請求日】2023-11-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ・令和2年1月28日配布の第27回超音波による非破壊評価シンポジウム講演論文集(講演番号1-5) ・第27回超音波による非破壊評価シンポジウムにおける令和2年1月28日の講演資料
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森永 武
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 智啓
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 昴
【審査官】三沢 岳志
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-085888(JP,A)
【文献】特開2006-284457(JP,A)
【文献】森永 武ほか,“超音波を用いた材料組織の均一性評価方法”,電気製鋼/大同特殊鋼技,2020年12月03日,第91巻, 第2号,pp.97-104
【文献】伊藤 智啓ほか,“有限要素法陽解法による結晶粒界散乱を考慮した超音波伝播解析”,材料とプロセス : 日本鉄鋼協会講演論文集 = Current advances in materials and processes : report of the ISIJ meeting,2004年09月01日,第17巻, 第5号,pp.938-941
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 30/20
G06F 30/10
G01N 29/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相互に異なる第一種組織と第二種組織を含む材料組織を模擬したモデルを作成し、前記材料組織に対する特性の解析を行う、材料解析方法であって、
設定領域内でランダムに選択した点を中心点として選択する初期選択工程を実施した後、
既に選択されている中心点から所定の制限範囲内で、新たな中心点をランダムに選択し、該中心点に所定の区画図形を配置して、前記区画図形に囲まれた領域を第一種組織として設定する、領域拡張工程を繰り返し、
前記領域拡張工程を繰り返す中で、ある回の領域拡張工程を完了した際に設定される第一種組織の総面積が、以前の領域拡張工程を完了した際に設定されていた前記第一種組織の総面積に対して、所定の閾値以下しか増加しない回が、既定の回数にわたって連続した場合には、前記設定領域内でランダムに選択した点を新たな中心点としたうえで、前記領域拡張工程の繰り返しを継続し、
前記第一種組織の総面積が既定値に達すると、前記領域拡張工程の繰り返しを終了して、最終的に第一種組織として設定されていない領域を、第二種組織として設定し、前記材料組織を模擬したモデルを得る、材料解析方法を、コンピュータに実行させる、材料解析用コンピュータプログラム
【請求項2】
前記区画図形は、一方向に沿って長い異方形状を有する、請求項1に記載の材料解析用コンピュータプログラム
【請求項3】
前記区画図形は、楕円である、請求項2に記載の材料解析用コンピュータプログラム
【請求項4】
前記領域拡張工程の各回において、前記区画図形の回転角をランダムに選択したうえで、前記区画図形を配置する、請求項2または請求項3に記載の材料解析用コンピュータプログラム
【請求項5】
前記領域拡張工程の各回において、前記区画図形の面積および形状の少なくとも一方を、予め設定された複数の候補からランダムに選択して、前記区画図形を配置する、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の材料解析用コンピュータプログラム
【請求項6】
前記特性の解析として、得られた前記モデルに対する超音波伝播解析を行う、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の材料解析用コンピュータプログラム
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、材料解析方法および材料解析用コンピュータプログラムに関し、さらに詳しくは、材料組織を模擬したモデルを作成し、材料組織の特性を解析するための方法およびコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
材料組織の状態を評価するために、超音波散乱等の現象を利用した検査が行われている。その検査において得られた結果を、材料組織の状態に対応づけるための解析が行われる。材料組織の均一性が高い場合には、材料組織全体として、均一な物性を設定して、解析を行えばよい。
【0003】
しかし、材料組織が不均一な空間分布を有しており、その不均一性が検査結果に反映される場合には、不均一性を考慮した解析を行うことが、検査結果を正確に解釈するうえで、重要となる。例えば、想定される材料組織をモデルとして再現したうえで、その再現したモデル組織に対して、検査工程を再現したシミュレーションを行うという手法が取られる場合がある。そして、シミュレーションの結果を、実際の検査において得られた結果と対比して、実際の材料組織の状態を推定することができる。
【0004】
検査工程を模したシミュレーションに用いることを目的として、不均一な空間分布を有する材料組織を再現したモデルを準備する方法の1つとして、不均一性の程度の異なる多数の試料に対して、顕微鏡観察等によって組織像を収集し、それらの組織像に対して、適宜画像処理を加えて、モデル像を作成するという方法を挙げることができる。他に、材料組織を模擬するモデル像を人工的に作成するという方法も用いられている。例えば、二次元空間にランダムに配置した点の周りに、ボロノイ分割を利用して、多数の結晶粒よりなる組織を模したモデル像を作成する、という方法が開発されている。また、そのような手法をさらに発展させた手法として、例えば、特許文献1に、設定領域内で複数の母点をランダムに配置し、それらの各点に対して二次元領域内で所定の写像関数により、複数の写像点を配置したうえで、ボロノイ分割を行うという手法が開示されている。このように、写像点を作成することで、平均結晶粒径および結晶粒径分布のばらつきの程度を任意に決定できる二次元モデルを生成することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-284457号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
不均一な材料組織を再現したモデル像を作成する手法として、上記のようなものが知られているが、実測によって得られた組織像に対して画像処理を施す手法を用いる場合には、実際の試料として作製するのが難しいような材料組織に対しては、モデル像を得ることができない。よって、多様な材料組織に対応するモデル像を揃えて、解析に用いることは難しい。
【0007】
一方、材料組織を模擬するモデル像を人工的に作成する手法を用いれば、多様な材料組織を準備して、解析や検討の対象とすることができる。しかし、人工的にモデル像を作成する場合にも、実際の材料中に存在する不均一な組織構造を忠実に再現すること、またその不均一性の程度を自在に変化させることは、困難である場合が多い。例えば、二次元空間に単にランダムに点を配置したうえで、ボロノイ分割を行う手法では、結晶組織の不均一な分布を、十分に形成することができない。不均一性を十分に再現するためには、再現すべき不均一性の形態に応じて、その不均一性をモデルに取り込むための演算等の処理を、適切に導入することが必要となる。特許文献1の手法の場合、写像関数を用いた写像点の作成が、そのような処理に対応し、写像点の作成を経ることで、具体的な写像関数の形に応じて、結晶粒径の不均一性を再現することが可能である。しかし、特許文献1に掲載されたモデルは、材料組織内の位置による結晶粒径の不均一な空間分布を再現したものとなっており、特許文献1の方法は、他の形態をとる材料組織の不均一性を再現するための手法としては、適切でない場合もある。例えば、異なる結晶相を含むことにより、異なる物性を示す複数種の組織が、空間的に混在している状況において、それら複数種の組織の不均一分布を再現したモデルを形成すること、さらにはその不均一性の程度を変更できるようにすることは、特許文献1に開示された手法では難しい。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、複数の組織が不均一に混在している状態を再現してモデル化し、材料の解析に用いることができる材料解析方法および材料解析用コンピュータプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明にかかる材料解析方法は、相互に異なる第一種組織と第二種組織を含む材料組織を模擬したモデルを作成し、前記材料組織に対する特性の解析を行う、材料解析方法であって、設定領域内でランダムに選択した点を中心点として選択する初期選択工程を実施した後、既に選択されている中心点から所定の制限範囲内で、新たな中心点をランダムに選択し、該中心点に所定の区画図形を配置して、前記区画図形に囲まれた領域を第一種組織として設定する、領域拡張工程を繰り返し、前記領域拡張工程を繰り返す中で、ある回の領域拡張工程を完了した際に設定される第一種組織の総面積が、以前の領域拡張工程を完了した際に設定されていた前記第一種組織の総面積に対して、所定の閾値以下しか増加しない回が、既定の回数にわたって連続した場合には、前記設定領域内でランダムに選択した点を新たな中心点としたうえで、前記領域拡張工程の繰り返しを継続し、前記第一種組織の総面積が既定値に達すると、前記領域拡張工程の繰り返しを終了して、最終的に第一種組織として設定されていない領域を、第二種組織として設定し、前記材料組織を模擬したモデルを得るものである。
【0010】
ここで、前記区画図形は、一方向に沿って長い異方形状を有するとよい。この場合に、前記区画図形は、楕円であるとよい。また、前記領域拡張工程の各回において、前記区画図形の回転角をランダムに選択したうえで、前記区画図形を配置するとよい。
【0011】
前記領域拡張工程の各回において、前記区画図形の面積および形状の少なくとも一方を、予め設定された複数の候補からランダムに選択して、前記区画図形を配置するとよい。また、前記特性の解析として、得られた前記モデルに対する超音波伝播解析を行うとよい。
【0012】
本発明にかかる材料解析用コンピュータプログラムは、前記材料解析方法をコンピュータに実行させるものである。
【発明の効果】
【0013】
上記発明にかかる材料解析方法および材料解析用コンピュータプログラムにおいては、初期選択工程の後、領域拡張工程において、設定領域内に設定した点を中心点として、所定の区画図形を配置して第一種組織として設定する操作を、既に選択されている中心点から所定の制限範囲内で、新たな中心点をランダムに選択しながら、繰り返す。これにより、第一種組織よりなる領域が不均一に集合した状態を、再現することができる。さらに、領域拡張工程を繰り返しても、第一種組織の総面積が所定の閾値以下しか増加しない状態が続く場合には、再度設定領域全体からランダムに中心点を選択しなおすことで、第一種組織が不均一に集合した領域が複数分布した状態を、再現することができる。このようにして第一種組織が占める領域を設定したうえで、第一種組織に占められていない領域を第二種組織とすることで、第一種組織と第二種組織が空間的に不均一に混在した状況を再現したモデルを得ることができる。この際、領域拡張工程において、既に設定されている中心点に対して、次の中心点を設定する範囲である制限範囲の大きさや、領域拡張工程を繰り返す際に、設定領域全体から中心点を選択しなおすか否かを判断するための既定の繰り返し回数等、モデル作成にかかるパラメータを変更することで、不均一性の程度を自在に変更することができる。
【0014】
ここで、区画図形が、楕円等、一方向に沿って長い異方形状を有する場合、さらにその区画図形の回転角をランダムに選択する場合、また、区画図形の面積および形状の少なくとも一方を、予め設定された複数の候補からランダムに選択する場合には、2つの結晶相が混在する材料組織等、異なる組織が不均一に混在した材料の状態を、忠実に再現しやすい。
【0015】
また、特性の解析として、得られたモデルに対する超音波伝播解析を行う場合には、超音波を用いた検査は、材料組織の分布の不均一性を敏感に反映する検査手法であり、モデルにて再現した組織に対して超音波伝播解析を行うことで、材料組織の不均一性と超音波の挙動との相関性に関する検討を、詳細に行うことができる。モデルを用いた超音波伝播解析の結果を、実際の超音波検査の結果と照らし合わせることで、実際の試料における組織の状態を、正確に推定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の一実施形態にかかる材料解析方法におけるモデル像の作成を説明するフロー図である。
図2】モデル像の作成工程を説明する模式図である。
図3】制限距離Lと得られるモデル像との関係を示す画像である。
図4】判定回数nと得られるモデル像との関係を示す画像である。
図5】実際の材料組織のSEM像と、得られたモデル像、超音波伝播解析の結果の対応関係を示す図である。(a)は組織の均一性が高い場合、(b)は組織が不均一である場合を示している。
図6】複数のモデル像を、不均一性評価値ごとにグループ化して示す図である。
図7】複数のモデル像に対して超音波伝播解析を行った結果を示す図であり、横軸に不均一性評価値を、縦軸に超音波の散乱強度を示している。
図8】複数の合金試料に対して、超音波検査と組織の不均一性の評価を行った結果を示している。各試料について、横軸に不均一性評価値を、縦軸に測定位置ごとの超音波の散乱強度の分布範囲を表示している。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態にかかる材料解析方法および材料解析用コンピュータプログラムについて説明する。本発明の実施形態にかかる材料解析方法は、複数の組織が混在した材料組織を再現するモデル像を作成したうえで、得られたモデル像を対象として、超音波伝播解析等、材料組織に対する特性の解析を行うものである。本発明の実施形態にかかる材料解析用コンピュータプログラムは、上記材料解析方法をコンピュータに実行させるものである。以下、本発明の一実施形態にかかる材料解析方法について、詳細に説明する。
【0018】
[モデル像の作成]
まず、本実施形態にかかる材料解析方法において、材料組織を再現したモデル像を作成する方法について説明する。図1に、モデル像を作成するための各工程を、フロー図にて示す。また、図2に、モデル像の作成における各工程を、模式的に示す。モデル像の作成は、コンピュータを用いた演算により、簡便に実行することができ、本発明の一実施形態にかかるプログラムを格納したコンピュータを用いればよい。
【0019】
以下では、相互に異なる第一種組織と第二種組織とが混在した材料組織を二次元的に再現するモデルを作成する場合を取り扱う。このように、2種の組織が空間的に不均一に混在した状況は、例えば、2つの結晶相を生成しうる金属材料において、1つの結晶相が集合した領域と、別の結晶相が集合した領域が混在して生成している場合に、観測される。
【0020】
(1)パラメータ設定
最初に、ステップS1において、モデル像の作成のための準備として、パラメータ設定を行う。ここでは、モデルを作成する設定領域Rを準備するとともに、モデル像の作成に用いる各種のパラメータを設定する。
【0021】
設定領域Rとしては、正方形または長方形の二次元のマトリクスを準備すればよい。マトリクスを構成する各要素(ピクセル)は、第一種組織または第二種組織が占める領域として、選択可能な状態にしておく。設定領域Rのサイズは、モデル像によって再現しようとしている材料組織において、第一種組織および第二種組織よりなる領域が、それぞれ、材料特性の解析を正確に行うのに十分な数だけ含まれるように、選択すればよい。以降、設定領域Rのx方向の要素数をh、y方向の要素数をwとする。
【0022】
モデル像の作成のために、設定しておくべき各種のパラメータとしては、以下のようなものが挙げられる。各パラメータの意味内容は、後でそれぞれ使用される段階で説明するが、ステップS1においては、各パラメータとして代入する数値を、それぞれ決定し、コンピュータのメモリに記憶させる。
【0023】
設定すべきパラメータは以下のとおりである。
・制限距離L(2L<h,2L<w)
・楕円長径a
・楕円短径b(b<a)
・面積変化閾値A
・閾値判定回数n
・目標面積S
【0024】
(2)初期選択工程
次に、繰り返し番号iを0としたうえで、ステップS2で、初期選択工程を実施する。初期選択工程においては、乱数を利用して、設定した設定領域R内の座標をランダムに選択し、最初の中心点C0を設定する。
【0025】
(3)領域拡張工程
ステップS2で初期選択工程を完了すると、次に、ステップS3~S9の領域拡張工程を、繰り返して実行する。領域拡張工程においては、順次、中心点Cを選択したうえで、その中心点Cに、所定の区画図形を配置する。
【0026】
領域選択工程においては、まず、繰り返し回数iを1回増加させたうえで(i+=1)、ステップS3において、区画図形を配置すべき中心点Cの座標を決定する。この際、中心点Cは、既に設定されている中心点Ci-1の近傍に設定される。つまり、中心点Ci-1を中心に、x方向およびy方向にそれぞれ±Lの領域に設定した正方形の範囲内で、新しい中心点Cの座標をランダムに設定する。中心点Cの設定においては、周期的境界条件を適用する。つまり、設定領域Rが、x方向およびy方向にそれぞれhおよびwの周期で連続している状態を想定する。そして、最初の中心点Ci-1が設定領域Rのいずれかの端縁に近い位置に存在するために、次に選択される中心点Cが、設定領域Rのその端縁を越えて外に出てしまう場合には、その端縁に対向する端縁から設定領域Rの内側に、その超えた分を配置する。
【0027】
次に、ステップS4で、配置すべき区画図形の形状と角度を決定する。ここでは、区画図形を楕円とする場合を例として扱い、ステップS4で、楕円の長径および短径および回転角度によって、その領域拡張工程で配置すべき楕円Eの具体的な形状と角度を決定する。つまり、楕円Eの長径として、aまたはa+1(単位は要素数;以下、特記しないかぎり、長さおよび面積を表す量について同じ)のいずれかを選択する。また、楕円Eの短径として、bまたはb+1を選択する。選択は、乱数を用いて、長径と短径で独立に、ランダムに行う。さらに、楕円Eの回転角を、0度から360度の範囲で、ランダムに選択する。
【0028】
次に、ステップS5において、中心点Cへの楕円Eの配置を行う。つまり、ステップS2で設定した中心点Cを中心(重心)として、ステップS4で選択した短径と長径を有する楕円Eを、ステップS4で決定した回転角で回転させて、配置する。そして、配置した楕円Eに囲まれた領域を、第一種組織が存在する領域として指定する。ステップS5での楕円Eの配置においても、周期的境界条件を適用する。
【0029】
ステップS5で楕円Eの配置が完了すると、ステップS6およびステップS7において、領域拡張工程の繰り返しを継続するか否かを判定する。まず、ステップS6において、その回(i回目)の領域拡張工程を完了した際に設定される第一種組織の総面積Tを算出する。つまり、その回までの全ての領域拡張工程を経て設定された第一種組織の面積の合計を算出する。この際、複数の区画図形(楕円)が重なって配置されている領域も、第一種組織の面積として、1回算入するのみとする。
【0030】
ステップS6では第一種組織の総面積Tに加えて、後のステップS8で利用するために、第一種組織の面積増加量ΔTも算出しておく。面積増加量ΔTは、その回の領域拡張工程を完了した際に設定される第一種組織の総面積Tが、1回前(i-1回目)の領域拡張工程を完了した際に設定されていた第一種領域の総面積Ti-1に対して、増加している量を示す。つまり、ΔT=T-Ti-1として、面積増加量ΔTを算出する。算出された総面積Tおよび面積増加量ΔTの値は、コンピュータのメモリに記憶しておく。
【0031】
ステップS7では、終了判定を行う。つまり、それまでに第一種組織として設定された領域の総面積Tが、予め設定しておいた目標面積Sに達しているか否かを判定する。もし、ステップS6で算出された第一種組織の総面積Tが目標面積Sに達していれば(T≧S;ステップS7でYes)、十分な面積の第一種組織が設定されたと判定して、領域拡張工程の繰り返しを終え、ステップS10に進む。ステップS10では、最終的に第一種組織として設定されていない領域を第二種組織としたうえで、設定領域Rの中に作成された組織の分布像を、モデル像として保存する。目標面積Sの値は、実際の材料に対する顕微鏡像等を参照して、モデル像によって再現したい材料組織における第一種組織の面積として、設定しておけばよい。
【0032】
一方、第一種組織の総面積Tが目標面積Sに達していない場合には(T<S;ステップS7でNo)、まだ十分な面積の第一種組織が設定できていないと判定する。そして、次のステップS8,S9において、条件に応じて中心点Cの再設定を行ったうえで、繰り返し回数iを1回増やして(i+=1)、ステップS3に回帰し、領域拡張工程の繰り返しを継続する。
【0033】
ステップS8においては、ステップS6で算出した面積増加量ΔTが、予め設定した面積変化閾値A以下であるか否かを判定する。ここで、面積増加量ΔTが面積変化閾値A以下であるという判定結果が得られた場合には(ΔT≦A)、メモリに記憶された過去の回の領域拡張工程で算出された面積増加量ΔT(ΔTi-1,ΔTi-2,…)の値を参照する。そして、面積増加量ΔTが面積変化閾値A以下(ΔT≦A)となる回が、予め設定しておいた閾値判定回数nにわたって連続しているかどうかを確認する。ΔT≦Aであった回がn回にわたって連続していた場合には(ステップS8でYes)、それ以上、領域拡張工程をそのまま繰り返しても、第一種組織の総面積が有効に増加しないと判断して、ステップS9に遷移し、中心点Cを再設定する。一方、n回の領域拡張工程にわたって、ΔT≦Aとなる状態が連続されなかった場合(ステップS8でNo)、つまり領域拡張工程の繰り返しによって、第一種組織の総面積が有効に増大していると判断できる場合には、ステップS9を省略して、すでに設定されている中心点Cをそのまま維持した状態で、i+=1として、ステップS3に回帰する。
【0034】
ここで、過去n回の領域拡張工程において、ΔT≦Aとなる状態が続いたということは、その回の領域拡張工程を完了した時点の第一種組織の総面積Tを、n回前の領域拡張工程を完了した時点での第一種組織の総面積Ti-nと比べた際の増加量ΔTnも、面積変化閾値A以下となっている(ΔTn=T-Ti-n;ΔTn≦A)。よって、ステップS6で1回ごとの面積増加量ΔTを算出し、ステップS8で過去n回分の面積増加量ΔTを参照する代わりに、簡単に、その回の総面積Tと、n回前の総面積Ti-nを比較するように構成してもよい。その場合には、n回前からの総面積の増加量ΔTnが、面積変化閾値A以下であれば、ステップS9に遷移して中心点Cの再設定を行う一方、その増加量ΔTnが面積変化閾値Aを超えていれば、ステップS9を省略して、i+=1としたうえで、ステップS3に回帰する。このように、領域拡張工程を繰り返す中で、ある回の領域拡張工程を完了した際に設定される第一種組織の総面積Tが、以前の領域拡張工程(m回前の領域拡張工程)を完了した際に設定されていた第一種組織の総面積に対して、面積変化閾値A以下しか増加しない回が、既定の繰り返し判定回数nにわたって連続するか否かを、ステップS8における判定条件とし、連続した場合にはステップS9を実行するようにすればよい。第一種組織の総面積を何回前の領域拡張工程と比較するかは特に限定されず、m≦nであれば、任意にm回前の領域拡張工程と比較するように構成できる。
【0035】
なお、mをどのように設定する場合についても、面積変化閾値Aは、ゼロとしてもよい。その場合には、1回前あるいはn回前の領域拡張工程完了時と比較して、第一種組織の総面積Tが増加しているか、あるいは変化していないかを、判定することになる。また、繰り返し判定回数nは、1としてもよく、その場合には、単純に、1回前の領域拡張工程からの面積増加量ΔTが、面積変化閾値A以下であるか否かを判定することになる。ステップS8の判定は、第一種組織として設定された領域の面積そのものに基づいて行っても、第一種組織として設定された領域と、第一種組織として設定されておらず、第二種組織となる領域との面積比に基づいて行ってもよい。
【0036】
ステップS9は、ステップS8で、第一種組織の総面積Tが有効に増加していないと判定された場合に実行されるステップであり、中心点Cを再設定するものである。ステップS8で、領域拡張工程をn回行っても、第一種組織の総面積Tが有効に増加していないという判定結果になったということは、その時点で楕円Eの配置による第一種組織の設定を行った中心点Cの近傍で、さらに次以降の中心点(Ci+1,Ci+2,…)を設定して楕円(Ei+1,Ei+2,…)の配置を継続しても、それ以上、第一種組織の総面積の有効な増大は、期待できないことを意味する。そこで、その時点で設定されている中心点Cとは離れた領域に、新しい中心点C図2ではC’として表示)を設定するための工程が、ステップS9である。具体的には、既に設定された中心点Cから±Lの範囲内ではなく、ステップS2で初期選択工程にて行ったのと同様に、再度、設定領域Rの全体から、ランダムに座標を選択して、新しい中心点Cを設定する。この際、既に第一種組織として選択されている領域と選択されていない領域を区別することなく、新しい中心点Cの設定を行う。
【0037】
このように、ステップS8で、第一種組織の総面積Tの増大の程度に応じて、既に設定されていた中心点Cをそのまま保持して(ステップS8でNo)、あるいは、新しく中心点Cを再設定したうえで(ステップS8でYes→ステップS9)、次の回(i+1回目)の領域拡張工程を開始する。つまり、繰り返し回数iを1回増加させて(i+=1)、ステップS3に回帰し、その時点で設定されている中心点Cからx方向およびy方向に±Lの範囲内で、次の中心点Ci+1を設定する。ステップS3での新しい中心点Ci+1の選択に際しては、選択される点が、それよりも前の回の領域拡張工程で第一種組織が占めると指定された領域の内側にあるか外側にあるかを、区別しない。このように新しい中心点Ci+1を所定の制限範囲の中でランダムに選択する手法は、酔歩またはランダムウォークとして知られているものである。
【0038】
ステップS3で新しい中心点Ci+1が選択されると、ステップS4において、楕円Ei+1を作成したうえで、ステップS5において、中心点Ci+1を中心として、楕円Ei+1を配置し、配置した楕円Ei+1に囲まれた領域を、第一種組織が存在する領域として指定する。この時、既に第一種組織として指定されている領域は、そのまま第一種組織として指定された状態としておく一方、第一種組織として指定されていなかった領域のうち、楕円Ei+1に囲まれた領域を、新たに第一種組織として追加して指定することになる。
【0039】
このように、ステップS3~S5では、既に設定されている中心点、つまり1回前の領域拡張工程で設定された中心点Ci-1に対して、制限距離Lによって設定される制限範囲の中に、新しい中心点Cを設定する。そして、その中心点に、形状および回転角を指定した楕円Eを配置して、第一種組織に占められる領域を拡張しながら、領域拡張工程を繰り返す。
【0040】
(4)得られるモデル像
以上のような各工程を経て、材料組織を再現するモデル像が得られる。モデル像は、第一種組織と第二種組織の2種の組織を、混在させて含むものとなる。
【0041】
領域拡張工程を繰り返す際に、ある回の領域拡張工程で中心点を設定して、楕円等の区画図形を配置した後、次の回の領域拡張工程で区画図形を配置する中心点は、既に設定された中心点から、所定の制限距離Lによって規定された制限範囲の中で、選択される。つまり、既に設定されていた中心点と、次に設定される中心点との間の距離が、制限範囲によって制限されており、次に設定される中心点が、既に設定されている中心点の近傍に位置することになる。よって、中心点に区画図形を配置して第一種組織として設定される領域も、既に第一種組織として設定されている領域の近傍に存在することになる。その結果、得られるモデル像において、第一種組織が占める領域は、設定領域R全体に均一性高く分散するのではなく、一部の箇所に集中して、不均一に分布することになる。
【0042】
よって、得られるモデル像は、2種の異なる組織が空間的に不均一に分布した状態を、よく再現できるものとなる。そのような不均一な組織を形成する材料の一例として、ある結晶相をとる結晶粒が集合した領域と、別の結晶相をとる結晶粒が集合した領域とが、空間的に不均一に混在した金属組織を挙げることができる。この場合に、各中心点に配置される楕円等の区画図形の1つ1つは、結晶粒1つ1つではなく、複数の結晶粒が集合した領域に対応する。これは、特許文献1で、1つ1つの写像点に対して設定される領域が、それぞれ1つの結晶粒に対応するのとは異なる。
【0043】
さらに、本実施形態にかかる方法においては、領域拡張工程を複数回にわたって繰り返す中で、第一種組織の総面積の増加量ΔTが、所定の面積変化閾値A以下である回が、既定の判定回数(n回)にわたって連続した場合には、既に設定されている中心点から±Lの制限領域に制限されることなく、設定領域R全体からランダムに、中心点を新たに選択している。これにより、領域拡張工程を繰り返しても第一種組織の面積が有効に増大せず、モデル作成の過程が円滑に進まなくなる事態を避けることができる。また、第一種組織が集中して分布した領域が、ある程度相互に離れて多数分布した実際の材料組織の状態を、好適に再現することができる。
【0044】
上記で説明した実施形態では、ある中心点に対して、次の中心点を設定することができる制限範囲を、制限距離Lの正方形によって規定していたが、制限範囲の形状は、任意に設定することができ、例えば、他に、所定の半径を有する円として設定する形態を挙げることができる。また、中心点に配置する区画図形の形状も、楕円に限らず、想定している材料組織をよく再現できるように、任意の形状を選択すればよい。しかし、区画図形として、円のように等方性の高い図形を採用するよりも、楕円をはじめとして、一方向に沿って長い異方形状を有する図形を採用することで、異なる結晶相が集合した領域が不均一に混在した金属組織を、よく再現することができる。特に、楕円は、二次元のマトリクスにおいて設定しやすい形状であり、モデル像の作成において扱いやすい。
【0045】
区画図形の面積や詳細形状は、1通りに固定してもよいが、上記で説明した実施形態で、楕円の長径をaまたはa+1から選択し、短径をbまたはb+1から選択したように、面積および形状の少なくとも一方が異なる複数の選択肢を区画図形として準備しておくこともできる。そして、各回の領域拡張工程において、それらの選択肢の中からランダムに選択して、配置する区画図形の形状および面積を決定すればよい。このようにすることで、異なる結晶相が集合した領域が不均一に混在した金属組織を、よく再現することができる。
【0046】
また、区画図形を、楕円等の異方形状とする場合に、上記で説明した実施形態のように、設定図形の回転角をランダムに選択したうえで、区画図形の配置を行うことが好ましい。そうすることで、異方形状を有する区画図形が特定の方向に配向して配置され、モデル像において、本質的でない異方性が生じて、実際の材料の組織を再現できない、という事態を避けることができる。
【0047】
本実施形態にかかる方法においては、モデル像の作成に用いる各種パラメータの設定値を変更することで、組織の分布の不均一性の程度等、モデル像における組織の状態を、変化させることができる。実際に想定している材料組織をよく再現できるように、各パラメータとして用いる具体的な数値を決定すればよい。さらに、それらの値を基本として、各パラメータの値を変化させれば、異なる状態を有する組織をモデル像として準備し、特性の解析等において、材料組織の状態の差異によって生じる現象について、検討することができる。
【0048】
各パラメータの中でも、特に、既に設定した中心点に対して、次の中心点を設定するための制限範囲を区画する制限距離Lや、第一種組織の総面積の変化を判定するための判定回数nを変化させることで、組織の分布の不均一性の程度を、多様に変化させることができる。後の実施例にも示すように、制限距離L、判定回数nとも、ある程度までは、大きくするほど、得られる組織の不均一性が高くなる。
【0049】
[モデル像を用いた特性の解析]
次に、上記で得られたモデル像を用いて、材料の特性に関する解析を行う方法について説明する。ここでは、上記で得られたモデル像で表現される組織を有する材料が示す特性を、シミュレーションによって評価する。例えば、モデル像に表現された微視的な組織に対応して、巨視的な物理量(物性値)としてどのような値が得られるかや、そのような組織を有する材料に対して、所定の検査や測定を行った場合に、どのような検査結果、測定結果が得られるかを、推定することができる。
【0050】
モデル像を用いて材料の特性を推定するためには、モデル像に含まれる第一種組織および第二種組織のそれぞれに対して、物性を設定する必要がある。つまり、実測値やデータベース値を参考にして、モデル像中で第一種組織および第二種組織として設定された領域のそれぞれを、実際の物質が占める領域に対応させ、所定の物性を設定する。ここで、設定すべき物性としては、着目する材料特性に影響を与えるものを選択すればよい。例えば、材料特性として、超音波に対する挙動を解析する超音波伝播解析を行う場合には、第一種組織および第二種組織の物性として、散乱因子等、超音波に対する応答挙動を設定しておけばよい。
【0051】
次に、各組織に物性を設定したモデル像に対して、シミュレーションを行い、ミクロな物性の分布を、材料全体としての特性に変換する。この際のシミュレーションとしては、有限要素法等の計算法を用いて、力学的解析や電磁気学的解析等、目的とする現象を解析することができる公知のシミュレーション方法を適用すればよい。例えば、材料の超音波に対する挙動を材料特性として扱う場合には、公知の超音波伝播解析を利用すればよい。なお、本発明の実施形態にかかるコンピュータプログラムは、上記で説明したモデル像の作成と、作成したモデル像に対する特性解析のためのシミュレーションを連続して行うものとして一体に構成されても、それらを独立して行えるように、分割して構成されたものであってもよい。後者の場合、特性解析のためのシミュレーションを行うプログラムとしては、公知のプログラムをそのまま用いてもよい。
【0052】
モデル像を用いて材料特性を推定することができれば、さらに、その推定結果を元に、材料組織の状態と特性との相関性に関する考察や、実測結果との対比、また実測結果に基づく材料組織の状態の推定等を、行うことができる。一例として、パラメータを変化させながら、状態の異なるモデル像を多数作成したうえで、それぞれのモデル像に対して特性に関するシミュレーションを行い、シミュレーション結果の相互比較を行うことで、不均一性の程度等、材料組織の状態とその特性がどのように相関しているのかを、考察することができる。別の例として、状態の異なるモデル像を多数作成し、それぞれのモデル像によって再現される材料組織に対して所定の検査や測定を行った際に得られる結果を、シミュレーションによって見積もっておけばよい。そして、実際の試料に対する検査や測定で得られた結果を、それらシミュレーション結果と比較して、多数のモデルの中のいずれと近い結果が得られているかを分析することで、その実際の試料の組織が、どのような状態を有しているかを推定することができる。
【0053】
ここで、一例として、材料の不均一性と、材料に入射した超音波の挙動との相関について説明する。結晶粒を含んだ材料に超音波を入射すると、超音波は結晶粒界で後方散乱を受ける。この際の散乱エネルギーは、結晶粒径が大きいほど、大きくなる。材料中に、粒径の大きい結晶粒が集合した第一種組織と、粒径の小さい結晶粒が集合した第二種組織が存在する場合に、第一種組織に入射された超音波の方が、第二種組織に入射された超音波よりも、強く散乱される。それら第一種組織と第二種組織が材料中に混在する場合には、第一種組織に散乱される超音波成分と、第二種組織に散乱される超音波成分の足し合わせとして、全散乱成分が与えられる。よって、超音波が入射されて通過する経路(入射位置および入射角で定まる経路)に存在する第一種組織と第二種組織の比率に応じて、超音波の散乱エネルギーが変化することになる。具体的には、経路において、第一種組織の占める比率が大きいほど、超音波の散乱エネルギーは大きくなる。
【0054】
ここで、実際の試料またはモデル像として、多数の個体を準備して、あるいは1つの個体に対して多様な超音波通過経路を設定して、入射した超音波の散乱成分を検出し、経路長によって適宜規格化した散乱エネルギーを記録することを考える。第一種組織と第二種組織が混在しているが、それぞれの組織が連続して占める領域の面積が小さく、2種の組織が均一性高く混在している場合には(図5(a)参照)、超音波が入射されて通過する経路において、第一種組織に散乱される確率と、第二種組織に散乱される確率との比は、個体ごと、また経路ごとに、大きくは変化しないはずである。よって、散乱エネルギーは、個体ごと、経路ごとに、それほど多様には変化しないはずである。一方で、第一種組織と第二種組織のそれぞれが、連続して大きな面積の領域を占め、2種の組織が不均一に分布している場合には(図5(b)参照)、超音波が入射されて通過する経路において、第一種組織に散乱される確率と、第二種組織に散乱される確率との比は、個体ごと、また経路ごとに大きく変化する可能性がある。2種の組織の具体的な分布状態が、個体ごと、経路ごとに、大きくばらつくからである。この場合には、超音波の散乱エネルギーは、幅広いエネルギー範囲に大きくばらつくはずである。
【0055】
このように、超音波の散乱エネルギーのばらつきの程度は、2種の組織の分布の均一性の程度を示す指標となり、組織の均一性が高いほど、散乱エネルギーのばらつき(分布幅)が小さくなる。そこで、実際の試料に対して超音波検査を行った場合と、モデル像に対して超音波伝播解析を行った場合で、散乱エネルギーのばらつきの程度を比較することで、その試料における組織の均一性がどの程度であるかを、推定することができる。実際の試料として、組織の均一性の程度が異なる多様な試料を準備することは、必ずしも容易ではないが、モデル像であれば、均一性の程度が多様に異なる組織を、自在に準備することができる。よって、組織の均一性の程度と、散乱エネルギーのばらつきの大きさとの対応関係を、モデル像を用いて詳細に見積もって、データベースとして構築しておけば、実際の試料に対する超音波測定で得られた散乱エネルギーのばらつきの大きさを照合することで、その試料における組織の均一性の程度を推測することができる。
【実施例
【0056】
以下に本発明の実施例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。ここでは、モデル像による不均一性を有する材料組織の再現について確認するとともに、モデル像に対して超音波伝播解析を行って、散乱強度のばらつきについて検討した。
【0057】
[1]モデル像作成時のパラメータと材料組織の均一性との関係
まず、モデル像を作成する際のパラメータの代表として、制限距離Lおよび閾値判定回数nを変化させた際に、得られるモデル像において材料組織の均一性がどのように変化するかを確認した。
【0058】
(試験方法)
上記で詳細に説明した本実施形態にかかる材料解析方法に従って、第一種組織と第二種組織を含んだモデル像を作成した。
【0059】
モデル像の作成には、以下のパラメータを用いた。制限距離Lおよび閾値判定回数nは、様々に変化させた。
・設定領域R:h(x方向)=1mm(1000要素)
w(y方向)=8mm(8000要素)
・楕円短径a=1要素
・楕円長径b=3要素
・面積変化閾値A=0
・目標面積S=5,600,000要素
【0060】
(試験結果)
図3に、閾値判定回数nを1に固定し、制限距離Lを図中に記載のように変化させた場合について、得られたモデル像を示す。また、図4に、閾値判定回数nを図中に記載のように変化させた場合について、得られたモデル像を示す。図3および図4、また以降の各図に示すモデル像においては、第一種組織を白色で、第二種組織を黒色で表示している。
【0061】
まず、閾値判定回数nを固定して制限距離Lを変化させた図3の結果について検討する。L=1のように制限距離Lが小さい領域では、第一種組織と第二種組織が、それぞれ小さな領域を形成して、均一性高く分散した状態で混在している。L=31程度までは、制限距離Lが大きくなるほど、第一種組織および第二種組織が、それぞれ連続して占める領域が大きくなっており、組織の均一性が低くなっている。これは、制限距離Lを大きくすると、領域拡張工程を繰り返す際に、既に設定した中心点の周りの広い範囲に、次の中心点を設定することが可能となり、各中心点に区画図形を配置して形成される第一種組織が、連続した広い範囲を占めやすくなるからである。しかし、L=41では、L=31よりも組織の均一性がかえって低下しているように見え、さらにL=41よりも制限距離Lを大きくしても、モデル像における組織の均一性の程度は、L=41の状態に比べてほとんど変化していない。これは、制限距離Lを大きくしすぎると、領域拡張工程を繰り返す際に、既に設定した中心点から大きく離れた位置に次の中心点が設定される可能性が高くなり、設定領域の全域にランダムに中心点を配置している状況に近づくからである。すると、第一種組織が占める領域が、離散的に形成性されやすくなる。
【0062】
次に、制限距離Lを固定して閾値判定回数nを変化させた図4の結果について検討する。n=1のように閾値判定回数nが小さい領域では、第一種組織と第二種組織が、均一性高く分散した状態で混在している。n=31程度までは、閾値判定回数nが大きくなるほど、第一種組織および第二種組織が、それぞれ連続して占める領域が大きくなっており、第一種組織と第二種組織の分布における不均一性が高くなっている。これは、閾値判定回数nが大きくなるほど、領域拡張工程において、既に第一種組織によって占められた領域の近傍に、新しく第一種組織が配置される過程が、多数回繰り返されることになり、第一種組織が連続して占める領域が大きくなりやすいからである。しかし、n=31からさらに閾値判定回数nを大きくしても、モデル像における組織の均一性の程度は、ほとんど変化していない。これは、ある程度の回数以上、既に第一種組織によって占められた領域の近傍に、さらに第一種組織を配置する工程を繰り返しても、第一種組織の総面積が有効に増加しにくくなるためである。
【0063】
以上のように、モデル像を作成する際に用いるパラメータのうち、制限距離Lおよび閾値判定回数nを変化させることで、作成されるモデル像における組織の分布の均一性を、多様に変化させられることが分かった。制限距離L、閾値判定回数nとも、ある程度までは、値を大きくするほど、組織の分布の均一性を高めることができる。
【0064】
[2]モデル像と実際の材料組織の比較
次に、作成したモデル像と、実際の材料組織とを比較し、モデル像によって実際の材料組織における均一性の変化を再現できるかを確認した。
【0065】
(試験方法)
実際の試料として、複数の相を含む合金試料を準備した。この際、合金材を鋳造した後、鍛造を行う際の鍛錬比を異ならせることで、組織の均一性の程度の異なる2種の試料を作製した。そして、2種の試料の断面を、走査電子顕微鏡(SEM)によって観察し、組織観察像を得た。
【0066】
また、上記試験[1]と同様に、第一種組織と第二種組織を含むモデル像を作成した。ここでは、上記で得られた2種の材料のSEM像をできるかぎり再現できるように、制限距離Lおよび閾値判定回数nを含む各パラメータを調整した。さらに、得られた2種のモデルに対して、それぞれ、超音波伝播解析を行った。超音波解析においては、要素サイズは、0.001mmに設定した。これは、波長の1/16以下に相当する。時間刻みは、4×10-11秒とした。これは、縦波が要素サイズを伝播する時間の1/3以下に相当する。
【0067】
(試験結果)
図5に、2種の試料について、SEMによる組織観察像と、対応するモデル像、また超音波伝播解析の結果を示す。(a)が組織の均一性が高い場合、(b)が組織が不均一である場合を示している。
【0068】
図5(a),(b)のそれぞれについて、実際の合金の組織観察像と、モデル像を対比する。すると、いずれについても、組織観察像とモデル像の間で、第一種組織と第二種組織のそれぞれが占める領域の大きさや形状が、よく似ており、組織観察像が示す均一性の程度が、モデル像によってよく再現されていると言える。
【0069】
次に、超音波伝播解析の結果において、図中に四角で囲んで示す後方散乱成分に着目する。(a)の均一組織に比べて、(b)の不均一組織の方において、大きな散乱強度(振幅)が観測されるようになっている。これは、組織が不均一であるほど、大きな散乱強度を与える相が集中して分布した領域を多く通過して、超音波が進行する事態が生じやすくなるからであると解釈される。また、(a)の均一組織に比べて、(b)の不均一組織の方で、後方散乱波のうなりが大きくなっている。これは、組織が不均一になることで、2種の組織の分布比が多様に異なる経路を、超音波が通過することになり、散乱強度の分布幅が大きくなっていることによると解釈される。これらの傾向は、それぞれの組織観察像を与える合金試料に対する超音波測定で得られる傾向とも合致している。
【0070】
[3]組織の均一性と超音波散乱強度のばらつきとの関係
次に、組織の均一性の程度の異なる複数のモデル像に対して、超音波伝播解析を行い、組織の均一性と散乱強度のばらつきとの間の関係性について検討した。
【0071】
(試験方法)
上記試験[1]および試験[2]と同様にして、第一種組織と第二種組織を含むモデル像を作成した。この際、各パラメータを調整することで、均一性の程度を広い範囲で異ならせた。ただし、第一種組織と第二種組織の面積比は、全モデル像で揃えておいた。
【0072】
各モデル像において、均一性の程度を、不均一性評価値によって定量的に評価した。具体的には、モデル像に対して、x方向およびy方向の移動平均を求め、得られた画像における強度分布のヒストグラムの変動係数を、不均一性評価値とした。2種の組織が小さな領域を作って、均一性高く混在している場合には、移動平均をとった画像において、第一種組織と第二種組織の中間的な階調(中間のグレー)を示す要素が多くを占めるのに対し、2種の組織がそれぞれまとまって大きな領域を形成して、不均一に分布している場合には、第一種組織に対応する階調(白色)から第二種組織に対応する階調(黒色)まで、多様な階調の要素が存在することになる。よって、不均一性評価値が大きいほど、組織の不均一性が高い(均一性が低い)ことを示す。
【0073】
さらに、各モデル像に対して、試験[2]と同様にして、超音波伝播解析を行った。解析結果において得られた後方散乱成分の散乱強度の値を記録した。
【0074】
以上のモデル像を用いた超音波解析の結果と対応させるために、実際の合金試料に対しても、超音波検査を行い、超音波の散乱強度の分布を評価した。具体的には、上記試験[2]と同様にして、組織の均一性の程度が異なる試料を3種類準備した。そして、柱状に加工した各試料に対して、周方向および高さ方向の複数の位置から、超音波を入射し、反射波を検出した。そして、測定位置ごとに、反射波に含まれる後方散乱成分を抜き出し、散乱強度を見積もった。合わせて、各試料の断面に対してSEM観察を行い、上記でモデル像に対して見積もったのと同様に、SEM観察像に対して、不均一性評価値を見積もった。
【0075】
(試験結果)
図6に、作成した全モデル像のうち、不均一性評価値が20(20以上21未満)のもの、21(21以上22未満)のもの、24以上のものを、区分して示す。それぞれの区分の中で、同程度の不均一性評価値が得られていることと対応して、第一種組織と第二種組織が同程度の均一性で混在したモデル像が得られている。
【0076】
図7に、図6に示したものを含む全モデル像について、画像から見積もられる不均一性評価値と、超音波伝播試験によって得られた散乱強度との関係を示す。図7によると、不均一性評価値が大きくなるほど、大きな散乱強度が得られる傾向が見られるとともに、不均一性評価値が同程度のプロット点の間での散乱強度が大きくばらつき、大きなエネルギー幅にわたってプロット点が分布するようになっている。これらの傾向は、試験[2]で得られた図5で、組織の均一性の異なる2つのモデル像に対して得られた傾向とも一致している。また、実際の合金試料に対する超音波測定で見られる傾向とも合致している。
【0077】
さらに、図8に、実際の合金試料に対する超音波検査の結果を示す。ここでは、3種の試料について、横軸に、SEM観察像から見積もられた不均一性評価値を示し、縦軸に、超音波検査で、測定位置ごとに得られた散乱強度の分布範囲を示している。散乱強度は、任意単位で表示している。図8によると、不均一性評価値が大きくなるほど、散乱強度が、指数関数的に、広い範囲にばらつくようになっている。この傾向は、モデル像に対する超音波伝播解析によって得られた、図7の結果と同じになっている。このことから、モデル像を用いて超音波伝播解析を行い、得られた散乱強度の分布幅を、組織の不均一性の程度と対応づけるという材料解析方法の妥当性が、支持される。実際の合金試料では、モデル像を用いる場合ほど、不均一性の程度を、細かく、また広い範囲で変化させることは難しいが、モデル像を用いた解析であれば、多様な不均一性を有する組織を想定して、超音波の散乱挙動を詳細に検討することが可能となる。
【0078】
以上、本発明の実施形態について説明した。本発明は、これらの実施形態に特に限定されることなく、種々の改変を行うことが可能である。
【符号の説明】
【0079】
,Ci-1,C,Ci+1 中心点
C’ 再設定した中心点
,Ei-1,E,Ei+1 楕円(区画図形)
R 設定領域
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8