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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-22
(45)【発行日】2025-01-30
(54)【発明の名称】培養方法および培養容器
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/079 20100101AFI20250123BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20250123BHJP
   C12M 1/18 20060101ALI20250123BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20250123BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALI20250123BHJP
【FI】
C12N5/079
C12M1/00 C
C12M1/18
C12M3/00 A
C12N5/0793
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021534054
(86)(22)【出願日】2020-07-21
(86)【国際出願番号】 JP2020028338
(87)【国際公開番号】W WO2021015213
(87)【国際公開日】2021-01-28
【審査請求日】2023-06-12
(31)【優先権主張番号】P 2019134262
(32)【優先日】2019-07-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020034347
(32)【優先日】2020-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519109036
【氏名又は名称】株式会社Jiksak Bioengineering
(73)【特許権者】
【識別番号】000229117
【氏名又は名称】日本ゼオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100150360
【弁理士】
【氏名又は名称】寺嶋 勇太
(74)【代理人】
【識別番号】100181847
【弁理士】
【氏名又は名称】大島 かおり
(72)【発明者】
【氏名】川田 治良
(72)【発明者】
【氏名】葛西 亮
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-000093(JP,A)
【文献】国際公開第2017/187696(WO,A1)
【文献】特開2013-135637(JP,A)
【文献】特開2013-021946(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0323434(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0355945(US,A1)
【文献】特表2012-504949(JP,A)
【文献】湯本法弘 他,Nerve organoid培養デバイスについて,細胞,2019年04月20日,vol.51, no.4, p.29-31
【文献】川田治良 他,神経変性疾患の理解と治療へ向けた研究の概況と新しいアプローチ,生産研究,2016年,vol.68, no.3, p.205-210
【文献】AKIYAMA, T. et al.,Aberrant axon branching via Fos-B dysregulation in FUS-ALS motor neurons,EBioMedicine,2019年06月29日,vol.45, p.362-378
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12M 1/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のウェルを有する培養容器において、神経細胞を含む複数種の細胞を共培養するための培養方法であって、
前記培養容器の第1のウェルと、該第1のウェルと流路を介して連通する第2のウェルとに神経細胞用培地を満たし、前記第1のウェルに神経細胞を播種し、
該神経細胞の軸索が、前記流路を通って前記第2のウェルに到達し、かつ、前記流路を塞ぐまで前記神経細胞の軸索を培養し、その後、
前記第2のウェルの培地を除去して神経細胞と共培養する共培養細胞用の培地を満たし、前記第2のウェルに共培養する細胞を播種して前記神経細胞の軸索とともに培養する、培養方法。
【請求項2】
複数のウェルを有する培養容器において、神経細胞を培養するための培養方法であって、
前記培養容器の第1のウェルと、該第1のウェルと流路を介して連通する第2のウェルとに神経細胞用培地を満たし、前記第1のウェルに神経細胞を播種し、
該神経細胞の軸索が、前記流路を通って前記第2のウェルに到達し、かつ、前記流路を塞ぐまで前記軸索を培養し、その後、
前記第2のウェルの培地を除去して軸索培養用の培地を満たし、前記軸索を培養する、培養方法。
【請求項3】
前記第1のウェルが底部に細胞塊を収容可能な第1の凹部を備え、該第1の凹部に神経細胞の細胞塊を播種する、請求項1または2の培養方法。
【請求項4】
前記神経細胞が中枢神経細胞または末梢神経細胞である、請求項1または2の培養方法。
【請求項5】
請求項1または2の培養方法を行うための培養容器であって、
底部に細胞塊を収容可能な第1の凹部を備える第1のウェルと、
該第1のウェルと流路を介して連通する第2のウェルと、
を備え、
前記流路の長手方向に直交する方向の最大幅が20~100μmであり、かつ、該流路の深さが20~100μmである、培養容器。
【請求項6】
前記神経細胞が末梢神経細胞であり、
前記第1の凹部に播種される末梢神経細胞数は、1×10~4×10cellsであり、前記流路の最大断面積が4×10-6~1×10-4cmである、請求項5の培養容器。
【請求項7】
前記神経細胞が中枢神経細胞であり、
前記第1の凹部に播種される中枢神経細胞数は、4×10~8×10cellsであり、前記流路の最大断面積が4×10-6~1×10-4cmである、請求項5の培養容器。
【請求項8】
前記第2のウェルの底部に細胞塊を収容可能な第2の凹部を備える、請求項5の培養容器。
【請求項9】
請求項1または2の培養方法を行うための培養容器であって、
底部に細胞塊を収容可能な第1の凹部を備える第1のウェルと、
該第1のウェルと流路を介して連通する第2のウェルと、
を備え、
前記流路の一端部が第1のウェルの底部と接続し、前記流路の他端部が第2のウェルの底部と接続し、
前記流路の長手方向に直交する方向の最大幅が20~120μmであり、かつ、該流路の深さが20~120μmであり、
前記流路の長手方向の長さが2~6mmである、培養容器。
【請求項10】
少なくとも神経細胞が接する部分の表面の水接触角が90~15°である、請求項9の培養容器。
【請求項11】
少なくとも神経細胞が接する部分の表面が脂環構造含有重合体で構成される、請求項9の培養容器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の培養方法および培養容器に関し、特に、神経細胞の培養方法、神経細胞と神経細胞以外の細胞との共培養方法、およびこれらの培養を行うための培養容器に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内では、神経細胞から伸長した軸索が、骨格筋や皮膚細胞等の神経細胞以外の細胞と接合していることから、創薬の場においても、神経細胞と他の細胞との共培養が有効なスクリーニングツールとして期待されている。例えば、特許文献1には、神経細胞の細胞塊を所定の培養容器で培養し、神経細胞の軸索を束にして伸長させて、その軸索末端において骨格筋と接合させることが記載されている。
【0003】
一方、創薬の探索段階においては、ハイスループットでの薬剤スクリーニングが必要となっている。ハイスループットスクリーニングに用いられる培養容器としては、96ウェル以上のマルチウェルプレートが知られている。例えば、特許文献2には、マルチウェルプレートのウェル間を連絡させて、神経細胞と神経以外の細胞を共培養し、ニューロンネットワークを作製することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2017/187696号
【文献】特表2018-536424号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、共培養は、培養容器中の培養空間に異なる細胞を播種して培養するものであるが、細胞の種類によって好適な培地が異なるため、同じ容器で異なる細胞を培養することは難しい。一つの方法としては、両方の細胞が培養可能な培地を開発することであるが、そのような培地の開発は必ずしも容易ではない。
【0006】
神経細胞と神経細胞以外の細胞との共培養では、神経細胞の細胞体を培養するウェルと、細胞体から伸びる軸索およびこれに接合する骨格筋細胞等の細胞を培養するウェルとで、それぞれの培養に適した異なる培地を用いることが課題とされる。また、共培養を行わない場合であっても、神経細胞の細胞体を培養するウェルと、細胞体から伸びる軸索の先端を培養するウェルとで、それぞれの培養に適した異なる培地を用いることも課題とされる。しかしながら、引用文献1および2のいずれにも、連通するウェル間の培地を異ならせるための具体的な手段についての記載はない。
【0007】
本発明は、上述した背景と技術課題に鑑みてなされたものであり、複数のウェルを有する培養容器において、各ウェルで培養される細胞の種類に応じて最適な培養条件で培養を行うことができる培養方法および培養容器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる技術的背景の下鋭意検討した結果、本発明者らは、神経細胞の細胞数と流路の太さ(断面積)を制御し、流路内を伸びる軸索自体で流路を塞ぐことにより、流路で連通していた各ウェルを独立させることを見出し、本発明を完成するに至った。
さらに、培養容器におけるウェル間を接続する流路の太さ(断面積)と長さを特定の範囲に制御することにより、流路内に細胞が存在しない場合でも、流路で接続されているウェル間で、それぞれのウェルに満たされている培地等の液体が互いに混合することなく保持されることを見出した。
【0009】
本発明は、上記の知見に基づきなされたものであって、上記課題を有利に解決することを目的とするものである。本発明の第1の態様は、複数のウェルを有する培養容器において、神経細胞を含む複数種の細胞を共培養するための培養方法であって、前記培養容器の第1のウェルと、該第1のウェルと流路を介して連通する第2のウェルとに神経細胞用培地を満たし、前記第1のウェルに神経細胞を播種し、該神経細胞の軸索が、前記流路を通って前記第2のウェルに到達し、かつ、前記流路を塞ぐまで前記神経細胞の軸索を培養し、その後、前記第2のウェルの培地を除去して神経細胞と共培養する共培養細胞用の培地を満たし、前記第2のウェルに共培養する細胞を播種して前記神経細胞の軸索とともに培養する培養方法である。
ウェル間の流路を塞ぐまで神経細胞の軸索を培養することにより、流路による第1のウェルと第2のウェルとの連絡を絶ち、第2のウェルに、第1のウェルとは異なる培地を満たして培養を行うことができる。
したがって、複数のウェルを有する培養容器において、第1のウェルで培養される神経細胞の細胞体と、第1のウェルで培養される細胞体から第2のウェルに向けて伸びる軸索の先端およびこれに接合する、第2のウェルで培養される骨格筋細胞等の別の細胞とを、それぞれ別個の好適な培地条件で培養することができる。
【0010】
本発明の第2の態様は、複数のウェルを有する培養容器において、神経細胞を培養するための培養方法であって、前記培養容器の第1のウェルと、該第1のウェルと流路を介して連通する第2のウェルとに神経細胞用培地を満たし、前記第1のウェルに神経細胞を播種し、該神経細胞の軸索が、前記流路を通って前記第2のウェルに到達し、かつ、前記流路を塞ぐまで前記軸索を培養し、その後、前記第2のウェルの培地を除去して軸索培養用の培地を満たし、前記軸索を培養する、培養方法である。
ウェル間の流路を塞ぐまで神経細胞の軸索を培養することにより、流路による第1のウェルと第2のウェルとの連絡を絶ち、第2のウェルに、第1のウェルとは異なる培地を満たして培養を行うことができる。
したがって、複数のウェルを有する培養容器において、第1のウェルで神経細胞の細胞体を好適な培地条件下で培養しつつ、第2のウェルでその神経細胞の細胞体から伸びる軸索の先端を、軸索の成長を促すための別の培地条件下で効率的に培養することができる。
【0011】
また、上記第1および第2の態様では、前記第1のウェルが底部に細胞塊を収容可能な第1の凹部を備え、該第1の凹部に神経細胞の細胞塊を播種することが好ましい。
このようにすることで、細胞塊がくずれにくく、各神経細胞の細胞体から延びる軸索がまとまって一方向に伸びやすくなる。
【0012】
上記第1および第2の態様では、前記神経細胞は、中枢神経細胞または末梢神経細胞であることとしてもよい。具体的には、中枢神経細胞としては、グルタミン酸作動神経、ドーパミン作動性神経、およびGABA作動性神経由来の細胞が挙げられる。また、末梢神経細胞としては、運動神経および感覚神経由来の細胞が挙げられる。また、上記細胞は、動物から直接採取して得ることとしてもよく、あるいは、その株化細胞であってもよい。また、各種幹細胞を分化培養して得られた細胞であってもよい。
【0013】
本発明の第3の態様は、複数のウェルを有し、神経細胞を培養するためのまたは神経細胞を含む複数種の細胞を共培養するための培養容器であって、底部に細胞塊を収容可能な第1の凹部を備える第1のウェルと、該第1のウェルと流路を介して連通する第2のウェルと、を備え、前記流路の長手方向に直交する方向の最大幅が20~100μmであり、流路の深さが20~100μmである、培養容器である。
ウェル間を連通する流路を上記の範囲に制御することで、神経細胞の種類に応じて適正数で培養された神経細胞の軸索により流路を塞ぐことができる。その後、第2のウェルに、第1のウェルとは異なる培地を満たし、神経細胞以外の細胞(共培養用細胞)を播種し、培養して軸索の先端と接合させ、共培養に適した培地で培養を行うことができる。また、共培養を行わない場合であっても、神経細胞の細胞体を培養するウェルと、細胞体から伸びる軸索の先端部分を培養するウェルとで、それぞれの培養に適した異なる培地を用いることができる。
【0014】
上記第3の態様では、前記神経細胞が末梢神経細胞であり、前記第1の凹部に播種される末梢神経細胞数は、1×10~4×10cellsであり、前記流路の最大断面積が4×10-6~1×10-4cmであることが好ましい。上記末梢神経細胞は、運動神経細胞であることが好ましい。
播種される細胞が末梢神経細胞である場合に、細胞数と流路の断面積を上記の範囲に制御することにより、流路をより精度高く塞ぐことができる。
【0015】
上記第3の態様では、前記神経細胞が中枢神経細胞であり、前記第1の凹部に播種される中枢神経細胞数は、4×10~8×10cellsであり、前記流路の最大断面積が4×10-6~1×10-4cmであることが好ましい。上記中枢神経細胞は、グルタミン酸作動神経細胞であることが好ましい。
播種される細胞が中枢神経細胞である場合に、細胞数と流路の断面積を上記の範囲に制御することにより、流路をより精度高く塞ぐことができる。
【0016】
上記第3の態様では、前記第2のウェルの底部に細胞塊を収容可能な第2の凹部を備えることとしてもよい。
このようにすることで、第2のウェルに共培養用の細胞塊が播種される場合であっても、細胞塊がくずれにくくなり、細胞密度が高い細胞塊状態で培養を行うことができる。
【0017】
本発明の第4の態様は、複数のウェルを有し、神経細胞を培養するためのまたは神経細胞を含む複数種の細胞を共培養するための培養容器であって、底部に細胞塊を収容可能な第1の凹部を備える第1のウェルと、該第1のウェルと流路を介して連通する第2のウェルと、を備え、前記流路の一端部が第1のウェルの底部と接続し、前記流路の他端部が第2のウェルの底部と接続し、前記流路の長手方向に直交する方向の最大幅が20~120μmであり、かつ、該流路の深さが20~120μmであり、前記流路の長手方向の長さが2~6mmである、培養容器である。
このように、流路の太さと長さを特定の範囲に制御することで、当該流路内に細胞が満たされていない段階であっても、流路を介した第1のウェル中の液体と第2のウェル中の液体との混合を防止することができる。そのため、第2のウェルに、第1のウェルとは異なる培地を満たして培養を行うことができる。
したがって、複数のウェルを有する培養容器において、第1のウェルで培養される神経細胞の細胞体と、第1のウェルで培養される細胞体から第2のウェルに向けて伸びる軸索の先端およびこれに接合する、第2のウェルで培養される骨格筋細胞等の別の細胞とを、それぞれ別個の好適な培地条件で培養することができる。
【0018】
上記態様では、少なくとも神経細胞が接する部分の表面の水接触角が90~15°であることとしてもよい。
このようにすることで、培養容器の培養面に、神経細胞をより安定して接着させて培養することができる。
【0019】
上記態様では、少なくとも神経細胞が接する部分の表面が脂環構造含有重合体で構成されることとしてもよい。
このようにすることで、脂環構造含有重合体は透明度が高く、自家蛍光(特に緑色)が少なく、また、毒性が少ないことから、培養過程における観察および分析がしやすい状態で、安定して神経細胞を培養することができる。
【0020】
本発明の第5の態様は、上記第4の態様の培養容器用いて神経細胞を含む複数種の細胞を共培養するための培養方法であって、前記培養容器の第1のウェルに神経細胞用培地を満たし、該第1のウェルと流路を介して連通する第2のウェルに神経細胞と共培養する共培養細胞用の培地を満たし、前記第1のウェルに神経細胞を播種し、前記第2のウェルに共培養する細胞を播種し、前記神経細胞の軸索が、前記流路を通って前記第2のウェルに到達するまで前記神経細胞の軸索を培養し、その後、前記第2のウェルで、前記神経細胞の軸索を前記共培養する細胞とともに培養する、培養方法である。
このように、流路の太さと長さが特定の範囲に制御された培養容器を用いることで、当該流路内に細胞がない状態であっても、流路を介した第1のウェル中の液体と第2のウェル中の液体との混合を防止することができる。そのため、培養開始段階から、第2のウェルに、第1のウェルとは異なる培地を満たして培養を行うことができる。
【0021】
本発明の第6の態様は、上記第4の態様の培養容器を用いて神経細胞を培養するための培養方法であって、前記培養容器の第1のウェルに神経細胞用培地を満たし、該第1のウェルと流路を介して連通する第2のウェルに軸索培養用の培地を満たし、前記第1のウェルに神経細胞を播種し、該神経細胞の軸索が、前記流路を通って前記第2のウェルに到達するまで前記軸索を培養し、その後、前記第2のウェルで前記軸索を培養する、培養方法である。
このように、流路の太さと長さが特定の範囲に制御された培養容器を用いることで、当該流路内に細胞がない状態であっても、流路を介した第1のウェル中の液体と第2のウェル中の液体との混合を防止することができる。そのため、培養開始段階から、第2のウェルに、第1のウェルとは異なる培地を満たして培養を行うことができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、複数のウェルを有する培養容器において、各ウェルで培養される細胞の種類に応じて最適な培養条件で培養を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る96ウェルプレート用1×8ストリップウェルのウェル本体の平面図である。
図2図2は、上記ウェル本体の断面図である。
図3図3は、図1のウェル本体に接合される、ウェル底部の一部を構成する部材の部分平面図である。
図4図4は、上記ウェル底部の一部を構成する部材の断面図である。
図5図5は、本発明の別の一実施形態に係る96ウェルプレート用1×8ストリップウェルの部分平面図である。
図6図6は、本発明のさらに別の一実施形態に係る96ウェルプレートの部分平面図である。
図7図7は、本発明のさらにまた別の一実施形態に係る96ウェルプレート用1×8ストリップウェルのウェル本体の部分平面図である。
図8図8は、図7のウェル本体と接合される、ウェル底部の一部を構成する部材の平面図である。
図9図9は、図8のウェル底部の一部を構成する部材の断面図である。
図10図10は、本発明のさらに別の一実施形態に係る6ウェルプレートの平面図である。
図11図11は、図10の6ウェルプレートの断面図である。
図12図12は、軸索束が流路を通って伸びていることを示す倒立顕微鏡写真(×40倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて詳細に説明する。
本発明の培養方法および培養容器は、神経細胞とそれ以外の細胞とを共培養するにあたり、あるいは、神経細胞の細胞体と軸索の先端部分とを別個のウェルで培養するにあたり、培養容器における第1のウェルと第2のウェルとを連通する流路を、培養した神経細胞の軸索により塞ぐことで、あるいは、培養容器における第1のウェルと第2のウェルとを連通する流路の太さと長さを特定の範囲に制御することで、第2のウェルの培地を第1のウェルの培地と異ならせて培養することを可能にする点に特徴がある。
これにより、流路を塞ぐための特別な工程や部材を使用することなく、ウェルごとに、培養細胞に応じて培地を異ならせて、効率的に培養を行うことができる。
【0025】
図1は、本発明の一実施形態に係る96ウェルプレート用1×8ストリップウェルのウェル本体Bの平面図である。図1に示されるように、ウェル本体Bは、第1のウェル1、第2のウェル2を含む複数のウェルが形成され、底面には、ウェル底部の一部を構成する部材Dと接合するための位置決め凹部5を備える。第1のウェル1には、神経細胞Nの細胞塊を播種するための第1の凹部4が形成されている。第1の凹部4の底面は解放されており、流路3の一部を形成する。流路3は、ウェル本体Bがウェル底部の一部を構成する部材Dと接合されることにより、第1の凹部4と、ウェル本体Bの底面と、ウェル底部の一部を構成する部材Dの上面の溝とにより形成される。
【0026】
図2は、図1のウェル本体Bの断面図である。また、図3は、図1のウェル本体Bに接合される、ウェル底部の一部を構成する部材Dの部分平面図であり、第1のウェル1と第2のウェル2とを連通する流路3の溝部、ウェル本体Bと接合するための位置決め凸部6を備える。ウェル底部の一部を構成する部材Dの平面視形状は、図1のウェル本体Bの平面視形状に合わせたものとするが、これに限定されない。図4は、上記ウェル底部の一部を構成する部材Dの断面図である。図1および2のウェル本体Bの位置決め凹部5と、図3および4のウェル底部の一部を構成する部材Dの位置決め凸部6を接合することにより、第1のウェル1と第2のウェル2とを連通する流路3が形成されたウェルストリップが作成される。図3および4のプレート底部の一部を構成する部材Dは2つのウェルから構成されるため、1枚のウェル本体Bに対して4枚のウェル底部の一部を構成する部材Dを接合するが、これに限定されず、1つの部材Dにウェル本体Bのウェル数と同じ数のウェル数が形成され、1つのウェル本体Bと1つの部材Dとを接合することにより、1つのウェルストリップが作製されることとしてもよい。
【0027】
図1~4に示されるのは、12個の1×8ウェルストリップを、ホルダーを介してつなげることにより、分析装置で一般的に使用されている96ウェルプレートと同じ大きさとなるもの(例えば、住友ベークライト社製、型番:MS-8508M)であるが、これに限定されず、ウェルが複数形成されていれば、6ウェル、12ウェル、24ウェル、48ウェル等のどのような数のウェルを有するウェルストリップであってもよく、またはウェルプレート形状であってもよい。プレートのサイズについては、好ましくは、実験装置との互換性のあるANSI/SBS規格に適合するサイズであり、例えば、一般的に市販されている、約8.5(縦)×12.8(横)の96ウェルプレートと同様の寸法である。
なお、本発明に係る培養容器は、ストリップウェルおよびウェルプレートに限定されず、例えば、2つのディッシュを、流路を介して連絡させた構成のように、流路を介した2以上の培養部を有する構成であればよい。
【0028】
また、本発明に係る培養容器の材質は、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリオレフィン、シクロオレフィンポリマー、ポリイミド、これらのフッ素化物、PDMS(ポリジメチルシロキサン)、ガラス等、一般的な培養容器に用いられる材料を使用することができる。自家発光が低く蛍光観察に好適なことからCOP(シクロオレフィンポリマー)が好ましい。
【0029】
図1~4に示される培養容器では、第1のウェル1と第2のウェル2とを連通する流路3は、ウェル底部の一部を構成する部材Dの上面に形成された溝と、ウェルの本体Bの平らな底面および第1の凹部4から形成されているが、これに限定されず、例えば、ウェルの本体Bの底面に形成した溝および第1の凹部4と、ウェル底部の一部を構成する部材Dの平らな上面により形成されることとしてもよい。あるいは、ウェルの本体Bの底面とウェル底部の一部を構成する部材Dの上面の両方に溝が形成され、これらを接合することにより1つの流路3を形成することとしてもよい。
【0030】
流路3を構成する溝の長手方向に直交する方向の断面形状は、矩形であることとしてもよく、半円状のような底面が円弧状であることとしてもよい。また、形成される流路3も、矩形であることとしてもよく、円形、楕円形等であることとしてもよい。
また、流路3の大きさは、その長手方向に直交する方向の最大幅が20~100μmであり、流路の深さが20~100μm、あるいは、流路の長手方向に直交する方向の最大幅が20~120μmであり、かつ、該流路の深さが20~120μmであり、流路の長手方向の長さが2~6mmとする。ウェル間を連通する流路を上記の範囲に制御することで、ウェル間で培地が流通されなくなるため、第2のウェルの培地のみを破棄することができる。これにより、第1のウェルとは異なる培地を満たして、第2のウェルでの、軸索の先端部分の培養、あるいは、軸索と神経細胞以外の細胞との共培養を行うことができる。好ましくは、より密閉性を高める観点から、流路3の長手方向に直交する方向の最大幅が20~80μmであり、流路の深さが20~80μmである。
【0031】
本発明の一態様に係る培養方法を以下に説明する。第1のウェル1に、神経細胞培養用の培地を満たし、第2のウェル2に、共培養する細胞Cを培養するのに適する培地を満たす。
培養により細胞塊状にした神経細胞Nを、第1のウェル1の底部に形成された第1の凹部4に播種する。第2のウェル2に、共培養する細胞Cを播種する。
播種した神経細胞Nの細胞体sから軸索aが伸び、伸びた軸索aが、流路3を通って第2のウェル2に到達するまで培養すると、第2のウェル2で、伸びた軸索aの先端と、細胞Cとを共培養し、軸索aと共培養する細胞Cとを接合させる。
本発明の別の一態様に係る培養方法を以下に説明する。第1のウェル1と第2のウェル2とに、神経細胞培養用の培地を満たし、培養により細胞塊状にした神経細胞Nを、第1のウェル1の底部に形成された第1の凹部4に播種する。播種した神経細胞Nの細胞体sから軸索aが伸び、伸びた軸索aが、流路3を通って第2のウェル2に到達し、さらに流路3内を塞ぐまで培養する。伸びた軸索aが流路3を完全に塞ぐことにより、第1のウェル1と第2のウェル2の培地交換を独立して行うことができるので、伸びた軸索aの先端が培養されている第2のウェル2の培地のみを吸引等により破棄する。
【0032】
その後、共培養する細胞Cを培養するのに適する培地を第2のウェル2に満たし、共培養する細胞Cを播種して共培養し、軸索aと共培養する細胞Cとを接合させる。ここで、図5に示されるように、第2のウェル2にもウェルの底にも凹部(第2の凹部7)が形成されていてもよく、この第2の凹部7に細胞塊状にした共培養する細胞Cを播種することとしてもよい。
【0033】
あるいは、共培養する細胞Cを培養するのに適する培地を第2のウェル2に満たすことに代えて、軸索aの先端部分を培養するのに適する培地を第2のウェル2に満たして、更に軸索aのみの培養を継続することとしてもよい。
このようにすることで、索末端(シナプス前終末)から分泌される神経伝達物質であるアセチルコリン、グルタミン酸、ドーパミン、セロトニン、アドレナリン、ノルアドレナリン等を、第2のウェル2の培地中から酵素反応系を用いて検出することにより、神経毒性評価、創薬スクリーニング、診断等に利用することができる。
【0034】
上記のような工程で共培養による細胞培養を行うことにより、第2のウェル2内に神経ネットワークが形成される。上記工程を複数組のウェルで行うことにより、マルチウェルプレート内にこのような神経ネットワークを複数個作製することができる。
【0035】
共培養を行う場合、具体的には、図6に示されるように、1つの第1のウェル1に対して、最大で隣り合うのが4つとなる第2のウェル2を1組として、第1のウェル1と最大4つの第2のウェル2とのそれぞれ間で流路3が形成されたプレートを使用することができる。それぞれの流路3に対応して形成された第1の凹部4に神経細胞Nの細胞塊を播種し、各第2のウェル2へと神経細胞Nの軸索aを伸長させて、第1のウェル1から延びる最大4つの流路3を塞ぐ。その後、各第2のウェル2の培地を吸引し、共培養する細胞の培養に適する培地をそれぞれ満たす。その後、第2のウェル2のそれぞれに共培養する細胞を播種する。このようにすることで、上記1組のウェルにおいて最大で4種類の細胞を、神経細胞Nの軸索a部分と共培養することができる。このような工程を複数組のウェルで行うことにより、神経ネットワークが複数個形成されたマルチウェルプレートを作製することができる。このようにして作製されたマルチウェルプレートをハイスループットでの薬剤スクリーニングに利用することができる。
【0036】
なお、図6に示されるウェルは、96ウェルプレートの部分平面図であり、96ウェルのうち、32ウェルが示されている。ウェル数は、96に限定されず、市販されているマルチウェルプレートと同様のサイズで、6ウェル、12ウェル、24ウェル、48ウェル等、用途に合わせたウェル数のマルチウェルプレートを作製し、使用することとしてもよい。
【0037】
また、図1~6に示されるウェルの平面視形状は円形であるが、これに限定されず、ウェルの平面視形状は、図7に示されるように四角形状(矩形)であることとしてもよい。ウェルの平面視形状が円形の場合、同一のチャネル長でウェル間を連通させるためには、1つの第1のウェル1から伸びる流路3の数は理論上最大8個となるが、通常は、製造上の設計に必要なウェル間壁があるため、図6に示されるように、1ウェルあたり最大4個となる。ウェルの平面視形状を四角形状にすることで、同一のチャネル長で、1組の隣り合うウェル間を連通させることのできる流路3を複数形成することもできる。例えば、第1のウェル1の四角の各辺のうち、第2のウェル2と隣り合う第1のウェル1の辺に、一辺あたり第1の凹部4を3つ形成し、第1のウェル1と隣り合う第2のウェル2が4つあれば、1つの第1のウェル1から伸びる、最大で12の流路3を形成することができる。また、ウェルの平面視形状を四角形状とすることで、ウェル平面視形状が円形である場合よりも流路3の長さを短くすることができる。
【0038】
図7は、本発明の別の一実施形態に係る96ウェルプレート用1×8ストリップウェルのウェル本体Bの部分平面図であり、第1のウェル1と、第2のウェル2と、第1の凹部4と、位置決め凹部5を備える。図8および図9は、それぞれ、図7のウェル本体Bと接合して使用される、ウェル底部の一部を構成する部材Dの平面図と断面図であり、第1のウェル1と第2のウェル2とを連通する流路3の溝部、ウェル本体Bと接合するための位置決め凸部6を備える。
【0039】
上記図7~9に示される一実施形態では、図1~4に示されるストリップウェルと同様の構成を有するが、流路3と第1の凹部4が、1つの第1のウェル1から1つの第2のウェル2に対して3つ形成されている点で異なる。ウェルの平面視形状を四角形状とすることで、一対の第1のウェル1と第2のウェル2に対して同じ長さの流路3を複数個形成することができる。さらに、そのウェル形状の構造から、形成される流路3の長さを、ウェルの平面視形状が円形の場合よりも短くすることができる。これにより、軸索aが第2のウェル2に到達して流路3を塞ぐまでの培養期間を短縮することができる。
【0040】
上記実施形態では、第1の凹部4および流路3が矩形のウェルの1辺に3つ形成されていることとしたが、これに限定されず、ウェルサイズと第1の凹部4の大きさに応じて、任意の数の第1の凹部4および流路3を各辺に形成することができる。
【0041】
第1の凹部4は、細胞塊の入れやすさから、その直径が0.5~2mmであることが好ましい。
また、第1の凹部4は、その開口部の直径と底部の直径が同一であってもよく、または異なることとしてもよい。操作性の観点、および、細胞塊をより安定して培養できることから、開口部の直径≧底部の直径であることが好ましい。具体的には、さらに細胞塊を入れやすくする観点から、開口部から底部にかけて直径が小さくなるテーパー状であることが好ましい。さらに好ましくは、開口部から底部に向かって途中まではテーパー状であり、途中から底部までは同じ直径とするY字形状であることとする。
【0042】
図10および11は、本発明のさらに別の一実施形態に係る6ウェルプレートの平面図および断面図である。上記図10および11に示される一実施形態では、図1~4に示されるストリップウェルと同様の構成を有するが、図1~4に示されるストリップウェルではウェル底部の一部を構成する部材Dの上面に流路3の一部を形成する溝が形成されているのに対し、本実施形態では、上記溝がウェル本体Bの下面に形成されている点で異なる。いずれの溝の形成方法であっても、流路の底側が接合部となるため、ウェル本体Bとウェル底部の一部を構成する部材Dとの接合時に生じる、プレート形成材料の流路3内へのはみ出しが、神経細胞Nの増殖を妨げることはない。
【0043】
流路3のサイズ(太さ)は、培養される神経細胞Nの軸索aの複数が束になって形成される軸索束の太さと略同一とする。軸索束の太さは、神経細胞Nの種類と細胞数で決まり、運動神経細胞では、細胞数が1×10~2×10cellsである場合に軸索束の太さは約80μmとなる。グルタミン酸作動神経細胞では、細胞数が3×10~5×10cellsである場合に軸索束の太さは約80μmとなる。軸索束の太さが、流路3の入り口部分の太さと略同じとなるように、培養する細胞数を調整する。各軸索の伸びる速度には差があることから、軸索束の先端部に向かうほどその太さが減少する傾向にあるものの、このようにすることで、流路3の入り口部分で、軸索束によりその内部を塞ぐことができる。
【0044】
上記に鑑み、本発明の一態様に係る共培養容器の流路3のサイズは、流路3の長手方向に直交する方向の最大幅が20~100μmであり、流路の深さが20~100μmとする。
より確実に流路の密閉性を高める観点から、播種される細胞が末梢神経細胞である場合、第1の凹部4に播種される末梢神経細胞数が1×10~4×10cellsの範囲であり、流路3の断面積が4×10-6~1×10-4cmであることが好ましい。また、播種される細胞が中枢神経細胞である場合、第1の凹部4に播種される中枢神経細胞数が4×10~8×10cellsの範囲であり、流路3の断面積が4×10-6~1×10-4cmであることが好ましい。
【0045】
共培養する細胞Cとしては、骨格筋細胞、皮膚細胞等が挙げられるが、これらに限定されない。また、共培養する細胞Cとともに、または、これに代えて、Yumoto et al. 「Lrp4 Is A Retrograde Signal For Presynaptic Differentiation At Neuromuscular Synapses」Nature, 489, 438-442 (2012)に記載されたLrp4で覆われたマイクロビーズのような人工物を共培養に使用することとしてもよい。このような人工物を共培養に使用する場合、培地は第1のウェルに入れる神経細胞用の培地と同じであっても、異なっていても良い。
【0046】
培養される神経細胞は、中枢神経細胞または末梢神経細胞であることとしてもよい。具体的には、中枢神経細胞としては、グルタミン酸作動神経、ドーパミン作動性神経、およびGABA作動性神経由来の細胞が挙げられる。また、末梢神経細胞としては、運動神経および感覚神経由来の細胞が挙げられる。また、上記細胞は、動物から直接採取して得ることとしてもよく、あるいは、その株化細胞であってもよい。また、各種幹細胞を分化培養して得られた細胞であってもよい。
【0047】
神経細胞から伸びる軸索束の太さは、神経細胞の種類と細胞数で決まり、運動神経細胞では、細胞数が1×10~2×10cellsである場合に軸索束の太さは約80μmとなる。グルタミン酸作動神経細胞では、細胞数が3×10~5×10cellsである場合に軸索束の太さは約80μmとなる。
【0048】
本発明の別の一態様に係る培養容器では、第1のウェルと第2のウェルと連通する流路は、当該流路の長手方向に直交する方向の最大幅が20~120μmの範囲であり、該流路の深さが20~120μmの範囲であり、かつ、該流路の長手方向の長さが2~6mmの範囲である。
流路の幅および深さのいずれかが20μmを下回ると、流路を形成することが難しく、軸索が流路を通って伸びにくくなる。また、流路の幅および深さのいずれかが120μmを上回ると、両ウェルの培地が流路を介して混合しやすくなる。
流路の長手方向の長さが2mmを下回ると、第1のウェルと第2のウェルの培地が流路を介して混合しやすくなる。また、流路の長手方向の長さが6mmを上回ると、軸索が流路を通って第2のウェルに到達するのが難しくなる。
【0049】
流路の太さと長さを上記の範囲に制御することで、当該流路内に細胞がない段階であっても、流路を介した第1のウェル中の液体と第2のウェル中の液体との混合を安定して防止することができる。そのため、培養開始時点から、第2のウェルに、第1のウェルとは異なる培地を満たして培養を行うことができる。したがって、第2のウェルにおける、軸索の先端部分の培養、あるいは、軸索と神経細胞以外の細胞との共培養の準備を予め行うことができる。
【0050】
軸索の太さが流路を満たし、軸索の先端が第2のウェルに到達しやすくするため、流路の長手方向に直交する方向の最大幅が60~80μmであり、該流路の深さが60~80μmであり、かつ該流路の長手方向の長さが2~3mmであることが好ましい。
【0051】
本発明の上記態様に係る培養容器では、少なくとも神経細胞が接する部分の表面の水接触角が90~15°であることが好ましい。このような範囲に水接触角を制御することで、神経細胞を、より安定的に培養容器の培養面に接着させて培養することができる。より好ましくは、細胞の接着強度を強すぎず弱すぎない状態にするため、90~60°である。なお、水接触角は、例えば、大気圧プラズマ処理、減圧プラズマ処理、真空紫外線処理、コロナ処理、オゾン処理などの表面改質処理により上記の範囲に制御し得る。
ここで、水接触角は、全自動接触角計(協和界面科学社製「LCD-400S」)を用い、培養容器(ウェル)の底面をΦ30mmのサークルカッターで切り取って試料の中心と、そこを中央とする1辺20mmの正方形の頂点4か所の計5か所を測定点とし、液滴の半径rと高さhを求め、tanθ1=h/r,θ=2θ→θ=2arctan(h/r)で求められるθである(θ/2法)。
【0052】
本発明の上記態様に係る培養容器の材質は、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリオレフィン、シクロオレフィンポリマー、ポリイミド、これらのフッ素化物、PDMS(ポリジメチルシロキサン)、ガラス等、一般的な培養容器に用いられる材料を使用することができる。
緑色の自家発光が低く蛍光観察に好適であり、透明度が高く、毒性が少ないことから、培養容器の材質は脂環構造含有重合体であることが好ましく、少なくとも神経細胞が接する部分の表面が脂環構造含有重合体で構成されることが好ましい。
【0053】
上記脂環構造含有重合体は、主鎖および/または側鎖に脂環構造を有する樹脂であり、機械的強度、耐熱性などの観点から、主鎖に脂環構造を含有するものが好ましく、分化誘導効率の観点から、極性基を有しないものがより好ましい。ここで、極性基とは、極性のある原子団を指す。極性基としては、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、酸無水物基などが挙げられる。
【0054】
上記脂環構造としては、飽和環状炭化水素(シクロアルカン)構造、不飽和環状炭化水素(シクロアルケン)構造などが挙げられるが、機械的強度、耐熱性などの観点から、シクロアルカン構造やシクロアルケン構造が好ましく、中でもシクロアルカン構造を有するものが最も好ましい。
【0055】
脂環構造を構成する炭素原子数は、格別な制限はないが、通常4~30個、好ましくは5~20個、より好ましくは5~15個である。脂環構造を構成する炭素原子数がこの範囲内であるときに、機械的強度、耐熱性、および成形性の特性が高度にバランスされ、好適である。
【0056】
脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位の割合は、使用目的に応じて適宜選択されればよいが、通常30重量%以上、好ましくは50重量%以上、より好ましくは70重量%以上である。脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位の割合が過度に少ないと耐熱性に劣り好ましくない。脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位以外の残部は、格別な限定はなく、使用目的に応じて適宜選択される。
【0057】
脂環構造含有重合体の具体例としては、(1)ノルボルネン系重合体、(2)単環の環状オレフィン系重合体、(3)環状共役ジエン系重合体、(4)ビニル脂環式炭化水素系重合体、および(1)~(4)の水素化物などが挙げられる。これらの中でも、耐熱性、機械的強度等の観点から、ノルボルネン系重合体およびその水素化物が好ましい。
【0058】
(1)ノルボルネン系重合体
ノルボルネン系重合体は、ノルボルネン骨格を有する単量体であるノルボルネン系単量体を重合してなるものであり、開環重合によって得られるものと、付加重合によって得られるものに大別される。
【0059】
開環重合によって得られるもの(シクロオレフィンポリマー;COP)としては、ノルボルネン系単量体の開環重合体およびノルボルネン系単量体とこれと開環共重合可能なその他の単量体との開環重合体、ならびにこれらの水素化物などが挙げられる。付加重合によって得られるもの(シクロオレフィンコポリマー;COC)としては、ノルボルネン系単量体の付加重合体およびノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体などが挙げられる。これらの中でも、ノルボルネン系単量体の開環重合体水素化物が、耐熱性、機械的強度等の観点から好ましい。
【0060】
ノルボルネン系重合体の合成に使用可能なノルボルネン系単量体としては、ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン(慣用名ノルボルネン)、5-メチル-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5,5-ジメチル-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-エチル-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-エチリデン-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-ビニル-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-プロペニルビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-メトキシカルボニル-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-シアノビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-メチル-5-メトキシカルボニル-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン等の2環式単量体;
トリシクロ[4.3.01,6.12,5]デカ-3,7-ジエン(慣用名ジシクロペンタジエン)、2-メチルジシクロペンタジエン、2,3-ジメチルジシクロペンタジエン、2,3-ジヒドロキシジシクロペンタジエン等の3環式単量体;
テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン(テトラシクロドデセン)、テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8-メチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8-エチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8-エチリデンテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8,9-ジメチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8-エチル-9-メチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8-エチリデン-9-メチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8-メチル-8-カルボキシメチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、7,8-ベンゾトリシクロ[4.3.0.12,5]デカ-3-エン(慣用名メタノテトラヒドロフルオレン:1,4-メタノ-1,4,4a,9a-テトラヒドロフルオレンともいう)、1,4-メタノ-8-メチル-1,4,4a,9a-テトラヒドロフルオレン、1,4-メタノ-8-クロロ-1,4,4a,9a-テトラヒドロフルオレン、1,4-メタノ-8-ブロモ-1,4,4a,9a-テトラヒドロフルオレン等の4環式単量体;等が挙げられる。
【0061】
ノルボルネン系単量体と開環共重合可能なその他の単量体としては、シクロヘキセン、シクロヘプテン、シクロオクテン、1,4-シクロヘキサジエン、1,5-シクロオクタジエン、1,5-シクロデカジエン、1,5,9-シクロドデカトリエン、1,5,9,13-シクロヘキサデカテトラエン等の単環のシクロオレフィン系単量体が挙げられる。
これらの単量体は、置換基を1種または2種以上有していてもよい。置換基としては、アルキル基、アルキレン基、アリール基、シリル基、アルコキシカルボニル基、アルキリデン基等が挙げられる。
【0062】
ノルボルネン系単量体と付加共重合可能なその他の単量体としては、エチレン、プロピレン、1-ブテン、1-ペンテン、1-ヘキセン等の炭素数2~20のα-オレフィン系単量体;シクロブテン、シクロペンテン、シクロヘキセン、シクロオクテン、テトラシクロ[9.2.1.02,10.03,8]テトラデカ-3,5,7,12-テトラエン(3a,5,6,7a-テトラヒドロ-4,7-メタノ-1H-インデンとも言う)等のシクロオレフィン系単量体;1,4-ヘキサジエン、4-メチル-1,4-ヘキサジエン、5-メチル-1,4-ヘキサジエン、1,7-オクタジエン等の非共役ジエン系単量体;等が挙げられる。
【0063】
これらの中でも、ノルボルネン系単量体と付加共重合可能なその他の単量体としては、α-オレフィン系単量体が好ましく、エチレンがより好ましい。
これらの単量体は、置換基を1種または2種以上有していてもよい。置換基としては、アルキル基、アルキレン基、アリール基、シリル基、アルコキシカルボニル基、アルキリデン基等が挙げられる。
【0064】
ノルボルネン系単量体の開環重合体、またはノルボルネン系単量体とこれと開環共重合可能なその他の単量体との開環重合体は、単量体成分を、公知の開環重合触媒の存在下で重合して得ることができる。開環重合触媒としては、例えば、ルテニウム、オスミウムなどの金属のハロゲン化物と、硝酸塩またはアセチルアセトン化合物、および還元剤とからなる触媒、あるいは、チタン、ジルコニウム、タングステン、モリブデンなどの金属のハロゲン化物またはアセチルアセトン化合物と、有機アルミニウム化合物とからなる触媒を用いることができる。
ノルボルネン系単量体の開環重合体水素化物は、通常、上記開環重合体の重合溶液に、ニッケル、パラジウムなどの遷移金属を含む公知の水素化触媒を添加し、炭素-炭素不飽和結合を水素化することにより得ることができる。
【0065】
ノルボルネン系単量体の付加重合体、またはノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体は、単量体成分を、公知の付加重合触媒の存在下で重合して得ることができる。付加重合触媒としては、例えば、チタン、ジルコニウムまたはバナジウム化合物と有機アルミニウム化合物とからなる触媒を用いることができる。
【0066】
(2)単環の環状オレフィン系重合体
単環の環状オレフィン系重合体としては、例えば、シクロヘキセン、シクロヘプテン、シクロオクテンなどの、単環の環状オレフィン系単量体の付加重合体を用いることができる。
(3)環状共役ジエン系重合体
環状共役ジエン系重合体としては、例えば、シクロペンタジエン、シクロヘキサジエンなどの環状共役ジエン系単量体を1,2-または1,4-付加重合した重合体およびその水素化物などを用いることができる。
(4)ビニル脂環式炭化水素重合体
ビニル脂環式炭化水素重合体としては、例えば、ビニルシクロヘキセン、ビニルシクロヘキサンなどのビニル脂環式炭化水素系単量体の重合体およびその水素化物;スチレン、α-メチルスチレンなどのビニル芳香族系単量体の重合体の芳香環部分の水素化物;などが挙げられる。ビニル脂環式炭化水素重合体は、これらの単量体と共重合可能な他の単量体との共重合体であってもよい。
【0067】
脂環構造含有重合体の分子量に格別な制限はないが、シクロヘキサン溶液(重合体が溶解しない場合はトルエン溶液)のゲル・パーミエーション・クロマトグラフィーで測定したポリイソプレン換算の重量平均分子量で、通常5,000以上であり、好ましくは5,000~500,000、より好ましくは8,000~200,000、特に好ましくは10,000~100,000である。重量平均分子量がこの範囲内であるときに、機械的強度と成形加工性とが高度にバランスし、好適である。
【0068】
脂環構造含有重合体のガラス転移温度は、使用目的に応じて適宜選択されればよいが、通常50~300℃、好ましくは80~280℃、特に好ましくは90~250℃、さらに好ましくは90~200℃である。ガラス転移温度がこの範囲内であるときに、耐熱性と成形加工性とが高度にバランスし、好適である。
本発明における脂環構造含有重合体のガラス転移温度は、JIS K 7121に基づいて測定されたものである。
【0069】
上記脂環構造含有重合体は、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
また、脂環構造含有重合体には、熱可塑性樹脂材料で通常用いられている配合剤、例えば、軟質重合体、酸化防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤、近赤外線吸収剤、離型剤、染料や顔料などの着色剤、可塑剤、帯電防止剤、蛍光増白剤などの配合剤を、通常採用される量、添加することができる。
また、脂環構造含有重合体には、軟質重合体以外のその他の重合体(以下、単に「その他の重合体」という)を混合しても良い。脂環構造含有重合体に混合されるその他の重合体の量は、脂環構造含有重合体100質量部に対して、通常200質量部以下、好ましくは150質量部以下、より好ましくは100質量部以下である。
脂環構造含有重合体に対して配合する各種配合剤やその他の重合体の割合が多すぎると細胞が浮遊し難くなるため、いずれも脂環構造含有重合体の性質を損なわない範囲で配合することが好ましい。
脂環構造含有重合体と配合剤やその他の重合体との混合方法は、ポリマー中に配合剤が十分に分散する方法であれば、特に限定されない。また、配合の順番に格別な制限はない。配合方法としては、例えば、ミキサー、一軸混練機、二軸混練機、ロール、ブラベンダー、押出機などを用いて樹脂を溶融状態で混練する方法、適当な溶剤に溶解して分散させた後、凝固法、キャスト法、または直接乾燥法により溶剤を除去する方法などが挙げられる。
二軸混練機を用いる場合、混練後は、通常は溶融状態で棒状に押出し、ストランドカッターで適当な長さに切り、ペレット化して用いられることが多い。
【0070】
本発明で使用される培養容器の成形方法は、所望される培養容器の形状に応じて任意に選択することができる。成形方法としては、例えば、射出成形法、押出成形法、キャスト成形法、インフレーション成形法、ブロー成形法、真空成形法、プレス成形法、圧縮成形法、回転成形法、カレンダー成形法、圧延成形法、切削成形法、紡糸等が挙げられ、これらの成形法を組み合わせることもできる。
【0071】
本発明で使用される培養容器は、滅菌処理することが好ましい。
滅菌処理の方法に格別な制限はなく、高圧蒸気法や乾熱法などの加熱法;γ線や電子線などの放射線を照射する放射線法や高周波を照射する照射法;酸化エチレンガス(EOG)などのガスを接触させるガス法;滅菌フィルタを用いる濾過法;など、医療分野で一般的に採用される方法から、成形体の形状や用いる細胞に応じて、選択することができる。
【実施例
【0072】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1-1)
コーティング液(ニッピ社製、iMatrix(登録商標)-211)で、図1に示されるように4対の第1のウェル1と第2のウェル2が形成された、シクロオレフィンポリマー(日本ゼオン社製、ZEONEX(登録商標)690R)で作製された、1×8ストリップウェル形状の本発明に係る培養容器の各ウェルの底部をコートした。その後、37℃に温めておいた神経細胞培養用培地(ベリタス社製、型番:ST-05790)を400μl/ウェルで各ウェルに添加し、96ウェルプレートで培養した細胞数2×10cellsの運動神経細胞(FUJIFILM Cellular Dynamics,Inc社製、iCell(登録商標)Motor Neuron)の細胞塊(スフェア)を、第1のウェル1の底部に形成された、直径1mmの第1の凹部4にそれぞれ1つ播種し、顕微鏡で細胞塊が第1の凹部4に載置されていることを確認し、37℃5%COインキュベータに静置して培養した。3~4日に1回の頻度で培地交換を行った。具体的には、培地を1000μピペットで静かに吸い取って破棄し、再度、新しい上記神経細胞培養用培地を400μl/ウェルで各ウェルに添加した。
【0073】
第1の凹部4に載置された運動神経細胞から軸索が伸びて、長手方向に直交する方向の幅が80μmであり、流路の深さが80μmである流路3を通って第2のウェル2に到達し、軸索が束になって形成される軸索束が流路3の内部を完全に塞ぐまで培養を続けた。その後、第2のウェル2の培地を全て吸引して取り除き、神経細胞の軸索と共培養するためのヒト骨格筋細胞(タカラバイオ社製、型番:C-12530)を培養するための培地(タカラバイオ社製、型番:C-23160)を第2のウェル2に400μl/ウェルで添加した。その後、第2のウェル2に、上記ヒト骨格筋細胞を、細胞数14400cellsで播種し、神経細胞の軸索とともに共培養を行い、軸索とヒト骨格筋細胞とを接合させた。
【0074】
なお、軸索束が流路3の内部を完全に塞いでいるかどうかは、顕微鏡観察により確認した。図12の顕微鏡写真に示されているように、軸索束が流路3の内部を満たしていることがわかる。また、第2のウェル2の培地を吸引しても、流路3から第1のウェル1の培地が流入することはなかった。このことからも、軸索束が流路3の内部を完全に塞いでいることがわかる。
【0075】
(実施例1-2)
培養する神経細胞の種類をグルタミン酸作動神経細胞にしたこと、1×8ストリップウェル形状の本発明に係る培養容器の材料をポリジメチルシロキサン(東レ・ダウコーニング社製、型番:SILPOT 184 W/C)にしたこと、および共培養細胞を使用しないことのみを異ならせて、実施例1と同様の培養工程を行った。具体的には、細胞数6×10cellsのグルタミン酸作動神経細胞(FUJIFILM Cellular Dynamics,Inc社製、iCell(登録商標)Gluta Neuron)を神経細胞培養用培地(ベリタス社製、型番:ST-05790)で培養した。
実施例1と同様に、軸索束が流路3の内部を満たして塞いだため、第2のウェル2の培地を吸引しても、流路3から第1のウェル1の培地が流入することはなかった。このことから、軸索束が流路3の内部を完全に塞いでいることがわかる。
上記のようにグルタミン酸作動神経細胞の軸索が束になって形成される軸索束が、流路3の内部を完全に塞ぐまで培養を続けた後、第2のウェル2の培地を全て吸引して取り除き、glia-conditioned medium(ケーエーシー社製、製品番号:SBMBX9501D-3A)に、100倍希釈N2サプリメント(Thermo Fisher Scientific社製、製品番号:17502048)と50倍希釈B27サプリメント(Thermo Fisher Scientific社製、製品番号:17504044)とを添加したもの入れて更に培養を継続すると、軸索末端から分泌される神経伝達物質であるグルタミン酸の分泌を、第2のウェル2の培地中から、グルタミン酸デヒドロゲナーゼを用いて補酵素の吸光変化をみることで、確認することができた。
【0076】
(実施例2-1)
図1に示されるように、4対の第1のウェル1と第2のウェル2が形成された、PDMS(信越化学社製、製品名:紫外線硬化型液状シリコーンゴム、製品番号:KER-4690-A/B、水接触角90°)で作成されたウェル本体Bと、ガラス(AGCテクノグラス社製、製品名:ホウケイ酸ガラス)で作成されたウェル底部の一部を構成する部材Dからなる培養容器を使用した。第1のウェル1と第2のウェル2との間に形成される流路3は、矩形状であり、長手方向に直交する方向の幅:120μm、深さ:120μm、長手方向の長さ(ウェル間の距離):2mmであった。
第1のウェル1に神経細胞培養用培地(ベリタス社製、製品番号:ST-05790)を400μl/ウェルで各ウェルに添加し、当該第1のウェル1に流路3を介して連通する第2のウェル2に純水を400μl/ウェルで各ウェルに添加した。24時間後も第1のウェル1の神経細胞培養用培地と第2のウェル2の純水が流路3を介して混ざらないことを目視により確認した。
【0077】
その後、第1のウェル1の神経細胞培養用培地を1000μピペットで静かに吸い取って破棄し、37℃に温めておいた神経細胞培養用培地(ベリタス社製、型番:ST-05790)を400μl/ウェルで各ウェルに添加し、96ウェルプレートで培養した細胞数2×10cellsの運動神経細胞(FUJIFILM Cellular Dynamics, Inc社製、iCell(登録商標)Motor Neuron)の細胞塊(スフェア)を、第1のウェル1の底部に形成された、直径1mmの第1の凹部4にそれぞれ1つ播種し、顕微鏡で細胞塊が第1の凹部4に載置されていることを確認した。続いて、第2のウェル2の純水を1000μピペットで静かに吸い取って破棄し、神経細胞の軸索と共培養するためのヒト骨格筋細胞(タカラバイオ社製、型番:C-12530)を培養するための培地(タカラバイオ社製、型番:C-23160)を第2のウェル2に400μl/ウェルで添加した。その後、第2のウェル2に、上記ヒト骨格筋細胞を、細胞数14400cellsで播種した。上記培養容器を37℃5%COインキュベータに静置して培養した。3~4日に1回の頻度で培地交換を行った。具体的には、培地を1000μピペットで静かに吸い取って破棄し、再度、新しい上記培地を400μl/ウェルで各ウェルに添加した。
第1の凹部4に載置された運動神経細胞から、図12に示されるように軸索aが伸びて、流路3を通って第2のウェル2に到達するまで培養を続け、さらに、神経細胞の軸索とともに共培養を行い、軸索とヒト骨格筋細胞とを接合させた。
第1のウェル1の神経細胞培養用培地と、第2のウェル2のヒト骨格筋細胞を培養するための培地とが混合することなく、共培養を行うことができた。なお、運動神経細胞を単独で培養した場合であっても、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と、第2のウェル2の軸索aを培養するための培地とが、1週間程度の培養期間中に混合することはなかった。
【0078】
(実施例2-2)
培養容器の流路3の深さが20μmであることのみを異ならせて、実施例1と同様の試験および細胞培養工程を行った。
実施例1と同様に、24時間後も第1のウェル1の神経細胞培養用培地と第2のウェル2の純水が流路3を介して混ざらないことが確認できた。また、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と、第2のウェル2のヒト骨格筋細胞を培養するための培地とが混合することなく、共培養を行うことができた。
【0079】
(実施例2-3)
培養容器の流路3の長手方向に直交する方向の幅が20μmであることのみを異ならせて、実施例1と同様の試験および細胞培養工程を行った。
実施例1と同様に、24時間後も第1のウェル1の神経細胞培養用培地と第2のウェル2の純水が流路3を介して混ざらないことが確認できた。また、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と、第2のウェル2のヒト骨格筋細胞を培養するための培地とが混合することなく、共培養を行うことができた。
【0080】
(実施例2-4)
培養容器がCOP(日本ゼオン社製、製品名:ゼオネックス、製品番号:690R)で形成され、流路3の長手方向に直交する方向の幅が80μm、流路3の深さが80μm、および水接触角が80°であることのみを異ならせて、実施例1と同様の試験および細胞培養工程を行った。
実施例1と同様に、24時間後も第1のウェル1の神経細胞培養用培地と第2のウェル2の純水が流路3を介して混ざらないことが確認できた。また、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と、第2のウェル2のヒト骨格筋細胞を培養するための培地とが混合することなく、共培養を行うことができた。
【0081】
(実施例2-5)
培養容器がCOPで形成され、流路3の長手方向に直交する方向の幅が80μm、流路3の深さが20μm、および水接触角が80°であることのみを異ならせて、実施例1と同様の試験および細胞培養工程を行った。
実施例1と同様に、24時間後も第1のウェル1の神経細胞培養用培地と第2のウェル2の純水が流路3を介して混ざらないことが確認できた。また、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と、第2のウェル2のヒト骨格筋細胞を培養するための培地とが混合することなく、共培養を行うことができた。
【0082】
(実施例2-6)
培養容器がCOPで形成され、流路3の長手方向に直交する方向の幅が20μm、流路3の深さが80μm、および水接触角が80°であることのみを異ならせて、実施例1と同様の試験および細胞培養工程を行った。
実施例1と同様に、24時間後も第1のウェル1の神経細胞培養用培地と第2のウェル2の純水が流路3を介して混ざらないことが確認できた。また、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と、第2のウェル2のヒト骨格筋細胞を培養するための培地とが混合することなく、共培養を行うことができた。
【0083】
(実施例2-7)
培養容器がCOPで形成され、流路3の長手方向の長さが6mmであることのみを異ならせて、実施例1と同様の試験および細胞培養工程を行った。
実施例1と同様に、24時間後も第1のウェル1の神経細胞培養用培地と第2のウェル2の純水が流路3を介して混ざらないことが確認できた。また、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と、第2のウェル2のヒト骨格筋細胞を培養するための培地とが混合することなく、共培養を行うことができた。
【0084】
(実施例2-8)
培養容器がPS(ポリスチレン)(東洋スチレン社製、製品名:トーヨースチロールGP グレード:MW1C)で形成され、流路3の長手方向に直交する方向の幅が60μm、流路3の深さが60μm、および水接触角が40°であることのみを異ならせて、実施例1と同様の試験および細胞培養工程を行った。
実施例1と同様に、24時間後も第1のウェル1の神経細胞培養用培地と第2のウェル2の純水が流路3を介して混ざらないことが確認できた。また、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と、第2のウェル2のヒト骨格筋細胞を培養するための培地とが混合することなく、共培養を行うことができた。
【0085】
(比較例1-1)
実施例1とは培養する運動神経細胞の細胞数のみを異ならせて、実施例1と同様の培養工程を行った。具体的には、運動神経細胞の細胞数を、細胞数5×10cellsとして第1のウェル1の第1の凹部4で培養を行った。
細胞数5×10cellsでは、培養された神経細胞の軸索により流路3の内部を十分に塞ぐことができず、第2のウェル2の培地を吸引すると、流路3から第1のウェル1の培地が第2のウェル2に流入してしまい、第2のウェル2に共培養するための培地を独立して添加することができなかった。
【0086】
(比較例1-2)
実施例1とは培養する運動神経細胞の細胞数のみを異ならせて、実施例1と同様の培養工程を行った。具体的には、運動神経細胞の細胞数を、細胞数5×10cellsとして第1のウェル1の第1の凹部4で培養を行った。
細胞数5×10cellsでは、細胞塊形状の内部まで栄養成分が届かないため、内部の細胞が死滅してしまい、十分な数の軸索が培養できず、第2のウェル2の培地を吸引すると、流路3から第1のウェル1の培地が第2のウェル2に流入してしまい、第2のウェル2に共培養するための培地を独立して添加することができなかった。
【0087】
(比較例2-1)
流路3の長手方向の長さが1.5mmであることのみを異ならせて、実施例1と同様の試験および細胞培養工程を行った。
培地と純水をそれぞれ各ウェルに添加した直後から、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と第2のウェル2の純水が流路3を介して混ざり始め、24時間後には、上記培地と純水の混合がはっきりと目視で確認できた。
そのため、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と、第2のウェル2のヒト骨格筋細胞を培養するための培地とを混合させることなく、共培養を行うことができなかった。
【0088】
(比較例2-2)
流路3の深さが18μmであることのみを異ならせて、実施例1と同様の試験および細胞培養工程を行った。
実施例1と同様に、24時間後も第1のウェル1の神経細胞培養用培地と第2のウェル2の純水が流路3を介して混ざらないことが確認できた。しかしながら、流路3が狭すぎるため、運動神経細胞から伸びる軸索aが流路3内を通ることができなかった。
【0089】
(比較例2-3)
流路3の長手方向に直交する方向の幅が18μmであることのみを異ならせて、実施例1と同様の試験および細胞培養工程を行う準備をした。
しかしながら、上記のような幅の流路を形成するための培養容器の金型を作成することができず、培養容器を成形することができなかった。
【0090】
(比較例2-4)
培養容器がCOPで形成され、流路3の長手方向に直交する方向の幅が80μm、流路3の深さが80μm、および流路3の長手方向の長さが1.5mmであることのみを異ならせて、実施例1と同様の試験および細胞培養工程を行った。
培地と純水をそれぞれ各ウェルに添加した直後から、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と第2のウェル2の純水が流路3を介して混ざり始め、24時間後には、上記培地と純水の混合がはっきりと目視で確認された。
そのため、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と、第2のウェル2のヒト骨格筋細胞を培養するための培地とを混合させることなく、共培養を行うことができなかった。
【0091】
(比較例2-5)
培養容器がCOPで形成され、流路3の長手方向に直交する方向の幅が80μm、および流路3の深さが18μm、流路3の長手方向の長さが1.5mmであることのみを異ならせて、実施例1と同様の試験および細胞培養工程を行った。
実施例1と同様に、24時間後も第1のウェル1の神経細胞培養用培地と第2のウェル2の純水が流路3を介して混ざらないことが確認できた。しかしながら、流路3が狭すぎるため、運動神経細胞から伸びる軸索aが流路3内を通ることができなかった。
【0092】
(比較例2-6)
培養容器がCOPで形成され、流路3の長手方向に直交する方向の幅が150μm、および流路3の深さが150μmであることのみを異ならせて、実施例1と同様の試験および細胞培養工程を行った。
培地と純水をそれぞれ各ウェルに添加した直後から、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と第2のウェル2の純水が流路3を介して混ざり始め、24時間後には、上記培地と純水の混合がはっきりと目視で確認された。
そのため、第1のウェル1の神経細胞培養用培地と、第2のウェル2のヒト骨格筋細胞を培養するための培地とを混合させることなく、共培養を行うことができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明の培養方法および培養容器によれば、複数のウェルを有する培養容器において、神経細胞の細胞体と、細胞体から伸びる軸索の先端部分とを、それぞれ別個の好適な培地条件で培養することができる。また、神経細胞の細胞体と、軸索の先端部分とこれに接合する骨格筋細胞等の別の細胞とを、それぞれ別個の好適な培地条件で培養することができる。これにより、培養工程を複雑にすることなく、培養細胞に応じてウェルごとに培地を異ならせて培養を行うことができる。これにより、複数のウェル間で効率的に複数種の細胞による神経ネットワークを形成することもできる。
【符号の説明】
【0094】
1 第1のウェル
2 第2のウェル
3 流路
4 第1の凹部
5 位置決め凹部
6 位置決め凸部
7 第2の凹部
B ウェル本体
D ウェル底部の一部を構成する部材
N 神経細胞
s 細胞体
a 軸索
C 共培養する細胞
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12