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特許7616626生体内でドパミン神経細胞を保護する方法
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  • 特許-生体内でドパミン神経細胞を保護する方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-08
(45)【発行日】2025-01-17
(54)【発明の名称】生体内でドパミン神経細胞を保護する方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/16 20060101AFI20250109BHJP
   A61K 38/18 20060101ALI20250109BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20250109BHJP
   A61P 25/16 20060101ALI20250109BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20250109BHJP
【FI】
A61K38/16
A61K38/18
A61P25/00
A61P25/16
C12N15/12 ZNA
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019029950
(22)【出願日】2019-02-22
(65)【公開番号】P2020132592
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2021-10-26
【審判番号】
【審判請求日】2023-03-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.オンラインジャーナルへの論文掲載による公開 Brain Sciences,Volume 8,Issue 9(September 2018)(URL:https://www.mdpi.com/2076-3425/8/9/167/htm)『The Healing Effect of Human Milk Fat Globule-EGF Factor 8 Protein(MFG-E8)in A Rat Model of Parkinson’s Disease』 公開日:平成30年8月31日 2.研究報告書の頒布による公開 研究報告書の名称:GSKジャパン研究助成2016年度研究報告書 発行者:グラクソ・スミスクライン株式会社 発行日:平成31年2月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(74)【代理人】
【識別番号】100152180
【弁理士】
【氏名又は名称】大久保 秀人
(72)【発明者】
【氏名】中島 義基
(72)【発明者】
【氏名】大政 健史
(72)【発明者】
【氏名】野口 洋文
(72)【発明者】
【氏名】潮平 知佳
【合議体】
【審判長】松波 由美子
【審判官】冨永 みどり
【審判官】関 景輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-155251(JP,A)
【文献】Neurobiology of Disease 51 (2013), 192-201
【文献】Journal of Neuroscience 32 (2012), 2657-2666
【文献】FEBS Letters 588 (2014), 2952-2956
【文献】岡山医学会雑誌 98 (1986), 439-456
【文献】Mediators of Inflammation (2016), 5628486
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
CAPlus/EMBASE/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)を有効成分とする、
黒質のドパミン神経細胞を炎症による減少から保護するための組成物。
【請求項2】
配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)を発現する細胞を有効成分とする、
黒質のドパミン神経細胞を炎症による減少から保護するための組成物。
【請求項3】
前記細胞が、医薬品の産生細胞又は再生医療等製品の細胞である、
請求項2に記載の黒質のドパミン神経細胞を炎症による減少から保護するための組成物。
【請求項4】
請求項1乃至3の組成物であって
ヒトの脳室内に直接投与することで、
黒質のドパミン神経細胞を炎症による減少から保護するための組成物。
【請求項5】
前記ドパミン神経細胞が、生体内ドパミン神経細胞又は治療用ドパミン神経細胞である請求項1から4のいずれかに記載の黒質のドパミン神経細胞を炎症による減少から保護するための組成物。
【請求項6】
請求項2又は3に記載の組成物の製造方法であって、
(a)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)を発現するベクターを設計又は作製する工程と、
(b)細胞が前記ベクターを取り込む工程と、
(c)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)を産生する細胞を選別し培養する工程と、
を含む黒質のドパミン神経細胞を炎症による減少から保護するための組成物の製造方法。
【請求項7】
請求項に記載の組成物の製造方法であって、
(a)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)を発現するベクターを設計又は作製する工程と、
(b)細胞が前記ベクターを取り込む工程と、
(c)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)を産生する細胞を選別し培養する工程と、
(d)前記細胞が産生した配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)を濃縮、抽出、または精製する工程と、
を含む黒質のドパミン神経細胞を炎症による減少から保護するための組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パーキンソン病の治療薬等に関する。より詳しくは、中脳黒質のドパミン神経細胞、治療用ドパミン神経細胞を保護するための薬剤及び治療用細胞等に関する。
【背景技術】
【0002】
パーキンソン病(Parkinson's disease)は、1817年James Parkinsonによって初めて報告された疾患である(非特許文献1)。
パーキンソン病は、50~60歳代に多く発症し、脳や末梢自律神経系などの神経細胞が変性する神経変性疾患である。パーキンソン病の症状として、運動緩慢、振戦、筋強剛、姿勢保持障害などの運動症状並びに嗅覚障害、自律神経症状、精神症状、認知機能障害、睡眠障害などのさまざまな非運動症状がみられる。パーキンソン病の原因は未だ完全には解明されていないが、パーキンソン病では、神経細胞体や神経線維にα-synucleinというタンパク質が凝集・蓄積しており、これが凝集する過程において神経細胞が障害を受けるのではないかと考えられている。なお、α-synucleinが蓄積して球状になった構造物は、レビー小体と呼ばれている。
【0003】
パーキンソン病は、加齢とともに患者数も増え、我が国の患者数は、人口10万人あたり150人程度とされている。パーキンソン病では黒質ドパミン神経細胞の変性脱落に伴う線条体ドパミン神経終末の減少、線条体のドパミン量の減少により運動症状が生じる。運動症状には、黒質ドパミン神経細胞が50%程度に減少し、ドパミン神経終末のドパミン量が20%以下に低下すると出現するとされている(非特許文献2)。
【0004】
パーキンソン病治療の主体は薬物療法である。それ以外には、脳深部刺激療法などの脳の手術療法や、リハビリテーションであり、細胞移植治療などの報告もある。また、治療用ドパミン神経細胞の例としては、京都大学の高橋淳教授らのグループによりサルを用いた基礎研究に続き、2018年からヒトinduced pluripotent stem cells(iPS細胞)を用い作製された治療用ドパミン神経細胞を使ったヒトを対象とした治験が開始されている(https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/180730-170000.html)。
代表的な薬物治療は、ドパミンの前駆物質であるレボドパを投与するドパミン補充療法である。その他に、ドパミンと同様の作用を有するドパミンアゴニスト、ドパミンの放出を促す薬(アマンタジン)、ドパミンの分解をおこす物質の阻害剤(セレギリン、エンタカポン)、非ドパミン系のゾニサミド、アデノシン受容体のアンタゴニストであるイストラデフィリン、またアセチルコリンを減少させる薬(抗コリン剤)などが用いられる。
【0005】
過去6年間(2011年1月から2017年1月)における我が国での新薬の承認は、次の薬剤である。
・ドパミンアゴニスト(ミラペックスLA [日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社]、レキップCR [グラクソ・スミスクライン株式会社]、アポカイン [協和発酵キリン株式会社]、ニュープロ(貼付剤[大塚製薬株式会社])
・非ドパミン系に働く新しい機序を有するアデノシンA2A 受容体阻害剤(ノウリアスト [協和発酵キリン株式会社])
・空腸投与用レボドパ・カルビドパ水和物配合剤(デュオドーパ [アッヴィ])
・COMT 阻害剤のエンタカポンとレボドパ・カルビドパ配合剤との合剤(スタレボ [ノバルティスファーマ])
【0006】
ところで、Milk fat globule-EGF factor 8(MFG-E8)は、ヒトにおけるラクトアドヘリンホモログであり、母乳及び乳房上皮細胞で見つかった膜結合型糖タンパク質である(非特許文献3参照)。
非特許文献4には、敗血症や虚血再灌流障害の治療にMFG-E8の投与が有効となり得ることが記載されている。
非特許文献5には、活性化マクロファージから分泌されるMFG-E8が、アポトーシスした細胞に結合し、ファゴサイトによる貪食を誘導することが記載されている。
特許文献1には、MFG-E8を用いた細胞の培養方法が記載されており、ヒトiPS細胞が足場材料を用いずに培養可能な技術が示されている。
このようにMFG-E8について様々な報告がなされているが、これまでに、パーキンソン病の治療薬としてMFG-E8を投与することや、MFG-E8産生細胞を治療用細胞として用いたパーキンソン病の治療法は報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】WO2015-182140
【非特許文献】
【0008】
【文献】J Neuropsychiatry Clin Neurosci. 2002 Spring;14(2):223-236
【文献】織茂智之、パーキンソン病の診断と治療の新たな展開、臨床神経 2017;57:259-273
【文献】Pediatric Research. 1996 April 39:66.
【文献】Mol Med. 2011 Jan-Feb;17(1-2):126-133.
【文献】Nature. 2002 May 9;417(6885):182-187.
【文献】Brain Sci. 2018 Aug 31;8(9).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、中脳黒質のドパミン神経細胞、治療用ドパミン神経細胞を保護可能な技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、MFG-E8の断片が、生体内においてドパミン神経細胞の保護を促進することを見出し、これを有効成分とするドパミン神経細胞を保護するための組成物等の発明を完成させた。
【0011】
すなわち、上記課題解決のため、本発明は、以下の[1]~[7]を提供する。
[1]配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)を有効成分とする、黒質のドパミン神経細胞を炎症による減少から保護するための組成物。
[2]配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)発現する細胞を有効成分とする、黒質のドパミン神経細胞を炎症による減少から保護するための組成物。
[3]前記細胞が、医薬品の産生細胞又は再生医療等製品の細胞である、前記組成物。
[4]前記細胞であって、ヒトの脳室内に直接投与する、前記組成物。
[5]前記ドパミン神経細胞が、生体内ドパミン神経細胞又は治療用ドパミン神経細胞である、前記組成物。
[6]前記ポリペプチドまたはタンパク質を発現する細胞を有効成分とする組成物の製造方法であって、
(a)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)を発現するベクターを設計又は作製する工程と、
(b)細胞が前記ベクターを取り込む工程と、
(c)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)を産生する細胞を選別し培養する工程と、
を含む黒質のドパミン神経細胞を炎症による減少から保護するための組成物の製造方法。
[7]前記ポリペプチドまたはタンパク質を有効成分とする組成物の製造方法であって、
(a)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)を発現するベクターを設計又は作製する工程と、
(b)細胞が前記ベクターを取り込む工程と、
(c)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)を産生する細胞を選別し培養する工程と、
(d)前記細胞が産生した配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドまたはタンパク質(ヒトMFG-E8の24-387断片)を濃縮、抽出、または精製する工程と、
を含む黒質のドパミン神経細胞を炎症による減少から保護するための組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、中脳黒質のドパミン神経細胞、治療用ドパミン神経細胞を保護可能な技術の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】中脳黒質へグラム陰性菌細胞壁外膜の構成成分であるリポ多糖(Lipopolysaccharide(LPS))を投与した場合におけるMFG-E8断片の効果を、ラットを用いて評価した顕微鏡撮影画像を示す図である(実施例1)。ラット黒質の免疫組織切片画像中の、TH染色陽性細胞を矢印で示す(スケールバー200μm)。
図2】中脳黒質へLPSを投与した場合におけるMFG-E8断片の効果を、ラットを用いて評価した結果を示す図である(実施例1)。ラットの中脳黒質へLPSを投与し、MFG-E8存在下及び非存在下で2週間飼育を行った。摘出後の脳組織切片にTyrosine Hydroxylase(TH)抗体を用いた免疫染色を行い、顕微鏡撮影画像内の面積に対する染色陽性部位の面積比率を算出した。
図3】中脳黒質へLPSを投与した場合におけるMFG-E8断片の効果を、ラットを用いて評価した結果を示す図である(実施例1)。ラットの中脳黒質へLPSを投与し、MFG-E8存在下及び非存在下で2週間飼育を行った。摘出後の脳組織切片にTyrosine Hydroxylase(TH)抗体を用いた免疫染色を行い、顕微鏡撮影画像内の面積に対する染色陽性ドパミン神経細胞数を測定した。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための好適な形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0015】
<<発明の原理ならびに有効成分>>
本発明は、配列番号2に示されるヒトMFG-E8の断片が、生体内においてドパミン神経細胞の保護効果を有することから見い出されたものである。
ヒトMFG-E8は、配列番号1(GenBank Accession No.Q08431)に示される387アミノ酸残基からなるタンパク質であり、ラクトアドヘリン(lactadherin)、Breast epithelial antigen BA46、HMFG、MFGM、secreted EGF repeat and discoidin domains-containing protein 1(SED1)とも称される。
【0016】
配列番号1において1から23番目のアミノ酸配列は分泌シグナル配列であるほか、下記配列に示すような機能的部位を有する。
[配列番号3]EGF-like Domain部位を示す(配列番号1のアミノ酸配列24-67番目)。
[配列番号4]F5/8 type C1 Domain部位を示す(配列番号1のアミノ酸配列70-225番目)。
[配列番号5]F5/8 type C2 Domain部位を示す(配列番号1のアミノ酸配列230-387番目)。
[配列番号6]Lactadherin Chain部位を示す(配列番号1のアミノ酸配列24-387番目)。
[配列番号7]Lactadherin short form Chain部位を示す(配列番号1のアミノ酸配列202-387番目)。
[配列番号8]Medin Chain部位を示す(配列番号1のアミノ酸配列268-317番目)。
[配列番号9]ヒト脂肪由来間葉系幹細胞の培養上清に分泌されるMFG-E8の配列部位の一部を示す(配列番号1のアミノ酸配列70-107番目)。
[配列番号10]ヒト脂肪由来間葉系幹細胞の培養上清に分泌されるMFG-E8配列の一部を示す(配列番号1のアミノ酸配列207-219番目)。
[配列番号11]臨床用培地で培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞が発現するMFG-E8配列の一部を示す(配列番号1のアミノ酸配列93-107番目)。
[配列番号12]臨床用培地で培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞が発現するMFG-E8配列の一部を示す(配列番号1のアミノ酸配列111-134番目)。
[配列番号13]研究用培地で培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞が発現するMFG-E8配列の一部を示す(配列番号1のアミノ酸配列111-135番目)。
[配列番号14]研究用培地で培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞が発現するMFG-E8配列の一部を示す(配列番号1のアミノ酸配列220-237番目)。
[配列番号15]研究用培地で培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞が発現するMFG-E8配列の一部を示す(配列番号1のアミノ酸配列254-268番目)。
[配列番号16]研究用培地で培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞が発現するMFG-E8配列の一部を示す(配列番号1のアミノ酸配列272-308番目)。
加えて、配列番号1は、下記の修飾ないし官能部位を有する。
[Disulfide bond部位]
配列番号1において、27-38番目、32-55番目、57-66番目、70-225番目、212-216番目、230-387番目の組み合わせで示されるアミノ酸。
[糖鎖修飾部位]
配列番号1において、228番目、238番目、325番目、329番目、350番目のアミノ酸。
[Phosphoserin修飾部位]
配列番号1において、42番目のアミノ酸。
【0017】
本発明で用いたMFG-E8断片は、ヒトMFG-E8のアミノ酸配列における24番目から387番目までのアミノ酸配列からなり、ヒトMFG-E8(387アミノ酸残基)のおよそ94%からなる断片である。
すなわちMFG-E8断片は、ヒトMFG-E8における分泌シグナル配列部分が除去されたアミノ酸配列から構成されており、分泌能を除く機能は、ヒトMFG-E8と同等である。加えて、MFG-E8断片は、前記配列番号3から16に示す各種機能的部位を含むものである。これより、MFG-E8断片の有する機能的部位のいずれか又は複数を含む、又はMFG-E8断片と機能的に同等若しくはこれを包含する機能を有すると評価しうる組成物は、同様のドパミン神経細胞保護効果が期待できるものである。
このようなドパミン神経細胞保護効果が期待できる組成物として、下記のポリペプチドもしくはたんぱく質が挙げられる。
(1) ヒトMFG-E8(GenBank Accession No.Q08431、配列番号1)。
(2) ヒトMFG-E8断片(配列番号2)。
(3) ヒトMFG-E8断片の機能的部位で示されるアミノ酸配列(配列番号3から16のいずれかで示されるアミノ酸配列)。
(4) ヒトMFG-E8断片の複数の機能的部位を含むアミノ酸配列(配列番号3から16の二種以上を含むアミノ酸配列)。
(5) 上記(1)から(4)で示されるアミノ酸配列のうち、1もしくは数個のアミノ酸が、欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列。
(6) 上記(1)から(5)で示されるアミノ酸配列のうち、MFG-E8が有するDisulfide bond部位、糖修飾部位、Phosphoserin修飾部位、これらいずれか又は複数を実質的に備えるアミノ酸配列。
(7) 上記(1)から(6)で示されるアミノ酸配列が二量体化されたアミノ酸配列。
(8) ヒトMFG-E8のアイソフォーム(GenBank Accession No.Q08431-1、No.Q08431-2、No.Q08431-3など)やMFG-E8のホモログ、ならびにこれらの上記(1)から(6)に相当するアミノ酸配列。
すなわち,これらを換言すれば,ドパミン神経細胞保護効果が期待できる化合物は,下記に示されるアミノ酸配列化合物である。
(A) 配列番号1又は2のアミノ酸配列で示されるタンパク質。
(B) 配列番号3から16で示されるアミノ酸配列のいずれか又は二種以上を含んでなるポリペプチドやタンパク質。
(C) (A)又は(B)で示されるポリペプチドやタンパク質において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列を含む、ポリペプチドやタンパク質。
(D) (A)から(C)で示されるポリペプチドやタンパク質において、配列番号1における下記と同等の修飾ないし官能部位を備えるポリペプチドやタンパク質。
[Disulfide bond部位]
配列番号1において、27-38番目、32-55番目、57-66番目、70-225番目、212-216番目、230-387番目の組み合わせで示されるアミノ酸。
[糖鎖修飾部位]
配列番号1において、228番目、238番目、325番目、329番目、350番目のアミノ酸。
[Phosphoserin修飾部位]
配列番号1において、42番目のアミノ酸。
(E) (A)から(D)に記載のいずれかのアミノ酸配列が二量体化されたポリペプチドやタンパク質。
【0018】
MFG-E8ないしMFG-E8断片のアミノ酸配列の一部を含んで構成されるポリペプチドやタンパク質は細胞により産生される組成物でもあり、その例として、発明者らが行った液体クロマトグラフィー質量分析法(Liquid Chromatography/Mass Spectrometry: LC/MS/MS)を用いた解析結果により示される(非特許文献6)。細胞の培養条件を変えてヒト脂肪由来間葉系幹細胞が発現・分泌するMFG-E8断片のアミノ酸配列を同定し、前記配列番号11から16に示される機能的部位を明らかとした。
なお、ヒト脂肪由来間葉系幹細胞(hMSC-AT-c)はPromoCell社(Heidelberg, Germany)より入手した。臨床用培地(MSCGM-CD間葉系幹細BulletKit)はLonza社(Basel, Schweiz)より入手した。研究用培地として10%FBS含有DMEMを用いた。
【0019】
本発明で用いられるMFG-E8断片ないしMFG-E8(以下、これらをまとめて「MFG-E8等」とも称する。)について、これらの構造ないし機能を損なわない限りは、ドパミン神経保護効果を期待できることから、部分的なアミノ酸配列の短縮・伸長を行うこともできる。
【0020】
MFG-E8断片の短縮の場合、10以上のアミノ酸配列から構成され、配列番号2から16のアミノ酸配列を含む。例えば配列番号2では、少なくともMFG-E8断片の90%から99%(327-363アミノ酸残基)、好ましくは91から99%(331-363アミノ酸残基)、より好ましくは92から99%(334-363アミノ酸残基)、特に好ましくは93から99%(338-363アミノ酸残基)、最も好ましくは94から99%(342-363アミノ酸残基)が挙げられる。
また、MFG-E8断片の伸長の場合、10以上のアミノ酸配列から構成され、配列番号2から16のアミノ酸配列を含む。例えば配列番号2では、少なくともMFG-E8断片の100%から120%(365-436アミノ酸残基)、好ましくは101%から118%(365-429アミノ酸残基)、より好ましくは101%から116%(365-422アミノ酸残基)、特に好ましくは101%から114%(365-414アミノ酸残基)、最も好ましくは101%から110%(365-400アミノ酸残基)とすることができる。
【0021】
MFG-E8の短縮の場合、配列番号1のアミノ酸配列を含む。配列番号1では、少なくともMFG-E8の90%から99%(348-386アミノ酸残基)、好ましくは91から99%(352-386アミノ酸残基)、より好ましくは92から99%(356-386アミノ酸残基)、特に好ましくは93から99%(359-386アミノ酸残基)、最も好ましくは94から99%(363-386アミノ酸残基)が挙げられる。
また、MFG-E8の伸長の場合、配列番号1のアミノ酸配列を含む。配列番号1では、少なくともMFG-E8の100%から120%(388-464アミノ酸残基)、好ましくは101%から118%(388-456アミノ酸残基)、より好ましくは101%から116%(388-448アミノ酸残基)、特に好ましくは101%から114%(388-441アミノ酸残基)、最も好ましくは101%から110%(388-425アミノ酸残基)とすることができる。
【0022】
上記のとおり、本発明において有効成分として用いられるMFG-E8、MFG-E8断片、ならびにMFG-E8又はMFG-E8断片のいずれかを配列の一部として構成されるポリペプチドやたんぱく質について、これらは部分的なアミノ酸の置換・欠失・挿入や化学的修飾を行うことができる。
すなわち、これら有効成分と、構造的・機能的な同等性を保持したまま、部分的なアミノ酸の置換・欠失・挿入や化学的修飾を行った化合物については、均等な有効成分化合物に相当するものである。
【0023】
本発明では、組成物の一様態として、上記に挙げる有効成分そのものを組成物成分として含む様態が挙げられる。また、異なる様態として、後述する再生医療等製品などの治療用細胞により有効成分が産生される様態が挙げられる。
なお、治療用細胞における「治療」には、ドパミン神経細胞障害やパーキンソン病の根治的ないし対症的な治療法に加えて、これらの予防や遅延をも含むものとする。
【0024】
<<治療用細胞や医薬品製造用細胞の製造方法>>
[MFG-E8]
本発明に係るパーキンソン病治療用細胞は、MFG-E8(Milk fat globule-EGF factor 8)、MFG-E8断片、ならびにMFG-E8又はMFG-E8断片のいずれかを含むポリペプチドやたんぱく質、これらのいずれか又は複数を産生することを特徴とする。
また,本発明のパーキンソン病治療用細胞は,下記の工程により作製することができる。
(a)MFG-E8、MFG-E8断片、ならびにMFG-E8又はMFG-E8断片のいずれかを含むポリペプチドやタンパク質、これらいずれか又は二種以上を発現するベクターを設計又は作製する工程
(b)細胞が前記ベクターを取り込む工程
(c)MFG-E8、MFG-E8断片、ならびにMFG-E8又はMFG-E8断片のいずれかを含むポリペプチドやタンパク質を産生する細胞を選別し培養する工程
これら一連の工程により作製されたパーキンソン病治療用細胞は,これを保存して治療用に用いる、もしくはパーキンソン病治療用細胞が産生したMFG-E8、MFG-E8断片、ならびにMFG-E8又はMFG-E8断片のいずれかを含むポリペプチドやタンパク質を濃縮、抽出、または精製することにより用いることができる。
【0025】
本発明に係る治療用細胞の作製に用いられるMFG-E8の遺伝情報は、配列番号1に示されるヒトMFG-E8やアイソフォームに限られず、産生物が生体内でドパミン神経細胞を保護する活性を有する限りにおいて、ヒト以外のMFG-E8(MFG-E8ホモログ)の遺伝情報であってもよい。
MFG-E8ホモログの遺伝情報は、いずれの動物のものであってもよく、例えば、ラット、マウス、ハムスター、モルモット等の齧歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類などのホモログの遺伝情報であってよい。
一例として、マウス由来のMFG-E8の遺伝情報は学術誌へ記載されている(PLoS One. 2012;7(4):e36368. 及びPLoS One. 2011;6(11):e27685.)。
本発明に係る治療用細胞の作製に用いるMFG-E8ホモログの遺伝情報は、培養する再生医療等製品などの治療用細胞の由来に応じて適宜選択することができ、好ましくは培養する細胞の由来動物と同じ動物由来のMFG-E8ホモログの遺伝情報が用いられる。例えば、ヒト由来の治療用細胞を作製する場合は、ヒト由来のMFG-E8の遺伝情報を用いるのが好ましい。
一方で、本発明に係る医薬品製造用細胞の作製においては、抗体医薬品の製造に見られる様に、CHO(Chinese Hamster Ovary)細胞などのヒト以外のほ乳類由来のタンパク質高発現細胞株に対し、ヒト由来のMFG-E8の遺伝情報が用いられることも想定される。
【0026】
また、本発明に係る治療用細胞や医薬品製造用細胞の作製に用いられるMFG-E8の遺伝情報は、生体内でドパミン神経細胞の保護を促進する活性を有する限りにおいて、ヒトMFG-E8及びMFG-E8ホモログのアミノ酸配列を生成し得る、また任意長のポリペプチド(MFG-E8の断片)も産生し得るものとする。ポリペプチドの長さとしては、アミノ酸残基数で、例えば21~100、好ましくは101~200、より好ましくは201~364とされる。好ましい断片の具体例としては、配列番号2から配列番号16に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド(10から364アミノ酸残基)が挙げられる。
なお、本明細書中で使用される場合、「ポリペプチド」は、「ペプチド」または「タンパク質」と交換可能に使用されるものとする。
【0027】
さらに、本発明に係る治療用細胞や医薬品製造用細胞の作製に用いられるMFG-E8の遺伝情報は、生体内でドパミン神経細胞の保護を促進する活性を有する限り特に限定されない。すなわち、ヒトMFG-E8及びMFG-E8ホモログのアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を翻訳し得るヌクレオチド配列であってもよい。
【0028】
「1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ポリペプチド作製法により欠失、置換、挿入もしくは付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下)のアミノ酸が欠失、置換、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を意味する。タンパク質のアミノ酸配列中のいくつかのアミノ酸が、当該タンパク質の構造または機能に有意に影響することなく容易に改変され得ることは、当該分野において周知である。
【0029】
さらに、天然のタンパク質において、当該タンパク質の構造または機能を有意に変化させない変異体が存在することもまた周知である。従って、「1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列」は、公知の変異ポリペプチド作製法により人為的に変異を導入した配列に該当するヌクレオチド配列に限定されるものではなく、天然に存在する変異体のアミノ酸配列に該当するヌクレオチド配列も含む。
【0030】
本発明に係る治療用細胞や医薬品製造用細胞の作製に用いられるベクターは、天然から単離・精製されたMFG-E8タンパク質、組換えタンパク質又は合成タンパク質のヌクレオチド配列であってよく、翻訳後に化学修飾され得るものであってもよい。天然タンパク質のアミノ酸解析、組換えタンパク質の発現、タンパク質の合成あるいはこれらの遺伝子操作は、従来公知の手法によって行うことができる。
【0031】
上記ヌクレオチド配列には、シグナル配列をコードするヌクレオチド配列をさらに含むことができる。目的タンパク質を細胞外に分泌させる場合には、目的タンパク質遺伝子の5’末端にシグナル配列をコードする塩基配列を導入すればよい。シグナル配列をコードする塩基配列は、動物細胞が分泌発現できるシグナル配列をコードする塩基配列であれば特に限定されないが、宿主が動物細胞である場合には、MFG-E8・シグナル配列、インシュリン・シグナル配列、α-インターフェロン・シグナル配列、抗体分子・シグナル配列などがそれぞれ利用できる。
【0032】
上記タンパク質類をコードする核酸ホモログは、ヒト由来のMFG-E8遺伝子をコードするmRNAから合成したヌクレオチドに基づいて作製したプライマーやプローブを使用する周知の技術によって、ヒト以外の他の哺乳動物由来の、該遺伝子を発現することが公知の細胞や組織から調製したcDNAライブラリーから取得することができる。そのような技術には、PCR法、ハイブリダイゼーション法(サザン法、ノーザン法等)等が含まれる。
【0033】
PCR法は、ポリメラーゼ連鎖反応であり、これは、二本鎖DNAを一本鎖に解離するための変性(denaturing)工程(約94~96℃、約30秒~1分)、プライマーを鋳型の一本鎖DNAに結合するためのアニーリング(annealing)工程(約55~68℃、約30秒~1分)、DNA鎖を伸長するための伸長(extension)工程(約72℃、約30秒~1分)からなるサイクルを1サイクルとして約25~40サイクルを実施する。また、変性工程の前に、約94~95℃で約5~12分の前加熱処理を行い、伸長工程の最終サイクル後に、さらに72℃で約7~15分の伸長反応を実施することができる。PCRは、市販のサーマルサイクラーにて、耐熱性DNAポリメラーゼ[例えば、AmpliTaq Gold(登録商標)(Applied Biosystems)等]、MgCl2、dNTP(dATP、dGTP、dCTP、dTTP)等を含有するPCRバッファー中で、センス及びアンチセンスプライマー(サイズ:約17~30b、好ましくは20~25b)と鋳型DNAの存在下で行う。増幅されたDNAは、アガロースゲル電気泳動で分離・精製(臭化エチジウム染色)することができる。
【0034】
ハイブリダイゼーションは、約20~100b又はそれ以上の長さの標識プローブと二本鎖を形成して目的核酸を検出する技法である。例えば、約1~5×Standard Saline Citrate (SSC)、室温~約40℃でのハイブリダイゼーション、その後の約0.1~1×SSC、0.1% ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、約45~65℃の洗浄を行う。ここで、1×SSCは、150mM NaCl、15mM Na-クエン酸、pH7.0の溶液を指す。このような条件は、配列同一性が約80%以上、好ましくは85%以上の核酸を検出することを可能にする方法として知られている。
【0035】
上記核酸はベクターに挿入され、本発明の治療用細胞や医薬品製造用細胞の有効成分であるポリペプチドやタンパク質の生産のために使用される。
【0036】
ベクターは、例えばプラスミド、ファージ、ウイルス等を含む。プラスミドの例は、非限定的に、大腸菌由来プラスミド(例えばpRSET、pTZ19R、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119等)、枯草菌由来プラスミド(例えばpUB110、pTP5等)、酵母由来プラスミド(例えばYEp13、YEp24、YCp50等)、Tiプラスミド等が挙げられ、ファージの例はλファージ等が挙げられ、さらに、ウイルスベクターの例は、レトロウイルス、ワクシニアウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、センダイウイルス等の動物ウイルスベクター、バキュロウイルス等の昆虫ウイルスベクター等が挙げられる。さらに、ヒト遺伝子治療用ベクターも使われ得る。さらにベクターを用いた遺伝子導入法に代わり、CRISPR/Cas9タンパク質を用いたゲノム編集技術も使われ得る。
【0037】
ベクターは、目的DNAを組み込むためのポリリンカーもしくはマルチクローニングサイトを含んでもよく、また、該DNAを発現するためにいくつかの制御エレメントを含むことができる。制御エレメントには、例えばプロモーター、エンハンサー、ポリA付加シグナル、複製開始点、選択マーカー、リボソーム結合配列、ターミネーター等が含まれる。
【0038】
選択マーカーの例は、薬剤耐性遺伝子(例えばネオマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子等)、栄養要求性相補遺伝子(例えばジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)遺伝子、HIS3遺伝子、LEU2遺伝子、URA3遺伝子等)等である。
【0039】
動物細胞を宿主とする場合、プロモーターとして、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMVプロモーター、ヒトCMV初期遺伝子プロモーター、アデノウイルス後期プロモーター、ワクシニアウイルス7.5Kプロモーター、メタロチオネインプロモーター、多角体プロモーター等が例示される。
【0040】
形質転換又はトランスフェクションとしては、例えばエレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法、リン酸カルシウム法、アグロバクテリウム法、ウイルス感染法、リポソーム法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法、リポフェクション法等が挙げられる。
【0041】
[基礎培地]
本発明に係る治療用細胞の培養及び輸送に用いる培地の組成は、治療用細胞や医薬品製造用細胞の培養のために従来用いられている培地と同様でもよい。このような培地としては、例えば、動物組織に由来する細胞の培養に用いられている以下の培地が挙げられる。
【0042】
RPMI-1640培地、EagleのMEM培地、ダルベッコ改変MEM培地、Glasgow’s MEM培地、α-MEM培地、199培地、IMDM培地、DMEM培地、Hybridoma Serum free培地、Chemically Defined Hybridoma Serum Free培地、Ham’s Medium F-12、Ham’s Medium F-10、Ham’s Medium F12K、ATCC-CRCM30、DM-160、DM-201、BME、Fischer、McCoy’s 5A、Leibovitz’s L-15、RITC80-7、MCDB105、MCDB107、MCDB131、MCDB153、MCDB201、NCTC109、NCTC135、Waymouth’s MB752/1、CMRL-1066、Williams’ medium E、Brinster’s BMOC-3 Medium、E8 Medium(以上サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、ReproFF2、Primate ES Cell Medium、ReproStem(以上リプロセル株式会社)、ProculAD(ロート製薬株式会社)、MSCBM-CD、MSCGM-CD(以上Lonza社)、EX-CELL302培地(SAFC社)またはEX-CELL-CD-CHO(SAFC社)、ReproMedTM iPSC Medium(リプロセル株式会社)、Cellartis MSC Xeno-Free Culture Medium(タカラバイオ株式会社)、TeSR-E8 (株式会社ベリタス)、StemFit(登録商標)AK02N、AK03N(味の素株式会社)及びこれらの混合物。
【0043】
本発明に係る治療用細胞の培養、輸送及び保存に用いる培地には、MFG-E8を予め添加することも出来る。培地へのMFG-E8の添加濃度は、特に限定されないが、例えば1μg/mL~5μg/mLとできる。
【0044】
本発明に係る治療用細胞は投与される際に培地成分を含むこともあり得る。培地はMFG-E8を予め添加することも出来る。治療用細胞を投与する際に投与液に含まれるMFG-E8の添加濃度は、特に限定されないが、例えば0.1mg/mL~1mg/mLとできる。
【0045】
また、培地には、必要に応じて細胞の生存又は増殖に必要な生理活性物質及び栄養因子などを添加できる。これらの添加物は、予め培地へ添加されていてもよく、細胞培養中に添加されてもよい。
【0046】
生理活性物質としては、インシュリン、IGF-1、トランスフェリン、アルブミンまたは補酵素Q10などが挙げられる。
栄養因子としては、糖、アミノ酸、ビタミン、加水分解物または脂質などが挙げられる。
糖としては、グルコース、マンノースまたはフルクトースなどが挙げられ、1種または2種以上を組み合わせて用いられる。
アミノ酸としてはL-アラニン、L-アルギニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-システイン、L-グルタミン酸、L-グルタミン、グリシン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-セリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-チロシンまたはL-バリンなどが挙げられ、1種または2種以上を組み合わせて用いられる。
ビタミンとしては、d-ビオチン、D-パントテン酸、コリン、葉酸、myo-イノシトール、ナイアシンアミド、ピロドキサール、リボフラビン、チアミン、シアノコバラミンまたはDL-α-トコフェロールなどが挙げられ、1種または2種以上を組み合わせて用いられる。
加水分解物としては、大豆、小麦、米、えんどう豆、とうもろこし、綿実、酵母抽出物などを加水分解したものが挙げられる。
脂質としては、コレステロール、リノール酸またはリノレイン酸などが挙げられる。
【0047】
さらに、培地には、カナマイシン、ストレプトマイシン、ペニシリンまたはハイグロマイシンなどの抗生物質を必要に応じて添加してもよい。シアル酸等の酸性物質を培地に添加する場合には、培地のpHを細胞の成育に適した中性域であるpH5~9、好ましくはpH6~8に調整することが望ましい。
【0048】
本発明に係る治療用細胞の培養及び輸送に係る培地は、血清を含まない培地、即ち無血清培地であってよい。本発明に係る培地は、血清を含有することもできるが、異種動物由来成分の混入防止の観点からは血清を含有しないことが好ましい。ここで、無血清培地とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。無血清培地は、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)を含有していてもよい。
【0049】
本発明に係る培地は、血清と同様に、血清代替物についてもこれを含んでいても含んでいなくともよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン、脂質リッチアルブミン及び組換えアルブミン等のアルブミン代替物、植物デンプン、デキストラン、タンパク質加水分解物、トランスフェリン又は他の鉄輸送体、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオグリセロールあるいはこれらの均等物などが挙げられ得る。血清代替物の具体例として、例えば、国際公開第98/30679号記載の方法により調製されるものや、市販のknockout Serum Replacement(KSR社)、Chemically-defined Lipid concentrated(Life Technologies社)及びGlutamax(Life Technologies社)などが挙げられる。
【0050】
ここで、本発明が対象とする「医薬品の産生細胞、又は再生医療等製品の細胞」は、幹細胞を含む。幹細胞は分化増殖能を有する未熟な細胞をいい、複能性幹細胞(multipotent stem cell)等が含まれる。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。
【0051】
複能性幹細胞としては、特に、間葉系幹細胞、造血系幹細胞、神経系幹細胞、骨髄幹細胞及び生殖幹細胞等の体性幹細胞等が挙げられる。複能性幹細胞は、好ましくは間葉系幹細胞である。なお、間葉系幹細胞とは、骨芽細胞、軟骨芽細胞及び脂肪芽細胞等の間葉系の細胞全て又はいくつかへの分化が可能な幹細胞又はその前駆細胞の集団を広義に意味する。
【0052】
ここで、本発明に係る培養方法に用いられる培養器は、特に限定されないが、フラスコ、ディッシュ、シャーレ、マイクロウェルプレート、マイクロスライド、チャンバースライド、チューブ、トレイ、培養バック及びステンレスタンクなどが挙げられ得る。これらの培養器の基材も、特に限定されず、ガラスや、ポリプロピレン及びポリスチレンなどの各種プラスチックとできる。従来、培養器の基材表面への細胞の接着を誘導するため、基材表面に足場をコーティングすることが行われていた。このような足場には、コラーゲン、ゼラチン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、ラミニンの一部構造体、フィブロネクチン及びこれら混合物(例えばマトリゲル)並びに溶解細胞膜調製物(Lancet. 2005 May 7-13;365(9471):1636-1641.)などが用いられている。
【0053】
治療用細胞の培養密度は、細胞の生存率の向上等の所望の効果を達成し得るような密度である限り特に限定されない。好ましくは約1.0×101~1.0×107細胞/mL、より好ましくは約1.0×102~1.0×107細胞/mL、さらにより好ましくは約1.0×103~1.0×107細胞/mL、最も好ましくは約3.0×104~1.0×107細胞/mLである。
【0054】
温度、CO2濃度、溶存酸素濃度及びpHなどの培養条件は、従来技術に基づいて適宜設定できる。例えば、培養温度は、特に限定されるものではないが30~40℃、好ましくは37℃であり得る。CO2濃度は、1~10%、好ましくは2~5%であり得る。酸素分圧は、1~10%であり得る。
【0055】
[医薬品の産生細胞、又は再生医療等製品の細胞の製造方法]
本発明に係る培養細胞は、特に幹細胞を用いることで、幹細胞を含む細胞組成物の製造方法あるいは幹細胞からの分化細胞を含む細胞組成物の製造に応用できる。本発明に係る治療用細胞の製造方法を幹細胞又は分化細胞を含む細胞組成物の製造方法に適用することで、生体内へのMFG-E8の連続的な投与が不要となる。
ここで言う「再生医療等製品」は、以下に掲げる製品であって、政令で定めるものをいう。
(1)人又は動物の細胞に培養等の加工を施したものであって、
A、身体の構造・機能の再建・修復・形成するもの
B、疾病の治療・予防を目的として使用するもの
(2)遺伝子治療を目的として、人の細胞に導入して使用するもの
独立行政法人医薬品医療機器総合機構(Oharmaceuticals and Medical Devices Agency)のホームページを参照[https://www.pmda.go.jp/review-services/drug-reviews/about-reviews/ctp/0007.html]。
【0056】
本発明に係る幹細胞を含む細胞組成物の製造方法の具体的な工程は、例えば以下の通りである。
(a)幹細胞を培養する工程。
(b)幹細胞へベクターを導入する工程。
(c)MFG-E8を産生する治療用細胞を増殖、維持、保存、輸送する工程。
【0057】
工程(a)は、幹細胞を増殖、維持する工程である。工程(a)は、幹細胞培養のための従来方法を適用して行えばよく、足場及び/又は血清(あるいは血清抽出物等)の存在下での培養であってもよい。
【0058】
工程(b)は、幹細胞へベクターを導入する工程であり、工程(c)は、本発明に係る遺伝子操作方法によって、作製された治療用細胞を、増殖、維持する工程である。工程(b)でベクターを導入された幹細胞は、再度工程(a)に付して継代を行ってもよい。また、工程(b)と工程(c)との間に、工程(b)で得られた遺伝子導入細胞を識別する工程を行ってもよい。この追加工程によってMFG-E8産生細胞のみを純化することができる。さらに、工程(a)において、血清を用いている場合には、工程(b)と工程(c)との間に、工程(b)で得られた細胞を無血清培地や緩衝液で洗浄する工程を行ってもよい。また、発明者らはヒト脂肪由来間葉系幹細胞がMFG-E8を発現・分泌する特徴を持つことを明らかとしていることから(非特許文献6)、遺伝子導入操作を行わないヒト脂肪由来間葉系幹細胞についても同様の解釈がなされる。
【0059】
[分化細胞を含む細胞組成物の製造方法]
本発明に係る幹細胞から分化細胞を含む細胞組成物を製造する方法では、上記工程(a)において増殖した幹細胞を分化誘導する。幹細胞の分化誘導法自体は公知の手法によって行うことができる。例えばレチノイン酸などの分化誘導剤を培地に添加することにより、足場非存在下で、幹細胞を神経系細胞などへ分化させることが可能となる。また、分化誘導を工程(b)の後に別途の工程として行ってもよく、その場合には公知の手法によって分化誘導の処理を行えばよい。
【0060】
[細胞組成物]
本発明に係る、MFG-E8等を産生する幹細胞及び/又は分化細胞を含む細胞組成物は、さらなる幹細胞の培養のため、あるいは再生医療等製品の細胞製造のために利用され得る。
【0061】
ここで、本発明に係る細胞組成物は、前述の製造方法により得られ、小さな細胞塊のような分散した幹細胞が、培養後の培地成分を含む組成物であり得る。
凍結保存等の保存に用いられる場合、本発明に係る再生医療等製品の細胞は、公知の細胞保存液の他に、上述したような培地の成分、血清あるいはその代替物、又はDMSO等の有機溶剤へ混合されていてもよい。この場合、血清又はその代替物の濃度は、特に限定されるものではないが、1~50%(v/v)、好ましくは5~20%(v/v)であり得る。有機溶剤の濃度は、特に限定されるものではないが、0~50%(v/v)、好ましくは5~20%(v/v)であり得る。
本発明に係る再生医療等製品の細胞は、移植、静脈注射、脳室内投与及び脳実質内投与などの手段によって患者に適用することができる。
【実施例
【0062】
[実施例1:ラット中脳黒質のドパミン神経細胞に対するMFG-E8の保護効果]
LPS投与パーキンソン病モデルラットを作製し、中脳黒質のドパミン神経細胞に対するMFG-E8の保護効果を調べた。
【0063】
1.実験方法・実験手技
(1)Crl:CD(SD)(雄、6週齢)ラットを用いた。
(2)LPS(Lipopolysaccharides from Escherichia coli 026:B6,SIGMA,L2762)、配列番号2に示すMFG-E8断片(MFG-E8 protein Leu24-Cys387、製品URL;https://www.rndsystems.com/products/recombinant-human-mfg-e8-protein-cf_2767-mf#product-details)を用いた。
(3)投与薬は、被験物質A(LPSを0μg、MFG-E8断片を0μg/1μL含む)、被験物質B(LPSを1μg、MFG-E8断片を0μg/1μL含む)、被験物質C(LPSを1μg、MFG-E8断片を200ng/1μL含む)を用いた。溶媒は超純水(ミリQ水)を用いた。組織切片はZEISS Axioskop 2 plus顕微鏡を用いて観察された。
【0064】
2.投与検体の注入
動物へベントバルビタールナトリウム(東京化成工業株式会)40mg/kgを腹腔内投与(投与液量:0.8mL/kg)し麻酔する。麻酔後、頭皮にレボブピバカイン塩酸塩(ポプスカイン(登録商標)0.25%注、丸石製薬株式会社)0.L-mLを皮下投与する。次に動物の頭頂部の毛を刈り、頭部を脳定位固定装置に固定する。頭皮をヨードチンキで消毒後に切開して、頭蓋骨を露出させ、頭蓋骨上の結合組織を綿棒で取り除いたのち、ブロワーで乾燥させてbregmaの位置を見やすくする。歯科用ドリルを用いてbregmaより右側方2.0mm、後方5.3mmの頭蓋骨にステンレスパイプ刺入用の穴を開ける。骨表面から7.8mmの深さまで外径0.5mmのシリコンチューブ及びマイクロシリンジに接続されたステンレスパイプを垂直に刺入する。黒質内に投与検体1μLをマイクロシリンジポンプで5分間かけて注入する。注入後は、ステンレスパイプを挿入したまま5分間静置し、ステンレスパイプをゆっくりと上げたのち、ステンレスパイプを取り外す。その後、頭蓋穴を非吸収性骨髄止血剤(ネストップ、アルフレッサファーマ株式会社)で塞ぎ、頭皮を縫合する。動物を脳定位固定装置から外し、飼育ケージに戻す。なお、ステンレスパイプ及びシリコンチューブは滅菌済みのものを使用した。
【0065】
3.脳の摘出
投与検体を注入した2週間後に脳を摘出する。
動物をベントバルビタールナトリウム(40mg/kg、投与液量:1mL/kg、腹腔内投与)麻酔下で背位に固定する。開胸して心臓を露出させ、下行大動脈の血流を鉗子で止める。左心室をハサミで切開し、輸血チューブと連結したマウス用ディスポーザブル経ロゾンデの先端を左心室から大動脈に導き、経ロゾンデ先端をクレンメで固定する。心耳を切開し、生理食塩液300mLを、輸血チューブを通して灌流・放血して安楽死させる。その後、4%パラホルムアルデヒド・りん酸緩衝液300mLを灌流し、固定する。固定後は、頭蓋骨を外して全脳を摘出する。摘出した脳は、4%パラホルムアルデヒド・りん酸緩衝液の入ったサンプル瓶内で、冷蔵下、浸漬固定する。
【0066】
4.ラット脳における免疫染色(Tyrosine Hydroxylase:HT染色)
摘出した脳は、常法に従ってパラフィンブロックを作製する。その後、投与検体注入領域を中心に切片を作製する。得られた切片は、TH抗体を用いてTH免疫染色を実施する。
【0067】
5.免疫染色
1)脱パラフィン→アルコール→DW
2)PBS洗浄
3)オートクレーブによる賦活化 120℃、10分
4)PBS洗浄
5)1%過酸化水素/メタノール
6)PBS洗浄
7)スキムミルクにて非特異反応のブロック
8)一次抗体:Rabbit polyclonaL-to Tyrosine Hydroxylase
4℃/1h 100倍希釈 [sbcam: ab112]
9)PBS洗浄
10)ヒストファイン シンプルステイン ラットMAX-PO(MULTI)
11)PBS洗浄
12)DABで発色→DWでストップ
13)核染色(マイヤーのヘマトキシリン)→水洗→アルコール脱水→キシレン透徹
【0068】
6.実験結果
(1)結果を図1から3に示す。
(2)被験物質A(LPSを0μg、MFG-E8断片を0μg/1μL含む)を投与された中脳黒質では、TH染色陽性細胞が顕微鏡写真中に118.0±28.6 cells観察された(図1A、図3)。
(3)被験物質B(LPSを1μg、MFG-E8断片を0μg/1μL含む)を投与された中脳黒質では、TH染色陽性細胞が顕微鏡写真中に31.0±13.2 cells観察された(図1B、図3)。
(4)被験物質C(LPSを1μg、MFG-E8断片を200ng/1μL含む)を投与された中脳黒質では、TH染色陽性細胞が顕微鏡写真中に73.7±38.6 cells観察された(図1C、図3)。
(5)この測定では被験物質BグループはAグループに比べて有意に細胞数が減少した(*、P<0.05、n=3)(実施例1、図1と3)。
【0069】
(6)画像内のTH陽性発色部位の面積比率を、画像解析ソフトImage J 1.440(http://imagej.nih.gov/ij)を用いて測定した。
(7)被験物質Bを投与された中脳黒質では、免疫組織染色の陽性発色部位が、被験物質A(1.0±0.1 [被験物質Aの測定値を1とした相対値を示す])に比べて有意に減少した(**、P<0.01、0.56±0.1、n=3)。一方、被験物質Cを投与された中脳黒質では、被験物質Aに対する有意な減少は認められなかった(0.8±0.3、n=3)(実施例1、図1と2)。
【0070】
7.考察
MFG-E8断片を含まないLPS単独の投与では、投与2週間後において投与部位である中脳黒質のTH染色陽性細胞の有意な減少が観察された。一方、MFG-E8断片とLPSの共投与を行うと、投与2週間後の組織切片による観察では、LPS単独の投与に比べてTH染色陽性細胞の有意な減少は認められなかった。
これらの結果から、MFG-E8断片が生体内においてドパミン神経細胞の保護効果を有することが明らかとなった。
図1
図2
図3
【配列表】
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