(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-08
(45)【発行日】2025-01-17
(54)【発明の名称】金属塩とエチレンビニルアルコール共重合体を添加した透明かつ高靭性アクリル高分子材料
(51)【国際特許分類】
C08L 33/12 20060101AFI20250109BHJP
C08L 29/04 20060101ALI20250109BHJP
C08K 3/105 20180101ALI20250109BHJP
【FI】
C08L33/12
C08L29/04 S
C08K3/105
(21)【出願番号】P 2020076593
(22)【出願日】2020-04-23
【審査請求日】2023-03-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079382
【氏名又は名称】西藤 征彦
(74)【代理人】
【識別番号】100123928
【氏名又は名称】井▲崎▼ 愛佳
(74)【代理人】
【識別番号】100136308
【氏名又は名称】西藤 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100207295
【氏名又は名称】寺尾 茂泰
(72)【発明者】
【氏名】信川 省吾
(72)【発明者】
【氏名】猪股 克弘
(72)【発明者】
【氏名】洞田 真由
【審査官】赤澤 高之
(56)【参考文献】
【文献】韓国登録特許第10-1581238(KR,B1)
【文献】特開2003-213138(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L
C08K
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリメタクリル酸メチルと、エチレンビニルアルコール共重合体と、リチウム塩と、を含み、前記リチウム塩が前記エチレンビニルアルコール共重合体の結晶性を低下させるリチウム塩である
ビス(トリフルオロメタン)スルホニルイミドリチウムを含むことを特徴とする高分子材料。
【請求項2】
前記エチレンビニルアルコール共重合体のエチレン含有率は29~44wt%であることを特徴とする請求項1に記載の高分子材料。
【請求項3】
前記ポリメタクリル酸メチルの重量平均分子量は80,000~500,000であることを特徴とする請求項1
又は2に記載の高分子材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車などの窓材に用いられるポリメタクリル酸メチル(アクリル)樹脂に、エチレンビニルアルコール樹脂と金属塩を添加し、透明性を高めつつ、靭性を向上させるものである。
【背景技術】
【0002】
アクリルは透明性、表面硬度に優れ汎用樹脂として広く使用されている。しかし、破断ひずみが小さく、脆いことが欠点であるため、アクリルやポリスチレンなどの脆性材料には、柔らかいゴム粒子を添加することで耐衝撃性や靱性を向上させている。
【0003】
特許文献1には、メタクリル酸エステル単量体単位:50~97質量%と、主鎖に環構造を有する構造単位:3~30質量%と、メタクリル酸エステル単量体と共重合可能なその他のビニル系単量体単位:0~20質量%と、を含む、メタクリル系樹脂が開示されているが、リチウム塩を添加することについて記載がない。
非特許文献1には、アクリルとエチレンビニルアルコール共重合体を混合した際の、相溶性について記載があるが、相溶性が低く、金属塩添加による透明化に関する報告はない。
非特許文献2には、様々な組成でアクリルとエチレンビニルアルコール共重合体を混合した際の相溶性について記載があるが、エチレンビニルアルコール共重合体のエチレン含有率は21%であり、また金属塩添加による透明化に関する報告はない。
【0004】
しかしながら、耐衝撃性や靱性を向上させるため、柔らかいゴム粒子を添加すると、透明性は低下するので、透明性を必要とする用途(光学ディスプレイや自動車用ガラス)には有効ではないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】de Lima, Juliana Aristeia, and Maria Isabel Felisberti. "Poly (ethylene-co-vinyl alcohol) and poly (methyl methacrylate) blends: phase behavior and morphology." European polymer journal 44 (2008): 1140-1148.
【文献】Michael M. Coleman, Xiaoming Yang, Hongxi Zhang, and Paul C. Painter. “Ethylene-co-vinylalcohol blends”, Journal of Macromolecular Science, Part B: Physics, 32 (1993): 295-326,
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は上記のような問題を解決し、所定のリチウム塩を添加することで、アクリルとエチレンビニルアルコール共重合体を相溶化して、透明性を維持し、靱性を向上させた高分子材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明は以下の通りである。
(1)ポリメタクリル酸メチルと、エチレンビニルアルコール共重合体と、金属塩と、を含むことを特徴とする高分子材料である。
「ポリメタクリル酸メチル」は「PMMA」と、「エチレンビニルアルコール共重合体」は「EVOH」とそれぞれ記載する場合がある。
(2)前記ポリメタクリル酸メチル:前記エチレンビニルアルコール共重合体:前記金属塩の組成比は、80~92wt%:4~10wt%:4~10wt%であることを特徴とする(1)に記載の高分子材料である。
なお、組成比は特に断らない限り原料組成比であるが、各成分が揮発しないこと、反応性が低いこと、試料調製(乾燥、圧縮成形)が150℃を超えないことから、原料組成比は試料(製品)組成比と考えることができる。
(3)前記エチレンビニルアルコール共重合体のエチレン含有率は29~44wt%であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の高分子材料である。
(4)前記ポリメタクリル酸メチルの重量平均分子量は80,000~500,000であることを特徴とする(1)~(3)のいずれか1つに記載の高分子材料である。
ポリメタクリル酸メチルの重量平均分子量は、さらに好ましくは80,000~200,000である。
(5)前記金属塩はLi塩であることを特徴とする(1)~(4)の何れか1つに記載の高分子材料である。
【発明の効果】
【0009】
リチウム塩がエチレンビニルアルコール共重合体の結晶性を低下させることで、アクリルと相溶化し、透明性を維持して、靱性を向上させた高分子材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】(a)本発明の高分子材料の一実施形態について、EVOHの添加による水素結合性相互作用の効果とLi塩の添加による相溶性の向上と、両者の関係をベン図により、(b)EVOHの添加による水素結合性相互作用の効果を具体的な化学式により、(c)Li塩の添加による相溶性の向上を具体的な化学式により、それぞれ示した図である。
【
図2】(a)PMMA/EVOH29(95/5 wt/wt)、(b)(a)にさらに(a)対してLiTESI 5wt%としたもの、(c)(a)にさらに(a)対してLiClO
4 5wt%としたもの、(d)(a)にさらに(a)対してLiBr 5wt%としたもの、(e)PMMA/EVOH44(95/5 wt/wt))、(f)(e)にさらに(a)対してLiTESI 5wt%としたもの、(g)(e)にさらに(e)対してLiClO
4 5wt%としたもの、(h)(e)にさらに(e)対しLiBr 5wt%としたもの
【
図3】引張試験に用いたダンベル試験片の形状を示した図である。
【
図4】PMMA、PMMA/EVOH及びPMMA/EVOH/Li(5)それぞれの応力-ひずみ曲線を示した図である。
【
図5】PMMA、PMMA/EVOH及びPMMA/EVOH/Li(5)それぞれの動的粘弾性測定(DMA)結果を示した図である。
【
図6】EVOH、PMMA/EVOH、PMMA/EVOH/Li(1)、PMMA/EVOH/Li(5)、PMMAそれぞれの示差走査熱量測定(DSC)結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0012】
図1(a)には、本発明の高分子材料の一実施形態について、EVOHの添加による水素結合性相互作用の効果とLi塩の添加による相溶性の向上と、両者の関係をベン図に示した。本発明は、両者の交わった部分すなわち水素結合性相互作用の効果とLi塩の添加による相溶性の向上の両者を兼ね備えている。
高分子材料の一実施形態において、水素結合性相互作用については、同(b)に示したようにEVOHの添加により、EVOHの水酸基とPMMAのカルボニル基との相互さようによって発現される。一方、相溶性の向上については、同(c)に示したように、Li塩の添加により、例えば異なるPMMAが有する、隣接したカルボニル基の酸素原子同士が、Liカチオンを介して結合することによって発現される。
【0013】
(実施例)
<透明性>
図2(a)~(h)に説明する組成物を用いてフィルム(厚み100μm)を調製した。そして、それらのフィルムを白地に黒字で「Nagoya Institute of Technology」と書かれた白い紙の上に置き、目視によりそれらの透明性を観察した。
例えば同(a)はPMMA/EVOH29(95/5wt/wt)、すなわち組成比はPMMA(シグマアルドリッチジャパン、Mw=120,000)が95wt%、EVOH29(三菱ケミカル、エチレン含有率=29mol%)が5wt%であった。また、同(b)は、(a)にさらに(a)対してLiTESI(ビス(トリフルオロメタン)スルホニルイミドリチウム5wt%としたもの、すなわちLiTFSIの組成比は4.76wt%(=5/(100+5))であった。調製の仕方は、PMMA、EVOH、及びLiTFSIをヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)中で混合し、溶液キャスト、圧縮成形することによってフィルムを得た。
【0014】
同(c)では、同(b)においてLiTFSIの代わりにLiClO4(過塩素酸リチウム)を、(d)では、LiTFSIの代わりにLiBr(臭化リチウム)をそれぞれ用いた。また同(e)では、同(a)においてEVOH29の代わりにEVOH44(三菱ケミカル、エチレン含有率=44mol%)を用いた。そして、同(g)、(h)は同(c)、(d)と同様であった。EVOHを添加するとフィルムの透明性は低下することが分かった。LiTFSIを添加するとフィルムの透明性が向上し、その添加量を増やすとよりその透明性が向上した。後出する表2の結果と合わせると、LiTFSIの添加によっ
てフィルムの結晶化度が低下し、その透明性が向上したと考えられた。
【0015】
<可視光線透過率測定>
図2(a)~(h)のフィルムを利用して作製したサンプル、加えて同(b)においてLiTFSI 1wt%として作製したサンプルに対して、波長600nmと400nmでの可視光線透過率を測定した(装置:U-3310形分光光度計、日立ハイテクノロジーズ製)。表1にその光線透過率の測定結果をまとめて示した。なお、比較例1は市販のPMMA単体であった。
【0016】
【0017】
表1から対応フィルムが
図2(b)(実施例1)、(d)(実施例2)及びなし(
実施例4)であるときが、高い可視光線透過率を示した。すなわち実施例1では、可視光線透過率は88.4%(600nm)と86.1%(400nm)、実施例2では、可視光線透過率は68.0%(600nm)と64.6%(400nm)、実施例3では、可視光線透過率は58.7%(600nm)と53.6%(400nm)、
実施例4では、可視光線透過率は72.5%(600nm)と55.2%(400nm)であって、それぞれ50%を超えて実用に供しうる値を示した。
【0018】
<引張試験>
PMMA、PMMA/EVOH及びPMMA/EVOH/Li(5)について、
図3に示した形状のダンベル試験を用いて引張試験を行い、その結果を
図4に、PMMA、PMMA/EVOH及びPMMA/EVOH/Li(5)それぞれの応力-ひずみ曲線として示した。PMMA/EVOHとはPMMA/EVOH29(95/5 wt/wt、比較例2)、PMMA/EVOH/Li(5)とは、PMMA/EVOH29(95/5 wt/wt)+LiTFSI5wt%(実施例1)を示す。
なお、引張試験での測定条件等は次のようであった。装置:引張試験機DAT100C(アベ製作所(株))、引張速度:0.05mm/sec、雰囲気:大気(Air)、測定温度:28℃
【0019】
図4から次のことが分かった。すなわちEVOH29のみを添加した試料(比較例2)では、PMMAと比べて破断歪や破断応力が多少向上したものの、PMMAとほとんど同様な引張特性を示した。一方、EVOH29とLiTFSIを添加した試料(実施例1)では、ヤング率の低下、降伏点の出現、破断歪の向上がみられた。表2より、この結果はLiTFSI添加によって結晶化度が低下したこととカルボニル基‐ヒドロキシ基間の水素結合のため、ヤング率が低下し破断歪が向上したためと考えられる。
【0020】
【0021】
なお、PMMA、PC、PS及びガラスのヤング率、破断応力、破断歪を表3に示した。
【0022】
【0023】
<動的粘弾性測定(DMA)>
動的粘弾性測定は、引張試験と同様な記載のPMMA/EVOH等を用いて行った。
切り出して40mm×5mm×0.1mmとした試験片に対して、チャック間距離を10mmとして、引張モードにて測定を行い、貯蔵弾性率(E′)と損失弾性率(E″)の温度依存性を測定した。
図5に示された動的粘弾性測定の結果から、EVOHの添加によりTgが低温度側にシフトすることが分かった。また、表3にもそれらの結果を示す。
なお、動的粘弾性測定での測定条件等は次のようであった。装置:DMS6100
(セイコーインスツルメント(株))、周波数:0.1Hz、昇温速度:2℃/min、温度範囲:30℃~170℃、雰囲気:窒素
【0024】
<示差走査熱量測定(DSC)>
示差走査熱量測定は、動的粘弾性測定と同様なものと、さらにPMMA/EVOH/Li(1)を用いて行った。
図6に示された示差走査熱量測定の結果において、融解ピークを示す領域1に示されているように、Li添加により融解ピークが消失していることが分かった。
なお、示差走査熱量測定での測定条件等は次のようであった。装置:示差走査熱量計
((株)パーキンエルマージャパン)雰囲気:窒素、また測定プログラムは下記の1)~5)であった。
1)20℃/minで30℃から200℃まで昇温、2)200℃で1分間hold、3)20℃/minで200℃から30℃まで冷却、4)30℃で1分間hold、5)20℃/minで30℃から200℃まで昇温
【0025】
動的粘弾性測定結果、示差走査熱量測定及結果及びEVOH熱特性を表4にまとめた。なお、表中PMMA/EVOH29/LiTFSIとは、PMMA/EVOH29(95/5wt/wt)/Li(5)のことである。
【0026】
【0027】
示差走査熱量測定の結果から、試料中の各成分の溶融温度は次の通りである。PMMAは111℃(=ガラス転移温度)、EVOH44は184℃(=結晶融解温度)、Li塩(LiTFSI)はなし(非結晶)よって、200℃以上であれば、全成分が溶融状態となるため、溶融混合が可能と考えられる。それによって、溶媒(例えばHFIP)を用いることなく、PMMA、EVOH、Li塩の溶融混合が可能とすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明では、アクリルとEVOHの混合物にLi塩を添加することで、相溶性が向上し透明化するとともに、従来のアクリルの脆性が大幅に改善される技術を提示する。
【符号の説明】
【0029】
1:融解ピークを示す領域