(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-23
(45)【発行日】2025-01-07
(54)【発明の名称】化学強化ガラスおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C03C 21/00 20060101AFI20241224BHJP
C03C 10/04 20060101ALI20241224BHJP
C03C 3/083 20060101ALI20241224BHJP
【FI】
C03C21/00 101
C03C10/04
C03C3/083
(21)【出願番号】P 2021527402
(86)(22)【出願日】2020-04-09
(86)【国際出願番号】 JP2020016055
(87)【国際公開番号】W WO2020261711
(87)【国際公開日】2020-12-30
【審査請求日】2023-02-07
(31)【優先権主張番号】P 2019118969
(32)【優先日】2019-06-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】秋葉 周作
(72)【発明者】
【氏名】馬田 拓実
【審査官】若土 雅之
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-254984(JP,A)
【文献】特開2019-081705(JP,A)
【文献】特表2017-537862(JP,A)
【文献】特開2018-131358(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C 1/00-23/00
INTERGLAD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一の主面と、前記第一の主面に対向する第二の主面と、前記第一の主面及び前記第二の主面に接する端部と、を有し、
前記第一の主面からの深さを変数としてガラス内部の圧縮応力値を表すとき、
以下の(1a)~(6a)を満た
し、結晶化ガラスである、化学強化ガラス。
(1a)圧縮応力値が0である深さ±10μmの厚さ範囲における、
応力曲線の勾配が-15MPa/μm~-3MPa/μmであり、かつ
下記で定義されるNa濃度曲線の勾配が0.02/μm~0.12/μmの絶対値を有する。
Na濃度曲線:EPMAにより測定される前記化学強化ガラスの板厚方向のNaイオン濃度プロファイルを酸化物基準のモル百分率に換算して得られるNa濃度曲線。
(2a)前記第一の主面と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲における、前記Na濃度曲線の勾配が単調減少である。
(3a)厚さが1mm以下である。
(4a)酸化物基準のモル百分率表示でLi
2Oを20mol%以上かつNa
2Oを0.1mol%以上含有する。
(5a)ヤング率が103GPa以上である。
(6a)厚さ0.7mmに換算した可視光透過率が85%以上である。
【請求項2】
厚さがt(μm)であり、板厚中心tc(μm)と、(tc-0.20×t)(μm)と、の間の板厚方向の範囲における、応力曲線の勾配の平均値が1MPa/μm未満の絶対値を有する、請求項1に記載の化学強化ガラス。
【請求項3】
前記第一の主面と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲において、
株式会社東京インスツルメンツ製複屈折イメージングシステムAbrio-IMを用いて測定した圧縮応力曲線が変曲点を含み、かつ
前記Na濃度曲線が変曲点を含まない、請求項1又は2に記載の化学強化ガラス。
【請求項4】
前記第一の主面からの深さ10μmの位置と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲において、前記圧縮応力曲線が変曲点を含む、請求項3に記載の化学強化ガラス。
【請求項5】
前記結晶化ガラスの結晶化率が10%以上である請求項
4に記載の化学強化ガラス。
【請求項6】
前記結晶化ガラスは、メタケイ酸リチウム結晶を含有する請求項
4または
5に記載の化学強化ガラス。
【請求項7】
JIS K 7136(2000年)に準拠する方法で測定した厚さ0.7mmに換算した透過光のヘーズ値が0.01~0.2%である、請求項
4~
6のいずれか1項に記載の化学強化ガラス。
【請求項8】
第一の主面と、前記第一の主面に対向する第二の主面と、前記第一の主面及び前記第二の主面に接する端部と、を有し、厚さが1mm以下であり、かつ酸化物基準のモル百分率表示でLi
2Oを20mol%以上かつNa
2Oを0.1mol%以上含有し、ヤング率が103GPa以上であるガラスを化学強化する、化学強化ガラスの製造方法であって、
前記化学強化は、ナトリウムを含有し、かつカリウム含有量が5質量%未満である強化塩を用いた化学強化であり、
得られる化学強化ガラスは、
結晶化ガラスであり、
前記第一の主面からの深さを変数としてガラス内部の圧縮応力値を表すとき、
以下の(1b)~(3b)を満たす、化学強化ガラスの製造方法。
(1b)圧縮応力値が0である深さ±10μmの厚さ範囲における、
応力曲線の勾配が-15MPa/μm~-3MPa/μmであり、かつ
下記で定義されるNa濃度曲線の勾配が0.02/μm~0.12/μmの絶対値を有する。
Na濃度曲線:EPMAにより測定される前記化学強化ガラスの板厚方向のNaイオン濃度プロファイルを酸化物基準のモル百分率に換算して得られるNa濃度曲線。
(2b)前記第一の主面と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲における、前記Na濃度曲線の勾配が単調減少である。
(3b)厚さ0.7mmに換算した可視光透過率が85%以上である。
【請求項9】
前記結晶化ガラスは、
酸化物基準のモル百分率表示で、
SiO
2を40~65%、
Al
2O
3を0~10%、
Li
2Oを20~40%、
Na
2Oを0.1~10%、
K
2Oを0.1~10%、
含有する請求項
8に記載の化学強化ガラスの製造方法。
【請求項10】
前記結晶化ガラスは、メタケイ酸リチウム結晶を含有する請求項
8又は
9に記載の化学強化ガラスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学強化ガラスおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話、スマートフォン、タブレット端末等のディスプレイ装置の保護ならびに美観を高める目的で、化学強化ガラスからなるカバーガラスが用いられている。
【0003】
化学強化ガラスにおいては、表面圧縮応力(値)(CS)や圧縮応力層深さ(DOL)が大きくなるほど強度が高くなる傾向がある。一方で、ガラス表層の圧縮応力との均衡を保つように、ガラス内部には内部引張応力(値)(CT)が発生するので、CSやDOLが大きいほどCTが大きくなる。CTが大きいガラスは加傷時の破砕数が爆発的に大きくなり、破片が飛散する危険性が高くなる。
【0004】
特許文献1には、2段階の化学強化により、内部引張応力を抑制しながら表面圧縮応力を大きくできることが記載されている。具体的には、K濃度の低いKNO3/NaNO3混合塩を1段目の化学強化に、K濃度の高いKNO3/NaNO3混合塩を2段目の化学強化に用いる方法などが開示されている。
【0005】
また、特許文献2には2段階の化学強化により、比較的大きい表面圧縮応力と圧縮応力層深さを有するリチウム含有ガラスが開示されている。リチウム含有ガラスは、1段目の化学強化処理にナトリウム塩を用い、2段目の化学強化処理にカリウム塩を用いる2段階の化学強化処理によって、CTを抑制しつつ、CS及びDOLをともに大きくできる。
【0006】
特許文献3には、金属酸化物濃度グラジエントを含むガラス物品が記載されており、従来のリチウム非含有ガラスの化学強化応力プロファイルが開示されている(特許文献3、Fig.2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】米国特許出願公開第2015/0259244号明細書
【文献】日本国特表2013-520388号公報
【文献】日本国特開2019-510726号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来のリチウム非含有化学強化ガラスの応力プロファイルを
図1に、従来のリチウム含有化学強化ガラスの応力プロファイルを
図2に、それぞれ示す。リチウム含有ガラスを化学強化する場合、リチウムの拡散速度が速く、応力緩和も生じるため、表面圧縮応力を増大させるためには板厚方向の深くまでイオン交換する必要がある。そのため、従来、リチウム含有ガラスを化学強化すると、応力プロファイルは
図2に示すように放物線状となり、表面圧縮応力とともに引張応力も増大する傾向がある。また、実質的に板厚中心までNa-Li交換が起こるという問題がある。
【0009】
従来はこのような問題を改善するため、2段階の化学強化がなされているが、2段階の化学強化は処理が煩雑であり、生産効率の点で課題がある。また、酸化物基準のモル百分率表示で、リチウム含有ガラスにおけるリチウムの含有量(Li2Oの含有量)が高くなると(例えば酸化物基準で10mol%以上)、化学強化ガラスの応力プロファイルが放物線状となり、引張応力も増大する傾向が特に顕著となることから、効果的に圧縮応力を増大させることが求められる。
【0010】
かかる状況にかんがみ、本発明は、従来のリチウム非含有ガラスと同じような応力プロファイルを持ちながら、表面圧縮応力が高く、かつ表層付近のみにおいて圧縮応力が導入されている、リチウム含有化学強化ガラスおよびその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題について検討した結果、本発明者らは、Li2Oを10モル%以上含有する化学強化ガラスにおいて、Na濃度勾配及び応力勾配を調整することにより、ガラス表面の延性を増加させて、強度を向上できることを見出した。これらの知見に基づき、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は下記の通りである。
1.第一の主面と、前記第一の主面に対向する第二の主面と、前記第一の主面及び前記第二の主面に接する端部と、を有し、
前記第一の主面からの深さを変数としてガラス内部の圧縮応力値を表すとき、
以下の(1a)~(4a)を満たす、化学強化ガラス。
(1a)圧縮応力値が0である深さ±10μmの厚さ範囲における、
応力曲線の勾配が-15MPa/μm~-3MPa/μmであり、かつ
下記で定義されるNa濃度曲線の勾配が0.02/μm~0.12/μmの絶対値を有する。
Na濃度曲線:EPMAにより測定される前記化学強化ガラスの板厚方向のNaイオン濃度プロファイルを酸化物基準のモル百分率に換算して得られるNa濃度曲線。
(2a)前記第一の主面と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲における、前記Na濃度曲線の勾配が単調減少である。
(3a)厚さが1mm以下である。
(4a)酸化物基準のモル百分率表示でLi2Oを10mol%以上含有する。
2.厚さがt(μm)であり、板厚中心tc(μm)と、(tc-0.20×t)(μm)と、の間の板厚方向の範囲における、応力曲線の勾配の平均値が1MPa/μm未満の絶対値を有する、前記1に記載の化学強化ガラス。
3.前記第一の主面と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲において、
株式会社東京インスツルメンツ製複屈折イメージングシステムAbrio-IMを用いて測定した圧縮応力曲線が変曲点を含み、かつ
前記Na濃度曲線が変曲点を含まない、前記1又は2に記載の化学強化ガラス。
4.前記第一の主面からの深さ10μmの位置と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲において、前記圧縮応力曲線が変曲点を含む、前記3に記載の化学強化ガラス。
5.結晶化ガラスである前記1~4のいずれか1に記載の化学強化ガラス。
6.前記結晶化ガラスの結晶化率が10%以上である前記5に記載の化学強化ガラス。
7.前記結晶化ガラスは、メタケイ酸リチウム結晶を含有する前記5または6に記載の化学強化ガラス。
8.JIS K 7136(2000年)に準拠する方法で測定した厚さ0.7mmに換算した透過光のヘーズ値が0.01~0.2%である、前記5~7のいずれか1に記載の化学強化ガラス。
9.厚さ0.7mmに換算した可視光透過率が85%以上である前記5~8のいずれか1に記載の化学強化ガラス。
10.第一の主面と、前記第一の主面に対向する第二の主面と、前記第一の主面及び前記第二の主面に接する端部と、を有し、厚さが1mm以下であり、かつ酸化物基準のモル百分率表示でLi2Oを10mol%以上含有するガラスを化学強化する、化学強化ガラスの製造方法であって、
前記化学強化は、ナトリウムを含有し、かつカリウム含有量が5質量%未満である強化塩を用いた化学強化であり、
得られる化学強化ガラスは、前記第一の主面からの深さを変数としてガラス内部の圧縮応力値を表すとき、
以下の(1b)および(2b)を満たす、化学強化ガラスの製造方法。
(1b)圧縮応力値が0である深さ±10μmの厚さ範囲における、
応力曲線の勾配が-15MPa/μm~-3MPa/μmであり、かつ
下記で定義されるNa濃度曲線の勾配が0.02/μm~0.12/μmの絶対値を有する。
Na濃度曲線:EPMAにより測定される前記化学強化ガラスの板厚方向のNaイオン濃度プロファイルを酸化物基準のモル百分率に換算して得られるNa濃度曲線。
(2b)前記第一の主面と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲における、前記Na濃度曲線の勾配が単調減少である。
11.前記ガラスは、結晶化ガラスである前記10に記載の化学強化ガラスの製造方法。
12.前記結晶化ガラスは、
酸化物基準のモル百分率表示で、
SiO2を40~65%、
Al2O3を0~10%、
Li2Oを20~40%、
Na2Oを0~10%、
K2Oを0.1~10%、
含有する前記11に記載の化学強化ガラスの製造方法。
13.前記結晶化ガラスは、厚さ0.7mmに換算した可視光透過率が85%以上である、前記11または12に記載の化学強化ガラスの製造方法。
14.前記結晶化ガラスは、メタケイ酸リチウム結晶を含有する前記11~13のいずれか1に記載の化学強化ガラスの製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の化学強化ガラスは、Na濃度勾配及び応力勾配が特定範囲であることにより、Li2Oを酸化物基準で10モル%以上含有しながら、従来のリチウム非含有ガラスと同じような応力プロファイルを持ち、加傷時の破砕が抑制され、かつ優れた強度および耐候性を示す。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、従来のリチウム非含有化学強化ガラスの応力プロファイルの一例を示す図である。
【
図2】
図2は、従来のリチウム含有化学強化ガラスの応力プロファイルの一例を示す図である。
【
図3】
図3は、本発明の化学強化ガラスの応力プロファイルの一態様を示す図である。
【
図4】
図4(a)および(b)は、本発明の化学強化ガラスのイオン濃度プロファイルの一態様を示す図である。
図4(a)は例1の主なイオンの信号強度を示す図であり、
図4(b)は、算出したNaイオン濃度プロファイルを示す図である。
【
図5】
図5(a)および(b)は、化学強化ガラスの表面圧縮応力(CS)を測定するためのサンプルを作製する様子を表す概要図である。
図5(a)は研磨前のサンプルを示し、
図5(b)は研磨後の薄片化されたサンプルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の化学強化ガラスについて詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変形して実施できる。
【0016】
本明細書において、「化学強化ガラス」は、化学強化処理を施した後のガラスを指す。また、「化学強化用ガラス」は、化学強化処理を施す前のガラスを指す。
【0017】
本明細書において化学強化用ガラスのガラス組成を、化学強化ガラスの母組成ということがある。化学強化ガラスでは通常、ガラス表面部分にイオン交換による圧縮応力層が形成されるので、イオン交換されていない部分のガラス組成は化学強化ガラスの母組成と一致する。また、イオン交換された部分でもアルカリ金属酸化物以外の成分の濃度は、基本的に変化しない。
【0018】
本明細書において、ガラス組成は酸化物基準のモル百分率表示で示し、モル%を単に%と記載することがある。また、数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0019】
ガラス組成において「実質的に含有しない」とは、原材料等に含まれる不可避の不純物を除いて含有しない、すなわち、意図的に含有させたものではないことを意味する。着色を生じる遷移金属酸化物等以外では、例えば、ガラス組成中の含有量が、0.1モル%未満である。
【0020】
本明細書において「応力プロファイル」は、ガラス表面からの深さを変数として圧縮応力値を表したパターンである。負の圧縮応力値は、引張応力を意味する。また、「圧縮応力層深さ(DOC)」は、圧縮応力値(CS)が0である深さである。「内部引張応力値(CT)」は、ガラスの板厚tの1/2の深さにおける引張応力値をいう。
【0021】
応力プロファイルは、一般的には、光導波表面応力計(例えば、折原製作所製FSM-6000)を用いて測定されることが多い。しかし、光導波表面応力計は、測定原理上、表面から内部に向かって屈折率が低くなる場合でなければ、応力を測定できない。結果的に、リチウムアルミノシリケートガラスをナトリウム塩で化学強化した場合には、圧縮応力を測定できない。そこで、本明細書では、主として散乱光光弾性応力計(例えば、折原製作所製SLP-1000)を用いて応力プロファイルを測定する。散乱光光弾性応力計によれば、ガラス内部の屈折率分布と関わりなく、応力値を測定できる。しかし、散乱光光弾性応力計は表面散乱光の影響を受けやすいので、ガラス表面付近の応力値を正確に測定することが困難である。表面からの深さが10μmまでの表層部分については、それより深い部分の測定値をもとに、相補誤差関数を用いて外挿する方法で応力値を見積ることもできる。また、例えば株式会社東京インスツルメンツ製複屈折イメージングシステムAbrio-IMを用いて、後述するように薄片化サンプルを用いて測定することもできる。
【0022】
1.化学強化ガラス
本発明の化学強化ガラスは、第一の主面と、前記第一の主面に対向する第二の主面と、前記第一の主面及び前記第2の主面に接する端部と、を有し、
前記第一の主面からの深さを変数としてガラス内部の圧縮応力値を表すとき、
以下の(1)~(4)を満たす、化学強化ガラス板。
(1)圧縮応力値が0である深さ±10μmの板厚方向の範囲における、
応力曲線の勾配が-15MPa/μm~-3MPa/μmであり、かつ
下記で定義されるNa濃度曲線の勾配が0.02/μm~0.12/μmの絶対値を有する。
Na濃度曲線:EPMAにより測定される前記化学強化ガラス板の板厚方向のNaイオン濃度プロファイルを酸化物基準のモル百分率に換算して得られるNa濃度曲線。
(2)前記第一の主面と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲における、前記Na濃度曲線の勾配が単調減少である。
(3)厚さが1mm以下である。
(4)酸化物基準のモル百分率表示でLi2Oを10mol%以上含有する。
【0023】
<応力プロファイルおよびNa濃度プロファイル>
図3は本発明の化学強化ガラスの応力プロファイルの一態様を示す図である。
図3に示す応力プロファイルは、一方の主面におけるプロファイルを示している。本発明においては、一方の主面ともう一方の主面の応力プロファイルが同一であっても異なっていてもよい。
図4(a)および(b)は、本発明の化学強化ガラスのイオン濃度プロファイルの一態様を示す図である。
【0024】
本発明の化学強化ガラスは、圧縮応力値が0である深さ±10μmの板厚方向の範囲における、応力曲線の勾配が-15MPa/μm~-3MPa/μmであり、かつNa濃度曲線の勾配が0.02/μm~0.12/μmの絶対値を有する。
【0025】
本発明において、「Na濃度曲線」とは、EPMA(electron probe micro analyzer)により測定される前記化学強化ガラス板の板厚方向のNaイオン濃度プロファイルを酸化物基準のモル百分率に換算して得られるNa濃度曲線をさす。
【0026】
応力プロファイルにおいて、圧縮応力値が0である深さは、圧縮応力層深さ(DOL)を表す。化学強化ガラスのDOLは、化学強化条件やガラスの組成等を調整することにより、適宜調整することができる。本発明の化学強化ガラスのDOLは応力プロファイル中で応力がゼロになる部分のガラス表面からの深さであり、散乱光光弾性応力計(例えば、折原製作所製SLP-1000)を用いて測定される値である。また、株式会社東京インスツルメンツ製複屈折イメージングシステムAbrio-IMを用いて後述するように薄片化サンプルを用いて測定することもできる。
【0027】
本発明の化学強化ガラスは、圧縮応力値が0である深さ±10μmの板厚方向の範囲における、応力曲線の勾配が-15MPa/μm~-3MPa/μmであり、好ましくは-13MPa/μm~-3.5MPa/μmであり、より好ましくは-11MPa/μm~-4MPa/μmである。圧縮応力値が0である深さ±10μmの板厚方向の範囲における、応力曲線の勾配が-15MPa/μm~-3MPa/μmであることにより、濃度勾配に起因するエネルギーが散逸してしまうことが抑制され、効果的に応力に変換できるため、十分な表面圧縮応力が得られ、優れた強度を示す。
【0028】
本発明の化学強化ガラスは、圧縮応力値が0である深さ±10μmの板厚方向の範囲における、Na濃度曲線の勾配が0.02/μm~0.12/μmの絶対値を有し、好ましくは0.03/μm~0.11/μmであり、より好ましくは0.04/μm~0.10/μmである。圧縮応力値が0である深さ±10μmの板厚方向の範囲における、Na濃度曲線の勾配が0.02/μm~0.12/μmの絶対値を有することにより、引張応力の増大を抑制できる。
【0029】
本発明の化学強化ガラスは、第一の主面と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲における、Na濃度曲線の勾配が単調減少である。当該範囲におけるNa濃度曲線の勾配が単調減少であることにより、引張応力の増大を抑制し、加傷時の破砕を抑制できる。本発明において、「Na濃度曲線の勾配が単調減少である」とは、Na濃度曲線の勾配が、当該範囲の任意の点において、ガラス表面からガラス内部方向に向かってゼロではない負の傾きを有することをさす。
【0030】
本発明の化学強化ガラスは、一態様において、圧縮応力値が0である深さ±10μmの板厚方向の範囲における、応力曲線の勾配をNaの濃度曲線の勾配で除した値が80~200であることが好ましく、より好ましくは90~180、さらに好ましくは100~150である。圧縮応力値が0である深さ±10μmの板厚方向の範囲における、応力曲線の勾配をNaの濃度曲線の勾配で除した値が80~200であることにより、濃度勾配に起因するエネルギーの散逸がより抑制され、効果的に応力に変換できるため、十分な表面圧縮応力を示すとともに、引張応力の増大を抑制し、加傷時の破砕を抑制できる。
【0031】
本発明の化学強化ガラスは、一態様において、厚さがt(μm)であり、板厚中心をtc(μm)とした時に、板厚中心tc(μm)と、(tc-0.20×t)(μm)と、の間の板厚方向の範囲における、応力曲線の勾配の平均の絶対値が1MPa/μm未満であることが好ましく、より好ましくは0.9MPa/μm以下、さらに好ましくは0.8MPa/μm以下である。該応力曲線の勾配の平均の絶対値が1MPa/μm未満であることにより、
図1に示す従来のリチウム非含有化学強化ガラスと同様に、実質的に平坦な引張応力プロファイルを有することとなり、内部引張応力を抑制しながら表面圧縮応力を大きくできる。
【0032】
また、tc±0.20t(μm)の厚さ範囲における、各点での応力曲線の勾配の絶対値が1MPa/μm未満であることが好ましく、より好ましくは0.9MPa/μm以下、さらに好ましくは0.8MPa/μm以下である。該応力曲線の勾配の絶対値が、1MPa/μm未満であることにより、引張応力領域のより広い範囲で、実質的に平坦な応力プロファイルを有することになり、内部引張応力を抑制しながら表面圧縮領域を大きくできる。
【0033】
本発明の化学強化ガラスは、一態様において、第一の主面と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲において、株式会社東京インスツルメンツ製複屈折イメージングシステムAbrio-IMを用いて測定した圧縮応力曲線が変曲点を含み、かつNa濃度曲線が変曲点を含まないことが好ましい。
【0034】
株式会社東京インスツルメンツ製複屈折イメージングシステムAbrio-IMを用いる圧縮応力の測定は次の手順で行う。
図5(a)および(b)は、化学強化ガラスの表面圧縮応力(CS)を測定するためのサンプルを作製する様子を表す概要図である。
図5(a)は研磨前のサンプルを示し、
図5(b)は研磨後の薄片化されたサンプルを示す。
図5(b)に示すように、10mm×10mmサイズ以上、厚さ0.2~2mm程度の化学強化ガラスの断面を150~750μmの範囲に研磨し薄片化を行う。
【0035】
研磨手順としては#1000ダイヤ電着砥石により目的厚みのプラス50μm程度まで研削し、その後#2000ダイヤ電着砥石を用いて目的厚みのプラス10μm程度まで研削し、最後に酸化セリウムによる鏡面出しを行い目的厚みとする。以上のように作成した200μm程度に薄片化されたサンプルに対し、光源にλ=546nmの単色光を用い、透過光での測定を行い、複屈折イメージングシステムにより、化学強化ガラスが有する位相差(リタデーション)の測定を行い、得られた値と下記式(1)を用いることで応力を算出する。
F=δ/(C×t’)・・・式(1)
式(1)中、Fは応力(MPa)、δは位相差(リタデーション)(nm)、Cは光弾性定数(nm cm-1MPa)、t’はサンプルの厚さ(cm)を示す。
【0036】
本発明において、「変曲点」とは、曲線の2次微分がゼロになる点を指す。すなわち、曲線の曲率が符号を変える点をさす。なお、微分を計算する際は、スムージング等により測定ノイズを低減してから行うほうが好ましい。例えば、公知のSavitzky-Golay法を用いて前処理することができる。
【0037】
ガラス板が衝撃を受けて撓む場合、その撓み量が大きくなると、ガラス表面に大きな引張応力が加わることでガラスが破壊する。本明細書では、このような破壊を「曲げモードによるガラス破壊」という。
【0038】
第一の主面と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲において、前記圧縮応力曲線が変曲点を含み、かつNa濃度曲線が変曲点を含まないことで、特にガラス板表面では、濃度勾配は維持されながら、応力は緩和傾向であるようにすることができる。すなわち、濃度勾配に起因するエネルギーのうち、余剰の分が必要十分に散逸していることを示している。したがってガラス表面に十分量の圧縮応力を導入しながら曲げモードによるガラス破壊を抑制できるとともに、耐候性の低下を抑制できる。より強度を向上する点から、本発明の化学強化ガラスは、一態様において、第一の主面からの深さ10μmの位置と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲において、圧縮応力曲線が変曲点を含むことが好ましい。
【0039】
従来、リチウム非含有ガラスにおいて、このような応力曲線を作る場合は、イオン交換後にアニール等を施し、濃度勾配も緩和させることが行われてきた。しかしこれによると、濃度勾配に起因するエネルギー自体が緩和されるため、応力が過度に緩和され、表面応力の劣化が大きかった。また、Li2Oを10mol%以上含有するようなガラスにおいては、前述のようにイオンの拡散速度が大きく、表面、とくに表面近傍の比較的広い範囲で応力緩和が起こるまで応力を導入する方法は知られていなかった。
【0040】
本発明の化学強化ガラスは、リチウムアルミノシリケートガラスにイオン交換処理を施して製造される。リチウムアルミノシリケートガラスは、従来から化学強化用ガラスとして広く用いられているナトリウムアルミノシリケートガラスと比較して、破壊靱性値が大きく、傷がついても割れにくい傾向がある。また、ガラス表面の圧縮応力値を大きくしても、激しい破砕が生じにくい傾向がある。
【0041】
本発明の化学強化ガラスは、一態様において、CS0が500MPa以上であることが好ましく、より好ましくは550MPa以上であり、さらに好ましくは600MPa以上である。CS0が500MPa以上であることにより、落下によって生じる引張応力が相殺されるために破砕しにくくなるとともに、曲げモードによる破壊を抑制できる。また、ガラス表層における圧縮応力の総量は一定であり、CS0が高すぎるとガラス内部のCSであるCS50が低下する。したがって、衝撃時の破砕を防止する点から、CS0は1000MPa以下であることが好ましく、より好ましくは950MPa以下であり、さらに好ましくは900MPa以下である。
【0042】
本発明の化学強化ガラスは、一態様において、CS50が150MPa以上であることが好ましく、より好ましくは170MPa以上であり、さらに好ましくは180MPa以上である。CS50が150MPa以上であることにより、強度を向上させることができる。しかし、CS50が高すぎると内部引張応力CTが増加して破砕しやすくなる。破砕(加傷時の爆発的な破壊)を抑制する点から、CS50は250MPa以下であることが好ましく、より好ましくは240MPa以下であり、さらに好ましくは230MPa以下である。
【0043】
圧縮応力値が0である深さ(DOL)は、厚さt[単位:μm]に対して大きすぎるとCTの増加を招くので、好ましくは0.2t以下であり、より好ましくは0.19t以下、さらに好ましくは0.18t以下である。具体的には、例えば板厚tが0.8mmの場合は、160μm以下が好ましい。また、強度を向上する点から、好ましくは0.06t以上であり、より好ましくは0.08t以上、さらに好ましくは0.10t以上、特に好ましくは0.12t以上である。
【0044】
破壊靱性値が大きいガラスはCTリミットが大きいので、化学強化によって大きな表面圧縮応力をガラス中に導入しても、激しい破砕が生じにくい。加傷時の破砕を抑制する点から、本発明の化学強化ガラスは、一態様において、母ガラスの破壊靱性値が0.8MPa・m1/2以上であることが好ましく、より好ましくは0.85MPa・m1/2以上、さらに好ましくは0.9MPa・m1/2以上である。また、破壊靱性値は通常、2.0MPa・m1/2以下であり、典型的には1.5MPa・m1/2以下である。
【0045】
破壊靱性値は、例えば、DCDC法(Acta metall. mater. Vol.43: p. 3453-3458, 1995)を用いて測定できる。破壊靱性値は、簡易的には、圧子圧入法によって評価できる。破壊靱性値を上記範囲とする方法としては、例えば、結晶化ガラスの結晶条件(熱処理の時間及び温度)、ガラス組成、冷却速度等の調整により、結晶化率、仮想温度等を調整する方法が挙げられる。具体的には例えば、結晶化ガラスである場合、後述する結晶化ガラスの結晶化率を好ましくは15%以上、より好ましくは18%以上、さらに好ましくは20%以上とする。また、結晶化ガラスの結晶化率は、透過率の確保のために、60%以下が好ましく、より好ましくは55%以下、さらに好ましくは50%以下である。
【0046】
化学強化ガラスの耐候性は、耐候性試験により評価できる。本発明の化学強化ガラスは、湿度80%、80℃にて120時間静置した前後のヘーズ値の変化が5%以下(すなわち、|試験後のヘーズ値[%]-試験前のヘーズ値[%]|≦5)であることが好ましく、より好ましくは4%以下であり、さらに好ましくは3%以下である。ヘーズ値は、ヘーズメーターを用いて、JIS K7136(2000年)に準拠する方法で測定する。
【0047】
本発明の化学強化ガラスの形状は、適用される製品や用途等に応じて、板状以外の形状でもよい。またガラス板は、外周の厚みが異なる縁取り形状などを有していてもよい。また、ガラス板の形態はこれに限定されず、例えば2つの主面は互いに平行でなくともよく、また、2つの主面の一方又は両方の全部又は一部が曲面であってもよい。より具体的には、ガラス板は、例えば、反りの無い平板状のガラス板であってもよく、また、湾曲した表面を有する曲面ガラス板であってもよい。
【0048】
本発明の化学強化ガラスは、携帯電話、スマートフォン、携帯情報端末(PDA)、タブレット端末等のモバイル電子機器に用いられるカバーガラスとして用いることができる。携帯を目的としない、テレビ(TV)、パーソナルコンピュータ(PC)、タッチパネル等の電子機器のカバーガラスにも有用である。また、窓ガラス等の建築用資材、テーブルトップ、自動車や飛行機等の内装等やそれらのカバーガラスとしても有用である。
【0049】
本発明の化学強化ガラスは、化学強化の前または後に曲げ加工や成形をおこなって平板状以外の形状にできるので、曲面形状を有する筺体等の用途にも有用である。
【0050】
<厚さ>
本発明の化学強化ガラスの厚さ(t)は、1mm以下であり、好ましくは0.9mm以下、より好ましくは0.8mm以下であり、特に好ましくは0.7mm以下である。また、充分な強度を得るために、厚さは、例えば0.1mm以上であり、好ましくは0.2mm以上であり、より好ましくは0.4mm以上であり、さらに好ましくは0.5mm以上である。
【0051】
<リチウム含有ガラス>
本発明の化学強化ガラスは、酸化物基準のモル百分率表示でLi2Oを10mol%以上含有する。Li2Oは、イオン交換により表面圧縮応力を形成させる成分であり、必須である。Li2Oの含有量は、好ましくは15mol%以上、より好ましくは20mol%以上、さらに好ましくは25mol%以上である。一方、化学的耐久性を保持するためには、Li2Oの含有量は、50mol%以下が好ましく、より好ましくは45mol%以下、さらに好ましくは40mol%以下である。
【0052】
本発明の化学強化ガラスは、リチウム含有ガラスであり、好ましくはリチウムアルミノシリケートガラスである。リチウムアルミノシリケートガラスはSiO2、Al2O3及びLi2Oを含有するガラスであればその形態は特に限定されないが、例えば、結晶化ガラス、非晶質ガラスが挙げられ、破壊靱性を大きくできることから、結晶化ガラスであることが好ましい。以下、結晶化ガラス及び非晶質ガラスについて説明する。
【0053】
<<結晶化ガラス>>
本発明におけるリチウム含有ガラスが結晶化ガラスである場合、一態様として、酸化物基準のモル百分率表示で
SiO2を40~65%、
Al2O3を0~10%、
Li2Oを20~40%、
Na2Oを0~10%、
K2Oを0~10%、
含有することが好ましい。
【0054】
結晶化ガラスは、後に説明する非晶質ガラスを加熱処理して結晶化することで得られる。結晶化ガラスのガラス組成は、結晶化前の非晶質ガラスの組成と同じであり、後述する非晶質ガラスの項で説明する。
【0055】
結晶化ガラスは拡散透過光も含めた全光線可視光透過率が、厚さが0.7mmに換算した場合に、好ましくは85%以上であることにより、携帯ディスプレイのカバーガラスに用いた場合に、ディスプレイの画面が見えやすい。全光線可視光透過率は88%以上がより好ましく、90%以上がさらに好ましい。全光線可視光透過率は、高い程好ましいが、通常は91%以下である。なお、通常の非晶質ガラスの全光線可視光透過率は90%程度である。なお、0.7mmには以下のように換算する。
【0056】
板厚t[mm]の結晶化ガラスの、全光線透過率が100×T[%]、片面の表面反射率が100×R[%]であった場合、ランベルト・ベールの法則(Lambert-Beer law)を援用することにより、定数αを用いて、T=(1-R)2×exp(―αt)の関係がある。
ここからαをR、T、tで表し、t=0.7mmとすれば、Rは板厚によって変化しないので、0.7mm換算の全光線透過率T0.7は
T0.7=100×T0.7/t/(1-R)^(1.4/t-2)[%]
と計算できる。ただしX^YはXYを表す。
表面反射率は、屈折率からの計算で求めてもよいし、実際に測定してもよい。
また、板厚tが0.7mmよりも大きいガラスの場合は、研磨やエッチングなどで板厚を0.7mmに調整して、実際に測定してもよい。
【0057】
また、透過ヘーズ値は、厚さ0.7mmに換算した場合に、1.0%以下であることが好ましく、0.4%以下がより好ましく、0.3%以下がさらに好ましく、0.2%以下が特に好ましく、0.15%以下が最も好ましい。透過ヘーズ値は小さい程好ましいが、透過ヘーズ値を小さくするために結晶化率を下げたり、結晶粒径を小さくしたりすると、機械的強度が低下する。機械的強度を高くするためには、厚さ0.7mmの場合の透過ヘーズ値は0.02%以上が好ましく、0.03%以上がより好ましい。透過ヘーズ値はJIS K7136(2000年)に準拠する方法で測定された値である。なお、以下のようにして0.7mmに換算したヘーズ値を求めることができる。
【0058】
板厚t[mm]の結晶化ガラスの全光線可視光透過率が100×T[%]、透過ヘーズが100×H[%]の場合、上で用いた定数αを使って
dH/dt∝exp(-αt)×(1-H)
すなわち、透過ヘーズは、板厚が増すごとに内部直線透過率に比例した分増えると考えることができる。
これを積分して、0.7mm換算の透過ヘーズH0.7は、
H0.7=100×[1-(1-H)^{((1-R)2-T0.7)/((1-R)2-T)}][%]
と計算できる。ただし、「X^Y」は「XY」を表す。
また、板厚tが0.7mmよりも大きいガラスの場合は、研磨やエッチングなどで板厚を0.7mmに調整して、実際に測定してもよい。
【0059】
結晶化ガラスの、拡散透過光も含めた全光線透過スペクトルから計算される、XYZ表色系におけるY値は、87以上が好ましく、88以上がより好ましく、89以上がさらに好ましく、90以上が特に好ましい。また携帯ディスプレイのカバーガラスに用いる場合、ディスプレイ画面側に用いる場合には表示される色の再現性を高くするために、筐体側に用いる場合は意匠性を維持するためにガラス自体の着色はなるべく抑えられていることが好ましい。そのため、結晶化ガラスの刺激純度Peは1.0以下が好ましく、0.75以下がより好ましく、0.5以下がさらに好ましく、0.35以下が特に好ましく、0.25以下がもっとも好ましい。
【0060】
結晶化ガラスを強化した強化ガラスを携帯ディスプレイのカバーガラスに用いる場合、プラスチックと異なる質感・高級感を持つことが好ましい。そのため結晶化ガラスの主波長λdは580nm以下が好ましく、屈折率は1.52以上が好ましく、1.55以上がより好ましく、1.57以上がさらに好ましい。
【0061】
結晶化ガラスは、メタケイ酸リチウム結晶を含有する結晶化ガラスが好ましい。メタケイ酸リチウム結晶は、Li2SiO3と表され、一般的には、粉末X線回折スペクトルにおいてブラッグ角(2θ)が26.98°±0.2、18.88°±0.2、33.05°±0.2に回折ピークを示す結晶である。
【0062】
メタケイ酸リチウム結晶を含有する結晶化ガラスは、一般的な非晶質ガラスに比べて破壊靱性値が高く、化学強化によって大きな圧縮応力を形成しても激しい破壊が生じにくい。メタケイ酸リチウム結晶が析出し得る非晶質ガラスは、熱処理条件等によって二ケイ酸リチウムが析出する場合がある。
【0063】
二ケイ酸リチウムはLi2Si2O5と表され、一般的には、粉末X線回折スペクトルにおいてブラッグ角(2θ)が24.89°±0.2、23.85°±0.2、24.40°±0.2に回折ピークを示す結晶である。二ケイ酸リチウム結晶を含有する場合は、X線回折ピーク幅からScherrerの式で求められる二ケイ酸リチウム結晶粒子径が45nm以下であると、透明性が得られやすいので好ましく、40nm以下がより好ましい。なお、Scherrerの式には形状因子が存在するが、この場合は無次元の0.9で代表させることとしてよい。
【0064】
しかし、結晶化ガラス中にメタケイ酸リチウム結晶と二ケイ酸リチウム結晶が同時に含まれると、結晶化ガラスの透明性が低下しやすいため、結晶化ガラスは、二ケイ酸リチウムを含有しないことが好ましい。ここで「二ケイ酸リチウムを含有しない」とは、X線回折スペクトルにおいて二ケイ酸リチウム結晶の回折ピークが検出されないことをいう。
【0065】
結晶化ガラスの結晶化率は、機械的強度を高くするために、5%以上が好ましく、10%以上がより好ましく、15%以上がさらに好ましく、20%以上が特に好ましい。透明性を高くするために、70%以下が好ましく、60%以下がより好ましく、50%以下が特に好ましい。結晶化率が小さいことは、加熱して曲げ成形等しやすい点でも優れている。
【0066】
結晶化率は、X線回折強度からリートベルト法で算出できる。リートベルト法については、日本結晶学会「結晶解析ハンドブック」編集委員会編、「結晶解析ハンドブック」(協立出版 1999年刊、p492~499)に記載されている。
【0067】
結晶化ガラスの析出結晶の平均粒径は、80nm以下が好ましく、60nm以下がより好ましく、50nm以下がさらに好ましく、40nm以下が特に好ましく、30nm以下がもっとも好ましい。析出結晶の平均粒径は、透過型電子顕微鏡(TEM)像から求められる。析出結晶の平均粒径は、走査型電子顕微鏡(SEM)像から推定できる。
【0068】
結晶化ガラスの50℃~350℃における平均熱膨張係数は、90×10-7/℃以上が好ましく、より好ましくは100×10-7/℃以上、さらに好ましくは110×10-7/℃以上、特に好ましくは120×10-7/℃以上、最も好ましくは130×10-7/℃以上である。
【0069】
熱膨張係数が大き過ぎると化学強化の過程で熱膨張率差により割れが発生する可能性があるため、好ましくは160×10―7/℃以下、より好ましくは150×10-7/℃以下、さらに好ましくは140×10-7/℃以下である。また、このような熱膨張係数であると、樹脂成分の多い半導体パッケージの支持基板として好適である。
【0070】
結晶化ガラスは、結晶を含むので硬度が大きい。そのために傷つきにくく、耐摩耗性にも優れる。耐摩耗性を大きくするために、ビッカース硬度は600以上が好ましく、700以上がより好ましく、730以上がさらに好ましく、750以上が特に好ましく、780以上が最も好ましい。硬度が高過ぎると加工しにくくなるため、結晶化ガラスのビッカース硬度は、1100以下が好ましく、1050以下がより好ましく、1000以下がさらに好ましい。
【0071】
結晶化ガラスのヤング率は、化学強化時の強化による反りを抑制するために、好ましくは85GPa以上、より好ましくは90GPa以上、さらに好ましくは95GPa以上、特に好ましくは100GPa以上である。結晶化ガラスは研磨して用いることがある。研磨しやすさのために、ヤング率は130GPa以下が好ましく、125GPa以下がより好ましく、120GPa以下がさらに好ましい。
【0072】
結晶化ガラスの破壊靱性値は、好ましくは0.8MPa・m1/2以上、より好ましくは0.85MPa・m1/2以上、さらに好ましくは0.9MPa・m1/2以上であると、化学強化した場合に、割れた際に破片が飛散しにくいので好ましい。
【0073】
本発明におけるリチウムアルミノシリケートガラスが結晶化ガラスである場合、一態様として、酸化物基準のモル百分率表示でSiO2を40~60%、Al2O3を0.5~10%、Li2Oを10~50%、P2O5を0~4%、ZrO2を0~6%、Na2Oを0~7%、K2Oを0~5%含有することが好ましい。すなわち、酸化物基準のモル百分率表示でSiO2を40~60%、Al2O3を0.5~10%、Li2Oを15~50%、P2O5を0~4%、ZrO2を0~6%、Na2Oを0~7%、K2Oを0~5%含有する非晶質ガラス(以下において結晶性非晶質ガラスということがある)を加熱処理して結晶化することが好ましい。
【0074】
<<結晶性非晶質ガラス>>
本発明における非晶質ガラスは、一態様として、酸化物基準のモル百分率表示でSiO2を40~60%、Al2O3を0.5~10%、Li2Oを10~50%、P2O5を0~4%、ZrO2を0~6%、Na2Oを0~7%、K2Oを0~5%含有することが好ましい。
以下、このガラス組成を説明する。
【0075】
結晶性非晶質ガラスにおいて、SiO2はガラスのネットワーク構造を形成する成分である。また、化学的耐久性を上げる成分であり、析出結晶であるメタケイ酸リチウムの構成成分でもある。SiO2の含有量は40%以上が好ましい。SiO2の含有量は、より好ましくは42%以上、さらに好ましくは45%以上である。化学強化による応力を十分に大きくするためには、SiO2の含有量は60%以下が好ましく、より好ましくは58%以下、さらに好ましくは55%以下である。
【0076】
Al2O3は化学強化による表面圧縮応力を大きくする成分であり、必須である。Al2O3の含有量は0.5%以上が好ましい。化学強化による応力を大きくするためには、Al2O3の含有量は、より好ましくは、1%以上、さらに好ましくは2%以上、である。一方、結晶化ガラスの透過ヘーズ値を小さくするためには、Al2O3の含有量は、10%以下が好ましく、8%以下がより好ましく、6%以下がさらに好ましい。
【0077】
Li2Oは、イオン交換により表面圧縮応力を形成させる成分であり、ケイ酸リチウム結晶、アルミノケイ酸リチウム結晶、リン酸リチウム結晶の構成成分であり、必須である。Li2Oの含有量は、10%以上、好ましくは15%以上であり、より好ましくは20%以上、さらに好ましくは25%以上である。一方、化学的耐久性を保持するためには、Li2Oの含有量は、50%以下が好ましく、より好ましくは45%以下、さらに好ましくは40%以下である。
【0078】
Na2Oは、ガラスの溶融性を向上させる成分である。Na2Oは必須ではないが、好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.5%以上、さらに好ましくは1%以上であり、特に好ましくは2%以上である。Na2Oは多すぎるとメタケイ酸リチウム結晶が析出しにくくなり、または化学強化特性が低下するため、7%以下が好ましく、6%以下がより好ましく、5%以下がさらに好ましい。
【0079】
K2Oは、Na2Oと同じくガラスの溶融温度を下げる成分であり、含有してもよい。K2Oを含有する場合の含有量は、好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.5%以上、さらに好ましくは1%以上、よりさらに好ましくは1.5%以上、特に好ましくは2%以上である。K2Oは多すぎると化学強化特性が低下するため、好ましくは5%以下、より好ましくは4%以下、さらに好ましくは3%以下、特に好ましくは2%以下である。
【0080】
またNa2OとK2Oとの合計の含有量Na2O+K2Oは0.5%以上が好ましく、1%以上がより好ましい。また、7%以下が好ましく、6%以下がより好ましく、5%以下がさらに好ましい。
【0081】
P2O5は、ケイ酸リチウムまたはアルミノケイ酸リチウムを含有する結晶化ガラスの場合は必須ではないが、ガラスの分相を促して結晶化を促進する効果があり、含有してもよい。また、リン酸リチウム結晶を含有する結晶化ガラスの場合は必須成分である。P2O5を含有する場合の含有量は、好ましくは0.5%以上であり、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは1.5%以上である。一方、P2O5の含有量が多すぎると、溶融時に分相しやすくなり、また耐酸性が著しく低下する。P2O5の含有量は、好ましくは5%以下、より好ましくは4%以下、さらに好ましくは3%以下である。
【0082】
ZrO2は、結晶化処理に際して、結晶核を構成し得る成分であり、含有してもよい。ZrO2の含有量は、好ましくは1%以上であり、より好ましくは2%以上、さらに好ましくは2.5%以上、特に好ましくは3%以上である。一方、溶融時の失透を抑制するために、ZrO2の含有量は6%以下が好ましく、5.5%以下がより好ましく、5%以下がさらに好ましい。
【0083】
TiO2は結晶化処理に際して、結晶核を構成し得る成分であり、含有してもよい。TiO2は必須ではないが、含有する場合は、好ましくは0.5%以上であり、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは2%以上、特に好ましくは3%以上であり、もっとも好ましくは4%以上である。一方、溶融時の失透を抑制するために、TiO2の含有量は10%以下が好ましく、8%以下がより好ましく、6%以下がさらに好ましい。
【0084】
SnO2は結晶核の生成を促進する作用があり、含有しても良い。SnO2は必須ではないが、含有する場合、好ましくは0.5%以上であり、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは1.5%以上、特に好ましくは2%以上である。一方、溶融時の失透を抑制するために、SnO2の含有量は6%以下が好ましく、5%以下がより好ましく、4%以下がさらに好ましく、3%以下が特に好ましい。
【0085】
Y2O3は化学強化ガラスが破壊した時に破片が飛散しにくくする成分であり、含有させてもよい。Y2O3の含有量は、好ましくは1%以上、より好ましくは1.5%以上、さらに好ましくは2%以上、特に好ましくは2.5%以上、極めて好ましくは3%以上である。一方、溶融時の失透を抑制するために、Y2O3の含有量は5%以下が好ましく、4%以下がより好ましい。
【0086】
B2O3は、必須ではないが、化学強化用ガラスまたは化学強化ガラスのチッピング耐性を向上させ、また溶融性を向上させる成分であり、含有してもよい。B2O3を含有する場合の含有量は、溶融性を向上するために好ましくは0.5%以上であり、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは2%以上である。一方、B2O3の含有量が5%を超えると溶融時に脈理が発生し化学強化用ガラスの品質が低下しやすいため5%以下が好ましい。B2O3の含有量は、より好ましくは4%以下、さらに好ましくは3%以下であり、特に好ましくは2%以下である。
【0087】
BaO、SrO、MgO、CaO、ZnOはガラスの溶融性を向上する成分であり含有してもよい。これらの成分を含有させる場合、BaO、SrO、MgO、CaO、ZnOの合計BaO+SrO+MgO+CaO+ZnOは好ましくは0.5%以上、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは1.5%以上、特に好ましくは2%以上である。一方、イオン交換速度が低下するため、BaO+SrO+MgO+CaO+ZnOの含有量は8%以下が好ましく、6%以下がより好ましく、5%以下がさらに好ましく、4%以下が特に好ましい。
【0088】
このうちBaO、SrO、ZnOは、残留ガラスの屈折率を向上させて析出結晶相に近づけることにより結晶化ガラスの透過率を向上して、ヘーズ値を下げるために含有してもよい。その場合、合計の含有量BaO+SrO+ZnOは0.3%以上が好ましく、0.5%以上がより好ましく、0.7%以上がさらに好ましく、1%以上が特に好ましい。一方で、これらの成分は、イオン交換速度を低下させる場合がある。化学強化特性を良くするために、BaO+SrO+ZnOは2.5%以下が好ましく、2%以下がより好ましく、1.7%以下がさらに好ましく、1.5%以下が特に好ましい。
【0089】
また、CeO2を含有してもよい。CeO2はガラスを酸化する効果があり、着色を抑える場合がある。CeO2を含有する場合の含有量は0.03%以上が好ましく、0.05%以上がより好ましく、0.07%以上がさらに好ましい。CeO2を酸化剤として用いる場合には、CeO2の含有量は、透明性を高くするために1.5%以下が好ましく、1.0%以下がより好ましい。
【0090】
強化ガラスを着色して使用する際は、所望の化学強化特性の達成を阻害しない範囲において着色成分を添加してもよい。着色成分としては、例えば、Co3O4、MnO2、Fe2O3、NiO、CuO、Cr2O3、V2O5、Bi2O3、SeO2、Er2O3、Nd2O3が好適なものとして挙げられる。
【0091】
着色成分の含有量は、合計で1%以下の範囲が好ましい。ガラスの可視光透過率をより高くしたい場合は、これらの成分は実質的に含有しないことが好ましい。
【0092】
また、ガラスの溶融の際の清澄剤として、SO3、塩化物、フッ化物などを適宜含有してもよい。As2O3は含有しないことが好ましい。Sb2O3を含有する場合は、0.3%以下が好ましく、0.1%以下がより好ましく、含有しないことが最も好ましい。
【0093】
以下、ある成分Aのmol%をC―Aとする。本発明は結晶相として析出した結晶がいかなるものでも成り立つが、より透明性の高い結晶化ガラスを得るためには、Li2OとSiO2のmol%比C-Li2O/C-SiO2が0.4以上であることが好ましく、より好ましくは0.45以上、更に好ましくは0.5以上である。また、0.85以下であることが好ましく、より好ましくは0.80以下、更に好ましくは0.75以下である。これにより、メタケイ酸リチウムが得やすくなり、結果として粒径制御により透明性の高い結晶化ガラスを得られる。
【0094】
また、C-Li2O/C―Na2Oは、4以上であることが好ましく、より好ましくは8以上、更に好ましくは12以上である。また、30以下であることが好ましく、より好ましくは28以下、更に好ましくは25以下である。これにより、化学強化による圧縮応力を十分にいれながら、表面の応力が緩和した応力プロファイルを得やすくなる。
【0095】
2.化学強化ガラスの製造方法
本発明の化学強化ガラスの製造方法の一態様としては、例えば、上記の結晶性非晶質ガラスを加熱処理して結晶化ガラスを得、得られた結晶化ガラスを化学強化処理して製造する方法が挙げられる。
【0096】
<非晶質ガラスの製造>
非晶質ガラスは、例えば、以下の方法で製造できる。なお、以下に記す製造方法は、板状の化学強化ガラスを製造する場合の例である。
【0097】
好ましい組成のガラスが得られるようにガラス原料を調合し、ガラス溶融窯で加熱溶融する。その後、バブリング、撹拌、清澄剤の添加等により溶融ガラスを均質化し、公知の成形法により所定の厚さのガラス板に成形し、徐冷する。または、溶融ガラスをブロック状に成形して、徐冷した後に切断する方法で板状に成形してもよい。
【0098】
板状ガラスの成形法としては、例えば、フロート法、プレス法、フュージョン法及びダウンドロー法が挙げられる。特に、大型のガラス板を製造する場合は、フロート法が好ましい。また、フロート法以外の連続成形法、例えば、フュージョン法及びダウンドロー法も好ましい。
【0099】
<結晶化処理>
本発明におけるリチウムアルミノシリケートガラスが結晶化ガラスである場合は、上記の手順で得られた結晶性非晶質ガラスを加熱処理することで結晶化ガラスが得られる。
【0100】
加熱処理は、室温から第一の処理温度まで昇温して一定時間保持した後、第一の処理温度より高温である第二の処理温度に一定時間保持する2段階の加熱処理によることが好ましい。
【0101】
2段階の加熱処理による場合、第一の処理温度は、そのガラス組成において結晶核生成速度が大きくなる温度域が好ましく、第二の処理温度は、そのガラス組成において結晶成長速度が大きくなる温度域が好ましい。また、第一の処理温度での保持時間は、充分な数の結晶核が生成するように長く保持することが好ましい。多数の結晶核が生成することで、各結晶の大きさが小さくなり、透明性の高い結晶化ガラスが得られる。
【0102】
第一の処理温度は、例えば450℃~700℃であり、第二の処理温度は、例えば600℃~800℃であり、第一処理温度で1時間~6時間保持した後、第二処理温度で1時間~6時間保持する。
【0103】
上記手順で得られた結晶化ガラスを必要に応じて研削及び研磨処理して、結晶化ガラス板を形成する。結晶化ガラス板を所定の形状及びサイズに切断したり、面取り加工を行ったりする場合、化学強化処理を施す前に、切断や面取り加工を行えば、その後の化学強化処理によって端面にも圧縮応力層が形成されるため、好ましい。
【0104】
<化学強化ガラスの製造>
本発明の化学強化ガラスは、リチウム含有ガラスを、化学強化して製造される。リチウム含有ガラスは、前述の組成を有するものが好ましい。
【0105】
リチウム含有ガラスは、通常の方法で製造できる。例えば、ガラスの各成分の原料を調合し、ガラス溶融窯で加熱溶融する。その後、公知の方法によりガラスを均質化し、ガラス板等の所望の形状に成形し、徐冷する。
【0106】
ガラスの成形法としては、例えば、フロート法、プレス法、フュージョン法及びダウンドロー法が挙げられる。特に、大量生産に適したフロート法が好ましい。また、フロート法以外の連続成形法、例えば、フュージョン法およびダウンドロー法も好ましい。
【0107】
その後、成形したガラスを必要に応じて研削および研磨処理して、ガラス基板を形成する。なお、ガラス基板を所定の形状及びサイズに切断したり、ガラス基板の面取り加工を行う場合、後述する化学強化処理を施す前に、ガラス基板の切断や面取り加工を行えば、その後の化学強化処理によって端面にも圧縮応力層が形成されることから、好ましい。
【0108】
本発明の化学強化ガラスの製造方法における化学強化は、ナトリウムを含有し、かつカリウム含有量が5質量%未満の強化塩を用いた化学強化が好ましい。本発明の化学強化ガラスの製造方法において、化学強化処理は2段階以上行ってもよいが、生産性を高めるためには1段階の強化が好ましい。
【0109】
化学強化処理の処理条件は、ガラスの組成(特性)や溶融塩の種類、ならびに、所望の化学強化特性などを考慮して、適切な条件を選択すればよい。化学強化処理は、例えば、360~600℃に加熱された硝酸ナトリウム等の溶融塩中に、ガラス板を0.1~500時間浸漬することによって行う。なお、溶融塩の加熱温度としては、375~500℃が好ましく、また、溶融塩中へのガラス板の浸漬時間は、0.3~200時間が好ましい。
【0110】
本発明の化学強化ガラスの製造方法に用いる強化塩は、ナトリウムを含有し、かつカリウム含有量が5質量%未満の強化塩である。強化塩におけるカリウム含有量は2質量%以下が好ましく、実質的に含有しないことがより好ましい。「カリウムを実質的に含有しない」とは、カリウムを全く含まないこと、またはカリウムを製造上不可避的に混入した不純物として含んでいてもよいことを意味する。
【0111】
強化塩としては、例えば、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、塩化物などが挙げられる。このうち硝酸塩としては、例えば、硝酸リチウム、硝酸ナトリウム、などが挙げられる。硫酸塩としては、例えば、硫酸リチウム、硫酸ナトリウム、などが挙げられる。炭酸塩としては、例えば、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、などが挙げられる。塩化物としては、例えば、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化セシウム、塩化銀などが挙げられる。これらの強化塩は、単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【実施例】
【0112】
以下、実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。なお、表中の各測定結果について、空欄は未測定であることを表す。例1~4は実施例、例5は比較例である。
【0113】
[非晶質ガラスの作製及び評価]
表1に酸化物基準のモル百分率表示で記載したガラス組成となるように、ガラス原料を調合し、溶解、研磨加工ガラス板を作製した。ガラス原料としては、酸化物、水酸化物、炭酸塩等の一般的なガラス原料を適宜選択し、ガラスとして900gとなるように秤量した。混合したガラス原料を白金坩堝に入れ、1700℃で溶融し、脱泡した。そのガラスをカーボンボード上に流して、ガラスブロックを得た。得られたブロックの一部を用いて、評価した結果を表1に示す。表における空欄は未評価を示す。
【0114】
[結晶化ガラスの作製及び評価]
得られたガラスブロックを50mm×50mm×1.5mmに加工してから、表1に記載した条件で熱処理して結晶化ガラスを得た。表の結晶化条件欄は、上段が核生成処理条件、下段が結晶成長処理条件であり、例えば上段に550-2、下段に730-2と記載した場合は、550℃で2時間保持した後、730℃に2時間保持したことを意味する。得られた結晶化ガラスの一部を用いて、粉末X線回折によりメタケイ酸リチウムが含まれていることを確認した。
【0115】
得られた結晶化ガラスを加工し、鏡面研磨して厚さtが0.7mmの結晶化ガラス板を得た。また、熱膨張係数を測定するための棒状試料を作製した。残った結晶化ガラスの一部は粉砕して、析出結晶の分析に用いた。結晶化ガラスを評価した結果を表1に示す。表における空欄は未評価を示す。
【0116】
[化学強化ガラスの作製及び評価]
得られた結晶化ガラスについて、表2に記載の強化条件にて化学強化処理を施して化学強化ガラスを得た。例1~4は実施例、例5は比較例である。表1において、「Na100%」は硝酸ナトリウム100%の溶融塩を、「Na99.7%Li0.3%」は硝酸ナトリウム99.7wt%に硝酸リチウム0.3wt%を混合した溶融塩を、「K100%」は硝酸カリウム100%の溶融塩を示す。得られた化学強化ガラスを評価した結果を表2に示す。表における空欄は未評価を示す。
【0117】
[評価方法]
(ガラス転移点Tg、熱膨張係数)
JIS R1618:2002に基づき、熱膨張計(ブルカー・エイエックスエス社製;TD5000SA)を用いて、昇温速度を10℃/分として熱膨張曲線を得て、得られた熱膨張曲線からガラス転移点Tg[単位:℃]および熱膨張係数を求めた。
【0118】
(比重)
アルキメデス法で測定した。
【0119】
(ヤング率)
ヤング率は、超音波法で測定した。
【0120】
(屈折率)
15mm×15mm×0.8mmに鏡面研磨し、精密屈折率計KPR-2000(島津デバイス製造社製)を用いて、Vブロック法による屈折率測定を行った。
【0121】
(ビッカース硬度)
ビッカース硬度の測定は、JIS-Z-2244(2009)(ISO6507-1、ISO6507-4、ASTM-E-384)に規定する試験法に準拠し、SHIMADZU製のビッカース硬度計(MICRO HARDNESS TESTERHMV-2)を用い、常温、常湿環境下(この場合、室温25℃、湿度60%RHに維持した)で測定した。1サンプル当たり10箇所で測定し、その平均を当該試作例のビッカース硬度とした。また、ビッカース圧子の圧入荷重を0.98N、15秒間の圧入とした。
【0122】
(破壊靱性値)
破壊靱性値は、6.5mm×6.5mm×65mmのサンプルを作製し、DCDC法で測定した。その際、サンプルの65mm×6.5mmの面に、2mmΦの貫通穴を開けて評価した。
【0123】
(全光線可視光透過率)
分光光度計(PerkinElmer社製;LAMBDA950)に検出器として積分球ユニット(150mm InGaAs Int. Sptere)を用いた構成で、結晶化ガラス板の波長380~780nmにおける透過率を測定した。なお、測定の際には積分球にガラス板を密着させ、拡散透過光も含めた測定を行った。該透過率の算術平均値である平均透過率を可視光透過率[単位:%]とした。
【0124】
(ヘーズ値)
ヘーズメーター(スガ試験機製;HZ-V3)を用いて、C光源でのヘーズ値[単位:%]をJIS K 7136(2000年)に準拠する方法で測定した。
【0125】
(X線回折:析出結晶および結晶化率)
以下の条件で粉末X線回折を測定し、析出結晶を同定した。また、得られた回折強度からリートベルト法で結晶化率を算出した。
測定装置:リガク社製 SmartLab
使用X線:CuKα線
測定範囲:2θ=10°~80°
スピード:10°/分
ステップ:0.02°
【0126】
検出された結晶を表1における主結晶の欄に示す。ただし、表中LSはメタケイ酸リチウムを示す。
【0127】
(応力プロファイル)
まず、折原製作所製の測定機SLP-2000を用いて応力プロファイルを測定し、応力特性(深さ50μmにおける圧縮応力値CS
50[単位:MPa]、CT[単位:MPa]、圧縮応力値がゼロになる深さDOL[単位:μm])を求めた。得られた応力プロファイルについて、DOL±10μmの厚さ範囲における応力曲線の勾配(MPa/μm)と、板厚中心±0.20×t(μm)の厚さ範囲における応力曲線の勾配(MPa/μm)を2μmごとに算出して、その絶対値の最大値を求めた。また、株式会社東京インスツルメンツ製複屈折イメージングシステムAbrio-IMおよび薄片化サンプルを用いた手法により、ガラス表面の圧縮応力値CS
0[単位:MPa]と、主面とDOLとの間における圧縮応力曲線の変曲点の位置(μm)を解析した。結果を表2に示す。また、例1の応力プロファイルを
図3に示す。
なお、Abrio-IMおよび薄片化サンプルを用いた手法において、薄片化後の板厚は0.5mmとした。また、薄片化することによる応力の変動を補正するため、得られた応力プロファイルを1/(1-ν)倍したものを用いた。ここでνはガラスのポアソン比である。
【0128】
(EPMAによるイオン濃度)
ガラス表面のイオン濃度は、EPMA(JEOL 製JXA-8500F)を用いて測定した。サンプルに化学強化を施した後、樹脂に包埋して、板厚方向に沿った断面が露出するように鏡面研磨した。最表面の位置は、含有量の変化がほとんどないと考えられるSiの信号強度が板厚中心部の信号強度の半分になる位置とし、板厚中心部の信号強度は強化前のガラス組成に対応するものとして、イオン濃度を、濃度が信号強度に比例するものとして算出した。得られたNa濃度曲線のDOL±10μmの板厚方向の範囲における勾配、第1の主面と圧縮応力値が0である深さとの間の板厚方向の範囲における変曲点の有無について、表2に示す。また、例1の主なイオンの信号強度を
図4(a)に、算出したNaイオン濃度プロファイルを
図4(b)に示す。なお、
図4(b)において、板厚中心でのNaイオン濃度は、ガラス組成内のNa
2O濃度の2倍としてある。
【0129】
(耐候性試験)
湿度80%、80℃にて10時間静置した後、ヘーズ値を測定した。ヘーズ値は化学強化処理によっては変化しないが、湿度80%、80℃にて120時間静置すると上昇する。試験前のヘーズ値との差(すなわち、|試験後のヘーズ値[%]-試験前のヘーズ値[%]|)を[Haze変化(%)]として、表2に示す。
【0130】
(破砕数)
ビッカース試験機を用いて、試験用ガラス板の中央部分に、先端の角度が90°のビッカース圧子を打ち込んでガラス板を破壊させ、破片の個数を破砕数とした。(ガラス板が二つに割れた場合の破砕数は2である。)非常に細かい破片が生じた場合は、1mmの篩を通過しなかった個数を数えて破砕数とした。
また、ビッカース圧子の打ち込み荷重は3kgfから試験を開始し、ガラス板が割れなかった場合は、打ち込み荷重を1kgfずつ増やして、ガラス板が割れるまで試験を繰り返し、最初に割れた時の破砕数を数えた。
【0131】
(落下試験)
落下試験は、得られた120×60×0.6mmtのガラスサンプルを現在使用されている一般的なスマートフォンのサイズに質量と剛性を調節した構造体にはめ込み、疑似スマートフォンを用意した上で#180SiCサンドペーパーの上に自由落下させた。落下高さは、5cmの高さから落下させて割れなかった場合は5cm高さを上げて再度落下させる作業を割れるまで繰り返し、初めて割れたときの高さの10枚の平均値を表1に示す。
【0132】
【0133】
【0134】
表2に示すように、実施例である例1~4はNa濃度勾配及び応力勾配が本発明の規定する範囲内であることにより、Li2Oを10モル%以上含有しながら、従来のリチウム非含有ガラスと同じような応力プロファイルを持ち、比較例と比較して、加傷時の破砕が抑制され、かつ優れた強度および耐候性を示した。また、例1~3は、第一の主面からの深さ10μmの位置と、圧縮応力値が0である深さと、の間の板厚方向の範囲において、圧縮応力曲線が変曲点を含んでおり、該範囲において圧縮応力曲線が変曲点を含んでいない例4と比較して、より高い強度を示した。
【0135】
本発明を特定の態様を参照して詳細に説明したが、本発明の精神と範囲を離れることなく様々な変更および修正が可能であることは、当業者にとって明らかである。なお、本出願は、2019年6月26日付けで出願された日本特許出願(特願2019-118969)に基づいており、その全体が引用により援用される。また、ここに引用されるすべての参照は全体として取り込まれる。