(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-31
(45)【発行日】2025-02-10
(54)【発明の名称】脂肪酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 7/64 20220101AFI20250203BHJP
C12N 9/20 20060101ALN20250203BHJP
【FI】
C12P7/64
C12N9/20
(21)【出願番号】P 2020056625
(22)【出願日】2020-03-26
【審査請求日】2022-12-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000227009
【氏名又は名称】日清オイリオグループ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】屋代 幸男
(72)【発明者】
【氏名】中川 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】春口 英徳
(72)【発明者】
【氏名】山下 義文
【審査官】鉢呂 健
(56)【参考文献】
【文献】特開昭64-016593(JP,A)
【文献】特開平07-051075(JP,A)
【文献】特開2001-049289(JP,A)
【文献】特開平01-016594(JP,A)
【文献】特開平08-214892(JP,A)
【文献】特開平07-203979(JP,A)
【文献】国際公開第2012/087153(WO,A1)
【文献】特公昭46-016508(JP,B1)
【文献】特公昭48-001401(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
油脂の加水分解による脂肪酸の製造方法において
、
該加水分解が、固定化されていない酵素による、3回以上繰り返し行われる加水分解工程を含み、
前記油脂が亜麻仁油、前記脂肪酸が亜麻仁脂肪酸、及び前記酵素がリパーゼであり、
各加水分解工程で添加される該酵素の添加量において、第1の加水分解工程の該酵素の添加量が最も多く、第2以降の加水分解工程の該酵素の添加量が第1の加水分解工程の添加量の0.5質量倍以下であり、
前記第1の加水分解工程が、植物油(油相)に対して、前記酵素を4×10
3~2×10
6U/Lとなるように添加して行うものであり、
第1と第2の加水分解工程は、固定化されていない酵素を添加して加水分解を行い、第3以降の加水分解工程は前記酵素を添加せずに加水分解を行う、
脂肪酸の製造方法。
【請求項2】
前記酵素がキャンディダ・シリンドラッセ(Candida cylindracea)起源の粉末リパーゼであり、
前記第2の加水分解工程が、第1の加水分解工程で添加した酵素量の0.2~0.5質量倍の前記酵素を添加して行うものである、
請求項
1に記載の脂肪酸の製造方法。
【請求項3】
前期第1の加水分解工程で、遊離脂肪酸濃度が85質量%以上である、請求項1又は2に記載の脂肪酸の製造方法。
【請求項4】
前記亜麻仁油が、ブレーク試験(基準油脂分析試験法 参1.11-2013)において、ブレークが発生しないものである、請求項1~3のいずれか1項に記載の脂肪酸の製造方法。
【請求項5】
加水分解工程後に、油相を80~110℃以下で減圧乾燥する、請求項1~4のいずれか1項に記載の脂肪酸の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脂肪酸は、食品、洗浄剤、塗料、医薬品等の原料として用いられており、油脂の加水分解で製造される。加水分解としては、高温及び高圧条件下で行う方法があり、生産性が高いが、高圧に耐える装置が必要な上、二重結合を多く含む脂肪酸は、ダメージを受けやすい。また、酵素を用いて加水分解する方法があり、低温で反応を行うため、脂肪酸のダメージは少ないが、反応率が低いため、複数回の加水分解を行う必要があった。この時、蛋白質である酵素(リパーゼ)は水溶性であり、反応毎に失われるので、固定化した酵素を用いて、反応毎に酵素を回収して再利用していた(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、固定化した酵素を用いる場合、酵素の固定化の過程で酵素活性が低下するため、より多くの酵素が必要になる他、酵素の回収工程(回収装置)、あるいは固定化した酵素を充填したカラム等の複雑な反応装置が必要になる問題があった。
【0005】
そこで、本発明は、酵素を使い捨てで反応するにも関わらず、酵素量を減少させ、簡単な設備で脂肪酸を製造できる、脂肪酸の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記目的を達成するために、下記の脂肪酸の製造方法を提供する。
【0007】
[1] 油脂の加水分解による脂肪酸の製造方法において、該加水分解が、固定化されていない酵素による、繰り返し行われる加水分解工程を含み、各加水分解工程で添加される該酵素の添加量において、第1の加水分解工程の該酵素の添加量が最も多く、第2以降の加水分解工程の該酵素の添加量が第1の加水分解工程の添加量の0.5質量倍以下である、脂肪酸の製造方法。
[2] 前記加水分解工程が、3回以上繰り返し行われ、第1と第2の加水分解工程は、固定化されていない酵素を添加して加水分解を行い、第3以降の加水分解工程は前記酵素を添加せずに加水分解を行う、脂肪酸の製造方法。
[3] 前記酵素がキャンディダ・シリンドラッセ(Candida cylindracea)起源の粉末リパーゼであり、
前記第1の加水分解工程が、植物油(油相)に対して、前記酵素を4×103~2×106U/Lとなるように添加して行うものであり、
前記第2の加水分解工程が、第1の加水分解工程で添加した酵素量の0.2~0.5質量倍の前記酵素を添加して行うものである、
[1]又は[2]の脂肪酸の製造方法。
[4] 前期第1の加水分解工程で、遊離脂肪酸濃度が85質量%以上である、[1]~[3]のいずれかの脂肪酸の製造方法。
[5] 前記油脂が、亜麻仁油であり、脂肪酸が亜麻仁脂肪酸である、[1]~[4]のいずれかの脂肪酸の製造方法。
[6] 前記亜麻仁油が、ブレーク試験(基準油脂分析試験法 参1.11-2013)において、ブレークが発生しないものである、[5]の脂肪酸の製造方法。
[7] 加水分解工程後に、油相を80~110℃以下で減圧乾燥する、[1]~[6]のいずれかの脂肪酸の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、少ない酵素で、簡単な設備・工程で脂肪酸を製造できる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
酵素を用いた油脂の加水分解反応は、可逆反応であり、酵素にとっては、油脂中のグリセリドも遊離脂肪酸も基質となる。そのため、油脂の加水分解率を高めるために、加水分解工程を繰り返し行うが、油脂の加水分解が進んでも、毎回の加水分解工程で必要な酵素量は同じか、少なくとも基質となりうる油相に対する割合が同じにする必要があった。
この時、固定化されていない酵素は、加水分解時の油水分離で、水相に溶解し、喪失されるため、毎回同量の酵素量を添加して行われることがなされていた。
しかし、本発明者らは、固定化されていない酵素を用いた油脂の加水分解において、繰り返し行われる加水分解工程で、酵素の油相に対する添加割合を低減しても反応できることを見出し、本発明を完成した。この知見に基づき、本願発明の脂肪酸の製造方法を完成するに至った。
【0010】
以下、本発明の脂肪酸の製造方法について、詳説する。なお、本発明の実施の形態において、A(数値)~B(数値)は、A以上B以下を意味する。
【0011】
<油脂>
本発明の脂肪酸の製造方法において、油脂を原料とする。用いる油脂として、植物油、動物油が挙げられる。例えば、亜麻仁油、エゴマ油、大豆油、菜種油、サフラワー油、米油、コーン油、ヒマワリ油、綿実油、オリーブ油、ゴマ油、グレープシード油、落花生油、ハトムギ油、小麦胚芽油、シソ油、チアシード油、サチャインチ油、クルミ油、キウイ種子油、サルビア種子油、ブドウ種子油、マカデミアナッツ油、ヘーゼルナッツ油、カボチャ種子油、椿油、茶実油、ボラージ油、パーム油、パームオレイン、パームステアリン、やし油、パーム核油、カカオ脂、サル脂、シア脂、藻油等の植物性油脂; 魚油、ラード、牛脂、バター脂等の動物性油脂;あるいはそれらのエステル交換油、水素添加油又は分別油等の油脂類を挙げることができる。これらの油脂は、それぞれ単独で用いてもよく、2種以上混合して用いてもよい。
特に、本発明の脂肪酸の製造方法は、高温処理を伴わないため、亜麻仁油、エゴマ油のように、リノレン酸含有量が多い亜麻仁脂肪酸、エゴマ脂肪酸の製造に用いることが好ましい。
【0012】
油脂は、未精製油でも精製油でも使用できるが、脱色工程のような吸着処理を行った油脂が酵素の反応性を維持する点で好ましい。また、亜麻仁油は、ブレーク試験(基準油脂分析試験法 参1.11-2013)において、ブレークが発生しないものが好ましい。同亜麻仁油は、NB亜麻仁油として流通しているものを用いることができる。
【0013】
<酵素>
本発明の脂肪酸の製造方法では、固定化されていない酵素を用いる。固定化されていない酵素としては、培養し、酵素の培地成分等を含有した酵素含有液、あるいは酵素含有液を乾燥して得られたものを用いることができる。また、培地成分等を除去したもの、つまり実質的に酵素自体から構成されるものを用いることができる。本発明の酵素としては、酵素の培養後、菌体を除去し、さらに固定化せずに粉末化したものがより好ましい。粉末化は、培養後に乾燥、あるいは菌体を除去して乾燥、あるいは、穀物粉末及び/又は糖類粉末等を酵素を含む水性液体に溶解及び/又は分散させて得たリパーゼ含有水性液体を、さらに乾燥して粉末化することができる。
【0014】
酵素としては、リパーゼが好ましい。リパーゼは、特に制限されず、動物由来、植物由来、又は微生物由来のリパーゼを用いることができる。リパーゼとしては、リポプロテインリパーゼ、モノアシルグリセロリパーゼ、ジアシルグリセロリパーゼ、トリアシルグリセロリパーゼ、ガラクトリ
パーゼ、フォスフォリパーゼ等が挙げられる。これらのうち、トリアシルグリセロリパーゼが好ましい。なお、リパーゼは、エステル交換反応でも用いられ、1,3-選択性を有するリパーゼもある。一般に、リパーゼの選択性は、グリセリンの1,3位と2位の反応速度に由来する。しかし、エステル交換より加水分解の反応速度が速いため、1,3-選択性を有するリパーゼでも2位脂肪酸を加水分解できるので、選択性に関わらずリパーゼを本発明で用いることができる。
【0015】
リパーゼの起源は、細菌、酵母、糸状菌、放線菌等特に限定されるものではない。リパーゼの起源として、例えば、アルカリゲネス属(Alcaligenes sp.)、シュードモナス属(Pseudomonas sp.)、アスロバクター属(Arthrobacter sp.)、スタフィロコッカス属(Staphylococcus sp.)、トルロプシス属(Torulopsis sp.)、エスチエリシア属(Escherichia sp.)、マイコトルラ属(Mycotorula sp.)、プロピオニバクテリウム属(Propionibacterum sp.)、クロモバクテリウム属(Chromobacterum sp.)、キサントモナス属(Xanthomonas sp.)、ラクトバチルス属(Lactobacillus sp.)、クロストリデイウム属(Clostridium sp.)、キャンデイダ属(Candida sp.)、ジオトリカム属(Geotrichum sp.)、サッカロマイコプシス属(Sacchromycopsis sp.)、ノカルデイア属(Nocardia sp.)、フザリウム属(Fuzarium sp.)、アスペルギルス属(Aspergillus sp.)、リゾムコール属(Rhizomucor sp.)、ムコール属(Mucor sp.)、サーモマイセス属(Thermomyces sp.)リゾプス属(Rhizopus sp.)、ペニシリウム属(Penicillium sp.)、フィコマイセス属(Phycomyces sp.)、プチニア属(Puccinia sp.)、バチルス属(Bacillus sp.)、ストレプトマイセス属(Streptmyces sp.)、などが好ましく挙げられる。
なかでも、キャンディダ・シリンドラッセ(Candida cylindracea)によって生産される非選択性リパーゼが、加水分解の反応性が高く好ましい。
【0016】
本発明のリパーゼ含有組成物は、リパーゼのみからなっていてもよく、また、リパーゼ以外に、リパーゼの培地に用いた成分、助剤等を任意に含んでいてもよい。
【0017】
本発明のリパーゼ含有組成物は、液状又は粉末状物(粉末リパーゼ)の形態であり得る。
粉末リパーゼは、リパーゼ粉末製剤の形で用いてもよい。リパーゼ粉末製剤は、例えば、リパーゼと、穀物粉末及び/又は糖類粉末とを水性液体に溶解及び/又は分散させて得たリパーゼ含有水性液体を、さらに乾燥して粉末化することによって得られる。
リパーゼとしては、市販のリパーゼを用いることができ、例えば、Lipase OF(名糖産業株式会社製 粉末リパーゼ)等が挙げられる。
穀物粉末及び/又は糖類粉末としては、例えば、全脂大豆粉末、脱脂大豆粉末等の大豆粉末、小麦粉、米粉、デキストリンが挙げられる。穀物粉末及び/又は糖類粉末は、リパーゼに対して、例えば250~1000質量%、好ましくは、500~1000質量%、より好ましくは、500~750質量%であることが適当である。
【0018】
なお、本発明において、酵素量は、酵素の加水分解の力価量とする。酵素の加水分解の力価量は、加水分解の力価(U/g)と酵素の質量(g)の積で示される。例えば、加水分解の力価が約4×105U/gであることが知られている前述のLipase OFの1kgの酵素量(力価量)は、約4×105U/g×1000g=約4×108Uである。また、加水分解の力価(U/g)は、油脂を加水分解する酵素の活性であり、例えば、JIS 0601-1995「工業用リパーゼの活性度測定方法」を用いて測定することができる。
【0019】
<加水分解工程>
本発明の脂肪酸の製造方法では、前述の油脂を前述の酵素を用いて、以下の第1の態様の加水分解工程あるいは第2の態様の加水分解工程を含む。
【0020】
加水分解工程は、油相に水を加えて、酵素により加水分解を行い、その後、水を分離する。繰り返し行われる加水分解工程とは、この工程を2回以上繰り返して行うものである。繰り返し行われる加水分解工程は、2~5回行うことが好ましく、3~4回行うことがさらに好ましい。
【0021】
(第1の態様における加水分解工程の酵素の添加量)
第1の態様における加水分解工程は、固定化されていない酵素による、繰り返し行われる加水分解工程を含み、各加水分解工程で添加される該酵素の添加量において、第1の加水分解工程の該酵素の添加量が最も多く、第2以降の加水分解工程の該酵素の添加量が第1の加水分解工程の添加量の0.5質量倍以下である。好ましくは、第2の加水分解工程が、第1の加水分解工程で添加した酵素量の0.2~0.5質量倍の酵素を添加して行う。
【0022】
酵素の添加量は、4×103~2×106U/L(油相1Lに対して4×103~2×106U)添加することが好ましく、2×104~2×105U/L(油相1Lに対して2×104~2×105U)添加することがより好ましく、3.2×104~8×104U/L(油相1Lに対して3.2×104~8×104U)添加することがさらに好ましい。例えば、酵素がキャンディダ・シリンドラッセ(Candida cylindracea)起源の約4×105U/gの活性を有する粉末リパーゼの場合は、第1の加水分解工程が、植物油(油相)に対して、酵素を0.01~5.0kg/kL添加することが好ましく、0.05~0.5kg/kL添加することがより好ましく、0.08~0.2kg/kL添加することがさらに好ましい。
【0023】
(第2の態様における加水分解工程の酵素の添加量)
第2態様における加水分解工程は、3回以上繰り返し行われる加水分解工程を含み、第1と第2の加水分解工程は、固定化されていない酵素を添加して加水分解を行い、第3以降の加水分解工程は前記酵素を添加せずに加水分解を行うことである。なお、第2の態様における加水分解工程は、第1の対応における加水分解工程と同様に、各加水分解工程で添加される該酵素の添加量において、第1の加水分解工程の該酵素の添加量が最も多く、第2以降の加水分解工程の該酵素の添加量が第1の加水分解工程の添加量の0.5質量倍以下であることが、好ましい。より好ましくは、第2の加水分解工程が、第1の加水分解工程で添加した酵素量の0.2~0.5質量倍の酵素を添加して行う。
【0024】
酵素の添加量は、4×103~2×106U/L(油相1Lに対して4×103~2×106U)添加することが好ましく、2×104~2×105U/L(油相1Lに対して2×104~2×105U)添加することがより好ましく、3.2×104~8×104U/L(油相1Lに対して3.2×104~8×104U)添加することがさらに好ましい。例えば、酵素がキャンディダ・シリンドラッセ(Candida cylindracea)起源の約4×105U/gの活性を有する粉末リパーゼの場合は、第1の加水分解工程が、植物油(油相)に対して、酵素を0.01~5.0kg/kL添加することが好ましく、0.05~0.5kg/kL添加することがより好ましく、0.08~0.2kg/kL添加することがさらに好ましい。
【0025】
(加水分解工程の水分量)
各加水分解において、油相(油脂、又は遊離脂肪酸と油脂の混合物)に対する水の量は、加水分解を受けるグリセリドに対して過剰量あれば十分である。油相(油脂、又は遊離脂肪酸と油脂の混合物)に対する水の量は、0.1~10容量倍が好ましく、0.1~2容量倍がより好ましく、0.2~1容量倍がさらに好ましく、0.2~0.5容量倍が特に好ましい。
【0026】
(加水分解工程の反応温度及び時間)
各加水分解反応は、油相(油脂、又は遊離脂肪酸と油脂の混合物)と水相が混ざるように撹拌を行いながら、酵素が失活せずに油相(油脂、又は遊離脂肪酸と油脂の混合物)が液体状態である温度範囲であれば、特に問題なく反応できる。一般に酵素は、温度が高くなると活性が高くなる傾向にあるが、酵素が蛋白質なので、高温では蛋白変性し、活性が低下する。例えば、5~90℃で反応することが好ましく、20~60℃で反応することがより好ましく、20~40℃で反応することがさらに好ましく、30~35℃で反応することが最も好ましい。加水分解反応の反応時間は、酵素量と反応時間に影響を受ける。酵素量が多ければ、短時間で反応平衡に達し、また反応温度が高いほど、短時間で反応平衡に達するので、適宜選択して行う。例えば、粉末リパーゼの場合は、第1の加水分解工程が、植物油(油相)に対して、前記酵素を0.01~5.0kg/kLとなるように添加し、20~40℃で反応する場合は、3~20時間反応することが好ましい。より好ましくは、10~20時間反応することが好ましい。
【0027】
第1の加水分解工程で、遊離脂肪酸濃度が85質量%以上であることが好ましく、90~98質量%であることがより好ましい。遊離脂肪酸濃度(質量%)は、[生成物の中和価(又は酸価)]÷[油脂の加水分解で得られる理論酸価]×100で求めることができる。
【0028】
(加水分解工程の反応後の水相分離)
各加水分解反応は、加水分解後に水相を分離する。水相の分離は、遠心分離器を用いてもよいが、反応タンク中で静置後、下層の水槽をタンクから排出することで行うことができる。
【0029】
<加水分解工程以外の工程>
前記加水分解工程を経た脂肪酸の純度は高純度であるが、水分と酵素が残存している。また、加水分解工程の最後の水相分離が不十分であると、グリセリン等が残存するため、グリセリンや酵素等の水溶性成分を除去するために、水洗を行うことが好ましい。水洗は、油相に水を加えて、撹拌後、静置して、水相を除去することで行う。
【0030】
また、水分を除去するために、乾燥工程を経ることが好ましい。乾燥工程としては、吸着剤による水分除去、減圧乾燥等の方法がある。また、脂肪酸中に残存している酵素を失活させるために、加熱工程を行うことが好まし。加熱を伴う減圧乾燥は、水分除去と酵素の失活ができるために好ましく、例えば、80℃以上で減圧乾燥することで、酵素の失活と水分の除去が同時にできる。減圧乾燥の、減圧度は、80℃の水の蒸気圧47.5kPa以下であればよく、30kPa以下が好ましく、15kPa以下がより好ましい。また、減圧乾燥の上限温度は、脂肪酸が減圧乾燥で留去しない温度、及びトランス化しない温度であればよく、180℃以下が好ましく、アマニ脂肪酸のように不飽和脂肪酸が多い脂肪酸の場合は、110℃以下がより好ましい。減圧乾燥の好ましい温度範囲は、80~110℃であり、より好ましい温度範囲は90~110℃である。
【0031】
また、得られた脂肪酸の特定の脂肪酸純度を高めるために、必要に応じて、蒸留で脂肪酸の純度を高めることができる。
【0032】
さらに、必要に応じて、脂肪酸を吸着処理あるいはろ過により微量成分を除去することができる。
【実施例】
【0033】
以下、本発明について、実施例に基づき具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0034】
(比較例1)
NB亜麻仁油を15kL、水4.5kL、リパーゼOF(名糖産業株式会社製 3.6×105U/g)1.5kgをタンクで、30℃、7.5時間撹拌し、さらに水2kL追加し、4時間撹拌した。3時間静置後、水相を除去し、第1の加水分解工程を経た油相1-1を得た。油相1-1に、水5kL、リパーゼOF(名糖産業株式会社製 3.6×105U/g)1.5kgを添加し、30℃で15時間撹拌した。3時間静置後、水相を除去し、第2の加水分解工程を経た油相1-2を得た。
【0035】
油相1-2に5kLの水を添加し、1時間撹拌の後、7時間静置し、水相を除去し、さらに5kLの水を添加し、1時間撹拌の後、48時間静置の後に、水相を除去し、水洗後の油相1-3を得た。
油相2-3を、100~110℃で15時間減圧乾燥し、0.5μmのカートリッジフィルターでろ過を行い、亜麻仁油脂肪酸1を得た。
【0036】
(実施例1)
NB亜麻仁油を15kL、水4.5kL、リパーゼOF(名糖産業株式会社製 3.6×105U/g)1.5kgをタンクで、30℃、7.5時間撹拌し、さらに水2kL追加し、4時間撹拌した。3時間静置後、水相を除去し、第1の加水分解工程を経た油相2-1を得た。油相2-1に、水5kL、リパーゼOF(名糖産業株式会社製 3.6×105U/g)0.5kg添加し、30℃で15時間撹拌した。3時間静置後、水相を除去し、第2の加水分解工程を経た油相2-2を得た。油相2-2に、水5kLを添加し、30℃で15時間撹拌した。3時間静置後、水相を除去し、第3の加水分解工程を経た油相2-3を得た。
【0037】
油相2-3に5kLの水を添加し、1時間撹拌の後、7時間静置し、水相を除去し、さらに5kLの水を添加し、1時間撹拌の後、48時間静置の後に、水相を除去し、水洗後の油相2-4を得た。
油相2-4を、100~110℃で15時間減圧乾燥し、0.5μmのカートリッジフィルターでろ過を行い、亜麻仁油脂肪酸2を得た。
【0038】
(実施例2)
NB亜麻仁油を15kL、水6kL、リパーゼOF(名糖産業株式会社製 3.6×105U/g)1.5kgをタンクで30℃で19時間撹拌した。3時間静置後、水相を除去し、第1の加水分解工程を経た油相3-1を得た。油相1-1に、水5kL、リパーゼOF(名糖産業株式会社製 3.6×105U/g) 0.5kg添加し、30℃で15時間撹拌した。3時間静置後、水相を除去し、第2の加水分解工程を経た油相3-2を得た。油相3-2に、水5kLを添加し、30℃で15時間撹拌した。3時間静置後、水相を除去し、第3の加水分解工程を経た油相3-3を得た。
【0039】
油相3-3に5kLの水を添加し、1時間撹拌の後、7時間静置し、水相を除去し、さらに5kLの水を添加し、1時間撹拌の後、48時間静置の後に、水相を除去し、水洗後の油相3-4を得た。
油相3-4を、100~110℃で15時間減圧乾燥し、0.5μmのカートリッジフィルターでろ過を行い、亜麻仁油脂肪酸3を得た。
【0040】
(中和価)
第1の加水分解工程を経た油相1-1~1-2、2-1~2-3、3-1~3-3の中和価(第1~3の加水分解工程後の中和価)を測定し、表1に示した。また、第1の加水分解工程に対する第2の加水分解工程及び第3の加水分解工程の中和価の増加率も表1に示した。なお、アマニ脂肪酸の中和価は概ね200程度であるので、第1の加水分解工程では、90%以上の加水分解率であることがわかる。
【0041】
【0042】
表1の結果から、2回目以降の加水分解反応において、酵素量を減らしても反応できることが確認できる。また、実施例1、2は、比較例1よりもリパーゼの使用量が少ないにもかかわらず、比較例1と同等の中和価を有することが確認できた。