(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-23
(45)【発行日】2025-01-31
(54)【発明の名称】心疾患治療用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 36/185 20060101AFI20250124BHJP
A23K 10/30 20160101ALI20250124BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20250124BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20250124BHJP
A61P 9/04 20060101ALI20250124BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20250124BHJP
C12N 9/12 20060101ALN20250124BHJP
【FI】
A61K36/185
A23K10/30
A23L33/105
A61P9/00
A61P9/04
A61P43/00 111
C12N9/12
(21)【出願番号】P 2018086629
(22)【出願日】2018-04-27
【審査請求日】2021-04-19
【審判番号】
【審判請求日】2022-11-02
(31)【優先権主張番号】P 2017218722
(32)【優先日】2017-11-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行日:平成29年6月17日、刊行物名及び該当頁:第三回 J-ISCP学術集会プログラム・抄録集、第56頁(発表番号:P-20)、発行者名:国際心血管薬物療法学会 日本部会〔刊行物等〕 集会名:第三回 J-ISCP学術集会、開催場所:学術総合センター(東京都千代田区一ツ橋2-1-2)、開催日:平成29年6月17日 〔刊行物等〕 掲載日:平成29年6月21日、掲載アドレス:http://pharmacology.pupu.jp/136kanto/search/pdf/136kanto_abstract_d 〔刊行物等〕 集会名:第136回日本薬理学会関東部会、開催場所:東京医科歯科大学(東京都文京区湯島1-5-45)、開催日:平成29年7月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(73)【特許権者】
【識別番号】507219686
【氏名又は名称】静岡県公立大学法人
(73)【特許権者】
【識別番号】504136993
【氏名又は名称】独立行政法人国立病院機構
(74)【代理人】
【識別番号】110003421
【氏名又は名称】弁理士法人フィールズ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大庭 知慧
(72)【発明者】
【氏名】夏目 みどり
(72)【発明者】
【氏名】森本 達也
(72)【発明者】
【氏名】刀坂 泰史
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 雄輔
(72)【発明者】
【氏名】砂川 陽一
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 浩二
【合議体】
【審判長】冨永 みどり
【審判官】齋藤 恵
【審判官】山村 祥子
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-527487(JP,A)
【文献】J Clin Hypertens.,2016年04月,18(4),p. 352-358,doi: 10.1111/jch.12715
【文献】Pharmacological Research,2010年01月,Volume 61, Issue 1,p. 5-13,doi:10.1016/j.phrs.2009.08.008
【文献】Mol Cell Biol.,2001年11月,21(21),p. 7460-7469,doi: 10.1128/MCB.21.21.7460-7469.2001
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/EMBASE/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カカオポリフェノールを総ポリフェノール量(プルシアンブルー比色法)で少なくとも792mg/g(固形分換算)の含有量で含有する、脱脂カカオパウダーのアルコール抽出物を有効成分として含んでなる、心筋細胞肥大(高血圧を原因とする心筋細胞肥大を除く)の抑制用組成物。
【請求項2】
心筋細胞肥大の原因となる疾患または症状(高血圧を除く)を発症した対象または前記疾患または症状を発症する恐れがある対象に摂取させるか、または投与する、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
油脂加工組成物の形態である、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
心筋細胞肥大の抑制により治療、予防または改善しうる疾患または症状の治療、予防または改善に用いるための、請求項1~3のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
前記疾患または症状が、心筋細胞肥大に起因する心疾患である、請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
カカオポリフェノールを総ポリフェノール量(プルシアンブルー比色法)で少なくとも792mg/g(固形分換算)の含有量で含有する、脱脂カカオパウダーのアルコール抽出物を有効成分として含んでなる、ERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質の活性化(高血圧を原因とする心筋細胞肥大を除く)の抑制用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心疾患治療用組成物に関し、詳細には、心筋細胞肥大に起因する心疾患治療用組成物に関する。本発明はまた、心筋細胞肥大の抑制用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
我が国において心疾患は長らく主な死因の第二位を占めており、克服すべき疾患の一つである。中でも心不全による死亡が最も多く、高齢化進み心疾患者増え続けている我が国では、新規心不全治療法の開発が望まれてきた。心不全は増加しつつある虚血性心疾患や高血圧性心疾患をはじめ、あらゆる心臓病(心疾患)の最終像である。このうち、虚血性心疾患は、冠動脈硬化症が主な原因とされ、高コレステロール血症、高血圧症等の危険因子を防止すること等を目的とする種々の薬物療法が開発されている。
【0003】
しかしながら、虚血性心疾患等で一度心筋細胞が脱落すると、心筋細胞はほとんど再生することがないため、残存心筋細胞に負荷がかかる。残存心筋細胞は肥大にて対応するが、これも限界のある代償機構で、最終的には心不全へと移行する。このように心筋細胞の肥大に起因する心不全に関しては、虚血性心疾患に比べて病態も複雑であり、強心剤、ACE阻害剤、アンジオテンシン受容体拮抗剤、血管拡張剤等が用いられるが、十分な効果は得られていないのが現状である。
【0004】
これまでにカカオポリフェノールの動脈硬化モデルマウスに対する効果(非特許文献1)や、高血圧モデルマウスに対する効果(非特許文献2)は報告されているが、心筋細胞肥大に対する効果はこれまで報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Natsume M et al., Subcell Biochem, 77:189-198(2014)
【文献】Quinones M et al., Food Funct. 11:649-653(2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、心筋細胞肥大の抑制に用いるための組成物と、心筋細胞肥大抑制剤を提供することを目的とする。本発明はまた、心筋細胞肥大に起因する心疾患の治療等に用いるための組成物と、心筋細胞肥大に起因する心疾患の治療剤等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは今般、心筋細胞肥大を誘導したラット初代培養心筋細胞にカカオポリフェノールが豊富なカカオ豆抽出物を添加したところ、心筋細胞肥大が有意に抑制されることを見出した。本発明者らはまた、心肥大反応遺伝子の転写や、心筋細胞肥大を誘導するキナーゼであるERK1/2のリン酸化が、カカオポリフェノールの添加により有意に抑制されることを見出した。本発明者らはさらに、心肥大誘導モデルマウスにおいて心重量の増加や、心筋細胞肥大に起因する心疾患に特徴的な左室壁厚の増加等がカカオポリフェノールの投与により抑制されること等を見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0008】
すなわち、本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]カカオポリフェノールを有効成分として含んでなる、心筋細胞肥大の抑制用組成物および心筋細胞肥大抑制剤。
[2]心筋細胞肥大の原因となる疾患または症状を発症した対象または前記疾患または症状を発症する恐れがある対象に摂取させるか、または投与する、上記[1]に記載の組成物および用剤。
[3]油脂加工組成物の形態である、上記[1]または[2]に記載の組成物および用剤。
[4]心筋細胞肥大の抑制により治療、予防または改善しうる疾患または症状の治療、予防または改善に用いるための、上記[1]~[3]のいずれかに記載の組成物および用剤。
[5]前記疾患または症状が、心筋細胞肥大に起因する心疾患である、上記[4]に記載の組成物および用剤。
[6]カカオポリフェノールを有効成分として含んでなる、ERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質の活性化抑制用組成物並びにERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質の活性化抑制剤。
【0009】
上記[1]および[6]に記載された組成物および抑制剤は、以下、それぞれ「本発明の組成物」、「本発明の用剤」といい、併せて「本発明の組成物および用剤」ということがある。
【0010】
本発明の組成物および用剤は、長年食品の原料として用いられてきたカカオに含まれるポリフェノールを利用するものであることから、心筋細胞肥大の抑制や心筋細胞肥大に起因する心疾患の治療等を期待して長期間にわたって服用しても副作用が少なく、安全性が高い点において有利である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、免疫染色後の各細胞の写真画像の細胞面積を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。一元配置分散分析(One-way ANOVA)、Dunnettの多重比較検定)。
【
図2】
図2は、フェニレフリン(PE)による心房性ナトリウム利尿因子(ANF)の遺伝子発現誘導と、CBPによる転写抑制を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。One-way ANOVA、Dunnettの多重比較検定)。
【
図3】
図3は、フェニレフリン(PE)による脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の遺伝子発現誘導と、CBPによる転写抑制を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。One-way ANOVA、Dunnettの多重比較検定)。
【
図4】
図4は、フェニレフリン(PE)によるERKシグナルの活性化とCBPによるERKシグナル活性化の抑制を示す電気泳動写真(ウエスタンブロット法)である。pERK1/2は、リン酸化されたERK1/2のバンドを示す。tERK1/2は、修飾および未修飾を合わせたERK1/2のバンドを示す。
【
図5】
図5は、フェニレフリン(PE)によるERK1シグナルの活性化と、CBPによるERK1シグナル活性化の抑制を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。One-way ANOVA、Dunnettの多重比較検定)。
【
図6】
図6は、フェニレフリン(PE)によるERK2シグナルの活性化と、CBPによるERK2シグナル活性化の抑制を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。One-way ANOVA、Dunnettの多重比較検定)。
【
図7】
図7は、横行大動脈縮窄術(以下、「TAC手術」という)による心重量の増加とCBPによる心重量の抑制を示すグラフである。sham:対照群、TAC:TAC手術群、TAC+High:高用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+Middle:中用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+Low:低用量CBPを投与したTAC手術群。
【
図8】
図8は、TAC手術による心重量/体重比の増加とCBPによる心重量/体重比の抑制を示すグラフである。sham:対照群、TAC:TAC手術群、TAC+High:高用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+Middle:中用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+Low:低用量CBPを投与したTAC手術群。
【
図9】
図9は、TAC手術による左室壁厚の増加とCBPによる左室壁厚の増加の抑制を示す心エコー写真である。sham:対照群、TAC:TAC手術群、TAC+Low:低用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+High:高用量CBPを投与したTAC手術群。
【
図10】
図10は、TAC手術による左室壁厚(LVPWd)の増加とCBPによる左室壁厚の増加の抑制を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。Dunnettの多重比較検定)。sham:対照群、TAC:TAC手術群、TAC+Low:低用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+High:高用量CBPを投与したTAC手術群。
【
図11】
図11は、TAC手術による心短縮率(FS)の低下とCBPによる心短縮率の低下の抑制を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。Dunnettの多重比較検定)。sham:対照群、TAC:TAC手術群、TAC+Low:低用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+High:高用量CBPを投与したTAC手術群。
【
図12】
図12は、TAC手術による左室駆出率(EF)の低下とCBPによる左室駆出率の低下の抑制を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。Dunnettの多重比較検定)。sham:対照群、TAC:TAC手術群、TAC+Low:低用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+High:高用量CBPを投与したTAC手術群。
【
図13】
図13は、TAC手術による心重量脛骨長比(HW/TL)の増加とCBPによる心重量脛骨長比の増加の抑制を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。Dunnettの多重比較検定)。sham:対照群、TAC:TAC手術群、TAC+Low:低用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+High:高用量CBPを投与したTAC手術群。
【
図14】
図14は、TAC手術による心筋細胞の肥大化とCBPによる心筋細胞肥大化の抑制を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。Dunnettの多重比較検定)。sham:対照群、TAC:TAC手術群、TAC+Low:低用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+High:高用量CBPを投与したTAC手術群。
【
図15】
図15は、フェニレフリン(PE)による心房性ナトリウム利尿因子(ANF)の遺伝子発現誘導と、CBPによる転写抑制を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。Dunnettの多重比較検定)。sham:対照群、TAC:TAC手術群、TAC+Low:低用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+High:高用量CBPを投与したTAC手術群。
【
図16】
図16は、フェニレフリン(PE)による脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の遺伝子発現誘導と、CBPによる転写抑制を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。Dunnettの多重比較検定)。sham:対照群、TAC:TAC手術群、TAC+Low:低用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+High:高用量CBPを投与したTAC手術群。
【
図17】
図17は、フェニレフリン(PE)によるERKシグナルの活性化とCBPによるERKシグナル活性化の抑制を示す電気泳動写真(ウエスタンブロット法)である。pERK1/2は、リン酸化されたERK1/2のバンドを示す。tERK1/2は、修飾および未修飾を合わせたERK1/2のバンドを示す。
【
図18】
図18は、フェニレフリン(PE)によるERK1シグナルの活性化と、CBPによるERK1シグナル活性化の抑制を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。Dunnettの多重比較検定)。sham:対照群、TAC:TAC手術群、TAC+Low:低用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+High:高用量CBPを投与したTAC手術群。
【
図19】
図19は、フェニレフリン(PE)によるERK2シグナルの活性化と、CBPによるERK2シグナル活性化の抑制を示すグラフである(平均±標準偏差で表記した。Dunnettの多重比較検定)。sham:対照群、TAC:TAC手術群、TAC+Low:低用量CBPを投与したTAC手術群、TAC+High:高用量CBPを投与したTAC手術群。
【発明の具体的説明】
【0012】
本発明において「カカオポリフェノール」は、カカオに含まれるポリフェノールを意味する。従って、典型的には、カカオの植物体またはその加工品から抽出(粗抽出を含む)あるいは精製(粗精製を含む)したカカオのポリフェノールを、本発明の有効成分として使用することができるが、化学合成法によって調製したポリフェノールをカカオポリフェノールの一部または全部として使用してもよい。ここで、カカオポリフェノールとしては、例えば、カテキン等の単量体や、カテキン等が重合してなるプロシアニジン、タンニン等のオリゴマー(二量体以上)が挙げられる。
【0013】
本発明において、カカオポリフェノールの原料となりうるカカオの植物体またはその加工品としては、カカオ樹皮、カカオ葉、カカオ豆、カカオシェル、カカオマス、脱脂カカオマス、ココアパウダー等、植物体の各種部位またはカカオ豆加工品を挙げることができる。カカオマスは、カカオ豆を磨砕したものであり、脱脂カカオマスは、カカオマスから油脂を除去することにより得ることができる。油脂の除去方法は特に制限されず、圧搾等の公知の方法に従って行うことができる。脱脂カカオマスを粉砕すればココアパウダーとなる。また、カカオの植物体またはその加工品を原料として抽出を行う場合は、抽出効率の観点から、磨砕、粉砕等の微粒化処理が施されているカカオマスやココアパウダーを用いるのが好ましい。なお、カカオの植物体には、意図してないしは意図せずに、カカオの植物体以外の物も含めることができる。また、カカオの植物体またはその加工品を原料として抽出を行う際にも、意図してないしは意図せずに、カカオの植物体以外の物も含めることができる。さらに、カカオマスまたはココアパウダーにも、意図してないしは意図せずに、カカオの植物体以外の物も含めることができる。
【0014】
カカオの植物体またはその加工品を原料とする抽出方法は公知であり、例えば、特開2009-183229号公報や特開2011-93807号公報の記載に従ってカカオポリフェノール含有組成物を調製することができる。抽出溶媒は、特に限定されるものではないが、水またはエタノール等のアルコールを用いることが好ましい。また、カカオの植物体またはその加工品を原料とする精製方法は、合成吸着剤、イオン交換樹脂、限外ろ過、活性白土処理等の公知の方法を使用することができ、特に限定されるものではない。
【0015】
本発明においてポリフェノール総質量は、プルシアンブルー法により測定することができる。例えば、Martin L. Price and Larry G. Butler, J. Agric Food Chem., Vol. 25, No.6, 1268-1273,1977に記載の方法に従い、市販のエピカテキンを標準物質として算出することができる。また、カカオポリフェノールの各成分の含量は市販のエピカテキンを標準物質として用いて、高速液体クロマトグラフィ法(HPLC法)により測定することができる。
【0016】
カカオポリフェノールを効率よく投与ないし摂取させるためには、カカオポリフェノールが濃縮された組成物を本発明に用いることが好ましく、この場合には、公知の方法(例えば、特開2009-183229号公報に記載の方法)に従って得られたカカオポリフェノール濃縮組成物を本発明に使用することができる。
【0017】
カカオポリフェノールは、カカオの植物体を原料にして調製することができるため、本発明の組成物および用剤には、カカオポリフェノール以外のカカオ豆由来の成分が含まれていてもよい。そのような成分としては、テオブロミン、カフェイン、タンパク質、ペプチド、アミノ酸、糖類、炭水化物、脂質、食物繊維、ミネラル類等が挙げられる。但し、テオブロミンは頭痛等の生理的作用があり、カフェインは不眠、吐き気、頭痛(常用時)等の生理的作用があることが知られている。また、後記実施例に示される通り、テオブロミンやカフェインを実質的に含有していないカカオポリフェノールにより心筋細胞肥大抑制効果等が発揮されることが示されている。従って、本発明の組成物および用剤は、テオブロミンおよびカフェインのいずれかまたは両方を実質的に含まないものとすることができる。このような組成物および用剤ではテオブロミンおよびカフェインの含有量は定量下限以下とすることができ、好ましくは検出限界以下とすることができる。テオブロミンおよびカフェインのいずれかまたは両方を実質的に含まない本発明の組成物および用剤は、頭痛や吐き気等の作用を回避しつつ、心筋細胞肥大を抑制等することが出来る点で有利である。
【0018】
後記実施例に示されるように、カカオポリフェノールは心筋細胞肥大抑制作用を有する。従って、カカオポリフェノールは心筋細胞肥大抑制のために用いることができる。本発明において、「心筋細胞肥大抑制」の程度は、フェニレフリン(PE)によって誘導された心筋細胞の面積を指標にして評価することができる(例1参照)。具体的には、被験試料の存在下または非存在下でフェニレフリンにより心筋細胞の肥大化を誘導し、被験試料存在下での心筋細胞の面積が被験試料非存在下での心筋細胞の面積よりも有意差(有意水準5%)をもって減少した場合に、被験試料が心筋細胞の肥大化を抑制したと判定することができる。本発明においてはまた、「心筋細胞肥大抑制」の程度は、心房性ナトリウム利尿因子(ANF)および脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)等の心肥大反応遺伝子(心肥大マーカー)の遺伝子発現量を指標にして評価することができる(例2参照)。具体的には、被験試料の存在下または非存在下でフェニレフリンにより心筋細胞の肥大化を誘導し、被験試料存在下での心肥大反応遺伝子の発現量が被験試料非存在下での心肥大反応遺伝子の発現量よりも有意差(有意水準5%)をもって減少した場合に、被験試料が心筋細胞の肥大化を抑制したと判定することができる。本発明においてはまた、「心筋細胞肥大抑制」の程度は、圧負荷誘導心肥大モデルマウスから摘出した心臓の心筋細胞径を指標にして評価することができる(例5参照)。具体的には、圧負荷誘導心肥大モデルマウスに被験試料を投与した群と、該マウスに被験試料を投与しない群から心臓を摘出し、それぞれについて心筋細胞径を測定し、被験試料投与群の心筋細胞径が被験試料非投与群の心筋細胞径よりも有意差(有意水準5%)をもって減少した場合に、被験試料が心筋細胞の肥大化を抑制したと判定することができる。
【0019】
前述の通り、カカオポリフェノールは心筋細胞肥大抑制作用を有するが、心不全および心筋炎の発症および進展には心筋細胞肥大が重要な役割を果していることが知られている(Heineke J & Molkentin JD, Nat Rev Mol Cell Biol. 7:589-600(2006)およびMarian AJ & Braunwald E, Circ. Res. 121:749-770(2017))。また、後記実施例に示されるように、カカオポリフェノールは、心肥大とそれによる心不全が誘導された圧負荷誘導モデルマウスにおいて実際に心重量の増加を抑制し、心肥大反応遺伝子の発現を抑制するとともに、心筋細胞肥大に起因する心疾患に特徴的な左室壁厚の増加、心短縮率の低下および左室駆出率の低下を抑制した。従って、カカオポリフェノールは、心筋細胞肥大の抑制により治療、予防または改善しうる疾患または症状の治療、予防または改善のために用いることができる。ここで、心筋細胞肥大の抑制により治療、予防または改善しうる疾患または症状としては、心筋細胞肥大に起因する心疾患が挙げられ、例えば、心筋細胞肥大に起因する心不全や、心筋細胞肥大に起因する心筋炎が挙げられる。なお、本発明において「心筋細胞肥大に起因する心疾患」は、動脈硬化等の心臓血管疾患とは区別されるものである。
【0020】
また、虚血性心疾患、高血圧、弁膜症等は心筋細胞の肥大の原因となることが知られている(Hill JA and Olson EN, N Engl J Med. 358:1370-80(2008))。従って、本発明の組成物および用剤は、心筋細胞肥大の原因となる疾患または症状(例えば、虚血性心疾患、高血圧、弁膜症)を発症した対象または前記疾患または症状を発症する恐れがある対象に摂取させるか、または投与することで、心筋細胞の肥大化の抑制効果をよりよく発揮させることができる。
【0021】
さらに、後記実施例に示されるように、カカオポリフェノールは、細胞外シグナル調節キナーゼであるERK1タンパク質およびERK2タンパク質のリン酸化を抑制し、その活性化を抑制することができる。従って、本発明によれば、カカオポリフェノールを有効成分として含んでなる、ERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質の活性化抑制用組成物並びにERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質の活性化抑制剤が提供される。本発明においては、「ERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質の活性化抑制」の程度は、ERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質のリン酸化の程度を指標にして評価することができる(例3および5参照)。具体的には、被験試料の存在下または非存在下でフェニレフリンにより心筋細胞を刺激し、被験試料存在下でのERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質のリン酸化量あるいは全ERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質に対するリン酸化タンパク質の比率が、被験試料非存在下でのリン酸化量あるいは全ERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質に対するリン酸化タンパク質の比率よりも有意差(有意水準5%)をもって減少した場合に、被験試料がERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質のリン酸化を抑制したと判定することができる。あるいは、圧負荷誘導心肥大モデルマウスに被験試料を投与した群と、該マウスに被験試料を投与しない群から心臓を摘出し、それぞれについてERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質のリン酸化量を測定し、被験試料投与群のERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質のリン酸化量あるいは全ERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質に対するリン酸化タンパク質の比率が、被験試料非投与群のリン酸化量あるいは全ERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質に対するリン酸化タンパク質の比率よりも有意差(有意水準5%)をもって減少した場合に、被験試料がERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質のリン酸化を抑制したと判定することができる。なお、ERK1タンパク質およびERK2タンパク質はリン酸化修飾を受けることにより活性化して心筋細胞肥大を誘導することが知られており(Liang Q et al., Mol. Cell. Biol. 21:7460-7469(2001))、上記組成物および用剤は心筋細胞肥大の要因であるERK1タンパク質およびERK2タンパク質の活性化を抑制できる点で有利である。
【0022】
本発明の組成物および用剤は、カカオポリフェノール単独で使用することができ、あるいは、他の成分と混合して使用することもできる。本発明の組成物および用剤におけるカカオポリフェノールの配合量は、その目的、用途、形態、剤型、症状、体重等に応じて任意に定めることができ、本発明はこれに限定されないがその含量としては、全体量に対して、0.1~90%(w/w)の含量で配合することができ、さらに好ましくは0.1~50%(w/w)の含量で配合することができる。本発明においては、本発明の用剤をカカオポリフェノールからなるものとし、本発明の組成物をカカオポリフェノールと他の成分とを含んでなるものとすることができる。
【0023】
本発明の組成物および用剤は、医薬品(例えば、医薬組成物)、医薬部外品、飲食品、飼料等の形態で提供することができ、後記の記載に従い、実施することができる。
【0024】
本発明の有効成分であるカカオポリフェノールは、ヒトおよび非ヒト動物に経口投与することができる。経口剤としては、顆粒剤、散剤、錠剤(糖衣錠を含む)、丸剤、カプセル剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤が挙げられる。これらの製剤は、当分野で通常行われている手法により、薬学上許容される担体を用いて製剤化することができる。薬学上許容される担体としては、賦形剤、結合剤、希釈剤、添加剤、香料、緩衝剤、増粘剤、着色剤、安定剤、乳化剤、分散剤、懸濁化剤、防腐剤等が挙げられる。
【0025】
本発明の有効成分であるカカオポリフェノールは、本発明の組成物および用剤の形状に応じて、経口投与以外の投与経路(例えば、経管投与、経鼻管投与、点滴、座薬等)でヒトおよび非ヒト動物に投与することができる。例えば、本発明の組成物および用剤を、カカオポリフェノールを含む粘性を有する液状の組成物、あるいは、カカオポリフェノールを含む半固形状の組成物とすることで、咀嚼や嚥下の機能が低下し、経口摂取ないしは経口投与ができないヒトおよび非ヒト動物に対しても投与することができる。本発明の組成物および用剤を経口以外の経路で摂取させるか、或いは投与することにより、咀嚼や嚥下の機能が加齢等により低下したとしても、これらのヒトおよび非ヒト動物に対する治療、予防および改善効果が期待できる。
【0026】
本発明の有効成分であるカカオポリフェノールは、ヒトおよび非ヒト動物に経口摂取させることができる。カカオポリフェノールを経口摂取させる場合には、これらは単離、精製または粗精製された形態のものであっても、これらを含む食品あるいは食品の原料の形態であってもよい。また、カカオポリフェノールは、ヒトおよび非ヒト動物に経口摂取させるにあたり、常温の状態、温かい状態、冷たい状態等から任意に選択することができる。例えば、ココア飲料のような、カカオポリフェノールを含む粘性を有する液状の組成物、あるいは、チョコレートのような、カカオポリフェノールを含む半固形状の組成物とすることで、咀嚼や嚥下の機能が低下し、経口摂取ないしは経口投与ができないヒトおよび非ヒト動物に対しても摂取させることができる。
【0027】
本発明の有効成分であるカカオポリフェノールを食品として提供する場合には、カカオポリフェノールをそのまま食品に含有させることができ、該食品はカカオポリフェノールを有効量含有した食品である。ここで、カカオポリフェノールを「有効量含有した」とは、個々の食品において通常喫食される量を摂取した場合に後述するような範囲でカカオポリフェノールが摂取されるような含有量をいう。また「食品」とは、健康食品、機能性食品、保健機能食品(例えば、特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品)、特別用途食品(例えば、幼児用食品、妊産婦用食品、病者用食品)を含む意味で用いられる。「食品」の形態は特に限定されるものではなく、例えば、飲料の形態であっても、半液体やゲル状の形態であっても、固形状の形態であってもよい。例えば、ココア飲料のような、カカオポリフェノールを含む粘性を有する液状の組成物、あるいは、チョコレートのような、カカオポリフェノールを含む半固形状の組成物とすることで、咀嚼や嚥下の機能が低下し、経口摂取ないしは経口投与ができないヒトおよび非ヒト動物に対しても摂取させることができる。
【0028】
本発明の有効成分であるカカオポリフェノールは、心筋細胞肥大抑制効果や心肥大抑制効果を有するため、日常摂取する食品や、サプリメントとして摂取する食品に含有させて提供することができる。本発明で提供される食品としては、その形態や形状に特に制限はないが、好ましくは、カカオ豆を主原料とする食品が挙げられ、より好ましくは、油脂加工組成物であり、より一層好ましくはチョコレートおよびココア等の油脂加工食品である。例えば、ココア飲料のような、カカオポリフェノールを含む粘性を有する液状の組成物、或いは、チョコレートのような、カカオポリフェノールを含む半固形状の組成物とすることで、咀嚼や嚥下の機能が低下し、経口摂取ないしは経口投与ができないヒトおよび非ヒト動物に対しても摂取させることができる。
【0029】
前記の通り、カカオポリフェノールを効率よく摂取させるためにはカカオポリフェノールが濃縮された組成物を本発明に使用することができる。従って、カカオ豆を主原料とする食品およびサプリメントは、例えば、カカオポリフェノールを高濃度で含むものであることが好ましく、より好ましくはカカオポリフェノールを高濃度で含む油脂加工組成物であり、より一層好ましくはカカオポリフェノールを高濃度で含むチョコレートおよびココアである。
【0030】
ここで、食品およびサプリメント中のカカオポリフェノールの含有量はカカオポリフェノールの摂取が可能である限り特に限定されるものではないが、カカオポリフェノールの効率的な摂取の観点から、油脂加工組成物中の含有量は組成物の固形分当たり、例えば、1~10質量%とすることができ、好ましくは1.2~8質量%、より好ましくは1.4~7質量%、より一層好ましくは1.6~6質量%、さらに好ましくは1.8~5質量%、特に好ましくは2~4.5質量%である。
【0031】
本発明で提供される食品としては、チョコレートやココアのようにカカオ豆を主原料とする食品はもちろんのこと、有効成分であるカカオポリフェノールを含有させることができる食品であれば特に限定されない。例えば、パン類、ビスケット類、麺類、クラッカー、栄養補給バー等の澱粉系食品;キャンディー類、ガム類、グミ、スナック等の各種菓子類;牛乳、加工乳、アイスクリーム類、発酵乳(ヨーグルト等)、乳飲料、チーズ類、バター類、クリーム類等の乳および乳製品;プリン、ゼリー、ババロア、ムース等のデザート類;非アルコール飲料、アルコール飲料等の飲料類;ハム、ソーセージ等の畜肉加工品;カマボコ、竹輪、魚肉ソーセージ等の魚肉加工品;ジャム、ピューレ等の果実加工品;ルウ、ソース等の調味料類等が挙げられる。カカオポリフェノールは、各食品の特性、目
的に応じ、適当な製造工程の段階で適宜配合することができる。
【0032】
本発明の医薬品および食品は、食品として古くから重用されていたカカオ豆に含まれるポリフェノールを利用することから、それを必要とする哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、サル等)に対し安全に用いることができる。カカオポリフェノールの投与量または摂取量は、受容者の性別、年齢および体重、症状、投与時間、剤形、投与経路並びに組み合わせる薬剤等に依存して決定できる。
【0033】
例えば、カカオポリフェノールを医薬として経口投与する場合、成人1日当たり、好ましくは、10~2000mg、より好ましくは50~1800mg、より一層好ましくは100~1500mg、さらに好ましくは125~1400mg、特に好ましくは200~1200mg、さらに特に好ましくは220~1100mg、最も好ましくは500~1000mgの範囲となるように、投与することができる。
【0034】
また、カカオポリフェノールを食品として摂取させる場合には、成人1日当たり、好ましくは、10~2000mg、より好ましくは50~1800mg、より一層好ましくは100~1500mg、さらに好ましくは125~1400mg、特に好ましくは200~1200mg、さらに特に好ましくは220~1100mg、最も好ましくは500~1000mgの範囲となるように、摂取させることができる。
【0035】
本発明の組成物および用剤は、他の経口摂取できる組成物や用剤と併用することに、制限はない。例えば、心筋細胞肥大抑制や、心筋細胞肥大に起因する心疾患の予防、治療および改善が期待できる素材や組成物と併用することで、心筋細胞肥大抑制効果や、心筋細胞肥大に起因する心疾患の予防、治療および改善効果をさらに高めることができる。
【0036】
本発明の組成物および用剤は、心筋細胞肥大抑制に有効な1日分または2日分の摂取量のカカオポリフェノールを含んでなる組成物で提供することができる。この場合、本発明の組成物および用剤は、1日分または2日分の有効摂取量を摂取できるように包装されていてもよく、1日分または2日分の有効摂取量が摂取できる限り、包装形態は一包装であっても、複数包装であってもよい。包装形態で提供する場合、1日分または2日分の有効摂取量が摂取できるように摂取量に関する記載が包装になされているか、または当該記載がなされた文書を一緒に提供することが望ましい。また、1日分または2日分の有効摂取量を複数包装で提供する場合には、摂取の便宜上、1日分または2日分の有効摂取量の複数包装をセットで提供することもできる。
【0037】
このとき、1日分の摂取量のカカオポリフェノールを含んでなる組成物は1日に1回摂取することが好ましく、2日分の摂取量のカカオポリフェノールを含んでなる組成物は2日に1回摂取することが好ましい。
【0038】
本発明の組成物および用剤を提供するための包装形態は一定量を規定する形態であれば特に限定されず、例えば、包装紙、袋、ソフトバック、紙容器、缶、ボトル、カプセル等の収容可能な容器等が挙げられる。
【0039】
本発明の組成物および用剤はその効果をよりよく発揮させるために、投与および摂取期間は、好ましくは6週間以上の継続的な投与または摂取であり、より好ましくは6~18週間の継続的な投与または摂取であり、特に好ましくは9~15週間の継続的な投与または摂取である。ここで、「継続的に」とは、毎日投与あるいは2日に1回の投与を続けることを意味する。本発明の組成物および用剤を包装形態で提供する場合には、継続的摂取のために一定期間(例えば、1週間)の有効摂取量をセットで提供してもよい。
【0040】
本発明の別の面によれば、有効量のカカオポリフェノールをヒトまたは非ヒト動物に摂取させるか、或いは投与することを含んでなる、心筋細胞肥大抑制方法が提供される。本発明の別の面によればまた、有効量のカカオポリフェノールをヒトまたは非ヒト動物に摂取させるか、或いは投与することを含んでなる、ERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質の活性化抑制方法が提供される。本発明の方法は、本発明の組成物および用剤に関する記載に従って実施することができる。
【0041】
本発明のさらに別の面によれば、有効量のカカオポリフェノールをヒトまたは非ヒト動物に摂取させるか、或いは投与することを含んでなる、心筋細胞肥大の抑制により治療、予防または改善しうる疾患または症状の治療、予防または改善方法が提供される。本発明の治療、予防または改善方法は、本発明の組成物および用剤に関する記載に従って実施することができる。
【0042】
本発明のさらにまた別の面によれば、心筋細胞肥大抑制剤の製造のためのカカオポリフェノールの使用と、心筋細胞肥大抑制剤としてのカカオポリフェノールの使用が提供される。本発明によればまた、ERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質の活性化抑制剤の製造のためのカカオポリフェノールの使用と、ERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質の活性化抑制剤としてのカカオポリフェノールの使用が提供される。本発明によればまた、心筋細胞肥大の抑制により治療、予防または改善しうる疾患または症状の治療剤、予防剤または改善剤の製造のための、カカオポリフェノールの使用と、心筋細胞肥大の抑制により治療、予防または改善しうる疾患または症状の治療剤、予防剤または改善剤としての、カカオポリフェノールの使用が提供される。本発明の使用は、本発明の組成物および用剤に関する記載に従って実施することができる。
【0043】
本発明のさらにまた別の面によれば、心筋細胞肥大抑制に用いるためのカカオポリフェノールと、ERK1タンパク質および/またはERK2タンパク質の活性化抑制に用いるためのカカオポリフェノールと、心筋細胞肥大の抑制により治療、予防または改善しうる疾患または症状の治療、予防または改善に用いるためのカカオポリフェノールが提供される。上記のカカオポリフェノールは、本発明の組成物および用剤に関する記載に従って実施することができる。
【0044】
本発明の方法および使用は、ヒトを含む哺乳動物における使用であってもよく、治療的使用と非治療的使用のいずれもが意図される。本明細書において、「非治療的」とはヒトを手術、治療または診断する行為(すなわち、ヒトに対する医療行為)を含まないことを意味し、具体的には、医師または医師の指示を受けた者がヒトに対して手術、治療または診断を行う方法を含まないことを意味する。
【実施例】
【0045】
以下の例に基づき本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0046】
例1:カカオ豆抽出物による心筋細胞肥大抑制効果(1)
(1)カカオ豆抽出物の調製
まず、150kgのカカオ豆を80℃、1時間加熱した。次いで、エクスペラーを用いて、この加熱したカカオ豆を脱脂し、80kgのカカオパウダーを得た。この脱脂したカカオパウダーに800kgのエタノール(50%)を加えてから加熱した。そして、これを50℃に達温させた後に、1時間の攪拌抽出を行った後、この抽出液を4℃で一晩放置した。スクリューデカンタ、フィルタープレスを用いて、この抽出液を濾過し、この濾液を27kgに減圧濃縮してから、13kgのエタノール(95%)を加えた。そして、この濃縮液を40℃、1時間攪拌してから、一晩、冷蔵保存した。シャープレス遠心機を用いて、この濃縮液を遠心分離(25℃、12000rpm)した。そして、この遠心分離の上清液に35kgの酸性白土(ミズカエース#20、水澤化学工業社製)を加えてから1時間攪拌した。ヌッチェを用いて、これを濾過し、この濾過液を減圧濃縮してから凍結乾燥して、6.3kgの粉末を得た。そして、0.5kgのこの粉末に、25Lの陰イオン交換樹脂、50Lの水を投入し、30分間以上攪拌した。この樹脂を回収してから、75Lのエタノール(80%)を投入し、20~30分間攪拌した。ヌッチェを用いて、これを濾過し、この濾過液を減圧濃縮してから凍結乾燥して、カカオポリフェノールが豊富なカカオ豆抽出物(以下、「CBP」(Cacao Bean Polyphenol Extract)ということがある)を得た。
【0047】
乾固したCBPを、100μLのメタノール水溶液(50質量%)で、再溶解させて、分析サンプルとした。分析サンプルのポリフェノール含有量およびプロシアニジン重合体含有量を分析した。具体的には、総ポリフェノールはプルシアンブルー比色法に従って、プロシアニジン類は逆相HPLC法に従って、プロシアニジン重合体はKelmらの方法に準拠した順相HPLC法(Kelm, M.A. et al. J. Agric Food Chem 2006, 54(5); p.1571-1576 参照)に従って、テオブロミンはHPLC法に従って行った。各測定値はエピカテキン当量とした。
【0048】
結果を表1と表2に示す。なお、カフェインおよびテオブロミンは検出限界以下であった。
【0049】
【0050】
【0051】
(2)カカオ豆抽出物による心筋細胞肥大抑制効果の評価
2-1:試験方法
新生児ラット(SDラット、哺乳1日齢、日本エスエルシー社より入手)の心臓由来心筋細胞を初代培養した。ラット初代培養心筋細胞に、上記(1)で調製したCBPを、総ポリフェノール濃度(エピカテキン当量換算)で3μM、10μM、30μMとなるように添加し、2時間処理した。次いで、アドレナリンα1受容体刺激薬であり心筋細胞肥大を誘導するフェニレフリン(PE、和光純薬工業社製)を終濃度30μMとなるように添加し、48時間処理することにより心筋細胞肥大を誘導した(実験区)。対照区には、CBPおよび/またはPEを添加せずに、実験区と同様に処理した。心筋細胞肥大誘導刺激完了後、細胞を固定し、透過性処理し、抗βミオシン重鎖(β-MHC)抗体を用いて免疫染色を行った。染色後の細胞を顕微鏡下で写真撮影し、画像解析ソフトImageJ(米国国立衛生研究所から入手、参考URL:https://imagej.nih.gov/ij/)を用いて細胞面積を測定した。
【0052】
【0053】
図1の結果から、フェニレフリン(PE)によって誘導された心筋細胞肥大は、30μMのCBPにより有意に抑制されることが確認された。なお、フェニレフリン(PE)非存在下において30μMのCBPで処理した心筋細胞の細胞面積は、フェニレフリン(PE)非存在下かつCBP非存在下の心筋細胞の細胞面積と変化がないことから、CBPは心筋細胞障害作用や心筋細胞肥大誘導作用を有さないことが示唆された。
【0054】
例2:カカオ豆抽出物による心筋細胞肥大抑制効果(2)
例2では、カカオ豆抽出物による心肥大反応遺伝子の転写抑制効果を評価した。
【0055】
1-1:試験方法
心筋細胞肥大の誘導は、例1(2)の2-1:試験方法に記載の手順と同様にして行った。心筋細胞肥大誘導刺激完了後、グアニジンチオシアナート(GTC)を含む市販試薬を用いてラット初代培養心筋細胞からRNAを抽出し、逆転写した後、心肥大反応遺伝子である心房性ナトリウム利尿因子(ANF)および脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の遺伝子発現量を定量的逆転写PCR法により定量した。具体的には、Suzuki H, et al., Biochim. Biophys. Acta. 1862:1544-1557(2016)に記載された手順に従って、内部標準遺伝子として18S リボソームRNAを用いて、18S リボソームRNAの発現量に対する心房性ナトリウム利尿因子(ANF)および脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の遺伝子の相対的発現量を求めた。
【0056】
【0057】
図2と
図3の結果から、フェニレフリン(PE)によって誘導された心肥大反応遺伝子である心房性ナトリウム利尿因子(ANF)および脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の遺伝子発現は、30μMのCBPにより有意に抑制されることが示された。
【0058】
例3:カカオ豆抽出物による心筋細胞肥大抑制効果(3)
例3では、カカオ豆抽出物による細胞外シグナル調節キナーゼ(ERK)活性化の抑制効果を評価した。
【0059】
1-1:試験方法
新生児ラット(SDラット、哺乳1日齢、日本エスエルシー社より入手)の心臓由来心筋細胞を初代培養した。ラット初代培養心筋細胞に、例1(1)で調製したCBPを、総ポリフェノール濃度(エピカテキン当量換算)で10μM、30μMとなるように添加し、2時間静置処理した。次いで、フェニレフリン(PE)を終濃度30μMとなるように添加し、10分間静置処理することにより心筋細胞を刺激した(実験区)。対照区には、CBPおよび/またはPEを添加せずに、実験区と同様に処理した。次いで、心筋細胞を細胞溶解バッファーで溶解し、心筋細胞の全タンパク質を回収して変性処理し、SDS-PAGEにより分離した。次いで、抗リン酸化ERK1/2抗体および抗ERK1/2抗体(Cell Signaling Technology社製)を用いてウエスタンブロット法を行いERK1/2の活性化を化学発光法により検出した。検出したバンドの定量化は、画像撮影をC-Digit Blot scanner(Li-COR社製)により行い、画像の取得および定量化をImage Studio Digits Ver.5.2(Li-COR社製)により行うことによって実施し、ERK1タンパク質(tERK1)に対するリン酸化ERK1タンパク質(pERK1)の比率およびERK2タンパク質(tERK2)に対するリン酸化ERK2タンパク質(pERK2)の比率を求めた。
【0060】
【0061】
図4~6の結果から、フェニレフリン(PE)によって活性化されたERK1/2は、30μMのCBPにより活性化が有意に抑制されることが確認された。
【0062】
例4:カカオ豆抽出物による心筋細胞肥大抑制効果(4)
例4では、圧負荷誘導心肥大モデルマウスを用いたカカオ豆抽出物による心肥大抑制効果を評価した。
【0063】
1-1:試験方法
7週齢雄性C57BL/6Jマウス(日本エスエルシー社より入手)17匹に横行大動脈縮窄術(TAC手術)を実施し、後負荷をかけることにより圧負荷誘導心肥大モデルマウスを作製した。対照群として、7週齢雄性C57BL/6Jマウス3匹に大動脈を縛らない開胸術(Sham手術)を実施した。TAC手術を実施したマウスを手術翌日にランダムに4群(CBP非投与群(5匹)、高用量CBP投与群(4匹)、中用量CBP投与群(4匹)、低用量CBP投与群(4匹))に分けた。例1(1)で調製したCBPを滅菌水に溶解し、高用量CBP投与群には1200mg/体重kg/日(固形分換算)を、中用量CBP投与群には300mg/体重kg/日(固形分換算)を、低用量CBP投与群には50mg/体重kg/日(固形分換算)を、それぞれ1日2回(朝晩)、2週間連続で、ゾンデおよびシリンジを用いて強制経口投与(3.3mL/体重kg)した。手術前、手術から1週間後および2週間後に体重を測定した。手術から2週間後に麻酔下で心臓を摘出して臓器重量を測定し、心重量/体重比を算出した。
【0064】
1-2:試験結果
試験結果を
図7および
図8に示す。
【0065】
図7および
図8の結果から、圧負荷(TAC手術)により有意に増加した心重量および心重量/体重比は、高用量CBP投与により抑制される傾向があることが確認された。
【0066】
例5:カカオ豆抽出物による心筋細胞肥大抑制効果(5)
例5では、圧負荷誘導心肥大モデルマウスを用いたカカオ豆抽出物による心肥大抑制効果を評価した。
【0067】
1-1:試験方法
8~10週齢雄性C57BL/6Jマウス(日本クレア社より入手)17匹に横行大動脈縮窄術(TAC手術)を実施し、後負荷をかけることにより圧負荷誘導心肥大モデルマウスを作製した。対照群として、雄性C57BL/6Jマウス15匹に大動脈を縛らない開胸術(Sham手術)を実施した。TAC手術を実施したマウスを手術翌日にランダムに3群(CBP非投与群(10匹)、低用量CBP投与群(12匹)、高用量CBP投与群(10匹))に分けた。例1(1)で調製したCBPを滅菌水に溶解し、高用量CBP投与群には1200mg/体重kg/日(固形分換算)を、低用量CBP投与群には600mg/体重kg/日(固形分換算)を、それぞれ1日1回(朝)、8週間連続で、ゾンデおよびシリンジを用いて強制経口投与(6.6mL/体重kg)した。投与は手術翌日より開始した。手術前および毎週1回体重を測定した。手術から8週間後の各群の体重の平均値に有意差はなく、高用量CBP投与がマウスの正常な発育に影響を与えないことが確認された。手術から8週間後に麻酔下で心エコーを実施し、左室壁厚を測定した。具体的には、HP SONOS 5500イメージングシステム(Philips)を用いてMモード法、10~12MHzにて測定を実施した。また、心機能の指標である心短縮率(Fractional shortening;FS)と左室駆出率(Ejection fraction;EF)を、HP SONOS 5500イメージングシステム(Philips社製)を用いて10-12 MHz、Mモード法で行った。その後、麻酔下で心臓を摘出して臓器重量を測定し、心重量/脛骨長比を算出した。
【0068】
次いで、摘出した心臓をパラフィンで包埋後、切片を作成し、HE染色を行った。染色後、顕微鏡下で写真を撮影し、画像解析ソフトImageJ(前掲)を用いて心筋細胞径の測定を行った。また、摘出した心臓からRNAを抽出後、逆転写し、心肥大反応遺伝子である心房性ナトリウム利尿因子(ANF)および脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の遺伝子発現量を定量的逆転写PCR法により測定した。具体的には、Suzuki H, et al., Biochim. Biophys. Acta. 1862:1544-1557(2016)に記載された手順に従って、内部標準遺伝子として18S リボソームRNAを用いて、18S リボソームRNAの発現量に対する心房性ナトリウム利尿因子(ANF)および脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の遺伝子の相対的発現量を求めた。摘出した心臓を溶解液(Lysis buffer)(50mM Tris-HCl pH8.0、150mM NaCl、2mM EDTA、1% NP-40、0.5%デオキシコール酸ナトリウム)で溶解し、変性処理後SDS-PAGEを行い分離した。さらにウエスタンブロット法によりERK1/2のリン酸化体および全ERK1/2を化学発光法にて検出した。検出したバンドの定量化は、画像撮影をC-Digit Blot scanner(Li-COR社製)により行い、画像の取得および定量化をImage Studio Digits Ver.5.2(Li-COR社製)により行った。得られたシグナルの定量は、ERK1タンパク質に対するリン酸化ERK1タンパク質の比率およびERK2タンパク質に対するリン酸化ERK2タンパク質の比率を求めることで行った。
【0069】
【0070】
図9~12の結果から、圧負荷(TAC手術)により有意に亢進した壁厚は高用量CBP投与により有意に改善することが確認された。また圧負荷(TAC手術)により有意に低下した心機能も高用量CBP投与により有意に改善することが確認された。
図13の結果から、圧負荷(TAC手術)により亢進した心重量脛骨長比は高用量CBP投与により有意に改善することが確認された。
図14の結果から、圧負荷(TAC手術)により誘導された心筋細胞肥大はCBP投与により有意に抑制されることが確認された。
図15および16の結果から、圧負荷(TAC手術)により亢進した心肥大関連遺伝子の発現量はCBP投与により有意に抑制されることが確認された。
図17~19の結果から、CBP投与により心臓でのERK活性化が抑制されることが確認された。