(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-08
(45)【発行日】2025-01-17
(54)【発明の名称】被覆層付セラミックス連続繊維及びその製造方法、並びにセラミックマトリックス複合材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C04B 35/76 20060101AFI20250109BHJP
C04B 35/84 20060101ALI20250109BHJP
C04B 35/80 20060101ALI20250109BHJP
D06M 11/46 20060101ALI20250109BHJP
D06M 11/45 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
C04B35/76
C04B35/84
C04B35/80 300
D06M11/46
D06M11/45
(21)【出願番号】P 2021511508
(86)(22)【出願日】2020-03-24
(86)【国際出願番号】 JP2020013099
(87)【国際公開番号】W WO2020203484
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2023-02-24
(31)【優先権主張番号】P 2019067596
(32)【優先日】2019-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020018724
(32)【優先日】2020-02-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「CMC材料および製造技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100211018
【氏名又は名称】財部 俊正
(72)【発明者】
【氏名】山下 勲
(72)【発明者】
【氏名】縄田 祐志
【審査官】大西 美和
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第05316797(US,A)
【文献】特開平02-188471(JP,A)
【文献】特開平03-185179(JP,A)
【文献】特開平07-041371(JP,A)
【文献】英国特許出願公開第02467928(GB,A)
【文献】中国特許出願公開第103910532(CN,A)
【文献】国際公開第2016/043743(WO,A1)
【文献】特開平01-127633(JP,A)
【文献】特開平10-251964(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/00 -35/047
C04B 35/053-35/106
C04B 35/109-35/22
C04B 35/45 -35/457
C04B 35/547-35/553
D06M 11/45
D06M 11/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス連続繊維を、金属アセチルアセトナート錯体を含む溶液に含浸させる含浸工程、及び、含浸後のセラミックス連続繊維を熱処理する熱処理工程を含む、
厚み50nm以下の金属化合物の被覆層を表面に有するセラミックス連続繊維からなることを特徴とする被覆層付セラミックス連続繊維の製造方法。
【請求項2】
前記金属アセチルアセトナート錯体が、ジルコニウム(IV)アセチルアセトナート、ランタン(III)アセチルアセトナート二水和物、イットリウム(III)アセチルアセナートn水和物、鉄(III)アセチルアセナート、及びセリウム(III)アセチルアセナート三水和物からなる群より選ばれる1種以上である、請求項1に記載の被覆層付セラミックス連続繊維の製造方法。
【請求項3】
前記セラミックス連続繊維が、アルミナ連続繊維及びムライト連続繊維の少なくともいずれかである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記熱処理工程における熱処理温度が500℃以上1200℃以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆層付セラミックス連続繊維及びその製造方法、並びにセラミックマトリックス複合材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セラミックス連続繊維とセラミックスマトリックスとを複合化させたセラミックスマトリックス複合材料(以下、「CMC」ともいう。)は、通常のセラミックスと比べ、傷の進展による材料全体の破壊に対する耐性(損傷許容性)を有することから、Ni基合金等の耐熱金属の代替材料としての検討が進んでいる。
【0003】
さらに、アルミナ、ムライト系酸化物は化学的安定性が高いため、アルミナ、ムライト系酸化物をセラミックス連続繊維とし、該セラミックス連続繊維をセラミックスマトリックスと複合化したCMCは、特に航空用ジェットエンジン向け部材としての利用が期待されている(例えば、非特許文献1)。
【0004】
CMCの損傷許容性は、セラミックス連続繊維とセラミックスマトリックスとの界面の選択的な剥離又は破壊によって、傷の進展が抑制されることに起因する。そのため、セラミックス連続繊維とセラミックスマトリックスとが固着すると、傷の進展を抑制できず、材料が破壊され易くなる傾向にある。
【0005】
セラミックス連続繊維とセラミックスマトリックスとの固着を防ぐために、界面の破壊等を促進する化合物をセラミックス連続繊維表面上へ被覆することが検討されている。しかし、スパッタ、イオンプレーティング等の物理蒸着法による被覆では繊維表面のみの被覆となり易い。そのため、化学気相蒸着法(CVD法)、溶液を用いた被覆方法等が検討されており、例えば、窒化ホウ素を用いたCVD法、ジルコニアナノ溶液(ZrO2のスラリー)を用いた被覆方法等の被覆方法がこれまでに検討されている(例えば、特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平11-049570号公報
【文献】特開2002-173376号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】J.AerospaceLab,Issue3,(2011)1-12.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一般に、CMCを作製するとき、数百本単位等、2以上の繊維が集合した状態の繊維(以下、「繊維束」ともいう。)がセラミックス連続繊維として使用される。しかし、特許文献1に記載のCVD法では、繊維束内部が被覆され難く(内部の連続繊維が被覆され難く)、得られるCMCの強度が低くなり易い。また、特許文献2に記載の方法は、膜厚制御が困難であることに加え、連続繊維同士が凝集し易い。この結果、得られるCMCの強度が低くなり易い。
【0009】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、損傷許容性が改善され得るセラミックスマトリックス複合材料の製造に好適な被覆層付セラミックス連続繊維及びこれを用いたセラミックスマトリックス複合材料を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、被覆層及びその状態が制御された被覆層付セラミックス連続繊維を用いることによってCMCの損傷許容性が改善され得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、[1]~[4]に示す被覆層付セラミックス連続繊維、[5]、[6]に示すセラミックスマトリックス複合材料、[7]に示す被覆層付セラミックス連続繊維の製造方法、及び[8]に示すセラミックスマトリックス複合材料の製造方法を提供する。
【0012】
[1]厚み50nm以下の金属化合物の被覆層を表面に有するセラミックス連続繊維からなることを特徴とする被覆層付セラミックス連続繊維。
[2]金属化合物がジルコニウム化合物及びランタン化合物の少なくともいずれかである、[1]に記載の被覆層付セラミックス連続繊維。
[3]金属化合物がジルコニア又は酸化ランタンである、[1]又は[2]に記載の被覆層付セラミックス連続繊維。
[4]セラミックス連続繊維がアルミナ連続繊維及びムライト連続繊維の少なくともいずれかである、[1]~[3]のいずれかに記載の被覆層付セラミックス連続繊維。
[5][1]~[4]のいずれかに記載の被覆層付セラミックス連続繊維を有する、セラミックスマトリックス複合材料。
[6]界面強度が10MPa以下である、[5]に記載のセラミックスマトリックス複合材料。
[7][1]~[4]のいずれかに記載の被覆層付セラミックス連続繊維の製造方法であって、製造方法が、セラミックス連続繊維を、金属アセチルアセトナート錯体を含む溶液に含浸させる含浸工程、及び、含浸後のセラミックス連続繊維を熱処理する熱処理工程を含む、被覆層付セラミックス連続繊維の製造方法。
[8][1]~[4]のいずれかに記載の被覆層付セラミックス連続繊維と、セラミックスマトリックスとを複合化させる複合化工程を含む、セラミックスマトリックス複合材料の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、損傷許容性が改善され得るセラミックスマトリックス複合材料の製造に好適な被覆層付セラミックス連続繊維、これを用いたセラミックスマトリックス複合材料、被覆層付セラミックス連続繊維の製造方法、及びセラミックスマトリックス複合材料の製造方法の少なくともいずれかを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1(a)は、透過型電子顕微鏡(以下、「TEM」ともいう。)によって撮影した実施例A1のジルコニア被覆アルミナ連続繊維の像である。
図1(b)は、エネルギー分散型X線法(以下、「EDS」ともいう。)による
図1(a)のジルコニア被覆アルミナ連続繊維におけるアルミニウムの分布を示す像である。
図1(c)は、EDSによる
図1(a)のジルコニア被覆アルミナ連続繊維におけるジルコニウムの分布を示す像である。
図1(d)は、EDSによる
図1(a)のジルコニア被覆アルミナ連続繊維における酸素の分布を示す像である。
【
図2】
図2は、実施例A1のジルコニア被覆アルミナ連続繊維表面のX線光電子分光(以下、「ESCA」ともいう。)分析の分析結果を示すグラフである。
【
図3】
図3(a)は、TEMによって撮影した実施例A2のジルコニア被覆ムライト連続繊維の像である。
図3(b)は、EDSによる
図3(a)のジルコニア被覆ムライト連続繊維におけるアルミニウムの分布を示す像である。
図3(c)は、EDSによる
図3(a)のジルコニア被覆ムライト連続繊維におけるケイ素の分布を示す像である。
図3(d)は、EDSによる
図3(a)のジルコニア被覆ムライト連続繊維におけるジルコニウムの分布を示す像である。
図3(e)は、EDSによる
図3(a)のジルコニア被覆ムライト連続繊維における酸素の分布を示す像である。
【
図4】
図4は、実施例A2のジルコニア被覆ムライト連続繊維表面のESCA分析の分析結果を示すグラフである。
【
図5】
図5(a)は、TEMによって撮影した実施例A3の酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維の像である。
図5(b)は、EDSによる
図5(a)の酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維におけるアルミニウムの分布を示す像である。
図5(c)は、EDSによる
図5(a)の酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維におけるランタンの分布を示す像である。
図5(d)は、EDSによる
図5(a)の酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維における酸素の分布を示す像である。
【
図6】
図6(a)~(c)は、実施例A3の酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維表面のESCA分析の分析結果を示すグラフである。
【
図7】
図7(a)は、TEMによって撮影した実施例A4の酸化ランタン被覆ムライト連続繊維の像である。
図7(b)は、EDSによる
図7(a)の酸化ランタン被覆ムライト連続繊維におけるアルミニウムの分布を示す像である。
図7(c)は、EDSによる
図7(a)の酸化ランタン被覆ムライト連続繊維におけるケイ素の分布を示す像である。
図7(d)は、EDSによる
図7(a)の酸化ランタン被覆ムライト連続繊維におけるランタンの分布を示す像である。
図7(e)は、EDSによる
図7(a)の酸化ランタン被覆ムライト連続繊維における酸素の分布を示す像である。
【
図8】
図8(a)~(d)は、実施例A4の酸化ランタン被覆ムライト連続繊維表面のESCA分析の分析結果を示すグラフである。
【
図9】
図9は、走査型電子顕微鏡(以下、「SEM」ともいう。)によって撮影した比較例A1のアルミナ連続繊維の像である。
【
図10】
図10は、界面強度測定装置の一例を示す概略断面図である。
【
図11】
図11は、測定例B1のプッシュアウト試験における応力-変位曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0016】
[被覆層付セラミックス連続繊維]
一実施形態の被覆層付セラミックス連続繊維は、厚み50nm以下の金属化合物の被覆層を表面に有するセラミックス連続繊維からなる。本実施形態の被覆層付セラミックス連続繊維は、セラミックス連続繊維と、当該セラミックス連続繊維の表面上に設けられた厚み50nm以下の金属化合物の被覆層とを備えているともいえる。本明細書において、「連続繊維」とは、長繊維を意味し、特に紡織機による織物化が可能な糸状の長繊維を意味する。「セラミックス連続繊維」とは、セラミックスで構成される連続繊維を意味する。また、「被覆層」とは、連続繊維の少なくとも一部を覆うような層を意味し、「金属化合物の被覆層」とは、金属化合物を含む被覆層を意味する。また、「被覆層付セラミックス連続繊維」とは、被覆層を表面に有するセラミックス連続繊維を意味する。
【0017】
本実施形態の被覆層付セラミックス連続繊維は、被覆層の厚みが50nm以下である。被覆層の厚みが50nm以下であることによって、セラミックス連続繊維同士の凝集を防ぐことができる。被覆層の厚みは、好ましくは20nm以下、より好ましくは10nm以下である。被覆層の厚みの下限は特に制限されないが、被覆層の厚みが1nm以上であればよい。本実施形態において、被覆層の厚みは、TEM-EDS分析による金属化合物を構成する金属元素の分布により測定される厚みを意味する。例えば、金属化合物がジルコニウム化合物である場合は、ジルコニウムの分布により測定される厚みであり、金属化合物がランタン化合物である場合は、ランタンの分布により測定される厚みである。
【0018】
被覆層における金属化合物は、金属を含む化合物であれば特に制限されないが、金属を含む酸化物及び窒化物の少なくとも1つであることが好ましく、金属を含む酸化物であることがより好ましい。金属化合物は、好ましくはジルコニウム化合物、ランタン化合物、イットリウム化合物、鉄化合物、及びセリウム化合物からなる群より選ばれる1種以上、より好ましくはジルコニウム化合物、ランタン化合物、及びイットリウム化合物の少なくともいずれか、さらに好ましくはジルコニウム化合物又はランタン化合物である。これらの金属を含む化合物を被覆層として有することによって、被覆層付セラミックス連続繊維は、CMCとして使用する場合により好適なものとなる。他の実施形態においては、金属化合物は、金属アセチルアセトナート錯体を形成し得る金属の化合物であることが好ましく、さらに、金属アセチルアセトナート錯体を形成し得る金属の化合物であって、セラミックス連続繊維及びセラミックスマトリックスと反応しない金属の化合物であることがより好ましい。なお、本明細書において、「マトリックス」とは複合化させる母相を意味し、「セラミックスマトリックス」とは、セラミックスで構成されるマトリックスを意味する。
【0019】
耐熱性、化学的安定性の観点から被覆層に好適であるため、金属化合物は金属酸化物であることが好ましく、特にジルコニア(ZrO2)、酸化ランタン(La2O3)、酸化イットリウム(Y2O3)、酸化鉄(Fe2O3)、又は酸化セリウム(CeO2)が好適である。金属化合物は、より好ましくはジルコニア(ZrO2)、酸化ランタン(La2O3)、又は酸化イットリウム(Y2O3)、さらに好ましくはジルコニア(ZrO2)又は酸化ランタン(La2O3)である。
【0020】
本実施形態のセラミックス連続繊維は、セラミックスで構成される連続繊維であれば特に制限されない。セラミックス連続繊維としては、例えば、酸化物セラミックス連続繊維及び非酸化物セラミックス連続繊維の少なくともいずれかが挙げられる。セラミックス連続繊維は、炭化ケイ素連続繊維、アルミナ連続繊維、及びムライト連続繊維からなる群から選ばれる少なくともいずれかであることが好ましい。セラミックス連続繊維は、より好ましくはアルミナ連続繊維及びムライト連続繊維の少なくともいずれかであり、さらに好ましくはムライト連続繊維である。また、セラミックス連続繊維は、表面に水酸基を有することが好ましい。
【0021】
本実施形態のセラミックス連続繊維は、繊維束の状態及び繊維束が編まれた状態の少なくともいずれかであることが好ましく、繊維束が編まれた状態のセラミックス連続繊維(以下、「セラミックス繊維クロス」ともいう。)であることが好ましい。
【0022】
本実施形態の被覆層付セラミックス連続繊維のJIS R 1657に従って測定される引張強度(以下、「単繊維引張強度」ともいう。)が、1GPa以上3GPa以下であることが好ましく、1.2GPa以上2.8GPa以下であることがより好ましい。
【0023】
本実施形態の被覆層付セラミックス連続繊維は、CMCとして用いるのに好適である。本実施形態の被覆層付セラミックス連続繊維は、連続繊維同士の凝集を防ぐのに好適であるため、被覆層付セラミックス連続繊維とセラミックスマトリックスとの間の固着を抑制することが可能となる。そのため、セラミックスマトリックスと複合化させてCMCとして用いるとき、高い損傷許容性を発現することが可能となる。
【0024】
[被覆層付セラミックス連続繊維の製造方法]
一実施形態の被覆層付セラミックス連続繊維の製造方法は、セラミックス連続繊維を、金属アセチルアセトナート錯体を含む溶液に含浸させる含浸工程、及び、含浸後のセラミックス連続繊維を熱処理する熱処理工程を含む。セラミックス連続繊維を含浸させることによって、セラミックス連続繊維の表面への金属アセチルアセトナートの化学吸着が促進される。含浸工程に供するセラミックス連続繊維は、繊維束の状態及びセラミックス繊維クロスの少なくともいずれかであればよく、セラミックス繊維クロスであることが好ましい。
【0025】
含侵工程に供する金属アセチルアセトナート錯体は、例えば、ジルコニウム(IV)アセチルアセトナート(Zr(CH3COCHCOCH3)4)、ランタン(III)アセチルアセトナート二水和物(La(CH3COCHCOCH3)3・2H2O)、イットリウム(III)アセチルアセナートn水和物(Y(CH3COCHCOCH3)3・nH2O)、鉄(III)アセチルアセナート(Fe(CH3COCHCOCH3)3)、及びセリウム(III)アセチルアセナート三水和物(Ce(CH3COCHCOCH3)3・3H2O)の少なくともいずれかであり、好ましくはジルコニウム(IV)アセチルアセトナート(Zr(CH3COCHCOCH3)4)、ランタン(III)アセチルアセトナート二水和物(La(CH3COCHCOCH3)3・2H2O)、及びイットリウム(III)アセチルアセナートn水和物(Y(CH3COCHCOCH3)3・nH2O)の少なくともいずれかであり、より好ましくはジルコニウム(IV)アセチルアセトナート(Zr(CH3COCHCOCH3)4)及びランタン(III)アセチルアセトナート二水和物(La(CH3COCHCOCH3)3・2H2O)の少なくともいずれかである。
【0026】
金属アセチルアセトナート錯体を含む溶液における溶媒は、金属アセチルアセトナート錯体が分解せず溶解するものであれば特に制限されない。好ましい溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール等のアルコール、アセトン、ベンゼン等の有機溶剤、水、重水などが挙げられる。溶媒は、水及びアルコールの少なくともいずれかであることが好ましく、メタノール及びエタノールの少なくともいずれかであることがより好ましい。
【0027】
含浸は、セラミックス連続繊維への金属アセチルアセトナート錯体の化学吸着反応が進行する条件であればよく、例えば、含侵温度は溶媒の沸点以下、好ましくは室温(25±3℃)が例示でき、また、含侵時間は30分以上24時間以下が例示できる。化学吸着反応が促進されやすくなるため、含侵は溶媒の沸点以下で加熱しながら行うことが好ましい。
【0028】
含浸は、セラミックス連続繊維の全表面積に対する被覆物質で被覆された面積の割合(以下、「被覆率」ともいう。)が50%以上となるように行うことが好ましい。ここで、「被覆物質」とは、被覆するのに用いられる物質をいう。被覆率が50%以上であると、本実施形態の製造方法により得られる被覆層付セラミックス連続繊維をCMCとした場合において、被覆層付セラミックス連続繊維とセラミックスマトリックスとの固着を抑制できる傾向にある。含浸は、被覆率が75%以上、好ましくは90%以上となるように行うことが好ましい。被覆率100%は、被覆物質がセラミックス連続繊維の全表面を覆った状態に相当するため、被覆率は100%以下となる。
【0029】
なお、セラミックス連続繊維は表面に水酸基を有するセラミックス連続繊維であることが好ましく、この場合、被覆率は、以下の式から求めることができる。
θ=100×nM×X/(S×nOH) (1)
[θは被覆率(%)、Sはセラミックス連続繊維の全表面積(m2)、nOHは単位体積当たりのセラミックス連続繊維の表面の水酸基の数(個/m2)、nMは含浸処理に用いた金属アセチルアセトナート錯体の金属原子の個数(個)、及びXは金属原子の価数である。]
【0030】
アルミナ連続繊維を用いるとき、表面水酸基数nOHは12.5×1018(個/m2)となり、ムライト連続繊維を用いるとき、表面水酸基数nOHは11.3×1018(個/m2)となる。
【0031】
表面に水酸基を有するセラミックス連続繊維は、アルミナ連続繊維及びムライト連続繊維の少なくともいずれかであることが好ましく、ムライト連続繊維であることがより好ましい。
【0032】
本実施形態の被覆層付セラミックス連続繊維の製造方法は、含浸工程後に得られるセラミックス連続繊維を熱処理する工程を含む。含浸工程後に得られるセラミックス連続繊維を熱処理することによって、セラミックス連続繊維に化学吸着した金属アセチルアセトナート錯体が分解され、金属化合物となる。熱処理条件は、特に制限されず、好ましくは熱処理温度500℃以上1200℃以下、より好ましくは700℃以上1000℃以下である。熱処理雰囲気は、被覆層を構成する金属化合物により、適宜選択でき、例えば、金属化合物を酸化物とするときは酸化雰囲気、好ましくは大気中であり、一方、金属酸化物を窒化物とするときは窒素雰囲気であることが好ましい。
【0033】
本実施形態の被覆層付セラミックス連続繊維の製造方法では、含浸工程及び熱処理工程の交互に2回以上繰り返すこと(1回目の熱処理工程後に、2回目の含浸工程及び熱処理工程を行うこと)が好ましく、含浸工程及び熱処理工程を交互に2回以上5回以下繰り返すことがより好ましい。
【0034】
[セラミックスマトリックス複合材料(CMC)]
一実施形態のセラミックスマトリックス複合材料は、上述の被覆層付セラミックス連続繊維を有し、好ましくは、上述の被覆層付セラミックス連続繊維とセラミックマトリックスとが複合化した材料である。
【0035】
セラミックスマトリックスは、酸化物セラミックス及び非酸化物セラミックスの少なくともいずれかであり、酸化物セラミックスであることが好ましく、アルミナ及びムライトの少なくともいずれかであることがより好ましく、アルミナ及びムライトであることがさらに好ましい。さらに、セラミックスマトリックスと、セラミックス連続繊維とが同じ材質であることが好ましい。
【0036】
本実施形態のセラミックスマトリックス複合材料の界面強度は、10MPa以下であることが好ましく、より好ましくは1MPa以上10MPa以下、さらに好ましくは3MPa以上8MPa以下である。界面強度が10MPa以下であると、被覆層付セラミックス連続繊維とセラミックスマトリックスとの界面がより破壊され易く、材料全体の破壊が生じ難くなり、界面強度が1MPa以上であると、界面がより適度な強度を有する。
【0037】
本実施形態において、界面強度は、セラミックス連続繊維の代わりに、直径2mm×長さ3.4mmの円柱状のセラミックスを使用し、当該セラミックスを用いて、本実施形態のCMCと同様な方法で作製されたCMCを測定試料とし、当該測定試料のプッシュアウト法によって測定することができる。プッシュアウト法については、Composites:Part A 32(2001)575-584を参照することができる。CMCの引張強度(以下、「バルク引張強度」ともいう。)は、50MPa以上300MPa以下であることが挙げられ、50MPa以上280MPa以下であることが好ましい。バルク引張強度は、幅10mm×長さ100mm×厚み5.0mmの板状の測定試料を使用し、負荷速度0.5mm/minでこれを引っ張ることで測定できる。
【0038】
CMCにおける被覆層付セラミックス連続繊維の含有量は、セラミックスマトリックス複合材料(CMC)の全体積を基準として、好ましくは10体積%以上90体積%以下、より好ましくは20体積%以上70体積%以下である。
【0039】
[セラミックスマトリックス複合材料(CMC)の製造方法]
一実施形態のセラミックスマトリックス複合材料の製造方法は、上述の被覆層付セラミックス連続繊維と、セラミックスマトリックスとを複合化させる複合化工程を含む。
【0040】
複合化させる方法は任意であるが、好ましい方法として、セラミックスマトリックスの原料を含むスラリー(以下、「原料スラリー」ともいう。)に、セラミックス連続繊維を含浸させた後、これを熱処理する方法、が例示できる。含浸及び熱処理の工程は、2回以上繰り返すことが好ましく、適度な界面強度とするため、2回以上5回以下繰り返すことがより好ましい。
【0041】
セラミックスマトリックスが緻密になり易いため、原料スラリーに、セラミックス連続繊維を含浸させた後、焼結温度未満で熱処理して仮焼体とし、これをさらに原料スラリーに含浸させ、該含浸後の仮焼体を焼結する方法がより好ましい。
【0042】
例えば、セラミックスマトリックスがアルミナ及びムライトの少なくともいずれかである場合、セラミックス連続繊維を、アルミナ及びムライトの少なくともいずれかの原料スラリーに含浸させた後、大気中、600℃以上1000℃以下で熱処理して、これを仮焼体とし、該仮焼体を原料スラリーに含侵させた後、含侵後の仮焼体を1050℃以上1300℃以下で焼結することで複合化させることが好ましい。なお、焼結に先立ち、含浸後の仮焼体を大気中600℃以上1000℃以下で熱処理してもよい。この場合、仮焼体の含浸及び熱処理を2回以上繰り返してもよく、2回以上5回以下繰り返すことが好ましい。
【0043】
アルミナ及びムライトの少なくともいずれかの原料スラリーとしては、アルミナ、水酸化アルミニウム、硝酸アルミニウム、ポリ塩化アルミニウム、及びムライトの群から選ばれる少なくともいずれかを含むスラリーが挙げられる。含浸を複数回行う場合、原料スラリーの組成が異なっていてもよい。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を用いて本発明を説明する。しかしながら、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0045】
実施例A1
(ジルコニア被覆アルミナ連続繊維の作製)
ジルコニウム(IV)アセチルアセトナート(Zr(CH3COCHCOCH3)4)3.5gをエタノール350mLに溶解させて含浸液を用意した。大気中700℃でデサイズ処理したアルミナ連続繊維(アルミナ繊維クロス、スリーエムジャパン株式会社製、商品名:ネクステル610)を含浸液に投入し、室温で24時間含浸させた。なお、アルミナ連続繊維の総表面積は6.2m2であり、上記式(1)で求められる被覆率(100%被覆率:0.0158g)に対して、ジルコニウム(IV)アセチルアセトナートの量が大過剰となるようにし、アルミナ連続繊維の表面水酸基の被覆率が100%となるように調整した。その後、含浸液からアルミナ連続繊維を取り出し、大気中、900℃、2時間で常圧加熱した。このような含浸工程と熱処理工程とを3回繰り返すことによって、ジルコニア被覆アルミナ連続繊維を得た。
【0046】
得られたジルコニア被覆アルミナ連続繊維の表面をTEMによって撮影した。
図1(a)は、TEMによって撮影した実施例A1のジルコニア被覆アルミナ連続繊維の像である。
図1(b)は、EDSによる
図1(a)のジルコニア被覆アルミナ連続繊維におけるアルミニウムの分布を示す像である。
図1(c)は、EDSによる
図1(a)のジルコニア被覆アルミナ連続繊維におけるジルコニウムの分布を示す像である。
図1(d)は、EDSによる
図1(a)のジルコニア被覆アルミナ連続繊維における酸素の分布を示す像である。
図1(c)に示すとおり、実施例A1のジルコニア被覆アルミナ連続繊維においては、アルミナ連続繊維の表面に3~5nmのジルコニウムを含む被覆層が形成されていることが確認された。また、
図1(d)に示すとおり、被覆層において酸素が検出されたことから、被覆層は、酸化物であるジルコニア(ZrO
2)で構成されていることが確認された。すなわち、アルミナ連続繊維の表面に、厚み3~5nmのジルコニアの被覆層が形成されていることが確認された。
【0047】
(ESCA分析)
多機能走査型X線光電子分光分析装置(装置名:PHI5000 VersaProbeII、アルバックファイ株式会社製)を使用し、以下の条件でジルコニア被覆アルミナ連続繊維について、アルミナ連続繊維深さ方向のESCA分析を行った。
【0048】
X線源 :モノクロAl-Kα線、25W
加速電圧 :15kV
照射電流 :300nA
分析面積 :100μmφ
スパッタ条件:イオン銃:Arモノマーイオン(1kV又は4kV)
スパッタ深さ:0~200nm(SiO2換算)
スパッタ面積:2×2mm
【0049】
図2は、実施例A1のジルコニア被覆アルミナ連続繊維表面のESCA分析の分析結果を示すグラフである。
図2に示すとおり、アルミナ連続繊維の表面近傍(深さ15nm程度)にジルコニウム及び酸素が存在することが確認された。
【0050】
(単繊維引張強度の測定)
得られたジルコニア被覆アルミナ連続繊維の単繊維引張強度をJIS R 1657に従って測定した。ジルコニア被覆アルミナ連続繊維の単繊維引張強度は2.1GPaであり、デサイズ処理したアルミナ連続繊維の単繊維引張強度(2.5GPa)とほぼ同程度であった。
【0051】
実施例A2
(ジルコニア被覆ムライト連続繊維の作製)
ジルコニウム(IV)アセチルアセトナート(Zr(CH3COCHCOCH3)4)3.5gをエタノール350mLに溶解させて含浸液を用意した。デサイズ処理(大気中800℃で熱処理)したムライト連続繊維(ムライト繊維クロス、スリーエムジャパン株式会社製、商品名:ネクステル720)を含浸液に投入し、室温で24時間含浸させた。なお、ムライト連続繊維の総表面積は5.5m2であり、上記式(1)で求められる被覆率(100%被覆率:0.0125g)に対して、ジルコニウム(IV)アセチルアセトナートの量が大過剰となるようにし、ムライト連続繊維の表面水酸基の被覆率が100%となるように調整した。その後、含浸液からムライト連続繊維を取り出し、大気中、900℃、2時間で常圧加熱し、ジルコニア被覆ムライト連続繊維を得た。
【0052】
得られたジルコニア被覆ムライト連続繊維の表面をTEMによって撮影した。
図3(a)は、TEMによって撮影した実施例A2のジルコニア被覆ムライト連続繊維の像である。
図3(b)は、EDSによる
図3(a)のジルコニア被覆ムライト連続繊維におけるアルミニウムの分布を示す像である。
図3(c)は、EDSによる
図3(a)のジルコニア被覆ムライト連続繊維におけるケイ素の分布を示す像である。
図3(d)は、EDSによる
図3(a)のジルコニア被覆ムライト連続繊維におけるジルコニウムの分布を示す像である。
図3(e)は、EDSによる
図3(a)のジルコニア被覆ムライト連続繊維における酸素の分布を示す像である。
図3(d)に示すとおり、実施例A2のジルコニア被覆ムライト連続繊維においては、ムライト連続繊維の表面に3~7nmのジルコニウムを含む被覆層が形成されていることが確認された。また、
図3(d)に示すとおり、被覆層において酸素が検出されたことから、被覆層は、酸化物であるジルコニア(ZrO
2)で構成されていることが確認された。すなわち、ムライト連続繊維の表面に、厚み3~7nmのジルコニアの被覆層が形成されていることが確認された。
【0053】
(ESCA分析)
実施例A1と同様の条件でジルコニア被覆ムライト連続繊維について、ムライト連続繊維深さ方向のESCA分析を行った。
図4は、実施例A2のジルコニア被覆ムライト連続繊維表面のESCA分析の分析結果を示すグラフである。
図4に示すとおり、ムライト連続繊維の表面近傍(深さ15nm程度)にジルコニウム及び酸素が存在することが確認された。
【0054】
(単繊維引張強度の測定)
得られたジルコニア被覆ムライト連続繊維の単繊維引張強度をJIS R 1657に従って測定した。ジルコニア被覆ムライト連続繊維の単繊維引張強度は1.3GPaであり、デサイズ処理したムライト連続繊維の単繊維引張強度(1.5GPa)とほぼ同程度であった。
【0055】
実施例A3
(酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維の作製)
ジルコニウム(IV)アセチルアセナートを、ランタン(III)アセチルアセトナート二水和物(La(CH3COCHCOCH3)3・2H2O)にしたこと以外、実施例A1と同様な方法で酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維を得た。なお、アルミナ連続繊維の総表面積は6.2m2であり、上記式(1)で求められる被覆率(100%被覆率:0.0188g)に対して、ランタン(III)アセチルアセトナートの量が大過剰(3.5g)となるようにし、アルミナ連続繊維の表面水酸基の被覆率が100%となるように調整した。
【0056】
得られた酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維の表面をTEMによって撮影した。
図5(a)は、TEMによって撮影した実施例A3の酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維の像である。
図5(b)は、EDSによる
図5(a)の酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維におけるアルミニウムの分布を示す像である。
図5(c)は、EDSによる
図5(a)の酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維におけるランタンの分布を示す像である。
図5(d)は、EDSによる
図5(a)の酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維における酸素の分布を示す像である。
図5(c)に示すとおり、実施例A3の酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維においては、アルミナ連続繊維の表面に5~10nmのランタンを含む被覆層が形成されていることが確認された。また、
図5(d)に示すとおり、被覆層において酸素が検出されたことから、被覆層は、酸化物である酸化ランタン(La
2O
3)で構成されていることが確認された。すなわち、アルミナ連続繊維の表面に、厚み5~10nmの酸化ランタンの被覆層が形成されていることが確認された。
【0057】
(ESCA分析)
実施例A1と同様の条件で酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維について、アルミナ連続繊維のESCA分析を行った。
図6(a)~(c)は、実施例A3の酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維表面のESCA分析の分析結果を示すグラフである。
図6(a)~(c)に示すとおり、アルミナ連続繊維の表面近傍に繊維由来のアルミニウム以外に、ランタン及び酸素が存在することが確認された。
【0058】
(単繊維引張強度の測定)
得られた酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維の単繊維引張強度をJIS R 1657に従って測定した。酸化ランタン被覆アルミナ連続繊維の単繊維引張強度は2.7GPaであり、デサイズ処理したアルミナ連続繊維の単繊維引張強度(2.5GPa)とほぼ同程度であった。
【0059】
実施例A4
(酸化ランタン被覆ムライト連続繊維の作製)
ジルコニウム(IV)アセチルアセナートをランタン(III)アセチルアセトナート二水和物(La(CH3COCHCOCH3)3・2H2O)にしたこと以外、実施例A2と同様な方法で酸化ランタン被覆ムライト連続繊維を得た。なお、ムライト連続繊維の総表面積は5.5m2であり、上記式(1)で求められる被覆率(100%被覆率:0.0149g)に対して、ランタン(III)アセチルアセトナートの量が大過剰となるようにし、ムライト連続繊維の表面水酸基の被覆率が100%となるように調整した。
【0060】
得られた酸化ランタン被覆ムライト連続繊維の表面をTEMによって撮影した。
図7(a)は、TEMによって撮影した実施例A4の酸化ランタン被覆ムライト連続繊維の像である。
図7(b)は、EDSによる
図7(a)の酸化ランタン被覆ムライト連続繊維におけるアルミニウムの分布を示す像である。
図7(c)は、EDSによる
図7(a)の酸化ランタン被覆ムライト連続繊維におけるケイ素の分布を示す像である。
図7(d)は、EDSによる
図7(a)の酸化ランタン被覆ムライト連続繊維におけるランタンの分布を示す像である。
図7(d)に示すとおり、実施例A4の酸化ランタン被覆ムライト連続繊維においては、ムライト連続繊維の表面に10nm~32nmのランタンを含む被覆層が形成されていることが確認された。また、
図7(e)に示すとおり、被覆層において酸素が検出されたことから、被覆層は、酸化物である酸化ランタン(La
2O
3)で構成されていることが確認された。すなわち、ムライト連続繊維の表面に、厚み約30nmの酸化ランタンの被覆層が形成されていることが確認された。
【0061】
(ESCA分析)
実施例A1と同様の条件で酸化ランタン被覆ムライト連続繊維について、ムライト連続繊維のESCA分析を行った。
図8(a)~(d)は、実施例A4の酸化ランタン被覆ムライト連続繊維表面のESCA分析の分析結果を示すグラフである。
図8(a)~(d)に示すとおり、ムライト連続繊維の表面近傍に繊維由来のアルミニウム、シリコン以外に酸化ランタン由来のランタン及び酸素が存在することが確認された。
【0062】
(単繊維引張強度の測定)
得られた酸化ランタン被覆ムライト連続繊維の単繊維引張強度をJIS R 1657に従って測定した。酸化ランタン被覆ムライト連続繊維の単繊維引張強度は1.8GPaであり、デサイズ処理したムライト連続繊維の単繊維引張強度(1.5GPa)とほぼ同程度であった。
【0063】
比較例A1
アルミナ連続繊維をジルコニアナノ溶液(固形分30質量%、粒子径63nm)にディップし、その後大気中、900℃、2時間で常圧加熱した。この工程を3回繰り返したアルミナ連続繊維のSEM観察を行った。比較例A1のアルミナ連続繊維は、ジルコニアナノ溶液のジルコニアの粒子径が大きく、被覆層の厚みが50nmを超えると予想される。
【0064】
図9は、SEMによって撮影した比較例A1のアルミナ連続繊維の像である。
図9に示すとおり、比較例A1のアルミナ連続繊維は、連続繊維同士がジルコニア粒子によって凝集していることが確認された。
【0065】
実施例B1
(セラミックスマトリックス複合材料(CMC)の作製)
平均粒子径0.19μmである略球状のα-アルミナ粉末25質量%と、平均粒子径1.66μmのムライト粉末75質量%とを混合し原料粉末とした。原料粉末350gと、純水146gとをボールミルで混合し、アルミナとムライトとの混合スラリーを得た。
【0066】
次いで、実施例A1で得られたジルコニア被覆アルミナ連続繊維を、アルミナとムライトとの混合スラリーに含浸させ、その後、温度70℃、相対湿度95%で乾燥させることによって、幅110mm×長さ110mm×厚み約5.0mmの成形体を得た。成形体は大気中120℃で一昼夜乾燥させた後、大気中、900℃、2時間で熱処理することによって、仮焼体を得た。
【0067】
得られた仮焼体を、約10質量%のポリ塩化アルミニウム水溶液([Al2(OH)nCl6-n]m、1≦n≦5、m≦10、m及びnは整数)に含浸させ、室温で乾燥させた後、900℃、2時間で熱処理した。この含浸と熱処理とを3回繰り返した。3回目の熱処理後、大気中、1100℃、2時間で仮焼体を焼結することによって焼結体である板状のCMCを得た。得られた板状のCMCは、33.4体積%の繊維を含み、CMCの密度は2.48g/cm3であった。なお、CMCの密度はアルキメデス法によって測定した。
【0068】
(バルク引張強度の測定)
得られたCMCを、幅10mm×長さ100mm×厚み5.0mmに加工し、両端にアルミタブを取り付けて引張試験片を作製した。引張試験片の幅及び厚みはマイクロメーターを用い、試験片長さはノギスを用いて測定した。強度試験機(株式会社島津製作所製、装置名:AG-XPlus)及び引張試験冶具を用いて、引張強度試験を負荷速度0.5mm/minで行った。引張強度試験の試験片数は5本とし、その5本の平均値をバルク引張強度とした。得られたCMCのバルク引張強度は、80MPaであった。
【0069】
(界面強度の測定)
得られたCMCの界面強度を、被覆層付セラミックス連続繊維の作製と同様に、金属アセチルアセトナート錯体を用いて表面を被覆したアルミナ棒を用意し、強度試験機(株式会社島津製作所製、装置名:AG-2000B)を用いてアルミナ棒のみを押し込むプッシュアウト試験によって測定した。
【0070】
図10は、界面強度測定装置の一例を示す概略断面図である。
図10に示す界面強度測定装置10は、主に、表面被覆アルミナ棒3及びセラミックスマトリックス4からなる評価用サンプル5と、表面被覆アルミナ棒3を方向Aに押し込むための強度試験機1と、強度試験機1と連結し、表面被覆アルミナ棒3を押し込む圧子2と、評価用サンプル5のセラミックスマトリックス4の部分を固定するための固定台6とから構成されている。
【0071】
界面強度の測定は、まず、円柱状のアルミナ棒(直径2mm×長さ3.4mm)を用意し、被覆層付セラミックス連続繊維の作製で用いた金属アセチルアセトナート錯体を用いて、アルミナ棒(直径2mm×長さ3.4mm)の表面を被覆し、表面被覆アルミナ棒3を作製する。次いで、CMCの作製に用いた原料粉末を用意し、表面被覆アルミナ棒3を該原料粉末に埋め込んだ状態で金型プレス及び圧力200MPaの冷間静水圧プレス処理による成形をすることによって、表面被覆アルミナ棒3が埋め込まれた状態の成形体(直径21mm×長さ3.4mm)を作製する。その後、該成形体をCMCの作製と同じ手順で処理し、表面被覆アルミナ棒3及びセラミックスマトリックス4からなる評価用サンプル5を得る。評価用サンプル5のセラミックスマトリックス4部分のみを固定台6に固定し、表面被覆アルミナ棒3の部分をステンレス製φ1mmの圧子2を用いて押し込み、このときの応力-ひずみ曲線を求める。応力-ひずみ曲線の最大荷重P及び表面被覆アルミナ棒3とセラミックスマトリックス4との接触面積から界面強度τを式(2)によって算出する。
τ=Pmax/(2πrl) (2)
[式(2)中、Pmaxはプッシュアウト試験における応力-変位曲線の最大荷重、πは円周率、rはアルミナ棒の半径、lはアルミナ棒の長さを示す。]
【0072】
すなわち、本界面強度測定では、表面被覆アルミナ棒とセラミックスマトリックスとが複合化された評価用サンプルにおいて、表面被覆アルミナ棒を押し込むことによって、表面被覆アルミナとセラミックスマトリックスとの界面強度を測定することができ、CMCの界面強度を測定することができる。
【0073】
・測定例B1(界面強度測定)
実施例B1と同様の手法でアルミナとムライトとの混合スラリーを作製し、乾燥させ原料粉末とした。次いで、ジルコニウム(IV)アセチルアセトナート(Zr(CH3COCHCOCH3)4)0.5gを50mLのエタノールに溶解させ、総表面積0.094m2のアルミナ棒を室温で24時間含浸させた。このとき、上記式(1)で求められる被覆率が100%となるのに必要な添加量よりも大過剰となるようにした。ここで、アルミナ棒の被覆率はセラミックス連続繊維と同様に上記式(1)で求めた(当該アルミナ棒は表面に水酸基を有するセラミックスであり、かつ、金属アセチルアセトナート錯体(ジルコニウム(IV)アセチルアセトナート)で被覆されるため、被覆率は上記(1)式で求めることができる。)。その後、アルミナ棒を取り出し、大気中、900℃、2時間で熱処理した。このような含浸工程及び熱処理工程(以下、「表面被覆処理」ともいう。)を3回繰り返すことによって、ジルコニア被覆アルミナ棒を得た。
【0074】
次いで、原料粉末中にジルコニア被覆アルミナ棒を埋め込み金型プレスにて成形した後、圧力200MPaの冷間静水圧プレスで処理することによって、直径20mm、厚み4mmの円柱の中心部にジルコニア被覆アルミナ棒が埋め込まれた成形体を得た。得られた成形体は、大気中900℃で2時間焼結して仮焼体とした。得られた仮焼体を実施例B1と同様の手順でポリ塩化アルミニウム水溶液を含浸及び熱処理を3回繰り返し、その後、実施例B1と同様に大気中1100℃、2時間で焼結し、アルミナ棒とセラミックスマトリックスとが一体焼結した焼結体を作製した。
【0075】
得られた焼結体を、円柱の両方の面からジルコニア被覆アルミナ棒が突き出るよう紙やすりで研削し、直径21mm×厚み3.4mmの試験片(評価用サンプル)を得た。プッシュアウト試験による界面強度は9.8MPaであった。
図11は、測定例B1のプッシュアウト試験における応力-変位曲線を示すグラフである。
図11における矢印は、最大荷重(Pmax)を示す。
【0076】
・測定例B2(界面強度測定)
アルミナ棒の表面被覆処理を1回のみとした以外は、測定例B1と同様にしてプッシュアウト試験片(評価用サンプル)を得た。プッシュアウト試験による界面強度は7.3MPaであった。本測定例より、表面被覆処理を繰り返すことにより界面強度が向上することが分かる。
【0077】
・測定例B3(界面強度測定)
ジルコニウム(IV) アセチルアセトナート(Zr(CH3COCHCOCH3)4)0.00012gを50mLのエタノールに溶解させ、総表面積0.094m2のアルミナ棒を室温で24時間含浸させた。このとき、式(1)で求められる被覆率は50%であった。このようにして作製したジルコニア被覆アルミナ棒を用いた以外は、測定例B1と同様にしてプッシュアウト試験片(評価用サンプル)を得た。プッシュアウト試験による界面強度は7.6MPaであった。本測定例より、被覆率を高くすることにより界面強度が向上することが分かる。
【0078】
・測定例B4(界面強度測定)
ランタンアセチルアセトナート二水和物(La(CH3COCHCOCH3)3・2H2O)0.5gを50mLのエタノールに溶解させ、総表面積0.094m2のアルミナ棒を室温で24時間含浸させた。このとき、上記式(1)で求められる被覆率が100%となるのに必要な添加量よりも大過剰となるようにした。このようにして作製した被覆アルミナ棒を用いた以外は、測定例B1と同様にしてプッシュアウト試験片(評価用サンプル)を得た。プッシュアウト試験による界面強度は7.0MPaであった。
【0079】
実施例B2
(セラミックスマトリックス複合材料(CMC)の作製)
平均粒子径0.19μmである略球状のα-アルミナ粉末350gと、純水146gとをボールミルで混合し、アルミナスラリーを得た。
【0080】
次いで、実施例A4で得られた酸化ランタン被覆ムライト連続繊維を、アルミナ混合スラリーに含浸・乾燥させることによって、幅110mm×長さ110mm×厚み約0.5mmの成形体を得た。成形体は大気中120℃で一昼夜乾燥させた後、大気中1100℃、2時間で熱処理することによって、CMCを得た。
【0081】
(バルク引張強度の測定)
得られたCMCを、幅10mm×長さ100mm×厚み0.5mmに加工し、両端にアルミタブを取り付けて引張試験片を作製した。引張試験片の幅及び厚みはマイクロメーターを用い、試験片長さはノギスを用いて測定した。強度試験機(株式会社島津製作所製、装置名:AG-XPlus)及び引張試験冶具を用いて、引張強度試験を負荷速度0.5mm/minで行った。引張強度試験の試験片数は4本とし、その4本の平均値をバルク引張強度とした。得られたCMCのバルク引張強度は、141MPaであった。
【0082】
比較例B1
ジルコニア被覆アルミナ連続繊維の代わりに、デサイズ処理(大気中700℃で熱処理)したアルミナ連続繊維(アルミナ繊維クロス、スリーエムジャパン株式会社製、商品名:ネクステル610)を用いた(すなわち、ジルコニア被覆をしなかったアルミナ連続繊維を用いた)以外は、実施例B1と同様の方法によってCMCを得た。CMCの繊維体積率は34.1体積%であり、CMCの密度は2.35g/cm3であった。バルク引張強度は9MPaであり、実施例B1のCMCよりも強度の低いものであった。
【0083】
・比較測定例B1(界面強度測定)
表面被覆処理を行っていないアルミナ棒を用いたこと以外は、測定例B1と同様にしてプッシュアウト試験片を得た。プッシュアウト試験による界面強度は13.6MPaであった。本測定例より、比較例B1のCMCにおいては、セラミックス連続繊維とセラミックスマトリックスとの固着による破壊が起こったことが考えられる。
【0084】
比較例B2
酸化ランタン被覆ムライト連続繊維の代わりに、デサイズ処理(大気中700℃で熱処理)したムライト連続繊維(ムライト繊維クロス、スリーエムジャパン株式会社製、商品名:ネクステル720)を用いた(すなわち、酸化ランタンで被覆をしなかったムライト連続繊維を用いた)以外は、実施例B2と同様の方法によってCMCを得た。バルク引張強度は107MPaであり、実施例B2のCMCよりも強度の低いものであった。
【0085】
以上より、被覆層付セラミックス連続繊維を有する実施例B1のCMCと被覆層を表面に有しないセラミックス連続繊維を有する比較例B1のCMCとは、測定例B1と比較測定例B1との対比から、実施例B1のCMCの方が強度に優れることが判明した。また、被覆層付セラミックス連続繊維を有する実施例B2のCMCと被覆層を表面に有しないセラミックス連続繊維を有する比較例B2のCMCとは、実施例B1のCMCの方が強度に優れることが判明した。これらの結果から、本発明の被覆層付セラミックス連続繊維は、充分に高い強度を有するセラミックスマトリックス複合材料の製造に好適であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明の被覆層付セラミックス連続繊維は、セラミックス連続繊維への表面被覆において金属化合物同士の凝集がほとんどないため、引張強度等の損傷許容性の高いCMCとして利用することができる。また、本発明の被覆層付セラミックス連続繊維は、金属アセチルアセトナート錯体を含む溶媒にセラミックス連続繊維を含浸することによって製造できることから、2次元のクロス状の織物のほか、3次元の複雑形状の織物又は不織布形状でも簡便に被覆処理ができ、工業的に広く利用することが可能となる。
【符号の説明】
【0087】
1…強度試験機、2…圧子、3…表面被覆アルミナ棒、4…セラミックスマトリックス、5…評価用サンプル、6…固定台、10…界面強度測定装置。