(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-05
(45)【発行日】2025-02-14
(54)【発明の名称】摩擦攪拌接合用ツール及び摩擦攪拌接合方法
(51)【国際特許分類】
B23K 20/12 20060101AFI20250206BHJP
【FI】
B23K20/12 344
B23K20/12 360
B23K20/12 340
(21)【出願番号】P 2019042785
(22)【出願日】2019-03-08
【審査請求日】2022-03-02
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】523194617
【氏名又は名称】NTKカッティングツールズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】藤井 英俊
(72)【発明者】
【氏名】森貞 好昭
(72)【発明者】
【氏名】勝 祐介
(72)【発明者】
【氏名】竹内 裕貴
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/006378(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/154658(WO,A1)
【文献】特開2014-014821(JP,A)
【文献】特開2017-209716(JP,A)
【文献】特開2011-116597(JP,A)
【文献】特開2013-154351(JP,A)
【文献】国際公開第2018/030309(WO,A1)
【文献】特開2018-153848(JP,A)
【文献】国際公開第2015/068386(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 20/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ショルダ部と、
前記ショルダ部の底面に設けられたプローブ部と、を有し、
前記プローブ部の長さが5.5mm以上であり、
窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスを基材とし、
前記セラミックスが、希土類及びアルミニウムを含み、
前記プローブ部の直径が前記底面から先端部の方向にかけて連続的に減少し、
前記プローブ部に溝加工及び/又は面取り加工が施されていないこと、
を特徴とする厚鋼板摩擦攪拌線接合用ツール。
【請求項2】
前記ショルダ部の直径が20mm以下であること、
を特徴とする請求項1に記載の厚鋼板摩擦攪拌線接合用ツール。
【請求項3】
前記プローブ部の長さが9.5mm以上であること、
を特徴とする請求項1又は2に記載の厚鋼板摩擦攪拌線接合用ツール。
【請求項4】
請求項1~3のうちのいずれかに記載の厚鋼板摩擦攪拌線接合用ツールを用いて板材を摩擦攪拌接合し、
前記厚鋼板摩擦攪拌線接合用ツールのプローブ部を前記板材に5.5mm以上挿入しつつ、ショルダ部を前記板材に接触させ、
前記板材が鋼板であり、
線接合を施すこと、
を特徴とする
厚鋼板摩擦攪拌接合方法。
【請求項5】
前記鋼板の炭素量が0.2質量%以上であること、
を特徴とする請求項4に記載の
厚鋼板摩擦攪拌接合方法。
【請求項6】
前記プローブ部を前記板材に挿入した後に前記厚鋼板摩擦攪拌線接合用ツールの位置を一定時間保持し、前記厚鋼板摩擦攪拌線接合用ツールに印加される前記板材からの反力が減少した後に、前記厚鋼板摩擦線攪拌接合用ツールを横移動させること、
を特徴とする請求項4又は5に記載の
厚鋼板摩擦攪拌接合方法。
【請求項7】
前記板材の裏面に、前記板材よりも熱伝導率が低い裏板を配置すること、
を特徴とする請求項4~6のうちのいずれかに記載の
厚鋼板摩擦攪拌接合方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摩擦攪拌接合用ツール及び摩擦攪拌接合方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材の代表的な固相接合方法として、摩擦攪拌接合(FSW:Friction stir welding)が知られている。摩擦攪拌接合では、接合しようとする金属材を接合部において対向させ、回転ツールの先端に設けられたプローブを被接合部に挿入し、被接合界面に沿って回転ツールを回転させつつ移動させて、摩擦熱及び回転ツールの攪拌力により金属材を材料流動させることによって、2つの金属材を接合する。摩擦攪拌接合は接合中の最高到達温度が被接合材の融点に達せず、接合部における強度低下が従来の溶融溶接と比較して小さいのが特徴で、近年急速に実用化が進んでいる。
【0003】
しかしながら、摩擦攪拌接合は種々の優れた特性を有する一方で、被接合材よりも高強度なツールを圧入する必要があることに加えて、ツールに大きな応力が印加されるため、被接合材によってはツールのコスト及び寿命が大きな問題となる。具体的には、アルミニウムやマグネシウム等の比較的柔らかい金属の薄板を接合する場合は、ツールへの負荷も小さく、ツール寿命や接合条件に関して特に問題にならないが、鋼やチタン等の高融点金属を接合する場合はツール寿命が極端に短くなってしまう。特に、厚板を接合する場合はより深刻な問題となり、接合コストや良好な継手が得られる接合条件範囲等を考慮すると、産業的に使用可能なツールは殆ど存在しないのが実情である。
【0004】
例えば、特許文献1(特表2004-522591号公報)では、軸及びテーパーを有するプローブを備える摩擦攪拌溶接工具であって、前記プローブはプローブの基部から先端部の方向に伸びる複数の螺旋状ねじれ面を有し、プローブの直径は、プローブの縦方向の断面にて、プローブの基部から先端部にかけて連続的に小さくなる摩擦攪拌溶接工具、が提案されている。
【0005】
上記特許文献1に記載の摩擦攪拌溶接工具においては、従来試みられていたものよりも厚い加工材を溶接することができ、欠陥の形成を抑制すると共に接合中の加工材を適当な温度に維持することができる、とされている。
【0006】
また、特許文献2(特表2003-532543号公報)では、金属基複合材料(MMCs)、鉄合金、非鉄合金及び超合金を摩擦攪拌接合することができる摩擦攪拌接合工具であって、軸部、肩部及びピンと、前記肩部及びピンの少なくとも一部分に配置された高耐摩耗性材料とを含み、前記肩部は該肩部の前記軸部に対する回転運動を防ぐために前記軸部に機械的に固定され、前記高耐摩耗性材料は第1相及び第2相を有し、前記高耐摩耗性材料は超高温及び超高圧の下で製造され、MMCs、鉄合金、非鉄合金及び超合金を機能上摩擦攪拌接合することができる摩擦攪拌接合用工具が提案され、高耐摩耗性材料としては多結晶硼素窒化物(PCBN)又は多結晶ダイヤモンド(PCD)を用いることが開示されている。
【0007】
上記特許文献2に記載の摩擦攪拌接合用工具においては、従来の摩擦攪拌接合方法及び工具を使用しては接合できない材料、すなわちステンレス鋼のような鉄合金及び鉄を少量含むか又はこれを含まない高融点超合金を含む材料に摩擦攪拌接合を施すことができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特表2004-522591号公報
【文献】特表2003-532543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1に開示されている摩擦攪拌溶接工具は複数の螺旋状ねじれ面を有しており、セラミックス製ツールとすることは困難である。また、複雑形状を有する細長いツール形状であることから、鋼材の摩擦攪拌接合のようにツールに印加される応力が大きな場合は容易に破断してしまう。特に、厚板に対して摩擦攪拌接合を施す場合は深刻な問題となる。
【0010】
また、上記特許文献2に開示されている摩擦攪拌接合用工具は超高温及び超高圧条件で製造されるため、厚板用の大型ツールを製造することは極めて困難である。加えて、ツールサイズの増加に伴って製造コストは大幅に増加し、一般的な産業用途では許容されない程度に高価なツールとなってしまう。
【0011】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、板厚が6mm以上の厚板の摩擦攪拌接合に用いることができる安価な摩擦攪拌接合用ツールであって、厚鋼板の摩擦攪拌接合にも用いることができる摩擦攪拌接合用ツール提供し、更に、当該摩擦攪拌接合用ツールを用いた摩擦攪拌接合方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は上記目的を達成すべく、摩擦攪拌接合用ツールの形状及び材質等について鋭意研究を重ねた結果、窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスを基材とし、プローブ部及びショルダ部のサイズ及び形状を最適化すること等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0013】
即ち、本発明は、
ショルダ部と、
前記ショルダ部の底面に設けられたプローブ部と、を有し、
前記プローブ部の長さが5.5mm以上であり、
窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスを基材とすること、
を特徴とする摩擦攪拌接合用ツール、を提供する。
【0014】
ショルダ部及びプローブ部の形状は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の形状とすることができる。ここで、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは6mm厚以上の板材の摩擦攪拌接合に用いることから、プローブの長さは5.5mm以上となっている。なお、ツール形状や摩擦攪拌接合条件にも依存するが、プローブ底面の下側にはある程度の攪拌領域が形成されるため、板厚よりも若干短いプローブ長でも無欠陥継手を得ることができる。
【0015】
また、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスを基材としている。窒化珪素及びサイアロンの主な構成元素は資源的に豊富かつ安価なSi及びNであることに加え、超高温・超高圧を印加するような特殊な焼結装置が不要であることから、製造本数の増加に伴って1本あたりの製造コストを低減することができる。加えて、多結晶硼素窒化物(PCBN)や多結晶ダイヤモンド(PCD)と比較すると加工が容易であり、ツールに様々な形状を付与することができる。
【0016】
窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスを基材とすることで、鋼等の高融点金属に対して摩擦攪拌接合が可能な程度のツールの強度及び耐久性等を実現することができる。また、低い熱伝導率に起因して摩擦攪拌接合用ツールの蓄熱性が高くなり、接合温度が上昇しやすく、比較的短時間で摩擦攪拌接合を達成することができる。
【0017】
本発明の摩擦攪拌接合用ツールにおいては、前記プローブ部の直径が前記底面から先端部の方向にかけて連続的に減少し、前記プローブ部に溝加工及び/又は面取り加工が施されていないこと、が好ましい。プローブ部を根元が太く先端が細いテーパー状とすることで、プローブ部の根元からの破断を抑制できると共に、プローブ先端近傍での欠陥の形成を抑制することができる。プローブ先端近傍では十分な塑性流動を生じさせることが困難であるが、当該領域でのプローブ径が小さくなることで、プローブの通過によって生じる空間が小さくなり、当該領域における欠陥の形成が抑制されることになる。更に、プローブ部をテーパー状とすることで板厚方向下向きの材料流動を発生させることができ、特に厚板の摩擦攪拌接合においては、良好な攪拌部の形成に効果的である。
【0018】
ツール表面と被接合材との相互作用によって生成する塑性流動が不十分な場合は、プローブ部に溝加工(ネジ加工)や面取り加工を施して攪拌力を向上させ、塑性流動を促進する必要がある。しかしながら、これらの加工を施すと、加工部への応力集中等によってプローブ部での破損が生じやすくなる。これに対し、本発明者が多数の実験を行った結果、窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスを基材とする摩擦攪拌接合用ツールではツール表面近傍の被接合材の温度が上昇しやすく、加工を施していないプローブであっても無欠陥攪拌部を形成するために十分な塑性流動が生じ、厚板の摩擦攪拌接合でも良好な継手が得られることが明らかとなった。
【0019】
また、本発明の摩擦攪拌接合用ツールにおいては、前記ショルダ部の直径が20mm以下であること、が好ましい。プローブ部の長さの増加に伴ってショルダ部の直径も増加させる必要があり、厚板用の摩擦攪拌接合用ツールは大型化することが一般的である。これは、厚板の摩擦攪拌接合では裏面近傍まで十分な塑性流動を生じさせることが困難であり、塑性流動を促進するためにより大きなショルダが必要になるからである。しかしながら、窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスを基材とする場合はプローブ部の表面で十分な塑性流動が生じることから、ショルダ部の直径を20mm以下としても、被接合材の板厚が6mm以上の場合であっても良好な攪拌部を形成することができる。ショルダ部の直径を20mm以下とすることでツールの大型化を抑制でき、ツールの価格を低減することができる。セラミックスの価格はサイズに大きく影響されるため、ショルダ部の小型化によるコスト低減効果は極めて大きい。
【0020】
また、本発明の摩擦攪拌接合用ツールにおいては、前記プローブ部の長さが9.5mm以上であること、が好ましい。より好ましいプローブ長は11.5mm以上であり、最も好ましいプローブ長は14.5mm以上である。本発明の摩擦攪拌接合用ツールは板厚12mm以上の鋼板に対しても用いることができ、板厚15mm以上の鋼板に対しても用いることができる。なお、「板厚」とは、板材を重ね合わせて摩擦攪拌接合する場合は摩擦攪拌接合用ツールを挿入する厚さに対応する。
【0021】
更に、本発明の摩擦攪拌接合用ツールにおいては、前記セラミックスが、希土類及びアルミニウムを含むこと、が好ましい。希土類及びアルミニウムを含むことで、焼結性を維持しながら耐摩耗性を維持することができる。より好ましくは、アルミニウムを1.5~6wt%、希土類を1.5~10wt%含むことが好ましい。
【0022】
また、本発明は、本発明の摩擦攪拌接合用ツールを用いて板材を摩擦攪拌接合し、前記摩擦攪拌接合用ツールのプローブ部を前記板材に5.5mm以上挿入しつつ、ショルダ部を前記板材に接触させること、を特徴とする摩擦攪拌接合方法、も提供する。本発明の摩擦攪拌接合用ツールは上述のとおりプローブ長が5.5mm以上であっても安価であり、摩擦攪拌接合を用いた厚板接合のコストを大幅に抑制することができる。加えて、接合温度の上昇が速く、ツール表面近傍で被接合材の塑性流動が生じやすいため、短い接合時間で良好な継手を得ることができる。ここで、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは蓄熱されやすいため、当該ツールを保持するためのツールホルダには耐熱性と強度を兼ね備えたものを使用することが好ましい。具体的な材質としては、超硬合金、ニッケル基超合金、コバルト基超合金及び各種耐熱鋼等を用いることができる。
【0023】
また、本発明の摩擦攪拌接合方法においては、前記板材が鋼板であることが好ましく、前記鋼板の炭素量が0.2質量%以上であることがより好ましい。本発明の摩擦攪拌接合用ツールは優れた耐熱性と高い機械的性質を有していることから、鋼板の摩擦攪拌接合に好適に用いることができる。また、鋼の材料流動抵抗は炭素量の増加に伴って低下し、炭素量を0.2質量%以上とすることで、摩擦攪拌接合用ツール表面の摩耗量を低減することができる。ここで、炭素量が0.2質量%以上の鋼は溶融溶接が極めて困難であることから、固相接合である摩擦攪拌接合を用いるメリットは大きい。
【0024】
また、本発明の摩擦攪拌接合方法においては、前記プローブ部を前記板材に挿入した後に前記摩擦攪拌接合用ツールの位置を一定時間保持し、前記摩擦攪拌接合用ツールに印加される前記板材からの反力が減少した後に、前記摩擦攪拌接合用ツールを横移動させること、が好ましい。通常、厚板の摩擦攪拌接合では摩擦攪拌接合用ツールの挿入時にZ軸方向(垂直)荷重が最大となる。ここで、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは一般的な摩擦攪拌接合用ツールと比較して熱伝導率が小さく、ツール表面近傍の被接合材を効率的に昇温して軟化させることができる。その結果、摩擦攪拌接合用ツールを挿入後、当該挿入位置で保持することによって、Z軸方向荷重を大幅に低下させることができる。また、Z軸方向荷重を低下させた後に摩擦攪拌接合用ツールを横移動させることで、ツールの損傷及びツールの浮き上がりを抑制することができる。
【0025】
更に、本発明の摩擦攪拌接合方法においては、前記板材の裏面に、前記板材よりも熱伝導率が低い裏板を配置すること、が好ましい。板材の裏面に当該板材よりも熱伝導率が低い裏板を配置することで、摩擦攪拌接合中の板材裏面近傍の温度を高くすることができ、摩擦攪拌接合用ツールのZ軸方向荷重を大幅に低下させることができる。加えて、板材の厚さの増加に伴って板厚方向の温度分布が不均一になるが、当該温度分布を均一化し、攪拌部における板厚方向の微細組織を均質化することができる。ここで、裏板としては、窒化珪素製のものを好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、板厚が6mm以上の厚板の摩擦攪拌接合に用いることができる安価な摩擦攪拌接合用ツールであって、厚鋼板の摩擦攪拌接合にも用いることができる摩擦攪拌接合用ツール提供し、更に、当該摩擦攪拌接合用ツールを用いた摩擦攪拌接合方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明の摩擦攪拌接合用ツールの一例を示す概略側面図である。
【
図2】一般的な摩擦攪拌接合の状況を示す模式図である。
【
図3】実施例1で用いた窒化珪素製ツールの外観写真である。
【
図4】実施例1で得られた低炭素鋼攪拌部の断面マクロ写真である。
【
図5】実施例1で得られた中炭素鋼攪拌部の断面マクロ写真である。
【
図6】実施例2で用いた窒化珪素製ツールの外観写真である。
【
図7】実施例2で得られた低炭素鋼攪拌部の断面マクロ写真である。
【
図8】実施例2で得られた中炭素鋼攪拌部の断面マクロ写真である。
【
図9】実施例2で得られた攪拌部の断面マクロ写真である(裏板材質の影響)。
【
図10】実施例2で得られた攪拌部の微細組織である(裏板材質の影響)
【
図11】実施例2におけるツールZ軸荷重を示す線図である。
【
図12】実施例2におけるツール摩耗量である(低炭素鋼板)。
【
図13】実施例2におけるツール摩耗量である(中炭素鋼板)。
【
図14】実施例3で用いた窒化珪素製ツールの外観写真である。
【
図15】実施例3で得られた中炭素鋼攪拌部の断面マクロ写真である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面を参照しながら本発明の摩擦攪拌接合用ツール及び摩擦攪拌接合方法の代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。なお、以下の説明では、同一または相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する場合がある。また、図面は、本発明を概念的に説明するためのものであるから、表された各構成要素の寸法やそれらの比は実際のものとは異なる場合もある。
【0029】
(1)摩擦攪拌接合用ツール
図1に、本発明の摩擦攪拌接合用ツールの一例を示す概略側面図を示す。本発明の摩擦攪拌接合用ツール1は、ショルダ部2を有する本体部4と、本体部4の底面に設けられたプローブ部6とを有し、プローブ部6の長さは5.5mm以上となっている。また、摩擦攪拌接合用ツール1は、窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスを基材としている。ここで、ショルダ部2とプローブ部6は同一の組成及び組織を有するセラミックスであってもよく、組成及び/又は組織が異なっていてもよい。また、ショルダ部2及び/又はプローブ部6の表面は、PVDやCVD等によって形成された硬質膜によって被覆されていてもよい。
【0030】
ここで、摩擦攪拌接合用ツール1は6mm厚以上の板材の摩擦攪拌接合に用いることから、プローブ部6の長さは5.5mm以上となっている。ツール形状や摩擦攪拌接合条件にも依存するが、プローブ部6底面の下側にはある程度の攪拌領域が形成されるため、板厚よりも若干短いプローブ長でも無欠陥継手を得ることができる。プローブ部6の長さは9.5mm以上であることが好ましく、11.5mm以上であることがより好ましく、14.5mm以上であることが最も好ましい。
【0031】
また、プローブ部6の直径はショルダ部2の底面からプローブ部6の先端部の方向にかけて連続的に減少し、プローブ部6に溝加工及び/又は面取り加工が施されていないことが好ましい。プローブ部6のテーパー角度は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されないが、例えば、プローブ部6の長さが5.75mmの場合、根元の直径を7mm、先端の直径を6mmとすることができる。
【0032】
プローブ部6の表面には溝加工及び/又は面取り加工が施されていないことが好ましい。これらの加工が施されていない平滑な表面状態となっていることで、窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスを基材としているプローブ部6であっても摩擦攪拌接合中の破損や摩耗を抑制することができる。なお、プローブ部6の表面粗度は、Saで0.1μm~1.0μmであることが好ましい。一方で、窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスを基材とすることで被接合材を効率的に昇温及び攪拌することができ、溝加工及び/又は面取り加工が施されていないプローブ部6であっても、十分な攪拌部を形成することができる。
【0033】
また、ショルダ部2の形状及びサイズは本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されないが、直径は20mm以下であることが好ましい。窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスを基材とする場合はプローブ部6の表面では十分な塑性流動が生じることから、ショルダ部2の直径を20mm以下としても、被接合材の板厚が6mm以上の場合であっても良好な攪拌部を形成することができる。ショルダ部2の直径を20mm以下とすることで摩擦攪拌接合用ツール1の大型化を抑制でき、価格を低減することができる。加えて、接合部表面の幅を狭くすることができる。
【0034】
ショルダ部2の表面に関しても、溝加工が施されていないことが好ましい。ショルダ部2の表面が平滑な状態となっていることで、摩擦攪拌接合中の摩耗量を低減することができ、ショルダ部2の形状変化を抑制することができる。一方で、ショルダ部2が窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスを基材とすることで、被接合材を効率的に昇温及び攪拌することができ、ショルダ部2の表面に溝加工が施されていない場合であっても、十分な攪拌部を形成することができる。
【0035】
摩擦攪拌接合用ツール1の基材である窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスは、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の窒化珪素系セラミックス又はサイアロン系セラミックスとすることができる。ここで、当該セラミックスは、希土類及びアルミニウムを含むことが好ましい。希土類及びアルミニウムを含むことで、焼結性を維持しながら耐摩耗性を維持することができる。より好ましくは、アルミニウムを1.5~6wt%、希土類を1.5~10wt%含むことが好ましい。なお、それ以外に焼結助剤を含んでも構わないが、少ないほうが好ましい。
【0036】
(2)摩擦攪拌接合
本発明の摩擦攪拌接合方法は、摩擦攪拌接合用ツール1を用いて板材を摩擦攪拌接合し、プローブ部6を板材に5.5mm以上挿入しつつ、ショルダ部2を板材に接触させることを特徴としている。
図2に一般的な摩擦攪拌接合の状況を示す。裏板の上に被接合材を配置し、回転させた摩擦攪拌接合用ツール1を被接合材の表面側から圧入して塑性流動を発生させる。摩擦攪拌接合用ツール1はプローブ長が5.5mm以上であっても安価であり、摩擦攪拌接合を用いた厚板接合のコストを大幅に抑制することができる。加えて、接合温度の上昇が速く、ツール表面近傍で被接合材の塑性流動が生じやすいため、摩擦攪拌接合中の破損や摩耗を抑制しつつ、短い接合時間で良好な継手を得ることができる。
【0037】
被接合材である板材は鋼板であることが好ましく、鋼板の炭素量が0.2質量%以上であることがより好ましく、0.4質量%以上であることが最も好ましい。鋼板の炭素量の増加に伴い室温での硬度及び強度は高くなるが、摩擦攪拌接合の接合温度域では炭素含有量の増加に伴って材料流動応力が低くなる。即ち、炭素含有量が比較的多い鋼を被接合材とすることで、摩擦攪拌接合用ツール1の破損及び摩耗を抑制できることに加えて、無欠陥攪拌部が得られる適正な接合条件範囲を拡大することができる。窒化珪素又はサイアロンを主相とするセラミックスを基材とする摩擦攪拌接合用ツール1は厚鋼板に対する摩擦攪拌接合が可能な機械的性質を有しているが、PCBN製ツールと比較すると耐摩耗性に劣る。しかしながら、適当な炭素含有量の被接合材を選択することで、摩擦攪拌接合用ツール1の長寿命化を図ることができる。
【0038】
摩擦攪拌接合を施す際は、プローブ部6を板材に挿入した後に摩擦攪拌接合用ツール1の位置を一定時間保持し、摩擦攪拌接合用ツール1に印加される板材からの反力が減少した後に、摩擦攪拌接合用ツール1を横移動させることが好ましい。ここで、摩擦攪拌接合の制御方法には、主にツールの位置制御、荷重制御及びトルク制御が存在するが、摩擦攪拌接合用ツール1の位置を一定時間保持するためには、位置制御を用いることが好ましい。また、厚鋼板の摩擦攪拌接合では摩擦攪拌接合用ツール1に印加される最大のZ軸方向荷重が10トン以上となる場合も存在することから、その反力に耐え得る高剛性の摩擦攪拌接合装置を用いることが好ましい。
【0039】
また、裏面には被接合材よりも熱伝導率が低い材質を用いることが好ましい。被接合材の裏面に当該被接合材よりも熱伝導率が低い裏板を配置することで、摩擦攪拌接合中の被接合材の裏面近傍の温度を高くすることができ、摩擦攪拌接合用ツール1のZ軸方向荷重を大幅に低下させることができる。加えて、板材の厚さの増加に伴って板厚方向の温度分布が不均一になるが、当該温度分布を均一化し、攪拌部における板厚方向の微細組織を均質化することができる。ここで、熱伝導率の観点からはジルコニア、ムライト、サーメット、アルミナ、サイアロン及び窒化珪素等を裏板の材質として用いることができるが、裏板としての強度や耐久性の観点から、窒化珪素又はサイアロンを用いることが好ましい。
【0040】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0041】
≪実施例1≫
プローブ長が5.75mmの窒化珪素製ツールを用いて、6mm厚の低炭素鋼板及び中炭素鋼板に対してスターインプレートにて摩擦攪拌接合を行った。低炭素鋼板及び中炭素鋼板の組成を表1に、窒化珪素製ツールの外観写真を
図3に、それぞれ示す。なお、組成の値は質量%である。ショルダ径は16mm、根元(ショルダ底面)におけるプローブ径は7mm、先端のプローブ径は6mmである。ショルダ底面及びプローブ表面には溝加工等は施されておらず、平滑な表面となっている。また、被接合材の裏面には工具鋼製の裏板を設置した。
【0042】
【0043】
窒化珪素製ツールは一体成形されており、希土類、アルミニウムの酸化物及び/又は窒化物を焼結助剤として用いた窒化ケイ素、サイアロンである。なお、希土類及びアルミニウムをそれぞれ1.5~10wt%、1.5~6wt%含んでいる。
【0044】
摩擦攪拌接合条件は、低炭素鋼板及び中炭素鋼板共に、ツール回転速度を800rpm、ツール移動速度を50mm/minとした。また、ツールの位置一定制御にて摩擦攪拌接合を施した。得られた低炭素鋼攪拌部及び中炭素鋼攪拌部の断面マクロ写真を
図4及び
図5にそれぞれ示す。いずれの攪拌部においても欠陥は認められず、窒化珪素製ツールを用いて6mm厚鋼板に摩擦攪拌接合が可能であることが確認された。
【0045】
摩擦攪拌接合中のツールトルクを測定したところ、低炭素鋼板の場合は40Nm、中炭素鋼板の場合は37Nmであり、中炭素鋼板の方が低い値となった。なお、これらのトルクは、今回使用した窒化珪素製ツールと同形状のPCBN製ツールを用いて同じ接合条件で摩擦攪拌接合を施した場合と比較して、それぞれ約1割程度低い値である。
【0046】
≪実施例2≫
プローブ長が9.75mmの窒化珪素製ツールを用いて、10mm厚の低炭素鋼板及び中炭素鋼板に対してスターインプレートにて摩擦攪拌接合を行った。窒化珪素製ツールの外観写真を
図6に示す。窒化珪素製ツールの組成及び組織は実施例1の場合と同様であり、ショルダ径は25mm、根元(ショルダ底面)におけるプローブ径は8.2mm、先端のプローブ径は7.25mmである。ショルダ底面及びプローブ表面には溝加工等は施されておらず、平滑な表面となっている。また、被接合材の裏面には窒化珪素製の裏板を設置した。なお、中炭素鋼板の組成は実施例1と同様であり、低炭素鋼板の組成(質量%)は表2に示すとおりである。
【0047】
【0048】
摩擦攪拌接合条件は、低炭素鋼板及び中炭素鋼板共に、ツール回転速度を400rpm、ツール移動速度を50mm/minとした。また、ツールの位置一定制御にて摩擦攪拌接合を施した。得られた低炭素鋼攪拌部及び中炭素鋼攪拌部の断面マクロ写真を
図7及び
図8にそれぞれ示す。いずれの攪拌部においても欠陥は認められず、窒化珪素製ツールを用いて10mm厚鋼板に摩擦攪拌接合が可能であることが確認された。
【0049】
ツール回転速度を600rpm、ツール移動速度を25~150mm/minとし、窒化珪素製裏板を用いた場合と工具鋼製裏板を用いた場合の中炭素攪拌部の断面マクロ写真を
図9に示す。工具鋼製裏板を使用した場合、中炭素鋼板裏面近傍の攪拌部の幅が狭くなり、ツール移動速度が150mm/minではトンネル状の欠陥が形成された。これに対し、窒化珪素製裏板を使用することで攪拌部幅が広くなることに加えて欠陥が消失しており、中炭素鋼板裏面からの抜熱の抑制によって良好な塑性流動が生じたものと考えられる。
【0050】
ツール回転速度600rpm、ツール移動速度25mm/minの接合条件において、窒化珪素製裏板を用いて得られた攪拌部の微細組織及び工具鋼製裏板を用いて得られた攪拌部の微細組織を
図10に示す(観察位置は断面マクロ写真に示している)。工具鋼製裏板の場合、板厚方向に沿って微細組織が変化しており、表面では上部ベイナイトが観察され、裏面近傍ではグラニュラー(粒状)ベイナイトが観察される。一方で、窒化珪素製裏板の場合は板厚方向に均質な組織が形成されており、全ての領域で上部ベイナイトが観察される。摩擦攪拌接合中の裏面近傍の温度を熱電対で測定したところ、窒化珪素製裏板を用いた場合は工具鋼製裏板を用いた場合よりも約100℃高い温度であった。これらの結果から、窒化珪素製ツールと窒化珪素製裏板を組み合わせることで、厚鋼板であっても板厚方向に均質な組織の形成が可能であることが分かる。
【0051】
ツール回転速度600rpm、ツール移動速度25mm/minの接合条件において、窒化珪素製裏板を用いた場合と工具鋼製裏板を用いた場合のツールに印加されるZ軸荷重を
図11に示す。ここで、ツールは接合位置において被接合材に垂直方向に圧入し、一定時間当該位置に保持した後に、水平方向に移動(接合開始)させている。工具鋼製裏板の場合、ツール位置を保持している間のZ軸荷重は一定であるが、窒化珪素製裏板の場合は急激にZ軸荷重が低下している。また、ツールが水平移動している際においても、窒化珪素製裏板の方が低いZ軸荷重を示している。これらの結果から、窒化珪素製ツールと窒化珪素製裏板を組み合わせることで、摩擦攪拌接合中のツール負荷を効果的に低減できることが分かる。
【0052】
窒化珪素製ツールと窒化珪素製裏板を組み合わせ、ツール回転速度400~800rpm、ツール移動速度25~75mm/minの接合条件で低炭素鋼板に対して摩擦攪拌接合を施した場合のツール摩耗量を
図12に、中炭素鋼板に対して摩擦攪拌接合を施した場合のツール摩耗量を
図13に、それぞれ示す。ここで、一回の摩擦攪拌接合距離を約300mmとして摩擦攪拌接合を繰り返し、各接合後のツール形状を三次元形状測定装置で測定した。また、得られた形状の変化からプローブ側面の平均の摩耗量を求めた。
【0053】
いずれの条件においてもツールの平均摩耗量は数μm/mm程度であり、実用的な摩擦攪拌接合用ツールとして十分な耐摩耗性を有している。ここで、ツール回転速度の増加及びツール移動速度の低下に伴って摩耗量が増加しているが、これは接合温度の増加に起因していると考えられる。また、中炭素鋼の場合は摩耗が明確に抑制されている。
【0054】
≪実施例3≫
プローブ長が9.6mmの窒化珪素製ツールを用いて、10mm厚の低炭素鋼板及び中炭素鋼板に対してスターインプレートにて摩擦攪拌接合を行った。窒化珪素製ツールの外観写真を
図14に示す。窒化珪素製ツールの組成及び組織は実施例1の場合と同様であり、ショルダ径は20mm、根元(ショルダ底面)におけるプローブ径は7.5mm、先端のプローブ径は6.25mmである。
図14に示すとおり、一般的な摩擦攪拌接合用ツールと比較するとプローブ長さに対するショルダ径が大幅に小さくなっている。ショルダ底面及びプローブ表面には溝加工等は施されておらず、平滑な表面となっている。また、被接合材の裏面には窒化珪素製の裏板を設置した。
【0055】
被接合材は表1に示す組成の中炭素鋼とし、ツール回転速度を600rpmで一定としてツール移動速度を10~100mm/minの範囲で変化させた(ツール位置一定制御)。得られた中炭素鋼攪拌部の断面マクロ写真を
図15に示す。いずれの攪拌部においても欠陥は認められず、ショルダ径が20mmの比較的小型の窒化珪素製ツールを用いて10mm厚鋼板に摩擦攪拌接合が可能であることが確認された。
【符号の説明】
【0056】
1・・・摩擦攪拌接合用ツール、
2・・・ショルダ部、
4・・・本体部、
6・・・プローブ部。