(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-06
(45)【発行日】2025-01-15
(54)【発明の名称】窒化シリコン膜の成膜方法、成膜装置及び窒化シリコン膜
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20250107BHJP
C23C 14/34 20060101ALI20250107BHJP
H01L 21/31 20060101ALI20250107BHJP
H01L 21/318 20060101ALI20250107BHJP
【FI】
C23C14/06 E
C23C14/34 N
C23C14/34 U
H01L21/31 D
H01L21/318 B
(21)【出願番号】P 2023537432
(86)(22)【出願日】2022-09-27
(86)【国際出願番号】 JP2022035867
(87)【国際公開番号】W WO2023105894
(87)【国際公開日】2023-06-15
【審査請求日】2023-06-19
(31)【優先権主張番号】P 2021200446
(32)【優先日】2021-12-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】110000305
【氏名又は名称】弁理士法人青莪
(72)【発明者】
【氏名】安藤 優汰
(72)【発明者】
【氏名】猪狩 晃
(72)【発明者】
【氏名】森本 直樹
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-529242(JP,A)
【文献】特開平07-090573(JP,A)
【文献】特表2015-501371(JP,A)
【文献】特表平05-501587(JP,A)
【文献】特開2020-073710(JP,A)
【文献】特開2017-129808(JP,A)
【文献】特開2021-147678(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
C23C 14/34
H01L 21/31
H01L 21/318
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバ内にシリコン製ターゲットと成膜対象物とを対向配置し、真空雰囲気の真空チャンバ内に窒素ガスを含むスパッタガスを導入し、シリコン製ターゲットに負の電位を印加して、反応性スパッタリングにより電気的にフローティング状態で設置される成膜対象物の表面に、引張応力を持つ窒化シリコン膜を成膜する窒化シリコン膜の成膜方法において、
成膜対象物をバイアス電位の非印加状態とし、シリコン製ターゲット表面が金属モードと化合物モードとの間の遷移モードに維持されるようにスパッタガスに対する窒素ガスの流量割合及びシリコン製ターゲットに印加する電位の少なくとも一方を制御して成膜対象物表面にβ型窒化ケイ素を堆積させる工程を含
み、
真空チャンバ内に発生させたプラズマ雰囲気を臨む成膜対象物の周囲に配置した導電性部材に、正電位を印加してバイアス電位の非印加状態を維持することを特徴とする窒化シリコン膜の成膜方法。
【請求項2】
真空チャンバ内にシリコン製ターゲットと成膜対象物とを対向配置し、真空雰囲気の真空チャンバ内に窒素ガスを含むスパッタガスを導入し、シリコン製ターゲットに負の電位を印加して、反応性スパッタリングにより電気的にフローティング状態で設置される成膜対象物の表面に、引張応力を持つ窒化シリコン膜を成膜する窒化シリコン膜の成膜方法において、
成膜対象物をバイアス電位の非印加状態とし、シリコン製ターゲット表面が金属モードと化合物モードとの間の遷移モードに維持されるようにスパッタガスに対する窒素ガスの流量割合及びシリコン製ターゲットに印加する電位の少なくとも一方を制御して成膜対象物表面にβ型窒化ケイ素を堆積させる工程を含み、
スパッタガスに対する窒素ガスの流量割合をx(%)
、窒化シリコン膜の成膜レートをy(Å/sec)とし、次式(1)を満たすように、流量割合及
びシリコン製ターゲットに印加する電位の少なくとも一方を制御することを特徴とす
る窒化シリコン膜の成膜方法。
y=0.815x-7.50・・・(1)
【請求項3】
真空チャンバ内にシリコン製ターゲットと成膜対象物とを対向配置し、真空雰囲気の真空チャンバ内に窒素ガスを含むスパッタガスを導入し、シリコン製ターゲットに負の電位を印加して、反応性スパッタリングにより電気的にフローティング状態で設置される成膜対象物の表面に、引張応力を持つ窒化シリコン膜を成膜する窒化シリコン膜の成膜方法において、
成膜対象物をバイアス電位の非印加状態とし、シリコン製ターゲット表面が金属モードと化合物モードとの間の遷移モードに維持されるようにスパッタガスに対する窒素ガスの流量割合及びシリコン製ターゲットに印加する電位の少なくとも一方を制御して成膜対象物表面にβ型窒化ケイ素を堆積させる工程を含み、
β型窒化ケイ素を堆積させる工程に先立って
、スパッタガスに対する窒素ガスの流量割合及
びシリコン製ターゲットに印加する電位の少なくとも一方を制御してシリコン製ターゲットの表面が金属モードに維持される状態で成膜対象物表面にα型窒化ケイ素のシード層を形成する前工程を含むことを特徴とす
る窒化シリコン膜の成膜方法。
【請求項4】
シリコン製ターゲットが設置される真空チャンバを有し、真空チャンバ内にシリコン製ターゲットに対向させて成膜対象物を電気的にフローティング状態で保持するステージと、真空雰囲気の真空チャンバ内に窒素ガスを含むスパッタガスを導入するガス導入手段と、シリコン製ターゲットに負の電位を印加するスパッタ電源とを備える窒化シリコン膜の成膜装置において、
真空チャンバ内でステージの周囲に位置させて設けられる導電性部材と、
成膜時に成膜対象物のバイアス電位の非印加状態が維持されるように導電性部材に正電位を印加する直流電源とを備えることを特徴とする窒化シリコン膜の成膜装置。
【請求項5】
前記導電性部材の頂部が、前記ステージの上面と面一または前記ステージの上面より下方に位置することを特徴とする請求項4記載の窒化シリコン膜の成膜装置。
【請求項6】
柱状構造のβ型窒化ケイ素で構成され、屈折率が2.0±0.2の範囲にて+300MPaより強い引張応力を持つことを特徴とする窒化シリコン膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化シリコン膜の成膜方法、成膜装置及び窒化シリコン膜に関する。
【背景技術】
【0002】
上記種の窒化シリコン膜は、例えば、半導体デバイスの製造工程においてハードマスクとして利用される。このような用途の窒化シリコン膜には、所定の屈折率(例えば、2.0±0.2)の範囲内で比較的強い引張応力(+300MPa以上)を持つことが要求され、通常は、プラズマCVD法により成膜されている(例えば特許文献1参照)。プラズマCVD法により窒化シリコン膜を成膜する場合、原料ガスとして水素原子を含むシラン系ガスが一般に用いられる。このため、成膜される窒化シリコン膜中に水素原子が取り込まれると、半導体デバイスに悪影響を与えるという問題を招来する。
【0003】
他方で、反応性スパッタリングにより窒化シリコン膜を成膜することもできる。この場合、シリコン製ターゲットと成膜対象物とを対向配置した真空雰囲気の真空チャンバ内に希ガスと窒素ガスとを含むスパッタガスを導入し、シリコン製ターゲットに負の電位を印加し、このとき、スパッタガスに対する窒素ガスの流量割合及びシリコン製ターゲットに印加する電位の少なくとも一方を制御してシリコン製ターゲットの表面が金属モードに維持される状態で成膜される。このようにして成膜された窒化シリコン膜の大部分は、圧縮応力を持つことが一般に知られている。たとえ引張応力を持つ窒化シリコン膜が成膜できたとしても、上記プラズマCVD法により成膜したもの程の強い引張応力が得られない。然し、窒化シリコン膜の成膜に反応性スパッタリングを用いると、プラズマCVD法と比較して製造コストの低減が図れる等の利点がある。このことから、プラズマCVD法により成膜されるものと同等の引張応力を持つ窒化シリコン膜を反応性スパッタリングで成膜できる成膜方法の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、以上の点に鑑み、反応性スパッタリングにより比較的強い引張応力を持つ窒化シリコン膜を成膜することができる窒化シリコン膜の成膜方法、成膜装置及び窒化シリコン膜を提供することをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明は、真空チャンバ内にシリコン製ターゲットと成膜対象物とを対向配置し、真空雰囲気の真空チャンバ内に窒素ガスを含むスパッタガスを導入し、シリコン製ターゲットに負の電位を印加して、反応性スパッタリングにより電気的にフローティング状態で設置される成膜対象物の表面に、引張応力を持つ窒化シリコン膜を成膜する窒化シリコン膜の成膜方法において、成膜対象物をバイアス電位の非印加状態とし、シリコン製ターゲット表面が金属モードと化合物モードとの間の遷移モードに維持されるようにスパッタガスに対する窒素ガスの流量割合及びシリコン製ターゲットに印加する電位の少なくとも一方を制御して成膜対象物表面にβ型窒化ケイ素を堆積させる工程を含むことを前提とする。また、本発明は、前記真空チャンバ内に発生させたプラズマ雰囲気を臨む前記成膜対象物の周囲に配置した導電性部材に、正電位を印加してバイアス電位の非印加状態を維持することを特徴とする。
【0007】
ここで、上記従来例のように金属モードで窒化シリコン膜を成膜すると、成膜されたものはα型窒化ケイ素(α-Si3N4)の結晶構造となる。一方、成膜レートや流量割合を適宜制御してシリコン製ターゲット表面を金属モードと化合物モードとの間の遷移モードに維持すれば、成膜されたものはβ型窒化ケイ素(β-Si3N4)の結晶構造となり、このようなβ型窒化ケイ素膜が所定の屈折率の範囲にて引張応力を持つこと、言い換えると、窒化シリコン膜の応力は成膜レートとスパッタガスに対する窒素ガスの流量割合とに依存性があることが判った。また、成膜された窒化シリコン膜が柱状構造を持っていると、引張応力が生じ易いことが一般に知られているが、遷移モードに維持しただけでは、窒化シリコン膜が隙間の揃った柱状構造とならないことが判明した。
【0008】
本願発明者は、鋭意研究を重ね、真空チャンバ内に発生させたプラズマ雰囲気を臨む成膜対象物の周囲に導電性部材を配置し、反応性スパッタリングによって成膜する間、導電性部材に正電位を印加すると、成膜されたものは、柱状構造のβ型窒化ケイ素(β-Si3N4)となり、比較的強い引張応力(+300MPa)を発現することを知見した。これは、通常、成膜対象物がシリコンウエハである場合や、成膜対象物の表面が電気抵抗の相対的に高い窒化ケイ素で覆われてくると、プラズマ雰囲気中の電子が帯電して成膜対象物には所謂セルフバイアス(バイアス電位)が加わる状態となり、このような状態では、シリコン製ターゲットから飛散するスパッタ粒子がより高いエネルギーを持って成膜対象物に到達(衝突)することで、柱状構造が損なわれる一方で、成膜対象物の周囲に導電性部材があると、電子の帯電が緩和(抑制)されて成膜対象物に加わるセルフバイアスが低減されることによるものと考えられる。
【0009】
そこで、本発明では、成膜対象物をバイアス電位の非印加状態とし、シリコン製ターゲット表面が金属モードと化合物モードとの間の遷移モードに維持されるようにスパッタガスに対する窒素ガスの流量割合及びシリコン製ターゲットに印加する電位の少なくとも一方を制御してβ型窒化シリコン膜を成膜する構成を採用した。本発明にいう「バイアス電位の非印加状態」には、例えば、交流電源により積極的にバイアス電位を印加する場合を除く、ということだけを意味するものではなく、プラズマ雰囲気中の電子の帯電を緩和して成膜対象物に加わるセルフバイアスを可及的に低くできる状態を含み、セルフバイアスを低くできるのであれば、成膜対象物の周囲に配置した導電性部材に正電位を印加するものに限られない。なお、スパッタ電源としては直流電源、高周波電源、交流電源を採用することができるが、直流電源を採用することが好ましい。直流電源から「直流電力」を投入する場合、パルス状の直流電力を投入する場合も含む。また、「シリコン製ターゲットに印加する電位を制御する」とは、シリコン製ターゲットに接続されたスパッタ電源の電力を制御することでシリコン製ターゲットに印加する電位を制御することや、シリコン製ターゲットに接続されたスパッタ電源の電流を定電流制御することでシリコン製ターゲットに印加する電位を制御することも含み、シリコン製ターゲットに接続されたスパッタ電源の電位を定電圧制御するということに限られない。これにより、反応性スパッタリングにより比較的強い引張応力を持つ窒化シリコン膜を成膜することができる。また、成膜中、真空チャンバ内に設置される防着板表面などに窒化シリコンが付着、堆積してくると、真空チャンバ内に発生させたプラズマが拡がって放電が不安定になり易いが、本発明では、正電位が印加された導電性部材があることで、プラズマの拡がりが抑制されて放電を常時安定させることができる。
【0010】
また、本発明は、成膜レートと流量割合の依存性に関する発明実験に基づく回帰分析から、前記スパッタガスに対する窒素ガスの流量割合をx(%)、前記窒化シリコン膜の成膜レートをy(Å/sec)とし、次式(1)を満たすように、窒素ガスの流量割合及びシリコン製ターゲットに印加する電位の少なくとも一方を制御することを特徴とする。これによれば、+300MPa以上の引張応力を持つ窒化シリコン膜が成膜できることが確認された。
y=0.815x-7.50・・・(1)
【0011】
また、本発明は、前記β型窒化ケイ素を堆積させる工程に先立って、前記スパッタガスに対する窒素ガスの流量割合及び前記シリコン製ターゲットに印加する電位の少なくとも一方を制御してシリコン製ターゲットの表面が金属モードに維持される状態で成膜対象物表面にα型窒化ケイ素のシード層を形成する前工程を含むことを特徴とする。これにより、α型窒化ケイ素の種結晶上にβ型窒化ケイ素が堆積することで、成膜された窒化シリコン膜が狭い隙間で且つ隙間の揃った柱状構造で+400MPa以上の引張応力を持つことが確認された。
【0012】
また、上記課題を解決するために、本発明の成膜装置は、シリコン製ターゲットが設置される真空チャンバを有し、真空チャンバ内にシリコン製ターゲットに対向させて成膜対象物を電気的にフローティング状態で保持するステージと、真空雰囲気の真空チャンバ内に窒素ガスを含むスパッタガスを導入するガス導入手段と、シリコン製ターゲットに負の電位を印加するスパッタ電源とを備え、真空チャンバ内でステージの周囲に位置させて設けられる導電性部材と、成膜時に成膜対象物のバイアス電位の非印加状態が維持されるように導電性部材に正電位を印加する直流電源とを備えることを特徴とする。また、本発明においては、前記導電性部材の頂部が、前記ステージの上面と面一または前記ステージの上面より下方に位置することが好ましい。そして、本発明の窒化シリコン膜は、柱状構造のβ型窒化ケイ素で構成され、屈折率が2.0±0.2の範囲にて+300MPaより強い引張応力を持つことを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本実施形態の窒化シリコン膜の成膜装置としてのスパッタリング装置の構成を示す模式図。
【
図2】第1実施形態の窒化シリコン膜の成膜方法を説明する図。
【
図3】本発明の効果を確認する実験結果を示すグラフ。
【
図4】本発明の効果を確認する実験結果を示すグラフ。
【
図5】本発明の効果を確認する実験結果を示すグラフ。
【
図6】本発明の効果を確認する実験結果を示すグラフ。
【
図7】(a)及び(b)は、第2実施形態の窒化シリコン膜の成膜方法を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して、成膜対象物をシリコンウエハ(以下「基板Sw」という)、ターゲットを所定純度のシリコン製とし、スパッタガスとしてアルゴンガスと窒素ガスとを用いて反応性スパッタリングにより基板Sw表面に窒化シリコン膜を成膜する場合を例に、本発明の窒化シリコン膜の成膜方法、成膜装置及び窒化シリコン膜の実施形態を説明する。以下において、上、下といった方向を示す用語は、
図1を基準とする。
【0015】
図1を参照して、本実施形態の成膜装置は所謂マグネトロンスパッタリング装置SMであり、アース接地された真空チャンバ1を備える。真空チャンバ1には、排気管11を介して真空ポンプ12が接続され、真空チャンバ1内を所定圧力(真空度)に真空排気することができる。真空チャンバ1の側壁には、アルゴンガスと窒素ガスとのガス源に夫々連通し、マスフローコントローラ13a,13bが介設されたガス管14が接続されている。そして、各マスフローコントローラ13a,13bで流量制御してアルゴンガスと窒素ガスとのスパッタガス
を所定の流量割合(スパッタガスに対する窒素ガスの流量割合)で真空チャンバ1内に導入することができる。本実施形態では、マスフローコントローラ13a,13b、ガス管14といった部品がガス導入手段を構成する。
【0016】
真空チャンバ1内にはステージ2が設けられている。ステージ2は、真空チャンバ1の底面内側に絶縁体21aを介して配置される金属製の基台21と、基台21上に設けられる、例えば窒化アルミニウム製または窒化ボロン製のチャックプレート22とを有する。チャックプレート22には静電チャック用の電極22aが組み込まれ、図外のチャック用電源から電極22aに通電することで、その成膜面を上に向けて載置された基板Swを静電吸着(保持)することができる。このとき、基板Swは電気的にフローティング状態となる。チャックプレート22には、特に図示して説明しないが、基板Swの加熱冷却機構が設けられ、反応性スパッタリングによる成膜中に、基板Swを所定温度に調整することができる。
【0017】
また、真空チャンバ1にはカソードユニットCuが設けられている。カソードユニットCuは、ターゲット3と、ターゲット3の上方に配置されてターゲット3と基板Swとの間の空間に漏洩磁場を作用させる磁石ユニット4とを備える。ターゲット3のスパッタ面3aと背向する側にはバッキングプレート31が接合され、バッキングプレート31の周縁部を、絶縁部材32を介して真空チャンバ1の上壁に取り付けると、真空雰囲気の真空チャンバ1内でターゲット3と基板Swとが同心状に対向配置されるようになっている。ターゲット3には、スパッタ電源Psからの出力が接続され、負の電位を持つ直流電力(またはパルス状の直流電力)を投入することができる。真空チャンバ1内にはまた、基板Swとターゲット3との間の空間を囲繞して真空チャンバ1の内壁へのスパッタ粒子の付着を防止するステンレスやアルミニウム製の防着板5が設けられている。防着板5は、真空チャンバ1の上壁に吊設される上部防着板51と、シリンダやモータを備える昇降機構Duによって上下方向に移動自在な下部防着板52とで構成される。
【0018】
真空チャンバ1内には、ステージ2の周囲に位置させて切頭円錐状の輪郭を持つ筒状のブロック体6が設けられている。ブロック体6は、アルミニウムや銅製で本実施形態の導電性部材を構成するものであり、真空チャンバ1の底面内側に設置した絶縁体61を介して設置されている。ブロック体6の設置状態では、ブロック体6の頂部がステージ2で保持される基板Swの上面(成膜面)と面一かまたはこれより下方に位置し、その外筒面の少なくとも一部が真空チャンバ1内に形成されるプラズマ雰囲気を直接臨むようになっている。なお、ブロック体6の形態は、これに限定されるものではなく、また、ステージ2の周囲を完全に囲っている必要もなく、例えば、円弧状の輪郭を持つ複数の板材を同一円周上に配置して構成することができる。ブロック体6にはまた、直流電源7からの出力71が接続され、成膜時には、直流電源7により正電位が印加されてアノードとして機能するようにしている。以下に、上記スパッタリング装置SMを用いた第1実施形態の成膜方法を説明する。
【0019】
ステージ2に基板Swを載置して静電吸着させた後、真空チャンバ1内を真空排気する。真空チャンバ1内が所定圧力に達すると、一定の実効排気速度を維持したまま真空チャンバ1内に、ガス導入手段13a,13b,14によりスパッタガスを所定の流量割合で導入し、スパッタ電源Psによりターゲット3に負の電位を持つ直流電力を投入する。このとき、スパッタガスに対する窒素ガスの流量割合をx(%)、前記窒化シリコン膜の成膜レートをy(Å/sec)とし、次式(1)を満たすように(つまり、ターゲット3のスパッタ面3aが金属モードと化合物モードとの間の遷移モードに維持されるように)、窒素ガスの流量割合及びターゲット3に印加する電位の少なくとも一方を制御する。加えて、直流電源7によりブロック体6に正電位(例えば、0V~100Vの範囲、好ましくは、30V)を印加する。
y=0.815x-7.50・・・(1)
なお、「金属モード」、「化合物モード」及び「遷移モード」といった用語自体は、広く知られた事項であるため、ここでは、詳細な説明を省略する。
【0020】
これにより、基板Swとターゲット3との間の空間にプラズマ雰囲気が形成され、プラズマ中の希ガスのイオンによりターゲット3がスパッタリングされ、ターゲット3から所定の余弦則に従いスパッタ粒子が飛散し、
図2に示すように、スパッタ粒子と窒素ガスとの反応生成物である柱状構造のβ型窒化ケイ素が堆積されて窒化シリコン膜Fnが成膜される。なお、真空チャンバ1内に発生されたプラズマ雰囲気の放電安定性を保つためには、流量割合としては、例えば、25~35%の範囲が好ましく、また、ターゲット3に印加する負の電位としては、例えば、300V~600Vの範囲(投入電力は、例えば、3.0kW~5.0kWの範囲)が好ましい。そして、上記のようにして成膜された窒化シリコン膜Fnは、2.0±0.2の屈折率の範囲にて+300MPa以上の引張応力を持つことが確認された。しかも、ターゲット3への積算電力が増加しても、真空チャンバ1内でのプラズマの拡がりが抑制されて常時放電を安定にできることが確認された。
【0021】
上記効果を確認するため、上記スパッタリング装置SMを用いて以下の実験を行った。第1実験では、スパッタ条件として、ターゲット3に投入する直流電力が持つ負の電位をを550V(直流電力は4.5kW)、ブロック体6への印加電位を30Vに設定した。そして、真空チャンバ1内の圧力が1.0±0.1Paに維持される状態で窒素ガスの流量割合を27.63~29.49%の範囲で変化させ、窒化シリコン膜Fnの引張応力及び屈折率を夫々測定し、その結果を
図3に示す。また、第2実験として、第1実験から真空チャンバ1内の圧力が1.0±0.1Paに維持される状態で窒素ガスの流量割合を25.67%に設定し、ターゲット3に印加する電位、ひいては、成膜レートを10.7~15.4Å/secの範囲で変化させ、窒化シリコン膜Fnの引張応力及び屈折率を夫々測定し、その結果を
図4に示す。
【0022】
第1実験、第2実験の結果から、窒化シリコン膜Fnの引張応力が窒素ガスの流量割合及び成膜レートに依存することが判る。この場合、窒素ガスの流量割合が28.6%、成膜レートが19.5Å/secのとき、または、成膜レートが13.5Å/sec、窒素ガスの流量割合が25.68%のとき、2.03の屈折率にて窒化シリコン膜Fnの引張応力が極大値となることが判り、公知の結晶構造解析やSEM像から、成膜されたものは、β型窒化ケイ素(β-Si
3N
4)の結晶構造で柱状構造を持つことが確認された。また、第1実験、第2実験の結果を回帰分析したところ、
図5に示すように、流量割合をx(%)、成膜レートをy(Å/sec)としたときに、y=0.815x-7.50が成立し、これを満たすように流量割合(%)とターゲット3に印加する電位との少なくとも一方を制御すれば、屈折率が2.0±0.2の範囲にて+300MPa以上の引張応力を持つ窒化シリコン膜Fnを成膜できることが判った。
【0023】
次に、第3実験として、第1実験から、ターゲット3に印加する電位を560V(直流電力は4.5kW)、流量割合を28.57%に設定し、ブロック体6に印加する電位を0Vから+35Vまでの範囲で変化させてブロック体6を流れる電流値(アノード電流)とターゲット3を流れる電流値(カソード電流)とを測定し、その結果を
図6に示す。これによれば、ブロック体6に対して印加する正電位を高くしていくと、カソード電流は殆ど変化しないものの、アノード電流は次第に大きくなり、約30Vを超えると、殆ど変化しないことが見て取れる。この結果から、ブロック体6に正電位を印加することで、プラズマ中の電子がブロック体6へと引き寄せられ、相対的に成膜中の基板Swに帯電する電子が減少すると推測することができる。
【0024】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明の技術思想の範囲を逸脱しない限り、種々の変形が可能である。
図7を参照して、第2実施形態の成膜方法では、上記第1実施形態のように、β型窒化ケイ素を堆積させる工程に先立って、スパッタガスに対する窒素ガスの流量割合及びシリコン製ターゲット3に印加する電位の少なくとも一方を制御してシリコン製ターゲット3の表面が金属モードに維持される状態で基板Sw表面にα型窒化ケイ素のシード層Lsを形成する前工程が設けられる。この場合、α型窒化ケイ素のシード層Lsの膜厚dは、α型窒化ケイ素の核が形成される範囲(例えば、7.5nm±5.0nm)で適宜設定すればよい。このとき、流量割合は5~15%(好ましくは10%)、ターゲット3に印加する電位は、シリコン製ターゲット3の表面が金属モードに維持される値に調整されれば良く、例えば、300V~600Vの範囲(投入電力は、2.0kW~5.0kW(好ましくは3.5kW))に設定され、また、ブロック体6は、電位印加状態または電位非印加状態であってもよい。これによれば、β型窒化ケイ素は、隙間の揃った柱状構造になり、屈折率が2.0±0.2の範囲にて+400MPa以上の引張応力を持つ窒化シリコン膜Fnを成膜できることが確認された。また、スパッタガスとして希ガスと窒素ガスとを用いる場合を例に説明したが、窒素ガスのみを用いて窒化シリコン膜を成膜する場合にも本発明は適用することができる。
【符号の説明】
【0025】
SM…スパッタリング装置(窒化シリコン膜の成膜装置)、Sw…基板(成膜対象物)、Fn…窒化シリコン膜、Ls…シード層、1…真空チャンバ、13a,13b…マスフローコントローラ(ガス導入手段の構成要素)、14…ガス管(ガス導入手段の構成要素)、2…ステージ、3…シリコン製ターゲット、Ps…スパッタ電源、6…ブロック体(導電性部材)、7…直流電源。