(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-24
(45)【発行日】2025-01-08
(54)【発明の名称】銅ボンディングワイヤ
(51)【国際特許分類】
H01L 21/60 20060101AFI20241225BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20241225BHJP
【FI】
H01L21/60 301F
C22C9/00
(21)【出願番号】P 2022501085
(86)(22)【出願日】2021-02-19
(86)【国際出願番号】 JP2021006431
(87)【国際公開番号】W WO2021167083
(87)【国際公開日】2021-08-26
【審査請求日】2024-01-19
(31)【優先権主張番号】P 2020028560
(32)【優先日】2020-02-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】595179228
【氏名又は名称】日鉄マイクロメタル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宇野 智裕
(72)【発明者】
【氏名】小山田 哲哉
(72)【発明者】
【氏名】小田 大造
(72)【発明者】
【氏名】下村 光太
(72)【発明者】
【氏名】山口 正
【審査官】堀江 義隆
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/099413(WO,A1)
【文献】特開2018-46242(JP,A)
【文献】特開昭60-224237(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/60
C22C 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤ表面におけるX線光電子分光分析(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)で測定されるCu、Cu
2O、CuO、Cu(OH)
2の割合の合計を100%として、Cu1価に相当するCu
2Oの割合(Cu[I])に対する、Cu2価に相当するCuO、Cu(OH)
2を総計した割合(Cu[II])の比率であるCu[II]/Cu[I]が0.8~12の範囲であることを特徴とする銅ボンディングワイヤ。
【請求項2】
前記X線光電子分光分析(XPS)で測定される、CuOの割合[CuO]に対する、Cu(OH)
2の割合[Cu(OH)
2]の比率である[Cu(OH)
2]/[CuO]が1~5.5の範囲であることを特徴とする、請求項1に記載の銅ボンディングワイヤ。
【請求項3】
前記X線光電子分光分析(XPS)で測定される、Cu
2Oの割合[Cu
2O]に対する、CuOの割合[CuO]の比率である[CuO]/[Cu
2O]が0.3~6の範囲であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の銅ボンディングワイヤ。
【請求項4】
前記Cu[I]と前記Cu[II]の合計が、50%以上である、請求項1~3の何れか1項に記載の銅ボンディングワイヤ。
【請求項5】
Pd、Pt、Ag及びRhからなる群から選択される1種以上を含有し、それらの濃度の総計が100~6000質量ppmの範囲であることを特徴とする、請求項1~4の何れか1項に記載の銅ボンディングワイヤ。
【請求項6】
直径が15μm以上100μm以下である、請求項1~5の何れか1項に記載の銅ボンディングワイヤ。
【請求項7】
半導体装置用である、請求項1~6の何れか1項に記載の銅ボンディングワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅ボンディングワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
半導体装置では、半導体チップ上に形成された電極と、リードフレームや基板上の電極との間をボンディングワイヤによって接続している。これまでボンディングワイヤの材料は金(Au)が主流であったが、LSI用途を中心に銅(Cu)への代替に関する研究開発が進められており(例えば、特許文献1~3)、また、パワー半導体用途においても、熱伝導率や溶断電流の高さから、高効率で信頼性も高いCuへの代替が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭61-48543号公報
【文献】特表2018-503743号公報
【文献】国際公開第2017/221770号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
銅ボンディングワイヤ(以下、単に「銅ワイヤ」ともいう。)を用いた実装工程の量産時の問題として、接合性が低いため特殊な接合条件が必要であることが挙げられ、実用拡大を遅らせる原因となっている。
【0005】
銅ワイヤを基板上の電極に接合するウェッジ接合では、低い接合強度に帰着する傾向にある。そこで銅ワイヤの接合性を高める手法として、接合時にキャピラリや試料ステージを低周波で数回水平移動させるスクラブ機能が多く用いられる。一般的なボンディングワイヤの接合では、超音波振動(60~120kHz)が用いられているが、従来の銅ワイヤでは超音波振動だけでは接合が不十分であるために、超音波振動に加えて、スクラブ機能が用いられている。スクラブの移動方向に関しては、ワイヤ方向に平行が一般的であるが、ワイヤ方向に円弧状(平行方向と該平行方向に垂直な方向の複合)が使用される場合もある。
【0006】
このスクラブ機能により、接合時間が長くなり生産性が低下したり、ループ形状の乱れを誘発したりするなどの問題が生じる。スクラブは従来の金ワイヤでは使用されなかった特殊な接合条件であり、銅ワイヤでもスクラブの回数を減らしたり、スクラブ移動量を低減したりすることができれば、生産性の向上を図ることが可能であり、銅ワイヤの実用拡大に貢献する。
【0007】
本発明は、接合時のスクラブを軽減しても良好な接合性を呈する銅ボンディングワイヤを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題につき鋭意検討した結果、下記構成を有する銅ボンディングワイヤによって上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は以下の内容を含む。
[1] ワイヤ表面におけるX線光電子分光分析(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)で測定されるCu、Cu2O、CuO、Cu(OH)2の割合の合計を100%として、Cu1価に相当するCu2Oの割合(Cu[I])に対する、Cu2価に相当するCuO、Cu(OH)2を総計した割合(Cu[II])の比率であるCu[II]/Cu[I]が0.8~12の範囲であることを特徴とする銅ボンディングワイヤ。
[2] 前記X線光電子分光分析(XPS)で測定される、CuOの割合[CuO]に対する、Cu(OH)2の割合[Cu(OH)2]の比率である[Cu(OH)2]/[CuO]が1~5.5の範囲であることを特徴とする、[1]に記載の銅ボンディングワイヤ。
[3] 前記X線光電子分光分析(XPS)で測定される、Cu2Oの割合[Cu2O]に対する、CuOの割合[CuO]の比率である[CuO]/[Cu2O]が0.3~6の範囲であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の銅ボンディングワイヤ。
[4] 前記Cu[I]と前記Cu[II]の合計が、50%以上である、[1]~[3]の何れかに記載の銅ボンディングワイヤ。
[5] Pd、Pt、Ag及びRhからなる群から選択される1種以上を含有し、それらの濃度の総計が100~6000質量ppmの範囲であることを特徴とする、[1]~[4]の何れかに記載の銅ボンディングワイヤ。
[6] 直径が15μm以上100μm以下である、[1]~[5]の何れかに記載の銅ボンディングワイヤ。
[7] 半導体装置用である、[1]~[6]の何れかに記載の銅ボンディングワイヤ。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、接合時のスクラブを軽減しても良好な接合性を呈する銅ボンディングワイヤを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。
【0011】
[銅ボンディングワイヤ]
本発明の銅ボンディングワイヤは、ワイヤ表面におけるX線光電子分光分析(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)で測定されるCu、Cu2O、CuO、Cu(OH)2の割合の合計を100%として、Cu1価に相当するCu2Oの割合(Cu[I])に対する、Cu2価に相当するCuO、Cu(OH)2を総計した割合(Cu[II])の比率であるCu[II]/Cu[I]が0.8~12の範囲であることを特徴とする。
【0012】
X線光電子分光分析(XPS)により銅ワイヤの表面を測定することにより、銅ワイヤの表面近傍(通常、分析深さは数nm程度)に存在する銅(Cu)元素の化学結合状態を分析することができる。そして本発明者らは、銅ワイヤ表面のCu元素の化学結合状態(荷電状態)が銅ワイヤの特性と相関することを見出し、斯かるCu元素の化学結合状態を制御することにより所期の特性を呈する銅ワイヤを実現するに至ったものである。
【0013】
低スクラブ時の接合性をはじめとする銅ワイヤの特性との関連において、X線光電子分光分析(XPS)で測定されるCu、Cu2O、CuO、Cu(OH)2の化学結合状態にあるCu物質の割合が重要であることを本発明者らは見出した。なお、Cuの化学結合状態にあるCu物質とは、金属状態(Cu0価)にあるCu元素に相当する。
【0014】
本発明においては、X線光電子分光分析(XPS)で測定されるCu、Cu2O、CuO、Cu(OH)2の化学結合状態にあるCu物質の割合を指して、単に「X線光電子分光分析(XPS)で測定されるCu、Cu2O、CuO、Cu(OH)2の割合」という。
【0015】
X線光電子分光分析(XPS)で測定されるCu、Cu2O、CuO、Cu(OH)2の割合の合計を100%としたとき、Cu1価に相当するCu2Oの割合(Cu[I])に対する、Cu2価に相当するCuO、Cu(OH)2を総計した割合(Cu[II])の比率であるCu[II]/Cu[I]は0.8~12の範囲である。これにより、接合時のスクラブを軽減しても良好な接合性を呈する銅ワイヤを実現することができる。
【0016】
ここで、Cu1価に相当するCu2Oの割合(Cu[I])とは、先述のとおり、X線光電子分光分析(XPS)で測定されるCu、Cu2O、CuO、Cu(OH)2の化学結合状態にあるCu物質の合計を100%としたときの、Cu2Oの化学結合状態にあるCu物質の割合を指す。
【0017】
同様に、Cu2価に相当するCuO、Cu(OH)2を総計した割合(Cu[II])とは、先述のとおり、X線光電子分光分析(XPS)で測定されるCu、Cu2O、CuO、Cu(OH)2の化学結合状態にあるCu物質の合計を100%としたときの、CuO、Cu(OH)2の化学結合状態にあるCu物質の割合の合計を指す。
【0018】
銅ボンディングワイヤの表面をXPSで測定することにより、該銅ワイヤの表面に存在するCu1価、Cu2価を高精度に識別して濃度を算出することができる。そのXPS測定で求めたCu1価、Cu2価の比率を制御することにより、接合時のスクラブを軽減しても良好な接合性を呈する銅ワイヤを実現できる。なお、直径が10~100μm程度である細線の銅ワイヤの表面を解析する従来分析手法としてはAES(オージェ分光分析)、SEM(二次電子顕微鏡)、TEM(透過電子顕微鏡)などが従来から用いられていた。しかし、それらの手法では、銅ワイヤ表面のCu元素の化学結合状態を測定し特定の化学結合状態にあるCu物質を正確に解析することは困難であった。本発明者らは、幾つかの銅ワイヤの表面におけるAES、TEMの解析を実施したが、これらの手法により特定される銅ワイヤ表面の特性と、銅ワイヤの接合特性、とりわけ本発明の課題である低スクラブ時の接合性とは必ずしも相関するものでないことを確認した。他方、XPS測定で求められるCu1価、Cu2価の比率を制御した銅ワイヤによれば、接合時のスクラブを低減しても良好な接合性を安定して達成することができ、安定した量産性を実現し得ることを見出したものである。
【0019】
以下、斯かる比率Cu[II]/Cu[I]に関する条件を「条件1」ともいう。
【0020】
低スクラブ時の接合性により一層優れる銅ワイヤを実現する観点から、銅ワイヤの表面近傍に存在するCu2価の割合をCu1価の割合に対して増加させることが好適であり、比率Cu[II]/Cu[I]の下限は、好ましくは0.9以上、より好ましくは1以上、さらに好ましくは1.2以上、1.4以上、1.5以上、1.6以上、1.8以上、2以上、2.2以上、2.4以上、2.5以上、2.6以上、2.8以上又は3以上である。斯かる効果について、Cu2価(に相当するCu物質)により銅ワイヤ表面の保護機能が高まること、Cu1価の制御により酸化の進行を抑制し得ることが影響していると推察される。
【0021】
低スクラブ時の接合性により一層優れる銅ワイヤを実現する観点から、比率Cu[II]/Cu[I]の上限は、好ましくは11.5以下、より好ましくは10以下、さらに好ましくは9.5以下、9以下、8.5以下、8以下、7.5以下又は7以下である。
【0022】
X線光電子分光分析(XPS)で測定される比率Cu[II]/Cu[I]が上記範囲にある表面を有する銅ワイヤでは、通常の超音波振動により接合界面の隙間、凹凸を減らして密着性を高めることができ、該接合界面を介した接合相手へのCuの拡散がより促進されることから、スクラブの回数や移動量などを減じても良好な接合性を実現できるものと考えられる。この点、本発明者らは、銅ワイヤの表面近傍におけるCu[I]、Cu[II]の割合を分離して個別に調整するだけでは、接合性にばらつきが発生し所期の特性を実現し難く、比率Cu[II]/Cu[I]を制御することが重要であることを確認している。
【0023】
比率Cu[II]/Cu[I]を制御することによる効果をより享受し得る観点から、Cu[I]とCu[II]の合計の下限は、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上である。この比率の上限は、ワイヤの製造容易性の観点から、好ましくは95%以下又は90%以下である。
【0024】
銅ワイヤの接合性に関しては、銅ワイヤの表面におけるCu[I]、Cu[II]の面内分布や、Cu[I]、Cu[II]の各状態にあるCu物質の分布形態(粒状分布、線状分布、面状分布など)並びに銅ワイヤの表面形態の影響は少なく、比率Cu[II]/Cu[I]が大きく影響する。この点、XPS分析の分析深さは数nm程度であり、その分析深さにおけるCu[I]、Cu[II]の分布と接合性の間に相関は認めらなかった。
【0025】
本発明者らはまた、銅ワイヤの表面近傍に存在するCu物質の化学結合状態を制御することにより、接合時のスクラブを軽減しても良好な接合性を呈すると共に、ループ形状安定性にも優れる銅ワイヤを実現し得ることを見出した。
【0026】
銅ワイヤを変形させてループを形成する際、ワイヤの曲がりや屈曲などが発生して、隣接するワイヤの接触などの不良の原因となる。例えば、金ワイヤでは変形(癖付け)が容易であるため、ワイヤ長の長い(長スパンの)ループの形成に際して台形やM字形状などのループ形状が用いられていたが、銅ワイヤでは台形やM字形状のループを形成すると、ワイヤの曲がり、折れなどが発生する場合がある。また、ワイヤ長の短い(短スパンの)ループの形成に際して、半導体素子と基板の高さが高段差の場合、銅ワイヤではループの倒れ、接合不良などが発生する頻度が高い傾向にある。このように、銅ワイヤではループ形状が不安定であることにより、実装時の製造管理が困難であること、歩留まりの低下などが懸念されていた。
【0027】
これに対し、本発明の好適な一実施形態では、X線光電子分光分析(XPS)で測定される、CuOの割合[CuO]に対する、Cu(OH)2の割合[Cu(OH)2]の比率である[Cu(OH)2]/[CuO]が1~5.5の範囲であることを特徴とする。
【0028】
ここで、X線光電子分光分析(XPS)で測定されるCuOの割合[CuO]とは、先述のとおり、X線光電子分光分析(XPS)で測定されるCu、Cu2O、CuO、Cu(OH)2の化学結合状態にあるCu物質の合計を100%としたときの、CuOの化学結合状態にあるCu物質の割合を指す。
【0029】
同様に、X線光電子分光分析(XPS)で測定されるCu(OH)2の割合[Cu(OH)2]とは、X線光電子分光分析(XPS)で測定されるCu、Cu2O、CuO、Cu(OH)2の化学結合状態にあるCu物質の合計を100%としたときの、Cu(OH)2の化学結合状態にあるCu物質の割合を指す。
【0030】
以下、斯かる比率[Cu(OH)2]/[CuO]に関する条件を「条件2」ともいう。
【0031】
比率[Cu(OH)2]/[CuO]が1~5.5の範囲にあることにより、ループ形成時の倒れ、曲がり、垂れなどの不良を抑えることが可能であり、長スパンのループを形成する場合や短スパンの高段差ループを形成する場合であってもループ形状安定性に優れる銅ワイヤを実現し得る。
【0032】
ループ形状安定性により一層優れる銅ワイヤを実現する観点から、比率[Cu(OH)2]/[CuO]の下限は、より好ましくは1.1以上、さらに好ましくは1.2以上、1.3以上、1.4以上、1.5以上又は1.5超である。
【0033】
銅ワイヤでは、ワイヤ表面とキャピラリとの間の摺動性が、ループ形状の安定性に影響を与えることを確認した。ループ形成時にワイヤにテンション、変形が加わることで、キャピラリの内壁や先端部などでワイヤが擦れる。キャピラリの材質としては、一般にアルミニウム(Al)系酸化物が用いられており、通常のアルミナ(Al2O3)やジルコニウム(Zr)を含有するアルミナなどが多く用いられる。このAl系酸化物との摺動性に、銅ワイヤの表面近傍に存在するCu2価に相当する化学結合状態にあるCu物質が影響し、中でも、Cu(OH)2とCuOの比率が大きく影響していることを本発明者らは見出した。Cu(OH)2の割合が増加すると、Al系酸化物との摩擦が低く抑えられ、CuOの割合を低減することで、削れ、引っ掛かりを低減できるものと考えられる。
【0034】
ループ形状安定性により一層優れる銅ワイヤを実現する観点から、比率[Cu(OH)2]/[CuO]の上限は、より好ましくは5.4以下、さらに好ましくは5.3以下、5.2以下、5.1以下又は5以下である。
【0035】
比率[Cu(OH)2]/[CuO]が上記の好適範囲にある表面を形成することで、長スパンのループ形成時や、短スパンの高段差ループ形成時であってもループ形状安定性に優れる銅ワイヤを実現できる。例えば、長スパンの台形ループを形成する場合にあっては、ワイヤ長が4mm以上であっても、ワイヤの水平部と傾斜部から構成されるループ形状を安定化することができる。また、例えば、短スパンの高段差ループを形成する場合にあっては、ワイヤ長が0.5mm以下であり、2か所の接合部(すなわち、半導体チップ上の電極との第1接合部と、リードフレームや回路基板上の電極との第2接合部)の高さの差が0.1mm以上である場合でも、倒れ、垂れを抑制してループ形状を安定化することができる。
【0036】
本発明者らはさらに、銅ワイヤの表面近傍に存在するCu物質の化学結合状態を制御することにより、接合時のスクラブを軽減しても良好な接合性を呈すると共に、良好なキャピラリ寿命をもたらす銅ワイヤを実現し得ることを見出した。
【0037】
銅ワイヤではキャピラリの詰まり、付着物の発生など損傷が早くから起こり易いことが懸念されている。ボンディング工程で多数のワイヤを接続すると、キャピラリの穴の詰まり、内壁および先端部の汚れなどが発生することで、接合不良が発生したり、またその不良を回避するために、キャピラリを交換する頻度が増加したりする。キャピラリの交換に関しては、装置の停止により生産が中断されること、作業者を増やすなどの対応が必要であることが問題となる。さらに今後は、高密度実装のニーズに対応して、銅ワイヤの細径化が要求されているが、細い銅ワイヤの使用に際しては、キャピラリとワイヤの隙間が少なくなる(ワイヤ通過穴が狭くなる)ため、キャピラリの使用寿命が短くなることが懸念される。
【0038】
これに対し、本発明の好適な一実施形態では、X線光電子分光分析(XPS)で測定される、Cu2Oの割合[Cu2O]に対する、CuOの割合[CuO]の比率である[CuO]/[Cu2O]が0.3~6の範囲であることを特徴とする。
【0039】
ここで、X線光電子分光分析(XPS)で測定されるCu2Oの割合[Cu2O]とは、先述のとおり、X線光電子分光分析(XPS)で測定されるCu、Cu2O、CuO、Cu(OH)2の化学結合状態にあるCu物質の合計を100%としたときの、Cu2Oの化学結合状態にあるCu物質の割合を指す。
【0040】
X線光電子分光分析(XPS)で測定されるCuOの割合[CuO]は、条件2に関連して先に説明したとおりである。
【0041】
以下、斯かる比率[CuO]/[Cu2O]に関する条件を「条件3」ともいう。
【0042】
比率[CuO]/[Cu2O]が0.3~6の範囲にあることにより、ボンディングの量産工程においてキャピラリを交換するまでの使用寿命(単に「キャピラリ寿命」ともいう。)を向上することができる。
【0043】
キャピラリ寿命をより一層向上し得る観点から、比率[CuO]/[Cu2O]の下限は、より好ましくは0.4以上、さらに好ましくは0.5以上、0.6以上、0.7以上、0.8以上、0.9以上又は1以上である。
【0044】
CuOおよびCu2Oの2種の酸化物が相互に、キャピラリとワイヤ表面の削れ・キズの発生、キャピラリのワイヤ通過穴の詰まりなどに関係することで、キャピラリ寿命に影響するものと考えられる。CuOは緻密な膜を形成して、キャピラリの材質であるAl系酸化物との擦れによる摩耗を低減することに寄与し、一方Cu2Oは形成速度が比較的速く、格子欠陥、空隙なども含むことで削れなどを生じ易いものと考えられる。
【0045】
この点、本発明者らは、銅ワイヤの表面近傍におけるCuO、Cu2Oの割合を分離して個別に調整するだけでは、ワイヤ通過穴の詰まり、削れなどを改善することは難しく、両者を共に制御して比率[CuO]/[Cu2O]を制御することで、キャピラリ寿命を大幅に改善し得ることを見出したものである。
【0046】
比率[CuO]/[Cu2O]の上限は、優れたキャピラリ寿命を実現しつつ良好な低温接合性を実現する観点から、より好ましくは5.5以下、さらに好ましくは5以下、4.5以下、4以下、3.8以下、3.6以下、3.5以下、3.4以下、3.2以下、3以下又は2.8以下である。
【0047】
本発明の銅ワイヤにおいて、ワイヤ表面におけるX線光電子分光分析(XPS)で測定されるCu、Cu2O、CuO、Cu(OH)2の化学結合状態にあるCu物質の合計を100%としたとき、Cuの化学結合状態にあるCu物質の割合は、好ましくは5%以上、より好ましくは10%以上である。該割合の上限は、好ましくは50%以下、より好ましくは40%以下である。
【0048】
本発明の銅ワイヤは、銅又は銅合金からなる。ワイヤ中の銅の含有量は、本発明の効果を阻害しない限りにおいて特に制限されない。例えば、ワイヤ中の銅の含有量は、95質量%以上であってよく、好ましくは96質量%以上、97質量%以上、98質量%以上、99質量%以上、99.2質量%以上、99.4質量%以上又は99.5質量%以上である。
【0049】
本発明の銅ワイヤは、さらにドーパントを含有していてもよい。銅ワイヤの特性を向上させ得る任意のドーパントを含有してよいが、中でも、Pd、Pt、Ag及びRhからなる群から選択される1種以上を含有することが好適である。斯かる特定のドーパントを含有しつつ、先述の条件1を満たすことにより、大気中での保管寿命を向上させることができる。
【0050】
本発明の銅ワイヤは、ワイヤ全体を100質量%としたとき、Pd、Pt、Ag及びRhからなる群から選択される1種以上を、総計で100~6000質量ppmの範囲で含有することが好ましい。したがって好適な一実施形態において、本発明の銅ボンディングワイヤは、Pd、Pt、Ag及びRhからなる群から選択される1種以上を含有し、それら濃度の総計が100~6000質量ppmの範囲であることを特徴とする。
【0051】
銅ワイヤ中の上記ドーパントの総計含有量の下限は、より好ましくは150質量ppm以上、さらに好ましくは200質量ppm以上、250質量ppm以上又は300質量ppm以上である。また、該総計含有量の上限は、ワイヤ硬度の増大を抑えつつ大気中での保管寿命を向上させる観点から、より好ましくは5500質量ppm以下、さらに好ましくは5000質量ppm以下、4500質量ppm以下、4000質量ppm以下、3500質量ppm以下又は3000質量ppm以下である。
【0052】
銅ワイヤは、スプールに巻き取られ巻装体とされた後、該巻装体を、酸素や水分等を遮断するバリア袋により密封して出荷される。そして、半導体装置の製造において電極間の接続に供される前にバリア袋が開封される。開封後のワイヤの使用期限は通常は2~6日程度とされている。条件1を満たしつつ、Pd、Pt、Ag及びRhからなる群から選択される1種以上を上記の好適含有量にて含有することにより、バリア袋開封後の大気中での保管寿命を向上させることができる。例えば、バリア袋の開封後、大気中で7日間保管した場合であっても、低スクラブ条件下での接合性が良好であり、ループ形状安定性も良好な銅ワイヤをもたらすことができる。斯かる効果について、これは、条件1の比率Cu[II]/Cu[I]を満たしつつ、Pd、Pt、Ag及びRhからなる群から選択される1種以上を上記の好適含有量にて含有することにより、Pd、Pt、Ag及びRhの貴金属元素が、ワイヤが大気保管されている間でも、1価のCuであるCu2Oの成長を抑制して、2価のCuの形成を促進する効果を長期持続させることで、比率Cu[II]/Cu[I]を本発明の適正範囲に維持する効果を高めるためと考えられる。
【0053】
本発明の銅ボンディングワイヤにおいて、ドーパント以外の残部は、銅と不可避不純物からなってよい。
【0054】
本発明の銅ボンディングワイヤの直径は、特に限定されず具体的な目的に応じて適宜決定してよいが、好ましくは15μm以上、18μm以上又は20μm以上などとし得る。該直径の上限は、特に限定されず、例えば200μm以下、150μm以下又は100μm以下などとし得る。一実施形態において、本発明の銅ボンディングワイヤの直径は15μm以上100μm以下である。
【0055】
本発明の銅ボンディングワイヤは、半導体装置の製造において、半導体チップ上の電極と、リードフレームや回路基板上の電極とを接続するために用いることができる。半導体チップ上の電極との第1接続(1st接合)は、ボール接合であってもウェッジ接合であってもよい。ボール接合では、ワイヤ先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりボール(FAB:Free Air Ball)を形成した後に、加熱した半導体素子の電極上にこのボール部を圧着接合する。ウェッジ接合では、ボールを形成せずに、ワイヤ部を熱、超音波、圧力を加えることにより電極上に圧着接合する。リードフレームや回路基板上の電極との第2接続(2nd接合)は、ウェッジ接合とし得る。先述の条件1を満たす本発明の銅ボンディングワイヤによれば、接合時のスクラブを軽減しても良好な接合性を呈することができる。さらに先述の条件2を満たすことにより、長スパンのループを形成する場合や短スパンの高段差ループを形成する場合であっても優れたループ形状安定性を実現し得る。先述の条件3を満たすことにより、キャピラリ寿命を改善することができる。このように本発明は、銅ワイヤの実用拡大に著しく寄与するものである。
【0056】
<XPSによる銅ボンディングワイヤの測定・評価方法>
以下、X線光電子分光分析(XPS)による銅ボンディングワイヤの測定・評価方法について説明する。
【0057】
-測定試料の調製-
測定試料は、銅ワイヤを試料台に巻き付けることにより調製し得る。詳細には、試料台としてガラス板を準備し、該ガラス板に銅ワイヤを幾重にも巻き付けて測定試料を調製する。このとき、(i)銅ワイヤが幾重にも密集して試料台であるガラス板が見えなくなるように、また、(ii)得られる測定試料の表面がフラットになるように、ガラス板に銅ワイヤを巻き付ける。ここで、測定試料の表面についていう「フラット」とは、試料台に銅ワイヤを幾重にも巻き付けて得られる測定試料の表面が、極端な凹凸を有しておらず、試料台の主面と略平行な面となる程度に平坦であることを意味する。
【0058】
ここで、銅ワイヤを測定に供するに際し、特段の前処理は必要なく、半導体装置の製造において電極間の接続に供する際と同様の状態の銅ワイヤについて測定すればよい。先述のとおり、銅ワイヤは、その製造後、酸素や水分等を遮断するバリア袋により密封して出荷される。そして、半導体装置の製造において電極間の接続に供される前にバリア袋が開封される。バリア袋の開封は、半導体装置の製造が行われるクリーンルーム内で行われ、開封後の保管期限は通常は2~6日程度とされていることから、バリア袋の開封後、クリーンルーム内あるいはこれに準ずる環境にて3日間経過する前に測定に供すればよい。好ましくは、バリア袋を開封してすぐ(例えば3時間以内、2時間以内、1時間以内、30分間以内)に測定試料を調製し、XPS測定装置の真空雰囲気に設置して、速やかにXPS測定を行う。
【0059】
-XPSによる測定・評価-
得られた測定試料について、XPSによる測定を行い、Cu2p3/2、CuLMM、Olsのスペクトルを得る。ここで、Cu2p3/2は、Cuの2p3/2軌道の電子(光電子)に由来するスペクトルであり、CuLMMは、CuのLMM遷移に係るオージェ電子に由来するスペクトルである。また、O1sは、酸素(O)の1s軌道の電子に由来するスペクトルである。
【0060】
XPSの測定は、後述の[XPSによる銅ボンディングワイヤの測定・評価]欄に記載の条件にて実施することができる。なお、XPSの測定領域(検出対象領域)は、少なくとも直径100μmの領域とすること、測定数は2か所以上であることが好適である。上記の条件1乃至3をはじめ、先述した各化学結合状態にあるCu物質の割合は、斯かる値以上の測定面積につき測定した結果に基づくものである。
【0061】
次に、検出したスペクトルの解析を行う。スペクトルの解析は、XPS装置に付属の解析ソフトを使用して波形解析を行い、Cuの化学結合状態別に分離する。Cuの化学結合状態別の割合は、以下の手順(1)~(3)に従って算出することができる。
(1)Cu2p3/2スペクトルを用いて、Cu[0]+Cu[I]の合計の波形と、Cu[II]の波形を分離して、それぞれ割合を求める。
(2)CuLMMスペクトルを用いて、Cu[0]の波形と、Cu[I]の波形を分離して、それぞれ割合を求める。
(3)Olsスペクトルを用いて、CuOの波形と、Cu(OH)2の波形を分離して、それぞれ割合を求める。OlsスペクトルのO2成分(Cu2O由来)の割合が、Cu[I]の割合の1/2になるように調整する。
【0062】
<銅ボンディングワイヤの製造方法>
本発明の銅ボンディングワイヤの製造方法の一例について説明する。
【0063】
純度が3N~6N(99.9~99.9999質量%)である原料銅を連続鋳造により大径に加工し、次いで伸線加工により最終線径まで細線化する。
【0064】
なお、ドーパントを添加する場合、ドーパントを必要な濃度含有した銅合金を原料として用いればよい。ドーパントを添加する場合、高純度のドーパント成分を直接添加してもよく、ドーパント成分を1%程度含有する母合金を利用してもよい。あるいはまた、ワイヤ製造工程の途中で、ワイヤ表面にドーパント成分を被着させることによって含有させてもよい。この場合、ワイヤ製造工程のどこに組み込んでもよいし、複数の工程に組み込んでもよい。被着方法としては、(1)水溶液の塗布⇒乾燥⇒熱処理、(2)めっき法(湿式)、(3)蒸着法(乾式)、から選択することができる。
【0065】
伸線加工は、ダイヤモンドコーティングされたダイスを複数個セットできる連続伸線装置を用いて実施することができる。必要に応じて、伸線加工の途中段階で熱処理を施してもよい。そして、伸線加工の後、熱処理を行う。
【0066】
-比率Cu[II]/Cu[I]の制御-
以下、X線光電子分光分析(XPS)で測定される比率Cu[II]/Cu[I]が所定の範囲にある銅ボンディングワイヤを実現する観点から、好適な熱処理条件、熱処理前の表面性状について説明する。
【0067】
銅ワイヤの熱処理工程では、銅ワイヤを加熱炉内に掃引しながら連続的に加熱する方法を用いて、ワイヤの加熱速度及び冷却速度を同時に高めることが好ましい。すなわち、銅ワイヤ表面のCuの価数の比率Cu[II]/Cu[I]を所定範囲に制御する観点から、熱処理工程において銅ワイヤを急加熱・急冷することが好ましい。
【0068】
詳細には、加熱炉内の最高温度をT(℃)、加熱炉入口から炉内最高温度域までの移動時間をH(秒)としたとき、仮の(見掛けの)昇温速度はT/H(℃/秒)で表される。冷却速度についても、炉内最高温度域から加熱炉出口までの移動時間をC(秒)としたとき、仮の(見掛けの)冷却速度はT/C(℃/秒)で表される。仮の昇温速度T/Hは、好ましくは400℃/秒以上、より好ましくは500℃/秒以上又は600℃/秒以上である。該T/Hの上限は特に限定されず、例えば、2000℃/秒以下又は1500℃/秒以下などとし得る。仮の冷却速度T/Cは、好ましくは500℃/秒以上、より好ましくは600℃/秒以上又は700℃/秒以上である。該T/Cの上限は特に限定されず、例えば、3000℃/秒以下、2500℃/秒以下又は2000℃/秒以下などとし得る。斯かる仮の昇温速度、仮の冷却速度を実現する手法として、例えば、雰囲気ガスの流速、雰囲気ガスの挿入口の位置、あるいは炉内の雰囲気ガス流通管の長さ、径、形状の適正化、ヒーター部の形状、長さ、位置、設定温度などを適性化することが好ましい。例えば、仮の昇温速度を高くするためには、加熱炉入口近くにヒーター部を設置してその設定温度を高くすること、また仮の冷却速度を高めるためには、冷却側の雰囲気ガスの流速を上げることなどの手法を採用し得る。熱処理工程における昇温速度、冷却速度を上記好適範囲とすることに加えて、加熱炉内の最高温度Tを400~900℃の範囲で制御することにより、銅ワイヤ表面における酸化物、水酸化物などの安定性を変化させることで、比率Cu[II]/Cu[I]を0.8~12の範囲に有利に調整し得る。好ましくは、仮の昇温速度T/Hを600℃/秒以上、仮の冷却速度T/Cを700℃/秒以上とすることにより、比率Cu[II]/Cu[I]を好適範囲である2~10の範囲に調整することに寄与する。
【0069】
また、比率Cu[II]/Cu[I]を所定範囲に制御する観点から、伸線工程において銅ワイヤの表面に付着し残留する有機物を減少させることも好ましい。銅ワイヤの伸線工程においては、銅ワイヤとダイス表面の摩擦を減じるために、通常、水と油をベースとする潤滑剤が用いられる。使用する油性潤滑剤を低分子系、低融点のものなど、熱処理時に揮発し易いものを利用することで、Cu2価の発生を促進して、Cu1価の割合を調整することも可能である。Cu2価(に相当するCu物質)により銅ワイヤ表面の保護機能が高まること、Cu1価の制御により酸化の進行を抑制し得ることが影響していると推察される。
【0070】
-比率[Cu(OH)2]/[CuO]の制御-
比率[Cu(OH)2]/[CuO]を制御するにあたって、前述した急加熱・急冷の熱処理条件に加えて、加熱炉出口の近傍で、ワイヤを水冷することが好ましい。
【0071】
水冷により、冷却速度を大気冷却に比し速めることで、CuOの形成を抑制することができ、また、高温で銅ワイヤを水中に通すことで、Cu(OH)2の形成を促進することにより、比率[Cu(OH)2]/[CuO]を所定の範囲に有利に調整し得るものと考える。水冷時の、冷却時間、水温、加熱炉出口から冷却水までの距離などを適正化することにより、比率[Cu(OH)2]/[CuO]を上記の好適範囲内で調整することができる。水冷に用いる水は、界面活性剤を少量含有してもよい。界面活性剤により銅ワイヤを使用するときのほぐれ性も改善し得る。
【0072】
-比率[CuO]/[Cu2O]の制御-
比率[CuO]/[Cu2O]を制御するにあたって、前述した急加熱・急冷の熱処理条件に加えて、熱処理工程に用いるガス雰囲気中の酸素分圧、水蒸気量を適正化することが好ましい。
【0073】
酸素分圧、水蒸気量が高いほどCuOの形成が促進され、比率[CuO]/[Cu2O]は高くなる傾向にある。
【0074】
[半導体装置]
本発明の半導体装置用銅ボンディングワイヤを用いて、半導体チップ上の電極と、リードフレームや回路基板上の電極とを接続することによって、半導体装置を製造することができる。
【0075】
一実施形態において、本発明の半導体装置は、回路基板、半導体チップ、及び回路基板と半導体チップとを導通させるための銅ボンディングワイヤを含み、該銅ボンディングワイヤが本発明の銅ボンディングワイヤであることを特徴とする。
【0076】
本発明の半導体装置において、回路基板及び半導体チップは特に限定されず、半導体装置を構成するために使用し得る公知の回路基板及び半導体チップを用いてよい。あるいはまた、回路基板に代えてリードフレームを用いてもよい。例えば、特開2002-246542号公報に記載される半導体装置のように、リードフレームと、該リードフレームに実装された半導体チップとを含む半導体装置の構成としてよい。
【0077】
半導体装置としては、電気製品(例えば、コンピューター、携帯電話、デジタルカメラ、テレビ、エアコン、太陽光発電システム等)及び乗物(例えば、自動二輪車、自動車、電車、船舶及び航空機等)等に供される各種半導体装置が挙げられる。
【実施例】
【0078】
以下、本発明について、実施例を示して具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0079】
(サンプル)
まずサンプルの作製方法について説明する。ワイヤの原材料となるCuは、純度が99.9質量%以上(3N)~99.999質量%以上(5N)で残部が不可避不純物から構成されるものを用いた。斯かる所定純度の銅は、連続鋳造により数mmの線径になるように製造した。また、ドーパントPd、Pt、Agを添加する場合、Pd、Pt、Agは純度が99質量%以上で残部が不可避不純物から構成されるもの、あるいはCuにドーパントが高濃度で配合された母合金を用いた。そして、ドーパント含有量が目的の値となるように、上記所定純度の銅に添加し、連続鋳造により数mmの線径になるように製造した。得られた線材に対し、引抜加工を行って線径0.3~1.4mmのワイヤを作製した。伸線には市販の潤滑液を用い、伸線速度は30~200m/分とした。また伸線は、減面率が10~26%の範囲にある複数のダイス(そのうち半分以上のダイスの減面率は10~21%)を用いて伸線加工を行い、最終線径まで加工した。必要に応じて、伸線加工の途中において、200~600℃、5~15秒間の熱処理を0~2回行った。ここで、最終線径は直径20μmとした。
【0080】
加工後、熱処理炉にワイヤを掃引しながら連続加熱を行った。炉内の最高温度は400~850℃で、炉内に5vol%H2-N2ガスを流しながら熱処理を行った。炉内の最高温度をT(℃)、炉入口から炉内最高温度域までの移動時間をH(秒)、炉内最高温度域から炉出口までの移動時間をC(秒)としたとき、仮の(見掛けの)昇温速度はT/H(℃/秒)、仮の冷却速度はT/C(℃/秒)で表される。実施例では、仮の昇温速度T/Hを400~1500℃/秒の範囲、仮の冷却速度T/Cを500~2000℃/秒の範囲とした。比較例では、T/Hを400°C/秒未満、T/Cを500℃/秒未満としており、これは銅ボンディングワイヤの通常の製造条件の一例である。
【0081】
(試験・評価方法)
以下、試験・評価方法について説明する。
【0082】
[XPSによる銅ボンディングワイヤの測定・評価]
1.測定試料の調製
実施例及び比較例で製造した銅ボンディングワイヤを、市販のバリア袋を用いて窒素雰囲気で袋に密封し、その後1週間以内に開封した。開封後に2日以内に下記の測定試料を作製して、XPS装置の真空部屋に入れた。10mm幅のガラス板に巻き付けて測定試料を調製した。測定試料の調製に際しては、(i)ワイヤが幾重にも密集してガラスが見えなくなるように、また、(ii)得られる測定試料の表面がフラットになるように、ガラス板に銅ボンディングワイヤを巻き付けた。
【0083】
2.XPSによる測定・評価
上記1.で得た測定試料について、以下の条件にてXPS測定を行い、Cu2p3/2、CuLMM、Olsのスペクトルを検出した。
・測定装置:PHI社製QuanteraII
・到達真空度:約1×10-8Torr
・X線源:単色化Al(1486.6eV)
・X線ビーム径:100μmΦ(25W、15kV)
・検出領域:≧10000μm2
・光電子取出角:45度
【0084】
検出したスペクトルの解析は、XPS装置に付属の解析ソフトを使用して波形解析を行い、Cuの化学結合状態別に分離した。Cuの化学結合状態別の割合は、以下の手順(1)~(3)に従って算出した。
(1)Cu2p3/2スペクトルを用いて、Cu[0]+Cu[I]の合計の波形と、Cu[II]の波形を分離して、それぞれ割合を求める。
(2)CuLMMスペクトルを用いて、Cu[0]の波形と、Cu[I]の波形を分離して、それぞれ割合を求める。
(3)Olsスペクトルを用いて、CuOの波形と、Cu(OH)2の波形を分離して、それぞれ割合を求める。OlsスペクトルのO2成分(Cu2O由来)の割合が、Cu[I]の割合の1/2になるように調整する。
【0085】
[銅ボンディングワイヤの性能試験・評価]
実施例及び比較例の各ワイヤについて、市販のワイヤボンダー(K&S社製IConn)を用いて、ボンディングを行った。リードフレームには、Agめっきを施したCu合金リードフレームを用い、半導体素子にはSiを使用したチップを用いた。電極には上記リードフレームにAgをめっきしたものを用いた。そして、半導体素子に対してはボール接合、リードフレームに対してはウェッジ接合を行った。なお、ボール形成は、N2十5%H2ガスを0.4L/min以上0.6L/min未満の流通下、実施した。
【0086】
<スクラブ評価>
スクラブ評価においては、ウェッジ接合時のスクラブ回数を、通常2回以上必要なところを1回または0(ゼロ)回(スクラブなし)に減らしてワイヤを接合した。接合温度は150℃の低温とし、接合時の荷重の条件は、それぞれ50~80gf、超音波振動の条件ではUSG Currentの設定値を15~40の範囲で調整した。スクラブ条件について、スクラブ振幅(Scrub Amplitude)は2.5~3.5μmの範囲として、スクラブ周波数(Scrub Frequency)で170~250kHzの範囲で調整した。Scrub modeはin-lineを選定しており、スクラブ移動方向はワイヤ方向に平行であった。ワイヤを200本接続して、接合時に剥離が発生する不着、またはワイヤボンダーの停止などの接続不良が起きた本数を数えた。各ワイヤについて、これを2回実施して接続不良の本数の平均値を求め、以下の基準に従って、評価した。評価結果は、表1の「接合性」の欄に示した。
【0087】
評価基準:
◎:0
○:1~3
△:4~6
×:7以上
【0088】
<ループ形状安定性>
ループ形状安定性(ループプロファイルの再現性)は、長スパンの台形ループ形成時と、短スパンの高段差ループ形成時とに関し、以下のとおり試験・評価した。
【0089】
(1)長スパンの台形ループ形成時のループ形状安定性
通常のループ形成条件より厳しい条件である、ワイヤ長5mm、ループ高さ0.4mmとなるように台形ループを144本接続した。ループ部分を光学顕微鏡で観察し、曲がり量が0.2mm以上であれば不良と判定し、以下の基準に従って、評価した。曲がり量は、2か所の接合部を直線で結び、最大曲がり部の該直線からの距離で求めた。評価結果は、表1の「ループ形状安定性」の欄中、「長尺台形」の欄に示した。
【0090】
評価基準:
◎:不良箇所なし
○:不良箇所が1~3
△:不良箇所が4~7
×:不良箇所が8以上
【0091】
(2)短スパンの高段差ループ形成時のループ形状安定性
ワイヤ長0.6mm、ウェッジ接合部からボール接合部までの高低差0.5mmとなるように高段差ループを200本接続した。ループ部を光学顕微鏡で観察し、曲がり量が0.05mm以上であれば不良と判定し、以下の基準に従って、評価した。評価結果は、表1の「ループ形状安定性」の欄中、「短尺高段差」の欄に示した。
【0092】
評価基準:
◎:不良箇所なし
○:不良箇所が1~3
△:不良箇所が4~7
×:不良箇所が8以上
【0093】
[キャピラリ寿命]
キャピラリの汚れ、詰まりを加速するボンディング試験を行うため、穴径が25μmと小さいキャピラリを用いて、接合温度150℃、スクラブ2回の条件で、ワイヤ長1.5mmの台形ループを5万本接続した。次いで、ワイヤボンダーからキャピラリを取り外し、光学顕微鏡でキャピラリを観察した。キャピラリの先端部および内部に汚れ、付着物、削れくずなどで3μm以上の寸法のものをカウントして不良数とし、以下の基準に従って、評価した。評価結果は、表1の「キャピラリ寿命」の欄中、「5万ボンド」の欄に示した。
【0094】
評価基準:
◎:不良数0
○:不良数1
△:不良数2
×:不良数3以上
【0095】
上記と同じ条件で台形ループを20万本接続した場合についても評価し、以下の基準に従って、評価した。評価結果は、表1の「キャピラリ寿命」の欄中、「20万ボンド」の欄に示した。
【0096】
評価基準:
◎:不良数0
○:不良数1~2
△:不良数3~4
×:不良数5以上
【0097】
実施例及び比較例の評価結果を表1に示す。
【0098】
【0099】
実施例No.1~16はいずれも、XPSで測定される比率Cu[II]/Cu[I]が本発明範囲内にあり、接合時のスクラブ回数が1回又は0回とスクラブを軽減しても良好な接合性を呈することを確認した。なお、XPSで測定されるCu[I]とCu[II]の合計は、何れの実施例も50%以上であった。
加えて、実施例No.1~5、7~11、13、15及び16は、XPSで測定される比率[Cu(OH)2]/[CuO]が好適範囲にあり、長スパンのループ形成時や、短スパンの高段差ループ形成時であってもループ形状安定性に優れることを確認した。
実施例No.1、2、4~16は、XPSで測定される比率[CuO]/[Cu2O]が好適範囲にあり、優れたキャピラリ寿命をもたらすことを確認した。
他方、比較例No.1~4は、XPSで測定される比率Cu[II]/Cu[I]が本発明範囲外であり、接合時のスクラブ回数が1回又は0回とスクラブを軽減すると接続不良が生じ、また、ループ形状安定性やキャピラリ寿命も不良であった。