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特許7626164ニオブ酸リチウム単結晶、ニオブ酸リチウム単結晶の製造方法、及びARグラス
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  • 特許-ニオブ酸リチウム単結晶、ニオブ酸リチウム単結晶の製造方法、及びARグラス 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-27
(45)【発行日】2025-02-04
(54)【発明の名称】ニオブ酸リチウム単結晶、ニオブ酸リチウム単結晶の製造方法、及びARグラス
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/30 20060101AFI20250128BHJP
【FI】
C30B29/30 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023090005
(22)【出願日】2023-05-31
(65)【公開番号】P2024172349
(43)【公開日】2024-12-12
【審査請求日】2023-05-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185018
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 亜矢
(74)【代理人】
【識別番号】100134441
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 由利
(72)【発明者】
【氏名】山木 亮太
(72)【発明者】
【氏名】小見 利行
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-100202(JP,A)
【文献】特開平05-097591(JP,A)
【文献】J. Christopher LEACH et al.,Applied Sciences,Considerations of Curvature for a Near-Eye Holo-Video Display,2020年10月01日,Vol. 10, No. 19,6888
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
単結晶中の白金の濃度が0.8ppm以下であかつ
波長470nmの光吸収係数と波長600nmの光吸収係数の差が0.01cm -1 以下である、
ニオブ酸リチウム単結晶。
【請求項2】
単結晶中の白金の濃度が0.5ppm以下である、請求項1記載のニオブ酸リチウム単結晶。
【請求項3】
波長470nmの光吸収係数が0.01cm-1以下である、請求項1に記載のニオブ酸リチウム単結晶。
【請求項4】
請求項1から請求項のいずれか一項に記載のニオブ酸リチウム単結晶を導波路として用いたARグラス。
【請求項5】
ニオブ酸リチウム単結晶の製造方法であって、
単結晶の育成に用いる坩堝の材質が白金を含む坩堝であり、
育成された単結晶中の白金濃度が1.0ppm以下となるように前記坩堝の白金の含有量を調整することを含む、ニオブ酸リチウム単結晶の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニオブ酸リチウム単結晶、ニオブ酸リチウム単結晶の製造方法、及びARグラスに関する。
【背景技術】
【0002】
ARグラス(拡張現実用グラス)に用いられる導波路用材料に要求される品質は、(1)高屈折率、(2)可視光領域で光吸収が少ない、(3)ウエハー状に加工した際の高平坦性、(4)低比重の4つが特に要求されている。
【0003】
ARグラスの導波路用材料が高屈折であることにより、ARグラスに表示させる映像の視野角(FOV)を広く取ることができ、より没入感、臨場感の高い映像表示が可能となる。ARグラス用導波路に用いられる材料はこれまで高屈折率ガラスが一般的であったが、高屈折率ガラスは屈折率2.1程度が限界とされており、屈折率が2.2とガラスよりも高いニオブ酸リチウム単結晶を使用できるか検討されている。
【0004】
ニオブ酸リチウム(LiNbO;LNと略称する場合がある)単結晶は、融点が約1250℃、キュリー温度が約1140℃の人工の強誘電体結晶である。LN単結晶から切り出され、研磨加工して得られるLN単結晶基板は、主に移動体通信機器に搭載される表面弾性波素子(SAWフィルター)の材料として用いられている。
【0005】
ARグラス用導波路は、可視光領域の波長で吸収があると、導波路内を全反射して映像が通過した際に光の減衰が大きくなり、ARグラスに表示させる画像の色彩が、意図した画像と異なってしまう問題がある。
【0006】
特許文献1には、ARグラス用途ではないが光学素子用に用いるニオブ酸リチウム単結晶の製造方法であって、育成時の酸素濃度を5容量%以下にすることで波長420nm付近の光吸収を抑えることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平1-96095号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の製造方法によって製造されたニオブ酸リチウム単結晶では、可視光領域の波長の吸収があり、可視光領域の波長の吸収の低減がいまだ不十分であることがわかった。
【0009】
そこで、本発明は、可視光領域の波長の光の吸収が少ないニオブ酸リチウム単結晶を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは鋭意研究した結果、ニオブ酸リチウム単結晶の波長470nm付近の光吸収係数が、結晶中の白金不純物の影響を受けていることなどを見出した。本発明は、このような知見に基づいて完成したものである。
【0011】
本発明の態様のニオブ酸リチウム単結晶は、単結晶中の白金濃度が1.0ppm以下である。ニオブ酸リチウム単結晶は、単結晶中の白金濃度が0.5ppm以下であることが好ましい。
【0012】
また、本発明の態様のニオブ酸リチウム単結晶は、波長470nmの光吸収係数と波長600nmの光吸収係数の差が0.01cm-1以下である。
【0013】
また、本発明の態様のニオブ酸リチウム単結晶は、波長470nmの光吸収係数が0.01cm-1以下であることが好ましい。
【0014】
また、本発明の態様のARグラスは、上記態様のニオブ酸リチウム単結晶を導波路として用いたものである。
【0015】
本発明の態様のニオブ酸リチウム単結晶の製造方法は、ニオブ酸リチウム単結晶の製造方法であって、単結晶の育成に用いる坩堝の材質が白金を含む坩堝であり、育成された単結晶中の白金濃度が1.0ppm以下となるように前記坩堝の白金の含有量を調整することを含む。
【発明の効果】
【0016】
本発明の態様によれば、可視光領域の波長の光の吸収が少ないニオブ酸リチウム単結晶を提供することができる。また、本発明の態様のニオブ酸リチウム単結晶の製造方法によれば、本発明の態様のニオブ酸リチウム単結晶を製造することができる。本発明の態様のARグラスは、導波路における可視光領域の波長の光の吸収が少ないものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】チョクラルスキー法による単結晶育成装置の概略構成の一例を模式的に示す断面図。
図2】吸光係数を算出するための、分光光度計による反射率及び透過率の測定の模式図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の具体的な実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で適宜変更することができる。各図面においては、適宜、一部又は全部が模式的に記載され、縮尺が変更されて記載される。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては可能な限り同一の符号を付して重複する説明は省略する。また、以下の説明において、「A~B」との記載は、「A以上B以下」を意味する。
【0019】
[単結晶育成装置と単結晶育成方法の概要]
まず、ニオブ酸リチウム単結晶の単結晶育成装置と単結晶育成方法の概要について説明する。ニオブ酸リチウム単結晶の結晶を育成する代表的な手法はCz法(チョクラルスキー法)やVB法(垂直ブリッジマン法)などが挙げられる。
【0020】
以下では、図1を参照して、チョクラルスキー法(Cz法)による単結晶育成装置10の構成例、および、単結晶育成方法の概要について説明する。
【0021】
図1は、高周波誘導加熱式の単結晶育成装置の概略構成の一例を模式的に示す断面図である。図1に示す例は高周波誘導加熱式の単結晶育成装置であるが、LN単結晶の育成では抵抗加熱式単結晶育成装置も用いられている。高周波誘導加熱式単結晶育成装置と抵抗加熱式単結晶育成装置の違いは、高周波誘導加熱式の場合は、ワークコイル15によって形成される高周波磁場によりワークコイル15内に設置されている金属製坩堝12の側壁に渦電流が発生し、その渦電流によって坩堝12自体が発熱体となり、坩堝12内にある原料の融解や結晶育成に必要な温度環境の形成を行う。抵抗加熱式の場合は、坩堝の外周部に設置されている抵抗加熱ヒーターの発熱で原料の融解や結晶育成に必要な温度環境の形成を行っている。どちらの加熱方式を用いても、Cz法の本質は変わらないので、以下、高周波誘導加熱式単結晶育成装置による単結晶育成方法の例を説明する。
【0022】
図1に示すように、高周波誘導加熱式単結晶育成装置10では、チャンバー11内に坩堝12を配置する。坩堝12には、例えば直径150mm~300mm、深さ150mm~300mm程度のサイズのものが用いられ、図1に示すように坩堝台13上に載置される。チャンバー11内には、坩堝12を囲むように耐火材14が配置されている。坩堝12を囲むようにワークコイル15が配置され、ワークコイル15が形成する高周波磁場によって坩堝12の壁に渦電流が流れ、坩堝12自体が発熱体となる。チャンバー11の上部には引上げ軸(シード棒)16が回転可能かつ上下方向に移動可能に設けられている。引上げ軸(シード棒)16下端の先端部には、種結晶1を保持するためのシードホルダ17が取り付けられている。
【0023】
Cz法では、坩堝12内の単結晶原料18の融液表面に種結晶1となる単結晶片を接触させ、この種結晶1を引上げ軸(シード棒)16により回転させながら上方に引上げることにより、種結晶1の結晶方位と同一方位の円筒状の単結晶を育成する。
【0024】
Cz法では、種結晶1の回転速度や引上げ速度は、育成する結晶の種類、育成時の温度環境に依存し、これらの条件に応じて適切に選定する必要がある。また、結晶育成に際しては、成長界面で融液の結晶化によって生じる固化潜熱を、種結晶を通して上方に逃がす必要があるため、成長界面から上方に向って温度が低下する温度勾配下で行う必要がある。加えて、育成結晶の形状が曲がったり、ねじれたりしないようにするため、原料融液内においても、成長界面から坩堝壁に向って水平方向に、かつ、成長界面から坩堝底に向って垂直方向に温度が高くなる温度勾配下で行う必要がある。
【0025】
LN単結晶を育成する場合は、LN結晶の融点が1250℃であることから、融点が1760℃程度で化学的に安定な白金(Pt)製の坩堝12が用いられる。育成時の引上げ速度は、一般的には数mm/時間程度、回転速度は数~数十rpm(例えば、3rpm~10rpm)程度で行われる。また、育成時の炉内は、大気若しくは酸素濃度20%程度の窒素-酸素の混合ガス雰囲気とするのが一般的である。このような条件下で、所望の大きさまで結晶を育成した後、引上げ速度の変更や融液温度を徐々に高くする等の操作を行うことで、育成結晶を融液から切り離し、その後、育成炉のパワーを所定の速度で低下させることで徐冷し、炉内温度が室温近傍となった後に育成炉内から結晶を取り出す。
【0026】
このような方法で育成され、炉から取り出された結晶は、結晶内の温度差に起因する残留歪を除去するためのアニール処理、結晶内の自発分極の方向を揃えるためのポーリング処理を行った後に、スライス、研磨等を行う基板加工工程へ引き渡される。
【0027】
上記で説明したLN単結晶の製造方法は、表面弾性波素子(SAWフィルター)の材料として用いられているLN単結晶の製造方法である。この製造方法により製造されたLN単結晶をARグラスの導波路用材料として用いる場合、上記で作製したLN単結晶では、可視光領域の特定の波長で光吸収ピークがあり、導波路内を全反射して映像が通過した際に特定の波長で光の減衰が大きくなり、ARグラスに表示させる画像の色彩が、意図した画像と異なってしまう問題があることがわかった。LN単結晶をARグラスの導波路用材料として用いる場合、特に、可視光領域内の波長470nmの光吸収係数と波長600nmの光吸収係数の差を小さくすることが重要である。
【0028】
発明者らは上記の問題を解決するため研究していたところ、LN単結晶の波長470nmの光吸収係数と600nmの光吸収係数の差と、結晶中の不純物の影響について調査した結果、白金(Pt)との相関があることが解った。また、発明者は、LN単結晶における波長470nm付近の光吸収係数が、結晶中の白金(Pt)不純物の影響を受けていることを見出した。本実施形態に係るLN単結晶及びその製造方法は、これらの知見などに基づいてさらに研究を進めたことによって完成されたものである。
【0029】
本実施形態に係るLN単結晶について説明する。本実施形態の一態様に係るLN単結晶は、単結晶中の白金(Pt)の濃度(含有量)が1.0ppm以下であることを特徴とする。また、本実施形態の一態様に係るLN単結晶は、波長470nmの光吸収係数と波長600nmの光吸収係数の差が0.01cm-1以下であることを特徴とする。また、本実施形態の一態様に係るLN単結晶は、波長470nmの光吸収係数が0.01cm-1以下であることを特徴とする。
【0030】
本実施形態に係るLN単結晶は、後に説明する表1に示すように、LN単結晶は、白金(Pt)の濃度を抑制することで波長470nmの光吸収係数と600nmの光吸収係数の差を顕著に抑えることができ、波長470nmの光吸収係数を顕著に低減することができる。
【0031】
本実施形態のLN単結晶において、白金(Pt)濃度の上限は、1.0ppm以下であるのが好ましく、0.5ppm以下であるのがより好ましい。LN単結晶において、波長470nmの光吸収係数と波長600nmの光吸収係数の差は、0.01cm-1以下が好ましく、0.005cm-1以下であるのがより好ましい。LN単結晶は、白金(Pt)濃度を1.0ppm以下にすることにより、波長470nmの光吸収係数と波長600nmの光吸収係数の差(波長470nmと600nmの光吸収係数の差と記すこともある)を低減させることができ、例えば0.01cm-1以下にすることができる。LN単結晶は、白金(Pt)濃度を0.5ppm以下とすることが好ましく、これにより、波長470nmと600nmの光吸収係数の差をより低減させることができ、例えば0.005cm-1にすることができる。LN単結晶において、白金(Pt)濃度の下限は、0ppm以上であり、0.1ppm以上でもよい。また、LN単結晶において、波長470nmの光吸収係数と波長600nmの光吸収係数の差の下限は、特に限定されないが、0cm-1以上であり、0.001cm-1以上でもよい。LN単結晶において、白金(Pt)濃度が、1.0ppmを超える場合、波長470nmの光吸収係数と波長600nmの光吸収係数の差の値が大きくなる。LN単結晶において、白金(Pt)濃度が、1.0ppmを超える場合、波長470nmの光吸収係数が大きくなり、また波長470nmの光吸収係数と波長600nmの光吸収係数の差が大きくなる。
【0032】
なお、LN単結晶では、白金以外にも遷移金属が結晶内に不純物として存在した場合、可視光領域内の波長470nmと600nmの光吸収係数の差に影響があるため、実施例1、2および比較例1などのように、白金以外の元素についてもICP質量分析法(ICP-MS)により濃度(含有量)の分析を行ったが、本例では波長470nmと600nmの光吸収係数の差に相関がみられる元素は見当たらなかった。後に説明する表2に代表的な遷移金属元素についての分析結果を示す。
【0033】
LN単結晶における白金以外の不純物の濃度について説明する。LN単結晶におけるFeの濃度の上限は、2ppm以下であるのが好ましく、1.5ppm以下であるのがより好ましい。Feの濃度の下限は、0ppm以上であり、0.5ppm以上でもよいし、1.0ppm以上でもよい。Feの濃度が上記の範囲である場合、可視光領域内の波長470nmと600nmの光吸収係数に大きな影響を及ぼすことはない。
【0034】
LN単結晶におけるNiの濃度の上限は、0.2ppm以下であるのが好ましく、0.1ppm以下であるのがより好ましい。Niの濃度の下限は、0ppm以上であり、0.05ppm以上でもよい。Niの濃度が上記の範囲である場合、可視光領域内の波長470nmと600nmの光吸収係数に大きな影響を及ぼすことはない。
【0035】
LN単結晶におけるCrの濃度の上限は、0.4ppm以下であるのが好ましく、0.3ppm以下であるのがより好ましい。Crの濃度の下限は、0ppm以上であり、0.1ppm以上でもよい。Crの濃度が上記の範囲である場合、可視光領域内の波長470nmと600nmの光吸収係数に大きな影響を及ぼすことはない。
【0036】
LN単結晶におけるCuの濃度の上限は、0.2ppm以下であるのが好ましく、0.1ppm以下であるのがより好ましい。Cuの濃度の下限は、0ppm以上であり、0.05ppm以上でもよい。Cuの濃度が上記の範囲である場合、可視光領域内の波長470nmと600nmの光吸収係数に大きな影響を及ぼすことはない。なお、LN単結晶において、上述以外の他の元素についても本発明の趣旨を逸脱しない範囲で含有していてもよい。
【0037】
また、LN単結晶において、波長470nmの光吸収係数のピークを抑制することも重要である。LN単結晶において、波長470nmの光吸収係数は0.01cm-1以下とすることができ、好ましくは0.005cm-1以下とすることができる。例えば、単結晶中における白金(Pt)濃度を低減させることにより波長470nmの光吸収係数を0.01cm-1以下にできる。例えば、単結晶中における白金(Pt)濃度を1.0ppm以下とすることにより、波長470nmの光吸収係数を0.01cm-1以下にでき、好ましくは、白金(Pt)濃度を0.5ppm以下とすることにより、波長470nmの光吸収係数を0.005cm-1以下にすることができる。なお、LN単結晶において、波長470nmの光吸収係数の下限は、特に限定されないが、0cm-1以上であり、0.001cm-1以上でもよい。
【0038】
なお、本明細書において、LN単結晶中における白金(Pt)などの元素の濃度(含有量)は、ICP質量分析法(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry:ICP-MS)により求めたものである。ICP質量分析法は、実施例に記載の方法により実施することができる。また、本明細書において、光吸収係数は、実施例に記載の方法により求めた値である。
【0039】
なお、LN単結晶の形状は、インゴット状でもよいし、ウエハ状でもよいし、薄板状でもよい。LN単結晶は、結晶の大きさは、特に限定されないが、例えば直径は、1インチ以上でもよく、6インチでもよいし8インチでもよい。また、結晶の厚さは、特に限定されないが、100μm以上でもよく、例えば、100μm以上1000μm以下でもよい。例えば、ウエハ状の場合、250μm以上1000μm以下の厚さでもよく、350μm~500μmの厚さで用いられることが多い。また、インゴット状であれば10mm~150mmの厚さでもよい。
【0040】
以上のように、本実施形態の一態様に係るLN単結晶は、単結晶中の白金(Pt)の濃度(含有量)が1.0ppm以下であることを特徴とする。また、本実施形態の一態様に係るLN単結晶は、波長470nmの光吸収係数と波長600nmの光吸収係数の差が0.01cm-1以下であることを特徴とする。また、本実施形態の一態様に係るLN単結晶は、波長470nmの光吸収係数が0.01cm-1以下であることを特徴とする。本実施形態の態様に係るLN単結晶によれば、いずれも、可視光領域の波長の光の吸収が少ない特性を有するものである。
【0041】
本実施形態に係るLN単結晶は、上記の特性を有するので、ARグラス(拡張現実用グラス)のようなAR表示装置(拡張現実用表示装置)の導波路などに好適に用いることができる。例えば、AR表示装置、ARグラスは、上記した本実施形態に係るLN単結晶を導波路として用いる構成でもよい。例えば、このようなAR表示装置、ARグラスは、導波路の少なくとも一部に本実施形態のLN単結晶が用いられ、それ以外は任意の構成としてもよい。
【0042】
次に、上述の本実施形態に係るLN単結晶の製造方法について説明する。上述の本実施形態に係るLN単結晶は、例えば、結晶中における白金(Pt)の濃度(含有量)を低減することにより、製造することができる。
【0043】
ニオブ酸リチウム単結晶内の白金不純物濃度を低減させる方法はいくつか挙げられるが、例えば結晶育成に用いる坩堝を白金-イリジウム合金とし、白金の比率を低減させることで白金不純物濃度が低いニオブ酸リチウム単結晶を得ることができる。
【0044】
次にニオブ酸リチウム単結晶内の白金不純物濃度を低減させる方法について説明する。LN単結晶中の白金不純物は、まず、原料に含まれる不純物の可能性がある。原料の純度を向上させることも重要である。原料の純度は99.99以上の純度の原料を使用することが好ましい。ただし、通常、LN単結晶では原料の製造段階では白金を使用することはないため可能性は小さいと考えられる。
【0045】
次に、育成時の坩堝材質も重要である。ニオブ酸リチウム単結晶を結晶育成する手法は上述したようなCz法(チョクラルスキー法)やVB法(垂直ブリッジマン法)などが挙げられる。原料を融解する際に用いる坩堝を使用する。Cz法での坩堝は、融点が高く化学的に安定な材質の坩堝を用いることが一般的である。例えば、白金、イリジウム、それら合金である。LN単結晶の結晶育成では、通常比較的安価である白金製坩堝が使用されている。白金坩堝は化学的には安定しており、溶液には溶出しづらい物質であるが、後に説明する表1に示すように、融液(原料融液)内に微量溶出して、育成時に坩堝由来の白金(Pt)が結晶内に取り込まれ、光吸収係数に影響していることがわかった。
【0046】
そこで、本実施形態では、坩堝の材質を白金、白金-イリジウム合金とした坩堝を用いて試験した結果、白金-イリジウム合金で白金の含有量が少ない程、LN単結晶中への溶出が少ないことがわかった。そこで、本実施形態に係るLN単結晶の製造方法は、LN単結晶の製造方法であって、単結晶の育成に用いる坩堝の材質が白金を含む坩堝であり、育成された単結晶中の白金濃度が1.0ppm以下となるように坩堝の白金の含有量を調整することを含む、構成としてもよい。これは、例えば、実施例に記載の方法で実施することができる。例えば、単結晶中の白金濃度が1.0ppm以下となるように坩堝の白金の含有量を調整する場合、例えば、白金-イリジウム合金坩堝の白金の含有量は50%以下、好ましくは、20%以下である。なお、イリジウムは、LN単結晶への溶出は、LN単結晶の可視光領域における光吸収係数に影響する程度ではなかった。
【0047】
なお、育成中の炉内の酸素濃度は、大気若しくは酸素濃度20%程度の窒素-酸素の混合ガス雰囲気とするのが一般的である。しかし、白金-イリジウム合金等イリジウムが含有されている場合、イリジウムは酸素と結合し昇華しやすいため、酸素濃度を低く設定した方が好ましく、また、育成中の炉内の酸素濃度は、結晶の安定性を考慮し、酸素濃度5%を超え大気若しくは酸素濃度20%程度が好ましい。
【0048】
なお、ニオブ酸リチウム単結晶中の白金不純物濃度を下げる方法としては、本実施形態では坩堝の合金中の白金濃度を下げる例を挙げたが、本発明はこの例に限定されるものではない。例えばコールドクルーシブル法のような白金を用いない結晶の製造方法を用いてもよい。
【0049】
以上のように、本実施形態に係るLN単結晶の製造方法は、LN単結晶の製造方法であって、単結晶の育成に用いる坩堝の材質が白金を含む坩堝であり、育成された単結晶中の白金濃度が1.0ppm以下となるように坩堝の白金の含有量を調整することを含む。なお、上記本実施形態のLN単結晶の製造方法において、上記以外の構成は、例えば公知の方法を適宜用いることができる。本実施形態のニオブ酸リチウム単結晶の製造方法によれば、本実施形態の態様のニオブ酸リチウム単結晶を製造することができる。
【実施例
【0050】
以下、本発明について実施例を用いて具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0051】
[実施例1]
図1に示す高周波誘導加熱式単結晶育成装置を用い、育成炉内の酸素濃度が20%となるよう窒素ガスと酸素ガスの流量を調整し、Cz法によるZ軸引き上げLN結晶の育成を行った。なお、Z軸引き上げとは結晶の育成方位(種結晶の結晶方位)のことである。
【0052】
製造するLN結晶内の白金濃度を下げるために、白金-イリジウム合金の白金比率を20%とした坩堝12内に原料18として純度99.99以上のLN粉をチャージし、原料18を融解させた後、種結晶1の先端部を坩堝12内の原料融液に浸し、回転させながら引上げることによりφ6インチ(=152mm)、直胴部長70mmのLN単結晶のインゴットを育成した。育成したLN単結晶のインゴットを原料融液から切り離し、該結晶を室温近傍まで冷却した後に結晶を取り出した。
【0053】
取り出した単結晶のインゴットをアニール、ポーリング処理した後、円筒状に外周部を研削し、マルチワイヤーソーでウエハ状に500μmの厚さで切り出した。切り出した結晶の中から、結晶の上部側と下部側に当たる位置のウエハをそれぞれ1枚ずつサンプリングし、メノウ製のボールミルで粉砕した後に150μmメッシュで篩掛けを行い、フッ化水素酸と硝酸を混合した試薬に混ぜた後に、マイクロ波前処理装置を用いて溶液化させた。溶液化した試料の白金濃度をICP-MSで分析したところ、それぞれのウエハにおいて0.3ppmであった。吸収係数を測定するために、残りのウエハーの両面をコロイダルシリカで化学機械研磨を行った。研磨後のウエハの吸収係数を分光光度計(Agilent社製、Cary 7000)で測定した。なお、本例では、ICP-MSによる元素の分析精度は、0.1ppmであった。
【0054】
吸収係数を求める上でまず初めに、サンプルへの光の入射角度θを6°に固定し、反射率Rおよび透過率Tの測定を行った。反射率R測定時の検出器の角度は2θ=12°とし、透過率測定時の検出器の角度を180°として測定を行った。また、測定値のノイズを減らすために、入射光に偏光解消板を通して測定を行った。反射率Rと透過率Tと吸収率Aの合計が100%になる原理原則に基づき、測定した反射率Rおよび透過率Tから、下記式(1)より吸収率Aを算出した。図2に吸光係数を算出するための、分光光度計による反射率及び透過率の測定の模式図を示す。
【0055】
【数1】
【0056】
吸収係数の定義としては、自然対数の形式ではα、常用対数の形式ではβを用いて、ランベルト・ベールの法則により下記の式(2)と表現されるが、本明細書内においては吸収係数は常用対数の形式のβを用いることとする。
【数2】
なお、式中のxは、光が通るサンプルの長さ、Iは光がサンプル中のxの距離を通る直前の光の強度、Iは光がサンプル中をxだけ通った後の光の強度を表している。よって、吸収率AはIとIを用いると以下の式(3)で表現できる。
【0057】
【数3】
【0058】
式(1)と式(3)より、吸収係数βは以下の式(4)となる。
【数4】
【0059】
式(4)を用いて、厚みx(cm)のサンプルの反射率Rおよび透過率Tを測定することで、本明細書では吸収係数β(cm-1)の算出を行った。
【0060】
なお、吸収係数の導出方法については、サンプル内の多重反射も考慮した以下の式(5)でも算出できるが、式(4)で算出した値と若干差が出ることに注意されたい。本実施形態における吸光係数は、全て式(4)の定義で算出した吸収係数である。
【0061】
【数5】
【0062】
実施例1において、上述のように式(4)で算出した吸収係数は以下の通りであった。
(1)波長470nmで0.0039cm-1、(2)波長600nmで0.0006cm-1、(1)-(2)は0.0033cm-1であった。
【0063】
[実施例2]
次に坩堝の材質を白金比率50%の白金-イリジウム合金に変更し、それ以外は実施例1と同じ条件で結晶育成を行い白金濃度、吸収係数の測定を行った。その結果、白金濃度は0.8ppmであった。吸収係数は(1)波長470nmで0.0079cm-1、(2)波長600nmで0.0004cm-1、(1)-(2)は0.0075cm-1であった。
【0064】
[比較例1]
次に坩堝の材質を純白金とし、それ以外は実施例1と同じ条件で結晶育成を行い白金濃度、吸収係数の測定を行った。その結果、白金濃度は1.2ppmであった。吸収係数は(1)波長470nmで0.0110cm-1、(2)波長600nmで0.0007cm-1、(1)-(2)は0.0103cm-1であった。
【0065】
実施例1、2および比較例1の結果を表1にまとめた。
【0066】
【表1】
【0067】
なお、白金以外にも遷移金属がLN結晶内に不純物として存在した場合、470nm付近の吸収ピークを発生し得るため、実施例1、2および比較例1、2の白金以外の元素についてもICP-MSで分析を行ったが、470nmの吸収係数と相関がみられる元素は見当たらなかった。表2に代表的な遷移金属元素のICP-MSでの分析結果を示す。
【0068】
【表2】
【0069】
以上の結果から、結晶育成中の白金不純物濃度を低下させることにより、470nm付近の吸収ピークを抑制することが示された。また、結晶育成中の白金不純物濃度を0.1ppm以下とすることにより、波長470nmの光吸収係数と波長600nmの光吸収係数の差が0.01cm-1以下とすることができることが確認された。本実施形態の態様に係るLN単結晶は、可視光領域の波長の光の吸収が少ない特性を有するものであることが確認された。
【0070】
なお、本発明の技術範囲は、上述の実施形態等で説明した態様に限定されない。上述の実施形態等で説明した要件の1つ以上は、省略されることがある。また、上述の実施形態等で説明した要件は、適宜組み合わせることができる。例えば、本実施形態の単結晶においては、本実施形態の製造方法や実施例において説明した事項を適宜組み合わせることができ、本実施形態の製造方法においては本実施形態の単結晶や実施例において説明した事項を適宜組み合わせることができる。また、法令で許容される限りにおいて、上述の実施形態等で引用した全ての文献の開示を援用して本文の記載の一部とする。

図1
図2