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特許7628272ミトコンドリアDNAの3243位のアデニンからグアニンへの変異による変異tRNA Leuを検出する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-31
(45)【発行日】2025-02-10
(54)【発明の名称】ミトコンドリアDNAの3243位のアデニンからグアニンへの変異による変異tRNA Leuを検出する方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6883 20180101AFI20250203BHJP
   C12N 15/11 20060101ALN20250203BHJP
【FI】
C12Q1/6883 Z
C12N15/11 Z ZNA
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020073420
(22)【出願日】2020-04-16
(65)【公開番号】P2021168625
(43)【公開日】2021-10-28
【審査請求日】2023-03-15
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124800
【弁理士】
【氏名又は名称】諏澤 勇司
(74)【代理人】
【識別番号】100126653
【弁理士】
【氏名又は名称】木元 克輔
(72)【発明者】
【氏名】山田 勇磨
(72)【発明者】
【氏名】原島 秀吉
【審査官】平林 由利子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/164003(WO,A1)
【文献】Clin. Chem.,2004年,Vol.50, No.6,pp.996-1001
【文献】Accession number: NC_012920.1, Homo sapiens mitochondrion, completegenome,Database: NCBI Reference Sequence,2014年,[検索日 23-JAN-2024],<URL:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NC_012920.1?report=graph&sat=48&satkey=94153117>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12Q 1/00- 3/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
Google/Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞のミトコンドリアが産生するtRNA Leuの変異を検査する方法であって、
当該細胞のミトコンドリアから抽出されたRNAから合成された相補的DNA(cDNA)を鋳型として、第一のオリゴヌクレオチドと共通オリゴヌクレオチドとを組み合わせてミトコンドリアDNAの3243番目がAである遺伝子によりコードされる野生型mt-tRNA Leuに対応するDNAを増幅し、かつ、第二のオリゴヌクレオチドと共通オリゴヌクレオチドとを組み合わせてミトコンドリアDNAの3243番目がGである遺伝子によりコードされる変異型mt-tRNA Leuに対応するDNAを増幅することを含み、
第一のオリゴヌクレオチドは、配列番号12に記載の塩基配列の一部であって、配列番号3に記載の塩基配列を含み、かつ連続した19塩基以上23塩基以下の長さの塩基配列であるオリゴヌクレオチドであり、
第二のオリゴヌクレオチドは、配列番号13に記載の塩基配列の一部であって、配列番号7に記載の塩基配列を含み、かつ連続した19塩基以上23塩基以下の長さの塩基配列であるオリゴヌクレオチドであり、
共通オリゴヌクレオチドは、配列番号1に記載の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドである、方法。
【請求項2】
第一のオリゴヌクレオチドが、配列番号4に記載の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドであり、第二のオリゴヌクレオチドは、配列番号8に記載の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
tRNA Leuに対する、野生型塩基配列を有するtRNA Leu、および/または、変異型塩基配列を有するtRNAの割合を求めることをさらに含む、請求項1又は2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミトコンドリアDNAの3243位のアデニンからグアニンへの変異による変異tRNA Leuを検出する方法に関する。本発明はまた、ミトコンドリアDNAの3243位のアデニンからグアニンへの変異による変異tRNA Leuが検出された細胞にミトコンドリアのtRNA Leuを導入する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ミトコンドリア病は、ミトコンドリア機能の異常により引き起こされる疾患である。ミトコンドリア病の主な原因はミトコンドリアDNA(mtDNA)の変異である。1つのミトコンドリアには2~10コピーのmtDNAが存在し、多くのミトコンドリア病患者のミトコンドリアは正常mtDNAと変異mtDNAが混在している(非特許文献1および2)。変異mtDNAの割合がある閾値を超えるとミトコンドリア機能障害を引き起こすことが知られている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Bogenhagen D, Clayton DA., J Biol Chem 249, 7991-7995(1974)
【文献】Holt IJ et al., J Neurol Neurosurg Psychiatry 51, 1075-1077(1988)
【文献】Schapira AH., Lancet 379, 1825-1834(2006)
【発明の概要】
【0004】
本発明は、ミトコンドリアDNAの3243位のアデニンからグアニンへの変異による変異tRNA Leuを検出する方法に関する。本発明はまた、ミトコンドリアDNAの3243位のアデニンからグアニンへの変異による変異tRNA Leuが検出された細胞にミトコンドリアのtRNA Leuを導入する方法に関する。
【0005】
本発明者らは、ミトコンドリアDNAの3243位のアデニンからグアニンへの変異による変異tRNA Leuを検出するために、有利に用いうるプライマーを見出した。本発明者らは、このプライマーセットを用いることによって、総ミトコンドリア中の変異tRNA Leuの割合(変異率)を求めることができることを見出した。本発明者らはまた、変異tRNA Leuを有する細胞に、野生型tRNA Leuを導入する方法を見出した。
【0006】
本発明によれば、以下の発明が提供され得る。
(1)配列番号12に記載の塩基配列またはその一部であって、配列番号3に記載の塩基配列を含み、かつ連続した15塩基以上の塩基配列からなる塩基配列を有するオリゴヌクレオチド。
(2)配列番号13に記載の塩基配列またはその一部であって、配列番号7に記載の塩基配列を含み、かつ連続した15塩基以上の塩基配列からなる塩基配列を有するオリゴヌクレオチド。
(3)請求項1に記載のオリゴヌクレオチドと請求項2に記載のオリゴヌクレオチドとを含む、組合せ。
(4)請求項1に記載のオリゴヌクレオチドと、ミトコンドリアtRNA LeuのN末端領域にハイブリダイズ可能な塩基配列を有するオリゴヌクレオチドとを含む、組合せ。
(5)請求項2に記載のオリゴヌクレオチドと、ミトコンドリアtRNA LeuのN末端領域にハイブリダイズ可能な塩基配列を有するオリゴヌクレオチドとを含む、組合せ。
(6)請求項3の組合せと、ミトコンドリアtRNA LeuのN末端領域にハイブリダイズ可能な塩基配列を有するオリゴヌクレオチドとを含む、組合せ。
(7)細胞のミトコンドリアが産生するtRNA Leuの塩基配列を検査する方法であって、
請求項3に記載の組合せからなるプライマーセットと、請求項4に記載の組合せからなるプライマーセットとを用いて、当該細胞のミトコンドリアから抽出されたRNAを鋳型として定量的ポリメラーゼ連鎖反応(定量的PCR)を行うことを含む、方法。
(8)tRNA Leuに対する、野生型塩基配列を有するtRNA Leu、および/または、変異型塩基配列を有するtRNAの割合を求めることをさらに含む、上記(7)に記載の方法。
(9)ミトコンドリアtRNA Leuとカチオン性ポリマーとの複合体を内包した脂質ナノ粒子。
(10)上記(9)に記載の脂質ナノ粒子を含む、医薬組成物。
(11)MELASを処置することに用いるための、上記(10)に記載の医薬組成物。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1図1は、野生型ミトコンドリアtRNA Leuと3243A→G変異による変異型ミトコンドリアのtRNA Leuを一定割合(理論値)で混合し、これを各グラフの上部に示されるフォワードプライマーセットと共通リバースプライマーを用いて定量的PCRで分析したときの、理論値と前記分析により推定される鋳型の量比(実測値)との関係を示す図である。各グラフ上部のプライマー名は、表1に記載される配列名に対応する。
図2図2は、配列番号10に記載の塩基配列を有する野生型ミトコンドリアtRNA Leuを細胞内に送達するための脂質ナノ粒子の形成方法を示す。tRNAは、プロタミンと混合され、tRNAとプロタミンとの複合体(ナノ粒子)が得られた。得られたtRNAとプロタミンとの複合体を、記載された脂質を含むアルコール溶液と混合し、希釈およびフィルターろ過を経て、ミトコンドリアのtRNA Leuを内包した脂質ナノ粒子(mt-tRNA Leu/MITO)を得た。
図3図3は、mt-tRNA Leu/MITOと培養液中で接触させて24時間後のMELAS細胞中の総mt-tRNA Leuに対する変異型mt-tRNA Leuの割合(変異率)を示す。
図4図4は、培養液中でMELAS細胞と接触させるmt-tRNA Leuの量と、当該処理を受けたMELASにおけるmt-tRNA Leuの変異率との関係を示す。
図5図5は、mt-tRNA Leu/MITOと培養液中で接触させて24時間後のMELAS細胞の最大ミトコンドリア呼吸能を示す。
図6図6は、、培養液中でMELAS細胞と接触させるmt-tRNA Leuの量と、当該処理を受けたMELASの最大ミトコンドリア呼吸能との関係を示す。
【発明の詳細な説明】
【0008】
本明細書では、「対象」とは、真核生物であり、例えば、動物、例えば、ヒトなどの霊長類、イヌ、ネコ、マウス、モルモット、ハムスター、ウマ、ウシ、ヒツジ、ブタ、およびヤギなどのほ乳類を意味する。
【0009】
本明細書では、「処置」とは、治療的処置および予防的処置を含む。治療的処置とは、疾患の症状の進行を遅らせる、若しくは止める、または症状を緩和する、若しくは治癒することを意味し得る。予防的処置とは、疾患の症状の発症を遅らせる、または防ぐことを意味し得る。
【0010】
本明細書では、「mt-tRNA Leu」とは、転移RNA(tRNA)の一種である。本明細書では、ミトコンドリアDNAによりコードされるtRNAをmt-tRNAという。本明細書では、mt-tRNA Leuは、ミトコンドリアのtRNAであり、ロイシンをコードするアンチコドンを有するtRNAである。mt-tRNA Leuは、mt-tRNALeuと表記されることもある。mt-tRNA Leuは、プレtRNA(pre-mt-tRNA Leu)として発現し、プロセッシングを受けて成熟型となる。ヒトのミトコンドリアDNAは、例えば、NCBI Reference Sequence: NC_012920.1に登録されている塩基配列が挙げられ、当該ミトコンドリアDNAでは、pre-mt-tRNA Leuは、3182~3331番目の領域によりコードされ、成熟型mt-tRNA Leu(配列番号10)は、3230~3304番目の領域によりコードされる。ここで、RNAにおいては、DNAにおけるT(チミン)がU(ウラシル)として転写される。本明細書では、「mt-tRNA Leu」は、成熟型mt-tRNA Leuおよびpre-mt-tRNA Leuを含む意味で用いられる。mt-tRNA Leuとしては、上記塩基配列によりコードされるmt-tRNA Leuが挙げられるが、それ以外にも、上記塩基配列と同一性を有する機能的なmt-tRNA Leuを含む。上記塩基配列と同一性を有する機能的なmt-tRNA Leuとしては、例えば、90%以上、95%以上、または97%以上の配列同一性を有する機能的なmt-tRNA Leuが挙げられる。機能的とは、tRNAまたはプレtRNAとしての正常な機能を有することを意味する。
【0011】
本明細書では、「3243番目の塩基アデニンに対応する塩基配列」とは、NCBI Reference Sequence: NC_012920.1に登録されている塩基配列の3243番目の塩基アデニンに対応する、他のミトコンドリアDNAにおける塩基(特に、アデニン)を意味する。3243番目の塩基は、NCBI Reference Sequence: NC_012920.1に登録されている塩基配列において、mt-tRNA LeuをコードするDNA中に存在する。したがって、「3243番目の塩基アデニンに対応する塩基配列」は、他のミトコンドリアDNAにおいて、上記3243番目の塩基に対応するmt-tRNA Leuの塩基を意味する。対応する塩基は、例えば、mt-tRNA Leuをコードする核酸の塩基配列をアラインメントすることによって決定することができる。アラインメントによって、2つの塩基配列において一致する塩基の連続した領域は、対応する領域であり、当該領域中のそれぞれの塩基は対応する塩基であり得る。
【0012】
本明細書では、「ミトコンドリア」は、真核細胞の細胞内器官であり、酸化的リン酸化によってエネルギー産生を行う器官である。ミトコンドリアの機能不全は、ミトコンドリア病と呼ばれる様々な疾患の原因となる。ミトコンドリアは、細胞内に複数存在するが、ミトコンドリア自体も複数のミトコンドリアゲノム(ミトコンドリアDNA)を有する。したがって、細胞は、複数のミトコンドリアゲノムを有し、それぞれのミトコンドリアゲノムは同一であるとは限らない。ミトコンドリア病の発症および症状の重篤さには、ミトコンドリアゲノムの割合やミトコンドリアゲノムから発現するRNAまたはタンパク質注の異常なものの割合が関係すると考えられる。
【0013】
本明細書では、「MELAS」とは、ミトコンドリア病の一種であり、ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis, and stroke-like episodes)を意味する。MELASの患者では、反復する脳卒中様発作が生じることが知られている。MELASに罹患した患者の80%は、3243番目の塩基アデニンに対応する塩基配列がグアニンに変異している。3243番目の塩基アデニンは、ミトコンドリアのmt-tRNA Leu中に含まれる塩基であり、このアデニンのグアニンへの変異は、当該mt-tRNA Leuの機能を低下させ、これにより、ミトコンドリアによる呼吸およびATP産生が不全になる。MELASの重篤度には、3243番目のアデニンのグアニンへの変異を有する変異型mt-tRNA Leu(配列番号11)の全mt-tRNA Leuに占める割合が関与すると考えられている。
【0014】
本明細書では、「ミトコンドリアを単離する」とは、ミトコンドリアを細胞の内部から外部へ取り出し、かつ、少なくとも1つの他の成分から分離することを意味する。
【0015】
本明細書では、「ポリメラーゼ連鎖反応」(PCR)とは、DNAを増幅する手法の一種である。PCRでは、+鎖および-鎖に対して設計された短い塩基配列を有するプライマーとよばれるオリゴヌクレオチドの間のDNAを増幅することができる。RNAをPCRの対象とする場合には、当該RNAに相補的なDNA(cDNA)を合成し、当該cDNAを鋳型として当該RNAをコードするDNAを増幅させることでRNAの増幅を代替することができる。プライマーとしては、15~30mer程度の長さのオリゴヌクレオチドが用いられ得る。プライマーは、例えば、15mer、16mer、17mer、18mer、19mer、20mer、21mer、22mer、23mer、24mer、25mer、26mer、27mer、28mer、29mer、または30merであり得、好ましくは、20~25mer(例えば、20~22mer、例えば、21mer)であり得る。本明細書では、「定量的PCR」とは、PCRを用いた鋳型存在量の定量方法を意味する。定量的PCRとしては、例えば、蛍光プローブ法が挙げられる。蛍光プローブ法においては、分解されると蛍光を発するプローブを用い得る。当該プローブは、蛍光色素と、当該蛍光を消光させるクエンチャーとを有する1本鎖形態のDNAであり、目的とするPCRの増幅産物と相補的な塩基配列を有し、当該増幅産物にハイブリダイズすることができる。温度を上昇させてポリメラーゼを働かせると、ポリメラーゼのエキソヌクレアーゼ活性によってプローブは分解され、蛍光色素をクエンチャーとが解離し、これにより蛍光色素が蛍光を発し得る状態となる。PCRにより増幅産物が増えると、クエンチャーと解離する蛍光色素量が増える。プローブ法では、この仕組みによって、蛍光量の増加の程度からDNAの最初の量を推定することができる。
【0016】
本明細書では、「オリゴヌクレオチド」とは、一本鎖のオリゴヌクレオチドを意味する。オリゴヌクレオチドは、ヌクレオチドの重合体である。ヌクレオチドは、例えば、DNAである。
【0017】
本発明では、ミトコンドリアDNA自体の変異を調べるのではなく、ミトコンドリアDNAによりコードされるmt-tRNA Leuの変異を調べる手法が提供される。具体的には、本発明では、mt-tRNA LeuのプレRNAを鋳型として、定量的PCRを行うことによって、mt-tRNA Leu中の変異型mt-tRNA Leuの割合を求めることができる。
【0018】
mt-tRNA Leuを細胞から抽出する方法は、細胞からミトコンドリアを単離することと、単離されたミトコンドリアからmt-tRNA Leuを含むRNAを抽出することとを含み得る。
【0019】
細胞からミトコンドリアを単離することは、周知技術を用いて適宜実施することができる。細胞からミトコンドリアを単離することは、例えば、ホモジェナイズ等の水流等による細胞の機械的な破壊、および/または、界面活性剤等による細胞の化学的な破壊により細胞を破壊することにより行うことができる。細胞を破壊して、細胞溶解液を得た後には、例えば、遠心分離(例えば、700×g、4℃、10分)によって細胞の破片を沈降させ、ミトコンドリアを含む上清を回収することができる。ミトコンドリアを含む前記上清は、例えば、密度勾配遠心法によりさらに精製してもよい。密度勾配遠心法によるさらなる精製は、例えば、60%パーコール溶液にミトコンドリアを含む前記上清を添加し、遠心分離(例えば、400×g、4℃、15分)を行い、溶液中央部の界面部分を回収することをさらに含んでもよい。
【0020】
得られたミトコンドリアからtRNAを含むRNAを回収することができる。RNAの回収は、当業者であれば適宜行うことができ、例えば、市販のRNA抽出キットを用いて行うことができる。RNAからはmt-tRNA Leuに対する相補的DNA(cDNA)を合成することができる。cDNAの合成は、当業者であればプライマーを用いて適宜実施することができる。
【0021】
本発明の方法は、単離されたミトコンドリアから抽出されたRNA溶液を鋳型としてcDNAを合成した後に、当該得られたcDNAを鋳型として実施することができる。
【0022】
mt-tRNA Leuの点変異検出用プライマーDNAとそのセット
第一のオリゴヌクレオチド
本発明では、配列番号12に記載の塩基配列の一部であって、配列番号3に記載の塩基配列を含み、かつ連続した15塩基以上の塩基配列からなる塩基配列を有するオリゴヌクレオチド(第一のオリゴヌクレオチド)が提供される。
【0023】
第一のオリゴヌクレオチドの塩基配列では、3’末端の塩基がAであり、かつ、3’末端から2番目の塩基がG以外(すなわち、H(not G)、具体的にはA、T、またはC、例えば、C)である。2番目の塩基がG以外であることによって、プライマーの鋳型へのアニーリング状況が変化し、これにより、プライマーは、野生型と変異型への選択性を高め得る。このオリゴヌクレオチドは、mt-tRNA Leuの3’末端の14merからなる配列に相補的な配列を含み、かつ、それよりも長い配列(付加配列)をさらに含む。当該付加配列は、pre-tRNAに結合することに有利であると考えられる。
【0024】
第一のオリゴヌクレオチドは、15塩基長以上であり、好ましくは、好ましくは16塩基以上、好ましくは17塩基以上、好ましくは18塩基以上、好ましくは19塩基以上、好ましくは20塩基以上、または21塩基以上(例えば、21塩基、22塩基、23塩基、24塩基、または25塩基、好ましくは、21塩基)の長さのポリヌクレオチドであり得る。第一のオリゴヌクレオチドは、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)のアニーリング条件下において、野生型のmt-tRNA Leuのpre-tRNAに結合し得る。
【0025】
第一のオリゴヌクレオチドは、好ましくは、配列番号4に記載の塩基配列を有する。
【0026】
第一のオリゴヌクレオチドは、共通オリゴヌクレオチドと組み合わせて、すなわち、PCR条件下でmt-tRNA Leuの’末端の領域(例えば、3280~3331番目の領域)をコードするDNAに対してハイブリダイズする若しくは当該領域と相補的な配列を有する、15塩基以上、好ましくは16塩基以上、好ましくは17塩基以上、好ましくは18塩基以上、好ましくは19塩基以上、好ましくは20塩基以上、または21塩基以上(例えば、21塩基、22塩基、23塩基、24塩基、または25塩基、好ましくは、21塩基)の長さのポリヌクレオチド(共通オリゴヌクレオチド)と組み合わせてPCRのプライマーとして用いることによって、ミトコンドリアDNAの3243番目がAである遺伝子によりコードされるmt-tRNA Leuを増幅することに用いることができる。共通オリゴヌクレオチドは、例えば、配列番号1の塩基配列を有する。すなわち、第一のオリゴヌクレオチドは、共通オリゴヌクレオチドと組み合わせて用いることによって、PCRによってミトコンドリアDNAの3243番目がAである遺伝子によりコードされるmt-tRNA Leuを増幅することに用いることができる。例えば、第一のオリゴヌクレオチドは、共通オリゴヌクレオチドと組み合わせて用いることによって、PCRによって野生型mt-tRNA Leuを増幅することに用いることができる。
【0027】
第二のオリゴヌクレオチド
第二のオリゴヌクレオチドは、配列番号13に記載の塩基配列の一部であって、配列番号7に記載の塩基配列を含み、かつ連続した15塩基以上の塩基配列からなる塩基配列を有するオリゴヌクレオチドである。
【0028】
第二のオリゴヌクレオチドの塩基配列では、3’末端の塩基がGであり、かつ、3’末端から2番目の塩基がG以外(すなわち、H(not G)、具体的には、A、T、またはC、例えば、C)である。2番目の塩基がG以外であることによって、プライマーの鋳型へのアニーリング状況が変化し、これにより、プライマーは、野生型と変異型への選択性を高め得る。このオリゴヌクレオチドは、mt-tRNA Leuの3’末端の14merからなる配列に相補的な配列を含み、かつ、それよりも長い配列(付加配列)をさらに含む。当該付加配列は、pre-tRNAに結合することに有利であると考えられる。
【0029】
第二のオリゴヌクレオチドは、15塩基長以上であり、好ましくは、好ましくは16塩基以上、好ましくは17塩基以上、好ましくは18塩基以上、好ましくは19塩基以上、好ましくは20塩基以上、または21塩基以上(例えば、21塩基、22塩基、23塩基、24塩基、または25塩基、好ましくは、21塩基)の長さのポリヌクレオチドであり得る。第二のオリゴヌクレオチドは、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)のアニーリング条件下において、3243番目のアデニンのグアニンへの変異を有する変異型のmt-tRNA Leuのpre-tRNAに結合し得る。
【0030】
第二のオリゴヌクレオチドは、好ましくは、配列番号8の塩基配列を有する。
【0031】
第二のオリゴヌクレオチドは、上記において定義される共通オリゴヌクレオチドと組み合わせてPCRのプライマーとして用いることによって、ミトコンドリアDNAの3243番目がGである遺伝子によりコードされるmt-tRNA Leuを増幅することに用いることができる。すなわち、第二のオリゴヌクレオチドは、共通オリゴヌクレオチドと組み合わせて用いることによって、PCRによってミトコンドリアDNAの3243番目がGである遺伝子によりコードされるmt-tRNA Leuを増幅することに用いることができる。例えば、第二のオリゴヌクレオチドは、共通オリゴヌクレオチドと組み合わせて用いることによって、PCRによって3243番目のアデニンのグアニンへの変異を有する変異型mt-tRNA Leuを増幅することに用いることができる。
【0032】
プライマーセット
本発明によれば、第一のオリゴヌクレオチドと共通オリゴヌクレオチドとの組合せ(第一の組合せ)が提供される。第一の組合せは、プライマーセットとして用いることにより、PCRによって、野生型のミトコンドリアmt-tRNA Leuの検出に用いることができる。プライマーセットにおいて、第一のオリゴヌクレオチドと共通オリゴヌクレオチドとは、一方がフォワードプライマーであり、他方がリバースプライマーである。
【0033】
本発明によれば、第二のオリゴヌクレオチドと共通オリゴヌクレオチドとの組合せ(第二の組合せ)が提供される。第二の組合せは、プライマーセットとして用いることにより、PCRによって、変異型のミトコンドリアmt-tRNA Leuの検出に用いることができる。変異型のミトコンドリアのmt-tRNA Leuは、MELASの原因となり得る。プライマーセットにおいて、第二のオリゴヌクレオチドと共通オリゴヌクレオチドとは、一方がフォワードプライマーであり、他方がリバースプライマーである。
【0034】
本発明によれば、第一のオリゴヌクレオチドと第二のオリゴヌクレオチドと共通オリゴヌクレオチドとの組合せ(第三の組合せ)が提供される。第三の組合せは、プライマーセットとして用いることにより、PCRによって、野生型mt-tRNA Leuおよび変異型mt-tRNA Leuのいずれかまたは両方の検出に用いることができる。
【0035】
第三の組合せはまた、定量的PCRに用いることができる。定量的PCRにより、以下に説明されるように、野生型mt-tRNA Leuと変異型mt-tRNA Leuとの比率や変異率(すなわち、変異型mt-tRNA Leu量/総mt-tRNA Leu量)を求めることができる。
【0036】
本発明のプライマーセット(例えば、第三の組合せ)は、mt-tRNA Leuに結合するプローブをさらに含んでいてもよい。
【0037】
疾患の推定
本発明によれば、細胞内のミトコンドリアmt-tRNA Leuを測定する方法であって、
単離されたミトコンドリアから単離されたRNAから、mt-tRNA Leuの相補的DNA(cDNA)を合成することと、
合成されたcDNAを含む鋳型と第一の組合せとを用いたPCRによってmt-tRNA Leuに対応するDNAを増幅することとを含む、方法(第一の方法)が提供される。
【0038】
本発明によれば、細胞内のミトコンドリアmt-tRNA Leuを測定する方法であって、
単離されたミトコンドリアから単離されたRNAから、mt-tRNA Leuの相補的DNA(cDNA)を合成することと、
合成されたcDNAを含む鋳型と第二の組合せとを用いたPCRによってmt-tRNA Leuに対応するDNAを増幅することとを含む、方法(第二の方法)が提供される。
【0039】
本発明によれば、細胞内のミトコンドリアmt-tRNA Leuを測定する方法であって、
単離されたミトコンドリアから単離されたRNAから、mt-tRNA Leuの相補的DNA(cDNA)を合成することと、
合成されたcDNAを含む鋳型と第三の組合せとを用いたPCRによってmt-tRNA Leuに対応するDNAを増幅することとを含む、方法(第三の方法)が提供される。
【0040】
第三の方法は、好ましくは、定量的PCR、特に、プローブ法である。
【0041】
本発明の方法(例えば、第三の方法)によって、mt-tRNA Leuの変異率を決定することができる。例えば、本発明の方法(例えば、第三の方法)は、mt-tRNA Leuの変異率を決定することをさらに含んでいてもよい。
【0042】
本発明の方法(例えば、第三の方法)によって、mt-tRNA Leuの変異率から、それが由来する細胞または対象が、ミトコンドリア病であるかいなかを決定することができる。例えば、本発明の方法(例えば、第三の方法)は、mt-tRNA Leuの変異率から、mt-tRNA Leuが由来する細胞または対象が、ミトコンドリア病であるか否かを決定することをさらに含んでいてもよい。
【0043】
本発明の方法(例えば、第三の方法)によって、mt-tRNA Leuの変異率から、それが由来する細胞または対象が、ミトコンドリア病の発症リスクを評価することができる。例えば、本発明の方法(例えば、第三の方法)は、mt-tRNA Leuの変異率から、それが由来する細胞または対象が、ミトコンドリア病の発症リスクを評価することをさらに含んでいてもよい。
【0044】
本発明の方法(例えば、第三の方法)は、上記においてミトコンドリア病であると決定された対象またはミトコンドリア病の発症リスクを有する対象に対して、機能的なmt-tRNA Leuを投与することをさらに含んでいてもよい。機能的なmt-tRNA Leuは、以下に説明されるように、機能的なmt-tRNA Leuとカチオン性ポリマーとの複合体を脂質ナノ粒子に内包させて、投与することができる。
【0045】
変異型mt-tRNA Leuの存在比の検出
ミトコンドリア病の発症と、全ミトコンドリアmt-tRNA Leu中の変異型mt-tRNA Leuの割合が高まることには相関がある。したがって、RNAレベルで、変異型mt-tRNA Leuの存在比(変異率)を検討することは、ミトコンドリア病であること、または、ミトコンドリア病を発症するリスクを有することを評価することに有益であり得る。
【0046】
変異率は、遺伝子変異の定量に用いることができる公知の方法、例えばアレル特異的PCR法、インベーダー法、アレル特異的ハイブリダイゼーション法、次世代シーケンス法等を用いて定量することができる。これらの方法の中で好ましく用いられるものの1つは、定量的ARMS-PCR法(Amplification Refractory Mutation Systems PCR、例えばNewton,C.R. et al, Nucleic Acids Res. 1989, 17, 2503-2516;V. Venegas et al, Methods Mol. Biol. 2012, 837, 313-326、これらの文献は、その全体が参照として本明細書に取り込まれる)である。この方法では、検出対象となる点変異の塩基とその前後の塩基配列を基に、野生型配列を増幅するためのプライマーDNAセット(野生型検出用プライマーDNAセット)と点変異を含む配列を増幅するためのプライマーDNAセット(変異型検出用プライマーDNAセット)とを設計し、各プライマーDNAセットを用いて、測定対象のミトコンドリアRNAの逆転写反応により得られたcDNAを鋳型とした定量的PCRを行う。定量的PCRにより決定された野生型検出用プライマーDNAセットを用いた場合のCT値(CTwild)及び変異型検出用プライマーDNAセットを用いた場合のCT値(CTmut)を、下記式にあてはめることで、変異率を算出することができる。
【数1】
【0047】
T値は、当業者によく知られているように、ベースラインに対して有意な増加が認められるシグナルレベルが達成されたときのPCRのサイクル数である。CT値は、当業者により適宜設定することができる。
【0048】
絶対定量をする場合には、既知量の標準試料の希釈系列を作成して、増幅前DNA量とCT値との関係を表す検量線を作成し、被検試料のCT値から検量線を用いて増幅前DNA量を求めることができる。野生型と変異型のそれぞれについて絶対定量を行うことができる。
【0049】
本態様のキットは、野生型検出用プライマーDNAセット及び変異型検出用プライマーDNAセットを含むものであればよいが、逆転写酵素、PCR反応用の試薬、バッファー等をさらに含んでもよい。
【0050】
本態様のキットは、プローブをさらに含んでいてもよい。プローブは、蛍光色素とクエンチャーによって修飾されている。ここで、クエンチャーは、蛍光色素の蛍光を消光させる物質であり、当業者であれば、蛍光色素をクエンチャーとの組合せを適宜決定することができ、プローブを作成することができる。プローブは、分解前は、クエンチャーによって蛍光色素による蛍光が消光されているために発光しないが、ポリメラーゼにより分解された後には蛍光色素をクエンチャーから解離させ、蛍光色素に蛍光を発させることができる。プローブは、mt-tRNA Leuの部分配列(特にプライマー結合部分を除く配列部分)であり得、当業者であれば適宜設計することができる。
【0051】
本態様のキットは、細胞中のmt-tRNA Leuの変異率を決定することに用いることができる。
【0052】
mt-tRNA Leuを内包した脂質構造体(脂質ナノ粒子)
本発明の別の態様は、mt-tRNA Leuとカチオン性ポリマーとを含むナノ粒子を内包した脂質膜構造体(「第一実施形態の脂質膜構造体」という)に関する。
本発明の核酸とカチオン性ポリマーとを含むナノ粒子を内包した脂質膜構造体は、サイズの大きな核酸を内包することができる。
ここで、「内包」とは、脂質膜構造体がナノ粒子を含むこと、好ましくは、ナノ粒子を脂質膜構造体が完全に包み込むことを意味する。完全に包み込むことの効果として、内包された物質の安定性が向上することが挙げられる。
【0053】
第一実施形態の脂質膜構造体において、カチオン性ポリマーは、核酸と複合体形成をさせるために用いる。核酸は、ポリアニオンであるため、複合体形成には、ポリカチオンが適している。このように形成される粒子は、電気的に中和している必要が必ずしもないが、電気的に中和していてもよい。カチオン性ポリマーとしては、カチオン性アミノ酸を含むポリマー、例えば、カチオン性のタンパク質が挙げられる。カチオン性のタンパク質としては、例えば、プロタミンが挙げられる。プロタミンは、精子核のクロマチンの高度な凝集に必要なタンパク質であり、負電荷を帯びるDNAと強く結合することが知られたタンパク質であり、本発明に好ましく用いられ得る。カチオン性ポリマーとして、カチオン性タンパク質を用いる場合には、N/P比が、例えば、0.5~1.5、0.7~1.3、0.8~1.2(例えば、0.9)となるように、タンパク質と核酸の混合比率を決定することができる。ここで、N/P比において、Nはタンパク質中の側鎖の窒素原子数を表し、Pは核酸中のリン原子数を表す。
【0054】
第一実施形態の脂質膜構造体において、核酸とカチオン性ポリマーとの複合体は、核酸とカチオン性ポリマーとを溶液中で混合することによって溶液中で形成させることができる。上記混合に用いられる溶液としては、核酸とカチオン性ポリマーとが複合体を形成する限り特に限定されないが、例えば、中性の水溶液、例えば、pH7~8の水溶液、例えば、pH7.4の水溶液とすることがえきる。pHの調整は、HEPES等の緩衝剤を用いて行うことができる。
【0055】
第一実施形態の脂質膜構造体において、核酸とカチオン性ポリマーとの複合体を含む水溶液は、リン脂質を含むアルコール溶液と混合することによって、核酸とカチオン性ポリマーとの複合体を内包した脂質膜構造体が得られる。
【0056】
第一実施形態の脂質膜構造体において、リン脂質は、特に限定されないが例えば、ホスファチジルコリン(例えば、ジオレオイルホスファチジルコリン、ジラウロイルホスファチジルコリン、ジミリストイルホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリン、ジステアロイルホスファチジルコリン等)、ホスファチジルグリセロール(例えば、ジオレオイルホスファチジルグリセロール、ジラウロイルホスファチジルグリセロール、ジミリストイルホスファチジルグリセロール、ジパルミトイルホスファチジルグリセロール、ジステアロイルホスファチジグリセロール等)、ホスファチジルエタノールアミン(例えば、ジオレイルホスファチジルエタノールアミン、ジラウロイルホスファチジルエタノールアミン、ジミリストイルホスファチジルエタノールアミン、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン、ジステアロイルホスファチジエタノールアミン等)、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸、カルジオリピン、スフィンゴミエリン、セラミドホスホリルエタノールアミン、セラミドホスホリルグリセロール、セラミドホスホリルグリセロールホスファート、1、2-ジミリストイル-1、2-デオキシホスファチジルコリン、プラスマロゲン、卵黄レシチン、大豆レシチン、これらの水素添加物等であることができる。リン脂質は、ホスファチジルエタノールアミン(例えば、ジオレイルホスファチジルエタノールアミン、ジラウロイルホスファチジルエタノールアミン、ジミリストイルホスファチジルエタノールアミン、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン、ジステアロイルホスファチジエタノールアミン等)、スフィンゴミエリンであることが好ましく、より好ましくはジオレイルホスファチジルエタノールアミン、スフィンゴミエリンである。ある好ましい態様では、脂質膜構造体のミトコンドリアへの移行率を高める観点で、リン脂質は、ホスファチジン酸及びスフィンゴミエリンからなる群から選択される1以上のリン脂質と、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンと、を含むものとすることができる。
【0057】
第一実施形態の脂質膜構造体において、アルコール溶液で用いられるアルコールは、特に制限はないが、例えば、エタノール、t-ブタノール、1-プロパノール、2-プロパノール及び2-ブトキシエタノール等を挙げることができ、エタノールが好ましく用いられ得る。エタノールは、例えば、100%エタノールであり得る。
【0058】
本発明のある好ましい態様では、脂質膜構造体に膜透過性を付与するために、当該脂質膜構造体は、細胞膜透過性ペプチドなどのカチオン性のポリマー(例えば、カチオン性アミノ酸のポリマー、例えば、ポリアルギニンまたはポリリジン)を表出していてもよい。このようにすることによって、脂質膜構造体を細胞内への導入を促進することができる。細胞内に導入された脂質膜構造体は、ミトコンドリア指向性ペプチドを表出する場合には、ミトコンドリアで核酸を機能させることができる。このように、本発明では、tRNAなどの特定の立体構造を形成して活性を発揮するタイプのRNAであっても、細胞導入後に機能させることができる点で有利である。カチオン性のポリマーを脂質膜構造体に表出させるためには、カチオン性のポリマーと脂質(特に限定されないが例えば、ミリストイル基)とのコンジュゲートを作製し、当該コンジュゲートの脂質部分で脂質膜構造体にアンカーさせることによって、カチオン性ポリマーを安定的に脂質膜構造体に表出させることができる。膜透過性ペプチドとしては、tatペプチド(ヒト免疫不全ウイルスのtatタンパク質のGenBank登録番号:AAF35362.1のアミノ酸配列の48~60位に対応するペプチド配列を有する)、オリゴアルギニン(R9)、オリゴリジン(K10)などの塩基性アミノ酸に富むペプチド、ペネトラチンなどの塩基性部分と疎水性部分とを有する両親媒性ペプチド、トランスポーチン、TP10などのペプチドが挙げられる。膜透過性ペプチドであって、ミトコンドリア指向性を有するペプチドとしては、オクタアルギニン(R8)、親油性トリフェニルホスホニウムカチオン(Lipophilic triphenylphosphonium cation;TPP)若しくはローダミン(Rhodamine)123などの脂溶性カチオン物質、ミトコンドリア標的配列(Mitochondrial Targeting Sequence;MTS)ペプチド(Kong,BW. et al.,Biochimica et Biophysica Acta 2003,1625,pp.98-108)若しくはS2ペプチド(Szeto,H.H. et al.,Pharm.Res. 2011,28,pp.2669-2679)などのポリペプチドが挙げられる。ここでS2ペプチドとしては、Dmt-D-Arg-FK-Dmt-D-Arg-FK-NH2{ここで、Dmtは、2,6-ジメチルチロシンであり、D-ArgはD体のアルギニンであり、Fは、L体のフェニルアラニンであり、Kは、L体のリジンである}が挙げられる。ある態様では、脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)のゼータ電位が5mV以上、10mV以上、15mV以上、16mV以上、17mV以上、18mV以上、19mV以上、または20mV以上、例えば、約20mVであり得る。
【0059】
第一実施形態の脂質膜構造体において、核酸とカチオン性ポリマーとの複合体を内包した脂質膜構造体は、動的光散乱法(DLS法)により測定した平均粒径(数平均粒径)が、200nm以下、190nm以下、または180nm以下であり得る。平均粒径が小さいことは細胞への取込み効率を高める観点で好ましい。第一実施形態の脂質膜構造体において、核酸とカチオン性ポリマーとの複合体を内包した脂質膜構造体は、動的光散乱法(DLS法)により測定した平均粒径が、例えば、20nm以上、30nm以上、40nm以上、50nm以上、60nm以上、70nm以上、80nm以上、90nm以上、100nm以上、110nm以上、120nm以上、130nm以上、140nm以上、150nm以上であり得る。第一実施形態の脂質膜構造体において、核酸とカチオン性ポリマーとの複合体を内包した脂質膜構造体は、動的光散乱法(DLS法)により測定した平均粒径が、例えば、20nm以上200nm以下、50nm以上150nm以下、150nm以上200nm以下、または100nm以上150nm以下であり得る。
【0060】
第一実施形態の脂質膜構造体において、核酸とカチオン性ポリマーとの複合体を内包した脂質膜構造体は、動的光散乱法(DLS法)により測定した多分散性指数(PDI)は、例えば、0.4以下、0.35以下、または0.3以下であり得る。上記多分産生指数は、例えば、0.1以上、0.15以上、または0.2以上であり得る。
【0061】
第一実施形態の脂質膜構造体において、核酸とカチオン性ポリマーとの複合体を内包した脂質膜構造体は、動的光散乱法(DLS法)により測定した平均粒径が、例えば、20nm以上200nm以下かつPDIが0.4以下、平均粒径が150nm以上200nm以下かつPDIが、0.4以下、または平均粒径が100nm以上150nm以下かつPDIが、0.4以下であり得る。第一実施形態の脂質膜構造体において、核酸とカチオン性ポリマーとの複合体を内包した脂質膜構造体は、動的光散乱法(DLS法)により測定した平均粒径が、例えば、20nm以上200nm以下かつPDIが0.3以下、平均粒径が150nm以上200nm以下かつPDIが、0.3以下、または平均粒径が100nm以上150nm以下かつPDIが、0.3以下であり得る。
【0062】
医薬組成物、処置方法、その他
本発明では、第一実施形態の脂質膜構造体を含む医薬組成物が提供される。
【0063】
本発明は、上記において説明したとおりミトコンドリアmt-tRNA Leuを有効成分として含有する、mt-tRNA Leuの変異を原因とするミトコンドリア病(以下、特に断らない限り、単にミトコンドリア病と表す。)、特にmt-tRNA Leuの変異を原因とする薬剤性難聴の治療及び/又は予防のための医薬組成物を、さらなる態様として提供する。mt-tRNA Leuは、成熟型であっても、プレ型であってもよい。pre-mt-tRNA Leuは、細胞内で成熟型に変換されるからである。
【0064】
本態様の医薬組成物は、注射剤、点滴剤等の非経口製剤の形態で用いられることができる。また、このような非経口製剤に用いることができる担体としては、例えば、生理食塩水や、ブドウ糖、D-ソルビトール等を含む等張液といった水性担体が挙げられる。
【0065】
本態様の医薬組成物は、薬学的に許容される緩衝剤、安定剤、保存剤その他の添加剤といった成分を含んでもよい。薬学的に許容される成分は当業者において周知であり、当業者が通常の実施能力の範囲内で、例えば第十七改訂日本薬局方その他の規格書に記載された成分から製剤の形態に応じて適宜選択して使用することができる。
【0066】
本態様の医薬組成物の投与方法は特に制限されないが、非経口製剤である場合は、例えば点耳、鼓室内投与等の内耳投与、血管内投与(好ましくは静脈内投与)、腹腔内投与、腸管内投与、皮下投与等を挙げることができる。好ましい実施形態の一つにおいて、本発明の治療剤は、点耳又は鼓室内投与により生体に投与される。
【0067】
本態様の医薬組成物は、ミトコンドリア病の原因となるmt-tRNA Leuの遺伝子異常に対応した機能的なmt-tRNA Leu(例えば、野生型のmt-tRNA Leu)をミトコンドリア内に供給することにより、ミトコンドリア病の治療及び/又は予防効果を示すものと期待される。
【0068】
本発明の医薬組成物は、mt-tRNA Leuの遺伝子異常を有する対象に対して投与することができる。この場合、医薬組成物は、機能的なmt-tRNA Leu(例えば、野生型のmt-tRNA Leu)を含む脂質膜構造体を含むものであり得る。対象は、ミトコンドリア病を発症している対象であるか、またはミトコンドリア病を発症するリスクを有する対象であり得る。対象は、本発明の方法により、トコンドリア病を発症している対象であるか、またはミトコンドリア病を発症するリスクを有する対象と決定された対象であってもよい。ミトコンドリア病の発症においては、異常なRNAの正常なカウンターパートに対する比率が高まることが原因となり得る。したがって、本発明の医薬組成物は、異常なRNAの正常なカウンターパートに対する比率が十分に低くなる程度に、対象に投与することができる。
【0069】
本明細書において用いられる治療及び/又は予防は、疾患の治癒、一時的寛解又は予防等を目的とする医学的に許容される全てのタイプの治療的及び/又は予防的介入を包含する。すなわちミトコンドリア病の治療及び/又は予防は、ミトコンドリア病の進行の遅延又は停止、病変の退縮又は消失、発症の予防又は再発の防止等を含む、種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
【0070】
本態様の医薬組成物は、ミトコンドリア病の治療及び/又は予防に用いることができる。したがって本態様の医薬組成物の使用は、当該組成物を用いてミトコンドリア病を治療及び/又は予防する方法として表すこともでき、本発明はそのような方法の発明も提供する。
【0071】
さらに、本態様の医薬組成物をミトコンドリア病患者又はミトコンドリア病を発症するおそれのある者に投与することにより、ミトコンドリア病を治療及び/又は予防することができることが期待される。このように、本発明は、本態様の医薬組成物の有効量をミトコンドリア病患者又はミトコンドリア病を発症するおそれのある者に投与することによる、ミトコンドリア病を治療及び/又は予防する方法も提供する。ここで「有効量」とは、ミトコンドリア病を治療及び/又は予防するのに効果的な量を意味し、かかる量はミトコンドリア病の症状の程度その他の医学的要因によって適宜調節される。
【0072】
本発明によれば、ミトコンドリアDNAの3243番目のアデニンのグアニンへの変異を有する対象に対して、本発明の脂質膜構造体または医薬組成物を投与することを含む、方法が提供される。ミトコンドリアDNAの3243番目のアデニンのグアニンへの変異を有する対象は、ミトコンドリア病(特にMELAS)を発症した対象であり得る。ミトコンドリアDNAの3243番目のアデニンのグアニンへの変異を有する対象は、ミトコンドリア病(特にMELAS)を発症するリスクを有する対象であり得る。
【0073】
本発明によれば、ミトコンドリアDNAの3243番目のアデニンのグアニンへの変異を有する対象においてミトコンドリア病(特にMELAS)を処置する方法であって、当該対象に本発明の脂質膜構造体または医薬組成物を投与することを含む、方法が提供される。
【0074】
本発明によれば、ミトコンドリア病(特にMELAS)を処置することに用いる医薬の製造における、本発明の脂質膜構造体または医薬組成物の使用が提供される。
【0075】
本発明によれば、ミトコンドリア病(特にMELAS)を処置することに用いるための、本発明の脂質膜構造体または医薬組成物が提供される。
【実施例
【0076】
実施例1.ミトコンドリアRNAにおける点変異定量プロトコルの確立
1)mt-tRNA Leuの野生型(WT)および変異体(MT)をコードするDNAの作製
制限酵素EcoRI及びEcoRVで開環したプラスミドpUC57-Ampに、以下の2種類の塩基配列の両端にEcoRI及びEcoRVサイトを付加したインサートをそれぞれ組み込んで、T7プロモーターによってmt-tRNA Leuの変異体が転写されるプラスミドであるpT7-mt-tRNA Leu(WT)及びpT7-mt-tRNA Leuの変異体(MT)を作製した。以下、ヒトミトコンドリアDNA(ヒトmt-DNA)の塩基配列における番号は、NCBI Reference Sequence: NC_012920.1に登録されている塩基配列とその塩基番号で表される。
pT7-mt-tRNA Leu(WT):
pBluescript II SK (+) (Stratagene) 由来のT7プロモーター20bpと、ヒトmt-DNAの3182~3331番目の領域(ミトコンドリアpre-mt-tRNALeuに対応する)の塩基配列(配列番号10)を有する。
pT7-mt-tRNA Leu(MT):
pBluescript II SK (+) (Stratagene) 由来のT7プロモーター20bpと、3243番目のアデニンをグアニンに置き換えたヒトmt-DNAの3182~3331番目の領域(ミトコンドリアpre-mt-tRNALeuに対応する)とが連結された塩基配列(配列番号11)を有する。
【0077】
2)プライマー設計
表1に示される塩基配列からなるプライマーDNAをそれぞれ化学合成した。リバースプライマーは、WTとMTで共通の配列とし、mt-tRNA Leuに対して完全に相補的に作成された。
【0078】
【表1】

※表中、小文字は成熟型tRNA Leuに存在しない配列である。
【0079】
上述のように、野生型フォワードプライマーは、WTのmt-tRNA LeuをコードするDNAの相補鎖に対して完全に相補的であるWT0プライマーを設計した。WT1プライマーは、WT0プライマーの3’末端から2つ目の塩基をミスマッチさせた。WT1 Longプライマーでは、WT1プライマーの5’末端を7mer延長させた。WT2 Longプライマーでは、WT1 Longプライマーの3’末端から3つ目の塩基をミスマッチさせた。
また、変異型フォワードプライマーは、MTのmt-tRNA LeuをコードするDNAの相補鎖に対して完全に相補的であるMT0プライマーを設計した。MT1プライマーは、MT0プライマーの3’末端から2つ目の塩基をミスマッチさせた。MT1 Longプライマーでは、MT1プライマーの5’末端を7mer延長させた。MT2 Longプライマーでは、MT1 Longプライマーの3’末端から3つ目の塩基をミスマッチさせた。
【0080】
3)定量的PCR試験
pT7-mt-tRNA Leu(WT)およびpT7-mt-tRNA Leu(MT)を様々な比率で含むDNA混合溶液をサンプルとして用い、上記プライマーと、SYBR Green Realtime PCR Master Mix(TOYOBO)を用いて定量的PCRを行った。PCR条件は95℃/1分 → {95℃/15秒 → 60℃/1分}の反応を40サイクルとした。
【0081】
野生型検出用リバースプライマーを含むプライマーDNAセットを用いたPCRで得られたCT値(CTwild)及び変異型検出用リバースプライマーを含むプライマーDNAセットを用いたPCRで得られたCT値(CTmut)を下記式にあてはめて、各DNA混合溶液における変異率を算出した。
【0082】
【数2】
【0083】
横軸に変異率の理論値(正常型DNA及び変異型DNAの混合割合)、縦軸にCT値から算出した変異率をプロットした(図1)。図1では、各グラフの上部にそれぞれ用いた野生型検出用プライマーの名称と変異型検出用プライマーの名称が記載されている。例えば、図1の最左列最上段のグラフの上部にある「WT0-MT0」との記載は、野生型検出用プライマーとしてWT0を用い、かつ、変異型検出用プライマーとしてMT0を用いたことを意味する。また、横軸は、pT7-mt-tRNA Leu(WT)およびpT7-mt-tRNA Leu(MT)の混合割合を示し、数値が大きいほど、MTのDNAが多く混合されたことを意味する。
【0084】
結果は、図1に示される通りであった。図1に示されるように、WT0-MT1では、DNA中の変異型の混合割合の増減を、PCRによって検出することはできなかった。しかしながら、WT1 long-MT1 longでは、理論値と実測値とが相関し、また、再現性も良好であった。
【0085】
実施例2.MELAS細胞および正常細胞におけるmt-tRNA Leuの変異率の測定
3243番目の塩基アデニンがグアニンに置換したミトコンドリアDNAを有する患者は、MELAS(mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis, and stroke-like episodes)の症状を引き起こす。MELAS患者の約80%が3243番目の塩基アデニンがグアニンに置換したミトコンドリアDNAを有することが明らかになっている。
【0086】
健常者由来の皮膚線維芽細胞を正常細胞として用い、3243番目の塩基アデニンのグアニンへの変異を有するMELAS患者由来の皮膚線維芽細胞をMELAS細胞として用いた。
【0087】
正常細胞および変異細胞それぞれからミトコンドリアを回収するために、皮膚繊維芽細胞(2×106 cells程度)をCell Scrub buffer 200μLに懸濁し、4℃で15 min振とう後、遠心分離(700 g, 4℃, 3 min)した。上清を除去後、MIB(EDTA+)500μLに懸濁した。シリンジ針(27G)により細胞を破砕したのち遠心分離(700 g, 4℃, 10 min)して上清を回収し、0.1 mg/mL RNase溶液を0.45μL添加して25℃で10 minインキュベーションした。遠心分離(700 g, 4℃, 10 min)し上清を回収し、60% percoll solutionの上に添加して遠心分離(20,400 g, 4℃, 10 min)し、境界面の溶液を200μL回収した。遠心分離(20,400 g, 4℃, 15 min)して上清を除去後、MIB(-)500μLを加えた。再度遠心分離(20,400 g, 4℃, 15 min)して上清を除去し、ミトコンドリア画分を得た。
【0088】
ミトコンドリア画分から、RNase mini kit(QIAGEN N.V)、RNase-Free DNase Set(QIAGEN N.V)を用いてRNAを抽出し、さらにHigh Capacity RNA-to-cDNA Kit(ABI)を用いてRNAの逆転写反応を行うことで、定量用cDNAを調製した。
【0089】
WT1 long-MT1 longのプライマーの組合せを用いて、正常細胞およびMELAS細胞におけるrRNAの変異率を定量した。このとき、上記プライマーは、プレmt-tRNA Leuを増幅していると考えられる。結果は、表2に示される通りであった。
【0090】
【表2】
【0091】
表2に示されるように、MELAS細胞中のミトコンドリアDNAの100%がmt-tRNA Leuの変異型をコードし、故にmt-tRNA Leuの変異率は理論上100%であるのに対して、上記プライマーの組合せを用いて測定した実測値は98.4%であった。また、正常細胞中のミトコンドリアDNAの0%がmt-tRNA Leuの変異型をコードし、故にmt-tRNA Leuの変異率は理論上0%であるのに対して、上記プライマーの組合せを用いて測定した実測値は0.02%であった。
【0092】
このように、WT1 long-MT1 longのプライマーの組合せを用いて得られる実測値から、mt-tRNA Leuの変異率を正確に推定できることが明らかとなった。
【0093】
実施例3:MELAS細胞への野生型mt-tRNA Leuの導入とそれによる変異率の変化の測定
上記のMELAS細胞に対して野生型mt-tRNA Leuを導入する試験を行った。mt-tRNA Leuを細胞に導入するために、図2に示されるスキームにしたがって、mt-tRNA Leu搭載脂質ナノ粒子を調製した。その後、脂質ナノ粒子導入後の細胞中の野生型mt-tRNA Leuと変異型mt-tRNA Leuの比率を実施例2の通りに行った。
【0094】
T7プロモーターの下流に作動可能に連結したmt-tRNA LeuをコードするDNAを有するベクターを設計した。このベクターは、T7プロモーターの下流にpre-mt-tRNA Leu(3182~3331)をコードする遺伝子を作動可能に連結したものである。すなわち、本実施例では、mt-tRNA Leuとしては、pre-mt-tRNA Leuを用いた。ベクターを制限酵素処理してpre-mt-tRNA Leuの下流に配置したEcoRIサイトにおいて切断し、直鎖化して、RiboMAX(商標)Large Scale RNA Production Systems-T7(PROMEGA)を用いたin vitro転写反応によって、T7プロモーターによって転写されるRNAを合成し、Nucleospin RNA clean-up and concentration of RNA XS kit(TAKARA BIO)を用いてpre-mt-tRNA Leuを精製した。
【0095】
0.12 mg/mLのプロタミン(protamine)/HEPES Buffer(pH7.4)溶液に0.3 mg/mLの精製mt-tRNA Leu/HEPES Buffer溶液の等量をボルテックスしながら添加し、核酸ナノ粒子溶液(N/P比0.9)を調製した{ここで、Nはタンパク質中の側鎖の窒素原子数を表し、Pは核酸中のリン原子数を表す}。動的光散乱法によりリポソームの粒子径及びゼータ電位(表面電位)を測定した。その結果、平均粒径は163nm±20nm、PdIが0.06±0.01、およびゼータ電位は-33mV±3mVであった。
【0096】
次に、脂質溶液(DOPE:SM:STR-R8=9:2:1、DOPE 18μL、SM 8μL、STR-R8 20μL、EtOH 62μL)に核酸ナノ粒子溶液65μLをボルテックスしながら添加して、懸濁液を調製した。5 mLチューブ中のHEPES Buffer 630μLに懸濁液をボルテックスしながら添加した後、これをAmicon Ultra-4中のHEPES Buffer 4 mLに加え、遠心処理(1000 g、25℃、8 min)した。さらにHEPES Buffer 4 mLを加えて再度遠心処理(1000 g、25℃、12 min)して、pre-mt-tRNA Leuが封入されたリポソーム(mt-tRNA Leu/MITO)を回収した。動的光散乱法によりリポソームの粒子径及びゼータ電位(表面電位)を測定した。その結果、平均粒径は179nm±8nm、PdIが0.30±0.01、およびゼータ電位は41mV±4mVであった。また、封入されたナノ粒子の比率は23%±4%であった。
【0097】
MELAS細胞(1×105細胞)を6ウェルプレートに播種し、24時間後にmt-tRNA Leu/MITOを培地に添加した。3時間後に培地(DMEM FBS+)を交換して24時間後に細胞を回収して、野生型と変異型のmt-tRNA Leuの割合を測定した。陰性対照として、未処理のMELAS細胞、空の脂質ナノ粒子で処理したMELAS細胞、市販のリポフェクタミン2000試薬を用いてmt-tRNA Leuを導入したMELAS細胞を試験した。
【0098】
結果は、図3に示される通りであった。図3に示されるように、mt-tRNA Leu/MITOを導入したMELAS細胞では、変異型mt-tRNA Leuの割合が統計学的に有意に減少することが示された。図中。**は、一元分散分析(ボンフェローニ試験)において有意差(p<0.05)を示す。
【0099】
また、導入するmt-tRNA Leuの重量/ウェルを変化させた。すると、図4に示されるように、導入するmt-tRNA Leuの重量を増加させると共に、導入細胞における変異型mt-tRNA Leuの割合は低下した。
【0100】
次に、mt-tRNA Leuを導入した上記細胞の呼吸能を試験した。測定の24±3時間前にMELAS細胞(1×105細胞)をAgilent Seahorse XFp Cell Culture Miniplates (Agilent Technologies, Santa Clara, CA, USA)に播種した(10,000細胞/ウェル程度)。XF DMEM Medium (Agilent)にあらかじめ1.0Mグルコース溶液,200mMグルタミン溶液(Agilent)を加えて24.75mMグルコース,4mMグルタミンを含むランニング培地を調製した。測定1時間前から細胞をランニング培地を用いて細胞を培養し(CO2 free, 37℃)、細胞の酸素消費量とミトコンドリア機能をAgilent Seahorse XFp extracellular flux analyzer (Agilent Technologies, Santa Clara, CA, USA)を用いて測定した。XFp Cell Mito Stress Test Kit(Agilent)を用いて、1μMオリゴマイシン(電子伝達系 呼吸鎖複合体VのATP合成酵素阻害剤
), 1μM FCCP (脱共役剤), 1μMロテノン+1μMアンチマイシンA(電子伝達系 呼吸鎖複合体IおよびIII阻害剤)インジェクション時の酸素消費量も測定した。測定後の細胞について、PierceTM BCA Protein Assay Kit (Thermo fisher Inc.)を用いて定量した細胞タンパク濃度によって結果を補正した。陰性対照として、未処理のMELAS細胞、空の脂質ナノ粒子で処理したMELAS細胞、市販のリポフェクタミンを用いてmt-tRNA Leuを導入したMELAS細胞を試験した。結果は、図5に示される通りであった。
【0101】
図5に示されるように、mt-tRNA Leu/MITOは、MELAS細胞の呼吸能を顕著に向上させた。MELAS細胞では、mt-tRNA Leuが機能不全であることによってミトコンドリアの呼吸能が低下している。mt-tRNA Leu/MITOは、この低下した呼吸能を改善する作用を有することが明らかとなった。
【0102】
陰性対照として、リポフェクタミン2000とmt-tRNA Leuとの複合体を投与したMELAS細胞では、呼吸能の改善はマージナルなものであった。図3によれば、mt-tRNA Leuの分子自体は細胞内に導入されていると思われる一方で、この細胞内への導入はミトコンドリアの呼吸能の改善には結びついていないことが示唆される。
【0103】
mt-tRNA Leuの細胞への添加量(ng/ウェル)と細胞の呼吸能との関係を図6に示す。図6に示されるように、添加量は、200~800ng/ウェルにおいて良好であり、400ng/ウェルで特に良好であった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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