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  • 特許-繊維強化複合材料及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-09
(45)【発行日】2025-01-20
(54)【発明の名称】繊維強化複合材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 5/04 20060101AFI20250110BHJP
   D04H 3/015 20120101ALI20250110BHJP
   D01F 4/02 20060101ALI20250110BHJP
   B29B 15/12 20060101ALI20250110BHJP
   B29K 105/08 20060101ALN20250110BHJP
【FI】
C08J5/04
D04H3/015
D01F4/02
B29B15/12
B29K105:08
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021505152
(86)(22)【出願日】2020-03-13
(86)【国際出願番号】 JP2020010995
(87)【国際公開番号】W WO2020184697
(87)【国際公開日】2020-09-17
【審査請求日】2023-03-10
(31)【優先権主張番号】P 2019046521
(32)【優先日】2019-03-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000163006
【氏名又は名称】興和株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 太陽
(72)【発明者】
【氏名】亀田 恒徳
(72)【発明者】
【氏名】浅沼 章宗
(72)【発明者】
【氏名】福岡 宣彦
【審査官】岩田 行剛
(56)【参考文献】
【文献】特許第7386482(JP,B2)
【文献】特開2023-165754(JP,A)
【文献】特表2009-530469(JP,A)
【文献】国際公開第2019/009302(WO,A1)
【文献】特開2019-013207(JP,A)
【文献】特開2018-197415(JP,A)
【文献】実開昭59-021938(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D04H
D01F 4/02
B29B 15/08-15/14
C08J 5/04- 5/10,5/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子マトリクス、及び巣素材に由来する夾雑物を含まないミノムシの足場絹糸を包含する不織布を含む繊維強化複合材料。
【請求項2】
前記ミノムシの足場絹糸が長繊維絹糸を含む、請求項1に記載の繊維強化複合材料。
【請求項3】
前記不織布がミノムシの足場絹糸以外の有機繊維、無機繊維、又はその組み合わせをさらに含む、請求項1又は2に記載の繊維強化複合材料。
【請求項4】
前記有機繊維がミノムシの巣絹糸、カイコ絹糸及び/又はクモ糸である、請求項3に記載の繊維強化複合材料。
【請求項5】
前記高分子マトリクスが樹脂、膠、デンプン、寒天、又はその組み合わせである、請求項1~4のいずれか一項に記載の繊維強化複合材料。
【請求項6】
繊維強化複合材料におけるミノムシの足場絹糸の質量分率が0.5質量%~50質量%である、請求項1~5のいずれか一項に記載の繊維強化複合材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強化繊維としてミノムシ絹糸を含有する不織布を含む繊維強化複合材料、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
強化繊維と母材を複合化した繊維強化複合材料は、炭素繊維強化プラスチック(CFRP:Carbon Fiber-Reinforced Plastics)やガラス繊維強化プラスチック(GFRP:Glass Fiber-Reinforced Plastics)に代表されるように、軽量、かつ高い強度と弾性率を有した材料である。このような高い強度と弾性率は、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維等の強化繊維の力学的性質に基づくところが大きい。例えば、強度を素材の質量で割った比強度において、炭素繊維は、鉄の約10倍の力学的特性を有することが知られている(非特許文献1)。このような力学的性質から、繊維強化複合材料は、金属に替わる材料として、スポーツ・レジャー用品、自動車、住宅、建築物、航空機に至る様々な分野で利用されている。
【0003】
しかし、繊維強化複合材料で使用される従来の強化繊維は、いずれも「伸びない」という共通の性質を有している。この性質は、繊維強化複合材料において、「脆さ」や強化繊維と母材の界面における「剥離」の主要な原因となっていた。特に母材が柔軟な性質を有する場合に、繊維強化複合材料内での強化繊維との剥離が深刻な問題であった。
【0004】
そこで、次世代強化繊維として、高い強度と弾性率に加え、伸びの性質を有する繊維を繊維強化複合材料に利用することで、この問題を解決する試みがなされている。例えば、タフネスが非常に高く、かつ伸びの性質を有するクモ由来の糸(本明細書では、しばしば「クモ糸」と表記する)が、現在、その次世代強化繊維として注目されている(非特許文献2)。
【0005】
しかし、クモ糸を強化繊維として実際に利用する場合、量産性と生産コストの面で解決すべき課題も多い。例えば、クモはカイコのような大量飼育が困難な上に、クモから直接的に大量採糸することができない。そのためクモ糸の量産は容易ではなく、結果、生産コストが高くなるという問題がある。クモ糸の大量生産の課題は、大腸菌やカイコを用いた遺伝子組換え技術により、現在、その解決が図られている(特許文献1及び非特許文献3)。ところが、この方法は新たな問題を伴う。クモ糸の生産に使用する大腸菌やカイコは遺伝子組換え体であるため、所定の設備を備えた施設内でしか培養や飼育ができない。それ故、事業レベルの量を生産するには、大規模な生産施設が必要となる。また、その維持管理費も膨大となってしまう。さらに、大腸菌より得られるクモ糸タンパク質は液状であるため、繊維変換するには製造工程数の増加が不可避である。したがって、クモ糸を強化繊維として使用する場合、量産問題を解決できても生産コストの問題は未解決のままである。
【0006】
そのような技術背景の中、本発明者らは、クモ糸に代えて、ミノムシ(Basket worm, alias "bag worm")が吐糸する絹糸(本明細書では、しばしば「ミノムシ絹糸」と表記する)を強化繊維に使用した繊維強化複合材料を製造する技術を開発した(特許文献2)。
【0007】
ミノムシは、チョウ目(Lepidoptera)ミノガ科(Psychidae)に属する蛾の幼虫の総称であるが、この虫の吐糸する絹糸は、強度と伸びをバランスよく兼ね備えており、カイコ絹糸やクモ糸よりも力学的に優れた特性をもつ。例えば、チャミノガ(Eumeta minuscula)のミノムシ絹糸であれば、弾性率に関してカイコ絹糸の3.5倍、またジョロウグモ(Nephila clavata)のクモ糸の2.5倍にも及ぶ(非特許文献4及び5)。さらに、本発明者らは、オオミノガ(Eumeta japonica)のミノムシ絹糸もカイコ絹糸やオニグモ由来のクモ糸と比較したときに同様の力学特性を有することを明らかにした(特許文献3)。例えば、弾性率はカイコ絹糸の約5倍、またクモ糸の3倍以上であった。さらに、破断強度はカイコ絹糸の3倍以上、またクモ糸の約2倍、そして破断伸度は、カイコ絹糸の1.3倍以上、またクモ糸にほぼ匹敵する値であった。特にタフネスはカイコ絹糸の4倍以上、またクモ糸の1.7倍以上に及び、天然繊維の中でも最高レベルのタフネスさを示すことが明らかとなっている。実際、ミノムシ絹糸を強化繊維に用いた繊維強化複合材料では、弾性率が高分子マトリクス単体のときよりも向上し、また長繊維のミノムシ絹糸を用いた場合には、CFRPやGFRPの解決課題であった低破断伸びの問題を著しく改善することができた。
【0008】
さらに、ミノムシは、カイコと同様に大量飼育が可能であり、カイコよりも飼育管理が容易という利点もある。例えば、カイコは、原則としてクワ属(Morus)に属する種の生葉(クワ葉)のみを食餌とするため、飼育地域や飼育時期はクワ葉の供給地やクワの開葉期に左右されるが、ミノムシは広食性で、餌葉に対する特異性が低いため、様々な樹種の葉を食餌とすることができる。したがって、餌葉の入手が容易であり、飼育地域を選ばない。また、落葉樹のクワと異なり常緑樹の葉も餌葉に利用できるため、年間を通して餌葉の供給が可能となる。さらに、ミノムシはカイコよりも体サイズが小さく多頭飼育も容易なため、狭い飼育スペースでも大量飼育が可能である。それ故に、飼育コストを大幅に抑制することができる。加えて、ミノムシ絹糸はミノムシからの直接採糸が可能なため、遺伝子組換え体の作製やその維持管理のための特別な生産施設は必ずしも必要ではない。また、繊維変換する必要が無いため、生産工程数も少なくて済む。したがって、ミノムシ絹糸は、量産問題のみならず、クモ糸で未解決であった生産コストの課題も解決し得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】WO2012/165477
【文献】特願2017-170648
【文献】特開2018-197415
【非特許文献】
【0010】
【文献】平松徹, よくわかる炭素繊維コンポジット入門, 日刊工業新聞社 2015, 第一章.
【文献】Mathijsen D., 2016, Reinforced Plastics, 60: 38-44.
【文献】Kuwana Y, et al., 2014, PLoS One, DOI: 10.1371/journal. pone.0105325
【文献】大崎茂芳, 2002, 繊維学会誌(繊維と工業), 58: 74-78
【文献】Gosline J. M. et al., 1999, J. Exp. Biol. 202, 3295-3303
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明者らは、ミノムシ絹糸を強化繊維に用いることで、高い強度と弾性率、及び従来の製品にはなかった伸びの性質を有する繊維強化複合材料を開発することに成功した(特願2017-170648)。一方で、繊維強化複合材料の強度及び弾性率が等方性を有していれば、繊維強化複合材料としての適用範囲は、さらに広がり得る。
【0012】
そこで、本発明は、強化繊維としてミノムシ絹糸を含み、かつ弾性率及び強度において等方性を有する繊維強化複合材料を開発し、提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明者らが鋭意研究を重ねた結果、ミノムシ絹糸、特に長繊維のミノムシ絹糸を含み、かつ繊維配向がランダムな不織布を強化繊維に用いることで、強度、弾性率、及び伸びが等方的な繊維強化複合材料を製造することに成功した。本発明は、上記研究結果に基づくものであり、以下の発明を提供する。
(1)ミノムシ絹糸を包含する不織布。
(2)高分子マトリクス、及びミノムシ絹糸を包含する不織布を含む繊維強化複合材料。
(3)前記ミノムシ絹糸が長繊維絹糸を含む、(2)に記載の繊維強化複合材料。
(4)前記不織布がミノムシ絹糸以外の有機繊維、無機繊維、又はその組み合わせを含む、(2)又は(3)に記載の繊維強化複合材料。
(5)前記有機繊維がカイコ絹糸及び/又はクモ糸である、(4)に記載の繊維強化複合材料。
(6)前記高分子マトリクスが樹脂、膠、デンプン、寒天、又はその組み合わせである、(2)~(5)のいずれかに記載の繊維強化複合材料。
(7)繊維強化複合材料におけるミノムシ絹糸の質量分率が0.5質量%~50質量%である、(2)~(6)のいずれかに記載の繊維強化複合材料。
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2019-046521号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の繊維強化複合材料によれば、高い強度と弾性率、及び伸びの性質を有し、かつそれらの物性が等方的な繊維強化複合材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】0°方向で切り出したBSNF/EVA複合材料(a)とEVA樹脂単体(b)の応力ひずみ曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.繊維強化複合材料
1-1.概要
本発明の第1の態様は、繊維強化複合材料である。本発明の繊維強化複合材料は、ミノムシ絹糸を含む不織布を強化繊維基材として用いることを特徴とする。本発明によれば、高い強度と弾性率、及び従来のCFRPやGFRPにはなかった伸びの特性を有し、かつそれらの物性が等方的な繊維強化複合材料を提供することができる。
【0017】
1-2.定義
本明細書で頻用する用語を以下で定義する。
「繊維強化複合材料」とは、2種類以上の異なる素材、すなわち強化繊維と母材が互いに融合することなく、分離した状態で一体的に組み合わさった材料をいう。
【0018】
本明細書において「強化繊維」とは、繊維強化複合材料における繊維基材をいう。一般的に強化繊維は、繊維強化複合材料に強度を付与する強化材であるが、本明細書では、繊維強化複合材料に強度、弾性率、及び伸びの少なくとも一以上を付与する強化材をいう。
【0019】
本明細書において「母材」とは、「マトリクス」とも言われ、繊維強化複合材料における支持基材をいう。母材は、繊維強化複合材料において、通常、強度を付与される側となる。しかし、本明細書の強化繊維は、強化繊維自体が強化剤となるだけでなく、母材もまた強化繊維間を充填する充填材として強化繊維に強度を付与する強化材になり得る。つまり、本発明の繊維強化複合材料では、各構成素材がそれぞれの利点を高め合い、及び/又は欠点を相互に補完し合う。それによって、元の素材にはなかった新たな特性を有した繊維強化複合材料を得ることができる。
【0020】
本明細書において「高分子マトリクス」とは、有機高分子及び/又は無機高分子からなる母材をいう。
【0021】
本明細書で「絹糸」とは、昆虫の幼虫や成虫が営巣、移動、固定、営繭、餌捕獲等の目的で吐糸するタンパク質製の糸をいう。カイコが営繭時に吐糸する「カイコ絹糸」は、代表的な絹糸である。ただし、本明細書で単に絹糸と記載した場合には、特に断りがない限りミノムシ絹糸を意味するものとする。ミノムシ絹糸は、前述のように、ミノムシが吐糸する絹糸であるが、より具体的には、足場用ミノムシ絹糸(本明細書では「足場絹糸」と表記する)と巣用ミノムシ絹糸(本明細書では「巣絹糸」と表記する)が存在する。「足場絹糸」とは、ミノムシが移動に先立ち吐糸する絹糸で、移動の際に枝や葉等から落下するのを防ぐための足場としての機能を有する。また、「巣絹糸」とは、巣を構成する絹糸で、葉片や枝片を綴るためや、居住区である巣内壁を快適な環境にするために吐糸される。一般に、巣絹糸よりも足場絹糸の方が太く、力学的に強靭である。
【0022】
絹糸には、単繊維、吐糸繊維、絹紡糸、及び集合繊維が包含される。「単繊維」とは、絹糸を構成する最小単位のフィラメント(モノフィラメント)糸であって、後述する吐糸繊維からセリシンタンパク質等の被覆成分を除去して得られるフィブロインタンパク質等の繊維成分をいう。単繊維は、通常、吐糸繊維に精練処理を行うことによって得られる。「吐糸繊維」とは、昆虫が吐糸した状態の絹糸をいう。例えば、ミノムシの吐糸繊維は、単繊維2本1組が被覆成分で結合したジフィラメントで構成されている。「絹紡糸」とは、後述する短繊維の絹糸を紡いで得られるスパン糸をいう。「集合繊維」とは、複数の絹糸繊維束で構成された繊維で、マルチフィラメントとも呼ばれる。本明細書の集合繊維は、単繊維、吐糸繊維、絹紡糸、又はそれらの組み合わせで構成される。本明細書の集合繊維は、ミノムシ絹糸のみのように同一生物種由来の絹糸のみで構成されたものや、ミノムシ絹糸とカイコ絹糸、又はミノムシ絹糸とクモ糸のように由来の異なる複数種の絹糸で構成された混合繊維も包含する。なお、集合繊維は、加撚繊維だけでなく、無撚繊維も包含する。
【0023】
「不織布」とは、繊維を織らずに絡ませてシート状に成形したものをいう。不織布自体の形状は、限定されず、布状、紙状、綿状、革(レザー)状等、いずれの形状であってもよい。日本工業規格(JIS)L0222の不織布用語によれば、不織布は「繊維シート、ウェブ又はバットで、繊維が一方向又はランダムに配向しており、交絡、及び/又は融着、及び/又は接着によって繊維間が結合されたもの。ただし、紙、織物、編物、タフト及び縮じゅう(絨)フェルトを除く。」と定義されている。本発明に使用する不織布も原則としてその定義に準ずる。ただし、本明細書では、例外的にフェルトも不織布に包含するものとする。
【0024】
本明細書で「等方的」とは、物性が方向に依存しないことをいう。例えば、繊維強化複合材料がシートのような平面形状の場合であれば、平面上のいずれの方向に対しても、同等の強度、弾性率、及び伸びを示すことをいう。繊維強化複合材料が立体形状の場合であれば、立体空間上のいずれの方向に対しても、同等の強度、弾性率、及び伸びを示すことをいう。また、本明細書で「等方性」とは、等方的な性質を有していることをいう。一方、物性が方向に依存することを「異方的」といい、そのような性質を有していることを「異方性」という。例えば、シート状の繊維強化複合材料において、平面上の任意方向の物性とその方向に直交する方向の物性とが異なる場合、その繊維強化複合材料は異方的であるという。
【0025】
1-3.構成
1-3-1.構成成分
本発明の繊維強化複合材料は、強化繊維、及び高分子マトリクスを必須の構成成分として含む。以下、各構成成分について説明をする。
(1)強化繊維
本発明の繊維強化複合材料は、強化繊維として不織布を必須の構成繊維として含む。また、不織布以外にも異なる一以上の他の繊維を選択的な構成繊維として含むことができる。
【0026】
さらに、前記不織布は、ミノムシ絹糸を含むことを特徴とし、その不織布自体が本発明の一態様となり得る。以下、各構成繊維について説明をする。
【0027】
(1-1)不織布
不織布は、本発明の繊維強化複合材料における強化繊維として必須の構成繊維である。本発明では、この不織布がミノムシ絹糸を包含することを最大の特徴とする。
【0028】
ミノムシ絹糸は、ミノムシが吐糸する絹糸である。ミノムシとは、前述のようにチョウ目(Lepidoptera)ミノガ科(Psychidae)に属する蛾の幼虫の総称をいう。ミノガ科の蛾は世界中に分布するが、いずれの幼虫(ミノムシ)も全幼虫期を通して、自ら吐糸した絹糸で葉片や枝片等の自然素材を綴り、それらを纏った巣の中で生活している。巣は全身を包むことのできる袋状で、紡錘形、円筒形、円錐形等の形態をなす。ミノムシは、通常、この巣の中に潜伏しており、摂食時や移動時も常に巣と共に行動し、蛹化も原則として巣の中で行われる。
【0029】
不織布に使用するミノムシ絹糸の由来するミノガの種類は問わない。例えば、ミノガ科には、Acanthopsyche、Anatolopsyche、Bacotia、Bambalina、Canephora、Chalioides、Dahlica、Diplodoma、Eumeta、Eumasia、Kozhantshikovia、Mahasena、Nipponopsyche、Paranarychia、Proutia、Psyche、Pteroma、Siederia、Striglocyrbasia、Taleporia、Theriodopteryx、Trigonodoma等の属が存在するが、いずれの属に属する種であってもよい。ミノガの種類の具体例として、オオミノガ(Eumeta japonica)、チャミノガ(Eumeta minuscula)、及びシバミノガ(Nipponopsyche fuscescens)が挙げられる。また、幼虫(ミノムシ)の齢は、初齢から終齢のいずれも対象となる。また、雌雄も問わない。ただし、より太く長いミノムシ絹糸を得る目的であれば、大型のミノムシである方が好ましい。例えば、ミノガ科内では大型種ほど好ましい。したがって、より太く長いミノムシ絹糸を得る観点から、オオミノガ及びチャミノガは、本発明で使用するミノムシとして好適な種である。さらに、同種内であれば終齢幼虫ほど好ましく、さらに大型となる雌の方が好ましい。
【0030】
不織布に使用するミノムシ絹糸は、足場絹糸と巣絹糸のいずれであってもよく、両者の混合物であってもよい。
【0031】
不織布に使用するミノムシ絹糸の長さは問わない。短繊維(短繊維絹糸)、長繊維(長繊維絹糸)、又はその組み合わせのいずれであってもよい。ただし、本願発明の目的である強度、弾性率、及び伸びの等方性を達成するには長繊維を含むことが好ましい。すなわち、長繊維のみ、又は長繊維と短繊維の組み合わせが好ましい。
【0032】
本明細書で「短繊維」とは、長軸の長さが1.0mm以上1m未満、1.5mm以上80cm未満、2mm以上60cm未満、2.5mm以上50cm未満、3mm以上40cm未満、3.5mm以上30cm未満、4mm以上20cm未満、4.5mm以上10cm未満、及び5.0mm以上5cm未満の絹糸をいう。短繊維の具体例として、足場絹糸や巣絹糸由来の1m未満の吐糸繊維断片や、それらを精練して得られる単繊維断片が挙げられる。
【0033】
本明細書で「長繊維」とは、繊維長が1m以上、2m以上、好ましくは3m以上、より好ましくは4m以上、5m以上、6m以上、7m以上、8m以上、9m以上、又は10m以上の絹糸をいう。この繊維長は、絹紡糸のように短繊維を紡いで長くしたものであってもよいが、連続した繊維の長さで、すなわち、単繊維や吐糸繊維のようなフィラメント糸の長さであることが好ましい。ところで、カイコの場合、営繭は連続吐糸によって行われるため、繭を精練し、操糸すれば、フィラメント糸の長繊維絹糸を得ることが比較的容易である。しかし、ミノムシの場合、幼虫期の居住区である巣の中でそのまま蛹化するため、カイコのように蛹化前に営繭行動を行わない。また、ミノムシの巣は、原則として初齢時から成長に伴い増設されるため、巣には新旧の絹糸が混在している。加えて、ミノムシの巣の長軸における一方の末端には、ミノムシ頭部及び胸部の一部を露出させて、移動や摂食をするための開口部が存在し、他方の末端にも糞等を排泄するための排泄孔が存在する。つまり、常に2つの孔が存在するため、絹糸が巣内で寸断され、不連続になっている。このように、ミノムシの巣自体が、比較的短い絹糸が絡まり合って構成されている。それ故に、通常の方法では巣からフィラメント糸の長繊維絹糸を得ることができない。このように、ミノムシ絹糸の場合、ミノムシ特有の生態により1m以上のフィラメント糸を得ることが、従来、技術的に不可能とされてきた。本発明者らは、特開2018-197415に開示した方法等を用いてこの問題点を解決することに成功している。
【0034】
本発明の繊維強化複合材料において強化繊維として使用する不織布の製造方法は特に限定はしない。前記ミノムシ絹糸の短繊維及び/又は長繊維を材料に、公知の方法で製造してもよい。
【0035】
一般的な不織布の製造方法は、繊維を集積させるフリース形成工程と集積した繊維を結合させる繊維結合工程を含む。
【0036】
フリース形成工程には、例えば、乾式法、湿式法、スパンボンド法、メルトブローン法、フラッシュ紡糸法等が知られているが、いずれの方法を用いてもよい。乾式法は、空気流等で繊維を一定方向に又はランダムに配向して、繊維集積層を形成する方法である。湿式法は、短繊維を液体中に分散させて網で漉き上げて、繊維集積層を形成する方法である。スパンボンド法、メルトブローン法、及びフラッシュ紡糸法は、いずれも紡糸直結型の製法で、溶融した原料をノズルから吐出して紡糸すると共にシート状に集積する方法である。一般に化学繊維に適用される製法であるが、組換えミノムシ絹糸タンパク質であれば液体状態での操作が可能なため、当該製法によりフリース形成も可能である。
【0037】
繊維結合工程には、サーマルボンド法、ケミカルボンド法、ニードルパンチ法、水流絡合法等が知られているが、いずれの方法を用いてもよい。サーマルボンド法は、低融点の熱融着繊維を混合したフリースを熱圧着して繊維どうしを接着させる方法である。ケミカルボンド法は、フリースにエマルジョン系の接着樹脂を含浸又は噴霧した後、加熱、乾燥させて繊維の交点を接着する方法である。ニードルパンチ法は、高速で上下するニードルでフリースを繰り返し突き刺して繊維を絡ませる方法である。水流絡合法は、フリースに高圧の水流を柱状に噴射して繊維を絡ませる方法である。
【0038】
また、ミノムシ絹糸の場合、ミノムシ特有の採糸方法によって、不織布を製造することもできる。例えば、ミノムシ絹糸からなる不織布の最も単純な製造方法は、ミノムシの巣から得る方法である。前述のように、ミノムシの巣はミノムシ絹糸の短繊維が絡み合ってできているため巣そのものが不織布として構成されている。したがって、ミノムシの巣を切り開いて平面状に広げ、巣素材の葉や小枝を除去することによって、ミノムシ絹糸からなる不織布を得ることができる。ただし、ミノムシ絹糸から巣素材等を完全に除去することは、ほとんど不可能なため、この方法で得られる不織布には必ず夾雑物が混入し得る。強化繊維において、このような夾雑物の存在は、繊維強化複合材料の品質低下や物性低下の原因にもなり得、ミノムシ絹糸を強化繊維として使用する長所を相殺しかねないため、本来は好ましくはない。
【0039】
他にも、限定はしないが、例えば、特願2018-078522に開示した採糸方法を用いて、ミノムシ絹糸からなる不織布を製造することができる。この方法では、1頭又は複数頭のミノムシを溶媒可溶性基材又は熱易融性基材上に配置して、それらの基材表面上に足場絹糸を薄膜が形成し得るまで吐糸させる。その後、ミノムシ絹糸を損傷、変性、又は溶解しない溶媒で基材自体を溶解して、又はミノムシ絹糸が損傷、熱変性、又は溶融しない温度で加熱して溶融して、基材成分と吐糸された足場絹糸を分離することによって足場絹糸の薄膜からなる不織布を得ることができる。
【0040】
この方法で使用する溶媒可溶性基材には、水や水溶液に可溶な物質で構成される水溶性基材(水可溶性素材)や、低極性溶媒に可溶な物質で構成される低極性溶媒可溶性基材が挙げられる。いずれの基材も乾燥環境下、すなわち標準状態(15℃~25℃で大気圧条件)で、かつ湿度50%以下、好ましくは40%以下、30%以下、20%以下、又は10%以下の環境下では固体である。水溶性基材の例としては、ゼラチン、デンプン、及びプルラン等が挙げられ、また低極性溶媒可溶性基材の例としては、ポリスチレン、酢酸ビニル、酢酸セルロース、アクリル樹脂、及びポリカーボネートが挙げられる。
【0041】
また、熱易融性基材は、標準状態では固体状態で、加熱によって容易に溶融して液体状態となり得る基材である。熱易融性基材の融点は、ミノムシ絹糸が損傷、熱変性、又は溶融する温度よりも低ければよい。ミノムシ絹糸は、260℃を超えると熱分解しはじめることから、融点は、少なくとも260℃以下であればよいが、加熱コストを低減し、ミノムシ絹糸を必要以上高温に晒さないためには、例えば、40℃~100℃、45℃~98℃、50℃~95℃、55℃~90℃、60℃~85℃、65℃~80℃、又は70℃~75℃の範囲が適当である。
【0042】
また、特願2017-251904に開示した採糸方法を用いて、ミノムシ絹糸からなる不織布を得ることもできる。この方法は、巣から取り出した裸の状態のミノムシに巣素材を与えると、自らの保護と保温のためにその巣素材を用いて速やかに営巣行動を開始するというミノムシの習性を利用した方法で、裸ミノムシに溶媒可溶性物質又は熱易融性物質を巣素材として与えて営巣させた後に、巣素材を、ミノムシ絹糸を損傷、変性、又は溶解しない溶媒で溶解する、又はミノムシ絹糸が損傷、熱変性、又は溶融しない温度で加熱して溶融し、溶解した巣素材とミノムシ絹糸を分離することで残った巣絹糸を不織布として得る方法である。前述の特願2018-078522とは、採糸するミノムシ絹糸が足場絹糸と巣絹糸の相違はあるものの基材成分や溶媒、溶融温度等の条件は、基本的に同じである。
【0043】
さらに、特願2018-158762に開示した採糸方法で、ミノムシ絹糸からなる不織布を得ることもできる。この方法では、1頭又は複数頭のミノムシを基材上に配置して、それらの基材表面上に足場絹糸を薄膜が形成し得るまで吐糸させる。その後、基材表面に吐糸されたミノムシ絹糸に湿潤液を噴霧又は塗布することによって基材と前記ミノムシ絹糸を分離することによって、足場絹糸の薄膜からなる不織布を得ることができる。
【0044】
この方法で使用する湿潤液は大気圧下において20℃未満に融点を、及び30℃以上300℃以下に沸点を有する純物質又は混合物で、少なくとも20℃以上30℃未満では液体状態を呈し、かつミノムシ絹糸の繊維成分であるフィブロインタンパク質を損傷、変性、又は溶解しない純物質又は混合物である。例えば、エタノール、水溶液、又は有機溶媒等が該当する。
【0045】
上記3出願に記載の採糸方法によれば、枯葉や枯枝等の巣素材の夾雑物の混入が一切ない純粋なミノムシ絹糸からなる不織布を得ることができる。したがって、繊維強化複合材料の品質低下や物性低下を生じさせることなく、ミノムシ絹糸の強化繊維として長所のみを繊維強化複合材料付与することができる。
【0046】
本発明における不織布は、1種又は複数種のミノムシ絹糸から構成されていてもよい。例えば、オオミノガ由来のミノムシ絹糸のみで構成されていてもよいし、オオミノガとチャミノガ由来の2種類のミノムシ絹糸で構成されていてもよい。複数種のミノムシ絹糸で構成される不織布の製造方法も基本的には1種のミノムシ絹糸で構成される不織布の製造方法と同じでよい。例えば、オオミノガのミノムシとチャミノガのミノムシのそれぞれを同一基板上に吐糸させて製造することができる。ミノムシ絹糸は、いずれの種由来であっても前述の物性を概ね共通して有しているが、種によっては弾性率が特に高い絹糸、破断強度が高い絹糸、又はタフネスさが高い絹糸等のようにその特徴に差は存在し得る。種間で物性が異なる場合、それらの種のミノムシ絹糸を組み合わせることで、互いの長所を高め合い、短所を補完し合うことができる。
【0047】
また、本発明における不織布は、本発明の効果を妨げない範囲内で、ミノムシ絹糸とは異なる一以上の他の繊維をさらに含むこともできる。例えば、有機繊維、又は無機繊維が挙げられる。有機繊維には、セルロースを主成分とする綿や麻等の植物性天然繊維、カイコ等の家蚕又はヤママユガ科(Saturniidae)の蛾の幼虫である野蚕等の昆虫から得られる絹糸、及びクモ糸等の動物性天然繊維、及びアラミド、ポリアミド(ナイロンを含む)、ポリエステル、ポリエチレン、アクリル、レーヨン等の化学合成繊維が挙げられる。無機繊維には、炭素繊維、ガラス繊維、金属繊維(ステンレス、チタン、銅、アルミニウム、ニッケル、鉄、タングステン、モリブデン等)、及び非晶質繊維(セラミックファイバー、ロックウール等)が挙げられる。
【0048】
ミノムシ絹糸と他の繊維を組み合わせて不織布化することで、繊維どうしによる相乗効果を得ることができる。例えば、炭素繊維やガラス繊維は、極めて高い強度と弾性率を誇るが、伸びの性質がないため靱性が低く脆い。一方、ミノムシ絹糸は高い強度及び弾性率を有するが、炭素繊維やガラス繊維のそれには及ばない。しかし、ミノムシ絹糸は、炭素繊維やガラス繊維にはない伸びの性質を有する。そこで、ミノムシ絹糸と炭素繊維及び/又はガラス繊維とを組み合わせて不織布化することで、両者の長所を活かし、かつ欠点を補完し合うことが可能となる。ミノムシ絹糸と炭素繊維及び/又はガラス繊維とを組み合わせた不織布を強化繊維として用いることにより強度と弾性率が極めて高く、かつ伸びの性質を有する繊維強化複合材料を製造することができる。
【0049】
本発明の不織布が、ミノムシ絹糸に加えて異なる他の繊維を含む場合、繊維強化複合材料に用いる際の強化繊維中のミノムシ絹糸の含有率は限定しない。例えば、質量分率で、1質量%以上、3質量%以上、5質量%以上、8質量%以上、10質量%以上、15質量%以上、20質量%以上、25質量%以上、30質量%以上、35質量%以上、40質量%以上、45質量%以上、50質量%以上、55質量%以上、60質量%以上、65質量%以上、70質量%以上、75質量%以上、80質量%以上、85質量%以上、90質量%以上、92質量%以上、95質量%以上、97質量%以上、98質量%以上、又は99質量%以上であればよい。
【0050】
(1-2)他の繊維
本発明の繊維強化複合材料を構成する強化繊維には、前記不織布の他にも異なる一以上の他の繊維を選択的な構成繊維として含むことができる。
【0051】
強化繊維として使用し得る不織布以外の繊維の構成については、基本的に前記不織布を構成する繊維のそれに準ずる。すなわち、1種又は複数種のミノムシ絹糸の短繊維及び/又は長繊維の他、植物性天然繊維、動物性天然繊維及び化学合成繊維等の有機繊維、及び/又は炭素繊維、ガラス繊維、金属繊維及び非晶質繊維等の無機繊維を含むことができる。これらの繊維は、繊維強化複合材料中で、不織布以外のいずれの形状であってもよい。例えば、単なる紐状(糸状)の他、織物、編物、又は紙のようなシート状、又はその組み合わせが挙げられる。
【0052】
本発明の繊維強化複合材料を構成する強化繊維が、不織布に加えて異なる一以上の他の繊維を含む場合、強化繊維中の当該他の繊維の含有率は限定しない。ただし、本発明の繊維強化複合材料では、不織布が主要な強化繊維成分であることから、原則として不織布の含有率の方が高いことが好ましい。例えば、他の繊維の含有量が、質量分率で1質量%以下、3質量%以下、5質量%以下、8質量%以下、10質量%以下、15質量%以下、20質量%以下、25質量%以下、30質量%以下、35質量%以下、40質量%以下、45質量%以下、50質量%未満であることが好ましい。
【0053】
(2)高分子マトリクス
高分子マトリクスは、有機高分子及び/又は無機高分子からなる母材をいうところ、本発明の繊維強化複合材料に使用する高分子マトリクスは、有機高分子、及び無機高分子のいずれか、又は両方を意味する。ここでいう有機高分子には、天然高分子と合成高分子が含まれる。
【0054】
天然高分子は、自然界に存在する高分子で、例えば、タンパク質、多糖類、天然樹脂が該当する。タンパク質の具体例としては、膠(コラーゲン、ゼラチンを含む)が挙げられる。また、多糖類の具体例としては、デンプン、セルロース、マンナン、寒天等が挙げられる。さらに、天然樹脂の具体例としては、漆、ロジン、ラテックス(天然ゴム)、セラック等が挙げられる。
【0055】
合成高分子は、モノマーを縮重反応や付加重合反応によって連結して得られる高分子で、例えば、合成樹脂、合成ゴム等が挙げられる。
【0056】
合成樹脂は、プラスチックとも呼ばれる。本発明の繊維強化複合材料において高分子マトリクスとして使用する合成樹脂は、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂、又はそれらの組み合わせのいずれであってもよい。熱硬化性樹脂には、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、フェノール樹脂等が挙げられる。また、熱可塑性樹脂には、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、メタクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート、ポリウレタン、芳香族ポリエーテルケトン樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂等が挙げられる。
【0057】
合成ゴムには、ブタジエンゴム、クロロプレンゴム、スチレンブタジエンゴム、イソプレンゴム、エチレンプロピレンゴム、ニトリルゴム、シリコーンゴム、アクリルゴム、フッ素ゴム、ウレタンゴム等が挙げられる。
【0058】
(3)成分比
本発明の繊維強化複合材料における強化繊維と高分子マトリクスの配合比率は、特に限定しない。通常は、目標とする強化繊維の特性である高強度、高弾性率や伸び等に応じて、母材である高分子マトリクスに付与できる比率で配合すればよい。本発明の繊維強化複合材料では、高強度、高弾性率に加えて、ミノムシ絹糸の特性である伸びを高分子マトリクスに付与できる配合比率が好ましい。具体的には、繊維強化複合材料の全乾燥質量に対するミノムシ絹糸の質量分率が0.5質量%~50質量%、0.8質量%~40質量%、1質量%~35質量%、1.5質量%~30質量%、2質量%~28質量%、又は3質量%~25質量%である。
【0059】
1-3-2.構造
本発明の繊維強化複合材料の構造、すなわち繊維強化複合材料における強化繊維と高分子マトリクスの配置は特に限定しない。例えば、主要な強化繊維である不織布に液状の高分子マトリクスを含浸させたプリプレグ、そして強化繊維の配向が異なるように複数のプリプレグ等を積層し、構造物として一体化した状態等が挙げられる。また、上記構造に加えて、不織布以外の強化繊維が高分子マトリクス層内及び/又はその表面に分散した状態であってもよい。なお、前述のプリプレグは、本来、繊維強化複合材料の中間材料であるが、本明細書では繊維強化複合材料に包含する。
【0060】
1-4.効果
本発明の繊維強化複合材料は、強化繊維としてミノムシ絹糸を含む不織布を包含することで、従来のCFRPやGFRPでは見られない、強度、弾性率、及び伸びをバランス良く、高い値で有しており、かつそれらの物性が等方的な繊維強化複合材料を提供することができる。
【0061】
1-5.用途
本発明の繊維強化複合材料は、従来の繊維強化複合材料の用途をはじめとする様々な分野で利用することができる。例えば、スポーツ・レジャー(ゴルフシャフト、ラケット、釣竿、自転車部品等)、住宅(浴槽、浄化槽等)、土木建築(耐震補強材、軽量建材、壁、床補強材、トラス構造材等)、輸送機器(自動車、船、飛行機、ヘリコプター、高圧水素タンク等)、工業機材(筐体、家電部品、プリント基板、風力発電羽根等)、宇宙関連(ロケット、人工衛星等)が挙げられる。特に本発明の繊維強化複合材料は、高い強度と弾性率に加えて、従来のCFRPやGFRP等の繊維強化複合材料にはない「伸び」及び「タフネス性」の特性を有し、さらにそれらの物性が等方性を示すことから、強度、弾性率に加えて、伸びを必要とする材料分野での使用が好適である。
【0062】
また、使用する強化繊維をミノムシ絹糸のみ、又はミノムシ絹糸及びカイコ絹糸等の動物性繊維として、高分子マトリクスをコラーゲン、ゼラチン等の天然有機高分子とした場合、生体親和性の高い繊維強化複合材料となる。それ故に、組織再生基材や血管再生基材等として医療分野でも利用することができる。
【0063】
さらに、本発明のミノムシ絹糸を含む不織布は、医療素材(マスク、創傷被覆材、癒着防止膜、人工皮膚等)、フィルター、工業材料(壁クロスや装飾材料等)、エステ材料(パック材等)に利用することができる。
【0064】
2.繊維強化複合材料製造方法
2-1.概要
本発明の第2の態様は、繊維強化複合材料の製造方法である。本発明の方法は、第1態様に記載の繊維強化複合材料の製造及び/又は成形方法である。本発明の製造方法によれば、ミノムシ絹糸を含む繊維強化複合材料を容易に製造、及び成形することができる。
【0065】
2-2.方法
本発明の繊維強化複合材料の製造方法は、強化繊維にミノムシ絹糸を用いることを除けば、基本製法は従来の繊維強化複合体の製造方法に準ずる。例えば、長繊維ミノムシ絹糸を強化繊維として用いる場合には、通常、CFRPやGFRPで使用される製造方法をそのまま利用することができる。製造方法には様々な方法が知られているが、用途や形状等の目的に応じて適切な方法を選択すればよい。
【0066】
例えば、プリプレグの製造方法は、ミノムシ絹糸を含む強化繊維の不織布、又はそれに加えて強化繊維として選択される織物、編物、紙等に適当な高分子マトリクスを含浸させればよい。高分子マトリクスが熱硬化性樹脂の場合、重合が未完了の半硬化プリプレグとなる。一方、高分子マトリクスが熱可塑性樹脂やコラーゲン等の天然高分子の場合、重合が完了した硬化プリプレグとなる。
【0067】
また、主な成形法として、シートワインディング(Sheet winding)成形法、プレス成形法、オートクレーブ成形法、RTM(Resin Transfer Molding)成形法、VaRTM(Vacuum Resin Transfer Molding)成形法、SMC(Sheet Molding Compound)成形法、真空バック(Vacuum bag)成形法、ハンドレイアップ(Hand lay-up)成形法、及びファイバープレースメント(Fiber placement)成形法等が挙げられる。
【0068】
「シートワインディング成形法」は、高分子マトリクスを含浸させながら回転する金型(マンドレル)にプリプレグを巻き付け、硬化後に脱芯する成形法である。「プレス成形法」は、コンパウンドやプリプレグを型に入れて加圧及び加熱して成形する方法である。「オートクレーブ成形法」は、プリプレグを型に積層した後、バッグで覆い、オートクレーブ内に存在する空気や揮発性物質を真空除去し、加圧及び加熱して成形する方法である。「RTM成形法」は、樹脂注入成形法ともよばれ、型の中に強化繊維のプリフォームを配置した密閉系に溶融した熱硬化性樹脂を低圧下で導入し、加熱硬化後、脱型する方法である。「VaRTM成形法」は、RTM法の一種で、強化繊維を積層した密閉系を真空化し、熱硬化性樹脂を導入し、加熱硬化後、脱型する方法である。「SMC成形法」は、強化繊維と高分子マトリクスで構成されるシート状材料を積層して成形する方法である。「真空バック成形法」は、密閉されたフィルムでシールされた積層物を真空にすることで大気圧により圧縮成型する方法である。「ハンドレイアップ成形法」は、プリプレグを成形型に手作業で積層して、硬化成形する方法である。そして、「ファイバープレースメント成形法」とは、テープ状に加工したプリプレグや高分子マトリクスを含浸したトウを様々な三次元形状の型に積層し、硬化成形する方法である。これらの成形法の具体的な方法は、いずれも繊維強化複合材料の分野で公知の方法であり、それを参考にすればよい。
【0069】
2-3.製造工程
本発明の繊維強化複合材料の製造方法の製造工程は、接触工程を必須工程として含み、必要に応じて成形工程、硬化工程、及び脱型工程を含む。以下、各工程を具体的に説明する。
【0070】
(1)接触工程
「接触工程」とは、強化繊維と高分子マトリクスを接触させる工程である。両成分が直接接触できれば接触方法は特に限定されない。溶解した液状の高分子マトリクスに強化繊維を分散、浸漬、又は含浸してもよいし、SMC成形法のように強化繊維の繊維束又はシートを高分子マトリクスのシート間に挟み込んでもよい。
【0071】
前述のプリプレグは、強化繊維で構成されるシートに高分子マトリクスを含浸させたものであり、その工程は、接触工程のみで構成される。
【0072】
(2)成形工程
「成形工程」は、繊維強化複合材料の構成成分である強化繊維及び/又は高分子マトリクスを所望の形状に成形する工程をいう。本工程は選択工程であり、各種製法に応じて実行される。
【0073】
本工程では、金型等の型を利用し、その型に合わせて成形を行う。必要に応じて強化繊維やプリプレグを積層して成形することもできる。成形工程と前述の接触工程の順番は、製法によって異なり限定しない。例えば、前述のフィラメントワインディング成形法、シートワインディング成形法、プレス成形法、オートクレーブ成形法、ハンドレイアップ成形法、ファイバープレースメント成形法等は、接触工程後に成形工程が行われる。一方、RTM成形法やVaRTM成形法は、金型で強化繊維のプリフォームを成形後、高分子マトリクスを金型内に導入するため成形工程後に接触工程が行われる。それぞれの製法に応じて行えばよい。
【0074】
(3)硬化工程
「硬化工程」は、前記工程後に高分子マトリクスの重合反応を促進及び/又は完了させる工程をいう。本工程により高分子マトリクスが硬化し、繊維強化複合材料が完成する。硬化工程は、加熱ステップ及び/又は冷却ステップを含み得る。
【0075】
「加熱ステップ」は、高分子マトリクスを加熱することによって重合反応を促進及び/又は完了させるステップである。高分子マトリクスに熱硬化性樹脂を使用する場合に実行される。一方、高分子マトリクスが熱可塑性樹脂や天然高分子の場合には、加熱により重合が解除されて逆に軟化又は溶解することから、本ステップは前記接触工程や成形工程に該当し得る。
【0076】
加熱温度は、特に限定されない。使用する高分子マトリクスの種類によって異なるが、通常は、20℃~250℃、23℃~200℃、25℃~180℃、27℃~150℃、又は30℃~120℃の範囲で行えばよい。また加熱時間は、加熱温度に関連し、一般に温度が低いほど時間は長くなり、高いほど短くなる。通常は0.5時間~48時間、1時間~42時間、1.5時間~36時間、2時間~30時間、2.5時間~24時間、又は3時間~18時間の範囲で行えばよい。
【0077】
「冷却ステップ」は、加熱した高分子マトリクスを冷却する、又は冷却により硬化させるステップである。高分子マトリクスに熱硬化性樹脂を使用した場合、加熱ステップで熱硬化反応が完了した繊維強化複合材料を冷却する際に実行される。また、高分子マトリクスに熱可塑性樹脂や天然高分子を使用した場合には、冷却により重合反応が促進及び/又は完了し、高分子マトリクスの硬化により繊維強化複合材料が完成する。
【0078】
冷却温度も限定はしない。使用する高分子マトリクスの種類によって異なるが、通常は、260℃以下、200℃以下、180℃以下、150℃以下、120℃以下、100℃以下、90℃以下、80℃以下、70℃以下、60℃以下、50℃以下、40℃以下、35℃以下、30℃以下、27℃以下、25℃以下、23℃以下、20℃以下、18℃以下、15℃以下、又は10℃以下で行えばよい。下限温度は特に限定はしないが、通常は、4℃、0℃、-10℃、-15℃、又は-20℃程度で良い。また冷却時間は、0.1時間~1時間、0.2時間~0.9時間、0.3時間~0.8時間、0.4時間~0.7時間、又は0.5時間~0.6時間の範囲で行えばよい。
【0079】
(4)脱型工程
「脱型工程」は、前記硬化工程後の繊維強化複合材料を型から外す工程である。具体的には、本工程で、成形工程時に使用した金型やマンドレルから完成した繊維強化複合材料を抜き出す。脱型方法は、当該分野で公知の方法に従えばよい。
【実施例
【0080】
<実施例1:ミノムシ絹糸の不織布を含む繊維強化複合材料の製造とその物性>
(目的)
ミノムシ絹糸の不織布を強化繊維として含む繊維強化複合材料を作製し、その物性を検証する。
【0081】
(方法)
ミノムシは、茨城県つくば市内の果樹農園で採集したオオミノガの幼虫(ミノ長10~15mm)を使用した。
【0082】
ミノムシ絹糸の不織布は、以下の方法で得た。約50匹のミノムシを縦横高さ約20cmの立方型飼育ケージの中に放ち、7日間飼育した。飼育ケージの上部天板はアクリル製で、着脱が可能となっている。ミノムシは上方に移動する性質を有することから、ケージ天板裏での滞在時間が長くなる。結果として、複数のミノムシが天板裏で無秩序に吐糸し続け、7日後にはミノムシ絹糸(足場絹糸)が堆積してなる絹糸シートが形成される。この絹糸シートに70%エタノールを噴霧した後、天板から慎重に剥離して、ミノムシ絹糸由来の不織布(bag worm silk non-woven fabric: BSNF)を得た。
【0083】
高分子マトリクスにはエチレン・酢酸ビニル共重合体(ethylene-vinylacetate copolymer: EVA)樹脂を用いた。
【0084】
EVA樹脂にはホットガン用接着樹脂(太洋電器産業(株))を用いた。金型の代用として、0.5mm厚のシリコンゴムシートで作製した直径約80mmの円形状の型枠を作製し、EVA樹脂を型枠内に配置した後、100℃、約2MPaにて加圧プレスしてEVA樹脂シートを2枚作製した。
【0085】
次に、EVA樹脂シート間に、強化繊維としてミノムシ絹糸の不織布(BSNF)10層からなる積層体(縦横約30mm)を挟み、100℃に加熱した二枚の熱板で約2MPaにて加圧プレスした。それを冷却し、BSNFとEVA樹脂からなる約270μm厚の繊維強化複合材料(以下、「BSNF/EVA複合材料」と表記する)フィルムを得た。また、同時にBSNFを含まず、EVAシート2枚のみを加圧プレスした同等厚さのEVA樹脂単体(以下、「EVA樹脂」と表記する)フィルムも陰性対照用として作製した。
【0086】
続いて、前記各フィルムから幅:約1.5mm、長さ:約20mmの短冊状試験片を切り出し、力学試験に供した。前記試験片を切り出す際に、先ず、不織布の任意の方向を0°方向と定義し、0°方向に沿って試験片を切り出した。次いで、0°の方向に対し、時計回りに30°、60°、90°の角度(切出角)に沿って、同様にそれぞれ試験片を切り出した。最終的には、30°毎にフィルムからの切出角が異なる4種類の試験片を得た。また、その試験片の総質量に対する強化繊維の質量分率を繊維含有率(質量%:wt%)として算出した。
【0087】
(結果1)
BSNF/EVA複合材料の各試験片における総質量に対する強化繊維の質量分率は4.3wt%であった。
BSNF/EVA複合材料とEVA樹脂の前記各試験片についての力学試験の結果をそれぞれ表1及び表2に示す。また、0°方向で切り出した試験片の応力ひずみ曲線を図1に示す。
【0088】
【表1】
【0089】
【表2】
【0090】
表1及び表2において、「弾性率」は、初期弾性率を意味する。これは、試料を引っ張った際に、力と変形量が比例する関係、すなわちフックの法則を満たす変形域での比例定数に相当し、応力ひずみ曲線の初期勾配の傾きとして与えられる。一般に数値が大きいほど引張り応力に対する変形が小さく、硬い性質であることを意味する。また、「最大強度」は、破断に至る直前の最大応力をいう。一般に数値が大きいほど強い応力に耐えられることを意味する。さらに、「ひずみ」は、破断伸度を意味し、これは試料が破断するまでの伸びをいう。一般に数値が大きいほどよく伸びることを意味する。
【0091】
(結果2)
EVA樹脂、及びBSNF/EVA複合材料共に、試験片の切出し角による弾性率と最大強度の力学特性上の違い、すなわち異方性は、ほとんど認められなかった。また、BSNF/EVA複合材料の弾性率及び最大強度は、全ての切出し角の試験片において、EVA樹脂のそれと比較して約2倍高い値を示した。これは、BSNF/EVA複合材料がEVA樹脂よりも硬く、強いことを示している。これらの結果から、ミノムシ絹糸の不織布を強化繊維に用いることで、EVA樹脂に硬さ(高弾性率)と強さ(高強度)を、等方的に付与できることが確認された。
【0092】
さらに、BSNF/EVA複合材料のひずみ(破断伸び)は、測定した全ての切出し角の試験片で約40%の値を示した。この結果は、繊維強化複合材料で炭素繊維やガラス繊維を用いたときの低破断伸びの問題が、ミノムシ絹糸の不織布を用いれば、著しく改善可能なことを示唆している。
【0093】
すなわち、ミノムシ絹糸の不織布を約4wt%という僅かな含有率で、繊維強化複合材料に包含させることによって、高分子マトリクスの強度及び弾性率等の力学特性を等方的かつ飛躍的に向上させながら、繊維強化複合材料としては非常に高い約40%の伸び率を付与できることが明らかとなった。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
図1