(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-31
(45)【発行日】2025-02-10
(54)【発明の名称】高分子化合物の分析方法およびその分析システム
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20250203BHJP
G01N 30/74 20060101ALI20250203BHJP
G01N 30/80 20060101ALI20250203BHJP
G01N 21/65 20060101ALI20250203BHJP
【FI】
G01N30/88 P
G01N30/74 Z
G01N30/80 F
G01N30/80 D
G01N21/65
(21)【出願番号】P 2023529602
(86)(22)【出願日】2022-03-28
(86)【国際出願番号】 JP2022015106
(87)【国際公開番号】W WO2022264620
(87)【国際公開日】2022-12-22
【審査請求日】2023-12-14
(31)【優先権主張番号】P 2021101628
(32)【優先日】2021-06-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】000155023
【氏名又は名称】株式会社堀場製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】523459790
【氏名又は名称】竹山 春子
(74)【代理人】
【識別番号】100141852
【氏名又は名称】吉本 力
(74)【代理人】
【識別番号】100143096
【氏名又は名称】山岸 忠義
(72)【発明者】
【氏名】長井 悠佑
(72)【発明者】
【氏名】渡部 悦幸
(72)【発明者】
【氏名】若林 慧
(72)【発明者】
【氏名】中野 ひとみ
(72)【発明者】
【氏名】赤路 佐希子
【審査官】中村 直子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-079067(JP,A)
【文献】Zengrong Zhang,Characterization of styrene copolymers using size-exclusion chromatography with on-line FT-IR viscom,International Journal of Polymer Analysis and Characterization,2007年,vol.12 / issue3,185-201
【文献】Koichi Ute, Ryo Niimi, Koichi Hatada & Andrew C.Kolbertb,Characterization of Ethylene-propylene-diene terpolymers(EPDM) by 750 MHz on-line SEC-NMR,International Journal of Polymer Analysis and Characterization,1999年,vol.5 / issue 1,47-59
【文献】香川信之,液体クロマトグラフィー~ポリマーの共重合体の組成分布解析~,色材協会誌,2020年06月20日,Vol.93 / JUN,2020 / No.6,189-193
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00-30/96
B01J 20/281-20/292
G01N 21/65
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サイズ排除クロマトグラフィーを用いて、試料に含まれる高分子化合物を分離し、クロマトグラムを取得する第1工程と、
前記クロマトグラムにおける前記高分子化合物を含む一つのピークに対応する溶出成分
について、さらに溶出時間ごとに、複数に分取する第2工程と、
ラマン分光法を用いて、前記分取した前記溶出成分のラマンスペクトルを測定する第3工程と
を備える、高分子化合物の分析方法。
【請求項2】
前記一つのピークに対応する同一種の高分子化合物において、溶出時間ごとのラマンスペクトルにより分子量分布によるモノマー組成比を測定する、請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
前記第3工程において測定した2以上のラマンスペクトルを比較する、請求項1
または2に記載の分析方法。
【請求項4】
前記高分子化合物が、共重合体である、請求項1
~3のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項5】
前記共重合体が、二元共重合体、三元共重合体または四元共重合体である、請求項
4に記載の分析方法。
【請求項6】
請求項1~
5のいずれか一項に記載の方法を実施するための分析システムであって、
サイズ排除クロマトグラフィーにより、試料に含まれる高分子化合物を分離し、クロマトグラムを取得する液体クロマトグラフィー装置と、
前記クロマトグラムにおける前記高分子化合物を含む一つのピークに対応する溶出成分
について、さらに溶出時間ごとに、複数に分取する分取装置と、
前記分取した前記溶出成分のラマンスペクトルを測定するラマン分光装置と
を備える、高分子化合物の分析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子化合物の分析方法、および、高分子化合物の分析システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、エンジニアリングプラスチックに代表される機能性高分子化合物において、高分子化合物を構成する複数のモノマーの組成を制御して、所望の機能を持たせることが行われている。例えば、家電製品の外装部材やディスプレイなどに広く使用されている樹脂として、AS樹脂がある。AS樹脂は、アクリロニトリルとスチレンとの共重合体であり、この分子量や、アクリロニトリルとスチレンとの組成比を設計変更して、透明性、耐擦傷性、耐熱性などの諸機能に向上させている(特許文献1参照)。よって、分子量やモノマー組成比を的確に把握することは、樹脂の機能向上や再現性を実現させるために、重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、高分子化合物は、例えばそのモノマー種や製造方法などの種々の要因によって、各分子量領域においてモノマーの組成比が変化する、すなわち、高分子化合物の分子量依存性が生じる場合がある。具体的には、同一モノマー種からなる共重合体であっても、ランダム共重合体、ブロック共重合などのモノマー配列に起因して、高分子領域におけるモノマー組成比と、低分子領域におけるモノマー組成比とが異なる場合があり、この分子量依存性が、共重合体全体の物性に影響する。よって、分子量分布や平均的なモノマー組成以外にも、共重合組成の分子量依存性などの、高分子構造のより詳細な情報を把握することが、さらなる樹脂の機能向上や再現性を実現するために求められている。
【0005】
また、高分子化合物の分析に際し、特別な環境(例えば、真空環境)や煩雑な工程(例えば、高熱処理)などを必要とせず、簡易な方法で分析することも求められている。
【0006】
本発明は、高分子化合物の構造の詳細を簡易に分析する方法およびそのシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様の分析方法およびその分析システムは、以下に関する。
<項1>サイズ排除クロマトグラフィーを用いて、試料に含まれる高分子化合物を分離し、クロマトグラムを取得する第1工程と、前記クロマトグラムにおける前記高分子化合物を含む一つのピークに対応する溶出成分を溶出時間ごとに、複数に分取する第2工程と、ラマン分光法を用いて、前記分取した前記溶出成分のラマンスペクトルを測定する第3工程とを備える、高分子化合物の分析方法。
<項2>前記第3工程において測定した2以上のラマンスペクトルを比較する、前記項1に記載の分析方法。
<項3>前記高分子化合物が、共重合体である、前記項1または2に記載の分析方法。
<項4>前記共重合体が、二元共重合体、三元共重合体または四元共重合体である、前記項3に記載の分析方法。
<項5>項1~4のいずれか一項に記載の方法を実施するための分析システムであって、サイズ排除クロマトグラフィーにより、試料に含まれる高分子化合物を分離し、クロマトグラムを取得する液体クロマトグラフィー装置と、前記クロマトグラムにおける前記高分子化合物を含む一つのピークに対応する溶出成分を溶出時間ごとに、複数に分取する分取装置と、前記分取した前記溶出成分のラマンスペクトルを測定するラマン分光装置とを備える、高分子化合物の分析システム。
【発明の効果】
【0008】
項1の発明によれば、一つのピークに含まれる高分子化合物の溶出時間ごとのラマンスペクトルを得ることができる。
項2の発明によれば、比較したラマンスペクトルの高分子化合物が同じ組成かどうかを解析することができる。また、溶出時間ごとに分子量が異なる高分子化合物が溶出するため、高分子化合物の構造の詳細、特に、分子量分布、および、高分子化合物組成の分子量依存性を簡易に分析することができる。
項3の発明によれば、複数のモノマーが重合した高分子化合物を分析することができる。
項4の発明によれば、重合したモノマーの種類が2種類、3種類または4種類である高分子化合物を分析することができる。
項5の発明によれば、高分子化合物の分子量分布、および、高分子化合物組成の分子量依存性を簡易に分析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】第1の態様で使用するLC装置および分取装置の模式図を示す。
【
図2】クロマトグラムを溶出時間ごとに分画した図を示す。
【
図3】第1の態様で使用するラマン分光装置の模式図を示す。
【
図4】第1の態様および実施例で使用する分析システムの模式図を示す。
【
図5】第1の態様で使用する分析システムのブロック図を示す。
【
図7】実施例1で測定したラマンスペクトルを示す。
【
図9】実施例2で測定したラマンスペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.第1の態様
本発明の第1の態様の分析方法は、第1工程、第2工程および第3工程を順に実施する。以下、各工程を詳細に説明する。
【0011】
(第1工程)
第1工程では、液体クロマトグラフィー(以下、「LC」(Liquid Chromatography)と略する。)を用いて、試料から高分子化合物を分離する。
【0012】
LCに供する試料(測定試料)は、高分子化合物を含有する。高分子化合物は、共重合組成の分子量依存性を分析する観点から、共重合体が好ましく、合成高分子からなる共重合体がより好ましい。具体的には、2元共重合体、3元共重合体、4元共重合体などが挙げられる。共重合体のモノマー配列は、ランダム共重、交互共重合、周期的共重合、ブロック共重合、グラフト共重合のいずれであってもよい。高分子を構成するモノマーの種類は限定されず、エンジニアプラスチック分野やそのほかの分野で使用されているモノマーを広く採用することができる。
【0013】
試料は、高分子化合物のみから構成されていてもよく、また、低分子化合物や溶媒などを含有する混合物であってもよい。混合物に含有される低分子化合物は、LCで容易に分離および除去することができるため、高分子化合物の分析に大きな影響を及ぼさない。高分子化合物は、1種単独でもよく、また、2種類以上の複合物でもよいが、各高分子化合物の分析結果を容易にする観点から、好ましくは、1種単独である。
【0014】
なお、本発明において、高分子化合物とは、数平均分子量が1,000以上(好ましくは10,000以上)である重合体をいう。また、同一種の高分子化合物とは、構成するモノマーの種類が全て互いに同一であることをいう。
【0015】
LCは、移動相として液体を用いて、試料を分離するクロマトグラフィーである。第1の態様において、好ましくは、高速液体クロマトグラフィー(High Performance Liquid Chromatography;HPLC)である。LCの分離モードとしては、サイズ排除クロマトグラフィー(Size Exclusion Chromatography;SEC)である。これにより、分子量による分離を可能にする。
【0016】
移動相に用いる溶離液としては、試料に含まれる高分子化合物に対する溶解性に応じて適宜決定すればよく、有機溶媒および水溶液のいずれであってもよい。有機溶媒としては、例えば、テトラヒドロフラン(THF)、トリヒドロフラン、クロロホルム、ジメチルホルムアミド、ベンゼン、トルエン、キノリン、o-クレゾール、o-ジクロロベンゼン、1,2,4-トリクロロベンゼン、テトラクロロエタン、酢酸メチル、メタノール、エタノール、ヘキサフルオロイソプロパノールなどが挙げられる。水溶液としては、例えば、硝酸ナトリウム水溶液、リン酸塩緩衝液、酢酸塩緩衝液などが挙げられる。第1の態様では、サイズ排除クロマトグラフィーを採用し、移動相として有機溶媒を使用したゲル透過クロマトグラフィー(Gel Permeation Chromatography;GPC)が好ましい。
【0017】
カラムに導入される試料濃度(すなわち、高分子化合物含有溶離液における高分子化合物濃度)は、例えば、0.01%w/v以上、好ましくは、0.1%w/v以上であり、または、例えば、10%w/v以下、好ましくは、5%w/v以下である。
【0018】
カラムは、サイズ排除クロマトグラフィー用カラムを用いる。このようなカラムとしては、例えば、島津製作所社のShim-pack GPC(登録商標)、東ソーバイオサイエンス社のTSKgel(登録商標)、昭和電工社のShodex(登録商標)、富士フイルム和光純薬社のWakopak(登録商標)などが挙げられる。
【0019】
LCに使用する代表的なLC装置を、
図1に例示する。LC装置100は、ポンプ1と、試料注入部(オートサンプラー)2と、カラム3と、検出部4と、コンピュータ5とを備え、溶離液6が装着される。また、LC装置100には、検出部4の後方に、分取装置200が接続されている。溶離液6は、ポンプ1により送出され、試料注入部2において、試料7と混合される。溶離液6と混合した試料7は、カラム3へと導入され、カラム3にて溶出時間ごとに分離され、検出部4でクロマトグラムとして検出され、コンピュータ5でデータ処理される。分離された試料7は、溶離液6とともに、溶出成分として次の第2工程に供する分取装置200へ送液された後、所望範囲の溶出時間ごとに分取液8として分取され、第3工程に供される。
【0020】
第1の工程では、カラムにサイズ排除クロマトグラフィー用カラムを採用して、サイズ排除クロマトグラフィーを実施する。このため、試料に含まれる高分子化合物は、分子量ごとに分離して排出される。また、検出部4およびコンピュータ5によって、
図2に示すように、横軸が溶出時間、縦軸が信号強度を示すクロマトグラムが取得される。クロマトグラムにおいて、一または複数の分子量ピークが観察される。この際、分子量既知の標準物質(例えば、標準ポリスチレン)を用いて、分子量と溶出時間とを関係づける較正曲線を作成して、クロマトグラムに追加する。このとき、サイズ排除クロマトグラフィーの特性により、同一種の高分子化合物が一つのピークで溶出し、かつ、一つのピーク内で分子量の大きい成分から溶出する。このようにして、試料に含まれる高分子化合物の分子量分布の情報が得られる。
【0021】
(第2工程)
第2工程では、所定の溶出時間ごとに、高分子化合物を分取する。すなわち、第1工程により得られるクロマトグラムにおける一つのピークを分画した溶出時間ごとに、高分子化合物を、複数の容器へと分取する。つまり、クロマトグラムにおける高分子化合物を含む一つのピークに対応する溶出成分を、複数の溶出時間ごとに、複数に分取する。
【0022】
具体的には、まず、第1工程により得られるクロマトグラムにおける一または複数のピークのうち少なくとも一つのピークを、溶出時間ごとに複数に分画する(分画工程)。次いで、分取装置を用いて、その分画した溶出時間ごとに、高分子化合物を分取する(分取工程)。
【0023】
分画工程では、
図2に示すように、クロマトグラムにおける一のピークを複数に分画する。分画する溶出時間の幅は、分画したい数に応じて適宜決定すればよく、例えば、3~60秒の間で自由に設定することができる。分画する数は限定的でなく、例えば、2以上、好ましくは、3以上であり、また、例えば、100以下、好ましくは、10以下である。なお、この分画工程は、第1工程と同時に実施してもよい、すなわち、クロマトグラムを検出する際に実施してもよい。
【0024】
分取工程では、溶離液とともにカラムから排出される高分子化合物(溶出成分)を、分画した溶出時間ごとに区切って、複数に取り分ける。これにより、高分子化合物は、溶出時間に対応した分子量ごとに分取され、その結果、所望範囲の分子量領域に区分けされた高分子化合物を含む分取液が得られる。
【0025】
分取工程で用いる分取装置は、高分子化合物(具体的には、高分子化合物および溶離液を含有する溶出成分)を複数に取り分けて、複数の容器内に配置する。分取装置200は、例えば、
図1に示すように、溶出成分を排出する排出ノズル11と、容器移動体12とを備える。容器移動体12は、一または複数の容器13を移動させて、所望の容器13または容器13の所望箇所に、排出される分取液8を収容させることができる。容器移動体12としては、具体的には、ピックアップ装置、コンベヤーなどが挙げられる。容器13としては、試料瓶、シャーレ、プレート(例えば、ウェルプレート、マイクロプレート)などが挙げられる。容器にラマン分光用プレートを採用すれば(
図4参照)、第3工程で、ラマン分光用プレート(スポッティングプレート)への再配置の必要性がなく、第3工程をスムーズに実施することができる。
【0026】
第2工程では、クロマトグラムにおける一のピークを複数に分画して、高分子化合物を複数に分取する。これにより、同一種の高分子化合物において、分子量分布におけるモノマー組成比を確実に測定することができる。なお、互いに分離した2つのピークから、高分子化合物をそれぞれ分取すると、分取したそれぞれの高分子化合物は、分子量が大きく異なるため、高分子化合物の種類が異なる場合が生じる。すなわち、試料に、モノマー種が異なる複数の高分子化合物が混在していて、異なる高分子化合物同士を比較してしまう場合が生じる。その結果、同一種の高分子化合物におけるモノマー組成比を測定する目的を達成できなくなるおそれがある。
【0027】
本発明では、クロマトグラムにおいて、極大値が2つ以上あるピークも「一つのピーク」に含まれる。すなわち、2つ以上のピークが近接していることにより、これらのピークの裾の部分が互いに重なり、一体化したピークも、「一つのピーク」である。具体的には、後述する実施例2で測定した
図8に示されるように、2つの極大値を持つピークも、「一つのピーク」とする。
【0028】
(第3工程)
第3工程では、ラマン分光法を用いて、分取液のラマンスペクトルを測定する。すなわち、ラマン分光法を用いて、分取した溶出成分のラマンスペクトルを測定する。
【0029】
ラマン分光法は、測定対象(分取液に含まれる高分子化合物)に光を照射することにより散乱されるラマン散乱光を検知して、測定対象の分子構造を解析する方法である。ラマン分光法のバリエーションとしては、例えば、ラマン分光法、表面増強ラマン分光法、先端増強ラマン分光法、共鳴ラマン分光法、偏光ラマン分光法などが挙げられ、目的に応じて種々採用すればよい。第1の態様では、測定対象に対して比較的広い面積(例えば、ミクロレベル)を均一に測定することができ、再現性がよい観点から、好ましくは、ラマン分光法が挙げられる。
【0030】
ラマン分光法に使用する代表的なラマン分光装置を、
図3に例示する。ラマン分光装置300は、レーザー照射部21と、バンドパスフィルタ22と、レイリーカットフィルタ23と、対物レンズ24と、試料台25と、共焦点ピンホール26と、分光器スリット27と、回折格子28と、検出部29と、コンピュータ30とを備える。レーザー照射部21から照射されたレーザー光31aは、バンドパスフィルタ22によって特定波長のレーザー光31bとなり、反射部材(図示せず)およびレイリーカットフィルタ23などによって対物レンズ24に導かれ、その後、試料台25上にセットされた測定対象32に照射される。測定対象32から散乱した散乱光31cは対物レンズ24によって集光され、レイリーカットフィルタ23を通じてラマン散乱光31dが取り出される。ラマン散乱光31dは、共焦点ピンホール26およびスリット27を通過し、回折格子28によって分離されて、検出部29でラマンスペクトルとして検出され、コンピュータ30でデータ処理される。また、ラマン分光装置10は、上記構成に加えて、例えば、WO2019/117177に記載の制御部などの構成を必要に応じて備えていてもよい。なお、コンピュータ30は、制御部、データ処理部および演算部を備えている。
【0031】
第1の態様では、測定対象32として、第2工程で得られた複数の分取液8を用い、それらをそれぞれラマン分光用プレート33に載置し(
図4参照)、必要に応じて乾固させる。次いで、ラマン分光用プレート33を試料台25にセットして、測定対象(分取液またはその乾固物)に対してラマン分光法を実施する。
【0032】
ラマン分光法に供する分取液の測定数(サンプル数)は、複数であれば限定的でなく、第2工程において分取した分取液の全てに対して実施してもよく、また、その一部のみを選択して実施してもよい。好ましくは、クロマトグラムにおける一つのピーク内で分画および分取した分取液群の中から、2つ以上(好ましくは、3つ以上)の分取液を選択する。
【0033】
分取液の乾固は、自然乾燥または加熱乾燥のいずれでしてもよい。また、分取した一の分取液の全量を乾固してもよく、または、一の分取液から一部の量を抽出し乾固してもよい。好ましくは、一部の量のみを抽出して、ラマン分光法に供する。具体的には、スプリッターなどにより、一の分取液のうち、少量(例えば、1/2以下、好ましくは、1/5の以下、例えば、1/100以上)を抽出し、この少量の分取液をラマン分光用プレートに配置する。これにより、短時間で乾固物を得ることができ、分析の効率化および短縮化を図ることができる。
【0034】
ラマン分光用プレートとしては限定的でなく、例えば、ガラス基板、ステンレス基板、ゲルマニウム基板などが挙げられる。
【0035】
第3工程により、各分取液に含有される各高分子化合物に対して、それぞれラマンスペクトルが得られる。この2以上のラマンスペクトルを比較することにより、高分子化合物の詳細を得ることができる。具体的には、ラマンスペクトルのピーク位置(ラマンシフト)を公知のライブラリと照合することにより、モノマーの構成の情報(例えば、分子結合、元素、分子構造式など)が得られる。さらに、ピーク強度を比較することにより、モノマーの組成比の情報(例えば、各モノマーの相対量、モノマーの組成比など)が得られる。特に、所望のラマンシフトに位置するピークに着目して、各分取液で測定された各ラマンススペクトルにおける該当ピーク同士を比較する。そして、それらのピーク強度同士に変化がほとんど生じていなければ、該当ピークに対応する構造を有するモノマーの量は、一定であることが分かる。すなわち、高分子化合物組成の分子量依存性が無いと決定することができる。一方、それらのピーク強度が増加または減少していれば、それに応じて、該当モノマーの量は増加または減少していることが分かる。すなわち、高分子化合物組成の分子量依存性があると決定することができる。
【0036】
そして、第1の態様では、サイズ排除クロマトグラフィーを用いて、高分子化合物を分離する第1工程と、所定の溶出時間ごとに、分離した高分子化合物を分取する第2工程と、ラマン分光法を用いて、分取した高分子化合物のラマンスペクトルを測定する第3工程とを備える。そのため、高分子化合物の分析に際し、高分子化合物の構造の詳細を、簡易に分析することができる。特に、分子量分布、および、共重合組成の分子量依存性を簡易に分析する方法を提供することができる。
【0037】
なお、分子量領域によるモノマー組成比の依存性を分析する方法として、本発明以外に、(1)LCおよびフーリエ変換赤外分光法(FTIR)を順に実施する分析方法、(2)LCおよびNMRを順に実施する方法、(3)熱分解ガスクロクロマトグラフィーおよび質量分析(py-GC/MC)を順に実施する方法などが検討される。しかしながら、(1)の方法では、FFIRにおいて、LCで分離した分取液を、被加熱プレート板の上に噴霧して、液体成分を蒸発させる必要があり、そして、高感度な全反射型FTIRを実施するために、希少なゲルマニウム板が必要となる。よって、入手性、ひいては、多量の分析を継続的に実施する点で不利である。(2)の方法では、高感度な分析に、液体ヘリウムや、同位体置換した重溶媒(重水、重アセトニトリルなど)を使用する必要がある。よって、取り扱いが難しく、工程が煩雑になる点で不利である。(3)の方法では、熱分解工程が必須であり、質量分析に必要なネブライザガスを使用したり、高真空環境下にする必要がある。よって、工程が煩雑になる点で不利である。
【0038】
これに対し、第1の態様では、特に第2工程としてラマン分光法を採用するため、高感度な測定が可能である。また、プレートなどの試料容器に材料などの制限がないため、多量のサンプルを継続的に実施できる。さらに、熱分解工程や高真空環境も必要とせず、プレートに分取液を載置すれば測定できるため、簡易な分析を可能となる。
【0039】
第1の態様の分析方法を可能とする分析システム500は、
図4に示すように、LC装置100、分取装置200およびラマン分光装置300を備える。分析装置は、(1)LC装置100-分取装置200と、(2)ラマン分光装置300とが互いに独立しているオフライン方式であってもよく、また、分取液を送出する管で互いに結合されているオンライン方式であってもよい。また、
図5に示すように、(1)LC装置100-分取装置200と、(2)ラマン分光装置とが、コンピュータ40で制御されていてもよい。この場合、コンピュータ40は、LC装置100のコンピュータ5、および、ラマン分光装置300のコンピュータ30を制御するものであり、また、コンピュータ5およびコンピュータ30の機能を備えていてもよい。
【0040】
2.態様
上述した複数の例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0041】
(第1項)一態様に係る高分子化合物の分析方法は、サイズ排除クロマトグラフィーを用いて、試料に含まれる高分子化合物を分離し、クロマトグラムを取得する第1工程と、前記クロマトグラムにおける前記高分子化合物を含む一つのピークに対応する溶出成分を溶出時間ごとに、複数に分取する第2工程と、ラマン分光法を用いて、前記分取した前記溶出成分のラマンスペクトルを測定する第3工程とを備えていてもよい。これにより、高分子化合物の分子量分布、および、高分子化合物組成の分子量依存性を簡易に分析することができる。
【0042】
(第2項)第1項に記載の分析方法において、前記第3工程において測定した2以上のラマンスペクトルを比較してもよい。これにより、比較したラマンスペクトルの高分子化合物が同じ組成かどうか解析することができる。また、溶出時間ごとに分子量が異なる高分子化合物が溶出するため、高分子化合物の構造の詳細、特に、分子量分布、および、高分子化合物組成の分子量依存性を簡易に分析することができる。
【0043】
(第3項)第1項または第2項に記載の分析方法において、前記高分子化合物が、共重合体であってもよい。これにより、複数のモノマーが重合した高分子化合物を分析することができる。
【0044】
(第4項)第3項に記載の分析方法において、前記共重合体が、二元共重合体、三元共重合体または四元共重合体であってもよい。これにより、重合したモノマーの種類が2種類、3種類および4種類の高分子化合物を分析することができる。
【0045】
(第5項)一態様に係る高分子化合物の分析システムは、第1~4項のいずれか一項に記載の方法を実施するための分析システムであって、サイズ排除クロマトグラフィーにより、試料に含まれる高分子化合物を分離し、クロマトグラムを取得する液体クロマトグラフィー装置と、前記クロマトグラムにおける前記高分子化合物を含む一つのピークに対応する溶出成分を溶出時間ごとに、複数に分取する分取装置と、前記分取した前記溶出成分のラマンスペクトルを測定するラマン分光装置とを備えていてもよい。これにより、高分子化合物の分子量分布、および、高分子化合物組成の分子量依存性を簡易に分析することができる。
【実施例】
【0046】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらによって限定されない。
【0047】
<実施例1>
試料として、市販のAS樹脂(アクリロニトリル-スチレン共重合体)を用いた。
図4に示す液体クロマトグラフィー装置および分取装置を下記の条件で実施した。
【0048】
装置;Nexera(島津製作所社製)
カラム:ShodexHK-404L(150mm×4.6mm I.D.,3.5μm)
流量:0.2mL/分
溶離液:THF
試料濃度:0.2%w/v(THF中)
カラム温度:40℃
注入量:10μL
バイアル:SHIMADZU LabTotal for LC 1.5mL,Glass
検出器(PDA):SPD-M30A at 260nm
スプリッター: 9:1
スポッティング時間:20秒
スポッティングプレート:Hudson PL-PC-000040-P
【0049】
これにより、
図6のクロマトグラムを得た。このとき、溶出時間4分20~40秒、溶出時間5分10~30秒、溶出時間6分00~20秒で、それぞれ試料含有溶離液を分取し、分取液A、B、Cとした。分子量については、分取液Aは約20万程度、分取液Bは約5万、分取液Cは約6000であった。
【0050】
次いで、分取液A~Cについて、それぞれ、
図4に示すラマン分光法を下記の条件で実施し、ラマンスペクトルを検出した。この結果を
図7に示す。
【0051】
装置:顕微ラマン分光装置 XploRA PLUS(堀場製作所社製)
励起波長:532nm
露光時間:10秒
積算回数:3回
回折格子の刻線数:300本/mm
共焦点ホール:100μm
スリット幅:100μm
対物レンズ:100倍
検出器:Syncerity
レーザーパワー:6mW
【0052】
図7から、分取液A~Cのそれぞれにおいて、スチレン由来の1000cm
-1付近のピーク、アクリロニトリル由来の2400cm
-1付近のピークがほぼ一定であった。これにより、AS樹脂には、共重合組成の分子量依存性が無いことが分かる。なお、用いた市販のAS樹脂に分子量依存性が無いことは別手段により検証した。
【0053】
<実施例2>
2-ビニルピリジンとメチルーメタクリレートとのブロック共重合体(VP-MMコポリマー、モノマー組成比VP:MM=3:97)を、試料とした。得られた試料を用いて、実施例1と同様の条件にて、液体クロマトグラフィーを実施した。ただし、試料濃度は、0.5%w/vに変更した。
【0054】
これにより、
図8のクロマトグラムを得た。また、このとき、クロマトグラムにおける2つのピークトップと、1つの谷間と付近で、すなわち、溶出時間6分20~30秒、溶出時間6分55~7分5秒、溶出時間7分20~30秒で、それぞれ試料含有溶離液を分取し、分取液D、E、Fとした。分子量においては、分取液Dは約8万、分取液Eは約2万、分取液Fは7000であった。
【0055】
次いで、分取液D~Fについて、それぞれ、実施例1と同様の条件で、ラマン分光法を実施し、ラマンスペクトルを検出した。この結果を
図9に示す。
【0056】
図9から、ピリジン由来の1213cm
-1ピークおよび1547~1607cm
-1ピーク、ベンゼン環CH結合由来の3061cm
-1ピークが、分取液Dではあまり観察されなかったが、分取液Eから分取液Fにかけて、これらのピークが顕著に観察された。これにより、低分子量領域のVP-MMコポリマーではビニルピリジン成分が増加しており、共重合組成の分子量依存性があることが分かる。なお、用いたVP-MMコポリマーに分子量依存性があることは別手段により検証した。
【符号の説明】
【0057】
1 ポンプ 2 試料供給部 3 カラム 4 検出部 5 コンピュータ 6 溶離液 7 試料 8 分取液 11 排出ノズル 12 容器移動体 13 容器 21 レーザー照射部 22 バンドパスフィルタ 23 レイリーカットフィルタ 24 対物レンズ 25 試料台 26 共焦点ピンホール 27 分光器スリット 28 回折格子 29 検出部 30 コンピュータ 31a 31b レーザー光 31c 散乱光 31d ラマン散乱光 32 測定対象 33 プレート 40 コンピュータ 100 LC装置 200 分取装置 300 ラマン分光装置 500 分析システム