(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-23
(45)【発行日】2025-01-31
(54)【発明の名称】酵素内包複合体とその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 11/14 20060101AFI20250124BHJP
C12N 9/02 20060101ALI20250124BHJP
C12N 9/00 20060101ALI20250124BHJP
C01B 37/00 20060101ALI20250124BHJP
【FI】
C12N11/14
C12N9/02
C12N9/00
C01B37/00
(21)【出願番号】P 2021023456
(22)【出願日】2021-02-17
【審査請求日】2023-11-15
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】相澤 崇史
(72)【発明者】
【氏名】松浦 俊一
【審査官】関根 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-099885(JP,A)
【文献】特開2018-033451(JP,A)
【文献】特開2010-041973(JP,A)
【文献】特開2018-087776(JP,A)
【文献】布を重ねてプレスするだけ! 熱・薬品をいっさい使わず不織布を簡単接着,産総研LINK,2018年,pp.8-11
【文献】相澤崇史,二酸化炭素接着法による樹脂多孔体の新規製造プロセスの開発,ケミカルエンジニヤリング,2017年,Vol.62, No.8,pp.600-604
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 11/
C12N 9/
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中央に孔が形成されている複数の繊維状樹脂シートの積層体と、中央にも繊維状樹脂が存在する複数の繊維状樹脂シートの積層体が重なり合って、中央に
前記孔による凹部が形成された第一樹脂部材と、
多孔体と、前記多孔体に担持された酵素とを備え、前記凹部に収容された酵素複合体と、
積層された複数の繊維状樹脂シートを備え、前記酵素複合体を覆う第二樹脂部材と、
を有し、
前記第一樹脂部材と前記第二樹脂部材が周辺部で接合されており、
前記第一樹脂部材および前記第二樹脂部材の網目が、
前記酵素より大きく、前記酵素複合体より小さい酵素内包複合体。
【請求項2】
請求項1において、
前記第二樹脂部材の中央に、前記凹部と対応する凸部が形成されている酵素内包複合体。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記多孔体がメソポーラスシリカである酵素内包複合体。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかにおいて、
前記多孔体の細孔直径が1nm~50nmであり、
前記多孔体の粒径が0.1μm~200μmである酵素内包複合体。
【請求項5】
多孔体と、前記多孔体に担持された酵素とを備える酵素複合体が、第一樹脂部材と第二樹脂部材の間に内包された酵素内包複合体の製造方法であって、
前記第一樹脂部材が、積層された複数の繊維状樹脂シートと、前記酵素より大きく前記酵素複合体より小さい網目を備えるとともに、中央に凹部が形成されており、
前記第二樹脂部材が、積層された複数の繊維状樹脂シートと、前記酵素より大きく前記酵素複合体より小さい網目を備えており、
前記凹部に
前記酵素複合体を配置する酵素複合体配置工程と、
前記第二樹脂部材で前記酵素複合体を覆い、前記第一樹脂部材と前記第二樹脂部材の周辺同士を接合して、前
記酵素内包複合体を得る酵素複合体内包工程と、
を有する酵素内包複合体の製造方法。
【請求項6】
多孔体と、前記多孔体に担持された酵素とを備える酵素複合体が、第一樹脂部材と第二樹脂部材の間に内包された酵素内包複合体の製造方法であって、
前記第一樹脂部材が、積層された複数の繊維状樹脂シートと、前記酵素より大きく前記多孔体より小さい網目を備えるとともに、中央に凹部が形成されており、
前記第二樹脂部材が、積層された複数の繊維状樹脂シートと、前記酵素より大きく前記多孔体より小さい網目を備えており、
前記凹部に
前記多孔体を配置する多孔体配置工程と、
前記第二樹脂部材で前記多孔体を覆い、前記第一樹脂部材と前記第二樹脂部材の周辺同士を接合して、前記第一樹脂部材と前記第二樹脂部材の間に前記多孔体を内包させる多孔体内包工程と、
前記多孔体内包工程の後、
前記酵素を含有する液体を前記多孔体に接触させて、前記多孔体に前記酵素を担持して
前記酵素内包複合体を得る酵素担持工程と、
を有する酵素内包複合体の製造方法。
【請求項7】
請求項5または6において、
前記酵素複合体配置工程または前記多孔体配置工程の前に、複数の繊維状樹脂シートを重ねて、液体状態または高密度の気体状態の二酸化炭素をこれら複数の繊維状樹脂に接触させ、これら複数の繊維状樹脂の表面を可塑化する第一可塑化過程と、表面が可塑化されたこれら複数の繊維状樹脂を押圧により変形させる第一変形過程と、これら複数の繊維状樹脂が変形した状態で前記二酸化炭素を除去し、これら複数の繊維状樹脂を固定して前記第一樹脂部材を得る第一固定過程とを備える第一樹脂部材作製工程をさらに有する酵素内包複合体の製造方法。
【請求項8】
請求項7において、
前記第一可塑化過程では、中央に孔が形成されている複数の繊維状樹脂シートの積層体と、中央にも繊維状樹脂が存在する複数の繊維状樹脂シートの積層体を重ねて、液体状態または高密度の気体状態の二酸化炭素を接触させる酵素内包複合体の製造方法。
【請求項9】
請求項5から8のいずれかにおいて、
前記酵素複合体内包工程または前記多孔体内包工程の前に、複数の繊維状樹脂シートを重ねて、液体状態または高密度の気体状態の二酸化炭素をこれら複数の繊維状樹脂に接触させ、これら複数の繊維状樹脂の表面を可塑化する第二可塑化過程と、表面が可塑化されたこれら複数の繊維状樹脂を押圧により変形させる第二変形過程と、これら複数の繊維状樹脂が変形した状態で前記二酸化炭素を除去し、これら複数の繊維状樹脂を固定して前記第二樹脂部材を得る第二固定過程とを備える第二樹脂部材作製工程をさらに有する酵素内包複合体の製造方法。
【請求項10】
請求項9において、
前記第二変形過程では、中央に凸部が形成されるように前記複数の繊維状樹脂を押圧により変形させる酵素内包複合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、繊維状樹脂に酵素を内包した酵素内包複合体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵素を担持した繊維状樹脂の表面がかみ合うよう変形および固定して、酵素を内包する繊維状樹脂を製造する方法が知られている(特許文献1)。しかしながら、特許文献1記載の方法で一般的な繊維状樹脂に酵素を内包した場合、多くの種類の酵素が周囲の繊維状樹脂の網目より小さいため、酵素が繊維状樹脂からこぼれ落ちるおそれがある。これに対処するため、繊維状樹脂の網目を極めて小さくして、繊維状樹脂から酵素がこぼれ落ちないようにすることが考えられる。しかし、酵素がこぼれ落ちないような網目を備える繊維状樹脂では、内包された酵素に作用させる液体が繊維状樹脂を通過しにくくなり、酵素処理の効率が落ちる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願の課題は、繊維状樹脂に内包された酵素が、繊維状樹脂外に流出しにくく、かつ触媒能を発揮できるような酵素内包複合体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願の酵素内包複合体は、積層された複数の繊維状樹脂シートを備え、中央に凹部が形成された第一樹脂部材と、多孔体と、多孔体に担持された酵素とを備え、凹部に収容された酵素複合体と、積層された複数の繊維状樹脂シートを備え、酵素複合体を覆う第二樹脂部材を有し、第一樹脂部材と第二樹脂部材が周辺部で接合されており、第一樹脂部材および第二樹脂部材の網目が、酵素複合体より小さい。
【0006】
本願のある態様の酵素内包複合体の製造方法は、積層された複数の繊維状樹脂シートを備え、中央に凹部が形成された第一樹脂部材の凹部に、多孔体と、多孔体に担持された酵素とを備え、第一樹脂部材の網目より大きい酵素複合体を配置する酵素複合体配置工程と、積層された複数の繊維状樹脂シートを備えるとともに、酵素複合体より小さい網目を備える第二樹脂部材で酵素複合体を覆い、第一樹脂部材と第二樹脂部材の周辺同士を接合して、第一樹脂部材と第二樹脂部材の間に酵素複合体を内包させて酵素内包複合体を得る酵素複合体内包工程を有する。
【0007】
本願の他の態様の酵素内包複合体の製造方法は、積層された複数の繊維状樹脂シートを備え、中央に凹部が形成された第一樹脂部材の凹部に、第一樹脂部材の網目より大きい多孔体を配置する多孔体配置工程と、積層された複数の繊維状樹脂シートを備えるとともに、多孔体より小さい網目を備える第二樹脂部材で多孔体を覆い、第一樹脂部材と第二樹脂部材の周辺同士を接合して、第一樹脂部材と第二樹脂部材の間に多孔体を内包させる多孔体内包工程と、多孔体内包工程の後、酵素を含有する液体を多孔体に接触させて、多孔体に酵素を担持して酵素内包複合体を得る酵素担持工程を有する。
【発明の効果】
【0008】
本願の酵素内包複合体は、多孔体と酵素を備える酵素複合体が、酵素複合体より小さな網目を備える繊維状樹脂シートに内包されている。したがって、流体内で酵素が固定できる上、流体が酵素付近を通過して、酵素と流体中の反応基質との相互作用が起こりやすい。さらに、酵素の機械的強度が高い。また、本願の酵素内包複合体の製造方法によれば、本願の酵素内包複合体が簡易に製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施形態の酵素内包複合体の製造方法を示す概念図。
【
図4】(a)細孔径4nmのSBA-15型メソポーラスシリカのSEM像、(b)細孔径8nmのSBA-15型メソポーラスシリカのSEM像。
【
図5】実施例1のディスクカートリッジ(酵素内包複合体)の画像。
【
図6】各実施例と比較例のディスクカートリッジの評価装置。
【
図7】実施例1のディスクカートリッジを用いた反応基質溶液の送液液量と、回収容器に回収された反応基質溶液の脱色率の関係を示すグラフ。
【
図8】比較例のディスクカートリッジを用いた反応基質溶液の送液液量と、回収容器に回収された反応基質溶液の脱色率の関係を示すグラフ。
【
図9】実施例2のディスクカートリッジを用いた反応基質溶液の送液液量と、回収容器に回収された反応基質溶液の脱色率の関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本願の実施形態の酵素内包複合体は、第一樹脂部材と、第二樹脂部材と、酵素複合体を備えている。第一樹脂部材と第二樹脂部材は、積層された複数の繊維状樹脂シートを備えている。繊維状樹脂シートは、樹脂製繊維が集合して形成された薄板状の物質で、繊維で囲まれた隙間である網目を備えている。二酸化炭素の含浸による樹脂の可塑化が容易である観点から、繊維状樹脂シートを構成する樹脂は、熱可塑性樹脂、特に非晶性熱可塑性樹脂または結晶化度を下げた熱可塑性樹脂であることが好ましい。非晶性熱可塑性樹脂または結晶化度を下げた熱可塑性樹脂としては、ABS樹脂、アクリル樹脂、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート(PC)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリスチレン(PS)、環状オレフィン・コポリマー、シクロオレフィンポリマー、およびポリプロピレン(PP)などが挙げられる。
【0011】
第一樹脂部材の中央には凹部が形成されている。すなわち、第一樹脂部材では、積層された繊維状樹脂シートの片面の中央に凹部が形成されている。第一樹脂部材および第二樹脂部材の「中央」は、必ずしも中心である必要がなく、周辺以外の部分を示す。第一樹脂部材の中央の凹部は、例えば、中央に孔が形成されている複数の繊維状樹脂シートの積層体と、中央にも繊維状樹脂が存在する通常の複数の繊維状樹脂シートの積層体を重ね合わせて、これらを接着することによって形成できる。
【0012】
酵素複合体は多孔体と酵素を備えている。酵素は多孔体に担持されている。酵素としては、酸化還元酵素、加水分解酵素、転移酵素、脱離酵素、異性化酵素、および合成酵素が挙げられる。酵素が多孔体に定着されやすいように、多孔体は、孔内に酵素またはタンパク質を固定する機能を備えているものが好ましい。このような多孔体としては、メソポーラスシリカが挙げられる。また、酵素が担持されやすいので、多孔体の細孔直径は1nm~50nmであることが好ましい。なお、この細孔直径は、窒素ガス吸着法によって測定された数平均値である。
【0013】
一般的な繊維状樹脂シートから作製した第一樹脂部材と第二樹脂部材から酵素複合体が飛び出すのを抑制するため、多孔体の粒径は0.1μm~200μmであることが好ましい。なお、この多孔体の粒径は、動的光散乱法およびSEM観察によって測定された数平均値である。酵素複合体は、第一樹脂部材の凹部に収容されている。第二樹脂部材は酵素複合体を覆っている。第一樹脂部材に酵素複合体を強固に固定するため、第二樹脂部材の中央には、第一樹脂部材の凹部と対応する凸部が形成されていてもよい。「対応する」とは、凹部の一部以上に凸部がはまることをいう。第二樹脂部材がこの凸部を備えることで、酵素複合体が第一樹脂部材の凹部に固着できる。
【0014】
本実施形態の酵素内包複合体では、第一樹脂部材と第二樹脂部材が周辺部で接合されている。このため、第一樹脂部材と第二樹脂部材の間から酵素複合体が飛び出すのを抑制できる。なお、酵素複合体の飛び出しを抑制できるのであれば、第一樹脂部材と第二樹脂部材の周辺部が一周にわたって接合されていなくてもよい。本実施形態の酵素内包複合体では、第一樹脂部材および第二樹脂部材の網目が、酵素複合体より小さい。
【0015】
酵素内包複合体には、通常複数の酵素複合体が内包されている。第一樹脂部材および第二樹脂部材の網目は、酵素内包複合体に内包されている全ての酵素複合体より小さい必要はない。酵素内包複合体の用途に応じて、第一樹脂部材と第二樹脂部材で固定される酵素複合体の数量が十分であれば、第一樹脂部材および第二樹脂部材の網目は、一部の酵素複合体より大きくてもよい。
【0016】
なお、第一樹脂部材および第二樹脂部材の網目が酵素内包複合体または多孔体より小さいとは、外力を加えることなく、例えば引き伸ばしたり、圧縮したりすることなく、第一樹脂部材および第二樹脂部材を浮かせた状態で酵素内包複合体または多孔体を載せたときに、酵素内包複合体または多孔体が第一樹脂部材および第二樹脂部材を通過しないような、第一樹脂部材および第二樹脂部材の網目と酵素内包複合体または多孔体の大小関係をいう。このような第一樹脂部材および第二樹脂部材の作製方法と、第一樹脂部材と第二樹脂部材との接合方法については後述する。
【0017】
図1は、本願の第一実施形態の酵素内包複合体の製造方法を概念的に示している。第一実施形態の酵素内包複合体の製造方法は、第一樹脂部材作製工程と、第二樹脂部材作製工程と、酵素複合体配置工程と、酵素複合体内包工程を備えている。第一樹脂部材作製工程は、第一可塑化過程と、第一変形過程と、第一固定過程を備えている。第一可塑化過程では、複数(例えば20枚)の繊維状樹脂シート10を重ねて下型12に入れ、上型14を降下させて複数の繊維状樹脂シート10に近づけた状態で、気体流路16を介して下型12と上型14の間に液体状態または高密度の気体状態の二酸化炭素を導入して、複数の繊維状樹脂シート10に二酸化炭素を接触させ、複数の繊維状樹脂10の表面を可塑化する。なお、高密度の気体状態は、体積がわずかでも減少したら液化するような気体状態である。
【0018】
第一変形過程では、上型14をさらに降下させて、表面が可塑化された複数の繊維状樹脂10を押圧により変形させる。第一固定過程では、複数の繊維状樹脂10が変形した状態で、下型12と上型14の間から気体流路16を介して二酸化炭素を除去し、複数の繊維状樹脂10を固定して第一樹脂部材18を得る。繊維状樹脂10の材質、数量、および繊維径、下型12に対する上型14の押圧力、ならびに二酸化炭素の流量などを適宜調整することによって、酵素内包複合体または多孔体より小さい網目を備える第一樹脂部材18が得られる。後述する第二樹脂部材28の網目の大きさについても同様である。
【0019】
第一樹脂部材18は、積層された複数の繊維状樹脂シート10を備え、中央に凹部18aが形成されている。なお、第一実施形態の第一可塑化過程では、第一樹脂部材18の中央に凹部18aを形成するため、中央に孔10aが形成されている複数の繊維状樹脂シート10bの積層体と、中央にも繊維状樹脂が存在する複数の繊維状樹脂シート10cの積層体を重ねて、液体状態または高密度の気体状態の二酸化炭素を接触させている。
【0020】
第二樹脂部材作製工程は、第二可塑化過程と、第二変形過程と、第二固定過程を備えている。第二可塑化過程では、複数の繊維状樹脂シート20を重ねて下型22に入れ、上型24を降下させて複数の繊維状樹脂シート20に近づけた状態で、気体流路26を介して下型22と上型24の間に液体状態または高密度の気体状態の二酸化炭素を導入して、複数の繊維状樹脂シート20に二酸化炭素を接触させ、複数の繊維状樹脂20の表面を可塑化する。
【0021】
第二変形過程では、上型24をさらに降下させて、表面が可塑化された複数の繊維状樹脂20を押圧により変形させる。第二固定過程では、複数の繊維状樹脂20が変形した状態で、下型22と上型24の間から気体流路26を介して二酸化炭素を除去し、複数の繊維状樹脂20を固定して第二樹脂部材28を得る。本実施形態の第二変形過程では、中央に凸部28aが形成されるように、中央に凹部24aが形成された上型24で複数の繊維状樹脂20を押圧して変形させている。
【0022】
酵素複合体配置工程では、第一樹脂部材18の凹部18aに酵素複合体30を配置する。酵素複合体30は、多孔体と、多孔体に担持された酵素とを備えている。前述のように、酵素複合体30は、第一樹脂部材18の網目より大きい。酵素複合体内包工程では、第二樹脂部材28で酵素複合体30を覆い、第一樹脂部材18と第二樹脂部材28の周辺同士を接合して、第一樹脂部材18と第二樹脂部材28の間に酵素複合体30を内包させて酵素内包複合体40を得る。前述のように、第二樹脂部材28は、酵素複合体30より小さい網目を備えている。
【0023】
より具体的には、酵素複合体内包工程は以下の手順で行われる。まず、凹部18aに凸部28aが装着されるように、酵素複合体30が配置された第一樹脂部材18の上に第二樹脂部材28を配置する。つぎに、第一樹脂部材18と第二樹脂部材28が重なったこの状態で、下型32に第一樹脂部材18、第二樹脂部材28、および酵素複合体30を収容する。そして、上型34を降下させて第二樹脂部材28に近づけた状態で、気体流路36を介して下型32と上型34の間に液体状態または高密度の気体状態の二酸化炭素を導入して、第一樹脂部材18および第二樹脂部材28に二酸化炭素を接触させ、これらの表面を可塑化する。
【0024】
つぎに、上型34をさらに降下させて、表面が可塑化された第一樹脂部材18および第二樹脂部材28を押圧により変形させる。そして、第一樹脂部材18および第二樹脂部材28が変形した状態で、下型32と上型34の間から気体流路36を介して二酸化炭素を除去し、複数の繊維状樹脂20を固定する。こうして、流体内でも酵素が固定でき、流体が酵素付近を通過して、酵素と流体中の反応基質との相互作用が起こりやすく、酵素の機械的強度が高い酵素内包複合体40が得られる。
【0025】
第一実施形態の酵素内包複合体の製造方法によれば、酵素が失活するような高温環境が不要である。また、第一実施形態の酵素内包複合体の製造方法によれば、食品添加物で認められた安全性の高い二酸化炭素を用いて、酵素内包複合体が製造できる。このため、酵素内包複合体は、食品分野または医薬品分野などの酵素基質反応に適用できる。なお、酵素内包複合体40は、多孔体に酵素を後から担持する以下の製造方法によっても作製できる。
【0026】
すなわち、本願の第二実施形態の酵素内包複合体の製造方法は、多孔体配置工程と、多孔体内包工程と、多孔体内包工程後の酵素担持工程を備えている。多孔体配置工程では、第一樹脂部材18の凹部18aに、第一樹脂部材18の網目より大きい多孔体を配置する。多孔体内包工程では、多孔体より小さい網目を備える第二樹脂部材28で多孔体を覆い、第一樹脂部材18と第二樹脂部材28の周辺同士を接合して、第一樹脂部材18と第二樹脂部材28の間に多孔体を内包させる。
【0027】
酵素担持工程では、酵素を含有する液体を多孔体に接触させて、多孔体に酵素を担持して酵素内包複合体40を得る。酵素を含有する液体を多孔体に接触させる過程では、例えば、酵素を含有する液体に多孔体が内包された第一樹脂部材18と第二樹脂部材28を浸す、または多孔体が内包された第一樹脂部材18と第二樹脂部材28に酵素を含有する液体を通過させる。
【実施例】
【0028】
アゾ還元酵素(AzoR)が担持されたメソポーラスシリカを内包した酵素内包複合体であるディスクカートリッジを作製した。このディスクカートリッジを用いて下記の化学反応式に示すアゾ染料(メチルレッド)の還元分解反応を行い、ディスクカートリッジ内の酵素の活性を評価した。
【0029】
【0030】
実施例1
(ディスクカートリッジの作製)
以下の手順で第二樹脂部材を作製した。ポリエチレンテレフタレート樹脂(ベルポリエステルプロダクツ社、TK3)を目付30g/m
2で紡糸し(日本ノズル社)、平均繊維径4μmのPET製不織布を得た。このPET製不織布をレーザー加工して、直径31mmの円状シートを得た。この円状シートのSEM像を
図2に示す。
図2に示すように、この円状シートには大きさ10μm以上の細孔(網目)があり、一般的なメソポーラスシリカの粒径0.1μm~10μmより大きい。
【0031】
この円状シートを20枚重ねて、内径32mm、深さ50mmの円筒カップ状の金属製の下型に入れた。直径18mm、深さ0.6mmの凹部が下面に形成された金属製の上型であるピストンを円状シートの積層体に近づけて、温度25℃の気体状態の二酸化炭素をボンベ圧(蒸気圧)で下型とピストンの間に充填した。ピストンをさらに下降させて、周辺部が厚さ0.7mmになるようにこの円状シートの積層体を押圧した。押圧しながら二酸化炭素を除去して、中央に凸部を備える第二樹脂部材を得た。
【0032】
また、以下の手順で第一樹脂部材を作製した。第二樹脂部材の原料と同じ円状シートをレーザー加工して、中心に直径18mmの円孔が形成された円環状シートを得た。第二樹脂部材の原料と同じ円状シート20枚の積層体の上に、この円環状シート20枚の積層体を配置した。第二樹脂部材の作製で用いた下型に、これら40枚のシートを入れた。直径18mm、厚さ1.5mmの凸部が下面に形成された金属製の上型であるピストンを円環状シートの積層体に近づけて、温度25℃の気体状態の二酸化炭素をボンベ圧(蒸気圧)で下型とピストンの間に充填した。ピストンをさらに下降させて、周辺部が厚さ2.2mmになるように円環状シートおよび円状シートの積層体を押圧した。押圧しながら二酸化炭素を除去して、中央に凹部を備える第一樹脂部材を得た。
【0033】
第一樹脂部材の底面のSEM像を
図3に示す。また、細孔径4nmと8nmのSBA-15型メソポーラスシリカ(シグマ・アルドリッチ社)のSEM像を、
図4(a)と
図4(b)にそれぞれ示す。
図3、
図4(a)、および
図4(b)に示すように、繊維状樹脂シートの押圧によって第一樹脂部材を構成する繊維状樹脂が密になり、第一樹脂部材の網目は一般的なメソポーラスシリカより小さい。したがって、このメソポーラスシリカ、および酵素を担持したこのメソポーラスシリカは、第一樹脂部材から流出しにくい。なお、第一樹脂部材の網目と一般的なメソポーラスシリカのこのような大小関係は、第二樹脂部材についても同様である。
【0034】
つぎに、以下の手順で酵素複合体を作製した。Escherichia coliの染色体DNAから増幅したAzoR遺伝子をpET100/D-TOPOベクターに挿入して、AzoR発現用の環状プラスミドDNAを作製した。組換え大腸菌にこの環状プラスミドDNAを導入し、大腸菌タンパク発現系を利用して、Escherichia
coli由来のAzoR(二量体、アミノ酸残基数:201、分子量(単量体):約23kD)を製造した。
【0035】
上記の細孔径4nmのSBA-15型メソポーラスシリカ100mgを5mLチューブに量り取った。上記のAzoRと、25mMのTris-HCl緩衝液(pH7.5)を用いて、0.25mg/mLのAzoR溶液を調製した。上記のメソポーラスシリカおよびAzoR溶液を、ローテーターを用いて、温度4℃で穏やかに17時間混和した。さらに、温度4℃、12000rpmで遠心分離を10分間行ない、上清を除去した。
【0036】
25mMのTris-HCl緩衝液(pH7.5)4mLをこれに添加し、AzoR担持メソポーラスシリカの前駆体を再懸濁することで洗浄した。上記の遠心分離および上清除去を再度行った後、ろ紙を用いて吸引ろ過した。恒温槽を用いて温度30℃で1時間乾燥させて酵素複合体であるAzoR担持メソポーラスシリカ(細孔径4nm)を得た。また、細孔径8nmのSBA-15型メソポーラスシリカを用い、同様の方法で、AzoR担持メソポーラスシリカ(細孔径8nm)を得た。
【0037】
そして、以下の手順でディスクカートリッジを作製した。第一樹脂部材の凹部に酵素複合体10~50mgを配置し、その上に第二樹脂部材を載せて、第二樹脂部材の作製で用いた下型に入れた。下面が平坦な金属製の上型であるピストンを第二樹脂部材に近づけて、温度25℃の気体状態の二酸化炭素をボンベ圧(蒸気圧)で下型とピストンの間に充填した。ピストンをさらに下降させて、全体が厚さ1.8mmになるように第一樹脂部材および第二樹脂部材を押圧した。押圧しながら二酸化炭素を除去して、ディスクカートリッジを得た。ピンセットで保持されたディスクカートリッジの画像を
図5に示す。
【0038】
(評価)
ディスクカートリッジ内のアゾ還元酵素の触媒能を検証した評価装置を
図6に示す。
図6では、画像の一部を拡大して、その断面を模式的に示している。この評価装置を用いて、上記で作製したディスクカートリッジを通過したアゾ染料が還元分解されているかを検証した。すなわち、アゾ染料の脱色によって、酵素が機能するディスクカートリッジが作製できたかを評価した。
【0039】
温度30℃に保温したインキュベーター内で、サンプルホルダ容器にディスクカートリッジをセットした。0.05mMでメチルレッドを、25mMでTris-HCl緩衝液(pH7.5)を、0.3mMでNADH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)を、1μMでFMN(フラビンモノヌクレオチド)をそれぞれ含有する反応基質溶液を、シリンジからサンプルホルダ容器に導入した。サンプルホルダ容器に導入された反応基質溶液は、ディスクカートリッジを通過した後、回収容器に回収された。
【0040】
シリンジからディスクカートリッジへの反応基質溶液の送液液量と、回収容器に回収された反応基質溶液の脱色率の関係を
図7に示す。
図7では、細孔径4nmのメソポーラスシリカにAzoRを担持した酵素複合体36mgを内包するディスクカートリッジの評価結果を「AzoR-CAPCフィルター(SBA4,36mg)」で示し、細孔径8nmのメソポーラスシリカにAzoRを担持した酵素複合体29mgを内包するディスクカートリッジの評価結果を「AzoR-CAPCフィルター(SBA8,29mg)」で示した。
【0041】
反応基質溶液の送液液量が1~6mLのときは、反応基質溶液の送液速度が0.1mL/分(10分間で1mL回収)で、反応基質溶液の送液液量が7~15mLのときは、反応基質溶液の送液速度が0.0333mL/分(30分間で1mL回収)であった。なお、脱色率は波長430nmの吸光度変化を観測することによって算出した。
図7に示すように、実施例1のディスクカートリッジを用いてメチルレッドが還元分解(脱色)されることがわかった。また、反応基質溶液の送液速度、すなわち反応基質溶液がディスクカートリッジ内に滞留する時間に応じて脱色率が変化した。さらに、メソポーラスシリカの細孔径の違いにより脱色率が変化した。これらは、メソポーラスシリカ粉末のみを用いたバッチ式でのメチルレッドの還元分解(脱色)反応と同様であった。
【0042】
比較例
AzoRを担持していないメソポーラスシリカを用いた点を除いて、実施例1と同様にして、シリンジからディスクカートリッジへの反応基質溶液の送液液量と、回収容器に回収された反応基質溶液の脱色率の関係を検証した。その結果を
図8に示す。
図8では、上記の細孔径4nmのSBA-15型メソポーラスシリカ23mgを内包するディスクカートリッジの評価結果を「CAPCフィルター(SBA4,23mg)」で示し、上記の細孔径8nmのSBA-15型メソポーラスシリカ21mgを内包するディスクカートリッジの評価結果を「AzoR-CAPCフィルター(SBA8,21mg)」で示した。
図8に示すように、比較例のディスクカートリッジでは、メチルレッドがほとんど脱色されなかった。
【0043】
実施例2
(ディスクカートリッジの作製)
以下の手順で、第二実施形態の酵素内包複合体の製造方法によりディスクカートリッジを作製した。比較例と同様にして、AzoRを担持していない細孔径4nmのSBA-15型メソポーラスシリカ25mgを内包するディスクカートリッジ材料を作製した。温度30℃に保温したインキュベーター内で、実施例1で用いた評価装置のサンプルホルダ容器に、上記のディスクカートリッジ材料をセットした。25mMのTris-HCl緩衝液(pH7.5)5mLを、0.1mL/分の送液速度でディスクカートリッジ材料に送液した。
【0044】
実施例1と同じ方法で、25mMのTris-HCl緩衝液(pH7.5)を用いて、0.25mg/mLのAzoR溶液を調製した。このAzoR溶液4mLを0.1mL/分の送液速度でディスクカートリッジ材料にさらに送液することで、ディスクカートリッジ前駆体を得た。25mMのTris-HCl緩衝液(pH7.5)5mLを、0.1mL/分の送液速度でディスクカートリッジ前駆体に送液し、洗浄することによって、AzoRが担持されたメソポーラスシリカを内包するディスクカートリッジを得た。また、同様にして、AzoRが担持され、細孔径8nmのSBA-15型メソポーラスシリカ23mgを内包するディスクカートリッジを得た。
【0045】
(評価)
送液速度を0.1mL/分(10分間で1mL回収)に固定した点を除いて、実施例1と同様にして、アゾ染料の脱色によって、酵素が機能するディスクカートリッジが作製できたかを評価した。シリンジからディスクカートリッジへの反応基質溶液の送液液量と、回収容器に回収された反応基質溶液の脱色率の関係を
図9に示す。
図9では、細孔径4nmのメソポーラスシリカ25mgにAzoRを担持した酵素複合体を内包するディスクカートリッジの評価結果を「AzoR-CAPCフィルター(SBA4,25mg)」で示し、細孔径8nmのメソポーラスシリカ23mgにAzoRを担持した酵素複合体を内包するディスクカートリッジの評価結果を「AzoR-CAPCフィルター(SBA8,23mg)」で示した。
【0046】
図9に示すように、実施例2のディスクカートリッジによって、脱色率90%程度の高効率のメチルレッドの還元分解が示された。したがって、酵素を担持していない多孔体を内包するディスクカートリッジ材料中の多孔体に酵素を後から担持する方法によっても、酵素が機能するディスクカートリッジが得られることが示唆された。また、
図9に示すように、実施例1と同様に、メソポーラスシリカの細孔径の違いにより脱色率が変化する傾向が認められた。
【符号の説明】
【0047】
10 繊維状樹脂シート
10a 孔
10b 中央に孔が形成されている繊維状樹脂シート
10c 中央にも繊維状樹脂が存在する繊維状樹脂シート
12 下型
14 上型
16 気体流路
18 第一樹脂部材
18a 凹部
20 繊維状樹脂シート
22 下型
24 上型
24a 凹部
26 気体流路
28 第二樹脂部材
28a 凸部
30 酵素複合体
32 下型
34 上型
36 気体流路
40 酵素内包複合体