(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-29
(45)【発行日】2025-02-06
(54)【発明の名称】金属カドミウムの製造方法
(51)【国際特許分類】
C22B 17/00 20060101AFI20250130BHJP
C22B 3/44 20060101ALI20250130BHJP
C22B 3/08 20060101ALI20250130BHJP
【FI】
C22B17/00 101
C22B3/44 101A
C22B3/08
(21)【出願番号】P 2020177873
(22)【出願日】2020-10-23
【審査請求日】2023-05-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123869
【氏名又は名称】押田 良隆
(72)【発明者】
【氏名】大原 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】中西 次郎
(72)【発明者】
【氏名】加地 伸行
(72)【発明者】
【氏名】仙波 祐輔
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開昭53-048906(JP,A)
【文献】特開昭62-127430(JP,A)
【文献】特開昭60-255907(JP,A)
【文献】特開2012-077374(JP,A)
【文献】特開2010-013670(JP,A)
【文献】特開2015-048525(JP,A)
【文献】特開昭50-047814(JP,A)
【文献】特開2017-186198(JP,A)
【文献】特開2005-068535(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 17/00-17/06
C22B 3/44-3/46
C22B 3/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
含カドミウム溶液にpH調整剤を添加して、pHを7.0~9.0の範囲に前記含カドミウム溶液のpHを調整することにより、
固相部に亜鉛水酸化物と鉛水酸化物が分配された第1中和スラリーを形成し、前記第1中和スラリーに固液分離処理を施し、
前記亜鉛水酸化物と前記鉛水酸化物を系外に除去し、カドミウムを含む濾液を得る第1の中和工程と、
前記第1の中和工程で得られた前記カドミウムを含む濾液に対し、さらにpH調整剤を添加して、前記第1の中和工程で調整したpHよりも大きく、且つ、pHを8.5~11.0の範囲に濾液のpHを調整することにより、
固相部にカドミウム水酸化物が分配された第2中和スラリーを形成し、この第2中和スラリーに固液分離処理を施し、前記カドミウム水酸化物を含むカドミウム沈殿物を得る第2の中和工程と、
前記第2の中和工程で得られた前記カドミウム沈殿物に酸を添加して、pHを2.0~6.5の範囲に調整して、カドミウムを含む浸出スラリーを形成した後、前記カドミウムを含む浸出スラリーに固液分離処理を施し、カドミウム浸出液を得る浸出工程と、
前記浸出工程で得られた前記カドミウム浸出液中のカドミウムを電気分解法により還元し
、金属カドミウムを得る金属採取工程と、
前記金属採取工程で得られた前記金属カドミウムに酸を添加して、pHを0~4.0の範囲に調整することにより、酸洗浄後スラリーを形成し、
前記酸洗浄後スラリーに固液分離処理を施し、亜鉛、硫黄が低減された酸洗浄後金属カドミウムを得る酸洗浄工程と、
前記酸洗浄工程で得られた前記酸洗浄後金属カドミウムにアルカリを添加して、pHを10~14の範囲に調整することにより、アルカリ洗浄後スラリーを形成し、前記アルカリ洗浄後スラリーに固液分離処理を施し、
硫黄が低減されたアルカリ洗浄後金属カドミウムを得るアルカリ洗浄工程と、
前記アルカリ洗浄工程で得られた前記アルカリ洗浄後金属カドミウムを水洗
して、アルカリ金属、及びアルカリ土類金属が除去された金属カドミウムを得る水洗工程とからなることを特徴とする、金属カドミウムの製造方法。
【請求項2】
前記金属採取工程における電流密度を50A/m
2~2000A/m
2、電解終点のカドミウム濃度を1.0g/l~3.0g/Lとする、請求項1に記載の金属カドミウムの製造方法。
【請求項3】
前記含カドミウム溶液の組成が、Cd≧0.05g/L、0<Zn≦3g/L、0<Pb≦0.1g/L、Cu≦0.01g/L、Tl≦0.05g/L、Ni≦0.005g/L、Mn≦0.1g/L、Ca≦1.0g/L、Mg≦0.1g/L、Si≦0.1g/Lである、請求項1に記載の金属カドミウムの製造方法。
【請求項4】
前記電気分解法に用いる始液が、前記浸出工程で得られた前記カドミウム浸出液に亜鉛粉末を添加し、前記亜鉛粉末の添加量を0.2g/L以上、5g/L以下の範囲とし、鉛、および銅を沈殿物として含むスラリーを形成した後、このスラリーを固液分離して得たカドミウム溶液である、請求項1に記載の金属カドミウムの製造方法。
【請求項5】
前記浸出工程において、前記浸出スラリーに更に酸化剤を添加して得た酸化スラリーの酸化還元電位が1000mV以上(vs. Ag/AgCl)であり、マンガン酸化物の沈殿物を含む前記酸化スラリーに固液分離処理を施して、カドミウム浸出液を得る工程である、請求項1に記載の金属カドミウムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式処理のみで、不純物が低減された金属カドミウムを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛製錬所における亜鉛地金の原料として、粗酸化亜鉛等から不純物を分離回収して得た酸化亜鉛鉱が広く用いられている。この粗酸化亜鉛は、例えば、鉄鋼業における高炉や電気炉等の製鋼炉から発生する鉄鋼ダストから還元焙焼処理を経て得ることができ、資源リサイクルの促進の観点からは、鉄鋼ダストの亜鉛原料としての再利用は望ましいものである。
このような鉄鋼ダスト由来の粗酸化亜鉛には、その主成分である酸化亜鉛以外に、塩素やフッ素等のハロゲン成分、及びカドミウム等の不純物が高い割合で含有されている。
これらの不純物のうち、特にカドミウムについては有害金属としての性質を持っており、酸化亜鉛の製造プラントにおいては、カドミウムを分離回収する処理が必須となっている。
【0003】
一方、カドミウムはニッケルカドミウム電池の負極材として使用されるなど、電子エレクトロニクス材料として重要な有用金属のひとつとなっている。こうした背景から、カドミウムを上記粗酸化亜鉛から高純度に分離回収し、こうした電子材料として有用に活用する技術が期待されている。
このカドミウムを分離回収する方法としては、例えば、湿式処理で不純物を粗分離後、乾式処理によって精分離する方法が、一般的に行われている。
【0004】
しかしながら、乾式処理は化石燃料や、電力の使用において環境やエネルギー負荷が高いという問題があった。
一方、湿式処理のみの場合は不純物を多く含んだ鉄鋼ダストの浸出液に対し、亜鉛を用いたセメンテーション法やイオン交換樹脂を用いたイオン交換法、および電気分解を応用した電解採取法を実施しても、不純物を十分には分離できず、先述したように不純物の粗分離に留まっていた。
【0005】
例えば、特許文献1に見られるような手法は、湿式のみの手法であるが、カドミウム品位をおよそ90%程度までしか高められなかった。
湿式処理にて、不純物を精分離できれば、乾式処理における、化石燃料やエネルギー負荷の問題が解消される。
そのため、湿式処理のみで、不純物濃度が低減された高純度な金属カドミウムを製造する方法の開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、このような問題を解決するため、湿式処理のみで、カドミウム濃度が高く、不純物濃度が低減された、即ち高純度な金属カドミウムを製造する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、第1の中和工程、第2の中和工程、浸出工程、金属採取工程、酸洗浄工程、アルカリ洗浄工程、水洗工程の7つの工程を経ることで、本発明に係る課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の第1の発明は、含カドミウム溶液にpH調整剤を添加して、pHを7.0~9.0の範囲に前記含カドミウム溶液のpHを調整することにより、固相部に亜鉛水酸化物と鉛水酸化物が分配された第1中和スラリーを形成し、前記第1中和スラリーに固液分離処理を施し、前記亜鉛水酸化物と前記鉛水酸化物を系外に除去し、カドミウムを含む濾液を得る第1の中和工程と、
前記第1の中和工程で得られた前記カドミウムを含む濾液に対し、さらにpH調整剤を添加して、前記第1の中和工程で調整したpHよりも大きく、且つ、pHを8.5~11.0の範囲に濾液のpHを調整することにより、固相部にカドミウム水酸化物が分配された第2中和スラリーを形成し、この第2中和スラリーに固液分離処理を施し、前記カドミウム水酸化物を含むカドミウム沈殿物を得る第2の中和工程と、
前記第2の中和工程で得られた前記カドミウム沈殿物に酸を添加して、pHを2.0~6.5の範囲に調整して、カドミウムを含む浸出スラリーを形成した後、前記カドミウムを含む浸出スラリーに固液分離処理を施し、カドミウム浸出液を得る浸出工程と、
前記浸出工程で得られた前記カドミウム浸出液中のカドミウムを電気分解法により還元し、金属カドミウムを得る金属採取工程と、
前記金属採取工程で得られた前記金属カドミウムに酸を添加して、pHを0~4.0の範囲に調整することにより、酸洗浄後スラリーを形成し、前記酸洗浄後スラリーに固液分離処理を施し、亜鉛、硫黄が低減された酸洗浄後金属カドミウムを得る酸洗浄工程と、
前記酸洗浄工程で得られた前記酸洗浄後金属カドミウムにアルカリを添加して、pHを10~14の範囲に調整することにより、アルカリ洗浄後スラリーを形成し、前記アルカリ洗浄後スラリーに固液分離処理を施し、硫黄が低減されたアルカリ洗浄後金属カドミウムを得るアルカリ洗浄工程と、
前記アルカリ洗浄工程で得られた前記アルカリ洗浄後金属カドミウムを水洗して、アルカリ金属、及びアルカリ土類金属が除去された金属カドミウムを得る水洗工程とからなる、金属カドミウムの製造方法である。
【0010】
本発明の第2の発明は、第1の発明の金属採取工程における電流密度が、50A/m2~2000A/m2、電解終点のカドミウム濃度が1.0g/L~3.0g/Lとする、金属カドミウムの製造方法である。
【0011】
本発明の第3の発明は、第1の発明において、含カドミウム溶液の組成が、Cd≧0.05g/L、0<Zn≦3g/L、0<Pb≦0.1g/L、Cu≦0.01g/L、Tl≦0.05g/L、Ni≦0.005g/L、Mn≦0.1g/L、Ca≦1.0g/L、Mg≦0.1g/L、Si≦0.1g/Lである、金属カドミウムの製造方法である。
【0012】
本発明の第4の発明は、第1の発明において、その電気分解法に用いる始液が、その浸出工程で得られたカドミウム浸出液に亜鉛粉末を添加し、前記亜鉛粉末の添加量を0.2g/L以上、5g/L以下の範囲とし、鉛、および銅を沈殿物として含むスラリーを形成した後、このスラリーを固液分離して得たカドミウム溶液である、金属カドミウムの製造方法である。
【0013】
本発明の第5の発明は、第1の発明において、その浸出工程において、前記浸出スラリーに更に酸化剤を添加して得た酸化スラリーの酸化還元電位が1000mV以上(vs. Ag/AgCl)であり、マンガン酸化物の沈殿物を含む前記酸化スラリーに固液分離処理を施して、カドミウム浸出液を得る工程である、金属カドミウムの製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の金属カドミウムの製造方法は、湿式処理のみで、不純物濃度が低減された品位の高い、即ち高純度な金属カドミウムを製造できるので、その工業的価値は極めて大きい。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の金属カドミウムの製造方法は、カドミウムを含む含カドミウム溶液を出発物質として高純度のカドミウム金属を得る、金属カドミウムの製造方法である。その方法は7つの工程、第1の中和工程、第2の中和工程、浸出工程、金属採取工程、酸洗浄工程、アルカリ洗浄工程、水洗工程から構成されており、上記の工程を経ることによって、品位が99.9%以上のカドミウムを含有し、且つ、不純物である亜鉛、鉛、銅、タリウム、ニッケル、マンガン、カルシウム、マグネシウム、ケイ素、硫黄、ナトリウムが低減された高純度なカドミウムを製造することができる。ここで、本発明に係る含カドミウム溶液とは、カドミウム濃度が0.05g/L以上であるカドミウム溶液であることを意味する。以下、それぞれの工程を説明する。
【0016】
<第1の中和工程>
第1の中和工程は、含カドミウム溶液を原料溶液とし、この含カドミウム溶液に対してpH調整剤を添加して、亜鉛と鉛が水酸化物を形成する範囲に含カドミウム溶液のpHを調整することにより、固相部に亜鉛水酸化物と鉛水酸化物が分配された第1中和スラリーを形成した後、この第1中和スラリーに固液分離処理を施し、亜鉛水酸化物と鉛水酸化物を系外に除去してカドミウムを含む濾液を得る工程である。
【0017】
ここで、原料溶液となる含カドミウム溶液は、望ましくはCd≧0.05g/L、0<Zn≦3g/L、0<Pb≦0.1g/L、Cu≦0.01g/L、Tl≦0.05g/L、Ni≦0.005g/L、Mn≦0.1g/L、Ca≦1.0g/L、Mg≦0.1g/L、Si≦0.1g/Lの組成を有する含カドミウム溶液である。この組成を満たす含カドミウム溶液を原料溶液にすることによって、以降の工程を効果的に実施することができる。
pH調整のために使用するpH調整剤は、工業的に使用可能なアルカリであればいずれも使用可能である。例えば、水酸化カルシウムだけでなく、水酸化ナトリウムや水酸化マグネシウム、水酸化カリウム等を使用してよい。
【0018】
このpHの調整に際して、亜鉛と鉛が水酸化物を形成する範囲にpHが調整される限り、その調整範囲は特に限定されない。例えば、pH7.0以上、9.0以下の範囲に調整することができる。これにより、亜鉛や鉛を優先的に沈殿分離させることが可能である。
pHが7.0より小さくなるように調整すると、亜鉛、鉛の沈殿量が不足してしまう。一方、pHが9.0より大きくなるように調整すると、亜鉛、鉛の沈殿量は殆ど増加せず、カドミウムの沈殿量が増加してしまう。このカドミウムの沈殿量の増加はカドミウムロスの増加を示すものである。
なお、タリウムは、この7.0~9.0のpH範囲においても、水酸化物を形成せずに、カドミウムと共に濾液中に残留する。
【0019】
<第2の中和工程>
第2の中和工程は、前工程の第1中和工程で得た濾液に対し、さらにpH調整剤を添加して、第1の中和工程で調整したpHよりも大きく、且つ、濾液に含まれるカドミウムがカドミウム水酸化物を形成する範囲に濾液のpHを調整することにより、固相部に前記カドミウム水酸化物が分配された第2中和スラリーを形成した後、この第2中和スラリーに固液分離処理を施し、前記カドミウム水酸化物を含むカドミウム沈殿物を得る工程である。
【0020】
このpHの調整のために使用するpH調整剤は、前工程と同様に、工業的に使用可能なアルカリであればいずれも使用可能である。例えば、水酸化カルシウムだけでなく、水酸化ナトリウムや水酸化マグネシウム、水酸化カリウム等を使用してよい。
【0021】
このpHの調整に際して、第2の中和工程では、第1の中和工程で調整した濾液のpHよりも大きく、且つ、濾液に含まれるカドミウムがカドミウム水酸化物を形成する範囲に調整する。
この場合、pH8.5以上に調整することが好ましい。これにより、沈殿分離を効果的に行うことができる。また、上記において、さらにpH11.0以下に調整することによって、濾液にタリウムが含まれる場合であっても、タリウムを液中に効果的に分配することができる。
【0022】
pHが8.5より小さくなるように調整すると、カドミウムの沈殿量が不足してしまう。このカドミウムの沈殿量の不足は、カドミウムロスの増加を示すものである。
一方、pHが11.0より大きくなるように調整すると、タリウムの沈殿物が生成されてしまう懸念がある。なお、第2の中和工程を経て得られた濾液には、原料溶液に含まれていたタリウムのほぼ全量が分配されることになるので、タリウムの低減効果は大きい。
【0023】
ところで、この第2の中和工程において、前工程の第1中和工程で得た濾液の代わりに、第1中和工程で得た濾液に強塩基性陰イオン交換樹脂を接触させてカドミウムを吸着し、次いで、このカドミウムを吸着した強塩基性陰イオン交換樹脂を純水に接触させて得たカドミウム溶離液に対して、pH調整剤を添加してpH調整を行ってもよい。
この場合、カドミウム溶離液に含まれるカドミウムがカドミウム水酸化物を形成する範囲にカドミウム溶離液のpHを調整することによって、固相部にカドミウム水酸化物が分配された第2中和スラリーを形成することができる。この第2中和スラリーを固液分離することにより、カドミウム水酸化物を含むカドミウム沈殿物を得ることができる。
【0024】
用いる強塩基性陰イオン交換樹脂は、クロロ錯体を介してカドミウムを吸着させるものであるため、クロロ錯体を形成しない不純物を高度に分離することが可能である。また、前記カドミウム溶離液には、クロロ錯体を形成しない金属元素は分配されることがないため、例えば、タリウムのようにクロロ錯体を形成しない元素を沈殿させないようにするために、pHの上限を制限するような操作は不要である。
【0025】
<浸出工程>
浸出工程は、前工程の中和工程で得たカドミウム水酸化物を含むカドミウム沈殿物に水を添加して作製した水溶液、或いはスラリーに対して、酸を添加してカドミウムを優先的に浸出させ、カドミウム以外の他の成分は不純物として、水酸化物や硫酸塩の固体形態に分配させてカドミウムが浸出された浸出スラリーを形成した後、この浸出スラリーに固液分離処理を施し、カドミウムが浸出されたカドミウム浸出液を得る工程である。
【0026】
本工程で使用する酸は特に限定されず、例えば、硫酸を使用することができる。また、カドミウム浸出液のpHはカドミウムが優先的に浸出されるpHである限り、その調整範囲は特に限定されない。
例えば、pH2.0以上、pH6.5以下の範囲に調整することができる。特に低pHの領域において、亜鉛、ニッケル、ケイ素の浸出率がカドミウムの浸出率に接近してカドミウムとの分離が十分に行えなくなるが、こうしたカドミウム浸出液であっても、後述の金属採取工程において電気分解法を採用する場合、電気分解法は亜鉛、ニッケル、ケイ素はとの分離に優れたカドミウムの還元方法であるため、この電気分解法の始液として供することができる。
【0027】
さらに、カドミウム浸出液のpHを5.5以上、6.5以下の範囲に調整することによって、亜鉛、ニッケル、ケイ素、マンガンの各元素をカドミウムから効果的に分離させることが可能である。このようにして得たカドミウム浸出液は、亜鉛、鉛、ニッケル、ケイ素、マンガンの含有量が相対的にカドミウムに対して低減されているため、電気分解法の始液として供することが出来るだけでなく、特にケイ素との分離が優れるので、後述の金属採取工程において亜鉛セメンテーション法を採用する場合、この亜鉛セメンテーション法の始液として供することができる。
【0028】
ところで、前記の浸出スラリーに酸化剤を添加して、酸化還元電位を浸出スラリーに含まれるマンガンをマンガン酸化物とする範囲に調整し、そのマンガン酸化物を沈殿物として含む酸化スラリーを形成した後、この酸化スラリーに固液分離処理を施すことによってカドミウム浸出液を得ても良い。
【0029】
このようにして得られるカドミウム浸出液は、カドミウムが浸出されているとともに、マンガン酸化物として含まれるマンガンが除去された、マンガン量が低減されたカドミウム浸出液である。
このような酸化剤の添加に際し、使用する酸化剤は特に限定されず、例えば、次亜塩素酸ソーダを使用することができる。
酸化剤の添加量は、マンガンがマンガン酸化物として沈殿する酸化還元電位となる範囲である限り、その調整範囲は特に限定されない。例えば、酸化還元電位が1000mV以上(vs. Ag/AgCl)となる範囲に調整することができる。
【0030】
<金属採取工程>
金属採取工程は、前工程の浸出工程で得たカドミウム浸出液から浸出液中のカドミウムを還元する工程である。この還元は、例えば、「亜鉛セメンテーション法」や、「電気分解法」によって行うことができる。
【0031】
(亜鉛セメンテーション法)
亜鉛セメンテーション法は、前工程の浸出工程で得たカドミウム浸出液に亜鉛粉末を添加して、亜鉛セメンテーション終了時のカドミウム溶液中のカドミウム濃度(以下、亜鉛セメンテーション終点のカドミウム濃度とも称す。)を、浸出液のニッケル濃度とカドミウム濃度に応じて調整することによって、ニッケルの大半をカドミウム溶液中に残留させて、その溶液からのニッケルの析出が抑制された空孔を有する金属カドミウム(以下、スポンジカドミウムとも称す。)を得る、カドミウムの還元方法である。
【0032】
この亜鉛セメンテーション法では、ニッケルの析出量は亜鉛セメンテーション終点のカドミウム濃度が低くなるほど増加するため、得られるスポンジカドミウムのニッケル品位が所望のニッケル品位を満たすように、浸出液のニッケル濃度とカドミウム濃度に応じて、亜鉛セメンテーション終点のカドミウム濃度が調整される。この調整に際し、亜鉛セメンテーション終点のカドミウム濃度は1.0~10.0g/Lの範囲に調整することが好ましい。
これにより、ニッケルの析出が抑制されるとともに、液中に残存するカドミウムを抑制することができて、効率的にスポンジカドミウムを析出することが可能である。
【0033】
スポンジカドミウムのニッケル品位を抑制するためには、浸出液のニッケル濃度は低い方が好ましいが、浸出液のニッケル濃度が高い場合であっても、浸出液のカドミウム濃度がともに高い場合には、析出するニッケル量が増加する一方で、析出するカドミウム量もまた相対的に増加するため、亜鉛セメンテーション終点のカドミウム濃度を適切に選定することによって、スポンジカドミウムのニッケル品位を抑制することが可能である。
【0034】
例えば、浸出液のカドミウム濃度が20g/L、ニッケル濃度が0.02g/Lである場合には、亜鉛セメンテーション終点のカドミウム濃度を1.0g/Lに調整することによって、ニッケル品位が200ppm以下のスポンジカドミウムを得ることができ、また、浸出液のカドミウム濃度が70g/L、ニッケル濃度が0.05g/Lである場合には、亜鉛セメンテーション終点のカドミウム濃度を9.7g/Lに調整することによって、ニッケル品位が100ppm以下のスポンジカドミウムを得ることができる。
【0035】
(電気分解法)
浸出液中のカドミウムの還元は、上記の亜鉛セメンテーション法に拠らず、電気分解法によっても行うことができる。
電気分解法は、電解槽に対してアノードとカソードを浸漬し、カドミウムがカソードに析出する一方で、不純物の析出が抑制される範囲に電流密度と、電気分解終了時の電解液のカドミウム濃度(以下、電解終点のカドミウム濃度とも称す。)を調整することによって、金属カドミウムを得る、カドミウムの還元方法である。
【0036】
この電気分解法における電流密度と、電解終点のカドミウム濃度は、例えば、電流密度が50A/m2~2000A/m2の範囲、電解終点のカドミウム濃度が1.0g/L~3.0g/Lの範囲に調整することができる。
この範囲に調整することにより、亜鉛、ニッケル、マグネシウム、カルシウム、ケイ素、タリウムの析出を効果的に抑制することができる。
【0037】
ここで、前記のカソードとして、例えば、電気導電率とコストの面で優れるSUS板やAl板を用いることができる。また、前記のアノードとして、例えば、酸素発生用電極を用いることができる。酸素発生用電極を用いることによって、アノードにおける塩素の発生を効果的に抑制することが可能である。アノードにおいて塩素が発生してしまうと、カソードに析出した金属カドミウムを再酸化、すなわち再溶解させてしまうため非効率である。
【0038】
なお、この電気分解法に用いる始液として、浸出工程で得た高濃度のカドミウム浸出液の代わりに、この浸出液に亜鉛粉末を添加し、鉛と銅を金属として沈殿させ、鉛、および銅を沈殿物として含むスラリーを形成した後、このスラリーを固液分離して得たカドミウム溶液を用いてもよい。亜鉛粉末の添加量は特に限定されないが、例えば、亜鉛粉末の添加量を0.2g/L以上、5g/L以下の範囲(好ましくは0.7g/L以上、1.5g/L以下の範囲)に調整することができる。
こうして得られるカドミウム溶液は、鉛、および銅が除去され、カドミウム浸出液に含まれるカドミウムの50%以上が残留したカドミウム溶液であり、電気分解法の始液として用いることによって、金属カドミウムの鉛、および銅品位をさらに低減することが可能である。
【0039】
<酸洗浄工程>
酸洗浄工程では、前工程の金属採取工程で得た金属カドミウムに対して、酸を添加して亜鉛、硫黄が液中に排出する範囲にpHを調整する。
これにより、亜鉛、硫黄を液中に排出させた酸洗浄後液(液相)と酸洗浄後金属カドミウム(固相)からなる酸洗浄後スラリーが形成され、このスラリーを固液分離することにより、亜鉛、硫黄が低減された酸洗浄後金属カドミウムを得ることができる。
【0040】
本工程でpHを調整するために使用する酸は、酸化力が比較的小さな酸が好ましく、酸化力が大きな酸を使用すると金属カドミウムが溶解してしまう。
例えば、使用する酸が硫酸や塩酸であれば、金属カドミウムの溶解を抑制できて好ましい。
このとき、亜鉛、硫黄が低減された酸洗浄後金属カドミウムを得るために、酸洗浄後液のpHは0~4以下のpH範囲に調整することが好ましい。
【0041】
<アルカリ洗浄工程>
アルカリ洗浄工程では、前工程の酸洗浄工程で得た酸洗浄後金属カドミウムに対して、アルカリを添加して硫黄が液中に排出する範囲にpHを調整する。
これにより、硫黄を液中に排出させたアルカリ洗浄後液(液相)とアルカリ洗浄後金属カドミウム(固相)からなるアルカリ洗浄後スラリーが形成され、このスラリーを固液分離することにより、硫黄が低減されたアルカリ洗浄後金属カドミウムを得ることができる。
【0042】
本工程でpHを調整するために使用するアルカリは、特に限定されない。
例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カルシウム等の工業的に使用可能なアルカリを使用してよい。
このとき、亜鉛が低減されたアルカリ洗浄後金属カドミウムを得るために、アルカリ洗浄後のpHは10~14のpH範囲となるように調整することが好ましい。
【0043】
<水洗工程>
水洗工程では、前工程のアルカリ洗浄工程で得たアルカリ洗浄後金属カドミウムに対して、水を添加して水洗後スラリーを形成し、このスラリーを固液分離する。前記のアルカリ洗浄後金属カドミウムに含まれるアルカリ金属やアルカリ土類金属を液中に排出させることができる。
【実施例】
【0044】
電気炉ダストに硫酸を添加して、pHを6.5に調整して得た、表1に示す組成の含カドミウム溶液を準備した。
【0045】
【0046】
次に、この含カドミウム溶液に水酸化カルシウムのスラリーを添加して、pHが8.0となるように調整し、60分間撹拌しながら保持した時に発生した沈澱物をメンブレン濾紙で濾過し、得られた濾液の組成を分析した。表2は、その結果を示すものである。亜鉛、鉛、銅、マンガンが低減されたカドミウムを含む濾液が得られた。
【0047】
【0048】
次に、前記の亜鉛、鉛、銅、マンガンが低減されたカドミウムを含む濾液に対して、さらに、水酸化カルシウムのスラリーを添加して、pHが11.0となるように調整し、60分間撹拌しながら保持した時に発生した沈澱物をメンブレン濾紙で濾過し、カドミウム水酸化物を得た。
そして、濾液とこのカドミウム水酸化物の組成を分析した。表3は、濾液の組成を分析した結果を示すものであり、表4はカドミウム水酸化物の組成を分析した結果を示すものである。表3に示すタリウム濃度は、表2に示すタリウム濃度に対して変化しておらず、タリウムのピックアップが抑制された、カドミウム水酸化物が得られたものと判断できる。
【0049】
【0050】
【0051】
次に、前記のカドミウム水酸化物40gを200mlビーカーに分取し、そのカドミウム水酸化物に、純水65mlを添加、25℃の常温で撹拌しながら、pHが6.0となるように64質量%硫酸を添加し、pHが安定してから60分間撹拌し、メンブレン濾紙で濾過した後、この濾液(浸出液)の組成を分析した。表5は、その結果を示すものである。亜鉛、鉛、ニッケル、マンガン、ケイ素の浸出が抑制された高濃度のカドミウム浸出液が得られた。
【0052】
【0053】
次に、前記の高濃度のカドミウム浸出液を2つに分け、一方は1000A/m2の電流密度で還元を行い、もう一方は亜鉛セメンテーション法で還元を行って金属カドミウムを得た。この場合、電解終点のカドミウム濃度は1.0g/L、亜鉛セメンテーション終点のカドミウム濃度は1.0g/Lとした。その後、これら金属カドミウムに含まれる不純物の組成を分析した。表6は、その結果を示すものである。
【0054】
【0055】
次に、前記の電気分解法で得た金属カドミウム、および亜鉛セメンテーション法で得た金属カドミウムを分取し、スラリー濃度が100g/Lとなるよう純水に浸漬して金属スラリーを作製した。その金属スラリーに、64w%硫酸を添加し、酸洗浄後液のpHが1.5になるように調整して5分間撹拌した。その後、固液分離して酸洗浄後金属カドミウムを得た。
次に、前記の酸洗浄後金属カドミウムを80g/Lの水酸化ナトリウム水溶液に対して、スラリー濃度が100g/Lとなるよう投入し、アルカリ洗浄後液のpHが11になるように調整して5分間撹拌した。その後、固液分離してアルカリ洗浄後金属カドミウムを得た。
【0056】
さらに、前記のアルカリ洗浄後金属カドミウムをスラリー濃度が100g/Lとなるよう投入し、10分間撹拌した。その後、固液分離して水洗後金属カドミウムを得た。そして、この水洗後金属カドミウムの組成を分析した。表7は、その結果を示すものである。
【0057】
【0058】
本発明の各工程を経ることによって、99.9%以上のカドミウムを含有し、不純物である亜鉛、鉛、銅、タリウム、ニッケル、マンガン、カルシウム、マグネシウム、シリコン、硫黄、ナトリウムが、全て100ppm未満となる金属カドミウムが得られた。